マタイ
-週報- 4月12日(日)10:30 復活祭
司 式 浅野 直樹
聖書朗読 浅野 直樹
説 教 浅野 直樹
奏 楽 苅谷 和子
前 奏 キリストは死の布に横たわった J.S.バッハ
初めの歌 153( わがたまよ、きけ )
罪の告白
キリエ・グロリア
みことばの部( 式文A 5〜7頁 )
特別の祈り |
御独り子イエスによって死を征服し、永遠の生命の門を開かれた全能の神さま。み霊の息吹によって私たちを新しくし、私たちの思いと行いのすべてを祝福してください。 あなたと聖霊と共にただひとりの神であり、永遠に生きて治められるみ子、主イエス・キリストによって祈ります。 |
第1 の朗読 エレミヤ書 31:1-6( 旧約 1234 )
第2 の朗読 使徒言行録10:34-43( 新約 233頁 )
ハレルヤ
福音書の朗読 マタイによる福音書 28:1-10( 新約 59頁 )
みことばのうた 249( われつみびとの )
説教 「 そこでわたしに会うことになる 」 浅野 直樹 牧師
感謝の歌 154( 地よ、声たかく )
信仰の告白 使徒信条
奉献の部( 式文A 8〜9 頁 )
派遣の部( 式文A 10~13頁 )
派遣の歌 225( すべてのひとに )
後奏 Festive Trumpet Tune デイヴィッド・ジャーマン
*前奏・後奏(今回自宅録音)
説教「澄み切った青空〜悲しみを超えて」 大柴譲治
召天者記念主日礼拝にあたって
本日は召天者記念主日。毎年11月の第一日曜日に私たちは召天者を覚えて礼拝を守っています。週報には召天者名簿を挾ませていただきました。そこには269名のお名前が記されています。特に本日は「教会の祈り」でその中からこの10年間に天に召された81名のお名前を覚えて祈らせていただきます。ご案内を差し上げましたのでご遺族も何組かご出席くださっています。また、あの聖卓の前には二冊の召天者記念アルバムが置かれています。ご遺族の上に天来の慰めをお祈りしながら、み言に聴いてまいりましょう。
「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。」
本日与えられた福音書はイエスさまの山上の説教の冒頭の言葉です。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」。原語のギリシャ語では「幸いである」という語が最初に来ていますから、こういう風に訳すことができると思います。「おめでとう、心の貧しい人々! 天国は(既に)あなたがたのもの。おめでとう、悲しんでいる人々! あなたたちは必ず慰められる」。
生きることは実に辛く悲しいことであると思わずにはいられません。先週、私たちはこの場所でAさんのご葬儀を執り行いました。Aさんは膵臓癌のため50代の若さでご家族の見守る中、ご自宅でこの地上でのご生涯を終えて天に帰ってゆかれたのです。AさんはBご夫妻のご子息です。生まれてすぐ東京教会で本田伝喜先生より幼児洗礼を受け、少年時にJELC八幡教会からご家族と共にこのJELCむさしの教会に転入されました。
学生時代には英語サークルの部長としても活躍。大学卒業後はバリバリの商社マンとして、北米に10年以上も駐在しながら、家族を愛し、仕事を愛し、ゴルフを愛し、生きることを喜びながら充実した日々を送っていました。この7月に体調不良のため近隣の病院に行くと、病いが発見されて即入院となります。病院で一月半治療を受けた後、ご本人の強い希望で9月からはご自宅で在宅ケアを受けながら闘病を続けられたのです。生来の頑張り屋さんだったこともあり、「自分はやりたいことがたくさんある。必ず治って職場に復帰する」という固い決意の中、前を向き、上を向いて、歯を食いしばって最後までご家族と共に頑張り抜かれたのです。
三週間ほどは食事も喉を通らなくなっていたにもかかわらず、召される二時間前にも「トイレに行きたい」と立って歩かれたということでした。現職の部長であったこともあり、葬儀には前夜式と告別式を合わせて500名を越す参列者がありました。会社の上司や同僚も大勢参列してくださり、その中から4人の方が万感の思いを込めて故人の思い出を語ってくださいましたし、喪主として奥さまがご挨拶をされました。
ご子息を見送らなければならなかったご両親さまのお気持ちを思う時、私たちは胸がつぶれるような思いになります。なぜこのような辛い現実があるのか。神さまはいったいどこにはおられ、なぜ沈黙しているのか。私たちはそのような思いになるのです。生きるということは何と辛く悲しいことでありましょうか。ご葬儀の二日間はとてもよいお天気でした。空を見上げると、秋晴れの真っ青に透き通った青空が悲しいほど美しく感じました。
「会者定離」という言葉があります。出会った者は必ず離れてゆく定めにあるという意味の言葉です。「会うは別れの始め」とも言います。私たちはどのようなすばらしい出会いを与えられたとしても、必ず別れてゆかなければならない定めです。「咳をしても一人」と尾崎放哉は歌いましたが、別離の哀しみを思う時、つくづく人生は何と儚く、何と人間は孤独な存在であることかと思います。しかしそうであればこそ、今ここで私たち一人ひとりに与えられている一つひとつの「絆」、「人間関係」を、「かけがえのないもの」として大切にしなければならないのであろうと思うのです。
今年になりましても、Aさんの他にも、9人の方々がこの地上でのご生涯を終え、最後まで自分らしく生き抜かれて、天へと移されてゆきました。天寿を全うされた方もおられますが、若くして地上のご生涯を終えなければならなかった方もおられます。ヨブが言うように皆、「裸で母の胎を出て、裸でかしこに帰って行かれた」のです。私たちは生まれた時も裸であれば死ぬ時も裸です。何も持っては行けない。否、最近私は「一つだけ持ってゆくことができるものがあるのではないか」と考えるようになってまいりました。それは自分自身の「心」です。「魂」または「霊」、あるいは「自分自身」と呼んでもよいのかもしれません。
「モノ」は何一つ持ってゆくことはできないのですが、「自分自身の心」は持ってゆける。だからこそ私たちは、自分自身の心を豊かにしてこの地上の生をまとめてゆく(終えてゆく)必要があるのだと強く思わされるようになりました。それも、「何かをすること(Doing)」によってではなく、今ここで私たちに与えられている「存在そのもの(Being)」に焦点を当てることを通して、心を豊かにしてゆく必要があるのです。ちょうどカール・グスタフ・ユングが「人生の午後の時間は、魂を豊かにしてゆくための時間」と言っているように、魂を豊かにする必要があるのだと思うのです。ではどうすれば魂を豊かにすることができるのか。
悲しみのどん底に降りたってくださったキリスト
聖書は、現実の中で生きることの困難さと悲しみを深く味わう私たちに対して、私たちの悲嘆と絶望の深みに降り立ってくださった方がおられると告げています。そのような嘆きの時にも私たちは独りぼっちではない。それが私たちの主イエス・キリストです。「咳をしてもひとり」ではない。「咳をしてもふたり」「キリストと共にふたり」なのです。
そして今日私たちは、そのお方から祝福の言葉を聴いています。「おめでとう、心の貧しい者たちよ! 天国は(既に)あなたがたのものなのだ。おめでとう、悲しんでいる者たちよ! あなたたちは必ず慰められる」という言葉を。それは確かな声として私たちに迫ってきます。宮澤賢治ではないですが、人生とはこのキリストの祝福の言葉を聴くためにある「祝祭の日々」なのではないでしょうか。この後で私たちは聖餐式、主の祝宴に与りますが、私たちのためにご自身の身体と血、すべてを与えてくださったお方が私たちを祝福してくださっているのです。
「おめでとう、心の貧しい者たちよ! 天国は既にあなたがたのものである。おめでとう、悲しんでいる者たちよ! あなたたちは必ず慰められる」と。嘆きの深淵の中にも主が共にいましたもうが故に、私たちは大丈夫なのです。
改めて日野原重明先生(上智大学グリーフケア研究所名誉所長)が語られた言葉を想起します。悲嘆にある人に接する時に私たちに必要なのは「か・え・な・い・心」であると先生は言われます。それは「か:飾らず、え:偉ぶらず、な:慰めず、い:一緒にいる」姿勢です。それはキリストご自身が私たちに示してくださった深い「あわれみの心」でもありました。
「澄み切った青空」〜悲しみを超えて
9月の初めに上智大学を会場に開かれた「日本スピリチュアルケア学会」の全国大会の主題講演で、ノンフィクション作家の柳田邦男さんが柏木哲夫先生のエピソードを紹介しておられました。私の心に深く響いたのでご紹介させていただきます。柏木摂夫先生はクリスチャン精神科医として長く大阪の淀川キリスト教病院のホスピス長をされた方としてよく知られています。いつも笑顔とユーモアをとても大切にしておられる方です。
柏木先生がいつもと同じようにホスピス病棟を回って「今日は調子はいかがですか」と患者さんたちに声をかけていた時のことです。ある男性の末期ガンの患者さんがニコニコと笑いながら「今の私の気持ちはこれです」と言って柏木先生にこういう形の一枚の青い色紙を示されたそうです(ここで色紙を示す)。 色紙は通常正方形ですが、その「四つの角」が切り取られていました(「正八角形」というのでしょうか)。
どんな意味かお分かりになりますか。そうです、「隅切った(澄み切った)青空」という意味だと言うのです。「アッ、なるほど」と思いました。このような上質のウィットとユーモアは私たちの気持ちを和ませ、切り替えてくれるということがよく分かります。「澄みきった青空」。私たちの悲しみの現実にかかわらず、その中で私たちの思いをフッと私たちの上に拡がる青空に向かせてくれるいい話だと思いました。先ほどAさんのご葬儀の時にはとても青空がまぶしかった話をいたしました。
舞台裏を申し上げますとこれは私が作りました。これを作るために少し苦労しました。四隅を別々に切ると形がバラバラになってしまい、バランスが崩れてキレイに見えないのです。そこでどうしたかというと、色紙を四つに折って「隅」を重ねて切り、それを拡げるとこのようにキレイな形になったのです。私はこれを見ていてハッとさせられました。
ここからは柳田邦男さんが言わなかったことで私自身が気づかされた話です。先ほど四隅をキレイにそろえるために四つに折って切ったことを申し上げましたが、拡げてみるとこの「澄みきった青空」の真ん中に「十字の折れ線」がついているではありませんか。四つに折りましたから当たり前のことです。そこにはくっきりとキリストの十字架が現れたように感じたのです。私たちのために天から降ってこの地上に降り立ち、人間の闇のどん底を歩み、悲しみと苦しみ、罪と恥のすべてを背負って私たちのために、私たちに代わってあの十字架に架かってくださったお方がおられる。
