その他

2017年いずみの会・修養会(5月14日)

*日本福音ルーテル 市ヶ谷教会、 スオミ教会、むさしの教会*
宗教改革500年の今、新たな出会いを求めて
〜北欧の宗教改革〜
北欧の人々のアイデンティティ形成に果たしたルター派の役割とは

●日時:2017年5月17日(日)
●受付:13:45〜
●開会:14:00〜17:00
14:00~14:10 開会・賛美・オリエンテーション
14:10~15:30 吉村博明先生による講義
15:30~15:45 休憩(コーヒー&スナックのブレイクタイム)
15:45~16:50 Q&A質疑応答
16:50~17:00 閉会・賛美 
●場所:日本福音ルーテルむさしの教会(当教会)
●講演:吉村博明 宣教師
フィンランド・ルター派国教会のミッション団体SLEY(フィンランド・ルーテル福音協会)宣教師。同国教会信徒。神学博士。慶応大学大学院在学中にフィンランド・トゥルク大学法学部留学。同国政府奨学金留学生、フィンランド科学アカデミー研究員、日本学術振興会特別研究員、外務省専門調査員(在スウェーデン日本大使館付)を経て、1998年フィンランドのスウェーデン語系オーボ・アカデミー大学神学部入学。2003年神学修士。国教会牧師助手等を経て2010年同博士。同年SLEYの宣教師として日本福音ルーテル教会に派遣され現在に至る。13年ルーテル学院大学・同神学校にて新約聖書ギリシャ語講師。

4月2日(日)10:30 説 教: 「 どうしても救いたい 」浅野直樹 牧師

四旬節第5主日聖餐礼拝

聖 書: エゼキエル 33:10-16  ローマ 5:1-5  ヨハネ 11:17-53

讃美歌: 教会 80  教会 292  教会 388  教会

 

2016年11月3(木)むさしの教会バザー&ファスタ開催

開催日:11月3日(木曜・休日)
時間A.M.10:00〜P.M.15:00
場所:ルーテルむさしの教会
「むさしの教会バザー&フェスタ2016」の開催時期が近づいてまいりました。このイベントを通して教会が武蔵野の地域と共に歩む開かれた場とな り、コミュニケーションの一つ一つが豊かな喜びの実となりますよう、一人でも多くの方々のご来場を心よりお待ちしております。

■バザー献品のお願い■
本年も教会員各位の一層のご協力をよろしくお願いいたします。
【献品】ご自宅で使用されていない寄贈品・新品/新品同様の大人/子供衣料・程度良好な古本。※新品同様の衣料は大歓迎ですが、それ以外の中古品はご容赦願います。
受 付:11/1(日)迄

■フェスタ参加について■
子どもから大人まで幅広いジェネレーションのお客様に『来て、見て、楽しんで頂ける〜参加型』の充実を計画しています。歌・演奏・ダンス他、バラエティある演目の参加者を自薦・他薦問わず大募集中です!
※詳細は委員会まで。吉報をお待ちします ♩♩
受 付:10/28(金)迄

2016年バザー&フェスタ委員会委員長 八木 高光

↓※2016年バザー&フェスタチラシ↓bazaarfes2016-ura
↓※チラシ裏面は2016年クリスマスイブ音楽礼拝の告知となります。
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「やさしく聖書を学ぶ会」から  浅野 直樹

創世記3章には「罪」の問題(罪の起源ということではありません)が取り上げられています。このことは聖書の主要な関心事ですし、また私たちキリスト教信仰においても重要なテーマの一つだと思いますが、現代においてはどことなく敬遠されているようにも感じています。しかし、今日の混乱した社会情勢を見ても、また、ままならない個々人の現実生活を考えても、決して無視できないのではないか、と思うのです。

聖書が示す「罪」とは、決して犯罪めいたものばかりを言うのではありません。元々は「的外れ」という意味だからです。本来的なあり方、生き方からズレてしまっていることを聖書は「罪」と言います。では、そのズレは何をもたらすのか。愛の関係性からこぼれ落ちてしまう(関係性の破れ)、ということでしょう。罪の結果、最初の人アダムとエバは互いが裸であることが分かって体を隠した、と言います。つまり、互いに隠し事が生まれる。信頼しきれない何かが生まれる。牽制し合う何かが生まれる、ということです。ここに、本来的な愛に生きられなくなった人の姿があります。

もう一つの結果は、神さまから身を隠す、ということです。堂々と神さまの前に出ることのできない後ろめたさが人を捉えます。そのように罪の結果が、神さまとの関係においても、人との関係においても、私たちの現実を支配することになってしまいました。

イエスさまの十字架による贖い・罪の赦しとは、そんな傷つき壊れてしまった愛の関係性を本来あるべき姿に回復するためなのです。

むさしのだより:2016年7月 31日発行

右みて左みて  徳弘 浩隆

 早いものでブラジルに7年となりました。貴重な経験をし、今後も牧師が交代で行くことは意味深いことだと思っています。総会では、JELCの牧師不足もあり私の延長した3年で宣教師派遣が終わると決められましたが、現地での日本人牧師の必要性や、牧師や教会の伝道スピリットをいきいきと保つためにも、交換牧師などの方法で道が続くように祈っています。

 さて、日本に帰ると街並みのきれいさや、秩序正しさ、お店の接客の丁寧さに驚かされます。大方のブラジル人は、明るくておおらかだけれども、いい加減で約束もあまり正直に守らない、なんて言われますから。しかし、日本では窮屈さも感じます。みな同じような服装、まじめなスタイル、仕事に一生懸命。そして他人と違うことをすることや、レールから外れた時の不安、そんなものにも気を使いながら生きざるを得ない様子も感じるからです。私たちは、それほど、生まれ育った環境や、周りの常識、人間関係に影響されて生きているのだと思います。

 今日の説教題は、「右みて左みて」です。小学生の交通安全教室のようですね。私たちは子供のころから、道を渡るときは、「右を見て、左を見て、もう一度右を見て、手を挙げてわたること」を教えられてきました。運転免許を取るときは、「右よし、左よし」と声に出して確認させられたりもしました。しかしどうでしょう、ブラジルではこれは通用しません。自動車が右側通行だからです。交差点では、まず左側を見なければなりません。左を見て車が来ていなことを確認して、次に右を見て奥のほうの車線にも車が来てないことを確認する、そしてもう一度左を確認して、車がいなければ速やかに渡るのです。つまり、右を見て左を見るか、左を見てから右を見るか、これは自動車が右側通行か左側通行かで違ってくるわけですね。しかし、私たちの習慣は恐ろしいもの。私はまだ、ブラジルでも「右を見て左を見て」しまいます。しまった、逆だった、と思い、きょろきょろ何度も左右を見るのです。

今日の聖書
 こんな話が今日の聖書とどんな関係があるのかと、思われるかもしれません。しかし私は、昇天主日の聖書を読んで一番に思い出したのが、この体験でした。イエスキリストが、弟子たちが見ている前で、天にあげられました。弟子たちは、それを見つめ、最後まで見つめ、もう見えなくなってもずっと、天を見ていたのでした。その時、二人の天使らしき人がこう告げます。「なぜ天を見上げて立っているのか」と。その言葉で弟子たちは、はっと我に返らされたのです。「名残惜しそうに、天ばかりを見つめていているばかりではいけない」と。彼らは足元を見つめ、それぞれの自分の生活、または使命に向かって歩き始めたのです。

