説教 「罪人を招くキリスト~使徒マタイのドラマ」 大柴 譲治

マタイ福音書 9: 9-13

序幕~人間マタイのドラマ

聖書は本当に無駄な言葉を記していない書物だと思います。本日の使徒マタイの召命の記事も、ただ端的に、イエスの招きにマタイが従ったことだけが記されています。マタイは、他のペトロたち同様、自分の仕事を捨てて、「わたしに従ってきなさい」という主の呼びかけに即座に応えて従ってゆく。しかし私たちは本日、私たちの想像力を用いながら、その背後にある幾重にも重ねられた主イエスとマタイの出会いのドラマに思いを向けたいと思います。イエスの恵みの選びが人間マタイの人生をどのように変え、どのような歩みを備えていったのか。私たち自身にとって「罪人を招くキリスト」に従うとはどのようなことであるのかをも深く考えつつ、み言葉に聴いてゆきたいと思います。

第一幕~徴税人マタイ

ドラマの第一幕は徴税人マタイの物語です。彼はガリラヤのカペナウムに働く徴税人でした。イスラエルは当時ローマ帝国の植民地でした。北に位置するガリラヤは、南のユダヤサマリアと異なり、ローマ総督の直轄地ではなかった。ガリラヤでは領主ヘロデ・アンティパスがローマのために働いていました。徴税人マタイは直接ローマ人にではなく、領主ヘロデに仕えていたのです。カペナウムの、おそらくはガリラヤ湖の近くで、彼は通行税や入港税、輸出入税などの間接税を取り扱っていたのでしょう。

主はマタイが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従ってきなさい」と声をかけます。「通りがかりに」とありますから、そこにはイエスが偶然通りかかってというような意味合いを感じます。しかしそうではない。静止して座っていたマタイが立ち上がってイエスに従ってゆく者に変えられていったという極めて動的な事柄がそこには表現されているように思います。信仰とは躍動感に満ちた運動なのです。主のみ言葉を通して働く神の力、聖霊が私たちを押し出してゆくのです。

ここで大切なことの一つは、マタイが彼の日常生活のただ中で、職場のただ中から召し出されているという点です。どこか特別な場所からでもなく、特別な時においてでもない。祈っている場面でもない。マタイは「立ち上がってイエスに従った」とありますが、これは職場放棄であり、日常生活の放棄です。なぜマタイはそこまでしてイエスに従ったのか。その理由は、他の弟子たち同様、記されていません。ただ端的にイエスの言葉に従った。それだけです。しかし私たちはその理由を求めたくなるのです。それは、私たち自身がキリストのみ後に従う者とされているという理由と重なり合うのだろうと思います。

地位や名誉や業績や財産や、そのようなものを求めるこの世的な価値観と競争社会の現実に、私たちはほとほと疲れてしまうことがあります。本当に自分の生き方はこれでいいのか。自分は確かなものを足場として人生を築いているのか。大きな機械の歯車の一つではなく、自分が自分として本当に大切なかけがえのない唯一の生を悔いなく生きているのか。私たちは心の奥底で、そのように深く実存的な問いを発しながら、日々の生活を送っています。しかし、どこかで虚しさを感じている。あまりにラディカルにこのような問いを発すると、すべてが崩れてゆきそうで、私たちはそのような鋭い問いを自らの奥深くに封印しているのかもしれません。何か具体的な、仕事での失敗とか失業とか人間関係の行き詰まりなどにぶつかった時、あるいは病気や身近な人の死や、自らが死すべき存在であるということに直面させられた時など、日常生活は依然として同じように過ごしてはいても、自分は本当の支えを持っていないのではないかということを嫌というほど明白に知らされてゆく時があります。私たちは深いところで飢え渇いているのです。ゲーテのファウストではないですが、生きることの本当の意味、生きていることを本当に実感させてくれる瞬間に飢え渇いている。そのことは私たちが正直に自分の心を見つめれば見えてきます。どんなに私という人間が満たされない気持ち、寂しく悲しい気持ちでいるか。虚しい思いでいるか。主は、私たち以上に私たちのことをご存じなのです。そのような私たちに主は「わたしに従ってきなさい」と命じられている。

主はある時、こう大声で叫ばれました。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」(ヨハネ7:37)。主は渇いている者を招かれる。「わたしは命のパンである」とも言われました(ヨハネ6:48)。主は私たちの魂の飢え渇きを癒してくださるお方なのです。マタイ11章の終わりでも主はこう招いておられます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(11:28)。

