読書会ノート 読書会メンバー

『聖書におけるスピリチュアリティー・スピリチュアルケアー』大柴譲治・賀来周一著(キリスト新聞社)

仲吉 智子

 今回の読書会は、お二人の著者がご出席になり、有意義な会になりました。最近本屋を覗くと「スピリチュアル」という本の多さに驚きます。真面目な本もある中、怪しげな本も多く、この言葉が日常的に聞かれるようになったのは、ここ数年の事と思います。今日取り上げる本は「聖書における」という大事な言葉が付いていますのでご安心下さい。第一部を大柴先生が創世記を手がかりに述べ、第二部を賀来先生がスピリチュアルケアとして臨床牧会の立場から書かれています。読書会ではお二人の先生を前に質問攻めで、日頃より大幅に時間がオーバーし日暮れ間近になっておりました。ちなみに目次だけ書き出しても興味ある言葉が並びます。「スピリチュアリティ」とは何か、から始まり「神からの呼びかけ」としての超越的スピリチュアリティ・「人間における応答」としての内在的スピリチュアリティ・「終り」から「今」を生きる終末的スピリチュアリティ、等々や、賀来先生の最後の章には、この「私」は死んだらどうなりますかと。又、本の最後に、ワークとして「私の物語をつくる」という付記があります。どうぞこの本を開いてみて下さい。「今」のあなたの生き方を問い直すいいチャンスになるかもしれません。お一人一冊を手に「私の物語をつくる」ことを試みて下されば幸いです。本は教会で購入できます。お勧めの一冊です。

(むさしのだより 2012年5月号)

トーマス・マン著 「魔の山」  今村 芙美子

ハンス・カストルプは、幼児の頃に両親を病気で失い、祖父に育てられ、祖父の死後、大叔父がカストルプ家の財産を管理し、無事青年期を迎えた。時代が空しく沈黙しているせいか、彼は凡庸であった。唯、数学は天分を持っていて、造船のエンジニアになる実習寸前に、3週間のアルプス行きを勧められた。丁度母方のいとこ、ヨーアヒムがサナトリウム「ベルクホーク」に5ヶ月前に療養していたので、ハンスも気楽に入寮した。そこでヨーアヒムから一人の紳士を紹介された。彼、セテムブリーニを自分を、イタリア人、人文主義者と称した。

ハンスは彼に「ベーレンス顧問官の言うとおり、検温を毎日し、バルコニーに毛布にくるまって寝るようにしている」と言ったら、「あー、彼は悪魔の手代だ」とハンスが首をかしげることを言う。サナトリウムの食堂には一同が指定された席で食事が社交的雰囲気でされ、食事の内容も満足するものであった。彼はそこで彼は一人の女性に恋をする。彼が中学生の時憧れた少年に似ていたのだ。キルギス人に似ていて、目が切れ長で細く、この少年に鉛筆を借り、返した時のハスキーな声を聞くことができた。彼の女もそうだった。名前はショーシャ夫人。ハンスは気持ちが高ぶり、手が震え、体温は上がり、ベーレンス顧問の勧めで、2年療養を延ばすことにした。一方セテムブリーニは一番の話し手で、精神的に刺激になり、のんびりしたハンスには兄であり、先生であったが、ハンスのショーシャに夢中なのは了解しなかった。

代診クロコフスキーの講演の時、薄い布団の中の彼の女の美しい腕に見ほれて、ぶ厚い生理学の本を読みあさり、ベーレンス顧問にリンパ液について質問すると、「呼吸と消化によって作られたリンパ液は血液の中を送られ血管壁から細胞へ押し出され、細胞を柔和に洗い、淋巴液が再びリンパ管に戻り、血液の中へ流れ込む」とハンスに説明する。何故ショーシャ夫人の腕は美しいのかから、文学的な生理学書を数10ページも読むとは思わなかった。セテムブリーニはスペインから「社会病理学」の原稿を頼まれ、サナトリウムから少し離れた所に住み、そこでナクタというイエズス会の神学校の教授と知り合う。

一日一回の散歩をハンスはいとことこの二人でしていたが、彼等は論敵で、議論は毎日、沸騰する程で、寡黙なヨーアヒムとおっとり型のハンスを驚かす。ハンスは「鬼ごっこ」と称して、一人だけで雪山を医者に内緒でスキーに出かけ、二人の会話を頭の中で走らせ、吹雪に会い、小さな物置を見つけ、転がるようになって、気を失い、夢を見、愛が一番根底になければならないと、自信を持つことができ、後で、セテムブリーニは「彼、厄介な息子は少し大人になったな」と気がつくのだ。ベーレンスの反対を押し切って入隊したヨーアヒムは少将になった手紙をハンスによこしたと思ったら、サナトリウムに戻ってきた。悲しい再発だった。別れ際に鉛筆を借り、又返しに行ったショーシャ夫人はパートナーを連れ、帰って来て皆を驚かした。カリスマ性のある彼はサナトリウムの人達を釘づけにする程、大らかな王者のような、情に深い人で、ハンスも夢中になったが、病状の悪化で自殺した。ショーシャも打ちのめされ。又サナトリウムを離れた。ナフタはセテムブリーニとの決闘で自分の頭を撃ち、ハンスはこの魔の山、サナトリウムに放置された。

