説教

「逆巻く湖上を近づいて来られる主」 大柴 譲治

列王記上19:1-21、マタイ福音書14:22-33


<映画『大いなる沈黙へ』>
 この夏、8月6日に私は岩波ホールで上映された映画『大いなる沈黙へ』(原題:Die Groβe Stille。ドイツ語で「大いなる静謐」の意)を観る機会を与えられました。この映画は大入り満員が続いたために引き続き都内各地で上映や全国上映が決まったということですので、ぜひ多くの方にこの映画を観ていただきたいと思います(賀来先生がこの映画についてはこのたよりの中で書いておられます)。
 映画は現実の修道院にカメラが入ってその日常生活を淡々と映し出してゆきます。それはカトリック教会の中でもとりわけ厳格な戒律で有名なグランド・シャルトルーズ修道院(カルトジオ会)。フランスのアルプス山脈の中にある1084年創立の修道院で、人里離れた場所で自給自足の生活をしながら祈りをささげ、質素な日々の生活の中で一生を過ごす30人ほどの修道士たちの日常をカメラが捉えています。監督はドイツ人フィリップ・グルーニング。1984年の許可申請時には「まだ早い」と言われますが、遂に16年後「準備が整った」と撮影許可がおります。ただし「監督一人が入ること、音楽や光やナレーションを入れないこと」という条件付き。監督は約半年間、修道院の一員として独房での生活を送ることになります。凜とした静謐が支配する深い沈黙の中、修道士は相互に会話することもなく礼拝、瞑想、祈りなどの日課を黙々と行ってゆくのです。構想から実に21年を経て実現した中世からの変わらぬ修道院の映像が心に深く染み入ってきます。観る者も自分が一人の修道士になったように感じる映画でした。現代人の心に強く訴えかける不思議な静謐に満ちたドキュメンタリー映画でした。
 修道士たちが寝起きするのは一人一人に割り当てられた小部屋。彼らは一日の大半を机と祈祷用スペース、ベッド
のあるその部屋で過ごします。深夜にも祈祷の時間があるため(19:30に寝て23:30に起き3時間ほどの夜のミサがあり、そして再び3時間ほどの就寝時間)、睡眠時間は分断されています(総計すると修道士の一日は、9時間の祈り、8時間の休み、7時間の肉体労働ないし読書となります)。
 私がこの映画から想起したのは次の言葉でした。「沈黙は言葉の背景を持たずに存在しうるが、言葉は沈黙の背景を持たずには存在できない」(マックス・ピカート、『沈黙の世界』)。『大いなる沈黙へ』という映画のタイトルの通り、映画を観る者は修道士らと共にその「大いなる神の沈黙の声」に耳を澄ませることを求められてゆきます。一週間の内、修道士たちが互いに自由に言葉を発することができるのは日曜日の午後、散歩の時間の4時間だけです。あとはミサでの祈祷以外は声を発せずに沈黙しているのです。映画は黙々と修道院の日常生活を映し出してゆきます、900年間変わらずに継承されてきた日々の生活を。
 時折、聖書の言葉がテロップではさまれてゆきます。その中の一つが本日の旧約聖書の日課、列王記上19章からの言葉でした(11-12節)。「主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた」。
 山を裂き、岩を砕くほどの「大風」が起こっても、その風の中にも、地震の中にも、火の中にも主はおられなかったと語られています。しかしその後に、主の「静かにささやく声」が聞こえたのです。映画はテロップでこう語ります。「静けさ―その中で主が我らの内に語る声を聞け」。神が私たちに向かって「沈黙」(silence)「静謐」(tranquility)「孤独」(solitude)を通して語りかけてくる声に耳を澄ませてゆくこと。『大いなる沈黙へ』はこのことの意味を深く考えさせてくれる169分の映画でした。

<水の上を歩こうとしたペトロ>
 本日の福音書には、「逆巻く湖の上を弟子たちの乗った船にまで向こう側から近づいて来られる主イエスの姿」が記されています。水の上を歩くことなど人間にできることではありません。しかしこのエピソードはマタイだけではなく、マルコとヨハネにも記されていますが、初代教会は迫害の嵐(荒波)の中で、復活の主が共にいてくださることをこのエピソードを通して繰り返し確認していったのでしょう。もしかしたらここには、かつてモーセが真っ二つに分かれた紅海の中に現れた乾いた地を渡って約束の地に向かって民を導いていった「出エジプトの出来事」が重ね合わされているのかもしれません。それは「神の力」による奴隷状態からの「大いなる解放の出来事」でした。
 神にできないことは何もなく、人にはできないことでも神にはできるのです。人間の力が届かないところ、尽きたところにおいて、神さまのみ業が始まってゆきます。本日の嵐の中、逆巻く水の上をイエスさまが弟子たちの乗った船に近づいてゆかれる場面もそのような状況を表していると思われます。初代教会の信者たちは、迫害の嵐の中で、沈みそうになる船(教会を船になぞらえました)の中で生きた心地がしなかったのだと思います。そのような状況の中で、主が逆巻く波の上を船に向かって近づいて来てくださるというこの出来事はどれほど大きな慰めと励ましを初代教会の信者たちに与えたことだったでしょうか。
 もう一度その場面を読んでみましょう。「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、『幽霊だ』と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。』すると、ペトロが答えた。『主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。』イエスが『来なさい』と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と言われた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ。」

<主を信じて水の上に踏み出したペトロ>
 事は「嵐の中」での出来事です。先の列王記上の19:11-12の言葉と重ね合わせてみるならば、こうなります。山を裂き、岩を砕くような「大風」の中にも、風の後に起こった「地震」の中にも、地震の後に起こった「火」の中にも、主はおられなかったのです。しかし「火」の後に、そこには「静かにささやく声」が聞こえた。「神」の「ささやく声」です。この神からの静かな静寂の声に耳を澄ませることが私たちに求められています。この「声」に耳を澄ませるとき、私たちはどれほど大風や地震や火が私たちに迫り来ようとも、それらを乗り越えてゆくことができる。逆巻く波の上を歩いて、怯える私たちに向こう側から近づいて来てくださる復活の主を見てゆくことができるのだと思うのです。

<詩編46編>
 Die Groβe Stilleという映画の原題(特にStillという語)に関して私は詩編46編を思い起こします。「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。わたしたちは決して恐れない、地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも。海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々が震えるとも」と歌う詩篇46編は宗教改革者のマルティン・ルターがこれをもとに『神はわがやぐら』という讃美歌(教会讃美歌450番)を作曲したことでもよく知られた詩編です。インマヌエル。これは「万軍の主なる神が我らと共にいます」ということが繰り返し語られている信頼の詩編です。
 その11-12節には次のようにあります。「力を捨てよ、知れ、わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔」。新共同訳聖書では「力を捨てよ、知れ、わたしは神」と訳されていますが、私たちが長く親しんできた口語訳聖書では11節(10節)はこうなっていました。「静まって、主こそ神であることを知れ」。文語訳聖書ではこうです。「汝ら、しずまりて我の神たるを知れ」。多くの英語訳聖書ではここはstillと訳されています。“Be still, and know that I am God!”(英訳のNKJV/NRSV/NJB等)。『Die Groβe Stille(大いなる静寂)』です。私たちは沈黙の中に聞こえてくる神の声に耳を傾けてゆくのです。「火の後に、静かにささやく声が聞こえた」(列王記上19:12)。
 逆巻く逆風の中でも向こう側からキリストは近づいて来てくださいます。そして、静かにささやく声で告げておられるのでしょう。「なんじら、静まりて我の神たるを知れ」と。私たちはこのお方のみ声を聞きながら、たとえ現実が逆巻く大波のように見えたとしても、私たちはキリストのみ声がもたらす「平安」と「静けさ/大いなる沈黙」に満たされて、祈りの中に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。
 お一人おひとりの上に神さまの豊かな恵みがありますように。 アーメン。
(2014年8月31日 聖霊降臨後第11主日礼拝 説教)

説教黙想「根拠のない自信」 大柴 譲治

「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。」(ローマ8:35)

最近、朝のテレビ小説『花子とアン』で「根拠のない自信」という言葉を耳にしていくつかのことを思い出した。四年ほど前に東洋英和女学院(花子の母校)でのクリスマス礼拝に招かれた時のこと。保護者会の世話役であるお母さんから「子供たちはこの学校が大好きなのです。この学校は子供たちの中に根拠のない自信を育ててくれました」という言葉を伺った。そういえば三鷹のルーテル神大時代にも東洋英和出身の学生がいて、行動派の彼女がいつも「自分には根拠のない自信があるのよ」と語っていたっけ。東洋英和に限らず、学校や家庭というものは子供たちの中に「根拠のない自信」を育むという使命を持つものなのであろう。

「根拠のない自信」を持つ者には「迷い」がない。いや、たとえ「迷い」があったとしても、その「根拠のない自信」のゆえに周囲を巻き込みながらも逆境を乗り越えてゆくことができるようだ。「自尊感情」がその人の「レジリエンス(回復力/復元力)」を支えているのだ。いかにも逆境に強かった故小泉潤牧師の生き方をも思い起こす。ふだんの日常生活ではあまり見えてこないが、いざという時には私たちが持つ「根拠のない自信」が大きく事を左右するのであろう。

2011年の4月、大震災の後というタイミングになったが、『こどものまなざし』で著名なクリスチャン児童精神科医の佐々木正美先生を私たちの教会にお招きしたことがあった。先生はそこで子供たちの内に「根拠のない自信」を育むことの大切さを語られた。そのために「子供たちに溢れるほどの愛情を注いで、大いに甘やかせてあげて欲しい」と言われたのである。人を愛するためにはまず自分が人に愛されるという体験が必要となり、愛されることを通して子供たちには「根拠のない自信」が育まれてゆくのだという。先生は続けられた。「私たちは普通『根拠のある自信』を持っています。しかし『根拠のある自信』はその根拠が揺れ動くとガラガラと崩れてしまう。けれども『根拠のない自信』は根拠がないがゆえに決して揺れ動くことがないのです」。その実践に裏打ちされた温かい言葉は今でも私の中で一つの確かな声として響いている。

「根拠のない自信」という逆説的な言い方であるが、考えてみればそこにはやはり「根拠」があると私は思う。そもそも「自信」とは「自分に対する信頼」を意味するが、その「自信」の「根拠」が自分の「内」ではなく「外」にあって、それが「外」から「私」を支えているということなのであろう。そこでの「自信」とは「自分を支えるものに対する信頼」という意味となる。自らの外に自分を支える「確固とした足場・基盤」を持つということ。万物は揺らぐとも主の言は永久に立つ。自己を支えるそのような足場を持つことができる者は幸いである。

キリスト教作家の椎名麟三は受洗の後に、「ああ、これでオレは安心して、ジタバタして死んでゆける」と言ったという。洗礼において主が私を捉えてくださった。罪と死との格闘の中で自分はどこまでもジタバタせざるをえない弱い存在。しかしそのような自分をキリストが捉えて離さないがゆえに、安心してもがいてよいという主の愛に対する絶対的な信頼がある。「我ここに立つ」と言ったルターも「キリストの現臨(リアルプレゼンス)」という基盤の上に立ち続けた。その基盤を「インマヌエルの原事実」(滝沢克己)と呼び、「神の〈まこと(ピスティス)〉」(小川修)と看破した先人たちもいる。

「たとい明日世界が滅びようとも、わたしは今日リンゴの木を植える」というルター的な言葉も、また次のように語ることができたパウロの信仰も、確かにそのような「根拠のない自信」に裏打ちされていたと思うのは私だけではあるまい。「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8:38-39)。

神の〈まこと(ピスティス)〉が私たちの信仰(ピスティス)を支えている。私たちに贈り与えられている「根拠のない自信」を共に喜び祝いたいと思う。

むさしの・スオミ教会牧師 大柴 譲治

〜るうてる7月号巻頭言〜

説教「平安あれ」 神学校3年生 秋久潤

2014年4月27日(日)
ルーテルむさしの教会 復活後第一主日
神学校3年生 秋久潤
使徒言行録2章22-32節
ペトロの手紙一 1章3-9節
ヨハネによる福音書20章19-23節

説教「平安あれ」

私たちの父なる神と、主イエスキリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン。

先週の日曜日、私たちは、「ハレルヤ!」という喜びの声を上げて、ご一緒に主の復活をお祝い致しました。この復活は、主イエスが、私たちに与えてくださる、新しい命。私たちが洗礼を受けることによって、主イエスと共に死に、そして、イエスの復活によって新しい命を得るのだ。そのことを記念するのがイースターでした。この世的な目から見れば、リーダーであるイエス・キリストを失い、夢破れて、故郷ガリラヤに帰る弟子たちが、主イエスご自身の命令によって、ガリラヤに帰るのではなく、新しく行くのだ、そのように、私たちは先週の礼拝で派遣をされ、一週間経ち、またこの場所に集まっています。

毎週一回、日曜日に礼拝に集まる。それは、呼吸をすることと似ているのではないでしょうか。息を吐いて、吸う。呼吸をしなければ人は生きていけない。礼拝の終わりに派遣されることによって、私たちはこの、教会の中から外へと遣わされていく。そして一週間経つと、またこの教会の中に吸い込まれていく。その呼吸を繰り返すことが、私たちの命の息、キリストと共に生きる者の呼吸ではないかなと思うのです。

本日このあとは、イースターコンサートが行われ、そこでは様々な楽器の音が奏でられます。楽器の音も、空気を通さなければ、聴くことができない。空気のない宇宙では、音は聞こえません。管楽器を吹くときの口から出る呼吸、弦楽器を鳴らすときの弦の振動、あるいは歌声、そしてそれを聴く私たちの鼓膜や、お腹で聴くという人もいます。全て、空気の震え。神の息が、私たちに伝わってくる。そのようなことではないのかなぁと思うのです。

本日与えられました聖書には、聖霊を受けなさい、という言葉が出て参りました。聖霊と聴くと、ペンテコステ、もうちょっと先の出来事ではないのかなぁと教会に来慣れている方は思われるかも知れません。まだイースターなのだから今は復活の時期ではないか。ですがヨハネ福音書は、復活のイエスを語るときに、ちょこちょこと、そこには聖霊の働きというものが登場してくるのです。

教会に集まる私たちと同じように、弟子たちは、イースターの日の夕方、一つの家に集まっていました。そこで彼らを支配していたのは、復活の喜びではなく、恐れだったのです。私たちも、礼拝に出て、イースターの喜びを共に分かち合う。何か良いことが起こったのかもしれない。だけど、実際に家に帰ってみると、はて、私の生活と、主イエス・キリストの復活はどういう関係があるのだろうかと、まあ、思ったりすることがあるかもしれません。この家に集まっていた弟子たちも、マグダラのマリアから「主イエスが復活したのです」という知らせを聞いていたんですね。その日の夕方とある。その日の夕方。ですが朝にはマグダラのマリアは一人、空になった墓の前で佇んでいた。そこにペトロとヨハネも駆けつけたが、復活の主と出会えたのは、その二人の男弟子が帰ってしまって、一人泣いていた、そのマリアのもとに、主イエスが現れた。ですから、マリア以外に、その主イエスの復活のことを証言できる人はいないのです。いくら主イエスが復活されたという喜びを持って、弟子たちの集まっていた家に行っても、弟子たちはだれも信じなかったのです。むしろ、家には鍵を掛けていた。なぜなら、ユダヤ人たちを恐れていたからとあります。弟子たちもユダヤ人なんです。ですが、自分たちはもともとユダヤ今日を信じていたが、イエス、ナザレのイエスという人物を、私たちの神から遣わされた子だと、ついていくことによって、同胞のユダヤ人たちから睨まれるようになる。しかも、力を持った主イエスは、十字架に掛かられて死んでしまった。これから私たちはどうしていこうか。まあそのような恐れがあったのでしょう。

わたしたちは恐れを抱いたとき、誰か、ある人に対して気まずいなあ、悪いことをしてしまったな、あるいは悪いことをされたな、と思ったとき、その人と、どのような関係になるでしょうか。おそらく、身を隠す、ということを行うのではないでしょうか。本日、ルーテル学院の学長になられました江藤直純先生が、私の説教の指導を今期してくださっているんですけれども、今日、聴きに来てくださったんです。ボスが来てくださった。でも、私としては、説教の準備がこれでいいのかなぁという恐れがあるわけです、喋りながらも。そうすると、来てくださったにも関わらず、隠れていたくなる、コソコソとしていたくなる。あるいは、何か言葉数を多くすることによって、ごまかそうとする。隠れやごまかし、それが、人が恐れを抱いたときにやってしまうことではないでしょうか。

実は今日お読みした箇所というのは、創世記の3章、あの蛇がアダムとイブを誘惑した箇所と驚くほど似ているのです。神が、アダムに「好みは取って食べてはならない。なぜなら神と同じような者になるからだ」と言って禁じられた実を、蛇は女に、「食べてみたらどう?」とそそのかす。そして実際に、食べてしまうと、まず二人が行ったことは、自分たちが裸であったことに気付いたんです。そして、恥ずかしい部分があらわになっているとして、いちじくの葉を綴り合わせて、腰を蔽った、とあります。そこで生まれてきたのは「恥」であり、自分の恥ずかしい部分を隠そうとする。そして、父なる神が園の中をあるいている、それは風の吹くときという言葉がありました。その、歩いている音が聞こえてくると、二人は、園の木の間に隠れた、とあるんです。自分の恥ずかしいところも隠したいし、神からも隠れていたい。神は二人に対して、「どこにいるのか」と語りかけます。それは神の立場から見れば、二人が見えなくなってしまった、どこにいるんだアダムとイブ、という呼びかけだったかもしれない。だけど二人にとってはそれは、恐ろしい声だったのです。自分たちを殺しに来る声かもしれない。ああ、ばれたらどうしよう。そして、二人の実を食べたと言うことが父なる神に知られてしまう。「なんということをしたのだ」。叱責が始まるんです。すると、アダムがやったことは、「あなたが与えてくれたあの女が、私に実を与えたので、私は実を食べたんです」と、責任転嫁をする。また逃れようとするんです。神から逆らうこと、そして責任転嫁をすること、これが創世記が現す、罪。私たちが恐れを抱くときにしてしまうことなのです。

ユダヤ人を恐れて、家の中に隠れていた弟子たち。そこに何の前置きもなく、イエスが来て、彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」。ヘブライ語で「シャローム」という挨拶をされるんです。その後に、手とわき腹をお見せになった、とあります。弟子たちはそれを見て喜んだと書いてあるのですが、私は最初この聖書を見たときに、何で喜ぶのかなぁと不思議に思ったんです。死んでいた人間が目の前に現れていたら、パニックになる、驚くはずじゃないのか。しかも、その方は自分たちが裏切ったせいで、十字架に架けられた、その傷跡を見せてくるんです。普通であれば、「ああ、もしかして、私たちに復讐しに来たのだろうか。殺しに来たのではないのだろうか」と恐れるはずかもしれません。ですが、旧約聖書のときに「どこにいるのか」と語りかけ、人間たちが自分の罪によって、その神さまからの呼びかけを呪いの言葉として聴いてしまったのとは違う展開が、ここでは行われるのです。傷を見せ、そして「あなたがたに平和があるように」と言われる。傷というのは、私たちの人間の罪をまざまざとそこにあらわすものです。私たちは、イースターに主が復活しておめでとうと言います。ですけど、もし復活だけのできごとだけが起こったのであれば、それは私たちにとって、もしかしたら、お祝い事では無くなってしまうのかもしれないのです。なぜならそこには恐怖が付きまとうから。ですが、主イエスが言われた、「あなた方に平和があるように」、その赦しのことばがあるからこそ、十字架の傷を見せて頂いたことが、弟子たちにとって、救いの出来事となるのです。

赦しだけでは、私たちにとって赦しにはならない。私たちにとって、傷、主イエスに負わせた傷、私たちの罪が何なのかということを知ったときに、その主イエスの赦しとはいったい何なのかが分かるようになってくるのです。主イエスはだめ押しをするかのように、「あなた方に平和があるように」と伝え、そして、不思議なことをされるんですね。最初に、派遣をされるんです。「私の父が、私をあなたがたのもとに遣わしたように、今度は私が、あなた方を遣わす」。さらにイエスは、息をフーッと吹きかけ、個人に対してではなく、弟子「たち」に吹きかけるのです。まあ、大の大人同士で顔に息を吹きかけられたらちょっとムッとするんじゃないのかなぁと、まあコミカルなことも思ったのですが、まあ、息を吹きかけるということも、また創世記の中で、大切な役割が描かれているのです。

主なる神が、人を土から造られたとき、その鼻に、息を吹きかけられた。ここで主イエスがされているのは、恐怖によって、体は集まっているけれども、心はちりぢり、自分の恐れしか考えていない弟子たちを、再び、主イエスが真ん中に立たれる集まりとして、回復されるのです。

ペンテコステ、聖霊が送られるという出来事は、教会が造られる出来事です。この主イエスの第二の創造は、私たち個人が復活によって新しい命を得ると共に、失われた主イエスのからだ、イエスの教会が、私たちが集められることによって、復活させられていくという意味を持っているのです。

最後に主イエスは、このようなことを言います。「誰でも、誰の罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だが、あなたがたが誰の罪であっても赦さなければ、その罪は赦されずに残る」と。まあ赦すも赦さないもあなた次第だ、誰の罪でも赦すことができる。あるいは誰の罪であっても、赦さずに放置しておくことができてしまう権威。それは、本来、人間には無いはずです。ファリサイ派の人々が、「罪を赦すこの人は一体何者だ」「お前は神なのか」と思ったかのような、その主キリストご自身の権威を、弟子たちに、託す。自分を十字架につけ、裏切った、また墓までは一生懸命走ってくるかもしれないけれども、そこで何かを感じたらまた家に帰ってしまうかもしれない、私たち、弟子たちに、その主イエスの赦しの権能を授けられるのです。「赦しなさい」と。

これは、人間の力だけでできる行為ではありません。聖霊が吹きかけられなければ、どんなに人間同士で赦そうと思っても、そこには隠しきれない限界がある。表面的には仲直りをしたように見えても、自分の心の深いところ、隠しておきたいようなところには、今なお、その相手に対する怒りや赦せないという感情がくすぶっている。私たちが罪を赦すことができるのは、何よりもまず、主イエスご自身が「あなたがたに平和があるように」「あなたがたの罪は赦された」その宣言、赦しがあるからこそ、私たちはその後に続いて、この交わりの中で、あるいは社会に出て行った後、目の前の人を赦すことができるのではないでしょうか。私たちが赦したから、その代償として赦しが得られるのではない。

