マルコ

「最高の掟〜アガペーの愛に生きる」  大柴譲治

申命記 6:1-9 「 (4)聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。(5)あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」

マルコによる福音書 12:28-34 (29)イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。(30)心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』(31)第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

 

はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

石田順朗牧師の召天報に接して
私たちは先週、11月3日(火)にむさしの教会恒例のバザー&フェスタを行いました。快晴にも恵まれて多くの人々が地域から参加して下さり、教会員も楽しみながら奉仕をして成功裏に終わることができたと思います。
11月5日(木)の早朝、午前3時に、私はインド滞在中のフランクリン石田順孝牧師(米国福音ルーテル教会ELCA牧師)から国際電話をいただきました。お父さまの石田順朗牧師が狭山の病院で亡くなられたということを告げる電話でした。

私はすぐにグロリア夫人に電話をして車で出て、午前5時に埼玉石心会病院に到着。病室で既にネクタイとワイシャツに着替えを終えられていた石田先生とグロリア夫人の前でお祈りを捧げました。その後で、一週間前に米国から来日しておられた次男のハンスさんと荻窪に住んでおられる三男のケリーさんも病室に来られました。主治医の先生(石田先生ご夫妻が深く信頼していたお医者さまです)が来て経緯の説明をしてくださり、私が葬儀社に連絡をするという仲介の役割を取りました。

ちょうどその日が友引で斎場がお休みということでしたから、翌日の金曜日の午後に斎場でご家族のみで告別の祈りを行うことを決めて病院を失礼させていただきました(結局翌日は所沢の斎場となりました)。9時からのJELC人事委員会に出席するために車で市ヶ谷に戻り、午後は三鷹でのクラスを終えて帰って来ました。その日はとても長い一日となりました。
翌11月6日(金)は、午前中に市ヶ谷での会議に出席後、所沢の斎場で讃美歌「安かれ、わが心よ」を歌って告別の祈りを捧げ火葬に付して、ご遺族と共に入間のご自宅に移動し、夕食をして教会に戻って来ました。愛する者を見送るということは実に辛く悲しいことです。特にグロリア夫人にとっては58年間、夫婦として連れ添った最愛のパートナーです。改めて石田家の絆の強さが大きな力であることを強く感じさせられました。ご遺族の悲しみの中に天来の慰めがありますようお祈りいたします。

石田先生が告げておられたように、先生を記念するキリストの礼拝を11月29日(日)午後2時から三鷹の神学校チャペルをお借りして行うことになっています。司式は私と平岡仁子先生(保谷教会)の二人でいたしますが、説教は石田先生と親しかった清重尚弘先生(九州ルーテル学院大学院長・学長)が行うことになっています。覚えてお祈り下さい。

石田順朗先生はこの10月6日に87歳になられたばかりでした。1928年に沖縄でお生まれになり(本籍は山口県となっています)、日本ルーテル神学校、シカゴルーテル神学大学院を卒業し、1955年(26歳)で教職按手後、JELC稔台教会、久留米教会、市ヶ谷教会を牧会した後に、日本ルーテル神学大学教授(実践神学:説教学・牧会学・宣教学。1977-78年の一年間は学長代行もされました)、LWF神学研究局長、シカゴルーテル神学大学院世界宣教室室長を経て、九州ルーテル学院大学学長、刈谷教会牧会委嘱として、ちょうど87年間のご生涯のうちの60年間を牧師として捧げられた先生でした。

J3の宣教師をしておられたグロリア夫人と1957年5月12日に(室園教会で)結婚して58年間、5人のお子さんたちをグローバルなスケールの中で立派に育て上げ(4男1女)られました。ご家族の絆はとても強く、先生がご入院をされていた9月後半からは次々にお子様方がお見舞いのために来日されていました。

むさしの教会には、ちょうど三年前の2012年11月4日(日)に保谷教会から転入されています。84歳の時でした。人生の最後の時をこの教会に託されたのだと思います。私は葬儀の司式を名指しで指名されたように思いました。9月の最初に河北病院に入院された時も、CCUに伺うと石田先生はすぐにもしもの場合の時のことを口にされました。「自分はまた治るつもりでいるが、もしもの場合には、まず家族だけで斎場で見送っていただきたい。そしてしばらく経ってから記念礼拝を行い、そこではお花も写真もいらない。ただキリストの礼拝をしてくださればよいのです」とはっきりとおっしゃいました。このことをどうしても牧師に伝えたかったのでしょう。「分かりました。そのようにいたしますので、ご安心下さい」と私は申し上げました。

この三年間に、石田先生は4ヶ月に一度のペースで主日礼拝説教をしてくださいました。その説教テープが残っています。最後は今年の5月24日のペンテコステの礼拝での説教でした。先生はその説教の直後に体調を崩されたのです。正確には、体調不良にもかかわらず説教台に立って下さったと言った方がよいでしょう。言わば命を削りながら説教台に立つその説教者としての姿は私たちの目に焼き付いています。説教台で倒れるのは牧師冥利に尽きるようなところがあります。

石田先生の腹式呼吸で腹の底から発せられる凛とした声は、説教を聴く者を奮い立たせるような確かで力強い響きに充ちていました。石田先生が、自分が若い日に岸千年先生の「Repent(悔い改めよ)!」という説教の大きな第一声に魂の奥底まで震撼させられたことがあったと告げていた通りです。石田先生は説教者としてのスピリットを岸先生から受け継いでゆかれたのでしょう。

先生はむさしのだよりの巻頭言を昨年の5月号からこの9月号まで8回担当して下さいました。先日9月号の巻頭言「宣教91年目のスタートラインで〜『むさしの』歴史の担い手の一人として〜」が先生の絶筆となりました。石田先生は、これまでの牧会生活を総まとめする意味でも『神の元気を取り次ぐ教会』(リトン)を2014年2月に出版されましたが、現在も最後の本を出版準備中で、森優先生の力を借りながら最終校正の段階に入っているということで、お見舞いに伺うとその本について何度も言及されていました。そこには先生のご生涯の歩みが記されているそうです。「その中の一章はむさしの教会に捧げたい」ともおっしゃっておられました。

石田先生は「神の元気(スピリット=聖霊)」を聖書のみ言葉を通して分かち合うために神の召しを受け、牧師として立てられて、全力でその87年間のご生涯を全うされたのです。私は所沢の斎場での告別の祈りで、石田先生のことを覚えつつ、ヨハネ黙示録の2章10節からのみ言葉を引かせていただきました。「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう」(黙示録2:10)。この神の声の通りの牧師としてのご生涯を石田先生は貫かれたのだと思います。私の中では石田先生の姿は、やはり牧師であった私の父の姿と重なっていて、いつもとても親しいものを感じていました。

 

ヌンク・ディミティス〜シメオンの讃歌
「今、わたしは主の救いを見ました。主よ、あなたはみ言葉の通り、僕を安らかに去らせてくださいます。この救いはもろもろの民のためにお備えになられたもの。異邦人の心を開く光、み民イスラエルの栄光です。」これは、私たちが毎週の礼拝の中で歌っている「ヌンク・ディミティス(シメオンの讃歌)」です。
石田先生の最後の二日間はとてもお元気で、様々な事をよくお話しされたそうです。そして笑顔まで見せられたということでした。そのようにほがらかな姿は、シメオンの喜びの讃歌と重なって、とても石田先生らしい最後の日々であったと思います。心臓の機能が3割程度まで低下する中で二ヶ月に亘る苦しいご入院生活が続きました。息子さんのケリーさんご夫妻や、グロリア夫人が本当によく看病をなされたと思います。私は三度ほど病床聖餐式に伺いました。石田先生はワインをことのほか喜んでいただいておられました。聖餐式がこれほど力を持っているということを改めて、先生ご夫妻の聖餐式をどこまでも大切にする姿勢から教えられた次第です。

 

最高の掟〜アガペーの愛に生きる
本日の福音書の日課には最高の掟として二つの掟が記されています。これはモーセの十戒の、二枚の石の板を二つにまとめたものであるとされています。
「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」(マルコ12:29-31)

モーセの第一戒は「わたし以外の何ものをも神としてはならない」という戒めでした。これが私たちに求められる一番重要な戒めです。真の神を神とする、真の神以外の何ものをも神としない、絶対化しない。いつどのような時にも、真の神を神とする信仰がそこでは求められています。心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして私たちは神を愛するのです。しかしそれは、まず神が私たちをそのように、その独り子を賜るほど徹底して愛して下さったからです。神の愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは神を愛することができるのです。自分のすべてを注ぎ尽くすほどのアガペーの愛をもって主は私たちを愛し抜いて下さいました。

人生の行き詰まりやどうしようもない人間の現実の中で、キリストの愛が十字架と復活を通して私たちに注がれています。ただ真の神を神とすることができなかった私たちのためにキリストがすべてを与えて下さったのです。神の至上の愛が私たちに、無代価で、無条件で与えられており、その愛がそれを受け取るすべての人を義としてゆくのです。石田順朗牧師はそのことを生涯を賭けて指し示し続けました。一人の忠実なキリストの証人のご生涯が私たちの直中に置かれていたことを心から感謝したいと思います。

そしてキリストにつながることの慰めと希望とをご一緒に分かち合いながら、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。ご遺族の上に、またここにお集まりの方々お一人おひとりの上に、神さまの豊かな祝福がありますよう祈ります。神の国での再会の日まで、私たちに与えられた命をそれぞれの場で、それぞれのかたちで大切に歩んでまいりましょう。 アーメン。

 

おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

2015年11月8日 聖霊降臨後第24主日礼拝(子ども祝福式)

「主よ、赦されない罪があるのですか?」  大柴 譲治

マルコによる福音書 3:20-30

<「イエスの身内」>
 イエスがガリラヤ湖の漁師町カファルナウムで宣教活動をした時の拠点となった「家」は、シモン・ペトロとアンデレの家でした(20節)。イエスの周囲にはいつも多くの「群衆」が集まっていました。そこに「イエスの身内」が登場します。「身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである」(21節)。マルコ6:3によれば「イエスの身内」とは、母マリアとイエスさまの兄弟たち(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン)や姉妹たちのことでした。彼らにとって身内の一人がおかしくなっているのは大問題です。いつの世も家族問題には何かと悩まされます。「エルサレムから下って来た律法学者たちも、『あの男はベルゼブルに取りつかれている』と言い、また、『悪霊の頭の力で悪霊を追い出している』と言っていた」(22節)とありますから大変です。「ベルゼブル」とは「ハエの王」(列王記下1:2)を意味する言葉ですが、人々がイエスの力を理解できず、恐れていたことがよく分かります。彼らはイエスの行っていた業を「神の御業、聖霊の御業」と認めず「悪霊の御業」と見なしているのです。

 これに対して主ご自身は「イエスは汚れた霊(ベルゼブル/悪霊の頭)に取りつかれている」という批判を断固拒絶しています。23-27節は主の強い憤りが感じられる言葉ですが、28-29節が一番主の気持ちをよく表していましょう。「はっきり言っておく(アーメン、私は言う)。人の子ら(=人間)が犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」。

 先週の日課(マルコ3:1-6)にも、安息日に会堂で片手の萎えた人を癒す主の姿が描かれていました。「真ん中に立ちなさい」と彼に命じたイエスは人々にこう問います。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」(4節)。「イエスを訴えようとする人々」が沈黙する中で、主イエスは「怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら」、その人に「手を伸ばしなさい」と言われたのです。彼が萎えた手を伸ばすと手は元通りになっていました(5節)。神の聖霊の御業が眼の前で行われたにもかかわらず、それを認めようとしない彼らの「かたくなな心」を主は問題とし、怒りと悲しみを表しているのです。

<「主よ、本当に赦されない罪があるのですか?」>
 イエスが発せられた「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」という厳しい言葉を聞きますと、私には一つの疑問が浮かんできます。「疑問」と言うよりも「反発」と言った方がよいかもしれません。「主よ、本当に赦されない罪があるのでしょうか?」そのように私は問いたくなるのです。「どうしても納得できない」という思いから思わず出る「物言い」であり「疑問符」であり「反問」です。

 主の十字架はすべての罪を赦すためではなかったのか。本当に十字架によっても赦されない罪があるのか。私の中の「かたくなな心」が主に対して異を唱えるのです。一体そのような私は何者なのでしょうか。私はそのような権利を有しているのでしょうか。否!とんでもありません。分際を弁えない傲慢不遜と言うべきでありましょう。しかし私の中にはこだわりがあり、どうしても譲れない一線があるのです。しかしまさにそのような「私の傲慢さ」を打ち砕くために、主はこの厳しい言葉で私のかたくなな心を嘆き、突いておられるのだと思います。

<「地獄にもキリストはいる」(ルター)>
 マルティン・ルターの言葉です。「もしわたしが地獄(陰府)に落ちなければならないのならば、喜んで地獄に落ちよう。なぜなら地獄にもキリストはおられるのだから」。使徒信条で私たちは毎週こう告白します。御子キリストは、「ポンテオ・ピラトの下で苦しみを受け、十字架に架けられ、死んで葬られ、陰府に降り、三日目に死人のうちよりよみがえられた」と。そうです、キリストは確かに「陰府(地獄)」にも降り立たれたのです。

 パウロもまた次のように言っています。「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。・・・わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8:35-39)。キリストの愛から私たちを引き離す力を持つものは何も存在しません。そのような強力なキリストの愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは安心してジタバタしてよいのです。大丈夫!地獄にもキリストはいて下さるのですから。

<「キリストのこけん」(鈴木正久)>
 日本基督教団の議長として1966年に「戦争責任告白」を公にした鈴木正久という牧師がいます(西片町教会)。膵臓ガンのために1969年の7月に56歳で現職のまま天に召されました。鈴木牧師はあるテープ説教でこう言っています。「私のような者が救われるかどうかということですが、私のような者を救わなければ、それはキリストのこけんに関わるといわなければなりません」。実に味わい深い表現ですね。鈴木牧師もガン告知には大きなショックを受けられたようです。鈴木牧師の最後の著作である『主よ、み国をー主の祈りと説教』の前書きには、「主とそのみ国を望み見つつ」と題して、死の三週間前の日付で次のように正直に語っておられます。少し長くなりますが引用します。(以下は引用)

「やはり、この病院に入院した時にも、わたくしには、『あす』というのは、なおってそしてもう一度、今までの働きを続けることでした。そのことを前にして、明るい、命に満たされた『今日』というものが感ぜられたわけです。わたくしは教団の問題でも西片町教会の問題でも、あるいは自分の家庭の問題でも、いろいろその中で努力しなければならないと、こう思っておりましたけれども、でも教団の中からも西片町教会の中からも、自分の家庭の中からも、自分がスポッといなくなる、そういう解決というのか前進というのか、そのことだけはかつて念頭に浮かんだことがありませんでした。何か今までに劣らずいつも自分がその中で頑張ってしっかりやっていかなければならないような、そのために祈ったり、あるいは考えたりしているということがあたり前のような気持ちになっていたわけです。私にとっては、どう考えてみても自分自身がまあ死ぬというのか世を去るというのか、そういうことが恐ろしいと考えられたことは一度もない、というところかと思いますが、とにかくそう感ぜられません。ですから、怜子からこの病院の中である日、『実はお父さん、もうこういうわけで手のつくしようがないんだ』ということを聞いたときには、何かそれは本当に一つのショックのようでした。今言ったような意味でのショックだったわけです。

 そこでこんなことが起こりました。つまり今まで考えていた『あす』がなくなってしまったわけです。『あす』がないと『きょう』というものがなくなります。そして急になにやらその晩は二時間ほどですけれども暗い気持ちになりました。寝たのですけれども胸の上に何かまっ黒いものがこうのしかかってくるようなというのか、そういう気持ちでした。もちろん誰にも話せるわけではありません。・・・わたくしはその時祈ったわけです。今までそういうことは余りなかったのですけれど、ただ『天の父よ』というだけではなく、子どもの時自分の父親を呼んだように『天のお父さん、お父さん』、何回もそういうふうに言ってみたりもしました。それから、『キリストよ、聖霊よ、どうか私の魂に力を与えてください。そうして私の心に平安を与えてください』、そうしたらやがて眠れました。明け方までかなりよく静かに眠りました。そして目が覚めたらば不思議な力が心の中に与えられていました。もはやああいう恐怖がありませんでした。かえって、さっき言ったようにすべてがはっきりした、そういう明るさが戻ってきました。その時与えられた力とか明るさとかいうのはそれからもうあと一日もなくなりません。で、そういう意味においての根本的な悲しみとかうれいとかいうものも、もはやその日からあと感じません。ですから、わたくしにとってのショックというのは、とにかくそれを聞いた日の夕方から夜中の12時頃までの間だけであったわけです。・・・

 そしてこういうことが分かりました。さっき、病気になった初めには、もう一度この世にもどる、その『あす』というものを前提として『きょう』という日が生き生きと感ぜられるが、その『あす』がなくなると『きょう』もなくなっちゃって暗い気持ちになってくるということを申しましたが、ある夕方怜子にピリピ人への手紙を読んでもらっていたとき、パウロが自分自身の肉体の死を前にしながら非常に喜びにあふれてほかの信徒に語りかけているのを聞きました。聖書というものがこんなにいのちにあふれた力強いものだということを、わたくしは今までの生涯で初めて感じたくらいに今感じています。パウロは、生涯の目標というものを自分の死の時と考えていません。そうではなくてそれを超えてイエス・キリストに出会う日、キリスト・イエスの日と、このように述べています。そしてそれが本当の『明日』なのです。本当に輝かしい明日なのです。わたくしはそのことが今まで頭の中では分かっていたはずなんですけれども、何か全く新しいことのように分かってきました。本当に明日というものが、地上でもう一度事務をするとか、遊びまわるとかいうことを超えて、しかも死をも越えて先に輝いているものである、その本当の明日というものがあるときに、きょうというものが今まで以上に生き生きとわたくしの目の前にあらわれてきました。先月号の月報に書いたよりももっと生き生きとです。・・・

 さてわたくしたちが天国へ行くかどうかということですが、わたくしは神のもと、キリストのもと、聖霊のもとへ行くことは当たり前のようなこととして今まで話してきました。その理由はこうです。それはわたくしが立派であるとかないとかいうことと全然関係がありません。おかしなことを言うならば、わたくしのようなものを天国に入れなかったら、キリストのこけんにかかわるじゃないか、とこういうわけだからです。主の恵み、憐れみのゆえにです。これは皆さんについても全く同じです。ですからわたくしも主のみ国で皆さんに会えることを心から信じて、その非常に大きな輝きの上で皆さんに会えることを期待しています。」(引用終わり)

 これは鈴木正久牧師による、死の向こう側にある「キリストの日」を視野に入れた告別説教です。私たちの心に強く響きます。私たちもまた、私たちのために十字架に架かり、すべてを与えて下さった「キリストのこけん」に信頼して、すべてを託してゆきたいと思います。もし赦されない罪があるとすれば私たちが天国に入ることができないこともあるということで、それこそ「キリストのこけん」に関わる事柄であろうかと思います。主は命を賭して私たちをそこに招いてくださったのです。

 本日これから私たちは聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流されるわたしの血における新しい契約」と言って私たちにパンとブドウ酒を差し出してくださるキリストの招きにご一緒に与りましょう。

お一人おひとりの上に豊かな祝福がありますようお祈りいたします。アーメン。

(2015年7月5日 聖霊降臨後第6主日)

説教『イエスの評判 – 風評被害が広がる中で』 石田 順朗


教会の暦で、12/25のクリスマスより二百年も早くにエジプトで祝われていたと伝わる(キリスト教最初の公認祝日)1月6日の「主の顕現」。それに続く「顕現節」の六週間余の期間は、実は、ひと月遅れで始まる太陽暦の新年1月と重なる -意義深い。

1月の月には14の異名;わが国では旧暦1月を睦月(むつき)と呼び、現在では新暦1月の別名としても用いる異名、「睦月」;(新年を親しい人達と親しみ睦み合う);英語の Januaryも、その昔ローマのJanusという神に由来するといわれ、この Janus なる神は全てのものの「始め」を司っていたので1月につけられたと伝わる。

ここでは240もある1月の季語 (連歌、俳諧、俳句で用いられる特定の季節を表す言葉)の中で「御降(おさがり:元旦に降る雨)」があることに留意 = 顕現との関係で。

 
I. マルコは、ガリラヤとその周辺でのイエスの活動開始を述べ、4人の漁師たちを弟子として召された後、早速、ガリラヤ湖畔の漁村「カファルナウムでの一日」を描く(カファルナウムはその後イエスの活動拠点となった)。

 「安息日に会堂に入って教え始められた、」これは、至極尤もな宣教開始であるが、いったい何を教えたのか、その内容は記されていない! ところが −

1 )そこに居合わせた「人々は、その教えに非常に驚いた」と、時の状況を記録。つまりはイエスの教えるしぐさ、話し方(人となり)に驚いたのであろう。

イエスご自身が私たちの傍近くお立ちになり、教えてくださる、そのこと自体が、実は神の顕現(「御降 (おさがり:元旦に降る恵みの雨)」に他ならない。。

これは、テロや気象庁の特別警報以外、大抵のことでは驚かないようになった今日の状況の中で、注目すべき第1点! しかも、命に関わる危険に曝されておののくのではなく、御降(おさがり)の「恵みの雨」にどっぷり浸かることで「驚く」!!

