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2022年1月23日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校



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2022年1月16日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校



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【 説教・音声版 】2022年1月16日(日)10:30  顕現後第2主日礼拝  説教 「 しるしとしての奇蹟 」 浅野 直樹牧師

顕現後第二主日礼拝説教(むさしの教会)
聖書箇所:ヨハネによる福音書2章1~11節

今日の福音書の箇所は、いわゆる「カナの婚礼」と言われています水をぶどう酒に変えたとされる良く知られた奇跡物語です。この物語は内容豊富でして、古来から好まれ、様々な視点で解釈されてきたと言われます。例えば、イエスの母マリアの姿勢とか、水をぶどう酒に変えた奇跡そのものだとか、このぶどう酒の出どころを唯一知っていた「召し使い」の視点とか…。あるいは、このヨハネ福音書の

特徴としてよく二重の意味があると言われますが、そのせいでもあるのか、この婚礼の祝いを来たるべき神の国の宴会と重ねたり、あるいはユダヤ教の清めのために用いられた水をぶどう酒に変えられたということは、ユダヤ教のあり方からキリスト教の恵みへとの変更を意図しているのではないか、といった大変興味深い解説もあります。

カナの婚宴 :バルトロメ・エステバン・ムリーリョ (1617–1682) バーミンガム大学付属バーバー美術館



しかし、今日は顕現節ですので、特にイエスさまの顕現といった視点で、つまり11節の「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。」との御言葉を中心にしばらく考えていきたいと思っています。また、それがこのテキスト全体の意図を理解する上でも大切なことだと思います。

先ほども言いましたように、この出来事で少なくともヨハネ福音書においては、イエスさまは公にお姿を表すことになります。それは単に、人々の前に姿を晒すということではありません。ご自分が何者であるかということを打ち出すことです。ですから、「栄光を現された」と記されている訳です。その栄光とは、ひとことで言ってしまえば、「神の子としての栄光」ということでしょう。では、それは何によって明らかになったのか。

「しるし」によってです。もっと具体的に言えば、水をぶどう酒に変えるという奇跡によってです。それが、イエスさまが神の子であることの「しるし」となった。しかし、ここで妙なことが起こります。この栄光は公というよりも、ごく限られた人たち、つまり弟子たちだけにしか示されなかったからです。「それで、弟子たちはイエスを信じた」と。
このことについて、ある方が興味深いことを記しておられました。もうお亡くなりになりましたが、カトリックの司祭であり聖書学者でもあられた石川康輔という方の文章を引用してでのことです。その言葉通りではありませんが、こういった内容です。聖書には弟子たちはイエスを信じたとあるが、イエスを信じた者がみな弟子になるということではないか。そのために、つまり人々を弟子とするためにイエスは栄光を現されたのだ。だから、あなたも私もイエスの弟子になれるのだ。そのように聖書は記し、また招いているのではないか、と。これも非常に興味深い解釈だと思います。確かにこの物語では、婚礼の宴会に多くの人々がいたにも関わらず、奇跡というしるしを通して神の栄光を見たのは弟子たちだ
けであったのかもしれません。そういう意味では、閉じられた「しるし」、隠された「しるし」と言えるのかもしれない。

しかし、この物語に触れた者にとっては、これは明らかに開かれた「しるし」なのです。この物語を読む者は、この宴席に連なる一般人にも、イエスの母マリアにも、イエスさまに従って水を汲み世話役に届けた、唯一そのぶどう酒の出どころを知っていた召し使いにも、イエスさまが生み出された素晴らしいぶどう酒を味わいながらも、それが一体どこから来たのか、どんな意味を持っているのかに全く関心が向かなかった世話役にも、その一部始終をじっと見ていて栄光に触れた弟子たちにも、私たちはなれるからです。そして、この物語はイエスさまの栄光に気づいて、他の誰でもなく、信じる者に、あのイエスさまの弟子たちのようになって欲しいと私たちを招いている。

確かに、そうです。イエスさまが神の子であることを明らかにした栄光のしるしとしての奇跡の存在は非常に大切だと思います。そのことによって弟子たちは信じる者になったからです。石川康輔先生風に言えば、信じたからこそ、信じられたからこそ弟子にもなれたからです。しかし、果たしてそのような働きを演じた「しるし」とは、単に水をぶどう酒に変えたという奇跡だけのことなのだろうか、とも思う。むしろ、奇跡も含めて、この物語に登場してくるイエスさまのお姿全てが、やはり神の子としての栄光を現す「しるし」だったのではないか、と思えてくるからです。

その第一が、婚礼の招きに応えられるイエスさまのお姿です。もちろん、現代でも婚礼というのは大変めでたいものです。しかし、当時のイスラエルでの婚礼というものは、その比ではなかったようです。婚礼の宴席は普通でも2~3日、場合によっては7日間も続いたと言われます。もっとも現在よりもはるかに娯楽、喜びの少ない日常ということもあったのでしょう。普段の食生活も非常に質素でした。庶民は肉もぶどう酒も滅多に口にできなかった。ですから、こういっためでたい時に、一気に喜びが爆発したのかもしれません。新郎新婦にとってもそれは非日常でした。この時ばかりは、新郎は王のように、新婦は女王のように扱われたとも言われます。この時とばかりに、というのが、まさに婚礼でした。
 ある方はこんなことも言っています。洗礼者ヨハネなら行っただろうか、と。洗礼者ヨハネといえば、禁欲主義の代表者のような人です。そんな人が、食っては飲んでと、羽目を外したような浮かれた場所には行かなかったのではないか、と。しかし、イエスさまは招かれるままに行かれました。母であるマリアが手伝っていたことから、親戚あるいは近しい人の結婚式ではなかったかとも言われます。ともかく、そこでイエスさまもみんなと一緒になって食べたり飲んだり、笑ったり、祝辞を語ったりされたのだと思うのです。庶民の数少ない喜びの場で。

イエスさまは笑われなかったのではないか、といった議論があります。聖書には明確に記されていないからです。しかし私は、聖書にいちいち書く必要もないくらいに、イエスさまの周りには笑いが溢れていたと思うのです。このカナの婚礼の場がそうでしょう。婚
礼の席で仏頂面して笑わないはずがない。ともかく、この庶民的なところにも、イエスさまの栄光のしるしがあるように思うのです。

