聖書の動植物

ニッケイ〔肉桂) 池宮 妙子

 「あなたは、最上の香料をとれ。液体の没薬五百シュケル、かおりの強い肉桂その半分ー二百五十シュケル」(出エジプト記30章23節)

 モーセは、神聖な器や司式司祭の人格を幕屋(仮神殿)で聖別するように、主に命ぜられましたが、その時に使う貴重な香油あるいは「聖油」を製造する材料の一つが肉桂でした。

 聖書の中のニッケイはセイロンニッケイで、別名シナモンツリーといわれる種類です。クスノキ、日本のニッケイ、トンキンニッケイ(広東、ベトナム原産)などクスノキ科の仲間で、いずれも光沢の葉が美しく、薬用や香料に用いられています。セイロンニッケイは樹高十メートル以上にはなりません。

 香料の材料は、樹皮や枝から採取します。樹皮の両側に、よく切れるナイフで縦に切り目を入れます。剥がした樹皮は中空の円筒状になります(料理用のスパイスとして見かける形)。最高の品質のシナモンは、セイロン西南部で生育したセイロンニッケイの四~五年生より若木で、その若枝から生産されたもの。聖書時代には、この上質シナモンはフェニキヤ人かアラビヤ人がユダヤに輸入していました。大変高価で、貴重な資源であったことは確かです。実物は、東京の小石川植物園の温室に鉢物があります

ジャッカル(山犬)   石垣 通子

 狼と狐の中間の犬科の動物で山犬とあるのは、大部分がジャッカルと思われますが、ヘブル語では2種類の言葉が出て来ます。あまり知られていない動物もあり、習性が分からないために訳によっては違う動物になってしまったりしているものもあり、ジャッカル、狼、狐、山犬、ハイエナなどが混ざって使われているところもあります。

 士師記15章に出て来るサムソンの有名なエピソードには、サムソンが300匹のジャッカルを2匹づつ尾を結び合わせてペリシテ人の麦畑に放した話がありますが、口語訳では狐になっていましたが、狐は単独で暮らすことが多いので、群れで生活するジャッカルの方が適当と思います。

(98年 7月)

キュウリ(胡瓜)

 きゅうりは一年生のつる性植物です。原産地はよく判りませんが、有史以前から暖かい国ではどこでも栽培されていましたから、南アジアのどこか、おそらくインドであろうと考えられています。

 エジプトやパレスチナでは湿気の多い土地に植えられ、貧しい人たちの夏の重要な食糧になっています。

 また古代エジプトではきゅうりが広く栽培され、奴隷であったイスラエル人にも、エジプト人と同様に日常の食物となっていたのでしょう。奴隷生活から解放されて自由になり、エジプトを出て間もなくきゅうりが食べたいとモーセに文句を言ったくらいですから。

  イスラエルの人々も再び泣き言を言った。
 『誰か肉を食べさせてくれないものか。
 エジプトではただで食べていたし、
 きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない。・・・』
                  (民数記11章4ー5節)

イナゴ(蝗)

聖書には、すべてのものを食いつくしてしまうイナゴの大群が、あちこちに出て来る。又、このイナゴの大群を、町へなだれ込んでいく敵の軍勢のたとえにも使っている。このイスラエル地方を襲うイナゴの大群は、4~5月頃にアフリカで産卵し、それがアラビア、ヨルダン、イスラエルを経て、イラクへ行くという。イスラエルには、40種ものイナゴがいたといわれ、ヘブライ語の聖書には9種類のイナゴが登場する。

 レビ記11章によると、清いものと汚れたもののリストが出て来るが、昆虫の中で唯一、食物として良いものがイナゴである。イナゴは蛋白質とカルシウム、ビタミン類が多い。思い出されるのはバプテスマのヨハネの食べ物は『イナゴと野蜜』である。

イバラ(茨)

