説教

-週報- 4月12日(日)10:30 復活祭



司  式 浅野 直樹

聖書朗読 浅野 直樹

説  教 浅野 直樹

奏  楽 苅谷 和子

前  奏 キリストは死の布に横たわった  J.S.バッハ

初めの歌  153( わがたまよ、きけ )

罪の告白

キリエ・グロリア

みことばの部( 式文A 5〜7頁 )

特別の祈り
御独り子イエスによって死を征服し、永遠の生命の門を開かれた全能の神さま。み霊の息吹によって私たちを新しくし、私たちの思いと行いのすべてを祝福してください。
あなたと聖霊と共にただひとりの神であり、永遠に生きて治められるみ子、主イエス・キリストによって祈ります。
 

第1 の朗読  エレミヤ書 31:1-6( 旧約 1234 )

第2 の朗読  使徒言行録10:34-43( 新約 233頁 )

ハレルヤ

福音書の朗読 マタイによる福音書 28:1-10( 新約 59頁 )

みことばのうた 249( われつみびとの )

説教 「 そこでわたしに会うことになる 」 浅野 直樹 牧師

感謝の歌 154( 地よ、声たかく )

信仰の告白 使徒信条

奉献の部( 式文A 8〜9 頁 )

派遣の部( 式文A 10~13頁 )

派遣の歌 225( すべてのひとに )


後奏 Festive Trumpet Tune  デイヴィッド・ジャーマン

*前奏・後奏(今回自宅録音)

【音声&テキスト】4月5日(日)10:30 説 教:「あなたのために捨てられた 」浅野 直樹 牧師

聖書箇所:マタイによる福音書27章11~54節

ご承知のように、本日は「枝の主日」、または「受難主日」…、つまり、今日から「受難週」という一週間がはじまってまいります。

新型コロナウイルスの感染拡大のために、先週からこのような礼拝のあり方になってしまいましたが、今週金曜日のイエスさまの十字架を思う「聖金曜日礼拝」も行うことができなくなりました。そればかりか、ギリギリまでなんとか知恵を絞って復活祭の礼拝を共に…、とも考えてまいりましたが、こちらも断念せざるを得ない状況です。そんな中にあっても、ぜひ皆さんと心を合わせて、その場その場でイエスさまのご受難に思いを向け、復活の喜びに満たされていきたいと願っております。



イエスさまは死なれました。私たちのために、死なれました。ひとりの人の死であっても、私たちに大きなインパクト(衝撃、影響)をもたらすものです。

先日、残念ながらコメディアンの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎ためにお亡くなりになられました。まだ70歳でした。この知らせは、日本中の多くの人々に深い悲しみを与えました。私も、その一人です。個人的には、ザ・ドリフターズの中では加藤茶のファンでしたが、それでも、小学生の時は「8時だよ!全員集合」を楽しみにし、加藤茶との掛け合いに笑い転げていました。クラスの男子は全員、『カラスの勝手でしょ』を歌い『ヒゲダンス』を踊っていたと記憶しています。もう随分と昔の出来事となってしまいましたが、小学時代の楽しい思い出の一つです。その志村けんさんが死んでしまった。

しかし、その「死」で社会の空気が一気に変わった、と言われます。新型コロナウイルス騒動にもどこか慣れてしまい、自粛疲れか、若者を中心に、危機意識が希薄になっていた、と言われます。自分は大丈夫だろう、罹ったとしても軽症で済むらしいから平気だ。多くの若者たちがそう思い、町に繰り出すようになっていた。しかし、志村けんさんの死の知らせで、若者たちの意識も随分と変わりました。ある若い女性がインタビューにこのように答えていたのが印象的でした。
「今まではどことなく他人事だと思っていた。しかし、よく知っている人が死んでしまったことによって、この感染症の恐ろしさが身近に感じられるようになった。これからは、もっと注意をしていきたい」。そんなことを話されていました。

また、ご遺族の方々も、この「死」をぜひとも教訓にしてほしい。故人もきっとそれを願っている。そんなことをおっしゃっておられた…。
ひとりの人の死の影響力は、何も著名人だけに限りません。私たちもまた、いろいろな身近な「死」に立ち会い、触れて、大きな、あるいは決定的な影響を与えられてきたのだと思います。祖父母の死によって、父親の死、母親の死によって、あるいは、夫の死、妻の死、兄弟姉妹の死、優しくしてくれた叔父さん叔母さんの死、息子の・娘の死、友の死、恩師の死…、そういった大切な、身近な人の「死」によって、私たちはいろいろなことを考えさせられてきた、気づかされてきた、思わされてきたのではなかったか…。そう思うのです。

イエスさまは死なれました。私たちのために、死なれました。
愛した弟子に裏切られて、イエスさまは死なれました。

三年余り寝食を共にし、いつも一緒にいた、家族以上の絆で結ばれていたはずの弟子たちに見捨てられ、イエスさまは死なれました。不正な裁判のゆえに、権力者たちのねたみ、保身のためにイエスさまは死なれました。バラバ・イエスという札付きの、乱暴者の、人殺しの代わりにイエスさまは死なれました。人々から侮辱され、蔑まれ、辱められ、唾を吐きかけられて、イエスさまは死なれました。
「ユダヤ人の王」との罪状書きの元、十字架につけられてイエスさまは死なれました。

「神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。」との罵声の中で、イエスさまは死なれました。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」)」と叫ばざるを得なくなるほどに、神さまに見捨てられ、呪われて、イエスさまは死なれました。私たちのために…。なぜか。私たちが罪人だからです。

磔刑図(アンドレア・マンテーニャ画、1459年)



全人類が罪を犯したからです。イエスさまを十字架の死へと追いやった罪人の姿が、この私たちの中にもあるからです。そして、罪人を救うためには、この方法しかなかったからです。神さまに見捨てられ、呪われ、十字架で死ぬという以外に方法はなかった。彼らが馬鹿にしたように、十字架から降りてしまわれては、この救いは完成しなかった。パウロがロマ書で語っている通りです。(ローマの信徒への手紙8章3節)「肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。

つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです」。「罪を罪として処断」する。「赦し」とは、罪を見逃すことでは決してありません。罪を見てみないふりをするのではないのです。そうではなくて、「罪を罪として処断」することです。罪を罪として、しっかり処断したからもう大丈夫、もうそこには罪は残っていない。そう言えるのが、言い切れるのが「赦し」なのです。それを、イエスさまは私たちの代わりにしてくださった。

だからこそ、かくも苦しい、辛い、逃げてしまいたい受難…、十字架の死を遂げられた。もちろん、その決断は、神さまにとっても、容易いものではなかったはずです。ご自分の子を殺すのです。罪のない方を殺すのです。罪のない方に、私たちの罪を担わせ、その罪に対しての怒りを、その裁きを、一心不乱にその身に注がれる。辛くないはずがない。苦しくないはずがない。痛くないはずがない。腹わたが引き裂かれるような思いで、まさに断腸の思いで、その決断をされた。なぜか。私たちを救いたいからです。罪の縄目から解放したいからです。滅びから救いだしたいからです。

私たちを愛しているからこそ、放ってはおけなかったからです。イエスさまも、まさに断腸の思いで苦しまれた。単なる概念ではなく、まさにその身を以て苦しまれた。そして、神さまもまた、その身を以て苦しまれた。愛する我が子の死という、しかも、自分の手にかけてという、あり得ない思いをもって苦しまれた。それが、十字架なのです。十字架の死なのです。イエスさまは、その十字架で、私たちのために死なれた。今日の使徒書、フィリピ書の言い方をすれば、神であることも、その命も、私たちのために捨てられた。あなたのために捨てられた。

この「死」と私たちはどう向き合ったらいいのでしょうか。この「死」から、何も感じないということがあるでしょうか。ひとりの人の死が、これほどまでに人に、私たちに影響を与えるのに、神の子の死が、救い主の死が、この私たちに、何の影響も与えないということがあるでしょうか。
イエスさまは死なれました。私たちのために、死なれました。罪人の私たちのために、その罪を一身に背負って、神さまの罰を受けて、死なれました。

 

・・・・  イザヤ書53章1~12節 ・・・・

「わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように この人は主の前に育った。見るべき面影はなく輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ 多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠しわたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。
彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに わたしたちは思っていた 神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。わたしたちは羊の群れ 道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。


そのわたしたちの罪をすべて主は彼に負わせられた。苦役を課せられて、かがみ込み 彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように 毛を切る者の前に物を言わない羊のように 彼は口を開かなかった。捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり 命ある者の地から断たれたことを。

彼は不法を働かず その口に偽りもなかったのに その墓は神に逆らう者と共にされ富める者と共に葬られた。病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは 彼の手によって成し遂げられる。彼は自らの苦しみの実りを見それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために彼らの罪を自ら負った。

それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らなげうち死んで罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い 背いた者のために執り成しをしたのは この人であった」。

私たちの罪を担い、私たちを救うために命を投げ出したのは、この人…、イエス・キリストであった。このことを、もう一度深く心に刻む、この受難週の歩みでありたいと思います。そして、その「死」の意味の大きさを、私たちのために捨てられた「いのち」の重さを、共々に噛み締めていく、そんな一週間でありたい。そう思います。

 

『祈り』

「神さま。新年度に入り、新しい歩みをはじめられる方もいらっしゃるでしょう。しかし、新型コロナウイルスの流行で予定が狂ってしまい、不安な中でのスタートとなってしまったかもしれません。どうぞ、そんなお一人お一人をお守りくださり、新たなスタートを豊かに祝してくださいますようにお願いいたします。ただでさえ環境の変化で大きなストレスを抱えておられると思いますので、心身ともにお守りくださいますようにお願いいたします。

今日から受難週がはじまり、来主日は復活祭(イースター)を迎えようとしていますが、新型コロナウイルスの流行のために、共々に礼拝堂に集うことができません。どうぞ、憐れんでください。それぞれの場所、ご自宅での礼拝を豊かに祝してくださり、私たちにとって最も大切な出来事、福音である十字架と復活を豊かに覚えることができますようにお導きください。また、日本中で、世界中で、同じような状況の中におかれている兄弟姉妹方が多くおられると思いますが、そのお一人お一人を豊かにお恵みくださいますようにお願いいたします。

新型コロナウイルスの勢いが一向に衰えません。世界のあちらこちらで医療崩壊が起こり、多くの死者が出ています。日本でも感染者が急激に増え、医療崩壊が危惧されています。どうぞ憐れんでください。本当に大変厳しい状況の中で懸命に働いておられる医療従事者の方々をどうぞ憐れんでくださり、お助けくださいますようにお願いいたします。

私たち市民一人ひとりも、医療崩壊を招かない行動をしていくことができますように、意識を高めていくことができますようにお導きください。また、治療中の方々をお守りください。重篤化しませんように。また、残念ながら命を落とされた方々のご遺族の上に、豊かな慰めをお与えください。
私たちの主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン」

【音声・テキスト】2020年3月29日(日)10:30 礼拝説教:「涙を流されたイエス」

四旬節第5主日礼拝

聖書箇所:ヨハネによる福音書11章1~45節



ある注解書(解説書)を読んでいましたら、雨宮神父が書かれた文章ですが、非常に興味深いことが書かれていましたので、少し長いですが、そのまま引用したいと思います。

「『尊敬する』と『信じる』に違いがあるのは分かりますが、どこが違うのかあいまいだったので、国語辞典を引いてみました。すると、『尊敬』の項には、①他人の人格、思想、行為などをすぐれたものとして尊び敬うこと。とあり、その用例として『政事家となりて郷里の人々に尊敬せらるるを喜ぶよりも』(花間鶯)があげられていました。
続いて『信ずる』を引くと、①物事を本当だと思う。また、信頼する。信用する。②神仏を信仰する。帰依する。とあり、その用例として『世俗の虚言(そらごと)をねんごろに信じたるもをこがましく』(徒然草)とか、『浅草観音にくらぶれば、八幡大菩薩を信ずる』(洒落本・辰巳之園)があげられていました。これで違いが明瞭になってきました。

