「読書会ノート」 スタインベック 『二十日鼠と人間』

スタインベック 『二十日鼠と人間』

鈴木 元子

 

二十日鼠と人間のこの上もなき目論見も
やがて次第に狂いゆき
夢みし幸と喜びに
代り儚く残りしは
ただ苦しみと嘆きのみ
(鈴木訳)

スコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩の一部からとられた題名は、この物語の行衛を暗示している。

カリフォルニアのある農場に二人の労働者が辿りついた。一人は大男のレニーで馬鹿力があるが、頭の方が少し足りない。相棒のジョージは小男で思慮深く、レニーの頭脳の代役を引受けている。度々事を起すレニーに煩わされながらも、底抜けに清純な彼の魂と、自分を神の様に信じているのが、ジョージには愛しくてならない。二人には密かな夢がある。金を蓄ため、やがて小さい農場をもつのだ。

農場には渡り者の外に長く住みついた老人や黒人もいて、その中の一人螺馬追いのスリムは叡智と愛をもって男達の調和を保ってゆく。彼の思惟と言葉は皆にとって掟であった。老掃除夫キャンデーの唯一の伴侶は彼と共に老いてきた犬であって、もう目も見えず動作もままにならない。ある夜仲間の一人がキャンデーに代ってその犬を処分した。「あの犬はおれが撃つんだった、赤の他人に自分の犬を撃たせる法はなかった」キャンデーは深く悔んだ。この飯場の平和をかき乱す者、それは農場主の息子カーリーとその新妻だった。やがてジョージの心配していた事が起った。カーリーの妻にからかわれたレニーが悪気でなく彼女を殺してしまったのである。「レニーを捕えなければ」とスリムは言った。ここにスリムの決断があった。レニーをカーリーのリンチに委せるに忍びないという事である。「わかった」とジョージは強く答えて、逃げたレニーの後を追った。

ギャビラン山脈を彼方に望むサリーナスの川原でジョージはレニーを見つけた。今度こそ愛想をつかされるかと怯えるレニーにジョージは言った。「おれたちはいつまでも一緒なんだ。互いに心配し合う仲間なんだ」喜びに顔を輝かすレニーを川向うの山に向いて坐らせ、背後から二人の抱いた農場の夢をくり返した。「兎の世話はおれがするんだ」レニーは浮々した「そうだおれと二人でな」「早くやろうよ」「ああ今すぐにな」ジョージは藪の中に近づく声を聞いた。震える手を制してレニーの後に拳銃をむけた。追手のカーリーと仲間が川原へ現れ出た。スリムはジョージの名を呼びつヽ真っ直に側にかけよった。

「気にするなよ、時によっちゃあやらなきゃならねぇこともあるんだーおまえがやらなきやいけねぇんだ、誓って、おまえがやらなきやいけねぇんだ」

スリムの言葉はジョージにとって、今神が下されたいたわりに等しいものであろう。自らを殺人者としてまでも、レニーの至福の瞬間を永遠にとどめ得たものは、ジョージの外にはいなかったのだ。

(95年 6月)