聖書では22種のヘブライ語とギリシャ語が用いられていますが、かなりの異論や意見の食い違いがあり、とげのある植物全体にあてはまる包括的な言葉で、数多くの異質の植物種に対して使われています。

「土は茨とあざみを生えいでさせる」(創世記3:18)
「悪人は茨のようにすべて刈り取られる。手に取ろうとするな。」(サムエル記下23:6)
「怠け者の道はふさがれる。正しい人の道は開かれている。」(箴言15:19)
「おとめたちの中にいるわたしの恋人は茨の中に咲きいでたゆりの花。」(雅歌 2:2)
「ほかの種は茨の中に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。」(マタイ13:7)
「そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ…」(マルコ15:17)

 新共同訳ではその他、出エジプト記、民数記、士師記、ヨブ記、詩編、イザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書、ホセア書、ミカ書、ナホム書など旧約はあわせて35ヶ所。又新約ではルカ、ヨハネ福音書、ヘブライ書などあわせて13ヶ所に使われています。

イワダヌキ(岩狸)

 イヌ科の肉食獣であるタヌキとは全く違う蹄をもった草食獣です。大きさと体つきが似ているので、この名前がつけられたようですが、最近の聖書翻訳家の間ではハイラックスであると意見が一致しています。アフリカ・アラビア・シリア地方に生息するイワダヌキ類の総称で、草食で複雑な構造の消化器官を持ち、そのものは単胃で、反芻については議論のあるところです。系統分類学の上では、原始的な有蹄獣で最も近いのがゾウです。

 中世ではハリネズミ、またはヤマアラシと思われていたようです。

 岩狸は反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。(レビ11・5)

 この地上に小さなものが四つある。それは知恵者中の知恵者だ。蟻の一族は力はないが夏の間にパンを備える。岩狸の一族は強大ではないがその住みかを岸壁に構えている。いなごには王はないが、隊を組んで一斉に出動する。やもりは手で捕まえられるが、王の宮殿に住んでいる。(箴言 30・24~28)

 高い山々は野山羊のため。岩狸は岩場に身を隠す。(詩編 104・18)

テレビンの木   石垣 通子

 パレスチナのテレビンの木は、枝のまばらな大きな落葉樹で、カシの木によく似た外観をしています。高さは4~6メートルになります。この木には、どの部分にも芳香性の樹液が含まれています。シリア、レバノン、パレスチナ、アラビア全域にわたって、丘陵地の低い斜面にふつうに見られ、たいていは一本立ちで、茂みや森林になることは少なく、多くの場合、カシの生育には暖かすぎるか乾燥しすぎている場所で、カシにとって代わっています。

 またテレビンの木の名から推測して、テレビン油の原料木と思われる事がありますが、テレビン油は米国産の松の類などの樹皮に傷をつけて流れ出る樹脂を水蒸気を蒸留して取ります。爽快な芳香を持ち、ニス、ペンキなど塗料の溶剤として用途が広く、日本の松類からも取れるようです。しかし、テレビンの木からはテレビン油は取りません。傷をつけると芳香性揮発成分を含んだ樹脂あるいは油状のゴム質が分泌されることが似ているだけです。

 創世記18章1節 「主はマムレのテレビンの木のかたわらでアブラハムに現れられた」(口語訳)。「主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた」(新共同訳)。

(98年 2月)

ヤギ(山羊)   石垣 通子

 山羊は牛や羊と共に神様への献げ物として大切な役割を与えられています。

 聖書では最初に登場するのは、創世記15章9節。アブラム(アブラハム)と契約を交す時に『牛、羊、鳩』と一緒に使われます。

 また、牛と共に乳用家畜です。「雌山羊の乳はあなたのパン、一家のパンとなり…」(箴言27章27節)そして高級織物として有名なカシミヤも山羊の毛から織られたものですし、荒れ野を旅した時などは幕屋の材料に使われています。「次に、山羊の毛を使って十一枚の幕を作り、幕屋を覆う天幕としなさい。」(出エジプト記26章7節)

