ヨハネ

説教「わたしはあなたをみなしごにはしない」大柴譲治

ヨハネ福音書 14:15-21

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「わたしはあなたをみなしごにはしない。」

私たちは聖霊降臨後の主日を過ごしています。このところは毎週ヨハネ福音書を通してイエスさまのみ言葉を聞いているのですが、今日の「特別の祈り」にありましたように「あなたの聖なる息吹を与えて正しいことを考え、それを実行できるように導いてください。」と私たちは祈りました。神さまの息吹、神さまの聖霊、そして神さまからの風、それが私たちを生かす、それが私たちの心を生き返らせる、という思いをもって今日も礼拝でみ言葉に聞いてまいりたい、と思うのです。

「安息日」というのは「安らかな息」と書きますけれども、私たちが礼拝を通して神さまの息吹をいただいて、ともすれば呼吸が乱れがちだった一週間を振り返る。しかし、その中でもう一度呼吸を整えられる、安息を与えられる、安らかな息を与えられる時として、この礼拝を大切にしていきたいと思うわけです。

今日の福音書の日課は先週に引き続いて、イエスさまの告別説教が記されていますヨハネ福音書の14章です。13章でイエスさまが弟子たちの足を洗われた。そして、告別の説教を開始される。弟子たちはこれからイエスさまが何をなさろうとしているのか、どこに行こうとされているのか、自分たちはイエスさまに置いてきぼりをくうのではないか、見捨てられてしまうのではないかという、そういう不安の中に置かれていたことがよく分かる場面が今日の箇所でもあります。

ヨハネ福音書の14章の15節からは「聖霊を与える約束」と題されているところでもあります。神さまからの命の息吹、真理のみ霊である弁護者を派遣してもらうということを、イエスさまが約束をされているところです。父と子とが一つである。そしてそこに聖霊が派遣されていく。ヨハネ版の「父と子と聖霊なる神、三位一体の神」ということがここでは語られているようにも思うのです。大変に今日の箇所では有り難いイエスさまの言葉があります。今日はそこに焦点を当ててご一緒にみ言葉に思い巡らしていきたいと思うのです。

それはこういう言葉です。「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない。あたながたのところに戻ってくる」と。みなしご、孤児にはしておかないと、見捨てられたままにはしておかないと、必ず私はあなたがたのところに戻ってきて、そしてあなたがたをわたしのものとし続けるのだ、ということが語られています。

イエスさまはいつも(人々と真正面から)向かい合って、イエスさまの周りにいる人たちの気持ちを、その心の底から、深く受け止められた方であると思います。周りの人たちの悲しみとか苦しみとか、深い言葉にならない呻きさえも、ご自身の中心をもって、はらわたをもって受け止められた方であるということが、聖書の中では繰り返し語られています。例えばマルコ福音書の6章には「群衆が飼う者のない羊のような姿であることを深く憐れまれた」という「イエスさまの深い憐れみ」という言葉が出てまいりますけれども、これまでもたびたび申し上げてきたように、この「深い憐れみ」という言葉は、日本語で「憐憫」とか「同情」という言葉で理解しようとするとちょっと違っている。もっと「はらわた」という言葉、「内臓」という言葉からきているのですが、「断腸の思い」という言い方があるように、はらわたがよじれるほどの深い思い、痛みを伴うような思いというそういう思いをもって、周りにいる人たちの悲しみとか苦しみとかをイエスさまがご自身の存在の中心で受け止められたということだということを、これまでも繰り返し申し上げてまいりました。羊飼いのいない、誰も飼う者のいない羊のような(私たちの)不安、恐れ、あるいは悲しみ、迷い、そういったものをイエスさまは、私たち以上によく理解してくださって、受け止めてくださっているのだと思います。

「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない。」「あなたがたのところに戻ってくる。」という言葉は、弟子たちのそのような深いところにある思いを、不安な思いや恐れ、これからどうなっていくのかという先の見えない閉塞感というものをよくイエスさまが感じとって、受け止めておられればこそ、そこに向かって語られた言葉であるということだと思います。自分たちは見捨てられてしまうのではないか、みなしごになってしまうのではないか、イエスさまは自分たちを置いてどこかへ行ってしまうのではないか。告別の説教を聞きながら、弟子たちは、そういう不安に捕らわれたのだと思います。そしてそこにイエスさまはこの言葉を語りかけている。

見捨てられ不安の中に響く存在是認の声

「分離不安」と言いましょうか。「見捨てられ不安」というところに焦点が当たっていると申し上げることができると思います。そしてこれは特にこのヨハネ福音書の14章のセッティングに限るものではないと私は思うのです。私たちが今この現実の中で、私たちの人生の中で置かれている状況は、この(弟子たちの置かれていた)状況とは全く違うかもしれません。しかし、私たちがこの言葉、イエスさまの「あながたを決してみなしごにはしておかない」という言葉を自分の言葉として受け止めることができるとすれば、深いところに響いてくるものとして受け止めることができるとすれば、それは私たち自身の中に「みなしごにされてしまうのではないか」という見捨てられ不安というか、分離不安が深く根付いているからだと私は思うのです。私自身もまた自分の中を見つめるならば、そういうい気持がどこかにあるように思います。それはそういう体験を私たちが小さい頃から育ってくる中で繰り返し体験してきたからではなかったでしょうか。

いうなればそういう分離不安というものは生きていく上では拭い去ることができないものであると言うことができるかもしれません。(生きることに)必ず付きまとってくる不安とか寂しさを抱えながらも、私たちは子供からだんだん大人になっていく。そしてそのような寂しさとか、恐れとか不安を抱えながらそれに耐えて、今まで歩んできましたし、親元から自立をして、自分自身の家庭を築いていく、あるいは自分自身、子育てをしていく、という体験を積み重ねてきたのではなかったかと思います。

そのように見てまいりますと、イエスさまの『わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない』という言葉は、私たちの奥底にあるそういう思いに向かって語られた言葉であるかのように思えるのです。おそらくあの(むさしの教会聖檀前の壁はステンドグラスです)ステンドグラスに描かれた羊飼いの腕に抱かれた子羊は、想像ですけれども、あの子羊は迷子になっていたところを見出されたあとに、ああいうふうに抱かれているのではないかと思うのです。同じように『あなたがたをみなしごにはしておかない』というそのイエスさまの声を、その懐に抱かれる中で、羊飼いに抱かれる中で聞きとっていたに違いないと私は思うのです。

そしてまた、考えてみますならば、この言葉は、同じ響きを持つ言葉をイエスさまご自身が、天の父なる神さまから繰り返し繰り返し、その生涯の中で、聞きとってゆかれた言葉でもあったと思うのです。例えば、この聖檀の前にはあの白い大きなハトが垂直に上から降って来る姿が描かれています。あれはイエスさまがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた場面を表しています。その時に聖霊がハトのような姿をとって降ってきた。と同時に、天からの声が響きました。マルコ福音書の1章の11節にあります。「あなたはわたしの愛する子。わたしの心にかなう者」。これは神さまがこれから公の歩みを始めようとするイエスさまに対して存在を丸ごと受容する声、「わたしがあなたと共にいる。よし、行きなさい!」と言って派遣をしてゆく、存在を根底から肯定する是認の声であると私は思います。

そして同じような声が、マルコ福音書の9章にあります高い山の上で、山上での変貌の出来事の中でも聞こえます。イエスさまがペトロとヤコブとヨハネだけを連れて山にお登りになったときに、律法の代表者であるモーセと預言者の代表者であるエリヤと一緒に語らった。御衣と顔が真っ白く光り輝く中で、天から声がやはり聞こえます。「これは私の愛する子。これに聞け」。天からの声は繰り返しこのように、イエスさまに向かって、あるいはイエスさまの周りの弟子たちに向かって響き続けていた。イエスさまがしばしば独りきりになって寂しいところに退いて祈られたということも、祈りの中で神さまからそういう確かな声を聞き続ける必要があったからではなかったかと私は思えてならないのです。

人生の要所要所で、イエスさまは天の声によって生かされていった、支えられていったのです。そして、その声によって押し出されていったのだ思います。「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない」というイエスさまが弟子たちに向かって語られた声は、実は天の父なる神さまがイエスさまに向かって語り続けた声のエコーである、と思うのです。「わたしはあなたを決して見捨てない。どのようなときにもわたしがあなたと共にいる。いつもあなたと共にあるのだ。だから安心して行きなさい。安心して自分に与えられた使命を果たしていきなさい」。そういう声として、私たちは今日のこの声を聞きとることができるのだと思います。

弁護者としての聖霊が派遣されるという約束があるのも、まさにその聖霊の注ぎ、神さまの命の息吹を通して、私たちが礼拝を通しみ言葉を通して、そのような存在を根底から是認してくださる神さまの声を聞きとっていく。そういう場が与えられているからであると思います。「父と子が一つであるように子と弟子たちも一つである。イエスさまと弟子たちも一つである。その絆はどのようなことがあっても断ち切られることはない。」ということが今日の福音書の日課のポイントではないかと思うのです。

親子愛~強君と父親

そのように考えてきます時に私は、今までも何度かご紹介をしてきたことがありますけれども、思い出すエピソードがあります。2000年の読売新聞、もう8年も前の読売新聞に紹介されていて、知ったことでありますが、大変大きな反響を呼んだエピソードです。そのエピソードがまとめられて書かれているのが、この姫路で精神科医をされています森下一という方の書いた『不登校児が教えてくれたもの』という本にまとめられた事柄です。この森下一さんというお医者さんは、もう三千ケース以上も不登校、ひきこもりの子供たちに、家族にかかわり続けたその体験をもとにこの本を書いているんですね。その中に出てくるエピソードを読売新聞が紹介をしていて、私はそのことを通してこの本を知りました。それはこういうエピソードでした。

七年間にわたって13歳の時から20歳の時まで、七年間もひきこもっていた一人の少年の話です。「強くん」という少年。この少年は親御さんと一緒にこの森下先生のところに、ずっと七年間カウンセリングの治療を受け続けるわけです。受けても受けてもよくならない。その中であるときに大変に強くんが危険な状態にあるということに、この森下先生は気付くんですね。そしてご両親に連絡をします。どうかくれぐれも目を離さないようにと言って連絡をする。そういう中である出来事が起こりました。あるときに強くんは自分に自らガソリンをかぶって火をつけようとしたのであります。自殺をしようとしたのです。とっさに父親が強くんに後ろからしがみついて、こう叫びました。「火をつけろ。私も一緒に死ぬから」。大変に心に残るエピソードであります。

「斎藤強君は中学一年の時から不登校になる。まじめで、ちょっとしたつまずきでも自分を厳しく責めた。自殺を図ったのは二十歳の春だった◆ガソリンをかぶった。精神科医の忠告で彼の行動を見守っていた父親は、その瞬間、息子を抱きしめた。自らもガソリンにまみれて叫ぶ。「強、火をつけろ」。抱き合い、二人は声をあげて泣き続けた◆一緒に死んでくれるほど、父親にとって自分はかけがえのない存在なのか。あの時生まれて初めて、自分は生きる価値があるのだと実感できた。強君は後にこの精神科医、森下一さんにそう告白する◆森下さんは十八年前、姫路市に診療所を開設、不登校の子どもたちに積極的に取り組んできた。彼らのためにフリースクールと全寮制の高校も作り、一昨年、吉川英治文化賞を受賞した◆この間にかかわってきた症例は三千を超える。その豊富な体験から生まれた近著『「不登校児」が教えてくれたもの』(グラフ社)には、立ち直りのきっかけを求めて苦闘する多くの家族が登場する◆不登校は親への猜疑心に根差している。だから、子どもは心と身体で丸ごと受け止めてやろう。親子は、人生の大事、人間の深みにおいて出会った時、初めて真の親子になれる。森下さんはそう結論する。」

このような文章が読売新聞に載ったのでございます。そして、この本を読みますと、「共生の思想」、「共に生きる」ということだけではなくて、「共に死ぬ」「共死の思想」こそが共生の思想を支えるのだという言葉が出てまいります。「強、火をつけろ!」と。「一緒に死ぬから!」と言って、どん底でそのようにしっかりとひしと抱きとめられるそのような絆の中で、初めて自分が愛されている、生かされているということに気付かされていく。その体験は、強くんにとってそれまでも変わらずに注がれてきたであろうその親の愛情が、20歳、20年間かかってその瞬間に初めて、本当のものとして自覚されたということだと思います。私はそのお父さんの絆、愛情の深さと同時に、七年間もたゆまずにあきらめずにずっと強くんにかかわり続けてこられたご家族や、あるいは精神科医の森下先生のそのような忍耐強い深い愛情といったものの大切さというものに、心を動かされる思いがするわけです。

人間が、私たちがどのような時に本当に生きていてよかったということを感じるのか。それは真実の愛(を感じる時)しかないのだと思います。『わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。』と、イエスさまはヨハネ福音書の13章と15章で繰り返しておっしゃっています。『わたしはあなたがたを決してみなしごにはしておかない』という今日の言葉は、その間に、置かれています。『そして、わたしの愛の掟を守りなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。』というイエスさまの言葉は、あの十字架の出来事が、ガソリンをかぶって火をつけようとする、死のうとする、滅びようとする私たちを、後ろからしっかりとがしっと支え抱きとめてくださったお方の強い愛を表している出来事だと思います。

そしてその十字架を見上げる時に、そのキリストの声を確かなものとして私たちは受け止める時に、私たちは本当の意味で、罪や恥やいろいろな苦しみから解放されて、このような私でも生きていてよいのだ、生きてよいのだということを心の底から新たにされる中で、深く感じることができるのではないかと思うのでございます。

「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない。」というイエスさまの確かなみ声をこの新しい一週間も、私たちはしっかりと聞きとって歩んでまいりたいと思います。命がけの、共に生き、共に十字架の上で死んでくださったそのお方の愛によって、支えられ、抱きとめられ、そして押し出されて、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。

お一人お一人の上に確かな主の御手の守りがありますように。特に、病いの床にある者、悲しみのうちにある者たちの上に、イエスさまの愛の息吹が吹きこまれますようにお祈りをいたします。

祈り

一言祈ります。

恵みの父なる神さま。
あなたは私たちを決して見捨てることはないということを、今日イエスさまのお言葉を通して、示してくださいました。そのような子に対する強い愛の絆を私たちは、そのみ言葉の中に受け止め感じることができたように思います。どうかその確かな声を深く味わいながら、この新しい一週間、日々を共に過ごしていくことができますように。この声の中に、羊飼いの声の中に、私たちを守り導いてください。どのような状況の中にあっても、私たちがイエスさまが共にいてくださるというリアリティーを持つことができるならば、そこにおいて守られ、状況を乗り越えていくことができるのだと思います。どうか、様々なことが起こりますけれども、キリストの愛によって私たちを満たしてください。しっかりと抱きとられているということを深く体験することができますように。一人一人の心の内にあります祈りに合わせまして、私たちの救い主、十字架の主、羊飼いであるイエスさまの御名によってお祈りを申し上げます。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(テープ起こしをしてくださった山口好子姉のご奉仕に感謝します。)

説教「神の道を共に歩む喜び~詩編151編」大柴譲治

ヨハネ福音書 14:1-14

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「わたしは道であり、真理であり、命である」

ヨハネ福音書の14章からは、13章で弟子たちの足を洗われたイエスさまの弟子たちへの告別説教が記されています。16章までが告別説教で、17章は告別の祈りとなっています。そして18章からは、主は十字架への最後の一歩を踏み出してゆかれるのです。

本日は有名なイエスさまの言葉が記されています。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」。イエスさまを信じるということは、イエスさまに従ってこの真理と命の道を歩むということです。この道はどこにつながっているか。私たちの目的地はどこであるかということを今日の福音書の日課の1-4節は明らかにしています。

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」

この道は天国への道であり、天の父なる神さまの家に通じる道です。私たちが毎週、週の初めの日である日曜日にこの教会に集まって礼拝をするということは、「この道」を歩むということを確認するということでもありましょう。

盲人バルティマイのいやし

「道の上を歩む」ということで思い起こす聖書のエピソードがあります。マルコ10章の終わりの部分、エルサレム入城の直前ですが、主がエリコからエルサレムに出発されようとするところで盲人バルティマイをいやす場面です(10:46-52)。マタイとルカにも平行箇所があります。

◆盲人バルティマイをいやす

一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。

ここで盲人のバルティマイは最初、「道端」に座って物乞いをしていました。「道の上」ではなく、「道の外」にいたのです。それがイエスさまによって目を開かれた後、彼はなお「道」を進まれるイエスさまに従ってゆくのです。主に従って道の上を歩む者へと変えられていったのです。大変に印象的な場面です。

時は、エルサレムで過ぎ越しの祭りを祝うため世界中から巡礼団がエルサレムに上ってくる時期でもありました。バルティマイが見えない目をイエスさまに向けながら必死に「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と声を限りに叫び続ける場面は、巡礼団のための「都詣での詩編」(120-134編)の一つ、詩編130編の情景とピッタリ重なります。

詩編130編  都に上る歌。

深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。
主よ、この声を聞き取ってください。
嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。
主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら
主よ、誰が耐ええましょう。
しかし、赦しはあなたのもとにあり
人はあなたを畏れ敬うのです。
わたしは主に望みをおき
わたしの魂は望みをおき
御言葉を待ち望みます。
わたしの魂は主を待ち望みます
見張りが朝を待つにもまして
見張りが朝を待つにもまして。
イスラエルよ、主を待ち望め。
慈しみは主のもとに
豊かな贖いも主のもとに。
主は、イスラエルを
すべての罪から贖ってくださる。

このことは本日の主題詩編でもあるハレルヤ詩編146編とも重なっています。

詩編146編

ハレルヤ。
わたしの魂よ、主を賛美せよ。
命のある限り、わたしは主を賛美し
長らえる限り
わたしの神にほめ歌をうたおう。
君侯に依り頼んではならない。
人間には救う力はない。
霊が人間を去れば
人間は自分の属する土に帰り
その日、彼の思いも滅びる。
いかに幸いなことか
ヤコブの神を助けと頼み
主なるその神を待ち望む人
天地を造り
海とその中にあるすべてのものを造られた神を。
とこしえにまことを守られる主は
虐げられている人のために裁きをし
飢えている人にパンをお与えになる。
主は捕われ人を解き放ち
主は見えない人の目を開き
主はうずくまっている人を起こされる。
主は従う人を愛し
主は寄留の民を守り
みなしごとやもめを励まされる。
しかし主は、逆らう者の道をくつがえされる。
主はとこしえに王。
シオンよ、あなたの神は代々に王。
ハレルヤ。

最近私は詩編に強く惹かれます。詩編が持っている時空を超えた言葉の力といったものを感じるのです。ルターは150編ある詩編のすべてがキリストの祈りであると言いました。確かにイエスさまも毎日詩編を用いて神さまに祈ったに違いないのです。「わたしは道であり、真理であり、命である」と告げられたキリストの道を歩むということは、実はそのような詩編による祈りの道を歩むということでもありましょう。魂を豊かにするための「人生の午後の時間」(ユング)に入っているためか、私もようやく詩編の重要性を実感として感じるようになりました。

詩編151編?!

詩編に関して思い出すエピソードがあります。私が神学生時代に聞いた話です。その昔ルーテル神学校長でありJELC総会議長でもあった岸千年先生が、牧師になるための教師試験で詩編について次のような質問をされたそうです。「はい、では聖書を開いてください。詩編151編」と言われて聖書に手を伸ばした神学生はその時点で不合格となったというエピソードでした(本当にあった話でしょうか)。実は詩編は150編までしかありませんから、151編を開こうとすること自体誤りなのです。

しかしよく考えてみるならば、信仰者の日々の歩みは自分の言葉で祈る、つまり自分の言葉で詩編151編以降を心に刻んでゆくことであるとも言えるのではないかと私は思います。それは、やはりかつて神学校の新約学教授であった恩師の間垣洋助先生が、「使徒行伝は28章までしかないけれども、29章以降はあなた方自身が自分の人生をもって書き記してゆくのです」と講義でおっしゃった名言を私に思い起こさせてくれます。同様に、福音書も新約聖書には四つしかありませんが、第五福音書は私たち自身が人生をかけて自分の言葉で書いてゆくものであると考えてよいのでしょう。「わたしは道であり、真理であり、命である」と語られた主イエスに従って生きるということは、そのような人生を歩むということなのです。

そしてそのような歩みは、孤独な歩みであるように見えながら実は孤独な歩みではないのです。それは雲のように多くの証人たちがこの二千年にわたって歩んできた道なのです。そしてこの道は、信仰のバトンが先に歩む者から後から来る者に受け継がれることを通して、「荒れ野」のように道なきところにも切り開かれてきた、そのような道なのです。この道はひとすじに天の父なる神さまに向かって続いています。その道を歩む人生の基調音は喜びです。「主に従いゆくはいかに喜ばしき」という讃美歌を思い起こします。そこにはこのキリストの道を共に歩む喜びが溢れています。

『我が涙よ、我が歌となれ』

最後に「詩編151編」の一例を引用して終わりたいと思います。ご存じの方もおられましょうが、原崎百子さんの『わが涙よ わが歌となれ』(新教出版社、1979)という本に「わが礼拝」という詩が記されています。原崎百子さんは、肺ガンの中でも最も悪性のガンに冒され、苦しい闘病の後、1978年8月10日に天に召された日本キリスト教団の教会の牧師夫人です。その11日ほど前の7月30日の日曜日が最後の礼拝出席となりましたが、その日の日記には次のように記されています。

主の日である。私たちの一週の冠である主の日。主の日は一週の出発であり、中心であり、目的である。どうかこの日、心から主をあがめ、ほめたたえることが出来るよう、朝食前祈った。礼拝。歩いて行かれない。歌えない。唱えられない。そういう私の礼拝を、本気、本当の礼拝として捧げることを考える。

わが礼拝

わがうめきよ わが讃美の歌となれ
わが苦しい息よ わが信仰の告白となれ
わが涙よ わが歌となれ
主をほめまつるわが歌となれ
わが病む肉体から発する
すべての吐息よ
呼吸困難よ
咳よ
主を讃美せよ
わが熱よ 汗よ わが息よ
最後まで 主をほめたたえてあれ
(『わが涙よわが歌となれ』p100-101)

私たちを「道端」からこの「道の上」に招いてくださるお方、天のふるさとを目指して共に詩編を歌いながら歩むよう召し出してくださるお方の呼びかけの声に耳を澄ませてまいりましょう。お一人お一人の上に、主イエス・キリストの声が確かなものとしてこの新しい一週間も響き続けますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

説教 「新しい愛の掟」 大柴 譲治

ヨハネ 13:31―35

「新しい掟」の新しさ

「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」(ルカ10:27)。この二つの戒めは旧約聖書で最も重要な戒めです。これはモーセの十戒の二枚の石の板をまとめたものです。それは人生において何が一番大切かということを示しています。

本日、主イエス・キリストは私たちに新しい、いわば「第三の戒め」を与えておられます。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(34節)。この掟の新しさとはいったい何か。後半は「隣人を自分のように愛しなさい」という戒めと同じ内容であるように思います。この戒めの新しさは、その前半部分にあります。「主イエス・キリストが私たちを愛してくださったように」というところに大きな強調点があるのです。