とは言っても、赦せない私がいる。洗礼を受け、教会に通い続けてもなお、あの人は苦手だ。できれば隠れていたい。そのような現実も私たちにある。それは、創造され、神の愛のもとにいたにも関わらず、また、いちじくの葉を取って、自分の恥ずかしい部分を蔽ってしまう、人間の姿が、そこには今なお、根深くあるのではないのかなぁと思うのです。私たちは神から赦された、神から完全な赦しを得たとしても、なお罪人である。「義人無し。一人だに無し」。洗礼を受けても、私たちは義とされても、いまなお、罪人である。ですが、もう一つ、創世記の中には、重要なことが書かれているのです。それは、父なる神が、アダムとイブを、エデンの園から追放するときの出来事です。

父なる神は、二人に、皮の衣を造って、着させてやった。皮の衣。動物の毛皮のことです。それを造るためには、何かしらの動物の血が流されなければいけなかったでしょう。植物を切り取ってくるのとはわけが違う。それは、父なる神が裏切られたことによる、あるいは罪を犯した人間に対する怒りを抱えながらも、せっかく愛した人間たちを、自分のエデンの園から追放しなければならない、そのやるせなさ、悲しさの中で、二人に与えた皮の衣だったのです。

罪が赦されるには、血が流されなければならない。それが、旧約聖書が伝える、イスラエルの伝統です。その血を流されたのは誰か。主イエス・キリストご自身です。傷を負い、私たちの目の前に現れてくださったとき、そこにはやはり傷がついていた。血を流された。それは、私たちが罪を犯したせいで流された血であると同時に、私たちの罪を完全に赦すために流された血でもあったのです。

私たちは、週に一回、礼拝に来る。そして、最初に罪の赦し、罪の告白をして、御言葉を聴き、洗礼、聖餐へと与ってゆく。これは、主イエスご自身が私たちを新たに生まれさせるために、自分自身が変わってくださった。御言葉として、神の言葉として。そして洗礼における水において。聖餐式におけるパンとぶどう酒、からだと血とにおいて。私たちを生かすために、ご自身をお与えになる。また、息を吹きかけることによって、私たちの中に息づく霊となって私たちが教会から出て行く、神の庇護から外の世界へと出て行った後も、私たちの中で、主イエスは生き続けているのです。

先ほど私は、「全ての人は、罪人である」と申しました。その事実は、主イエス・キリストを頂いた後でも変わることがない。ですが、父なる神は、そのキリストを私たちに着させてくださった、ともあるのです。また、主・イエスキリストはここでも私たちのために変わるのです。司式者や説教者は、白いアルバを着ます。その下の中にあるのは、普通の人間、罪人が、真っ白なアルバを着る。これは、按手を受けたから、牧師だから着れる特別な服ではない。罪人である私が、主イエス・キリストから委託を受けて、主イエス・キリストご自身をあなたがたに伝える。その役目を担っている。そのことの証として、黒い私にも関わらず、その上から、真っ白な衣、キリストを着させていただく。それは、今ここにおられるお一人お一人の上にも、主イエスがご自分の体を裂いて着させてくださっている、皮の衣なのです。

「私があなた方を遣わす。」その聖霊の息吹は、私たちを赦してくださった証でもあり、また私たちを生かして、隠れたい、逃げたいと思っている、この世の恐怖へと、再び、派遣していく力なのです。そして、霊の力、それは、私たちが肉体が滅びた後も、続くのです。本日は、墓前礼拝が行われます。地上で体を失って、私はもう終わりなのだろうか、その不安やおびえがあるとき、私たちは肉体の機能はまだ残っていても、心ではもう死んだ者になりそうになる。ただ、主イエス・キリストが与えてくださる希望は、「私と共に死ぬ者は、私と共に復活する」。この希望があるからこそ、私たちは、死を乗り越えることができる。死は終わりではなく、その先がある。御国で、あの天に召された方たちと、再び祝宴を囲み、主を賛美するときが来る。この喜びが私たちに今日、告げ知らされているのです。私たちが隠したいところ、人前にどうしても表せない、できればなにかでごまかしたいような場所に、その真ん中に、主イエスは来てくださり、「あなたがたに平和があるように」「シャローム」、その赦しの言葉をかけてくださるのです。恐れるな、私はあなたと共にいる。この言葉を信じ、この一週間、主と共に歩んで参りましょう。お祈りを致します。

全能の父なる神さま、主の御名を賛美いたします。
私たちはあなたからの復活の恵みを共に与らせて下さり、そしていま、霊によってこの教会へと導かれて参りました。あなたは、私たちの真ん中に現れて下さったとき、傷ついたお姿をされていましたが、そのお姿をもってなお、私たちを赦し、本当の喜びと、安息へと導いてくださいます。私たちが赦された、この事実を以て、世へと派遣されていくことができますように。どうか、私たちをお守りお導き下さい。
いま、苦しみや絶望の中にある方に、あなたの光が届きますように。この祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名によって御前にお献げ致します。アーメン。

「今がその時である」中島和喜神学生

「今がその時である」

 ヨハネによる福音書で、イエスは3度エルサレムへ上京します。本日の4:1からはイエスが弟子たちと共に、エルサレムでの過ぎ越しの祭を終え、1度目のエルサレム上京から、ガリラヤに戻る道中のサマリアでの出来事です。

本来ユダヤ人にとって、このサマリアという場所はあまり行かないようにしていた場所でした。4節で「サマリアを通らねばならなかった」とありますが、確かに地理的にはエルサレムからガリラヤに行くために、サマリアを通るのが一番の近道でありました。しかし当時のユダヤ人は、サマリア人との関係は良好ではなかった。むしろ、緊張関係にあったと言っても良いでしょう。サマリア人と呼ばれる人々は、紀元前722年に滅亡したイスラエル王国の生き残りの住民と、アッシリアからの入植者との混在の結果できた、所謂、混血民族であったのです。そのためユダヤ人から見るとサマリア人は、半分がユダヤ人ではないものの地が流れているということからも、なるべく近づかないようにしていた民族でありました。

ですから、エルサレムからサマリアを通ってガリラヤに行くという直線的な道は、当時のユダヤ人からすれば、一般に通る道ではありませんでした。サマリアの東にありますヨルダン川の方を通って、迂回しながら進む道が、通常であったのです。しかし、イエスは直線的な、一番近い道を行くために、サマリアを通りました。これは人間的な常識にとらわれない、イエスのひたすらに真っ直ぐな道が表れています。その真意はわかりませんが、サマリアに行かなければならなかった、と4:4にあるように、むしろ神の救いの御手を、異邦人にも表すために、その道を歩んだと考えることができます。

その道中、イエスはサマリアの女に出会うのです。そこでの会話は、イエスの語りかけから始まりました。サマリアの女はこの時、大変驚いたことでしょう。来るはずのないユダヤ人が、サマリアの、それも女性である私に語り掛ける。さらに6節に「正午ごろのことである」とありますが、当時の水汲みは、凉しい朝か夕方に行われることが普通であり、暑い盛りの正午の井戸に人がいるということすら想像していなかったでしょう。そんな驚きの中でイエスに語り掛けられるところから始まります。同時にそれは、救いの御手が差し伸べられた瞬間でもありました。その始まりはイエスの語りかけであった。先手はいつも神なのです。

イエスとサマリアの女の対話が7節以降に展開されていきます。水を求めるイエスに対して、サマリアの女は疑問を抱き、イエスの求めに、質問で返していく。しかしイエスは10節で、こう語ります「もしあなたが、神の賜物を知っており、また『水を飲ませてください』と言ったのが誰であるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」と。ここで不思議なことに、求める者と、求められた者との立場が逆転しています。先ほどまで飲み水を求めていたイエスが、与えると言う立場になっているのです。

サマリアの女にとって、イエスの言う生きた水というのは、永遠に湧き出る、液体としての水を想像したのでしょう。永遠に喉の渇くことのないような、便利なものを想像したのでしょう。しかしイエスの言う水というのは、全く違ったものであります。それは肉体的な渇きを満たすものではなく、心の渇きを満たす、魂の渇きを満たす水であったのです。

イエスは気づいていたのでしょう。サマリアの女の、心の渇きを。16節以降にありますが、女は5人の夫がいたが、イエスと会話していた時には別の男性と連れ添っていた。女が自ら別れたのか、それとも死別など特別な事情があって別れたのかどうかは定かではありませんが、しかし結婚をもした男性と5回も別れを経験したという事実があるのです。最愛の人と5度も分かれる事態があったのです。それはどれほど、辛かったのでしょうか。明らかにこのサマリアの女は、不幸な人生を歩んできたのです。状況がどのようなものであろうとも、一度愛した人を失うというのは、辛くないわけがありません。

さらに女は正午ごろに水を汲みに来ていたと6節にありましたが、恐らくこれは人目に付きたくなかったために、人のいない正午ごろに水を汲みにきたのでしょう。5人の夫と別れた事で、さらに今は別の男性と連れ添っている事で、周囲からは非難されるような目で見られていた。そのように辛く、苦しい生活を、日々送っていたのです。それ故に、心に渇きをもっていたのです。しかしイエスはそのような女に対しても、何一つ変わることのない態度で話し続けます。それも16節で「あなたの夫をここに呼んできなさい」とまで言うのです。サマリアの女にとって一番触れられたくない、まさに痛いところを突然突かれるかのような言葉まで投げ掛けるのです。

それほどまでに、イエスはサマリアの女に、真摯に向き合ったのです。人の辛い過去を思い出させる一言は、言う人間もまた辛い事であります。悪戯に言える言葉でも、軽く言える言葉でもない。重たく辛い過去をもった人間に対して、その痛いところを突くイエスの態度は、ひたむきにサマリアの女を救おうとする、覚悟を持ったイエスの誠実な態度を見ることができるのです。

そのためイエスは、生きた水を与えると述べているのです。それも、決して渇くことのない生きた水、永遠の命に至る水が、湧き出ると述べているのです。それは、花に如雨露で水を与えるかのようなものではなく、生きた水が、心の内で泉となって、湧き出てくると言うのです。生きた水とはまさに、神の賜物であり、神の御言葉であり、イエス・キリストなのです。女にはイエスを通して慰めが与えられているのです。心の渇きを満たす水が、与えられているのです。重たく辛い過去を持つサマリアの女に対して、痛いところを突く言葉を掛けることを通して、イエスはその生きた水をもたらそうとしてくださるのです。女自身がここでちゃんと告白している、そしてイエスは受容している。まさにこれが、女にとって生きた水であるとすることもできるでしょう。

さらにイエスはその後の対話で、女は礼拝をどこで行うべきか、と問われる。そこで霊と真理をもった礼拝をするべきであると答えます。その時に、23節で「今がその時である」とイエスは述べるのです。サマリアの女に対する慰めが最深部に至った瞬間であります。サマリアの女はイエスの語りかけによって、救いを、生きた水を望む者として変えられました。そのサマリアの女に、イエスは今がその時であると述べるのです。昨年の流行語大賞の中に、林修の「今でしょ」という言葉が選ばれました。このイエスの言葉も同じように「今でしょ」と語り掛けるように考えられる一言でもあります。しかし、サマリアの女の状況を鑑みれば、「今がその時である」と語り掛けるイエスの言葉は、「今でしょ」という心を突き動かすような言葉とは違い、むしろ何よりもサマリアの女を受け入れる言葉になったのではないでしょうか。

5人の夫と別れ、今は別の男性と連れ添い、周囲から非難されるような目を向けられてきたサマリアの女には、少なからず自責の念も存在していたでしょう。そこに対するイエスのこの言葉が、どれほど温かみを持った言葉となったのでしょうか。罪人だからもう遅いと感じることもなく、未熟な私にはまだ早いと感じる必要もない、「今がその時である」という言葉は、「今で良いのだ」という、まさにイエスの深い慰めに満ちた言葉となるのではないでしょうか。ありのままで、今のままで、そのままで良いのだと語り掛ける、まさにイエスの慰めに満ちた一言であるのです。

こうしてサマリアの女は、見事に変えられていったのです。初めはイエスの問いかけに驚き、疑問を持ち、抗議的な態度すら見せていた女は、イエスの語りかけによって、次第に救いを求めるものに変えられていった。そしてイエスの慰めが最深部に及んだ時にサマリアの女は、まさに永遠の命に至る水が、泉となって湧き出た。神の真の愛を、与る者に変えられていったのです。

女の状況は何一つ変わっていません。周囲の非難的な目も、5人の夫と別れた過去も、今は別の男と連れ添っている事実も、何一つその環境は変わっていない。しかし、サマリアの女の心境は、イエス・キリストによって、劇的に変えられていったのです。そして、今日の箇所の後に続く39節では、町の人々に伝えていったのです。わき出た水があふれ出し、今度は周りの者をも満たす、永遠の命に至る、生きた水の泉として、サマリアの女は変えられていったのです。イエスの慰めに満ちた救いを聞き、受け取り、慰められ、そして今度はそれを周りに伝えていったのです。証する者に変えられた。女自身が、最初の証人に変えられていったのです。

イエスの歩んだ道は、ひたすら真っ直ぐでありました。それは物理的に真っ直ぐだっただけでなく、その思いもひたすらに真っ直ぐでありました。「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された」ヨハネ3:16の言葉でありますが、神の愛によって、神の独り子がこの地上に与えられました。その独り子の歩んだ道は、私達人間の目からすれば、死にゆく道でありました。しかし同時に、まさに愛の道であったのです。その道の中にはたくさんの御言葉が溢れ、たくさんの人々が慰められた。そしてその後の復活において、私達にはさらなる赦しが与えられました。イエスの十字架の死にゆく道、と言うとどこまでも暗い道のように感じてしまいます。しかしその道は、ただただ真っ直ぐに、私達に救いをもたらす、イエスの直線状の歩みであったのです。イエスの十字架を経て復活に至るという、真っ直ぐな道でした。

私たちはその神の真実の愛に、与る者とされているのです。そのイエスの真っ直ぐな歩みの上に、私たちも置かれているのです。神によって与えられる、その霊と真に、与るのです。イエスは、霊と真理とをもった礼拝を神は求めておられると述べられました。場所としての重要性を問うたサマリアの女に対して、イエスは何をもって礼拝するかという事を説いたのです。どこで礼拝するかではなく、何によって礼拝をするのか。それは神から与えられた霊と真理をもってです。神の霊と、神の真とに、私たちは与るのです。守ることでも捧げることでもなく、礼拝に与るのです。

さらにその時は、今がその時であると、愛をもってして語られました。この「今」は、サマリアの女だけでなく、また当時の人たちだけでもなく、私たちにも同時に語り掛けられる「今」であるのです。神の時間軸の中では、いついかなる時も今なのです。私達人間の生きるこの地上においては、永遠に、「今」なのです。
サマリアの女が変えられたように、私たちも霊と真理とに出会うのです。神の霊と真理とに与る者として、今日もそしてこれからも、永遠の今の中で、その歩みを神と共に、十字架を背負ったイエスと共にしていきましょう。

(3月23日(日)主日礼拝メッセージ 四旬節第3主日 ヨハネによる福音書4:5~26)

説教「急いで行こう、歓喜の鼓動を分かち合うために」 石田 順朗

                    テキスト:ルカ1:46−55
武蔵野教会・降臨主日(待降節第四)礼拝、2013/12/22
石田 順朗

はじめに 12月の季語「古暦(これき)」は、新しい年を迎えれば忘れ去られる。幸い『教会暦』では、ほぼ一月早く新年に当る「待降節」に入り、暦の上での「新・旧」の節目になり、『教会手帳』では、一月ほど新旧の暦が重なる。救い主イエスのご降誕を待望しつつ、紫の典礼色が示す「瞑想、備え」の時期に入って4週目。今朝、私たちは、いよいよイエス・キリストのご誕生を祝う直前の降臨主日礼拝に集う。

この一年を振返ってまず気づくことは、歳の暮「師走」の月を待たず、一年中ずっと師走だったように思える。年末の月が「師走」と呼ばれる由来は、平安の昔から「僧侶が仏事で走り回る忙しさ」を見て、言語学的推測ながら、「年果てる」や「し果つ」から「しわす」に変化したもの。とかく慌ただしい。原発ゼロや再稼働論争を傍目に、全国、イルミに浮き立つクリスマス・セール、おせち料理の予約、「歳末助け合い運動」等で賑やか。

回顧すれば、昨年の「師走」から始まった大雪[豪雪]では96名の死傷者をだし、世界各地でも異常気象の年明け。エルサレムでは1月早々に20センチの雪が積もり、オーストラリアでは全土で記録的な猛暑となり元日からの8日間は記録的な暑さで平均気温が40度と、前例のない気温に備えて地図の色分けを施したほど。それに山火事が収まらない危機に襲われた。高知県四万十市で41.0°Cの国内最高気温を更新、各地で記録的な猛暑となり、木本昌秀東大教授の表現では「最高気温の記録更新ラッシュ・イアー」だった。

加えて、7月末に山口と島根県、8月には秋田や岩手、島根県で記録的豪雨。10月の伊豆 大島町で発生した台風26号の「ゲリラ豪雨」による「土石流」の災害など、この1年は「直ちに生命を守る行動をとるよう、最大級の警戒を!」と気象庁から「警報を待たず、早く逃げなさい!」の警告頻発。師走どころか「早く走れ、走れ」の連続。『特別警報パンフ』も公表され、その背景に、宮城県南三陸町で防災無線にかじりついて「早く高台に逃げてください」と叫び続けながら殉職された遠藤さんの声によって多くの人命が救われた謂れがあると聞く。「これまでに経験したことのないような」という最大級の形容詞、副詞も、つい一月前、フィリッピン暴風の津波級の7mを超える高波の被害に、遂に「常識を覆すような」の表現。これまでの「想定外」から「常識(Commonn Sense)を覆す」に変った!「お互いに共有する感覚、感情、思い」がひっくり返された!

ところで、(J. S. バッハの『復活オラトリオ』にもある)「来れ、急げ、走れ」は、旧・新約聖書に164回も出てくる。新約には18回、そのうちルカだけでも、今朝のテキストの序説「マリア、エリザベトを訪ねる」で「そのころ、マリアは出かけて、急いで 山里に向かい、ユダの町に行った」を始め、少なくとも4回は用いられている。本主日の特別礼拝のテーマ「マリアの賛歌」を唱える前に、まず「急いで出かけるマリア」を見届けたい。マリアも、野宿していた羊飼いたちも、いちじく桑の木によじ上っていたザアカイも、イエスが甦られた朝、女性たちの知らせを受けたペトロや、エマオへの途上で復活のイエスにま見えた二人の弟子たちも「常識を覆すような出来事」に応じて、「急いで出かけた」。

 
1. 「急いで出かけるマリア」
1)まず、二人の女性が登場する「常識を覆すような」出来事。名門、祭司アロン家の出身でありながら「恥ずべき不妊症」の老女、ザカリアの妻エリザベトは、洗礼者ヨハネを身ごもって5ヶ月。その親戚で従姉妹にあたるガリラヤの一寒村ナザレに住むマリアは婚前妊娠の身。不義姦通として世間に知らされれば「石打ちの刑」(申命記22・23)。しかもその妊娠初期のマリアが一人で出かけ「急いでガリラヤからユダへの山里へ向かった」 のは、常識を逸する行動。(尤も今日の先端再生医学からすれば「常識を覆すような出来事」ではないかもしれない。それに、「でき婚」「おめでた婚」「授かり婚」「婚外子」などと云われる最近では、殊更 醜聞とはならない。その反面、「マタ・ハラ」もある)。

それでも「常識を覆すような出来事」。ザカリアとエリサベト夫妻の住む「ユダの町」とはどこなのか詳細は不明。ただザカリアはエルサレム神殿の祭司で、町の近くに住んでいたことは事実。ガリラヤのナザレからユダのエルサレムの近くまでというのは、かなりの距離。急いでも数日はかかり、当時の一人旅には危険がつきまとった。しかもマリアは十代中ばの女性で妊娠初期。それでも、マリアは「急いで」出かけた。

2)なぜ、マリアは、常識を覆す「師走」の行動 –「出かけて、急いで山里へ向かった」のか? そもそも 彼女の決意を支えたのは天使ガブリエルの知らせ。年老いて身ごもり五ヶ月となった叔母のエリサベトを訪ね、同様に身重となったわが身の「思いを分かち合う」ためだった。実は「急いで、難を逃れて命からがら生き延びるため」ではなく、お互いに新しい命の息吹、胎動を分かち合う、神から授かった「常識」に従ってのこと。マリアが「ザカリアの家に入ってエリザベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、その胎内の子が喜んでおどった」。これだ!同じ「急ぐ」ことでも「新しい生命の鼓動」をお互いに「体内」で分かち合うためだった。

II.「踊る」という言葉が2回もでてくる。「おどり」はどの宗教にもある。踊りの起源は中世の「念仏踊り」や平安時代に始まり鎌倉時代には全国に広がったと云われる「盆踊り」。神道で、平安中期にその様式が完成した「神楽」は、祭りにおいて神に奉納するために行なわれる「歌舞」。戦後、山口県で、三代目北村サヨで広まった「踊る宗教」さえあった。
キリスト教での「おどり」は、救い主に対する「喜び」を表す。旧約では「神と人間との深い関係のしるし」として、モ−セに与えられた神の掟「十戒」を刻んだ石板を収めた「契約の箱」が、オベデエドムの家に三ヶ月留まった時のこと、彼と家族は主から祝福され、また、ダビデ王がその箱の前で「喜び踊った」という故事がある(サムエル下6:11、16)。おそらく、ルカは、マリアを「契約の箱」と考え、エリサベツとその胎内の子の「胎動」を喜び合うことが「神のお約束」を身ごもる実感から生まれ出てきたものと理解される。「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう!」

さすがエリザベトも応じた。「わが主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう」。マリアの胎内の子が「主イエス」であると彼女は知っていた。しかも、自分が生む子ヨハネが「主に先立って行き、準備のできた民を主のために用意する者」になるという夫 ザカリアへの天使のお告げに思いを巡らせていた。

「おどり」は踊りでも、体内での「踊り」だった(女性だけに与えられた特権)。
そこで、マリアは、この躍動する胎内の踊りに共鳴するように、賛美歌を歌い出した。
それぞれ「胎内の子が 喜びおどっている」二人の女性の「出会い」のなかで歌われたこの讃歌は「神共にいます」へのエコー。例年「師走」には、ベートベンの『第9』や、ヘンデルの『メサイヤ』など良い音楽が響き渡る。聖書にも、いろいろ美しい讃美歌が現れる:旧約の「詩編」はもとより、新約ではとくにルカに、イエスの降誕をテーマにした数篇の讃歌がある;今朝のテキスト『マリアの賛歌』(始めの「(主を)あがめ」のラテン語訳 “magnifico” magnify)から『ザカリアの預言』(「ベネディクトゥス」“ほめたたえよ”)(1:67〜79)、『シメオンの心』(「ヌンク・ディミティス」“主よ、今こそ、出かけます(行ってまいります)”)(2:28〜32)など。 ルターも1521年、その講解を著した「マグニフィカト」とも呼ばれるこの賛詠は、既に旧約のイザヤ、詩編などから構成され、サムエルの母 ハンナが、成人式に「主に願って得た子供なので」祈りながら唱えた『ハンナの祈り』(サムエル記上2:1〜10)をモデルにしたと伝わるもので、ユダヤ教にあったものをユダヤ人キリスト教徒が採用したもの。「卑しい者は引き上げられる」のテーマで「マリアの讃歌」として原始教団で唱えられていたものを、『ルカ』がイエス生誕物語の中に編み込んだ。それに「マグニフィカト」は字義的には「大きくする」ということで、「自分を小さくして、主を大きくする」それが「主をあがめる」ことだと強調。

 
III.「目を留めてくださる」ここで、ルカが特に挿入したと考えられる、48 節の「身分の低い、この主のはしためにも、目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も、わたしを幸いな者と言うでしょう」に注目したい。今日の「負け組」「希望格差社会」への福音。たとい「身分が低くても、負け組でも」「幸い」でありうる。五ヶ月もの間 身を隠していたエリザベトも夫ザカリアに「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました」と歌わせる。

1)インターネット、E-メール、ケータイ、スマホと「目にも留まらぬ早いテンポの生活」。「ファストフード文化」の便利な生活で、逆に「ゆとり喪失」。自己閉塞、喪失で、「見放された」「目にも懸からない」私を なお「顧みる神」、「心にかける」−「こだわる」「細心の配慮をなさる神」(「羊一匹を探し求める」ルカ15)。

2)「幸いなもの」になるかどうかは、たまたま運がよかったとか、富み財産や地位や、美貌に恵まれたからではない。「神の働きかけ」、私たちそれぞれに与えられる「神のご計画」を身体一杯にうけいれ、身体の内奥で、「喜びおどる」こと。それこそ「生きる胎動」を感じ、それが毎日の生活にリズム化する鼓動となっていくことに気付くかどうかで、決まって行く。「神の目に留まった人」に備わる「幸い」は、マリアだけでなく、人々すべてに及ぶ(サムエル上2:7〜8参照) 私は幸いです!