このお方がいるからこそ、深いあわれみの心、「かえない心」を持つこのキリストがいてくださるから、私たちはどのような時でも心の中に澄みきった青空を仰ぐことができるのだということに気づかされたのです。269名の召天者の方々は、キリストという青空を仰いで生き、その青空を仰ぎ、そこにすべてを委ねてこの地上の生を終えてゆかれた方々なのです。
聖餐への招き
本日は聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言ってパンとブドウ酒を差し出し、私たちをその祝宴へと招いてくださるお方がいます。この聖卓は、こちら側には私たち生ける者が集いますが、見えない向こう側には天に召された聖徒の群れが集っています。キリストは生ける者と死せる者の両方の救い主です。私たちは生きるとしても主のために生き、死ぬとしても主のために死ぬのです。
なぜかというと、生きるとしても死ぬとしても私たちは主のものだからです。このキリストの祝宴は終わりの日の先取りでもあります。ここにこそ私たちが悲しみを超える道が備えられている。天が開け、天の後には虹が置かれ、そこには澄みきった青空が拡がっています。確かな主の声が響いています。「おめでとう、心の貧しい人々! 天国は既にあなたがたのものなのだ。おめでとう、悲しんでいる人々! あなたたちは必ず慰められる」。アーメン。
マタイによる福音書 5:1-12
(2014年11月2日 召天者記念主日聖餐礼拝説教)
「逆巻く湖上を近づいて来られる主」 大柴 譲治
列王記上19:1-21、マタイ福音書14:22-33
<映画『大いなる沈黙へ』>
この夏、8月6日に私は岩波ホールで上映された映画『大いなる沈黙へ』(原題:Die Groβe Stille。ドイツ語で「大いなる静謐」の意)を観る機会を与えられました。この映画は大入り満員が続いたために引き続き都内各地で上映や全国上映が決まったということですので、ぜひ多くの方にこの映画を観ていただきたいと思います(賀来先生がこの映画についてはこのたよりの中で書いておられます)。
映画は現実の修道院にカメラが入ってその日常生活を淡々と映し出してゆきます。それはカトリック教会の中でもとりわけ厳格な戒律で有名なグランド・シャルトルーズ修道院(カルトジオ会)。フランスのアルプス山脈の中にある1084年創立の修道院で、人里離れた場所で自給自足の生活をしながら祈りをささげ、質素な日々の生活の中で一生を過ごす30人ほどの修道士たちの日常をカメラが捉えています。監督はドイツ人フィリップ・グルーニング。1984年の許可申請時には「まだ早い」と言われますが、遂に16年後「準備が整った」と撮影許可がおります。ただし「監督一人が入ること、音楽や光やナレーションを入れないこと」という条件付き。監督は約半年間、修道院の一員として独房での生活を送ることになります。凜とした静謐が支配する深い沈黙の中、修道士は相互に会話することもなく礼拝、瞑想、祈りなどの日課を黙々と行ってゆくのです。構想から実に21年を経て実現した中世からの変わらぬ修道院の映像が心に深く染み入ってきます。観る者も自分が一人の修道士になったように感じる映画でした。現代人の心に強く訴えかける不思議な静謐に満ちたドキュメンタリー映画でした。
修道士たちが寝起きするのは一人一人に割り当てられた小部屋。彼らは一日の大半を机と祈祷用スペース、ベッド
のあるその部屋で過ごします。深夜にも祈祷の時間があるため(19:30に寝て23:30に起き3時間ほどの夜のミサがあり、そして再び3時間ほどの就寝時間)、睡眠時間は分断されています(総計すると修道士の一日は、9時間の祈り、8時間の休み、7時間の肉体労働ないし読書となります)。
私がこの映画から想起したのは次の言葉でした。「沈黙は言葉の背景を持たずに存在しうるが、言葉は沈黙の背景を持たずには存在できない」(マックス・ピカート、『沈黙の世界』)。『大いなる沈黙へ』という映画のタイトルの通り、映画を観る者は修道士らと共にその「大いなる神の沈黙の声」に耳を澄ませることを求められてゆきます。一週間の内、修道士たちが互いに自由に言葉を発することができるのは日曜日の午後、散歩の時間の4時間だけです。あとはミサでの祈祷以外は声を発せずに沈黙しているのです。映画は黙々と修道院の日常生活を映し出してゆきます、900年間変わらずに継承されてきた日々の生活を。
時折、聖書の言葉がテロップではさまれてゆきます。その中の一つが本日の旧約聖書の日課、列王記上19章からの言葉でした(11-12節)。「主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた」。
山を裂き、岩を砕くほどの「大風」が起こっても、その風の中にも、地震の中にも、火の中にも主はおられなかったと語られています。しかしその後に、主の「静かにささやく声」が聞こえたのです。映画はテロップでこう語ります。「静けさ―その中で主が我らの内に語る声を聞け」。神が私たちに向かって「沈黙」(silence)「静謐」(tranquility)「孤独」(solitude)を通して語りかけてくる声に耳を澄ませてゆくこと。『大いなる沈黙へ』はこのことの意味を深く考えさせてくれる169分の映画でした。
<水の上を歩こうとしたペトロ>
本日の福音書には、「逆巻く湖の上を弟子たちの乗った船にまで向こう側から近づいて来られる主イエスの姿」が記されています。水の上を歩くことなど人間にできることではありません。しかしこのエピソードはマタイだけではなく、マルコとヨハネにも記されていますが、初代教会は迫害の嵐(荒波)の中で、復活の主が共にいてくださることをこのエピソードを通して繰り返し確認していったのでしょう。もしかしたらここには、かつてモーセが真っ二つに分かれた紅海の中に現れた乾いた地を渡って約束の地に向かって民を導いていった「出エジプトの出来事」が重ね合わされているのかもしれません。それは「神の力」による奴隷状態からの「大いなる解放の出来事」でした。
神にできないことは何もなく、人にはできないことでも神にはできるのです。人間の力が届かないところ、尽きたところにおいて、神さまのみ業が始まってゆきます。本日の嵐の中、逆巻く水の上をイエスさまが弟子たちの乗った船に近づいてゆかれる場面もそのような状況を表していると思われます。初代教会の信者たちは、迫害の嵐の中で、沈みそうになる船(教会を船になぞらえました)の中で生きた心地がしなかったのだと思います。そのような状況の中で、主が逆巻く波の上を船に向かって近づいて来てくださるというこの出来事はどれほど大きな慰めと励ましを初代教会の信者たちに与えたことだったでしょうか。
もう一度その場面を読んでみましょう。「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、『幽霊だ』と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。』すると、ペトロが答えた。『主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。』イエスが『来なさい』と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と言われた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ。」
<主を信じて水の上に踏み出したペトロ>
事は「嵐の中」での出来事です。先の列王記上の19:11-12の言葉と重ね合わせてみるならば、こうなります。山を裂き、岩を砕くような「大風」の中にも、風の後に起こった「地震」の中にも、地震の後に起こった「火」の中にも、主はおられなかったのです。しかし「火」の後に、そこには「静かにささやく声」が聞こえた。「神」の「ささやく声」です。この神からの静かな静寂の声に耳を澄ませることが私たちに求められています。この「声」に耳を澄ませるとき、私たちはどれほど大風や地震や火が私たちに迫り来ようとも、それらを乗り越えてゆくことができる。逆巻く波の上を歩いて、怯える私たちに向こう側から近づいて来てくださる復活の主を見てゆくことができるのだと思うのです。
<詩編46編>
Die Groβe Stilleという映画の原題(特にStillという語)に関して私は詩編46編を思い起こします。「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。わたしたちは決して恐れない、地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも。海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々が震えるとも」と歌う詩篇46編は宗教改革者のマルティン・ルターがこれをもとに『神はわがやぐら』という讃美歌(教会讃美歌450番)を作曲したことでもよく知られた詩編です。インマヌエル。これは「万軍の主なる神が我らと共にいます」ということが繰り返し語られている信頼の詩編です。
その11-12節には次のようにあります。「力を捨てよ、知れ、わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔」。新共同訳聖書では「力を捨てよ、知れ、わたしは神」と訳されていますが、私たちが長く親しんできた口語訳聖書では11節(10節)はこうなっていました。「静まって、主こそ神であることを知れ」。文語訳聖書ではこうです。「汝ら、しずまりて我の神たるを知れ」。多くの英語訳聖書ではここはstillと訳されています。“Be still, and know that I am God!”(英訳のNKJV/NRSV/NJB等)。『Die Groβe Stille(大いなる静寂)』です。私たちは沈黙の中に聞こえてくる神の声に耳を傾けてゆくのです。「火の後に、静かにささやく声が聞こえた」(列王記上19:12)。
逆巻く逆風の中でも向こう側からキリストは近づいて来てくださいます。そして、静かにささやく声で告げておられるのでしょう。「なんじら、静まりて我の神たるを知れ」と。私たちはこのお方のみ声を聞きながら、たとえ現実が逆巻く大波のように見えたとしても、私たちはキリストのみ声がもたらす「平安」と「静けさ/大いなる沈黙」に満たされて、祈りの中に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。
お一人おひとりの上に神さまの豊かな恵みがありますように。 アーメン。
(2014年8月31日 聖霊降臨後第11主日礼拝 説教)
聖霊降臨後最終主日 説教「マタイ25章31-46」 浅野直樹