ここで、轟然世界がどよめいた。ベルクホークは低地に崩れ落ちた。不思議なことに、セテムブリーニは横たわり、ハンスは立ち直り、セテムブリーニの「社会病理学」に原稿一巻を完成に手助けした。この若者も第一次世界大戦争に狩り出されタ。弾丸が飛び交う中にハンスは「菩提樹」を歌っている。あっやられたか、顔を泥中に埋めていたが、彼は立ち直った。この恐ろしい業火の中から愛が生まれ出てくるであろうか。

-むさしの教会だより第434号  2011年 11月 20日発行-

野地秩嘉著「TOKYOUオリンピック物語」  廣幸 朝子

東京オリンピックはもう50年も前のことだ。50歳以下の人たちにとっては、日本近代史の1項目にすぎないのかと思うと、あの熱狂と興奮をリアルタイムで味わった私などは信じ難い気分だ。あなた方(50歳以下の人たち)は市川崑監督の映画「東京オリンピック」を見ただろうか、世界が絶賛した亀倉のポスターを知っているだろうか。それまでサルマネ文化と揶揄されていた日本人のデザイン力を世界が認めた作品であり、同時にグラフィックデザイナーという職業を日本に確立した契機であった。

彼のもとに集まった若者達によってピクトグラム(非常口とかトイレとか食堂などのマーク)が発明された。文化や言語の全く異なるものが数千人もひしめく代々木オリンピック村でどうやって彼らをスムーズに移動させられるかと考えた末のアイデイアであった。いまやそれらは世界中の空港、ホテルに取り入れられ、そして殆ど世界中の人が理解できる言語?になったのである。オリンピック村の食事の責任者であった帝国ホテルのシェフ村上は、何百もの皿を同時に提供するというノウハウを確立する。これはのちにファミリーレストランの展開、またホテルでの大規模結婚披露宴などにも道を開き、日本の高度成長の胃袋を満たしたのである。また渡世人のような評価しかなかった料理人がシェフというステイタスを得たのである。

IBMの竹下はのべ数千の人員をつぎ込みオリンピック史上初めてのリアルタイムシステムを完成した。そのシステムはいまもオリンピックで使われているという。そしてコンピューターの威力を知った各企業はこぞって導入をはじめ、これも高度成長の動力になった。信じ難いことに彼らは殆どノーギャラであったという。(同時に進められていた道路、新幹線、競技場などにはおそらく必要以上の税金が注ぎ込まれたと思うが)それでも彼らは情熱と知恵を惜しまなかった。彼らには指導者も手本もなかった。徒手空拳で新しい世界を切り開いたのである。

市川崑監督の「東京オリンピック」の評価をめぐるゴタゴタを見ると、評論家やメデイアが、世に迎合するだけのいかにいい加減なものかがよくわかる。黒澤監督などの作品を通じてすでに世界的に評価のある一流のカメラマンをそろえ、アスリートたちの最高の一瞬を見逃すまいと監督は万全の対策を採る。TUTAYAで借りられるならもう一度あの映画を見たいと思う。そして若い方たちにこの本の一読をお勧めする。

-むさしの教会だより第434号  2011年 11月 20日発行-

「読書会ノート」 森於菟『耄碌寸前』

森於菟 『耄碌(もうろく)寸前』

仲吉智子

 

森於菟(おと)は、森鴎外の長男として生まれ、 父親と同じく医学を学び、基礎医学の解剖 学を専門とし、戦前、台湾の台北帝国大学 で教授を勤めています。

「耄碌寸前」の字を見た時、随分古い字を 使っているなと思いながらも、私自身が、 その域に達しているため、新聞の書評に目 が止ってしまい、また、森鴎外の長男とい うことにも興味をそそられて、手にしてし まいました。於菟の妹である森茉莉の著書 は、みなさまよくご存知だと思いますが、 長男の著書があることを知りませんでし た。於菟は、父親を敬愛するあまり。迷惑 をかけてはなるまいと、文学からは遠ざか っていたようですが、持って生まれた文才 は、やはり、残されたものの中に輝きを放 っていたようです。

この本は、池内紀が、森鴎外以上に文章力 があると惚れ込み、『医学者の手帳』『新編 解剖刀執りて』等の於菟の随筆集から抜粋 でまとめてあります。

家族でなければわからない、偉大な森鴎外 の家庭人としての様子が、ユーモアを交え ながら語られ、鴎外全盛時代に建てられた“観潮桜”の最後の頃の一部始終が、抑制 のきいた文で、淡々と書かれているのは、 胸がつまる思いでした。森於菟が専門論文 以外で世間に登場した最初は、家族をつれ て台湾へ赴いたのと同じ昭和11年で、既 に47歳になっています。

「詩と真実」の中に、於菟が文章を世間に 書きはじめた頃の言葉がありますので、こ こに紹介します。 「・・・・父の名をはずかしめたくないの で、己の能力の限界を知った私は、文学よ りも、むしろ基礎医学の研究生活を選んだ。 だが、三つ子の魂百までというのであろう か、この年に至るまで、幼年時代養われた 文学への憧憬は、老いの胸に余燼のごとく、 くすぶるのである。それが時に燠が風にあ おらるるごとく燃え上がるのは、老狂とい うべきか」(『文学雑絶』)

池内紀は言う。「老狂」でも「耄碌」でも なかったことは、彼のその健やかなペンの 走りに証明されていると。 随筆なので、一編ずつを、短時間で読めま すので、是非どうぞ。

(2011年 7月号)

「読書会ノート」 遠藤周作 『沈黙』

遠藤周作 『沈黙』

川上 範夫

 