互いに愛し合わなければならないということは分かっていても、実際にどうすればよいのか分からないでいる(または、できないでいる)のが私たちの現実です。「キリストが私たちを愛してくださったように」という言葉は「倣うべき模範」とともに「力の源」を告げています。主の生き方の中に私たちはなすべき事柄が示されている。キリストに倣いて生きることが求められている。具体的になすべき行為は個々のケースによって異なりましょうが、私たちがどのような姿勢で、どのような志をもって生きるべきかは主の生き様の中に明確とされています。

洗足における主の愛

ヨハネ13章には、主が弟子たちの足を洗ったというユニークな洗足の記事が記されいます。主の具体的な愛がそこには示されている。主が私の足を洗ってくださった!当時これは奴隷の仕事であったことを思えば、さらに驚きが増します。主が、み子なる神が、私の僕として徹底して仕えるものとなってくださったのです。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ2:6-8)。

足というのは私たちの身体のうちで最も汚れやすい部分です。それを自らの腕にとって主はていねいに洗ってくださった。まことにもったいない出来事であり、弟子たちにとっても生涯忘れられない出来事であったことでしょう。主は弟子たちの足を洗ったあとに言われました。「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。主が私たちの足を洗ってくださったように、私たちも互いに足を洗い合わなければならない」(13:12-15)。

「愛(アガペー)」とは好きとか嫌いとかいう感情ではありません。愛とは意志であり、相手に対して徹底して仕えてゆくという行為です。相手を好きになれと言っているのではない。愛しなさいとは相手に心から仕えてゆきなさいということです。また、これは愛の「勧め」ではなく愛の「戒め」であるということ、愛するように命じた言葉であるということも大切です。

これはまた、皆さんの多くが会社などで経験しておられるような、上司の命令を嫌々聞かなければならないということとも違います。私たちの現実はそのようなことばかりでフラストレーションがたまるばかりです。しかし主は違います。上司自ら率先して手本を示してくださった。足を洗うという自分を無にして相手に徹底的に仕える行為の中に、愛するということを具体的に示してくださったのです。そしてその延長線上には十字架が立っています。キリストの愛が他のどこよりも深く示されているのは、ゴルゴダの十字架の上においてでした。

私自身の洗足式

以前、聖木曜日にこの教会でも洗足を行ったことがあると聞きましたが、私もこれまでに一度だけ洗足式を行ったことがあります。それは1987年2月に市ヶ谷で開かれた本教会の常議員会の中で私が総会議長の就任式を司式した時のことでした。その前年の全国総会で総会議長に選ばれた前田貞一先生が、何を思われたか、その年に牧師になったばかりの、教師名簿の一番下に名前の載った私を議長就任式の司式者に指名されたのです。理念としては、一番上の者が教師名簿の一番下の者に就任式を執行してもらうという事で、教会に徹底して仕えてゆく姿勢を示そうというのです。理念に感銘を受けた私は二つ返事でお引き受けしました。礼拝学のご専門でもある前田先生よりご指名を受けたことは大きな喜びでもありました。すぐその場でインスピレーションが与えられましたので、臆することなく前田先生に申し上げました。「先生、一つご提案があります。実は就任式の中で洗足式を行いたいのですが、聖木曜日礼拝ではないのですが、それは可能でしょうか」と。今から思えばなんと大胆なことを申し上げたのかと思います。前田先生は少し戸惑われたようでしたが、しばらくの沈黙の後に「よいでしょう」とおっしゃっられました。

就任式では、私自身も初めてでしたのでどこか場違いなようなぎこちなさを伴ったと思いますが、礼拝の途中で靴下を脱いでたらいに足を入れ、てぬぐいを腰に下げてお互いの足を洗い合いました。そのときの不思議な感動は今でも私の中に響いています。私の深く尊敬するお方が、私のような者の足を洗ってくださっている!その身を徹底的に低くする謙虚さに私は圧倒される思いがいたしました。主に足を洗われた弟子たちの思いもそのようなものであったのではないか、そう思えてなりません。ちなみに私はそのとき以来、「総会議長の足を洗った男」としばらく呼ばれていました。後から、常議員たちが感想を述べてくれました。当時東海教区長であられた明比先生などは様々な思いが瞬時に去来したと言います。最初は、自分の足も洗われたらどうしようとハッとして一瞬困ったそうです。しかしそうではないことを知ってホッとし、続いて深い感銘を受けたとのことでした。目に見えるかたちで足を洗い合う姿に、キリストの弟子であることの恵みを味わうことができたように思うとのことでした。もちろん、洗足式に対しては肯定的なリアクションだけではありませんでしたが、それは私にとって生涯忘れることのできない体験でした。牧師になって既に13年目に入りましたが、私の依って立つべき原点として、神と人とに仕えてゆく原点として、今もなお深く心にとどめています。

主が「あなたがたに新しい戒めを与える。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と命じられるとき、私はこの洗足の出来事を思い起こすのです。主が私の足を洗ってくださった。それだけではない。自分が隣人の足を洗うだけでなく、隣人に私の足をも洗っていただく。そのような交わりの中へと私たちは主によって招かれているということの幸いと喜びとを覚えるのです。

説教「泉のほとりで」大柴譲治

ヨハネ福音書 4:5-26

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「なぜか胃がビクビク動くんだよね」

神学校最終学年の1985年9月に、私は聖路加国際病院での臨床牧会訓練(Clinical Pastoral Education、以下はCPEと略)に参加しました。それは三週間、病棟の患者さんを訪問して逐語会話記録を書き、それを四人のピア(仲間)グループ(そこにスーパーヴァイザーと一人の補佐が加わりました)の中で分かち合うということが毎日続くしんどい訓練でした。会話記録を分析してゆくと、そこに私自身の姿が映し出されてゆくのです。なぜ相手の気持ちをキチンと受け止められないのか、なぜそこから逃げようとしているのか、なぜ相手を操作したり相手に自分を押し付けようとするのか等々、会話記録をチェックしてゆくとその背後にある自分自身の思いが鏡に映し出されるように明らかにされてゆくのです。それは驚きの体験でもあり、打ち砕かれるような体験でした。私はそれまでにいのちの電話の傾聴訓練を一年と三ヶ月受けていましたし、神水教会でのインターンも終了していましたので、ある程度は他者とのコミュニケーションができていると思っていたのです。それゆえに尚更、それができていない自分の姿を示されたのはショックでした。

その時のスーパーヴァイザーは聖公会の司祭であり、聖路加国際病院のチャプレンでもあった井原泰男先生でした。私自身はその時、スーパーヴァイザーに対して複雑でアンビヴァレントな思いを持ちましたが、結局そのCPEで示された自己の課題と取り組み続けてきたように思います。その意味で聖路加病院での体験は忘れることができないものでありました。

私にとって最も印象的だったのは、井原先生が雑談の中で言われた言葉でした。「僕はね、患者さんと話していて大切なところに来ると、なぜか胃がビクビク動くんだよね」。そのような聴き方があるのかと驚かされました。その時初めて、「そうか!はらわたがよじれるような聴き方というものはこのようなことを言うのか」と何かストンと腑に落ちたような気がしたのです。頭ではなくはらわたで聴くということ。福音書の中にはイエスさまが「飼い主のいない羊のような群衆を見て深くあわれまれた」という箇所がありますが(マタイ9:36)、そこで「深く憐れむ」とは「はらわたがよじれるほどの断腸の思いをする」という語が使われているのです。それは人々の苦しみを主がご自身の内蔵で、つまり存在の中心で受け止め、引き受けられたということです。井原先生の「胃がビクビク動く」という表現はそれと同じと思いました。

人間が実際にそのような深く共感的な聴き方が可能なのだということは、私にとって一つの天啓であったと思います。そして、そのようになりたいが果たして本当にそうなりうるのか、という思いを持って今までの22年を歩んできたのでした。最近になってようやく「はらわたで聴く」ということが少しずつ分かってきたような思いがしています。胃がビクビクと動くということはまだないのですが、はらわたにズンと響くような思いがすることがあります。

ヤコブの井戸のほとりにて

本日の福音書には主と一人のサマリアの婦人とのやりとりが記されています。この部分を読むたびに私は、これは逐語会話記録として実に優れたものだと思います。イエスさまはこの婦人の深いところの思いをしっかりと受け止めながら、さらに中心的な事柄を、それはその婦人の奥底にある魂の渇望というものだと思いますが、その婦人が自覚していなかったその深みまでを明らかにしているからです。

場所はヤコブの井戸のほとり、時は正午頃でした。イエスさまは旅に疲れて喉が渇いておられました。行く先々で人々の苦しみに対して深い共感を示し、癒しを行い、力の言葉を語ってこられたからでありましょう。そこに一人のサマリアの女性が水を汲みに来ます。その女性にイエスさまが「水を飲ませてください」と頼んだところから物語が展開してゆきます。この言葉はシンボリカルなものであると思います。十字架の上で主は「わたしは渇く」と叫ばれました(ヨハネ19:28)。主は私のために十字架にかかってくださったが、私は主のために何をなすことができるか、ということを考えさせるからです。そのことを心に留めながら、もう少しこのやりとりを見てまいりましょう。

このサマリアの女性は正午ごろ、日差しの熱いうちに水を汲みに来ました。パレスチナは陽射しが強いですから通常水汲みは朝夕の涼しい時に行われます。そのことからもこの女性が人目を避けてこの井戸に来ていることが分かります。なぜか。やがてその理由はイエスさまとのやりとりの後半部分から分かってきます。彼にはかつて5人の夫がいたのですが、今は六人目の男と一緒に住んでいます。そのことは人に後ろ指を指されるような事柄だったのでありましょう。このサマリアの女は誰もいないと思った井戸に人がいて、しかもそれがユダヤ人の男性で、そのユダヤ人がサマリアの女性である自分に「水を飲ませてください」と声をかけてきたことにひどく驚いたに違いありません。9節には「サマリアの女は、『ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか』と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである」とありますが、ユダヤ人とサマリア人は水を飲むための器を共有することさえ禁じられていたからです。イエスさまはその分厚い隔ての壁をいとも簡単に飛び越えておられます。

主イエスの逐語会話記録

イエスさまは常に向かい合う人と同じ目線で立たれます。私は今、神学校のCPEの中で白井幸子先生と共にスーパーヴァイザーを務めていますが、先述のように、このイエスさまとサマリアの女性との会話は大変に優れた逐語会話記録であると思います。イエスさまは私たちの気持ちをはらわたで受け止めてくださるのです。その会話を見てまいりましょう。婦人のところは高村神学生に読んでもらいます。

主01:「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」

女01:「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」

主02:「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

女02:「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

この「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください」というその女性の言葉は切実でした。彼女はある意味で生きることに疲れ果てていたのです。彼女の存在の一番根底にある「魂の渇き」までイエスさまは彼女を導き、その渇いている部分に触れられたのです。さらに会話は続きます。

主03:「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」

女03:「わたしには夫はいません。」

主04:「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」

女04:「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」

主05:「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

女05:「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」

主06:「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

そこに弟子たちが帰ってきます。主がサマリアの女と話しているのに驚きますが、誰も言葉を語ることができませんでした。そこでその女性は水がめをそこに残したまま町に行き、人々にこう言うのです。

女06:「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」

人目を避けていたその女性は、イエスさまと出会うことで人目をはばからずメシアについて証言する者へと変えられていったのです。彼女はイエスという「生ける泉」から確かに命の水をいただいて飲むことができた。主との出会い、主とのやりとりは、人々をこのように解放していったということがそこには鮮やかに記されていて印象に残ります。

私たちもまたこの泉のほとりに招かれています。エルサレムでもゲリジム山でもないところで、キリストのみ名によって、霊と真理をもって父なる神を礼拝する時が来ている。今がその礼拝の時なのです。私たちの集っているこの礼拝がそれです。その時サマリアの婦人がイエスさまとのやり取りを通して劇的に変えられたように、キリストの礼拝を通して、神の生ける御言を通して、私たちもまた「人目を避けて陰の中を生きる者」から「人目を恐れず主の明るい光の御業を証しする者」へと変えられてゆくのです。

主は私たちの一番奥底にある魂の飢え渇きを知っておられる。そして私たちの魂の渇きをご自身の渇きとして背負われたのです。十字架の上で主は「わたしは乾く」と言われたように。そしてその渇きの深みへと降りてゆかれ、そこに地下からコンコンと湧き上がる岩清水を注ぎ出してくださるのです。

主の深い憐れみの言葉を心に刻み、泉のほとりでの婦人と主とのやりとりを思い巡らしながら、ご一緒にこの水を味わってまいりましょう。

「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

お一人おひとりの上に主の豊かな祝福がありますように アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2008年2月24日 四旬節第三主日礼拝説教)

説教 「羊飼いの声を聞き分ける」 大柴譲治

ヨハネによる福音書 10:22-30

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

声の力

「聖書は神さまからのラブレターである」と言ったのはキルケゴールでした。聖書はどのページを開いても”I love you”という神さまの声が聞こえてくる。ラブレターを書いた時の気持ち、もらった時の気持ちを思い起こしてください。それは確かに神さまからの呼びかけの声に満ちています。聖書は色々な読み方が可能でしょうが、神さまからのラブレターとして読んでゆくことが相応しい。そこから「汝よ」と私に向かって語りかけてこられる「永遠の汝」の熱い呼びかけの声を聴き取ってゆくことが大切なのだと思います。

本日の日課はヨハネ10:7-21に続く部分です。そこにはこうありました。「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」(14-16節)。

本日は特に27節の「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う」というみ言葉に焦点を当てたいと思います。パレスチナでは群れの羊には一匹一匹名前が付けられていて、羊飼いは羊の名を呼びながら群れを守るそうです。羊は極度の近眼のため羊飼いの声を聞いて安心し、その声に導かれて群れとして歩んでゆくのです。今日はどのような時にも私たちを守るためにその名を呼んでくださる「羊飼いの声」に焦点を合わせつつ、み言葉に思い巡らせてゆきたいと思います。

「誘惑のない人生なんかつまらない」!?

先週の飯能集会ではヤコブ書1章を学んだのですが、そこには試練と誘惑についての言葉がありました。「わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。」「試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです」。

参加者のお一人の「誘惑のない人生なんて私にはつまらないわ」という発言に皆がハッとしました。確かにそういう面はあるだろうということで話の花が咲きました。なかなかエネルギーレベルの高い発言で、試練のただ中でそのように語るのは難しいでしょうが、とても正直な言葉だとも思いました。聖書を自分が納得できるように自分の腹で、「丹田で読む」ということは大切です。それらを分かち合うのが聖研の大きな楽しみでもあります。「なるほど!そういう読み方もあったか」。目からウロコの体験です。その意味で今、ベテル聖研もいとすぎも、水曜夕聖研も飯能集会も、聖書研究が面白い。

PGC開設25周年記念会に出席して

昨日(4月28日)、私はルーテル学院大学の人間成長とカウンセリング研究所(PGC)の開設25周年記念会で懐かしい方々と久しぶりにお会いしました。第一部の記念式典では清重先生や、本日の礼拝にもご出席のケネス・デール先生のご挨拶のお声を伺って嬉しく思いました。

続いて記念講演。岡山のノートルダム清心学園理事長の渡辺和子シスターから「日々の生活でもう一歩ふみだすために」というお話を伺いました。シスターは今年で80歳になられますが、まるで少女のようなその軽やかで透き通ったお声はまったくお歳を感じさせませんでした。9歳の時、昭和11年の2・26事件では、荻窪の自宅で当時教育総監であったお父様が46発の銃弾で射殺されるという痛ましい事件の目撃者でもあったのです。

実は、私は渡辺和子シスターのお声を以前に数回お聞きしたことがありました。最初は20年ほど前、牧師になりたての頃、福山での市民クリスマスにお招きすることになって、福山YMCAの担当者の友人と共に二人で倉敷(福山からは35キロほど東)のノートルダム清心女子大学学長室をお訪ねしたことがありました。その時にもシスターのストーリーテラーとしての独特の語り口が大変印象に残りました。

昨日のお話では特に、旧約学者の浅野順一先生の『ヨブ記註解』の「苦しみの中で心には穴が開く」という言葉をご紹介していただいたエピソードが心に残りました。ポッカリと開いた穴を通して新たに見えてくるものがあるというのです。自分の父親を目の前で殺された渡辺和子シスターの苦しみと悲しみの心の穴はどれほど大きなものであったことかと思います。

清重先生やデール先生、シスター渡辺のそれぞれ特徴的なお声に接して懐かしい思いにひたりながらも、私は今日の説教の主題である「羊飼いの声」について考えていました。声や語り口というものは生きてゆく上でとても大切で、声はその人の個性をよく表します。私たちの心の中には忘れることができない声がたくさんあるのだと思います。愛する者たちの声はいつまでも心の耳に響き続けているようです。デール先生ご夫妻の笑顔に接しそのお声を聞くと私たちがホッとするのも、やはりそのお人柄を思い起こすからでしょう。「声」は私たちの間にある関係というものを呼び覚まします。私たちに呼びかけてくる声は、私たちの大切なつながり、絆を思い起こさせてくれるのです。

羊飼いの声

私たちは直接、羊飼いイエスさまの声を聞いたことはありません。あのステンドグラスに描かれた羊飼いはどのようなお声なのでしょうか。やがて天のみ国に入ることが許された時に、そのお声を聞くことができることが楽しみでもあります。

「言葉」の持つ力、「声」の力というものを覚えます。赤ちゃんは胎内で自分に呼びかけてくる母親の声をかなり早い時期から聴き分けているようですし、母親の語りかけは乳幼児の情緒の発達において大切と言われています。物心ついた子供は絵本を繰り返し読んでもらうことが大好きです。それらは「声」の持つ大きな力を表していると思われます。私たちは向こうから呼びかけてくる存在によって自分が受容され、愛され、支えられると感じることを通して、私となるのです。人が神の似姿に造られているということは、そのような「永遠の汝」との応答関係の中に造られていることを意味します。

私たちは様々な人の言葉を覚えていますが、それらを想起する時には実はそれを告げてくれた懐かしい声をも同時に思い起こしているのではないでしょうか。私たちの両親や祖父母の声、家族の声、恩師の声、友の声、実際にはもう二度とこの地上では聞くことができない懐かしい声がたくさん私たちの心の中には刻み込まれているのだと思います。どれも忘れられない声であり、それらは私たちに生きることの大切さ、愛することの大切さを教えてくれた声です。そのような声が一つあればよい。一つでもそのような熱い声を思い出すことができれば、私たちはここに踏み止まって生きてゆくことができる。このことは私たちが生きる上でとても重要なことなのです。

終わりの日、羊飼いイエスさまの声を耳にする時に私たちが思うことは、それがとても懐かしい声に聴こえるのではないかと想像します。これまで人生の要所で何度も何度も私たちの名を呼んでくれた愛する者たちの声にそれは重なって聴こえるのではないかと。「羊飼いの声」とは実は、私たちが苦しみや悲しみを味わっている試練の時に、人生にポッカリと大きな穴が開いた時に、向こう側から聴こえてきて私たちをこれまで支えてくれた声なのです。マルティン・ブーバーは「個々の我と汝の出会いの延長線上に、永遠の汝が垣間見える」と言いましたが、実は私たちの羊飼いキリストは、親しい家族や恩師や友の声を通して私たち一人ひとりに向かって呼びかけて来て下さったのだと思います。そして私たちが自分自身を無にして、心を開き、耳を澄ませるとき、今も向こう側から私たちの羊飼いの声が聞こえてくるのです。

「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである」(ヨハネ10:27-30)。

そのような””I love you.”という私たちの羊飼いの呼びかけてくる懐かしい声を想起しながら、新しい一週間を過ごしてまいりましょう。お一人おひとりの上に豊かな祝福がありますよう、お祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2007年4月29日 復活後第三主日礼拝)

説教 「和解と平和のためにできること」 大柴 譲治牧師

ヨハネ 15:9-12

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」

私たちは毎年8月の第一日曜日に平和主日の礼拝を守っています。本日は8月6日。ヒロシマを覚える特別な日でもあります。和解と平和のために私たちに何ができるのか、そのことを覚えながら聖書が私たちに示すキリストの平和について思いを巡らせてゆきたいと思います。

私は牧師になって21年目の夏を迎えています。最初の9年間は広島県の福山教会で牧師として働きました。西教区には当時、私の前任者の松木傑先生(現聖パウロ教会牧師)が作った「平和と核兵器廃絶を求める委員会(通称PND委員会)」があって様々な活動をしていました。毎年5月の連休にはヒロシマ平和セミナーを開催していましたし、毎年平和主日のための礼拝式文を作って全国の諸教会に配布しました。原爆の図で有名な丸木位里・俊画伯の絵を下関と東松山の丸木美術館を往復してワゴン車で運んで、平和祈念巡回展なども開催いたしました。そこで得た収益を用いて、隔年で高校生のためのヒロシマ平和セミナーを開催したり、15年前(1991年)には30名ほどを連れて韓国・巡礼の旅を行ったこともあります。

私にとってヒロシマから牧師としての働きを始めることができたことは大変意義深いものであったと思っています。そこで体験したことが今も私の原点をなしているからです。暑い暑いヒロシマで、毎年8月6日の朝8時15分に、「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」と刻まれた平和記念公園での原爆慰霊祭に参加したことも忘れることはできない記憶です。ヒバクシャの方たちの証言やさまざまな出会いを通してそこで学ぶことのできた一番の大切なことは、「過去を心に刻みつけて思い起こす(想起する)ことの大切さ」です。

ヨハネ・パウロ二世『ヒロシマ平和アピール』

そのことに関して私は、ヒロシマを通して出会った二人の人の言葉を思い起こします。

一人は、1981年に来日されたローマ・カトリック教会の前教皇ヨハネ・パウロ2世です。ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世(在位 : 1978年10月16日 – 2005年4月2日)は、「空飛ぶ平和の巡礼者(空飛ぶ聖座)」と呼ばれるほど精力的に世界中を平和のために飛び回った教皇としても知られています。

(註:ヨハネ・パウロ2世は「旅する教皇」といわれたパウロ6世をはるかにしのぐスケールで全世界を旅行し、「空飛ぶ教皇(空飛ぶ聖座)」といわれるほどであった。最初の訪問国メキシコを皮切りに、1981年2月23日から26日までの日本訪問を含め、2003年9月に最後の公式訪問国となったスロバキアにいたるまでに実に世界100ヶ国以上を訪問している。他宗教や他文化との交流にも非常に積極的で、プロテスタント諸派との会合や東方正教会との和解への努力を行い、大きな成果をあげた。1986年には教皇として初めてローマのシナゴーグを訪れるなどユダヤ人への親近感を示しつづけたことなどでも知られる。さらに1980年代後半以降の共産圏諸国の民主化運動において、精神的支柱の役割を果たしたともいわれている。特に母国ポーランドの民主化運動には大きな影響を与えている。)

日本に飛行機から降り立った時に教皇が最初にしたことは、大地にひざまずいて、大地に口づけをされたことでした。このように謙遜な低い姿に私は大きなショックを受けました。自分でやろうとしても、これはなかなかできにくいことです。

その教皇のヒロシマ平和アピールを、当時神学生であった私は、仲間たちと一緒にルター寮のテレビで観ました。

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、『人間は信じられないほどの破壊ができる』ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。

この2つの町は、『戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする』と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。

