たより巻頭言「天使も買いにやってくる」 大柴 譲治

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心にかなう人にあれ。」(ルカ福音書2:14)

 今年も師走。牧師も走る。バザーが終わってホッとしたらもうアドベント。教会では既にリースやクリスマスツリーの飾り付けが終わっている。走りつつも心を鎮めてキリストをお迎えする備えをしてゆきたいと思う。

 今年のバザーは私にとって天使について思いを馳せる時となった。そのちらしには「天使も買いにやってくる」とあって、バザー当日にはスヌーピー天使のマスコットが教会玄関上に飾られた。考案者の橋本直大兄のウィットに脱帽である。

 ニコラス・ケイジとメグ・ライアンが共演した『シティーオブエンジェル』(1998)という映画がある。ドイツ映画『ベルリン天使の詩』(1987)の米国リメイク版であるが、そこでは黒いコートに身を包んだ天使たちが苦しみや悲しみの中にある人々の傍らにあって静かに彼らを見守っているのだ。ある場面では天使は死を迎えた少女を光の中へと導く存在として描かれていた。

 今年のバザーの日は寒かった。どんどん気温が低下して10℃まで下がった。1月中旬並の寒さであったという。その中で例年のように壮年の方たちが自転車の整理のために外回りをカバーしてくださった。また、外のガラクタ市やリンゴ、子供の衣料、フランクフルトや綿飴、焼きそば、牧師館庭の子供の国、教会入口の食券売り場などに携わってくれた方々も寒かったことと思う。

 バザー翌日の礼拝説教でも触れたが、バザー当日私には、自分のためではなく自分を越えたもののために無心になって働く人々の中に天使の姿が重なって見えるように思えた。特に、外回りの自転車担当者には黒い服装の方が多かったので、天使たちが教会を取り囲んで立ち、教会を温かく見守ってくれているように見えたのである。赤いジャンパーを着たバザー委員長の中山格三郎兄はさしずめ「天使長」であった。無心になって自分を捨てて他者に仕える無私の姿にさわやかな神からの風を感じた人は少なくなかったのではないかと思う。笑顔でバザーを後にする人々の多さにも頷ける。

 クリスマスの物語には天使たちが登場する。天使とは天からの使者である。主日礼拝の最後の部分は派遣の部となっているが、私たちが礼拝の場からそれぞれの日常の持ち場に送り出されてゆく時、私たちは天からこの地上に遣わされた天使としての役割を託されているように思う。私たちもまた地上で神の愛を分かち合うために派遣されてゆく。クリスマスを迎える。救い主の到来の喜びを告げる天使の歌声に耳を澄ませたい。