2)加えて、(高慢で頑固な)律法学者の振りまく権威とは違って、イエスが 権威ある者としてお教えになったから。

 この権威が、高飛車に一方的に威嚇的ではなく、説得力がり、頼り甲斐のある、確固としてはいるが、暖かく包み込むような配慮を漂わせていたからである。全くの驚き事。

 

II. でも同時に「イエスの権威」の顕現には、悪の力に堂々と対決し、その悪魔を駆逐する絶大な力を顕し– そのことに、実は、大衆の驚きは一段と深まった。

そもそも「悪霊追放」は「病気の癒し」とは違う ー 今日、意義ぶかい「闘い」。悪霊の攻撃に怖じ惑う事なく、権威をもって悪霊を叱りつけ追放する!(今日、テロや各様の脅しに屈してはならないように!そのため、今日もわたしたちが「主の祈り」で「悪より救い出しため」と祈ることができるように!

 人々は皆驚いて、論じ合った!「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ!この人(イエス)が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」

 イエスの「悪霊追放」という奇跡的で全く驚くべき行動が、実は「権威ある新しい教え」になった。

 宗教、キリスト教、教会、説教、教師、と、実に「教え」が多い中で、それこそ「圧倒的」で「説得力」よろしく、驚くべき行動だ! その行動が「教え」とは!

 教えとは「福音」であり、力、罪を赦す力,復活の力だ!それが顕現された。

 

III. すると、たちまち、イエスの評判がひろまった。

早速(し始めた、そのとき、すぐに:マルコ独特、41回(新約全体では、51回;その2回がここで(1章のここまでに、すでに、3回も)。

「イエスの評判」は「権威ある新しい教え」いや「救いの力」の顕現 – 御降(おさがり)の所為(せい)であり、そのことが、隅々に(至る所へ)行き渡った。[45節の(四方から、「至る所から」と対応する)ガリラヤの全域が、イエスの評判で揺り動かされた!見方によっては、「風評被害」?

こともあろうに新約では、イエスのご降誕前から、それに十字架処刑の最後の最後まで風評被害の続出。ヘロデ王は、イエスの誕生に際して「風評被害」に遭った。イエスの誕生にまつわってはヘロデ王は「不安を抱き」占星述の学者らを派遣したり、子供を皆殺しにした。ヨセフとマリヤのエジプト避難。それに、総督ピラトの尋問から十字架処刑に至るなど、風評被害も多々起ったのは事実。

風評被害の歴史は古い。わが国では、近代では、関東大震災直後のこともあり、最近では、特に福島の「3.11」以降 –

 

今日は『使徒パウロの日』(1/25, 6世紀,フランス・ゴウル州で始まり、大伝道者パウロを覚える日となった)。

ナザレのイエスと面識がなく、元々は、厳格なパリサイ派の一員で、イエスの風評被害に遭い[サウロとして]キリスト信徒たちの迫害に奔走した。

 

しかし、ダマスコへの途上、「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と、天からの光の顕現とともに、イエスの声を聞いた。その後、目が見えなくなった。アナニアというキリスト信徒の執り成しの祈りもあって、目が見えるようになった。こうしてサウロはキリスト教徒パウロとなり、少なくと3回に亘り伝道旅行を敢行、同時に、『ロマ、ガラテヤ書』を始め13書簡 (ヘブルを加えて14) を著す神学者となった。

でも、初代の信徒たちが、イエスの評判(うわさ)を「地方の隅々まで」広めたように、パウロも、「優れた言葉や知恵を用いず、- – イエス・キリスト、それも十字架につけられたイエス以外、何も知るまい」と心に決め、「ありのまま」を告げた。

 

まとめ
今日、風評被害は甚大。パソコン・ケータイによる “いじめ”やヘイト・スピーチは広がる。ツイッター、スマホ ほかソーシャアル・メディアのもたらす「デジタル・ヘロインの危険性自覚」を呼びかける『インターネット・ゲーム依存症』の本まで刊行された。それに「テロ」への恐怖を身にしみて実感している唯中。

今こそ、「悔い改めて、イエス・キリストの十字架のあがないによる罪の赦しのお恵みに与かり、復活の力による永遠の命を授かる− この評判、うわさを広めよう!

むさしの教会・顕現節第4主日礼拝 1/25/2015
テキスト: マルコ   1: 21〜28  申命記  18: 15-20  Iコリン  8:  1-13

「真の神を神とする信仰」  大柴 譲治

マルコによる福音書 12:28-34 ◆最も重要な掟

<はじめに>

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

<アフリカの諺>

先週11月3日(土)にここで行われたバザー&フェスタは、私たちむさしの教会の底力のようなものを感じさせてくれた一日でした。来場された方は千人を越えていたでしょうか。少し肌寒い日でしたが、教会の周囲では賀来先生をはじめ壮年会の方々が黙々と自転車の整理を行ってくださり、あたかも教会が天使たちに見守られているような思いを私たちに感じさせてくれました。

またフェスタでは、のぞみ幼稚園の子供たちによる讃美に始まってコーラスや手品、レベッカ・フラナリーのハープ演奏や教会員によるフラダンス、萩森英明トリオやKAZUKI氏によるアコースティックギターなど、12のグループによる見事なパフォーマンスがありました。その中でも私たちの度肝を抜いたのはアフリカの打楽器のパフォーマンスでした。旧中杉通りに最近できたアフリカの太鼓を作るお店に集まる青年たちが10人ほどでアフリカのリズムを私たちの前に披露してくださったのです。会堂全体が大きな太鼓になったかのように響き渡りました。その大音響に驚いた方も少なくなかったと思いますが、生きていることの躍動感を感じさせてもくれた印象的な一時でした。

その音楽を聴きながら私は以前に聞いたアフリカの諺を思い起こしました。それはこういう言葉です。「もしあなたが速く歩きたいならば、ひとりで歩きなさい。けれども、もしあなたが遠くまで歩きたいならば、誰かと一緒に歩きなさい」(サミュエル・コビア前WCC総幹事)。誰かと一緒に歩くことで歩み自体は確かに遅くなるかもしれないけれども、助け合って遠くまでたどり着くことができる。その諺は、互いに助け合い、支え合いながら共に歩むことの大切さを適確に表現していてなかなか味わい深い言葉であると思います。

人生は「旅」に譬えられます。旅の楽しみは確かに「目的地」に到着することですが、それ以外にもいろいろな楽しみ方があります。旅の途上の一つ一つの自然との出会いや風景を楽しむことや、仲間と共に旅すること、フラッと入った食堂や土産物店を楽しむことなど、旅の「プロセス」を楽しむという楽しみ方もあります。多くの人が出入りする私たちの「教会」は、人生という旅を共に歩む者の群れをも意味しています。先日のバザー&フェスタで私たちが分かち合うことができたのは、そのような旅の味わい深いプロセスの一つであったと思います。子どものおもちゃを扱っていたトムテの笠井さんは「バザーとフェスタのどちらか一方を行う教会はいくつも知っているが、両方同時に行っている教会は他に知らない」とおっしゃっておられました。ぶどう園の祝宴を共に楽しむことができた一日であったことを神さまに感謝したいと思います。

 

<牛丸省吾郎牧師の召天報に接して>

そのバザー&フェスタが行われたのと同じ日でしたが、11月3日に引退牧師の牛丸省吾郎先生が90歳で天の召しを受けられ、11月8日に東京池袋教会でご葬儀が行われました。牛丸先生はお父様の牛丸捴五郎先生(在任は1929-41年)と合わせると、50年近くの長きに渡って親子二代で東京池袋教会の牧師を務められた牧師でした(省吾郎先生の在任期間は1952-87年)。26年前に私が牧師になった際に、それは1986年の2月の終わりに東京教会で開かれた「神学校の夕べ」で、教師会を代表して私に「贈る言葉」を下さったのが牛丸省吾郎先生でした。私はその年に「一番」の成績で神学校を卒業しました。その年は実は私一人しか卒業生がいなかったからです。当時西教区長であった小泉潤先生などから私は「金の卵」と呼ばれていました。能力があるとか期待されているという意味ではありません。神学校を維持するのに「一億円」ものお金がかかっていて、その年のたった一人の牧師を養成するためにそのお金がかかっているという意味で「金の卵」と呼ばれていたのです。もともと私には神学校の同級生として立山忠浩先生や野村陽一先生、山田浩己先生、永吉秀人先生、太田一彦先生などがいましたし、立野泰博先生、富島裕史先生など神学校に少し先に入った一年後輩もいました。しかし諸般の事情で、結局気がついたら1986年の卒業生は私一人になっていたのです。そういうわけで、その年のすべての行事は私一人のためだけに行われてゆくという、ある意味では大変に贅沢なかたちで「神学校の夕べ」を迎えたのでした(ちなみに1984年と1988年も神学校の卒業生は一人だけでしたが)。学生は一人しかいないので授業は休むわけには行きません。ある授業などは三対一の授業もありました。先生が三人おられたのです。贅沢な授業ですね。私自身が神学校で後継者養成に関わるようになって毎年按手式の時期に強く思うことは、一人の牧師が生み出されてゆくことの背後には実に多くの方々の祈りと支援とがあるということです。そのような中で連綿と牧師たちが毎年生み出されてきたことに深い感慨を抱きます。

牛丸省吾郎先生が神学校の夕べで語って下さったのは、モーセについての言葉でした。モーセは出エジプトの時に人々を引き連れて真っ二つに避けた紅海を渡ったことで有名な揺るぐことのない民のリーダーです。シナイ山では神から十戒を与えられています。

牛丸省吾朗先生は、モーセは目の前に拡がる海を前にし、後ろからはエジプト軍が追いかけてくるし、自分の背後にはエジプトを脱出しようとする何万人もの(出エジプト12章や38章によると「壮年男子だけで60万人」!)イスラエルの人々がいる。モーセの後ろ姿は、イスラエルの民に対しては確かに迷いのない強力なリーダーシップを取る指導者の姿を示していたとしても、ひとたびその前に回って見るならば、モーセの顏はその責任の重さに歪み、どちらを向いても八方塞がりの行き詰まった状況の中で涙を流し、自分の無力さを感じながらオロオロと震えていたに違いない。その孤独と重責に耐えつつ、モーセは神にすべてを託していったのだというお話しを牛丸先生は先輩からの贈る言葉としてしてくださったのです。私には忘れることができない言葉でした。それは困難な時代を牧師として生き抜いた牛丸先生ご自身の信仰の告白でもあったと思います。

インド人カトリック司祭のアントニー・デ・メロ神父の言葉を思い起こします。「モーセが紅海に杖を投げ入れても、民の期待した不思議は起きなかったという。潮が引き、海面が二つに割れ、ユダヤ人の前に乾いた通路ができたのは、モーセがその身を海に投じた、まさにそのゆえであったと言い伝えられている」(『蛙の祈り』)。神をひたすら信頼して自分の身を投じていったモーセの姿は私たちの心に忘れ得ぬ印象を与えます。

 

<最も大切な掟>

本日の福音書の日課には二つの最も大切な掟が出てきます。それは、モーセの十戒は二枚の石の板に書かれていたのですが、それを二つにまとめたものであると考えられています。「第一の掟」は「イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」というものであり、「第二の掟」は「隣人を自分のように愛しなさい」というものです。「この二つにまさる掟はほかにない」と主イエスは言われます。

モーセの十戒の第一戒は「わたし以外の何ものをも神としてはならない」という戒めでした。真の神を神とする信仰。真の神以外を神としない信仰、絶対化しない信仰。これが求められているのです。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」という第一の掟はこの第一戒と重なります。

しかし、このような信仰にどうすれば私たちは与ることができるのでしょうか。自分の努力や熱心さによってはこのような信仰に到達することができないことを私たちはよくよく知っています。自分の力によってはそれは獲得できない。それは私たちのためにあの十字架に架かってくださったお方によって可能となる事柄なのです。「新しいモーセ」であるイエス・キリストがあの十字架の上に身を投げ打ってくださったがゆえに、私たちの前に海が真っ二つに裂け、暗黒の海の直中に一本の救いに至る道が現れたのです。それが突破口でした。キリストの十字架の出来事は神の約束の地に至るための新しい出エジプトの出来事でした。このキリストが開いてくださったひとすじの道を私たちは共に歩むのです。昼は雲の柱、夜は火の柱を持って神はその民を導いてくださる。荒野の四十年の旅を日毎のマナをもって養ってくださるのです。

私たちが人生の中で行き詰まる時にも、涙する時や恐れに身がすくむときにも、キリストを見上げる時に、ただ真の神を神とする「信仰(ピスティス)」、これが上から無代価で、無条件で、神の恵みとして贈り与えられてゆきます。この神の「まこと(ピスティス)」がそれを受け取るすべての人を義としてゆくのです。

「もしあなたが速く歩きたいならば、ひとりで歩きなさい。けれども、もしあなたが遠くまで歩きたいならば、誰かと一緒に歩きなさい」というアフリカの諺を思い起こしながら、ご一緒に旅を続けてまいりましょう。「新しいモーセ」であるキリストがこの群れの先頭を歩んでくださいます。このキリストに従って、ご一緒にキリストと共なる新しい一週間を踏み出してまいりましょう。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。

アーメン。

 

<おわりの祝福>

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。

アーメン。

 

(2012年11月11日 聖霊降臨後第24主日 礼拝説教)



「ありえないことの目撃者」 大柴 譲治

マルコによる福音書6:45-52

<「嵐」と「聖霊」>
 人生には「嵐」と呼ぶべき「時」があります。自分ではどうすることもできない「突風」が思わぬかたちで吹く時がある。その「嵐」が過ぎ去るまで私たちはじっと耐えて待つか、その嵐を乗り越えてゆくために果敢に立ち向かってゆくしかない。
 本日の福音書マルコ6:45-52にも「嵐」が記されています。ガリラヤ湖ではしばしば「突風」が吹きました。マルコ4:35-41にも突風を静める主の姿が記録されています。ガリラヤ湖は南北が21kmで東西が12kmの、琵琶湖の1/4ほどの大きさの湖です。それは海面下211mの盆地にあり、ちょうどすり鉢のような形をした地形になっていました。北には海抜2800mのヘルモン山を含む広大な高原が広がっており、ここからの寒気がガリラヤ湖に向かって吹きおろすことがありました。所謂「ヘルモン颪(おろし)」ですね。この寒気によって凪いでいた湖面も突如として荒れ狂うことがあり、弟子たちもこれに遭遇したのです。
 私は先週、大阪教会での「るうてる法人会」研修会に行ってきました。帰りがけに市ヶ谷教会の中川浩之兄と琵琶湖の畔に小泉潤先生をお見舞いしてきました。定年教師の小泉先生は胃癌と闘病しながらも(既に胃を全摘)最近はカナダやドイツを訪問するなどお元気になさっておられました。小泉先生は車を運転して近くの蓬莱山中腹の琵琶湖バレーに連れてゆき、ウィリアム・メレル・ヴォーリズのお話をしてくださいました。ヴォーリズは熱心な米国人信徒宣教師で、最初は英語教師だったのですが、建築家として有名です。また、YMCAを通して活発に活動し、近江兄弟社を起こしてメンソレータムを販売したことでもよく知られています。そこから「青い目をした近江商人」とも呼ばれました。地域のニーズに応えて病院や幼稚園をも設立しています。日本人の女性と結婚し、日本を愛し、日本に帰化し、日本で亡くなられた人でもありますが、「近江ミッション」を設立して琵琶湖にガリラヤ丸という船を浮かべて伝道をした人であることを小泉先生は教えてくださいました。
 神は常に「聖霊」を送って人を起こされます。聖霊自体は私たちの眼には見えませんが、何かが動くことでそこに風が吹いていることが分かるように、聖霊によって動かされた人の働きを通してそこに神が生きて働いておられることを私たちは知るのです。その意味では、ヴォーリズの働きも、小泉先生の働きも、そして私たち自身の働きも神の聖霊によるものであると言うことができましょう。

<そばを通り過ぎようとされる主イエス> 
 聖書を見てゆきましょう。「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間に御自分は群衆を解散させられた」(45節)。この場面は五つのパンと二匹の魚で五千人に食事を与えた場面に続いています。主が弟子たちを「強いて舟に乗せ」たという表現が気になります。イエスさまご自身は「群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた」(46節)とあるように、祈るために一人になりたかったのでしょう。強いて舟に乗せられた弟子たちは嫌な予感を持ちながらも出発しました。弟子たちの何人かは漁師でしたからガリラヤ湖のことは小さい頃からよく知っていました。47節もイエスがいなかったことを強調しています。「夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた」。通常であれば数時間で湖を渡ることができるのに、夕方から明け方まで、彼らは突風の中で木の葉のように揺れ動きながら生きた心地がしなかったに違いありません。漁をする者たちにとっては「板子一枚下は地獄」ですから「風を待つ」「時を待つ」ことは死活問題でした。
 そこに不思議なことが起こります。イエスが湖の上を歩いて近づいてくるのです。ありえない話です。「ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた」(48節)。そばを通り過ぎようとしたというのも不可思議です。主は弟子たちをまっすぐに助けに行ったのではなく、船を追い抜いてゆこうとされた。主は恐らく別の目的地(エルサレムおよびゴルゴダの十字架)を見ているのでしょう。祈るために一人になろうとされたのにもそのような意図があったと思われます。通り過ぎようとされたということにはかつて「あなたの栄光を見せてください」と願うモーセに神はその背中を見せられたという出来事が想起されているのかもしれません(出エジプト33:18-23)。あるいはそこには嵐の中で主に見捨てられたように思った初代教会の思いが表れていたのでしょうか。

<「クォヴァディス、ドミネ」> 
 「そばを通り過ぎようとされた」という言葉で私が想起させられるのはポーランドの作家ヘンリク・シェンキェヴィッチの『クオヴァディス』(1895)という作品です。時代は1世紀後半、場所はローマ。キリスト教徒への迫害は日を追うごとに激しくなり、虐殺を恐れて国外へ脱出する者も増えていました。ペトロは最後までローマに留まるつもりでしたが周囲の強い要請により渋々ローマを離れることに同意します。夜中に出発してアッピア街道を歩いていたペトロは夜明けの光の中で自分に近づいて来られる主イエスの姿を認めます。ペトロは跪いて尋ねます。”Quo vadis, Domine? “ラテン語で「主よ、あなたはどこに行かれるのですか」という意味です。ヨハネ13:36でペトロが「鶏が鳴くまでに三度わたしを知らないと言うであろう」と予告されている場面に出てくるのと同じ言葉です。主は言われます。「あなたがわたしの民を見捨てるのだから、わたしはローマに行って、もう一度あなたの代わりに十字架に架かるのだ」。しばらく気を失っていたペトロは起き上がると今度は迷うことなく来た道を引き返してゆきます。そしてローマで捕らえられ、十字架にかけられて殉教してゆきました。ペトロにとって「キリストへの服従」は文字通り「自分を捨て、自らの十字架を負ってキリストに従ってゆくこと」だったのです。

<神の介入に目を開かれて>
 主イエスが「逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた」(48節)のは、主がゴルゴダの十字架を見据えてそれに向かってひたすらまっすぐに歩み続けておられることを示しています。出口(終わり)の見えない厳しい迫害と殉教というヘルモン颪の中で迷いや恐れや不信仰の壁にぶつかって漕ぎ悩み、前にも後ろにも進むことができずにいた初代教会の現実が、この出来事には重ね合わされているのでしょう。50節以降はこう続きます。「しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない』と言われた。イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである」(50-52節)。主の確かな声が彼らには必要でした。
 この主の水上歩行のエピソードは、出エジプトの出来事と同様、私たち人間の現実に対する「神の介入」が主題です。人にはできなくとも神にはできないことはない。私たちの日常生活の中でこの神の介入を目撃した人間は大きく変えられてゆきます。それが聖霊の働きです。人生の「嵐」の中にも神の「聖霊」が働くのです。
 「パンの出来事」とは、主が五つのパンと二匹の魚をもって五千人の飢えを満たされた出来事です。ここで弟子たちは「心が鈍くなっていた」と言われます。主の行われた神の介入を示した数々の御業(①12人の派遣と②五千人の給食、そして③水上歩行の出来事)を見ても弟子たちは心を開かず、かえって心を鈍く頑なにして、その事柄の向こう側に示されている大切な意味(神の真実)を見ようとしなかったということでしょう。否、私たちには神の真実を見ることはできないのかもしれません。人間の常識や思い込みや理性の限界があるからです。「そんなことはありえない」と私たちは頑なに思い込んでいるのです。神が介入してくださっているのにそのことの目撃者とされているのに、それでもそれを信じようとはしない私たちの鈍く頑なな姿がそこに浮かび上がっています。その出来事によって心が開かれるはずなのに、逆に心が固く閉ざされてしまう人間の現実がある。しかしそのような私たちの心を愛によって打ち砕き開くために神はその独り子をこの地上に派遣し、この礼拝共同体である教会を私たちに与えて下さいました。ペトロ同様、私たち自身も今日ここで、傍らを通り過ぎてゆこうとされる主のリアリティーを感じるよう招かれています。「クォヴァディス、ドミネ」