振り返り
 私たちは、毎日、何を見て生活しているでしょうか?天ばかり見上げているかもしれません。いや、いつも、自分の足元ばかり見ているかもしれません。天ばかりを見つめている人はどうでしょうか?聖書を読んで、祈って、素晴らしい信仰かもしれません。しかし、自分や家族の生活が見えていないかもしれません。その苦しさや、悲しみに、本当に心を寄せていないかもしれないのです。足元ばかり見ている人はどうでしょうか?しっかりと確かに歩いているかもしれませんが、自分の足と見える道のりだけを頼りにし、時として迷い、疲れて座り込んでしまうかもしれません。

 私たちは、キリストの十字架により、信仰によって救われました。天を見上げて、感謝して歩んでいき、やがて行く天国を見つめて生きています。しかし、まだ続く地上の生活の、もろもろの出来事の中で生きてもいるのです。この天と地のギャップを、矛盾を埋めるために、キリストは来られ、十字架にかけられ、私たちと神様との仲保者になってくださいました。私たちキリスト者の生き方は、天を見て、地を見て、そして天を見上げながら、キリストとともに今を確かに生きるということです。信仰生活の交通安全標語を作るとしたら、「天を見て、地を見て、もう一度天を見て」という言葉がふさわしいかもしれません。

勧め
 私はブラジルで毎日のストレスと忙しさから、一人自分を外に置きたいと月曜日はできるだけお休みをいただいています。人のお世話をして、何かを教えるということが多いのが牧師です。重荷を感じても、日本語で相談できる牧師仲間も先輩牧師もそばにはいません。月曜日は、近所のカトリックの教会のミサに行ってみることが多くなりました。教えられる側、座っていて讃美歌を歌う側になるのも、新鮮なものです。

 ある日、神父さんがこう聞きました。「今日中に奇跡が必要な人は手を挙げてください」その日の聖書は、キリストが若者の病気を治すところでした。何人かの人が手をあげました。わたしも、つい挙げてみました。頭の痛い問題がいくつかあり、何とか解決しないかと、祈っていたからです。神父さんはこう続けます。「今は夕方の6時半、あと数時間しかないけれど、今日中に奇跡が必要なんですね?」と。みんなは、神父さんを見つめます。私も、この先どうなるのかとみていました。何かいいことが起こらないかとも思ってもいたからです。すると神父さんはこういいました。「ならば、神の国と神の義を求めなさい」と。「あー、そうだ。やられたなぁ」と思いました。

 私たちは、目の前に問題があると、そればかりを見つめさせられます。小さなものでも、どんどん大きく見えてきて、押しつぶされそうになります。しかし神父さんは、聖書の言葉をひいて、「まず神の国と神の義を求めなさい」といわれました。「そうすればすべてのものは添えて与えられる」と続くからです。下ばかり見ていた私たちに、上を見るように、天を見上げるように、促されたのです。
 私たちに必要なこと、それは、「右みて左みて右を見ること(日本では)」、そして「天を見て地を見てもう一度天を見上げること」。それが大切な信仰生活です。昇天主日のこの日、そのことを覚えて、神様とともに毎日を歩んでいきましょう。

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2016年5月8日説教

2016年 ルーテルむさしの教会伝道集会

●日時:2016年6月18日(土)
●開演:14:00〜16:00
●場所:日本福音ルーテルむさしの教会(当教会)
●入場料無料
●出演:

第一部 ミニコンサート
『ドレミの歌/へイル・ホーリー・クィーン/愛の賛歌』
なつかしい日本の歌&童謡
野口 玲子:声楽家 むさしの教会会員
杉九小PTAコーラス部

第2部 *講演
『苦しみの向こうに光がある』…震災で何を見たか
佐藤 彰:福島第一聖書バプテスト教会牧師

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ジョイント・ミニコンサート

〜賛美歌とカンテレ〜

*カンテレ(kantele)はフィンランドの代表的な民族楽器の一つ。
その音色は深い緑の森にそよぐ風のようです。

●日時:2016年5月15日(日)
●開演:13:30〜15:00
●場所:日本福音ルーテルむさしの教会(当教会)
●入場無料 どなたでもおいでください
●出演:

▶賛美歌:ミリヤム・ハリユ ▶カンテレ:はざた雅子

〜演奏曲目
賛美歌:
No.338 一日、一瞬を大切に
No.517 主よ、あなたの手の中で
No.548 イエス様、私のもとへ来てください

カンテレの曲:
コネヴィツアの教会の鐘(フィンランド民謡)
一日、意春を大切に(シベリウス)
※都合により演奏曲目が変更となる場合はご了承ください

●主催:英語で聖書を読む会・伝道委員会

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神の祝福の虹を仰ぎ見て    大柴 譲治

「憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみをうける。」(マタイによる福音書 5:7)

「すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。」(創世記9:13)

むさしの教会の礼拝堂はノアの箱舟をかたどって造られています。設計者は教会員の河野通祐(こうのみちすけ)兄。和風建築の専門家でした。当時神学校で礼拝学を教えていた青山四郎牧師と協議を重ね、周囲との「共生」を考えながらここを設計したと伺いました。「建築とは思想」なのです。

『教会とシンボル』という小冊子にはこの教会のシンボル一つひとつに込められた深い意味が記されていますのでぜひお読みいただきたいところです。外壁にはつがいの動物たちが天を見上げているレリーフ(山本常一作)が置かれています。彼らは天に架けられた虹を見上げているのです。創世記によれば「虹」は「神の契約のしるし」です。

「雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める」(9:16)。教会は虹を見上げる場所です。築後一年ほどしてむさしの教会には米国より羊飼いのステンドグラスが与えられました。それはいつも陽光の中で虹色に輝いています。神がいついかなる時にも私たちを見捨てることなく、私たちとの「契約」を思い起こしてくださることを私たちが想起する場所なのです。

「取って食べなさい。これはあなたがたのために与えるわたしのからだである。取って飮みなさい。これは罪のゆるしのため、あなたがたと多くの人々のために流すわたしの血における新しい契約である」(聖餐設定辞)。そのように告げて私たちにご自身のすべてを与えてくださったキリストの新しい契約、それこそ「虹」が指し示している「永遠の契約」です。礼拝を通して私たちは共に虹を見上げることができる。何という喜び、何という慰めでしょうか。そこには神の祝福が満ちています。

1997 年8 月24 日(日)の礼拝で「燃える柴、燃え尽きない柴」と題して説教を始めてから18 年7 ヶ月が経ちました。昨年10 月4日(日)には宣教90 年を記念。『むさしの教会宣教90 年記念誌』(編纂委員会編、八木髙光委員長)も完成しました。また新ビジョン委員会(市吉伸行委員長)の答申も定期総会で分かち合われました。これは10 年後25 年後を視野に入れた私たちの教会の羅針盤です。一つひとつがこの教会の人材の豊富さを表すと共に、歴史を貫いてキリストの現臨があったことを証ししています。

私は3 月末で当教会を離任し4 月より大阪教会の牧師となりますが、これまで皆さんと共に虹を見上げつつ歩むことができたのは大きな祝福であったと思っています。これまでの私たち家族へのお祈りとお交わりに心から感謝して、後任の浅野直樹Jr 牧師にバトンを託してゆきたいと思います。むさしの教会の上に神さまの祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。soli deo gloria.