尊敬心の根底には『人格、思想、行為などをすぐれたもの』とみなす判断があり、そのすぐれた長所を知るがゆえに『尊び敬う』という気持ちが生じます。一方、信仰心の場合には、『物事を本当だ』とする思いが根底にあり、そこから『信頼する』という全人格的な帰依が生じるのだと思います。そうであれば、『イエスを尊敬する』といえば、イエスの人格、思想、行為などをすぐれたものとして尊び敬うことですから、イエスの人間性に注目していることになります。しかし、『イエスを信じる』といえば、イエスに関する出来事を本当だと思い、イエスに信頼をおき、イエスに帰依する(よりすがる)ことですから、イエスその人というよりは、イエスを通して働く神に目を向けていることになります。

今週の福音が伝えるラザロの復活の結びには、『イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた』とあります。イエスを『信じた』というのですから、彼らはイエスの人格や思想や行為そのものというよりは、神と一体であるイエスを『本当だ』と認め、イエスに信頼し、イエスを通して働く神に帰依したということです」。私自身、この文章に思うところがないわけではありませんが、それでも、非常に興味深いと思っています。イエスさまを尊敬しているだけなのか。それとも…。

今日の福音書の日課は、よく知られた「ラザロの復活物語り」です。♪「し~んだラザロがよみがええった~」と子どもの歌(子ども用の讃美歌)にも出てくる有名なお話しです。そして、25節には「イエスは言われた。『わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか』」との決定的な言葉も出てきます。

以前も言いましたように、私自身は「死の克服」ということが、聖書の最大のメッセージだと考えています。人類最大の敵にして課題である死を乗り越えることができる。罪の赦しも、永遠の命も、聖化も、このことと無縁ではないでしょう。死を打ち破ることができる。死に打ち勝つことができる。別の言い方をすれば、安心して、希望をもって死ぬことができる。それが、信仰の、聖書のメッセージ。福音…。

聖書によると、私たちの「死」には、二つの側面、理解があるように思われます。一つは、被造物ゆえの「死」です。つまり、私たちは神さまによって形造られた訳ですが、しかし、それは有限なる存在として…、神さまは永遠なる方ですから、神さまとは異なる者として(似てはいても)生み出された、ということです。そういう意味では、私たちの死というのは、ごく自然な営みでしかない、ということでしょう。人は生まれてきた以上、必ず死を迎えるのが自然なことなのです。しかし、もう一つの「死」の理解は、罪によってもたらされた、というものです。罪の結果、と言っていい。人間は確かに有限な存在と
して創造されたかもしれませんが、それは、決して永遠の生の道が閉ざされていたわけではなかったのです。

しかし、人は罪を犯した。神さまの愛を信用・信頼することができずに、罪を犯してしまった。その結果、楽園を追い出され、二度と「命の木」に近づくことが許されなくなってしまった。ご存知のように、その辺りのことは創世記の2章から3章にかけて書かれていることです。そういう意味では、こちらの「死」の問題の方がより深刻なのかもしれません。

ともかく、いずれにしましても、この「死」の問題は、私たちだけでは、私たち人類だけでは解決できないことなのです。神さまによらなければ乗り越えることのできないもの。私たちの有限性も、罪の問題も。そして、私たち人類にとって「死」は、相変わらず不安で恐ろしいものであり続けている。死の先に望みを見出せないでいるからです。その死の問題を解決してくださったのがイエス・キリストなのです。神さまから遣わされた神の御子、メシアであるイエス・キリスト。そして、そのイエスさまが死の問題を解決してくださった最も顕著な例として、今朝のラザロの復活物語りがあるのだと思います。

イエスさまには、死んだ人間を復活させる力がおありになることを公に示されたからです。神さまから遣わされたイエスさまが、ラザロの復活によって、あるいはご自分の復活によって、死の問題を打ち破る扉を開いてくださった。なぜならば、人に命を与えることが神さまの御心だったからです。人を生かすことが、人の死を望まず、来るべき世の命を与えることが神さまの御心だった。その御心を実現させるためにこそイエスさまはこの世に来られた。そういう意味では、この時のラザロの死は、御心を実現させるためには必要だったのかもしれません。

ラザロの復活イコン(15世紀ロシア)



イエスさまもこうおっしゃっておられるからです。14節「そこでイエスは、はっきりと言われた。『ラザロは死んだのだ。わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである』」。ラザロが病気の時点でその場に居合わせなかったことの方が良かった、と言います。もし、その場に居合わせていたら、おそらく病気を癒されたでしょうから、死人の復活という奇跡を弟子たちが体験する機会がなくなってしまったからです。

イエスさまが死の問題にさえも勝利されることを、それを信じる機会を奪われてしまったかもしれない。だから、ラザロが死んだことを「あなたがたにとってよかった」と言われている。確かに、ラザロが死んだことによって、私をはじめ、多くの人々に慰めと希望を与えたこの言葉も語られたわけです。「イエスは言われた。『わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも決して死ぬことはない。このことを信じるか』」

そして、ラザロは復活した。その光景を、出来事を目撃した多くの人々が、イエスさまの栄光を、イエスさま上に確かに神さまの力が働いていることを、死人を復活させる力がおありだと言うことを、死の問題を克服することがおできになるということを、信じた。信じることができた、のです。

そうです。確かに素晴らしい福音のメッセージです。しかし、なんだか納得のいかないような思いを持ってしまうのは私だけでしょうか。確かに、それは、神さまの御心だったのかもしれない。全人類を救う希望だったのかもしれない。しかし、未知なる死へと赴かざるを得なかったラザロの思いはどうなるのか。不安と恐れの中でラザロを看取り、悲しみに打ちひしがれているマルタとマリアの思いはどうなるのか。そう思う。マルタとマリアは瀕死のラザロのためにイエスさまに来て欲しいと懇願します。

しかし、イエスさまは動かれませんでした。なお、そこに二日間留まられた、とあります。ラザロの姉妹たち
は、すぐにでも駆けつけてくれるものと期待していたのかもしれません。あるいは、たとえ遠く離れていたとしてもラザロを癒すことができると信じて、期待したのかもしれません。しかし、イエスさまは来られない。ラザロは癒されない。そして、死んでしまった。

少し冷静そうに見えるマルタと感情的になっているマリアとの違いはありますが、両者共にイエスさまを迎えてこう語ります。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」。無念だったと思います。私たちにも、この気持ちが痛いほど分かる。誤解を恐れずに言えば、いつだってそうだ、といった思いが私たちにはあるからです。本当に助けが必要なときにはいてくださらない。本当に求めている時には答えてくださらない。なぜ、その時、そのタイミングで助けてはくださらなかったのか。

私たち自身、そういった思いを嫌という程積み重ねてきたからです。確かに、人類の救いという大事の前では、この三人のことは小事なのかもしれません。イエスさまは大事のために、人類の救いという神さまの御心を実現するために来られたからです。それは、私たちの世界でも多く見受けられることです。

ちょっと話は違うかもしれませんが、今、私は猛烈に反省していることがあります。日々刻々と変わるニュースの中で、特に欧米で何万人の感染者、何千人の死者などの報道がなされるとき、その数字にあまりにも無感覚になっていたことに気づかされたからです。例えば、私が感染したとします。ニュース等では「1」といった数字が追加されるだけでしょう。そして、そのために死亡すれば、死者欄に「1」という数字が追加される。

しかし、少なくとも私の家族にとっては、その「1」は決して数字では表せないものだからです。それを、私は見失ってしまっていた。ともかく、ことが大きくなればなるほど、小さなこと、小事が見えなくなる、顧みられなくなるということは往往にしてあることです。しかし、イエスさまは決してそうではありませんでした。35節「イエスは涙を流された」。その前後の「心に憤りを覚え」というのは、なかなか難しいところですが、ある方は「死に対しての憤り」と解説されていましたが、ともかく、イエスさまは悲しみに暮れる人々を前にして、涙を流されました。辛かっただろう。苦しかっただろう。寂しかっただろう。不安だったろう。途方にくれただろう、と涙を流された。イエスさまは決して、大事の前だからといって小事
を無視されたり、軽んじられるような方ではないのです。ずっとラザロのことを、マルタ、マリアのことを気にかけておられた。

できれば、駆けつけて癒したい、助けたい、とも思われた。苦しませたくない、悲しませたくない、と思われた。しかし、人類の救いもイエスさまの肩にかかっていた。それもまた、その涙に含まれていたのではないか。そう思う。

イエスさまは人類の救いという使命を、何よりも大切にされておられる方です。と同時に、私たち一人一人の救いも、心の動きも大切にしてくださっている。だから、私たちは、イエスさまを尊敬するのです。イエスさまほど素晴らしい方はいないと。と同時に、私たちはイエスさまを信じる。イエスさまこそ、神さまがお送りくださった救い主なのだと。死に打ち勝つ命を与えてくださる方なのだと。そう信じる。信じてよりすがる。そうではないか、と思います。

『祈り』

神さま。新型コロナウイルスの影響で、今日からしばらく教会堂で集う礼拝ができなくなりましたが、どうぞそれぞれの所でもたれる礼拝を豊かに祝してください。

むさしの教会ばかりでなく、多くの教会でも同様の対応がとられていると思いますが、どうぞお守りくださいますようにお願いいたします。東京都では、感染爆発の危険性が高まっていると言われています。どうぞ私たちをお守りください。私たちの家族も、地域の方々も、またことは東京都だけではありませんので、
日本中の一人一人をお守りくださいますように。感染し、治療を受けておられる方々が回復へと向かわれますようにお助けください。また、一人一人が自分が感染しないことばかりでなく、感染させないという意識をもって行動することができますようにもお導きください。

欧米では非常な拡大をみせ、一部の国では医療崩壊も起こっていると報じられています。医療資源が枯渇していく中で、世界中の感染拡大からなかなか援助の手が挙げられないのが実情でしょうが、それでも、助け合いの手が広げられますように。疲弊している医療従事者の方々をどうぞお助けくださいますように。また、ご家族を亡くされた方々の痛みに触れてくださいますようにお願いいたします。

長い戦いになりそうですが、ワクチン、治療薬の開発などが速やかに行われるようにもお導きください。
私たちの主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン

 

【テキスト】3月22日 10:30 礼拝説教「信仰の道筋」浅野直樹牧師

聖書箇所:ヨハネによる福音書9章1〜41節

更、言うまでもないことですが、今私たちは四旬節(教会の暦として)の中を歩んでいます。もっとも、昨今の新型コロナウイルスの騒ぎで、毎日毎日ニュースに釘付けになったり、また、そこから来る現実に触れながら、心動かされながら、それどころではない、というのも正直なところかもしれませんが、この四旬節は悔い改めの季節でもある訳です。イエスさまの受難…、苦しみ、苦悩に心を向けながら、自らを省みていく…。しかし、正直、これはあくまでも私個人の感想でしかありませんが、これまでの四旬節の日課の中には、あまり「悔い改め」といった面が見えてこなかったようにも感じています。少なくとも直接的には、です。今日の日課も、そうかもしれない。生まれながらに目の不自由な人の癒しの物語です。しかし、あえて言えば、最後に出て来るこの言葉ではないか、とも思う。