本日、わたしは深い気持ちに駆られ、『平和の巡礼者』として、この地にまいり、非常な感動を覚えています。わたしがこの広島平和記念公園への訪問を希望したのは、過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことだ、という強い確信を持っているからです」 (1981年2月25日)。

そして教皇は、その平和アピールの中で、「過去を振り返ることは将来に対する責任を担うことである」という言葉を何度も繰り返されたのが印象的でした。「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」という原爆慰霊碑の言葉を体現していたように思います。

ヴァイツゼッカー『荒野の40年』

この平和主日にあたって私が思い起こすもう一人の人物は、西ドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領です。ルーテル教会の信徒代表でもあったと聞いていますが、1945年5月8日のドイツ敗戦の日を覚えつつ、『荒野の40年』という戦後40年という節目の記念講演の中で過去を心に刻むことの大切さを繰り返し強調しながら、「過去に目を閉ざす者は現在に対しても目を閉ざすことになる」と語りました。

ヴァイツゼッカー大統領の演説を少し引用します。

「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。

問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。

ユダヤ民族は今も心に刻み、これからも常に心に刻みつづけるでありましょう。われわれは人間として心からの和解を求めております。

まさしくこのためにこそ、心に刻むことなしに和解はありえない、という一事を理解せねばならぬのです。 」 (1985年5月8日)

これは心に響く真実の言葉であると思います。

「わたしの記念のためこれを行いなさい」(聖餐式設定辞)

「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」という慰霊碑の言葉を噛みしめてまいりました。過去の過ちを繰り返さないためには過ちをきちんと心に刻む必要がある。そしてそれを覚え続けていること、思い起こすこと、想起することが必要です。すべてを「水に流す」ということでは足りない。すべてを水に流してゼロから再出発すると、同じ過ちを何度も繰り返してしまうことになります。同じことを繰り返さないためには過去から学ぶ必要があるのです。

その意味で私たち日本人は、過去から学ぶことがヘタかもしれません。和解と平和を築いてゆくためには過去を忘れず、それを思い起こし続ける必要があります。それも犠牲になった者の視点から思い起こす必要があるのです。それが思い起こすのが辛いこと、忘れたいことであったとしても、その過ちを繰り返さないためにはそれを心に刻み、それを想起することを止めてはなりません。

私たちは今日も聖餐式に与ります。その設定辞の中で毎回語られる主の言葉があります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ。」「これは罪の赦しのため、あなたと多くの人のために流すわたしの血における新しい契約。」「わたしの記念のためこれを行いなさい。」この「記念のため(アナムネーシス)」と訳されている言葉は「想起する、思い出す」とも訳せる言葉なのです。主が最後の晩餐で分かち合ってくださったパンとぶどう酒は、聖餐式という形を通して二千年の間教会は忠実に行い続けてきたのですが、それは主の救いの出来事、受肉と十字架と復活の出来事を思い起こすために私たちに与えられているのです。

和解と平和のために私たちができることの第一は、キリストの出来事を思い起こすことなのです。それは今日の使徒書の日課であるエフェソ書2章が的確に語っていました。「しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。」

「敵意」を滅ぼした十字架の愛による平和

主の十字架がゴルゴダの上に立って既に二千年近くが経ちますが、力でもって平和を実現しようとするキリスト者もいます。主の語る言葉に照らし合わせてみると、それは明らかに間違っています。十字架とは力づくによる平和を意味しません。力づくでは終わることのない敵意と憎悪の連鎖反応をエスカレートさせるだけなのです。十字架において主が明らかにされた真実は、愛による平和なのです。それは自分を殺そうとする者のために赦しを祈るほどの愛です。主は十字架の上から祈られました。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのか知らない(分かっていない)のです」(ルカ23:34)。

本日の福音書の日課であるヨハネ福音書は明確に語っています。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。」

愛は暴力よりも、死の力よりも強いのです。たとえそれがどれほど無力に見えても、ただ神のアガペーの愛がすべてを造り変えてゆくのです。私たちはそれを信じるようにされているのです。和解と平和のために私たちのできることは、十字架の上にすべてを捧げてくださったキリストの無限の愛を信じ、それを宣べ伝えることなのです。迷いつつ自分の無力さをかみしめながらジタバタしつつも、キリストの十字架の出来事を思い起こし、その愛の力に信頼すること。これだけが私たちにできることではないか、そう思います。

和解と平和のためにできること~平和の巡礼者として生きる

最後にもう一度「平和の巡礼者」と呼ばれたヨハネ・パウロ二世の言葉を引用してこの説教を終わりたいと思います。

「だれにも神はその人固有の使命を与えておられる。その使命は、いのちを神のもとに返すまで続くのである。年老いたから、病弱だからということで、その使命が生きられないということはない。それは理由にはならない。いのちの最後まで、人間として自分を昇華させなければならない。神はお望みの時まで、お望みのように、人をお使いになるということを確信している」

神がその和解と平和の使者として私たち一人ひとりを用いてくださいますように。今に目を閉ざさないためにも、将来に対する責任を担うためにも、過去を振り返り、自らの心に刻みつけることができますように。

フランシスコの平和を祈りを祈ります。

お一人おひとりの上に神さまのみ業が現れますように。

アッシジの聖フランシスコの平和の祈り

わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を
疑いのあるところに信仰を
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びを もたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することをわたしが求めることができますように
わたしたちは与えるからこそ受け、ゆるすからこそゆるされ
自分を捨てて死んでこそ 永遠の命をいただくのですから アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年8月6日 平和主日聖餐礼拝 説教)

説教「光の音色」 関野 和寛牧師

ヨハネ 3:13-21

最後の奉仕

いよいよ来週からわたしは、東京教会に遣わされ牧師として歩みだします。ですが、その旅立ちの最後の日曜日に、ここ母教会むさしの教会で奉仕をさせていただきます。わたしを神学校へと送り出し、またこの四年間わたしのために絶えず祈りつづけてくれた皆さんに、感謝とありがとうの気持ちで一杯です。

この受け続けた恩をどのようにお返ししたらいいか考えてみました。献金で生活や本代を支えてくださったり、塩やジャム時にはチョコレートをくださったり、最近では新生活のために、包丁や食器を下さった方もいます。本当に手ぶらで返る日曜日は一度も無かったように思えます。本当に支えていただいた事実と時間の大きさに圧倒されて何もお返しできないというのが正直な所であります。

ですが、わたしに今日できること、いやしなくてはいけないことがあります。それはいつもと同じようにこのむさしの教会に集う皆さんに、イエスさまが語ろうとしていることを、聖書の御言葉を届けることであります。それだけしかできませんが、それが全てだと思うのです。

ステンドグラスの夢

今日は四旬節の第四主日です。主の十字架のへの道を思いながら、わたしたちは主の苦しみを、そして自分の罪を見つめながら過ごす時を持っています。わたしは先日ある夢を見ました。わたしが晴れた朝教会に来て見ると、このステンドグラスのガラスが全て外れているのです。この主の姿を形作っている色とりどりのガラスが全て無くなっていて、ガラスを支える淵だけが残されているのです。わたしは唖然として立ち尽くしてしまいました。なんだか廃墟にひとり取り残されたような喪失感さえ覚えながら、時間が止まってしまったのです。そして夢はそこで終わりました。

わたしは夢の意味が全く分からないまま、この四旬節を過ごして来ました。そして主の十字架の苦しみを思いながら、今日読んだ聖書の箇所を読んだ時イエスさまの言葉がこころに響きだし、はじめて自分が見た夢の意味が分かった気がしたのです。

16節「神は、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。ひとり子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」この言葉に何度も何度も想いをめぐらせていた時、このガラスの外れたステンドグラスの夢の意味が分かったのです。

わたしが立ち尽くしていた、朝の教会、そこにはイエスさまの姿を彩るガラスが無くなっていたけれども、それはがっかりすることではなかったのだ。ガラスはなかったけれども、その時わたしはこのフレームから差し込む朝日に照らされていたのです。そして分かったのです。「主イエスさまの本当のお姿は光そのものなんだ」と。ガラスが無くなっていたのは、神様がそのことをわたしに直接教えるためであったのだと思いました。

これだけ聞くと、「関野は何おとぎ話みたいな夢を見ているんだ」とお思うかもしれません。ですがこのように「主イエス・キリストは真の光だ」と強い想いが与えられたのは、自分の中に悩み、深い闇があることに気がつかされたからだと思います。先ほど読んだ福音書の19節には「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光より闇の方を好んだ」とあります。

闇に生きる

ヨハネ福音書は実に明確に「光」と「闇」と言う言葉を使い分けています。ヨハネ福音書3章の初めを読むとわかるのですが、今日の日課はファリサイ派の議員のニコデモという人物との会話の中での主イエスの言葉であることがわかります。2節を見ると「ある夜」という言葉が書かれています。ニコデモは夜、つまり闇の中で主イエスに出会っているのです。

これはニコデモを通しして、聖書が神から離れた人が闇の中、つまり罪の中ににいるということを示しているのです。ですから主イエスは聖書の中で執拗に闇について語るのです。「人々は光よりも闇を好むこと、悪を行う者は光を憎む」と。

ヨハネだけではなく聖書は実に的確に人という存在が闇の中にいるということを書いています。詩篇でもパウロの書簡でも実に多く闇という言葉が出てくるのに気がつかされます。聖書の最初のページを開けば、創世記では光が創造される前にすでにもう闇が深淵の表にあったと書かれているほどです。

聖書がこれだけしつこく闇について語るほどに、また同時に今を生きるわたしたちも実に深い闇に包まれています。先ほどわたしは悩みがあって、自分の中に闇を見たといいました。

今日このように牧師として皆さんの前に立てることは実に光栄なことです。ですが、正直にわたしのうちには喜びと同じだけ、もしかしたらそれ以上に闇があるのです。4年間を振り返ってみると、本当に多くの困難がありました。個人的に一番大切であった願いや人間関係の多くを失ってきたといっても過言ではありません。もしかしたら、牧師になる為の学びとはまたキリスト者になるということは、大切なもの無くし続け、それでもそれ以上に大切なお方と出会うことを確信する学びなのかもしれません。

一緒に神学校で学んでいた同級生の半分が、様々な理由で神学校を去っていってしまい、そのうちのひとりは他界してしまいました。またもうひとりの親友とは連絡が取れなくなってしまいました。

また牧師の服を身にまとっても、わたしのこころは何ひとつ変わっておらず、依然として人を憎み、自分のことしか考えていない自分がいることに、痛いほど気がつかされたのです。

今わたしが細かく自分の中にある闇を説明しなくとも、皆さんおひとりおひとり抜け出せない闇を抱えておられると思うのです。それは病や不安であったり、将来のことであったり、実に様々な闇を持っていらっしゃると思うのです。愛する人との死別という闇だってあります。それだけではなく、誰かを傷つけてしまった、または親しい人に傷つけられて、癒されない心の闇を抱えている方もいるでしょう。そうですヨハネ福音書が記すように、わたしたちは神を信じても、それでも闇の中から抜け出せず、その中に留まってしまうのです。

この人間の状況は創世記で描かれる最初の人アダムとエバの時から始まっています。何ひとつ不自由しない光り輝くエデンの園にいながら、神に背き禁断の木の実を食べた二人は、自ら暗闇のそこに落ちていったのです。人は暗闇の中にいる時、その闇の中でもがくことで精一杯になり、自分がどこにいるのか、自分が何をしているのかが見えなくなります。

だからこそ、神はアダムとエバに語りかけるのです「どこにいるのか?」と。この「どこにいるのか?」光を創造し恵み限りを与えたのに、自ら闇の底に落ちてしまった人を見捨てることなく、必死で探す神の悲痛な嘆きがそこにあります。

闇のキリスト

そして神は人を見捨てることをしませんでした。それどころか、神は究極的な救済措置、救いのみ技をなすのです。それが今日読まれた、福音の中の福音です。16節「神は、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。ひとり子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」と。  この御言葉には、自分のひとりの息子をベツレヘムの飼葉桶という夜の闇に送り、その生涯を通して十字架という絶望の極みにまで我が子を送った父なる神の闇があります。そしてキリストご自身の受難、苦しみがあります。だがその痛みを覚悟で神はわたしたちを救おうとされたのです。 わたしたちの闇の深さは計り知れません、誰にも言えない罪さえ抱えた闇、それを赦し、解放する為に自ら闇のどん底に飛び込んで来て下さったのです。それがこの御言葉の重みであります。

「世を愛された」の「世」とは神に背を向けてしまうこの世界と全ての人を表す言葉です。主イエスの十字架、この究極的な愛の出来事は誰一人をも滅びに落ちることを許さないのです。夜の闇の中で、イエスさまを信じていなかったニコデモに語られたこの言葉、「神は、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。ひとり子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」この言葉はみなさんが抱えている闇にも届くのであります。

わたしたちだけではありません、わたしたちの家族、親しい人、憎む人、死別してしまった人、全ての人々に向けられる主の御言葉なのです。

光の音色

この1週間、わたしは自分の闇とまた夜の闇とずっとにらめっこをしていました。そして紙に大きく暗闇という漢字を書きました。暗いとは、日の音と書きます。闇とは門の中に音があると書きます。漢字はシルクロードを経てキリスト教の要素を大いに含んでできたと言われています。

そしてわたしは感じました。暗闇にいる時、人は前の物も後ろの物も、今どこに自分がどこにいるのかさえ分からなくなる、光さえ見えなくなってしまう。だからこそ、わたしたちは光の音に耳を澄ますのではないかと。同じくヨハネ福音書でイエスさまはご自分のことを門であると言われました。闇という字はもしかしたら、この救の門であるお方の音を聞く場所であるということを現しているのではないかと気付かされたのです。また暗いとは日、日の音、つまり光の音を聞く場所であるということを示しているのではないでしょうか。

わたしは力不足ながら、皆さんの悩みを解決できるような者ではありませんし、病を癒すこともできません。神の光を指差して示すこともできません。もしかしたら、イエスさまの光とはかっこよく閃光のように上から照らす光ではないように時より思います。光なるイエスさま、それは上から照らすようなものではなく、十字架にあげられ、自らが闇と絶望を体験することにより、わたしたちの闇の底にまで下りて来てくださるお方なのではないでしょうか。

このようなお方の御言葉こそが光なのではないでしょうか。光にもし音色があるとしたらそれはただひとつ、キリストの声であると思います。このイエスさまの声が聞けるからわたしたちは闇から救われるのではないでしょうか。たとえ光が見えなくても、イエスさまの声、あなたの救いのために命を投げ捨てたという主の声を聞くことがわたしたちの救いなのではないでしょうか。

黄金にまぶしく光輝く光ではなく、わたしたちの闇の底であのロウソクのようにじわりと燃えるやわらかく優しい光なのではないでしょうか。

この四旬節を通して自分の罪と向き合う方々、また特に病や苦しみの中にある方々にこのイエスさまの光が与えられるようにと節に願います。わたしたちがたとえどんな闇の中にいようともこの主の救いの御言葉がみなさんおひとりおひとりに届くようにお祈りしています。

(2006年3月26日 四旬節第四主日礼拝説教)

説教「キリストの神殿」 大柴 譲治牧師

ヨハネ 2:13-22

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

なぜ主はかくも激しく抗議したのか

今日私たちは、福音書の日課に記されているイエスさまが神殿から商人を実力行使で追い出すという過激な行動に驚かされます。エルサレムの神殿はヘロデ大王が46年間をかけて建築した神殿で、それはそれは壮麗なものであったと伝えられています。そのイエスさまの神殿での「宮清め」は人々の度肝を抜き、強く当時の人々の印象に残ったに違いありません。マルコやマタイ、ルカ福音書においては神殿を壊し、三日後に建て直すというこの言動が結局、神への冒涜としてイエスさまを十字架へと追いやったという書き方がされています。それほどこの行為は、ユダヤ人指導者階級の逆鱗に触れた行為だったのです。

もう一度読んでみましょう。「神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。『このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。』弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した」。なぜイエスさまはエルサレム神殿においてこのようなことをなさったのか。本日はこのことの意味を探ってまいりたいと思います。

それにしても、イエスさまも怒るべき時には怒るのだということを私たちは知らされます。それもものすごい剣幕です。私たちも怒りや激情に駆られて思わず大胆な行為をしてしまうことがありますが、しかしこのイエスさまの行為は、そのような発作的な行為、偶発的な行為ではなさそうです。イエスさまが犠牲の動物たちを押し出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒したのは、それが私たちにとって重要な事柄であり、緊急な事柄であるということを示す必要があったからだと思います。だからこそ決然として主は行動を起されたのです。イエスさまは毎日のようにエルサレム神殿で教えを語っておられたようですから、それは象徴的な行為、しるしとしての行為であったとも考えられます。神殿を警護する神殿守衛体やエルサレムを警備するローマの兵卒たちが駆けつける前にこの騒動は一応収まったのでありましょう。

イエスさまはエルサレム神殿を「わたしの父の家」と呼び、そこを「商売の家にしてはならない」と叫ばれました。そこは父なる神の「祈りの家」であるべきなのです。神殿とは、神さまと私たちとが固く結びついているということを示す祈りの場です。本日の旧約聖書の日課(出エジプト20:1-17)には十戒が与えられていましたが、その最初に「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」と記されていたように、神殿は神との関係が質される場なのです。そこでは神との関係こそが大切であり、それ以外のものが中心に置かれてはならない。取って代わってしまってはならないのです。ただ神さまとの関係こそが第一であり、すべてである。「神殿」とはまずそのことが明確に示されるべき場所なのです。

周辺的なことにこだわりすぎると、中心が曖昧になってしまう。そのようなことが私たちにはよく起こります。イエスさまにとってはその最も中心的な事柄、神関係こそがまず第一に回復されるべき事柄であったのです。その意味で、イエスさまのこの大変過激な宮清めの出来事は「真の神を真の神とする」信仰の刷新の出来事であり、宗教改革の出来事であったと申し上げることができましょう。

ヨハネ福音書が、他の三つの福音書とは異なり、この宮清めの出来事を2章の、カナの婚宴で水をぶどう酒に変えるという最初のしるしの後に置いていることも、その重要性を表しています。イエスさまのご生涯が、私たちに十戒を十戒として取り戻すための、真の信仰をもう一度取り戻すために備えられているのだということを、ヨハネ福音書は中心的神学的な主題としてその最初に記していると申し上げることができましょう。

日常生活のただ中で神を神とすること

そしてその出来事はどこか遠いところで行われた出来事ではありません。私たち自身の心のただ中で、私たち自身のために行われた出来事であり、今もなお行われ続けている出来事なのだと思います。イエスさまは野の花、空の鳥を指さしながら「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば必要なものはすべて添えて与えられるのだ」とおっしゃいましたが、真の神を神として礼拝し、心からの讃美と祈りと感謝を捧げること。それも特別な日、特別な場所だけではない。日ごとの日常生活の中で神を神とすること、これが私たちに求められている事柄でありましょう。

この場所(むさしの教会)は、言うなれば私たちにとっての「エルサレム神殿」と申し上げることができましょうが、ここでは毎週日曜日に礼拝が行われています。感謝の捧げ物も捧げられてゆきます。冠婚葬祭の式が行われます。それだけではない。バザーもあれば、音楽会もあれば、講演会もあるし、様々なグループの活動が行われます。しかしすべての中心は、あのステンドグラスに明らかなように、イエスさまを通して天の父なる神を神とするということにあります。その中心がもし曖昧になっているとすれば、私たちには宮清めが必要でありましょう。そのことは神を神とするためにも私たちが常に自らに問い続けなければならない事柄であると思います。

人生の中心は天の父なる神さまとの関係にあるということは明確です。あのステンドグラスに描かれたお方が、その関係を私たちにもう一度回復するために十字架にかかり、三日目によみがえってくださった。このお方のゆえに私たちは、もはやエルサレム神殿のような特別な空間や時間を必要としない。キリストご自身が私たちのために神の宮となってくださったのですから。いつどこででも私たちは、主イエス・キリストのみ名によって、十字架と復活の出来事を通して、天の父なる神さまとつながっているのだということを覚えたいと思います。

HM兄のこと

神を神とすること。それが本日の宮清めの出来事です。何か見えるもの、壮麗なもの、儀式的なもの、祭儀的なものに頼ることはできません。言い換えれば私たちの生活、私たちの人生の中心に神さまを持つということです。そのことの重要性は普段の生活においてはあまり見えてこないことかもしれません。しかし私は牧師として様々な場面に立ち会わせていただきますが、いざという時に力になるのは、やはり神を信じる信仰ではないかと思います。もちろん、信仰というのは思い込みとは違います。思い込みが自分の中にあるもの、自由度が乏しい頑ななものであるのに対して、信仰とは自分の外にあるもの、自分と神さまとの間にあるものであり、もっと自由でしなやかで柔らかいものです。信仰とは神さまとの生き生きとした信頼関係を指しています。信仰とは自分の思い込みや計画や信念や自信が打ち砕かれた後にも残るものです。それは私たち自身の中から来るものではなく、上から神さまから来るからです。人生のまことの土台、まことの中心を与えられているかどうか、持っているかどうかが私たちに問われているのです。

私はこれまでにいくつもの死の看取りをしてまいりました。忘れられない出会いがあり、別れがありました。お一人おひとりの真剣なまなざしと安らかなお顔を思い起こします。真の神を神とするということの力は、普段は分からなくとも、そのような時に真価を発揮するのだろうと思います。

この教会のメンバーでもあられたHM兄のことを思い起こします。Mさんは五年前の8月にすい臓ガンのために70歳のご生涯を終えて、安らかに神さまのみもとに帰って行かれましたが、むさしのだよりに次のような言葉を記してくださいました。「小学校の時から祈りと聖句に支えられてきました。今でも寝る前に『神さま、み心ならば、安らかにあなたの国へお召しください。また、み心ならば、明日の朝起こしてください』と祈っています。私の中に生きる欲があるからでしょう。そして、何よりも私の心の中に、母の信仰が生き続けているんです。」

寝る前に「神さま、み心ならば、安らかにあなたの国へお召しください。また、み心ならば、明日の朝起こしてください」と祈る姿勢。この信仰の姿勢が日常生活の中で、死に至るまで最後まで貫かれたのだと思います。Mさんの最後のお顔が不思議な平安に満たされていたことを私は忘れることができません。

「キリストの神殿」としての私たち

今は四旬節。主の十字架の道行きを覚える期節です。ヨハネ福音書は記します。「ユダヤ人たちはイエスに、『あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか』と言った」。権威が重要だったのです。「イエスは答えて言われた。『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。』それでユダヤ人たちは、『この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか』と言った。イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた」(ヨハネ2:18-22)。

十字架と復活の主イエス・キリストこそ、私たちに神との生き生きとした関係を取り戻すために上から与えられた新しい神殿だったのです。キリストを信じる信仰において、私たちには空間や時間に限定されない真の礼拝が始まったのです。私たちが見習うべきは、主がどのような時にも父なる神さまに対して「アッバ父よ」と呼びかけられ、霊とまこととをもった人格的応答関係に生きられたことでありましょう。祈りということはそのような神との対話を意味しています。キリストが私たちのために心の宮清めを行ってくださり、自らが神の神殿となってくださったことを覚えて感謝したいと思います。そしてそこから私たち自身もまたキリストの神殿として信仰生活を送るように召し出されているのです。