マタイは、「わたしに従ってきなさい」と呼びかける主イエスの中に、自分の魂の渇きを根本から癒してくださるお方はこの人かもしれない、このお方に賭けてみようと感じたのでありましょう。「わたしに従ってきなさい。あなたに生きることの本当の意味を教えよう。生の本当の喜びを与えよう。わたしに従ってきなさい。そうすればあなたは本当のあなた自身を見出すことができる」。そのような深い響きをもった招きの言葉を、徴税人マタイは主イエスの「わたしに従ってきなさい」という一言の中に聴き取ったと思われます。

そこには「徴税人」マタイの社会状況も重要な要因としてありました。異邦人のために働くユダヤ人は宗教的に汚れていると見なされた。徴税人は、聖書では、犯罪者や遊女と同じ位置づけを与えられています。彼らは「神に救われることのない者」「神に見捨てられた者」として位置づけられていた。ルカ福音書18章には自己を誇るファリサイ人と自己を恥じる徴税人のたとえが出てきますが、そこからも徴税人は神殿の中に入って礼拝することも許されていなかったということ、悔い改めるということも特別に困難なことと見なされていたということが分かります。「徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください』」(ルカ18:13)。

主イエスが徴税人のマタイを選んだということで、おそらくファリサイ人だけではなく、他の弟子たちの間でもそのことに対する困惑と不満の波紋が広がっていったと思われます。それはファリサイ人がイエスではなく弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と問うたことからも分かります。しかしその問いにはイエスが直接答えます。それはイエスだけが答え得た問いだったからです。なぜ徴税人や罪人が優先的に選ばれるのか、その理由はイエス以外の誰にも答えられなかった。主は言われました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と。そこでは神の憐れみの深さと、その憐れみのゆえに罪人(病人)が優先的に選ばれてゆくことが語られている。小さき者、弱き者に対する神の恵みの選びというモチーフは聖書に一貫して貫かれています。イスラエルの民が神の民として選ばれたのは、それが数が多かったためでも、信仰深かったためでもありません。その民が最も小さく、最も力のない民であったからでした(申命記7:7)。神の恵みの選びは小さき者、貧しき者、弱き者へと優先的に与えられてゆくのです。

召されたマタイが最初にしたことはイエスを自宅に食事に招くことでした。そして大勢の自分の仲間たちをもそこに呼んできた。彼らもやはり「神に見捨てられていた」と見なされていた人々でした。主に従うマタイが最初に行ったことは、罪人や徴税人の仲間たちにイエスを紹介し、彼らをイエスに出会わせるということだったのです。

イエスが徴税人の一人をその弟子に加えられたということは、どれほどイエスの周りに集まっていた人々(罪人や徴税人)には大きな喜びがあったことだろうかと思います。社会的にも宗教的にも見捨てられ、無視され続けてきた自分たちを、主イエスはお選びくださった!そこには大きな喜びの波紋が広がっていったことと思われます。その意味でマタイは、「喜びの伝道者」でありました。

第二幕~アルパヨの子ヤコブとの関係

第二幕の主題は、マタイとその兄弟アルパヨの子ヤコブとの関係です。アルパヨの子ヤコブはやはり12弟子の一人です。こう申し上げると、「えっ?!12弟子のうちにマタイの兄弟がいるだなんて知らなかった」と思う方もおられましょう。マタイの名前は、マルコ福音書とルカ福音書ではマタイは「アルファイの子レビ」と呼ばれています(マルコ2:13-17、ルカ5:27-32)。そして12弟子にはもう一人、「アルファイの子」ヤコブがいます。

ウィリアム・バークレーという聖書学者によりますと、12弟子リスト(マルコ3:16-19、マタイ10:2-4、ルカ6:14-16、使徒言行録1:13の4箇所。ただし使徒言行録は11人のリストですが)の最後の4人は「熱心党」と呼ばれる、武力革命も辞さないというラディカルなユダヤ人愛国主義者たちに関わりを持っていた可能性が高いということです(『イエスの弟子たち』新教新書)。アルファイの子ヤコブは、どのリストでも常に9番目に名前が来ますので、熱心党のシモン、タダイ(ルカ福音書と使徒言行録では「ヤコブの兄弟ユダ」となっている)、イスカリオテのユダと共に、熱心党と関わりを持つナショナリストだった可能性が高い。アルファイの子ヤコブについてはそれ以外にほとんど知られていません。

