石居正己牧師説教集

説教集 巻頭言

巻頭言   大柴譲治

「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。」(黙示録2:10)

1925年10月、鷺宮に熊本から移転してきた日本路帖神学校の中に「神学校教会」は産声を上げた。84年前になる。そして1958年、神学校を出て現会堂に移り、その名を「武蔵野教会」と改めた。石居正己先生は1959年より69年までの11年間、武蔵野教会の牧師を務められた。1969年に神学校は大学と共に三鷹に移転し、武蔵野教会はタウンチャーチとしての歩みを始めることになる。

1963年、東海福音ルーテル教会と日本福音ルーテル教会が合同して東教区が結成された時、石居先生は初代の教区長に選出された(-67年)。その頃の先生は、毎年1月に前年の説教を5-6編、ガリ版刷りの『武蔵野教会だより説教集』にまとめて発行している。この説教集はその復刻版である。ここにこのようなかたちで先生の説教集を復刻できることを心から喜びたい。

これら16編の説教は1966年から68年の間になされている。石居先生は1928年3月生まれであるから30代最後の頃の説教となる。今回改めて先生の説教に触れて、その福音の豊かさに目からウロコが落ちる思いがした。恩師との出会いを神に感謝すると共に、この説教集を通して神の御言葉の豊かな味わいを一人でも多くの方と分かち合うことができるよう願っている。

最後になったが、黄色く変色した教会だよりをタイプに起こしてくださったお二人の教会員、石垣通子姉と秋田淳子姉の忍耐強いご奉仕に感謝したい。

ここに掲載できなかった説教は教会のウェブサイトに掲載の予定である。そちらをもご参照いただきたい(http://www.jelc-musashino.org/?cat=22)。

お一人おひとりの上に、神からの祝福が豊かにありますように。soli deo gloria.

2009年9月20日 神学校創立百年の年、ホームカミングデーの主日に

日本福音ルーテル武蔵野教会 牧師 大柴譲治

説教 「平和の君の来臨」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


1968年 降誕祭

「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた。ひとりの男の子がわれわれに与えられた。」(イザヤ9:2-7)

その名は平和の君ととなえられる。平和ということばは、平安とも訳されて、聖書の基本的な観念のひとつである。それは単に国と国との間に戦いのないことではない。神と人との間、人と人との間、人の心の中、人と自然の間に充実した平安をもち、人が人として本来の姿をかちうることなのである。そして、そのような平安をもたらしてくださる方が私たちに与えられたと告げられる。

平和でなくする力は、政治や外交、経済などの問題だけではない。われわれ自身の考え方、生き方に平安の充実がなくてはならない。一方においては、互いの間の競争がある。正しさや純粋さを求めることの中に、より正しい、より純粋なことを誇って、他を批判してゆこうとする。これが正しいのだというと、さらにもっと正しい、もっと尖鋭なことがほこられる。いざというときはということが、いつでもになり、それに向って行くことにされる。そのうちに、ありのままの人間の姿や望みとのずれが生じてくる。平穏に日常の生活を楽しみたいという気持ちは、押しやられて、無理な姿勢がとられることになる。

他方、そうした進展には無関係に、ひたすら自分の貪欲のままにふるまおうとするむきがでてくる。自分のありのままの望みとは、しかしいったいどういうことなのだろうか。スピードやセックスやといろいろな刺激の中に欲望をみたしていても、当座は充実感を得られたとしても、みたされない空虚感が絶えずつきまとっている。そして、不断の刺激を求めてやがて自分自身の分裂をさえ招く。しかも自分の欲のままに生きようとするとき、必然的にほかの人たちの迷惑をかえりみない。

われわれの平和となり、平和の君としてわれわれに与えられた方は、われわれの問題の根を解決し天よりの平安を贈られる。私たちは、いろいろな面での危機的様相を見ていたとしても、その中にあって、真のクリスマスを祝わなくてはならない。もっと事態が悪くならないか、恐るべきさまが現出するのではないかというような不安によって、クリスマスの喜びをこわしてはならない。天より来る喜びの讃歌に声を合わせてゆかなくてはならない。

しかし、同時に私たちは「人為的」なクリスマスの喜びに耽溺してはならない。今がどんな時代かなど忘れてしまおう。少くともきょうはクリスマスだ。もし私たちが、そういう感じでクリスマスに一とき酔おうとするのであれば、それはもう信仰において迎えるクリスマスではなくて、精神病理学の対象でしかない。

平和の君としてこられた主は、そのみ国を肩に負われる王でありたもう。「まつりごとはその肩にあり」とイザヤは言う。おそらく王たる権威を示す布を肩にかけているという姿を画いたのであったろう。しかし、ルターが説いているように、その支配される国を、主はご自身が背負われるような王でありたもう。けぶれる灯心を消すことなく、傷ついたあしを折ることのない主でありたもう。ひとりひとりをだいじに、そのみ手の中に抱き、いやし、慰め、平安を与えてくださる王として、キリストは来てくださった。さっそうとその支配を顕示されるのではないか、だれをもその平安の中に確しかに保たれる。彼はおとろえず、落胆せず、ついに道を地に確立する。

私たちは決してたしかでない。確信もなく、不安で、困惑しがちである。性急に結果を見たがり、ちょっとしたことで失望する。しかし、神がイエス・キリストによって、最も確かな救いのみ手をのばされる。私たちは自分の生き方に確信がもてず、信仰に自信がない。それでも、神は私たちの外から、私たちに対して、ひとりのみどりごを与えられた。私たちが彼にならって、自分の道をひとりきびしく歩み進むようにとではなく、私たちの罪を赦し、私たちの中に住み、力を与え、道を確立したもう救主として与えられた。

自ら神の下にあることを拒み、神なき世界をつくり出そうとする人間に、神はイエスをつかわし、ご自分と和解なさしめたもう。神との敵対関係だけではなく、人間同志の敵意のへだてを取り除かれた。それだけでなく、預言者はおおかみは小羊と共にやどり、乳のみ子は毒蛇のほらにたわむれる、自然との調和をも、救い主によって与えられることを預言している。どこかにある平和郷の夢ではない。平和をもたらす方によって起される姿なのである。

私たちは、この平和の君のみ手の中に平安を与えられ、私たちもまた「平和をつくり出す人」とされる。完全な、充実した、みちあふれる平安を受ける。私たちの中に、新しい価値と力とが見出されるようになる。金も力も名声も、私たちが第一の関心事とした事どもが色を失って、低い次元におとされてしまう。反対に、私たちが、余分なことのようにあつかい、余力のあるときにだけ少しばかりなすことのように考えていたことが、すなわち神への信仰や隣人への愛や親切などが、宇宙へ向かう巨大なロケットのように私たちのただなかに突き立っていることに気づかせられる。自己主張ではなくて、人々をたてるための権威をもち、み国を肩に背負われる方が来てくださったからである。あのみどりごが、われわれに与えられたからである。

わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地が
わたしの前にながくとどまるように、
あなたの子孫と、あなたの名は、
ながくとどまる と主は言われる。
新月ごとに、安息日ごとに
すべての人はわが前に来て礼拝する と主は言われる。
(イザヤ66:22-23)

(降誕祭)

説教 「すべての民に」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


1967年 降誕祭

 

「恐れるな、見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。」(ルカ2:10)

福音書の降誕の記事は、預言と歴史としるしのない合わされたものである。それは、決して偶然のできごとではなくて、神の永遠の救いのみわざの成就である。主イエスに出会った弟子たちは、公生涯の主にお目にかかり、その教えを聞き、十字架の死と復活のできごとを目撃した人たちであった。しかし、彼らが主について語り始める時、自分たちが主に出会った時の体験から始めない。自分たちがどのように神について考えていたのかというような告白から始めない。彼らは、主イエスそのかたの始めから語り始める。しかもそれは遠く預言者によって、神ご自身がその熱心をもって成就することを約束された誕生であった。ヨハネによる福音書は、創造の始めにまでさかのぼる。

そのような神のみわざが、具体的な、血肉をそなえた幼な子イエスの誕生によって、すべての民のために起った。その誕生の日時とか年についてはあいまいな問題もないわけではない。それにもかかわらず、主イエスの誕生は歴史的な事件として起った。そしてこの誕生において、神の人々に対してなしたもう決定的なわざが起った。

したがって、それは歴史であり、そして見えない神のみ心を示すしるしでもあった。地上に起ったできごとでありながら、天的な問題を証ししている。人間的な感覚には、いちじるしい対照と感じられるようなことが生じた。すべての民の救主でいましながら、イエスの誕生は人々に知られず、貧しい姿でこられ、大きな喜びの音信であったのに、人々は恐れた。

み使いたちは、いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように、とうたった。

羊飼いたちは、その歌声をきくだけであったけれども、今日私たちは日曜の朝ごとに、同じグロリア・イン・エキセルシスをうたいかわす。

平和があるようにと、天使はうたったけれど、ヘロデの剣を待つ中に、主は地上の生をうけたもうた。み心にかなう人々に、と彼らは云う。しかし、神のみ心にかなう人々とは、だれを指しているのだろうか。ルカは、二度だけ「み心にかなう」という言葉をほかに用いている。一度は主ご自身がバプテスマを受けられた時、天よりの声として「あなたは、わたしの心にかなう者である」という言葉があったことがしるされている。知恵ある賢い者たちに対してではなく、神のみ旨が幼な子にあらわされたことは「まことにみこころにかなったことでした」(ルカ10:21)と云われている。み心にかなうということは、残念ながらただひとりの方、主ご自身にしかあてはまらない。しかし、資格がなくても、み心にかなう救いのみわざの中に、わたしたちも、そしてすべての者があずかることができる。そして神との平和を与えられる。