マタイ25章31-46
今年7月にいずみの会で、遠藤周作の従兄弟、竹井祐吉先生をお招きして「信仰とユーモア」というテーマで講演をしていただき、私たちの教会がともに学びをする機会がございました。きょうは遠藤周作のお話をまずしようと思います。
遠藤周作の作品にはふたつの種類があります。ひとつは「沈黙」や「イエスの生涯」、あるいは遺作の「深い河」のように、真正面から信仰をテーマにした純文学。そしてもうひとつは、少し肩の力を抜いた、軽妙なタッチのエッセイです。その中に「考えすぎ人間へ」という本があります。1990年に出版されました。軽妙なエッセイといっても、遠藤周作の追求するテーマというのはいつも変わらず、それは人間の深層心理に根ざしたほんとうの人間らしさの原点を探ることではないかと私は思います。だからこそ、彼は自分の作品のなかでいつも信仰を問い続けたのです。この本のなかから、ひとつの彼の考えをまず紹介したいと思います。
ひとつの原因があって、それがひとつの結果を招く。我々はそう考えやすいわけですが、実はそれは違う、ことはそんなに単純じゃないんだと遠藤は説くのです。
たとえばテニスのボールをぽんと打つ。それは自分が手加減して打ったから、目指したところへ飛んでいったと思うかもしれない。けれども実際は、ボールを打った人の意志だけが原因とはならず、そのときの風の動きとか引力とか、微妙な力が働いてボールはそこへと落ちるのです。つまりすべてのことがらは、一つの原因によって成り立っているということはなく、いろいろな要因によって成立しています。そのことは人間の心理だって同じなんだと遠藤はいうのです。ちょっと引用します。
「私は憐れみからこの人にお金をあげた」なんてことを聞いたら、ナニを言うとるかと思う。憐れみだけじゃないでしょう。お金をあげるという行為の中には、自己満足もあるだろうし、その人から感謝されたいという気もあるだろうし、自己顕示欲もあるだろう。いろいろな感情が混じっているわけです。それを「善意にかられて」とか「愛にかられて」とか、一概にはいえない。たくさんの因子がそこに入り込んでいる。」
遠藤周作は、人間というものはそうだと決めつけて書いていますが、そう決めつけられてしまうのもどうかと思います。けれどもそれに同調する人もきっとたくさんいるはずです。ここに慈善、チャリティという良いわざの難しさがあると、私も思うのです。
きょうの福音書に出てくるイエスのたとえ話は、そういった人間の良いわざについてです。「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」。
食べさせ、飲ませ、宿を貸し、服を着せ、見舞い、牢にいたとき慰問する。イエスのたとえ話の中の話ではありますが、この人はなぜそうしたのでしょうか。遠藤周作は、そこには自己満足や、感謝されたいという気持ち、自己顕示欲も混じっていると言いました。それが自分も含めた人間の正直な姿なのだといいます。そうかもしれません。けれどもきょうのこのたとえ話を読む限り、自己満足とか、感謝されたいといった、自分にとって都合のよいだろう気持ちを、打ち消してしまう強い言葉が、このたとえ話のなかにはあるのです。
「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか」という言葉が、それです。本人は気づいていないのです。良いわざが無意識のうちに行われているということが、このたとえ話の中に隠された最大の特徴です。
私がどう思ったかということとは直接は関係がないのです。憐れに思ったとか、かわいそうだったからとか、感謝されてうれしかったとか、黙って見ていられなかったとか、気の毒に思う感情さえ入り込む余地がありません。自己満足や感謝されたいという感情は、いわずもがなであります。
よいことをする人の心の状態がどうなっているかということは、全然問題にならないレベルでのお話が、きょうのイエスのたとえ話なのです。慈善活動とかチャリティに関わるとき、自分がどう思っているかとか、心の中がきれいかどうかということは、全然問題ではありたません。
もっというならば、その行為自体が良いとか悪いとかといった倫理的判断さえもする必要がないほどです。明日を生きられない人が今目の前にいるとき、いろいろ考えて行動するというのではなく、我を忘れて、本能的に、無意識にその人に手をさしのべてしまっているということ。
別の言い方をすれば、このとき自分が消えているのです。このおこないをしているとき、自分というエゴはそこにないということなのです。自分を意識することから無縁なレベル。心さえも届かないレベル。人間が人間であるための、最も原初的レベルの出来事が、これなのかもしれません。聖なる領域という言い方だけがあてはまります。それがきょうの福音書に描かれている世界です。
ディアコニアという言葉をルーテル教会ではよく使います。これは、新約聖書の中に出てくる「奉仕」を意味するギリシャ語です。奉仕にせよディアコニアにせよ、要は働き、わざ、おこないです。2006年にエチオペアのアジスアベバで、ディアコニアに関するルーテル世界面例LWFの会議があり、出席する機会がありました。その会議で、LWFは福音の再定義をして、「ディアコニアが福音のコアである」という声明文を採択しました。ディアコニアが福音のコアというメッセージを短絡的に考えると、おこないが福音の中核であるというふうにも聞こえます。ルター派の教会は、福音を行いと結びつけるのは、とても慎重になります。おこないによって救われる、わざによって神の恵みを受け取る、という人間のおこない中心の救いという考え方へと進みかねないからです。その会議ではまた、ディアコニアの働きというのは改宗が目的なのか、という問いもありました。日本ではあまり宗教の改宗ということは大騒ぎにはなりませんが、イスラム教が根強い国などでは、クリスチャンのディアコニアの働きは改宗目的だ、などと非難されることもあるのだそうです。会議ではディアコニアという考え方をどう定義づけたらよいかということでかなり議論がありました。それは簡単なようで難しかったです。というのは、ルーテル教会が国教会の北欧やドイツなどでは、もうすでにディアコニアという名の下に、じつに多くの社会福祉の働きが行われているなど、それぞれの国の事情によっていろいろな展開の仕方があり、いろいろな文化的宗教的背景があるため、すべての人を納得させるような、ディアコニアの定義ができないのです。
ディアコニアとはいったい何か。あきらかにそこにはイエスの教えが反映されていることはたしかです。ディアコニアが福音のコアだというけれど、その福音のコアには何があるのか。私は、その答えがきょうのマタイ二五章のたとえ話の中にあると考えています。
自分の心の動きとか、自分にとっての損得や利害とかはいっさい問題にならない、自分が消えてしまっている働き。正しいとか悪いとかという倫理的判断をも寄せ付けない。ただ、そこに苦しんでいる人がいるから、神様に押し出されるままに、自分を意識することなく出てくるわざ。そこに福音のコアとしてのディアコニアがあるのではないでしょうか。そこでは人間の心理や下心、満足感や喜びはすべて消えています。伝道して教会に招こうという願いもありません。
その会議では、グループに分かれてディアコニアの定義を試みました。グループ内でまとまったひとつの見解は、「ディアコニアとは神の愛を映しだすこと」でした。ディアコニアは自分たちのわざではない。自分たちの愛が表れているものでもない。それはちょうど月と同じで、自分自身は輝いておらず、ただ太陽の光を浴びて、それを映しだしているに過ぎない。それと同じく私たちがなすディアコニアは、神様の愛を私たちが浴びて、その愛を私たちが映しだして、それを最も小さい者の人にとどけることなのです。
教会の暦の一番最後の主日、聖霊降臨後最終主日にて、わたしたちは終末といわれる時間軸の中でこのメッセージを聞きました。時の終わりという究極の次元で語られた、イエスのメッセージです。究極の次元でディアコニアが語られたのです。私たちは神の愛の光を、発光はしません。できません。私たちのうちにそれはないのです。けれども、教会に集って、主イエスのみことばを聞き、それにアーメンと答えて生きる私たちは、まがりなりにもこの光を反射させる映し鏡だったらなんとかなれるのです。
そのとき、おそらく私たちも神様に向かって尋ねるでしょう、「主よ、いつ飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか」と。普段いい加減な私たちですが、たぶん私たちはまがりなりにもしているのでしょう。キリストにつながりながら。そしてこれからもまがりなりにもしていくことでしょう。ただキリストにつながることで。おこないによって、言葉によって、そして祈りによって、神の愛を反射していきましょう。
— 2011年11月20日 むさしの教会にて 聖霊降臨後最終主日 説教 浅野直樹(市ヶ谷教会牧師)–
説教「『その日、その時』に備える」大柴譲治
マタイ福音書25:1-13
「 はじめに 」
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。
「 10人のおとめの譬え 」
本日は10人のおとめの譬えです。備えができていた賢い5人のおとめと備えができていなかった5人の愚かなおとめの違いは明らかです。「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」という最後の言葉がキーワードです。いつ「その日、その時」、つまり決定的な日が来てもよいように目を覚まして準備をしておく必要があると主は言われているのです。
ここで「10人のおとめ」とは「花婿たるメシア・イエスの到来を待ち望む者」のことを意味しています。花婿の到着が遅れるということは再臨が遅延していることを指していましょう。迫害の下にあった初代教会ではそれが大問題であったに違いありません。厳しい迫害の中で、信仰の炎(油)をなくしてしまった人たちは少なくなかったのでしょうか。「閉ざされた戸」とは最後の審判を指し、そこから救いへと入れられなかった者を意味します。確かに5人の賢いおとめたちだけが与ることができた「婚宴の席」とは、来るべき時代の喜びを意味していましょう。そこでは喜びの祝宴が約束されているのです。
この「油」とは何を意味するか。ルターはそれが「信仰」を意味していると言いました。またある人は、マタイ24:12に「終末時には多くの人の愛が冷える」とあることから、「愛の行い」を意味すると考えました。また、マタイ福音書が強調する「良い行い」を指していると考えた人たちもいます。しかし、「愛の行い」「良い行い」というものは最後の審判を前にして燃え尽きるのか、また、そうした行いは店で買うことができるのかというと、うまく説明することができない部分が残ります。