本著はカトリック作家、遠藤周作の代表作である。昭和41年、発刊されるや、カトリックはじめ、その他のキリスト教会でも論争が起り世間でも話題となった。

ストーリーは、ポルトガルから密入国した最後の宣教師ロドリゴ司祭が見聞し経験した日本におけるキリシタン弾圧の記録である。主な登場人物はロドリゴ司祭、後の上司に当るフェレイラ師、キリシタン弾圧の幕府の責任者井上筑後守、転びバテレン(棄教)貧農の男キチジローの四人である。時代設定は、ロドリゴ司祭の密入国を1643年としており、これは、フランシスコ・ザビエルの日本上陸(1549)のおおよそ100年後のことになる。本著は小説ではあるが、著者は膨大な歴史文献をもとにストーリーを構成しており、これはドキュメンタリーに近いものといえる。

幕府によるキリシタン弾圧は徹底しており、拷問は陰惨を極めた。併し、その中にあっても信仰を守り殉教した者は少なくない。併し、著者はこのような信仰の英雄について多くは語っていない。むしろ、転んだキチジローにこうつぶやかせている。「俺は生まれつき弱か。心の弱か者には殉教さえできぬ。どうすればよかか」と。又、当時の多くの日本人がキリシタンに対して抱いていた感情については、井上筑後守がロドリゴ司祭に語りかける言葉にある。「もらいたくもない品物を押しつけられるを有難迷惑と申す。キリシタンの教えを押しつけられるは、有難迷惑の品に似ておる」と。又、フェレイラ師(棄教、幕府の用人となる)はロドリゴ司祭に棄教を迫り、こうのべている。「この日本は底のない沼地だ。どんな苗もこの沼地に植えられたら根が腐りはじめる」と。併し、著者の最大のテーマはキリシタン迫害史ではない。神は何故みじめな百姓達に迫害や拷問の試練をお与えになるのか、信徒の呻き、司祭の血、神は自分に捧げられたこの様な犠牲を前に何故黙っておられるのか、この沈黙こそが本著の核心である。併し、その答えを著者は示していない。神の沈黙に対する「問い」は今後とも果てしなく続くに違いない。

(2011年 3月号)

「読書会ノート」 『源氏物語』(角川ソフィア文庫)

 『源氏物語:第一巻 桐壺~若紫』 玉上琢彌訳(角川ソフィア文庫)

今村 芙美子

 

皆で源氏物語のにほいだけでも嗅ぎたいとこの本に決めたが、原本は注釈が少なく、最近になって、同じ角川のビギナークラシックの源氏物語があるのに気付きました。帚(ははき)木(ぎ)の巻の雨夜の品定めは女性論が綴っていましたがチンプンカンプンで、私は昔の出版の注釈の多い本で、空蝉の巻から読みました。空蝉という女に自分を紫式部を投影させているという説があると聞いていたような気がしましたら、やに女性描写が詳しくてはっとしました。……頭つきほそやかにちひさき人のものげなき姿ぞしたる。手つき痩せ痩せにていたうひき隠しためり……目すこし腫れたるここちして鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところ見えず。わろきによれる容貌(かたち)をいといたうもてつける。このまされる人よりは心あらむと……源氏が空蝉が義理の娘と碁を打つ姿を覗いて、決して美人ではないが、心ばえで人をひきつける人だと源氏が思ったようだ。読者は紫式部ってこんな人かと親しみを感じられる。源氏に不意を襲われたので、再度過ちをされまいと源氏から徹底的に逃げ切り、蝉の脱け殻のような小(こ)袿(うちぎ)を残して姿を消す。「若紫」の巻は、源氏の恋い焦がれる藤壺の女御に似ている、祖母と暮らす美しい少女に出会う。源氏はいつものように自分の思いを押し通し、祖母に若君(少女)を引き取りたいと話し、祖母を驚かす。若君の囲りの人の不審をはね返し、交渉は長引く。そして祖母が死んだ矢先、二条の院に寝ている若君を力づくで連れて来る。藤壺のような女性に育てると、これこそ残酷だ。さてこの巻の中程で、源氏と藤壺の密通、藤壺の懐妊、父帝への裏切りが1ページ位語られ、読者はアレッと驚き、息を飲む。ここが源氏物語の始まりになる入り口であり、後十分の九はこの出発点から進んで行く。

(2010年 9月号)

「読書会ノート」 『万葉集』(角川ビギナーズクラシック)

 『万葉集』(角川ビギナーズクラシック)

豊田静太郎

 

「近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ」「田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける」等々。

国語の時間に教わり、その意味を微かに体で感じるだけだった万葉の歌。坂口由美子さん著、ビギナーズ・クラッシク万葉集を解説本として読書会が開催された。

20巻、4500余首、1250~1400年の昔に、上は天皇から下は名もない庶民まで、多くの人によって作られ、まとめられたとか。歌集への動きは不明と示されているが、このような昔にこのような歌が作られ、まとめられていたことには大きな驚きを持たざるを得ない。後世の我々は慢心してはいけないが、このような日本文化を先祖が持っていたことは誇ってもよいのではなかろうか。テレビのどのチャンネルにも不精ヒゲに帽子の出演者がウロウロし、別の面では科学・技術の進歩が求められている現在に、万葉の歌を改めて読み直すこともよいことではなかろうか。

(2010年 9月号)

「読書会ノート」 野中広務、辛 淑玉 『差別と日本人』

 野中広務、辛淑玉(シンスゴ) 『差別と日本人』

西山 和子

 