最後にパウロの1コリント6章からの言葉を読んで終わりにします。

「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい」(1コリント6:19-20)。

お一人おひとりの上に神さまの豐かな守りと導きがありますように。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年3月19日 四旬節第三主日礼拝説教)

説教「私たちと共におられる神」 鈴木 浩牧師

ヨハネによる福音書 1: 1-14

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

クリスマスの最大の意義

クリスマスおめでとうございます。今年もこうしてご一緒にクリスマスをお祝いすることができることを心から神に感謝したいと思います。今年も世界中でクリスマスがお祝いされています。また、日本でも様々な形でクリスマスが祝われていますが、クリスマスを祝う最大の意義は、クリスマスの出来事とはそもそも何であったのか、そして、それが今の私たちにどんな意味を持っているのかを改めて確認することにある、と言えるでしょう。ですから、クリスマスを祝うのに最もふさわしいのは、クリスマスを記念する礼拝ということになります。

ヨハネ福音書の伝えるクリスマスの出来事

今年のクリスマスの福音書日課は、ヨハネ福音書1章1節以下14節までの箇所になっています。「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」という印象的な書き出しで始まるこの部分は、ヨハネ福音書全体の「序文」に相当します。

ここで「言葉」と訳されている言葉は、「ロゴス」というのがもとの言葉で、普通の意味での「言葉」よりももっと広い意味を持っています。「理性」とか「根拠」とか「論理」とも訳しえる言葉です。英語の「ロジック」(論理)という言葉は、この「ロゴス」がもとの言葉です。しかし、最も一般的な意味では、「言葉」という意味で使われるので、ここでも「言葉」と訳されています。一番古い日本語訳の聖書は名古屋弁で書かれていたそうですが、その翻訳では「初めに賢いものござった」という具合に「賢いもの」と訳されていたそうです。ある翻訳では「道」という漢字をあてて、それに「ことば」という読み方が付けられています。

しかし、この序文の中で、クリスマスの出来事と直接の関連があるのは、きょうの日課の一番最後にある14節の「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた」という箇所だけです。「言葉が肉となる」、それがヨハネがクリスマスの出来事を総括して語っている言葉なのです。ここには、私たちにお馴染みの「ベツレヘムの星」も「東方の博士」も出て来ませんし、マリアもヨセフも出て来ません。クリスマスの雰囲気を出すには不可欠だと思われる出来事も何も書かれていませんし、お馴染みの人物も登場して来ないのです。ただ、「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた」という、聞きようによっては非常に謎めいた言葉があるだけです。

クリスマスの出来事が何であるかは、幼稚園の子供でも一応分かっています。マリアからイエスが生まれたというのがその出来事の中心にあります。しかし、マリアが産んだ子供は、マリアが産んだのですから、マリアの子供ではあっても、聖霊によってみごもっていたので、神の子である言われています。子供たちも、イエスが神の子であるということは知っています。イエスの誕生は何か非常に特別な出来事で、だからこそ、天使が現れたり、不思議な星が現れたり、遠くから博士たちもやって来たのだ、ということも子供たちは知っています。

しかし、子供たちも含め、私たちがクリスマスについて抱いているイメージは、マタイ福音書とルカ福音書に記されている出来事が中心になっています。多分、ほとんどの人は、「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた」というヨハネ福音書の言葉をクリスマスに結び付けて読むことはないでしょう。教会に来ている人でも、クリスマスのテキストとして、この箇所がクリスマス礼拝で読まれて初めて、この箇所をクリスマスとの関連で改めて考える、というくらいではないでしょうか。

「肉」となった「神の思い」

しかし、それにしても「言葉は肉となり、わたしたちの間に宿られた」というのは、不思議な表現だと思います。まず、「言葉」という言葉も、先ほど説明したように、日本語とか中国語とかいう意味での「言葉」ではありませんし、私たちがお互いに話をするときに使う「言葉」という意味でもありません。少しくだけた言い方をしますと、それは「神の抱く思い」とか「神の考え」というような意味なのです。しかし、「神の思い」といっても「神の考え」といっても、人間の思いや考えと違って、漠然としていたり、曖昧だったり、矛盾したところがあったり、というようなことはありませんから、筋道がしっかりと通っているという意味で「論理」とか「根拠」という意味を持つ「ロゴス」という言葉が使われ、それが「言葉」と訳されているのです。

「神の思い」という言葉に切り替えて、最初の文を見てみれば、「初めに神の思いがあった。神の思いは神と共にあった。神の思いは神であった」となります。もう少し言い替えれば、「神の思い」は「神の意志」ということになりますから、「初めに神の意志があった。神の意志は神と共にあった。神の意志は神であった」となります。ヨハネ福音書の冒頭の言葉が意味しているのは、実は、そういうことであります。「神の意志」は「神そのもの」ではありませんが、「神の意志」の中に神の全体が示されているという意味では、神の意志は神なのです。ちょうどある人の意志が、断固としたものであれば、そこにその人の人格全体が示されているという意味で、「その人の意志はその人である」と言えるのと同じ意味で、「神の意志は神」と言えるでしょう。

すると、「言葉は肉となった」という表現は、「神の意志が肉」となった、と読み替えることができるでしょう。しかし、まだ問題があります。この「肉」という表現も、普通の意味での「肉」では、無論、ありません。日本語では「肉」という言葉は、「牛肉」とか「豚肉」という意味で使うのが普通です。あるいは、精神と区別して「肉体」と「精神」という表現も使ったりします。

しかし、ここでは「肉」という言葉はそういう普通の意味ではなく、非常に特別な使われ方がされています。結論から言えば、神が「霊」であるのと対比して、人間が「肉」と言われているのです。「肉」というのは、ここではずばり「人間」という意味なのです。すると、「言葉は肉となった」という表現は、「神の意志が人間になった」と言い替えることができるでしょう。しかし、「神の意志は神と共にあった。神の意志は神であった」と最初に言われていましたから、「神が人間になった」という言い方も可能になります。

このように、今の私たちに一番分かり易い言い方にすれば、ヨハネ福音書1章14節の言葉は、「神が人間になった」ということになります。このことは非常に重要な意味を持っています。というのは、幼稚園で私たちがするクリスマスの話し方で行けば、神の子のイエスは、父親が神様で、母親がマリアで、その間に生まれた子供、ということになるからです。多分、子供たちにはそれ以外の理解はできないでしょう。しかし、イエスはだから「神と人間のハーフ」で、半分が神で半分が人間だ、などということではないのです。ヨハネがここで言っていることは、それよりも更に一歩踏み込んでいます。ヨハネは「神が人間になった」と断定しているのです。イエスは神と人間のハーフではなく、人間となった神なのだ、とヨハネは言っているのです。

使徒パウロも教会の礼拝式文を引用して、「キリストは神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思われず、かえって自分を無にして、僕の身分となり、人間と同じ者になられました」と言っています。「神の身分」「神と等しい者」が「僕の身分」「人間と同じ者」になった、というのです。ですから、パウロも、ヨハネと同じように、実質的には「神が人間になった」と言っているのです。

「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた」と書いたヨハネは、クリスマスのあの物語をすべて省略した代わりに、「神が人間となって、人間として、人間の間に住まわれた」と言っているのです。それが、「言葉は肉となり、わたしたちの間に宿られた」というヨハネの言葉が意味していることなのです。ヨハネは、このようにマタイやルカよりも更に一歩踏み込んだ発言をしているのです。

私たちと共におられる神~「インマヌエル」

ところで、福音書記者マタイは、イエスの誕生を記した物語の締め括りで、イザヤ書を引用して、「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は『神は我々と共におられる』という意味である」と書いています。「人間と共におられる神」、それが「インマヌエル」の預言の意味だというのです。マタイは、人間の救いとは、神が人間と「共にいてくださる」という事実にある、と言いたいのです。しかし、「共にいる」という言葉で考えられるのは、例えば、「連帯」とか「共存」とか、あるいは「共生」といったようなことだと思いますが、人間はいろんな形で、あるいはいろんなレベルで、「共にいる」ことができるでしょう。

ヨハネによれば、神は、自ら「人間になる」ことによって、神が人間と共にいるというあの預言を成就されたのです。「人間になる」ということは、最も密度の高い仕方で「人間と共に」いる、という意味です。神は神のままで、「人間と共にいる」ということも、あるいはできたでしょう。しかし、それでは、神と人間との間には依然として大きな距離があることになります。神が人間との距離をなくして、真の意味で「人間と共にいる」ためには、神ご自身が「人間となる」以外にはないのです。「神が人間となる」というのは、神と人間の間の無限の距離を神が自ら取り除いてくださって、その上で「人間と共に」いてくださる、ということなのです。それが、インマヌエルという出来事、つまり、「神は我々と共におられる」という出来事だったのです。そして、それが、クリスマスの本来の意味なのです。

しかし、神が人間になられたとき、神はマリアから生まれるという形でこの世に来られたのです。そのことを考える度に、大きな驚きに捉えられます。「人間となられた神」であるイエスは、マリアの腕に抱かれてあやされている赤ちゃんなのです。人間の赤ちゃんですから、母親からおっぱいをもらい、母親におむつを換えてもらい、母親に始終世話をしてもらわなければ、一日たりとも生きていけないのです。全能の神が、母親がいなければ何もできない、無力な赤ちゃんの姿でマリアの腕に抱かれているのです。それが、クリスマスの出来事なのです。

それは、神が文字通り徹頭徹尾「人間と共に」おられることを示しています。もう一度、使徒パウロの言葉を引用したいと思います。「キリストは神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思われず、かえって自分を無にして、僕の身分となり、人間と同じ者になられました」。これが、クリスマスの出来事を振り返ってパウロが書いている言葉です。「かえって自分を無にして、僕の身分となり、人間と同じ者になられました」とパウロは言っているのですが、ごく当たり前の人間と同じように、赤ちゃんとして生まれ、母親の世話になりながら育っていくというところまで、普通の人間と同じなのです。

もう一度、ヨハネ福音書の序文に戻りますが、1章の4節には、「言葉の内に命があった。命は人間を照らす光であった」とあります。更に5節には「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」と書かれています。ここにある記述は、暗い夜に輝くベツレヘムの星とイメージが重なります。クリスマスは明るい太陽の光のもとで起こった出来事ではなく、暗い夜に星の光のもとで起こった出来事であるというイメージが強いのですが、そのようなイメージにぴったりの記述です。

しかし、ここで言われているのは、単にそのような風景のことではないのです。人間となられた神、イエス・キリストは、「人間を生かす命」であり、「人間を導く光」だと言われているのです。しかし、ここにある「暗闇」とはいったい何のことでしょう。それは、この世界を示しています。それだけではなく、「暗闇」とはわたしたちの心の奥の暗闇も示しています。

無論、誰もが知っているように、この世界は暗闇だけではありません。わたしたちに希望や勇気を与えてくれるようなことも、確かにこの世界にはありますし、わたしたち自身の心も、無論、暗闇で覆われているわけではありません。喜びもありますし、楽しみもあるのです。しかし、そうした希望、勇気、喜び、楽しみを与えてくれる出来事と並んで、そうしたものを一瞬のうちに凍らせてしまうような暗い出来事もあるのです。この世界にも、わたしたちの心の中にも。そして、いったんそのような闇がこの世界を覆うとき、あるいはわたしたちの心を覆うとき、わたちしちはもはや楽観的な見方はできなくなるのです。暗闇はどんな片隅にあったにしても、いったんそこに目を向ければ、その暗闇は全体を覆うようになります。

しかし、そのような暗闇で光が輝いているとヨハネは言います。かつて預言者のイザヤも、「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」と語っていました。「神が人間となり、人間として、人間の間に住まわれている」という事実が、その光なのです。「インマヌエル」、つまり、神がわたしたちと共にいてくださること、しかも、わたしたちと同じように無力な赤ちゃんとしてこの世に生を受け、この世を人間として生きられた神が、わたしたちと共にいてくださるという事実こそが、その光なのです。そして、その事実は、この世界でも、わたしたちの心の中でも、消えることのない光として輝いているのです。

この世界が、あるいはわたしたちが、その事実から目をそらして再び暗闇に覆われてしまうということはありえるでしょう。しかし、そうではあっても、「光は暗闇の中で輝いている」という事実には、いささかの変わりもないのです。神が人間と共にいてくださるという事実、神がこの世界の中に、またわたしたちの心の中にもいてくださる、という事実は、何があっても揺らぐことはないのです。それが、クリスマスという出来事だったからです。

インマヌエル、「神がわたしたちと共に」、それがクリスマスの出来事が持っている意味なのです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2005年12月25日 聖降誕日聖餐礼拝。鈴木浩先生はルーテル学院大学・日本ルーテル神学校歴史神学教授。付属ルター研究所所長。日本福音ルーテル教会教師会長)

説教「荒野から響いてくる声」 大柴譲治牧師

ヨハネによる福音書 1:19-28

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

洗礼者ヨハネの使命

荒野からの声がします。「主の道をまっすぐにせよ」。このイザヤの預言は洗礼者ヨハネにおいて実現しました。洗礼者ヨハネは神のメシヤであるイエス・キリストの到来を指し示す荒野の声としての使命を果たしたのです。本日は「荒野から響いてくる声」と題して、洗礼者ヨハネに焦点を当てながら、私たちに与えられた「この世におけるキリスト者の使命」ということについて思いを巡らせてゆきたいと思います。

自分に天から与えられた使命を自覚し、そのために生き、また死ぬることができる者は幸いであります。たとえそれが人間的に見ると天寿を全うしたというように見えなかったとしてもです。洗礼者ヨハネは自分が正しく与えられた使命を果たしたかどうか獄中で揺れ動いた時もあったようです。ですからマタイとルカはヨハネが獄中からイエスのもとに弟子たちを送って「来るべき方はあなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」と問わせている(マタイ11:2-19、ルカ7:18-35)。

イエスを指し示す荒野の声の役割を終えると、ヘロデに捕えられ首をはねられてゆくという無残な最後を迎えてゆきます。しかしヨハネは満足していました。尽きることのない喜びに満たされていたのです。「天から与えられなければ、人は何も受けることができない。わたしは、『自分はメシアではない』と言い、『自分はあの方の前に遣わされた者だ』と言ったが、そのことについては、あなたたち自身が証ししてくれる。花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」(ヨハネ3:27-30)。

松下容子姉のこと

「使命」ということで思い起こすのは、私がこの教会に着任した時に求道しておられた松下容子さんのことです。松下さんはガンで余命半年と宣告されてから、お友達の青村さんのおられるこの教会で求道を始めました。徳善先生の頃です。そして私へとバトンタッチをし、1997年のクリスマスに受洗。翌98年6月4日、ご主人と三人の娘さんが見守る中、武蔵小金井の桜町聖ヨハネ病院ホスピスにおいて大変安らかに47歳のご生涯を閉じて神さまのみもとに帰ってゆかれた方です。先週の礼拝にご主人とお嬢様二人が久しぶりに出席しておられました。

松下さんの臨終の床にはキャロル・サック夫人とYN姉が立ち会って、ハープを奏で、讃美を歌ってくださいました。その調べが悲しむご遺族にとって本当に大きな慰めであったことと共に、その時の出会いを通してサック夫人に音楽死生学 Musicthanatology という天からの召し(使命)が与えられていったということがとても印象的でした。来年からサック夫人の指導により、死に行く人々をハープの音色と歌声で支える『祈りの立琴(リラ・プレカリア)』の働きが、ルーテル社団を中心として始動してゆくことになっていることの中にも神さまのみ業を感じます。

『死ぬ瞬間』という書物でよく知られているエリザベス・キューブラー・ロスは死と死に行くプロセスを人生最後の成長の場であると位置づけていますが、松下容子さんもそうでした。余命半年という宣告を受けて、死を明確に意識する中で、どう人生の最後をまとめてゆけばよいか、愛する家族を残してゆかなければならない苦しみと悲しみの中で、松下さんは神の道を求めたのでした。

JR阿佐ケ谷駅は当時まだエレベーターもエスカレーターもついていませんでしたので、毎週あの長い階段を一歩一歩踏みしめるようにして降りてきてこのむさしの教会に通われたその姿勢に、私は牧師として身を正されるような思いをして受洗準備会を行いました。そして1997年のクリスマスに洗礼を受けられた松下容子さんは、家族のためにも自分のためにも様々な治療を試みて行かれましたが、やがて病いが信仰する中で最後の時を迎えられます。

亡くなられる三日ほど前にホスピスを訪ねた私は病床聖餐式を行いました。その後のことです。きらきらといたずらっぽく瞳を輝かせながらこうおっしゃったのです。「先生、もしかしたら間違っているかもしれませんが、人生は神さまと出会うためにあるのではないでしょうか」。私はにこにこしながらその言葉を聞きましたが、本当に深く心揺さぶられるような思いを持ちました。死を前にしてこの方は死を越えた生命の希望を見上げておられる。妻としても母としても、まだまだやりたいことがたくさんあって、言わば志半ばでこの世の人生を終えてゆかねばならないそのような限られた時間の中で、言わば人生の荒野の中で、精いっぱい道を求め、そして私たちのためにあの十字架にかかり、死してよみがえられたお方、イエス・キリストと出会ってゆかれた。そこから語られた信仰の告白でした。

「人生は神さまと出会うためにある!」 それは生と死を越えたお方にしっかりとつなげられて揺るぐことのない言葉でした。松下容子さんは、キリストを信じ、キリストと共に死を越えて行かれた多くの信仰者と共に、荒野の中から響いてくる声、「主の道筋をまっすぐにせよ」という声を確かに聴き取ったのです。そして自分に与えられていた使命、それは実は洗礼者ヨハネと同じ使命であったと私は思っているのですが、自分の人生のすべてをそのお方に委ねてゆくことの中に、その使命を果たして行かれたのだと思います。

キリスト者の使命~荒野に響く声

人生には荒野と呼ぶ他ないような時があります。余命半年と告知された時の松下容子さんもそのような荒野に置かれたのだと思います。荒野というのは死の世界で、人間が自分の力に頼って生きてゆくことができない場所です。聖書において荒野は、ただ神さまに頼って生きる以外にない、そのような神顕現の場所でもあります。人の力が尽きたところで神のみ業が働いていることが分かる、そのような場所です。「荒野」とは主の道を整え、その道筋をまっすぐにする、そのような場であり、そのような時を指しているのだと思います。

そしてもっと言うならば、荒野において私たちは神と出会うのです。荒野とは神と出会う場所なのです。イスラエルの民においてもそうでした。彼らがエジプトを脱出して40年間荒野をさまよった時にモーセを通して十戒を与えられて神との契約が更新される中で信仰が深められていったように、またバビロン捕囚という辛い民族離散という荒野体験を通して徹底的に自分たちの無力さを思い知らされたときに神に立ち帰ることで死んで生きるという復活信仰という希望が与えられように、荒野において徹底的に自分自身の力が打ち砕かれる中で私たち人間は神のみ業が働くのを見るのです。

そのような荒野において神はご自身を現わしてくださった。荒野に「主の道をまっすぐにせよ」と響く声が私たちを主イエス・キリストへと導いてくれた。荒野で主の道と出会ったのです。

ここにお集まりの多くの方も、そうではなかったかと拝察いたします。大きな悲しみや苦しみを通して、自分の病や人間関係や仕事上で大きな壁にぶつかったことを通して、私たちはキリストと出会うことへと導かれてきたのではなかったか。私たちは確かに荒野から響いてくる声を聴いたのです。そこで荒野に敷かれた主の道と出会ったのです。

「たとえ明日、世界の終わりが来ようとも」

先週もSK姉の納骨式やTS兄のご葬儀などが前半に続いた一週間となりました。人間の生と死の場面に立ち会わせていただく中で、私は一人の人間としてさまざまな事を感じ、考えさせられます。もう12月なので今年一年を振り返ってみると、教会では夏の耐震補強工事もありましたが、ご葬儀が続いた一年であったと思います。1月、2月、3月、4月とご葬儀が続き、9月、10月、11月、そして12月とご葬儀や告別記念会が続きました。それ以外にも5月末に榎津重喜神学生が白血病のために50歳で天に召されてゆきましたし、9月にはKM夫人が神さまのみもとに帰ってゆかれました。

人間が「死への存在」であると見たのはハイデッガーでしたが、確かに私たちは、刻一刻と砂時計の砂が下に落ちてゆくように、この地上での生命を短くしているのです。ここにリンゴの飾られたクリスマスツリーが置かれていますが、これを見るたびにしばしば私はルターが語ったと伝えられてきた「たとえ明日世界の終わりが来ようとも、今日わたしはリンゴの木を植える」という言葉を思い起こします。

私たちは確かに明日をも分からぬ生命ですが、生かされている「今」を大切にする以外にはないのだと思います。この出会いを一期一会と念じ、今日なすべき使命を心をこめて行うのです。「野の花、空の鳥を見よ」と主は言われました。「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6:34)。それは今を大切に生きることへの招きなのではないか、そう思います。

断ち切られた執着心

昨日は今年の1月に突然の病いでご主人を亡くされたある方が、記念会の打ち合わせのためにお見えになりました。お話をする中で、その方が哀しみを越えてしっかりと前向きに新しい道を踏み出していることを感じてホッとすると共にとても嬉しくなりました。事故や病気などで突然に愛する者に先立たれる場合、死を受け入れる準備期間がなかったために、その喪失の哀しみが長引いてしまう場合が多いために案じていたからです。お話を伺っていると、納骨式を境にフッと楽になったのだそうです。「やはり自分の中にある執着心が一番の問題だったんです。それが無くなったときにとても楽になりました。主人の身体はもうないんですけど、あの人は私の中にいつも一緒にいてくれるんだっていうことが分かったんです。主人のからだではなくて魂が一緒にいてくれるんだって分かったんです。」

私はその言葉を聞きながら、CSルイスの言葉を思い起こしていました。「夏のあとに秋が来るように、結婚の後には必ずどちらかが死んで離別が来る。しかし、それは踊りの中断ではなくて、新しい踊りの始まりなのだ。二人は過去に戻るのではなく、見えない相手と共に新しい踊りを始めるのである。」ルイスは死を越えた新しい愛の段階の始まりがあることを指摘しているのです(『悲しみを見つめて』)。

そのように悲しんで悲しんで悲しんで、悲しみを通り抜けたときに見えてくる次元があるのだと思います。愛する配偶者を失って深い悲しみの中にあったご夫人は私に「自分の中の執着心が断ち切られて楽になりました」と語ってくださいました。悲しみのトンネルを抜けるとそこは光の世界が待っている。同様の体験を重ねてこられた方も少なくないのではないかと思います。自分自身の限界、無力さ、悔い、憤り、絶望、そのようなものと対峙して迯げる事のできない場所、私たちにとって「荒野」とはそのような場所であり、時であり、体験であるのだと思います。

今、ここで神と出会う

本日の福音書の日課の最後の部分(1:28)にはこう記されていました。「これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった」。このようにヨハネ福音書はしばしば時と場所に対して特別な関心を払っていますが、それは救いの出来事は観念的なものではなく、固有の具体的な歴史的・空間的な場において受肉した現実の出来事なのだということを強調しているのだと思います。