園山 京くん(ご家族の方々)、石原真由美さん、姫野智子さん、幸福度はいかが?

「急いで、ここに集ったこと、ほんとうに佳かった!!」クリスマスおめでとう!

「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主がみ顔を向けて、あなたを照らし、
あなたに霊を与えられるように。主が、み顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように」 アーメン

召天者記念主日聖餐礼拝説教 「よみがえるいのち」   大柴 譲治

エゼキエル書 37:1-14 枯れた骨の復活
ヨハネによる福音書 15:1-17 イエスはまことのぶどうの木


はじめに


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。「先生、教会って天国に一番近い場所ですよね。教会に来ると私は妻に会えるような気がするんです」。これは私が牧師になって最初に赴任した広島県の福山教会で、ご夫人をガンのために天へと見送られた一人の男性が、「あなた、洗礼を受けて教会に行ってね」と言い残してゆかれたご夫人の遺言を忠実に守って受洗された時におっしゃった言葉です。その方もやがてご夫人の後を追うように御国へと召されてゆきました。今は天の御国で共に祝宴に与っておられることでしょう。この言葉は、その方のパートナーに対する深い思いと共に、忘れることのできない確かな「声」として私の心に刻まれています。

そうです、私は牧師となって28年目になりますが、心の中には多くの方々の声が刻まれているのです。『告白』を書いたアウグスティヌスによれば、「記憶」は私たちの「魂」の中に保たれるということですから、私たちの忘れることができない大切な「声」も私たちの「魂」の中に深く刻み込まれているのでしょう。

私は時折このように想像することがあります。私がもし天国に行くことを許されたら、そこで最初に神さまの声、イエスさまの声を聴いた時、どのような気持ちになるかということを。恐らくその声は初めて聴いた声のような気がしないのではないか。「ああ、この声は確かに前に聞いたことがある」と、とても懐かしい声として響くのではないかと想像します。それは、これまで私たちに真剣に関わってくれた者の「声」の奥底に、神さまの声が通奏低音のように重なって響いていたからではないかと思うのです。別の角度から見れば、神さまは私たちの声を用いてゆかれるのです。「真実の生は出会いである」とブーバーは言いましたが、その通り確かに「我と汝の出会いの延長線上に永遠の汝が垣間見える」のであろうと思うのです(『我と汝』)。


天国との絆〜洗礼と聖餐

本日は召天者記念主日。毎年11月の第一日曜日を私たちは召天者を覚えて礼拝を守っています。私たちと深い関わりのあった信仰の先輩たちのことを想起しつつ礼拝を守るのです。先週の10/29(火)にもこの場所では、10/24(木)に102歳でこの地上でのご生涯を終えて天へと帰って行かれた鈴木元子さんのご葬儀が行われました。鈴木元子さんは1955年の5月、44歳の時に神学校教会で青山四郎先生より洗礼を受けて以来、この教会の忠実なメンバーとして、キリスト者としてもその凛とした歩みを全うされたのです。ご遺族の上に天来のお慰めをお祈りいたします。

この武蔵野教会は、1925(大正14)年の10月に鷺宮のルーテル神学校の中に「神学校教会」として産声を上げました。そしてその33年後の1958(昭和33)年の4月、今から55年前に新しい会堂が献堂され、名前も「武蔵野教会」となって礼拝を守るようになったのです。私たちは本日、週報の別紙に多くの信仰の先輩たちのお名前を確認することができます。お一人おひとりのお名前の背後には、それぞれのかけがえのない人生の歩みがあり、ご家族があり、神の恵みを生き抜いた証しがあります。私たちもいつかはその召天者の列に加えられてゆくのです。

「教会」というところは実に不思議なところであります。死ねば終わりということではない。天に召された人たちは「天上の教会」に移されて、聖徒の交わりを継続していると私たちは信じています。礼拝堂の聖壇部分の中心には聖卓がありますが、あれは最後の晩餐で用いられた聖卓をかたどっています。主イエスがパンとブドウ酒をご自身の身体とその血として弟子たちに分かち合われたことを教会は二千年にわたって繰り返して出来事として守ってきました。それは終わりの日の祝宴の先取りです。聖餐式のたびに、天国の祝宴に私たちは目に見えるかたちで与っているのです。その祝宴の中心に置かれているのはキリストの食卓(聖卓)です。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言って主はパンとブドウ酒を分かち合ってくださるのです。聖卓を中心として目に見えるこちら側には私たち生ける者が集いますが、見えない向こう側には天に召された聖徒の群れが集っています。キリストは生ける者と死せる者の両方の救い主だからです。その意味で確かに「教会は天国に一番近いところ」なのです。地上の教会と天上の教会とがこの食卓を通してつながっている。ですから讃美歌を歌いますと、今は天に移された方達の声が聞こえてくるようにも思われるのです。天上の教会と地上の教会がこの礼拝を通して、空間と時間を超えるようなかたちで、今ここで一緒に歌っているのです。

よみがえるいのち

本日の福音書の日課(ヨハネ福音書15章)には、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである」(15:5)という主イエスの声が記されています。聖書

は「生ける声」の記録です。このようなキリストの声とつながっていることが重要なのです。幹から切り離されてしまった枝にはブドウは実りません。幹につながることでそこにはブドウの房が実ります。聖餐式を通して、主イエス・キリストの愛につながり続けるとき、大きな喜びの実が実ってゆくのです。

この「キリストとの絆」は、聖餐式において最も明らかであるように、「死」によっても断ち切られることのない「絆」です。なぜなら主は、死を克服してくださったからです。十字架の上に死なれた後、三日目に死人のうちからよみがえられた。そして生ける者と死せる者の両方の救い主として、天に昇り、今も父なる神の右に座しておられるのです。そのことを教会は二千年に亘って信じ、告白してきました。

そして旧約聖書の日課であるエゼキエル書の37章には、枯れ果てた骨が神の霊によってふたたびよみがえる場面が記されています。一度聴いたら忘れることができない場面です。神の霊(=息吹/風)が注がれるところに再びいのちが与えられてゆく。そこには「よみがえるいのち」があります。あのステンドグラスに描かれた羊飼い、主イエス・キリストの恵みの食卓に、私たちは今日も招かれています。このいのちの食卓こそ、よみがえりの力の源です。

アフリカの諺

今韓国釜山でWCC(世界教会協議会)の総会が開かれていますが、その元総幹事のサミュエル・コビア牧師がかつて紹介したアフリカの言葉があります。「もしあなたが速く歩きたいならば、ひとりで歩きなさい。けれども、もしあなたが遠くまで歩きたいならば、誰かと一緒に歩きなさい」。誰かと一緒に歩くことで、歩み自体は遅くなるかもしれないけれども、遠くまでたどり着くことができるのです。それは互いに助け合い支え合いながら歩むことを意味しています。召天者の方々のお名前は、キリストと共に歩んだ人生を表しています。そしてキリストにつながることの深い慰めと希望を分かち合いながら、私たちも新しい一週間をご一緒に踏み出してまいりたいと思います。そこには神さまの祝福があります。ここにお集まりの方々お一人おひとりの上に、特に愛する方々を見送られたご遺族の上に、神さまの豊かなお恵みがありますよう祈ります。天の教会で再会することができる日まで私たちに与えられたこのいのちを大切にして、共に歩んでまいりましょう。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。(2013年11月3日 召天者記念主日聖餐礼拝説教)

説教「そのまま受け入れよう – 福音の喜び」(要約)  石田 順朗

聖霊降臨後第17主日礼拝
武蔵野教会 2013. 9.15
テキスト: 出32: 7-14; ルカ 15: 1-10; 1テモテ1: 12-17
石田 順朗


序 本主日、聖書日課の使徒書は新約聖書にある3冊の牧会書翰の一つ。テモテへの2書は2世紀の始めにパウロの名で書かれた書簡で「異なる教え」に対する警告を主な内容にする;この「異なる教え」とは当時のグノーシス主義([ギ]認識・知識を意味する覚知主義)。物質/霊や真の神/偽の神 といった二元論を基盤にして、キリスト教の伝播と同じ頃、地中海沿岸に広まった当時最大の思想(宗教哲学)。テモテの父はギリシャ人非キリスト者、母はユダヤ人キリスト者2代目と伝えられる。

 冒頭に「異なる教えにつての警告」(vv. 3-11)に続いて「神の憐れみに対する感謝」が述べられる。神を冒どくし信徒を迫害したパウロ(サウロ)が神の憐れみを受け「主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛とともに、あふれるほど与えられました」と結ぶ自ら使徒となった召命体験の証し。今朝は特に、この証しの始めに「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します」の言明に注目したい。震災後、「想定外の激甚災害」ほか形容詞、副詞の幅が大きくなり続けるなか、「そのまま」はたいへん意義深い表現。「・・という言葉は真実である」は聖書学者の云う「牧会書簡特有の引用定式」。ところがそれに「そのまま受け入れるに値します」が付加されている点が、実は今朝、私たちへの福音のメッセージ。今日、「そのまま」ということが「そのまま受け入れ難い」状況に囲まれて、私たちは生活しているから ー

 この夏は暑中見舞いに、激暑、酷暑、猛暑、極暑のどれを選ぶか、それこそ暑過ぎて難しかった。激しい大雨には「ゲリラ豪雨」を超える最大級の形容語が見当たらず気象庁は苦慮した。それに災害心理学者のいう「正常化の偏見(正常性バイアス)」と呼ぶ心理状態、つまり人は異常な状況に直面しても「大変だ、これは非常事態だ」という心の切り替えが中々できず、「大したことにはならないだろう」、「自分だけは大丈夫だろう」と思い込む危険や脅威を軽視することがしばしば起った。安全神話の環境に長年安住してきたこともあって、現に災害発生時に、避難や初動対応などの遅れが頻繁に起った。こうした状況を見据えてか、遂に「これまでに経験したことのないような短時間、局所的大雨」が用いられ「直ちに生命を守る行動をとるよう、最大級の警戒を!」と気象庁から、それこそ「これまでにない」緊急[勧]警告が発せられた。しかも「川の流れのように」の詩情をかき消す「土砂流」の残骸を見た。積乱雲を「入道雲」と呼んでいた夏の風情を吹っ飛ばして「スーパーセル」の竜巻警報に震え上がった。 

 それだけに、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の更なる解明に基づく再生先端医学と併行して、今日、最優先すべきは建物の耐震性を高めることだとする防災対策の急務も叫ばれる。再生医学のお陰で更に長寿を全うし、より多くの人々への水や食料の膨大な蓄えも必要。つまり、「生き残ってから」のことよりも、まず「生き残るため、死なないための努力」を先に行うべきだと叫ばれ出した。

 こうした中、2千年来、全世界で語り伝えられてきた「イエス・キリストの福音の喜び」を、形容詞、副詞の増幅をいささかも気にすることなく「そのまま」受け入れることのできる私どもは、誠に幸い! なぜか?

I. 神より賜わるお恵みを「そのまま受け入れることができる」のは、第1に、信徒
 とはいえ偶像崇拝に走りやすい私たちを今一度「思い直され赦してくださる神」だから。

 本主日の第1の日課は、神がシナイ山でモーセと語り終え、二枚の十戒の石板を授けられたが、その間、モーセが山から中々おりて来ないので、群衆はアロンのもとに集まって来て「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください」と願い出たときのこと。集めた金を溶かして「若い雄牛の鋳造を始めた」。それを見たモーセは、怒りのあまり、二枚の十戒の石板を投げつけて砕いた。モーセの怒りは、神の怒りであり、そこでモーセは、民のために執り成しの祈りを捧げた。モーセの祈りに応えた神は再び十戒の板を授けられた。これが、今朝の旧約聖書の日課。モーセの執り成し。王、預言者と並ぶ「祭司的役割」)を示す(イエス・キリストの3権能を予告するように)。

「どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください」(V. 12) まさにイエスの「執り成し」、「十字架のあがない」の予告。と同時に、もう一点大事な点、なぜ神は「戒しめ」を与えたか?そもそもの発端(動機)を思い出させる:出20: 1〜(十戒)。「十戒を授ける」出来事の冒頭に「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」とお語りになり、その上で、「あなたは、わたしをおいて他に神があってはならない」と第一戒を授けられた。

  このいきさつを明確に指摘して教えてくれたのはルター。『十のいましめ』への解説を『小教理問答書』で読もう。「第一のいましめ」への答 「わたしたちは、なにものにもまして、神を恐れ、愛し、信頼すべきです」が、「第二のいましめ」以降 すべての「答」の筆頭に繰り返される!次いで、「それで」、「むしろ」に導かれる「肯定・積極化した答」が列記されている(十戒の自由化)。

「神さま、仏さま、稲尾さま− 田中さま」の世相とは裏腹に、大気汚染その他、神の創造への侵略が続行、現代の「グノーシス主義」(理性万能主義)が蔓延する中、熟考を要することでは? 宇宙制覇、iPS細胞再生医学に伴う深い倫理的側面など山積する課題が人類の前途に横たわる。それだけに、イエス・キリストの十字架の「執り成し」の故に、今一度、悔い改めて創造者なる神のみ前にひれ伏し、「思い直され、赦してくださる神」のお恵みを「そのまま」素直に受け入れたい。


II. 神より賜わるお恵みを「そのまま受け入れることができる」第2の理由は、「失
 われたもの」が悔い改めて見出され、たち帰るのを喜ぶのが他ならず神だから。

 今朝の福音書の日課は、わたし自身にとって、生涯忘れ難い最も重大な箇所。

 日米開戦後三年目、全国学童疎開もたけなわ、私は、姉、妹と共に、郷里山口へ強制疎開となり、山口中学三年編入の一時期を、光(市)海軍工廠への動員された。今にして思えば、あの時組み立てていたのは、「人間魚雷・回天」であったのだろう。ところが、熾烈な空爆で再疎開を余儀なくされ、福岡は久留米市の親戚宅を経て朝倉郡(現朝倉市)の住職が遠縁に当る真言密寺、医王山南淋寺に身を寄せるようになった。たまたま書斎で目にした(たしか文語訳[大正改訳]の)『聖書』を拾い読みした。本来、父が仏寺の門徒総代を務めるような家で育ったせいか、『般若心経』や「お経」をそら覚えで唱えていたこともあって、『聖書』には、何か異質的な記事の合間に、意外と判り易い日常的な物語や出来事などの記述もあり、それだけに、なぜ神聖な「経典」になるのだろうと訝ったりした。ところが、突如、「ルカ傳福音書」十五章で「失われたもの」の譬えが三つとも「天(父)にある喜び」で結ばれていることに気づいて不可思議に思えた。戦争末期症状のただ中、「助け出された者」の側にではなく、「遂に救い出した者」の喜悦が大きいとされていることであった(日本キリスト教団出版局編『主の招く声が 』より抜萃、pp.137-8)。

「見失った羊」の譬えは「悔い改める一人の罪人については、九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」で、「無くした銀貨の譬え」では「一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある」と明記される。神は、私たちが寝ても覚めても、四六時中、たえず私たちを見守っていてくださる。迷い出れば、立ち返るまで私たちを隈無く追い求め、徹底して探し出してくださる。しかもこの私が目覚めて立ち返れば、ご自身のことのように喜んで下さる。

「失われたもの」が悔い改めて見出され、たち帰るのを喜ぶのが他ならず神である福音の喜びを「そのまま受入れよう」。

III.「そのまま受入れようー 福音の喜び」
「つながらないと悩み増え」インターネットに依存している疑いの強い中学、高校生が全国で約51万8千人にのぼると推計されるのは予想以上に深刻な実態だ。インターネット(www)ではさまざまな情報が飛び交っている。たしかに、好みや考え方の似た人たちだけでコミュニティーをつくり、そこでは密接な情報交換が行われている。でも同時に、異なる意見や見解をもつものには攻撃的(サイバー攻撃)になるといった状況も重なる。多くの人々が同じ時間を共有しつつ共通の話題について考えるという場面が少なくなったり、全くなくなったりしては、社会の、それに、家庭内の分断が進むだけ。その証拠に、インターネット時代特有の「偏狭さ、閉塞性」が起っており、更に「ひきこもり」などの問題も誘発されている。数年前の悪夢「秋葉原通り魔事件」に見られたような「ネット犯罪」がその後も続発。

 他方、「生き延びようと努める」私たちの生活の一部始終が、今や「防災カメラ」が「監視カメラ化」して、「カーナビ」で自動操作されているような「監視社会」での毎日だ! ところが −

 イエス・キリストをお遣わしになり、そのみ子の十字架のあがないによる「執り成し」で「思い直される神」、「失われたもの」が見出されたとき「喜んでくださる神」。こともあろうにこの「神の監視、いや 見守りー 神の顧み」のもとで私たちは生活している。実に「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します」。

 人知では到底諮り知ることの出来ない「この福音の喜び」を「そのまま受入れる」幸いを、父と子と聖霊なる神に感謝し、引き続いて神のお導きとお恵みが豊かにありますように。

説教 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるため」 大柴 譲治


<はじめに>

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。


<「わたしが来たのは、地上に火を投ずるため」>

 本日の日課で主イエスは鋭く厳しい言葉を告げています。「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである」。「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ」。このような主の言葉を私たちはどのように理解すればよいのでしょうか。つい二週間前に私たちは平和主日を守って「キリストこそ平和」というみ言葉を聴いたばかりなのですが、本日はそれと対極に響く言葉であるようにも感じます。主イエスがこの地上に投ぜられた「火」とは何かということが本日の主題です。

 ここで「火」とは何を意味するか。「火」また「炎」というものには一般に、①闇を明るく輝き照らし、②その炎は熱く、③それはすべてを燃やし尽くし、また④金属を精錬する、といったような働きがあるでしょう。そこからはキリストの「真理」こそが私たち人間の闇を照らし、その「燃えるような愛」こそが私たち人間に生きる力を与え、不真実なもの・不要なものをすべて燃やし尽くし、私たちを真の主にある信仰者として厳しく鍛錬してゆくということを意味しているのでしょうか。

<梅ヶ島ルーテルキャンプ場でのキャンプファイアー>

 この「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである」という言葉を聴く度に私には思い起こされる場面があります。それは私自身の中に熱く燃える「キリストの火」が投ぜられた「原体験」のようなものだと思います。個人的な体験ですが少しお分かちさせて下さい。

 静岡市の山奥、安倍川の上流に「梅ヶ島」と呼ばれる温泉地があります。そこには長く「梅ヶ島ルーテルキャンプ場」がありました。そこに足を運ばれた方もおられるかもしれません。東海福音ルーテル教会/東海教区のスピリットはそこで培われたのでした。毎年CSキャンプや青年キャンプ、聖書キャンプ等が行われました。私はルーテル神大の学生になった時、1980年と81年の二回の夏をルーテルキャンプ場の村長として、他の青年ワーカーや神学生たちと共にそこで過ごしました。当時神学生だった立山忠浩先生や山田浩己先生も共に働きました。神学校の伊藤文雄先生に引き連れられて「聖書を読むキャンプ」を行ったのも梅ヶ島でした。東海福音ルーテル教会は1963年に旧日本福音ルーテル教会と合同して「東海教区」になってゆくのですが、梅ヶ島キャンプ場は多くの方の努力の中で長く維持されてゆきました。現在は売却されています。

 1975年、76年の夏に行われた青年キャンプは20歳を前にした私にとって忘れられない体験となりました。特にキャンプファイアーを囲んでの交わりと証しが印象に残っています。キャンプファイアーとか暖炉とか囲炉裏とか、バーベキューもそうかもしれませんが、火の周りに集まる時に私たちは特別な思いにさせられるのでしょう。「火を投じる」とは英語で ignite と言いまして、車のエンジンを点火する際の「イグニション」もここから来ていますが、私はこの梅ヶ島ルーテルキャンプ場の、満天の星空の下でのキャンプファイアーの前で感じた、薪のパチパチとはぜる音と炭火と煙の匂いのする静かで温かな、確かで満たされた時間と空間は忘れられない体験です。それは永遠なるお方のご臨在を感じた「永遠の今」とも呼ぶべき瞬間でもありました。「若き日に汝の造り主を覚えよ」とコヘレト12:1にありますが、そのような得難い体験をティーンズや青年たちは今もキャンプで体験し続けているのだろうと思います。皆さんにも同様の体験があるかもしれません。1976年の梅ヶ島での夏の出来事だったと思いますが、4年前に天に召された平岡正幸先生と私ともう一人の青年との三人でそのキャンプファイアーを前にして「俺たちは福音の伝道者になるぞ!」と熱く誓い合ったことを思い起こします。文字通り私たちはそこで火を投ぜられ、イグナイトされたのです。