41節「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る」
つまり、これを、私たち自身は「見えているのか」との問いとするならば、そこに、自ずと省みが必要となってくるからです。果たして、私は(私たちは)本当に見えているのか。そこで、もっと注目すべきことは、見えないこと自体は、決して悪いことではない、と言われていることです。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう」と言われている通りです。

むしろ、見えていないにも関わらず、見えているかのように思っている、思い込んでいる、勘違いしていることが、つまり、見えていないといった事実・現実を受け入れない、受け入れないどころか、自分こそはしっかりと見えているのに、他の人たちは見えていない、と驕っていることにこそ過ちがある、罪がある、と言われていることです。

今日の箇所には、大きく分けると、二種類の人が登場して参ります。一人は、生まれつき目の見えない、目の不自由な「盲人」です。もう一人(一方)は、この癒された盲人を糾弾し、盲人が癒されたことを喜ばずに、自らの「見える」ということを誇っている人々、ここではファリサイ派として登場してくる人物です。

この両者を図式化すると、最初は見えなかったのに見えるようになった人と、見えているかのように思っていたのに、実は何も見えていなかった人、つまり、全く真逆の二つのタイプがここで描かれている訳です。そして、結論から言えば、おそらく私たちは、このどちらにも属するということでしょう。どちらか一方とは言い切れない。ここ何週間か、私たちは聖書の中の登場人物と私たちとを重ねて見て来ました。ニコデモの中に、サマリアの女性の中に、私たち自身の姿もあったからです。

まり、これらの人々は私たちのモデルでもある訳です。今日の日課に登場してくる人物たちも、そうでしょう。これらの人々の中に、私たち自身の姿も見えてくる。もちろん、実際問題として、私たちは肉体的に言えば、盲人…、目の不自由な者ではないのかもしれない。しかし、この見える、見えない、ということは、では肉体的なことだけなのか、といえば、必ずしもそうではないからです。私たちは神さまの愛が見えているのか。人の善意が見えているのか。この世界のあるべき姿が見えているのか。自分自身が見えているのか。自分の周りに起こった出来事が見えているのか。果たして、見えている、と言い切れるのか、といえば、そうではないからです。

Christ Healing the Blind(1682 Nicolas Colombel, French, 1644–1717)



日の福音書の日課は、先ほども言いましたように、一人の盲人の癒しの物語り、あるいは奇跡物語り、と言って良いと思います。しかし、単なる奇跡物語りではないことは、もう皆さんも良くお分かりでしょう。聖書には数々の奇跡物語りが収録されていますが、これほど長い奇跡物語りはないからです。ですから、この物語りは奇跡そのものよりも、その奇跡がこの人をどのように導いていったのか、といったことに関心があったのではないか、と思います。

この人は、生まれながらに目の不自由な人でした。生まれてこのかた、自分の目で何も見たことがなかったのです。何一つ、見たことがなかった。彼は色を知りません。光を知りません。この世界を知りません。私たちが知っている素晴らしい景色も、青く澄んだ大空も、風になびく新緑の緑も、春に咲き乱れる色鮮やかな花々の姿も、愛情深い人々の眼差しも、微笑みの表情も彼は知らない。見たことがない。それは、私たちには想像もできないことです。

たちも目を閉じれば、確かに暗闇に閉ざされます。しかし、すぐにでも、あの大空を思い描くことができる。なぜならば、知っているからです。一度でも、その光景を見たことがあるからです。だから、再現できる。思い描くことができる。もちろん、鮮明とはいえないかもしれませんが、それでも、空が青いことを、その色を、輝きを知っている。しかし、一度も見たこともないこの人は、何も思い浮かべることすらできないのです。これは、辛いことです。しかも、その不幸は、神さまに呪われた結果だ、と言う。

弟子たちはこの人を見て、こう尋ねました。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれか罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」。信心の薄れた現代日本人でも、この感覚はよく分かると思います。いわゆる、罰(ばち)です。神さまの罰(ばち)に当たった。この不幸は、そうでも考えないと、納得できない。少なくとも、自分のせいではない(親、先祖のせい)、そう思いたい。そう思う。これは、もう変えられない定めです。神さま由来ならば、そう諦めるしかない。運命を呪いつつも、受け入れざるを得ない。しかも、おそらく、これが、そういった人々が抱える現実でもあるのでしょう。この人は、「物乞いであった」とある。彼の不幸は、目が見えないだけではない。そこから、雪だるま式に不幸が襲ってくるのです。それも、私たちがよく知る現実でもあります。

んな彼の不幸の原因に対する問いかけに、イエスさまはこう答えられました。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。彼の不幸の原因は、神さま由来ではない、とおっしゃいます。むしろ、そこに神さまの深い憐れみと恵みの業が起こるためだ、とおっしゃる。今日は、このことについて詳しくお話しする時間はありませんが、ぜひ皆さん、キリスト者の証しの本を読まれると良いと思います。このイエスさまの言葉が真実であったという証しに多く出会われると思う。それは、決して改善した…、この人のように実際に目が見えるといった奇跡がおこった、ということだけでなく、不幸が不幸でなくなる奇跡が多く語られていると思います。

ともかく、彼はイエスさまによって目が見えるようになりました。生まれてはじめて見たのは、水面に映った自分の顔だったかもしれません。自分の顔がこんな姿だったとはじめて知ったのでしょう。何度も水面に映っている自分の顔を触りながら確認したのかもしれない。そして、あまりの出来事に少し呆然としつつも立ち上がって、周りをぐるりと見渡したのかもしれない。そして、空を見上げたのかもしれない。その空の眩しさに、光の眩しさに、はじめて目を細めたのかもしれない。

彼は見えるようになりました。生まれてこのかた、全く見えなかったものが、見えるようになった。知らなかったことが、分かるようになった。しかし、それは、どういうことか。つまり、見えるということは、見たいものだけでなく見たくないものまでも見えてしまう、ということでもあるからです。ある白内障の手術を受けた方が、シワまではっきりと見えるようになっちゃった、と苦笑いされていましたが、自分の好ましくないところも、他人の好ましくないところも、この世界の、世の好ましくないところも見えてしまうことになる。それが、「見える」ということです。

しかし、それでも、光の存在を全く知らなかった頃に比べれば、雲泥の差だと思う。嫌なところも見えるようになったその目は、その他のこともまた見えるようになるからです。神さまの愛も、人の善意も、世界のあるべき姿も、イエスさまの救いの業も、見えるようになるからです。

の男性が見えるようになったことを、なぜか素直に喜べない人々がいました。なぜか。イエスさまがその人の目を開けられたからです。そのことが、彼らにとっては由々しきことだったからです。彼は議会に引き出され、尋問されることになります。ただ見えなかった目が見えるようになった、ということだけで、尋問される。当初、彼は不安に怯えていたように思いますが、次第に力強さが感じられるようになっていきました。

30節「彼は答えて言った。『あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存知ないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは承知しています。しかし、神をあがめ、その御心を行う人の言うことは、お聞きになります。生まれつき目が見えなかった者の目を開けた人がいるということなど、これまで一度も聞いたことがありません。あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです』」

実に堂々としています。なぜか。自分の身に起こったことを、どうしても裏切ることができないからです。目の見えなかった事実。光を知らなかった現実。それが、今は見えている。知っている。それを、どうして否定することができるのか。その現実を、この私にもたらしてくれた方を否定することができようか。

にとってイエス・キリストとは、最初は自分とは関係のない、自分の人生の、世界の外にいたただの一人でした。しかし、自分の目を開いてくれたことによって、「イエスという方」(まだどこか他人行儀ですが)となった。そして、反対者とのやりとりの中で、自分の身に起こったことをもう一度よく吟味せざるを得なくなり、「預言者」、「神のもとから来られた方」、そして、最後に、「主よ、信じます」とひざまずくまでに、自分の身に奇跡を起こしてくれたイエス・キリストという存在が大きくなっていったのです。

それもまた、私たちが辿った信仰の道筋とも言えるのではないか。どうでしょうか。私たちもまた、イエスさまと出会って、見えるようになったのではないでしょうか。見たくない現実も、自分自身の真の、裸の、罪の姿も見えるようになった。だから、救いを必要とした。赦しを必要とした。希望を必要とした。神さまを、イエスさまを、光の存在を必要とした。この肉眼では見えていなかったものが見えるようになったからこそ、私たちは、求める者となったのです。この一人の盲人と同じように…。

初に言いました。私たちの中には、この二種類の人が混在している、と。そうです。私たちも見えていなかったのに、見えるようになった。なのに、同時に、見えていなかった事実を、現実を忘れてしまい、あたかも自分自身の力で見えているかのように錯覚し、時には人を非難するほど傲慢になってしまっている。そうです。私たちは、見える者とされたのです。

しかし、それは、イエスさまによってもたらされたものに他ならない。それを、忘れてはいけない。だから、自己吟味を、省みを必要とするのです。そして、なおも、目が開かれたその事実に、心から感謝していきたいと思う。私たちは、今、見えています。おぼろげかもしれませんが、決して暗闇ではないのです。見えている。光の存在を、色とりどりの光に満ちたこの世界を造られた方を、私たちは知っている。そして、その方に、光である方に私たちは信頼と希望を置いている。
そのことを、もう一度心に覚える四旬節としていきたい思います。

 

祈ります。

「天の父なる神さま。今朝もこの礼拝の場に私たちを招き導いてくださったことを心より感謝いたします。また、共々に集うことのできなかった方々の上にも、豊かな祝福をお与えください。あなたは、私たちの心の、霊の目を開いてくださり、肉眼だけでは知ることのできなかった光の存在に気づかせてくださったことを心より感謝いたします。私たちは、見えていなかった事実を直ぐにでも忘れてしまい、あなたに感謝することを怠り、また他者に対して傲慢な態度に出てしまうことの多いものですが、この私たちのために、イエスさまが何をしてくださったかを、しっかりと心に留める四旬節でもありますように、弱い私たちを導いてくださいますようお願いいたします。私たちの主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」

※音声バージョンはこちらから

【テキスト】3月15日(日)10:30  説 教:「 全てのことを教えてくださる方 」浅野 直樹 牧師

聖書箇所:ヨハネによる福音書4章5〜42節 

の尊敬しております牧師・神学者の一人として故北森嘉蔵牧師がおられますが、北森先生はある書物の中で、このように語っておられました。「十字架の福音は、一度教えられたからには、永久に自動的に維持されてゆくものではない。すなわち自明的な真理ではない。十字架の福音は自明的ではない真理である。したがって、我々が自己の自然性に従って自動的に流されてゆくならば、十字架の福音は必ずや喪失されるであろう。十字架の福音を信仰しているキリスト者と、この福音を委ねられている教会は、絶えず新たに『心を定め』て、十字架の福音を仰がしめられねばならないのである」

北森先生は、ここで十字架の福音、つまりイエスさまの十字架の死によって示された福音(良き知らせ)とは、決して自明的な、誰もが直ぐにでも分かるような、了解できるような真理ではなく、自明的ではない真理だと言います。ですから、一度教えられただけではダメで、直ぐにでもこの真理から逸れていってしまうのですから、キリスト者たちは、あるいは教会は常に学び続けなければならない、と言われます。本当にそうだと思います。それは、「十字架の福音」に限定されるものでもない。私たちは直ぐにも忘れてしまう。「喉元を過ぎれば」とは良く言ったものです。