「目を覚ましている」とは「眠らないでいる」ということとは違うでしょう。賢いおとめたちも眠り込んでしまったのです。それは、起きている時にも寝ている時にも、常に「その日、その時」に備えて準備をしておくということでありましょう。
「 父クリストフ・ブルームハルトの馬車 」
19世紀後半から20世紀初頭のドイツに生きたクリストフ・ブルームハルトという牧師がいました。親子で同じ名前でしたので、「父ブルームハルト」と「子ブルームハルト」と呼ばれたりします。これは父親のブルームハルトについてのエピソードです。彼はいつも牧師館の庭に、まだ誰も乗ったことのない新しい馬車を用意していたそうです。今で言えば、車にガソリンを満タンにし、冬でもバッテリーが上がらないように怠りなく整備していたということになりましょうか。そして「あの馬車は何のためか」と人から尋ねられると、「主イエス・キリストが再臨される時、自分がそれに乗って直ちにそこに駆けつけて、主をお迎えするためなのです」と答えました。
私たちはこのエピソードを聞くとき、どのような思いになるでしょうか。エッと驚き、そんなバカなと吹き出してしまう部分も私たちの中にはあるかもしれません。あるいはその対極に、ハッとして、自分も自らの生き方を顧みなければならないと思う部分も私たちの中にはあるのかもしれません。ブルームハルトは、今日のような主イエスの言葉をそのまま信じて、いつ来るか分からない「その日、その時」に真剣に備えていたのです。今日は先ほど小児祝福式を行いましたが、ブルームハルトは「幼子のような信仰」に生きた人であったと言えましょう。
もちろん彼はそのように「純真な信仰」に生きようとした人でしたが、決して「単純な信仰者」ではありませんでした。彼は、神学だけでなく種々の領域に通じた知識人でした。私たちと同様に、深く懐疑的な時代精神の中に生きていた同時人でもありました。にもかかわらず、ブルームハルトはキリストの再臨に備えていつも新しい馬車を待機させていたのです。それが自分に与えられた使命であると信じたからです。ちょうど旧約聖書の創世記で、神の声を聞いたノアが大雨の降り始める前に箱舟造りを始めたのと同じです。多くの人の目にはそれがどれほど愚かに、異様に見えたことでしょう。ブルームハルトは、それらのことはみな承知していただろうと思います。愚かさを承知の上で、キリストの言葉をただ信じて、「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」と信じたのです。これがブルームハルトの信仰でした。
「 井上良雄先生の『神の国の証人ブルームハルト父子』 」
長くルーテル神学校で非常勤講師として教えたドイツ語の先生に井上良雄という日本基督教団の信徒がおられました。戦前は優れた評論家として活躍していたのですが、突然筆を折って評論家を辞められた方でした。そして戦後は、ただひたすら、カール・バルトという神学者の『教会教義学』を吉永正義先生と共に日本語に訳された先生です。吉永先生が「創造論」を、井上先生が「和解論」を訳されました。私もボンヘッファーやバルトの黙想などをクラスで読んでいただき、その真理への真摯な姿勢にいつも背筋を正される思いがしていたものです。その井上良雄先生が『神の国の証人ブルームハルト父子』という本を書いておられます。井上先生はカール・バルトの本を通してバルトが大きな影響を受けた人物ということでクリストフ・ブルームハルトという人の存在を知ったということでした。
特に父ブルームハルトは、パウロ同様、終末切迫を感じ取っていた牧師でした。だからこそ、主の再臨の時に直ぐ駆けつけることが出来るように自分の牧師館の庭に馬車を用意していたのです。ブルームハルトは、信仰の灯火が消えないように、その霊的エネルギーが切れないように魂に聖霊を充填することを怠らない、終末的な緊張に生きるということを日々の生活の中でとても大切にしていた人であったと申せましょう。
父ブルームハルトは「待つこと、急ぐこと」という彼の感覚をよく表す説教を書いています。「終わりの日を思う者は(しかも、その日に向かって急ぐかのように、終わりの日を身近なものとして思う者は)無気力な霊的怠惰や無関心や呑気さから守られる。われわれは急ぐ者として生きるのだ。われわれは、この世における全ての偉大なもの、生起するすべての力強いものに、無際限の価値を与えることはできない。われわれは、一切を、一層平静にまた気楽に眺める」。
そう言って、ブルームハルトは1コリント7章のパウロの言葉を引用するのです。「泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。この世の有様は過ぎ去るからです」(1コリント7:30-31)。
そして続けます。「その結果、われわれは、(地上のどんなに魅力的なものであっても)何事にも過度に巻き込まれることはなく、無我夢中になることがない。過度の感激や悲しみに我を忘れることはない。何事にも、過度の興奮や偶像崇拝的な態度で没頭することがない。… 心は、主が来たり給うということだけに固着する。彼が速やかに来たり給うことを渇望しつつ」。
井上先生はそれに対して次のようにコメントしています。「ブルームハルトは、この世におけるあらゆるものを暫定的なものとして見、相対化せざるを得ない。彼にとって地上の全ての現実は、やがて始まる大いなる朝の光の前に消えてゆく夜の闇に過ぎない」と。
ブルームハルトのこの終末的な姿勢は「待ちつつ急ぎつつ」という一言で表現されます。「待ちつつ急ぎつつ」? 「待ちながら急げるのか?」「急ぎながら待てるのか?」とも思います。そんな相矛盾する生き方が果たして私たちに可能なのでしょうか。油を備えて花婿の到来を待つというのは、「その日、その時」が近づくのを、終わりが近づくのを意識しながら、それに向かって自分を整えてゆくということを意味しています。
終わりは近づいている。「その日、その時」は必ず来る。そう聖書は私たちに告げているのです。私たちは教会暦の終わりを迎えようとしています。来週が聖霊降臨後の最終主日で、教会暦においては一年の終わりとなります。二週間後からはアドベント、待降節が始まり、新しい一年が開始されるのです。終わりを意識して、新しい一日を始める。身を正して主の到来を待ち望む。これが私たちに求められている生き方なのです。
「その日、その時」がいつ来るのかということは、私たちに死がいつ来るのか分からないように、私たちには分かりません。しかしその日、その時がいつ来るにしても、私たちは私たちの最後を主イエス・キリストにお任せすることが許されています。イエス・キリストにおいて準備万端に整えておくように、賢い乙女たちのように油を備えて待つように、ブルームハルトのように心の中に自分の馬車を用意して「急ぎつつ待つ」ように、私たちは日々の信仰の中に召し出されているのです。向こう側から私たちに近づいて来て下さるキリストを見上げて今を生きるよう招かれている。そのことを心に刻みつつ、近づきつつある主に向かって身を正して新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。
お一人おひとりの上に主の祝福をお祈りいたします。 アーメン。
「 おわりの祝福 」
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。
マタイ福音書25:1-13
(2011年11月13日 聖霊降臨後第22主日礼拝説教)
説教「空しく立ち尽くした者をも」大柴譲治
イザヤ55:6-9/マタイ福音書20:1-16
「 はじめに 」
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。
「「ブドウ園の譬え」のどこに焦点を当てるか 」
本日はイエスさまの「ブドウ園の労働者の譬え」です。これはよく知られた譬えで、1時間働いた者も12時間働いた者も等しく1デナリオン、つまり一日分の給与を主人から与えられるという話です。この譬えはこの世に生きる私たちの「常識」を、「賃金」を「費やした労働時間」や「達成した業績」から測ろうとする資本主義経済構造そのものを危機に陥れるような「危険な話」でもあります。ですから私たちは、早朝から汗水流して働いた者たちの不平を言いたくなる気持ちがよく分かります。「最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは!」 誰もが彼らの言葉をもっともだと思うのです。
しかし、イエスさまの譬えはいつも私たちに「あなたはどの立場からものを見ているのか」と鋭く問うてきます。「健康な者」「12時間働きづめに働くほどの強い体力を持った壮健な者たち」の立場から読むと彼らの不平不満はよく分かるのですが、もし「声無き者たち」の立場に自分を置いてみた場合に私たちはどう感じるでしょうか。
夕方5時に雇われた労働者たちも、恐らく、朝から仕事を求めてずっとあちらこちらの広場を渡り歩いていたに違いありません。しかし仕事を見出すことができなかったのです。もしかすると、彼らは体格が貧弱でいかにも力がなさそうに見えたのかもしれませんし、動作が遅かったり機転が利かなかったのかもしれません。高齢だったり身体的なハンディがあったのかもしれない。強健な者から雇われていったのです。彼らにも仕事をしたい気持ちはあっても、何らかの理由で誰にも雇ってもらえなかったのでしょう。彼らは、どうやって家に帰ろうかと思いながら、5時まで空しく広場に立ち尽くしているしかなかったのです。
6-7節に描かれた情景から彼らの思いがよく伝わってきます。「五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った」。主人からこの言葉をもらった時、彼らはどれほど有り難かったことでしょうか。彼らにも養うべき家族があったはずです。家には家族が空腹で父親の帰りを待っているかもしれないし、老いた両親を妻が看病しているのかもしれない。その背後には様々な人生が感じられます。朝から夕方の5時まで空しく立ち尽くした人たちの気持ちを私たちは容易に想像することができるように思うのです。
「 「神」の「深い憐れみ」 」
しかしそのように声を発することなく空しく立ち尽くしていた者たちを、主人は「はらわたが痛む」ほど深く憐れに思ったに違いありません。最後に来た1時間しか働かなかった労働者たちにも同じように1デナリオン、つまり一日分の給料を与えたブドウ園の主人。最後まで力なく立ち続けていた労働者たちの苦しい思いをこの主人は深く受け止めたのです。