そんな祝宴の最中、ぶどう酒が足りなくなったと母マリアから告げられました。これは一大事です。この二人の門出に傷をつけることにもなる。あるいは、これは単なる恥をかいたでは済まないとも言われます。十分にもてなすことをしなかったということで訴訟問題にもなりかねないといった意見もあるからです。ともかく、現代人の私たちの感覚以上に危機的な状況だったのでしょう。それに対してイエスさまはこう答えられました。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」。一番新しい聖書協会共同訳では、この「婦人よ」を「女よ」と訳しています。より強い印象を与えます。これについても色々と言われていますが、しかし普通に考えて母親に向かっての言葉とは思えないことは明らかでしょう。

それは、この時、イエスさまはすでに公生涯をはじめておられたからです。つまり、もはや親子という情では動かれない、ということです。あくまでも神さまのご意志にのみ従うといった姿勢の表明でもあるのです。これは、神さま以外には何ものにも束縛されないといった強い自己理解でもある。ですから、ここでは母としての願いを明確に拒否されたわけです。しかし…。お分かりのように、イエスさまは母マリアの願いを叶えられました。何ものにも左右されない、妥協しない強い自己理解がありながらも、唯我独尊とはならず、自らの自由な意志で、弱き私たち庶民の願いを叶え、庶民のささやかな喜び・幸いを守って下さっている。それも、「しるし」ではないか、と思います。

そんなイエスさまが水をぶどう酒に変えるという奇跡を行われました。これは、最初に言いましたように、ユダヤ教からキリスト教へ、といった意味合いが強いのかもしれません。ここで用いられたのは、「ユダヤ人が清めに用いる石の水がめ」です。ここに当時のユダヤ教が象徴されていると思います。つまり、汚れから逃れること、「清め」られることにばかりに固執していたということです。日常生活から信仰的な歩み、生まれてから死ぬまで、全てが「清め」に集中していた。それが、いわゆる「律法主義」・「形式主義」ということにもなり、人々を雁字搦めにしていったと言っても良いのではないでしょうか。

私たち日本人にも似たところがありますので、分からないわけではない。特に、このコロナ禍、そういった思いが差別的な発想も含めて強くなっているのかもしれません。それをイエスさまは祝福と恵みに変えられたのです。ぶどう酒には、そういったイメージもあるからです。しかも、イエスさまはそれを最高のものとしてくださいました。ここにも、大きな「しるし」がある。

奇跡だけじゃない。私たちは色々な「しるし」を見て、イエスさまという方を知り、このイエスさまに現された栄光を見ていく必要があると思います。それが、私たちの信仰・「信じる」ということに繋がり、また弟子として招かれているということにもなると思うからです。

 

2022年1月2日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校



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2021年12月26日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校


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2021年12月5日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校



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【 説教・音声版】2021年12月5日(日)10:30  待降節第2主日礼拝 説教 「神から遣わされた人 」 浅野 直樹 牧師

待降節第二主日礼拝(むさしの教会)
聖書箇所:ルカによる福音書3章1~6節



今日は待降節第二主日。アドベント・クランツ(アドベント・リースとも言いますが)の2本目のローソクにも火が灯りました。
そんな本日と来主日の2週間に渡りまして、福音書の日課は洗礼者ヨハネ(バプテスマのヨハネ)が取り上げられることになります。それは、このヨハネがイエス・キリストの先駆者と受け止められているからでしょう。
 そんな洗礼者ヨハネですが、ご存知のようにこの人も不思議な生まれ方をした人でした。彼の両親はザカリアとエリサベトと言います。このエリサベトは「不妊の女」と言われていまして、二人の間には子どもはいませんでした。二人とももう高齢になっており諦めていたのかもしれません。この二人は祭司の家系の出身で、夫のザカリアは祭司としての職務についていました。どうやら当時の祭司たちはいくつかの組に別れており、当番制で神殿の職務についていたようです。あるとき、彼の組が当番となり、しかも滅多に回ってこない聖所で香をたく務めにクジで当たったのです。その奉仕にあたっていると、そこに天使が現れ、このように告げたと言います。

「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する」。

すでに、ここで洗礼者ヨハネが神さまから遣わされた特別な人であることが明らかにされていると思います。しかも、彼の使命も明らかです。彼の使命は、イスラエルの多くの人々を神さまのもとに立ち帰らせることです。そのために、彼は主に先立って出ていき、「準備のできた民を主のために用意する」のだ、と言われています。しかし、ザカリアはこのお告げを信じることができませんでした。このように語られています。「そこで、ザカリアは天使に言った。

『何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。』」。結局、これが不信仰とみなされ、彼は口をきくことができなくなりました。確かに、このことは「罰」といった側面がないわけではないと思います。しかし、私には別の側面もあるように思えてならないのです。彼は口がきけなくなることによって神さまの力を体験したからです。確かに、ザカリアにとって口がきけなくなることは不幸なことです。不自由なことです。罰とみなされてもおかしくないことです。しかし、いくら口をきこうとしても出来ないそのもどかしさの中で、彼は考えたことでしょう。否応なく、考えさせられた。現実のこととは思えない、夢幻のような、非常識なあの出来事、そこで語られた言葉を、彼は何度も何度も反芻していったのだと思うからです。そして、時間の経過とともに、確実に妻であるエリサベトの肉体が少しづつ変化していくさまをも見せられていくことになったからです。

そして、ついにお告げの子ヨハネが誕生し、口がきけるようになったとき、彼は溢れるような思いをもって神さまを讃美しました。

「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた」。そして、こうも語っていきました。「幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを 知らせるからである」と。まさに、先ほどの天使が告げた思いが、ここに溢れていると思います。この言葉がザカリアの口から溢れ出たのも、ヨハネが生まれるまでの10ヶ月間、先ほど言ったような熟考に熟考を重ねてきたからではないかと、私は思います。

その洗礼者ヨハネが成人しまして、歴史の表舞台に登場してきたのが、今朝の福音書になります。そこでルカはこう書き始めていきました。「皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカイアファとが大祭司であったとき」。この福音書を記したと考えられていますルカなる人物は、医者ルカとも言われています。医者というのは、古今東西論理的思考を求めるものなのかもしれません。