<神に向かって心を開くということ>
 逆に、神の介入に対して柔軟に心を開き、それを受容する者の姿も聖書には記されています。特に私はここで、イエスの母マリアが受胎告知を受けた場面を思い起こします。ルカ福音書1:38で受胎告知を受けたマリアはこう告白しました。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」。
 神の不思議な介入に対して、ありえないことの目撃者として、私たちもまた「アーメン(然り)。お言葉どおり、この身になりますように」と答えてゆく者となりたいと思います。心が頑なで神の恵みの御業を認めることができない私たちです。しかしその不信仰な私たちを信ずる者へと造り変えるために主イエス・キリストはこの地上に降り立ってくださいました。キリストの愛、キリストの御業こそが私たちを造り変えてゆく力を持っています。ただキリストに私たちの眼を向け、どのような時にもキリストを見上げることが、私たちに嵐を乗り越える力を与えてくれる。私たちを救うお方はキリストしかないのです。
 洗礼を受けてクリスチャンになれば苦しみや悲しみがなくなるというわけではありません。「嵐」がなくなるわけではない。しかし私たちはその嵐の海のただ中で、絶望のただ中で、それに耐え、それを乗り越えてゆく聖霊の力を、苦難を背負い、十字架にかかってくださったあのお方の「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」というみ声から得るのです。ここに私たちの信仰者としてのアイデンティティーがあります。教会としてのアイデンティティーがある。迫害の嵐の中でもキリストが必ず共にいましたもう。湖の上を歩き給うキリストは、紅海を歩いて渡ったモーセの姿がそこに重ね合わされているのでしょう。私たちは新しいモーセである主イエス・キリストのみ後に従って人生という荒野の旅を続けてゆくのです。あるいは、洗礼を通して私たちが古い自分に死に、新しいキリストにある自分としてよみがえるということが意味されているのでしょう。そのことを想起しつつ、心に刻みつつ、私たちは新しい一歩を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。 
アーメン。
(2012年8月26日聖霊降臨後第13主日礼拝)

説教 武蔵野教会礼拝「今ここが」  伊藤早奈

マルコ4:26-34

祈り)天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。そして今朝、武蔵野教会の礼拝へとあなたによって招かれましたお一人お一人の方と神様あなたからのみ言を通して出会うことが赦されましたことを感謝致します。蒸し暑い日が続いております。自分の思う通りに動けなかったりする日も少なくありません。どうかお一人お一人の心と体の健康を神様あなたによって支えられていることを私たちが思い起こし一瞬一瞬を歩んでいくことができますように。これから語られます神様あなたからのみ言、この語る者を通してあなたがここにおられるお一人お一人へとお語り下さい。この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してお祈り致します。アーメン。

「また、イエスは言われた。神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、つぎに穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと,早速,鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」マルコ4:26-29 と「神の国」のたとえをイエス様は語り始められます。

「神の国」とはどんなところなのでしょうか?どこか遠いところにある私たちが「ここに行けば安心で幸せが用意されているはず。」と思うような完成された場所なのでしょうか?「神の国」とは神様のみ心が働くところです。今,私たちが生きているこの場所も神様のみ心が働くところ。「神の国」なのではないでしょうか。

神のみ心が働いているといくら言われたとしても、目には見えないし触れる事ができないからわからない。と言われる方も少なくないと思いますが,本当に私たちは神様から送られているみ心が見えないのでしょうか?今朝,与えられました聖書のみ言よりご一緒に聴いて参りたいと思います。

私たちが生きてるところにはたくさんの目に見えて手に触れるものがあると同じくらい目に見えない手でも触れる事ができないものもたくさんあります。

昨年の3月11日に起きた東日本大震災を私たちはいろんなかたちで経験しました。今でも心に傷をおわれ言葉にできることがあっても 言葉にできない現実や深い思いをたくさん持たれている方も多いでしょう。それまで漠然と感じていた目には見えなくて触れることもできない存在があるという確かさを今いろいろな意味で感じておられる方も少なくないと思います。目には見えず予想もできない自然の力や放射能。そして死ぬか生きるかの境目など。しかし確かに「目に見えない」「触れることのできない」確かなものがあります。それは人の思いや心、優しさや悲しみ苦しみ、人と人との絆、そして命。そして今一人一人と共にある神様からの信頼や愛そして一人一人を待つという神様からのみ心です。

一人一人の思いはイエス様のお名前を通して「祈り」へと変えられます。イエス様と言葉にしないとしても目に見えない絆は人と人との繋がりになります。そして放射能は目に見えない得体の知れない恐怖や後悔から「時」が与えられ、私たちを未来へと繋がる反省と希望へと導びきます。私が今語っていることは、苦しい現実や悲しみのただ中にいる人にはきれいごととしか思えないかもしれません。しかし、目には見えないそして手でも触れる事ができない確かなものは神様のみ心によって「祈り」となり「人と人とのつながり」となり「時」を私たちに与えてくれます。

イエス様が語られる「神の国」の例えは、イエス様が人間のかたちをとってこの世に生きておられた時代に一緒に生きていて、イエス様の話を聞きに集まった会衆にはわかりやすくても、からし種って何だ?と言うような、からし種を見た事のない人にはわかりにくい例えかもしれません。しかし「からし種」がどういうものかわからない人は「神の国」がどういうものかわからないというものではありません。例えば朝顔の種や稲というように「神の国」は私たちが生きている今、ここに、とても身近にあると言うことなのです。

そしてイエス様が話される「神の国」の例えには人も出てくれば土も種も出て来ます。そして収穫の時に鎌を入れる人がいます。

やっぱり私たち人間が種に名前をつけて私たちが種にふさわしい畑を選んで種をそこに蒔いて私たちが神様に与えられた「時」を判断して鎌をいれなくてはいけないのだろうか。

聖書を読んでいるとき、私は「また自分で努力をしなければいけないのかな」と初めは正直思いました。しかし、努力できないときもあります。もし、自分が息切れして神様を忘れてしまうとしたら神様に見捨てられてしまうのでしょうか。どんなに身近にあると言われてもこれでは全く遠い存在と変わりません。

違うのです。イエス様がここで例えられている「人」とは神様なのではないでしょうか。そして「種」は私たち一人一人。私たちはもうすでに神様によってふさわしい土へと、畑へと植えられその一人一人の命を神様が信じて愛し一人一人の「時」を待っておられるのではないでしょうか。

「目に見えない」もので確かさを感じながらも、いつも私たち一人一人が時によっては「いらない」と言ってみたり「どうしてあるの」と思ってみたり「もう少し留まってくれ」と願うものがあります。

それは「命」です。

人は勝手なもので自分の「命」をなかなか存在してもいいものとは自分では認めることができません。自分の周りに亡くなった人がいると「どうしてあんないい人が死んで自分は生き残っているんだ」と神様を恨んだりもします。また、ありのままの自分が生きるのは周りの人に迷惑になるんじゃないかと罪悪感にかられる時もあるかもしれません。しかし、神様からのみ心が働くところである神の国は、静かにやさしく確かに、そのままの一人一人を包んで下さいます。

一人一人がそのまま存在することそれが神様のみ心だからです。

自分はなんで生まれてきたんだろう。って私もいつも思っていました。それは病気がわかるずっと前からです。幼い頃から教会へ通っていた私の疑問は「神様はなぜ私をお造りになられたのかしら」ということでした。そしていつしか劇的に悲劇のヒロインになって死ぬことが理想になっていました。私が幼い頃に「1リットルの涙」がドラマになっていればきっと私が今かかっている病気も私の憧れの病気の中の一つになってたのかもしれません。皆さんもご存知のように私は現在脊髄小脳変性症という現代の医学では治す方法がない進行性の神経難病です。この病気の診断は18年ほど前に受けました。その時は有名ではない病名に驚き戸惑うだけでした。まだ杖も必要なく自分の足で歩けていたし、人にたくさん手紙を書いたりして字を書くことも自由にできました。だからどんな自分になるか想像もつきませんでした。現在ではできないことが増えていて歩く事も字を書く事も自由にできなくなり、できなくなったことは数えるとたくさんあります。これからもどんどん増えていくことでしょう。

いつもみ言葉を準備している時も「これが最後に言葉を使って話す説教になるかもしれない」という思いでいっぱいになります。

自分が想像してたり考えていたことを遥かに超えたできごとは突然起こります。そのようなとき私たち人間は悲しみ苦しみ、怒ります。でもどう仕様もないこともどこかではわかってます。しかし神様のみ心は「そのままのあなたが必要です」と一人一人に語りかけられます。神様のみ心が働くところ全てが神の国です。

また、私たちは、見える見えないでは割り切れない世界に生きているのにいかにも見える見えないなどの価値観だけが世界であるかのように感じることが多くなっているのかもしれません。

ある日私は新聞で「命を考える」と言うような記事が載っているのを見ました。しかしその紙面の下に何倍もの大きさで帝国劇場で行われるミュージカルの宣伝が載っているのを見て、随分こっけいだなぁっと思わず心の中で苦笑してしまいました。

苦笑した後、ふと気づきましたこの記事には深さがあるんだと。

そうです、その「命を考える」というような記事には紙面の広さよりも広く目には見えない、でも読む人一人一人が持つ深さで読むことができる大きな大きな「深さ」があったのです。

一人一人の「命」も思いの「深さも」目には見えない、手でも触れることのできない確かなものです。それら一つ一つの存在を愛し、つなげて下さるのも神様のみ心ではないでしょうか。

私たち一人一人は生かされてます。

目には見えない命を与えられている目に見える存在として、生かされている自分をそのまま生きるとき、神の国が私たちの目に見えるかたちとして示されます。

神様から愛されることも信じられることも、そして時を待って頂いているとも、目には見えず手でも触れる事ができない確かなもの、である一人一人への神様からのみ心の働きで目で見えたり手で触れられる形あるものに表現されたり目には見えないけど人のやさしさや思いやりの繋がりへと変えられます。それらには決まった形は必要ありません。それは一人一人の命の色であり音かもしれません言葉かもしれません。でもその一つ一つは確かに「神の国」を伝えます。一人一人の命の存在が「神の国」なのです。

神様はそのままの一人一人と共に歩まれ一人一人に希望を持ち、待っておられます。そのままのあなたは今、神様に必要とされ生かされてます。

「神の国」とは私たちが何かをすることの結果として神様に与えられるものではなくもうすでに私たちに与えられています。目には見えない確かなものが私たちに教えてくれます。「神の国」それは、ここにあります。いつも一人一人の命の傍に共にあり、一人一人を包んでいます。

主は言われます。

「あなたは神の国なのです。一人ではなく全ての人が私と共に歩んでいます。」

(2012年7月15日 聖霊降臨後第7主日 説教)

「日々新たにされる人生」 大柴 譲治

マルコによる福音書 2:18-22 ◆断食についての問答

<新しく水と霊から生まれるということ>
本日の福音書の主題は主イエスが私たちに与えて下さる「新しさ」ということです。ここでは主の弟子たちが「断食」をしないことが問題となっていますが、主は私たちを「律法を守る」という「古い生き方」から「主イエスを信じ、主に従う」という「新しい生き方」へと招いておられます。

「だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ」(マルコ2:21-22)。

「織りたての布」とは一度も水にさらされていない布のことで、それは水に濡れると大きく縮む性質を有します。ですから古い服に新しい布切れでつぎはぎをするほど愚かなことはないのです。「新しいぶどう酒」とはまだ発酵途上にある元気のいい新酒のことで、暴れるためしっかりとした容れ物を必要とします。古い革袋に入れると袋が裂けてしまうので、新しいぶどう酒には新しい革袋が必要なのです。ここで主が言いたいことは「新しい生き方」は「従来の古い生き方」とは相容れないということでありましょう。「古い生き方」とは「モーセ律法を厳格に守ろうとする律法主義的な生き方」で、それなりに「宗教的には敬虔に見える生き方」でもありましょう。しかしそれゆえに、律法を守る自己、正しい行いをしている自己を誇るようになる危険を内包する生き方でもあります。

ルカ福音書18章には祈るために神殿に上った二人の人の話がでてきます。自分が正しい人間だとうぬぼれて他人を見下している人々に対して話された譬です。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(18:9-14)。

神がどちらをよしとされたのかは明白です。自ら高ぶる者は神の前に打ち砕かれ、自らを無とする者、打ち砕かれた者は神の前に高められるのです。そしてそのような「新しさ」を主は私たちに与えてくださる。神が喜ばれる捧げ物は「打ち砕かれた霊」です。そう考えますと、古い服を新しい布で継ぎ当てすると服が引き裂かれてしまうとか、新しいブドウ酒が古い皮袋を破ってしまうという譬は、むしろ私たちが一度引き裂かれてボロボロになる必要があることを教えているのではないかと思えてきます。「光あれ!」という闇に響く声で神は天地創造を始められたように、主の声は打ち砕かれた私たちの中に新しい生き方を創造してゆくのです。

主は言われました。「だれでもわたしに従って来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従って来なさい」。私たちに求められていることは古い罪と汚れに満ちた「自分自身を捨てること」です。古い自分を温存したままでキリストに従うことはできない。古い自分は死んで、主にある新しい自分としてよみがえる必要がある。そのためにもどこかで自分自身の古い殼が打ち砕かれなければならないのです。それを聖書は「悔い改め」と呼びます。しかもそれは一度打ち砕かれたからよいというものではなくて、ルターが「キリスト者の生涯は日ごとの悔い改めである」(95箇条の提題)と言うように、「日ごとに新たにされる」必要があるのです。
ヨハネ福音書3章の主とニコデモとの対話を想起します。そこでも「本当の新しさとは何か」「どうすれば人は新しく生まれることができるのか」が主題でした。○イエス:「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」●ニコデモ:「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」○イエス:「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」(3:3-5)

「水と霊から生まれる」とは「洗礼」を意味しています。主がヨルダン川でヨハネから受洗された時に天が開け、聖霊が鳩のように降って神の声が響きました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。これは天からの究極の存在是認の声でした。「水と霊による洗礼」とは洗礼を通して私たちもまたこのような天からの声を聴くということです。神の”I love you!”という声によって、私たちは古い自分を捨て去り、新しい自分として生まれ変わるのです。「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」とパウロが2コリント5:17で語っている通りです。

洗礼を受けてキリストに結びあわされた者は、古い自分が死んで日ごとに新しい人間としてよみがえる。これは古い革袋でしかなかった私たちがキリストによって全く新しい革袋へと存在の根底から造り変えられてゆくのです。私たちは常に新しくやり直すことができる。繰り返し新たに始めることができる。それは何という豊かな恵みでしょうか。

ヨハネ福音書8章には一人の姦淫を犯した女性が主の前に連れてこられます(1-11節)。モーセ律法に従えば罪を犯した者は石打ちの刑で処刑されることになっていました。律法学者やファリサイ人たちは主イエスを試すために彼女を連れてきたのです。主は彼らを無視してかがんで地面に何かを書き始められました。あまりにもしつこく彼らが問うので主はこう言われます。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(7節)。そして再びかがんで地面に指で何かを書き続けられるのです。その後にはこう記されています。「これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。『婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。』女が、『主よ、だれも』と言うと、イエスは言われた。『わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない』」(9-11節)。

主の赦しは彼女を新しい喜びの人生へと押し出していったことでしょう。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」という主イエスの声は、彼女の心の中にこだまし、彼女の魂を揺さぶり続けたに違いありません。これまで誰も自分のような者にこのように深い次元で関わってくれた者はいなかった。彼女はこの声によって彼女は新たにされたのです。「光あれ!」という声が響いて新しい人の創造が始まったのです。

パウロもローマ書7章で叫んでいます。自分の中には望むことを行い得ず、望まないことを行ってしまう矛盾があって、それをどうしようもできないということに苦しみながら発せられた言葉です。「わたしは何という惨めな人間なのでしょうか。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(24節)。そのように自らの罪に嘆くパウロ、その直後の25節では「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と讃美の言葉を語っているのです。24節と25節の間にある「深淵」といいましょうか、その「落差」の大きさに驚かされます。キリストが私たちに与えて下さるのは、そのような深淵をジャンプする「新しさ」です。キリストご自身が私たち人間には越えることのできない深淵を向こう側からジャンプして越えてきてくださったのです。み子なる神が罪人の一人としてこの地上に降り立たれたということはそういうことでしょう。天が地に接したのです。

<ボロボロの皮袋をも新たにしてくださる主の愛>
私たちは人生の中で、自分がつぎはぎだらけのボロボロの革袋にしかすぎないと思わされることがしばしばあります。仕事や受験に失敗したときや人間関係において何か取り返しの付かないことをしてしまったとき、病気になったとき、突然の喪失体験に襲われた時などがそのような時です。歳を重ねてゆくということも、次第に一つ一つできないことが増えてゆくという意味では、ゆるやかな喪失体験を積み重ねると言いうるかもしれません。あるいは、すべてがうまくいっているときにも私たちにはどこかで空しさが感じられて、このような自分ではいけないのではないかと思わされることもあります。そのような時に私たちは、自分はつぎはぎだらけのボロボロの革袋にしか過ぎないという現実を感じ取り、やるせない思いになるのです。

繰り返し聖書が私たちに告げているイエスさまの「新しさ」とは、しかし自分は何てダメなのだろうと感じているどうしようもない自分をも大きく包み込み、繰り返し繰り返し古い自分を脱皮させて、日ごとに新たな存在として再出発をすることを許してくれる新しさ、どん底の中で再び勇気を抱いて立ち上がる力を与えてくれる、そのような新しさです。本日の日課にある「断食にこだわり続けている人間」とは古く分厚い堅い殻をかぶった人間の姿を現していましょう。自分の力では変わることのできない古い人間。そのような人間が、主と出会うことを通して古い殼が打ち破られ、新しい人間としてキリストの祝宴を喜び祝うという本当の自由へと解放されてゆくのです。

主イエスの宣言する「新しさ」とは、その独り子を賜るほどに私たちを愛して下さっている神の、愛の強さによって創造される新しさです。神は私たちから罪と恥とをぬぐい去り、新しい人間(「キリスト者」!)として日ごとに新たにして下さるのです。そしてこの「新しさ」とは、日ごとに新しく創造され、神のいのちを贈り与えられるということを意味します。「一日一生、一期一会」の今を大切に生きること、それが新しいブドウ酒を新しい革袋に注ぐということなのだと信じます。

新しいブドウ酒は新しい革袋を必要とします。イエス・キリストというお方は、古い革袋でしかない私たち、つぎはぎだらけの袋でしかない私たちを引き裂き、新しい革袋へと造りかえてくださる。そのような私たちの存在を根底から新しくする真の力を持ったブドウ酒なのです。聖餐式の時に私はウェハスを二つに裂きますが、それは十字架の上に引き裂かれたキリストのみ身体の痛みを表すと共に、私たちをそこから新しくする主の愛を表しています。そのことを覚え、そのことを深く噛みしめ味わいながら、ご一緒に新しい一週間を主の愛のうちに踏み出してまいりましょう。

お一人お一人の上に、私たちを日ごとに新たにするキリストの愛が豊かに注がれますように。アーメン。

(2012年6月17日 主日礼拝説教より)