羊飼いたちは、ほんの少数の者たちにすぎなかった。しかし、この少数者に、「すべての民」への喜びの音信が示され、天軍の讃歌が聞こえた。彼らは、いわばすべての人々の代表者として登場してくる。しかし、羊飼いたちは自分で代表役を引きうけたのではない。自分たちで代表たることはできない。彼らは、だれからもそのような委託をうけていないし、そのようにふるまう地位も力も持ってはいない。それにもかかわらず、神はこの羊飼いたちをえらばれ、かれらにすべての人のための喜ばしい音信を托された。

人間の望みがここに結集して、実ったのでなく、神の望みがここに、すべての民に向って現われた。主の降誕のできごとは、人間的な希望のために用いられることでなく、人がひたすら聞き、受け、喜ぶべき音信としてくる。羊飼いたちは、自らの卑しさを忘れ、ふさわしくないことも忘れ、なぜ神がほかの人でない自分たちに、わざわざ降誕を告げられたかも疑わず、直ちに立って、すべての民への音信をたしかめに行き、人々に告げられたことを伝えた。

あの音信は、今私たちをも、あのすべての民の中に羊飼いと同様代表者とされる。私たちはまことに神のみ心が何であるかをわきまえ、実現し、伝え合ってゆかなければならない。

(1966年 全聖徒主日)

説教 「地の塩、世の光」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ
を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


 

「あなたがたは、地の塩である。あなたがたは、世の光である。」( マタイ6:13-16)

塩は、ものを保存するため、光はものを照らし出すために用いられる。塩も光も、それ自体のためにではなく、周囲に力を及ぼすものとして働く。

あなたがたは、地の塩である。世の光であると、主は言われた。私たちは、つねに自分の主張、自分の考えを通してゆきたがる。勝手なことを考え、勝手なことをしたい。しかし、塩とか光とかにたとえられる働きは、人々を保ち、支えるための仕事である。自分をあらわし、人をさばくのではない。

闇夜のからすは、真黒なすみの中にぬりつぶされてしまう。光をさける人間は、周囲の闇の中に埋もれてしまう。いっさいの相違はぬりつぶされ、自分自身の限界は見失われる。私どもの声は、広い大きなくらやみの声のように、思いこまれてしまう。

塩や光の示す連帯性は、それとは全く逆の意味をもっている。光はすべてのものの実体を明らかにする。明らかになるだけではない。「明らかにされたものは皆、光となる《(エペソ5:14)私たちは、自分の限界や罪を知らされながら、しかも積極的な連帯へと向うようにうながされる。

しかも、このようなみことば、山上の説教のみことばは、だれがだれに語られたのであったかを、明らかにみてゆかなくてはならない。「あなたがたは……である《といわれている。あなたがたは塩のようであれとか、世の光となれとか言われているのではない。しかも、これは山上の説教の中のことばである。マタイによれば、これを聞いたのは、長い訓練をへた主の弟子たちではない。すべての主のみことばに耳をかたむけようとする人々に語られている。

それは単にあの山上にいた人々だけではない。すべての人を対象としている。吊前を削除されるべき人はひとりもいない。だれひとり自分は違う、自分はとてもまだそんなみことばを聞く資格などありはしない、私はその語りかけとは無縁な、ちょっとぬすみぎきしているやじうまにすぎません、などと言うことはできない。すべての人に「あなたは、地の塩、世の光である《という主のみことばの呼びかけがなされている。

それは全く無茶な暴言のようでさえある。私たちは、「~である《といわれるほどの準備は全くないからである。主は全く冗談を言っておられるのだろうか。あるいはこれは、人間の中にあるよさをまことに楽天的に認められたみことばなのだろうか。皆が多少とも、心の中に光をもっているのではないのだろうか。

主は人間の罪性をあきらかに認めていられるのだから、そう楽天的になるわけにはゆかない。むしろ私たちは、これを語られた主がいったいどういう方であるかをこそ、考えてゆく必要がある。

主ご自身が「世の光《でありたもうた。暗さの中に来りたもうたまことの光(ヨハネ1:9)であった。すべての人を明らかに照し出す光であり、どんな人にもその限界とみにくさを明らかにされる。どんなかげの人、見逃されようとする人をも神の恵みの光の中に入れられる。神よりの救いを私たちにみちあふれさせたもう光である。

主ご自身が「地の塩《でありたもうた。自らを十字架につけつつすべての人への救いを成就し、あがない、支えたもう。

私たちは、このような主によって、しかも神による権威にみちて(マタイ7:29)呼びかけられている。いつの日か、このようになるようにとではなく、このことを根拠に考え、成長してゆくようにとではなく、始めであり終りである方としての権威をもって宣言される。主が十字架を負い、私たちの罪を引きうけ、神の子とよんで下さるからである。

私たちは、くらやみに属する者のように自らをかくしてはならない。群衆の中に顔を失う者となってはならない。神の光を示すものとなってゆかなくてはならない。

私たちは、味を失った者となってはならない。ことばにも行状にも、健全さ正しさを忘れてはならない。それだけでなく、人々の中で単に批判的なことば、いやみな行状、裁きの心でなくて、ユーモアをもって正しつつ、建設的な態度を忘れてはならない。すべての人々の、それぞれの立場や気持ちに同情できる広さをもち、すべての人々に神による希望をわかち合ってゆくように努めてゆかなくてはならない。私たち自身も、塩であり光である主に清められ、支えられながら、「あなたがたは塩である、光である《という呼びかけ、宣言を正しく受けとめてゆきたい。

◎以上6編の説教は『武蔵野教会だより説教集 1969年1月号』より復刻

説教 「よみがえりであり命である」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ
を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


三位一体後第16主日

「『ラザロよ、出てきなさい』と呼ばわれた。すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。」(ヨハネ11:19-45)

ヨハネによる福音書11:1-4は、ひとつのまとまった話である。福音書の中でのまとまった話としては最も長いもののひとつである。そして、命のよみがえりという中心的な問題について語られている個所であり、われわれにとっても大きな主題が示されているところだといってよい。

なくなられた東大の宗教学の岸本英夫教授は、がんと戦って10年、手術手術の連続の中で、「手負いじし」のような働きを残された。その間の心の状態を書かれた『死を見つめる心』というという本の中に、これまで人間の歴史にあらわれたいろいろな死生観を、特にそれと関連してだれもが考える不滅の生命のとらえかたについて4つに大別して述べられている。

第一の型は、肉体的生命の存続を願いもとめるものである。秦の始皇帝のように、不老不死の薬を求める型である。私たちが日常、自分はまだ死なないと何の気もなく思いこんでいる状態も、この中に入れられよう。

第二の型は、死後における生命の永存を信じる。天国地獄や、西方浄土の観念などはこれに属する。しかし、文化の発展と共に理想の象徴的表現としてだけ受けとられやすい。

第三の型は、自分の生命をほかのなにかに托する考えである。直接の生命の永存ではなく、自分の関係する何かのものに、精神的ないのちを托するものである。芸術作品や愛児の成長、民族や人類の発展に望みをかける。第四は、現在の生活の中に永遠の生命を感得するという型である。これは深い宗教的体験などに現われる。

さて、聖書が示しているのはいったいどういうことなのであろうか。

主は、ラザロの病気について聞かれたが、「これは死ぬほどのものではない」(11:4)といって、うっちゃっておかれた。そして彼が死ぬままにされたのである。マリヤやマルタが、「主よ、あなたがここにいて下さったら」と、うったえている切実な気持にもかかわらず、一歩退いて、ありのままの人生を、人々に味わわせられた。人々の願いに、直ちに反応し、愛のみ手をのべられた主に、少しふさわしくないことのようにさえ見える。ラザロのいたユダヤに行こうとされたのは、主ご自身の死の可能性にも関係していた(11:8、46以下)。

主がここで示そうとされた命は、死なないでよい生命ではなくて、死を通りぬけた命である。「わたしはよみがえりであり、命である。生きていて、わたしを信じる者はいつまでも死なない」というみことばは、ラザロの死んでいる現実を目の前にして語られている。人間はみな死ぬ。それを無理に生きていると観念するのではない。ラザロの死後それはすでに4日たっていた。ユダヤの一般俗信によれば、人は死んだのち4日までは、霊魂がそばにうろうろしていると考えられていた。したがってラザロは、名実ともに死んでいたことが強調されているのである。古い人は完全に死ななければならない。主にある命は、単に現在の人生の延長ではない。主はむしろ私たちが死んでしまうことを待たれる。しかしそれだけではない。主はご自身の命をかけて、私たちを死人の中から命へとよび返したもう。もとの人生へとではなく、新しい命へとである。

マルタは、「終りの日のよみがえりの時よみがえる」ことを信じていた。それは理屈からいえば正しい聖書的な予想であるといってもよい。しかし、聖書をとおして示される神のわざは、人間の平面的な論理で捉えられない力をもっている。イエスは、いつか将来のよみがえりの時ではなく、直ちにラザロを墓から呼び出された。「死んだ人が神の子の声を聞く日が来る。今すでにきている。そして聞く人は生きる」(ヨハネ5・25)。したがって、決して死んだのちの生命の永存ということだけではない。

主は「私はよみがえりであり、命である」といわれた。これは考えてみると、ふしぎな言い方である。命であれば、死を通ってのよみがえりと縁はない。矛盾した二つのことが、同じように並べられている。