ルカも例外ではなかったようです。この福音書の冒頭でこのように記しているからです。「わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました」。このルカの性質もあって、先ほどの文章があるのでしょう。

つまり、この出来事が歴史上現実に起こった、ということです。皇帝ティベリウスはアウグストゥスの後継の皇帝です。これは、歴史上はっきりしていることです。ですので、その「治世の第十五年」というのは、紀元28年から29年頃であることもはっきりしています。また、その時代にポンティオ・ピラトがユダヤの総督であったことも、ヘロデ(正式にはヘロデ・アンティパスですが)がガリラヤの領主であったことも、その他のことも歴史的事実であることが分かります。つまり、ルカは念入りに調べて、これから語ろうとする事柄が単に絵空事などではなく、歴史の中で、つまり人の営みの中で現実に起こった出来事であることを伝えたいわけです。確かに、そうです。洗礼者ヨハネが、そして後にイエスさまが活動される紀元28年、29年のパレスチナの現実世界がそこに描かれている。しかし、ただそれだけでもないように思うのです。後に、またこのルカが福音書を記した頃にはローマ帝国による迫害がすでに起こっていたでしょう。

ピラトは言うまでもなくイエスさまを十字架刑にした総督です。ヘロデ・アンティパスも異母兄弟であるフィリポも、幼子イエスを殺そうとしたあのヘロデ大王の息子たちです。また、大祭司であったアンナスとカイアファとはイエスさまと敵対し、十字架刑へと追いやっていった張本人たちです。つまり、ここに登場してくるほとんどの人物たちは、イエスさまを排斥した者たちなのです。つまり、その時代とは、彼らに代表されるようなイエス・キリストを排斥するような時代であったと言っても言い過ぎではないようにも思うのです。

また、それは同時に、イエスさまが愛された人々…、貧しく、生活のために、生きるために、右も左も分からず罪を犯さずにはいられなかった人々を排斥するような時代でもあったのでしょう。私は次のような言葉が浮かんできます。ヨハネによる福音書1章10・11節、「言(イエス・キリストのことですが)は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」。そんな現実の世に神さまから遣わされたのが、洗礼者ヨハネでした。

彼の活動はすでに旧約聖書に預言されていた、と言われます。それは、イザヤ書40章の言葉です。この箇所をご覧いただければお分かりのように、新共同訳では「帰還の約束」との小見出しがつけられています。では、どこからの帰還なのか。あのバビロン捕囚からです。今日は詳しくお話しする時間はありませんが、ご存知のように新バビロニア帝国により南ユダ王国は滅ぼされ、多くの国民が連行されていきました。そこからの帰還の約束、希望がイザヤ書40章だ、と言うのです。その帰還を困難にさせるのが、山であり谷でした。パレスチナにはそういった地域が多いので、その困難さは手にとるように分かったと思います。ですから、その山が低くされ、谷がなくなり、全てが平坦になる、と言うことは、帰還(国に戻ること)を困難にさせるものが取り去られることを意味したのでしょう。

人生山あり谷あり、といったりします。人生には困難がつきものだ、と言うことでしょう。それに対して平坦にされると言うことは、そういった困難が取り去られて、楽な、平安な人生が与えられることを意味するのかもしれません。しかし聖書は、必ずしもそのように期待通りには語ってくれないのです。なぜならば、これは次週の日課になりますが、洗礼者ヨハネは人々に悔い改めを説いていくことになるからです。しかも、辛辣な言葉によって。

洗礼者ヨハネの説教 1566年:ピーテル・ブリューゲル (1526/1530–1569) ブダペスト国立西洋美術館



私たちはここでもう一度思い起こさなければなりません。洗礼者ヨハネの使命とは一体なんだったのか、と言うことを。彼の使命とは、神さまのもとに人々を立ち帰らせるということです。つまり、先ほどのイザヤ書の帰還と重ね合わせていえば、山や谷が変えられて平坦にさせられるのは、帰還を困難にさせるものの除去にあったわけですから、神さまのもとに人々が立ち返ることを困難にさせるものの除去という意味合いがあるのかもしれません。ならばむしろ、私たちの山や谷とは、困難や不幸などではなく、神さまを求めなくする、必要としなくする、自分たちだけで十分にやっていけるという思い、あるいは生
活全体なのかもしれないのです。

洗礼者ヨハネについては、次週より深く考えていくことになると思います。しかし、忘れてならないのは、このヨハネがイエスさまの先駆者だと考えられているということです。もちろん、このヨハネと同じ方法をイエスさまは用いられなかった訳ですが、しかし、イエスさまの目的もヨハネと同様に、人々を神さまのもとに立ち帰らせることにあったということは、忘れてはならないことだと思うのです。

【 Live配信 】2021年12月5日(日)10:30 待降節第2主日礼拝  説教 「神から遣わされた人」 浅野 直樹牧師



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2021年11月28日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校



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【 Live配信 】2021年11月28日(日)10:30 待降節第1主日礼拝  説教 「頭を上げよ」 浅野 直樹牧師



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【 説教・音声版】2021年11月28日(日)10:30  待降節第1主日礼拝 説教 「頭を上げよ 」 浅野 直樹 牧師

2021年11月28日 待降節第一主日礼拝
聖書箇所:ルカによる福音書21章25~36節



今年も色々ありましたが、いよいよ待降節になりました。私たちはこれから4週間、クリスマスを待ち望んでいきます。しかし、正直、どのような祝い方をすれば良いのかと悩む気持ちもあります。まだまだコロナが終息してはいないからです。コロナで傷ついた方々が多くおられるからです。当たり前の生活さえもできない方々が多くおられる。

ご存知のように、ヨーロッパでは再び新型コロナの感染拡大が起きています。ドイツでも過去最多を記録する勢いです。そのような情勢下の中、急遽ミュンヘンのクリスマス市が中止になったというニュースを見ました。今年こそは、と期待していた方々の落胆ぶりに心が痛みました。悔し涙を流される女性もいました。