 古くから山羊と羊は一緒にして放牧することが行われていた事は創世記の30章27節から36節のヤコブが伯父ラバンの羊と山羊の群れを世話している記述に出て来ます。

 イエス様も終わりの日の裁きの譬え話をなさった時、「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように…」(マタイ25章31ー32節)と言われています。羊は祝福された人々、山羊は呪われた人々にたとえられています。

(97年11月)

スイカ(西瓜) 石垣 道子

 『…エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない。…』(民数記11章5節。新共同訳)

  口語訳ではスイカとなっていましたが、メロンやスイカなどウリ類の果物は暑い気候に住む人々にとっては大切な食べ物です。

  ウリ類の果物にはカリウムという栄養素が多く含まれています。特に汗をかくとカリウムも身体から出ていってしまいます。カリウム不足になると、身体はだるくなり、ひどい時には意識がもうろうとなってきます。

  スイカはエジプト原産なので、気候も土質も適しているので、味も良く収穫も多かったから奴隷として使われていたイスラエルの人々も食べていたのを思い出したのでしょう。

  また、腐る寸前のスイカの果汁をしぼり、砂糖を加えて飲むと熱さましの薬になるようです。種子は煎って塩をまぶしたものは主料理の添えものとして人気があります。

ラクダ 石垣 通子

 創世記の冒頭に出て来るイスラエル人の先祖アブラハムにとっても大切な財産であり、ペルシャから北アフリカまでの砂漠地帯では交通、運搬のために重要な家畜でした。ラクダを数多く所有することは富を示すことでもあります。『ウツの地にヨブという人がいた。…羊7千匹、らくだ3千頭、牛5百くびき、雌ろば5百頭の財産があり…』(ヨブ記1:3)また『らくだは反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである』(レビ記11:4)から食べてはならない動物でした。そして『乳らくだ30頭』(創世記32:16)とあるように乳も利用され、『らくだの毛衣を着…』(マタイ3:4)これはバプテスマのヨハネが衣類としていたことを示します。

 又よく知られているように、ラクダはこぶが一つのものと二つのものがいます。ヒトコブラクダは現在のパキスタンからペルシャ、アラビアを経て、アフリカのサハラ砂漠の地域で使われ、フタコブラクダはモンゴルのゴビ砂漠からタクラマカン砂漠を経て、中央アジアまでの地域で家畜として使われます。

 イエス様の言葉にもあるように、『金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい』(マタイ19:24)。

麦(大麦と小麦)   石垣 通子

 大麦も小麦も気候の温暖な地域で栽培される主要な穀物で、大麦は値段が安いので、家畜の餌としても利用されました。

 パンが作られたのは紀元前4千年頃、エジプトであると言われています。

 小麦の蛋白質は塩と水を加えてこねると、イーストから出たガスを閉じ込めてふくれるグルテンを形成し、他の麦(大麦、ライ麦)ではふっくらしたパンにはなりません。また、麦類の蛋白質はリジンという重要な必須アミノ酸が少ないのですが、魚には非常に多い。従って、パンと魚を組み合わせて食事をするのは栄養の上でも良いことなのです。

 創世記ではアブラハムがイサク誕生の知らせを持って来た三人に上等の小麦粉でパン菓子を作ってごちそうした話が出て来るし、ルツはボアズの畑で落ち穂拾いをしてパンをもらって食べたり、炒り麦を与えられたりしています。

 また、イエス様が五千人の人に食事を与えた有名な物語はマタイ(14章)マルコ(6章)ルカ(9章)ではパンとしか出ていませんが、ヨハネによると大麦のパンとなっています。

(97年 8月)

