「読書会ノート」 ベルンハルト・シュリンク 『朗読者』 新潮社

  ベルンハルト・シュリンク 『朗読者』 新潮社

川上 範夫

 

1960年代、ドイツの中都市で、男と女の邂逅と別離の物語である。男の名はミヒャエル、父親は大学教授で平凡な家庭に育った彼だが十五歳の冬、ちょっとしたきっかけから年上の女と出会い、女にもてあそばれる形で肉体関係を続けることヽなる。だが女について分かっていることはハンナという名前と、二十一歳年上で路面電車の車掌ということだけである。又、女は彼に本を朗読させて聞くのが好きであった。ところが女はある日突然彼の前から姿を消してしまうのである。

それから数年がたち彼は大学の法科に進学、専門分野研究のためある裁判を傍聴に行く、そこで被告席にいるハンナと再会するのである。彼女はナチスの親衛隊員で、ユダヤ人殺害の罪で裁かれていたのである。

裁判の記述は省略するが、証人の証言で興味深いものは、ハンナが収容所看守の頃、ユダヤ人少女を自室に連れ込み本を朗読させていたことであった。併し、彼女を有罪にしたのはこのことではない。ある事故の渦中で多数のユダヤ人を殺害に追い込んだ件について親衛隊上層部に提出した彼女の報告書が有罪の決め手であった。ところが公判の傍聴に通いつめていたミヒャエルは突如、彼女が文盲であることに気付くのである。そして、あの少年期、彼女との交わりの全ての場面を回想しその事を確信する、だが彼はこの事を判事に申し出なかった。そしてハンナに無期懲役の判決が下されたのである。それにしても何故彼女は自ら文盲を告白し報告書など書けなかったことを主張しなかったのだろう、文盲を隠すことが無期懲役と引き替えにする程重要なことだったのだろうか。

ハンナの判決から八年の才月が流れ、ミヒャエルは恋愛し結婚し子供をもうけ、そして離婚した。だがある日彼は本を朗読しそのカセットテープを刑務所のハンナにおくることを決意するのである。そして最初のテープを送ってから十年目にハンナの恩赦が認められることとなった。出所の日、ミヒャエルは彼女を迎えるため熱い想いを抱いて刑務所に向かった。しかし、その朝ハンナは首を吊ったのだった。

著者は多くの問題を提起しているが答は何一つ示していない。ハンナは何故自殺の道を選んだのか、文盲を隠し通そうとした彼女のプライドとは何だったのか、しかし、著者が提起している最大の問題はナチス時代の犯罪をどのように裁き、どのように受けとめるかということではないかと思う。今の時代に生きている我々が歴史の流れの中で過去に犯した人々の罪をどこまで裁けるであろうか。

裁判の中で戦時中の行動を一つ一つ追及された時、ハンナが裁判長に尋ねるのである「あなただったらどうしましたか」。この言葉が私の脳裏からいつまでも離れなかった。

(2001年2月号)