たより巻頭言「離者定会」 大柴 譲治

1996年の夏、私はフィラデルフィアにあるジーンズホスピタルという400床ほどのフレンズ派の病院で、チャプレンとして三ケ月働きながら臨床牧会訓練を受けました。そこでは、自分の感受性の貧しさや行動の定型的なパタ-ン、信仰の拠って立つところなどが厳しく問われました。とても貴重な体験であったと思います。英語にも苦しみました。しかしその訓練の中で、ス-パ-バイザ-であった Dann Ward 牧師からは、「あなたには牧師のハートがある」「ユーモアのセンスがある」など、心に残る温かい励ましの言葉をいくつももらいました。その中でも極めつけは、「ジョージはジョージを celebrate する必要がある」という言葉でした。私は自分自身を喜び祝う必要がある!この言葉と出会うことができただけでもアメリカに行った価値はあったと今は感じています。

 人と人との出会いとは本当に面白く、奥が深いものだと思います。人生が旅であるとするならば、私たちは時の旅人です。当たり前のことなのですが、古い場所を捨てなければ新しい出会いというものは与えられてゆきません。9年間住み慣れた福山を去り、そして2年間を過ごしたフィラデルフィアを去り、親しくなった友と別れて日本に帰国し、今むさしので最初の冬を体験しています。「会者定離」と言いますが、いくつもの出会いがあり別れがありました。しかし別れがあるからこそ新しい出会いもあるのだと思います。その意味では、「離者定会」と言うこともできましょう。「行く先を知らないで旅立ったアブラハム」は、すべてを神に委ねて踏み出してゆきました。私たちもまた、別れと出会いのすべてを神さまに委ねて、新しい一年の歩みを踏み出してゆきたいと思います。お一人おひとりの歩みの上に祝福がありますように。自分が自分であるということを、主にあって喜び祝うことができますように。