あるいは、アフガニスタンの現状を取材した報道番組も見ました。このままでは、この冬に百万人もの餓死者が発生するのではないか、と言われるほど悲惨な状況です。とにかく、現金がありません。市場に食品が並んでいるのに買えない。売れないからその人たちにも現金が入らない。少しでも現金を稼ごうとして、これから冬を迎えるのに暖房器具や布団などの家財道具を売りに出す人々が軒を連ねています。栄養失調の子どもたちで病院は溢れ、医薬品等も不足している。運ばれてくる子どもたちの4人に一人はその日の内に亡くなるそうです。
もちろん、それ以外にも私の知らない悲しい、辛い現実が多くあるでしょう。そんな中で、果たしてクリスマスなど祝っている場合なのか、との思いが浮かばない訳ではない。

ホーファールト・フリンク: Angels announcing Christ’s birth to the shepherds ルーヴル美術館



クリスマスとは、確かにお祭り騒ぎになるほどに「めでたい」ことなのです。そのことを否定するどころか、もっともっとその「めでたさ」を強調しても良いと思うくらいです。しかし、なぜそれほどに「めでたい」ことなのかを、私たちは決して忘れてはいけません。神の子、私たちの救い主であるイエス・キリストがお生まれになったのです。どこに。私たちの只中に、です。この世界の只中に、です。おそらく貧しかったであろうごく普通の夫婦の元に、です。

普通ならそんな場所で出産などしないだろうと思われる家畜小屋の中に、です。生まれたばかりの赤ん坊を寝かせるには全く相応しくない飼い葉桶の中に、です。それが、神の子であり、私たちの救い主であるお方がお生まれになった、まことに「めでたい」場所なのです。つまり、私たちの神さまは、そんな場所さえも決してお忘れではなかった、ということです。むしろ、そんな場所にこそ、ご自分の愛する子をお送りになりたかった、ということです。なぜか。そここそが、そこに生きる人々こそが、愛すべき場所、愛すべき人々だったからです。救いたいと望んでおられた場所、人々だったからです。

先ほどのアフガニスタンばかりではありません。私たちは、これは現代社会の恩恵の一つだとも多いますが、遠く離れた地に生きる栄養失調で肋骨が浮いてしまっている多くの子どもたちを見る機会がある。その子どもたちを胸に抱きながら途方に暮れている親たちの表情を見る機会がある。私は思う。イエスさまもひょっとしたら、そうだったのかもしれない。貧しかった母マリアも十分に母乳が出ず、イエスさまも空腹を覚えられて、米のとき汁みたいなもので育ってこられたのではないか。痩せ細っているイエスさまを案じながら、母マリアも無事に成長できるようにと祈ってきたのではないか。そんなことも想像する。

クリスマスの時によく読まれる旧約聖書の言葉があります。イザヤ書8章23節以下ですが、「先に ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが 後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた 異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」。イエスさまの誕生をよく現す言葉だからでしょう。しかし、ここでもう一度確認したいのは、光…、つまりイエスさまを見たのは、「闇の中を歩む民」であり、「死の陰の地に住む者」なのだ、と言われていることです。

先ほども言いましたように、ここまで、この私たちの、世界の現実にまで降ってきてくださった方だからこそ、しかも、この方が神の子であられるからこそ、このような人たちの、つまり、私たちの、底辺の底辺に住む人たちの「光」となることができたのだと思うのです。だからこそ、「めでたい」のです。どんな現実の中にあっても、むしろ辛い現実になればなるほど、私たちはこの「めでたさ」を忘れないで祝いたいと思うのです。

そんな待降節に与えられました福音書の日課は、終末に関わる箇所からでした。なんだか、これからクリスマスを迎えようとする私たちに水を刺すような箇所ではないか、と思われたかもしれません。しかし、もしそのような印象を持たれるならば、先ほどから言っていますように、本来クリスマスのメッセージとは、どこに「光」を与えるものなのか、ということを誤解してしまっているからなのかもしれないのです。

ここ2~3週間ほどは、「終末」ということを考えてきたと思います。この「終末」、あるいは「終末の期待・希望」ということを抜きにしては、聖書…、少なくとも私たちの言うところの新約聖書はなかなか理解できないのかもしれません。なぜならば、最初期のキリスト者たちは、すぐにでも終末がやってくると期待していたからです。皆さんもよくご存知のパウロもそうです。パウロの初期書簡として考えられているのが第一テサロニケですが、この書は非常に終末論的だと指摘されています。あるいは、使徒言行録に出てきます初期教会の財産共有制共同体も、終末が近いという意識だったからこそ出来たことでしょう。しかし、彼らが期待したようには終末は起こらなかった。

ですから、次第に「忍耐」の必要性が説かれることになっていきました。今日は、そのことを詳しくお話しするつもりはありませんが、ともかく、ではなぜ彼らはそれほどに「終末」を期待していたのでしょうか。もちろん、救われたいからです。これまでもお話ししてきましたように、「終末」とは救いの完成の時でもあるからです。しかし、もう少し踏み込んで考えていきますと、それは、この現実の中では救いをなかなか実感し得なかったからではないでしょうか。今日の私たちは、救いといえば「魂の救い」「心の平安」といった内面の問題に特化しすぎてしまっているようにも感じます。しかし、聖書が語る本来の救いとは、神さまの国の到来なのです。

神さまがご支配される世界で、身も心も救われて神さまと共に生きる世界です。そんな世界に憧れる。ですから、待つ。その時を待つ。現実は何一つ変わらないように思えても、イエスさまの約束を、その言葉を信じて待つ。耐えて待つ。それが、少なくとも聖書の時代に生きた人々の姿だったようにも思うのです。

はじめの方で、アフガニスタンを取材した番組の話をしましたが、その番組である家族が取り上げられていました。夫婦とその母と幼い娘の4人暮らしです。日本円で数百円の家賃さえ払えなくなり、無料で貸し出されている洞窟の中で現在は暮らしておられます。
お金もなく、食料もなく、冬の寒さをしのぐ燃料もなく、途方に暮れておられた。そのご主人がこう言われました。神さまがきっと良い仕事を下さると信じています、と。もちろん、同じ信仰ではありません。強がっているだけと受け止められなくもない。しかし私は、途方に暮れていても絶望はしていない信仰からくる希望の力を教えられたような気がしたのです。