 キャンプファイアーには「ファイアーキーパー」と呼ばれる火を管理する人がいるのですが、黙々とその人は組み上げた薪を2時間ほどの時間をかけて燃やし尽くしてゆきます。そのファイアーの最後に地面の上に残り火で十字架がくっきりと浮かび上がってきた時にはその神秘さに心の底から震撼させられました。種明かしをしますと、それは最初から地面に十字架を掘っておいて、その上に薪をくべてゆき、時間をかけて炭となって燃えて崩れてゆく炭火や燃えさしをその十字に切られた穴の中に落としてゆくのです。そして最後には十字架が浮かび上がってゆくように整えて行くのです。ファイアーキーパーの腕の見せ所でもあります。このしかけを知った時に私は別の意味で再度深く感動いたしました。そうか、私たちのためにキリストが十字架に架かってくださったというのは、私たちが気づく遙かに前から、生まれる遙かに前から、地面に十字架が掘られていたようなものなのだと思ったのです。私たちの命が燃えて行く中で、私たちが気づくかどうかということを超えて、最初から、私たちの存在を通して主の十字架が浮かび上がってくるように備えられているのに違いないと思わされたのでした。そしてその思いは、あれから37年ほどが経った今でも私の中には連綿と燃え続けているように思います。燃える柴の中にご自身を示された神は、「柴が燃え尽きない」ことを通して、ご自身のご臨在と恵みのみ業を示し続けておられるのでしょう。牧師となって行くためにはその後も紆余曲折があるのですが、私が向こう側から捉えられていることに気づかされた瞬間でもありました。

 おそらく皆さんにもこれまでの人生の中で、そのような霊的に高揚した瞬間があったのであろうと思います。キリストの十字架が私たちの中に投じる「火」というものがあるのだと思います。その火は、天から垂直に私たちの心を貫く「火」「聖霊の炎」であると同時に、私たちの拠って立つこの大地の中に刻み込まれている「十字架の愛の炎」でもあります。「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである」というイエスさまの声は、「このわたしが投ずる火によって生きよ」「この燃え尽きることのない神から投ぜられた炎の中に歩むのだ」というメッセージを私たちの魂の中に刻みつけて行くのです。


<それはキリストの「十字架の苦難(=洗礼)」によって投ぜられた「火」>

 主は「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである」という言葉に続けてこう言われます。「その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう」と。主がここで「受けねばならない洗礼」と語っておられるのは、もちろん「ご自身の十字架の苦難と死」のことでしょう。それを最後まで担うことの中で主ご自身がどれほど苦しまれたことでしょうか。ゲッセマネの園では汗が血の滴るように地面に落ちるほど苦しみながら主は祈られました。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(マルコ14:36)。また、十字架の上で主は大声で叫ばれました。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。それは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味です(マルコ15:34)。私たちを救い、私たちを生かすためにこの地上に投ぜられた「火」は、そのように主イエス・キリストの十字架の苦難と死とによって投ぜられた「火」なのでした。

 今ここで、私たちは今この瞬間にも、生と死を越えて、キリストが十字架を通して投じてくださった「火」に与っています。それは復活の命の火であり、神さまの永遠の命の火です。生きるにしても死ぬにしても、私たちは神さまのみ手の内にあるのです。神さまが常に私たちと共にいましたもうということ、神が私たちを見捨てることなく、私たちをしっかりとそのみ腕に抱いてくださっているという「インマヌエルの原事実」に目を開かれた時、パウロは1コリント10章で次のように言い得たのです。「あなた方を襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなた方を耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(1コリント10:13-14)。火で精錬されるということは、本日の第一日課エレミヤ書23章に、「このように、わたしの言葉は火に似ていないか。岩を打ち砕く槌のようではないか、と主は言われる」という言葉があったように、神の命の言葉の前に立つということ、神の命の言葉を私たちの人生の揺るぐことのない土台とすることです。キリストの投じてくださった炎は、私たちを真理へと覚醒させ、真理に目覚めさせてくれる「火」でもあるのです。

 イエスさまが「わたしはこの地上に火を投ずるために来たのだ」と言われる時、すべてが揺らいでも決して揺らぐことのないただ一つのこと、それを明らかにするために来たのだと宣言されていると私は信じます。このような「火」を内に投ぜられた者は幸いです。それは神の生命の炎であり、神の愛の炎であります。それによって真実の愛が明らかとなるような火であり、私たちが真の喜びに生きる力を与えてくれる炎なのです。あのキャンプファイアーの後に十字架の炎が浮かび上がったように、私たちの存在を支える足場には最初から、二千年前から既に十字架が刻まれているのです。

 「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)と十字架に架かられる前に主イエスは言われました。キリストが十字架で勝利してくださった真実の炎が私たちにも注がれている。だからこそ、この世で突然の悲劇や苦難が私たちを襲っても、そしてその中でどんなに私たちが打ち倒され、滅ぼされように見えたとしても、孤独や孤立に苦しまなければならないとしても、主がこの地上に放って下さったみ言葉の炎のゆえに、私たちは決して望みを失うことはないのです。このことを覚えて新しい一週間をご一緒に踏み出してまいりましょう。

 お一人おひとりの上に、キリストの慰めと支え、守りと導きが豊かにありますようにお祈りいたします。アーメン。


<おわりの祝福>

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。(2013年8月18日 聖霊降臨後第13主日礼拝説教)

 

【説教】「想定外の有り難さ – 今年の聖霊降臨祭」 石田 順朗牧師

                テキスト:   使徒 2: 1-21、 ヨハネ 16: 4b –11

                                                                   2013/5/19  武蔵野教会

                                  石田 順朗

 

はじめに 今日は、主暦(Anno Domini)で2013年目、3/31の「復活祭」から数えて50日目の「ペンテコステ、五旬節」。2/13の「灰の水曜日」から始まった「四旬節」を併せると「90日目」にあたる「聖霊降臨日」。世間では「90日間の長期運転免許停止」やらが云々されるが、私たちにとっては「日本人の共感を呼ぶ永遠の同伴者」を見事に描く遠藤周作の 『イエスの生涯』を読み終えたような90日間。もとより、1/6顕現日に関連する「降誕祭」を加えて、「降誕、復活、聖霊降臨」の3大祝日の一つ、別称「キリスト教会の誕生日」。でも今回、特に付け加えて覚えたいのは、「震災後」では2年2ケ月目の「想定外の有り難い祭日」。

 

1.聖書に出てくる「出来事」の中でも、その突発性、驚異性の規模の大きさでは、実に「想定外」の「有り難い(起り難い)」出来事。「今現在」と同じように「想定外の有り難さ」の「重ね言葉」を説教題に掲げたゆえん。

 

 第1、イスラエル民族のカナン定住後,農耕祭として祝われたユダヤ教三大祝日の一つ「五旬節」が到来したので、ペトロほかイエスのお弟子たちは「オリーブ畑」と呼ばれる山から、「安息日にも歩く事が許されている(900m以内)」近くのエルサレムへ戻った。翌日曜日の朝、「泊まっていた家の2階の広間(アッパールーム – 最後の晩餐の部屋? マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家?)」に入って、イエスの母マリアや女性の信徒たちと総勢120人ほどが「心を合わせて熱心に祈り」、ついでペトロが「裏切者のユダ」の後任補選を提案したのに応じて、ユストともいうヨセフとマティアの2人の候補者から、くじでマティアを選んだ場面。

 

 その直後、「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」。最近では、「平年並み」が珍しく、「平常通り」と聞いて一安心するような時勢にあって、猛烈な豪雨や突風、竜巻すら屢々起るような状況から、突風や轟音は、たえず警戒が呼びかけられる出来事。ここで「想定外」とは、「炎のような舌が分かれ分かれに現われ、一人一人の上にとどまった」ことだ。しかも「一同は聖霊に満たされ、”霊“ が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」。当時「エルサレムには、あらゆる国々から帰って来た信心深いユダヤ人が住んでいた」が、この物音に大勢の人たちが集まってきて、「だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった」。

 

 無理もない!このような「想定外の有り(起こり)難い出来事」を目撃した人々の反応は今も昔も変わりない。「人々は皆驚き、とまどい、『いったい、これはどういうことなのか』と互いに言った」。ただここで見逃してならないのは、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」とあざける者がいたことだ。すると、ペトロが、つい補選されたばかりのマティアを含む11人の弟子たちと共に立って、声高く説教し始めた、と報じられる。想定外の「有り(起こり)難い」出来事が「ありがたい、意味深い出来事」に転換し始めたのである。

 

2.「想定外の有り難さ」 頻繁に使う「ありがとう」の語源は、形容詞「ありがたし」の連用形「ありがたく」がウ音硬化して「ありがとう、感謝」となったといわれる。「有り難し」は、それこそ「有る事が『かたい』」で、本来の「滅多にない」から「珍しくて貴重だ」に転化し、やがて「ありがとう、感謝」になったという。古典では「この世にあるのが難しい」(『枕草子』)から、中世に至って、仏の慈悲など貴重で得難いものを戴いていることから、宗教的な感謝の気持ちとなり、近世以降は、感謝の意味で広く人々に口ずさまれるようになったと知らされている。

 

 「想定外」だらけの今日、ただ驚愕(おどろき)や「戸惑い」だけでなく、時には、「ありがたさ」つまり「有り難く感謝すること」は大事。これが今日の出来事の核心だ!

 

1)「想定外の有り難さ」の第1は、ペトロほかイエスの弟子たちが、直ちに思い起したイエスのみ言葉で、それは本日の福音書の日課。『ヨハネ』16章では、イエスの決別の辞にふさわしい「まことのぶどうの木」のたとえを用いた「お話」に続き、「これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである」とのイエスの語りかけである。それは「弁護者」としての「真理の霊」。しかもその「真理の霊が来ると、あなた方を導いて真理をことごとく悟らせ、聞いたことを語ることができる」と約束される。まさに、そのことが起ったしだい。これが「想定外のありがたさ」の第1。私たちも、奮起一番、「真理のみ霊」しかも「弁護者」である「聖霊」に満たされ、「福音の証し人」になろう!今日、「福音の証し人」が緊急に必要。しかも、「誰にでもわかる」言葉で話すことだ。聖書学者は、よく「多言奇跡」などと云うが、要は、コリント一14章の「異言」とは異なり、「誰にでもわかる言葉」で語り合うことを強調している点にぜひ留意しよう。

 

2)「想定外の有り難さ」の第2は、ペトロに習って「私たちは、酒に酔っているのではない」と明言すること。二日酔いとか「90日間の長期免許停止」を課せられる飲酒運転のことだけではない。むしろ「自己陶酔」、「酔いしれる」(過度に酔って正気を失う)「自制心を失う」ことへの警告だ。「人間万能主義(iPS万能細胞)」から「宗教原理独善主義」が漂っている。それだけに、人間は「万能」になりえても「全能」には決してなり得ないことを明確に弁え知りたい。

 

 最近の政界の成り行きをみて、虚勢、自己顕示を戒める中国の『老子』の一節を引用した警告文を読んだことを思い出す。「跂(つまだ)つ者は立たず 跨(また)ぐ者は行かず」(第24章)だ。「つま立ちすると、一時的に背は高くなるが、不安定な状態を持続することはできない。大股で歩くと一時は早く進むが、すぐに疲れて永続きしない」の意という(講談社学術文庫「老子入門」)。

 

 3)「想定外の有り難さ」の第3は、それこそ「真実にありがたいこと」である。約束の成就だけではない。「和と交わり」をもたらす「会衆」の出発点にもなったことである。受洗者が続出した。その日、3000人が受洗した。先の教区祭の派遣聖餐礼拝では、ICU チャペルを 650名を余す会衆が埋め尽くしたではありませんか!

 

  今日は、「教会の誕生日」。いや、「私たち受洗者たちの会衆誕生祝会」。「教会」の呼び名はずっと後のこと。さあ「受洗」を感謝して、宣教に出かけよう!

【説教】 「隣人になる」 高村敏浩牧師

日課:申命記30:1-14 コロサイ書1:1-14 ルカ10:25-37
God is where God is supposed to be: in our choices, in our struggles, in our joys, and in our grieves. Amen.
神は、神のおられるべきところにおられます。私たちの決断のうちに、私たちの困難のうちに、私たちの喜びのうちに、私たちの嘆き悲しみのうちに。アーメン。

プレイズソングと呼ばれる歌の中に「Jesus Is the Answer」というものがあります。「今、この世界への答えは、イエスだけだ」という、歌いやすい曲と、直接的で力強い内容の歌詞なのですが、この歌の「イエスだけが答え」というメッセージについて、最近よく考えさせられます。私は何も「イエスだけが答えじゃない」、「他の宗教でもいいじゃないか」と主張したいわけではありません。確かにこの世には、人間の生き方を示すいい教えは多々ありますし、そういった信仰を持つ人たちにも素晴らしい方がたくさんおられます。しかし、キリスト者である私たちにとっては、「イエス・キリストだけが答え」であることは必然的であり、譲歩できない根幹です。それでは「イエスが答え」の何に引っ掛かるというのでしょう。それは、「確かにイエスが答えではあるけれども、私たち人間にとってそれは同時に疑問であり、謎でもあるのではないか」ということです。キリスト教のメッセージは、一方で明快です。それは、「イエス・キリストだけ」ということであり、具体的には、日課で律法の専門家が答えたように「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」ということであり、その言葉を生きる、生きられるということでしょう。しかし同時に、そのような答えが目の前に突き付けられたときには、律法学者がそうであったように私たちも、何かスッキリすることができず、自分を正当化したく思って尋ねるのです、「では、わたしの隣人とはだれですか」と。イエス・キリストが十字架を通して顕かにするメッセージは、この上なく明快でありながらも、同時に、私たちを疑問へと、謎へと導きます。なぜなら、キリストが十字架で顕かにするメッセージは、私たちの思いや想像を超えて、私たちに迫って来るからです。日課を見ていきましょう。

派遣された弟子たちが帰って来ました。イエスたちは喜びに満ちあふれます。そのような中、律法の専門家はイエスを試そうとして質問しました。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスは逆に尋ねます。「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか。」すると律法学者は、「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります」と答えました。正しく答えた律法学者を誉め、イエスは言います。「それを実行しなさい。そうすれば、命が得られる。」律法学者はしかし、さらにイエスを試みて言います、「では、わたしの隣人とはだれですか」。するとイエスは、善いサマリヤ人のたとえを話し始めるのです。

「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。」そうしてイエスは、律法の専門家に尋ねます、「さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は答えました、「その人を助けた人です。」するとイエスは、次のように言うのです。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

私たちはこの話を、どのように聞くでしょうか。もし私たちがこの話を、倫理への手引きとして、つまりイエスを、倫理の、道徳の教師として聞くのだとすれば、この話は結局私たちを、キリスト教的な律法主義へと導きます。つまり、こうすれば報いが与えられる、永遠の命が神の示す倫理的な生き方への褒美として与えられる、という理解へと導くわけです。しかし、イエスの言わんとすることは、そういうことではないはずです。それでは、どういうことになるでしょうか。それにはまず、このたとえ話を、私たち一人一人が、私の話として聞き、受け取らなければなりません。

善いサマリヤ人のたとえを聞くとき、私たちは自分をどこに重ねるでしょう。この話を倫理的な教えとしてだけ聞くとすれば、私たちはすぐに、サマリヤ人を私たちの生きるべき理想的な姿として受け取ることでしょう。しかし私たちはまず自分を、半殺しにされた旅人に重ね合わせなければなりません。私たち一人一人が、エリコへ下る途中、追いはぎに襲われ、殴られ、半殺しにされ、打ち捨てられた旅人だということです。想像してみてください。あなたの横たわる道を、祭司が、続いてレビ人が通りかかります。二人は、あなたが倒れているその姿をしっかりと認めながらも、関わり合いにはなろうとはせず、通り過ぎて行きました。その後に、今度はサマリヤ人が通りかかります。彼は、あなたの傍に来ると、憐れに思い、手当てをし、宿屋へ連れて行って介抱します。さらには回復に必要なお金を置いて、宿の主人に言うのです、「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。」あなたが、私たち一人一人が半殺しにされた旅人であるなら、このサマリヤ人は誰になるでしょうか。皆さんはもう、お分かりだと思います。そう、神です。サマリヤ人は何よりも、私たちに関わられる神ご自身の姿を、私たちに示しているのです。私たちの神は、半殺しにされた私たちに近づき、憐みをもって私たちを見つめ、私たちの傷を手当てし、介抱してくださるのです。半殺しにされた私たちは、意識さえありません。私たちの神はしかし、私たちを揺り動かして、「助かりたいか」と確認することもせず、ただただ、私たちを助けるのです。私たちに助かる価値があるから、また助かりたいと意思表示したからではなく、神は私たちを、神の憐みの心によって、助けられたのです。ここに私たちは、「恵みのみによって」という救いを見ます。私たちのゆえにではなく、神のゆえに、私たちは助けられ、救われるということが、顕かにされています。私たちはこのメッセージを、一人一人、自分のこととして、神が、他の誰でもなく、ただ私のためにしてくださったこととして受け止めなければなりません。「あなたのための」神、「私のための」神として、一人一人が、神に出会わなければなりません。そのようにして出会う私たちはしかし、派遣されて行きます。サマリヤ人である神に出会った者、救われた者として、今度はサマリヤ人として、半殺しにされた旅人に出会い、隣人になるようにと召され、派遣されるのです。神の憐れ、神の愛によって救われ、神に出会っていただいた私たちだからこそ、この世にあってサマリヤ人になることができるのです。そのような私たちだからこそ、倫理的な生き方の指針としてではなく、律法としてではなく、キリスト者として、サマリヤ人を生きられるのです。これが、「イエスだけが答えである」ということではないでしょうか。もし私たちが皆、このような神の憐れみ、思いに触れ、気付き、サマリヤ人として生きることができれば、もっといい世界が実現されていていいはずです。皆さんは、どう思われるでしょう。…問題はしかし、実際には、悲しい出来事がなくなるような気配はないということです。そしてこれが、私が「イエスだけが答え」でありつつも、「同時に疑問であり、謎である」と考えさせられる理由です。私たちはなぜかこの、「イエスだけ」がということが分からないのです。どうしてなのでしょうか。それはこの「イエスだけ」が、「キリスト」を、それも「十字架のキリスト」を意味するからではないかと思います。

十字架とはいったい、何でしょうか。十字架とは、一つには、人間の理性の目にあって、神が不在であるということです。マルコによる福音書によれば、十字架に架けられたイエスは、神に見捨てられた不敬の輩です。人々は十字架のイエスを見て、神に見捨てられ死んだのだと思いました。イエス自身十字架の上で、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫び、その苦しみのうちに息を引き取りました。十字架は、人間が理性の目で見たとき、神は私を見捨てられた、神は私のためにはここにおられないということを意味するのです。しかし十字架はそれだけではありません。実に、この不在のうちに、神があなたのために、私のために、今ここにおられるということを顕かにします。異邦人であったローマの百人隊長が十字架の傍らでイエスを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言ったように、理性を超えたところで、十字架の啓示は顕かにされるからです。キリストと出会うからです。人間の理性の目で見たときに神が不在である場所において、たとえ神を感じることができなかったとしても、神は今間違いなく、あなたのためにここにおられるということこそ、十字架だということです。これが、私たちの神がキリストであり、それも十字架のキリストであるということなのではないでしょうか。このことを、善いサマリヤ人のたとえで考えてみると、どうなるでしょうか。

善いサマリヤ人のたとえの鍵となるのは、「サマリヤ人」が「サマリヤ人」であるということです。ややこしく聞こえますが、それは、半殺しにされて打ち捨てられた私たちを救ったのは、祭司でもレビ人でもなく、ユダヤ人と敵対するサマリヤ人であったということです。サマリヤ人たちは、その先祖は本来ユダヤ人たちと同族であったイスラエル人たちであり、同じ神を信じ、同じ神を礼拝する、最も近しい者たちでした。しかし、イエスの時代には、ユダヤ人たちはサマリヤ人たちを神に見捨てられた、けがらわしい存在として、また憎しみの対象として理解していました。サマリヤ人は実に、ユダヤ人たちにとっては神の不在そのものだったわけです。しかし、まさにその不在において、つまりサマリヤ人として、神はあなたのために来られ、あなたに出会い、あなたを救われたのだ、イエスはそう言います。理性の目で見れば、神は祭司として、またレビ人としてあなたに現れ、あなたを救うべきでした。彼らが神に仕える者であり、神に近しい者だからです。しかし私たちの神は、キリスト・イエスとして、それも十字架において、私たちにご自身を顕かにします。つまり、サマリヤ人として私たちに現れ、サマリヤ人として、私たちに出会われるということです。神が共におられるはずのない者を通して、私たちに出会われるのです。私たちはイエスに質問した律法学者と共に、このサマリヤ人である神に、十字架のキリストに出会っていることに気付かなければなりません。そしてその私たちは、神に出会った者として、サマリヤ人として派遣されます。半殺しにされ、打ち捨てられた旅人であるユダヤ人へと、つまり今度はサマリヤ人の立場から見れば、敵であり、憎むべき存在であり、神の不在であるユダヤ人へと派遣されるのです。この敵の隣人になるようにと、派遣されるのです。これもまた、十字架のキリストとの出会いです。森優先生は、その著書『聖書研究の手引き』の中で、サマリヤ人として遣わされた私たちは、半殺しにされ、打ち捨てられた旅人こそ、イエス・キリストであるということに気付くのであると言います。そしてそれは、私たちが隣人となるように召されているのは、私たちがすでに愛する者、憧れ、親しくしたいと思う者―理性の目で見れば神の臨在を意味するような人たちへではなく、むしろ、私たちが嫌い、憎み、また無視し、関わり合いたくないとする者―理性の目で見れば神の不在を意味するような人たちへであるということを意味するのです。

十字架において神は、神でありながら、神に見捨てられる経験をします。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という叫びのうちに、私たちのために死なれました。それは、私たち人間の経験する苦しみを経験されたということです。上から同情したのではなく、私たち一人一人の抱える苦しみを文字通り、共に苦しまれたのです。これが、神の憐れみです。私たちは、この十字架という神不在のうちに私のため、あなたのために今ここにおられる神、キリストに出会います。出会っています。たとえ神を遠くにしか感じられないとしても、神をまったく感じることができないとしても、間違いなく、神は私のために、今ここにおられるのだと、十字架はそう約束しているからです。神の憐れみは、私たちの感情や感覚よりも強く、信頼される、確かなものである、十字架はそう約束しているのです。そのような憐みを受けた私たちは、そのような憐みを受けた私たちだからこそ、私たちの理性の目には「敵」にしか映らない人へと―それはもしかしたら、親であり、子であり、兄弟姉妹であり、友人であり、教会の仲間であり、見ず知らずの他人かもしれません―派遣されているのです。なぜなら私たちは、そこに、私のサマリヤ人を通して、私のユダヤ人を通して、間違いなく神が私のためにおられることを、十字架によって知っているからです。そこにおいてこそ、私のためにおられるキリストに出会うことを知っているからです。