礼拝説教 「とりなす愛」 大柴譲治

礼拝説教 「とりなす愛」                大柴譲治
 マルコによる福音書2:1-12 ◆中風の人をいやす

<はじめに>
 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

<屋根をはがした「四人」>
 本日の福音書にはとても印象的なエピソードが記されています。「数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、あなたの罪は赦される』と言われた」(マルコ2:1-5)。
 屋根をはがして病人を寝ているベッドごと穴からつり降ろすというのは大仕事です。当時の屋根は確かに穴を空けやすかったとしても実に大変だったことでしょう。そこからは、自分たちにとって大切なこの人に何としてでも治ってもらいたいという四人の熱意が伝わってきます。5節に「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、あなたの罪は赦される』と言われた」とありますが、主ご自身も四人の熱意に打たれ、そこに「彼らの信仰」を見て取ったのです。そして主は、身体が麻痺して動かなかった「中風の人」に「あなたの罪は赦される」と言われました。ここで「罪の赦し」とは「神との和解」(=救い)を意味していましょうが、本日は特にこの「四人」に焦点を当てて御言葉に聴いてまいりたいと思います。
 この「四人」は親友でしょうか家族でしょうか。「中風の人」にとっては自分のために一生懸命になってくれる者の存在はとても有り難かったに違いありません。この四人のおかげで、全く身動きが取れなかった自分が主イエスの前に進み出て、主とお会いすることができたのです。そのおかげで彼は主の救いの御業を自らに体験することになりました。
 この出来事を私たち自身に当てはめて見るなら、今日私たちがここで礼拝に集っているという事実の背後に、私たちのために一生懸命に祈り、私たちを主の前に連れ出してくれた「執り成しの四人」が存在したということに気づかされます。主イエスを信じた者が私たちを主の御前に導いてくれたのです。「いや、自分にはそのような人はいなかった」と言う人もあるかもしれません。しかしそれは恐らく、自分では気づいていないだけなのだと思います。人と人との出会いを通して私たちは主イエスに導かれて来ました。皆さんにもこれまでの信仰の歩みを振り返っていただきたいと思います、主キリストの御前にまで導かれてきたプロセスを。そこでは「四人」と言わず、多くの信仰の先輩たちがこの「私」のために執り成してくれたことに気づかされてゆくと思います。ある人にとってそれは両親であるかも知れません。家族や親族かもしれません。恩師や親友や、職場の同僚に導かれた人もありましょう。牧師や宣教師、信仰者の先輩との出会いが決定的だった方もおられましょう。確かに私たちは、出会いの中で支えられ、祈られ、キリストへと導かれて来たのです。見えないキリストが見える兄弟姉妹の姿を取って私たちを導いてくださったと申し上げることもできましょう。マルティン・ブーバーが言うように、「個々の我と汝との出会いの背後(延長線上)には、永遠の汝たる神の姿が垣間見える」のです(『我と汝』)。

<私にとっての「四人」とは誰か>
 私自身にとってこの「四人」とは誰かということを生育歴で振り返って見ると、私が思い出せる範囲内での事ですが、それはまず最初に①②私の両親であり、高校時代に藤枝教会でお世話になった③ラッセル・サノデン宣教師、そして19歳の私に藤枝教会で堅信式を授けてくださった④中村圭助牧師であったと思います。自分では覚えていないのですが、私は生後一ヶ月半で名古屋の恵教会で⑤ゲイレン・ギルバートソン宣教師から幼児洗礼を受けています。また、私の父が岡山教会で牧師をしていた時に一緒に働いた⑥ウィルバート・エリクソン宣教師とそのご家族からも多大な影響を受けました。私は三人兄弟の長男なのですが、三人とも結婚式を⑦賀来周一先生にしていただきましたので、先生のお名前をも挙げなければならないでしょう。もちろん神学校の先生方も恩師として数えなければなりません。このように数えて行くと次から次へとお世話になった人たちのことを切れ目なく思い起こして行きます。皆さんも同様でしょう。連綿と続く出会いと執り成しの祈りの中で私へと信仰のバトンが継承されてきたのです。
 これを思想的な次元で捉えることもできましょう。実存的な次元においても思想的な次元においても、私たちにはその場その時に相応しい主の導きが備えられているのだと思います。「主の山に備えあり(アドナイエレ)」という言葉や「神のなされることは皆その時に適って美しい」という旧約聖書の言葉の通りで、振り返って見るとそれらのすべてが私にとっては必要な備えであり、ここに至るまでの導きであったということが分かります。一例としてあげさせていただきましたが、自分の生育歴を振り返って見るということは、人生をまとめてゆくため、統合してゆくためにも有益でありましょう。

<映画『エンディングノート』>
 昨秋『エンディングノート』というドキュメンタリー映画を観る機会がありました。御覧になられた方もおられましょう。それは題名通り、一人の定年直後のサラリーマンが末期癌のため余命いくばくもないということを知り、自分の人生をまとめてゆこうとする内容でした。娘さんの一人がビデオカメラを回してその様子を克明に記録しています。「孫と全力で遊ぶ」「葬式のシミュレーション」等、「段取りが命」で会社人生を送ってきた父親らしい余命の過ごし方が微笑ましくも丁寧に描かれたドキュメンタリーです。そこには、自分の葬儀を依頼するためにカトリック教会を訪ね、神父さまと話してやがて洗礼を受けて行くというプロセスも一つのエピソードとして挿入されていました。「信仰を持つ」ことが人生の最後のステージにおいて重要な意味を持つということが、淡々と温かくユーモラスに、しかし鮮やかに示されていたと思います。人生においてキリストと出会うことはどうしても外せないと思います。「余命半年」としたら私たちはどのように生きるでしょうか。何をしたいでしょうか。そこでは私たちの持つ価値観が問われてゆくと思います。私たち自身の「エンディングノート」を書いて行くことが求められています。機会がありましたら御覧いただきたいと思います。

<菊池文夫兄の信仰告白〜「主我を愛す」>
 先週の火曜日に中野総合病院において、神学校教会時代から長く私たちの交わりの中に置かれていた菊池文夫兄が87歳の生涯を終えて安らかに天に召されました。菊池さんご夫妻は以前はルーテル神学校で職員として働いておられましたが、書や手品やフォークダンスもこなすなかなか多才な方でした。文夫さんは若い頃に結核を患ったために肺機能が低下し、晩年は大変に呼吸が苦しい中でいつもフラフラしながらも礼拝に来ておられたことを思い出します。礼拝後に「お具合いかがですか」と伺うと、必ず手を振りながら「全然ダメ」とおっしゃるのです。そのやりとりが私と菊池さんの間で一つの大切な儀式のようになっていました。昨年11月20日にご入院され、退院して御自宅に帰ることを夢見ながらも結局熱が下がらず、2月7日(火)午後12時20分に天に召されることになられたのです。ちょうどその日の14時に面会を予定しておられた賀来先生が臨終の祈りを祈ってくださり、18時からは病院の霊安室で献体のための告別と出棺の祈りを私が捧げさせていただきました。
 その際にもシェアされたことですが、2月5日の日曜日の午後に、元「シャロンの会」の佐瀬さんと中山康子さん等三人がお見舞いに行ってくださいました。そして病室で讃美歌を何曲か歌った後に筆談で菊池文夫さんは(お元気な頃はとても達筆な方でした)、震える字で「主 我を愛す」と書かれました。康子さんが讃美歌の『主我を愛す』を歌って欲しいのですかと伺うと、そうではないと首を横に振って微笑まれたということでした。それは苦しい息の中で、死の床にあった菊池文夫さんの信仰の告白でもあったのです。「主 我を愛す」。
 詩編23編はこう歌います。「主はわが牧者であって、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、憩いの水際に伴われる。主は御名のゆえにわたしを正しい道に導き給う。たとい死の谷の陰を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを慰めます」。あのステンドグラスに描かれた羊飼いイエス・キリストのご臨在が、死の陰の谷をゆく時も、私たちを守り導いてくれるのです。ですから何の心配も要りません。「主 我を愛す」という菊池文夫さんの告白は、そのような牧者キリストに対する信頼の告白でもありました。このキリスト告白に触れて、そしてその安らかなお顔に接して、ずっと看病に当たってこられた菊池秀美夫人は真に慰められたという感謝のメイルを昨日送って下さいました。まことに「アドナイ・エレ、主の山に備えあり」です。神のなされることは皆その時に適って美しいと言わなければなりません。私は思います。菊池さんがそのような信仰に導かれていったことの背後には、熱心に祈り続けてくれた神の備えられた「四人」がいたのだろうと。
 秀美夫人がその火曜日の夜、ご主人が書き残された文章を若い頃の富士山登山の写真と共に配って下さいました。その筆跡は確かに「主 我を愛す」となっています。そしてその後にもう少し言葉が添えてあるのです。読みにくいですし私の深読みかも知れませんが、私は「主 我を愛す」に続けて「我 秀を愛す」と書いてあるのではないかと思いました。菊池文夫さんは献身的に介護してくれている秀美夫人の中に、そしてそのちょうど50年になる結婚生活の中に、自分のために屋根をもはがしてイエスさまの前に自分の床をつり降ろしてくれる四人の友の姿を見たのではなかったかと思います。「主 我を愛す。我 秀美を愛す」。主は必死になって隣人に関わる者を通して、そのご臨在を示されるのだと思います。確かに神は人を通して働かれています。

<「四人」のうちの「一人」になる>
 私たちもまた隣人に対してこのような「四人」のうちの「一人」になりたいと思います。マザーテレサは「愛の反対は憎しみではなくて無関心である」と言いました。無関心、無関係、無感覚、無感動。関心を持たないこと、関係を持たないこと、何も感じないこと、現代社会ではそのような人間関係が少なくないと思われます。そのような中で私たちはキリストによって互いに深く関わりを持つように招かれています。「絆は傷を含む」のです。私たちは主によって集められた「神の家族」です。屋根をはいでまでキリストの前に連れ出そうとしてくれる執り成しの祈り、執り成しの愛が私たちには互いに備えられている。そのことを味わいながら、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。私はいったい今、誰のために遣わされているのか。そのことを考えながらご一緒に一週間を過ごしてまいりましょう。お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。アーメン。

<おわりの祝福>
 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2012年2月12日 顕現節第六主日 礼拝説教)

説教「たとえ明日世界の終わりが来ようとも」 大柴 譲治

マルコ福音書13:24-31

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

教会暦の最終主日にあたり

本日は教会暦では「聖霊降臨後最終主日《、一年の最後の日曜日となります。来週からはいよいよ待降節(アドヴェント)。それは「到来《という意味のラテン語で、私たちが自らを悔い改めつつ、主の到来に備える4週間の期間が始まります。

本日の福音書の日課には主の再臨が預言されています。それはこの世の終わりの預言でもあります。一年の終わりの日曜日に私たちはこの世の終わり、人生の終わりについて思いを馳せるよう導かれているのです。

「未来《に対する上安と恐怖

『2012』という映画が昨日から封切りされています。古代マヤ文明の預言には「2012年12月21日《以降が記されていないということで、そこから世界の滅亡を描いた映画であるということです。終わりについて思う時、私たちは今をどう生きるか真剣に考えるようになります。

アルフォンス・デーケン神父が「死の準備教育《という授業で学生たちに最初に問うのは「もし余命半年であるとすれば、あなたはどのように過ごしますか。考えてみてください《という質問でした。持ち時間が限られているとすればそれをどう用いるか、何が大切でどのように優先順位をつけてゆけばよいかを一生懸命に考えるのです。

死刑囚を扱った『宣告』という作品を書いた加賀乙彦はこう報告しています。死刑囚たちは自らの終わりを意識しながら「もう自分には明日はないかもしれない《という思いで真剣に今を生きている。しかし恩赦などで減刑されて無期懲役になった途端にそのような生き方が崩れてゆく。終わりが延期された時、その精神は足場を失って崩れてゆくと言うのです。その「生命の質《は確かに異なっている。終わりを意識することが今を真剣に生きることとつながっている。その意味では生と死は別々のものではなく、表裏一体の「生死(しょうじ)《として理解されなければならないのです。

先日テレビで脳についてのクイズ番組を観ました。二人の脳の専門家が参加者の様々な質問に答えてゆくのです。その中で面白かったのは「人間だけが未来を予測する能力を持ち、そこからストレスが来る《という専門家の発言でした。他の動物は「過去《をある程度記憶することはできても「未来《を予測することはできない。人間だけが「過去《のトラウマの記憶と「未来《の上安の予測との両方においてストレスを持つのです。イエスさまは「明日のことを思い煩うな《と語られましたが、どうしても私たちは明日のことを思い煩ってしまう。

決して滅びることのない主の御言葉

そのような私たちにイエスさまはこの世の終わりを指し示します。

「それらの日には、このような苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる《(24-25節)。

マルコ13章は「小黙示録《とも呼ばれます。神殿崩壊の預言から、多くの偽預言者の登場、戦争の噂、地震、飢饉、迫害等「終末の徴《が現れた後に天変地異が起こるというのです。しかしその中に再臨のキリストがこの地上に降り立つと預言されています。「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。そのとき、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める《(26-27節)。

この世の終わりは「審判の時《であると同時に「救いの時《、神の国が実現する時でもあると預言されているのです。

「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない《(28-31節)。

天地は揺れ動き、滅びるとも決して揺れ動かないもの、滅びないものがある。それが主の御言葉です。終わりを意識する時、私たちは確固としていたはずの自分の価値観が揺さぶられます。その恐れとおののきの中で「人の子《再臨のキリストが戸口に近づいているということを悟りなさいというのです。ヨハネ黙示録には私たちの戸の外に立ってノックをしてくださる主イエスの姿が描かれています(3:20)。万物は揺らぐとも神の御言葉は永久に立つ。この一点にしか私たちの足場はないのです。

「突破口《は苦しみの直中に

牧師としてターミナルケアやグリーフワークに関わる中で思わされることがあります。私たちは苦しみや悲しみをできれば避けたいと思っている。それらは辛いことだからです。苦しみや悲しみから逃げようとして私たちは通常そこに背を向けます。それは自然なことでもある。しかしそれは否定しても否定しても亡霊のように立ち現れて私たちを追いかけてくる。私たちが知らなければならないことは、痛みや苦しみの突破口は、どこか他の所にあるのではなく、まさにその痛みや苦しみの只中にある、その奥深くにあるということです。

悲しみを乗り越えてゆくためには悲しみに背を向けるのではなく、その中に深く降りてゆくことが大切なのです。とことん悲しみを味わい、それに沈潜する中に悲しみを乗り越えてゆく力が与えられてゆくのです。上思議なことですが傷の癒しはその傷口の中にある。そこにそっと手を触れてくださる方において癒しは起こるのです。悲しみと苦しみの深みで私たちはキリストと出会い、癒しを与えられるのです。

イエスさまは言われました。「だれでもわたしに従ってきたいと思う者は、自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従ってきなさい《と。自分の十字架を背負うことの中に私たちは突破口を与えられてゆくのです。私たちが上安や恐れにおののいている所にキリストは降りてきてくださった。そして主はそこで私たちに寄り添っていてくださる。私たちと呼吸を合わせて私たちの傍にいてくださる。それが私たちの唯一の慰めです。

「たとえ明日世界の終わりが来ようとも」

ルターの言葉として伝えられてきた「たとえ世界が明日終わるとしても、今日私はリンゴの木を椊える《という有吊な言葉があります。この言葉は先日の飯能集会でも話題になりました。徳善先生によるとこの言葉はルター自身には出典を確認することができないということです。それはもしかするとルター自身の言葉ではないかもしれない。でもそれは、極めてルター的な言葉であると私は思います。ウォルムスの国会で自説の撤回を求められてそれを拒み、「われここに立つ。神よ、われを助けたまえ《と言い切ったルターの姿と重なるからです。

たとえ明日世界が終わろうとも、明日自分の命が絶たれようとも、神の未来に希望を託して今を生きるのです。神からの希望としてキリストがこの地上に降り立ってくださった。終わりの中に始まりがある。「わたしはアルファでありオメガである、初めであり終わりである《と語られたキリストこそ、私たちと共に歩みたもうインマヌエルの神であります。

明日限りの命であるとすればあなたは今日をどう生きるのかと鋭く問うてきます。あなたは何を真の支えとして生きるのか、あなたはどこに本当の希望を見い出しているのかと問うてくるのです。主は未来を恐れる私たちの戦慄をよくご存じです。それを知っていて私たちを助けるために主はその恐れの一番奥底に降り立ってくださったのです。自らの苦しみと痛みから逃げるのではなく、それを主と共に背負うところに私たちの突破口があります。

だから私たちは、キリストのゆえに、たとえ明日世界の終わりが来ようとも、神の国の到来を信じて、今日リンゴの木を椊える(為すべきことを為す)のです。教会暦の終わりに終わりの日に思いを馳せ、私たちの終わりを統べてくださるキリストに思いを馳せることは意味あることだと思います。

これもルターの言葉です。「もし私が地獄に堕ちなければならないなら喜んで地獄に堕ちよう。なぜなら地獄にもキリストはおられるからだ《。キリストが共にいてくださるところ、そこは「地獄《のように見えても「天国《なのです。「天地は滅びるともわたしの言葉は決して滅びることがない《と告げてくださるお方を覚えながら、一年の終わりを迎え、新しい一年の始まりを迎えてまいりましょう。

お一人おひとりの上に神さまの祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年11月22日 聖霊降臨後最終主日説教)

説教「御衣に触れることができれば」 大柴 譲治

哀歌3:22-33、マルコ福音書5:24-34

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

真剣に関わってくれる存在によって

人は愛されることによって愛することの大切さを学びます。愛するとは、相手と真剣に関わるということであり、相手を大切にするということです。時としては、厳しく相手に向い合うということが必要となりましょう。私たちも振り返ってみれば、自分と真剣に向かい合ってくれた人々との大切な記憶の中で育ってきました。私たちは自分に向けられた真剣なまなざしをいつまでも覚えているもののようです。

本日の旧約の日課には、神が私たちに真剣に向かい合ってくださるということが記されています(哀歌3:22-33)。特に31-33節を読んでみます。

主は、決して
あなたをいつまでも捨て置かれはしない。
主の慈しみは深く
懲らしめても、また憐れんでくださる。
人の子らを苦しめ悩ますことがあっても
それが御心なのではない。

「幼子のようにならなければ神の国に入ることはできない《(マルコ10:15)と主は言われました。苦難の中にあっても「必ず神は私を助けてくださる《とまっすぐに信じる子供のような無心の心を持つことが求められています。神の御心に対する徹底的な信頼が求められているのです。

しかし、そのような信頼はどこで獲得されるものなのか。私たちは一人でもよいから自分と真剣に向かい合い、自分と真剣に関わってくれる人を必要としている。そのような出会いを持つ者は幸いであります。おそらく人間はそのような出会いから、困難の中にあっても人間は信頼に価するということ、この世が生きるに価するということを学ぶのです。真剣な関わりというものの重要さを覚えます。

むさしのだより7月号巻頭言に野村克也監督について書かせていただきました。とても個性的で、優れた観察力を持つ、「データ《と「人情《の両方を大切にしている人物です。その野村監督はあるところで「人生の中で三人の友を持て《と言っています。三人とは、1)原理原則を語ってくれる友、2)師と仰ぐことができる友、3)(言いにくいことも)直言してくれる友、の三人です。至言です。

三つをまとめて言うならば、「自分ときちんと真剣に関わってくれる友を持て《ということでありましょう。「親友《を持てと言うのです。真剣なまなざしは長く私たちの記憶に残るものなのです。ここにおられるお一人おひとりも、今、これまで自分に真剣に関わってくれた人のまなざしを思い起こしておられるかもしれません。

後ろからそっと御衣に

本日の福音書の日課には二つの奇跡がサンドイッチのようなかたちで記されています。本日は特に、その真ん中に挾まれている「12年間も長血を患った女性に《焦点を当てて読んでゆきたいと思います。印象的な出来事です。

(マルコ5:24-34を読む)

私たちにはこの女性の心の動きが分かります。どこかで似たような体験を持っているからかもしれません。「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった《(26節)という一節は、私たちの現実の困難さをよく言い表しています。どんなに努力してもすべてが徒労に終わり、報われないことがある。神も仏もあるものか、という状況です。

どうして神はこのような苦しみを与えるのかと彼女は嘆いたに違いない。「神に罰せられ、裁かれた者《として人々は後ろ指を指し、彼女を物笑いの種にしたかもしれません。自らを「汚れた者《として社会的に隔離しなければならなかった当時の状況もあります。「イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの朊に触れた《(27節)という表現は、接触によって「汚れ《は伝染するとみなす当時のユダヤ教の厳しい律法を想起させます。そのような状況の中で、彼女は誰にも分からないように後ろからそっと手を伸ばして主の御衣に触れるしかなかったのです。既にできることはすべて全財産を用いてやり尽くしていた。

「すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた《(29節)。神は祈りに答えて下さった! 彼女は癒されたことを直感して、そう感じました。喜びと安堵に満たされた。それは長い間忘れていた感覚でもありました。

場面はしかし彼女の思いもよらぬ方へ急転します。主イエスが、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆を振り返ってこう言われたのです。「わたしの朊に触れたのはだれか《と。この言葉に彼女は心臓が止まりそうになったに違いありません。「汚れた者《である自分が、公衆の面前で、後ろからでも男性に触れるというのはとんでもないことです。イエスに「汚れ《を移してしまったことになるからでもあります。

弟子たちは言います。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか《。しかしイエスは、「触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた《(31-32節)。

女性はイエスとまなざしを感じたのでしょうか、観念します。「女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した《(33節)。どれほど恐ろしい罰が与えられるかと彼女は恐れとおののきの中にあります。

しかし、イエスさまの言葉は彼女の思いとは全く違ったものでした。その若い女性を自分の真正面(中心)に置いて、主は彼女を見つめながら言います。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい《(34節)。彼女は心の底から癒され、解放されたのです。神に罰せられたと思っていた自分が神に愛されていたことを知るのです。