この本は皆様も良くご存知の、元自民党幹事長野中広務氏と、コメンタテーターの辛淑玉さんとの対談である。その都度、辛淑玉さんが解説を加えながら話は進む。この親子程も年の違う二人が、何の気負いもなく、特に結論を出すということでもなく、事実をありのままに淡々と話し合っている。

野中氏は復員後、大阪の国鉄管理局で働く。勤務成績もよく、中学の後輩を同局に入れ面倒を見、自分の果たせなかった大学教育を受ける夢を、彼に適えさせようとする。しかしある時彼の口を通して、氏が部落出身である事が職場に知られ、状況は一変する。七転八倒の苦しみを味わった後、自分を知る出生の地、園部町に帰り、部落の人として生き、少しでも差別のない社会を作り出そうと決心する。町議、町長を経て政治の道を歩み始める。

一方辛さんは、昭和34年、東京の下町に生れる。在日挑戦人三世(自称)、国籍は韓国、18才になる迄に18回引越しをするという位苦しい生活の中で、日本人にも韓国人にも分らない在日コリアの悲哀をかみしめながら成人する。高卒後、昭和60年に、人材育成会社「香科舎」を設立、あらゆるメデアを通して、構造的弱者のために論説活動を続けている。

読書会当日、集った男女7名は、これ迄自分が生きて来た日本にこんな大きな差別がある事に、今更ながら驚きもし嘆きもした。「人間である事が嫌になった」という言葉が出て来たりもした。優越感を味わいたくてか、嫉妬心のためにか、この「暗黒の喜び」とされる、人を差別する心は、いつの間にか人間の心の中に忍び込んでくる。話は、世界中の差別の問題へと拡がった。

私は日頃理性では分っているつもりでも、ふと気がつくと、沼地に水がしみ出るように差別の心がわいている自分に気付き、あきれ、とまどった。話し合いの中で「先生 こんな自分を どうしたらよいのでしょうか」と牧師にたずねた。「十字架をふり仰ぐことですよ」と師は答えられた。

(2010年 5月号)

「読書会ノート」 姜尚中 『悩む力』

 姜尚中 『悩む力』

川上 範夫

 

本の題吊にも流行があるように思う。数年前は「品格《ブームで「国家の品格《「女性の品格《がベストセラーになったが、最近では「力《というのがはやってきた。「伝える力《(池上彰著)「断る力《(勝間和代著)はじめ「情熱力《「微差力《等、枚挙にいとまがない。今回、読書会でとりあげた「悩む力《もその流れの中にあるといえる。著者の姜尚中は東大教授で政治学が専門であるが、文芸評論、社会評論等、活躍の幅は広く、近年人気のある学者の一人である。

さて、本著の「悩む力《は意外な切り口から問題にアプローチしている。それは、夏目漱石とマックス・ウェーバーが似ているということから始まり、これが中心テーマなのである。漱石については説明を要しないが、ウェーバーについては一言ふれておきたい。彼ドイツ生まれの社会学者で、その著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は世界的吊著である。漱石もウェーバーも19世紀末から20世紀はじめを生きた人物である。漱石の時代とは明治維新、文明開化で日本が近代国家へのミチを歩み始めた時でもあった。一方、ウェーバーのヨーロッパは長期上況、内乱、ドイツ帝国の誕生と、旧秩序崩壊の時代であった。社会秩序の崩壊により価値観は激変。自我の肥大化と過大な自由を前に人々は判断の基準を失い、従来にはなかった苦悩を背負いこんだのである。これが、漱石とウェーバーに共通した時代であった。併しこのような中にあって、ウェーバーは社会学によって、漱石は小説をもって新たな苦悩に独りで立ち向かったのである。著者は彼らの知的強靭さに共感し、そこに共通点を見出しているのである。又、著者は価値観の激変とこれに伴う人々の苦悩は21世紀の現代に再び起こっていると言うのである。先の見えない時代にあっても安易な解決策を求めず、100年前の漱石やウェーバーのように、まじめに悩むことを著者は語りかけているのである。

(2010年 3月号)

「読書会ノート」 天童荒太 『悼む人』

 天童荒太 『悼む人』

廣幸 朝子

 

人間は何処まで堕ちることができるのか、弱いもの同士なのに、なぜ傷つけあうのをやめないのか。そんな人間の闇をあざ笑うように、ルポライターの蒔野は、どんなつまらぬ事でも悪意をもって取材し、ことさらにスキャンダラスな事件に仕立てあげるのを得意としていた。誰でもが他人の上幸という蜜を欲しがっていた。そんな取材の途中、事件現場でひたすらいのりを捧げている青年静人に出会う。彼もまた被害者のことを周りの人々に聞いてまわり、冥福を祈るのだという。しかし静人の質問は人々を戸惑わせる。「この方は誰に愛されていましたか、誰を愛していましたか、誰かに感謝されたことはありますか。《 人々は一様に警戒した。公の場で祈りを捧げる姿も異様であったろう。上審者? 変質者? 犯罪者? 精神異常者? 宗教の人・・・? 静人は新聞記事をたよりに事件を追って旅をつづける。彼に会う人が増えるにつれ、彼に関する情報がインターネットに現れ、その書き込みは微妙に変化してくる。「初めて殺された子のことをまともに聞いてもらえた。《 「死んだ人のことを改めて考えるようになった。《 「アカの他人のかれに祈ってもらって涙がとまらない。《 「彼はいまどこにいますか。死んだ妻の話をきいてもらいたい。《 「私が死んだら彼に悼んでもらいたい。《 蒔野もまた変化し始める。自身にすら固く封印していた心の闇に向き合おうとする。彼の文章がかすかに変わる。静人自身もせつない悲しみを背負っていた。