「イエスだけが答え」は同時に、「疑問」であり「謎」です。それは、その答えが十字架を通してのみ顕かにされるからです。しかし、まさにその十字架を通してキリストに出会った私たちは、「イエスだけが答え」であることを福音として、善いサマリヤ人のたとえを生きるようにと召され、この世にあってサマリヤ人として、ユダヤ人の旅人の隣人となるようにと遣わされているのです。

人知では、とうてい計り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって、守るように。アーメン。

聖霊降臨後第七主日礼拝説教 「従順〜服従の第一歩」  大柴 譲治

詩編121、ルカによる福音書9:51-62

<はじめに>
 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

<本日の主題詩編:121編>
「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。」

 毎週の主日礼拝には主題詩編が一つ定められています。教会手帳を見ますとその日の「主日聖書日課(ペリコーペ)」や「主日の祈り」と共に「讃美唱」が一つ選ばれていますが、讃美唱がその日の主題詩編なのです。本日の主題詩編は121編。今お読みした詩編です。詩編120-134編の15編は「巡礼の歌」と呼ばれ、121編も「都に上る歌」(都詣での歌)の一つです。ユダヤ人は過ぎ越しの祭りなどでエルサレムに巡礼する際に、巡礼団はこれらの詩編を歌いながら歩を進めてゆきました。この詩編121編は神への信頼を歌った詩編としてよく知られているものです。

 皆さんの中には山登りがお好きな方々もおられましょう。山々を見上げる時に私たちはその壮大な景色や大自然の美しさに圧倒され感動します。「わたしの助けはどこから来るのか。天地万物を造られた創造主なる神から必ず来るのだ」と詩人は歌います。Lift up my eyes! 「天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す」のです(詩編19:2)。私は静岡で育ちましたから毎日どこかの時点で富士山の姿を探していました。大自然に目を向ける時、私たちはその壮大さの前に自分の小ささ、儚さ、空しさを感じます。しかしそれを造られた全能の創造主がこの小さな私に確かな助けを備えてくださる。私は作者のダイナミックな神への信頼を歌った詩に目を見開かれるような思いがいたします。この121編は「巡礼の歌」の一つと申しましたが、「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ」と言った時の「山々」とは「シオン」(エルサレム地方)の山々(丘)が意味されています。

<主ご自身の「覚悟」> 本日の福音書の日課には、新共同訳聖書では「弟子の覚悟」という小見出しがついていますが、むしろそこでは、十字架への歩みを決然として踏み出し始められた「主イエス・キリストご自身の覚悟」が強調されているように思われます。主がエルサレムに向かって十字架へと歩み出された。それは父なる神の御心への徹底した「従順」であり、「服従」でありました。「目を上げて、わたしは(シオンの)山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。」と歌う詩編121編は、「神の都」と呼ばれたエルサレムのゴルゴダの丘に目を向けて、そこに向かってまっすぐに歩み始められたキリストご自身の祈りであり、思いでもあったのでしょう。

<「新しいエクソドス(出エジプト)」>
 本日の福音書はこう始まっています。「イエスは、天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた」(ルカ9:51)。「天に上げられる時期」というのは「昇天」のことであり、主が「自分の地上での日々がいよいよ終わりに近づいている」ということを意識されたということです。「イエスはエルサレムに向かう決意を固められた」という表現では、「顏をしっかりと(ある方向に)据えて固定する/定める/向ける」という言葉が用いられています。まっすぐエルサレムに向かって顏を見据え、そこに向かって一直線に歩む主イエスの姿勢が強調されています。ペトロのキリスト告白、受難予告、山上の変貌と進む中で、主イエスが十字架への覚悟を決めて、それに顔を向けての具体的な歩みを決然と踏み出し始められたのです。

 山上の変貌の出来事の中で主は、律法を代表するモーセと預言者を代表するエリヤと共に「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期のこと(エクソドス)」をまばゆく輝く栄光の姿の中で話し合われました(9:31)。この「エクソドス」という語はルカだけが記録している言葉ですが、「エクス・ホドス」=「出てゆくための道」という語で「突破口」「脱出路」を意味します。Exodusという言葉に即『出エジプト記』を想起される方もおられましょう。それは英語聖書ではExodus(脱出路)と呼ばれているからです。ルカは、モーセとエリヤとイエスが「最期のこと(エクソドス)」を話し合うという表現で、エルサレムでの十字架の出来事が私たちにとっての「新しい出エジプト」であり、永遠の生命への突破口であり、脱出路であることをはっきりと明示しているのです。

 サマリア人の村で歓迎されないという出来事が続いて起こります。それは、ガリラヤからユダヤのエルサレムに「一直線」に向かう途上で起こった出来事でした。ユダヤ人とサマリア人は近親憎悪のような、なかなか難しい関係にありました。彼らはもともと同族でしたが、サマリア人はイスラエルの北王国が紀元前722年にアッシリアに滅ぼされた後にその地方の民族と混血し、宗教的にも民族的にも文化的にもその土地の影響を受けた人々でした。通常ユダヤ人たちはガリラヤからエルサレムに向かう時、サマリア地方を通ることは避けていたようです。いったんヨルダン川の東側に渡って南にくだっていたのです。
イエスさまはガリラヤ地方を「まっすぐに」通ってエルサレムを目指されました。それはエルサレムで起こる十字架の出来事が、ユダヤ人のみならずサマリア人を含め、すべての人の救いのためであったということを表しているのかもしれません。詩編121編の通り、主はまっすぐにシオンの山々に向かって目を上げておられます。「わが助けは神から来る。天地を造られた主のもとから」なのです。

<「弟子たちの『力あるメシア』理解」をいさめた主イエス>
 このサマリアでの出来事はまた、弟子たちのメシアについての無理解、誤ったメシア像の投影として読み取ることもできましょう。「弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、『主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか』と言った。イエスは振り向いて二人を戒められた」(9:54-55)。ここでヤコブとヨハネとは、イエスとその一行に対して物質的支援を拒絶するサマリア人を、「神の人」エリヤが天からの火をもってアハズヤ王の部下たちを滅ぼしたように(列王紀下1:10-11)、殺そうとしているのです。それは仇を受けた敵に対して復讐しようとする姿です。

 しかしこの部分(55節)には、ある写本とウルガタ(ラテン語訳聖書)を見ると次のような補足が付いています。「そして(イエスは)言われた、あなたがたは霊(プネウマ)の性質を知らないのか。人の子は人の命(プシュケー)を滅ぼすためではなく、救うために来たのだ」。 

 聖書註解者のウィリアム・バークレーは、このイエスの「寛容」に関して次のようなリンカーンの言葉を引いています。「アブラハム・リンカーンが敵に対して紳士的すぎると批判され、『彼らを抹殺することこそ義務だ』と促された時、彼はその批判に、かの偉大な答えをもって対決した。『友人にしようとしているわたしの敵を、どうして殺すことができようか』。誰かが徹底的に間違っていようとも、その人を、抹殺すべき敵とせず、愛によって回復されるべき迷える友と見なすべきである」(バークレー新約注解ルカ福音書、p146)。

 弟子たちがイエス・キリストに期待していたのは、敵を武力を持って蹴散らす「力あるメシア像」だったのです。天からの火で敵を滅ぼした神の人エリヤのようなメシア像です。しかし神が派遣したのは、無力なまま裏切られ、見捨てられ、十字架で殺されるメシアでした。力による支配を貫く軍馬に乗った「力強いメシア」ではなく、愛による支配を求めるロバの子に乗った「柔和なメシア」が、今やエルサレムに向かって顏を向け、「最期のこと」「新しい出エジプト」(エクソドス)を遂げるために進み出しているのです。神のなさることは人の目には実に不思議に見えます。神は十字架の上に死んだ御子イエスを三日目に死人の中から甦らされた。死のただ中に復活の命が与えられ、絶望の暗黒の中に希望の光が与えられたのです。新しいExodusです。シオンの山々に目をあげ、天地を造られた神の御心に従順に、服従の第一歩を踏み出された主イエス・キリスト。私たちの救いはこのお方から来るのです。

<自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、キリストに従う>
 神と等しい身分であられたキリストが、自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられたのです。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで「従順」でした(フィリピ2章)。主は言われました。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(9:23)。「自分を捨て、自分の十字架を背負って主に従う」とは、そのような御子ご自身の、神の御心に徹底して服従された「自己無化、へりくだり、従順」にならうということです。シオンの山々に向かって目を上げて、まっすぐに神の平和の都エルサレムを目指した主イエス。その玉座はゴルゴダの丘に立つ十字架であり、その冠は茨の冠であり、王なるキリストを迎えたのは侮蔑と嘲笑とにまみれた讃美でした。このキリストの従順、服従が私たちに救いの突破口(エクソドス)を開いてくれた。私たちの服従の第一歩は、それぞれの生活の持ち場において、このキリストに従って踏み出すことです。キリストにまねび、キリストにならいて、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、キリストに従うことです。私たちは本日、み言葉を通して、主が私たちによびかけてくださっておられ、その御声にどう服従してゆくかという、私たち自身の「主に服従する覚悟」を問われているのだと思います。

 最初に向こう側から私たちに向かって一つの声が発せられます。「わたしに従って来なさい」という主の呼びかけの声が。その声に私たちは服従してゆくのです。その従順の第一歩が私たち一人ひとりに求められている。私たち自身も、それぞれの持ち場で、具体的に、主のみ声に聴き従ってまいりたいと思います。
「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。」
 新しい一週間の上にも主が共にいまして、お一人おひとりを守り導いてくださいますようお祈りいたします。アーメン。

<おわりの祝福>
 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。
(2013年7月14日主日礼拝説教)

主の昇天主日礼拝説教 「昇天の主の祝福に生かされて」

使徒言行録1:1-11、ルカによる福音書24:44-53    大柴 譲治


<昇天の主の祝福の姿>
 本日の日課には二箇所「心の目を開いて」という言葉が出て来ます(エフェソ1:18、ルカ24:45)。復活の主が私たちの心の目を開いて下さり、御言を深く悟らせて下さいますように祈ります。
 さて、主は復活後40日に渡って弟子たちにご自身を示されました。そして弟子たちの見ている前で天に挙げられたという「昇天」の出来事をルカは記録しています(ルカ福音書と使徒言行録)。本日は主の昇天主日。次週はペンテコステ(聖霊降臨日)。昇天の意味について御言に聴いてゆきたいと思います。
 そこで質問です。皆さん、教会学校の生徒になったつもりでお考えください。◎問い:昇天された主は天で何をされておられるでしょうか(ヒントは本日の福音書の日課です)。◎答え:主は手を上げて祝福をする姿で天に挙げられました。今も主は天において私たちを祝福しておられるのです(ルカ24:50-51)。
 主日礼拝の最後には毎週牧師が両手を挙げて民数記6:24−26に出てくる「アロンの祝福」と呼ばれる「祝祷」をいたしますが、ちょうどその姿と同じです。「主があなたを祝福し、あなたを守られます。主がみ顔を持ってあなたを照らし、あなたを恵まれます。主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜ります。父と子と聖霊の御名によって。アーメン」。
 ある註解者たちは、昇天の主がここで、この「アロンの祝福」を用いて弟子たちを祝福されたに違いないと考えています。私たちが「礼拝」に参与するということは、この「昇天の主の祝福に与る」ということでもありましょう。 キリストこそ私たちにとっての「祝福の源」であり「基」です。この「神の」祝福はどのような困難な状況の中でも私たちから決して奪い去られることはない「祝福」なのです。神はどのような時にも私たちの傍らにあって私たちを離れず、私たちと共にいましたもう「インマヌエルの神」「我らと共におられる神」だからです。
 思い起こせば、アブラハムが神の召し出しを受けた時に、神はアブラハムを「祝福の基とする」(口語訳)、「祝福の源とする」(新共同訳)と宣言されました。アブラハムがまだアブラムと呼ばれていた時のことです。「主はアブラムに言われた。『あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。』アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった」(創世記12:1-4)。
 神はアブラハムに対して繰り返し、「あなたの子孫は海の砂、空の星のようになり、あなたを通して祝福される」と宣言しています。民数記の中では「アロンの祝祷」は「祭司」に与えられた務めでしたが、宗教改革者マルティン・ルターが語った「万人祭司」つまり「全信徒は隣人に対して祭司としての役割を持っている」というところから見てみますと、私たち全キリスト者がこの「祝福の務め」に召し出されていると申し上げることができましょう。私たちはこの神の祝福をこの世界に伝えるという大切な務めのために召し出されているのです。思えば主ご自身も山上の説教を祝福の言葉で始めておられました。「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ。義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる」と(マタイ5:3-6)。「おめでとう!心貧しき人々よ。天の国はあなたたちのものである」と神の祝福を宣言しておられるのです。
 主はこのような神の祝福に私たちを招くためにこの地上に降り立って下さいました。そして今も天にあって私たちを祝福して下さっています。私たちは昇天の主の祝福の中に生かされている。この祝福の中で10日後には聖霊降臨が起こり、教会が誕生しています。主はある時「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」と言われました(マルコ13:31)。この昇天の主が与えて下さる「祝福」はたとえどのような出来事が起こったとしても決して揺るぐことのない祝福なのです。

<主の祝福とは何か〜十字架の祝福>
 創世記32:23-33には、ペヌエル(「神の顏」の意)という場所で、ヤコブが「イスラエル」という新しい名を与えられた出来事が記されています。そこでは「イスラエル」とは「神と人々と闘って、最後には勝利する」という意味の名前であると説明されます。この名前には私たちの人生が、最初から最後まで、苦しみや悲しみに満ちた「試練との格闘の人生」であるということが暗示されているのです。ヤコブはそこでもものつがいを外されるという大きな犠牲を払いました。しかしそれを通してヤコブは神の祝福を勝ち取ってゆくのです。このペヌエルでの出来事は、主キリストが与えてくださった「祝福」と重なり合います。それは私たち「新しい神の民イスラエル」のために、主が十字架の苦難と死を経て獲
得してくださったとても高価な祝福であるという事実を私たちに思い起こさせてくれます。十字架上で主は「エリ、エリ、レマ、サバクタニ!(わが神、わが神、なにゆえにわたしをお見捨てになったのですか)」と叫ばれました。しかし、その苦しみと死によって私たちの罪の現実には突破口が開かれたのです。キリストの復活の勝利によって私たちはその祝福の光に照らされ、光の中に置かれている。そのことは礼拝の最後の祝祷において明かです。今もなお主は、見えない神の御国(天)から私たちを祝福してくださっています。礼拝でアロンの祝福を通して響くキリストの声こそ、私たちが「神の御顔(ペヌエル)」と出会う場所なのです。「主があなたを祝福し、あなたを守られます。主が御顔をもってあなたを照らし、あなたを恵まれます。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を賜ります。父と子と聖霊によって。アーメン」。

<召天された依田早苗姉のご生涯を通して>
 先週の火曜日(5/7)、神学校教会時代からのメンバーであった依田早苗さんが、肺ガンのため日立総合病院において天へと召されました。5/17に78歳の誕生日を迎えられるはずでした。依田さんはつい先日の3/31のイースターの礼拝に出席され、また4/17(水)のいとすぎの例会に「皆さんにお別れをしたいから」ということで出席されていました。5/9(木)の夜に日基教団日立教会で行われた告別式に、私はいとすぎのメンバーの和田みどりさんや永吉さん、久埜さん、そして(神学校教会で早苗さんから奏楽者としてのバトンを受け取られた)中山康子さんと共に参列いたしました。お兄さまの堤旭さん御夫妻もご参列されていました。150人ほどがお見えになったでしょうか。告別式後に東京に帰られる中山さんと久埜さんを日立駅にお送りしてから、私たち三人は駅の近くのホテルに一泊して、翌日教会で行われた出棺の祈りと斎場での火葬に立ち会わせていただきました。その後で依田さんの御自宅のお庭を訪問させていただいて帰ってまいりました。主を失ったその広いお庭には、様々な花が咲き誇り、鴬が鳴いていました。
 依田早苗さんは今から62年前の1951年10月28日、宗教改革記念主日に神学校教会で青山四郎先生から洗礼を受けられました。当時16歳で、ちょうど自由学園に通っておられた頃のことです。23歳で結婚してからは、ご主人のお仕事の関係で日立に移り住みました。55年前のことです(1958年はちょうどこの教会の礼拝堂が建った年でした)。早苗さんはお母さまの堤茂代姉と共にいとすぎのメンバーとして信仰のご生涯を全うされたことになります。日立はこの場所から160kmほど離れています(新宿から諏訪までが170kmほど)。普段は教団の日立教会の礼拝に「客員」として出席しながら、55年間、この武蔵野教会に通い続けられたことになります。車で外環道や常磐道という高速を通って二時間半ほどかかりましたが、その距離を走りながら改めて、早苗さんにとってこの武蔵野教会とつながり続けたことの意味の大きさを感じさせられました。
 2011年の3月11日に起こった東日本大震災の時には日立も大きな被害を受けました。高台にある御自宅もガラスが割れ、庭の大谷石も崩れ、水道や電気が止まって、大きな苦難の時となりました。その中で依田さんはお一人で、持ち前のエネルギーを発揮してすべてを再建されたのです。そしてその年の秋の頃です。腰が痛いということで病院に行ったところ肺に進行ガンが見つかりました。「なぜ自分が!?」という驚きと苦しい思いを持ちながらも、東京日立病院に通院や入院を続け、一年半に渡ってイレッサなどの抗がん剤、放射線の治療を受けることになりました。そのような中で早苗さんは最後までご自身の凛とした生き方を崩すことなく、前を向いて、上を向いて、キリストに従いながら、78年になろうとする信仰者としてのご生涯を全うされたのです。このことを通して私が改めて強く思わされたのは、キリスト者はどのような時にも揺るぐことのない「主の祝福」の中に生かされているということでした。
 主は渡される夜、パンを取り、感謝と祝福を捧げて、それを割いて弟子たちに分かち合われました。「これはあなたがたに与えるわたしのからだである」。そしてブドウ酒をも同じようにして弟子達と分かち合われました。「これは、あなたがたの罪の赦しのため流されるわたしの血における新しい契約である」。主イエス・キリストのパンとブドウ酒の祝福をいただいて私たちは生きるのです。たとえどのような場におかれても、その祝福は揺らぐことがありません。それは主キリストが、私たち一人ひとりのために、あの十字架の上で、神と人と闘って勝ち取ってくださった祝福なのですから。
 本日の使徒書の日課であるエフェソ書にはパウロの祈りの言葉が記されていました。「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です」(エフェソ1:23)。教会は、すべてにおいてすべてを、その愛の祝福で満たしておられる方の、愛に満ち溢れている場なのです。この礼拝から昇天の主の祝福の力をいただいて、神と隣人に仕えるために、それぞれの日々の持ち場に帰ってまいりましょう。私たちキリスト者は、天の祝福に生きる者であり、アブラハムの子孫として、「祝福の基/源」としてこの天の祝福を人々と分かち合う使命に召されているのですから。
お一人おひとりの上に主の祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。 アーメン。

<おわりの祝福>
 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。
(2013年5月12日主の昇天主日礼拝説教)

「 三本の十字架 」伊藤節彦

ゼカ9:9~10、フィリ2:6~11、ルカ23:32~43

『23:32 ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。33 「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。
34 〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。35 民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」36 兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、37 言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」38 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。39 十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」40 すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。41 我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」42 そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。43 するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。』

私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、
皆様お一人お一人の上にありますように。アーメン

○ ○ ○ ○

主のご受難を心に刻み直す期節である四旬節では、「放蕩息子の譬え」や「ぶどう園と農夫の譬え」でお分かりのように、「悔い改め」を一貫したテーマとして取り上げて参りました。そして今日の受難主日を、武蔵野教会の皆様と何を分かち合おうかと考えました際に与えられましたのが、正に死の直前で行われた悔い改めの出来事、主イエスが十字架上で語られた七つの言葉の一つである、「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」というみ言葉でありました。ですから今日はこのみ言葉を中心に、ご一緒に福音を聴いて参りたい、そう願っています。

私たちは主イエスの十字架を思う時、ただ一本の十字架だけを思い浮かべないでしょうか。しかし、主イエスは十字架につけられた時、お一人ではありませんでした。二人の犯罪人も一緒にいたのです。そして、「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」というお言葉は、そのうちの一人に対して語られたものでした。主ご自身だけでなく、この二人の男達にとっても死は目前に迫っていました。確実に死に至るその途上で、主は十字架を対話の場として下さった。このことは、私たちが心に刻むほどに覚えておいてよい祝福であります。この言葉を記しているのはルカだけです。ルカはこの祝福を私たち読者に伝えたくて、マタイもマルコも記さなかった十字架上での対話を詳しく書き残してくれたのだと思うのです。

ある説教者は、主イエスが真ん中に、そして左右に一本ずつ立てられたこの三本の十字架、ここに最初の教会が誕生したと語っています。私はこの言葉を読んだ時に最初「えっ?」と思いました。教会の誕生は主イエスが復活したその後の聖霊降臨日ではないだろうか。もしくは、もっと遡るのであれば、十二人の弟子たちを呼び集められた時に教会の基が作られたのではないか、そう考えていたからです。ですから、弟子たちを差し置いて、まさかこの犯罪人達が教会の最初のメンバーだとは全く思いもよらない発想だったのです。

しかし、この説教者は、主イエスとともに十字架につけられ、死につつある犯罪人たちの姿の中に最初の教会の姿が見えると語るのです。その理由は、この罪人たちは十字架に釘付けされている。ペトロ達のように逃げるわけにはいかない。自分たちから主イエスとのつながりを捨てることが出来ない場所に置かれている。しかも主と共有しているのは十字架に他ならない。そこに教会の特質が見えるというのです。死に直面して、イエスと結びつけられている罪人の群れ。ここに教会があるというのです。

そういう意味で、まさに死ぬ瞬間において、主イエスと対話することが出来たこの男のこと、また、死ぬ瞬間においてこの男を生かした主のお言葉を思い起こすことは、私たちキリスト者にとっての最大の慰めではないでしょうか。

いや、思い起こすだけでない。教会とは礼拝において、この主イエスとの対話を常に新しく繰り返すことによって、希望を失うことなく力を与えられてきたのであります。

○ ○ ○ ○

ところで、先ほど読んで頂いた福音書には、三度、主イエスが嘲られたことが記されています。最初は民衆と議員達によるもの。次にローマの兵士たち、最後が十字架に共につけられた罪人の一人が語ったものでした。彼らが異口同音に語ったのは「メシアならば、自分を救ってみよ」という言葉でした。しかし、最後の罪人だけは少し違いました。この男は共に十字架につけられながら「自分自身と我々をも救ってみよ」と罵ったのであります。

十字架上の主イエスを罵る。それは信仰もない犯罪人だから出来ることで、私たちキリスト者と関係はない。もしかしたら、そのように私たちは考えていないでしょうか?