私自身も、様々な苦境から神さまを求めずには、問わずにはいられませんでした。そこで、様々なことを教えられた。また、気付かされてきた。そのことによって、何度救われ、助けられ、励まされ、癒され、立ち上がらされてきたことか…。しかし、忘れてしまう。いいえ、記憶が綺麗さっぱりになくなっているのではありません。覚えています。鮮明に、とは言えませんが、それでもしっかりと覚えている。
それなのに、忘れてしまっています。忘れたように生活をしてしまい、また同じような問題、課題に右往左往してしまう。まったく学習能力がない、と呆れるほどに、です。程度の差はあれ、私たちは恐らく、誰もがそういった経験を積み重ねているのではないでしょうか。だからこそ、北森先生も、「絶えず新たに『心を定めて』」とおしゃっておられるのだと思うのです。

 

日の福音書の日課は、小見出しでは「イエスとサマリアの女」とありますが、これも良く知られたサマリアの女(女性)との対話の物語りです。少々長い物語ですし、内容も非常に豊富ですので、今朝は25節、「女が言った。『わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。』イエスは言われた。『それは、あなたと話をしているこのわたしである』」という言葉にポイントを絞って考えてみたいと思っています。

皆さんは「求道者」だったでしょうか。もっと言えば、熱心な求道者だったか。神さまを求めて止まない、イエスさまを求めて止まない、御言葉の、聖書の探究者だったか。もちろん、そういった方々もこの中にもいらっしゃるでしょうが、そうではない、なかった方も少なくはないでしょう。いろんなきっかけで、気づいたら…、といった方もいらっしゃるかもしれない。先週はニコデモといったファリサイ派の議員が私たちを代表するような形で登場してきましたが、今日のサマリアの女性(名前は明らかではありませんが)もそういった方々の、私たちの代表なのかもしれません。

彼女はただ水を汲みにきただけです。昼間、炎天下の中で水を汲みにきたのにも、いろいろと意味があるようですが、ともかく、日常の必要に迫られて、暑い中を1キロ以上も離れた井戸に水を汲みにやってきた。そこで、イエスさまと出会った。
もっと正確に言えば、それだけでは、ただ「見かけない変な男の人がいるな」といった記憶にも残らないような出会いでしかなかったかもしれませんが、イエスさまが声を掛けられたことによって、忘れ難い出会いとなったわけです。それは、熱心な求道者であろうが、なかろうが、私たちにも共通していることです。イエスさまの方から、私たちと出会ってくださった。出会いを造ってくださった。だからこそ、今の私たちがある。そう思う。

そんなサマリアの女性とイエスさまとの出会いでしたが、ここでも、あの先週のニコデモと同様に、まったく噛み合わない会話が繰り返されていきました。なぜならば、先週もお話ししましたように、イエスさまは天上のことを、つまり、信仰的な事柄を、信仰をもって信じ、受け止めることでしかない事柄を話されているのに対して、このサマリアの女性は、地上のこと、この世のこと、自分の経験、理解、感覚・感性で分かる、納得できる事柄にしか思いが向かわないでいたからです。それが、ちぐはぐな会話を生み出していた。

は、以前のわたしは、このちぐはぐさは、イエスさまの方に原因があるのではないか、と思っていました。なぜイエスさまはその問いに対して、突拍子もないことを話されるのか。なぜ的外れとも受け取れるようなことを言われるのか。これでは、会話は成立しないではないか。そう思っていました。今日の箇所でもそうです。この女性は、水を求めるイエスさまにこう尋ねます。「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」。現代日本に生きる私たちには、この問い自体ちょっと不思議な感じがしますが、当時の女性ならば、誰もが同じような思いを持ったでしょう。
当時の社会は、差別的とも言える女性軽視の社会です。しかも、歴史的な経緯でユダヤ人とサマリア人とは犬猿の中でした。もともとは同じ国民でしたが、今ではユダヤ人たちはサマリア人の地域を避けて通るほど、徹底的に断絶(断交)していたわけです。ですから、このサマリア人の女性としては、ユダヤ人であるイエスさまがここにいること自体、不思議でならなかったでしょう。しかも、そのユダヤ人男性であるイエスさまが、サマリア人の女にものを頼むとは…。当然の問いです。

キリストとサマリアの女 ( Lorenzo Lippi )



かし、イエスさまはこう答えられる。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう」
えっ、です。何言ってるの、そんなことを聞いているんじゃない。変な人、もう関わらないでおこ…。そう思ってさっさとその場を離れるのが落ちでしょう。そういう意味では、この女性はすごい。ともかく、会話を成立させていないのは、ちぐはぐな、滑稽なやり取りにしているのは、イエスさまの方ではないか。私は、そう思っていた。しかし、今では、なんと巧みなのだろう、と思っています。イエスさまの対話の目的は、会話を楽しむことではないからです。
旅行先で現地の人と話をして、その土地の生活をよく知るためのものでもない。もちろん、四方山話をするためでもない。彼女を救うため。イエスさまを信じて、命を得るためです。それが、イエスさまの目的。こう書かれている。「イエスは言われた。『わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである』」。イエスさまは、この女性とのちぐはぐなやりとりが、神さまの御心を行うためだったのだ。そうおっしゃるのです。

の女性は、イエスさまと出会った。期せずして、イエスさまの方から出会ってくださった。そして、天上のことを、救いのことを、まことの命(永遠の命)のことを、話してくださった。しかし、この女性は、先ほどから言っていますように、なかなかそれらを受け止めることができないでいました。地上のことから、現実感覚からなかなか抜け出れないでいたからです。では、イエスさまは、そんな無理解なこの女性を、見込みなし、才能なし、と見限られたのか、と言えば、そうではないのです。この女性にも分かる、地上の事柄に、彼女が抱えていた現実の、目の前の事柄に降りてこられて、徐々に天上の事柄へと思いを向けさせていかれた。最初は、まったく関心のなかった信仰の事柄、楽して水を手に入れたいといった現実的な事柄にしか興味のなかった彼女が、「礼拝」といった至極信仰的な事柄へと思いが向けられていったのです。

これは、非常に興味深いことです。そして、それは、私たちにも言えることではないか、と思う。最初っからイエスさまが語る、聖書が語る天上の事柄がすんなりと分かったわけではない。むしろ、反発し、煙たがってもきたのかもしれない。私たちが本当に欲していたのは、地上のこと、この地上の生(生活・人生)で役立つことだけだったのかもしれない。しかし、気付けば、天上の事柄、信仰の事柄にも心が向けられてきました。この女性のように、まだはっきりではなくとも、メシア・イエスさまが教えてくださるに違いない、と思えてきた。そして、このことも興味深いと思います。

42節「彼らは女に言った。『わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです』」。恐らく、誰にでも信仰の先達、友、恩師がいるでしょう。誘ってくれた、導いてくれた存在が…。それは、もちろん大切に違いないのですが、この言葉は、非常に大切なメッセージにもなっていると思います。
ともかく、私たちは、イエスさまから聞くしかないのです。学ぶしかないのです。天上のことは。救いのことは。命のことは。

のイエスさまは、このサマリアの女性を救うために、このように語られました。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」。素晴らしい言葉、約束です。私たちも、この言葉を信じている。しかし、どうでしょうか。私たちの現実の感覚は、果たしてこの言葉の通りでしょうか。やはり、天上の言葉は、確かに素晴らしいかもしれないが、幻想にしか過ぎない、ということなのでしょうか。

かに、キリスト者だからといって、常に平和(平安)である訳ではありません。今ある幸せが永遠に続く訳でもないのかもしれない。病気にもなります。明日を見通せなくなるような出来事にも遭遇します。愛する家族を亡くします。どうして…、と思うことばかりです。祈っても、何も変わらない。この苦しみは、不安は続くばかり。本当に尽きない泉などあるのか。そう思う。思えてくる。私たちは渇きます。信仰を持っていても、いいえ、もっているがゆえに渇くこともある。水を、命を、救いを欲する。しかし、渇き切ったことはなかったはずです。枯れてしまったことはなかった。

かに、わたしたちが望むような勢いある泉ではなかったかもしれない。本当にちょろちょろとした水流でしかなかったかもしれない。渇いていたときに、求めていたときに、十分に癒されるほどの、満たされるほどのものではなかったかもしれない。
しかし、イエスさまの言葉の通りに、約束の通りに、尽きない泉は確かにあった。そう思う。私自身、それを体験してきました。尽きない、枯れない泉を…。そして、この泉は、確かに、緑を、命をもたらす。それを育む。それが、その水源がいくつもあつまり、流れ出れば、大地を潤す大河にさえなれる。イエスさまから天上のことを、信仰の事柄を知らされた教会は、そういうものではないか。そうも思う。ともかく、諦めずに私たちとの対話を繰り広げてくださっているイエスさまに、心を開いていきたい。そう願います。

 

祈ります。

天の父なる神さま。今朝も新型コロナウイルス流行の最中ですが、このように私たちを守り支えてくださり、礼拝の場に呼び集めてくださいましたことを心より感謝いたします。また、自粛されておられる方々も多いですが、祈りを合わせておられるお一人お一人の上にも、どうぞ豊かな恵みと祝福をお与えください。私たちからではなく、イエスさまの方から働きかけてくださったが故に、私たちは信仰と希望と愛とに生きることができることを心より感謝しています。しかし、この恵み、ご恩を忘れやすい私たちですので、常に、御前に立ち、イエスさまに心を開いて、その言葉を、約束を受け取っていくことができますように、弱い私たちを導いてください。この混乱した最中ですが、20日に時間短縮で教区総会が行われます。十分に理解を深め合うことが難しい中ですが、東教区にとっても、東教区ばかりでなく、すべての教区にとっても、大きな節目の時に来ているのかもしれません。どうぞ、思いを一つにして、御心に沿っていくことができますようにお助けください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。
アーメン

【テキスト】3月8日(日)10:30 説 教:「永遠の命を得る」 浅野直樹 牧師

聖書箇所:ヨハネによる福音書3章1〜17節

ご存知のように、新型コロナウイルスが流行し、いくつかクラスター(集団感染)も発生していると報じられています。そのような危惧からか、礼拝自体を自粛する教会もあると聞いていますが、私たちむさしの教会では…、もちろん細心の注意は必要ですが、通常の礼拝は守っていくことに致しました。これは、私個人の考えですが、たとえ少数の者しか集まれなくとも…、これも、もちろん無理をする必要はありません。公共交通機関等の不安もありますので、自衛的に礼拝を休むといった選択も尊重していきたい。いいえ、危惧のある方々にはお勧めもしていきたい、そう思っています。

しかし、たとえ戦争が起ころうとも、不測の大惨事、自然災害が起ころうとも、集える人だけで良い、礼拝は守られるものであってほしい、そう願うからです。なぜならば、私たちのこの礼拝は、私たちのためだけの礼拝ではないからです。礼拝に来ることのできない人々に代わって、代表して、それらの方々を担っての礼拝でもあるからです。

ルーテル教会の礼拝理解は、私たちが神さまに仕える・奉仕するのではなくて、神さまが私たちにお仕えくださる・奉仕してくださるもの、その場として受け止められています。他教派出身の私にとっては、そのような礼拝理解は新鮮で、心震えるものでした。なぜならば、礼拝とは、神さまに奉仕する場だと教えられる、また受け止めてきたからです。ここにもルターの受動的信仰の真髄が現されていると思います。確かにそれは、ルーテル教会が誇って良い大切な礼拝理解だと思いますし、また、守るべき伝統だとも思いますが、しかし、ルターの理解は、受動一辺倒ではなかったことも思うのです。受動…、つまり、神さまから頂いた者たちは、今度は主体的に、能動的に動き出すこともルターは主張しているからです。礼拝で恵みを受けた者たちは、今度は自ら進んで他者を担って礼拝する。礼拝を捧げる。なぜならば、私たちの住むこの世界では、神さまを礼拝する人々は決して多くはないからです。