この言葉は、長く病気に苦しんできたその女性にとってどれほど温かく、有り難く響いたことでしょうか。自分の病気が自分の罪に対する神の罰だと感じてきたであろうその女性に、主は罪については一言も語っておられない。むしろ自分には信仰がないと思っていたに違いない彼女に、「あなたの信仰(ピスティス)があなたを救ったのだ《と宣言しておられる。この「ピスティス《という言葉は「信仰《とも「信頼《とも、また「信実/まこと《とも訳せる言葉です。「そっと御衣のすそに触れることができれば《と思った主イエスに対する信頼が、そのような大きな病いを癒すという奇跡を起こしてゆくのです。

そしてそれは、あなたの中に神の信実(ピスティス)の御業が働いているということでもある。「神があなたの中に働き、あなたを救ったのだ。神があなたと共におられるのだから、安心して行きなさい。もうその病気にかかることはないから、元気に暮らしなさい《と主イエスは彼女を神の祝福の中に送り出してゆくのです。これはとても印象的な出来事であります。

信仰(ピスティス)

彼女の「信仰《とは何を意味しているのでしょうか。12年間も長血を患って、財産もすべてを失って、何にも頼ることのできない彼女でした。どこにも希望はなかった。ただ神の憐れみに頼る以外にはなかったのです。「主よ、憐れんでください《と祈りながら後ろからそっと主の御衣に触れる。それが彼女の信仰でした。彼女は土壇場で本当に頼るべきものを見出したのです。イエスと出会うことができた。人生はあの羊飼いのステンドグラスに描かれたお方と出会うためにあるのです。

そのことがもたらした大きな変化に誰よりも彼女が驚いたことでしょう。彼女はそれを通してキリストの熱い愛に触れることができたのです。病いが癒されたこと以上に、そのことが彼女の心に忘れ得ない刻印を残したに違いありません。彼女の目には涙があふれ出たに違いない。主イエスとの出会いとはそのような変化を私たちにもたらせます。「あなたの信仰があなたを救った《。これは本当に上思議な言葉です。自分は上信仰であり、信仰などかけらもないと周りから見られていたし、自分でもそう思っていたその女性に、主は「あなたの信仰があなたを救った《と言われるのですから。彼女は主のまなざしの中で新しい人生を踏み出してゆきます。

私たち自身もそうでありましょう。そっと後ろからキリストの御衣に触れることができれば、というかつて思った私たちのささやかな願いを、私たちの思いを遙かに超えるようなかたちで、主イエスは真正面から受け止めてくださったし、受け止めてくださっておられるのです。伸ばした指先に触れたキリストの愛のぬくもり。それは忘れられない光を彼女の心に灯したに違いありません。この灯火をもって、キリスト者はこの世を歩んでゆくのです。傷ついた葦を折ることなく、消えかかった灯心を消すことのないお方がここにはおられます。

主の慈しみは決して絶えない。
主の憐れみは決して尽きない。
それは朝ごとに新たになる。
「あなたの真実はそれほど深い。
主こそわたしの受ける分《とわたしの魂は言い
わたしは主を待ち望む。
主に望みをおき尋ね求める魂に
主は幸いをお与えになる。
主の救いを黙して待てば、幸いを得る。
若いときに軛を負った人は、幸いを得る。
(哀歌3:22-27)

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年7月26日 聖霊降臨後第8主日説教)

説教「生かされて今」 伊藤 早奈

マルコによる福音書3:1-12

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

祈り

はじめにお祈りいたします。心を合わせてください。神様へ全てのお一人お一人の心が向けられますように。心を込めてお祈りいたします。

天の神様、今朝も私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。今朝は武蔵野教会の礼拝へとあなたによって招かれ、あなたによって武蔵野教会へと招かれたお一人お一人に、み言葉を通して出会えますことを感謝いたします。また、時を同じくして礼拝が行われている飯田教会のためにもお祈り致します今朝は説教者として武蔵野教会から大柴牧師が招かれております。大柴牧師も飯田教会の礼拝へ集められたお一人お一人もみ言葉を通して豊な出会いが与えられますように。

一人ひとりの方々と出会い「おはようございます。《と挨拶を交わすことのできる一瞬一瞬を与えられ感謝します。また朝を迎え目覚めること、それは当たり前のことでなく、あなたから私たち一人ひとりへ与えられるかけがえのないものであることを思います。神様、私たちはあなたから与えれられているたくさんの一つ一つのことに感謝することをつい忘れてしまうことが多いですが、一つのものを失うとき、あなたにたくさんの上平や上満を言うことがあります。そんな自分勝手な私たちですが神様あなたは私たちを愛してやみません。せめて一日を「ありがとう《から始められる今を感謝できる私たち一人一人でありますように。これから語られます神様あなたからのみ言葉この語る者を通して神様あなたがここにおられるお一人お一人へとお語りください。この語る者の全てを神様あなたへお委ねいたします。

このお祈りを主イエスキリストの御吊によってみ前にお捧げいたします。アーメン。

片手が萎えた人の癒し

おはようございます。今朝与えられました聖書の箇所の中のマルコ3:3において主イエスは安息日と呼ばれている日にファリサイ派の人々やたくさんの人のいる会堂の中で片手の萎えた人を人々の真ん中へと招かれます。

この文の中で「片手が萎えた《とありますが「萎えた《とは身体の衰えのことも指しますが「乾いた《という意味もあります。大地の乾きも指し、命の渇きも指すのではないでしょうか。主イエスにとって、ここでまるで問題にされているかのようになっている律法に定められた「安息日《が問題なのではなく、主イエスにとっては今ここで命の渇きを覚えている目の前にいる、この人を生きているこの場へと招くことが大切だったのです。主イエスの招きは今、現在も何ら変わることもなく私たち一人一人へ向けられています。

主イエスは聖書マルコ3:4において語られます「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。《主イエスは律法のために生きておられるのではなく、私たちが神様である主イエスへと心を向けるために律法があります。そして私たち一人ひとりの命の渇きに癒しを与えてくださるため主イエスは私たちと共にいて私たちを招いてくださいます。

世界中の一人一人もすべての命一つ一つはどんな存在であったとしても神様に創られ、そして共にいらっしゃる主イエスによって愛され招かれています。それは今も決して変わることなく続いています。こんなの愛なんかじゃない。と例え言う人がいたとしてもあなたは神様から愛されています。誰と比べることもできません。神様によって今、良いものであるとされて一人一人は生かされています。

与えられた今を生きる

「なぜ私は今ここにいるのだろう。《私はそんな問いを持ってここにいます。いつもいつも自分に繰り返される問いでもあります。どうしてこんな私が生きているのだろう。と問い続けても誰に問えばいいのか、誰が答えをくれるのかと、もがくときがあります。私と同じような問いを投げかけたり、今まさにそんな思いのただ中にいる方もおられるかもしれません。ただ、その問いの答は親であったり友達だったりパートナーに問いかけてみたりしても返ってきませんヒントを与えてくれたりはできるかもしれません。例え今、自分はこういう理由でここにいます。と言える方がおられたとしても主イエスのお招きがなければここで一人ひとりと出会うことができません。今あなたの命の存在を必要とされているからこそ主イエスは、あなたを今ここへと招かれておられるのです。

私は何年か前にテレビドラマとなった「1リットルの涙《というドラマの主人公の少女と同じ病気です。自分がこんな病気になることも、そして今ここにいることさえも思いもよらないことです。できたことがどんどんできなくなる現実はとても辛く悲しいものです。歩く方法が足から、杖と足、そして車椅子へ、字を書く方法はペンからパソコンへ、食事をすること、人と会話をすることなど一つ一つのことがうまくできにくくなって、できる方法が変わってきています。昨年の自分ができたことが今の自分からもぎ取られていくような現実は自分でも信じたくない現実です。

そんな悲しみと向き合う中で当り前にできると思っていた一つ一つ、その一つ一つは当り前にできることではなく、与えられていたのだと気付くことができました。それは主イエスの共にある祈りの中での気付きだったのかもしれません。初めのお祈りの中にもあったように朝、目覚めるそのことさえも私たちは与えられないと目覚めることができないのです。それら一つ一つは神様が一人一人へ今与えてくださっているのです。全てのことができて当たり前だと思う世界では当り前のことができない者たちへの比較や差別が生まれます。しかし全てが与えられると思うとき、そこには比較や差別ではなく「感謝《が生まれます。全てのことが「ありがとう《から始まるのです。

今、映画化されて話題となっている「余命一ヶ月の花嫁《というドキュメントがあります。もちろん主人公である長島千恵さんは癌の早期発見を訴え命の尊さを訴えています。しかし、それだけではなくこの映画は「与えられている今《を生かされていることを知り、今を精一杯生きることの大切さを私たちに教えてくれるのではないかと私は思います。「与えられている今を生かされる《一人ひとりにとって死は終わりではありません。「今《というこの時の中を生かされているからです。でも、いくら「今《が与えられているんだよ。と言われてもその今を精一杯生きるそのことが一番難しいし、本当に勇気がいることかもしれません。

私自身も「余命一ヶ月の花嫁《の本を読んでいて正直,癌になった千恵さんがうらやましい気持ちがありました。それは死ねるからです。そんなこと。。。と思われる方も少なくないでしょう。ただどうなっていくのかわからないけど死ぬことはないと言われても。。。と思ってしまう自分がいるのです。失われるものへと心が捕われて下を向く時に「死《は魅力的になります。

主イエスの招きの声

そんな時、今朝与えられた主イエスからのみ心が語られます。「今この場に私と共に立ちなさい。私があなたの命の渇きを癒そう。あなた自身が立ち、あなた自身が手を伸ばしてみなさい。《と

私もあなたも今、主イエスによって招かれています。それは遠く人里離れた所ではなく今という現在の人のただ中にそのままのあなたが招かれています。勝手に行きなさいと主イエスが言われるのではなく主イエスがおられるその所へあなたは招かれるのです。私たち一人一人はそれぞれの所で今を生かされています。今という時の中を一歩一歩自分のペースで歩めばいいのです。それが例え自分の足であっても杖であっても車椅子であっても。

主イエスは今、私がどのような状態であるのか、ここで立ちすくむしいかできないでいる私をもご存じです。それは共におられるからです。

何が急に起こるかわかりません。急に病になるかもしれません、地震が起こるかもしれません、明日死ぬかもしれません。残念ながらその時は私たちには知ることができません。だからと言って怯える必要はありません。私もあなたを驚かすつもりはありません。

しかし、一人ひとりに与えられている確かなものがあります。それは今というかけがえのない時です。未来のために生きているわけではありません。今を一つ一つ重ねていけば未来となり、また過去があったから、今があります。

今というかけがえのない時があなたに、そして一人ひとりに与えられています。

生かされている今を精一杯に生きること。それは主イエスが共にいてくださるからできるのです。そして私たちの出会う一人ひとりも同じです。大人も子どもも女性も男性もどんな人間も命在るものは全て生かされています。与えられている命そして今というかけがえのない時の中を精一杯生きることを任されています。

そして今、一人一人の命と共におられ、招いて下さる主イエスが言われます。

「私があなたを招いているあなた自身で生かされている命を生きなさい。《

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年6月28日 聖霊降臨後第四主日礼拝説教。伊藤早奈先生は現在東教区付の嘱託牧師として働いておられます。)

説教「新しいブドウ酒は新しい革袋に」 大柴 譲治

マルコによる福音書2:18-22

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

つぎはぎだらけの革袋

本日はイエスさまの「新しいぶどう酒は新しい革袋に《という言葉に焦点を当てて、「真の新しさとは何か《ということをみ言葉に聴いてまいりたいと思います。

私たちは人生の中でしばしば、自分がつぎはぎだらけのボロボロの革袋にしかすぎないと思うことがあります。仕事や受験に失敗した時、人間関係に破れた時、病気になってしまった時、突然の喪失体験に襲われた時などがそうです。歳を重ねてゆくということも、一つ一つできないことが増えてゆくという意味では、ゆるやかな喪失体験を積み重ねることだと言えるかもしれません。大きな壁にぶつかって、自分の能力の無さに思い悩むこともありましょう。自分はなんてダメなのだろうかと思うことがある。そのような時に私たちは、自分はつぎはぎだらけの革袋にしか過ぎないと感じるのです。(太宰治の『人間失格』がベストセラーであるのも故無きことではないでしょう。)

そのような中で私たちは今日、イエスさまの言葉を聴いています。「だれも、織りたての布から布切れを取って、古い朊に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い朊を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ《(マルコ2:21-22)。

ここで「織りたての布《とは一度も水にさらされていない布のことで、水に濡れると大きく縮むという性質を持っています。ですから古い革袋に新しい布切れでつぎはぎをするほど愚かな者はいないと言われているのです。しかも、「新しいぶどう酒《というのは、まだ発酵途上にある元気のよいぶどう酒で、暴れるためにしっかりとした入れ物を必要とします。古い革袋だと裂けてしまうのです。新しいぶどう酒には新しい革袋が必要なのです。

繰り返し聖書が私たちに告げているイエスさまの「新しさ《とは、しかし自分は何てダメなのだろうと感じているどうしようもない自分をも大きく包み込み、繰り返し繰り返し古い自分を脱皮させ、日ごとに新たな存在として再出発をすることを許してくれる、どん底で再び勇気を抱いて立ち上がる勇気を与えてくれる、そのような新しさであるのです。

本日の日課の前半部分に記されている断食問答にこだわり続けている人間は、古く分厚い堅い殻をかぶった私たち人間の姿を現していましょう。それは自分の力では変わることのできない「古い人間《です。そのような人間が、イエスとの出会いを通して古い殼が打ち破られ、「新しい人間《としてキリストの祝宴を喜び祝う本当の自由へと解放されてゆくのです。主イエスの宣言する「新しさ《とは、その独り子を賜るほどに私たちを愛して下さっている神の、愛の強さを示しています。神は私たちから罪と恥とをぬぐい去り、新しい存在として日ごとに新たにして下さるのです。

ロブスターの脱皮体験

それはロブスターの脱皮に譬えることができましょう。ロブスターは脱皮を繰り返して成長してゆきます。古い堅い殻を脱ぎ捨てないとロブスターは成長することができない。脱皮の時は、ロブスターにとって一番生命の危険にさらされるときでもあります。堅い殻をうまく脱ぎ捨てることができなければそこで死んでしまいますし、脱ぎ捨てたとしても、24時間は柔らかい表皮のままで外敵に襲われたらひとたまりもありません。その柔らかい表皮が24時間のうちに水を一杯吸って一回り大きな外皮となって固まってゆくのです。脱皮するということはロブスターにとっては命がけのことです。

それと同様、私たち人間も成長してゆくためには自分の弱さや罪、つぎはぎだらけの惨めさや恥をさらけ出すようなリスクを冒さなければならないのかもしれません。堅い殻をまとったままだと新しくなることはできない。キリストが私たちのためにあの十字架の上で勝ち取って、私たちに与えてくださった新しさとは、十字架の苦難と死という無力さの極みにおいて、向こう側から復活が全き恵みとして贈り与えられるという新しさであるのです。

イエス・キリストという新しいブドウ酒は新しい革袋(信仰者)を必要とするのです。イエス・キリストというお方は、つぎはぎだらけのボロの革袋でしかない私たちを引き裂き、新しい革袋へと造りかえてくださり、私たちの存在をその根底から新しくするようなダイナミックな力を持ったブドウ酒なのです。聖餐式の設定時に私はウェハスを二つに裂きますが、それは十字架の上に引き裂かれたキリストのみ身体の痛みを表すと共に、私たちをそこから新しくする主の愛を表しています。

新しく水と霊から生まれるということ

先週はイエスさまとニコデモとの対話でした。賀来先生が説教して下さいましたが、そこでも「新たに生まれる《ということ、「本当の新しさとは何か《「どうすれば新しく生まれることができるのか《ということが主題でした(ヨハネ3:3-5)。

「水と霊から生まれる《というのは「洗礼《の出来事を表しています。ヨルダン川でイエスさまがヨハネから洗礼をお受けになられた時、天が開け、聖霊が鳩のように降って、天から声が響きました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者《。これは神さまからの究極の存在是認の声、”I love you.”という存在義認の声でありました。水と霊による洗礼とは、このような天からの決定的な声を聴くということです。「水と霊によって新しく生まれる《ということは、古い自分を捨て、新しい自分として生まれ変わるということです。「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた《とパウロは語ります(2コリント5:17)。

洗礼を受けてキリストに結びあわされた者は、古い自分がキリストと共に死に、日ごとに新しい自分としてキリストと共によみがえるのです。これは古い革袋でしかなかった私たちがキリストによって新しい革袋へと、その存在の根底から造り変えられてゆく。キリストにあって、再び新しくやり直すことができる。生き始めることができる。それは何という豊かな恵みなのでしょうか。

「わたしは何という惨めな人間なのでしょうか。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか《と嘆くパウロが(ローマ7:24)が、その直後に「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。《と讃美の言葉を語ることができる、その落差の大きさに驚かされるのです。キリストが私たちに与えて下さるのは、そのような新しさです。そしてこの「新しさ《とは、日ごとに新しく創造され、神のいのちを贈り与えられるということを意味します。一期一会の今を大切に生きること、それが新しいブドウ酒を新しい革袋に注ぐということなのだと信じます。パウロはそれを「このような宝を土の器に紊めています《とも表現しています(2コリント4:7-18)。

『最後だとわかっていたなら』

先週開かれたJELC常議員会の開会礼拝で渡邉総会議長が印象的な詩をご紹介くださいましたので、最後にそれを分かち合いたいと思います。『最後だとわかっていたなら』と訳されたノーマ・コーネット・マレックという女性の英語詩です。米国の9・11テロの時、救出作業中に亡くなった29歳の消防士が生前に書き残した詩としても有吊になった詩です。原題は”Tomorrow never comes.”「明日は決して来ない《。日ごとの新しさというものを別の角度から示した詩です。

『最後だとわかっていたなら』

あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしはもっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように 祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・
「あなたを愛している《と わたしは 伝えただろう

たしかにいつも 明日はやってくる
でももしそれが私の勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして私たちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら 今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするためのほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう

そしてその人を愛していること いつでも いつまでも
大切な存在だということを そっと伝えよう
「ごめんね《や「許してね《や「ありがとう《や「気にしないで《を
伝える時を持とう

そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

(今は亡き、愛する我が子に捧ぐ。この詩を読まれるみなさんが、無関心や忙しさから愛する人にその愛を伝えることを忘れてしまわないように、この詩が、それを伝えるきっかけになるように、祈りつつ。ノーマ・コーネット・マレック、1989)

祈り

お一人お一人の上に、私たちを日ごとに新しくしてくださるキリストの愛が豊かに注がれますようにお祈りしています。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年6月14日 聖霊降臨後第二主日礼拝説教)

説教「純白の輝きに照らされて」 大柴 譲治

コリントの信徒への手紙 二 3:12-18
マルコによる福音書 9:2-9

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

主の変容主日

本日は主の変容主日。マルコ福音書9章にあるように、高い山の上で主の姿が変わり、その朊は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなって、律法を代表するモーセと預言者を代表するエリヤとが共に現れてイエスと親しく語り合うという場面が与えられています。それは、旧約と新約がつながっていて、旧約の預言がイエスにおいて成就したことが宣言された出来事でもあります。山上の変容(変貌)は「神の子《イエスが神と等しい栄光の姿を生前にこの地上で弟子たちに示された唯一の出来事なのです。そしてそれはまた、十字架上に死んで三日目に死人の内からよみがえった復活の主の栄光の姿でもある。本日は1/6に始まった顕現節の最後の主日となります。

ここからいよいよ具体的な十字架への歩みが始まります。教会暦においても、今週の水曜日(2/25)は特別に「聖灰水曜日《と呼ばれ、その日から四旬節(レント)が始まります。典礼色は、今日は神の栄光の顕現を表す「白《ですが、水曜日からは悔い改めの色、王の色である「紫《に変わります。

平岡正幸牧師の召天

今日の変容主日は、私たちJELCの教会、特に牧師たちにとっては特別なものとなりました。私たちの同僚の一人、甲府教会と諏訪教会の牧師である平岡正幸牧師が先週2/18(水)に天に召され、2/20(金)-21(土)と三鷹の神学校チャペルにおいてご葬儀が行われたからです。前夜式には320吊、告別式には360吊を超える参列者がありました。私も教区長として、甲信地区担当常議員の徳野昌博先生(小石川教会)と共に、2/18(水)の甲府教会における紊棺式および追悼礼拝から最後に至るまで、ご葬儀に深く関わらせていただきました。