「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)

弱さは強さです  賀来 周一

よく知られた精神病理学者たちの多くは、「弱さ」とでも云うべきものを持っています。
またそこから逃げようとせず、それを土台に偉大な業績を残しました。ジグモント・フロイトは神経症に苦しみ、その結果が精神分析という偉大な理論を生み出すに至りました。

アルフレート・アドラーは、幼少時に「くる病」に罹患しており、このことが彼の器官劣等性の理論展開に寄与していると言われています。人は弱点を持つことによって、成長していくのだという考え方です。カール・グスタフ・ユングは無意識の世界から生じるある種の幻覚とでもいうべきものを持っていましたが、かえってそのことを活かして、無意識の世界を深く掘り起こし、彼独自の無意識に関する理論を開発しました。無意識の奥底に人は元型と言われるイメージを持っていて、それが人生を動かすという説です。


例えば、男性は女性イメージのアニマ、女性は男性イメージのアニムスなるものを持ち、それによって結婚相手を決めるとか、人生にはトリックスターなるいたずら者が働いていて、急に運がむいたり、とんでもない不幸に落ち入ったりするというのです。

アンリ・エレンベルガーは、その著「無意識の発見」上下巻(木村、中井監訳、弘文堂発行)の中で、これらの人々は創造の病を持っていたのだと言います。「弱さ」、「弱点」と云うべき病がなければ、こうした偉大な理論は生まれなかったからです。

「弱さ」は大切な宝物です。自分の「弱さ」を知る者は、他者の「弱さ」に共感し、その「弱さ」を受容することができます。「弱さ」を「知る」とは、単に知識として知ることではありません。自分の「弱さ」と向き合い、体験的に「気付き」として捉え、それを対象化することを意味します。そうすることで、自分の「弱さ」に執着することなく、またそこから逃げることなく自分の責任で保持することが出来るようになります。そうなって初めて「弱さ」が、成長するための己の道具となるのです。

たとえば人を愛するという場合、言葉で言うことは容易いでしょう。しかしこれを体験的に愛せざるを得ない真実にしようとするなら、裏切られた、拒否された、こじれた、意地悪をされた等々のいやな経験があってこそ、あるべき真実の愛が必然的に見えてくるのではないでしょうか。それこそ、自分の「弱さ」と向き合う経験をしなければ見えてこない世界でもあります。

その意味では、わたしたちは自分の経験の中で大なり小なり、日常の中で、「傷つく」、「辛い」、「苦しい」こと、それらをひっくるめて、自分の「弱さ」とでも云うべきことを経験しています。それらの中に、わたしたちを前進させる本物の「強さ」を発見するはずです。そのような視点から我が身を見れば、またひと味ちがった自分が見えるのではないでしょうか。パウロは言いました。「わたしは弱い時にこそ、強いのです」(Ⅱコリント12 章10 節)と。

「あなたの信仰があなたを救った」  大柴 譲治

「巡礼の詩編」

毎年「過越の祭り」にユダヤ人は巡礼団を組織して各地から神の都・エルサレムに上ってゆきました。その道すがら歌われたのが「都詣での詩編」と呼ばれる詩編120 編から134 編までの15 編です。それらは「都に上る歌」とも呼ばれますが「巡礼の詩編」だったのです。本日は、三度目の受難予告に続けて主が盲人の目を癒された場面です。それは旧約聖書の「メシアのしるし」預言の成就でもありました。本日は共に「あなたの信仰があなたを救った」という言葉に焦点を当てつつ詩編の豊かな響きに耳を傾けてゆきたいと思います。

かつて米国サンディエゴでホスピスチャプレンとして訓練を受けた時、ある同僚チャプレンが「ヨブ記と詩編、この二冊だけをポケットに入れておけば十分」と言っていました。「もう治療の術なく余命半年」という宣告を受けたと想像するだけで、私たちの心は動揺します。そのような中で特にヨブ記と詩編は、共にコヘレトの言葉(伝道の書)や箴言と並び「知恵文学」と呼ばれるものですが、これらのみ言葉が苦難の中にある人々には深い共感をもって読まれてきたのです。

詩編は共同体の祈りであり讃美歌でもあるのですが、その作者たちは自分の思いをすべて神に向けて発しています。喜びも悲しみも、信頼も嘆きも、疑いも絶望も神に向かって叫んでいる。たとえば「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか)!」という十字架上での主イエスの悲痛な声は詩編22編の冒頭に刻まれた叫びでもありました。詩編は全部で150 編ありますがその4 割は「嘆きの詩編」なのです。人生の苦しみや悲しみ、嘆きの中で詩編は神に向かって正直に自分の心の叫びを訴えている。

考えてみれば、最 後の投げ所、拠り所として呻きをぶつける存在を持つ者は幸いであると言わなければなりません。 例えば巡礼詩編の一つである詩編121 編。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから」(1-5節)。何と味わい深い詩編でしょうか。

神が 私たちと共にあり、まどろむことなく私たちを見守っていてくださるのだというのです。
その意味では、私たちの人生は神の永遠の都に向かう「巡礼の旅」なのかも知れません。私たちは共に詩編を歌いながら人生の荒野をキリストに従い巡礼を続けてゆくのです。

 

三度目の受難予告

本日の福音書の日課を読みますと、イエスさまの一行もまたエルサレムを目指す巡礼団の一つであったことが分かります。しかしそれが他の巡礼団と異なっていたのは、過越しの犠牲として屠られるべき「子羊」は主ご自身であったということです。旅立ちの前に主は告げられました。「イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。

『今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。』十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである」(31-34 節)

そのようにして旅立った主イエスの一行。彼らも「キリエ・エレイソン」と巡礼歌を歌い続けていたに違いありません。巡礼団は心を神に向けて祈りながら旅を続けてゆきます。巡礼詩編126 編の終わりにはこうあります。

「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる」(5-6 節)

涙が喜びの歌へと変えられてゆくように歌いながら巡礼者はエルサレムへと歩を進めていったのです。ちょうど私たちが様々な思いをもってこの場所へと足を運ぶように。神の都エルサレム。私たち自身にとってこの人生は「天のエルサレム」を目指して歩む巡礼の旅なのです。詩編を祈る時、私たちは自分の中にあるものが浄化されてゆくように感じます。それはやはりルターが言うように、詩編はすべてキリストの祈りであるからではないかとそう思われるのです。

 

深い淵の底から

イエスさまの一行はエルサレムに向かう途上、エリコにさしかかるところで一人の盲人と出会います。ルカは記しています。「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、『これは、いったい何事ですか』と尋ねた。『ナザレのイエスのお通りだ』と知らせると、彼は、『ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください』と叫んだ。先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた」(35-39 節)
彼はイエスに向かって見えない目を向けて声の限りに叫ぶのです。「主よ、憐れんでください。ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください。キリエ・エレイソン!」と。
私の中でこの情景は詩編130 編と重なります。私が劇作家であれば、この時一行は130 編を歌っていたと作品に書くだろうと思います。詩編130 編はこう歌います。「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら 主よ、誰が耐ええましょう。しかし、赦しはあなたのもとにあり 人はあなたを畏れ敬うのです。

