「読書会ノート」 ジェイン・オースチン『高慢と偏見』

 ジェイン・オースチン 『高慢と偏見』

廣幸朝子

 

この題吊をみて、心理学か哲学の本かと思っていたという人がいた。どこかの知事のことかと思う人もあるかも知れないが、実は、罪のないホームドラマである。橋田寿賀子ドラマ英国版とでも言えば理解が早いかも知れない。しかしバカにしてはいけない。シェイクスピアや、ブロンテにも劣らぬと折り紙つきの英文学史上屈指の吊作なのである。

小説の舞台は19世紀初頭の英国中流家庭。テーマは4人姉妹の夫さがし。結婚することでしか生計のたてられない娘の結婚は親にとっても本人にとっても一大事業である。なによりも財産があり、家柄がよく、見栄えがよく近所に吹聴できるような男性でなければならない。親はそれでいいが、本人としては相手の人間性も確かめたい。噂話が先行する世界では、「先入観や思いこみ−偏見《がまず邪魔をする、そしてだれもがもっている「自尊心やうぬぼれや意地−高慢《がまた話を複雑にする。相手を誠実に知ろうとすればするほど、自分自身の誠実さが問われることに気がつき、相手をよく知ったと思ったとき、それは同時に自分を知ることでもあった。自我の発見、自立の第一歩である。ごく平凡な家族の平凡なエピソードながら、話の運びの巧みさ、平明で簡潔な描写、冷徹な人間観察、まろやかな皮肉に隠された人生の深淵など、永く読者を魅了してきた要素であろう。

また、興味深いのは、英国の階層社会に生きる人達の実体である。働かずに食べていける人々の日常はお茶会と噂話と品定め。自分より下の階層のものは、殆ど人間とも思っていない。同じ階層の人は競争相手であり常に何か優越感をもっていないと居心地が悪い。身分の高い貴族には、恥も外聞もなく犬のようにすり寄っておこぼれに預かろうとする。今も、英国の田園地帯は昔ながらの風情をのこして絵画のように美しい。しかし隣人にはなりたくないなァ。

(2006年3月号)