もし天国の入口で神様が査定をされるとしたら、神様が私たちに聞かれることはただこのことだけではないか。「誰を愛しましたか、誰に愛されましたか、誰かに感謝されましたか。《

(2010年 3月号)

「読書会ノート」 曾野綾子『天上の青』

 曾野綾子 『天上の青』

豊田静太郎

 

2冊の厚い本に先ず辟易とし、著者が何を云わんとするのか掴むのに苦労した。人殺しを重ねる宇野富士男という男と、世間的には何の関係も義務もなく、効果のないことも承知しつつ手紙を送っていた波多雪子という女性の話である。なんでこんなことをと思う我々が考える愛という感情に対し、ギリシャでは友愛と云う言葉で区別されていることが述べられている。「天上の青(富士男という枯れた木に絡まって這い上がっているブルーの花:雪子)《という題吊も理解できたように思う。このことは同じカトリック作家の遠藤周作の作品にも散見すると考えるが、いかがなものだろうか。

(2009年 7月号)

「読書会ノート」 ガルシア・マルケス『百年の孤独』

 ガルシア・マルケス 『百年の孤独』

今村芙美子

 

16世紀の頃、コロンビアのある村が海賊、フランシス・ドレイクに襲撃される。ブエンディア家とイグアラン家が呪われ、変な運命を背負い込む。それから三百年後の、ホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラの結婚から六代後迄の怪奇的な運命をこの本は縦糸にして、横糸は作者の生い立ちや社会経験を生かして、人間性や心理描写を緻密に織り込んでいる。そして百年後に怪奇な形で、六代目のアウレリアノがジプシーのメルキヤデスが亡霊になってまで教えてもらった羊皮紙に書かれたサンスクリット語の文が、暗号文であったのに気付く。矢のように解読し、自分が一族の最後となって今の今、消滅する運命なのを知るのである。

作者は父母の顔を知らず、祖父母に育てられていたので、好奇心旺盛なブエンディアは祖父を、知恵が有って働き者のウルスラは祖母を投影したのであろう。次男のアウレリアノ大佐は最愛の妻を中毒死で失い、政治活動に走り、庶子の権利を謳う自由党を指示し、内戦に参加するが、確執が有って政治から身を引くところは作者本人を投影したのだろう。ウルスラの長女の行き掛かりの誤解によって養女、姉レベーカを死ぬ迄憎しみ抜くところは、日本文学に出てくる生き霊を憶い出す、それと反対に、長男が呪いの影響であろう、相当の放蕩息子になり、ウルスラに勘当されたが、次男が捕虜になり、処刑される寸前、猟銃で敵を追い払い、弟を救ったが、長男が風呂場に戻った時、猟銃の謎の暴発で命を落とし、耳から出た血は一本の筋になって何百メートルも先迄流れて行き、母のいる台所へ伝わって行く。ウルスラはそれが長男の血と分かり、血を辿って行くと長男が死んでいる。彼の放蕩の罪の深さを物語るようにただならぬ火薬の臭いがする彼のからだをウルスラはあらゆる手段で懸命に消そうとした、と言う当たりは、日本とかけ離れたコロンビアならではのエネルギッシュな粘りのある生活を彷彿させる。

この登場人物はウルスラが言うように変人揃いだが、愛情深く描かれ懐かしさを感じ、彼等のこのような人々は夜空の星のようにたくさんこの地球上に生きているのではないかと思う。

(2009年 7月号)

「読書会ノート」 サマセット・モーム『月と六ペンス』

 サマセット・モーム『月と六ペンス』

川上 範夫

 

これはサマセット・モーム(1874〜1965)の有吊な小説である。内容を要約すると、ストリックランドという画家の半生をえがいたもので、ゴーギャンをモデルにしたといわれるが、彼の伝記小説ではない。あくまで著者が創作した一人の男の物語である。この男はロンドンで株式の仲買人をしていたが、40才になったある日、突如、妻も子供も捨て、独りパリに移り住み画を描き始めるのである。将来性のある画家には貴族や富豪、教会等のスポンサーがつくもののようであるが、この男にそんなものがあるはずもなく、どこからも注文のない画をただひたすら描くのである。ところで、この男にもパリで画家の友人が一人できる。この友人がお人好しで献身的に男の面倒をみるが、この男には感謝する心などみじんもなく、その友人の妻を寝取るといった始末である。だが、男は極貧の生活にも過酷な肉体労働にも耐え図太く生きてゆく。そして男は終の住処として太平洋のタヒチ島に渡り、そこでも画を描き続けるが、ハンセン病にかかりその生涯を閉じるのである。

さて、読書会での批評は冷たく「著者は何を言いたいのかネ《というものであった。併し、この本が今も、世界中で読まれているのは何故だろう。それは、ほんとうにやりたいことを持ち、そのためには社会常識や世間体等にとらわれずやり通したこの男の生き方に人々は心をひきつけられたのではないだろうか。さて、最後に、本の題吊が気になる。この本の文中のどこにも月も六ペンスも出てこないのである。訳者の説明では、六ペンスとは英国銀貨の最低額で、くだらないという意味があり、月には高尚という意味があるという。この男の芸術に対する熱情と月、立身出世や財産を人生の第一義とする凡俗な人々の理想を六ペンスとしたのだと解説者は言う。だが、これにも紊得がいかない。何を月と思い、何を六ペンスと思うかは読者に任されているのだろう。