牛   石垣 通子

 創世記の13章にはアブラム(アブラハム)の家畜として牛や羊が出て来る。まず食用(創18章7節)になり、また農耕用にも使われていたことは「十戒」を思い出せば分かる。『牛、ろばなどすべての家畜』(申命記5章14節)そして献げ物とされる(レビ記1章2節)。

 その同じ牛が献げ物を献げられる神とされる所がある。モーセが十戒を与えられている間にイスラエルの人々は金の子牛を造り、大騒ぎをする(出エジプト記32章)。ある注解書によると牛は古代近東諸国において神の力を表すために用いられたらしい。この話の後半には恐ろしい事が起こる。神様は彼らを滅ぼすと言われたが、モーセが執り成す。

 ある聖句を思い出す。『人が人に罪を犯しても、神が間に立ってくださる。だが、人が主に罪を犯したら誰が執り成してくれよう。』(サムエル上2章25節) 祭司エリの言葉である。

(97年 7月)

ヒソプあれこれ   むさしのだより編集部

 むさしのだよりのレギュラー記事の『聖書の中の植物と動物』では毎回一つのテーマを、何冊かの書籍をもとにまとめてご紹介しています。

 先日、H.T.さん(杉並区本天沼在住)から、97年4月号に掲載した「ヒソプ」に対して次のようなお手紙を頂きました。このようなお手紙(反応)を頂いたことは編集委員会にとって、とても嬉しく励みにもなります。お手紙を読んで早速、編集委員会でも「ヒソプ」について改めて詳しく調べてみましたので、ここにご紹介いたします。

 なお、H.T.さんは何度か武蔵野の礼拝にもいらしたことのある方で、後日お電話でお伺いしたところ考古学がご専門で特にローマ時代にお詳しいとのことでした。

 貴教会の教会だより「むさしの」をいつもお送りいただき感謝申し上げます。編集に当たられている方々のセンスが感じられ、毎号、表ページから最後まで楽しく読ませていただいております。

 さて、第304号の【聖書に出てくる植物と動物】ヒソプについて疑問に感じられたことがありましたので、少々のべておきたいと思います。

 まず、『ヨハネによる福音書によると、酸いぶどう酒を含ませた海綿をヒソプに付けてイエスの口もとに差し出したとある』(19:29)と書かれております。

 原文を見ますと、たしかにυσσωποs(ヒュッソーポス)です。ヒュッソーポスとはヒソプのことです。しかし、か細く、高さも20~50センチのヒソプが、どうしてイエスの口に届くだろうか、という疑問が残ります。それに対しヒソプの代わりに、この箇所に υσσοs(ヒュッソス)という語が記されている少数の写本があります。ヒュッソスとは、ローマ正規軍団兵が常に携行している投槍(Pilum)を意味します。

 イエスの処刑に直接手を下したのがエルサレム駐留のローマ兵であることを考えるとここはヒソプではなく投槍の可能性が高いように思われます。

 ちなみに、ローマ兵がイエスに飲ませようとした“酸いぶどう酒”、すなわち酢とは、ローマ軍団兵が常用するポスカという飲料のことかと思われます。

 次に、文中に『マルコによる福音書のようにヒソプの茎をさらに葦の棒につけてイエスの口もとに届くようにしたのかも知れない』(15:36)とあります。ここも原文に当たってみますと、ヒソプの語は、用いられてはおらず、「καλαμοs(カラモス)に巻き付けて」とあります。カラモスには、葦、棒、竿等の意味があり、当時の一般的な用法では、単なる棒のことです。“ヒソプの茎をさらに葦の棒につけて”という解釈は、原文からは読み取れませんから、かなり無理な拡大解釈かとおもわれます。

           1997年4月11日    H.T.