もちろん、支援すべきです。色々と政治的な思惑があろうとも、人道的な視点に立って急いで支援すべきです。国だけでない、私たちも民間のルートを通して支援すべきだと思う。と同時に、私はあの素朴な信仰を見習いたいとも思うのです。
「再臨」。私たちにとっては、どことなく縁遠く思える信仰理解です。しかし、この信仰に希望を見出してきた先達たちが確かにいるのです。厳しくて、厳しくて、現実世界に救いを見出せなくなってしまっても、「やがて」という希望を抱きながら生きることを諦めなかった信仰が…。

待降節とは、イエス・キリストのご降誕を待ち望む時ではありますが、と同時に、イエス・キリストの再臨をも待ち望む時でもあるのです。この私たちの只中に、まさに降ってこられたイエスさまも、これから救いの完成のために来てくださるイエスさまも、同じイエスさまです。私たちを案じ、愛し、何としてでも救い出したいと願っておられる方です。だから、待つのです。待てるのです。心待ちにすることができる。「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る」。「マラナ・タ(主よ、来てください」。「このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の(救いの)時が近いからだ」。アーメン

【 説教・音声版 】2021年11月21日(日)10:30  聖霊降臨後最終主日  説教 「イエスとピラトの対話 」 浅野 直樹Sr.牧師



11月第3週のきょうが、聖霊降臨後の最後の主日となりました。次週から教会の暦は新しくなり待降節です。きょうが終わりで次週からは新たな暦が始まります。

きょうの三つの聖書日課は、先週に引き続き終末を描いたテキストとなっています。私たちに終わりということを強く意識させるみことばです。終わりというのは区切りです。楽しいことがずっと続いていたあとに来る終わりには、終わってしまったという残念な気持ちが残ります。反対に、辛抱の時期が続いたあとに来る終わりというのは、長く続いた辛い時期がようやく終わったという安堵のため息がつけます。私たちの受け止め方はそのときそのときによって様々ですが、終わりという区切りそのものが私たちに何かを語りかけてくるのです。

終末ということを告げるきょうの三つの聖書箇所ですが、それぞれに特徴があります。最初は旧約聖書からダニエルが聞き取った預言です。王座に座るのは神様でしょう。雪のように白い衣装をまとっています。そして王座は燃える炎に包まれています。そこに「人の子」のような人物が天の雲に乗ってやって来て前に進み出て、人の子は玉座に座る王からみっつのものを授かります。三つのものとは、権威、威光、王権、それらを受けとったのです。

この三つをもって人の子が諸国、諸部族、諸言語の民を支配統治するという幻が語られたのです。14 節の「諸国、諸族、諸言語の民」というところに、旧約聖書らしさが感じられます。国籍、民族、言語の違いが強く意識されていて、民族間の争いを繰り替し、領土を奪い合っていた時代を彷彿とさせます。けれどもやがて人の子がやってきて、そうした時代は終わり、すべての国々と民族が人の子の支配のもとにおさまります。国とか民族、支配とか統治という言葉づかいから、ダニエルの預言の言葉では、争いの絶えなかった当時のイスラエル社会が見えてきます。そういう時代を生きた人たちにとって、このような預言はとても大きな励みになったことと思います。

続いて第二朗読は、ヨハネによる黙示録からです。その1 章8 節の言葉、「わたしはアルファであり、オメガである」、これはヨハネが幻のなかで聞き取った、神の声です。神様の語りかけです。神様のみ旨がここにあります。「わたしはアルファであり、オメガである」、とても象徴的であり、心に残るみことばなので覚えている方も多いことと思います。アルファとはギリシャ語のA のことでアルファベットの始まりのこと、オメガはZ ですから、同じくアルファベットの終わりの文字です。ですから「わたしはアルファであり、オメガである」とは、私は初めであり終わりであるということになります。初めも終わりも神様のことですから、すべて神様の支配のなかにあるということが語られています。

さきほども言ったように、始まりとか終わりというのは言葉にしなくても私たちに迫ってくるメッセージがあります。わくわくしたり、緊張したり、寂しくなったり、ほっとしたりするのです。そそうした刹那を私たちは日頃感じながら生活しているわけですが、始まりも終わりも、すべて神のうちにあるのです。これから起こるかも知れない様々な終わりということに心を向けると、何もわからない不安とか恐れの感情が湧いてきたりすることもあるでしょう。たとえどんな感情が私たちの心の内に広がろうとも、それらはすべて神のオメガのなかの出来事なのです。

本日の福音書に表れているのはどんな終わりかというと、イエスの生涯の終わりの場面でした。イエスが取り押さえられて、ローマ総督ピラトの前に連れてこられてピラトから尋問を受けているところです。イエスに十字架刑が宣告される直前の様子です。そこでのピラトとの会話が、福音書が示す終わりです。ピラトはイエスに尋ねます、「みんながお前がユダヤ人の王だと名乗っていると言っているが、お前はユダヤ人の王なのか」。ここにも王という言葉が出てきています。ダニエル書にも王座とか王権がありました。黙示録にも王様が出てきます。そしてピラトの言葉からも。それに対してイエスの口からは、「私は王です」という言葉は出ませんでした。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。」これがイエスの返答でした。興味深いやりとりです。イエスは「私はユダヤ人の王です」とは言わなかったのです。

ムンカーチ・ミハーイ (–1900) イエスを尋問するピラト 1881年ハンガリー国立美術館



王様という言葉から私たちがイメージするのは、最高の権力者でしょう。その国で最も力をもった人物が王という共通の認識があります。イエス・キリストを主と仰ぎ礼拝する私たちにしてみても、イエスは王様というイメージはあまりピンときません。それはイエスの十字架のことを知っているからです。けれどもイエスの時代を生きた民衆はそうではありませんでした。ただならぬ人イエスと出会い、そのお話しと数々の奇跡と癒しのわざから、ユダヤ人が抱いたイエスのイメージ、それは王様だったのです。

数週間前の日曜日の福音書に、盲人バルティマイがイエスによって目が見えるようになったという奇跡のお話しがありました。あのお話を思い出してください。バルティマイはイエスに向かってなんと叫びましたか。「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と叫んだのです。イスラエルの王ダビデの子です。人々はイエスにダビデ王をみたのです。そうした民衆の声をピラトは聞いていました。ピラトはローマから来ました。ローマ皇帝の命を受けて、ローマの支配下にあったユダヤを監督するのが仕事です。喜んでこの仕事をしていたかというと、そういう印象はありません。