私たちの生きている今、ここで、具体的に、私たちが自分の無力さを感じ、自分がゼロであり無であることを知るとき、そこにおいて荒野からの声が響き、キリストの道が備えられ、神の救いのみ業が実現するのです。そして私たちキリスト者の使命は、洗礼者ヨハネがそうであるように、福音書記者マルコやヨハネがそうであるように、そして松下容子さんや多くのキリストの証人がそうであるように、このキリスト・イエスの救いを指し示す荒野の声を響かせてゆくところにあるのだと思います。「人生は神と出会うため、救い主イエス・キリストと出会うためにあるのだ!主の道をまっすぐにせよ」という声を。

お一人おひとりの上に神さまの豐かなお恵みがあるようお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2005年12月11日 待降節第三主日礼拝)

説教 「ひとつに結ぶ」 石居基夫牧師

ヨハネによる福音書 7:37-39

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

五旬祭は、ちょうど過ぎ越しの祭りや仮庵の祭りと同じようにユダヤ人の大きなお祭りで、この祭りにはエルサレムの神殿に沢山の巡礼者が世界中から集まっていたようです。この祭りはちょうど収穫感謝の祭りで、神殿のみならず、それぞれの家庭でも感謝の祈りがささげられます。弟子たちは、大勢の人々が集まるこのエルサレムの街の中で、やはり同じように、神様に対する感謝の祈りをささげていたときであったと聖書はしるします。

どこかの家の大きな広間でしょうか、祈りのために集まっていた弟子たちに聖霊が下るのです。その様子は一人一人に対する聖霊のみわざを語っています。霊が彼らに上にとどまる。すると、彼らは、エルサレムにいた世界中の人々に、主のみめぐみを証し始めました。ちょうど居合わせた世界中から来ていた大勢の人々は、イエス様の弟子たちが自分の生まれ故郷の言葉で話し始めたので大変驚いたようでもあります。本当だったらガリラヤ出身の弟子たちには到底操ることのできないいろいろな国の言葉で、流暢に彼らがイエス様について証しをし始めました。ですから、これは世界中に神の福音が述べ伝えられる、その一番初めの出来事として、教会の誕生日と覚えられ、祝われているわけです。このことは、大変大切な意味を持っています。つまり、教会の誕生はなにかということです。それは、礼拝堂が建てられることではありません。誰かがその教えを確立したときではありません。教団の発足式が行なわれることでもない。教会の誕生は宣教の開始としておぼえられている。それが教会何か、ということをそのまま語っているのです。

宣教の開始。それは聖霊の出来事であります。聖霊は、弟子たちに彼らの自分の言葉ではなく、伝える相手の言葉によって、イエス様の救いの出来事を伝えることができるように力を与えてくださっています。言葉の違いというのは、単にその用いている言語が違う、単語が違うということだけではなくて、その違いによって、実はものの考え方も、感じ方も違ってくる。生活のあり方も人間関係のあり方もみんな言葉と深い関係があることです。だから、言葉が違うということは、生活のあり方が違っているといってもよい。聖霊は一人ひとりの生活を捉え、その人が生きるということそのものに神様の言葉がはたらくということです。

神様の言葉が語られる。それは、ただ頭のなかで神様というのはこういうお方と教えられて分かるように語られるということではない。そこにいた人たちはそれぞれの出身は異なっていましたけれども、みんなユダヤ人だったのですから、教えとしての聖書・律法と預言の書はヘブル語で読まれ、それを一応みんな分かるように教えられていたわけなのです。だから、単に神様とはこういうお方だとか、こういうことを求められるのだとかいうことが教えられるということであるなら、ユダヤ人のヘブライの言葉で語られればよかったということに違いないのです。

しかし、今日聖霊は人々が自分たちの生活の言葉でイエス様のめぐみを伝えるようになさいました。イエス様のめぐみの出来事は、一人一人の生きるいのちにかかわるのです。その人がどう生きているか、どういう生活をしているのか。そこにどんな悩みや痛みがあるのか。どんな嘆きがあり、どんな喜びがあるのか、どんな呟きがあり、どんな涙が流されたか。そのことを神様が見逃されずに、そして、そうした私たちの一人一人のところに確かな神様の慈しみが届くように主の聖霊が働かれた。

私たちは、このペンテコステ、聖霊降臨日が教会の誕生日といわれ、それは宣教の始まりとしておぼえられるのですが、それはまさに、神様の愛が私たちに深く注がれていること、それが具体的に示され、伝えられている出来事であることを忘れてはならないと思うのです。ただ、キリスト教の教えが教えられるということではない。むしろ、本当に神さまの愛が届けられていく。それによって人々が生かされている。それが教会の宣教の姿です。その人々の生活に、生きる真実に寄り添っていく、その神の出来事、教会の姿を知らされている。

けれども、私たちはここでこの人々のそれぞれの言葉で語りだされた宣教の始まりの出来事のもっている意味について、もう少し思いを巡らしたいのです。つまり、聖霊によって、いまキリストの福音がそれぞれのことばで語りだされねばならなかったという、まさにそのことによって、人々のうちにあからさまにされたことがある。それは、ほかでもなく、同じユダヤ人であるのに、通じ合う言葉を失っていたという事実です。紀元前6世紀にあのバビロニアによって国が滅ぼされて後、ユダヤ人は世界中に散らされていき、独立の国を持つことがなかった。その悲劇の結果といってもいいのかもしれません。

世界中に散らされていった彼らはディアスポラの民とよばれます。彼らは世界中にその生活の場を求めて広がり、どこにおいても、律法によって他の民族に交じり合うことから自らを守り、その神の民であるというアイデンティティーを持っている。そして、それぞれの場所に散らされていっても、彼らはユダヤ人であり続けたのです。そして、世界中でその生活の力を発揮した。しかし、それぞれの地でどんなに彼らがその力を発展させても、その場所が決して安住の地とはなりませんでした。歴史を通じ、そのユダヤ人は迫害をうけました。ユダヤの人たちの放浪の歴史は、現在のイスラエルの建国によっても、本当には解決はしていないのかもしれません。ディアスポラの彼らは、どんな場所に住んでもユダヤ人であり続けたのですが、もはやユダヤ人ではなかったのです。本当なら、ひとつの言葉で結び合える人々、分かり合うことのできるものたちが分かたれている。そして、それは言葉の問題だけではないのです。

しかし、この分かたれた現実はあのディアスポラのユダヤ人だけの問題なのだろうか。いや、むしろ、私たちがみな同じように、経験している痛みであるように思うのです。同じ民族、同じ家族であっても分かたれている。兄弟であっても、親子であっても本当にはわかりあうことができない。普段、表面は取り繕っているけれども、実は深い溝のなかで結び合うことができない。それが私たちの姿であるように思う。

聖霊降臨の出来事は、実はそうした私たちの破れた姿をあからさまにする。決して、そうしたことを何かで取り繕ったり、包み隠したりはしない。聖霊はまさに私たちのありのままの弱さ、破れを知らしめるものでもあるのです。私たちは、みなこの破れから自由ではありません。実際は、こうした問題は一番初めのキリスト者たちの中にさえ深刻な問題を引き起こしたことを聖書は伝えています。つまり、ヘブル語を話すユダヤ人たちとギリシャ語を話すユダヤ人たちとの間の争いがあったのであります。その破れの現実は、また時にペトロとパウロとのあいだにも言い争いをもたらしています。

しかし、聖霊はまさにそうした私たちの破れの中に働くのです。破れた関係がもう一度切り結ばれていくように、弟子たちに相手の言葉を用いる力をあたえています。この出来事は、聖霊による出来事でありました。

相手の言葉を用いるということは、相手の心、相手の命を受け止めるために備えさせられているということです。聖霊が一人一人に与えたものは、相手に合わせて、相手を説得する力というのではありません。また、すぐにも分かり合える魔法の力でもありません。

聖霊を注がれた弟子たちが語り始めると、人々は、驚き、また怪しみ、新しい酒によっているとさえ言い出します。相手の言葉をもって語り始めればすぐに分かってもらえるわけではないのです。きっと分かり合うことがなかなかできないで傷つかないではいない。あるいは、どんなに相手を思っても、その思いは届かずに、小さな行き違いで人を傷つけてしまいます。それが、私たちのありのままの破れなのです。その破れをどのように生きるのか。

そこに、聖霊の働きがある。

それは、神様のめぐみが知らされるということです。その破れた生を生き抜くための神様のめぐみは、ただひとつ、イエス・キリストが共におられるということです。だれも寄り添うことのないところ、私たちが切り裂かれ、一人であるということその深みに、主がいたもうということです。

キリストは、イエス様はもっとも深い破れを生きられました。愛する弟子たちにも捨てられ、父である神に見捨てられるという破れであります。それは、しかし、ただ破れのなかにある私たちを生かすというそのことのためにおわれた破れでありました。そして、その破れの只中から私たちのためによみがえられて、私たちを新しく生きるものとして捉えてくださるのです。

主の霊は、私たちが破れのなかで傷つくことを恐れさせない。むしろ、傷ついたところで、自分も、相手もこの主に赦されねばならないし、また、赦された存在として生きる事を知らせてくださいます。そうだ。つまり、そこでもう一度主によって新しくされて生きるということです。そのキリストにある命はキリストの愛そのもの。分かたれたところをみとめ、違いを認め、受け入れつつ、本当に相手に必要なキリストを示していく。それこそが、キリストの愛が表されることなのです。

キリストはその違いの中にも一致をもたらすために、自らを私たちに分け与えてくださいます。主は、御自身を今日も分かたれたものたちの一致のために聖餐の恵みの中で分かち キリストは御自身の愛を示されているのです。

主をいただくとき、私たちは、相手と共に生きる、その傷を癒され、そして、またその傷をおってもまたひとつに結ばれるためのあゆみに招かれていることを知りたいのです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2005年 5月15日 聖霊降臨日聖餐礼拝)

説教 「真理の霊の弁護とは」 大柴譲治牧師

ヨハネによる福音書 14:15-21

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

弁護者としての真理の霊

弱い立場に置かれた時、私たちは自分の側に立って味方してくれる者を求めます。幼い頃、自分でなかなか思うことを言葉にできず、気ばかり焦ってもどかしい思いをしたことがある人は少なくないと思われます。うまく自分の立場や意図や気持ちなどを説明ができなかったために誤解をされたり、ぬれぎぬを着せられたりして悔しい思いをしたことがあるのではないでしょうか。いじめっ子ににらまれた時、お兄ちゃんやお姉ちゃんが守ってくれた遠い記憶がある方もおられるかもしれません。

それだからこそ小さな頃には鉄腕アトムや鉄人28号やスーパーマンなど、またドラえもんなども別の意味ではそうでしょうが、正義の味方を主人公とした漫画やドラマなどが大好きであったような気がいたします。彼らはいつも弱い立場にある自分の側についてくれていたのです。そしてそれらヒーローたちのことを思い起こす時、私たちは自分の力がどんなに小さいものであっても勇気を与えられて、再び立ち上がって頑張ることができたように思います。

いつの頃からでしょうか。現実にはそのような助け手はいないのだという諦めにも似た気持ちを持つようになったのは・・・。齢を経るにつれて次第にそのような漫画やドラマをみなくなってしまいました。

本日の福音書の日課で主イエスは、父にお願いして特別な弁護者を私たちのもとに送ってくださると約束してくださっています。この方こそ「真理の霊」だというのです。この真理の聖霊の弁護とは何かということが本日の主題であります。

現実の不条理の中で

大変に無念な思いでこの世の生涯を閉じなければならないことが、現実には多々あります。9・11のテロ事件の際にもそうでした。昨年末に続いた大きな地震と津波などによる被害者の数の多さは私たちを暗澹たる思いにいたしましたし、先週尼崎で起こった列車脱線事故で一瞬にして100名を越える人々が命を奪われたということも私たちの心を深く抉りました。どうしてこのような悲劇が起こるのか。私たちは愛する者を失ったご遺族の悲嘆と遣り場のない怒りを思う時、言葉を失います。そしてどうしてこのような悲劇が起こったのか、現実の不条理に対して腹立たしい思いを抱きます。そしてそれは現実に対してだけではなく、それを支配しておられるであろう神に対して「なぜですか」と私たちは自らの憤りをぶつけようとしているのだということに気づくのです。天災も含めて、多くの場合には人間こそがその悲劇の責任を取るべきであるにも関わらず、その圧倒的に非人間的な不条理性のゆえに、私たちは人間を越えたところに向かって叫びを挙げるのだと思います。

そのような中で私たちは今日、神の真理の聖霊によって弁護をしてくださるという約束の言葉を聞いているのです。この主のみ言葉を私たちはこの現実の中でどのように受けとめてゆけばよいのでしょうか。

カインとアベル

私たちは、聖書がその最初から、弱い立場に置かれた者たちに神が優先的な選びを備えられていることを思い起こさせられます。自らを弁護することのできない者を神ご自身が弁護しておられるのです。

たとえば創世記の4章。アダムとエバから生まれた最初の人間カインは弟殺しの罪を犯してしまいます。弟のアベルをカッとなって怒りのゆえに殺してしまうのです。そのあたりを読んでみましょう。(創世記4:1-16を引用)

アベルの無念の叫びは地の中から神に聞かれました。神さまはカインに殺されたアベルのために弁護し、アベルのゆえにカインを裁かれるのです。しかし同時に神は、カインをエデンの東に追放するにあたって、カインが殺されることのないように(カインを守るために)しるしを付けられたことが記されています。我々はもしかするとカインの末裔なのかもしれません。そしてこの身にカインのしるしを帯びているのかもしれないのです。ここで確認しておきたいのは、神がアベルの声を聞き取られたということです。その時がいつであるかは私たちには隠されているのかもしれませんが、神は正しい者の声を必ず聞き上げてくださるということを私たちはこのカインとアベルの物語から受けとめてゆくことができるのだと思います。

そしてそこから私たちは、あのパウロがローマ書12章で引いている申命記32:35の「復讐するは我にあり」という言葉を思い起こします。パウロはこう語ります。「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります(申命記32:35)。『あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる』(箴言25:21-22)。「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」(ローマ12:14-21)。主イエスご自身、山上の説教の中で、「復讐してはならない」とも「敵を愛しなさい」とも語られました。

真理の霊の弁護とは何か~愛の働き

そのように見てまいりますと、真理の霊の働きとは具体的には、敵を愛し、迫害する者のために祈るということではないかと思われます。換言すれば、悲しみと怒りと憎しみの中に孤立する者たちに連帯し、その閉ざされた心が開かれ、心と心がつながるように働きかけるということではないかと思うのです。聖霊は常に愛の息吹を私たちに吹き入れてくれるものだからです。

本日私たちは聖餐式に招かれています。現実の不条理の中で、悲しみの中で、私たちはこの主の食卓に招かれています。私たちのために、私たちに代わって、あの十字架の上に不条理をすべて引き受けてくださった主は、渡される前日の夜、パンを割き、弟子たちに与えて言われました。「これはあなたのために与えるわたしのからだ。わたしの記念のためこれを行いなさい。」そして杯をも同じようにして言われました。「これはあなたの罪のために流すわたしの血における新しい契約である。わたしの記念のためこれを行いなさい」。主のからだと血に与るということは、主の苦難と死に与るということです。十字架の上で「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか分からずにいるのです」と執り成しの祈りを捧げられた主イエス・キリスト。

真理の霊の弁護とは、弁護者なる真理の霊とは、憎しみや復讐という怒りの連鎖の中にあって血で血を洗うような果てしのないおぞましい人間の現実を、愛と赦しによって造り変えてくださる働きであり、力なのであると信じます。

悲劇的な出来事の中で、人々が悲嘆と無力さとを共有し、手を取り合って支援活動を開始してゆくということ自体の中に、時間はかかったとしても再び勇気を抱いて踏み出してゆく力が与えられてゆくのだと思います。9・11のテロ事件の時にも、崩れ落ちようとする世界貿易センタービルへと人々を助けるために駆け登っていった警察や消防のレスキュー隊員たちの姿の中に私は天使たちの姿を見る思いがいたしますし、そのような尊い救援の輪の中に私たちは確かに今も生きて働きたもう復活の主の愛のみ手の働きを見てゆくことができるのではないかと思うのです。

願わくは悲しみ嘆きの中にある者たちの上に慰めと支えとがありますように。私たちを通して神がそのみ業を表してくださいますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2005年 5月1日 復活後第五主日聖餐礼拝)

説教 「道」 大柴譲治牧師

ヨハネによる福音書 14:1-14

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

『若者たち』

昔流行ったフォークソングに「若者たち」という曲がありました(1966年)。ブロードサイドフォーというグループが歌った曲でしたが、私も中学生の頃、ギターを弾けるようになりたくて一生懸命にコードを覚えて練習した記憶があります。

若者たち

君の行く道は 果てしなく遠い
だのになぜ 歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで

君のあの人は 今はもういない
だのになぜ なにを探して
君は行くのか あてもないのに

君の行く道は 希望へと続く
空にまた 陽がのぼるとき
若者はまた 歩きはじめる

空にまた 陽がのぼるとき
若者はまた 歩きはじめる

(作詞:藤田 敏雄 作曲:佐藤 勝)

心に残る歌詞です。果てしなく遠い困難な道を歯を食いしばりながらも進むことができるとすれば、それはやはりそこに希望があるからだと思います。そして希望に向かって歩むということは若者の特権ではありません。若者に限らず、老いも若きも、すべての人がこの人生を歩いてゆくためには希望を必要とするのだと思います。

「1%の希望」

朝日新聞に元NHKアナウンサーでエッセイストである絵門ゆう子さんの「がんとゆっくり日記」というコラムが連載されていて心に響きます。乳がんと共存する生活から見えてくるものをそこに記しておられます。4月21日(木)の朝刊に載った記事を少し引用させてください。「『いつかは治る』を元気の素に」という副題が付いていました。「どうして絵門さんは明るく元気でいられるのか、その一番の理由は」という問いを巡って、自分の中に生ずる正直なお気持ちを言葉にしてこう書いておられました。  「元気でいられる今に感謝し、精いっぱい役に立ちたいという気持ちは確かにあるが、『あなた、そんなことだけで平常心を保てるほど立派なの?』というもう一人の自分の声が聞こえる。そして『あっ』と気がついた。『私、病気が治る日だって来るはずだと、本気で思っているから元気なんだ』と。今日なかった薬が明日開発され、それが劇的に効く。急にがん細胞の気が変わって自然退縮する。確率は1%以下でもいい。ただ『あり得る』と思えていることが支えになっているのだ。日ごろ『がんとは共生していけばいい』と言っている私だが、根っこでは、『そのうちがんとおさらばできる』と思っていて、それがとてつもない力になっていることに気づいたのだ。・・・」 とても正直な言葉だと思います。私たちはこのような言葉に心揺さぶられるような思いがいたします。遠藤周作がよく引く言葉に「信仰とは99%の疑いと1%の希望である」というものがありますが、これらの言葉が私たちの心の奥底に響いてくるのは、私たちが信じることの難しさを、そして疑うことの苦しみを体験的によく知っているからだと思います。希望が見えないことの辛さを知っているからです。私たちには希望が必要なのです。

望みえないのに信じるということ

パウロも希望の大切さをよく知っていた人でした。彼はローマ書4章で、「望みえないのに信じた」人物としてアブラハムに言及しながらこう言っています。「死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです。彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、『あなたの子孫はこのようになる』と言われていたとおりに、多くの民の父となりました」(4:17b-18)。

信仰とは望みえない状況の中にあっても神のなされるみ業に希望を置くことなのです。たとえそれが99%の絶望の中にある1%の希望であっても構いません。パウロはそのことをよく知っていました。だから困難な状況の中にあって繰り返しキリストにある希望について語ることができたのです。

「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」(ローマ5:1-5)。

「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない」(2コリント4:7-9)。

肉体のとげに苦しむ中でもパウロはこう語ることができました。「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(2コリント12:9-9)。ヘブライ書11:1が告げている通り、信仰とは「望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認すること」なのです。

しかし私たちは気をつけなければなりません。信仰を持つということは確かに希望を見失わないということでありますが、それは悲しみや苦しみを感じなくなることではありません。本日むさしの教会に転入される賀来周一先生が私が神学生の頃によくおっしゃっておられました。「牧師は徒労と失望に慣れねばならない」と。これは牧師に限らず、「キリストを信じる者は徒労と失望に慣れなければならない」ということだと思います。そしてそれは実は徒労を感じなくなること、失望を感じなくなることを勸めた言葉ではなく、むしろ、どんなに徒労と失望とを重ねていっても、その中に希望を見失ってはならない、希望を見いだし続けなさいということを勧めた、いかにも賀来先生ならではの味わい深い逆説的な言葉なのだと思います。苦しみや悲しみを深く味わいつつも、希望を見上げてゆくこと、これが大切なのです。

キリストの道

主は言われました。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」。ヨハネ福音書14ー16章には主の告別説教が記されています。12章でエルサレムに入城された主イエスさまが、13章で弟子たちの足を洗い、ユダの裏切りの予告をし、ペトロの離反を予告した後、十字架の死を明確に意識しながら告別の説教を語っておられる。十字架に向かって具体的な最後の歩みを踏み出してゆこうとされるイエス様の言葉を聞いて弟子たちは困惑し、心配になります。ふだんほとんど発言しないトマスやフィリポがこの箇所に登場して発言しているのは弟子たちの困惑の深さを表していましょう。その告別説教が「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」(14:1)という言葉で始まっていることは象徴的です。弟子たちは大いに心を騒がせ、混乱の中にあるのです。

そのような中で主は告げられます。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」と。主イエス・キリストこそが神に到る道である、真理の道、命の道だと言うのです。この道は主が私たちのために身を捨てて十字架によって切り開いてくださった道です。

十字架とは人間にとって1%の希望もない状況を、100%の絶望を表しています。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ!」という主の悲痛な叫びの中にすべては終わったのです。人間の希望は完全に終止符を打たれました。闇は閉ざされた。希望0%です。しかし三日後の主の復活のニュースは、闇の中に突如向こう側から光が射したような出来事でした。ちょうど行き詰まりになった真っ暗闇の中で、壁の向こう側から穴がうがたれて突如として光が差し込み、光のトンネルが開通するようなものです。私たちキリスト者が望みえないのになおも望みを保ち続けることができるのはこのキリストの復活のゆえなのです。この道は主のご復活によって開通された光の道なのです。99%の疑いどころか、100%の暗闇に輝く希望の光なのです。

そのことを覚え、その光に照らされて、このキリストの道を、この新しい一週間も踏み出してまいりたいと思います。為ん方つくれども希望(のぞみ)を失わず! そこにキリストの希望があるからです。

「君の行く道は 希望へと続く
空にまた 陽がのぼるとき
若者はまた 歩きはじめる。」

アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2005年 4月24日 復活後第4主日礼拝)

説教 「信仰の告白」 賀来周一牧師

ヨハネによる福音書16:12-15

ルーテル教会のように教会暦にしたがって、主日の礼拝を守る教会は、この時期、信仰にとって重要な鍵となる救いの出来事を主日の聖書日課を通して学ぶことになります。私たちもこの二ヶ月ほどの間に主の十字架の出来事、復活、昇天、ペンテコステ、そして三位一体主日と毎主日毎に救いに関わる重大な要目を学んできました。