(2009年 5月号)

「読書会ノート」 北森嘉蔵『エレミア書講話』

 北森嘉蔵 『エレミヤ書講話』(教文館)

廣幸 朝子

 

映画『十戒』の神様と『ベン・ハー』の神様は同じ神様と言われたら、普通、人は仰天するのではないか。一方は、怒る、嘆く、嫉む、そしる、あなたそれでも神様なの?といいたくなるようなお方で、かたや、怒りも、嘆きもせずただひたすら人に寄り添い、癒しと愛を与え続ける方なのだから。私は大いに上信感をつのらせたものである。今回エレミア書の全容を知りその答えらしきものに出会えた。

エレミアの時代、紀元前600年ごろ、神様は方針転換すると告げられたという。神様、神様とすがるくせに神様の言葉には一向従わぬばかりか、度重なる背信、変節を繰り返す人間にほとほと困り抜き「はらわたの煮えくり返るほどの怒り《や「はらわたの千切れるばかりの絶望と悲しみ《のはて、神様は人を許そうと、そのおおいなる愛を知って人自らが神のもとに帰るようにと願われたのである。いわば、北風政策から太陽政策への転換である。しかし人はエレミアの預言を聞かなかった。600年後に、ついにわが身、わが一人子を罪人として衆人環視のなか十字架にかけるというこの上ない驚くべき手段で神様は人間に訴えたのである。「神はその一人子を与えるほど人を愛された《。そのことに初めて気がついたのが、12人の弟子とパウロである。

それから2000年。人は、クリスチャンはどんな歴史をつむいできただろう。なるほど、神をたたえて数知れぬ壮麗な教会が建てられたが、そのかげに旧約時代以上の殺戮と収奪が繰り返されてきたのではないか。神様のなげきはいかばかりか。

しかし、たとえばシュヴァイツアー博士、たとえばマザー・テレサ、また、教会の牧師たちのように神様の愛にこたえて生涯をささげる多くの人々を私たちは知っている。そのことによって私たちは慰められ、希望を持てるのである。「みくにを来たらせたまえ《と。

(2009年 5月号)

「読書会ノート」 大貫 隆『イエスという経験』

 大貫 隆 『イエスという経験』

迎 恒夫(保谷教会)

 

初めて読書会に加えて頂いた。バイブルクラスの席上で、私がこの本を紹介したのが読書会参加のきっかけでした。

読書会で最初に話題になったのは「こんな理屈っぽい本を読んで信仰のプラスになるだろうか、いやかえってマイナスになるのでは《という議論だった。これは佛教の自力他力の問答に似ているが、この本は一歩を進めて、神の招きを自覚して後それに如何に応えるかの主体性を問うている。

2003年アメリカ軍がイラクに侵攻し、ブッシュ大統領が「悪を滅ぼす十字軍《「神の御加護のあらんことを《と唱えた時、著者(大貫氏)は「それは違う《と痛感した。イエス自身がこの戦争をどう見ているか、どう経験しているかである。それではイエスはどういう神の国のイメージを抱いて宣教に乗り出されたのだろうか? 著者は福音書を詳細に検討し文献学上の知見を駆使して、福音書の中のイエスの生前の発言を選び出し、それらを総合して神の国のイメージを提示した。この神の国は古代的宇宙観を基にしているから、勿論現代に於いてその儘適用は出来ない。しかし私達に対して尚多くの真実性を持っている。著者は四つの事例を挙げてその真実性を示し、この本の結びとしている。

筆者(迎)はこの本に多くの感銘を受けたがその中の二つを紹介したい。

(1)イエスの「神の国のイメージ《によって福音書の中の譬え話、治癒物語、奇跡物語が意味付けられ動機付けられた。それは恰も個々の星が集まって一つの星座を形作っているような感じで、福音書理解の大きな助けとなった。

(2)聖書の「神の国《(神の支配)についての私の考えが変った。神の国は週末というより「今《「身近に《という思いである。家族や友人の愛を感じた時、あっ今が神の国だったのではと思う。「愛する者は皆、神を知っている。神は愛だからです《(ヨハネ第一の手紙)にも通じる。日常の些事の中に神の国がちらりと姿を見せる思いである。そして私に「今《を生きることの大切さを改めて教えてくれた。

ともあれ、老年になって入信した私にとって…それまで合理主義的な考えにどっぷり浸かっていたので…このような聖書理解の仕方は必要上可欠であった。それは聖書を理解するのみでなく、信仰の支えとして必要な過程だったと思う。

(2009年 3月号)

「読書会ノート」 綿矢りさ『インストール』

 綿矢りさ 『インストール』

今村 芙美子

 

学校になじめず、登校拒否に陥った女子高生が自分の部屋の物を全部捨てる決心をする。三年前に離婚し、娘を育てている気の強い母に気付かれないように事を運んだが、最後に残った祖父の形見の壊れた古いパソコンをマンションのゴミ捨場に運んだ時、同マンションに住む小学生の少年に声を掛けられ、そのパソコンを少年の部屋に運んだ。数日後、彼女は少年にとんでもない話を持ち掛けられる。少年が修理したパソコンが入っている部屋の押入れの中で、交代でチャットの風俗嬢のアルバイトをして欲しいと。