しかし本当にそうだろうか。案外、私たちはこの男と近いのではないでしょうか。私たちは、自分が困難の中に置かれた時、主イエスに向かって、今こそ御力を発揮して下さい、あなたが救い主であることをお示し下さい。そして私のこの困難を取り去って下さい、そう祈りはしないでしょうか。

また私たちは、自分一人の心の問題だけでなく、現代の様々な課題である、戦争、無差別殺人、原子力、大規模災害といった深刻な神義論を引き起こさざるを得ない時代を生きています。神義論とは、もし神が正しいお方ならばこのようなことは起きない、と人間が神を裁き糾弾する問いであります。この議論は「もし神が本当にいるならば」という悪魔の囁きが私たちの心の不安を煽るように生まれてきます。

主を罵ったこの男と同じように、私たちも主イエスに訴えているのではないでしょうか。なぜ、あなたはそれほど無力なのですか。どうしていつまでも黙っておられるのですか。どうしてこの世の悪をあなたは見過ごしにされているのですか。あなたが本当に私たちにとっての救い主なのでしたら早く私たちの所へ来て下さい。そして私たちに幸いと平安を、あなたが約束された救いをお与え下さいと。罵らなくても、私たちはそのような思いで日々を生きているのではないでしょうか。

しかし、聖書はそのような問いに対して、悪、苦難、試練を取り除くという奇跡においてではなく、ただ神の子の十字架だけを指し示すのです。それが、聖金曜日の出来事なのです。

人間の神義論はイエスの十字架の中に神を見いだすことが出来ませんでした。しかし、復活という出来事において確かに神様はその中に働いておられたのです。この復活の光に出会うためには、私たちは全き闇に覆われた土曜日を過ごさなければなりません。そしてルターはそれを「信仰の闇」と呼びました。

○ ○ ○ ○

イエスを罵ったこの罪人と私たちはどこが違っているのでしょうか。それは、この男が主イエスに呼びかけていながら、しかし彼はなお絶望のどん底にいるということです。主イエスに期待しているようで全く期待していない。主イエスにさえ絶望してしまっているということです。救い主の傍らにいながら、救いを見ることが出来ない、信じることが出来ない闇の中にいるのです。

ところで、この男の言葉に応えたのは、主イエスではなく、もう一人の罪人の仲間でした。40~41節には「すると、もう一人の方がたしなめた。『お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない』」。

 一人には見えていて、もう一人には見えていなかったこと。

それは主イエスの十字架の前で、自分の罪に気づいた者とそうでない者の違いです。「この方は何も悪いことをしていない」という箇所は、「この方は本来おられる場所でない所におられる」と訳せる文章です。ですから言い換えるならば、この罪人は次のように語ったのです。「私たちは自分たちの罪の故に本来いるべき場所に今立っている。しかしこのお方は本来おられる場所でない所におられる」、と。

使徒書日課で読まれたフィリピ書2:6~8には、「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」という讃美の言葉が述べられていましたが、その讃美の言葉が、既にここで響いている。私たちも主の十字架の御許で聴くことが出来るといってよいのです。

私は冒頭で、「主イエスは十字架につけられた時、お一人ではありませんでした。二人の犯罪人も一緒にいたのです」と述べました。しかし、正確には「二人の犯罪人が十字架につけられた時、主イエスも共に十字架につけられて下さった」のです。

更に驚くべきことに、この罪人は42節で次のように語るのです。「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」。この箇所は次のようにも訳せます。「イエスよ、あなたが王としての権威をもって再び来られる時、もしできるならば私のことを思い出して下さい」。

この男は目が開かれたのです。自分が裁かれているのはユダヤやローマの権力によってではない。今、神の裁きを受けているのだということを。そして、この裁きはここで、死によって終わるものではないことをも、彼は知らされたのです。あなたこそ真実の王であられる。そしてその権威は死に対しても変わることはない、死さえも支配される王なのだと。その時に、自分のようなものは滅びにしか値しないことは分かっている。しかし尚、私はただあなたの憐れみにのみすがって願わざるを得ない。どうぞ私を思い出して下さい。そう願う希望を、死を突き抜けて再び命の主が来られるという復活の希望を、この男は持つことが出来たのであります。

ある人は、「信仰とは死に直面して死を受け入れることが出来るかどうか」であると語りました。死を受け入れるとはどういうことか、それは死を越えたところに救いが見えるかどうかということです。私たちの願いも、突き詰めればこの祈りに結実しなければならないのです。私たちはどこかで、この犯罪人とは違うと考えるかも知れません。しかし、神の御前においては何の違いもない。私たちが神の御前に願えることは、神の乞食として憐れみをただ願うことだけであります。

 ○ ○ ○ ○

そして、いよいよ私たちは43節のみ言葉を聴くのです。

「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」。「はっきり言っておく」と訳されているのは原語では「アーメン」です。主イエスが大切な真理を告げる時に用いられる言葉です。ここで主イエスは大切な真理を語ろうとされている。それは正に死ぬ直前の、人生でこれ以上にないほどの苦しみと暗さの中で語られる命の言葉であります。

しかし、このみ言葉は最後の最後に悔い改めをすることが出来たこの一方の男だけに語られた言葉なのでしょうか? そうだとするならば、この男の悔い改めこそが、主イエスのみ言葉を引き出したのでしょうか?

そうではないのです。34節で主イエスが語られた、「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです」という祈りは、主に憐れみを請うた男と、主を罵った男の両方を包んでいます。言うなれば、この二人の犯罪人の姿は、救いを拒みつつ、救いを求めようとする、私たちの中にあるアンヴィバレントな二面性を象徴しているのかもしれません。

罵った方の男は主イエスに「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみよ」と語りました。この男は半ば自暴自棄でありました。自分の過去を振り返りながら、取り返しのつかない罪の中を歩き続けた自分にほとほと愛想が尽きていたことでしょう。しかし、そのような自分になお愛想を尽かさない方がおられるのです。おられるべきでないその場所に一緒に立って下さるお方がいるのです。

この十字架の上での対話の中に、教会の救いが、そして私たちの救いが示されている。そして主イエスはその救いの出来事は「今日」起きるのだと語るのです。遠い将来のことでも死後のことでもなく、み言葉に信頼する「今、ここで」起きる神の出来事だと語るのです。

私たちは誰もが逃れることの出来ない死への道を歩むものであります。しかし、そのような私たちに、み言葉は死を越えた命が、来るべき主のご支配が確かであるという約束と平安を与えて下さるのです。

私たちがどのような困難や苦しみの中にあっても、神様を呪うような言葉を吐いてさえも、しかし、その私の傍らに主イエスは共にいて下さるのです。「あなたは今日私と一緒に楽園にいる」。このお方こそ私たちの救い主、インマヌエルの主なのであります。

○ ○ ○ ○

人知ではとうてい測り知ることの出来ない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。

2013/03/24  むさしのルーテル教会 棕櫚主日礼拝

「人はパンだけで生きるものではない」 大柴 譲治

                         ルカによる福音書4:1-13             



さて、イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、(2)四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。(3)そこで、悪魔はイエスに言った。「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。」(4)イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。

<はじめに>


 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

「人はパンだけで生きるものではない」

「人はパンだけで生きるものではない」。これは私たちの心に深い余韻を残す言葉です。先週の聖灰水曜日から四旬節・レントが始まりました。この言葉を心に豊かに響かせながら、それは日曜日を除く40日の期間、主が十字架への道を踏み出し始めたことを覚えて過ごしたいと思います。

 「人はパンだけで生きるものではない」。これは申命記の8:3からの言葉です。旧約聖書の最初の五つの書物は長くモーセが書いたと信じられてきたために「モーセ五書」と呼ばれてきました。特に五番目の申命記はモーセの「遺言説教」が記されている書物です。そこにはモアブの荒野においてモーセが死を前にしてイスラエルの民に語った三つの告別説教が記されています。①第一説教(1-4章):40年にわたる荒れ野の旅を回想して神への忠実を説く。②第二説教(5-26章):中心部分をなしていて、前半の5章から11章では十戒が繰り返し教えられ、後半の12章から26章では律法が与えられている。③第三説教(27-30章):神と律法への従順、神とイスラエルの契約の確認、従順な者への報いと不従順な者への罰が言及される。④説教後にモーセは来るべき自らの死への準備をし、ヨシュアを後継者として任命する。その後、補遺部分が続く(32-34章)。ⓐ32:1-47は、『モーセの歌』。ⓑ33章では、モーセがイスラエルの各部族に祝福を与える。ⓒ32:48-52および34章では、モーセの死と埋葬が描かれてモーセ五書の幕が閉じられる。

 「申命記」はヘブル語では「ダバリーム」と呼ばれます。「ダバリーム」とは「言葉」を意味するヘブル語「ダーバル」の複数形です。モーセを通して語られた神の言葉という意味です。英語では「Deuteronomy(第二の律法)」と呼ばれます。これは旧約聖書のギリシャ語訳である70人訳聖書から来ていて、申命記17:18にある「律法の写し」という語が「第二の律法」と誤訳されたことに由来します。日本語訳の「申命記」とは漢語訳聖書から取られた呼び方で、「繰り返し(重ねて)命じる」という意味の漢語です。

 申命記8章には次のようにあります(1-6節)。「(1)今日、わたしが命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる。(2)あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。(3)主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。(4)この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。(5)あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。(6)あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい」。ここで申命記8:3にあるように、人はパンだけで生きるのではなく、人は「主なる神」の口から出るすべての言葉によって生きることを、苦しみと飢えとマナとを通して、神は私たちに知らせてくださるのです。


 <「命のパン」「マナ」としてのキリスト>

 『人はパンだけで生きるものではない』。ルカ福音書はこの一言だけを主イエスに語らせています。マタイ福音書は「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(4:4)とより正確に申命記8:3の言葉を引用しているのですが、マタイ福音書が記録している後半部分を、ルカは沈黙の中に響かせていると申し上げることができましょう。人間が神のかたちに造られており、神から与えられる「命のパン」マナによって生かされることを出エジプト後の荒野の40年はイスラエルの民に教えたのです。「神のみ言葉ダバリームこそが命のパンだ」と言うのです。飢え渇きの中で神を忘れて生きるのではなく、飢え渇きの中でこそ荒野の40年を思い起こし、「神」との生き生きとした関係に生きることが求められている。御言こそが私たちを本当の意味で生かす日毎のパンなのです。「われらの日毎の糧を今日も与えたまえ」と主の祈りで私たちは祈りますが、神が私たちを日ごとのパンである

 マナをもって毎日新たに生かしてくださるのです。

 <大阪での二つの葬儀に参列して>

 私は2/8(金)に大阪教会で行われた小泉潤先生の告別式に賀来先生や中山康子さん等と参加してきました。小泉先生は2/5(火)にご家族が看取られる中で胃癌との闘いを終えて78歳のご生涯を閉じて天へと帰って行かれたのです。450人以上の人が集まる、いかにも小泉先生らしいご葬儀でした。自分の葬儀への招待状を小泉先生は自らのお名前で出されるほどでした。お別れの会は三部構成になっていました。第一部は告別礼拝で、長女の道子さんの独唱アメイジンググレイスに始まり、滝田先生の司式、江藤先生の説教で厳かに進められてゆきました。第二部は立野泰博先生の司会によって、小泉先生にゆかりの深い8人の方が思い出を語りました。小中学校の同級生、神学校の同級生だった田中良浩先生、滋賀県の憲法9条の会の代表の方、最後は小泉先生から受洗して牧師になった8人を代表して総会議長の立山忠浩先生(池袋教会)が「この人についてゆけば間違いはないと思わされた」と思い出を語られました。第三部はケイタリングによる食事会、祝宴が準備されていました。そして出棺です。すべてを小泉先生の指示通りに実行してゆかれたご家族も大変であったと思います。小泉先生の最後の言葉は祝祷であったということでしたが、「皆さん、また天国で会いましょう」と先生は笑顔で旅立ってゆかれたのです。

 その足で岡山入りし、先週の変容主日には高村敏浩先生が牧する岡山教会で礼拝説教と「たとえ明日世界が終わるとも、今日わたしはリンゴの木を植える」と題して講演をしてきました。ルカ福音書だけに、まばゆい姿に変えられた主イエスが、律法の代表であるモーセと預言者の代表であるエリヤの二人と、「イエスがエルサレムで遂げようとされておられる最期について話していた」とありました(ルカ9:31)。ここで「最期」と訳されている言葉は「エクソドス」という言葉です。これはルカだけが主の山上での変容の出来事を記録する中で使っている言葉ですが、それは「エクス(外へ)」「ホドス(道)」即ち「突破口、脱出路」という言葉です。英語で聖書を読まれる方はexodusと聞くとピンとこられることでしょう。そうです、出エジプトを英語ではエクソドスと呼ぶのです。イエスの十字架が、私たちを罪と死の奴隷状態から解放する新しいエクソドス、出エジプトの出来事であることがそこでは語られていたとルカは言うのです。「塵から出たものは塵に帰ることを覚えよ」と言われていた状況が、主の十字架と復活によって完全に変えられていった。死は終わりではない。墓は終着駅ではない。キリストが十字架の上に復活に至る突破講を開いてくださったのです。


 私は岡山からの帰り道、2/11(月)に京都で2/5から入院していた私の従姉妹を見舞って帰ってきました。彼女は一年三ヶ月程前から子宮ガンを患い、治療のために結婚して住んでいた米国ヴァージニア州から単身郷里の大阪へと帰国。免疫療法でずっと頑張ってきたのですが、今年の1/20頃から痛みが激しくなって入院していました。私が見舞った翌日、44年間の生涯を終えて静かに天へと帰ってゆきました。2/13(水)-14(木)に吹田にある日本基督教団の大阪城北教会で葬儀が守られました。2/13は聖灰水曜日でした。私は再度2/14-15と大阪入りし、告別式と火葬に参列いたしました。一週間に二度目の葬儀に参列することになりました。大阪城北教会は私の父が学生時代に洗礼を受けた父の母教会でもあります。従姉妹の家族も皆その教会員でした。告別式では林牧師が故人の真剣な信仰生活に言及してくれました。米国からご主人がかけつけたのですが飛行機の遅れで告別式には間に合わず、出棺を一日延ばして火葬に立ち会うことになりました。通訳も兼ねて私がアテンドしてきた次第です。

 二人の信仰者の生と死と葬儀とは私に再度、『人はパンだけで生きるものではない』という事実を明らかにしてくれたように思います。私たちは神の口から出る一つひとつの言葉によって生きる。「神の言ダーバル」こそが私たちの真の意味で「命のパン」「マナ」なのです。パンとブドウ酒を差し出して「取って食べなさい。これはあなたがたのために与えるわたしのからだ。これはあなたがたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言ってくださる主イエスこそ、私たちを生かす「生ける神の言」であり「まことのパン」「生命の水」なのです。このキリストを信じ、キリストにすべてを委ね、キリスト・イエスの日に向かって生きる。

 この世の旅路は荒野の旅でもあります。不条理な悲しみや苦しみや死に満ちている。神の憐れみなしには生きて行けないほど暗い死の世界です。しかしその闇の中に降り立ってくださったお方がいる。このお方は、私たちをこの死の闇から救い出す「突破口(エクソドス)」になるために十字架の苦難をその身に引き受けてくださったお方です。このお方を仰ぎ見ながら、このお方に従って、私たちはこの40日間を歩んでまいりたいと思います。お一人おひとりの上に神さまの守りと導きとが豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

 

<おわりの祝福>

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2013年2月17日四旬節第一主日礼拝説教)


 

「神は走り寄る」 永吉 穂高牧師

ルカ15:11-32

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

先月から、私たちは四旬節の時を過ごしています。四旬節とは、灰の水曜日(今年は2月13日)から、主日の礼拝を除いた復活祭(イースター)までの40日間を表します。この期間に、ある人は「私はお酒を飲まない」と決心し、またある人は「私は甘いものを控えるわ」と、それぞれ普段の生活で楽しみとしているものを我慢する試みをします。たとえ小さな決心だとしても、主イエスが歩まれた苦しみを他人事とせず、自分の生活と結び付けて追体験するために我慢するのです。
この40日間は、主イエスが荒れ野で断食し、神から離れるよう誘惑を受けた日々と重ねられており、それと同時に、主イエスの生涯のクライマックス、伝道の旅の終わりに待ち受ける十字架の出来事を思い起こす時でもあります。クリスマスやペンテコステなど、教会の行事は幾つもありますが、私たちキリスト者にとって最も大切な記念の時は、この四旬節と復活祭であるイースターです。私たちが毎週の主日礼拝で与えられる福音は、このイエス・キリストの苦しみと十字架での死、そして復活があったからこそ輝き、私たちを力づけ支える力となるのです。
本日、私たちへと与えられた御言葉は、教会では有名な「放蕩息子」の物語です。十字架への道のりで苦しみを受けられた主イエスの歩みを思い起こしている今、主イエスは、主人と二人の息子の物語を通して、神の愛とはどのようなものであるのかを、私たちへと教えておられます。ご一緒に福音から聴いてまいりましょう。

皆さまはそれぞれに、これまでの人生で取り返しのできない失敗をしたことがお有りでしょうか。良かれと思って行ったこと、自分自身が正しいと思って行ったこと、また、欲に負けて行ってしまったことなど、その結果、自分自身で処理できる問題であれば良いですが、もし大切な人に深い傷を負わせてしまったならば・・・、これほど恐ろしいことはありません。肉体的な傷はもちろん、心に傷をつけてしまった場合も、痛みはなくなったとしてもその傷は残り続けます。一度崩れてしまった関係が修復されることは難しいことを、私たちは知っています。「そんなはずじゃなかった。あの時はおかしかった」。そのような言葉は空しく、喉の奥に引っかかったまま、飲み込むほかありません。しかしながら、気をつけていても、生きている限り誰しもがそのような状況に陥ってしまうのです。
「つまづきは避けられない」との主イエスの御言葉を思い起こします。
その意味でも、主イエスが語る「放蕩息子」の物語は、実感を伴って響いてきます。

父とその二人の息子。父は主なる神であり、息子とは私たち人間のことを指しています。
ある時、二人の息子の内、弟が父へと財産の分け前をねだりました。そこで、父は兄と弟へと半分ずつ財産を手渡します。弟はすべての財産をお金に代えて遠い国に旅立ち、放蕩の限りを尽くして財産を使い果たしました。ところが、その地方に飢饉が来たとき、彼は誰にも助けてもらえなくなったのです。お金によって繋がった関係ほど脆いものはありません。ついには、豚の世話をするまでに、生活は苦しくなっていきました。
すべての希望の光が消え失せようとしていたそのとき、弟は父の豊かさを思い出しました。望む前から必要なものは与えられ、これまで生きてくることができたこと。自己中心的な願いにもかかわらず、自分の分の財産を惜しむことなく手渡してくれたこと。すべてを失ったときに、はじめてこれまでどれほど恵まれていたのかを弟は知ったのです。

もはや、生きていくために残された道は一つだけです。彼は、息子と呼ばれる資格がなくとも、父のもとに居たいと願ったのです。
「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」(15:18-19)。
きっと弟は、父から拒否される覚悟もしていたことでしょう。その足取りの重さは想像も及びません。

しかし、弟のいだいていたそれらの思いとは異なり、父はまだ遠く離れていたのに走り寄り、一つの言葉も発する前に彼を強く抱きしめたのです。叱責するどころか跡取りの儀式のように手厚く迎え、その帰りを心から喜びました。
これほどまでに、大切に想われていたにもかかわらず、その父の思いにすら気づけず、むしろその愛を踏みにじりってしまったことを、弟は後悔したことでしょう。
けれども、赦されるだけにとどまらず、再び息子として生きる道が与えられたのです。この父の姿が、「赦してください」という言葉を飲み込み、むしろ痛む心で「雇い人の一人にしてください」と語った息子にとって、どれほどの慰めなったことでしょう。しかも、主人としてではなく、彼の父として心から愛しているという、たった一つの理由のみで、です。
これこそ、私たちへと注がれる父なる神・主なる神の深い愛にほかなりません。

私は、以前大切な人を裏切ってしまったことがあります。信じ続けてくださっていたその方の思いには気づかず、自分の思いだけで行動してしまった結果、その方から深く傷ついた、と告げられたのです。その方は、涙を流しながら「お前は本当に馬鹿だ。なぜ、そんなことをしたのか」と、歯を食いしばって語られました。私はその方の涙を見たときに初めて、取り返しのつかない事をしてしまったのだと気づきました。
「大切な人を失ってしまった。もう赦されないだろう。なぜ、こうなる前に気づけなかったのだろう」。さまざまな思いが浮かんできましたが、もはや事実は消せません。どうすることもできぬまま、その沈黙の中で後悔に身を浸すことしかできませんでした。
しかし、その方はおっしゃいました。「お前は嘘をついたのかもしれない。俺を騙そうとしたのかもしれない。俺には分からない。でも、俺はお前を信じている。信じている。」
私が手渡したのは、裏切りでした。しかし、その方は私を大切に思う気持ちというただ一点において、赦し、信じてくださったのです。そのとき、初めて真に赦されることを知り、号泣しました。その方を通して、神さまの愛と赦しを知らされたのです。

大柴先生は、よく「人の価値はdoingではなくbeingだ」と言われます。何かができるからではなく、私たちの存在そのものに価値があるという意味です。私たちの信じる神さまは、私たちの存在そのものを喜び、愛してくださる方です。だからこそ、負い目や罪をかかえている私たちを見つけ、走り寄ってその御手に抱きとめてくださるのです。それは、決して私たちの側の努力によるものではないのです。

他者に言えない醜い自分というものは、誰しもの心の中に存在するものであろうと思います。それが見えないように、心に鎧をつけたり、仮面を被って生きることもあります。本当の自分はちっぽけで、決して胸を張って自慢できるようなものではないからです。けれども、私たちが隠そうとしている自分の醜さを全てご存知の上で、主は私たちを生かしてくださっています。何か能力があるからでも、誰かの役に立つからでも、地位や名誉があるからでもなく、私たちを愛するがゆえに、一回一回のこの鼓動を打たせ続けておられます。

私たちは知っておきたいのです。弟の戸惑いとは異なり、父は祝宴をひらかれたのだということを。決して、弟自身が頼んだわけではありません。放蕩息子が帰ってきたことは、父自身の大きな喜びだったのです。
私たちが主に見出され、救いが与えられること以上の喜びが、私たちを見つけ出された主御自身にあります。私たちがどう生きているか、何ができるかということにかかわらず、私たちが主と共に歩む者としてここに存在することで、天は喜びに満たされます。たとえ、老いや病によって出来ることが少なくなって行くとしても、主の喜びは決して色あせることはないのです。