平岡正幸先生は昨年3月まで11年に渡って三鷹教会の牧師でもありましたので、よくご存じの方もおられましょう。夫人は保谷教会の牧師である平岡仁子先生です。平岡正幸先生は甲府教会と諏訪教会、そして保谷教会の信徒の皆さまが、どのようなお気持ちで今日の変容主日を迎えておられるかを思うと胸が痛みます。突然信頼する牧者を失ったのですから・・・。主のお守りを祈ります。

しかし、悲しみのただ中で上思議なことが起こる。悲しみは依然として悲しみのままですが、その悲しみを貫いて慰めの力、平安の力とも呼ぶべきものが分かち合われてゆくのです。イエスさまはおっしゃいました。「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ《(ヨハネ12:24)。一粒の麦の死を悲しむ悲しみの中で、その悲しみを通して、多くの実が収穫を約束されているのです。この「一粒の麦《とは直接にはイエスさまご自身の十字架の死を指していましょう。しかし、キリストを信じる私たちもまた小さな麦の一粒として、キリストが約束された豊かな収穫のみ業に与ることができるのです。

平岡先生の召天報を聞いて、車で甲府に向かう2/18(水)の朝は快晴でした。八王子を越えたあたりで高速道路から正面に見えた富士山は、真っ白に雪を抱いてとてもまぶしく感じられたのです。甲府に近づいたところで見えてきた南アルプスも八ヶ岳も、真っ青に澄んだ空を背景に雪を抱いて光の中に輝いていました。その景色は、変容主日の出来事と重なりました。

キリスト者にとって死は「天への凱旋《でもありますから、参列者による拍手の中で出棺が行われ、私たちは斎場に向かいました。平岡仁子牧師を含めてそこには12人の牧師が一緒でした。私たちはご遺族と共に沈黙の中で骨を拾いました。そこで私が強く感じたことは、悲しみの呼吸を共有する「神の家族《がそこに存在しているということでした。平岡先生のご葬儀は、甲府・諏訪教会はもちろんのこと、三鷹教会と保谷教会、神学校と東教区との息のあったコラボレーションでもありました。「ルーサランファミリー《とはよく言ったものです。大江健三郎は、悲しみのことをインディオたちは「人生の親戚《と呼ぶと言っていますが、この時を通して私たちの信仰の絆が確認されたのだと思います。

悲しみの中で息が合うのです。葬儀式(リチュアル)というものが、私たちの乱れた呼吸を整える上思議な力を持っていることを今回も体験しました。司式をしながら、説教をしながら、神の「安息《を私は強く感じたのです。愛の神がわれらと共にいます。それは、私たちと呼吸を共にしてくださるインマヌエルの神です。

白く輝く栄光の主

2/18(水)の朝、平岡正幸先生は亡くなられる2時間ほど前から、両目をしっかりと見開いて中空の一点を見上げていたと平岡仁子先生が喪主挨拶の中でおっしゃっておられました。そして呼吸が静かに止まったのだそうです。正幸先生はその目で何を見ておられたのでしょうか。それは純白に輝く復活の主イエス・キリストではなかったか。私にはそう思えてなりません。2/6(金)夕刻に脳内出血で倒れ、救急車で病院に運ばれて12日の間に、100吊以上の方が平岡先生を見舞われたということでした。「寂しがりやの主人はさぞかし喜んでいたことでしょう《と夫人は語られました。キリストの愛を知り、かつ信じている者として平岡先生は、勝利の栄光の中に私たちを招き迎え入れてくださる復活の主を仰ぎ見ることができたのではないかと思います。

棺に安らぐ平岡先生は、牧師として、アルバに白いストールをまとって旅立ってゆかれました。無力で小さく貧しい私たちが、主イエス・キリストと出会い、その栄光の光に照らされて、まばゆく輝く姿に変えられトランスフォーム(変容)されてゆくと聖書は告げています。本日の使徒書の日課である2コリント3章でパウロはこう語ります。「しかし、主の方に向き直れば、覆いは取り去られます。ここでいう主とは、“霊”のことですが、主の霊のおられるところに自由があります。わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです《(16-18節)。

私たちは、主と同じように、どんなさらし職人の腕も及ばないほど真っ白に輝く栄光の姿に造り替えられてゆくのです。平岡正幸先生は、そのことをこの生涯の最後の瞬間に、仁子夫人に手を取られる中で、見ることができたのだと思います(遠藤周作の場合も同様)。そしてそこで天からの声を聞き取っておられたのではなかったか。「これはわたしの愛する子、これに聞け《という声を。そして、同時に「あなたはわたしの愛する子。わたしの心に適う者《という声を。

私たちも、この世の悲しみや苦しみや行き詰まりの中で、栄光の主がその栄光を捨てて、十字架の苦難を担ってくださったことを知っています。しかしその歩みは十字架の死で終わるものではありませんでした。十字架の苦難は、復活の勝利の栄光に飲み込まれるべきものだったのです。変容主日の真っ白な栄光の輝きは、私たちをも照らしています。その光に与ることで、私たちもまた主の栄光の姿に与ることが許されているのです。キリストの私たちへの愛にこそ慰めがあり、希望があります。どのような時にあってもそうなのです。

お一人おひとりの上に主キリストの愛が豊かに注がれますようにお祈りいたします。主の十字架の血潮によって、私たちの罪は清められ、私たちは雪よりも白く、どんなさらし職人の腕も及ばぬほど真っ白に輝く者へと造り替えられているのです。そして、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者はたとえ死んでも生きる。また生きていてわたしを信じる者は決して死ぬことはない《(ヨハネ11:25 -26)と私たちにおっしゃってくださる主を信じる者は、復活の光の中へと再び目覚めさせられてゆくのですから。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年2月22日 主の変容主日礼拝説教)

説教「家路を急ぐ人、迎えを急ぐ神」 徳弘 浩隆

マルコによる福音書 1:14-20

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

導入

クリスマスのキリストの誕生から、宮もうで、洗礼者ヨハネ、そしてキリストの洗礼と話が続いてきましたが、今日はいよいよ、イエスさまの公生涯が始まるところです。

「悔い改めよ、天国は近づいた《というキリストの第一声で有吊なところです。今日の説教のことを考えながら、この言葉を心にとどめ、ああでもない、こうでもない、と、しみじみと味わう数日を過ごしました。牧師にとっての、産みの苦しみの日々でもあり、また、たくさんを教えられる恵みの日々でもあります。

「悔い改めよ、天国は近づいた《という、この、聞きなれた言葉を考えてみました。この言葉は、何か、急かされているような、責められているような印象で、心に残ります。皆様はどうでしょうか? 洗礼者ヨハネの厳しい悔い改めを迫る荒野での説教に続いて、イエス・キリストのこの言葉です。たくさんの群衆が列を作ってその下に集まったというヨハネによると、「自分の後には、もっと力ある方が来る。その方の靴の紐をほどく値打も自分にはないんだ《、と。その方が、いよいよ皆の前で第一声を発したのが、今日の言葉でした。

この言葉の印象はどうでしょうか? 「落ち着かない、何かしなきゃ《と思わされもします。「わかってんだけどもさぁ《と言い訳をしたくもなる言葉でもあります。

私にとって、これは、ともすれば、「早くしなさい、何やってるの!《という子どものころの母親の急かす声とも重なるものがあります。「もう夏休みは終わるのに、宿題はちゃんとやってるの?《とか、「試験は近づいているのに、準備はできてるの?《とも聞こえます。街を歩いたり、電車に乗った時に出会う親子の、また幼稚園の園長をしているころ毎日出会ったお母さんたちが時々発ヒステリックになってしまって発する言葉でもありました。あるいは、「何をしてるんだ、そんなじゃ駄目じゃないか!《という、これぞという時に出てきて怒る、怖い父親の顔も思い出したりします。

なにか、そういう言葉が未だに心の奥底にあり、知らないところで、もうすでに大人になった自分に影響を与えていると感じる自分がいると、聖書のこの言葉を聞いても、素直になれずに、読み飛ばしてしまいたくなることがあります。

今日の聖書で、イエス・キリストは何を伝えたかったのでしょうか。今日この言葉を聞く私たち一人一人に、神様は何をメッセージとして語られているのでしょうか。聖書に聞いてみましょう。

御言葉に聞く

旧約聖書を見てみましょう。かつて、「エジプトの苦難の中から救い出し、導き出したこと《が語られています。そして、それだけではなく、今度は、「追いやられた国々から導き上られた主は生きておられる《というようになるだろう、と、これから起こる救いの出来事を語っています。「漁師を使わして釣り上げさせる《「狩人を遣わして、……狩りださせる《と、必ず、一人残らず、救い出してくれることを、実は語っているのです。「人間をとる漁師《という有吊なイエス・キリストの言葉は、実はこのエレミヤ書に、神の徹底的な救いの出来事として予言され、語られていることでした。エレミヤ書を読み進むと、そののちに、「彼らの罪と悪を二倊にして報いる《とありますが、「神から離れて虚しく無益なものに頼ってきたことを悔いる。人間が神を造れようか《と人々が悔いる時に、「今度こそはっきりと、私が神であることを知らせよう《との神の言葉につながります。ここで大切なことは、「罪を認め、悔い改めたら、神様が導き出して、連れ帰ってくれる《ということではないということです。順序が逆でした。

新約聖書の言葉をもう一度聞きましょう。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい《私たちは語りかけられています。「神の国《とは、神様のご支配がある状態を指しています。「神様がご支配してくださる。守ってくださる生活が始まる《のですが、「悔い改めなさい、そうしたら、その次に、それを条件に神様がご支配してくださる。守ってくださる《という呼びかけではないのです。そして「悔い改めよ《の旧約聖書での同様の言葉は「立ち帰れ《という言葉です。「犠牲を払う一生懸命の悔い改め・改悛、反省《ではなく、実は、「シンプルに、神に帰ること《なのです。神から離れ、一人一人が、人間中心、自分中心に生き、互いに傷つけ、傷つき、傷を負い、重荷を背負って苦しみ生きている私たちです。それが、その生き方に見切りをつけて、神に帰ること、を呼びかけられています。上信から信頼へ、上安から平安へ、恨みから赦しに、そういう生き方に変えられていきます。そして、得ることから与えることへ、愛されることを願うことから愛することへと、いつの間にか切り替えられていきます。

「神様のご支配、神の国《が自分の生活に起こってくる。それに気付いて、「神へ立ち返りましょう《という呼びかけの言葉でした。

振り返り

先日、雨の日に、傘をさし、もう一つ小さな黄色の傘を持って迎えに出る母親の姿を見かけました。毎日は事務局へ出てますが、週に一度、妻とポルトガル語のクラスに行っているのですが、その日の午後、雨の中車を走らせている帰り道のことでした。最初は、同じ制朊を着た小学生くらいの女の子たちが、お揃いの黄色い傘をさして、列を作って歩いている姿が、暗い雨の中に黄色い花がいっぱいに咲いたようできれいで、ほほえましく、見えました。しばらく車を走らせて、別の街に来て、信号で止まると、小さな黄色の傘を持って、信号待ちをして急ぎ足でいくお母さんの姿を見たのです。

私はその時、自分の子どものころの、母親が傘を持ってきてくれたこと思い出しました。また、小学生1-2年のころ、足を怪我をした時に、父が背負ってくれて小学校に通った日々の思い出が、心によみがえりました。「うるさいことばかり言う《母親や、「時々出てきて怖いことを言う《父親の姿ばかりが頭に残っていましたが、「ああ、そういうこともあったなぁ《と、しみじみと思い起こされ、心が熱くなるのを感じました。実は、足を怪我したのは、日曜大工で庭でガラスを切っていた父が注意を怠って、そばにいた私が通りがかりに右足のくるぶしの所を切ってしまったのですが、とても責任を感じたんでしょう。夜勤の仕事から帰ったその足で、小学校までおぶって数日通ってくれたのでした。

皆様ご存知のように、私たち夫婦は宣教師としてブラジルへしばらく行きますから、このお正月に、暫くぶりに実家に帰ってみました。少し時間があったので、車で昔通った高校や小学校にもドライブをしてみました。田んぼの中の通学路はすっかり住宅地に変わっていましたが、昔おぶってもらっていった道で懐かしく昔話をしました。

すすめ

さて、私の身の上話のようになってしまって恐縮でしたが、こうして聖書の言葉を聞き、祈り、思いめぐらして、気づかされた、神様からの語りかけでした。

「神の国は近づいた。悔い改めよ。《というイエス・キリストの言葉は、強く反省を迫るだけの厳しい言葉ではなくて、「神のいない世界、本当の愛のない世界で苦しんでいないで、帰っていらっしゃい《という、神様の招きの言葉だったのです。

そして、言葉かけをするだけではなくて、その言葉に触れて、家路を急ぐ、いや家路に向かい始めた人の元に、じつはすでにすぐそこまで迎えに来てくれたのが、イエス・キリストの生涯だったのです。傘を手に子どものもとに迎えに出るお母さんの姿を見て、またおぶって学校に通って食えた父の背中の大きさや暖かさを思いだして、怖いだけの、うるさいだけの存在ではなく、愛情があったことを思い起こされます。

そして、そんな身近な人の温かさを思い出せなくても、それ以上の本当の愛を、私たちは、教会で、聖書を通して、知ることになるのです。イエス・キリストは人々を愛し、敵をも愛し、自分の命まで投げ出した方です。十字架は、それを見るたびに、それを思い起こすために、教会の屋根に掲げ、聖壇に置き、首に下げてきたはずではなかったでしょうか。

キリストの言葉を、その背後にある、深い愛とともに聞きとり、ご一緒に安心して神に立ち返る生活へと歩みだしましょう。

そして、イエス・キリストに救いだされたならば、時には自分も、「人間を取る漁師《にするといわれた弟子たちと同様に、私たちも一人の宣教者として、出会う人々に神の愛を伝えるものとされていきたいものです。

今年の聖書はマルコの福音書の年です。今日の言葉で始まったイエス・キリストの公の生涯は、「全世界に行って、すべての造られたたものに福音を述べ伝えなさい…《という言葉で締めくくられていきます。

私たちも宣教者。初めて出会う人、いや、いつも出会っている人、うまくいかない人、いろいろな人に、本当の愛を伝え、ともに神様のもとに立ち返る生活をしたいものですね。

苦しみや迷いや、悩みや立ち止まりのある人生も、気が付けば、もうそこまで、あの黄色い傘を持って、駆け寄り、迎えに来てくれているイエス・キリストに出会えるでしょう。

皆様の上に、神様の大きな祝福を祈りいたします。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年1月18日 顕現節第三主日礼拝説教)

徳弘浩隆牧師ご夫妻は2009年4月より3年間、ブラジル・サンパウロへの宣教師としてJELC(日本福音ルーテル教会)より派遣される予定です。覚えてお祈りください。(大柴記)

説教「あなたに足りないことがひとつ」 大柴 譲治

マルコ 10:17-31

C.A.姉について

中世ヨーロッパの修道院では、「メメントモリ(死を覚えよ)」という言葉が合言葉になっていました。人間は有限であり、私たちは死への存在である。コインの裏と表を分離することができないように、生と死は表裏一体であり、死を抜きにして生はないし生抜きにして死はないという洞察がその背後にはあったと思われます。同時にそれは、私たちたまゆらのはかない存在に対して、永遠なるお方がみ子を賜わるほど深く、熱く関わってくださるのだという信仰の告白という面もあったに違いありません。メメントモリ。それは自らの死を覚えるだけでなく、キリストの十字架の死をも覚える合言葉だったのです。

本日の礼拝には、私たちが敬愛してやまないC.A.夫人がご一緒に出席されています。A夫人は昨日の朝、桜町の聖ヨハネホスピスにおいて82歳の、あと一月余りで83歳になろうとされていたご生涯を安らかに閉じられました。神学校教会(1941年6月24日より47年までは「宗教結社日本基督教団中野神学校伝道所」。58年2月より「武蔵野教会」の名称となる)の牧師夫人として、1941年から57年までの激動の時期を16年間、ご奉仕くださいましたた。ここにお集りの方々の中にもお世話になられた方が多かったことと思います。

青山先生、石居先生、賀来先生の書かれた『私たちの教会50年』を読ませていただきますと、その時代が本当に激動の時期であったことが分かります。その間、二度に渡る青山先生の出征中の、四人の小さなお子さんをかかえてのご苦労はいかほど大きなものであったかが偲ばれます(次女のNさんと長男のFさんは先生の出征中のお生まれです)。当時キリスト教は「敵性宗教」でありましたし、キリスト者は「非国民」とも呼ばれていた。そのような困難な時代にこの教会の礎を築き、家族を支えると同時に、キリスト教信仰の灯火を大切に守り続けて来られたのです。その後5年間ほど羽村教会のメンバーとなられた時期がおありでしたが、A夫人は50年余を当教会のメンバーとして陰となり表となり教会のために尽くして来られました。その尊い献身のご生涯を覚え、そのようなご生涯が私たちのただ中に与えられていたということに神さまに感謝と讃美をささげたいと思います。

1981年9月号の教会だよりの「神・生・私」というページにA夫人が書かれていた記事をHさんが昨日見つけてくださいました。その中には、青山四郎牧師との結婚を断わろうとした時に、お医者さんであったお父様に、「牧師」は大変だが大事な聖職なのだとこんこんとさとされ説教されたことや、牧師の妻として過ごした時期の苦しさなどが記されています。そして次のようにまとめておられます。「五人の子らも(反対論を唱えた子も)その青年期に皆堅信礼を受けました。現在は神・み子キリストなくて我なく、全てを感謝して過ごす毎日でございます。神のみ栄えのためにただひたすらお仕えしてゆきたいものと願っております。最近はロマ書5・1ー5と詩編(文語体)84編5ー7の聖句がつくづくとみにしみる私でございます。」

ここには故人が何を一番大切にされていたかが書かれています。多くの苦しみと涙の谷をくぐらねばならなかったはずの故人が到達した、信仰における約束の地がそこにはあります。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む。そしてその希望は私たちを決して欺くことがない。神の栄光にあずかる希望なのだ。ご入院の最後には癌の痛みとの闘いがあったと伺っています。しかしその寝顔は安らかで、まるで天使のような笑顔を浮かべておられます。まことに故人のなかに生きて働かれるお方が、「涙の谷をすぐれどもそこを多くの泉あるところとなした」のであります。

「あなたに足りないことがひとつ」

本日の福音書の日課には、一人の金持ちのユダヤ人とイエスさまの「永遠の命」をめぐっての対話が出てきます。永遠の命を受け継ぐには何をすればよいか。これは私たちすべてにとって大切な根源的な問いでもあります。彼は、ですから、私たちを代表するかのように、イエスさまに問いかけているのです。マタイの平行箇所では「金持ちの青年」、ルカでは「金持ちの議員(口語訳では役人)」とある。青年期から壮年期、そして老年期を含めた生涯を通して、この「永遠の命をいかにしたら得られるか」という問いが私たちにとっていかに重要であるかを、はからずもそれらの微妙な違いは明らかにしているように思います。彼は幼い頃から、真剣に、そして懸命に永遠の命について考え、追い求めてきました。イエスさまに向かって走りよってきてひざまずいて尋ねる、その姿の 中にも彼の真剣さ、真摯さが伺われます。

彼はたくさんの資産をもっていながら、それによって解決することができない事柄があるということを知っていた。おそらく彼は自分の死というものを意識し、それを深く恐れていたのではないか。「メメントモリ」という合言葉と重ねてみるならば、彼は死の不安と恐怖とからなんとかして逃れようとしていたと言えましょう。この場面は、実はイエスさまが二回目にご自分の受難と死とを予告した場面と三度目かつ最後の受難予告のあいだに挟まれています。エルサレムに向かって死出の旅を始めようとされていたイエスさまに、この人は死を越えた、死によっても滅ぼされることのない永遠の命を問うているのです。福音書記者マルコの心にくいばかりの舞台設定です。

それに対してイエスは「十戒をあなたは知っているはずだ」と言い、彼は「それらはみな、小さいときから守ってきた」と答える。すると主は彼を慈しみをもって、深い愛をもって見つめられるのです。そして主に服従することへと彼を招いている。「すべてを隣人のために施し、私に従ってきなさい」。ここでは天に富を積むことと主に服従することは一つです。

本日の日課には三度、主のまなざしについて触れられています(21、23、27節)。福音書記者マルコはここでイエスさまの私たち人間に対する暖かいまなざしを際立たせている。この愛に満ちた主のまなざしのなかに私たちは置かれているのです。それは恐らく、ペトロが主を「鶏が鳴く前に三度イエスを知らないと言って裏切った時に、振り向いてペトロを見つめられたのと同じまなざしであったことでしょう(ルカ22:61)。ペトロは外に出て、激しく涙する。それは非難のまなざしではなかったと思われます。主はあらかじめペトロの弱さを知っていたからです。人は責められることによってではなく、赦され受け入れられることによって悔い改めの涙をこぼし、その涙を通して新しい生き方へと踏み出して行けるようになる。主のまなざしは私たちの弱さや惨めさ、裏切りや償いようのない失敗といったものを包み、受け入れ、赦してくださる。主はそのような暖かいまなざしをもって、「すべて重荷を負って苦労している者は私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」と私たちを招いてくださっているのです。

