【説教・音声版】2021年7月11日(日) 10:30 説教 「 保身の歴史 」 浅野 直樹 牧師

聖霊降臨後第七主日礼拝説教



聖書箇所:マルコによる福音書6章14~29節

私は正直、今日の福音書の日課に戸惑っています。
ご承知のように、昨年から聖書日課が変わりました。いわゆる「改訂共通聖書日課」が使われるようになったからです。これは、ルーテル教会のみならず、聖公会など多くの主要教派が採用しているものです。私はこれまで、少なくともルーテル教会に移ってからは、この箇所から説教したことはなかったと思います。しかも、今日の箇所には、救いが見当たらない。あの洗礼者ヨハネが時の権力者によって、不当に殺害されてしまうからで
す。言ってみれば、ただそれだけの物語でもあるからです。ですから、ここから何が語れるのか…、と困惑するのです。

しかし、この現実から目を背けてはいけない、とも思います。現代においても、権力者たちによる不当な行いによって、多くの命が奪われている現実が確かに存在しているからです。いいえ、現在はますますそういったことが顕著になっているようにも思います。多くの国々で、しかも大国と思われるような国々でさえも、権威主義的な指導者たちが多く出ています。ひと頃は、あのアメリカでさえもそういった指導者が出たことに驚きまし
た。軍事政権に至っては、その様子は顕著でしょう。平和的な抗議デモに対して武力で鎮圧を図る。そのために、どれほど多くの人命が奪われたことか。

では、我が国ではどうなのか。私は、今日の記事を読んで、赤木さんのことが思い出されました。ご存知のように、森友学園の公文書改竄問題に関わらされて命を落とされた方です。ようやく…、本当にようやくです。再三の請求があったにも関わらず、なかなか提出されなかった、いわゆる赤木ファイルが公開されました。それ以前からも伝えられてきたことではありますが、公務員としての使命感を篤くされていた赤木さんは、必死に抵抗された。それは、国民を裏切ることになると、公務員としての使命を逸脱することになると、必死に抵抗された。しかし、組織の中では、従わざるをえなかったわけです。それで、心が病んでしまわれた。本当に前代未聞のことです。

前政権以降ではないでしょうか。「忖度」といった言葉が巷に溢れ出したのは。権力者たちは、直接手を下してはいないのかもしれない。指示していないのかもしれない。しかし、権威主義的な、あるいはそこから発生した構造的なものによって、権力者たちの意向を慮っていったために、ますます責任の所在が不明瞭となり、自制する危機意識さえも希薄になっていったのではないか…。私はそう思います。これは直接的よりもより巧妙で、根が深い問題なのではないか。我が国においても、そんな厳しい現実があるようにも思うのです。

ともかく、今日の福音書の日課は、時の権力者が正しい人の命を奪ってしまった、という史実としても伝えられている物語です。しかし、ただの権力者の横暴といった図式で描かれていないということにも注意が必要です。つまり、時に権力者というものは、民衆の生殺与奪の権を持っていると思いがちですが、そういったことだけにはとどまらない、ということです。

今日のところでの権力者は、「ヘロデ王」となっています。あの、イエスさまがお生まれになったときにユダヤを支配していた「ヘロデ大王」と言われる王の息子ということになります。正確には、ヘロデ・アンティパスです。ヘロデ大王の死後、このヘロデ・アンティパスは主にガリラヤ地方を受け継ぎました。ですので、ここでも正確には「王」ではなく、一領主に過ぎない、と言われます。

しかも、実際にはその領土はローマの直轄領であり、名目上の領主に過ぎなかった、との解説もあります。それでも、小さいながらでも権力者には違いないでしょう。そして、彼自身、先ほども言いましたように、領民に対しての生殺余談の件を持っていると思っていたのかもしれません。悪名高いヘロデ大王の息子らしく、と言いますか、彼もまた好人物とは言えなかったようです。

ヘロデの宴会(部分)フィリッポ・リッピ ドゥオーモ、プラート 1452-1465年



彼は異母兄弟であったフィリポの妻…、実はこれも間違いだったようで、異母兄弟の妻には違いないのですが、フィリポではなく、ヘロデ・ポエトスの妻を娶りました。横恋慕だったかどうかは分かりませんが、ともかく、律法違反の婚姻を結んでいたわけです。ちなみに、このフィリポはヘロディアの娘である「サロメ」と結婚していたようです。ともかく、その結婚は不正であると洗礼者ヨハネは訴えたのです。

そして、ヘロデ・アンティパスはその声が目障りだったのでしょう、不当にもヨハネを拘束したのでした。ここまでは、よくあるような悪代官の物語でしょう。しかし、ここから様子が変わってきます。自らの不正を訴えられ、目障りだったヨハネを捕まえてはみたものの、そのヨハネと直に触れることによって、領主ヘロデの心が変わってきたからです。「実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻へロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。ヨハネが、『自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない』とヘロデに言ったからである。そこで、へロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである」。

これは、非常に慰められる言葉だと思います。人は変われる。どんなに無慈悲で横暴な権力者であっても、神の言葉の前では人はこのようになれるのだ、と思えるからです。しかし、残念ながら、物語りはここで終わらない。「ところが、良い機会が訪れた」と聖書は記します。これから、あのヘロデさえも「正しい聖なる人」と認めることができたヨハネが殺されていくことを、「良い機会が訪れた」と捉えることができる人の悪意を空恐ろしく感じます。ヘロデの誕生日に、へロディアの娘であるサロメが素晴らしい舞を踊った。それに感動したヘロデは、欲しいものは何でもかんでも与えようと約束します。そして、サロメの願ったものは、洗礼者ヨハネの首だった。ヘロデはなぜ洗礼者ヨハネを殺したのか。大罪を犯したからか。自分に楯突いたからか。叛逆したからか。

そうではない。自分のメンツのため、でした。自分の保身のため、でした。彼はそんな動機で、自身でも「正しい聖なる人」と認めていた人を殺してしまったのです。そして、それが、なんともリアルだと私は思う。
思えば、イエスさまの時もそうでした。総督ピラトはイエスさまの内に罪を見出さなかった。イエスさまを解放しようと尽力さえした。しかし、最終的には民衆の声を優先させ、自分の責任を放棄し、十字架につけてしまった。それも、「保身」と言えるのではないか。

人を殺す・あやめる、その人の人生を奪う動機が、正しさでも、法律違反でも、倫理規定違反でもなんでもなくて、ただメンツのため、保身のため、ということに、心が痛くなります。しかも、それは、特に彼ら権力者たちに顕著かもしれませんが、誰の内にも見られるものでもあると思うからです。しかし、これで終わらないのです。このヨハネの死で終わらなかったのです。これは、ぜひ覚えておきたい。これらは、あたかも敗北のように思えてしまいますが、しかし、決して敗北ではなかった。必ず、続きの物語りが起こるからです。それが神さまの言葉、福音ならばなおさらのことです。ヨハネが沈黙した後は、イエスさまが引き継がれました。

より優れた形で、神さまの言葉を、思いを人々に届けていったのです。だからこそ、イエスさまの評判を聞いてヘロデは「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と恐れたのです。イエスさまの死によっても、それは終わらなかった。弟子たちが受け継いでいったからです。何代にも何代にも渡って引き継がれてきた。その現実の中で。私たちにも。なぜならば、神さまがいてくださるからです。神さまは、どんな人の悪意によっても、決して負けることなどないからです。むしろ、神さまの愛は必ず勝つ。私たちは、そのことも決して忘れてはいけないのだと思います。