礼拝したいのに、様々な事情で、体調の問題で礼拝に集えない人々はもちろんのこと、神さまを礼拝しようともしていない人々のためにも、私たちが代わって、代表して、担って礼拝していく。だから、いかなる事情があろうとも、私たちは礼拝を止めるわけにはいかない。たとい、一人、二人となったとしても…。なぜならば、私たちこそが、礼拝の砦だからです。このような時だからこそ、改めてそのことにも思いを向けて行きたいと思っています。

今朝の福音書の日課には、聖書を代表する言葉が登場してまいりました。ヨハネ3章16節です。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。あまりに有名な言葉です。いうまでもなく、神さまの愛を、私たちに向けられた愛を表しているものです。ですから、皆さんもお聞きになられたことがあるかもしれませんが、ここに記されている「世」を自分に(自分の名前に)置き換えて読んだら良い、とも言われてきました。「神は、その独り子をお与えになったほどに、『浅野直樹』を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。…そのようにです。

確かに、一人一人が自覚的に神さまに愛されていることを受け止めるためには有効かもしれませんが、しかし、それでは、この聖書が言わんとしていることを見落としてしまうことにもなりかねません。神さまが愛されたのは「世」です。私一人ではないのです。いいえ、私たちだけでもない。つまり、ある特定の一部の人々、信仰者(キリスト者)、教会員でもないのです。むしろ、このヨハネ福音書が語る世とは、不信仰な世です。イエスさまを拒絶する、神さまの御心に従おうとしない罪の世です。既に1章にそのことが記されている。

10節「言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」。ここで「認めなかった」「受け入れなかった」とありますが、これは単に「認めない」「受け入れない」ではなく、イエスさまを十字架の死へと追い込んだのです。そんな「世」を、神さまは放っておくことができず、滅ぼすことができず、「独り子」イエス・キリストを与えるほどに愛された。善良な信仰深い世ではなく、罪深い世を愛された、というのが、このヨハネ3章16節が意味するところなのです。
ですから、続けてこうも語られています。「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」。神さまの目的は、あくまでも世の救いにあります。世界中の人々が、イエスさまによって、イエスさまを信じることによって救われることです。そのために、神さまはイエスさまを世に与えられた。もっと言えば、十字架の死にも至らせられた。世を愛するが故に。

しかし、残念なことに、では全ての人々が救われるのか、といえば、そうではないこともヨハネは伝えます。神さまはあくまでも世を救いたいと願っておられる。それにも関わらず、救われない人々も生まれてしまう。なぜか。イエスさまを信じることができないからです。もっと言えば、イエスさまに心を開くことができないでいるからです。その代表として、ニコデモという人が登場しているようにも思います。

ニコデモとイエス

ニコデモとイエス



このニコデモ、「ファリサイ派」に属する「ユダヤ人たちの議員」であったと記されています。この「ファリサイ派」というのも福音書には度々出てきますが、ご存知のように非常に信仰的に熱心な人々です。特に、律法を守ることに熱心だった。当然、旧約聖書にも精通していたでしょう。そういう意味では、熱心・真面目で宗教的な知識に長けた人たちの代表と言ってもいいのかもしれません。議員の一人であったということは、社会的な立場を持った人たちの代表とも言えるでしょう。そんな彼は夜にイエスさまを訪ねた、とあります。そこからも、いろいろなことが推測されるようですが、その一つは、人の目を気にして、ということではないか、と言われます。立場のある人がイエスを尋ねたことによる評判を気にした、ということです。これは、キリスト者「あるある」でもあると思う。あるいは、イエスさまとの会話の中で「年をとった者が」と語ったことから、ニコデモはかなり年配ではなかったか、とも考えられています。歳を取るということは、経験を積み重ねることにもなる。そして、その積み上げた経験則から合理的な解釈を導こうとするようになります。

歳を重ねるごとに、「驚き」が少なくなると言われる通りです。余談ですが、聖書を読む時に大切なことは「驚き」だと良く言われます。これは、私自身の経験でもありますが、確かに、驚くことが少なくなりました。言い方を変えると、躓くことが、問うことが、反発することが少なくなった。若い頃は、それこそ新鮮で、驚き、躓(つまず)き、怪しみ、反発することも多かったですが、それがかえって充実した聖書との時間だったようにも思います。ともかく、そういった年配者…、経験則から合理的に(無難に)解釈する人々の代表でもあるのかもしれない。あるいは、それでも、わざわざイエスさまを訪ねるのですから、イエスさまに何かしら惹かれるものを感じた人々の代表とも言えるのかもしれませんし、あるいは、年齢も経験も積み重ね、それなりの立場にあったにも関わらず、ニコデモからすればあきらかに年少者であった、しかも素性もよく分からないイエスさまに教えを請いに来たということは、非常に謙遜な人と言えるのかもしれません。つまり、求道者の姿です。そういった人々の代表と言っても良いのかもしれません。つまり、彼は私たちの代表ということです。このニコデモの中に、私たちの姿もある。

そのニコデモとイエスさまとのやり取りは、一向に噛み合いません。あまりのニコデモの無理解さに、イエスさまが痺れを切らして、苛立たれるほどです。しかし、この両者のやり取りをご覧ください。私たちにとっては、イエスさまの言動の方が不可解です。むしろ、ニコデモの方に近さを感じる。それが、私たちの代表の所以でもあるのでしょう。しかし、それでは、やはりダメなのです。ニコデモは救いの真理に到達できなかった。なぜか。イエスさまはこうおっしゃる。「はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろうか」

つまり、どうあっても、この信仰の事柄は、私たちの理解を超えたところにあるからです。経験則から分かる、想像がつく、合理化できるような地上のことではない。これは天上のこと。御子を与えるほどに世を愛される神さまの愛も、永遠の命も、結局の所、私たちにとっては理解不能なことです。ニコデモのように、そんなことはあり得ないと思うのが落ちです。ですから、天上のことは、天上のことを知っておられる方から、聞くしかない。学ぶしかない。受け取るしかない。私たちの宗教的な知識も、あるいは熱心さ・センスも、無用とは言わない、必要な、大切なことには違いないでしょうが、それよりも、いいえ、それ以前に、イエスさまの前に開かれた心が、イエスさまを信じて、信頼して、天上のこととして受け取っていくことが大切なのではないか…。そう思うのです。

先ほどは、救われる者と、そうでない者が生まれてしまう、と言いました。確かに、ヨハネはそう語ります。それは、事実として、致し方ないこととして語っているのかもしれませんし、あるいは、警笛・警告として語っているのかもしれません。しかし、それでは、このニコデモは救われない者として扱われているのか、といえば、必ずしもそうではないのです。確かに、救われた人として明確には記されていませんが、このニコデモはヨハネ福音書の中で、これ以外にも二つの場面で取り上げられていることは注目に値するでしょう。一つは、7章50節。イスラエルの指導者層がイエスさまを逮捕しようとした際に、唯一弁護した人物として登場してきます。

また、19章30節では、十字架で死なれたイエスさまを葬る際に、丁重な葬りに欠かせない香料を持ってきた人物として登場しています。これらをどう評価するか。確かに、先ほども言いましたように、明確に弟子になった、信仰者、教会員になったとは記されていませんし、また、最後まで優柔不断だったと辛辣な評価をする人々もいますが、わたし自身は、それでも、ここにも「世」を愛された神さまのお姿があるようにも思うのです。諦めきれない、捨てきれない、どうしても救われてほしいと願っておられる神さまのお姿が、です。確かに、救われているのか、いないのか…、気にはなるかもしれませんが、もっと大切なことは、イエスさまを与えるほどに世を愛された神さまのお姿なのです。
また、その神さまの御心をもらすことなく示された、証しされた、教えてくださったイエスさまのお姿です。それに、私たちは心を開きたい。命を与え救うことに情熱を傾けてくださっている神さまに、イエスさまに、心を開く者でありたい。そして、そんな神さまの思いを受けて、受け止めて、世の人々のためにも礼拝を捧げる者でありたい。そう思うのです。

 

祈ります。

「天の父なる神さま。このような社会情勢の中でも礼拝を守ることができましたことを心より感謝いたします。また、どうぞ、ここに集うことのできなかった方々の上にも、豊かな祝福を注いでください。今日学んだニコデモの姿は私たちの姿でもありますし、そのニコデモを、世…、世界を愛してくださり、なんとしてでも救い出し、永遠の命に預からせようと懸命になってくださっているあなたに、心から感謝をいたします。信仰の事柄は、確かに私たちの理解を超えたものですが、どうぞ私たちの心をますます開いてくださり、イエスさまから天上の事柄をしっかりと受け取り、信仰と希望と愛とに満たしていってくださいますように、心からお願いいたします。私たちの主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」

8月13日(日)10:30 説 教: 「 何のために天の国はあるのですか 」賀来 周一牧

聖霊降臨後第10主日礼拝

聖 書: イザヤ 44:6−8   ローマ 8:26-30   マタイ 13:24-35

讃美歌: 教会 184、教会 339、教会 360、II 82

4月9日(日)10:30 説 教: 「 イエスの十字架 」浅野直樹 牧師

枝の主日・受難主日礼拝

聖書:ゼカリヤ9:9〜10 フィリピ2:6〜11 マタイ27:32〜56

讃美歌:134、136、515、332

礼拝説教 「御言葉が教える平和」  浅野 直樹

ヨハネによる福音書15章9〜12節(ミカ書4章1〜5節)

8月に入りましたが、この8月は私たち日本人にとりましては、非常に感慨深いときではないか、と思います。昨日の6日は広島に原爆が投下されて71年目の日でしたし、9日には長崎に…、15日には71回目の終戦の日(敗戦の日)を迎えるからです。今年は、リオデジャネイロ・オリンピックもあり、NHKなどでもあまり戦争関連の特番は組まれていないようですが、それでも(オリンピックを楽しむことはいいことですが)、私たちにとっては決して忘れてはならない日々だと思うのです。明日、8日から恒例のルーテルこどもキャンプが広島で行われますが(むさしの教会からも2名参加)、是非、この平和ということについても学んできていただきたいと願っています。

そういう訳ですので、私が牧師になりましてから8月の第1主日は「平和の主日」として守ってまいりました。そして、これからも余程のことがない限り、この8月の第1主日は「平和の主日」として、ご一緒に「平和」について考えるときをもっていきたいと願っています。

そのように考えまして、今回も説教の準備をしていた訳ですが、インターネットで面白いものを見つけましたので、ぜひ皆さんにご紹介したいと思いました。東郷潤という方が書かれた『終わりのない物語』という絵本です。

 

【『終わりのない物語』を読む】

(インターネットで簡単に見られますので、興味のある方はお調べになってください)

いかがだったでしょうか。絵はちょっと…、と思わない訳ではありませんが、いろいろと考えさせられるところがあったのではないでしょうか。

作者の東郷さんは「あとがき」で次のように書いておられます。「絵本『終わりのない物語』は、善悪の錯覚が引き起こす憎しみの連鎖/暴力の連鎖をテーマとしています。善悪という考え方を巡っては、これ以外にも、本当に多くの錯覚が存在しています。そして、それらの錯覚は様々な悲劇を生む土壌となり、結果的に、億単位の人々が犠牲になっているのです。そうした悲劇を地球上から少しでも減らすことを目的に、絵本『終わりのない物語』を執筆しました」。私は、ここに重要なキーワードが二つあるように思いました。一つは「善悪の錯覚」という言葉です。この物語の面白さ(ユニークさ)は、悪人がいないということです。登場してくるお猿さんも、猫さんも、象さんも、みんな正義を愛する立派な人(ではないですね、動物)たちでした。そんな彼らですから、人殺しという悪を見逃すことができなかったのです。その悪を絶つために、正義の名の下悪人たちを殺す。しかし、その殺した悪人たちは、実は悪人たちではなかった。彼らもまた自分たちの正義のために悪を懲らしめている者に過ぎなかった。正義のために戦った人々を、正義の名の下に殺していく。そんなおかしなことが起こっている、というのです。確かに、そうです。みんな自分たちの大切なものを守るために殺しあっていく。国を守るために、愛する者を守るために、家族を…、子どもたちを守るために、自分たちを脅かす悪者どもを殺す。そうでないと大切なものが守れないから、と殺していく。しかし、自分たちの目から見れば悪者と思えるような人々も、大切なものを…、国を…、愛する者を…、家族を…、子どもたちを守るために、自分たちを脅かしている悪者どもに立ち向かっているだけに過ぎないのかもしれない…。