しかも、「わたしは」とイエスはいわれる。わたしは「生きている」とか、「よみがえる」というのではなく、命であり、よみがえりであるといわれる。私たちの命であり、私たちのよみがえりでありたもう。私の命、よみがえりは私の手の中になくて、主のみ手の中にある。私たちが自分でつくり出した作品や子供たちというのでなく、私たちの中に外から与えられた主のあがないの命が与えられ、私たち自身を生かす。

それは、今の私たちの心に生きる神との交わりというだけでなく、「よみがえり」でもある。ラザロは、墓から出てきた。感得さるべきものであるだけでなく、よみがえりの日に、よみがえる。空虚な墓と、あなたの手をのばしてわきにさし入れてみなさいというような、具体的な復活が語られている。

こうした聖書の示している永遠の生命の内容は、あの4つの分類にはあてはまらない。むしろその全部にわたっているし、そのいずれでもない。人間を中心とする生命か、キリストを中心とする生命かということこそ、肝心なわかれめである。神によって生きているということは。すでに今始まる永遠の生命である。すでに終りの日が始っているのである。

生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。この二つのみことばは、表面的にいえば矛盾したことばである。しかし、それだからこそ、生きていること、死ということ、信じるということの、型どおりの意味でなく、主が示される内容を考えてゆかなくてはならない。生きていても、墓の中にあっても、主のみ声を聞いてゆかなくてはならない。

(三位一体後第16主日)

説教 「信仰の大小」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ
を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


顕現節第3主日

 

「わたしたちの信仰を増してください。」「もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この桑の木に『抜け出して海に植われ』と言ったとしても、その言葉どおりになるであろう。」(ルカ17:5-10)

信仰ほどその名の美しく、しかもさまざまな堕落を内包しているものはないと言われる。信仰について考えるとき、また神への信仰を言いあらわす時、深く自ら注意しなければならない。そして、この個所でも主は、信仰の基本的な性格について明らかにされる。

ルカ17章の初めに、主は悔い改めて帰ってくる兄弟をゆるしてやるようにと戒められた。一日に七度罪を犯しても、七度帰ってくればそれをゆるすように教えられたのである。

そのとき、弟子たちは「私たちの信仰を増してください」と願った。自分たちの現在の信仰では、とても手におえそうにない求めが主によって提出されていると感じたからである。

これはまことにたいせつな、しかも正しい態度だといってよい。彼らは、信仰をどうしたら増すことができるでしょうかとか、どういう修練をつむべきでしょうかとも聞いていない。端的に、主に向って、信仰を増してくださいと願う。それは、すべての信仰者の祈りでもある。さまざまの問題につきることなくなやまされ、騒然として世の中で、どうしたらよいのかと思いまどい、しかも信仰をもっているといいながら、いかにもたよりない自分しか見いだせない。自分の死や罪の不安に、なにひとつたしかなことをもつことができず、人々との交わりの中でおくし迷っているに過ぎない。主が「ゆるせ」と命じられるとき、いったい自分自身が何者なのでそういうことができ、またそうしなければならないのかを疑ってしまう。私たちは、ほんとうに、自分の信仰が増し加えられることを主ご自身に願い求めてゆかなくてはならないのである。私たちの信仰は、自分の決意や選択によってではなく、その前に、その基に、神ご自身のみわざがある。

しかし、主は弟子たちの求めに対して、たいへん独特な答えかたをされた。いったい、「増してください」と言われるとき、そこにはすでに信仰が少しはあることを前提に考えている。だからこそ、大きな深い信仰にまで成長したいと願うのである。けれどもイエスは「からし種一粒」ほどの信仰さえあれば、どんな大きなこともなしえられるのだと言われる。

主は、大きなことを求められたのではない。いろいろな種の中でも、小さいものの例に使われるような、からし種一粒ほどの信仰を求めたもうた。それは広い畑にまかれるちいさな粒にすぎない。畑の土全部を宝石の砂に変えることが求められているのではない。私たちの中には、迷いがあり、疑問があり、恐れも不安もこの世の思いも、相変わらずある。しかもその中に生命をもつ種が受けいれられていることが必要なのだ。神がはじめられたよきわざが、胎動していることを感じてゆくことが必要なのである。信仰を量的なものと考えてはならない。もし量的に考えられるなら、私たちの信仰は、からし種一粒ほどもないという判定しかかえってこない。

「私たちの信仰を増してください」という願いは、まことに正当に主に対してかたられた。しかし、この求めの背後には、自分が何かできる。自分の信仰はすでに何ほどかの分量をもっているという間違った考えがありはしないか。信仰は本来自分の力を否定するのに、信仰ということによって、自己に関する幻想をかきたてようとしているにではないか。

ギリシャの巨人アントイスの神話は、私たちの罪や肉の力をよく示している。アントイスは征服されて、大地に投げ出されると、母なる大地から常に新しい力を注ぎこまれた。倒されてはまた生きる。彼は何人にも征服されない力をこうしてもっていた。しかし、彼が空中にあげられたとき、大地との接触をたたれたとき、初めて彼は窒息して死ぬ。

私たちの中には、不死鳥のような自己中心の罪の思いがある。信仰においてさえ、それは巧みに生きのびようとする。

逆にまた、信仰は具体的な生活の中に生きる。自分がこの地上に生きることを忘れて、ありのままの現実を見失って、幻想の世界に生きようとするとき、たちまち信仰はその力を失い、窒息させられてしまう。

主は、桑の木に海に植わるように命じてもなる信仰の力を示された。私たちの判断では、ありえないとしか思えないことも、からし種一粒ほどの信仰はよくそれをなす。私たちは、さまざまな問題の観察や分析はすることができても、その中で命じ、ことをなすことはたいへんにむずかしい。批評家として現代を論評することはできる。しかし全体を見渡し、歴史を見通して、コミットすることはたやすいことではない。桑の木をなんとかして移すことが問題なのではない。それは手だてを考えることができる。ブルドーザーは山を移して、新しい団地を切り開いている。もっと基本的な、全体的な信仰の立場を考えなくてはならない。

ルカ17章7節以下に、主は続けて主人としもべのたとえを語られた。これは内容的につながっている。すなわち、信仰は徹頭徹尾私の力として何かをするのではなくて、主人がいることを示している。しもべは、どんなにりっぱに働いたところで、「すべき事をしたに過ぎない」ふつつかなしもべなのである。

信仰は、私の力として何かを働くのではない。信仰は自分の魂の力であって、量をまし加えられるものではない。主人がいる。この主人への信頼であり、奉仕である。この主人である神の全能の、愛の力への信頼なのである。エーベリンクは、信仰は名詞ではなくて、常に動詞であらわされると言う。大小の分量が考えられる時、私たちは名詞的な信仰を予想している。大小のあるのは、主人としもべの比較にならない力の相違だけである。主が命じ、欲したもうことを聞きわけ、忠実に仕えてゆく者となってゆかなくてはならない。

(顕現節第3主日)

説教 「世の命のために」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版

です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。

s.d.g.(大柴記)


受難節第4主日

(ヨハネ6:36-51)

ヨハネによる福音書6章には、主が5千人の群集を、5つのパンと2匹の魚で養われた出来事がしるされている。そしてそれに測して、その意味についての長い説明が語られている。その中には、いくつかのたいせつな問題が含まれている。

私たちの信仰は、いったい何を基としているのだろうか。この記事にあらわれるユダヤ人たちは、イエスご自身と出会い、話しをし、知っていた。主のみ手から分けられたパンで満腹することもできた。しかし、信じようとはしない。

私たちは、残念ながら主イエスに直接おめにかかることはできないし、主のみわざは遠い歴史のかすみに包まれている。それは、神話的な伝説とさえ思われる。主の力ある奇跡を信じることもむずかしい。どだい聖書に書かれているようなイエスが、実際におられたのかも知りはしない。

しかし、あのユダヤ人たちが信じることのできなかったということは、私たちが信じるということがどういうことであるかをもう一度深く思い返えされる。主の出来事をたしかに知り、確信したからといって、それは信仰ではない。正しい接近の仕方のままの関心が、ある程度自分自身の心からのものであるように感じられてくる。そして、知っても知ってもなお不安であるような、いわばもの知り病の中毒症状を呈するようになる。

心理学者は、何とか自分をたて直せという。無数にある雑誌やテレビ番組の中から、はっきり自分の興味と判断に合ったものだけを取り上げるように注意する。あるいは、自分が言っていることが、つめこまれた知識のうけ売りであるだけではなかったかどうか、いつも反すうしてみよと勧告する。

けれども、こうした問題は、テレビ時代、情報の時代といわれる今日だけのことではない。昔もやはり似たような問題が存在していた。キリスト・イエスについて、ユダヤ人たちは知っても知っても不安であった。「いつまで私たちを不安にしておくのか。あなたがキリストであるなら、そうとはっきり言っていただきたい」(ヨハネ10:24)と、じれて訴えている。

私たちがイエス・キリストに対するとき、普通のいみでの知識とは違ったことが問題とされる。それは、深く私たちの生存そのものの根から出てくる問いなのである。外面からの観象と知識ではなく、神と私、キリストと私の人格的な出会いである。

しかも、私たちの前に立ちたもう主は、私たちにとって、神の恵みを示すものであると共に、私たち自身をはっきりさせるものでもある。イエス・キリストにおいて自分の姿を見る。鏡を割ってその組成をしらべても、それがうつし出す私の顔には影響しないように、主イエスの歴史をその組成をしらべるだけでは、主に出会うとはいえない。主イエスは、神のみ旨をうつし出すと共に、私自身をうつし返す。