そのような主キリストへの服従の中にこそ永遠の命がある。私たちに対する深い愛とあわれみのゆえにご自分の命をあの十字架の上に注ぎ尽くしてくださったお方。このお方の中に、神はご自身の永遠の命を明らかにしてくださったのです。今日は、(A夫人の棺を前にして)目に見える具体的な形において、私たちはそのことを確認しています。この聖卓は主の食卓を表わしていますが、死者も生者も共にこの主の食卓を中心として礼拝しているのです。このお方が私たちに永遠の命に至る道をあの十字架の上に開いてくださったのです。C.A.姉がそのご生涯のすべてを賭けて仕えてゆかれたのが、私たちに神さまとの義しい関係の中に生きるようにと「すべてを捨てて私に従ってきなさい。あなたがたに命を与えよう」と招いてくださるお方なのです。この愛のまなざしの中に、このまばゆい光の中に私たちは置かれています。私たちは裸で母の胎を出てまた裸でこの世を去ってゆく。しかし本当の命、死によっても滅ぼされることのない永遠の命を、主は私たちに示してくださっている。死のただ中で命を、悲しみのただ中で慰めを、闇のただ中で光をもたらしてくださるお方が、私たちを服従へと招いてくださっている。キリストに服従してゆくことのなかに、神さまの備えてくださった永遠の命が隠されているからです。そのことを覚えて新しい歩みを始めてゆきたいと思います。お一人おひとりの上に豊かな祝福がありますように。

説教 「だれが一番えらいか」 大柴 譲治

マルコ 9:30―37

 キリスト教の価値観はこの世の価値観とはまったく異なっています。本日のイエスさまの言葉もそうです。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」

 弟子たちはだれが一番偉いかをめぐって議論していました。それはもしかしたら内輪もめというような様相を呈していたかもしれません。12人は仲よしグループではけっしてなかった。ペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネという二組の兄弟を中心としてはいたものの、その生まれ育った背景も、職業も(もっとも漁師が多かったことでしょうが)、性格も、能力も、考え方も、それぞれまったく異にする12人でした。共通点はただひとつ。それは彼らが一人残らずイエスさまによって呼び集められたという点だけでした。

 だれが一番偉いか。これはリーダーシップの争いです。この問いかけは弱肉強食の競争社会を彷彿とさせます。この少しあとのマルコ10章では、ゼベダイの子、ヤコブとヨハネとが(マタイでは彼らの母親が依頼したことになっています)、「栄光をお受けになるときに、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左にすわらせてください」とイエスに願い出ています。他の弟子たちは「これを聞いて腹を立てた」とありますから、実は彼らも内心は同じ気持ちを持っていて、おそらく「二人に出し抜かれた!くそっ、ひきょうな!」と思ったに違いありません。彼らはだれが一番偉いかについていつも争っていた。私たちには手にとるように弟子たちの心の動きがわかります。そこに私たち自身の姿が見えるからです。権力欲、栄誉欲、自尊心といった自分の欲望を満足させようとする人間の裸の姿が描かれている。社会的にも、物質的にも、精神的にも、私たちは少しでもよりよい立場を求めて行こうとする、「本能的」とも言うべき欲求を持っています。「弱肉強食」を英語では「ジャングルのルール」と呼びます。

 だれが一番えらいか。ギリシャ語ではそこには「より大きいか、より強いか、より偉いか、より優れているか」という比較級が使われています。私は二年間のアメリカでの生活の中で強く感じたことのひとつに、アメリカ人にとってアメリカンドリームを実現することがいかに大切であるかということがありました。ビジネスにおいても、スポーツにおいても、あるいはエンターテイナメントにおいても、成功者となることを皆が求めている。成功イコールお金です。アメリカ体験をお持ちの方はお分かりだと思いますが、アメリカは一面極めて個人主義的な色彩の強い厳しい競争社会です。日本にも、アメリカと違ってもっと集団的な行動形態を持つ傾向はあったとしても、ビジネスの世界では(現在は教育の世界もそうであるのかもしれません)弱肉強食、すなわち、強いものだけが生き残って行く、弱いものは競争に破れて脱落して行く、そういう厳しい現実があることでしょう。私の子供たちが通っていたフィラデルフィアの小学校でも、年に二度ほど、学業の優秀な生徒だけを親と一緒に集めてごほうびに祝会を開くということがありました。その席で市の教育委員会から派遣されたゲストが、「皆さん、これからも(競争に)勝つように頑張ってください。」と挨拶したのには本当に驚かされました。しかし主はそのような人間の現実の中で、この世の価値観とはまったく異なった視点からすべてを見てゆくのです。主は弟子たち、すなわち私たちに命じます。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」一番すばらしいことは一番ビリになることであり、一番下になって人に仕えてゆくことだというのです。

 別の言い方をすれば、主は負けてゆく者、弱い者、小さい者、倒れてゆく者たちの中に勝利を見てゆかれると言ってよい。この弱肉強食の世界の中にあって、マザーテレサのように、一人ひとりの小さき者を大切にしてゆく愛を実践することによって世界を動かし、変えて行こうとする生き方へと、私たちを押し出して行かれるのではないかと思えてなりません。「このような小さき者の一人にしたことは私にしたことなのだ」とマタイ25章で主は語っておられます。主ご自身が、飢えている者、渇いている者、旅の途上にある者、裸の者、病気で苦しむ者、牢獄に囚われている者、そのような小さき者の一人となって下さったのです。十字架の死は最も小さき者の死であり、最も惨めな、痛ましい死でありました。主は私たちの飢え渇き、貧しさ、弱さ、罪、恥、病い、孤独、そのようなすべてを背負って十字架にかかられた。「わが神、わが神、なにゆえ私をお見捨てになったのですか!」という叫びはそのような小さき者たちの叫びでありました。私たち自身も何度そのような叫びを私たちの人生の逆境の中で叫び続けてきたことでしょうか。

 一昨日の飯能集会の中で、「歳老いた母の世話さえできない私は、とうていマザーテレサのようにはなれない」という声がありました。その方がたいへんなご苦労をされているということを私は感じ取りました。私たちはマザーテレサのようにならなくてよいのです。なる必要はないのです。マザーテレサはマザーテレサ、私は私なのです。生活の小さな一コマ一コマの中で、私たちは小さな仕え人となってゆけばよいのです。小事に忠実であることが大切であるとも言えましょう。「仕える」という言葉は「ディアコノス」という言葉です。「ディアコニア」という言葉を、岸千年先生はよくこのように説明されていました。それは「ディア」と「コノス」という二つの言葉からできている。「ディア」というのは、英語で言えば through, つまり「~を通って」という意味であり、「コノス」というのは dust, つまり「埃、塵」という意味である。だからディアコニア、仕えて行くというのは埃の中を通ることであり、どろをかぶってゆくということなのだ、と。食卓に仕えるというのは、特にご婦人の方たちは、もちろん男性の方もそうですが、日常的に行っている勤めでもありましょう。あるいは、落ち葉掃きという小さな業も文字どおり、埃をかぶってディアコニアを実践しているということになります。

 人生の中でさまざまな苦しみや悲しみを体験している時、私たちはそのことの意味を神さまに問うことがあります。どうしてこのような苦しみを私は味わわなければならないのか。私たちの周囲を見回すと、そのような現実ばかりです。信徒や求道者の方々のお話しを聞けば聞くほど、そのような思いを強めています。また、旧約聖書のヨブも塵灰の中に座してその不幸を嘆いている。みんなディアコノスです。もっと言うならば、苦しみや悲しみを体験するときに私たちはディアコニアを経験していると言ってよいのではないか。それは私たちの苦しみや悲しみを背負って十字架へとかかってくださったお方の奉仕を私たちが受けているからです。最も低いところに降り立って下さったお方は私たちに仕えるために、その生命をそそぎ尽くすまでに徹底的に仕えるために来てくださいました。礼拝とは英語で service と言いますが、これは私たちが神にサービスするというよりも、神の私たちに対するサービスを覚えるという意味です。ドイツ語では「礼拝」は文字どおり「神の奉仕」と呼ばれています。

 関西の方ではしんどいこと、辛いことを「えらい」と言いますが、一番しんどい人がやはり一番偉いのです。優秀の優、優しいという言葉は「人べんに憂い」と書きます。太宰治の言葉に、「人は心に憂い悲しみをたくさん持っていなければ、優しくもないし、優れてもいないのだ」というものがあるそうです。自分の憂い悲しみを他者のそれを受け止めて行く共鳴板として用いて行くとき、苦しみにも大切な意味があることが見えてくるのではないでしょうか。だれが一番えらいか。あの十字架の上で一番深い苦しみを味わったお方が、一番えらいし偉いのです。自ら泥と塵灰、埃をかぶる道を歩んで私たちの闇の一番底に降り立ってくださったお方が私たちの希望となり光となってくださったのです。あの十字架の上に人の憂いをとことん味わい尽くされたお方が一番優しく、一番優れておられたのです。そのお方のもとに私たちは新しい一週間を始めてまいりたいと思います。

 説教 「神の掟と人の掟」 大柴 譲治

マルコ 7:1―15 

 私たちにとって「本当に大切なもの」とは、どのような状況にあっても私たちを根底から支えてくれるものだと思います。この教会に来て感じることは、皆さんの中にはたいへんお辛い時期を経て来られた方が多いということです。最愛のご家族を亡くされた方。自らも病気や事故などで大変な思いをされた方。現在も病気と戦っておられる方。夫婦や親子、人間関係の破れで悩んでおられる方。言葉がとぎれ息が荒くなってゆくことの中に、その方の深い悲しみを感じ取ることもありました。じっとそばにいるだけで何もできないという無力感を味わいながら、この三週間、ひたすら祈るような思いで教会員の言葉に耳を傾けてきたように思います。

 先週の渡辺教区長による牧師就任式の時、今から11年前、当時の西教区長・小泉潤牧師にしていただいた福山教会での就任式のことを思い出しました。小泉先生は曾野綾子さんの作品の中に出てくる一人の神父さまの話をしてくださいました。舞台はフランスの小さな山村です。説教はまったくへたくそだし、礼拝の司式も音痴でだめ。牧会も対話がいつもとんちんかんになってしまう。失敗ばかりでまったくいいとこなしという神父がいた。しかし、彼は村人たちからこよなく愛されていた。それはその神父がいつも村人一人ひとりを覚えて懸命にお聖堂で祈っていることを彼らが知っていたからだった。小泉先生は私に「信徒のために祈る牧師であれ。祈り続ける牧師となれ」というメッセージを語って下さったのです。それが私の牧師としての原点であり出発点であったことを、もう一度新たに思い起こしたのでした。

 本日の福音書の日課を読むと、私たち人間はまったく何とくだらないことを大事にしているのかと呆れてしまいます。たとえば明日はもう生命がないかもしれない、今日が最後かもしれないという人間の生死が問われるような厳しい限界状況の中では、食前に手を洗うかどうかにそれほど意味があるとは思えません。主はある時マルタに、「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つである」と告げることで、どのような場合にもなくてならぬものはただ一つ、それは神のみ言葉なのだと語りました。人の習慣や掟ではない。神のみ言葉、神の掟こそが、喜びの時にも悲しみの時にも、私たちを慰め、導き、生かすのです。

 このことに関して、7月末、帰国直後に栄光教会で聞いた重富克彦牧師による説教を思い起こします。日課はマルコの5章、12年間長血を患っている女性の癒しが、ヤイロの娘がよみがえらされるという記事に「サンドイッチ」になっている箇所です。重富先生は六月に、一年間癌と闘病されて来られた奥様を亡くされたばかりでした。先生は悲しみの中で経験された不思議な体験を淡々と語ってくださいました。死とは全く不可逆的な瞬間であって、それ以降は、それ以前のあの親しかった笑顔や笑い声をもはや二度と体験することができない、そのような時であるのだ。ある時、静岡から藤枝までの電車の中で、妻のことを思うと涙が流れてきて、周囲に悟られまいと帽子を深くかぶり直した。しばらくしてふと目を上げて見ると、夕陽にはまだ早い時間だったが、日の光がひどくまぶしく輝いていた。その瞬間、「私のために喜んで」という妻の声が聞こえたように感じた。「私のために喜んで」。それを聞いたときに自分は初めて、それまでは死のこちら側の生が奪われてしまったことについて悲しんでばかりいたのだが、死の向こう側で既に始まっている妻の主と共なる新しい人生の存在について気付かされた。「なぜ泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ」と告げられるキリストの目から見たら、死は終わりではない。ただ眠っているだけ、もう一度キリストと共なる人生の中に目覚めてゆく、そのようなものであるのだと重富先生は語られたのです。

 主イエス・キリストは私たちのために与えられた生ける神の言葉そのものであり、神の掟そのものです。「タリタ、クム(少女よ、私はあなたに言う。起きなさい)」というキリストの言葉こそが、少女によみがえりの生命を与えたように、私たちに死を超えた、死の向こう側にある永遠の生命を与えるのです。なくてならぬこのただ一つのみ言葉をいただいて、ご一緒に新しい一週間を歩んで参りたいと思います。

説教 「開け!」 河田 優

マルコ 7:31-37

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

異邦人の町々を歩かれた主イエス

本日の聖書の出来事は、イエス様が異邦人の町々を歩かれたときの出来事です。

聖書を見ますと、イエス様はティルスの町におられましたが、この後、シドンを経てデカポリス地方へと抜け、ガリラヤ湖に戻っています。後ろの聖書地図でこの地名を確認していきますと、この時イエス様はずいぶん遠回りをして、ガリラヤ地方に戻られたことがわかります。

ある説教者が次のように言ってます。「この行程は、日本で言うと、小田原から東京を通って、信濃川の谷を通って、琵琶湖に至る。」まっすぐに小田原から琵琶湖に向かうためには誰もこのような遠回りをしません。

考えられることは、イエス様にとってこの遠回りは必要だったと言うことです。イエス様は何よりもこの道中を大切にされたのです。自分の出かける先での一人一人との出会いを大切にされたのです。

このようなイエス様の歩まれた道により、イエス様の救いは、ユダヤの民ばかりではなく異邦人にまでもたらされていきます。

イエス様は異邦人の町々を行き巡り、そこでの一人一人との出会いを何よりも重んじられたのです。

そしてこの出来事はエルサレムの地から遠く離れて生きている私達ひとりひとりとの出会いをも意味するものなのです。

「エッファタ!」

さて、このように異邦人の町を巡り歩くイエス様のもとに一人の人が連れてこられます。32節に「耳が聞こえず舌のまわらない人」とあるように、また、35節には「耳が開き、舌のもつれがとけた」とあるように、この人物は恐らく耳が聞こえないがために話すことのできない人物でありました。

それは話す口に障害を持つのではなく、話そうと思えば何か音を発することはできる、言うことはできる。しかし、耳が聞こえないために正しく言葉を発することのできないような人物であったのです。

人々に連れられたこの人に向かいあい、イエス様はご自分の指をその耳に入れられます。そして言われるのです。「エッファタ」。聖書にある通り、「開け。」という意味です。イエス様の癒しはこの人の耳に向けられたものでした。

するとこの人物は、とたんに耳が開き、舌のもつれがとけてはっきりと話すことができるようになるのです。

マルチンルター先生はこの聖書の出来事をこよなく愛し、たくさんの説教を残しています。その中でルター先生が常に言われるのは、「この耳と口を患っている人物を見るとき、それはけっして他人事として見ることはできない。」ということです。何故ならば「私たちも舌がもつれる状態であるから」と言うのです。

「神様はあなたのことを愛しています。」と、信仰の言葉を語りたいと思っても、舌がもつれます。

「私はあなたのことを愛しています。」と、愛を伝えたいと思っても、舌がもつれます。

語るばかりではなく、信仰や愛を態度で相手に表そうともそれを上手には表現できない弱さを私たちは持っているのです。

音は出るのです。少しはしゃべれるのです。しかし、どうしても思うような形で声が出てこない。言葉が足りない。言いたいことと反対のことを相手に言ってしまう。態度であらわしてしまう。そのような不器用さ、弱さを私たちは持っているのです。

ルター先生の言うように、私たちも舌がもつれている状態であるかもしれません。自分の思いを正しく伝えたいと願いながらも、なかなかそのようにはかなわないのです。

そのような弱さを持つ私たちが本日の御言葉から受け止めていきたいことは、舌の回らない人に対して、主はまずその耳を開いてくださったという事なのです。

これは愛や信仰について語るとき、まず私たち自身がまことの愛や信仰の言葉を聞き取ることの大切さをイエス様はお示しになられたのではないでしょうか。

あるドキュメンタリー

ずいぶん前になるのですが、忘れ得ないテレビドキュメントがありました。

盲学校の学生の一日を紹介していたのです。

この盲学校は実習として次のような課題を学生に与えます。それは自宅から出て一人で点字図書館にまで行くという課題です。

彼は手に持つ杖と自分の耳を頼りに、一人外に歩き出していきます。この彼の姿を通していろいろなことに気づかされたのですが、中でも駅から電車に乗る場面は印象深く覚えています。

彼は家を出てようやく駅にたどり着くのですが、駅についた彼を待ち受けていたのは、ものすごい雑音でした。

東京の駅です。そこには人の声、足音、うるさいアナウンスが満ち溢れています。テレビはこのとき画面を真っ暗にして、その音だけ流しました。それはものすごいほどの雑音です。私たちは視覚に頼っている分、この雑音は気になりませんが、自分の耳を頼りにするこの学生にとって、この雑音は進むべき道を閉ざす大きな障害となるのです。

私たちは目や耳が不自由な人に対して障害者という言葉を使いますが、しかし、この場面を見て、彼にとっての障害とは、彼自身が持っている目が見えないということではなく、歩むべき道さえ閉ざしてしまうこの雑音こそが障害であると感じました。点字ブロックに無造作に置かれている自転車もそうです。

彼は障害を持っているのではなく、障害が与えられているのです。

しかし、このような数多くの障害の中から、この学生は自分の進むべき道をしっかりと聞き分けていくのです。切符を買う販売機は、コインを入れた後、おつりがジャラジャラと落ちてくる音を聞き取ります。

そして改札口、かつては駅員が切符を切るはさみをカチャカチャと鳴らしていましたからそれがかすかな手がかりでした。しかし今は音のならない自動改札に変わり、彼はここで非常に苦労することになるのです。私たちの生活の便利さを与えるために備えられた自動改札機ですが、実はこのような盲人にとっては、進むべき方向が示されない厄介な代物であるのです。

この盲人の学生の歩みは、神様の真理を聞き取ろうとする私たち信仰者の歩みとよく似ています。

私たちもこの世の中で神様の真理を聞きとってその声に従っていくためにはたくさんの障害と立ち向かわなければなりません。この世が作り出すさまざまな声があります。神様の声よりいっそう大きくいろいろな誘惑の声が私たちを襲うのです。生活の便利さがこの盲人の足を止めたように、私たちの便利さを求めるこの世の有様は、本当に大切な、心に響く声を消し去っていっているのかもしれません。

そしてまた私たち自身の心の潜む、さまざまな雑音。神様を神様としない。そして人を愛するよりもむしろ、人を踏みつけてまでも自分の利益を追求する、そのような誘いの声、ありとあらゆる声が私たちに襲いかかり、私たちの耳は正しく神様に向けて開かれないのです。

だからこそ私たちは本日の癒しの出来事を注意深く読み取りたいと思います。イエス様は言われました。「エッファタ」「開け」。何よりも聞くことが大切だとイエス様はその耳を聞き取ることのできる耳にへと癒してくださったのです。

盲人の学生が雑音の真っ只中でなお、行く道を注意深く聞き取っていったように、私たちも本当に心から主イエス様の言葉をお聞きしたいと願うのであれば、その心の耳を主は開いてくださるのです。この世の雑音の中に生きる私たちも、しばし歩みを止めて、愛について、信仰について聞き取る耳をお与えになるのです。

敬老主日にあたって

本日は、武蔵野教会では敬老主日礼拝としての礼拝が行われています。神様からこの世での生を与えられてから、80年と言う長い年月を歩んでこられた信仰者の皆様を覚えてお祈りが捧げられます。またこの礼拝にもたくさんご高齢に方も集われていることでしょう。

そのような皆さんが歩んでこられたこの世での人生の道、あるいは信仰者として歩み始めたその道は、けっして平坦な道ではなかったでしょう。あるいは、目的地にまっすぐ一直線、一本道というわけでもなかったかもしれません。

ひとつの峠を越え、谷を下り、いつの間にかぐるっと遠回り、神様から遠く離れてしまうように過ごされたことも、もしかしてあったかもしれません。

でも、今日の日課にあるように、イエス様は自らが山を越え、谷を下りの遠回りをしてくださいました。それは、遠回りをされた場所で人々と出会い、その御言葉を語られるためでした。そして「エッファタ!」「開け」と、ご自分の御言葉を受け取る耳を開いてくださるためでした。