父によって赦され、受け入れられ、後悔を拭われた弟は、この後どのように生きたのでしょうか。また、主と出会った私たちの人生は、どのように変化していくのでしょうか。実感した愛は、決して消えることはなく、私たちの人生に輝き続けるのです。

受難節は主の苦しみを思い起こすときです。しかし、その苦しみの奥に示された愛を私たちは知っています。イースターへの歩みの中で、私たちの存在そのものを喜ばれる主の愛に、身をゆだねたいと願います。

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。アーメン

「真の神を神とする信仰」  大柴 譲治

マルコによる福音書 12:28-34 ◆最も重要な掟



<はじめに>

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

<アフリカの諺>

先週11月3日(土)にここで行われたバザー&フェスタは、私たちむさしの教会の底力のようなものを感じさせてくれた一日でした。来場された方は千人を越えていたでしょうか。少し肌寒い日でしたが、教会の周囲では賀来先生をはじめ壮年会の方々が黙々と自転車の整理を行ってくださり、あたかも教会が天使たちに見守られているような思いを私たちに感じさせてくれました。

またフェスタでは、のぞみ幼稚園の子供たちによる讃美に始まってコーラスや手品、レベッカ・フラナリーのハープ演奏や教会員によるフラダンス、萩森英明トリオやKAZUKI氏によるアコースティックギターなど、12のグループによる見事なパフォーマンスがありました。その中でも私たちの度肝を抜いたのはアフリカの打楽器のパフォーマンスでした。旧中杉通りに最近できたアフリカの太鼓を作るお店に集まる青年たちが10人ほどでアフリカのリズムを私たちの前に披露してくださったのです。会堂全体が大きな太鼓になったかのように響き渡りました。その大音響に驚いた方も少なくなかったと思いますが、生きていることの躍動感を感じさせてもくれた印象的な一時でした。

その音楽を聴きながら私は以前に聞いたアフリカの諺を思い起こしました。それはこういう言葉です。「もしあなたが速く歩きたいならば、ひとりで歩きなさい。けれども、もしあなたが遠くまで歩きたいならば、誰かと一緒に歩きなさい」(サミュエル・コビア前WCC総幹事)。誰かと一緒に歩くことで歩み自体は確かに遅くなるかもしれないけれども、助け合って遠くまでたどり着くことができる。その諺は、互いに助け合い、支え合いながら共に歩むことの大切さを適確に表現していてなかなか味わい深い言葉であると思います。

人生は「旅」に譬えられます。旅の楽しみは確かに「目的地」に到着することですが、それ以外にもいろいろな楽しみ方があります。旅の途上の一つ一つの自然との出会いや風景を楽しむことや、仲間と共に旅すること、フラッと入った食堂や土産物店を楽しむことなど、旅の「プロセス」を楽しむという楽しみ方もあります。多くの人が出入りする私たちの「教会」は、人生という旅を共に歩む者の群れをも意味しています。先日のバザー&フェスタで私たちが分かち合うことができたのは、そのような旅の味わい深いプロセスの一つであったと思います。子どものおもちゃを扱っていたトムテの笠井さんは「バザーとフェスタのどちらか一方を行う教会はいくつも知っているが、両方同時に行っている教会は他に知らない」とおっしゃっておられました。ぶどう園の祝宴を共に楽しむことができた一日であったことを神さまに感謝したいと思います。

 

<牛丸省吾郎牧師の召天報に接して>

そのバザー&フェスタが行われたのと同じ日でしたが、11月3日に引退牧師の牛丸省吾郎先生が90歳で天の召しを受けられ、11月8日に東京池袋教会でご葬儀が行われました。牛丸先生はお父様の牛丸捴五郎先生(在任は1929-41年)と合わせると、50年近くの長きに渡って親子二代で東京池袋教会の牧師を務められた牧師でした(省吾郎先生の在任期間は1952-87年)。26年前に私が牧師になった際に、それは1986年の2月の終わりに東京教会で開かれた「神学校の夕べ」で、教師会を代表して私に「贈る言葉」を下さったのが牛丸省吾郎先生でした。私はその年に「一番」の成績で神学校を卒業しました。その年は実は私一人しか卒業生がいなかったからです。当時西教区長であった小泉潤先生などから私は「金の卵」と呼ばれていました。能力があるとか期待されているという意味ではありません。神学校を維持するのに「一億円」ものお金がかかっていて、その年のたった一人の牧師を養成するためにそのお金がかかっているという意味で「金の卵」と呼ばれていたのです。もともと私には神学校の同級生として立山忠浩先生や野村陽一先生、山田浩己先生、永吉秀人先生、太田一彦先生などがいましたし、立野泰博先生、富島裕史先生など神学校に少し先に入った一年後輩もいました。しかし諸般の事情で、結局気がついたら1986年の卒業生は私一人になっていたのです。そういうわけで、その年のすべての行事は私一人のためだけに行われてゆくという、ある意味では大変に贅沢なかたちで「神学校の夕べ」を迎えたのでした(ちなみに1984年と1988年も神学校の卒業生は一人だけでしたが)。学生は一人しかいないので授業は休むわけには行きません。ある授業などは三対一の授業もありました。先生が三人おられたのです。贅沢な授業ですね。私自身が神学校で後継者養成に関わるようになって毎年按手式の時期に強く思うことは、一人の牧師が生み出されてゆくことの背後には実に多くの方々の祈りと支援とがあるということです。そのような中で連綿と牧師たちが毎年生み出されてきたことに深い感慨を抱きます。

牛丸省吾郎先生が神学校の夕べで語って下さったのは、モーセについての言葉でした。モーセは出エジプトの時に人々を引き連れて真っ二つに避けた紅海を渡ったことで有名な揺るぐことのない民のリーダーです。シナイ山では神から十戒を与えられています。

牛丸省吾朗先生は、モーセは目の前に拡がる海を前にし、後ろからはエジプト軍が追いかけてくるし、自分の背後にはエジプトを脱出しようとする何万人もの(出エジプト12章や38章によると「壮年男子だけで60万人」!)イスラエルの人々がいる。モーセの後ろ姿は、イスラエルの民に対しては確かに迷いのない強力なリーダーシップを取る指導者の姿を示していたとしても、ひとたびその前に回って見るならば、モーセの顏はその責任の重さに歪み、どちらを向いても八方塞がりの行き詰まった状況の中で涙を流し、自分の無力さを感じながらオロオロと震えていたに違いない。その孤独と重責に耐えつつ、モーセは神にすべてを託していったのだというお話しを牛丸先生は先輩からの贈る言葉としてしてくださったのです。私には忘れることができない言葉でした。それは困難な時代を牧師として生き抜いた牛丸先生ご自身の信仰の告白でもあったと思います。

インド人カトリック司祭のアントニー・デ・メロ神父の言葉を思い起こします。「モーセが紅海に杖を投げ入れても、民の期待した不思議は起きなかったという。潮が引き、海面が二つに割れ、ユダヤ人の前に乾いた通路ができたのは、モーセがその身を海に投じた、まさにそのゆえであったと言い伝えられている」(『蛙の祈り』)。神をひたすら信頼して自分の身を投じていったモーセの姿は私たちの心に忘れ得ぬ印象を与えます。

 

<最も大切な掟>

本日の福音書の日課には二つの最も大切な掟が出てきます。それは、モーセの十戒は二枚の石の板に書かれていたのですが、それを二つにまとめたものであると考えられています。「第一の掟」は「イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」というものであり、「第二の掟」は「隣人を自分のように愛しなさい」というものです。「この二つにまさる掟はほかにない」と主イエスは言われます。

モーセの十戒の第一戒は「わたし以外の何ものをも神としてはならない」という戒めでした。真の神を神とする信仰。真の神以外を神としない信仰、絶対化しない信仰。これが求められているのです。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」という第一の掟はこの第一戒と重なります。

しかし、このような信仰にどうすれば私たちは与ることができるのでしょうか。自分の努力や熱心さによってはこのような信仰に到達することができないことを私たちはよくよく知っています。自分の力によってはそれは獲得できない。それは私たちのためにあの十字架に架かってくださったお方によって可能となる事柄なのです。「新しいモーセ」であるイエス・キリストがあの十字架の上に身を投げ打ってくださったがゆえに、私たちの前に海が真っ二つに裂け、暗黒の海の直中に一本の救いに至る道が現れたのです。それが突破口でした。キリストの十字架の出来事は神の約束の地に至るための新しい出エジプトの出来事でした。このキリストが開いてくださったひとすじの道を私たちは共に歩むのです。昼は雲の柱、夜は火の柱を持って神はその民を導いてくださる。荒野の四十年の旅を日毎のマナをもって養ってくださるのです。

私たちが人生の中で行き詰まる時にも、涙する時や恐れに身がすくむときにも、キリストを見上げる時に、ただ真の神を神とする「信仰(ピスティス)」、これが上から無代価で、無条件で、神の恵みとして贈り与えられてゆきます。この神の「まこと(ピスティス)」がそれを受け取るすべての人を義としてゆくのです。

「もしあなたが速く歩きたいならば、ひとりで歩きなさい。けれども、もしあなたが遠くまで歩きたいならば、誰かと一緒に歩きなさい」というアフリカの諺を思い起こしながら、ご一緒に旅を続けてまいりましょう。「新しいモーセ」であるキリストがこの群れの先頭を歩んでくださいます。このキリストに従って、ご一緒にキリストと共なる新しい一週間を踏み出してまいりましょう。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。

アーメン。

 

<おわりの祝福>

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。

アーメン。

 

(2012年11月11日 聖霊降臨後第24主日 礼拝説教)



「ありえないことの目撃者」 大柴 譲治

マルコによる福音書6:45-52

<「嵐」と「聖霊」>
 人生には「嵐」と呼ぶべき「時」があります。自分ではどうすることもできない「突風」が思わぬかたちで吹く時がある。その「嵐」が過ぎ去るまで私たちはじっと耐えて待つか、その嵐を乗り越えてゆくために果敢に立ち向かってゆくしかない。
 本日の福音書マルコ6:45-52にも「嵐」が記されています。ガリラヤ湖ではしばしば「突風」が吹きました。マルコ4:35-41にも突風を静める主の姿が記録されています。ガリラヤ湖は南北が21kmで東西が12kmの、琵琶湖の1/4ほどの大きさの湖です。それは海面下211mの盆地にあり、ちょうどすり鉢のような形をした地形になっていました。北には海抜2800mのヘルモン山を含む広大な高原が広がっており、ここからの寒気がガリラヤ湖に向かって吹きおろすことがありました。所謂「ヘルモン颪(おろし)」ですね。この寒気によって凪いでいた湖面も突如として荒れ狂うことがあり、弟子たちもこれに遭遇したのです。
 私は先週、大阪教会での「るうてる法人会」研修会に行ってきました。帰りがけに市ヶ谷教会の中川浩之兄と琵琶湖の畔に小泉潤先生をお見舞いしてきました。定年教師の小泉先生は胃癌と闘病しながらも(既に胃を全摘)最近はカナダやドイツを訪問するなどお元気になさっておられました。小泉先生は車を運転して近くの蓬莱山中腹の琵琶湖バレーに連れてゆき、ウィリアム・メレル・ヴォーリズのお話をしてくださいました。ヴォーリズは熱心な米国人信徒宣教師で、最初は英語教師だったのですが、建築家として有名です。また、YMCAを通して活発に活動し、近江兄弟社を起こしてメンソレータムを販売したことでもよく知られています。そこから「青い目をした近江商人」とも呼ばれました。地域のニーズに応えて病院や幼稚園をも設立しています。日本人の女性と結婚し、日本を愛し、日本に帰化し、日本で亡くなられた人でもありますが、「近江ミッション」を設立して琵琶湖にガリラヤ丸という船を浮かべて伝道をした人であることを小泉先生は教えてくださいました。
 神は常に「聖霊」を送って人を起こされます。聖霊自体は私たちの眼には見えませんが、何かが動くことでそこに風が吹いていることが分かるように、聖霊によって動かされた人の働きを通してそこに神が生きて働いておられることを私たちは知るのです。その意味では、ヴォーリズの働きも、小泉先生の働きも、そして私たち自身の働きも神の聖霊によるものであると言うことができましょう。

<そばを通り過ぎようとされる主イエス> 
 聖書を見てゆきましょう。「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間に御自分は群衆を解散させられた」(45節)。この場面は五つのパンと二匹の魚で五千人に食事を与えた場面に続いています。主が弟子たちを「強いて舟に乗せ」たという表現が気になります。イエスさまご自身は「群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた」(46節)とあるように、祈るために一人になりたかったのでしょう。強いて舟に乗せられた弟子たちは嫌な予感を持ちながらも出発しました。弟子たちの何人かは漁師でしたからガリラヤ湖のことは小さい頃からよく知っていました。47節もイエスがいなかったことを強調しています。「夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた」。通常であれば数時間で湖を渡ることができるのに、夕方から明け方まで、彼らは突風の中で木の葉のように揺れ動きながら生きた心地がしなかったに違いありません。漁をする者たちにとっては「板子一枚下は地獄」ですから「風を待つ」「時を待つ」ことは死活問題でした。
 そこに不思議なことが起こります。イエスが湖の上を歩いて近づいてくるのです。ありえない話です。「ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた」(48節)。そばを通り過ぎようとしたというのも不可思議です。主は弟子たちをまっすぐに助けに行ったのではなく、船を追い抜いてゆこうとされた。主は恐らく別の目的地(エルサレムおよびゴルゴダの十字架)を見ているのでしょう。祈るために一人になろうとされたのにもそのような意図があったと思われます。通り過ぎようとされたということにはかつて「あなたの栄光を見せてください」と願うモーセに神はその背中を見せられたという出来事が想起されているのかもしれません(出エジプト33:18-23)。あるいはそこには嵐の中で主に見捨てられたように思った初代教会の思いが表れていたのでしょうか。

<「クォヴァディス、ドミネ」> 
 「そばを通り過ぎようとされた」という言葉で私が想起させられるのはポーランドの作家ヘンリク・シェンキェヴィッチの『クオヴァディス』(1895)という作品です。時代は1世紀後半、場所はローマ。キリスト教徒への迫害は日を追うごとに激しくなり、虐殺を恐れて国外へ脱出する者も増えていました。ペトロは最後までローマに留まるつもりでしたが周囲の強い要請により渋々ローマを離れることに同意します。夜中に出発してアッピア街道を歩いていたペトロは夜明けの光の中で自分に近づいて来られる主イエスの姿を認めます。ペトロは跪いて尋ねます。”Quo vadis, Domine? “ラテン語で「主よ、あなたはどこに行かれるのですか」という意味です。ヨハネ13:36でペトロが「鶏が鳴くまでに三度わたしを知らないと言うであろう」と予告されている場面に出てくるのと同じ言葉です。主は言われます。「あなたがわたしの民を見捨てるのだから、わたしはローマに行って、もう一度あなたの代わりに十字架に架かるのだ」。しばらく気を失っていたペトロは起き上がると今度は迷うことなく来た道を引き返してゆきます。そしてローマで捕らえられ、十字架にかけられて殉教してゆきました。ペトロにとって「キリストへの服従」は文字通り「自分を捨て、自らの十字架を負ってキリストに従ってゆくこと」だったのです。

<神の介入に目を開かれて>
 主イエスが「逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた」(48節)のは、主がゴルゴダの十字架を見据えてそれに向かってひたすらまっすぐに歩み続けておられることを示しています。出口(終わり)の見えない厳しい迫害と殉教というヘルモン颪の中で迷いや恐れや不信仰の壁にぶつかって漕ぎ悩み、前にも後ろにも進むことができずにいた初代教会の現実が、この出来事には重ね合わされているのでしょう。50節以降はこう続きます。「しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない』と言われた。イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである」(50-52節)。主の確かな声が彼らには必要でした。
 この主の水上歩行のエピソードは、出エジプトの出来事と同様、私たち人間の現実に対する「神の介入」が主題です。人にはできなくとも神にはできないことはない。私たちの日常生活の中でこの神の介入を目撃した人間は大きく変えられてゆきます。それが聖霊の働きです。人生の「嵐」の中にも神の「聖霊」が働くのです。
 「パンの出来事」とは、主が五つのパンと二匹の魚をもって五千人の飢えを満たされた出来事です。ここで弟子たちは「心が鈍くなっていた」と言われます。主の行われた神の介入を示した数々の御業(①12人の派遣と②五千人の給食、そして③水上歩行の出来事)を見ても弟子たちは心を開かず、かえって心を鈍く頑なにして、その事柄の向こう側に示されている大切な意味(神の真実)を見ようとしなかったということでしょう。否、私たちには神の真実を見ることはできないのかもしれません。人間の常識や思い込みや理性の限界があるからです。「そんなことはありえない」と私たちは頑なに思い込んでいるのです。神が介入してくださっているのにそのことの目撃者とされているのに、それでもそれを信じようとはしない私たちの鈍く頑なな姿がそこに浮かび上がっています。その出来事によって心が開かれるはずなのに、逆に心が固く閉ざされてしまう人間の現実がある。しかしそのような私たちの心を愛によって打ち砕き開くために神はその独り子をこの地上に派遣し、この礼拝共同体である教会を私たちに与えて下さいました。ペトロ同様、私たち自身も今日ここで、傍らを通り過ぎてゆこうとされる主のリアリティーを感じるよう招かれています。「クォヴァディス、ドミネ」

<神に向かって心を開くということ>
 逆に、神の介入に対して柔軟に心を開き、それを受容する者の姿も聖書には記されています。特に私はここで、イエスの母マリアが受胎告知を受けた場面を思い起こします。ルカ福音書1:38で受胎告知を受けたマリアはこう告白しました。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」。
 神の不思議な介入に対して、ありえないことの目撃者として、私たちもまた「アーメン(然り)。お言葉どおり、この身になりますように」と答えてゆく者となりたいと思います。心が頑なで神の恵みの御業を認めることができない私たちです。しかしその不信仰な私たちを信ずる者へと造り変えるために主イエス・キリストはこの地上に降り立ってくださいました。キリストの愛、キリストの御業こそが私たちを造り変えてゆく力を持っています。ただキリストに私たちの眼を向け、どのような時にもキリストを見上げることが、私たちに嵐を乗り越える力を与えてくれる。私たちを救うお方はキリストしかないのです。
 洗礼を受けてクリスチャンになれば苦しみや悲しみがなくなるというわけではありません。「嵐」がなくなるわけではない。しかし私たちはその嵐の海のただ中で、絶望のただ中で、それに耐え、それを乗り越えてゆく聖霊の力を、苦難を背負い、十字架にかかってくださったあのお方の「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」というみ声から得るのです。ここに私たちの信仰者としてのアイデンティティーがあります。教会としてのアイデンティティーがある。迫害の嵐の中でもキリストが必ず共にいましたもう。湖の上を歩き給うキリストは、紅海を歩いて渡ったモーセの姿がそこに重ね合わされているのでしょう。私たちは新しいモーセである主イエス・キリストのみ後に従って人生という荒野の旅を続けてゆくのです。あるいは、洗礼を通して私たちが古い自分に死に、新しいキリストにある自分としてよみがえるということが意味されているのでしょう。そのことを想起しつつ、心に刻みつつ、私たちは新しい一歩を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。 
アーメン。
(2012年8月26日聖霊降臨後第13主日礼拝)

説教 武蔵野教会礼拝「今ここが」  伊藤早奈

マルコ4:26-34

祈り)天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。そして今朝、武蔵野教会の礼拝へとあなたによって招かれましたお一人お一人の方と神様あなたからのみ言を通して出会うことが赦されましたことを感謝致します。蒸し暑い日が続いております。自分の思う通りに動けなかったりする日も少なくありません。どうかお一人お一人の心と体の健康を神様あなたによって支えられていることを私たちが思い起こし一瞬一瞬を歩んでいくことができますように。これから語られます神様あなたからのみ言、この語る者を通してあなたがここにおられるお一人お一人へとお語り下さい。この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してお祈り致します。アーメン。

「また、イエスは言われた。神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、つぎに穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと,早速,鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」マルコ4:26-29 と「神の国」のたとえをイエス様は語り始められます。

「神の国」とはどんなところなのでしょうか?どこか遠いところにある私たちが「ここに行けば安心で幸せが用意されているはず。」と思うような完成された場所なのでしょうか?「神の国」とは神様のみ心が働くところです。今,私たちが生きているこの場所も神様のみ心が働くところ。「神の国」なのではないでしょうか。

神のみ心が働いているといくら言われたとしても、目には見えないし触れる事ができないからわからない。と言われる方も少なくないと思いますが,本当に私たちは神様から送られているみ心が見えないのでしょうか?今朝,与えられました聖書のみ言よりご一緒に聴いて参りたいと思います。

私たちが生きてるところにはたくさんの目に見えて手に触れるものがあると同じくらい目に見えない手でも触れる事ができないものもたくさんあります。

昨年の3月11日に起きた東日本大震災を私たちはいろんなかたちで経験しました。今でも心に傷をおわれ言葉にできることがあっても 言葉にできない現実や深い思いをたくさん持たれている方も多いでしょう。それまで漠然と感じていた目には見えなくて触れることもできない存在があるという確かさを今いろいろな意味で感じておられる方も少なくないと思います。目には見えず予想もできない自然の力や放射能。そして死ぬか生きるかの境目など。しかし確かに「目に見えない」「触れることのできない」確かなものがあります。それは人の思いや心、優しさや悲しみ苦しみ、人と人との絆、そして命。そして今一人一人と共にある神様からの信頼や愛そして一人一人を待つという神様からのみ心です。

一人一人の思いはイエス様のお名前を通して「祈り」へと変えられます。イエス様と言葉にしないとしても目に見えない絆は人と人との繋がりになります。そして放射能は目に見えない得体の知れない恐怖や後悔から「時」が与えられ、私たちを未来へと繋がる反省と希望へと導びきます。私が今語っていることは、苦しい現実や悲しみのただ中にいる人にはきれいごととしか思えないかもしれません。しかし、目には見えないそして手でも触れる事ができない確かなものは神様のみ心によって「祈り」となり「人と人とのつながり」となり「時」を私たちに与えてくれます。

イエス様が語られる「神の国」の例えは、イエス様が人間のかたちをとってこの世に生きておられた時代に一緒に生きていて、イエス様の話を聞きに集まった会衆にはわかりやすくても、からし種って何だ?と言うような、からし種を見た事のない人にはわかりにくい例えかもしれません。しかし「からし種」がどういうものかわからない人は「神の国」がどういうものかわからないというものではありません。例えば朝顔の種や稲というように「神の国」は私たちが生きている今、ここに、とても身近にあると言うことなのです。