キリストは罪の罪、死の死、悪魔の悪魔となりたもうことによって、神への背信の罪を犯した人間のため責任を取ってくださったのが十字架の出来事であり、復活によって人は再び永遠の命を回復し、神ご自身による人間回復の救いが完成します。昇天とはその出来事を起してくださったキリストはいつでもどこでもおいでになるという表象です。またペンテコステはその人間回復の救いの働きは今も教会を通して地上で行われているということを告知しているのです。

三位一体の教えはこれらの壮大な救いのドラマをまるごと圧縮して信仰告白にまとめ上げたようなものです。信じることのすべてがすっかり融解しているるつぼとも言えそうです。

三位一体主日の聖書日課には「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」とキリストの言葉を伝えています。

真理という言葉の原意は「覆いがない」という意味をもっています。いわば余計な夾雑物がないということで、真理というものは生のままの姿だということです。三位一体という凝縮した信仰告白に表現された救いの真理は、なにがそこで起こったかをそのままそっくり生の姿で伝えている、これを理解するには、一筋縄ではいかない、真理の霊が来ないとどうにもならない、と主イエスの言葉を通して、私たちに言っているのです。

私たちは信仰に関わることをよく整理して、頭脳で分るように整えないと信じることができないと思いがちなところがありますが、そのようなアプローチの仕方とちがう信仰ヘの道があるということなのです。

それを表すよい例が先聖日に学んだペンテコステの出来事にありました。五旬節の日エルサレムはごったがえしていました。事が起ったとき人々は賛美に溢れ、感謝の心で一杯だったでしょうか。とんでもありません。「人々はあっけにとられ、驚き怪しんだ」、「あの人たちは新しいぶどう酒で酔っている、と言う者もいた」と使徒言行録にあります。

重大な救いの出来事が起り、弟子たちが真剣に事の真相を語っているのになんということでしょう。整然と頭を垂れ、神の言葉が語られているのを粛然と聞いている人々の姿はどこにもありません。ただ混乱があるのみです。

ルターは面白いことを言っています。「私が来たのは平和をもたらすためではなくて、剣をもたらすためだ、と主が言われるように、十字架の福音が説かれると世のなかは騒然となる。平和が保たれたままで説教がなされるなら、それは福音ではない」。

なるほどと思います。もし私たちがキリストの救いの福音を聞いて疑ったり、驚いたり、あっけにとられたりするようなことがあれば、それこそそこにキリストの福音がある証拠だというのです。私たちがキリストのことを聞いて、その通りだと思い、なんの疑念ももたないなら、私の知恵はあっても、キリストの福音はないでしょう。私の知恵はキリストの福音が説かれるところでは、さっさと引っ込まなければなりません。

すでに故人となられましたが、かつて東京YMCAで長年に亙り総主事秘書として貢献された佐藤裕子さんのことです。佐藤さんはもともと札幌教会の出身で、戦後間もない頃、結核を患い札幌の平岸にある幌南病院で療養生活を送っておいででした。そこへフィンランドから宣教師が来日、早速病院伝道を開始し、佐藤さんのところへも訪れては聖書の話をするようになりました。しばらく経った頃、その宣教師は「どうですか。洗礼を受けませんか」と勧めました。佐藤さんは、まだ受洗は早いと思い、「結構です」と断ったのですが、日本に来て間もない、当の宣教師はこれをOKの返事だと勘違いをし、枕元で洗礼の準備を始めてしまったのです。彼女は断るに断れず、とうとう洗礼を受ける羽目になってしましました。以来、数十年に亙って熱心な信仰生活を送り、YMCAに大きな貢献をしました。

これなど人間の知恵なんぞどこかに吹っ飛んでしまったよい例で、真理の霊が導いたとしかいいようのない信仰の証といえます。それこそ壮大な救いのドラマに圧倒されて、ちっぽけな人間の思いなどはどこかに飛んで行ってしまっています。信仰を告白するときには、だれしも同じような経験をするのではないでしょうか。

(2004年6月6日 三位一体主日聖餐礼拝説教)

説教 「復活の主の平安」 ジェフリー・トラスコット牧師(通訳:大柴譲治牧師)

ヨハネによる福音書14:23-29

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「さようなら」と「また会いましょう」

私たちは皆、「さようなら」を言うのが嫌いです。その理由はなぜかというと、友達や家族から長く離れるというのは大変辛いものだからです。それはその人にとっては死に等しいかもしれません。その苦痛を乗りきるために私たちが行う一つの工夫は「さようなら」と言う代わりに、「また会いましょう」と言うことです。「さよなら」という言葉があまりいも最後でまた永続的に思えるので、そう告げることはさらに辛いのです。「また会いましょう」というのは分離の苦痛を少しは癒してくれるのです。

私はまもなく四年間教えた日本ルーテル神学校に分れを告げなければなりません。私は日本福音ルーテル教会の神学校に仕えることができたことを幸いに思いますが、同時に私の友人や同僚たちとお別れしなければならないことを辛く思います。

私はこのむさしの教会でも説教し、皆さんとお知り合いになることができたこのような機会を喜んでいますし、同時にシンガポールのトリニティー神学大学で牧会現場に出てゆく学生達のために、シンガポールのルーテル教会のために仕える機会が与えられたことを同時に喜んでいます。

主の昇天にあたって

この木曜日は主の昇天日です。私たちはイエスの昇天を彼が弟子たちを去ってゆく出来事として考えることができましょう。本日の福音書の日課はお別れの挨拶のように響きます。イエスは彼の死と復活、そして天への昇天の前に最後の祝福を弟子たちに与えているように見えます。

実は本日の福音はイエスの弟子たちへの「さよなら」でも「また会いましょう」でもないのです。注意深くイエスさまが語るのを聞きましょう。「わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る」。「わたしはあなたがたところへ戻ってくる」という宣言は正確に聖霊を送るということへの言及です。イエスは弟子たちと私たちのところに聖霊として来ることを約束しているのです。ですからイエスは去って行くのではなく、ただ別の新しい仕方で臨在することを約束してくださっているのです。本日の福音書の日課によると、イエスが聖霊を送ると弟子たちは信じることができるようになるのです(29節)。聖霊の力づけを得た信仰を通して、キリストは洗礼を受けたすべての神の民のただ中に臨在しておられるのです。

特に、聖霊は私たちに十字架についての真実を信じるものとしてくださるというのです。つまり、イエスが十字架によって罪と死に打ち勝たれたということを。聖霊は私たちにイエスの十字架が私たちを父へと和解させ、私たちを罪の呪いの対象とはみなさないということを理解することができるよう私たちを助けてくれるのです。それゆえ、私たちは神に対して平安であることができ、イエスがそうであったように、神に仕えることができるようになるのです。それが起こる時、イエスは信仰によって私たちの中に来て住んでくださいます。エフェソ人への手紙がこう言っています。「どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように」(3:16-17)。

「祝福の基」として

聖霊はまたキリストが信仰者の交わり、すなわち教会において住み給うことをもたらします。イエスの昇天後に私たちは教会はキリストの身体となったと言うことができるようになります。それゆえ聖パウロは次のように言うことができました。「つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。」(1コリント12:13)。キリストの霊に満たされた身体として、私たちはこの世の中でキリストのミッションを行い続けてゆくのです。

よみがえられたイエスが弟子たちに言われた言葉を思い起こしてみましょう。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒言行録1:8)。キリストは聖霊によって私たちの内に住み給い、キリストのストーリーを他者と分かち合うために私たちを強めてくださるのです。私たちは聖霊の賜物によって祝福されているので、アブラハムのように、他の人々に対して「祝福の基」として用いられてゆくことでしょう。

そのようにキリストは私たちから不在ではないのであり、私たちの一人ひとりの心の中に住み、私たちの交わりのただ中に住んでいてくださるのです。この事実が私たちにとっての大きな確証です。

復活の主の平安

私たちはキリストの「平安」を持っているということを知ることによって確証をいだいています。イエスは言われました。「わたしの平和をあなたがたに残して行く」と。主の与えてくださる「平安」とは、単なる「平静さ」や「静かな心」という意味ではなくて、それ以上のものです。聖書では「平安」、ヘブル語では「シャローム」ですが、それは全体(として損なわれていないこと)、よい状態、または可能な限り最善の人生を意味しています。それはまさにイエスが十字架の上で私たちのために獲得してくださったものなのです。つまりそれは、罪と死、悪魔によっても決して壊されることのできない命であり、別の言葉で言えば、永遠の生命です。

イエスの「平安」を体験するということはやがて来る神のみ国を体験するということであり、そこでは、先週私たちが第二聖書日課で聞いたように、「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」(ヨハネ黙示録21:4)のです。私たちが聖なる主の食卓に与り、主の愛と許しをいただく時にはいつでも私たちは永遠の生命に参与しているのです。

私の友人がある時に皮肉っぽくこう言ったことがありました。「礼拝の終わりにロウソクの光が消される時は、多くの人が神さまに『それでは一週間、さようなら』と言う時なんだ」と。あたかも神について考えるのは日曜日だけであるかのように!

イエスの神は私たちに決して「さよなら」とは言いませんでした。先週の第二日課で聞いたように、神は私たちの間に幕屋を設けて共に住んでくださる神なのです、今もまたとこしえまでも。キリストは聖霊の力によって私たちと共に住んでくださいます。キリストの平安の賜物は、十字架によって可能とされた新しい生命ですが、常に私たちのものなのです。

それではごきげんよう、私の友である皆さん。そしてキリストの平安が共にありますように。

おわりの祈り

祈りましょう。

主なるイエスさま。あなたは十字架と復活とによって死の力を打ち砕いてくださいました。そのことを感謝いたします。あなたが私たちと日々共にいてくださることを覚え讃美いたします。私たちはあなたの平安に与ることができますことを喜んでいます。願わくはあなたの聖霊が常に私たちに信仰と希望と愛とを満たしてくださいますように。そしてついには私たちを父と聖霊とがただ一人の神としてとこしえに住み給う天のふるさとにあなたご自身が導いてくださいますように。アーメン。

(2004年5月16日 復活後第五主日礼拝説教)

(ジェフリー・トラスコット牧師は、アメリカ福音ルーテル教会より派遣された宣教師で、ルーテル神学校教授として4年間礼拝学を教えた。2004年7月よりはシンガポールにあるTrinity Theological Collegeで教鞭を取ることになっている。礼拝学博士。)

説教 「羊飼いの声」 大柴譲治牧師

ヨハネによる福音書10:22-30

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

不思議な懐かしさを覚える歌声

母の胎内での胎児において聴覚がもっとも早く発達すること、そして死にゆく人においても聴覚が最後まで残ることは、先週の礼拝後にもたれた講演会『人生の終わりのケア』の中でキャロル・サック夫人が言及されていました。相手の声に耳を傾けるということ、そのことは人間のコミュニケーションにとってとても大切な事柄であるということを私たちは知っています。

サック夫人のハープと歌の演奏を聴いて、私は何かとても懐かしい声を久しぶりに聴いたような不思議な気持ちになりました。どこか遠い昔に聴いた覚えのある声であり、メロディーであるように聞えたのです。心の奥底に触れられて慰められ、平安が与えられるような気持ちでした。60人ほどが聴いておられましたが、それは他の方々も同じ気持ちであったでしょう。それは初めて聴いた歌(グレゴリオ聖歌のようなもの)でしたし、英語でしたから不思議でした。聴きながら思いました。私たちにはいつもどこか心の中で、私たちに呼びかける太初の懷かしい声を求めているのかもしれないと。それは私たちの魂に刻印された神さまの声なのかもしれません。創世記2章には「神は土のちりで人をかたちづくり、命の息をその鼻に吹き入れた。すると人は生きるものとなった」と記されていますが、むさしのだよりの3月号巻頭言に書かせていただいたように、もしかするとその時骨伝導で聴いた神さまの声を私たちの魂は記憶しているのかも知れません。

講演後の質疑応答の中で野口節子さんが、「それは私たちにとって子守歌のように響きました」とハッとするほど的確に表現してくださいました。そうなのです。私たちは遠い昔に、恐らくは母の背中でおぶられて聴いた子守歌を聴いていたのだと思いました。いや、もっと言えば、母の胎内で聴いた子守歌であったのかもしれません。その懷かしいメロディー、声の響き、抑揚とゆらぎ。私たちは皆、私たちの存在を呼びかける声の中に命を与えられていったのです。私たちはその声を確かにどこかに記憶しているのではないかと思います。だから耳を澄ますと聞えてくるのではないか。聞き分けることができるのではないか。そう思います。

羊飼いの声

本日の福音書の日課で、イエスさまはユダヤ人たちに対してこう言っています。「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」と(ヨハネ10:27-28)。

自分の羊飼いの声を聞き分ける羊については、本日の福音書の日課の少し前の所、10:14- 16 でもこう語られています。「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。」

羊飼いと羊が声によって結び合わされているのです。羊飼いの声を信頼する羊。羊は目は近眼であり、反面音に大変敏感なのだそうです。羊飼いも自分のヒツジたちには一匹一匹名前を付けて呼びながら羊をまとめてゆくのだそうです。

人生の中での羊飼いの声

私たちの人生の中にも分岐点のような場面があります。どちらを選んだら良いか迷う場面があります。私たちはそのような時に主のみ心を祈り求めることが多いのですが、なかなかそこには主の声が聞えて来ないのです。全く声が聞えない場合がありましょうし、色々な声が聞えすぎてどれが羊飼いの声か分からない場合もありましょう。声を聞き逃すことに恐れと不安を感じるということもあります。羊飼いの声だと思って聴き従ったらそれは実は狼の声であったということになると目も当てられません。

私たちは人生の中で羊飼いの声を聴いた体験を持っています。だからこそ、私たちはここにまで導かれてきているのだと思います。それは直接イエスさまの声を聴くという体験かもしれませんし、聖書を通して聴くということかもしれませんし、間接的に牧師や宣教師や先輩の信仰者を通してイエスさまの声が届けられるということかもしれません。いずれにせよ、私たちは羊飼いの声によって導かれてきたのですし、これからも導かれてゆくのです。牧師となるためにも召命感というものが問われてゆきますが、それは主の召し出しの声をどこに聞くかということなのです。

イエスさまご自身も神さまの声によって支えられ、押し出されていったことが福音書には記されています。「あなたはわたしの子、わたしは今日あなたを産んだ」という詩編の言葉が本日の第一日課にありましたが、これは主がヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けた時に、天が開けて聖霊が鳩のように降って声が聞えたという場面を想起させてくれます。「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」(マルコ1:9-11)。また、山上の変貌の出来事の中でも声が聞えます(「すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。『これはわたしの愛する子。これに聞け。』」マルコ9:7)。これに加えて、ヨハネ12:28にはもう一度天からの声が記されています。「わたしは既に栄光を表した。再び栄光を現そう」。

婦人会のいとすぎグループでは今年はパウロについて学んでいますし、サフランもパウロについて学ぶことになっていると聞きました。パウロは直接イエスさまの声を繰り返し聴いた人でありました。たとえば、ダマスコ途上で迫害者から伝道者へ劇的な回心をする場面でイエスさまの声が響きます。「ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。』同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。」(使徒言行録9:3-7)。

あるいは、2コリント12章の有名な肉体のトゲに苦しみつつこれを取り除いてくださいと一生懸命祈る場面でも、パウロは祈りに答えるイエスさまの声を聴いています。「この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(12:8-10)。パウロにとって逆境の中で聞こえたキリストの声こそ、自身の存在を根底から義とする存在義認の声だったのです。

聖餐式への招きの声

私たちに向こう側から「汝よ」と呼びかけてくださるお方がいる。耳を澄ませば、そのお方の声が聞えてきます。私たちは本日、聖餐式に与ります。「すべて重荷を負うて苦労しているものはわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」。私たちに呼びかけてくださるこの羊飼いの声に信頼し、このお方にすべてを委ねて、今朝もご一緒にこの恵みの食卓に与りましょう。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな恵みがありますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年5月2日 復活後第三主日聖餐礼拝説教)

説教 「キリスト者の自由」 大柴譲治牧師

ガラテヤの信徒への手紙 5: 1- 6

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

全聖徒の日を迎えて

本日私たちは全聖徒の日、召天者記念主日を守っております。教会は毎年一回、11月1日に全聖徒の日(英語ではAll Saints Day。日本語では「諸聖徒記念日」とも呼ばれる)を守ります。これはカトリック教会では緒聖人を覚えて祈る日ですが、プロテスタント教会では堅く信仰の歩みを貫いて天へと召された信仰の先輩たちを覚えて祈る日として守られてきました。

私たちの教会は1925(大正14)年10月4日に神学校の寄宿舎の一室で礼拝を守り始めてから既に78年を越えました。この間、神学校教会からむさしの教会へと礼拝堂と名称が変更になりましたが、本日の週報には召天者名簿には180名の方のお名前が記されています。また、前には召天者アルバムが置かれています。そこには元会員や客員、会員のご家族の方などのお名前もありますので、すべてがこの教会の会員というわけではありませんが、それらはこの教会と何らかの関わりをもってきた方のお名前です。

ちょうど90番目にあるのがヨハンナ・ヘンシェル先生で、ヘンシェル先生は1987年11月24日に天に召されました。80番目は初谷さんの奥様のT.H.さん(1984年2月9日)、100番目は杉谷さんのお義母様のN.S.さま(1989年8月1日)、110番目は間垣洋助先生(1990年10月19日)など、古くからのメンバーの方にはよく知られている方々のお名前が並んでいます。180名の方々のうち最近10年に天に召された58名の方々のお名前を教会の祈りの中で覚えて祈らせていただきます。そのうちの41名の方は私が6年と2ヶ月前にこのむさしの教会に着任してから天に召された方々です。私自身がご葬儀を司式させていただいた方もあれば、他のかたちでご葬儀を営まれた方もおられます。お一人おひとりについて私たちには深い思いが湧いてくると思います。

いずれにせよ、召天者の方々を覚えるということは、この教会という場所の特異性を覚えるということでもありましょう。この場所では、今は主日聖餐礼拝が行われていますが、先日はジャズコンサートが行われましたし、その前には施設検討に関する公聴会があり、洗礼式があり、真下さんご夫妻の結婚式がありました。今度は16日に子供祝福式があって、続いて24日にはバザーもあります。30日にはアドベントにちなんで、クリスマスツリーとアドベントクランツがセッティングされますが、礼拝と礼拝後には西恵三先生(東京女子大学理事長、東京大学名誉教授、保谷ルーテル教会員)による星についてのメッセージがあります。そしてクリスマス、新年、教会総会と続きます。様々なことがこのステンドグラスの前で、十字架と聖卓の前で行われてゆくのです。それは私たちの生活のすべてがあの私たちの羊飼いなるお方のまなざしの中に置かれている、そして神さまの愛のみ手の内に置かれているということを表しています。

特に召天者の方々を覚えるとき、この教会はこの聖卓、すなわち主の聖餐のテーブルが中心に置かれていますが、この食卓のこちら側には私たち生ける者が集いますが、見えない向こう側には既にみ国に召された聖徒の群れが集っているということの大切さを思います。キリストは生ける者と死せる者の両方の救い主ですから、そのように考えてよいのです。この恵みの食卓は終わりの日のキリストの祝宴(セレブレイション)の先取りです。ヨハネ黙示録21章には「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」(3-4節)とありますが、まさに時間も空間も私たちの命もすべては神さまの被造物であり、死によって私たちはそれらの枠組みから解放されてゆくのです。

最も大切なことはキリストとつながること

本日の福音書でイエスさまはぶどうの木のたとえを用いて言われました。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」と(ヨハネ15:5)。イエスさまはまことにたとえの天才です。ぶどうの木と枝の比喩は一度聞いたら忘れることのできない話であったことでしょう。これ以上明快で印象的なたとえはありません。

枝は幹とつながっていなければ栄養を得ることはできません。つながっていることが大切なのです。そして管を通して栄養分が隅々にまで行き渡ることが大切です。人間の場合にも血管が詰まってしまうと大きなダメージを受けてしまうように、ぶどうの枝も幹とつながっていてもそこで管が詰まってしまい、幹から栄養分や水分が送られてこなければそれは枯れてしまいます。

私たちがこの人生を生きてゆく上で、私たちにとって最も大切なことはキリストとつながり続けるということなのです。先週は宗教改革記念日礼拝を守りましたが、ルターがパウロに戻ることでもう一度事柄の重要性を明らかにしたように、私たちが神の恵み、神のみ言葉に立ち続けることが大切なのです。山上の説教の中ではイエスさまはこう言われました。「野の花、空の鳥を見よ、蒔きもせず紡ぎもしないが天の父なる神はこれを養っていてくださる。あなたがたは鳥よりも価値ある者ではないか」と。「だから何を着ようか何を食べようかと思い煩うな。あなたがたに必要なものはすべて神さまはご存知である。ただ神の義と神の国を求めなさい。そうすればこれらのものは加えて与えられるのだ」と(マタイ6:25-34)。また、忙しさの中で自分を見失ったマルタに向かって言いました。「なくてならぬものは多くはない。いやただ一つだけだ。マリアはそのよい方を選んだ。それを取り上げてはならない」と(ルカ10:42)。

大切なことはそのように語ってくださるイエスさまとつながり続けてゆくことです。イエスさまを通して私たちたちが生きてゆくために必要なエネルギーと知恵と導きとが豊かに与えられるのです。だから心配はいらない。私たちが今日、覚えている召天者のお一人おひとりは、あのステンドグラスに描かれた羊飼いキリストにつながって生き、つながって死んでゆくことの大切さを私たちに示しています。イエスさまは愛する兄弟ラザロを亡くして涙にくれるマルタにこう言いました。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者はたとえ死んでも生きる。また生きていてわたしを信じる者は、決して誰も死ぬことはないのだ」と(ヨハネ11:25-26)。

赤ちゃんとお母さんとの関係

4節の言葉は私に赤ちゃんとお母さんの関係を思い起こします。私たちに対するイエスさまの深い愛情を感じるのです。イエスさまはそこではこう言っておられます。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない」と。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている」。これは赤ちゃんがお母さんに向かっておぼつかない手を伸ばしてお母さんの体に触れようとする。それを知ってお母さんは赤ちゃんに声をかけて、しっかりと温かくその手を握りしめてゆく。そのような情景を感じます。

私たちはイエスさまに向かって手を差し出していってよいのだと思います。その手をしっかりとイエスさまはつかんでくださる。そして決して離すことをしないのです。あの羊飼いは迷子になった羊を見つけ出すまで捜し歩いてくださるお方です。そしてその小羊を胸にしっかりと抱いてくださる母のようなお方なのです。「あなたはどこにいるのか」と言って名前を呼びながら探し歩いてくださる姿は、あのアダムとエバが禁断の木の実を取って食べたあとに神の足音を聞いて物陰に隠れる場面をも思い起こします。失われた人間の魂の在り処を一生懸命心配して探し求めてくださる神。それは聖書の一番最初から一番最後まで貫かれている神の愛の姿なのです。迷子になった子供を必死になって探す母親のような神さまの熱く深く豊かな愛がそこにはあります。これが私たちを生かすものなのです。私たちはそのような主の豊かさにつながっているのです。

聖餐への招き

本日は全聖徒の日ということでこの10年の間に天に召された方々のご遺族にご案内を差し上げました。何組かのご遺族が礼拝に出席されています。

愛する者との別離の痛み悲しみや自分自身の死を考える時の不安や恐怖。死と向かい合う時、私たちは自らの有限性を痛いほどよく知らされます。しかし死というものは、そして別離というものは、およそ生きとし生ける者には逃れることのできない必然なのです。