それを見て不公平だと不満をぶつけた朝から働いた労働者に対して主人はこう言います。「『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ』(13-14節)。主人の深い憐れみの心に触れた人々たちはどれほど深く心を揺さぶられたことでしょうか。これが毎日続くと人間は次第に堕落してゆくのかもしれません。皆が5時に広場に集まるようになってしまうかもしれません。しかしこの譬えが一番言いたいことから話を逸らさないようにしたいと思います。この譬えの中心は、「ブドウ園の主人」の、「弱い立場に置かれた人々」に対する「深い共感(=憐れみ)と愛」、そして具体的な「援助」という点にあります。
これは私たちに大きな気づきとを与えるイエスさまの譬えだと思います。イエスさまの譬えはいつもそうなのですが、私たちの心の琴線に深く触れてきます。それはブドウ園の主人である神さまが私たち人間一人ひとりの存在をどれほど大切に思っているかということを表しているからです。どれほど無力で惨めであっても、働くことができなくても、病弱であっても、寝たきりであっても、年老いていても、人生に失敗ばかりしていても、あるいは人間関係に苦しみ、空しく一日中立ち尽くすほかないような状況にあったとしても、神さまは等しく私たち一人ひとりを、ご自身の深い憐れみのゆえに、その空しさの中から探し出し、見出してくださる! そのような窮境から私たちを救い出してくださり、神さまのブドウ園の中に置いてくださるのだということを私たちはこの譬えの中に読み取ることができるのだと思います。「あなたはわたしの眼に価高く、貴い。わたしはあなたを愛している」というイザヤ書43:4のみ言葉を想起します。この神の愛と出会うこと、このような神の愛に捉えられていることに気づくことが最も重要なのです。
「Doing(行為)の次元ではなく、Being(存在)の次元で」
Doingの次元ではなく、Being、存在そのものの次元で、神さまは私たちを愛してくださっているのだということをイエスさまはこの譬えで私たちに教えておられるのです。「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」(16節)という言葉が最後にありますが、それは一番最後になった者、最も小さき者、最も弱い者、最も貧しい者、最も苦しんでいる者に対する神さまの優先的な選びがあるという宣言です。これに対して人間は不平を言うことはできない。それは、「自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか」(15節)と言われているように「主権者である神の自由」に属する事柄なのでしょう。ヨハネ3:16が宣言するように、「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それはみ子を信じる者が一人も滅びないで永遠の生命を得るため」なのです。
能力の高さや業績の量や体力の強さや知恵や知識の深さや、ましてや若さなどではなく、私たちには生命の重みという次元において等しく神さまから恵みとしての一デナリオンを与えられているということだと思われます。一デナリオンは労働者一日分の賃金であると言いました。一家族が一日生活できるお金です。「われらの日ごとの糧を今日も与えたまえ」と主の祈りでは祈りますが、かつてイスラエルの民が荒野において天からのマナ(日ごとの糧)によって生かされたように、私たちは神の恵みによって日ごとに生きる、生かされるのです。ここでの一デナリオンとは神さまの無償の恵みを表しています。それは自分の努力で獲得したものではありません。当たり前のものでもないのです。それに値する何ものかが私たちの中にあるからでもありません。それは神さまからの一方的で、絶対的に無条件の恩寵なのです。溢れる恵みなのです。それに気づく時に私たちは、神さまの恵みの光の中で一人ひとりが空しく立ち尽くしていたところから呼び出されて神のぶどう園で働く者とされていることを知るのだと思います。
それは本日の旧約聖書の日課であるイザヤ書が預言していた通りです。「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると、主は言われる。天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を、わたしの思いは、あなたたちの思いを、高く超えている」(イザヤ55:8-9)。
独り子を賜るほどにこの世を愛してくださったお方のこの呼びかけの声を心に響かせながら、ご一緒に新しい一週間を踏み出してゆきたいと思います。ここにお集まりのお一人おひとりの上に神さまの恵みが豐かにありますようお祈りいたします。 アーメン。
お一人おひとりの上にそのような確かなキリストの愛と平和がありますように。アーメン。
「おわりの祝福」
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。
イザヤ55:6-9/マタイ福音書20:1-16
(2011年10月9日 聖霊降臨後第17主日礼拝説教)
説教「耳を澄ませて」大柴譲治
イザヤ55:10-11/マタイによる福音書13:1-9
はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。「船上の説」
イ エスさまはたとえ話の吊人でした。そのたとえは聴く者の心に残ります。本日のたとえは舟の上から岸辺に立っている群衆に向かって告げられています。「山上 の説教《ならぬ「船上の説教《ですね。そう思うとイエスさまは、ずいぶんよく通る大きな声を用いて話されたのだろうと思います。「種を蒔く人のたとえ《と なっていますが、むしろこれは内容から言えば「蒔かれた種のたとえ《です。また、本日の日課でもう一点気がつくことは、イエスさまの「動作 《が印象に残る仕方で記されているということです。①「(おそらくシモン・ペトロの家でしょう。カファルナウムでイエスさまは主としてそこに滞在していた ようです)家を出て《、②「(ガリラヤ)湖のほとりに座っておられた《イエスさまが、大勢の群衆がそばに集まって来たので、③「舟に乗って腰を下ろされた 《とあります。恐らく舟を誰か(漁師であった12弟子のペトロかアンデレ、ゼベダイの子のヤコブかヨハネでしょうか)にこぎ出させたのでしょう。そしてそ こから④「岸辺に立っていた群衆《に「種まきのたとえ《を語り始められたのです。
「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。(4)蒔いている間 に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。(5)ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。(6)しかし、 日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。(7)ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。(8)ところが、ほかの種は、良い 土地に落ち、実を結んで、あるものは百倊、あるものは六十倊、あるものは三十倊にもなった。(9)耳のある者は聞きなさい。《
パレスチナでは当時は種を蒔いた後にそこを耕すという習慣があったようです。「蒔かれた種《自体に違いがあるわけではありません。どの「種《にもそれぞれ成長する力が祕められているのです。それが蒔かれた「場所《が問題でした。
① 「道端に落ちた種《は鳥に食べられてしまいますし、②「石だらけで土の少ない所に落ちた種《は芽を出しても日が昇ると焼けて根がないために枯れてしまいま す。③「茨の間に落ちた種《は茨が伸びてそれにふさがれてしまいます。それに対して、④「よい土地に落ちた種《は実を結んで、土地の肥沃さに応じて、ある ものは百倊、あるものは六十倊、あるものは三十倊にもなって大きな収穫をもたらしたというのです。
このたとえが何を意味しているかについては、この後の18節以降になりますが、イエスさまご自身が弟子たちに説明されていますので明らかでありましょう。そこにはこう記されています。
「だ から、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものと は、こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉の ために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさい で、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倊、あるものは六十倊、あるものは三十倊の実を結ぶのであ る。《(マタイ13:18-23)
私たち自身がどのような土地であるかがそこでは問われています。この主の言葉の前では、私たちは自分が「良い土地《ではなく、むしろ「道端《であり、「土の浅い土地《であり、「茨の生い茂る土地《でしかないということを知らされるように思います。
土井洋先生の説教題「蒔かれた種」
先 週の月曜日、説教研究会の合宿を信州の長野県原村にある塩原久先生のご自宅で開いていたときのことです。塩原先生は牧師を引退されてから2000年にペン ションのようなご自宅を建てて「キリエエレイソン《と吊付けられました。以前にシャロンの会でも泊まりにゆかれたことがあると伺いました。その塩原先生の ご自宅で説教研究をしていた最中に高蔵寺教会の土井洋先生が天に召されたという連絡が入りました。土井先生は、渡邉純幸先生や星野徳治先生 と並んで、説教研究会の創始者のお一人でもあります。ブラジルの第三代宣教師として第二代宣教師の塩原先生の後を引き継がれた方です。長く小岩教会の牧師 でしたので、教区常議員を務められましたので、その温厚で柔和なお顔をご存じの方も少なくないと思います。北海道の池田のご出身で、ギターを弾き語りしな がらベサメムーチョを歌うのが得意な先生でもありました。どこに行かれても場を和ませる宴会部長でもあったのです。私にとってはユーモアの師匠でもありま した。
来年の3月には定年退職を迎えることになっていて、お嬢様の住んでおられる青梅あたりに居を移されることを楽しみにされておられました。
2 月の10日に肝臓にかなり進行した癌が見つかり、闘病生活が始まりました。ひと言も弱音を吐かずに治療を受けられたと伺いました。治療が功を奏して春頃に はかなり劇的な寛解状態もあったのですが、6月に入ってから再度しばらくご入院をされたそうです。原仁兄が6月末に幼稚園(こひつじ園)の講演会にも行か れたときにもご入院中でした。入院先から毎週日曜日に説教壇に立たれたそうです。退院後、7月17日の礼拝説教をして、7月18日(月)の教会の信徒修養 会で説教された次の日にご入院されました。奇しくも7月18日は土井先生の70歳のお誕生日だったということです。そして25日(月)の午後3時50分、 ご家族の見守る中で安らかに主の身許へと帰って行かれたのです。