映し出すだけではない。私たちに新しい生命を与える。ありのままの姿を見せるだけでなく、神のみ旨の中にある本来の私の姿へ変える力を与える。

ヨハネ第6章は、直接聖餐式に関係しないというのが、宗教改革者たちの一致した考えであった。しかし、ここには飲みものとしてのキリストの血(6:54以下)についても語られており、明らかに聖餐の恵みが意味されているといってよい。キリストの肉、キリストの血を食することが言われている。単に主が5つのパンを分けられたということでなく、主ご自身の命が、私たちのために提供されたことが示されている。

私たちの罪の姿を示しつつ、それにも増して、主が赦しの主でありたもうことが教えられているのである。たしかに主は、空腹である人々をあわれみ、パンをわけ与えられた。しかし、それだけではなく、すべての人のいのちに最も必要な神のゆるしの愛を与えたもうたのである。

キリストご自身が、世の命のために与えられた。世の命、私たちの人生が気持よく生きられるためというのではない。ほんとうに、生甲斐のある人生を、価値ある一生を生きることがゆるされるというのである。目に見える生活だけではない。神のみ前に永遠に生きるいのちが与えられる。それが父なる神の欲したもうところである。そして主が与えたもうものなのである。信じる者には永遠の命がある。

(受難節第4主日)

説教 「来たるべき方」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


降臨後第3主日

(マタイ11:2-10)

すべての人々がことの決定に参加したいという望みと共に、だれかによって強く指導されたいという矛盾した二つの方向を、私たちは求めようとする、いわゆる大衆の参加と、群集の心理を表現してみせさらにそれを導いてくれる英雄の待望といってよいだろう。

旧約時代のイスラエルも、いろいろな型のメシヤ(救い主)待望をもっていた。メシヤは単に個人ではなくて、イスラエル全体、少なくとも神の召命を自覚した人々の集合体と考えられたり、逆に全く特別なひとりの人と考えられたりした。その救いの到来も破局的な世の終りと突然の世の改革が期待されていたり、漸進的な向上が予期されていたりした。

旧約聖書を基として展開されたユダヤの宗教的原理をあらわしている「タルムード」の中に、興味深い挿話がしるされている。 教師ヨシュア・ベン・レビが、予言者エリヤに向って「メシヤはいつ来るのですか」と尋ねた。エリヤは「行って御自身に聞きなさい」と答えた。いったいメシヤはどこにおられるのかという問いにエリヤは「町の入口のところに坐しておられる」という。メシヤは町の中に入ることを許されないらい病人たちの中に坐して、いやしておられるのだというのである。そこでヨシュアは、メシヤのもとに行き、「主よ、いつおいでになるのですか」と尋ねた。「きょう」というのがその答えであった。ヨシュアがエリヤのもとに帰ってくると、エリヤは「メシヤは何といわれたか」と聞いた。彼は「メシヤは私にうそを言われました。きょう来るとおっしゃったのですが、いらっしゃいませんでした」といった。エリヤはそれに対して「彼があなたに言ったことの本当の意味は、もしあなたがそのみ声を聞くならば、きょう来るであろうということなのだ」と答えたのである。

メシヤは、すでに町の入口に、病める者たちの真中におられた。しかし、すべての者に対する救いと審きの権威をもってやっておいでになる時が、待ちのぞまれていた。にもかかわらず、ヨシュアにとって、み声を聞く「きょう」そのようなメシヤの到来が約束されている。

バプテスマのヨハネは、主イエスを、この方こそ「待ち望まれた方」、救い主であると、人々に紹介したのである。しかし、マケラス城の地下に入牢したヨハネの耳にまで聞こえてきた主イエスの言行は、ヨハネは納得したようなメシヤの姿ではなかった。 そこでヨハネは、キリストご自身に疑問を投げかけた。自分の予想や期待と、イエス・キリストの言動が全く喰い違ったとき、それをだれかれに尋ねてみても、決して解決はされない。私は、自分流の救いやメシヤについての理念をつくり出し、それに主をあてはめてみようとだけしているのではないだろうか。ヨハネは、主ご自身に信頼しつつ、「きたるべきかたはあなたなのですか」と問うたのである。タルムードの挿話のように、これは主ご自身に聞いてゆかなくてはならない。

ヨハネは、「きたるべきかた」について聞いた。何が来たるべき状態であるのかなどと聞いていない。いかなる政治、いかなる文化、いかなる社会が待ち望まれるべきないかとも聞いてはいない。「だれが来るのか」否「あなたが彼ではないのですか」と聞くのである。

その問いは同時に、「だれが彼を迎えるのか」、「あなたはメシヤを迎えるのにふさわしいのか」という問いとしてはねかえってくる。信仰の目だけが、このかたがだれであるかを見通すのである。だから、イエスはヨハネの問いに間接的にしか答えられない。「私がそうだ」とどんなに大きい声で答えられたとしても、それだけで私たちに確信を与え、なっとくさせるのではない。私はどのように主に対していゆこうとするのか。私は何者なのか。そのことを聞かれながら、答えながら、救い主に対してゆかなくてはならない。信仰箇条を承認し、聖書の確言をうのみにすることが信仰ではない。

イエスは「行って、あなたがたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい」と、ヨハネの弟子たちに言われた。盲人が見え、足なえは歩き、らい病人がきよまるなどのことは、まことに見聞きされた事実であった。長い議論にまして、実際の出来事の証しは力をもつ。私たちの信仰も、そのようなものでありたい。

しかし、それは事実であっただけではない。これらはイザヤ書29:61など、あちこちに予言されているメシヤ到来のしるしなのである。単に不思議なこと、力あるわざであるというだけではない。昔から、「そのかた」のしるしであったのである。いわば、イエスは聖書の言葉によって、自分が「きたるべきもの」の姿にあてはまる者だということを明示された。

けれども、それがすべての事実ではなかったことを注意しなくてはならない。バプテスマのヨハネは、明らかのあてはまらない要素を感じたからこそ、疑惑を起したのである。主は、人々の期待にあてはまる方である。しかし、全部をあてはめてしまうわけにはゆかない。はみ出しているだいじな部分がある。主イエスは、権威あるメシヤであられただけでなく、人々を倒すためでなく、立てるための権威をもってこられた。罪をさばくためでなく、自ら人々の罪を負い、愛とゆるしを与える方でありたもうた。

私たちは、それぞれに救いについて、救い主について、自分流の考えを持っている。しかし主は、それからはみ出る面をもっておられる。そしてその重要さをはっきりと理解しながら、主ご自身に尋ねてゆかなくてはならない。主は一面的な型の中に閉じこめられたまわない。来りたもうた方であり、われらと共にすでにいます方であり、「きょう」私においでになる方である。そしてまたやがて来りたもう主でもある。

私たちに対して近づいて来てくださる方であり、しかも人々の中にかくされ、私たちの中に宿って変化させる力となりたもう方でもある。

このような型にはめこみ、とらえてしまうことにできない主のみわざであり、主のあり方である。しかし、一貫してあるものは、それが救い主イエス・キリストであり、主との関わりにおいて起こされるということである。この主に信頼し、聞いてゆくことは、私がどう生きるのかを決めてゆくことでもあるのである。

(降臨節第3主日)

説教 「招かれた人々」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


三位一体後第20主日

(マタイ22:1-14)

天国は、ひとりの王がその王子のために、婚宴を催すようなものである。イエスは、たくさんの天国のたとえのひとつとして、婚宴のたとえを語られた。それは、どこかに清く静かに、美しく存在している天国の様子をえがき出し、天国に対するあこがれをかきたてられたというのではない。天国は、会社のデスクに坐っていたり、機械油にまみれたり、台所でぬかみそをかきまわしたり、教科書をひろげて勉強していたりする、わたしたちの毎日の生活と関わることとして告げられる。わたしたちが眺めている画面としてではなくて、わたしたち自身が登場人物であり、わたしたちにかかわる招きとしてこのたとえは語られる。そして、わたしたちは。このたとえの中に登場する特定の人物ではなく、AでもBでもCでもあり、またそうありうる者として存在している。

さて、天国はひとりの王が王子のための婚宴をもうけられるようなものであるといわれる。ところがこの云い方の中には、少し現実的でない面がある。王が、どの程度の王としていわれているのか定かでないが、どんな小さい領土の王であろうとも、王であればそれ相応の権威をもっていてもよい。婚席に文武百官がきらびやかに立ち並び、国中をあげて、お祝いをするということであってよい。それに招かれた人々は、一世一代の光栄として、喜び勇んで出かけるだろうということが、王子の婚宴というできごとが、われわれに想像させることである。

ところが、ここに語られている王は、まことに権威のない、力をふりまわさない王である。みんなの中のひとりとして、身をかがめている王である。招かれた人々が、いよいよの時になって、ことわっても平気であるような相手である。しかし王である。

わたしたちは、信仰をもって見なければ、そんな重大な招きとわからない招きに出会う。大したことではないような宴の中に、まことに決定的な神の招きがひそんでいる。

しかも婚宴に招かれるのは、結婚する当人たちと親密な交わりをもっている人たちであり、当人たちの喜びを自分の喜びとしてくれるような人たちにほかならない。選びに選ばれて、婚宴にかくことのできないような人たちが招かれる。ぜひに来てもらわなければ、王も王子も、司会者も淋しいばかりか、予定がくるって困惑してしまうかもしれない。