 ヒソプは聖書の中で12個所に出てきます。まず出エジプト記12章22節に過越しの時に犠牲の羊の血を入口の柱に塗るときに用いるように記しています。またレビ記では14章に清めの儀式に用いるようにと5回書いてあります。民数記19章でも同じような用い方が2回記されています。列王記上5章13節でソロモンの知恵について「彼が樹木について論じれば、レバノン杉から石垣に生えるヒソプにまで及んだ」と記されています。詩編51篇ではダビデは「ヒソプの枝で私の罪を払ってください」と歌っています。また新約聖書ではヘブライ人への手紙9章で契約の血とイエス・キリストの十字架の血を対比しているところでヒソプが出てきます。これと最初に考えたヨハネ福音書の19章の十字架上のキリストにぶどう酒を差し出すのに用いられたという記事です。これらを見ますとヒソプは罪の清めと大変関係のある植物だと言えるようです。また現在でもハーブとして強い芳香とその清涼感が用いられているシソ科のHyssopus officinalis L.もしくは同じ科のマジョラム Origanum majorana L. であろうとされていますが、いずれも私たちが食べるシソ(大葉)の仲間で柔らかい茎を持った背の低い植物ですから、いくら乾燥したものにしても高いところに差し出す為のものとしてはものたりません。

 ギリシャ語の聖書を見てみますと、聖書協会版の聖書では「ヒソプに(υσσωπω)」となっていますが、希和対訳新約聖書(山本書店)で底本として用いているR.V.G. Tasker編のThe Greek New Testament では「投げ槍に(υσσω)」となっており、その訳は「槍の(先の)周りにつけて」となっています。しかしこれについて著者岩隈直氏は「ヒソプにとする写本の方が有力で、大多数の学者がこれをとる。ただこれは海綿をつけて差し出せるほど茎が堅くないのでυσσωという想像が生まれたのであろう」と書いておられます。

 手元にある各種の翻訳の聖書を見てみますと、英語では欽定訳は「ヒソプ」ですし、その後の英訳はほとんどこれを踏襲しています。ただBasic English訳では「stick」となっていますし、New English Bible だけは「javelin 」(投げ槍)としています。

 日本語の聖書では、聖書協会のものは、いわゆる元訳(1880年)から、改訳(1917年)、戦後の口語訳(1954 年)、今度の新共同訳(1987年)まですべてヒソプを用いています。ほかにも新改訳、詳訳、新世界訳(ものみの塔)、塚本虎二『福音書』(岩波文庫)、永井直治『新契約聖書』なども同様です。

 中国語では、19世紀の漢文で「牛膝草」を用いており、日本語訳の元訳もこの字を使ってヒソプとふりがなをつけています。現代の中国語版(香港の発行)でも同様です。

 カトリック系の聖書ではラテン語のVULGATAEから英語のDouay聖書、日本語のラゲ訳まではヒソプですが、口語にされたバルバロ神父の訳は「投槍につけて」となっております。

 ドイツ語の聖書ではルター訳も現代語もNTDもヒソプを用いていますし、フランス語も同様でした。

 このように大部分の聖書は「ヒソプ」を用いておりますが、「投げ槍」としている翻訳もいくつかあります。

 そしてウイリアム・バークレー著『ヨハネ福音書』(聖書注解シリーズ・ヨルダン社)に「ヒソプの茎はそういう用途には不向きだが、ある学者が考えるように槍を意味する非常に似通った言葉の誤りであるというのは当たらない。(中略)神の民を救ったのはヒソプで塗られた過越の子羊の血であった。世を罪から救ったのはイエスの血であった。ヒソプへの言及がユダヤ人の誰にも過越の子羊の救いの血を想起せしめたことであろう。そしてヨハネはこの表現でイエスが全世界を罪から救う神の子羊であると、言おうとしたのである。」と書いてあるのもうなずけます。




 貴重なご意見をお寄せいただき、聖書を読み直して考えることができましたことを感謝いたします。私ども編集委員会では読者の皆さまのご意見、ご質問を歓迎いたします。そしてご一緒に聖書を学び、信仰の歩みを深めて参りたいと存じます。

(97年 6月)

