「読書会ノート」 井伏鱒二 『山椒魚』

 井伏鱒二 『山椒魚』

今村芙美子

 

一匹の山椒魚が岩屋の棲家にうっかり二年間いる間に、頭が出口につっかえ出られなくなり、その後の狼狽の様子が描かれている。その中に、「ほの暗い場所から明るい場所を覗き見する。これは興味深いことではないか。そして小さな窓から覗き見する時程、常々多くの物を見ることはできないのである。」とある。また、「山椒魚は閉じた目蓋を開こうとしなかった。目を閉じるという単なる形式が巨大な暗闇を決定して見せた。‥‥誰しもこの深淵の深さや広さを言いあてることはできないであろう」と書いてあり、彼自らの生いたちににある深淵の部分も発酵させて彼の文学としている。山椒魚は彼自身であり、これこそ井伏鱒二の文学の本質である。

彼の短編は彼の人柄の暖かさや、ユーモアと哀しみ、少しの暗さを感じさせる。彼は常々いろいろな場所に足を運び、眼前の世界をふくよかな顔の中の細い目でしっかりと観察し、日本人ならではの繊細さでしかも適格に表現していく。どの短編も読者に快い余韻を残す。

(2002年11月号)