佐藤 義夫
1933年に出版されたジョージ・オーウェルのルポルタージュ、『パリ・ロンドン放浪記』はパリ編とロンドン編との二部から構成されている。
オーウェルはイートン校を卒業してからビルマのインド帝国警察で警察官として四年半勤務した後に、イギリスに戻った。彼は大英帝国の植民地支配の手先となったことに対して罪の意識に苛まれた。その罪を贖うために、浮浪者、乞食、娼婦などの最下層の人々と接して彼らの声を代弁することが義務であるように思えた。パリ編では、彼がホテルやレストランの皿洗いとして働いた感想などを交え、スラム街で貧しい人々の生活を映し出している。
ロンドン編では、簡易宿泊所やスパイクと呼ばれる浮浪者収容所などで生活している乞食や浮浪者などを描いている。 作者はこの本の冒頭で貧窮とは何かを描きたかった、と言っている。貧窮の生活が退屈で、さもしい精神に人を追いやることを詳しく描写している。私がおもしろいと思ったのは、貧窮の生活よりもパリのスラム街で生活しているエキセントリックな(中心からはずれた)人々の生き方である。チャーリーは名家の出で教育もある、紅顔の美少年。酒に酔うと「人生はかくも美しい」と言って自分の愛を人に語る。その愛とは、兄の金を盗んで酒蔵のような造りの売春宿に行き、「情け」を請い求める娘をベッドから引きずり出し、虎のように襲いかかったときの体験談である。彼はこれこそが愛である、と強弁する。また、お酒を飲んで詩を朗唱したりもする。フルーはリムザン州の石工。彼は素面のときは熱心な共産党員で、酒に酔うと狂信的な愛国者に変わる。酒場で人に唆されると、戦争で受けた傷口を見せながら、愛国的な調子で演説をぶつ。そのあとラ・マルセイエーズを歌い、「武器を取れ」などと大声をあげる。
オーウェルはこのような奇人・変人を巧みに描きながら、自らの体験談を語る。私はこのような生活を送ったことはないが、読んでいるうちに貧窮の疑似体験をしたような気持ちになる。この作品は、貧窮の重大さを伝えてくれると同時に、ファンタシーの世界に読者を誘ってくれる。
(日本福音ルーテル教会機関誌『るうてる』1998年 3~8月号に掲載されたものです)