しかし、私たちキリスト者には二つの意味で慰めがあり、希望があります。一つは、どんなに愛する者との別離が悲しく寂しくても、出会うことができてよかったという次元がある。そのような出会いを備えてくださった神さまに感謝するという次元があります。もう一つは、再会の希望です。キリスト者にとって、主がご復活されたように、死は終わりではない。死の向こう側に命が待っているのです。神自らが人と共にいて、その神となり、私たちの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる時が来ると黙示録に約束されている通りです。「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」世界が来るのです。

只今より聖餐式に与ります。パンとぶどう酒をお渡しすることができるのは洗礼を受けた方だけですが、洗礼をお受けになられていない方々にもぜひ前においでいただきたいと思います。祝福を差し上げたいと思います。私たちが愛する召天者の方々が集っているこの天の祝宴に近づいていただきたいと思います。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな慰めと支え、そして導きがありますようお祈りいたします。また、天上にあって神を讃美し、地上に残された愛する者たちのためにとりなしの祈りをささげておられるであろう召天者の上に、神さまの豊かな祝福を祈ります。ご一緒に讃美歌298番「やすかれわが心よ」を天上の聖徒の群れと共に声を合わせて歌いましょう。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2003年11月02日 召天者記念主日聖餐礼拝説教)

説教 元宮道子姉前夜記念式礼拝 大柴譲治牧師

ヨハネによる福音書14:6、マタイ福音書5:3-10

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

元宮道子姉のご生涯を覚えて

私たちは今晩ここに、愛する元宮道子姉のご生涯を覚え、記念するために集められています。元宮道子さんは(以降ペコちゃんと呼ばせていただきたいと思いますが)、私自身も神学生の時、1980年夏、軽井沢で行われたルーテル教会のディアコニアキャンプで一週間、ペコちゃんの父親役として一生懸命ペコちゃんに関わらせていただいたことがありました。ペコちゃんは6月5日の木曜日の朝早く、当直の職員の方が讃美歌を歌う中、52歳と三ヶ月のご生涯を終えて、天に召されて行かれたのです。4月1日に末期の胃ガンの診断を受けてから二ヶ月余の闘病生活でした。

その間、苦しい中、院長の木実谷哲史先生をはじめ、職員の方々が献身的に介護してくださいました。特に第6病棟の職員の方々は、「勤務時間が終わっても本当によくペコちゃんの傍にいてくれたと思います」と伊東婦長さんからも伺いました。元宮姉が亡くなられたというお電話をいただき木曜日の朝、お祈りに伺いました時、木実谷先生も「精一杯の介護をさせていただきました」とおっしゃってくださいました。あのペコちゃんの笑顔ともう会うことができないと思うと深い悲しみが私たちを襲いますが、復活を信じるキリスト教の信仰においては死は終わりではなく命の始まりでもある。そのことを覚えながら、しばらく元宮道子さん、ペコちゃんのご生涯を振り返ってみたいと思います。

『いつくしみ深き友なるイエスは』

5月29日(木)に私どもがお祈りに伺った時にはちょうど運動会が終わったところでした。先程も最初に歌いました『いつくしみ深き友なるイエスは』を病床で歌いました。するとペコちゃんは讃美歌を聴いて安心したのか、よく休めたということを婦長さんから伺いました。実は、この讃美歌は先程も歌いましたが、ペコちゃんがずっと幼い時から、横浜のカトリックの施設である聖母愛児園にいた頃から、そしてこの島田療育センターに移ってきてからも初代院長先生の小林提樹先生やヘンシェルママや原田(積夫)パパや、この島田療育センターの職員の方やルーテル教会のディアコニアキャンプで出会った様々な方たちと一緒に繰り返し歌ってきた讃美歌であります。毎月第二日曜日に私たちも礼拝のために伺わせていただいていますが、そこでもよく歌う讃美歌でもあります。

歌というものは不思議なもので、いろいろな思い出をサアーッと瞬時に思い出す。多くの人と多くの場面で一緒に泣いたり笑ったりしたことを思い起こすのです。カラオケが人気があるのは、歌うことそのものよりも、その歌が流行った時のことを懷かしく思い起こすからではないかと思います。そして、悲しい時、苦しい時に音楽というものは大きな慰めになります。特に讃美歌は自分たちが辛い時、悲しい時、弱い時に神さまがそばにいて守っていてくださるということをダイレクトに教えてくれるものなのです。

この讃美歌『いつくしみ深き』は、すべてを私たちの友である主イエスさまにお委ねしてよいのだということをストレートに歌った讃美歌です。これは多くのクリスチャンにとって愛唱讃美歌となっている曲ですが、実は悲しい背景を持った讃美歌でもあります。この曲は最愛の婚約者を失った悲しみの中で作詞されたと伝えられている讃美歌なのです。悲しみをすべて越えて主が私たちの傍らにあって、私たちを守り慰めてくださるお方がいる。そのことを歌っています。

ガンとの苦しい戦いの中で、ペコちゃんはどれほど周囲の方たちの温かい手と声とに支えられたことでしょうか。最後は職員の方たちが讃美歌を一杯歌ってくださったとも伺いました。讃美歌のCDをわざわざ買って練習した方もおられたと聞きます。ペコちゃんはその讃美歌を聴きながら、これまでの多くの人の愛を思い起こし、幸せな気持ちになったことでしょう。そして何よりもイエスさまが共にいてくださることを信じて慰めと希望とをそこに感じ取っていったのではなかったか。私にはそう思えてなりません。

WHAT A FRIEND WE HAVE IN JESUS
作詞: Joseph Scriven (1820-1886)
作曲: Charles Converse (1834-1918)

いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを とり去りたもう。
こころの嘆きを 包まず述べて
などかはおろさぬ 負える重荷を。

いつくしみ深き 友なるイエスは
われらの弱きを 知りて憐れむ。
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 慰めたまわん。

いつくしみ深き 友なるイエスは
かわらぬ愛もて 導きたもう。
世の友われらを 棄て去るときも
祈りにこたえて いたわりたまわん。 アーメン。

元宮道子姉のプロフィール

さて、ここでペコちゃんのご生涯を振り返ってみたいと思います。ペコちゃんはその最初の二年間に二つの重い十字架を与えられました。一つは肉体的精神的な障害、そしてもう一つは両親から見捨てられるという十字架でした。どうしてこのような二重の苦しみがペコちゃんに与えられたのかは分かりません。捨て子であったペコちゃんのことは当時大きく新聞にも取り上げられたのですとケースワーカーの山田さんから伺いました。全く身寄りのないかたちでペコちゃんはその生涯の歩みを始めたのです。

ペコちゃんのご生涯を式次第に記させていただきました。

生年月日  1951年(昭和26年)2月20日(享年52歳3ヶ月)
入所年月日 1962年(昭和37年)5月14日(在所41年)

捨て子で家族不明。1953年(昭和28年)2月19日、東京電灯管理局尻手寮の軒下で発見された。当時推定年齢2歳。
同年7月2日、聖母愛児園養護施設乳児院に入園する。脳障害を有していたため、翌年9月24日、日赤産院乳児院に委託入院する。
年齢超過のままずっと在院していたが、島田療育園開園間もなく1962年5月(11才3ヶ月の時)、聖母愛児園養護施設より委託入院扱いにて当センターに入所。
1963年(昭和38年)8月3日聖母愛児園養護施設退園、横浜市より正式に当センターへ措置入所となる。
当時島田療育センターに関わっていたドイツ人ディアコニッセのヨハンナ・ヘンシェル先生より我が子のように可愛がられ、毎年夏のディアコニアキャンプを楽しみにする。
1970年(昭和45年)12月25日 日本福音ルーテル武蔵野教会三鷹集会所において賀来周一牧師より受洗(小児洗礼)。教保はヘンシェル先生。
1974年(昭和49年)12月25日 三鷹集会所において賀来周一牧師より堅信式を受ける。
2003年(平成15年)4月1日 悪性腫瘍が胃に発見される。
2003年6月5日(木)午前1:37 島田療育センター第6病棟における二ヶ月余の闘病生活の末に、職員が歌う讃美歌を聴きながら平安のうちに天に召される。享年52歳と3ヶ月であった。

本 籍 神奈川県横浜市鶴見区尻手2-58

「元宮道子」というお名前について

ペコちゃんも二歳までは両親の愛情を一身に受けて育ったことでしょう。その親御さんはどのような思いでペコちゃんを置き去りにしたのでしょうか。愛する我が子を手放す親の苦しみ。その時ペコちゃんは涙の洗礼を受けていたのだと思います。

十字架の上でイエスさまは「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか!」と叫ばれましたが、ペコちゃんもまさに愛する者から見捨てられるという辛い状況の中で悲しい思いを体験してきたのだと思います。

さらにペコちゃんは最後にガンという三つ目の重たい十字架を与えられました。しかし最後までペコちゃんはそれらの十字架をしっかりと背負い、ひた向きに頑張り抜きました。また、ペコちゃんの周囲の人たちはペコちゃんを温かく支えてきました。そのただ一人で頑張るひたむきさ、無心な姿が私たちの心にははっきりと焼き付いています。実は、私たち自身がペコちゃんのひたむきな生きかたから大きな励ましをいただいていたのです。だからこそ、ペコちゃんが時折見せる満面の笑顔が私たちの心をあれほど深く打ったのでしょう。元宮道子さんがなぜペコちゃんと呼ばれたかというと、不二家のペコちゃんの笑顔とそっくりな素敵な笑顔を私たちに見せてくれていたからでした。

私は元宮道子というお名前がいつ付けられたのか、いろいろと調べてみました。ご両親が付けたのか、それとも聖母愛児園のシスターが付けたのか。不思議なことですが、現在横浜の聖母愛児園の園長をルーテル教会引退牧師の森勉先生が務めておられますので、電話をして問い合わせてみましたが、そのことは分かりませんでした。しかし分かったことが一つあります。昭和28(1953)年8月2日、愛児園に入所してひと月ほど経った頃、ペコちゃんは洗礼名メアリーという名前をいただいて受洗していたという記録が残っていました。1970年にむさしの教会三鷹集会所で賀来周一牧師より洗礼を受けておられますから、カトリックとプロテスタント、ダブルで洗礼を受けておられたことになります。人の二倍、神さまからの祝福を受けたということになりましょうか。

私はなぜ名前にこだわったかといいますと、伊東婦長さんからのお話を伺いましてから「元宮道子」というお名前がとても象徴的に思えてきたからです。ペコちゃんは、そのお名前の通り、私たち人間にとって一番大切な心の一番奥底にある神さまの神殿(元宮)を指し示す、道のような役割を果たした神さまの子どもだと思えてきたのです(ヨハネ14:6)。

ペコちゃんはいつもマイペースでした。そしてなかなかペコちゃんとのコミュニケーションは難しかったと思います。よく首を振ったり、手をたたいたり、指をトレモロのように鳴らしたりしていました。私にはそれがペコちゃんが命のリズムを刻んでいるのだと思えました。霊安室に安置されていた時に、職員の方々がペコちゃんが好きだったものを一杯テーブルの上に置いてあったのですが、誰それを見て木実谷先生は「たくさんあるね。誰よりも一杯置いてあるんじゃないか」とおっしゃられました。ペコちゃんは人気者だったのでしょう。ペコちゃんは黄色いアヒルが大好きで、そこにはアヒルのおもちゃが一杯置いてありました。マヨネーズも大好きだったとのことで、これまた黄色です。着るものに黄色やオレンジ系が多かったのもそのあたりから自然にそのようになっていったと伺いました。でも病床では次第に職員の手を握るようになり、そのような触れ合いを求めてくるようになっていったということも婦長さんから伺いました。手を握って、言葉をかけてくれた職員の皆さんにペコちゃんはどれだけ深く励まされたかことかと思います。

マザーテレサはこう言っています。「人間の価値は一生の間、何を自分に獲得したかでにあるのではない。何を他者に与えたか、何を人々と分かち合ったかにあるのだ」と。ペコちゃんはじつに多くのものを私たちに与えてくれましたし、多くのものを私たちに残していってくれたのだと思います。人間が生きる上で人と人とのつながりというものがどれほど大切なものであるか、愛というものがどれだけ大きな意味を持っているか、ペコちゃんは自分の十字架を背負い、イエスさまに従うことの中で、力いっぱい証ししてくれたのだと思います。

「みんな、ありがとう!」

ペコちゃんの戦いは終わりました。先程イエスさまの言葉を読んでいただきました。

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
(マタイ5:3-10)

これらの多くの言葉はペコちゃんの人生と重なり合うのではないかと思います。ペコちゃんのご生涯には祝福が一杯備えられたのです。

キリスト教では死は終わりではありません。復活ということを大切に考えています。言わば、死は一つの狭き門のようなものなのです。そこをくぐり抜けると神さまの光の世界が待っていると聖書は告げています。

「ターミナルケア」という言葉があります。末期医療とか終末医療とか訳される事が多いのですが、それでは事柄の半分も訳していないことになります。ターミナルという言葉は、確かに終点とか終着駅という意味もありますが、同時に、分岐点とか乗換点という意味があります。京王多摩センターにもバスターミナルがあるでしょうか。バスターミナルのことを思い起こしていただくとよく分かると思いますが、そこは一つの路線の終点であると同時に別の路線の出発点でもあるのです。ですから、キリスト教で言うターミナルケアというのは死に向かっての準備という意味ではありません。新しい命に乗り換えてゆくための準備を意味しています。祈ったり讃美歌を歌ったりすることが、そのようなターミナルポイントに備える役割を果たしたのだと思います。

ペコちゃんは今ごろ天国にあって先に召された小林提樹先生やヘンシェル先生、愛する者たちと共に、例のペコちゃんスマイルと命のリズムを刻みながら、大きな慰めと喜びと平安との中に置かれていると信じます。ペコちゃんの安らかな寝顔はそのことを証ししているように思います。そのお顔はこう言っているように私には思えます。「みんな、ありがとう。本当にお世話になりました。私には家族はいなかったけれど、みんなが私のかけがえのない家族でした。この島田療育センターが私の温かいお家だった。みんなと出会えて本当によかった。ありがとうございました。」

天上はにぎやかになったかもしれませんが、この地上は寂しくなりました。ここにお集まりのお一人おひとりの上に、またこの島田療育センターの上に、神さまの豊かな慰めとお支えがありますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2003年6月9日  元宮道子姉前夜記念式説教。於島田療育センター)

説教 「聖霊と言葉と命と」  森 勉牧師

ヨハネによる福音書 15:26ー16:4a

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

二極の間にある説教

おはようございます。今日はペンテコステの祝日でありまして、むさしの教会の皆様と一緒に礼拝をささげることができまして心から感謝するものです。

わたしは6年前に少し早く、もう65才になった時に牧師を辞めようと思いまして、広島教会の牧師を最後に引退牧師になりました。そのときから、自分の心に決めたことがひとつありました。それは「礼拝説教はしない」ということを決めたのです。なぜかといいますと、若い頃にグスタフ・ヴィングレンというスウェーデンの神学者の説教学という本を勉強したことがあります。そのヴィングレンという人が言うことには、礼拝説教というのは、二つの極の間にはさまれている。ひとつの極は、生ける客観的な神の御言葉であると、もう一方の極は何かというと、これは、大変主観的な生ける会衆がある、というふうに言っているのです。説教者はその二つの極の間にいつもはさまれて、両方から引っ張られて誰がこの務めに耐えうるだろうか、というふうに言っているのです。

ヴィングレンという人はなかなか優れた学者だったのですけれども、わたしはそれを読みまして、「うわっ、これはえらい仕事に就いたな」というふうに思っておりました。それで牧師を引退しましたら、できるだけ早く「説教はもうしない」というふうに決めていたのですけれども、大柴先生から騙されて、お酒を飲みながら「先生、礼拝説教をいっぺん…」とか言われますとね、「ああ、説教なら任せなさい」とか言って軽請け合いをしてしまったわけです。つまり、なぜかと言うと、その時から引退いたしますと、一方の神の言葉はあるのですけれども、生きている会衆がいなくなるのです。ですから、礼拝説教をしても成り立たなくなる、つまり説教は出来ないのです。

ですから、今日も「お話」をするために参りましたので、大柴先生はだいたい大事なペンテコステの礼拝説教をせえ、なんていうことを言うからですね、この牧師は「けしからんなぁ」とわたくしは思っているのですけれども。なぜそんなことを言うかと言いますと、大変大事なことなのです。

わたしはここに来る時に二週間ほど前に大変すばらしい本を見せていただきました。『安らかな死』という本で、むさしの教会のみなさんはお読みになっていると思いますが、田坂宏さんと奥様のことが書いてあって、賀来先生とか色々な方が書いておられます。これをうちの施設のカトリックのシスターが「森先生、これは先生が属しておられるルーテル教会の信徒さんではないですか?」と言って持ってきて、それでぼくは初めてその時「それではちょっと見せて」と言って二週間ほど前にこれを読んで、大変感動したのです。「ああ、田坂さんという人はこんなことがあったんだ」と思いました。そしてこの中に中山さんとか色々なむさしの教会の人々の名前がいっぱい出てくるのです。ぼくはそういうことは何もわからない。そして「礼拝説教をせい」なんて言われても、そんなこと何もわからないで、片方の極の会衆のことがわからなくて客観的な神の言葉をしゃべったらいいということは礼拝説教にならないのです。ですから礼拝説教はしないと思って、今日は「お話」をさせていただきますので、大事なペンテコステの礼拝に「お話」をするということは、もしかしたらぶち壊しになるのかも知れないのですが、少しお時間をいただきたいと思います。

「聖霊と言葉と命と」

今、横浜市の山手町にあります、外人墓地のすぐそばなのですが、カトリック教会のフランシスコ会というところが設立をしました聖母愛児園という児童養護施設の園長をさせられております。なぜルター派の牧師であった者を宗旨変更したわけでもないのに施設の園長にしたのかということについてお話ししますと、これも一つは現代のエキュメニズムという問題にも関わってきまして、非常におもしろい話になっていくと思うのですが、今日は時間がありませんからその話はまた別の機会にしたいと思います。わたしは今ルーテル教会の聖書手帳も持っていないので、カトリック教会に属している仕事をしているものですから、カトリックの日課を見ますと、だいたいルーテル教会もカトリック教会もA年B年C年という3年サイクルの聖書日課というものは同じものが使われております。その中でペンテコステの日の礼拝の聖書の日課だけ、第二の朗読のところは必ずいつも使徒言行録の2章のところが選ばれています。福音書と旧約がA年B年C年で変わって行くのですが使徒言行録の2章だけはペンテコステの日には必ず読むものとして朗読されています。そこだな、ということを思って大柴先生からお電話をいただいて「先生、説教の題を」と言われたものですから、「まだ考えていません」と言っては失礼ですから、「そうですねぇ、『聖霊と言葉と命と』にしましょう」と答えましたので、それに合わせる話をしなければならないというので、切り口をどこにするかということに大変頭を痛めているのです。なぜこの「聖霊と言葉と命」にしたのかということを少しお話しをしておいた方が切り口になるかと感じております。

わたくしは今日もう一冊の本を持ってまいりまして、これは黒川伊保子さんという人が書いておられる『感じる言葉』(ちくま書房)という題の本でありましてエッセイ集であります。黒川伊保子さんという方は奈良女子大を出られて物理学を先攻してコンピュータ関係の仕事を今もしておられるという方です。大変すばらしいエッセイです。ぼくは最近これを読んでおりましていくつかすばらしい言葉を見つけたのです。その中に「言葉は美しい祈りである」ということを書いておられるのです。クリスチャンでもなんでもないのです。だけど「こんな人もおられるのだなぁ」と思いました。それでこの人は人間の脳のことを色々書いています。人間には理性と情緒があり、日本人はとりわけ情緒的な言葉を非常に発するとこの本は書いているのです。ですから、この人は情緒というものをコンピュータで整理できないかと考えて、学問で整理しているらしいです。奈良女子大には音の相と書いて「音相研究所」というのがありまして、情緒的な言葉を分類している音相辞典というのを出しておられる先生らしいのですが、そういう言葉、ひとつの言葉は祈りであるということを教えてくださった黒川さんの本なんかを読んでおりまして、それで説教の題をつけてしまったのです。大変無茶な題をつけたなぁと今思っております。

それからもう一つは、最近読んでおります本でみなさんもご存じかと思いますが池田晶子さんというこれも女性の方です。この人は慶応大学の哲学科を出られて、色々な本をたくさん書いております。『ソクラテスの妻』などを大変分かりやすい哲学の本を書いておられるのですが、この人がやはり『当たり前のことばかり』という本を書いているのです。その中に「言葉は命である」とあるのです。何を書いているのかなと思いまして見てみますと、ヨハネによる福音書のことを書いているのです。言葉の問題、言葉は人間の命に関わるということ、それから魂や霊、そういうところにつながるというような本を読んでいたものですから、「聖霊と言葉と命」という題にしました。やはりペンテコステということを考える時にわたくしどもは聖霊と言葉と命というものがどういうふうにつながっているのかということを考えなければいけないだろうと思うわけです。

向こう側からやってくる霊

聖書という書物には、言葉にまつわる話がいっぱいあります、そして命にまつわる話も。これは聖書の一番最初から終わりまでそのことが書いてあります。神様の言葉によって人間は創られたということが書いてあります。神様は、創世記の第二章のところを見ますと、その人間に命の息を吹き入れたら人間は生きるようになった、ただ単に生きるわけではないのです。神様の霊を、息をいただいたら人間は生きるようになった、と聖書には書いてあるのです。そして聖書を見るとすぐバベルの塔の物語があって、今度は言葉が乱されて人間は世界中に散らされて、言葉が通じなくなってしまうということが書いてあります。それで、イエス様がおいでになってまた聖霊を与えるというふうにして人間をもういっぺん生かそうと、交わりを回復させようと、そういうようなことが聖書の中には書いてあります。

この池田晶子さんという哲学者の方はですね、この方の本を見ていると大変おもしろいことを言っているのです。霊と魂というのは、自分の感覚ではなく、向こうからやってくる、決して自分の内から出て行くものではない、向こうからある日突然やってくるということを書いているのです。何か明治神宮の外苑の付近をマラソンをして走っていたら、考えながら走るんだそうですが、その時にふっと霊が向こうから突如として自分の中にやってくる、そういうことを書いているのです。今日の聖書の箇所を見ますと、聖霊降臨の出来事が書いてあるのですが、聖霊というのは、一人ひとりの上に分かれて現れて一人ひとりの上にとどまったとあります。つまり向こうからやってきてわたしどもの中に神様は聖霊を与えられる、そういうことが起きている。そしてその聖霊が与えられた時に何が起こったかと言いますと、みんな自分の故郷の言葉をしゃべりだした、つまり故郷の言葉をしゃべってみんなあっけにとられているのですけれども、しかしそれで言葉が通じるようになった、そして言葉が通じるようになったことによって人間には交わりが回復していく、そして教会が生まれて行く、そういう聖霊降臨のすばらしい奇跡がここに書いてあります。