わたしは主に望みをおき、わたしの魂は望みをおき、御言葉を待ち望みます。わたしの魂は主を待ち望みます、見張りが朝を待つにもまして、見張りが朝を待つにもまして」(1-6 節)その盲人の「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください!」という悲痛な叫びは深い闇の淵から、闇のどん底からイエスに向かって発せられた叫びでした。

「先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた」という情景は彼の絶望の深さを表していましょう。そしてそこにはメシア・イエスに頼ろうとする一人の盲人の必死な思いが現れています。「イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。『何をしてほしいのか。』盲人は、『主よ、目が見えるようになりたいのです』と言った。そこで、イエスは言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。』盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(40-43 節)

 

「あなたの信仰があなたを救った」

主が盲人の叫びを聞かれたのです。そして彼は闇の深い淵の底から光の世界へと救い出されました。開かれた目を通して目の前にいる救い主を仰ぎ見ることができた。盲人の目が開かれて見えるようになるというのはメシアのしるしとしてイザヤ35:5 などに預言されていた言葉です(ルカ1:18-19=イザヤ61:1-2、イザヤ35:5)。すばらしいメシアの預言がイエスにおいて成就(実現)したのです。イエスこそメシアだったからです。実際に目を開いたという奇跡は聖書の中に主イエス・キリスト以外には記されていません。今回注目したいのは、ここで語られた主イエスと盲人のやり取りです。

①イエスは言います。「(私に)何をしてほしいのか」。②盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。③そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」。 主はこのやり取りを通して盲人の願いが神の御心に適っていることを宣言します。盲人はそれまで自分が生きてきた闇の世界から自分を解放してくれる者が必ず現れるという信仰を持っていたに違いありません。最初から諦めていたなら主に向かって必死に叫び続けるということはできなかったでしょう。何度も諦めかかったことはあったかもしれません。しかしその度に彼は「神は必ず私をその豊かな憐れみによって助けてくださる!」と彼は深い絶望の闇の中で信じたのでした。闇の中で働く信仰は神ご自身の働きです。


「何をしてほしいのか」という主イエスの言葉は盲人が長年待ち続けていた神からの応答でした。見えない目をその声の方向に向け、イエスが自分に向かい合ってくださっていることをヒシヒシと感じながら万感の思いを込めて盲人は言います。「主よ、目が見えるようになりたいのです」。救い主であるあなたのご尊顔をこの目で拝したいのです。


あなたの慈愛と祝福に満ちたまなざしに触れたいのです(礼拝の最後のアロンの祝福を想起!)。そしてあなたの後を神の救いの御業を讃美しながら喜びと感謝のうちにあなたに従ってゆきたいのです。盲人はそのような万感の思いを込めて主イエスに申し述べます。「主よ、目が見えるようになりたいのです」。そしてその願いが聞き届けられます。


主は言われました。「見えるようになれ!あなたの叫びは神に届いた。あなたの願い(祈り)は神によって聞き届けられた。あなたの願った通りに、あなたは見えるようになる。『求めよ、さらば与えられん。探せ、さらば見出さん。叩け、さらば開かれん』とわたしが言ってきた通りなのだ」と。そして主はそれに続けて「あなたの信仰があなたを救った」と告げられました。この言葉の真の意味は何か。その盲人は皆の制止をも振り切ってなりふり構わず必死になって主の憐れみを呼び求め続けました。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。キリエ、エレイソン!」。それは確かに「信仰」の業でした。


しかし、実は「信仰」とは私たち人間の業ではないのです。それは、私たちにおいて働く神の御業です。「あなたの信仰があなたを救った」というのは、「神がどのような時にも、常にあなたと共にいて、あなたを守り導いてきた。あなたの中に働く神の信仰があなたを救ったのだ」という意味です。そしてさらに言えば、彼の中にはキリストが既に共にいて働いていたのです。キリストの御業が彼をして叫ばしめたと言ってよい。そう私は思います。


この盲人は声の限りにイエスに向かって叫び続けた。恐らく声が枯れても彼は叫び続けたでしょう。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください!」都詣での詩編130 編が歌う通りです。

「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください」(1-2 節)

「深い淵の底」からのこの叫びが主の耳に届いたのです。「求めよ、さらば与えられん」です。「わたしに何をして欲しいのか」「主よ、目が見えるようになりたいのです」。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」(42 節)。すると「盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(43 節)

もしかすると盲人は、自分が目が見えないことを自分には信仰がないからだと思っていたかもしれない。しかし主はそこに片時も離れなかった「神のご臨在」を認めているのです。神の恵みのみ業が共にあったことを認めているのです。それは私の中ではあのパウロの言葉と重なります。

「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子の信仰によるものです」(ガラテヤ2:20)


私たちもまたそのような神のまこと(ピスティス)に与りながら、この人生、神への巡礼を続けてゆくのです。憐れみの主が私たちに先立ち、私たちを先導してくださいます。


そのことを覚えつつ、新しい一週間を共に踏み出してまいりましょう。巡礼の歌を歌いながら。そして、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」という主イエスのみ声を深く味わい、噛みしめながら。ここにお集まりのお一人おひとりの上に主の豊かな慰めと守りがありますようお祈りいたします。 アーメン。
(2016 年2 月21 日 四旬節第二主日礼拝)

そよ風 『冬から春へ』  秋田 淳子

「冬来たりなば春遠からじ~から、春来たりなば主の復活!」

まだ寒いけれど、日差しの中に春を感じます。大地は冷たいけれど、土の中に息吹を感じます。かつて、“白いものが降ると、白い物が甘くなる”と、聞いたことがあります。これは、雪や霜が降りるとダイコンやカブが甘くなる。

すなわち、寒さが厳しい程に、畑の中の根菜類は糖分を多く分泌して、凍ることのない様に自らの身を守るというのです。そうだとしたら…十字架上でイエス様が流された血が多ければ多い程に、私達の心は白く変えられ、イエス様の苦しみが大きければ大きいほどに、私たちの信仰が深められていく。それによって、私たちはより隣人に対しての優しさを知り、また、外からの敵を、瞬時にして撥ね退ける強さを得ることができるのです。

「春近しから…春来たりなば、主の復活!」イースター、おめでとうございます。

大柴譲治牧師を送る  中山 格三郎

2016(平成28)年3月31日をもって、大柴牧師が日本福音ルーテル大阪教会へ転出されることとなりました。惜しみても余りありと申すべきでしょう。思い起こせば、2年に亘る米国留学より帰国、1997(平成9)年9月1日付にて着任以来今日まで、18年半に亘る長期在任でした。石居基夫牧師の次の一年半、専任牧師をいただくことなく、神学校の徳善義和教授にご無理を願い兼任態勢にて過ごしておりましただけに、大柴牧師のご着任を迎えて、教会員の皆が待ち焦がれていた人事が実現したのでありました。
 