地方に飛ばされたという気持ちがくすぶっていたように見うけられます。めんどうなことに煩わされるのはだれも好まないですが、そういうタイプと言って差し支えないでしょう。彼の頭の中にあること、それをひとことでいうならこの世の力です。高い地位について部下を従えて、誉れを受けること。彼が一番なりたかったのは間違いなくローマ皇帝でしょう。王様にあこがれた人がピラトです。そういうピラトがイエスと対話しているのです。イエスは彼にはっきり言いました、「わたしの国は、この世には属していない。」この世にどっぷり属しているピラトは、これを聞いてきょとんとしたことでしょう。

王様というのもこの世の言葉です。国という言葉もこの世の言葉です。人としてこの世に生を受けたイエスもまたこの世に属することになりました。けれどもピラトの前に立ったときイエスは言ったのです、「私の国は、この世には属していない」。パウロがフィリピの教会に宛てた手紙のなかで書いた一言が思い浮かびます。「私たちの本国は天にあります。」この世に属していながらも、この世には属さない人、それがイエス・キリストを信じる私たちだといえます。

「私はこの世には属していない」、そう言われて、ピラトは言葉が出なくりました。ただ同じ質問を繰り返すだけです、「それでは、やはり王なのか」。するとイエスは答えます。ここでイエスは真理という言葉を持ち出すのです。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。」真理がこの世に属さない何かであることを、イエス様のこの言葉は指しています。真理は、ヨハネ福音書に度々登場するキーワードです。真理、もっとも具体性に欠ける言葉です。無理もありません、この世に属していない何かを指し示しているのですから。ピラトには何も響かなかったことでしょう。たぶんこれを聞いてキョトンとしたのではないでしょうか。ただこういうしかありませんでした。

「真理とは何か?」。ピラトが発したこの問いは哲学的でも神学的問いでもありません。「真理ってなあに?」その程度の意識から出ています。しかしながらそれに答えたイエスの次の言葉は、私たちに語りかけてきます。「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。」イエスはここで初めて自分を結びつけたのです。真理という何かに結びつけて自身を証したのです。


きょうは聖霊降臨後最終主日です。そして次週からは待降節となります。救い主イエス・キリストの降誕を待ち望みます。アドベントからクリスマスにかけて、私たちはヨハネ福音書の次の言葉をきっとどこかで聞くことでしょう。「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」・・・恵みと真理に満ちた方が、肉となって私たちの間に宿られました。来週からその方を待ち望みます。真理。最も具体性に欠ける言葉が、肉をとりました。そして人となりました。真理は、イエス・キリストとして最も具体的になられたのです。

【 Live配信 】2021年11月21日(日)10:30 聖霊降臨後最終主日礼拝  説教 「 イエスとピラトの対話 」 浅野 直樹牧師



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2021年11月21日9時30分「子どもと家族の礼拝 」むさしの教会学校



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【 説教・音声版】2021年10月31日(日)10:30 東教区 宗教改革日礼拝 説教「 真理は自由を与える」松岡俊一郎牧師(東教区長)

宗教改革日礼拝


※説教音声版

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

この時期は、街のあちらこちらでオレンジのカボチャの飾りを目にします。ハロウィンの飾りものです。さすがに去年と今年はコロナの影響で、フィーバー具合は少ないですが、10月31日というと一般の方はハロウィンと思われると思います。時々誤解されていますが、ハロウィンはヨーロッパで始まった習慣ですからキリスト教とまったく無関係というわけではありませんが、キリスト教のお祭りではありません。もともとはヨーロッパのケルト民族の収穫祭であり、一年の終わりである10月31日に精霊や魔女が集まると考えられていました。カトリック教会では11月1日を「諸聖人の日」として守っていますので、その前に精霊や魔女が大騒ぎをするというのです。しかしカトリック教会もハロウィンを教会の行事としてはいません。

中世の時代には10月31日は諸聖人の日の前夜ということで教会の周りに人々が集まってきていました。諸聖人の日には、聖人の聖遺物なども公開されていました。その人が集まる時を考慮して、修道士であり、神学教師であったマルティン・ルターがヴィッテンベルグの城教会の扉に「贖宥の効力を明らかにするための討論(いわゆる95カ条の提題)」を貼りだしたとされています。当時は、そのような議論を巻き起こすための行為が普通に行われていたといわれています。これが宗教改革の発端と言われていますが、実際には騒動になったのはもう少し後のようです。いずれにしろ、当時絶大な権力を有していたローマカトリック教会に、疑義を申し出たのですから、大変なことであったことは違いありません。

この贖宥というのは私たちにはあまり聞きなれない言葉ですが、当時の教会は資金集めのために、贖宥券(免罪符)を購入すれば死んだ後に行く試練の場所である煉獄で苦しんでいる先祖の魂が救われると勧めていたのです。ルターはこれに対して疑義を唱えたのです。キリストの十字架と復活による贖いでは救いが十分でないかのような教えは正しくない。また救いは贖宥券購入というような行為によって得られるものではなく、ましてやお金がチャリンと音を立てて投げ込まれた時に霊が解放されるなどというのはまやかしであると主張したのです。

この主張の背景は、今日の使徒書のある「律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。」「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより、無償で義とされるのです。」「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからです。」これらのことばに端的にあらわされています。このような主張に当時の教会は、厳しい反応を示します。審問官をたて、ルターに真意を問いただし、国会において撤回を求めるのです。しかしルターはそれを拒否し、破門され、宗教改革のうねりが広まっていくのです。

ルターの主張のもう一つの面は、律法の問題です。それは今日の使徒書や福音書の日課のポイントでもあります。

イエス様の時代のユダヤ教の教えの中心は、神殿礼拝と律法の遵守です。モーセの律法に加えて、多くの戒めが加えられ、膨大なものになっていました。律法が人々の生活の規範であり、この律法を守ることが救いの条件です。まさに律法が人の行動の規範、心の規範として支配していたと言っていいと思います。そこには束縛ということはあっても、自由という発想はなかったと思います。あえて言えば、律法を守ることによって得られる満足感と守らない人への優越感はあったかもしれません。旧約聖書で「自由」という言葉を検索すると、奴隷や捕らわれからの解放という意味での自由という言葉は出てきますが、今日私たちが考えるような信仰的に救われ、精神的に解放された自由ということはほとんど出てきません。ルターが問題としたのは、ユダヤ教が律法によって人々を束縛し、支配していたと同じように、中世では教会が、ことにローマ法王を中心とする教皇性が人々の心を束縛し、支配しているということでした。