招かれていた人々は、いざの時になって、行くのを中止した。もっと忙しい、だいじなことがあるという口実で、肝心な招きをことわった。彼らは、ほかの人の主催に招かれてゆくような時間も気持ちも持っていなかったのであろう。自分が招く立場に立ちたい。そしてそれに来ない人でもあれば、さんざん怒るでもあろう。自分を中心に、自分も王でありたい。自分が成功した時には、やがてあなたも招いてあげるから、きょうのところはかんべんして下さいと言うつもりであったかもしれない。神の招待を今は受ける余裕もないが、そのうち、神さまあなたもご満足ゆくようにお招きいたします。

そこには、ほかの者の意志に、神の意志と喜びに喜んであずかりましょうという心はない。自分の人生は自分のものであり、これを犠牲にしてほかの人のことを考えることはない。善人でも悪人でも、区別はない。この婚席に連なることのできる唯一の資格は、神の喜びに与るということである。すなおに、驚きながら、与ってゆくのである。人間的喜びの満足ではない。

しかし、ここにしいて連れてこられた人たちの中にひとりだけ礼服をつけていない者がいた。近東の習慣では、家の入口で礼服をうけとって、つけた。したがって、礼服をつけていなかった者だけが、準備ができていなかったのではない。すべての者が、自分の資格も準備ももってはいない。ただ神の備えたもうた準備を受けとってゆくだけなのである。礼服をつけなかった人は、それをしない。自分なりの礼服をつけていて、それに自信があったのかもしれない。正しい入口から入ってこなかったのかもしれない。そこにもすなおに神の喜びの意志に与ろうとしない心がある。

いったい何が神の喜びであったろうか。王子であるかたの婚姻である。黙示録には、小羊の婚姻が、教会がその花よめのように備えして、天よりくだってくることがえがかれている。聖書はいろいろなイメージを自由に用いている。婚宴に招かれる者が信仰者であると共に、同時に王子の婚姻の相手である花よめが信仰者でもある。

信仰に縁のないもの、世俗の仕事に忙しいというものも、みな神の招きにあずかっている。この婚宴にたいせつな、かくことのできない者として登場しなければならない。神の喜びのわざは、われわれとの和解があると共に、その喜びにあずかるように求められる。

外の闇におい出された者の姿は、この美しい、清い喜びにふさわしくない不協和音である。それは、この神の喜びのわざがよいかげんなものでない、真剣な恵みのわざであることを示している。

わたしたちをお互いもまた、主の招きを受けている者である。どのようにそれに応じるかを、きめてゆかなければならない。まことに神の喜びたもうことを知り、与ってゆかなければならないのである。

(三位一体後第20主日)

◎以上5編の説教は『武蔵野教会だより説教集 1968年1月号』より復刻

説教 「隣人となる」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


三位一体後第13主日

 

(ルカ10:29-37)

主イエスのもとにやってきた律法学者は、何をしたら永遠の生命を受けることができましょうかとたずねた。彼は実は、その答えを知っていた。申命記やレビ記にしるされていた言葉を、主イエスご自身が教えられたのと全く同じように(マタイ22:37以下)、語ることができた。

しかし、答えを知っているだけでは、生命を受けることはできない。それが自分自身の生活の中にどのように関わるかを考え、行ってゆかなければならない。聖書のみ言葉は、頭の中での理解にとどまったり、机上の答案であってはならない。具体的にそれによって生きられる力とならなければならない。

イエスは、そのような教えの例として、よきサマリヤ人のたとえを話された。

エルサレムからエリコへの途上、ある人が強盗におそわれて、半死半生の状態で道ばたに捨てられていた。通りかかった祭司もレビ人も、それと気づきはしたが、遠くを通りすぎていった。彼らは、この人がもはや死んでしまっていると思ったのかもしれない。厄介な事件にかかわり合いになりたくないと考えたのかもしれない。自分の旅を急いでいたのかもしれない。しかし、彼らは律法を熟知していた。ふだんならば、助けなければならないという答えをする人たちであっただろう。それでも、このような危急の時には、本能的に自分の身を守ることを第一に考えてしまったのかもしれない。

サマリヤ人は、普段はユダヤ人たちとの交わりをもっていなかった。仲のわるい間柄であった。しかし、彼はこの強盗におそわれた人を見ると、何のちゅうちょもなく、近づいていって、心づかいのあふれた世話をしてやった。

不信仰な、正しい信仰をもたないと思われる者の方が、ずっと律法の言葉に忠実に仕えていた。それはいつの時代にも、信仰者に対する警告である。知らずして、神に正しく仕えている人が、信仰者よりほかに、しかもしばしばいる。信仰が正しい生命力とならない時に、単なる知識的な悟りである時に、それはもはや信仰ではない。

よきサマリヤ人のたとえは、いろいろな人たちによって芸術作品の主題とされた。

昔の人々の中には、いわゆる聖画の中に、自分自身をモデルとして書きこんだ人が沢山いる。カスターニョという人は、イスカリオテのユダの顔を、自分の顔にしてえがいた。自分はまことに主を裏切るような者でしかない。自分自身の中にユダを認めますという信仰告白であったかもしれない。

よきサマリヤ人の画面の中で、私はどこにいるのであり、どの人物の顔に、わたしの顔をあてはめてゆくことができるのだろう。

律法学者は、当然のことのように「わたしの隣り人とはだれのことですか」と問うた。わたしちゃんと自立した、ほかの人たちに対する積極的な愛の行為を考えてゆくべき主体として見られている。しかし、律法は決してそのように、先の方を指さすばかりでない。わたしたち自身を弾該する。わたしの隣り人はだれかときく時に、自分自身はだれかという問いをも、同時になしてゆかなければならない。

そして、自分自身が、実はまず、あの半殺しになっている、助け手を待っている旅人であることに気づかなければならない。だれかが声をかけてくれるのを待っているのに、みじめにうちのめされて横たわっているのに、だれも近づいてはくれない。そういう状態に、わたしたち自身がいる。そして、そのわたしに近づいておいでになる、ゆきとどいた世話をして下さるよきサマリヤ人は、主ご自身でもある。

しかし、そのようにわたしに迫ってくるキリストの愛は、わたしを終着点にしているのではない。わたしたちをまきこんで、主の愛の力の中に仕えさせてゆく。わたしは、無傷で、金をもっていて、ほかのかわいそうな人たちをあわれむのでなくて、わたし自身をあわれんで下さった神の愛の働きに奉仕してゆくように押し出される。

その時、わたしたちは、わたしたちの周囲に、たくさんの見逃されている旅人たちがいることに、気がつかされる。いったいそれは、たくさんの困った人たち、窮乏の中にいる人たち、不幸な状況をせおった人たちがいるのは、だれの責任なのか、だれが助けてやる力をもっているのかでなく、何よりもまず、わたしたち自身が隣り人になってゆかなければならない。

マタイ25章に主が語られたたとえの中に、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」という言葉がある。空腹の人、かわいていた人、旅人、裸の人、病気の人、獄にいた人は、実はみな、主ご自身がその背後にいて、この人にしたことはわたしにしたことだと云われる。いいかえれば、半死半生の旅人がわたしで、よきサマリヤ人がキリストでありたもうばかりでなく、横たわっている旅人の顔にイエス・キリストをえがきこまなければならない。キリストがよきサマリヤ人にえがかれているものと、キリストこそが旅人としてえがかれているものと、その二枚の画が、よきサマリヤ人のたとえを正しくわたしたちに示す。片一方だけではない。

わたしたちは、「わたしの隣り人とはだれのことですか」という問いと共に「わたしはだれですか」とたずね、主イエスがどこに、どんな役割を果たしたもうかを見定めていかなくてはならない。そして本当に隣り人となるように、近づき、受けいれてゆく者でありたい。

(三位一体後第13主日)

説教 「ゆるしの伝達」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


三位一体後第22主日

 

(マタイ18:21-35)

天国は主が僕たち決算をするようなものだと主は譬えられた。この中には、私たちの行為の出発点が示されている。

罪のゆるしの愛は、私たちの中にあって最もたいせつなことである。トルストイは、人がいっしょにいて何でもないということはありえないと云った。お互いの間に、争いがあり、ゆるしがあり、惜しみがあり、愛がある。共に生きる生活は、互いにゆるす心がなくては成立しない。

主の弟子たちは、主によって罪のゆるしの力を与えられた。聖書の中から「ゆるしの愛」をむきにして考えることはできないし、その愛を伝えることが弟子たちの使命であった。けれども、彼らはキリストにおいて、罪のゆるしの権威を与えられた。彼らがゆるす時、主ご自身がゆるされる。しかしそのような能力や資質が弟子たち自身のものとなったのではない。彼らは、自分自身が、日毎豊かに赦されるものでなくてはならない。

信仰そのものが、そういう神との関係であるといって差支えない。信仰は、自分の信仰であって、自分のものではない。罪のゆるしは、自分免許でゆるすというわけのものではなくて、罪を犯した当の相手である神からゆるしの宣言をきくのでなければならない。自分が決められない、自分はひたすら被告の立場にあるということは、私たちの信仰のいわばまことに不安定な、たよりない面だといってよい。しかし、限りなく罪をゆるすことを教えていられる主こそが、私たちの裁き主でいます。見よ、世の罪を取り除く神の小羊でいます。それは私動きやすい気分や思索ではなく、私たちの行為の結果でもなく、神ご自身の決定、神ご自身の行為であるからこそ、たしかである。