ヒソプ 石垣 通子

 聖書に出て来るヒソプは『ハナハッカ』ではないかと言われる。イスラエルでは、潔めの表徴として儀式に用いた。当時、イスラエルの人々は年に何回か行われる宗教儀式のために野生のヒソプを採集すると、糸でしばり束にして軒下にぶら下げて陰干しにして蓄えて使用した。また旧約に出て来るものと新約に出て来るのは別種の植物という説もある。

 聖書には何カ所か大切な場面で登場する。まず過ぎ越しの祭の時、小羊の血をヒソプの束に浸し、鴨居と入口の柱に塗る(出エジプト12:21-27)。またイエス様が十字架の上で亡くなられる直前にヨハネによる福音書によると、酸いぶどう酒を含ませた海綿をヒソプに付けてイエスの口もとに差し出したとある(19:29)。もしハナハッカだとするとせいぜい30~50センチ位だし、茎も弱いので、マルコによる福音書のようにヒソプの茎をさらに葦の棒につけてイエスの口もとに届くようにしたのかも知れない(15・36)。

ウマ(馬)

 馬は中央アジアの草原地帯に発した古い家畜ですが、軍馬として用いられるうちに改良され発達してきました。

 ところが、イスラエル民族は多くの時代、馬を持たずに徒歩で戦い、エジプトを脱出した時も徒歩で、エジプト人は馬と戦車で追って来ましたが、神さまは『馬と乗り手を海に投げ込まれた』(出エジプト15・21)のです。そして 年間、荒れ野を旅して後、カナンの地に入り、ダビデの時代まで続きます。

 その後、ソロモンが『エジプトから輸入された……馬は一頭150シェケルの値が付けられた』(列王記上10・29)のです。

 しかし、馬を中心の軍備では平和をもたらすことは出来ず、『戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが、我らは、我らの神、主の御名を唱える』(詩編20・8)のです。

 そして、『見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者。高ぶることなく、ろばに乗って来る。雌ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。』(ゼカリヤ9・9~10)と預言者に語らせています。

 この言葉の通り、平和の君イエス様は『二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。』(マルコ11・7)のです。そしてエルサレムに入城されました。

オリーブ   石垣 通子

 創世記6章から始まる「ノアの箱舟」の物語の終わりに、ハトがオリーブの若葉を持ち帰ったことから、オリーブとハトは平和のシンボルとされています。

 聖書には重要な植物の一つとして出て来るオリーブは西アジア原産と考えられています。イエス様が最後の晩餐の後に行かれたゲッセマネの園はオリブ山の麓にあり、オリーブをしぼる所があったようです。

 又、オリーブは食用として、そしていけにえを捧げる時に添えたり(レビ記)、灯火に用いたり(出エジプト記27章20節)、聖別の油としたり(出エジプト記29章)、イスラエルの人々の生活には大切な物でありました。

 果実はふつう木をゆすったりして収穫しますが、必ず孤児や寄留の人のために残しておくことも神さまから命じられた大切な掟でした(申命記24章20節)。

 もう一つオリーブの木は焼けつくような日ざしを避ける木陰も提供してくれます。常緑で7メートルあるいはそれ以上に高くなります。

(96年10月)

ライオン(獅子) 石垣 通子

 現在、ライオンの分布はサハラ砂漠以南のアフリカ大陸と、インド西部の森林に少数になっていますが、古代には中近東やペルシャを経てヨーロッパ南部にまで広がっていました。従って旧約の世界では最も強く猛々しい動物として随所に登場します。

 最も有名な箇所は何といっても土師記14章に出て来るサムソンの物語、そしてダニエル書6章の話。又ダビデがゴリアトを倒す時に、羊を襲う獅子を殺した時のように石投げで倒す話はサムエル記上17章に出ています。