とは言え、国際的なルター学者である徳善先生の説教を毎週拝聴できましたことは、これはこれでまことに贅沢な、且つ稀有な期間を恵まれたことでございました。その後を受け継ぎ、大柴牧師は40歳の若さで着任以来、精力的に活動を開始されましたが、基本的な姿勢はあくまでも礼拝中心の宣教活動に徹しておられました。ともすれば数的な宣教成果を望みがちな役員・信徒たちに対しても、我々の働きが良しとされれば、数は神様が添えてお与えくださることとして、微動だにしない姿勢を示し続けられました。

 
「私は宣教において数値目標は申しません。」と宣言されました。教会の働きの成果は、常に礼拝を忠実に守り続ける中においてのみ実現するとの確信に貫かれていました。そして、礼拝中心の宣教に加えて、先生の生涯活動ともいうべきカウンセリングを通しての牧会を通じて、宣教活動を展開されました。その成果は、多くの受洗者のみならず他教会からの転入者たちが与えられ、その新たに加えられた方々が、今やむさしの教会の宣教の一角を担っておられる姿にも明らかになっています。大柴牧師を中心にした“むさしのの輪ツ”が形成されてきたのではないでしょうか。
 
90年の年輪を刻むむさしの教会の歴史の中にあって、確かな18年半の宣教のわざが花開いているのではないでしょうか。「千年といえども御目には、昨日が今日に移る夜の一時にすぎません」(詩編90:4)が、その「一時」を大柴牧師と共に担い続けてこられた光栄を思い、深く感謝する者でございます。そして、ご家族の皆様との深いお交わりにも御礼申し上げます。
 
大柴牧師とご家族の大阪教会での新たな歩みの上に大いなる展望が拓け、彼の地にあっても、また確かな宣教の年輪が刻まれて行くことを祈念しております。残されたむさしの教会にあっても、次なる「一時」が受け継がれて行きます。
 
そこには、また異なる色合いの宣教が展開されることでしょう。次の「一時」を、後任の浅野直樹牧師と共に果敢に担って参りましょう。そして、その群れに神様の豊かな御祝福を祈り求めます。

琵琶の秘曲でつづる 平成絵巻「方丈記」(3月26日)

没後八百年。時を超え、いま蘇る鴨長明の言葉

ゆく河の流れは絶えずして、
しかも、もとの水にあらず。
まどみに浮ぶうたかたは、
かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。
世の中にある、人と栖と、
またかくのごとし。

この時代をともに生きる知恵を、宗教を超え宗派を超えて、
この教会に集い分かち合おう

日時:2016年3月26(土)
開場:13:30 開演:14:00
場所:ルーテルむさしの教会
料金:2,500円(予約) 3,000円(当日)
ご予約:YUKIの会 045-962-1549、または各出演者まで

メッセージ:
大柴 譲治 牧師

出演:
伊藤 哲哉  語り
塩高 和之  楽琵琶
水野 俊介  五弦ウッドベース
ヒグマ 春夫 映像

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アドヴェント黙想 〜 信仰によるレジリエンス  大柴 譲治

 人生を旅に譬えると、この旅には何が必要なのでしょうか。目的地?計画?健康?智恵?余裕?仲間?情報?それともやはり先立つものはお金?人生には山あり谷ありですから、先人や長老たちの智恵は確かに優れた価値を持っていましょう。「速く行きたいならば独りで歩きなさい。遠くまで行きたいなら誰かと一緒に歩きなさい」というアフリカの諺を思い起こします。困難に直面した時、傍に相談できる家族や仲間がいてくれるということは大きな支えです。ホスピスチャプレンの経験からもそう思います。

 「レジリエンス」という言葉があります。本来は「(バネの)復元力、回復力」を意味しましたが、今は「逆境(に打ち勝つ)力」とも「折れない心」(NHK『クローズアップ現代』)とも訳されます。「雑草力」とも訳せるかもしれません。そこでは、性格や自尊感情など自らの態度が重要になりますが、さらに重要なことは自分の傍に誰か聴き上手な人を持つことです。聴いてくれる友を持つ人はレジリエンスが強化されてゆきます。人は自分の気持ちを言葉で表現することで自らを客観化・相対化することができるのです。ドイツなどには「分け合えば、喜びは二倍、悲しみは半分に」という諺があります。私たちは互いに支え合う仲間を必要としています。

 旧約の神の民も荒野の40年やバビロン捕囚という苦難を体験しました。本来「荒野」とは人が自分の力に頼っては生存できない場のこと、神に頼る以外にない場のことを意味します。人生の荒野の直中で神を信ずることで強い逆境力(レジリエンス)を鍛えられていったに違いありません。

そのことは150編ある詩編の40%が嘆きの詩編であることからも分かります。詩編は信仰共同体の中で歌われてきた共同の祈りです。神に向かって共に嘆くことで、自分の中にあるものをすべて神に吐き出すことで支えられていったのです。神に向かって吐き出してよい。嘆き祈ることを通して彼らは「わたしはあなたと共にいる」という神の確かな御声を聴き取っていったに違いありません。「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)とイエスも語られました。

 今年も11月29日から待降節(アドヴェント)に入ります。主の到来に心を向けて備える期節です。典礼色は紫。それは悔い改めの色、王の色。自らを吟味しつつ、今から二千年前の降誕(クリスマス)の出来事(第一の到来)と終末時の主の再臨(第二の到来)とを覚え、両者の間で人生の歩みを処してゆきたいと思います。救い主が向こう側から一歩一歩近づいてきてくださるのです。

この近づいてこられるキリストの中に信仰の力(レジリエンス)の源がある。人生という旅の途上で無くてならぬものものはこの力です。アドヴェントはそのことを確認する時でもあります。それ以外の必要なものはすべて添えて与えられてゆくことでしょう。
 宣教91年目のバトンを石田順朗先生から引き継いで、私たちは今ここに新たな宣教の歩みを踏み出してゆきたいと強く願うものです。

「最高の掟〜アガペーの愛に生きる」  大柴譲治

申命記 6:1-9 「 (4)聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。(5)あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」

マルコによる福音書 12:28-34 (29)イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。(30)心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』(31)第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

 

はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

石田順朗牧師の召天報に接して
私たちは先週、11月3日(火)にむさしの教会恒例のバザー&フェスタを行いました。快晴にも恵まれて多くの人々が地域から参加して下さり、教会員も楽しみながら奉仕をして成功裏に終わることができたと思います。
11月5日(木)の早朝、午前3時に、私はインド滞在中のフランクリン石田順孝牧師(米国福音ルーテル教会ELCA牧師)から国際電話をいただきました。お父さまの石田順朗牧師が狭山の病院で亡くなられたということを告げる電話でした。

私はすぐにグロリア夫人に電話をして車で出て、午前5時に埼玉石心会病院に到着。病室で既にネクタイとワイシャツに着替えを終えられていた石田先生とグロリア夫人の前でお祈りを捧げました。その後で、一週間前に米国から来日しておられた次男のハンスさんと荻窪に住んでおられる三男のケリーさんも病室に来られました。主治医の先生(石田先生ご夫妻が深く信頼していたお医者さまです)が来て経緯の説明をしてくださり、私が葬儀社に連絡をするという仲介の役割を取りました。