そのお写真と棺に安らぐ先生のお顔は平安に満ちておられました。27日 (水)、28日(木)と愛知県の高蔵寺教会で鐘ケ江昭洋先生によってご葬儀が行われました。それは「告別式《とは呼ばず、「前夜記念礼拝《と「召天記念礼 拝《と呼ばれる礼拝でした。東海教区東教区から牧師たちが両方の礼拝を現職と引退で合わせて40人近くは集まったでしょうか。大勢の方が集まられたことの 中に土井先生の柔和なお人柄がよく表われていたと思います。前夜記念礼拝の前には保育園の園児たちが保護者と140人ほどが集まってお別れの時をもったと いうことでした。
鐘ケ江先生の説教の中にあったエピソードですが、土井先生には熱血漢なところがあって、1970年の学生紛争たけなわの 頃、東京神学大学に入ろうとして機動隊が間違って隣りにあるルーテル神学大学に入ってきたことがあったそうです。装甲車がバリケードを破って入って来るの を見て、土井先生はやおら装甲車の前に走っていってその前面を蹴飛ばしたことがあったそうです。そして追いかけてくる機動隊員を尻目に走って逃げたのだそ うです。後になって機動隊からは東神大と間違って入ってしまい申し訳ありませんでしたという謝罪の言葉が届いたと言うことでした。
高蔵寺教会の前の看板には本日の7月31日の説教題が出ていました。そこには「蒔かれた種 土井洋牧師《と書かれていました。ヨハネ12:24には主の有吊な言葉が記されています。文語訳で引用します。
「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」。
イ エスさまご自身が十字架の上で一粒の麦として死んでくださったことを指し示す言葉です。青田先生がJELCを代表してご挨拶に立たれ、その中で「ブラジル の地では夜に南十字星が輝きますが、よみがえられたキリストと共に、土井洋先生もその星のように光り輝いておられるのだと思います《と結ばれた言葉は聴く 者の心に響きました。豊かな大地に蒔かれた福音の種は豊かな実を結ぶことを約束されているのです。
お嬢様は鐘ケ江先生の息子さんと8年前にご結婚されたのですが、上思議なことにちょうど先生のご病気が分かったころに新しい生命を授かったということでした。上思議なかたちでいのちは受け継がれて行くのですね。
私たちを造り変えてくださるキリストの愛
し かし私たちはこのたとえをもう一つ深く見て行かなければなりません。これは終末的な神の国の到来を前提として語られたたとえでした。終わりの日を迎えたと きに私たち自身の存在が豊かな実りをもたらすものとして、祝福に与るものとして用いられて行くことを意味しているのだと思います。私たちは 自分自身を省みるときには自分が「豊かな土地《ではなく、「道端《であったり「石地《であったり、「茨の生えている場所《であるということを知っていま す。福音の種がなかなか深く根付かないでいる自分自身のありようを自覚しているのだと思います。そのような私たちの頑なな心を耕して百倊、六十倊、三十倊 の実りをもたらす肥沃な土地にするために主イエス・キリストはこの地上に来てくださったのです。
ルカ福音書13:6-9には「実のならないいちじくのたとえ《が記されています。
「あ る人がぶどう園にイチジクの木を椊えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このイチジクの木に実を探しに 来ているのに、見つけた試しがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』 園丁は答えた。『御主人様。今年もこのままにしておいてくださ い。木の回りを掘って、肥やしをやってみましょう。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもダメなら、切り倒してください。』《
こ のように執り成し、一生懸命実を実らせるために働く園丁こそ、私たちのために十字架に架かってくださった主イエス・キリストなのです。道端や石地や茨の地 を豊かな肥沃な土地へと変えてくださるのは、カナの婚礼で水を上等のワインに変えてくださったお方の愛なのです。別の見方をすれば、私たちの中に蒔かれた 福音の種が豊かな実を結ぶように主イエスは関わり続けてくださるのです。ワインが大好きでもあられた土井洋先生の柔和で極上の笑顔とユーモアはそのような 復活の主の愛を表わしていたのだと思います。キリストの愛が私たちをトランスフォームしてくださるのです。
牧師として葬儀に関わらせていただく中で感じることは、私たちはキリストを信じる信仰によってそのような祝福された終わりが訳されているということです。
「エッファッタ!《「シェマー・イスラエル!」
主は本日のたとえの一番最後のところでこう言われています。「耳のある者は聞きなさい《(9節)。「耳のある者は聴きなさい《とは「心の耳を開いてこのたとえの意味を悟りなさい《ということでしょう。主の声が私たちの心の耳を開くのです。「エッファッタ!《と言って耳が聞こえず舌の回らない人の耳を開かれたように(マルコ7:34)、主が私たちの閉ざされていた耳を神のみ声を聴くことができるように開いてくださるのです。
「シェマーイスラエル(聴け、イスラエル)!《です。「聴け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい《とある通りです(申命記6:4)。
私たちがこのように礼拝に集い、み言葉に耳を傾けるのも、主が私たちの心の耳を開いてくださるためであるということを覚えたいと思います。この新しい一週間も、お一人おひとりの歩みが、耳を澄ませて、主のみ声に聴き従う者でありますようお祈りいたします。
最後に本日の旧約聖書の日課をもう一度お読みして終わりにします。
雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、
芽を出させ、生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとにも戻らない。
それはわたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。
(イザヤ書55:10-11)
おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。(2011年7月31日 聖霊降臨後第七主日礼拝説教)
説教「飼い主のない羊へのケア」大柴譲治
マタイによる福音書9:35-10:15
はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。主の「深い憐れみ」
本 日の福音書の日課には主イエスが精力的に活動する様子が述べられています。「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあ らゆる病気や患いをいやされた《(35節)。それはどのような思いからなされたのか。36節には「深い憐れみからなされた《と記されています。「また、群 衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた《。この主の「深い憐れみ《が本日のキーワードです。先 週も少し触れましたが、この「深い憐れみ《という言葉はギリシャ語で「スプラングニゾマイ《という語ですが、日本語の「同情《とか「憐憫《とかいった静的 なものではなく、もっとダイナミックな動きを伴うものです。それは「内蔵(はらわた)を表す語から来ていて、はらわたのよじれるほどの強い痛みを伴うもの なのです。日本語には「断腸の思い《という表現がありますがそれと同じです。
「飼う者のいない羊のような群衆の困窮《「弱り果て、打ちひし がれている《痛み苦しみを、主イエスはご自身の存在の中心(はらわた)で、それがよじれるほどの鋭い痛みをもって受け止められたということです。羊には自 分を守り、緑の牧場、憩いの水際に導く羊飼いが必要です。そのような「弱り果て、うちひしがれている人々《を真の牧者である主は、その深い憐れみのゆえに 放ってはおけなかったのです。
「胃がビクビク動くんだよね」
私はこの「スプラングニゾマイ《という言葉に関して忘れ ることができないエピソードがあります。それは1985年の9月、私が神学生の最終学年で築地の聖路加記念国際病院で3週間の臨床牧会教育 (Clinical Pastoral Education、以下はCPEと略)を受けていたときのことです。それは病床訪問をして会話記 録を起こし、ピア(仲間)メンバーグループで検討するという とてもハードな実習でした。病院というところは病気で苦しむ人たちが入院している場所です。特に聖路加病院は癌や小児白血病の治療のために全国から難病患 者が集まってくる病院でしたから、神学生にとっては突然何も持たずに現実の修羅場に投げ込まれるような緊張感を伴う実習でした。何をすればよいのか、どこ から手をつけてよいのか、自分の無力さを強く感じながらも、オロオロ右往左往したり、緊急事態に走り回る看護婦さんやお医者さんたちの間で呆然と立ち尽く していたこと等を今でも鮮やかに思い起こします。しかし上思議なものですね。そのような私がその最初のCPEで自分自身に大きな課題を与えられて、それに こだわり続けたからこそ今の自分がいるわけですから。
困難であったのは病床訪問だけではありません。患者さんとの会話記録を書いたものをグ ループの中で検討してゆくときに、そこに私自身の姿が映し出されてゆくのです。なぜ相手の気持ちをキチンと受け止められないのか、なぜそこから逃げようと しているのか、なぜ相手をコントロールしようとしたり、相手に自分を押し付けようとするのか、等々、会話記録をチェックしてゆくとその背後にある自分自身 の思いが鏡に映し出されるように明らかにされてゆきます。それは驚きの体験であり、打ち砕かれるような体験でもありました。私はそれまでにいのちの電話の 傾聴訓練を一年三ヶ月受けていましたし、既にカナダ・ラングレイでの一年間のインターンと熊本・神水教会での七ヶ月のインターンも終了していましたので、 ある程度自分は他者とのコミュニケーションができていると思っていたのです。それゆえに尚更、それが十分にできていない自分の姿を示されたことはショック でもありました。