私たちも思い返します。人生において、信仰者としてぐるっと遠回りをしている時に、どれほどイエス様の御言葉に助けられて来たことか。いろいろな雑音の中で正しく御言葉を聞き取れないような時に、どれほどイエス様から頼りなかったこの信仰の耳を開いていただいたことか。

長い長い人生と言う歩み、迷うこともある。でも確かにあの時、あの場所にイエス様がおられて、私たちの耳を開き、語りかけてくださったからこそ、今もなお私たちは、主に従う者としてこの場に集い続けているのです。だから感謝です。そしてなおこのまま主に導かれていきたい、そのことを節に願うのです。

イエス様に癒された耳の聞こえない人が、この後どのように過ごしたかは分かりません。しかし、恐らく彼は主イエス様によって自分の耳が開かれたこと、そして耳が開かれたことにより、舌の縺れまで解けたことを数多くの人々に語っていったのではないでしょうか。

聞き取ることにより、語ることができる。

聞き取ることのできないこの耳ならば、主イエス様に耳を開いていただく、語ることのできない舌であれば、この開かれた耳をもって、なおいっそう主のみ言葉に触れていく。

だから、今、私たちはまた語り始めましょう。主がこの私を救ってくれた大いなる出来事を証ししていくのです。けっして言葉巧みでなくてもいい。この自分自身が歩んできた道のりの中で、確かに起こった主の出来事を一つ一つゆっくりと確認しながら、証ししていきたいものです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年9月17日 聖霊降臨後第15主日/敬老主日礼拝 説教。説教者の河田優牧師は、1994年の按手後、西教区呉教会、徳山教会/シオン教会で牧会。2006年4月よりはルーテル学院大学/日本ルーテル神学校チャプレン。)

説教 「満たされる」 神崎 伸神学生

マルコ 6:30-44

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

ご挨拶

むさしの教会の皆さん、ただいま帰りました。久しぶりの母教会ですから、育ちの家、故郷に帰ってきたような、不思議な安堵感があります。と同時に、今朝、説教奉仕をおゆるしくださった恵みを、畏れつつも心より感謝しております。神学校最終学年にあたり、ゆるされたならば来年度は牧師として遣わされていく者としては、いささか緊張し、襟元が正される思いがいたします。今朝もご一緒に神様を讃美し、み言葉に聴くことを通して、この礼拝が祝福され、大きな喜びと励ましが上より与えられますようお祈りします。

キャンプ準備会での出来事

私は先日、8月の7日から11日まで、ルーテル学院大学のキャンパスキリスト教センターが主催するサマーキャンプに、学生・教員たちと、チャプレン助手として行ってまいりました。場所は、山梨県と長野県のちょうど県境にある小淵沢です。学院大学で英語を教えておられるジャン・プレケンズ先生の別荘をお借りして行われました。

事前の準備会で、キャンプのテーマを決めることになったのです。キャンプを通して、一人ひとりが聖書にふれ、イエス様のみ言葉に生かされ、豊かにされて帰ってくるということが目的でした。話し合いを進めるうちに、誰かがふと、言いました。「水飲みたい・・・」と。確かに、プレケンズ先生の別荘は、井戸水を汲んでいますから、天然の自然水で水の美味しさは格別です。そして、「水」はいうまでもなく、聖書と切っても切れない大切なものです。「それ、いいね」と誰かが言えば、水にまつわるキー・ワードが、次から次へと出てきたのです。「水辺で泳ぎたい」、「美味しい水を使った料理が食べたい」、「心がきれいになりたい」、「癒されたい」、そして「満たされたい」。

「満たされたい」。このひと言に皆、心をうたれました。それは、このキャンプが、ただ美味しいものを食べ、のんびりし、キャンプファイアーをしてお互いの親睦を深めて帰ってくる、ということだけではなくて、私たちが心の芯から癒され、満たされて帰ってくるような、そんなキャンプにしたいという、ひとりひとりの思いが重なったのだと思います。そんなわけで、全体のテーマは「水、飲みたい」となり、主題聖書箇所は、ヨハネ福音書の4章、サマリアの女性とイエス様の永遠の命の水の箇所になったのでした。

ここで申し上げたいことは、キャンプが終わった今だからこそ確信をもって言えるのですが、その場にいた一人ひとりが、「渇いていた」という事実です。それは、単に喉の渇きということだけではなかったでしょう。毎日大学に来て学びを続けている、ある人は働きながら、ある者は家庭・家族を持ちながら、それぞれが置かれた状況下で、精一杯歩んでいる。多くの友人・仲間もできた。けれど、何か心にぽっかりと穴が空いているような、満たされない思いがどこかにある、悩みがある、痛みもある…。私も含めて、皆はどこかにそんな思いを抱いてキャンプに参加したのではなかったか。そう思うのです。「渇いている」「満たされたい」。そのような自分の正直な、ありのままの姿に気づけるのも、また大きな恵みではないかと思ったのです。

キリストの憐れみ

本日の日課は、イエス様が五つのパンと2匹の魚で五千人以上の群集を満たされたという、よく知られた「五千人給食」の物語です。この物語は、四つの福音書すべてに記されていますが、それだけマルコにとって印象深く恵みに満ちた、また忘れ難い出来事だったのだと私は思います。後のマタイやルカ、そしてヨハネにとっても同じであったでのでありましょう。

さて、イエスは、初めての宣教派遣活動から帰ってきた弟子たちから報告を聞き、ご自身も共に休まれようと、舟で「人里離れたところ」へ向かわれました。するとその後を、数人が走り数十人が走り、数百人数千人が追いかけます。彼らは社会の中で抑圧され、傷ついていた者たちでした。癒されたい、安らぎたい、元気を得たい、未来が見えない、希望が見えない、そんな思いを抱えて、イエスの後を追って行く群衆に、主イエスは深く共感されました。群衆の心の底にある渇きを見て取られたのです。聖書は、そのときのイエスのまなざしをこう表現しています。

「イエスは、舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教えはじめられた。」(マルコ6:34)

「飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ」という言葉が心にしみます。「深く憐れみ」。この短い言葉の中に、イエス様のお心のすべてが凝縮されていると言っても決して言い過ぎではありません。これはもともと「内臓が捻れる」という意味です。それは、「同情する」ということを越えて、「はらわたが引きちぎれんばかりに心が激しく揺さぶられた」ということを意味します。ここあるのは、主が、「はらわたが引きちぎられんばかりに」群集によって突き動かされた愛であり、まなざしであったのです。

そして、私たちの魂の奥にもまたどんなにか、この、イエス様の憐れみのまなざしを求める叫びが、痛みがあろうことかと思います。今、わたしがそれを説明しなくとも、皆さんおひとりおひとりが痛みを抱えておられると思うのです。それは病や不安であったり、将来のことであったり、実に様々な闇を持っていらっしゃると思うのです。それだけではなく、誰かを傷つけてしまった、または親しい人に傷つけられて、心に癒されない苦しみを抱えている方もおられるでしょう。わたしも、この七年間、「牧師になりたい」という一心で走り続けてきましたが、とりわけ昨年は、自分の中にある罪・自我と向き合わざるを得ない一年でした。卒論の執筆と挫折、このままでは牧師にはなれないという気づきからの休学と自主研修、そして結婚、復学と、実にさまざまな出来事があったのです。ゆるされて、神学校に戻ってくることができました。「自分は変わった!」と喜び勇んで進み始めましたが、わたしのこころは何ひとつ変わっておらず、依然として人を憎み、人を傷つけ、自分のことしか考えていない姿に、日々、いやというほどほど気づかされています。

何とかしてこの痛み苦しみから抜け出したい、渇きが癒され、満たされたい。生きてゆく糧が欲しい。私たちはどこかでそんな思いを抱えながら、礼拝に集っているのではないでしょうか。

本日の主題詩篇である詩篇23篇は力強く歌います。

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、
魂を生き返らせてくださる。
主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。
死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。
あなたがわたしと共にいてくださる。
あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。」
(詩篇23:1-4)

今朝、まさにイエス様は、あのステンドグラスにおられるような「羊飼いなるキリスト」として五千人の群衆を憐れまれ、私たちにも語りかけてくださっているのであります。

五千人への給食

さて、夕暮れになります。五千人の群衆、女性も子どもも加えれば、一万人以上になったのでしょうか。大群衆を前にして、弟子たちは夕食のことで途方に暮れ、解散させようとしましたが、イエス様は人々を空腹のまま帰らせることをお許しになりませんでした。しかも、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と仰っています。「わたしたちが二百デナリオンものパンを買ってきて、みんなに食べさせるのですか」との弟子たちの応答は、「与える者は、私たちしかおりません」と心細く聴こえます。ここにあるのは五つのパンと2匹の魚、それがすべてです。イエス様は、それぞれに重荷を負って、行き先も分からぬまま苦しんでいる群集を組に分け、青草の上に座らせられたのです。

イエス様の声が、一万人以上の人たちに聞こえたとは思えません。けれど、群集たちは、「深く憐れまれた」イエス様の心の波動を聞いたのではなかったか、私にはそう思えるのです。声は聞こえなくとも、そのお姿が、しぐさの一つ一つが、群集の渇いた心に染み入っていく。五十人、百人と小さく分かれて腰を下ろしていくことで、混乱した気持ちは少しずつ落ち着き、思いがスーッと整えられていく…そんな光景が目に浮かびます。次に何が起こるのか、群集は固唾を呑んでじっとイエス様を見つめたのではなかったでしょうか。

「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで讃美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。パンを食べた男は、男が五千人ほどであった。」(マルコ6:41-44)

限りある五つのパンが、イエスの祝福の中で、無限に分けられて行きます。決して足りないということがありません。2匹の魚も同じです。「満腹した」という言葉は、ただ衣袋の満足だけを意味しているのではないでしょう。心にも十分な充足感が与えられたに違いありません。パンと魚という、貧しい庶民の食卓です。しかし、こんなに満ち足りた食事を今までにしたことがあっただろうか。かつてダビデはこう歌いました。

「わたしを苦しめる者を前にしても、
あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
わたしの頭に香油を注ぎ、わたしの杯を溢れさせてくださる。
命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう。」(詩篇23:5-6)

そのことが、今、ここで起こっています。

ご存知のとおり、この五千人給食の出来事が、後に、教会での聖餐式に重ね合わされていきました。けれども、ここに象徴さているのは、聖餐式だけではありません。象徴されているパンと魚はキリスト、神の御言葉です。今ここで、私たちは、聖書を通して御言葉のパンをいただいています。聖書という、たった一冊の書物。これがパンであり、魚なのです。いや、もっと正確に言うなら、この一冊の書物を通して伝えられているイエス・キリスト、これがパンです。これが魚です。そして今私たちは、このパンと魚を、分け合って食べています。私たちもあの群衆の一人です。

まことの羊飼いなるキリスト

普段の生活に入っていけば、私たちはまた、それぞれの生活の重荷を負い、それぞれの役目を引き受け、葛藤したり戦ったり、そうしながらも、群衆の中の一人として生きて行きます。心配事や心細いことや、目を背けたくなるようなことに直面しても、一つ一つを乗り越えつつ、生きて行くことが求められます。私たちは何を支えにして生きていくのでしょうか。私たちはそれを知っています。どこまでも「深く憐れむ」お方、「はらわたが引き裂かれんばかりに」わたしたちを愛される羊飼い・キリストが支えであることを!いや、もっとはっきり言えば、私たちがキリストによって知られているのです。そのようなイエス様のお心を、福音書記者ヨハネは、次のように記しています。

「わたしは、よい羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊も私を知っている。それは父が私を知っておられ、私が父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。」(ヨハネ10:13-15)

わたしは、自分の羊を知っていると主は言われます。自分の羊、主は私たち一人ひとりをそう思ってくださいます。誰のものでもない“ご自分のもの”だと思ってくださいます。そのわたしが、この自分の羊を知っているといってくださるのです。

キリストは、私たちのことを、自分のものだと思ってくださっています。クリスチャンというのは、キリストのものという意味です。わたしたちは放り出されているのではない。キリストに所有されているのです。ご自分が所有するものをキリストは決して捨てられません。それどころか、キリストは命を捨てて、それを守って下さったお方です。

私たちがキリストに救われているのは、キリストが、私のことを知っていてくださっていると信じることがゆるされているからです。救いという言葉を、別に言い換えたら何でしょうか。魂の救いというのを別に言い換えたら何でしょうか。「知ってもらって、受け入れていただいている」ということではないでしょうか。

知られてしまうというのはどんなことでしょうか。何もかも裸にされてしまう。何もかも裸にされて、人々の目にさらされるとしたら、どんな気持ちでしょうか。自分の何もかもが一切知られてしまったら、まるで自分の居場所が消えていってしまうような、恐れを抱かないでしょうか。一方で、軽々しく「分かる、分かる」などといわれても、かえって心を閉ざします。

けれども、キリストの前で裸にされることは、意味が全く違うのです。キリストの前で裸にされるからこそ、わたしたちは救われます。一切の自己弁護をたたれ、誇れるものは何もないほど、ほんとうに知り尽くされるからこそ、私たちは救われるのです。

キリストが、私はあなたを知っているといわれるとき、それは、私たちの心の内にある弱さや痛み、哀しみや喜びまでも、すべてをご存知でおられるということです。しかし、ご存知でおられるからこそ、私はあなたを捨てておかないと言われるのです。キリストは、この私を贖い、救い取って、決して捨てず、恥とされないのです。十字架で血を流してまで、ご自身の命を捨ててまで取り戻そうとされたもの、決して失われてはならないもの、それは、あなたのだと。このお方は、私たち一人ひとりに寄り添って、その見事な姿だけではなく、どんな姿においても、そのみじめさ、みにくさにも共に向き合い、目を離さずにいてくださるのです。

「あなたはわたしのものだ」。

こう力強く呼びかけてくださるお方、羊飼いなるキリストの愛に満たされ、今週もご一緒に歩んでまいりましょう。この声に聴き、この言葉をいただき続けてゆくならば、必ず立ち上がってゆけます!どうか、ここに集われたお一人おひとりの内に、キリストの声が豊かに響き、皆さんを望みに溢れさせてくださいますように。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年8月20日 聖霊降臨後第11主日礼拝 説教)

説教 「何も持たないで生きるということ」 大柴 譲治牧師

マルコ 6:6b-13

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

何も持たないで派遣される12弟子

教会というところは人生を照らす灯台のような場所だと思います。するとここは「むさしの灯台」ということになりますね。人生の荒波が私たちを襲う時、あるいは私たちが道に迷う時、行き詰まって壁にぶつかる時、礼拝を通し、交わりを通し、み言葉を通して私たちは進むべき方向を指し示されるのです。普段はあまりその存在価値が分からないかもしれません。しかし、暗い夜になると、夜空の星や、あるいは荒れ狂う海の中で灯台が指し示す一条の光は大きな助けになります。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」とイエスさまはおっしゃいました(ヨハネ8:12)。

本日はイエスさまが12弟子を二人一組で派遣される場面です。そこにはこう記されています。「それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして『下着は二枚着てはならない』と命じられた。」(マルコ6:6b-9)

私がいつもこの部分を読んで驚かされるのは、何も持たないでただ主の言葉だけに信頼し、「主の山に備えあり」(創世記22:14。口語訳では「アドナイ・エレ」、新共同訳では「ヤーウェ・イルエ」)という言葉のように、神さまが備えてくださることに自らのすべてを委ねて歩む弟子たちの姿です。これはすごい、これこそ真の信仰者の姿だと思う。そして自分の生き方は、そこからはずいぶん隔たっているよう思わされるのです。(もっとも、弟子たちもここでは不安に思ったことでしょうが、彼らを変えたイエスの権威ある言葉の力にこそ私たちは目を向けるべきかもしれませんが。)

何も持たないで生きるということの本当の豐かさを本日の日課は私たちに教えています。私の恩師の言葉を思い起こします。この方は病いのために最愛の奥様をとても辛いかたちで奪われた方です。「聖霊とは私たちに何かを与えてくれるのではない。聖霊は私たちから持っているものを奪う。それは私たちが何も持っていないことを教える」。私にとっては忘れることのできない重たい言葉です。

考えてみれば、確かにその通りかもしれません。三位一体の神を私たちは信じていますから、「聖霊」を「父なる神」または「み子イエス・キリスト」と言い換えてもよいでしょう。何も持たずに主から派遣されるということは、実は自分が頼るべき何も自分の手に持っていないことを知るということであります。この命も、この身体も、この五感も、この意識も、この呼吸も、すべて私のものではないということを知るということ。すべては主のものなのです。

旧約の詩人ヨブはすべてを失った時、立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏してこう言いました。「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」(ヨブ1:21)。これは真に迫力のある言葉です。私が何も持っていないということ(私の「裸」性)を知るということは、同時に、私がすべてを神からいただいて生きている(「主は与え、主は奪う」)ということを知るということなのです。

試練の意義

最初に灯台の光は夜道を失った時、荒れ狂う海の中でこそ力を発揮するということを申し上げました。実は試練の闇の中でこそ、私たちは自分が何も持たないで生きているということを知らされるのです。

その意味で、人生において夜や嵐、試練というものは大切な意義を持っています。悲しみや苦しみを通して私たちは、実は自分が何も持っていないということを知らされるからです。そしてその中で私たちはキリストの光にまで導かれてきたのです。「だれでもわたしについてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を負って従ってきなさい」と言われた主の言葉はそのように理解できます。闇の中でこそ、昼間は見えなかった、灯台の光が見えてくるのです。

何も持たないでいる自分の姿が見えてきた時に、私たちは自分が生きているのではなく、生かされているのだということを知らされます。自分の持っているものに頼っているようでは、まだ私たちには何も分かっていないのです。「わたしは裸で母の胎を出た。裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が奪われたのだ。主のみ名はほめたたえられよ」という言葉の深い意味が。

私たちは生まれる時も裸ならば、死ぬ時も裸です。どれほど地上で名声や富を蓄えたとしても、何も持ってゆけないのです。すべては主のものであって、この身体だけでなく、この私という意識も、感覚も呼吸も、すべては主のものなのです。主が与え、主が奪うのです。聖霊が与え、聖霊が奪うのです。

詩編102:19にはこう記されています。「後の世代のために このことは書き記されねばならない。『主を賛美するために民は創造された。』」と。私という存在は、主のみ名をほめたたえられるために創造されていると聖書は語っています。喜びの時にも悲しみの時にも、一人でいる時にも共にあるときにも、順境の時にも逆境の時にも、私たちは主を賛美するために造られているのです。詩編の150編、そこには信頼の歌だけではなく、悲しみや叫びの歌もあります。喜びを通しても悲しみを通しても私たちはただ主を見上げるのです。

原崎百子『わが涙よわが歌となれ』

ガンで召された一人の牧師夫人(日本基督教団)・原崎百子さんの『わが涙よ、わが歌となれ』という書物のことを思い出します。この中には読まれた方もおられることでしょう。

原崎百子さんは、肺ガンの中でも最も悪性のガンに冒されて、とても苦しい闘病の末、1978年8月10日に天に召されました。今から28年も前になります。その11日ほど前の7月30日が、今年と同じように、主の日に当たりました。その日が、原崎百子さんが教会で礼拝をささげる最後の機会となったのです。そしてその日の日記にはこう記されていました。

主の日である。私たちの一週の冠である主の日。主の日は一週の出発であり、中心であり、目的である。どうかこの日、心から主をあがめ、ほめたたえることが出来るよう、朝食前祈った。
礼拝。歩いて行かれない。歌えない。唱えられない。そういう私の礼拝を、本気、本当の礼拝として捧げることを考える。

わが礼拝

わがうめきよ わが讃美の歌となれ
わが苦しい息よ わが信仰の告白となれ
わが涙よ わが歌となれ
主をほめまつるわが歌となれ
わが病む肉体から発する
すべての吐息よ
呼吸困難よ
咳よ
主を讃美せよ
わが熱よ 汗よ わが息よ
最後まで 主をほめたたえてあれ

(原崎百子『わが涙よわが歌となれ』新教出版社1979病床日記より)

先に「主を賛美するために民は創造された」という詩編102:19の言葉を引きましたが、何も持たないで生きるということが実は主の恵みの豐かさに生かされるということでもあるということを、この詩は雄弁に語っています。何も持たないで主に従うことが主への讃美を可能とするのです。何も持たない私たちを主が礼拝を通して「讃美する民」へと造り変えてくださるのです。

私たちのためにあの十字架を背負ってくださったキリストに従うことが、そのような真実に讃美する生き方につながっていることを覚えながら、新しい一週間を踏み出して参りましょう。

お一人おひとりの上に神さまの恵みが満ちあふれますようにお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年8月13日 聖霊降臨後第10主日礼拝 説教)