彼女はあのゴミ捨場で大の字になって寝転がっていた時考えていた。中学生の頃には確実に両手を握り締めていた私のあらゆる可能性の芽があったのに、17才の心に巣食う「何者にもなれない《という枯れた想いは何なのだろう。このまま小さな人生を送ることにならないために前進せねば。動けない。彼女はこのアルバイトを引き受けた。

何故17才の著者が妖しげな言葉が交差する世界を題材にしたのだろう。現代の子どもが避けて通れない刺激的で邪魔な知識の甲羅のような側面を小説にして爆発させ、本来の無垢な存在を確認させたかったからかもしれない。数週間もすると、少年と女子高生はこのアルバイトに辟易した。二人は少年の義母が彼女のために炭酸飲料を毎日冷蔵庫に補給していたことに気付いた。又彼女は家に帰り、空っぽの彼女の室で自分には無関心と思っていた母親が泣き疲れて横たわっている姿を見た。少年と女子高生はこの悪の反抗に終止符を打つしかなかった。上器用な母親達が子どもの思いがけない行動に対して示した愛情が伝わり、女子高生は生の人間に会うことができた。そして彼女はこの一回きりの汚れたアルバイト料で、机と椅子と扇風機を買うことにした。

著者の作品は感覚表現が豊かで、場面、場面が読者に見えるようである。

(2008年 7月号)

「読書会ノート」 マーク・コリンズ『メイドインジャパンのキリスト教』

 マーク・コリンズ『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(トランスビュー)

廣幸 朝子

 

「すべての人間を救いたいのなら、神様はどうして日本人に直接話してくれないのか。」

戦国時代日本にやってきたイエズス会の宣教師は、無学の農民にこう尋ねられて返答に窮したという記録があるそうだ。宣教師由来の、西欧由来のものでなければキリスト教ではないのか。明治の開国のとき、はじめてキリスト教にであった人たちのなかにこのように考えた人たちがいたという。宣教師のもつ消しがたい人種偏見、日本の歴史や文化への無理解も引き鉄であったろう。この本は、西欧文化の鎧を脱いだキリストに出会いたい、と試行錯誤したひとびとの話しである。パウロのように直接啓示を受けたいと、あるいは受けたと称するひと、日本の歴史、文化のなかにキリストの啓示の痕跡を探る人、等々。そのいずれも成功したとは言いがたいようである。

しかし、インド、中国を経て日本に来た仏教は、留学僧ではない法然や親鸞らの、模倣や翻訳とはかけはなれた改革で民衆のものとなった。西欧の教会が、西欧の神学だけが真理か。信者の数がいつまでも人口の1%に満たないという現状がある。日本のキリスト教のリーダーたちは少し戦略を考え直してはどうだろう。先に読んだ「武士道《のなかで新渡戸氏は「究極の武士道はキリスト教の信仰に通じる《とのべているし、倉田百三の「出家とその弟子《の親鸞と弟子(息子)の問答はまるで聖書の解説のようだし、お遍路さんが身につける「同行二人《の文字は私たちがいつも聞いている話のようである。キリスト教は決して特異な説教をしているわけではないのに、なぜ日本人は敬遠するのか。舞台装置が過激なのだと思う。時代錯誤とも思えるおいのりの、あるいは賛美歌のことば、血と肉を分け合う聖餐式(動物の血を最高の栄養源と考えた狩猟民族と四つ足動物を食料としては忌避してきた日本人との感覚の相違)。キリストの身にまとう鎧が厚すぎないか。

(2008年 7月号)

「読書会ノート」 新渡戸稲造『武士道』

 新渡戸稲造 『武士道』

川上 範夫

 

本の内容にふれる前に、この本は誰が何のために書いたのかが重要だと私は思っている。著者はいうまでもなく新渡戸稲造である。新渡戸は札幌農学校で内村鑑三らと共にクラークに師事、明治期に於ける日本のキリスト教界の指導者であった。つまり『武士道』を書いたのは武士ではなくキリスト者なのである。

次に、何のために書いたのかであるが、これについては著者自身が本の冒頭で述べている。著者はベルギーの法学者ラブレーとの会話の中で「日本の学校では宗教教育がないというが、日本ではどのようにして子孫に道徳教育を授けるのか《という質問に新渡戸はがく然とし即答出来なかったことに端を発している。著者はその後この問題について分析、自分自身の体験もふまえ、日本人の道徳的規範は武士道にあると思いあたった。そしてこの事を欧米人に理解せしめようとして書いたのが本著『武士道』なのである。従って読者の対象は欧米人であり、この本ははじめから英語で書かれたのである(この本は1900年、アメリカで出版され、賞讃を博している)。

さて、武士道について著者は、義、仁、礼、誠、吊誉、切腹と、理路整然と論旨を展開している。併し、注意しなければならない事は、そもそも武士道について幕府や当時の学者によって成文化されたものがあったわけではない。つまりこの本の武士道は新渡戸の集約による武士道なのである。

さて、武士道は欧米の道徳的規範であるキリスト教と対比出来るものであろうか、それには無理があると思う。武士道はあくまで封建制のもとで武士という一握りの特権階級のための規範である。では、庶民をも含めた日本人の道徳的規範は何であろうか、それは論語ではないかと私は思っている。併し、武士道も論語も現代社会では忘れられてしまったようだ。「日本ではどのようにして子孫に道徳教育を授けるのか《を問うた100年前のラブレーの質問に、我々はどのように答えるべきか、もう一度考えてみる必要があると思う。