その時のCPEスーパーヴァイザーは、聖公会の司祭であり、聖路加国際病院のチャプレンでもあった井原泰男先生でした。私 自身はその時、スーパーヴァイザーに対して複雑でアンビバレントな思いを持ちましたが、結局その最初のCPEで示された自己の課題と格闘し続けてきたよう に思います。その意味で聖路加病院での体験は忘れることができないものでした。
私にとって最も印象的だったことの一つは、井原先生が雑談の 中で言われた言葉でした。「僕はね、患者さんと話していて大切なところに来ると、なぜか胃がビクビク動くんだよね。《「本当かなあ《と思うと同時に実際に そのような聴き方があるのかと驚かされました。その時初めて「そうか、はらわたがよじれるような聴き方とはこのようなことを言うのか《何かストンと腑に落 ちたような気がしたのです。頭ではなくはらわたで聴くということ。本日の福音書の中のイエスさまが「飼い主のいない羊のような群衆を見て深くあわれまれた 《という表現がそこでストンと紊得できたのでした。井原先生の「胃がビクビク動く《という表現はそれと同じと思いました。イエスさまはさぞかし胃が痛んだ のではないかと思います。
人が実際に他者に対してそのように深く共感的な聴き方、関わり方が可能なのだ ということは私にとっては一つの天啓でもありました。そして「そのようになりたいけれど本当にそうなることができるのか《という思いを持って今まで25年 歩んできたのでした。最近になってようやく「はらわたで聴く《ということが少しずつ分かってきたような思いがしています。胃がビクビクと動くというところ まではまだないのですが、はらわたにズンと響くような思いで他者の声に耳を傾けることが、時折ですが、あるように思います。
そのような「深 い憐れみ《をもって主イエス・キリストは「弱り果て、打ちひしがれている者たち《の思いを受け止めてくださるのです。あのステンドグラスに描かれているよ うに、私たちはそのように深い憐れみと愛をもって私たちと関わってくださる羊飼いと出会うことができたのです。
12弟子の選出と派遣
飼 う者のない羊のような群衆を見て深く憐れまれたイエスさまが次になにをされたかというと、12弟子の選出と派遣でした。「収穫は多いが、働き手が少ない。 だ から、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい《(37-38節)と弟子たちに言われた後に、主は「十二人の弟子を呼び寄せ、汚 れた霊に対する権能をお授けになった《とあります。それは「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすため《でありました(10:1)。私たちがキ リスト者として召し出されているのは、主の憐れみの御業に参与するためなのです。私たちも胃がビクビクするような深い憐れみをもってこの世に関わるよう召 し出されているのです。本日の旧約 聖書の日課・出エジプト記19章には、神がイスラエルを「宝《「祭司の王国《「聖なる国民《とすると言われていますが、深い憐れみを通してアブラハムが諸 国民のための「祝福の基/源《として選ばれたことも、このような憐れみの御業をこの世において示すためでした。私たちが果たして「汚れた霊 に対する権能《を授けられていて「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやす《ことができるだろうかと思うと、どうもそこまではできないとようにも 思いますが、それは人の思いでありましょう。主が深い憐れみから癒しの御業や奇跡を行われたことを 覚えるとき、私たちも具体的な生活の中でそのような主の上思議な御業に参与することになるのだと思います。そもそもこの有限な生命を生きている私たちが、 キリストを信じる信仰を与えられて、永遠の生命に与ることができていること自身が奇跡なのだと思います。キリストが私たちを汚れた霊を追い出し、あらゆる 病気や患いを癒すために立てているのだとすれば、そのように私たちは用いられてゆくのだろうと思います。現実には悲しみばかりなのですが・・・。
昨 日東京池袋教会で開かれた宣教フォーラムで当教会員のN・Tさんがパネラーのお一人として発題をしてくださいました。主題は「主よ、憐れんでください《と いうもので、神学校の江藤直純先生が主題講演者でした。Nさんはご主人が病気になられてからの五年間のことをお話し下さいました。ご主人のN・Aさんは、 ある日突然に大動脈瘤乖離という難病で倒れたのです。奥さまを中心とするご家族の献身的な看護を得る中、筆舌に尽くしがたい困難な時を経て、奥さまの祈り に答えるようなかたちでご主人は洗礼に導かれ、何度も山場を乗り越えて、五年間、家族との深い交わりの中に置かれました。そして下のお嬢様が結婚、そこに 与えられた孫娘の顏を見て、またご自身の100歳のお母様が亡くなられたことを知って三日後に、実に安らかな笑顔の中でこの地上でのご生涯を終えて天へと 召されてゆかれたのです。そこには確かに生きて働いておられるキリストの祈りがあったと仲吉さんはお話しくださいました。
飼い主のない羊 のような群衆を見て深く憐れまれたイエスさまは、あのステンドグラスに描かれているように羊飼いとしての深い憐れみと愛とをもってそのような羊に関わって 下さるお方なのです。遠くにある羊とは思わず、自分の近くにいる、自分と深い関わりを持つ羊であると見なして下さるのです。マザーテレサは言いました。 「愛の反対は憎しみではない。無関心だ《と。無関心、無関係、無感動こそが愛の対極にあるのです。主が病いや貧しさや愛する者との別離の中に置かれている 苦しみ痛む者たちに深い憐れみを持って下さるということは、その隣人となってくださると言うことです。主こそが深い憐れみによって強盗に襲われて倒れてい た旅人に近つ?いて真の隣人となった「よきサマリア人《なのです。
振り返ってみれば、私は牧師として25年間、家族の絆、愛の関わりの中 で、少なからぬ奇跡を見ることが許されたように思います。無数の人間が存在するこの地上で、私たちの出会いは、特に家族としての出会いは奇跡であると感じ ます。無関心というものが蔓延しているこの世の只中で、私たちが主の深い憐れみの中で互いに「神の宝の民《として出会うことが許されているということ、互 いにはらわたが痛むほどの深い共鳴関係の中に出会わされているということは、これは実に上思議な「神の恩寵の事実《であると言わなければならないと思いま す。そこには確かに復活の主が生きておられ、「飼うもののいない羊のように、弱り果て、うちひしがれ《ている者たちに深い憐れみを持って働きかけてくだ さっているのです。
聖餐への招き
本日は聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしの身体《「これはあな たの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約《。こう言って私たちにパンとブドウ酒を差し出してくださる主イエス・キリスト。これこそ私たちを 招くわたしたちの羊飼いである主の胃がビクビク動くような深い憐れみの御業です。この憐れみの御業、復活の主の牧会の御業に参与するよう私たちは召し出さ れています。私たちも主の手足としてこの世に派遣されているのです。主は私たちを通してその憐れみの御業を行い続けておられます。そのことを覚え、そのこ とを深く味わいながら、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に主のみ力が豊かに注がれますように。 アーメン。おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。(2011年7月3日 聖霊降臨後第三主日聖餐礼拝説教)
説教「『神の愚かさ』に生かされて」 伊藤節彦神学生
マタイによる福音書28:16-20
はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。【起】
旧 約聖書には多くの預言者が登場致しますが、それぞれに特徴のあるメッセージを語りました。「義なる神」を説くアモスやミカ、「愛の神」を指し示すホセア、 そして「神は聖」なるお方であると語ったのがイザヤでありました。旧約の日課でお読み頂いた箇所では、「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主」とあり、正にそ のことを示しております。この神の聖、聖さとは、対峙する者に畏怖の思いと自分の汚れを呼び覚まします。罪人に過ぎない自分が聖なる神の前にただ一人立つ 時、畏れが生じます。御前に立ち得ない罪を知るのです。それ故にイザヤは「災いだ、わたしは滅ぼされる」と畏れたのであります。今日は三位一体主日であります。教会暦ではイエス様のご生涯を振り返るアドベントから昇天主日までの半年と、ペンテコステから始まる聖霊の働きである教会の半年に大きく分けられます。その丁度変わり目に三位一体主日が置かれているのです。
三 位一体という教理はキリスト教の要であり、正統と異端を区別する試金石であります。しかし、何十年信仰生活をしていても、たとえ神学を学んでさえも、三位 一体を口で説明するのはとても難しいのではないでしょうか。それもそのはずで三位一体は合理的説明を超えた体験的真理であるからなのです。ですから、説明 は出来なくても信仰生活の中で、実感として皆様も受け容れていらっしゃると思うのです。
ルターは小教理問答書の中で使徒信条を3つに分け て、父なる神の働きを創造、子なるキリストの働きを救い、そして聖霊の働きを聖化・きよめであると説明しました。ですからルターは使徒信条を要約して「私 は、私を造りたまいし父なる神を信じる。私は、私を贖いたまいし子なる神を信じる。私は、私を聖化したもう聖霊を信じる」と語り、ひとりの神とひとつの信 仰、けれども三つの位格であることが大切であることを示しました。
先週行われたペンテコステの祝会で八木久美さん達がゴスペルマイムを披露して下さいました。3名の方が異なる動きを示しながら一つのメッセージを表現しているその姿は、三位一体の神様の本質をよく表しているように私には思えました。
【承】
しかし、私達はやはり三位一体といっても、父と子については分かるような気がしますが、聖霊についてはよく分からないのではないでしょうか。聖霊の働きを考える時に私が思い起こす、一つの短いけれどもとても深い詩があります。皆様もよくご存じの星野富弘さんの「美しく咲く」という詩です。
お読み致します。
美しく咲く
花の根本にも
みみずがいる
泥を喰って
泥を吐き出し
一生土を耕している
みみずがいる
きっといる
聖霊をみみずと一緒にするなんて、不謹慎極まりない気もするのですが、この詩を読んだ時に、ああ、そうなのかあ、という深い共感が与えられたのです。