宗教改革以来、ひとつひとつの罪をのこらず数えあげてざんげをするということは、事実不可能だし自分でわかっていない罪こそ大きい罪なのであるから、一般の習慣ではなくなった。しかし、そのことによって、罪のざんげはどうでもよくなったというのではない。心にひっかかっているものを、しいておしつけて、むりに忘れさせようとするのでもない。共に、自分も他の人々も同様に、罪の告白をし、ざんげをする。

ある人がこのような話をしるしている。間接的な原因となった事故によって、子供をなくしたために精神的な病気になった婦人がいた。善意の友人たちが、「あなたのせいではありませんよ」「あれは事故ですよ」と慰め、ことにふれないようとすればするほど、彼女は自分をせめて、狂おしくなっていった。しかし、最後は牧師をたずね、やがて元気になったのである。なぜかと問われて彼女は、自分の罪がはじめてまじめに取り上げられ、そしてゆるされたからだといったのである。

ことの大小や種類の相異はあっても、それに似た体験を私たちももっているかもしれない。私たちは礼拝の中に共同のざんげをする時、わたしたちは心の中にある自分の罪を明らかに考えながら、神のみ前に立たなければならない。そしてはっきりとゆるしの宣言をきいてゆかなければならない。罪のゆるしの宣言は、司式者が力をもってなすのではない。主ご自身の十字架のあがないと、そのみことばが、力をもって伝えられる。

そしてその赦しは、いつも閉じられない。ゆるしは、王と一万マラントの僕の間だけですまない。負債は個人的で、主とこの僕との間のことである。ゆるされた時、僕は主の恵みに感激し、できるだけの感謝の意をあらわし、生涯おいめを感じてゆく。いな、おいめだけでなく、私だけは特別に見られ、あつかわれたという誇りも感じたかもしれない。

しかし、イエスはその後のことに話を展開される。この僕が特別なのではない。ゆるしに対する感謝は王に対してでなく、他へのゆるしとして、流れ出してゆかなければならない。閉じたふたりだけの関係でなく、ゆるしの愛は伝達されてゆかなければならない。神への感謝は、人々への愛と奉仕としてかえされてゆく。

それが、主の祈りのゆるしの項の意味でもある。人々へのゆるしが閉ざされる時、神よりの自分自身に対するゆるしまで、閉ざされる。神のゆるしの愛が、私たちをしっかりと包み、みちあふれ、流れ出してゆくようにと、はっきりとざんげし、ゆるしをきいてゆこう。

(三位一体後第22主日)

説教 「資格のない者の祈り」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


「ふたりの人が祈るために宮に上った。パリサイ人も取税人も同じように祈るためにやってきた。」(ルカ18:9-14)

祈りは、最もよく信仰の姿勢があらわれるところである。そして、このふたりの祈りには、大きな相違があらわれた。

パリサイ人は、自分で神の目をうばいとり、自分自身と取税人とを比較し、判定を下した。そこにはもはや祈りはなくて、自分の独語があるだけである。神は、自分の観念の中でひとつの役割をしめているでくであり、主題にすぎない。祈りの相手ではなくなっている。

ティーリケは、その説教の中で、4人の子供を失った人の祈りについて語っている。その人は、神はなんと過酷な方であろうかと嘆じつつ、しかも、神はどうしてこのようなことを放任なさるのかとか、神はどうしてこのようなことをなさるのかとは問わなかった。そのような問いは、神へと語るのではなくて、神について語っているにすぎない。神は信頼の対象ではなく、討論のテーマにされてしまう。神はそのような人の手の中から、ぬけ出てしまわれる。彼はただ自分の観念としての神をもてあそんでいるにすぎない。

パリサイ人は、自分を誇ることによって、自分の判定を神のさばきとすりかえてしまう。

ところが取税人は、自分の判定を、ほかの人との比較にむけず、ひたすら神の前にある自分自身にむけている。取税人は、自分の弱さを知っていた。取税人は自分の行為をうとましく思っていたに違いない。取税人の資格で人々から恐れられていても、人々との心の交わりはなかった。おそらくは、その地位を利用して、私腹をこやすこともしたであろう。しかし、それはますます自分自身への不満を招いたかもしれない。彼はそのような自分を、かくすことなく、神の目に前にあきらかにする。罪人にほかならない自分であると判定を下す。しかしそこでとどまらない。

自分は、神のみ前に立つ資格なしと自認したが、しかしこの取税人は、だからといって、礼拝も祈りもせず、敬虔そうな人たちの仲間になれないと感じてすごすご神殿からひき下がって自分の部屋に閉じこもって、思いに沈んだのではない。胸を打ちながら、彼は「神様、罪人のわたしをおゆるし下さい」と訴えた。赦しを、神にこうていった。

私たちの祈りもまた、全く同様の性格をもっていなければならない。

けれども、さらにいくつかの点を注意しなければならない。

もしパリサイ人が、取税人をただ悪者の代表のように考えず、彼をあわれんでやったとしても、段階の違いを自認し、いわば高いところから、かわいそうな人よ、とあわれんでも、取税人の方が義とされて帰った状況をかえはしない。

そして神の判定は、決して一度限りではない。最後の審判の日までは、途中経過に外ならない。イエスのたとえの後日譚が、もし取税人が相変わらずの生活を続けているということであったとしたらどうであろうか。たしかに彼は悔いていた。しかしくやむだけで、終ってしまっていたら、実は本当に神に語ってはいなかったということになる。小さくても、少しずつでも、悔い改めにふさわしい実が生じてくるはずであり、またそうでなければならない。

パリサイ人にしても、取税人にしても、「不良品」のレッテルがはられてしまったのではない。そう考えられた時、そう考える人が転落してしまう。人のレッテルなら、その人自身にはりかえられるし、神のレッテルなら、なお恵みと忍耐の中にあるレッテルであることを考えなければならない。

取税人は、神殿から遠くはなれて立ち、目をあげようともせず、祈った。しかし、もうひとりの、最も遠い場所に身をおいて祈る方を考えなければならない。一番遠く、十字架の呪いの中に立ちながら、神よかれらを赦して下さいと祈り、シモン、シモン、あなたの信仰のために祈ったといわれた主ご自身を目の中にいれていなければならない。

いいがたい嘆きをもってとりなしたもうキリストご自身と、神との間に取税人の祈りはある。すべての者をつつむ主の祈りの中に支えられて、神のあわれみの中で、神を本当に相手として祈らなければならない。あがない主なるイエスのみ名によって、私たち自身の祈りも、心から、神に向って、注ぎださなければならない。

(三位一体後第11主日)

説教 「主のみ手の中にある者」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版

です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。

s.d.g.(大柴記)


▼全聖徒主日▲

「主のみ手の中にある者」   石居正己

「まことに主はその民を愛される。すべて主に聖別されたものは、み手のうちにある。」(申命記33:1-3)

夏の旅行の写真を整理してみると、いろいろな墓地を訪れていることに気づいて興味深く感じた。その中にある多くのところが観光バスなどで、特に見るべき、記念すべき所として、見学したところでさえある。

砂漠の中に、何千年かの神秘をひめて立っている壮大なピラミッドは、そこで働いた無数の人たちの運命をのみこんで、王と王妃のための墓石として残っている。しかもいろいろな人たちによってあらされて、暗い空虚な部屋が空しくとり残されているだけである。墓室から外に通じる小さい穴があって、石をつみ上げてつくったのに、よくもまあこうした細工がなされたものだと思わせられる。それは、遺骸をはなれた魂が、帰ってくる時の通路として考えられたのである。

ローマの地下には、初代教会の信徒たちの墓であるカタコンベが残されている。せまい岩穴の両側にきざみこまれたたなに、彼らの信仰を示すさまざまなシンボルがきざまれている。

ナチスの迫害のもとで倒れた信徒たちの墓。コペンハーゲンのポプラ並木に囲まれた平和な墓地。香港のキリスト教連合会の墓地には、入口に供物をささげたり、爆竹をならしたりなどしてはならないと、こまかい注意書きがしてあったほか、墓石のひとつひとつに故人の写真をやきつけた陶器がうめこまれていて、興味深い。

人間が生きるところには、また死がある。人間の生活、人間の歴史、人間の社会には、つねに死と墓とが共存している。

北欧の田舎にあった中世からの教会には、その地下が墓地となっていて、三階になった墓地の一階は、すでに古い時代の人々の、無数の遺骸が、ちりぢりの骨となって散乱していると教えられた。その同じ場所で、聖日の度に、いまも変らず生ける神への礼拝が行われている。人間のうつり変りをこえて、永遠の神のもとにある望みと確信が、そこには生きている。

申命記33章は、信仰の偉人モーセの遺言である。モーセは、ピスガの山の頂から、約束の地を望み見ることを許されただけで、自らその地に入ることはできず、召されていった。モーセの墓は、「今日まで知る人はない」と聖書がしるしている。

しかし、このモーセの死にあたっての言葉は、いろいろな意味で注目に値いする。彼は、約束の地に自ら。入れなかったことをなげいたり、自分は一足先に天に行くのだ、というような感慨を述べたててはいない。彼が言うのは、主がこられるということ、主がその民を愛せられるということ、すべて聖別された者が主のみ手の中にあるということである。

人々を残して、モーセはひとり神のみもとに行くとはいわず、この現実の中に、神がこられると言う。死と墓の現実は、いつの時代にも人間からはなれない。嘆きと悲しみとをもたらさずにいない。神の存在から、最もはなれた状態であり、最も遠い現実である。しかも、その死の中に、墓の中に、死と墓に飾られた人生へ、主がこられると、モーセはいう。かっては、祈りに?えて助けを与えられた神が、今や沈黙し、自分は淋しく死んでゆくのだ等とはいわない。