ちょうどその日が友引で斎場がお休みということでしたから、翌日の金曜日の午後に斎場でご家族のみで告別の祈りを行うことを決めて病院を失礼させていただきました(結局翌日は所沢の斎場となりました)。9時からのJELC人事委員会に出席するために車で市ヶ谷に戻り、午後は三鷹でのクラスを終えて帰って来ました。その日はとても長い一日となりました。
翌11月6日(金)は、午前中に市ヶ谷での会議に出席後、所沢の斎場で讃美歌「安かれ、わが心よ」を歌って告別の祈りを捧げ火葬に付して、ご遺族と共に入間のご自宅に移動し、夕食をして教会に戻って来ました。愛する者を見送るということは実に辛く悲しいことです。特にグロリア夫人にとっては58年間、夫婦として連れ添った最愛のパートナーです。改めて石田家の絆の強さが大きな力であることを強く感じさせられました。ご遺族の悲しみの中に天来の慰めがありますようお祈りいたします。

石田先生が告げておられたように、先生を記念するキリストの礼拝を11月29日(日)午後2時から三鷹の神学校チャペルをお借りして行うことになっています。司式は私と平岡仁子先生(保谷教会)の二人でいたしますが、説教は石田先生と親しかった清重尚弘先生(九州ルーテル学院大学院長・学長)が行うことになっています。覚えてお祈り下さい。

石田順朗先生はこの10月6日に87歳になられたばかりでした。1928年に沖縄でお生まれになり(本籍は山口県となっています)、日本ルーテル神学校、シカゴルーテル神学大学院を卒業し、1955年(26歳)で教職按手後、JELC稔台教会、久留米教会、市ヶ谷教会を牧会した後に、日本ルーテル神学大学教授(実践神学:説教学・牧会学・宣教学。1977-78年の一年間は学長代行もされました)、LWF神学研究局長、シカゴルーテル神学大学院世界宣教室室長を経て、九州ルーテル学院大学学長、刈谷教会牧会委嘱として、ちょうど87年間のご生涯のうちの60年間を牧師として捧げられた先生でした。

J3の宣教師をしておられたグロリア夫人と1957年5月12日に(室園教会で)結婚して58年間、5人のお子さんたちをグローバルなスケールの中で立派に育て上げ(4男1女)られました。ご家族の絆はとても強く、先生がご入院をされていた9月後半からは次々にお子様方がお見舞いのために来日されていました。

むさしの教会には、ちょうど三年前の2012年11月4日(日)に保谷教会から転入されています。84歳の時でした。人生の最後の時をこの教会に託されたのだと思います。私は葬儀の司式を名指しで指名されたように思いました。9月の最初に河北病院に入院された時も、CCUに伺うと石田先生はすぐにもしもの場合の時のことを口にされました。「自分はまた治るつもりでいるが、もしもの場合には、まず家族だけで斎場で見送っていただきたい。そしてしばらく経ってから記念礼拝を行い、そこではお花も写真もいらない。ただキリストの礼拝をしてくださればよいのです」とはっきりとおっしゃいました。このことをどうしても牧師に伝えたかったのでしょう。「分かりました。そのようにいたしますので、ご安心下さい」と私は申し上げました。

この三年間に、石田先生は4ヶ月に一度のペースで主日礼拝説教をしてくださいました。その説教テープが残っています。最後は今年の5月24日のペンテコステの礼拝での説教でした。先生はその説教の直後に体調を崩されたのです。正確には、体調不良にもかかわらず説教台に立って下さったと言った方がよいでしょう。言わば命を削りながら説教台に立つその説教者としての姿は私たちの目に焼き付いています。説教台で倒れるのは牧師冥利に尽きるようなところがあります。

石田先生の腹式呼吸で腹の底から発せられる凛とした声は、説教を聴く者を奮い立たせるような確かで力強い響きに充ちていました。石田先生が、自分が若い日に岸千年先生の「Repent(悔い改めよ)!」という説教の大きな第一声に魂の奥底まで震撼させられたことがあったと告げていた通りです。石田先生は説教者としてのスピリットを岸先生から受け継いでゆかれたのでしょう。

先生はむさしのだよりの巻頭言を昨年の5月号からこの9月号まで8回担当して下さいました。先日9月号の巻頭言「宣教91年目のスタートラインで〜『むさしの』歴史の担い手の一人として〜」が先生の絶筆となりました。石田先生は、これまでの牧会生活を総まとめする意味でも『神の元気を取り次ぐ教会』(リトン)を2014年2月に出版されましたが、現在も最後の本を出版準備中で、森優先生の力を借りながら最終校正の段階に入っているということで、お見舞いに伺うとその本について何度も言及されていました。そこには先生のご生涯の歩みが記されているそうです。「その中の一章はむさしの教会に捧げたい」ともおっしゃっておられました。

石田先生は「神の元気(スピリット=聖霊)」を聖書のみ言葉を通して分かち合うために神の召しを受け、牧師として立てられて、全力でその87年間のご生涯を全うされたのです。私は所沢の斎場での告別の祈りで、石田先生のことを覚えつつ、ヨハネ黙示録の2章10節からのみ言葉を引かせていただきました。「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう」(黙示録2:10)。この神の声の通りの牧師としてのご生涯を石田先生は貫かれたのだと思います。私の中では石田先生の姿は、やはり牧師であった私の父の姿と重なっていて、いつもとても親しいものを感じていました。

 

ヌンク・ディミティス〜シメオンの讃歌
「今、わたしは主の救いを見ました。主よ、あなたはみ言葉の通り、僕を安らかに去らせてくださいます。この救いはもろもろの民のためにお備えになられたもの。異邦人の心を開く光、み民イスラエルの栄光です。」これは、私たちが毎週の礼拝の中で歌っている「ヌンク・ディミティス(シメオンの讃歌)」です。
石田先生の最後の二日間はとてもお元気で、様々な事をよくお話しされたそうです。そして笑顔まで見せられたということでした。そのようにほがらかな姿は、シメオンの喜びの讃歌と重なって、とても石田先生らしい最後の日々であったと思います。心臓の機能が3割程度まで低下する中で二ヶ月に亘る苦しいご入院生活が続きました。息子さんのケリーさんご夫妻や、グロリア夫人が本当によく看病をなされたと思います。私は三度ほど病床聖餐式に伺いました。石田先生はワインをことのほか喜んでいただいておられました。聖餐式がこれほど力を持っているということを改めて、先生ご夫妻の聖餐式をどこまでも大切にする姿勢から教えられた次第です。

 

最高の掟〜アガペーの愛に生きる
本日の福音書の日課には最高の掟として二つの掟が記されています。これはモーセの十戒の、二枚の石の板を二つにまとめたものであるとされています。
「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」(マルコ12:29-31)

モーセの第一戒は「わたし以外の何ものをも神としてはならない」という戒めでした。これが私たちに求められる一番重要な戒めです。真の神を神とする、真の神以外の何ものをも神としない、絶対化しない。いつどのような時にも、真の神を神とする信仰がそこでは求められています。心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして私たちは神を愛するのです。しかしそれは、まず神が私たちをそのように、その独り子を賜るほど徹底して愛して下さったからです。神の愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは神を愛することができるのです。自分のすべてを注ぎ尽くすほどのアガペーの愛をもって主は私たちを愛し抜いて下さいました。