Ferdinand Pauwels (1830–1904) 「ヴィッテンベルク城教会の門に95ヶ条の論題を貼り出すマルティン・ルター」1872年



それでは私たちはどうでしょうか。もちろん今の時代の私たちは、ユダヤ教の律法にも、教会の力にも束縛されてはいません。しかし、本当に自由であるかというと、それも怪しい。確かに時代が変わり、価値観が多様化し、何でもあり、何をするにしても自由になりました。それでは私たちの心が本当に解放されているかといえば、そうではないように思います。心の病にかかる人が増え続けています。本当に自由であるならば、解放されているのであれば、こんな現象は起こっていかないのではないかと思います。自由に行動できる半面、人目を気にし、監視され、評価され、批判され、束縛されていると感じているのではないでしょうか。

最近ではバッシングや炎上という言葉に代表されるように、他者を批判することが当たり前、よりエスカレートしているように思います。自由と言いながら、本当のところで、一人の人間として自由な考えをもち、自由な気持ちをもち、自由な行動がゆるされているとは思っていないのではないでしょうか。プレッシャー、ストレスなど様々な抑圧、緊張、攻撃を受けながら、それに締め付けられながら、耐えながら生きているのです。それは外からの束縛だけではありません。自分の心を自分で縛りつけている何かがあるように思うのです。

イエス様は「真理はあなたたちを自由にする」と言われます。真理とは何でしょうか。真理とはどんなときにも変わらないもの、確実な根拠に基づく正しさとされています。私たちの身の回りを見ると不変なものと考えられていたものが、時代や場所、環境によって絶えず変わり続けているように思います。むしろ今日は多様性が重んじられるようになりました。そのような中で変わらない確かさ、正しさとは何でしょうか。

 

ヨハネ福音書14章6節でイエス様は「わたしは道であり、真理であり、命である。」と言われています。聖書はイエス・キリストこそが真実なお方であり、私たちを様々な捕らわれから解放し、自由にし、生かしてくださるお方だと言います。人間の力で自由にされる、自由を獲得するのではなく、このキリストを信じる時にこそ、本当の自由が神様から与えられるのです。様々なルールからの自由、常識からの自由、世間体からの自由、批判や評価の目からの自由、優越感からの自由、劣等感からの自由、欲望からの自由、様々なものからの自由がキリストを信じることによって与えられるのです。

しかしそれは無秩序を意味するのではありません。マルティン・ルターは著書「キリスト者の自由」の中で「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服しない。キリスト者はすべてのものに仕える僕であって、誰にでも服する」と言っている通りです。キリストによって自由を与えられた人は、強いられてではなく喜んで他者に仕え、社会に仕えるのです。キリストによって与えられた自由は愛を生みだします。神様の自由が愛と一つだからです。パウロもまたガラテヤの信徒への手紙5章13節で「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。」と言っているからです。

自由によって生み出された愛は他者へと向かうのです。イエス様は、わたしの掟は互いに愛し合う事だと言われます。キリストを信じる者に求められる愛と奉仕の業は、この自由に基づき、強いられてではなく、喜びをもって他者に仕えることが出来るのです。

 

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

 

 

【 説教・音声版】2021年10月24日(日)10:30 聖霊降臨後第22主日礼拝  説教 「 助けを求めてみるもんだ 」 浅野 直樹牧師

2021年10月24日 聖霊降臨後第二十二主日礼拝説教
聖書箇所:マルコによる福音書10章46~52節



今日の福音書の日課は、ひとりの人の救いの出来事・物語りだと受け取っても良いと思います。
ところで、皆さんは誰かに助けを求めたことがお有りでしょうか。日課の、あの目の不自由な人のように…。私自身、考えてみました。案外、思い当たらないものです。もちろん、色々なお願い事はしてきました。こうして欲しい、ああして欲しい、と。しかし、この人のように、真剣に、心の底から誰かに助けを求めたことがあっただろうか。無論、誰の助けも借りずに生きてきた、などとは思っていません。むしろ、多くの人の助けがあったからこそ、ここまで来れたとも思っています。しかし、それは、必ずしも明確な助けを求めた結果ではなかったようにも思うからです。むしろ、周りが気を利かせてくれた結果だ、と言っても良いのかもしれません。

では、なぜ助けを求められなかったのか。こんなことくらいで助けなど呼べない。自分で何とかしなくては。迷惑になるんじゃないか。理由は色々とあります。しかし、もっと探っていくと、そこに「信頼感の欠如」というのもあったように思うのです。どうせ助けを求めたって、何ともならないのだ、と相手の力不足もさることながら、果たしてこのことを受け止めてくれるのだろうか、私の味方であり続けてくれるのだろうか、逆に傷つきはしないだろうか、と心開けずにいたようにも思うからです。

助けを求めるということは、自分の問題・課題を曝け出すことにもなるからです。
今日の福音書に登場してまいります目の不自由な人は、バルティマイと言いました。「ティマイの子」(子というのが「バル」ですので)なので「バルティマイ」です。実は、これは非常に珍しいことなのです。福音書には多くの奇跡物語り、癒しの物語りが記されていますが、そのほとんどに登場人物の名前は記されていないからです。

そういう意味では、非常に珍しい。では、なぜここでわざわざ名前が記されているのか。多くの注解書が記していますように、おそらくこのバルティマイは良く知られた人物だったからでしょう。今日の日課の最後には、「なお道を進まれるイエスに従った」とありますように、この後生涯に渡ってキリスト者として生きたことが伺われます。ある方が記していますように、ひょっとして、この出来事に関しては、このバルティマイ自身があちこちの教会で語っていったのかもしれません。自分の身に起こった出来事として。ですから、「バルティマイ」といえば、「ああ、あの人のことね」って分かったんじゃないかと考えられているわけです。