絵本に登場してまいります猿、猫、象を、アメリカ、ロシア、ISなどと置き換えてみたらいいと思います。この世の中で、そんな単純な善悪など果たして存在しているのだろうか。単純に、こちらは正義でこちらは悪と言い切ってしまえるようなものなんだろうか、そんな問いをこの物語は私たちに投げかけているように感じるのです。

そして、もう一つは「連鎖」(憎しみの連鎖/暴力の連鎖)という言葉です。もちろん、この連鎖は断ち切らなければならないはずです。

皆さんは新約聖書の書き出しが何であるかをご存知だと思います。そう、系図です。マタイによる福音書1章1節からイエスさまの系図が記されていきます。「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」。皆さんもおそらくそうだったと思いますが、聖書をこれから読もうと思って開くのがこの箇所でしょう。そして、いくぶんうんざりする…。よく知らないカタカナの名前がずらっと出てくるからです。そして、聖書を読むのに少し慣れてくると、ここはもう読む必要もない、と飛ばしてしまうかもしれない…。そんな系図です。私も、そうでした。しかし、聖書を…、特に旧約聖書を理解するようになってくると、なぜイエス・キリストの福音を伝える新約聖書がこの系図から始められているのか、得心がいったように思いました。イスラエル民族の系図は通常男系なのですが、このイエスさまの系図には数名の女性が名を連ねています。しかも、いわゆる曰く付きの女性たちです。3節のタマルはユダの息子の嫁です。つまり、ユダは息子の嫁によって子どもをもうけた、ということです。

5節のラハブは遊女ラハブと言われる女性ですし、その後のルツは異邦人です。そして、極め付けは6節の「ウリヤの妻」…、これはバト・シェバのことですが、名前すら載せず、サムエル記の出来事を想起させるかのように「ウリヤの妻」とだけ記されています。詳しくお話しする時間はありませんが、ダビデはウリヤの妻を寝取り、不倫がばれそうになると、夫のウリヤを戦場の最前線に送り出して殺してしまうのです。そして、いけしゃあしゃあと未亡人のバト・シェバを妻として迎える。本当にとんでもない悪事を働いたわけです。それが、イエス・キリストの系図だ、という。本来ならば隠せばいい汚点をさらけ出しながら、これこそがメシア(救い主)の系図だと示すのです。私は、ここに救い主の意味を見たような気がしました。イエスさまの誕生によって、この血塗られた血筋に楔が打たれた…、連綿と続いてきた罪と過ちの歴史、その呪いが断たれた…、新しい救いの時代が到来した…、そう思ったからです。

憎しみの連鎖、暴力の連鎖は、このイエスさまによって断たれるのではないでしょうか。イエス・キリストという存在こそが、人類の英知によっては断ち切ることのできなかったこの「連鎖」を、断ち切ってくださるのではないか…、そう思うのです。

私は最近、このイエスさまの弟子に「熱心党のシモン」がいたことの意味をつくづく考えるようになりました。この「熱心党」…、ある辞書には次のように記されていました。「熱心党は狂信的な愛国グループで、ゲリラ活動によりローマ占領軍を追い払うことを目的としたが、実際にはさまざまな血なまぐさい報復事件を引き起こしていた」。現代でいえば、テロリズムの考え方を持っていたと言ってもいいのかもしれません。そんなシモンが、ペトロやヤコブ、ヨハネなどと並んでイエスさまの弟子となっていた。目的のためならば、人を殺すことも厭わなかったシモンが、全く別の方法で世界を、社会を変えようとしていった…。ここにも、私たちが注意を払うべきイエスさまのお姿があるように思うからです。

「平和学」という学問分野があることをご存知でしょうか。簡単に言ってしまえば「平和を追求する学問」と言えるのかもしれません。そんな「平和学」の本に、こんなことが書いてありました。「平和学は極めて学際的な学問であり、国際政治学や国際関係論以外にも、経済学、法学、社会学、心理学、人類学、教育学、宗教学、倫理学、哲学など、多くの分野の学問を含んでいる」。つまり、平和の問題というのは、単に軍事や政治の問題に限らず、非常に複雑で難しい課題が絡み合っているということでしょう。確かに、誰もが平和を望んでいるはずなのに、現実にはなかなか難しいわけです。そうであっても、私たちは一市民として、この平和のためにも政治にも選挙などを通して積極的に参加すべきだし、自分たちの暮らしぶりや経済活動が、果たして貧しい国々の構造的暴力に加担することになってはいまいか、と反省することはもちろん大切ですが、ではキリスト者として一体何ができるのだろうか、といった問いも非常に大切になるのではないか、と思うのです。キリスト者だからこそ…、いいえ、キリスト者にしかできないことがあるはずです。それは、もちろんイエス・キリストです。今日の旧約の日課、ミカ書にはこのように書かれていました。「主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない」。

私たちは、この旧約の言葉がイエスさまによって実現すると信じます。イエスさまがこの地上に来られたのは…、お生まれになったのも、その人生を人々への宣教…、弟子たちへの教育に費やされたのも、十字架に死に復活されたのも、平和のためだったと信じるからです。私たちの主イエス・キリストは「平和の主」です。私たちは、この平和の主を「信じる」ところからまず始めるのです。それが、私たちの生き方にもなっていくからです。

戦後71年。これまで続いてきた平和が案外脆いものであることに私たちは気づき始めました。平和だと思っていた時代にあっても、平和ではなかった人々が数多くいたことも知りました。戦争がないことだけが平和なのではない、ということについても考え始めています。だからこそ…、そんな時代、現代だからこそ、平和を作られたイエス・キリストに…、熱心党のシモンでさえも弟子とされたイエス・キリストに思いをむけていきたいと思うのです。そして、このキリストの平和の輪をもっと広げていきたい、そんな仲間をもっと増やしていきたい、そう願わされます。2016年8月7日

平和の主日礼拝説教(むさしの教会)

むさしの便り10月号より

「幸いを得なさい」  浅野 直樹

 ルカによる福音書18章9~14節   

はじめまして。浅野直樹です。一応、「ジュニア」という扱いになっています。

いや~、面倒なことになってしまいました。浅野先生(シニア)には随分とご迷惑をおかけしていると思っています。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は他教派で10年ほど牧師をしておりまして、その頃からルーテル教会に同姓同名の先生がいらっしゃることは知っていました(岡崎教会の頃だったと思います)。でもその頃は、自分がまさかルーテルに来るとは思ってもいませんでしたので、「へ~、そうなんだ。珍しいこともあるもんだな」くらいにしか受け止めていませんでしたが、縁あってルーテルに来ることになったために、こんなことになってしまいました。それでも、以前は教区も違っていましたので、お互いに不都合もそれほど感じていなかったと思いますが、この度、誰の陰謀なのか、はたまた神さまのユーモアなのかは分かりませんが、同じ教区に、しかも同じ教会共同体、お隣の教会に来ることになりまして、浅野先生(シニア)も複雑な思いをもっておられるのではないか、と想像しています。先日もこんな電話がありました。以前、電話で相談を受けた方のようで、どうやらインターネットで私のことを探されたようですが、するとHP(むさしの教会の)の写真と違っていたそうです。混乱気味に、一体どうなっているのか、というのです。もちろん、丁寧に説明させて頂きました。私の記憶が正しければ、浅野先生とは一回り違いますが同じひつじ年です。星座も同じしし座。同姓同名、漢字も一緒。二人で占ってもらったら、ほとんど同じ結果になると思いますが(ですから占いもあてにならないのでしょうね)、性格も、また、これまでたどってきた人生も全く違っているでしょう。浅野先生はまじめ、と聞きますが、私はちゃらんぽらんのいい加減な人間ですから。せめて、浅野先生が私と間違えられて悪い印象で見られるようなことにはならないように、謹んで励んでいきたいと思っています。

変な話を長々としてしまいましたが、「初顔合わせ」ということですので、お許し頂きたいと思います。

さて、本題ですが、今日の箇所はお分かりのように、イエスさまが語られた譬え話の一つです。この譬え話は、数ある譬え話の中でも非常に分かりやすい譬え話の一つだと思いますが、少し注意が必要ではないかと思っています。それは、『安易な評価』ということです。ここではファリサイ派と徴税人が登場して参ります。聖書を読んでいきますと、このファリサイ派の人々は常にイエスさまと衝突する人々として描かれていますので、私たちにとっては印象の良くない人々として映っているのかもしれません。それに対して徴税人はマタイやザアカイに代表されるように、確かに当時においては否定的な見方がされていたのかもしれませんが、どことなく憎めない人…、むしろ律法、律法という堅苦しい社会の中で彼らこそ犠牲者だったのではないか。社会から差別され、蔑まれてきた可哀そうな人たちなのではなかったか。だから、イエスさまはそんな彼らの隣人となり、彼らを救い、自由にされたのではなかったか…と、どちらかと言えば好意的な印象を受けているようにも思います。「逆差別」というのも言い過ぎかもしれませんが、どうしても弱い立場だった人々の肩を持ちたくなるような感情も湧いてくるからです。そんなこともあってか、私たちにとっては、この譬え話はむしろ何の抵抗感もなくすらっと読めてしまうのかもしれない。そうだ、そうだ、その通りだ、と共感できるのかもしれない。確かに、そうだと思います。しかし、単純に両者をそのように色分けできるのか、とも思う。律法を一生懸命守ろうとした人々が悪者で、律法も守らず、自分勝手にいい加減に生きてきた人々が、果たして本当に善人なんだろうか。かえって、後者(徴税人)に好意的な私たちは、どこかでこの徴税人や罪人と言われている人々を隠れ蓑にしながら、律法を守ろうとしない、律法を蔑ろにしている自分を正当化し、罪人であることに安住するために、都合よく利用しようとしているところがあるのではないか。そんなふうにも思う…。

皆さん、考えてみてください。身なりもしっかりしていて、まじめで間違ったこともせず(倫理・道徳面にもしっかりしている)、神さまの戒めに一生懸命に生きようとしている人と、権力を傘に、不当な取り立てをしては私腹を肥やし、贅沢な羽目を外した生活をしている人と、どちらと付き合いたいか。どちらに好感が持てるか。おそらく、私たちの目の前にこの二種類の人が現れたのなら、断然前者の方に好意が向くのではないでしょうか。ですから、単純にファリサイ派のような人がだめで、徴税人のような人が良いということではないはずです。逆に徴税人の方が高ぶっていれば低くされるでしょうし、ファリサイ派の人々がへりくだっていれば高められるでしょう。当然、逆もありうるということです。問題は「高ぶっているか」「へりくだっているか」だからです。しかし、それでも、やはりこの譬え話に「問題あり」としてファリサイ派が登場してくるには意味があるのです。9節でこのように書かれているからです。「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても」。これが、ファリサイ派の人々の問題なのです。