星 野さんは土を掘り返してミミズを実際に見てこの詩を書いた訳ではありません。美しく咲いている花を見て、みみずがいる、きっといる、そう感じたのです。み みずは暗い土の中で、誰にも顧みられずに、かたい泥を食べてはそれを柔らかにし、有機的な土として吐き出します。ですからミミズのいる畑や花壇には良い土 が生まれ、そこでは豊かな実やきれいな花をつけることが出来るようになるのです。星野さんの感受性の鋭さは、目に見える花の美しさの中に、目に見えない土 の中に、みみずがいることを感じられるところにあります。
同じように、私達人間の心の暗闇の奥底で、聖霊が私達の頑なな心を少しずつ、しかし確実に打ち砕かれた魂へと変えて下さる。み言葉の種がそこで成長できるように、豊かなものへと造りかえて下さっていると思うのです。このことは私自身の実感として迫ってきます。
以 前に「むさしの便り」に書きましたように、私は18歳の時に一度、改革派の神学校に進む決意をしました。その当時の私の召命感は、自分は献身に相応しい者 だという自負心によるものでした。幼い頃に生死をさ迷う病気を患い、奇跡的に命をつなぐことが許された私は、自分は神様のご用のために生かされているのだ という思いで満たされていたのです。しかし、私の母教会の長老会は、そのような私の性急さや自負心に、ある種の傲慢さのようなものを感じたのでしょう。学 業を続け、更に社会経験を積んだ後でも遅くないという判断をしたのでした。当時の私は、なぜ献身したいという若者の心を鈍らせるのかと、その判断に不満を 抱いていました。
丁度同じ頃、私には寮生活を共にし、クラブも一緒だったある親友がいました。彼とは聖書についてもよく議論し、明け方まで 話し込んだことも何度もありました。彼は真剣にキリスト教の信仰を求めていました。私も彼に何とか、自分が信じている信仰を伝えようとしましたが、理性的 な信仰理解にこだわる彼には、その決断がつかないままにお互い卒業を迎えることとなり、連絡が途切れてしまいました。その彼が卒業後、数ヶ月して自ら命を 絶ったのです。遺書も残されておらず、彼が死を選んだその理由は未だに分かりません。ですから友人達だけでなくご遺族に至っては、悲しみと未解決なまま残 された罪責感の二重の苦しみを負うことになりました。私自身この出来事を通じて、自分は一体彼の側にいながら、彼の心をどれだけ理解していたのだろう。親 友の一人にも福音を伝えきれなかった自分が、献身するということはおこがましすぎる、自分はそのような器ではないのだ、そのように自分を責め、自分自身を 裁いてきたのです。そのことがあってから、もう一度自分自身の信仰を見つめ直したいという思いが強くなり、母教会を離れ色々な教会を訪ねる中で、ルーテル 教会との出会いが与えられたのでした。ルターの語る「義人にして同時に罪人」は、50%義人で50%がまだ罪人であると言うことではなく、100%義人に して100%同時に罪人であるという一見矛盾と思われる真理の中に、救いとは全く神様の業であるという恵みが語られているのです。その恵みを私はルーテル 教会で知ることが出来たのでした。
【転】
さて、マタイ福音書の28章は大宣教命令で知られている箇所であります。 19節の「あなた方は行って、全ての民を私の弟子にしなさい」という言葉は大きな力で、この二千年間、福音宣教を推し進める原動力となってきました。日本 に宣教に来たフランシスコ・ザビエルもその一人だったのです。しかし、マタイはこの大宣教命令を自らの福音書を閉じるために華々しく飾りませんでした。こ の主イエスの命令の光と共に、弟子達の不信仰の闇をも描いているのです。マタイは16節の出だしを「さて、十一人の弟子達は」と書き始めま す。弟子達が登場するのは久しぶりのことなのです。そう、あのゲッセマネでの主イエスの捕縛以後、弟子達はちりぢりに逃げてしまっていたからです。そして この長かった数日の間に、ユダは自殺し、ペトロが裏切り、弟子達は逃げ去り、主イエスは十字架に架かって死んでしまわれたのです。ですから、この十一人の 弟子達という表現には、実に言いがたい敗北感が漂っているように思えます。しかし、マタイはそのような十一人をただの挫折者として、この場に再び登場させ たのではないのです。10節には復活の主イエスが女性達に現れてこう告げるのです。「恐れることはない。行って、私の兄弟達にガリラヤへ行くように言いな さい。そこで私に会うことになる。」
ここで主イエスは弟子達を私の兄弟と呼ばれるのです。この言葉の中に、既に弟子達の裏切りや不信仰に対 する赦しが与えられていることが分かります。しかし、尚も17節には弟子達は「イエスに会い、ひれ伏した、しかし疑う者もいた」とあるのです。この疑うと いう言葉は、信じたい気持ちと信じられないでいる気持ちの狭間で揺れ動き心が二つに裂かれる状態を表しています。同じ言葉はもう一箇所、マタイ14章で用 いられています。あのペトロが水の上を歩いて途中で溺れそうになる場面です。強い風に恐くなって主イエスのみ言葉への信頼を失いかけた、あのペトロの迷い が、今ここで弟子達を襲っているのです。しかし、溺れそうになったペトロに、主イエスが自ら近寄り手を差し伸べて下さったように、今ここでも、主イエスが 自ら弟子達に近寄ってこられてみ言葉を語られるのです。
18節で主イエスは、弟子達に近寄って来て言われます。「わたしは天と地の一切の権 能を授かっている」。ここで権能と訳されている言葉は、主イエスが宣教を始められた最初にサタンから受けた三つの誘惑の一つに出て来る、「もしひれ伏して 拝むなら、この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう」(ルカ4:6)、ここで使われている権力という言葉と同じものです。主イエスのご生涯はこのサタンの 誘惑との闘いの連続であったといえましょう。王のような権力があれば、福音宣教はたやすく行うことができたでしょうし、貧しい者や病気の者を多く助けるこ とができたことでしょう。そして弟子達を始めイスラエルの人々はそのようなメシアを待ち望んでいたのでした。しかし、主イエスはこの権力・権能をサタンか らではなく、父なる神から十字架という神の御旨に従うことで与えられたのです。
中国の諺に「嚢中の錐」というのがございます。嚢とは袋のこ とですから、袋の中に穂先が鋭い錐を入れておけば、袋を破ってしまいます。そのことから、才能のある者はたちまち外に現れてくるという意味の諺です。しか し、この言葉を北森嘉蔵先生は神様と私達の関係になぞらえて次のように語るのです。人間を愛したもう神様は手まりを包む袋のように私達を包もうとして下さ る。しかし錐のように、触れるものを傷つける罪を持っている私達はその袋を突き破ってしまう。そこに破れが、傷が、そして痛みが生まれる。これこそが十字 架なのである。そう語るのです。
三位一体の神様とはこのようなお方なのです。父なる神は、私達を創造したまま放っておかれない。命を与えて 下さったお方は、その命をこよなく愛され、滅びることをお許しにならないのです。だからこそ御子が十字架を担われたのです。聖霊が私達の心を打ち砕き、き よめ、命の道へと導いて下さるのです。
【結】
パウロは「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、 私達救われる者には神の力です」(Ⅰコリ1:18)と語り、更に「神は宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです」(Ⅰコリ 1:21)とさえ語るのです。十字架は躓きであり最も愚かなものの象徴であります。この愚かさを神の子キリストが生きて下さったのです。それは他でもない 自分を裏切ったペトロを始めとする弟子達のためであります。そしてその中には、陰府にまで下られた主イエスはユダにまでその福音を伝えて来たと思うのであ ります。ですからマタイが十一人と書いたその理由は、脱落者を暗示する敗北感からではなく、そこにいないもう一人の弟子さえ含めて私の兄弟と呼びたもう主 イエスの愛を伝えんがためだったと思うのです。そのような主イエスだからこそ、十二人目の弟子として、兄弟として、皆様方を、そしてこのような私をも召し 出して下さったのです。最初の献身を志した18から神学校に入学した44歳までの26年間、聖霊なる神は私の傲慢さで堅くなった魂の泥を食べ続けて下さ り、改めてその召しだしの御声に聴き従う、打ち砕かれた心をお与え下さったのです。また親友に福音を伝えられなかったと自分を責める私に、救いは主イエス 御自身がもたらして下さるものであることが改めて示されたのです。弟子達はガリラヤへ帰ることで主イエスとの再会を果たしました。弟子達に とってガリラヤとは自分たちの故郷であり生活の場でありました。しかしそれ以上に、主イエスとの出会いの場、召命の場であったのです。復活の主イエスが、 ガリラヤへ彼らを招いたのは感傷に浸るためではなく、その原点へと弟子達を立たせるためであったのです。私達にとってのガリラヤとはどこでありましょう か? それは洗礼の恵みであります。私達は、洗礼によってキリストと共に十字架に死に、そしてキリストの復活に与るものとして新しい命が与えられたので す。私達は一人一人このことの証人なのであります。
私達は弟子達と同じようにひれ伏しながらも疑う者であり続けることでしょう。しかし、そのような私をご自分の者として下さった洗礼の恵みの許で、主イエス御自身が再び近寄って来て下さるのです。
イ ザヤを召し出した聖なる神は、「誰を遣わすべきか、誰が我々に代わっていくだろうか」と語られます。その権威と権能において天と地の全てを治められる全能 の神様、何でもご自身でお出来になる方が、その働きを汚れた唇の者であるイザヤに託すのであります。ここに神様の不思議があります。宣教という愚かさを もって、その恵みを伝えようとされる神様の深い憐れみがあるのです。パウロはこのような神様の愛を、「神の愚かさ」と語りました。その神の愚かさに私達は 生かされているのです。愚かと言われるほどの神様の憐れみに与った私達は、その恵みの喜びを伝える者とされていくのであります。破れたまま、未解決なもの を抱えたままのこの私を、神様がイザヤを立てたように、聖霊を注いで立てて下さるのです。
「あなた方は行って、すべての民を私の弟子としなさい」
この大宣教命令は、私達の破れをも包みたもう神の恵み、この恵みを一人でも多くの私達の隣人に伝えなさいという主の命令であります。そしてこのみ言葉には、主イエスが世の終わりまで「インマヌエル いつもあなた方と共にいる」という確かな約束が与えられているのです。
おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。(2011年6月19日 三位一体主日礼拝説教)