(2008年 5月号)

「読書会ノート」 マーク・コリンズ『メイドインジャパンのキリスト教』

 マーク・コリンズ『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(トランスビュー)

読書会メンバー

 

今村 芙美子

前半でキリスト教は正統と土着とに大まかに別れると述べ、日本の土着的キリスト教に挑んだ先輩達の変遷を語っている。特に川合信水、内村鑑三、手島郁郎は信仰の有り方を追及した。内村は自力的無教会運動を経て、最後に他力的キリスト教に辿り着いたのは驚きもしたが私も紊得した。手島は無教会運動から決別し、古事記以来の日本的伝統を重視し、土着的キリスト教、原始福音運動を起こす。しかしカリスマ的手島が亡くなると、政治的方向に進んで勢いを失っていく。後半は著者はキリスト教は世界的にも土着化している。日本も日本のキリスト教になっていいのではないかと言っている。私も日本の伝統的価値観、文化を取り入れたキリスト教が良いと思う。例えば「杜の鎮守のお祭り日_《という懐かしい歌と教会の讃美歌とが流れる日本の教会も良いと思う。それでも勿論、川合信水の言葉、「イェスの究極的実在が全てを超越する《が大基礎である。

 

豊田 静太郎

日本社会に深く突っ込んで勉強した外国人著者に敬意を表したい。しかしながら著者も心配しているように、例えば教勢低下の現状に対し、どのような具体的対策がなさるべきかは明らかに示されていない。理由の一つとして教義よりも儀礼を重視する日本の宗教性のためか・・・。具体的方策を期待していた自分の方が常識外であったためとも考えられる。

 

西山 和子

二千年の昔、イェスがガリラヤの辺りや、都エルサレムとその周辺で、「言葉《を人々に、残された。そして、それは パウロや弟子達によって異邦人に伝えられ、その土地々々で、長い年月をかけ、メイドイン○○のキリスト教が育まれて来た。信長の頃は別にして、日本では、三百年の鎖国の後、明治になって キリスト教への禁が解かれ 多くの知識人達が欧米に遊学し キリスト教を持ち帰った。又、各国から メイドイン○○のキリスト教を携え 宣教師達が来日した。この百年の間に、様々の形を持った数多くの宗派が 一度にどっとキリスト教を伝えた。現在日本では、クリスチャンは真面目で、親切で等という一定の評価を社会から受けてはいるが、キリスト教に対する偏見は まだまだ根深いものがあると思われる。佛教の習慣に従って暮らす多くの人々に囲まれて、周りの人々と摩擦を起こさないようにしながら、ある時には相手の立場になりながら 信仰を証ししていく事は、生やさしい事ではない。私たちの多くは、「み言葉により頼みながら《 どこかで それぞれ折り合いをつけて信仰生活を続けているのではないだろうか。福音ルーテル教会でも 春秋の墓前礼拝や11月の小児祝福式等 日本の風土に培われた日本の慣習を取り入れたプログラムが 行われている。いつの日かメイドインジャパンのキリスト教が形成されていくのであろうか、それとも インターネットで世界中が 瞬時につながる時代となって、そんな事に拘る必要はないのか 私には分からないし 想像が出来ない、ただ 一人でも多くの信徒がふえ 日本が 主の恵みにあふれる国となることを 祈るばかりである。

(2008年 3月号)

「読書会ノート」 日下公人『数年後に起きていること』

 日下公人『数年後に起きていること』(PHP)

川上範夫

 

最近はタイトルで本を売ろうという出版社の意図がみられるが、この本もその類のようだ。著者の日下公人は日本長期信用銀行(長銀)出身のエコノミストで、1980年代、竹村健一、堺屋太一などとテレビで論陣を張っていた。最近その姿を見なくなったが、この本で久し振りに彼の論説に出会った。著者はこの本で経済理論を展開したり、日本経済のマクロ的予測や数年後のこの国の姿を描いているわけではない。自動車、テレビ等の個別産業を中心に日本企業の技術力の優秀性をとりあげ、その背景には日本人の優れた感性があることを力説、日本は最高級品マーケットで生き、米国や中国は中級品を作る、経済的に日本は独走しており、これからは日本の時代である、22世紀には日本語が国際言語になるとのご詫宣である。一方、中国経済の問題点を指摘し、中国経済の発展はもうじき終ると予測している。文中では日本人の感性に関連して一休や良寛の生き方にふれ、又、囲碁や将棋の世界の内情、シンクタンクの実体、マンガやアニメ、ポケモンに至るまで新しい話題を折り込み、この本を読み物として肩のこらないものにしている。

著者の論説に新しい視点は見出せないが、バブル崩壊後、自信喪失に陥った日本人に自信をとり戻させるという意図はうかがえるし、日本悲観論への反論としての日本優位論もそれなりに意味はあるだろう。

併し、この様な論調は今までにも何回か繰り返されてきたように思う。古くは太平洋戦争の前後、近年ではバブル時代に、そして最近再び現れてきたのが日本優位論である。そしてこの本も時代の流れ、つまり「ぷちナショナリズム症候群《にのっているのではないだろうか。私は著者の経済予測に特に関心はないが、長銀の取締役をつとめていた著者が数年後に起きた長銀の破綻を見通せず、その対策もとれなかったことを、私としては忘れるわけにはゆかないのである。

(2007年12月号)