まじめで、努力家で、戒めを守ることに一生懸命でも、「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下」すようでは、やはり本質がズレてしまっているからです。しかも、この「うぬぼれ」と訳されている言葉は、「自分自身を頼りにしている」と訳した方が良い、と言われます。もともとの意味がそうだからです。ですから、この譬え話に登場してくる、いいえ、実際にイエスさまがこれまで接してきたファリサイ派の人々の問題点とは「自分の正しさにこそより頼んでいる」ということなのです。だからこそ、彼らの祈りは自分の正しさを羅列するものになるのです。「他人を見下す」ことも非常に問題ではありますが、しかし、それは、「自分の正しさに頼る」結果でしかありません。その問題の本質は、「自分の正しさこそ(自分の努力、頑張り、熱意の結果)頼りになるものなのだ(結局、「自分を頼る」ということでしょう)」との信仰理解なのです。

先ほど、この徴税人たちを律法を守れない自分たち、私たちの正当化のための隠れ蓑にしてはいまいか、と問いました。つまり、恵みがあるのだから律法などどうでもよい、という言い訳にしていないか、ということです。それに対して律法を守ることの大切さを説いているのが、今朝の旧約の日課でした。神さまは戒め、律法を守ることを求めておられます。それは、今日においても、尚そうでしょう。それが、神さまの思い、心です。しかし、今日の日課では、その先の思い、心が記されていました。申命記10章13節:わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。神さまは単に、闇雲に、戒め・律法を守ることを求めておられるのではないのです。私たちの幸せのためです。私たちが幸せになるために、幸いを得るために、戒め・律法を守ることを求めておられるのです。

では、その戒め・律法とは何か。一言でいえば、「愛に生きる」ということでしょう。神さまが人を、私たちを愛されたように、私たちもまた愛に生きてほしい。愛に生きることによって幸いを得てほしい。幸せになってほしい。これが、神さまが戒め・律法に込められた思いでした。しかし、残念ながらファリサイ派の人々は、そんな神さまの思いを掴みとれなかった。かえって、律法を守ることを、自分の正しさを打ち立てるために利用しようとした。自分の正しさこそが、神さまの恵みを引き出す、愛を引き出す「頼るべきもの」と考えたからです。しかし、そうではないのです。そもそも、神さまは恵みを、その愛を注いでくださっているのです。幸せを願うのが、まさにそうです。だからこその、戒め・律法なのです。もし、そのことをしっかりと受け止めてさえいれば、彼らは自分の正しさに頼ることもなかったし、自分よりも未熟な、不熱心な、欠けの多い人々をことさら見下すこともなかったはずです。この神さまの思い、心をはき違えてしまった熱心さが、彼らの罪となってしまいました。

しかし、私はこうも思うのです。私たち日本人キリスト者にとっての問題は、実は前者よりも後者、この徴税人の姿をはき違えていることにあるのではないか、と。一見すると、日本人キリスト者は、前者のファリサイ派の人々よりも、後者の徴税人に近いように思います。よくこんな言葉を聞くからです。「わたしは罪深い者です」「私なんて全然だめです」「自分が救われているなどとは思えません」「不信仰者の私なんか天国には行けないでしょう」。うつむきながら、自信なさげに言われる…。これらは果たして、ここで言われている「へりくだり」なのでしょうか。何度も言いますが、ここでの問題は「自分(の正しさ)を頼る」ということです。

つまり、何を頼るべきか、ということです。ファリサイ派は何度も言っているように「自分」でしたが、この徴税人にとっては、頼るべきは「神さまの憐み」でした。この神さまの憐みに一心により頼んだ徴税人が「義」とされたのです。つまり、先ほどのように、自分はダメだ、罪人だ、自信がない、といっている私たちは、では、本当に神さまに依り頼んでいるのか、ということです。私はどうも、そうではないように思えてならないのです。結局は、私たち(日本人キリスト者たち)も自分を頼りにしているに過ぎないのではないか。だから、相変わらず自信なさげに、自分はダメだなどと言っているのではないか。結局、へりくだっているようには見えるけれども、その本質は、むしろこのファリサイ派の方に近いのではないか。そんなふうにも思えるのです。

ある解説を読みますと、イエスさまはここに登場してくる徴税人や罪人、娼婦などを自らの罪を悟り、へりくだった者として、高く評価していたとありました。確かに、そうかもしれません。しかし、もっと大切なことは、イエスさまを受け入れたかどうかです。この両者の決定的な違いは、そこにこそあるからです。何よりもイエスさまを頼りにする。ここに正しい「へりくだり」の姿勢があるのではないでしょうか。

もっと自信をもったらいい。私たちの幸せを願うイエスさまが必ず救ってくださるから…。罪を赦し、罪の縄目から解放してくださるから…。そして、私たちの幸せを願う神さまの戒めに従ったらいい。愛に生きたらいい。そして、愛に生きられない自分を知ったら、また神さまの前に、素直に悔い改めていったらいい。どうぞ、あなたの愛に生きられないこの私を憐れんでください、と神さまを頼ったらいい。そして、またイエスさまの恵みをいただいて、晴れやかに、どうどうと、赦されているとイエスさまを頼って生きたらいい。また…、何度も…。それが、私たちの「へりくだった」人生なのです。

2016年10月23日 聖霊降臨後第二十三主日

礼拝説教(市ヶ谷教会—講壇交換)

むさしの便り12月号より

礼拝説教 「天の父のように」 浅野 直樹

ルカによる福音書6章27〜36節

一昨日…、5月27日(金)の午後に、アメリカのバラク・オバマ大統領が現職大統領としては初めて広島の平和記念公園を訪ね、原爆慰霊碑に献花をされました。これは歴史的な出来事でした。任期も終盤にかかり、大統領としてのレジェンドのため、といった意見もあるようですが、国際的にも様々な緊張関係が生まれている中で大切な一歩が刻まれたのではないか、と私は思っています。

今日の福音書の日課は、小見出しにもありますように、ひとことで言えば「敵を愛する」ということでしょう。これは言うまでもなく、世界の平和、和解ということにおいても、最も大切なことのように思われます。しかし同時に、そんな簡単なことではない、ということも私たちは痛感してきました。先ほどのことでいえば、最初の一歩が「71年」もかかったというところに、事の難しさ、深刻さが物語られているのでしょう。原爆や戦争が非人道的なものであるということは、両国民の多くが感じていることだと思います。しかし、かつて敵同士であった、ということが71年の歳月を費やしてしまった。いいえ、今でも「謝罪できない」「赦せない」「自分たちは正しい」と、それぞれに看過できない言い分があるわけです。それはなにも、当然、国と国といった大きなことばかりではないはずです。私たち個々人の生活の中でも「敵を愛する」ことができたならばどれほど幸いだろうか、と思うのですが、その難しさも経験してきているからです。

この「敵を愛する」ということにおいて、今日の旧約の物語は非常に参考になるのではないか、と私は思っています。これは、いわゆる「ヨセフ物語」と言われるものです。もう皆さんもよく知っておられる物語だと思います。ヨセフのお父さんはヤコブと言いました。このヤコブには「イスラエル」という別名が与えられていましたが、イスラエル12部族の祖となる人物です。つまり、イスラエル12部族とはこのヤコブの十二人の息子たち(正確にはちょっと違うのですが)ということで、ヨセフもその一人だったのです。

当時は一夫多妻が当たり前の世界でしたから、ヤコブにも二人の正妻と二人の側室がおりまして、この十二人は異母兄弟(全員母親が違うということではないのですが)だったわけです。もう、これだけでも兄弟仲があまり良くないことは想像できます。正妻同士、側室同士、あるいは正妻と側室との間で様々な駆け引きもあったのでしょう。そういった母親同士の関係(反目)が子供同士に波及していってもおかしくないわけです。しかも、ヨセフはヤコブが特に愛していた正妻の一人ラケルの息子でした。ラケルはヨセフの弟ベニヤミンを産んでからすぐに亡くなっていましたので、よせばいいのにラケルの忘れ形見を溺愛してしまっていたようなのです。そりゃ〜、他の兄弟たちからすれば面白くないわけです。しかも、そんな父の寵愛で天狗になっていたのか、年少者にもかかわらず兄たちに対してどことなく横柄なところがあったようで、ますます兄たちからは反感をかっていきました。そして、ついにヨセフ17歳のとき、苦々しく思っていた兄たちによってエジプトに奴隷として売られてしまったのでした。なんだか韓流ドラマの脚本になりそうな物語です。

詳しくはお話しませんが、随分と苦労したと思います。しかし、彼は、エジプトの宰相にまで上り詰めたのでした。

ヨセフは兄たちのことを随分と恨んだと思います。17で奴隷として全く見知らぬ世界に放り込まれたのです。しかも、無実の罪で何年もの間、牢獄に閉じ込められもした…。来る日も来る日も牢獄の中で、なんで自分がこんな目にあうのか、と問うたに違いないと思う。その度に、兄たちの薄ら笑うような顔が思い起こされ、怒りが、憎しみが、こみ上げてきたのではないか、と思うのです。復讐心が、殺意が湧き上がっていたのかもしれません。その怒りのパワーが彼を支えていたのかもしれません。しかし、彼に転機が訪れました。夢の解き明かしで牢獄から解放されただけでなく、宰相にまで起用されたからです。しかし、ここで大切なことは、単なるサクセス・ストーリーではない、ということです。

彼はこのことによって、意味の再構築に迫られていったからです。今日の旧約の日課に、こんな言葉が記されていました。創世記45章4節以下わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちよりも先にお遣わしになったのです。」ヨセフは自分がエジプトに来た、送られた意味を、このように再構築したのです。もちろん、すぐにそう思えたのではないでしょう。時間をかけて、あるいは葛藤の中で、そのような理解に至っていったのかもしれません。しかし、この理解が徐々に兄たちに対する恨みつらみからも解き放っていきました。もちろん、神さまがそう働いてくださったからです。神さまの恵みの御業(それがヨセフの場合は夢の解き明かしであり、思いがけない宰相への抜擢ということでしょうが)を経験していったからです。ここに敵意を打ち破る一つのキーがあるように思います。

もう一つは「和解のプロセス」ということです。確かにヨセフは意味の再構築によって、現在の境遇を喜んで受け止められるようになったと思います。そして、普段の日常の中では兄たちに対する負(マイナス)の思いも感じることなく生活していけたことでしょう。しかし、兄たちと再会する機会がやってきたのでした。兄たちが住んでいるパレスチナでもひどい飢饉だったので、ヨセフのいるエジプトに食料を買いにきたからです。あれから随分と年月が経っています。エジプト特有の衣装ということもあったのでしょう。まして、自分たちが奴隷として売った弟がエジプトの宰相になっているなど夢にも思わなかったでしょうから、兄たちにはそれがヨセフだとは気づかなかったのですが、ヨセフには分かっていました。そこでヨセフはどうしたか。意地悪をしました。いろんな難題や難癖をつけては、兄たちを困らせ、窮地に陥らせたのです。ここにも、人間臭さが溢れていると思います。確かに神さまによって意味の再構築も果たし、自分なりに整理をつけていたつもりでしたが、いざ本人たちを前にして、かつての思いが甦ってきたのでしょう。

あんな目に合わせて「殺してやる」とまではいかなくても、なんらかの復讐心がふつふつと湧いたのだと思います。それが人間です。彼は何度も兄たちを苦しめました。そして、ついに(非常にドラマチックなので、ぜひお読みいただきたいと思いますが)兄たちの悲痛な叫びを前にして、彼は感情を抑えることができず、感極まって泣き出し、兄たちに自分の身を明かした、と言います。兄たちの苦しむ姿を前にして心が弾けたのでしょう。