 最初に登場するのは創世記49章9節、12部族の一つ、ユダを象徴する時に若い獅子としてあげています。

 その他、詩編、預言書、ヨハネの黙示録にも。さらに外典聖書のダニエル書補遺「ベルと竜」にも出て来ますし、「マルコによる福音書」のマルコのシンボルでもあります。

 ペトロの手紙一の5章8節には『…あなたの敵である悪魔が、ほえたけるライオンのように……』とあり、ヨハネの黙示録5章5節では『…ユダ族から出たライオン、ダビデのひこばえが勝利を得たので、七つの封印を開いて、その巻物を開くことができる。』と表現されている人こそ、イエス・キリストです。

ぶどう  石垣 通子

 最初に登場するのは創世記9章の洪水の後にノアがぶどうを栽培します。古代の人々は地面や壁に這わせる方法で、支柱や棚を使うようになったのは後のことでしょう。パレスチナ地方のぶどうの木は、時には直径40センチの樹木になることがあり『彼はろばをぶどうに木に、雌ろばの子を良いぶどうの木につなぐ』(創世記49章11節)。

 又、イエス様も『わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である』(ヨハネ福音書15章)とおっしゃっている。同じ箇所で『手入れをなさる』と言われるように、剪定が必要である。イザヤ書5章1~6節にはイスラエルの人々をぶどうにたとえて、手入れをされた様子が目に浮かぶように書かれている。そして重さ5~6キロほどの房になり、民数記13章23節に出て来るように『房のぶどうの付いた枝を切り取り、棒に下げ、二人で担いだ。』となる。

 聖書には次のような表現もある。『人はそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り』(ミカ4章4節)これは平和と繁栄を意味している。又、『干しいちじく一かたまりと干しぶどう二房を与えて食べさせると元気を取り戻した。』(サムエル記上30章12節)

ヘビ・マムシ(蛇/蝮) 石垣 通子

 イエス様の言葉に「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」(マタイ10:16)とあります。イスラエルの人々は蛇は知恵を持った動物と考えていたようです。彼らは大きな獲物を呑み込む時は顎の部分に特殊な骨があり、下顎を大きく開くことが出来ます。又中には毒を持ったものも多く、毒蛇による人身事故が多いため、その頭を砕くことが必要だったと思われます。「彼はお前の頭を砕き…」(創世記3:15)とあります。もともと毒蛇の毒は獲物を殺すためのものです。そして一度使ったら、再び毒をためるには時間がかかるのです。

 又、蛇は薬用としても使われたり、スープなどにして食用ともなりますが、聖書は食べる材料ではなかったのです。レビ記11章41節の汚れたものとして腹で這うものは食べてはならないとしてあるが、同11章29節に蛇は入っていません。

 又、バプテスマのヨハネがファイサイ派やサドカイ派の人々に対して「蝮の子らよ……」(マタイ3:7)と叫ぶ。

 蛇は最初の書である創世記3章にエバを誘惑する話に出て来ます。そして最後のヨハネの黙示録20章にも出て来ます。

カラス   石垣 通子

 最初に登場するのは有名なノアの洪水の物語で、水が引いたかどうかを確かめるために放されるが、二度と戻ってこないし、何をしたかもわかりません(創世記8:6ー7)。カラスは当てにならなかったということでしょうか。

 又、預言者エリヤがアハブ王から迫害されて身を隠した時、神様はカラスを使って エリヤを養われました(列王記上17:2ー7)。しかし、又一方では、カラスは汚れた動物の中に入れられています(申命記14:14)。

 又、イエス様の有名な言葉で「カラスのことを考えてみなさい。……」(ルカ12・24)はマタイではただ単に鳥となっています(6:26)。その他、雅歌、詩編、ヨブ記、箴言など様々な所に出て来るのを見ると、昔から人の近くで暮らしていたことを示しているのでしょう。

 また、日本でも「カラスの濡れ羽色」というように女性の黒髪を表現するのは洋の東西を問わないようです(雅歌5:11)。

(96年 3月)