主は、われわれにむかってこられ、その民を愛せられる。どのように無名の、とるに足らない者であっても、神に愛される生命の持ち主である。神が生命を与え、キリストが代って死なれた人間である。

神は、死の虚無性の中に、愛の光をもたらされる。人生の遂に完成しえなかった歩みの果てに、赦しと復活の命を約束される。律法をもたらしたモーセが、今一歩進めて言うことの出来なかった望みの約束は、われわれのさきがけとして死を克服された主キリストによって確かにされた。

私たちの死に対する恐れのひとつは、死んだのちはどうなるかわからないということにある。モーセはその遺言の中に、すべて主に聖別される者は、み手の中にあり、主の足もとに坐して教をうけ、みことばを聞き、生かされるとのべている。

たしかに、私たちは死後の状態について、いろいろないいあらわしを、聖書からもうける。ある個所では、眠っているといわれ、またある所ではパラダイスにある、主のもとにあるといわれる。御座のもとにあって嘆き、訴える魂としてえがかれている個所もある。

しかし、それらすべてを通してたしかなことは、復活の栄光が待っているということである。「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。人はみな神に生きるものだからである」(ルカ20:38)。そして、主は「わたしが生きるので、あなたがたも生きる」(ヨハネ14:19)といわれる。

そこには、人間の生と死というあり方の変化が、左右することの出来ない神との交わりがある。天にのぼろうと、陰府にひそもうと、神の前からのがれることはできない(詩編139:8)。死も生も、現在のものも将来のものも、どんなものも、「わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛からわたしたちを引き離すことはできないのである」(ローマ8:39)。

モーセは、その死に際しても、うしろをかえりみ、なつかしむのではなくて、先の方を、かなたから主が来りたもうのを見た。わたしたちもまた、生命の主がわたしたちの中に来られるように、その主のみ手の中に、死ぬときといわず、今から、しっかりと抱きとられていることができるように、祈り求めてゆきたい。

(1966年 全聖徒主日)

◎以上5編の説教は『武蔵野教会だより説教集1967』より復刻

説教 「木と枝」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


▼三位一体後18主日

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。」(ヨハネ15:1-17)

ぶどうは、世界中で一番多くとれる果実である。しかし、もともとの原産地は、西部アジアであり、有史以前から人々に利用にされてきた。イスラエルの人たちも、古くから沢山のぶどうを食用に供していた。イスラエルのシンボルのひとつとして用いられたくらいである。

しかし、預言者はぶどうの木にたとえられたイスラエルに対してまたきびしい戒めをも与えている。

「人の子よ、ぶどうの木、森の木のうちにあるぶどうの枝は、ほかの木になんのまさる所があるか。その木は何かを造るために用いられるか」(エゼキエル15:2-3)。つる木であるぶどうの枝は、枝としては何の利用されることもない。「見よ、これは完全な時でも、なんの用をもなさない」。

それにもかかわらず、主はそのぶどうの木と枝とに、自らと信ずる者との間をたとえられる。ぶどうの枝は、それぞれの部分だけで用いられない。枝だけでは、何にも用いられない。全体として、生きて、実を結んでいるものとしてのみ、それは有用である。

主は、「わたしにつながっていなさい」、「わたしの愛の中にいなさい」、「わたしはあなたがたとつながっていよう」といわれる。そこには、二様の結びつきが示されている。あたかも外にある二つのものがつぎ合されるように、つながっていよ、ということと、愛のうちに、内的な交わりの中にあるということの二つである。

主イエスとの交わり、結びつきは、つねにこの二面をもっている。それは決して外面的な結びつきだけではない。しかし、愛の中にあるといって、心理的、感情的なものにひたっているだけでもならない。

ぶどうの果から作られたものが、契約の血として用いられたように、主イエスとの結びつきは、贖罪の血による結びつきである。外面的な似かよいや、単に内的な心の問題とだけは言うことができない。だから、それはまた、私たちが主に従い、主のみことばにとどまる以上に、主が私につながり主が私を赦し、生かしてくださる力によっている。

このつながりは、しかものびてゆき、実を結んでゆく結びつきなのである。

愛は、たまり水になるときにくさってゆく。矢内原忠雄先生は、ひとから「あなたは、神の愛が足りないから、人の愛を求めているのではないか。人から大事にされたいのではないか」といわれて、がく然となったということをしるしておられる。ただ貪欲に求め、たくわえてゆこうとする時、肝心の愛そのものが変質する。それは常に広がってゆき、あらわされてゆき、伝達されてゆく時にこそ、常に新しい、力ある、そしてみちたりた愛を、ぶどうの木である主から受けることができるのである。

枝が実を結ぶのは、枝自身の力ではない。枝の実を結ぶのではない。ぶどうの木の実を結ぶのである。私たちが何かの結果を求めてあせってはいけない。私たちが手先でこねくり作るのでなくて、木自身が力と時に従って、実を生じる。

とても立派な枝とはいえませんが、かろうじてはしにつらなっている枝です、と謙遜して言いたがる。しかし、そのはしの小枝にこそ、実は結ぶ。その実によって、木全体がはかられもする。そして、枝であるわたしたちは実を結ばせるのであって、あなたはおいしい実を食べることができますよといわれているのではない。実によって、喜ぶことのできるのは、ほかの人々であって、われわれ自身ではない。いいかえれば、結ばなければならない実は、私自身のためではなく、隣人に仕えるためなのである。だからこそ、「行って、実を結」ばなくてはならない(ヨハネ15:16)。

パウロは、御霊の実の例として「愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制」をあげている(ガラテヤ5:22)。私たちは、自分自身の救いについて心配するのでなく、本当に、人々のために、キリストご自身の働きとして、豊かに実をむすぶことができるように、しっかりと、生き生きとみきに固着していたい。

(1966年 三位一体後18主日)

説教 「望みのない者に」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


三位一体後14主日

「起きて、あなたの床を取り上げ、そして歩きなさい。」(ヨハネ5:1-15)

主イエスのもとには、いろいろな悩みや障害をもった人たちが、願い求めてきた。なんとか肉体的精神的な弱さを助けてもらいたいばかりに、主イエスをたよってきたのである。

ところが、ベテスダの池での出来事は違う。主のところへ来ることさえかなわぬ、心にも体にも力を失った者のもとへ、イエスご自身が近づいてゆかれる。主が通りかかられてさえ、彼は求めようとはしなかった。望みがなかったので、これ以上望むことをもやめた病人に、主は語りかけられた。

三十八年という長い年月、彼は病人たちの中にいた。おそらくは間歇泉で、時々温泉がふき出してくることのあったベテスダの池は、治病に効があるとされていた。人々は温泉のふき出すのを、天使がなすわざと考えていた。そして、水の動くとき、まっ先にはいる者は、病がいやされると信じられていた。

しかし、この病人は、もう人とあらそって水の動く時に、まっ先に入ろうとする力はなかった。もう自分をみず、神をみず、他人をみてかこつのみであった。当然人が助けてくれるはずという甘える心が、彼の中にはあった。他人への信頼心が、他人が助けてくれないという不満となり、すてばちな望みのない者としてしまったのである。

イエスは、この病人に、もう一度、根本的な問いを発せられた。「なおりたいのか」と。そして、彼は他の人々が助けてくれないことをのみ訴えたのである。

イエスは、その訴えに、直接応じられたのではない。かわいそうだから、私がそばにいて、今度は私がかかえて水の中にいれてあげよう、とはいわれなかった。

神のみ子として、この人自身に対したもう。左右を見廻して、人と比べてみたり、人の助けを期待する者としてでなく、彼が本当に自分自身として主のみ前に立つことを求められる。そして、直裁に命じられた。起きよ。自分の足で立て。私に向き合って立て。そして床をとり上げよ。

われわれは、つねに、いつの間にか、人間に対する依存心にむしばまれる。しかし、人間はだれでも、本当に頼られる者ではない。幸いであるといっても、健康であるといっても、人間の間では程度の差があるだけである。五十歩百歩の差にすぎない。今は幸いであるように見えても、健康そうに見えても、いつどうなるか、はかり知られない。すでに今でも、ほかの人が気づかないだけで、本人はいろいろの心労になやまされているのかもしれない。だれも、自分だけが特別にあわれで、助けのいる者だと甘えることはできない。

しかし、主イエスは、この病人の呟きをきかれる。そして、命じられる。ただ自分の力に目ざめ、他人の助けはあきらめよ、といわれるのではない。この病人は、もうひとりではない。彼にむき合って立っているお方がいます。

全く望みのない、望みを失った者に、主は望みを与えられる。ほかの、どこかに新しいこころみをなすように教えられるのではなく、病人の前に立って、みことばを与えられる。

病人は、主のみことばに従っていやされたのに、実は、このイエスがだれであるかさえ、知らなかった。のちに宮で主にもう一度出会って、知らされたのである。

それは、病人の心理や、こころの強さによってではなく、知識によってでなく。純粋に彼の前に立たれた主ご自身の力によって、彼がいやされたことを、示している。しかも、彼と同じように、われわれもまた盲目で、群衆しか目に入らず主を認めることをしない。

宮で出会われたイエスは、「ごらん、あなたはよくなった。もう罪を犯してはいけない。何かもっと悪いことが、あなたの身に起るかもしれないから」といわれた。もちろん、罪が彼の病気の直接の原因であったというのではない。しかし、主のいやしは、肉体のいやしのみではなく、魂のいやしをも含んでいる。水の動くのを待ちながら、ついにその力をうることのできなかったベテスダ池の模様は、律法の道をたどろうとした旧約の姿勢にも比えられる。そして、主のいやしは、律法的な神関係からのいやしでもある。