この人は生まれながらだったかどうかは分かりませんが̶̶ある翻訳によると、「また(再び)見えるように」なりたい、と訳されているからです̶̶長い間、盲目だったのでしょう。当然、当時では普通の職業にはつけませんので、物乞いになるしかなかった。イエスさまがエリコの街を出られてすぐのことのようですので、街の門のすぐそばに座っていたのかもしれません。エリコの街は高低差はありましたがエルサレムから27キロほどしか離れていませんでしたので、多くの巡礼者たちが行き交っていたようです。その人たちからの施しを期待して、このエリコの道沿いには多くの物乞いたちが並んでいたとも言われています。ともかく、ユダヤの律法では施しは徳を積むことになりますので、生活にはそれほど困っていなかったかもしれません。しかし、だからといって、彼は今の生活に満足できていたわけではなかったでしょう。できれば、他の人たちのように、普通に、自由に生きていきたかったと思っていたに違いない。

目の不自由な人は、その分聴力が優れていると言われます。バルティマイもそうだったに違いありません。彼は目は不自由だったかもしれませんが、街に溢れかえっていた噂話には詳しかったかもしれない。そこに、おそらくイエスさまの話も出ていたでしょう。

今日もいつもと変わらない朝を迎えたのかもしれません。おそらく、いつも世話をしてくれている人が定位置に連れてきてくれたのでしょう。今日もまた、いつもと変わらない一日が始まる。真っ暗な一日が。太陽の熱で肌が焼かれる一日が。誰かも分からない人の善意に頼るしかない一日が。なんの当てもない、確証もない一日が。ただ座っていることしかできない不自由な一日が。空しい一日が。なんら希望を見いだせない一日が始まる。そう思っていたのかもしれない。すると、いつもとは違う街の様子が聞こえてきました。

多くの人の塊が近づいてくる。しかも、どんどんとその数は増えているようです。みんな口々にいろんなことを言っています。おい、見に行ってみようぜ、といった野次馬的な言葉も聞こえてくる。ご一緒します、といった敬虔深い言葉も聞こえてくる。何事が起こったのだろうか、彼は考えたでしょう。すると、「イエス」という言葉が飛び込んできました。イエス? ひょっとすると、あの噂のナザレのイエスのことか? 彼は、咄嗟に叫んだに違いありません。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐んでください」。彼は、何度も何度も叫びました。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐んでください」。

これは、バルティマイにとっても、ある種の賭けだったでしょう。なぜなら、単なる噂でしかなかったからです。何の確証もない。癒していただけるといった保証もない。むしろ、反対に、それはお前の罪が招いた罰なのだ、と叱責されてしまうかもしれません。これまで、多くの人々から散々聞かされてきたように…。賭けだった。しかし、恐らく彼には、イエスさまに賭ける十分な根拠があったのでしょう。それは、第一に自分の置かれている現実です。この機を逃したら、一生この現実から抜け出せないと思った。もう一つは、彼が聞いてきた噂は、単に奇跡だけの噂ではなかった。イエス・キリストという人物の言動、為人についても聞いてきた。そして、そんな噂を聴きながら、ぜひ会ってみたい、との思いを膨らませてきたのではないか。そう思います。

しかし、すんなりとは行きません。人々の雑踏に自分の声はかき消されていきます。そして、近くにいる人々は口々に、自分の声を殺そうとさえする。「多くの人々が叱りつけて黙らせようとした」。これも、深く考えさせられることです。イエスさまに向けられた声を黙らせようとしてはいないだろうか、と。ともかく、それでも彼は諦めませんでした。ますます叫び続けた。そして、ついに、その声が勝った。「イエスは立ち止まって、『あの男を呼んで来なさい』と言われた」。彼は、イエスさまに癒していただきました。そして、イエスさまはこう語られた。

「あなたの信仰があなたを救った」と。最初に、このバルティマイは教会にとっては良く知られた人物だったのではないか、ということを話しました。しかし、では、なぜそれほど彼が教会で有名になったかといえば、彼のこの出来事に多くのキリスト者たちが共感したからです。もちろん、皆が皆、彼のように奇跡を、癒しを経験したわけではなかったでしょう。しかし、彼のこの救いのプロセスに、何ともいえない共感が生まれたのだと思うのです。私も、その一人です。

最初は、噂でしかなかった。何の確証もなかった。むしろ、不安さえあった。果たして、本当に私は救われるのだろうか、と。こんな私を受け入れてくださるのだろうか、と。お前など救われる値打ちなんかないのだ、と門前払いを食うのではないか、と。それでも、今の自分を変えたかった。今の現実を変えたかった。何とかしたかった。すがるような思いで、賭けのような覚悟で、勇気を振り絞って救いを求めていた。しかし、何も起こらなかった。内に、外に、そんな自分の思いを殺すような何かが迫ってきた。どうせ無駄だ。お前の声など届かないのだ。お前のことなど心に留められていないのだ、と。怯む思いがした。しかし、どうしても諦められなかった。そして、ついに…。そんな共感。

初めに、誰かに助けを求めたことがありますか、と問いました。皆さんがどうかは分かりませんが、少なくとも私自身はあまり思い当たらなかった。しかし、神さまには、イエスさまには、助けを…、本当に腹を割って、心を開いて助けを求めてきたな、と思い起こします。

イエスさまの「あなたの信仰があなたを救った」との言葉は、バルティマイのこの熱心さが、信仰深さが救いを勝ち取ったかのように聞こえますが、必ずしもそうではない、と思います。私たちは、全てが神さまの恵みでしかないことを信じています。この信仰でさえも、神さまから与えられた賜物です。しかし、その上で、このバルティマイのような物語りもあるということを忘れないでいたいと思うのです。

バルティマイはこの後、イエスさまに従う人生をはじめました。イエスさまは「行きなさい」、つまり家に帰りなさい、と言われたにも関わらず、です。彼は、最後の最後までイエスさまの後を、その道を歩み続けた。そこには、あの私の決断が、あの熱心さが、あの信仰深さが、などの思いは微塵も感じられないのです。彼は、その全ても恵み、神さまの憐れみと感じながら生きていったことでしょう。それも、覚えていきたいと思います。

【 Live配信 】2021年10月24日(日)10:30 聖霊降臨後第22主日礼拝  説教 「 助けを求めてみるもんだ 」 浅野 直樹牧師



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【Movie】2021年10月17日 9時30分「子どもと家族の礼拝 」



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