今私が関わっている仕事について

今わたしは先ほども申しましたように、横浜市にあるカトリック系の児童養護施設の園長をしておりますが、毎日80人ぐらい、ほとんど大部分の子供たちは女の子ばかりですから大変楽しいです。2才から18才までの主として色々な事情で家庭で子育てができない子供たち、親に育てられない子供たちをお預かりして24時間、家庭に代わって教育をしている施設です。

ここでですね、毎日ぶつかる子供の言葉というのがあるのです。それをちょっと御紹介しておきましょう。毎日ぶつかる子供の言葉….「触んじゃねえ」「ばか」「死ね」「てめえ」「ふざけんじゃねえ」「うるせえ」「オレばっかか」「ボコボコにしてやる」「ぶっ殺すぞ」「人殺し」….そういうふうな言葉が子供たちの間で行き交っているのです。そういう言葉を聞きますと、こちらが心を痛むのです。それで注意をしますと「うるせえ」と言われます。仕事を何か頼みますとすぐ「いやだねったらいやだね」と、そういうあのコマーシャルの言葉を使って答えるとかいうことです。

色々な事情をもって来ていますから、子供同志で暴言も吐きますし、暴力も使います。そういう事情や理由というのはいっぱいあると思いますね。多いのは離婚です。それで子供をどちらかが引き取らなければいけない。どちらかの親が引き取っても自分の生活がありますから仕事をしなくてはいけないというようなことで養うことができないという子供たちがやって来ます。それから、この頃も新聞によく出ています、あるいは報道でもあります親の虐待という問題で子供たちが施設に入ってまいります。今これは病院とか、となり近所の人が通報しますと児童相談所はその件に限ってだけ警察と協力しながら家庭の中に入り込んで行きまして強制的に親子を分離させて、うちの施設に入れてまいります。それから暴力団関係の人たちの子供なども来ます。それから薬をやった親の子供たちも保護されてやってまいります。そういう中ですから、言葉が乱れてしまって本当に聞くに耐えない言葉を子供たちは使っています。今は男の子はいないんです。小学校1年生が一人いるだけですが、あっ、男の子も一緒に入れた方がいいなと言って今男の子を入れる算段をしているところなのですけれども、男の子を入れると女の子は大人しくなってくるそうですね、男の子がいるようになると。女の子ばっかりいるから余計悪くなっているというところもあります。そういうところで生活をしておりまして、子供の言葉が本当に乱れている、この子供は朝から職員が色々なことを言うわけですけれども、

これは日常のきわめて小さなことを注意したりするのです。「早く起きなさい」と、それから「顔を洗いなさい」「学校に遅れるよ」とか「歯磨きしなさい」とか、そういうことを注意していくだけです、生活のパターンですから。だけどそれを聞いた子供たちは、それですぐドアを蹴飛ばすとかそういうことが出てきます。そうすると仲介に入っている職員は子供たちの攻撃を受ける。高校生になると大きいですからね、短大を卒業して入ってきた保育士ぐらいですと2才ぐらいしか違わないのです。ですから髪の毛を握って取っ組み合いをやっていますから、ごろごろ転びながら。先生たちもなかなか大変だと思います。

だけどぼくは言葉が通じるということはどういうことか、通じないというのは何なのかと、一番もとをズーッと探って行ってごらん、というようなことをいつも職員に言うのですが、こういう言葉を言うときりがないのです。毎日こういうことにぶつかっているのですから。ですから、職員たちに、「10回起こしても起きなかったら11回言ってごらん」「20回言ったら21回言ってごらん」と言うのです。限りがないのです。「どこまで待てますか?」と「どこまで待てばいいのですか?」と職員たちは聞くのです。だから「死ぬまで待ってください」「あなたの忍耐は死ぬまでできるかな?」と言うのです。「誰がですか?」と言われて「あなたが」とこちらが言うと「わっ、わたしなんかそういう仕事をしにここに来たのではありません」と言う、そういう職員たちを励ましながら取り組んでいるのです。

とにかく子供を理解するということは、アンダースタンド(under-stand)ということは子供と同じ地平に立つこと、上に立って何か言うことではない、子供は何を考えているのか、何を言おうとしているのか、そのことをよく考えてごらんなさい、というふうなことを言っておりますが、まあこれも大変な仕事だなあと思いつつ、ぼくはいつも先生たちに感謝していますよ、拝んでいますよと言っております。

聖霊の働きと言葉の回復

ですから言葉の回復というのは今の時代はなかなか難しくなってきていると思います。やっぱり神様から聖霊をいただかないとこれはできないな、というふうな感じでおりますが、聖書を見ておりますと、そういう場面にいつもぶつかるのです。

よく復活節の間は復活のところの聖書の箇所が選ばれると思うのですが、ペンテコステが来まして、今日は聖霊降臨日で使徒言行録の2章が読まれてます。使徒言行録というのはルカという人が書いております。それでルカによる福音書も同じルカが書いているのです。だからルカの復活の記事のところを読みますと、一番好きなところはあの24章にエマオに行く弟子たちにキリストが現れて、同じ宿屋に泊まって、そしてその時にキリストが晩御飯を一緒に食べて、パンを割いて与えてくださった時に御姿が見えたということが書いてあるのです。その箇所は大変すばらしいところだと思うのです。レンブラントの絵にもこの箇所の絵があります。キリストの御姿が見えるところの絵があるのです。だけどぼくは聖書を読みながらいつも思ったのは、聖書はパンを割いてキリストがお渡しになった、すると二人の目が開けイエスだとわかったが、その姿は見えなくなったというふうに聖書は書いてあるのです。ぼくはここを読んだ時に、何でいっぺん見えたのが見えなくなるのか、ということを問題に考えました。

これは何でだろうというところを同じルカが書いた使徒言行録にいきますと、聖霊降臨の記事が出てくるのです。見えたイエス様が見え続けるということはどういうことか。それからそのエマオにいる二人の弟子が道々聖書を説いてくださった時とか、パンを割いてくださった時は、私たちの心は内に燃えたじゃないか。内に燃えてどうして燃え続かないのか。じつはわたくしどもはそういうところがあるのですね。若い時はあんなに熱心で一生懸命やっていたのに、もう今は冷めてしまいましたとか、何で燃え続けてずーっとイエス様に従って行けないのか。ぼくにとってはそこが一番問題だったのです。信仰というのは、信仰の持続性というのはどうしてなのか。この持続というのは自分が熱心にがんばれば持続するかというものではないのです。これはやはり聖霊が使徒言行録にあるように一人ひとりに分かれて、向こうからやってきて与えられる。神様の聖霊がわたくしどもにイエス様を見続けるようにさせる。わたくしどもの心を内に燃やし続けてさせてくださる。それが聖霊の働きなのです。それが向こうから与えられていく時にわたくしどもは立ち上がって行くことができるし、言葉を交わして行くことができるし、命を与えられて行くことができる。これが聖霊降臨ということの本当に大事な意味だと思います。だから、御霊よ来てください、と言うのです。

わたくしどもはそこでいつも考えなければいけないのは、わたくしどもの信仰を燃やし続けるもの、持続させるもの、それは決して自分ではないのです。自分が熱心にやっていたら続くかというとそういうものではない。そうではなくて、わたくしどもが与えられる聖霊によってわたくしどもは燃やされる。信仰というのもわたくしどもが信じる、熱心な力が続けるのではないのです。

聖書を読んでみられると、英語でいうとFaith in himといつも教えています。「彼の中にある信仰」、信仰というのはFaith in meではないのです。わたしの中にある信仰がわたしを強めたりしていくのではなくてFaith in him、神様の中にある信仰、つまりわたしの信仰ではない神様の信仰、イエス様の信仰、イエス様がぼくを信じてくれているという信仰なのです。イエス様がです。それが大事なのです。それを聖霊というのはわたくしどもに教えてくれるのだと思います。

ですからわたくしどもは昔の初代の教会の人がいつもよく歌ったのは、「主よ、聖霊を送ってください」「聖霊よ、来てください」そういう祈りをもっていくことが大事だというふうに考えます。皆様の上に一人ひとりの上に、神様の豊かな聖霊がいつも注がれていることをお祈りを致します。

祈り

それでは、お祈りをしましょう。

天の父なる神様。むさしの教会の礼拝を共にすることができて感謝致します。聖霊なる神様。わたくしどもにいつも来てください。そしていつもわたくしどもと共にいてくださり、わたくしどもを燃やしてくださり、わたくしどもを、主をいつも見ていくことのできる信仰を与えてください。それによって力強く立つことができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。

(2003年6月8日  聖霊降臨日聖餐礼拝説教。テープ起こし:後藤直紀、文責:大柴譲治)

説教 「母と子」  高倉美和牧師

ヨハネによる福音書 2: 1-11

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

カナ村での出来事

50年もすれば人の世は変わります。時の流れの恐ろしさ、怖さを思います。平和な方に導かれて行くのでしたらよいけれど、考えさせられます。これでいいのか、と。

今日の話はカナの村で起こった話です。カナというところを私はあえて村と言います。恐らく二千年位前では、あの辺はぶどう畑、また田舎の田舎だったと思うのです。最初は20年くらい前でしたか、私がカナに参りました時にはもうその辺りにはいっぱい家が建っていまして、この辺りと同様、ぶどう畑などはあまりありませんでした。そして、教会が建ったり、石の建物が色々と建っていて、石畳の上で子どもが遊んでいました。ちょっと横にそれて家に入りますと壷が幾つか並んでいました。それは観光客のために、今日の話のカナの婚宴での壷を思い出させるためでしょう。教会の中にも大きな壷のちゃんとしたものがありました。だからイエス様の国も昔は田舎で、田園でぶどう畑があったのですが、今のイスラエル、カナにはたくさんの建物が建っています。今のイスラエルは、毎日新聞に出てきますように、本当に悲しい事柄が起こっていますね。

さて、そのカナで結婚式がありました。母マリアがその結婚式に来ていたのですね。台所を手伝っていたのでしょう。マリアはナザレの地で生活していました。ナザレからカナまでは6キロぐらいです。ナザレから坂道を少し下ってゆくとカナに降りてゆきます。カナを過ぎてズーッとガリラヤ湖の方に降りてゆくようになっていて、そこは景色の良いところです。

イエス様の弟子たちは五人くらいではなかったでしょうか。ナタナエルがイエスさまの弟子になったという記事が本日の日課のすぐ前のところにあります。ナタナエルはカナの人ですからカナの事情に詳しかった。その結婚式が行われている家のことも良く知っていたはずです。だからイエス様と五ー六人の集団がずっと坂道をガリラヤの方から登って来て、結婚式のある家に招かれて入られたのです。そこで結婚式のお祝いに参加し、五人の弟子たちはぶどう酒をたくさん酔っ払うほどに飲んだのでしょうか。イエス様も飲んだのでしょう。結婚式はだいたいどのくらい酒を用意すればいいかと予想を立てて、花婿あるいは主人は予め十分な量を用意していたのではないかと思いますが、六人も増えると足りなくなってしまった。しかも酒飲みが増えたのです。イエス様は「大酒飮み」とも呼ばれていました(マタイ11:19)。

それほど飮んだとは思いませんが、とにかく人数が増えて酒が足りなくなった。そのことをマリアはいち早く察知します。「酒が無くなってしまった。これは大変だ」と考えて息子のイエス様のところにやって来たのです。「酒が無くなりました」と言った時、マリアは恐らく息子のイエス様に大きな期待をしていたと思われます。皆さんはどう思われますか? 私はそのように読んでいます。マリアは息子のイエス様に、母親として、人間として、期待をしていたと思います。

誰よりも先にイエス様はぶどう酒が無くなったということをご存知であったと思うのです。イエス様はここで尊いみ業をなさろうと決心したのではないでしょうか。イエス様が尊い大切なことをご計画なさる時にその心を誰が知るでしょうか。皆さんは知るでしょうか。イエス様が思っておられることを誰も知らないのです、我々人間は。マリアも知らないのです。知らないけれどもマリアは自分の息子に、「酒が無くなったから息子に頼めば何とかなるだろう」と思っていたに違いないと思います。ここのところは人によって解釈が違うのですね。しかし私はそう思います。イエス様は尊い業をなさった。そのような時には誰もイエス様のそのお心を知ることができない。神様の御心がそこで行われようとしている。神様の栄光がそこで示されようとする時に、誰もそのことに気付かないのです。本当に私たちの思いでは不思議なことですけれど、水がぶどう酒に変えられたのです。信じない人は信じないことでしょう。

今日の特別の祈りの中にもありましたが、私たちは神様から創られた、御子によってすべてのものが創られたという驚くべきメッセージを今日はコロサイの手紙からいただきました。私たちはつい先日までクリスマスを祝いました。クリスマスは馬小屋に生れたイエスから始まります。マタイによる福音書とルカによる福音書は、イエス様がどういう場所で生れたか、どういうところでどういう人がその時にクリスマスのメッセージを聞いたかということを記しています。それは2002年ちょっと前の最初のクリスマスは、そういうようにあのベツレヘムで起こったと。そして私たちはこの前の日曜日に、全世界の人たちにイエス様が馬小屋で生れ栄光が現された。そして羊飼いたちがやって来た。両親はイエス様を伴ってお宮参りに行って祝福をしていただいた。シメオンが赤ちゃんを抱いて喜んだ、というようなクリスマスの物語を私たちは一週間前まで辿って参りました。今日のパウロのコロサイの手紙の中にはそのようなことは書いていません。また、カナの結婚式の話を記したこのヨハネ福音書はそのようなことを書いていません。

ヨハネ福音書の記者は「初めにロゴス(言)があった!」と記していますが、二千何年前にイエス様が生れたというクリスマスの話は書いていません。コロサイの手紙も書いていない。御子はすべてのものが創られる前から神と共にいらっしゃった。そして御子によってすべてのものが創られたと記す。皆さんはこのような言葉をどう思いますでしょうか。本当にそのように信じることができるでしょうか。クリスマスは二千何年前にベツレヘムで起こった事柄でなくて、その前に、初めからそこにロゴス(言)がおられた。ロゴス(言)は肉体となって生れた。イエス様のご生涯がそのような言い方で今日のヨハネ福音書には書かれて、そして今日の最初のしるしを行ったカナの話に入ってくるのです。

マリアは、クリスマスのあの時には「マリアの讃歌」といって、マリアが本当に心から神様を信じて神様に感謝するあのマリアの讃歌の信仰があったのです! しかし、時が経つにつれてマリアの心はその原点から離れたのではないでしょうか。しかしまた、マリアは原点に近づいたり、そういうこの生活をしながら、イエス様が12歳の頃の話を皆さんはご存知ですね。その時のマリアと息子の話です。マリアと息子のイエス様はお宮に参りました。そしてそのお祭りがすんで、マリアはみんなと一緒に帰るのです。たくさんの人たちがそのお宮参りに来ていますから、帰る途中に“フッ”と気付くと息子がいない。さっきまで祭りに行って一緒にいたはずなのに、帰りがけにフッと気が付いたら息子がいないものですからマリアは慌てました。気付くまで三日間もかかったというのです。マリアは非常に慌ててどうしたんだろうかと思ってエルサレムのお宮にもう一度戻りました。見るとイエス様がみんなの中心にお立ちになってお話をしている。とても大事な福音を語っていたと思うのです。マリアはその息子のところに近づいて行って、「何ということをしたのです!!私たちは一生懸命探したんですよ」とマリアは大きな声で語りかけました。「心配していたんですよ…。どこにいたかと思ったら、ここにいたんですか」と。そうしたら12歳のイエス様が「神様のお家にいたのです」と言われたのです。

神様のお家!普通、われわれの親子関係、母と子の関係でしたら、ちょっとそのような風にはなりませんね。しかしイエス様は、その時に「何で探していたんですか。私は神様の家にずっと前からいたのに」。その時のマリアの心というものもやはり私はイエス様の本当のお心から遠ざかっていたのではないかと思うんです。マリアは敬虔な信仰深い人でしたけれども、いつもそういう信仰は続きません。あの時はやはり人間の親としてのお心になるわけです。それは当然なことでしょう。自然なことです。しかし、イエス様のお心はそうではないのです。カナの結婚式の時がまさにそうです。

マリアが「ぶどう酒が無くなった」と何かを期待しながらイエス様に言いました。その時にイエス様は「お母さん」とは言わなかった。ここで、聖書を開きましょう。「婦人よ」となっている。愛するお母さんに対して「女よ」、「婦人よ」と言った。このような母と子の会話というものを皆さんはどのように考えるでしょうか。マリアが何かを本当に求めて息子のところにやって来たのにイエス様はそれは冷たい言葉で答えられました。もし皆さんの中に今日初めて聖書を読まれた方がおられたら、やはり何でイエス様は愛するお母さんにそんなに冷たい言葉を語られたのかと思われることでしょう。お母さんに対していつもイエス様がそういう言葉を語っていたとは私は思いません。赤ちゃんの時から育ててもらったお母さんですから。ところがこの時ばかりはマリアに対して「デュナイ」(「婦人よ」、「女よ」)と呼んでいる。それは冷たい言葉です。それはマリアの心とイエス様の思いが異なっているからなのですね。

マルチン・ルターはある顕現節の時の説教にこういうことを書いています。「地上では母より大切な者はない。そのような権威に優るような権威はどこにもない。しかし神様の業が行われようとする時には、イエス様の業がそこでなされようとする時には、お母さんの権威も、お母さんのその素晴らしさも、そこでは何にもならない。力にならない。神様のみ言葉が語られるところには、この世のどのような愛情も、人間のすばらしい愛も、そこでは無に等しい。」 そのようなことをマルチン・ルターは語ってくれました。イエス様は神様の業、ご自身の業をそこでなしたもうた。それが水をぶどう酒に変えるという「しるし」です。「奇跡」を行ったとは書いてません。「しるし」です。「最初のしるし」を行った。そしてそこにご栄光が現れたとこの福音書を書いたヨハネは書いている。これはしるしなのです!

しるしというのはそのことの中にとても大切な意味があるものを示しています。イエス様が水をぶどう酒に変えたということはとても大事な事柄を示しているということです。ヨハネ福音書の中には「デュナイ」(「婦人よ」)と愛するお母さんにイエス様が語る場面がもう一つ出てきます。もう一つは、イエス様が十字架につけられる場面です。その十字架の上から頭からも血だらけ、手から足からも血だらけになって、胴から血だらけになっているイエス様が、十字架のそばたたずんでいるマリア対して「お母さん」とは言わず「デュナイ」と言いました(ヨハネ19:26)。「婦人よ!」と言ったのです。この二箇所しかイエス様のこの「婦人よ」という言葉は書いていない。

マリアに対するこの二つの冷たいイエス様のおことばの奥に神様の御業が、御心が示されていることを私たちは忘れてはならないのです。だから昔の教会の人はそれを、あのカナの結婚式のぶどう酒はイエス様の十字架の血である。血を暗示するものだと理解したのです。そのような信仰をもって昔の教会の人々はそのようにカナの結婚式を受け止めました。あのしるしは何だろうか。しるしの意味は何か。それはイエス様の十字架の血である。それは聖餐式の時のそれは聖餐式の時のイエス様がおっしゃった、「これはあなた方の罪、すべての人たちの罪を赦すわたしが流す血である。」というその聖餐式のことを示す事柄がカナの結婚式のぶどう酒のしるしであったということを私は信じます。だから昔から、私たちの信仰の先輩たちはそのような信仰を持っていてその信仰が今日の私たちにも伝えられていると思います。

カタコンベという場所をご存知ですか。2世紀から3世紀頃には、イタリアのローマの地下を掘ったところで礼拝をしていた。地下の墓地です。私は二回ほどそこを訪れて壁に描かれている壁画を見ました。そこにはカナの結婚式の絵がありました!それは聖餐式を意味する絵だったのです。私たちの先祖の信仰者たちは、カナの結婚式はイエス様の聖餐式を示すものであって、あのぶどう酒はイエス様の最後の晩餐の時のみ言葉にあるようにイエス様が十字架の上で流したもうたあの血であるということを示すしるしであると理解したのです。

西洋の美術史をずっと辿って見ますと、十世紀頃、もう既にローマの大きな教会の木の扉にはカナの結婚式と聖餐式の絵が一緒に描かれています。ちょうどレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が描いているようなあのイエス様が弟子たちとテーブルについている絵です。それは聖餐式の姿です。その横には石の壷が描いてあるのです。十世紀の頃にはカナの結婚式はイエス様の聖餐式を意味するということになっていた。もう少し時代が進むと、ジョット(1266頃-1337)がパノマというところの礼拝堂に、カナの結婚式即イエス様の最後の晩餐という形を示すような絵(パノマのアレーナ美術館所蔵)を描いています。私はこの5月にイタリア旅行を計画しましてまたそれを見に行くことを計画しています。

聖餐式も結婚式も素晴らしい喜びの場です。結婚式に酒がないということはありえないことですね。日本では特にそうです。しかしそれが絶えるということはまさに喜びがなくなるという危機の場となるということです。そういう危機の時にイエス様はその危機を救った。そして皆はなぜかは知らないけれども良い酒が次々に後から出てくることを喜び楽しんだのです。

結婚式とは夫婦の愛がそこから出発して長い人生を旅してゆく素晴らしいスタートの日です。そのような喜びの日が悲しみとなってはならない。イエス様は悲しみになろうとするその危機のただ中に喜びを与えられた。それが水をぶどう酒に変えたというイエス様のみ業であったことを私たちは思いたいのです。

しかしそれだけでは終わらない。イエス様はその最初のしるしを行ってからいろいろな愛の業を行いました。そして十字架の人になって、カナの結婚式の時にマリアに言ったそのお言葉と同じ言葉を十字架の上で語られた。結婚式の出来事は、イエス様の時の流れをずっと辿って、十字架の時の場所につながってゆく。カナではこの時、イエス様は「わたしの時はまだ来ていない」とイエス様はおっしゃた(ヨハネ2:4)。時が来ていない。いつその時は来るのでしょうか。誰にも分からない。結婚式の時にはイエス様の時は、まだ来ていなかった。しかしあの福音書に記されたイエス様のご生涯の最後の時に、その「時」が来たのです! 十字架の時が来たのです!

その「時」はまさにカナの結婚式に栄光を表したのだと福音書記者ヨハネは書いているのです。イエス様の十字架の時こそ、まことに神様のご栄光が確実に示された時ではないでしょうか。そのような時のことを静かに瞑想しながらカナの結婚式の事柄や色々な事柄を思いながらイエス様のご生涯を辿りますときに、まことに私たちのためにイエス様が永遠の命を与えてくださるためにご自分の命を、血を通して示してくださったという福音のメッセージに私たちは辿り着き、気付かされるのでございます。

最後に一箇所、み言葉を読んで終わりたいと思います。ヨハネ14章27節のイエス様のお言葉です。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2002年12月29日 降誕後主日礼拝説教。テープ起こし:神崎伸神学生、文責:大柴譲治)

説教者の高倉美和牧師は日本福音ルーテル教会の引退教職で現在は熊本に在住。呉、天王寺、神水(くわみず)の各教会の牧師を務められた。音楽と美術とに造詣が深く、自らもピアノを弾き、歌を歌い、絵筆を持って絵の旅を続けている。昨年は心筋梗塞と脳梗塞と三度死線を越えてこられた。大柴牧師は神学生の頃に神水教会で高倉牧師の下にインターン実習を行っている。高倉矩子夫人は故山内六郎牧師のご息女。