この主の前に、この主のことばを受けて、立ってゆくことができるように、望みの主を、いやしの主を見上げてゆかなければならない。

(1966年 三位一体後14主日)

説教 「天が開けて」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


三位一体後第19主日

「天が開けて」   石居正己

「よくよくあなたがたに言っておく。天が開けて、神の御使たちが人の子の上に上り下りするのを、あなたがたは見るであろう。」(ヨハネ1:35-51)

主イエスのみもとには、いろいろな弟子たちが呼び集められた。ヨハネ1:35以下には、最初の弟子たちが召された事情がしるされている。

バプテスマのヨハネの弟子であったアンデレと、もうひとりの無名の弟子(おそらくはヨハネ)は、バプテスマのヨハネの証しによって、主に従っていった。この無名の弟子は、この福音書の記者とされているヨハネであったかと思われ、ここかしこに重要な役割を果す人物としてあらわれる。

アンデレに対しては、ある人は「わき役タレント」の名を与えている。兄弟ペテロを主のもとに導いたのをはじめ、同じように大切なわき役ぶりを発揮している弟子である。ペテロについてはいうまでもない。弟子たちの代表者としての役目を果し、のちには教会の柱と呼ばれた。「父を示して下さい」といって、主の嘆きといましめをみちびき出したピリポ、静かな瞑想型の人であったと思われるナタナエルらも、主のみもとにやってきた。

彼らは、それぞれの人生を歩んで、それぞれの性格を持っている人々であった。それが、いちように、主イエスのもとに導かれ、弟子として歩み始めた。ここに記された記事は、いわば彼らの「回心記」にほかならない。なぜ、どのようにして、彼らはキリストを信じる者となったのであろうかがしるされている。

ところが、他人の回心記というものは、わからないことが多い。「時は午後四時頃であった」というような簡単な、つまらない言葉にも、ご本人たちには胸に迫る感動がひめられていたに違いない。あの主に対面し、あの主と語り、その人格、その深さ大きさに圧倒されたあの時、あの部屋。あれはあの日の四時頃のことであったと。

けれども、そのようなわからなさをこえて、彼らに共通した、そしてわたしたちにもあてはまる、いくつかのことを、見出すことができる。

彼らは、同じように、主に目をとめられた。そっとついていったアンデレたちも、主にむきなおられて、たじろいでいる。ナタナエルは、「どうして、わたしたちをご存じなのですか」といぶかった。

彼らは、イエスはだれか、と求めていったのに、すでに主に知られているということに驚かされている。それによって、多勢のうしろから、私は直接関係ないけれどと思いながら、好奇心にかられ、仲間にさそわれてついていった者たちが、いきなり、主とむき合いにされた。主と、主によって知られている私とが、ここにある。

しかも、主はナタナエルに言われた。「これよりも、もっと大きなことを、あなたは見るであろう」。単に知られている、無関係でないというだけではない。彼らは「メシヤにいま出会った」のである。

そして主は、「天が開けて、神の御使いたちが人の子の上に上り下りするのを、見るであろう」と言われた。天が開けるというのは神との密接な交わりが存していることのしるしである。イエスがバプテスマのヨハネのもとで、バプテスマを受けられたとき、「天が開けて、神の御霊がはとのように下った」(マタイ3:16)主ご自身、「私は門である」(ヨハネ10:9)といわれたが、この言いあらわしは、ヤコブが「天の門である」(創世28:17)といったベテルでの出来事を反映しているといってよい。

ヤコブは、荒野の中で、罪のうちにひとり、淋しく石を枕に眠ったとき、夢を見た。一つのはしごが地の上に立って、その頂は天に達し、神の使たちがその上を、上り下りしているのを見た。神は、その梯子の下で、ヤコブのそばに立って約束を与えられた。

主イエスは、同じように、孤独で罪の中に、ひとり旅する私に、天よりの道をひらき、天の門をひらいておかれる。開けば閉じる者のない門を私に向って開かれる。主が、従ってくる者を知っていられるのは、このように門を開く相手として、知っていて下さるということなのである。

ヤコブは、旅の果てに、ついに天にかよう道を見出したというのではない。ヤコブは、旅の初めに神から、天から自分の枕もとにかようはしごを示された。弟子たちは、弟子としての修業の果てに、天への道を指示されたのではない。弟子たちは、弟子としての歩み始めた当初に、神の御使いたちが上り下りするのを示された。主ご自身を門として、私たちに道をひらかれる。そして、主の弟子たちは、主に従う歩みを始めるのである。天は主において開かれている。いったいそれは何であろうか。

「見よ、神の小羊」という証しの指先に従って、救い主として、愛において私に関りたもうお方を見上げてゆかなければならない。自分の理解や確信以上の、たしかな救いが、私に向って、私のそばにいます。どんなに初めてでも、「きて見なさい」といってよい、力のある方がいてくださる。このお方への信頼を、正しく保ってゆき度いものである。

(1966年 三位一体後第19主日)

説教 「神の子とする力」 石居正己

むさしの教会は2009年9月20日(日)にホームカミングデーを祝いました。それ

を記念して出版された石居正己牧師による説教集(1966-1968年)の復刻版
です。2010年3月20日に82歳で天の召しを受けられた恩師を記念して。
s.d.g.(大柴記)


降誕祭

「彼を受け入れた者、すなわちその名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(ヨハネ1:1-14)

クリスマスの音信は、喜びの音信であった。天使たちは、天にとどまっておれなくなり、あまがけって、地の人にこれを伝えずにはおれなかった。それは、「すべての民に与えられる大きな喜び」の知らせであった。

しかし、この喜びは、いわば神の側での喜びであり、神の側からの喜びであった。み子イエスが、神であることから人となるまでの無限の道行きを敢えてとり、十字架の死への誕生をされた、高価な喜びであり、人に関わる喜びであった。神は、自ら満足し、悦に入っていられるのではない。愛する人間の救いのために、み子を与えられるという手段をえらび、人々の救いを喜ばれる喜びであった。

しかし、人間の側では、その喜びは、直ちにそのまま反映されたのではない。マリアにもヨセフにも、エルサレムの人々にもヘロデ王にも、不安といらだちがあり、恐れとつまずきがあった。ベツレヘムの野づらをゆるがす天軍の讃美にも、その音信の重大さにも拘らず、その聴衆はわずかな羊飼いたちにすぎなかった。

ヨハネは、イエスの愛したもうた弟子であり、最後の晩餐の時には、主の胸によりそうていた若者であり、十字架の主の陰に立ってマリアを自分の家にひきうけた弟子であった。いわば、最も近く主イエスの地上生活に密着していた人である。にもかかわらず、彼は主の誕生を記すとき、まことに広く深い背景のもとで、それを告げる。天地のはじめから、人の存在の基礎から、この種の誕生の背景は始まる。神は天の高い所にいてはるかに人間の悩みや矛盾に同情していますのではない。この罪人であるわれわれを、愛し、同じ人としての連帯関係の中へと、み子によってはいり来りたもう。ひとり子の栄光は、われわれが生きる力、ゆるしの愛として示される。

彼は世にいたのに、世は彼を知らず、受けいれようとしなかった。大きな喜びは、小さな、安価な喜びにすりかえられたり、ていよく他人の喜びとして、人々は傍観者になろうとする。

主は、天使を救うためでなく、罪と迷いの中にある人を救おうとしてこられた。清い神殿の中にではなく、馬小屋に生をうけられた。神から遠い、世俗の生活の中にいると考えている者の只中にはいってこられた。神に背をむけ、神を否定し、道徳的でもない人たちの中に、手をひろげておいでになった。死を恐れ、生きていることを不安に思い、神の裁きを、世を、飢えを、恐れているわたしたちに救い主としてやってこられた。

あの広く、深い背景のもとに起った主の誕生の出来事は、また広く深い前景をもっている。われわれは、観客としてではなく、この出来事のもつ力の射程の中に、くるめられている。

血肉を供えた人の子としておいでになった主は、われわれの弱さを思いやることのできるおかたである。この人生の中に入り来りたもうた主は、われわれがどこかに逃避したり、天上をあこがれるのでなく、神の愛の中に、この人生を価値あるものとして生きてゆくべきことを示される。

クリスマスの喜びは、われわれの人生に対する態度を新たにさせる力である。彼を受け入れる者には、神の子とする力を与えられる主がこられたという喜びである。キリスト・イエスの誕生は、われわれの、神による誕生である。神のひとり子の誕生は、神の子たちの誕生を告げる。歴史の中のひとりの人物の誕生としてでなく、われわれに関わる力が、そこにある。わたしもまたマリアの子であると誇ってよい。否、わたしも主によって、神の子とされることを喜ばなくてはならない。「キリストがわたしたちの中に形づくられることこそ、この祝日のただひとつの祝い方である」(ルター)。

われわれは、正しく神の側の喜びの深さ、高価さを見、われわれの不安やつまずきが、その中にとけ去るまでに、喜びの中に、あずかってゆかなければならない。安価な、人間的な喜びですりかえてはならない。それは、馬小屋の貧しさの中に、わたしのために身をかがめられた主を、人工の光の中にさらしものにすることにほかならない。

私たちの前に、そのような危険な可能性をもったまま、主の誕生は、「神の子とする力」として提示されている。

(1966年降誕祭説教)