「読書会ノート」 三好十郎作 『その人を知らず』 を観て

三好十郎作 『その人を知らず』を観て

羽矢通子

 

劇団民芸の公演「その人を知らず」は、三好十郎が一九四八年に書き下ろした戯曲である。劇の時代背景は第二次大戦中から敗戦直後までの間であり、登場人物の男性は国民服、女性はモンペに統一された色彩に乏しい服装である。

牧師の人見勉が殺風景な部屋で、憲兵の前に直立している場面で幕が上がる。この背後には人見が洗礼を授けた時計修理工片倉友吉「殺すなかれ」の教えを守り、徴兵拒否をした科で捕らえられて、腕が折れるほどの拷問を受けたといういきさつがあった。友吉の父は家族のなかから「国賊」を出したことを恥辱として自殺する。母は病床に臥し、弟は職場の同僚の白い眼に耐えきれず、志願出征をして戦死をしてしまった。妹は空襲による怪我で失明同然となる。このように苦しい目にあっている友吉とのかかわりを人見は問われているのだが、彼は友吉の徴兵拒否の行動は、キリスト教会となんの関係もないと答える。そして人見自身は日本国民として戦争に協力していると申し開きをする。

空襲が烈しさを増した戦争末期、久しく集会もない教会の礼拝堂のベンチに、人見とその妹治子が坐っている。人見は友吉に信仰を与えたことに苦しみ、友吉を愛している治子に向かって、友吉ほど美しく、おそろしい人間を知らないと本音を告白する。

やがて戦争が終わり、場面はクリスマスに近い雪の夜の礼拝堂。この芝居のなかで一番照明の明るい場面であり、クリスマスツリーのデコレーションが華やぎを添えている。裕福そうな婦人の教会員が、人見に戦争中の苦労をねぎらう。人見は、平和になってふたたびクリスマスを祝えることに感謝の祈りを捧げる。その時、外の闇から明るい窓をじっと見ている人影があった。友吉である。友吉はみすぼらしい姿で礼拝堂に入り、肩の雪を払いながらクリスマスツリーに見とれている。そして友吉はなつかしそうに人見に近づくが人見の態度はよそよそしい。人見は居合わせた教会員たちに、友吉のことを戦時中命をかけてキリスト教の信条を守った信徒だと紹介する。けれど一方では、友吉がキリスト者であるよりも、ガンジーの非暴力主義による抵抗の思想にかぶれたのではないかとほのめかすのである。当時の日本人にとってはガンジーの思想は、あまりにも現実離れのした空想でしかなかったのである。また他の人を犠牲にしても自分の信念を貫くことはエゴイズムではないかと、人見は友吉に追い打ちをかける。友吉は衝撃のあまり、握りしめていた両手を震わせて椅子から滑り落ち床に膝をついてしまう。

友吉の行為がエゴイズムだという人見の言葉は論理的に正しいように思えるが、それは詭弁にほかならない。人は往々にして、真っ当な言葉や行為に向き合うとたじろぎ、恐れを抱くことから詭弁が生まれるのである。終始友吉の信念にたじろぐ人見の姿は「その人を知らない」と言って、イエスを否認したペテロの姿そのものであった。

終章は夜明け前のまだ薄暗いガード下。戦中戦後兄の態度を疑い苦しんだ末に、治子は教会を出て、健康を損ねた身体で簡易宿泊所に身を寄せている。その治子を探しに来た友吉は、浮浪者、夜の女、掏模の一斉検挙に巻き込まれ、彼らと一緒にトラックに乗せられてしまう。トラックは祈る友吉を乗せて、治子の前を走り去って行く。治子役の日色ともえのみずみずしさが印象に残った。

(2002年10月号)

(注:作者の三好十郎氏はその不遇な少年時代に、佐賀ルーテル教会の礼拝堂に通い、しばしばそこで時を過ごしたということである。大柴記)