そしてイエス様が話される「神の国」の例えには人も出てくれば土も種も出て来ます。そして収穫の時に鎌を入れる人がいます。

やっぱり私たち人間が種に名前をつけて私たちが種にふさわしい畑を選んで種をそこに蒔いて私たちが神様に与えられた「時」を判断して鎌をいれなくてはいけないのだろうか。

聖書を読んでいるとき、私は「また自分で努力をしなければいけないのかな」と初めは正直思いました。しかし、努力できないときもあります。もし、自分が息切れして神様を忘れてしまうとしたら神様に見捨てられてしまうのでしょうか。どんなに身近にあると言われてもこれでは全く遠い存在と変わりません。

違うのです。イエス様がここで例えられている「人」とは神様なのではないでしょうか。そして「種」は私たち一人一人。私たちはもうすでに神様によってふさわしい土へと、畑へと植えられその一人一人の命を神様が信じて愛し一人一人の「時」を待っておられるのではないでしょうか。

「目に見えない」もので確かさを感じながらも、いつも私たち一人一人が時によっては「いらない」と言ってみたり「どうしてあるの」と思ってみたり「もう少し留まってくれ」と願うものがあります。

それは「命」です。

人は勝手なもので自分の「命」をなかなか存在してもいいものとは自分では認めることができません。自分の周りに亡くなった人がいると「どうしてあんないい人が死んで自分は生き残っているんだ」と神様を恨んだりもします。また、ありのままの自分が生きるのは周りの人に迷惑になるんじゃないかと罪悪感にかられる時もあるかもしれません。しかし、神様からのみ心が働くところである神の国は、静かにやさしく確かに、そのままの一人一人を包んで下さいます。

一人一人がそのまま存在することそれが神様のみ心だからです。

自分はなんで生まれてきたんだろう。って私もいつも思っていました。それは病気がわかるずっと前からです。幼い頃から教会へ通っていた私の疑問は「神様はなぜ私をお造りになられたのかしら」ということでした。そしていつしか劇的に悲劇のヒロインになって死ぬことが理想になっていました。私が幼い頃に「1リットルの涙」がドラマになっていればきっと私が今かかっている病気も私の憧れの病気の中の一つになってたのかもしれません。皆さんもご存知のように私は現在脊髄小脳変性症という現代の医学では治す方法がない進行性の神経難病です。この病気の診断は18年ほど前に受けました。その時は有名ではない病名に驚き戸惑うだけでした。まだ杖も必要なく自分の足で歩けていたし、人にたくさん手紙を書いたりして字を書くことも自由にできました。だからどんな自分になるか想像もつきませんでした。現在ではできないことが増えていて歩く事も字を書く事も自由にできなくなり、できなくなったことは数えるとたくさんあります。これからもどんどん増えていくことでしょう。

いつもみ言葉を準備している時も「これが最後に言葉を使って話す説教になるかもしれない」という思いでいっぱいになります。

自分が想像してたり考えていたことを遥かに超えたできごとは突然起こります。そのようなとき私たち人間は悲しみ苦しみ、怒ります。でもどう仕様もないこともどこかではわかってます。しかし神様のみ心は「そのままのあなたが必要です」と一人一人に語りかけられます。神様のみ心が働くところ全てが神の国です。

また、私たちは、見える見えないでは割り切れない世界に生きているのにいかにも見える見えないなどの価値観だけが世界であるかのように感じることが多くなっているのかもしれません。

ある日私は新聞で「命を考える」と言うような記事が載っているのを見ました。しかしその紙面の下に何倍もの大きさで帝国劇場で行われるミュージカルの宣伝が載っているのを見て、随分こっけいだなぁっと思わず心の中で苦笑してしまいました。

苦笑した後、ふと気づきましたこの記事には深さがあるんだと。

そうです、その「命を考える」というような記事には紙面の広さよりも広く目には見えない、でも読む人一人一人が持つ深さで読むことができる大きな大きな「深さ」があったのです。

一人一人の「命」も思いの「深さも」目には見えない、手でも触れることのできない確かなものです。それら一つ一つの存在を愛し、つなげて下さるのも神様のみ心ではないでしょうか。

私たち一人一人は生かされてます。

目には見えない命を与えられている目に見える存在として、生かされている自分をそのまま生きるとき、神の国が私たちの目に見えるかたちとして示されます。

神様から愛されることも信じられることも、そして時を待って頂いているとも、目には見えず手でも触れる事ができない確かなもの、である一人一人への神様からのみ心の働きで目で見えたり手で触れられる形あるものに表現されたり目には見えないけど人のやさしさや思いやりの繋がりへと変えられます。それらには決まった形は必要ありません。それは一人一人の命の色であり音かもしれません言葉かもしれません。でもその一つ一つは確かに「神の国」を伝えます。一人一人の命の存在が「神の国」なのです。

神様はそのままの一人一人と共に歩まれ一人一人に希望を持ち、待っておられます。そのままのあなたは今、神様に必要とされ生かされてます。

「神の国」とは私たちが何かをすることの結果として神様に与えられるものではなくもうすでに私たちに与えられています。目には見えない確かなものが私たちに教えてくれます。「神の国」それは、ここにあります。いつも一人一人の命の傍に共にあり、一人一人を包んでいます。

主は言われます。

「あなたは神の国なのです。一人ではなく全ての人が私と共に歩んでいます。」

(2012年7月15日 聖霊降臨後第7主日 説教)

「日々新たにされる人生」 大柴 譲治

マルコによる福音書 2:18-22 ◆断食についての問答

<新しく水と霊から生まれるということ>
本日の福音書の主題は主イエスが私たちに与えて下さる「新しさ」ということです。ここでは主の弟子たちが「断食」をしないことが問題となっていますが、主は私たちを「律法を守る」という「古い生き方」から「主イエスを信じ、主に従う」という「新しい生き方」へと招いておられます。

「だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ」(マルコ2:21-22)。

「織りたての布」とは一度も水にさらされていない布のことで、それは水に濡れると大きく縮む性質を有します。ですから古い服に新しい布切れでつぎはぎをするほど愚かなことはないのです。「新しいぶどう酒」とはまだ発酵途上にある元気のいい新酒のことで、暴れるためしっかりとした容れ物を必要とします。古い革袋に入れると袋が裂けてしまうので、新しいぶどう酒には新しい革袋が必要なのです。ここで主が言いたいことは「新しい生き方」は「従来の古い生き方」とは相容れないということでありましょう。「古い生き方」とは「モーセ律法を厳格に守ろうとする律法主義的な生き方」で、それなりに「宗教的には敬虔に見える生き方」でもありましょう。しかしそれゆえに、律法を守る自己、正しい行いをしている自己を誇るようになる危険を内包する生き方でもあります。

ルカ福音書18章には祈るために神殿に上った二人の人の話がでてきます。自分が正しい人間だとうぬぼれて他人を見下している人々に対して話された譬です。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(18:9-14)。

神がどちらをよしとされたのかは明白です。自ら高ぶる者は神の前に打ち砕かれ、自らを無とする者、打ち砕かれた者は神の前に高められるのです。そしてそのような「新しさ」を主は私たちに与えてくださる。神が喜ばれる捧げ物は「打ち砕かれた霊」です。そう考えますと、古い服を新しい布で継ぎ当てすると服が引き裂かれてしまうとか、新しいブドウ酒が古い皮袋を破ってしまうという譬は、むしろ私たちが一度引き裂かれてボロボロになる必要があることを教えているのではないかと思えてきます。「光あれ!」という闇に響く声で神は天地創造を始められたように、主の声は打ち砕かれた私たちの中に新しい生き方を創造してゆくのです。

主は言われました。「だれでもわたしに従って来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従って来なさい」。私たちに求められていることは古い罪と汚れに満ちた「自分自身を捨てること」です。古い自分を温存したままでキリストに従うことはできない。古い自分は死んで、主にある新しい自分としてよみがえる必要がある。そのためにもどこかで自分自身の古い殼が打ち砕かれなければならないのです。それを聖書は「悔い改め」と呼びます。しかもそれは一度打ち砕かれたからよいというものではなくて、ルターが「キリスト者の生涯は日ごとの悔い改めである」(95箇条の提題)と言うように、「日ごとに新たにされる」必要があるのです。
ヨハネ福音書3章の主とニコデモとの対話を想起します。そこでも「本当の新しさとは何か」「どうすれば人は新しく生まれることができるのか」が主題でした。○イエス:「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」●ニコデモ:「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」○イエス:「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」(3:3-5)

「水と霊から生まれる」とは「洗礼」を意味しています。主がヨルダン川でヨハネから受洗された時に天が開け、聖霊が鳩のように降って神の声が響きました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。これは天からの究極の存在是認の声でした。「水と霊による洗礼」とは洗礼を通して私たちもまたこのような天からの声を聴くということです。神の”I love you!”という声によって、私たちは古い自分を捨て去り、新しい自分として生まれ変わるのです。「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」とパウロが2コリント5:17で語っている通りです。

洗礼を受けてキリストに結びあわされた者は、古い自分が死んで日ごとに新しい人間としてよみがえる。これは古い革袋でしかなかった私たちがキリストによって全く新しい革袋へと存在の根底から造り変えられてゆくのです。私たちは常に新しくやり直すことができる。繰り返し新たに始めることができる。それは何という豊かな恵みでしょうか。

ヨハネ福音書8章には一人の姦淫を犯した女性が主の前に連れてこられます(1-11節)。モーセ律法に従えば罪を犯した者は石打ちの刑で処刑されることになっていました。律法学者やファリサイ人たちは主イエスを試すために彼女を連れてきたのです。主は彼らを無視してかがんで地面に何かを書き始められました。あまりにもしつこく彼らが問うので主はこう言われます。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(7節)。そして再びかがんで地面に指で何かを書き続けられるのです。その後にはこう記されています。「これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。『婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。』女が、『主よ、だれも』と言うと、イエスは言われた。『わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない』」(9-11節)。

主の赦しは彼女を新しい喜びの人生へと押し出していったことでしょう。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」という主イエスの声は、彼女の心の中にこだまし、彼女の魂を揺さぶり続けたに違いありません。これまで誰も自分のような者にこのように深い次元で関わってくれた者はいなかった。彼女はこの声によって彼女は新たにされたのです。「光あれ!」という声が響いて新しい人の創造が始まったのです。

パウロもローマ書7章で叫んでいます。自分の中には望むことを行い得ず、望まないことを行ってしまう矛盾があって、それをどうしようもできないということに苦しみながら発せられた言葉です。「わたしは何という惨めな人間なのでしょうか。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(24節)。そのように自らの罪に嘆くパウロ、その直後の25節では「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と讃美の言葉を語っているのです。24節と25節の間にある「深淵」といいましょうか、その「落差」の大きさに驚かされます。キリストが私たちに与えて下さるのは、そのような深淵をジャンプする「新しさ」です。キリストご自身が私たち人間には越えることのできない深淵を向こう側からジャンプして越えてきてくださったのです。み子なる神が罪人の一人としてこの地上に降り立たれたということはそういうことでしょう。天が地に接したのです。

<ボロボロの皮袋をも新たにしてくださる主の愛>
私たちは人生の中で、自分がつぎはぎだらけのボロボロの革袋にしかすぎないと思わされることがしばしばあります。仕事や受験に失敗したときや人間関係において何か取り返しの付かないことをしてしまったとき、病気になったとき、突然の喪失体験に襲われた時などがそのような時です。歳を重ねてゆくということも、次第に一つ一つできないことが増えてゆくという意味では、ゆるやかな喪失体験を積み重ねると言いうるかもしれません。あるいは、すべてがうまくいっているときにも私たちにはどこかで空しさが感じられて、このような自分ではいけないのではないかと思わされることもあります。そのような時に私たちは、自分はつぎはぎだらけのボロボロの革袋にしか過ぎないという現実を感じ取り、やるせない思いになるのです。

繰り返し聖書が私たちに告げているイエスさまの「新しさ」とは、しかし自分は何てダメなのだろうと感じているどうしようもない自分をも大きく包み込み、繰り返し繰り返し古い自分を脱皮させて、日ごとに新たな存在として再出発をすることを許してくれる新しさ、どん底の中で再び勇気を抱いて立ち上がる力を与えてくれる、そのような新しさです。本日の日課にある「断食にこだわり続けている人間」とは古く分厚い堅い殻をかぶった人間の姿を現していましょう。自分の力では変わることのできない古い人間。そのような人間が、主と出会うことを通して古い殼が打ち破られ、新しい人間としてキリストの祝宴を喜び祝うという本当の自由へと解放されてゆくのです。

主イエスの宣言する「新しさ」とは、その独り子を賜るほどに私たちを愛して下さっている神の、愛の強さによって創造される新しさです。神は私たちから罪と恥とをぬぐい去り、新しい人間(「キリスト者」!)として日ごとに新たにして下さるのです。そしてこの「新しさ」とは、日ごとに新しく創造され、神のいのちを贈り与えられるということを意味します。「一日一生、一期一会」の今を大切に生きること、それが新しいブドウ酒を新しい革袋に注ぐということなのだと信じます。

新しいブドウ酒は新しい革袋を必要とします。イエス・キリストというお方は、古い革袋でしかない私たち、つぎはぎだらけの袋でしかない私たちを引き裂き、新しい革袋へと造りかえてくださる。そのような私たちの存在を根底から新しくする真の力を持ったブドウ酒なのです。聖餐式の時に私はウェハスを二つに裂きますが、それは十字架の上に引き裂かれたキリストのみ身体の痛みを表すと共に、私たちをそこから新しくする主の愛を表しています。そのことを覚え、そのことを深く噛みしめ味わいながら、ご一緒に新しい一週間を主の愛のうちに踏み出してまいりましょう。

お一人お一人の上に、私たちを日ごとに新たにするキリストの愛が豊かに注がれますように。アーメン。

(2012年6月17日 主日礼拝説教より)

説教「食卓の給仕をしてくださる復活の主」 大柴譲治

説教「食卓の給仕をしてくださる復活の主」 大柴譲治

 ヨハネによる福音書 21:1-14

 

<「復活の主が準備してくださった朝食」>

 「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と復活の主は弟子たちを招かれました。よみがえられたキリストご自身が食事を準備してくださった。今朝私たちがこの礼拝に集められていることも、主が私たちを「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と招いてくださっているからだと思います。この礼拝は、主自らが炭火を起こして魚を焼いてくださった「霊的な朝食」なのです。この炭火の煙と焼き魚の臭いの中に私は復活の主のクオリア/リアリティーを強く感じます。聖書のこの部分を読むたびに私はそこから炭火の煙と焼き魚の香りがしてくるように感じます。このような具体性の中に弟子たちは復活の主の現臨を感じ取ったのです。

 本日の使徒書の日課にはこうありました。「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。——この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです」(1ヨハネ1:1-2)。復活の主と出会うことができた第一世代の弟子たちがその耳で「聞いたもの」、その「目で見たもの、よく見たもの」、手で「触れたもの」を伝えてくれたのです。以降二千年に渡ってキリスト教会はこの復活の主の証言を手渡しで引き継いできました。時間と空間、言語や歴史を超えて、復活の主の福音を全世界に宣べ伝えてきたのです。

 このようなかたちでの生き生きとした「命の言」についての証言があったからこそ、初代教会はどのような困難や迫害にも負けずにその復活の福音を宣べ伝えてゆくことができただろうと思います。蜘蛛の子を散らすように十字架の下から逃げ去った主イエスの弟子たち、あれだけ「弱虫」だった弟子たちが、復活のキリストと出会うことを通して殉教の死をも恐れない「復活の証人」に変えられていったのです。先週はマルコ16章9節からを読みましたが、歴史家が証明できるのはマルコ16章8節までに書かれていた主の「空っぽの墓」まででしょう。しかし8節と9節の間には無限の深淵がある。遠藤周作の言葉を借りれば、確かにキリストは「弟子たちの心の中に甦られた」のです。復活のキリストがその啓示を通して、あれほど弱虫だった弟子たちを死をも恐れない復活の証人へと造り変え、押し出していったのです。復活は「事実」としては証明できないとしても確かに「真実」であります。

 それはヨハネ21章が記しているように、復活の主ご自身が弟子たちのために焼き魚を燒いて朝食の準備をしてくださっているほどリアルなものでした。「わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたもの」、わたしたち自身の五感で感じることができるようなもの、臭いを嗅いでムシャムシャと食べて味わうことができるほど具体的なものだったのです。疑いのトマスは主の十字架の釘跡を示されて変えられました。本日の日課には、七人の弟子たちが一晩中漁をしても「その夜は何も取れなかった」とありますが(ヨハネ21:3)、「船の右側に網を打ちなさい」と岸から語られる主の言葉に従ったところ「153匹もの大きな魚」が獲れたとあります。「153」というのは当時ガリラヤ湖にいたとされる魚の種類を指しているようです。それは全世界の民族を象徴していましょう。福音が全世界に宣べ伝えられてゆき、多くの国民をその弟子とするということがそこでは預言されているのです。

 

<まぶしい言葉>

 私などはこのような揺らぎのない言葉がとてもまぶしい気がいたします。それは私が自らの中に揺れ動くものを感じているからです。皆さんはいかがでしょうか。私たちはキリストの福音を聞いて信じ、洗礼を受けましたが、復活の主を直接自分の目で見たりこの手で触れたりしたのではありませんから、どこか自分の中には曖昧で不確かで、迷ったり壁にぶつかったり、本当に自分には信仰があるのだろうかと疑ったりする気持ちがあると思います。だからこそ遠藤周作の「信仰とは99%の疑いと1%の希望である」という言葉に深く頷かされるし、疑いのトマスが主によって信仰の確信を与えられていったことが羨ましく思えるのです。

 私たちは自分の中には確かさはないということをきちんと見つめてゆかなければなりません。「信仰」とは「信念」や「自分自身の思い込み」とは違います。「こだわり」とも違うのです。自身が打ち砕かれ自己の中には何もないということに気づいた時に、同時に、それにもかかわらず神の一方的な憐れみによって救いが向こう側から与えられていると気づかされるのです。それは「もはや生くるのは我に非ず。キリスト我がうちにありて生くるなり」(ガラテヤ2:20)という状態です。打ち砕かれた自分の主体は自分自身ではなく復活のキリストです。キリスト教の迫害者だったパウロはダマスコ途上で復活のキリストと出会うことによってそのような「信仰」に導かれました。思わぬ時に思わぬかたちで、救いは常に私たちの「外」から来る。「向こう側」から、「神」から来るのです。

 本日の使徒書の日課にはこうありました。「この命は(向こう側から)現れました。御父と共にあったが、わたしたちに(向こう側から)現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです」(1ヨハネ1:2。括弧内の言葉は大柴の補足です)。ここで「現れた」と二度用いられている語は「啓示する、(神が隠れていたものを)明らかにする」という言葉です。意味上の主語は父なる神です。神が私たちに「命の言」である御子を啓示されたのです。復活の主はいつもご自身の側から弟子たちに近づいてきてご自身を示してくださいます。弟子たちが復活の主に近づいたのではない。向こう側から私たちに近づいてくださる復活の主を、炭火と焼き魚の臭いをかぐほど具体的に生き生きと私たちが感じ取ることが大切なのです。

 せっかく主が私たちに近づいてくださっているのに、私たちは(何かの理由で)それに気づかずにいるのかもしれません。自分の中の何かがそれに気づくことを妨げているのでしょう。先週の福音書の日課には、復活の主が「(信じようとしない弟子たちの)その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエス・キリストを見た人々の言うことを、信じなかったからである」とありました(マルコ16:14)。復活の主は私たちの中にある「不信仰とかたくなな心」すなわち「罪」を打ち砕き、私たちを信じない者から信じる者へと造り変えてくださるのです。

 

<「cogitoではなくcredoで」(バルト)>

 小川修先生の『パウロ書簡講義録ローマ書講義I』(リトン、2011)に記されていることですが(p143-45)、神学者のカール・バルトは、デカルトの「cogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)」という場合の「我」と私たちが使徒信条などで「credo(我信ず)」という場合の「我」は二つの全く異なる「我」だと言いました。cogitoの「我」はどこまで自分中心で、すべてを自分の経験利用の対象としてしか見てゆかない独白的な「我」です。「自我」と呼んでもよい。「我-それ」の「我」と言ってもよい。近代文明はそのような近代的な「自我」によって構築されてきました。そのようなモノローグ的な肥大化した「我」の行き詰まりは見えています。それに対しcredoの「我」は、神の御前にひれ伏す「我」であり、神との関係の中で徹底的に打ち砕かれ無とされてゆく「我-汝」の「我」なのです。「もはや生くるのは我に非ず」の「我」ですね。私たちは繰り返し「credo(我信ず)」の「我」に立ち返り、そこから始めてゆかねばなりません。

 復活の主は「さあ、来て、朝の食事を食べなさい」と私たちを今招いておられます。準備された炭火と焼き魚のにおいは、打ち砕かれた心でそれをいただく弟子たちの心に忘れられない余韻を残したことでしょう。それは彼らに十字架の前日の「最後の晩餐」をも想起させたはずです。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言って、私たちのための「命のパン、命の水」として自らを差し出し、捧げてくださったお方。そのパンとブドウ酒をこの歯でかみしめ、この舌で味わい、のどで飲み込む。「臭いをかぎ、かみしめ、味わい、飲み込む」という具体的な五感を通して、復活の主のリアリティーが弟子たちの心に力を与え、それを造り変え、押し出してゆくのです。

 大切なことは、どこか遠いところにあるのではなく、私たちのごく身近なところ、すぐそばにある。それに気づくことです。炭火と焼き魚の匂いは私たちにそのような復活の主の現臨を伝えているように思います。主が私たちのために食卓で仕えてくださること、主が準備された炭火の煙と焼き魚の香りを味わいそれを深く噛みしめながら、主の交わりの中に新しい一週間を過ごしてまいりましょう。

 それは本日の第一日課が告げる通りです。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒言行録4:12)。このお方と出会い、このお方を信じ、このお方に服従していった多くのキリストの証人の中に、今ここに生かされている私たちもまた加えられているのです。多くの主の復活の証人の中には、苦しい息の中にあっても「主、我を愛す」と告白しながら天に召されてゆかれた菊池文夫兄もおられますし、「地上を離れ、私の愛する神様に会いに行きます。アーメン」という言葉を残してイースター前日の4月7日に天に帰って行かれた土門多実子姉もおられるのです。復活の主が私たちをご自身に結び合わせておられることを覚えながら、お一人おひとりがこのお方、復活の主のリアリティーを感じることによって豊かな喜びに満ちた毎日を過ごすことができますようお祈りいたします。アーメン。

 

(2012年4月22日 復活後第二主日礼拝説教)