バークレーはこう記しています。「マタイはヘロデ・アンティパスの仕事についた、そしてローマの支配下にある行政機関の取税人になった。ヤコブは燃える愛国心と、少しでもローマと妥協するすべての者に対する激しい敵意とを持つ熱心党になった。それは、兄弟のマタイとヤコブが、一度は同じ家庭で生育されたのに、お互いに憎しみ合うような状況に、すなわち、ヤコブがマタイを裏切り者の売国奴と見、また、ヤコブがマタイを短刀で突き刺すような状況になったようなものではないか。その時イエスが来られて、その双方を召された。そして共通の主人の前で、分け隔てられていた兄弟が再び結ばれた。お互いに憎しみ合っていた兄弟が和解させられたのである」(前掲書p185)。マタイの召命の陰には、実は、兄弟同士の和解という第二のドラマが隠されていたのです。

第三幕~イエスの語録集「Q資料」

さらにそこには第三のドラマがあります。弟子として召し出されたマタイが最初にしたことは、彼の友だちや仲間たちのために自分の家で宴会をすることでした。マタイは仲間たちのためにイエスと出会う機会を設けたかったからでした。実はここにマタイという人の極めて特徴的な特質があります。マタイは常にイエスを多くの人々に紹介しようとする。

ルカ福音書は「彼はなにもかも捨てて立ち上がり、イエスに従った」(5:28)と記しています。しかし、ただ一つだけマタイが捨てずに共に携えていったものがあった。それはペンでした。取税人としてマタイは、他の漁師であった弟子たちと違って、字を書くことができた。古い伝承では皆が一致して、マタイがヘブル語で福音書を書いたと伝えています(エウセビオス、ヒエロニムス、アウグスチヌス等)。そこからマタイ福音書は使徒マタイによって書かれたものであると長い間教会は信じてきたのです。

しかし、マタイ福音書が使徒マタイの作であるとは現代の学者たちは考えません。マタイ福音書はギリシャ語で書かれていますし、その多くをマルコ福音書に拠っているからです(マタイ福音書にはマルコ福音書の90%が多少の要約はあっても同じ言葉を使って再録されているのに対し、それとは対照的に、ルカ福音書はマルコ福音書の50%しか再録していない)。使徒マタイはイエスの直弟子でしたから自分で自由に書くことができたはずで、マルコ福音書を下敷きにして書くことはありえない。おそらく使徒マタイのしたことは(パピアスの伝えるように)、イエスの言葉を集め、編集し、最初の語録集を発行することであったと思われます(それは「Q資料」とも呼ばれる)。マタイ福音書は、他のどの福音書よりも多く、たとえば山上の説教などの主イエスの説教や語録を多く含んでいることからそこにマタイの名が付されるようになったのでしょう。

私自身は最初、使徒マタイの召命が、マルコ福音書では2章にあるのに、マタイ福音書では9章にあって、ずいぶん遅い召し出しだと感じました。山上の説教の後になっているのです。使徒マタイは山上の説教を聴かなかったことになります。それはなぜか。マタイ福音書は使徒マタイを徴税人のゆえに少し軽んじているのか。しかしそうではないでしょう。使徒マタイこそ、山上の説教の骨子を含むイエスの語録集を書いたのです。「おめでとう、心の貧しき者たち!天国は彼らのものである」。徴税人であった使徒マタイは、誰よりも深く、そのような主イエスの祝福の言葉に親しんでいたのでした。罪人を招く喜びの招待状をマタイは語録集を招くことで残したと言えましょう。それは徴税人であったマタイにしかできなかったことでもありました。彼はペンをもってキリストの福音を書き残したのです。

終幕~罪人を招くキリスト

「わたしに従ってきなさい」とマタイを弟子として呼び出した主イエスは、マタイ固有の人生へと彼を召し出したのです。ここに私たちの存在に根拠を与えてくださるお方の権威があります。私たちに私たち自身の命を創造してくださるお方がいる。私たちに本当の命、生きることの本当の意味と喜びを与えてくださるお方がいる。「みんなちがって、みんないい」(金子みすず)のです。「わたしに従ってきなさい。あなたがたを本当の喜びに与らせよう」。罪人を喜びの人生へと、セレブレイションへと招いてくださるキリストに、私たちも、マタイと同様、喜んで従ってゆきたいと思います。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますように。アーメン。

(1999年 6月27日)