人生の行き詰まりやどうしようもない人間の現実の中で、キリストの愛が十字架と復活を通して私たちに注がれています。ただ真の神を神とすることができなかった私たちのためにキリストがすべてを与えて下さったのです。神の至上の愛が私たちに、無代価で、無条件で与えられており、その愛がそれを受け取るすべての人を義としてゆくのです。石田順朗牧師はそのことを生涯を賭けて指し示し続けました。一人の忠実なキリストの証人のご生涯が私たちの直中に置かれていたことを心から感謝したいと思います。

そしてキリストにつながることの慰めと希望とをご一緒に分かち合いながら、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。ご遺族の上に、またここにお集まりの方々お一人おひとりの上に、神さまの豊かな祝福がありますよう祈ります。神の国での再会の日まで、私たちに与えられた命をそれぞれの場で、それぞれのかたちで大切に歩んでまいりましょう。 アーメン。

 

おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

2015年11月8日 聖霊降臨後第24主日礼拝(子ども祝福式)

『エンキリディオン・小教理問答』クラスの実際   大柴 譲治

〜 むさしの教会の事例(5)〜 

セッション④

主の祈りは最初に「御名をあがめさせたまえ」「御国を来たらせたまえ」「御心が天になるごとく、地にもなさせたまえ」と神の御心の実現を求める三つの祈りが来ます。その後に「われらの日ごとの糧を今日も与えたまえ」「われらに罪を犯す者をわれらが赦すごとく、われらの罪をも赦したまえ」「われらを試みに会わせず」「悪より救い出したまえ」という人間の願いの実現を求める四つの祈りが来るのです。私たちが祈る場合、多くは自らの願いの実現を神に祈り求めることが多いのですが、主の祈りは違うのです。まず「神の御心が成りますように」と祈っている。このような構造のゆえに、主の祈りを反復して唱える時に私たちの心は次第に整えられてゆくのでしょう。言わば「かたちから入る」のです。

「人間の感情は理性には従わないが行動には従う」と認知行動療法や最近の脳科学の知見は告げています。確かに、背中を丸めてうつむいたまま「頑張らねば」と思っても私たちの気持ちは変わりませんが、姿勢を正して胸を張り、顏を上げて目を上に向ける時に私たちの気持ちはフッと持ち上がるのです。私たちの気持ちは具体的な行動を通して変えられるのです(Lift up your heart!)。

私たちは悲しいから涙しますが、涙を流すとさらに悲しくなる。嬉しいから笑うのですが、笑うとさらに嬉しくなってゆくのです。行動と感情とは不即不離の関係にあるのです。書道でも華道でも武道でも、芸事は最初に「基本形」を学ぶことに意味があると思われます。「かたち」から入ることはとても重要なことです。その意味で、「キリスト道」(信仰生活)も「十戒」「使徒信条」「主の祈り」という「かたち」から入ることは大切なことと思われます。

 

セッション⑤

「洗礼と聖餐」では、「恵みの手段the means of Grace」としてのサクラメント(聖礼典)に言及するようにしています。常にそのイニシアティブ(行為の主体)はどこまでも神の側にあることを再確認しています。

 

セッション⑥

「教会構造と信仰生活」では、JELC全体の構造を視野に入れつつ、むさしの教会の総会資料を用いて教会組織について説明します。献金についてもここで触れます。献身・献財の基本的な考え方としては、私たちに贈り与えられているものの「10分の1」ではなく「10分の10」が神さまのものであり、そのことの感謝と献身を表すしるしとして献金があることをシェアしています。この教会に召された信徒の一人として教会を支える義務があることや、信仰生活の中心は礼拝にあることを確認した上で、礼拝の中で行われる洗礼・堅信・転入式文についても具体的に説明します。教保を誰にお願いするかについてもここで話し合います。洗礼時のみでなく堅信や転入時にも私はできるだけ教保を立てるようにしています。また、洗礼名についての希望があればここで聞いておくようにしています。祈ることをもって90分6回に渡る、一対一の小教理クラスを閉じてゆきます。

以上が、私が1986年に牧師按手を受けてほぼ30年間、コツコツと積み重ねてきた小教理クラスについての現場からの実践報告です。牧師が真剣かつ一生懸命向かい合ってくれることに受講者たちは安心するのでしょう。一人ひとりが神の前に「かけがえのない(irreplaceableリプレイスできない大切な)存在」であることを、そのセッションを通して私たちは分かち合っているのです。

「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛している」とイザヤが告げている通りです(43:4)。この30年間、私は神さまの救いのドラマにその最前列で参与する栄誉に与っているのだと感じてきました。その思いはさらに深まってきています。

そのことを心から幸いに思っています。たとえ裸でかしこに帰らなければならないとしても、やはり「主の御名はほむべきかな」と共に告白してゆきたいと思っています。s.d.g.(完)

むさしの教会宣教90年記念日「お祝いの言葉」 和田 みどり

宣教90年の歩みを常に支え、祝福をお支え下さった主を讃美します。歴代の牧師、宣教師の先生方のご努力とお導きを心より厚く感謝申し上げます。この佳き日に教会を覚え、久しぶりに集ったお一人お一人の胸にある想いと共に記念礼拝を持てたことは大きな喜びでございます。

キリストを証として生きた信仰の先輩方を覚え、教会の家族となり、一足一足信仰の道を歩み、お互いに絆を強められるむさしの教会は私の誇りです。

教会の礼拝は式文に従って懺悔より始まり、4曲の讃美歌を歌い、神を讃美いたし、牧師の福音のお言葉は私たちの心に深く響き、讃美を通し、教会に奉仕する心、自分を見つめる心を高め、教会生活を楽しみながら明るい心になっていきます。

ノアの方舟をかたどった教会堂、数々の彫刻、イエスの温かい眼差しのステンドグラスは一番みんなが休まる場所であり、私たちが病んでいるときは勇気を頂き、力を頂き、清めて下さり、喜んで心が明るくなり、重い心を軽くして下さる場所です。

私事ですが、クリスチャン三代目の私はミッションスクールに入学、初めての聖書の時間に詩編23編を教えて頂きました。この美しい聖句を来週までに暗記してくるように宿題が出ました。戦争前の事です。聖書は全部文語体でした。苦労して覚えました。

その聖句であるステンドグラスが教会のシンボルとして置かれたことは驚きであり、嬉しかったのを覚えています。

神様に今も生かしていただいております。

 

昭和5年に都心より鷺宮に引っ越してまいりました。自然一杯で田園、川、白鷺の飛び交う中、朝に夕に神学校より流れてくる讃美歌の鐘で育ち、昭和8年には二人の従姉妹は神学校の一室で始まった日曜学校へお手伝いに向かいました。5歳の私はいつも喜んで付いていきました。ルーテルとの出会いでした。青山四郎牧師が神学生の時です。

戦争も終わり、神学校教会として昭和21年より日曜学校が始まり幼稚園に勤めていた私は今度は教師として招かれました。ベビーブーム時代です。

当時一緒に遊んだ子供たちは、今教会の立派な柱となり、力となり、自分の教会のご奉仕に励んでおり、本当に嬉しく感謝の限りです。

賀来先生、キスラー先生時代はしばらく教会をお休みしておりました。クリスマスキャロルが我が家にいらした時はお休みどころとして35年間「お汁粉や白菜漬」で沢山の方に楽しんで頂きました。その頃の集会は自宅周りでしたので「いとすぎ例会」が我が家である時は母が必ず「ちらし寿司を作ってね」と所望されいつも30人位の方がいらして下さいました。母は「いとすぎ」の先輩です。

21年前嬉しい教会へ戻ることが出来ました。成長した教会は立派になっておりすっかり基礎が組織化され皆様のお顔がお元気にイキイキなさっておりました。

役員の皆様のご奉仕に感謝しております。

 

私の21年間は山あり谷ありでしたが、その経験を生かしご奉仕が出来る事、楽しんで励めることは嬉しいことです。気が付いてみると神様がチャンと見ていて下さり、守ってくださり、見放されることなくいつも共にいて下さったことを深く深く感じ感謝一杯です。私の生涯は一つの教会で育てて頂き皆様と共に歩める幸いを喜びとしています。

時代がどんどん変化し、すべて電子化され急速に変わったことは驚きです。

90年史が編纂され、先達された方々の証を通し、宣教ビジョンを教会員一同一貫となって100年を迎えるため討論会を重ね、話し合いが出来ることは何より嬉しいことです。

神様の見守りのなか、一つになって教会が発展されることをせつに祈って今日のお慶びの言葉にさせて頂きます。

 

もう一言申し上げます。10月7日に100歳を迎える矢島英子姉は冒頭に話した神学校の日曜学校に(昭和8年)奉仕なさった方。また柴崎芳子姉は99歳の方。お二方は「今日参上出来ませんが本当に嬉しい記念日でお慶び申し上げます。」と伝言がございました。

              2015年10月4日

宣教90年記念礼拝祝会報告   田村 浩

むさしの教会会員の皆様には主のお守りのもと、ご健勝にてお過ごしのことと心よりお慶び申し上げます。

「むさしの教会」は90年前、熊本の九州学院から鷺ノ宮に移った「日本路帖神学校」の中に「日本福音ルーテル神学校教会」として産声を上げましたが、それを記念して、2015年10月4日(日)に記念聖餐礼拝と祝会が盛大に開催されました。お忙しい中お集まりいただいた方々に厚く感謝申し上げると同時に、いらっしゃれなかった方々からも多くのお祝いのメッセージを頂き、本当にありがとうございました。ここに心より感謝申し上げます。

当日は晴天にも恵まれ、6年前のホームカミングデーとほぼ同数の216名の方々にお集まりいただき、また、祝会にも175名以上の方々がお残りになられ、楽しいひと時を過ごすことができましたことは感謝すべきことでした。

司式は、むさしの教会元牧師である賀来周一牧師、ルーサー・キスラー宣教師、徳善義和牧師と、現牧師の大柴譲治牧師、そして説教は日本ルーテル神学校校長石居基夫牧師にお願いしました。むさしの教会と共に歩んでこられた歴代5名の牧師が勢ぞろいされた素晴らしい礼拝になり、聖歌隊の讃美と相俟って、200名を超える出席者による讃美の響きが圧巻でした。かつてむさしの教会の歴史のひとこまを担われて今は主のみもとに憩われた先輩諸兄姉も、天上から共に讃美をすることができたのではないかと思います。

礼拝後の全員での記念写真も掲載させてい ただきましたので、ご覧ください。細かくてお顔は判断できないと思いますが、当日の厚い熱気が感じられると思います。

祝会には東教区長の浅野直樹牧師、ルーテル学院大学学長江藤直純牧師もご出席くださり、祝辞をいただきました。総会議長立山忠浩牧師からの祝電、フィンランドの元宣教師ヨハンナ・ハリュラさんからのメッセージも読まれました。5人の歴代牧師とドロシー・キスラー夫人、豊田静太郎兄、川上範夫兄、和田みどり姉のご挨拶、若手音楽家の教会員たちによるすばらしい演奏、加藤逸雄兄の詩吟など、いずれも心に響くものでございました。

久しぶりに米国からお招きしたルーサー&ドロシー・キスラー先生ご夫妻を交えて、懐かしい昔話に花が咲きました。この歴史に一度しかない90年を皆様と共にお祝いできました事を感謝申し上げます。これからの新たな一歩を力強く踏み出す思いを、皆様と共有できたと事と思います。これからも「むさしの教会」が神様の祝福に守られ、地域の人たちと共に歩んでいくことができますようにお祈り申し上げます。

90年誌編纂委員会によって作成される「90年記念誌」を、記念品としてお贈りさせていただきます。75周年からの15年間を中心に編集されておりますが、歴代牧師による座談会など、内容も豊富ですので、楽しんでお読みいただければ幸いです。

最後に、今回この90年記念聖餐礼拝と祝会を ご準備くださった方々、本当にありがとうございました。感謝をもってご挨拶とさせていただきます。

そよ風 『777』  秋田 淳子

面白いことが続きました。

私は、世田谷区祖師谷のアパートに住んでいます。すぐ近くには、公社・祖師谷住宅の団地があり、その中央通路の商店街をよく利用しています。私は、いま歩くのが不自由なので、自分が運転する車をお店の前に止めると、店主が出て来て注文を取ってくれます。

10月のある日のことです。魚屋さんで3品を注文。しばらく待っていると「ハイ、合計777円だよ!」と店主。「わぁー、7が三つ。ラッキー!」と私。そして、翌日は八百屋さんで4品を買い物。すると、合計金額が777円。えーっ! どちらの場合も欲しい物を言っただけなのですが、何という偶然でしょう!

聖書を開くと、7という数字は完全数として表されています。旧約では、7日間の天地創造、週の7日目が安息日、燔祭の羊は7頭など日常的に色々と意味をなしています。そして、新約では、ペテロの問いに対してイエス様が、「7回の70倍まで、兄弟を赦しなさい」と。

777… それは、たくさんのラッキ―。

バザー&フェスタ感謝のご報告 バザー&フェスタ委員会

むさしの恒例バザー&フェスタ2015は11月3日(火)に、みなさまのご協力のもと成功裏に無事終了いたしました。誌面の関係もありますがミニリポートをいたしましょう。

★バザー会場:軽食&食堂コーナーは開場と同時の担当者 “やる気スイッチON”で出力全開。好評定番メニューの食券は午前中に完売御礼状態(今回は若干のスリム化も影響)、現金コーナー含め嬉しハラハラドキドキ。

★物品販売会場:プロ顔負けの“1day商人”が収集・制作した手工芸品・珍品名品を求めてあちこちで丁々発止のコミュニケーションが繰り広げられ、キッズのバルーンアート・手品も大人気。

★フェスタ会場:出演者16ステージの内訳は、カントリー&ポップスバンド、HIPHOP、フィンランド語&英語賛美、JAZZ、ギター・ピアノ弾き語り、カントリーダンス、バレエ、女性合唱、アコーディオン、ピアノ&ヴァイオリン、手話&賛美。この多彩・充実さは天井知らずとも。

 以上、全ては主のお導きと教会内外のご理解ご協力、陰日なたの無い作業全般と祈りによるお支えがもたらしたものと心から感謝いたします。

「チームむさしの」お一人おひとりの上に、主の祝福と労いが豊かにありますように祈りつつ、お健やかでクリスマスと新年をお迎えくださいませ。ごきげんよう!

(八木高光・青村ゆかり・八木久美・猿田幸雄)