ここに、神さまが与えてくださる和解のプロセスがあると思うのです。赦す、和解する、愛する、というのは机上のことではありません。相手あってのことです。赦しているつもりでも、和解しているつもりでも、愛しているつもりでも、いざ相手が自分の眼の前に現れると、そうは言っていられない私たちの現実があるからです。そのために、神さまはまず私たちの目を開いて相手を見せようとされます。憎しみや怒り、負の感情があるときには、相手の姿をまっすぐ見られなくなってしまうからです。

ですから、ことさら相手を悪く思い、憎んで当然、怒って当然、恨んで当然と思ってしまうところがある。しかし、本当にそうでしょうか。もちろん、敵です。自分に対して敵対するような人物です。当然、相手だって自分に良い感情を抱いてはいないでしょう。でも、本当にその人は極悪で、どうにもならないような敵、モンスターなのか、といえば、大抵はそうではないはずです。相手も人間であることがわかってくる。弱く、過ちを犯す、私たちと同様罪ある、欠けのある人間だということが分かってくる。分かってくるところに、単なる敵意や憎しみだけではない思い、同情、憐れみ、共感も起こってくるのではないか、と思うのです。

もちろん、これで全ての問題が解決できるとは思っていませんが、兄たちに捨てられ、敵となったヨセフが、兄たちと和解していったプロセスから、私たちも何か考えることができるのではないか、と思うのです。

ともかく、福音書に戻りますが、「敵を愛する」ということは、このことに尽きるのだと思います。」「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者になりなさい」。憐れみ深い、敵をも愛してくださる神さまからしかこの愛は学べないのです。憐れみ深い神さまの子どもだからこそ、その生き方に向かっていけるのです。

イエスさまは語られました。「あなたがたの敵を愛しなさい」。これは命令です。命じられていることです。もちろん、私たちは福音を信じています。福音とは恵みです。ですから、この命令を守れないからといって見捨てられるようなことはないのです。しかし、いいえ、だからこそ、この「命じられている」ということに思いを向けたいのです。「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」。それは、ある意味、馬鹿を見る生き方なのかもしれない。理不尽な目にあう不器用な生き方なのかもしれない。しかし、私はここにキリスト教の魅力を感じるのです。憧れを抱くのです。現実の自分はもちろん、そうではありませんが、それでも、馬鹿を見るほど愛に生きる者になりたい、と思う…。イエスさまがそうだから…。

神さまの憐れみに生かされて、その愛に気づかされて、教えられて、また私たちも、そんな憐れみ深い生き方を、愛をほんの少しずつでも見習っていきたい…。そう思います。

2016年5月29日 聖霊降臨後第二主日礼拝説教(むさしの教会)

むさしの教会だより7月号より:2016年7月 31日発行

|折々の信仰随想| 信仰による明快さ  賀来 周一

「あなたは、冷たくも熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであって欲しい」—ヨハネの黙示録3章15節

来年は宗教改革500年。改めてルターの信仰を振り返る、よい機会となりました。ルーテル教会はもちろんのこと、他の教会にあっても、ルターに魅せられたという声をよく聞きます。人によって、ルターが見せる魅力は異なるでしょう。ある人にとっては、強大な敵に敢然と立ち向かう勇気に魅せられることがあるでしょうし、また内面へ沈潜する思索の深さに共鳴する人もいるでしょう。私にとってのルターの魅力は、彼の言い分にはあいまいさがないということなのです。

通常わたしたちは、自らの生活を取り巻くさまざまな事象を説明しようとする時には、まず自分の知惠を駆使して、何らかの結論を得ようとするものです。けれども事が信仰の世界に及ぶとなると、いくら知惠を尽くしても、思索の片隅に何かしらあいまいさが残るものです。平たく言えば、考えたあげくに、その先をはっきりさせたいのだけれども、何かしら靄がかかったような状態から抜けられないといってよいかもしれません。「あなたは、冷たくも熱くもない」とは、そのようなあいまいな状態を指すと思われます。

冒頭にあげた聖書の言葉は、ラオディキアの教会の信徒に宛てられていることを考えれば、すでに信仰を得ている者として、信仰の世界にあいまいさを残してはならないとする警告を投げかけていると受け取るのが、聖書が持つ本来の意図に添うと思われます。ですから、それを受けて「むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであって欲しい」と言っているのです。別の言い方をすれば、信仰の世界には、あいまいさを断ち切る明快さが必要であるということです。その意味では、ルターの言葉には信仰による明快さに溢れています。たとえば—

洗礼を受けたが、こんな自分でよいのかとぐらついている時「キリスト者は罪人であって、同時に義人である」にうなずくでしょう。心にいつも黒い影が差し込んでいて、こんなクリスチャンでよいのかと訝しんでいる時「キリスト者よ、大胆に罪を犯せ、大胆に悔い改め、大胆に祈れ」にハッとします。どろどろした罪の世界から抜け出すことができません。どうすれば罪から逃れることができるだろうかと煩悶する時「わたしが罪人であるというとき、わたしの罪はわたしにはない。わたしの罪はキリストにある」との言葉に、「そうか、キリストは私のために死んでくださったのだ」との確信が生まれるのではないでしょうか。

こうしたルターの言葉は枚挙にいとまがありません。でも、こんなことがありました。私の神学校時代(鷺宮)、何かの拍子に「ルターと聖書」とつい言ったところ、当時神学校長だった岸千年先生から「ルターは、それらの言葉を聖書から学んで自分の信仰の言葉にしたのだ。だから『ルターと聖書』と言うべきでない」と言われたのでした。つまり、ルターの言葉を聖書と同列にして、ルターを神格化するなという意味なのです。これも信仰的明快さと言えましょう。

元むさしの教会牧師(定年牧師)

 むさしの教会だより7月号より:2016年7月 31日発行


復活の主と出会うということ  浅野 直樹

聖書箇所:ルカによる福音書24章13〜35節

人生って、なかなか思うようにいかないものですよね。48年間生きてきた中で、私が悟ったことです(偉そうですが…)。でも、人生って「本当に不思議だ」とも思わされてきました。今、こうして皆さんを前にして説教をしていること自体も不思議でなりません。昨年の11月までは、こんなことはつゆほども考えていませんでしたから。それが、本当に不思議な導きで、こうして皆さんと出会った…。皆さんと共に教会生活を…、信仰生活を送らせて頂ける…。それは、まさに筋書きのないドラマ(神さまの筋書きはあるのでしょうが…)だと思います。

しかし、それ以上に私にとっての最大の不思議は、イエスさまとの出会いでした。本当に不思議と三十数年前(中学3年の時でしたが)にイエスさまと出会わせていただきました。この出会いがなければ、今、私はここに立っていることも、皆さんと出会うこともなかったでしょうし、それどころか、ここまで生きてこられたかどうかも怪しいものだと思っています。


今日は残念ながら、皆さんに私の人生の全てをお話しすることはきませんが、48年という中に私にもそれなりの人生がありました。辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、…正直、死んでしまいたい、と思った時期もありました。しかし、何度も何度も、乗り越えさせて頂いた、立ち上がらせて頂いた、道を正して頂いた、そう思うのです。年齢を重ねるごとに、経験を重ねるごとに、いろいろな壁にぶち当たるごとに、「信仰を持っていて…、いや、与えられて本当に良かった」と思わされてきました。まさに「不思議な恵み」です。そんな「不思議な恵み」の姿が、今日の日課にも描かれているように思います。

 今日の箇所は「エマオ途上」とも言われる有名な物語です。二人の弟子(12弟子以外の)がエルサレムからエマオに向かう途中、復活のイエスさまに出会うのですが、この二人にはそれがイエスさまだとは分からなかった、というのです。
 今日の箇所のポイントの一つは、この二人が「弟子」である、ということだと思っています。イエスさまを知らない、イエスさまを信じない人々ではなくて、イエスさまを知っている、信じている、イエスさまに従っている弟子であるこの二人が、復活のイエスさまのことが分からなかった…、気付けなかったからです。この二人もおそらく不思議とイエスさまに出会うことができたのでしょう。イエスさまの不思議な魅力に惹かれて弟子になることもできたのです。

19節にはこう記されています。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。……わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」と言うほどに強い期待感を持っていました。しかし、後の箇所をご覧いただければ分かるように、十字架(苦難の意味)と復活のことについては全く分かっていなかったのです。ここに、なんだか私たちの姿と重なるところがあるように思わされるのです。もちろん、私たちの多くは受洗前教育を受けてきたはずです。堅信のための準備教育も受けてこられたでしょう。イエスさまの十字架の意味も、復活についても教え込まれてきました。だからこそ、信仰の告白もできます。

しかし、それらが『何よりもこの私のためであった…』ということになると、なんだか「ぼんやり」「おぼろげ」だったようにも思うからです。それが私たちの偽らざる現実の姿です。聖書を読んでいきますと、度々このような情けない弟子たちの姿を目撃致しますが、紛れもなくこの私たちも、そんな弟子たちに連なる者であることを思わされるのです。

 その弟子たちに、復活のイエスさまは近づいて来られます。確かに、その「鈍さ」を叱責されますが、それでもイエスさまは、その情けない弟子たちと一緒に歩まれるのです。ここに、もう一つのポイントがあります。やはり、イエスさまなのです。弟子たちではありません。弟子たちの頑張り、努力ではありません。弟子たちの聡明さでもありません。心が鈍く、すぐそばにおられる…、いいえ、すぐ隣におられる復活のイエスさまにも気づけなかった弟子たちにご自身を示されたのは、他ならぬイエスさま自身だったのです。なぜならば、イエスさまが人を…、私たちを救いたいと願っておられるからです。

私たちに復活の命を、永遠の命を与えたいと願っておられるからです。死に打ち勝つ…、たとえ死の床に伏すようなことになっても、絶対の平安・安らぎを、希望を与えたいと願っておられるからです。イエスさまこそが、私たちに熱心なのです。私たちは弱く、また鈍いのかもしれない。すぐに恵みを忘れてしまうような者かもしれない。しかし、イエスさまはこの私たちを見捨てることができないのです。諦めることができないのです。だから、隣を歩き続けられる。気づかれなくても、共に居続けてくださる…。そして、そんなご自身に、その存在に、その恵みに気づかせていってくださるのです。

 弟子たちは、「それがイエスさまだ」といつ気付いたのでしょうか。聖書の言葉が解き明かされ、パンが割かれたとき…、聖餐のとき、つまり、礼拝の場においてです。正直、いつもいつも礼拝の場でイエスさまを感じる…、出会えるということではないのかもしれません。それは、私自身も含めた牧師たちの大いに反省すべきところでしょう。それでも、イエスさまはここで働かれます。牧師の口を通して、用いて働かれます。聖餐式において働かれます。

「それがイエスさまだ」と分かる、分からされる瞬間がやってきます。目が開かれる…、復活のイエスさまと出会う瞬間がやってきます。その恵みの幸いに気づかされる瞬間が必ずやってきます。十字架と復活の意味がますます分からされていきます。いいえ、ここにおられる皆さんご自身がそれを体験してこられたはずです。ですから、このむさしの教会は90年の歴史を刻んでくることができたのでしょうし、今、皆さんがここにおられるのだと思うのです。

 是非、これからも、この私たちの礼拝の場が、いよいよイエスさまが働いてくださり、み言葉によって「心が燃やされるような」、復活のイエスさまと出会っていけるような、そんな祝福された場、時となっていけるように、不束者ですが皆さんと一緒に心を合わせていきたいと願わされています。
2016年4月3日 復活後第一主日礼拝

右みて左みて  徳弘 浩隆

 早いものでブラジルに7年となりました。貴重な経験をし、今後も牧師が交代で行くことは意味深いことだと思っています。総会では、JELCの牧師不足もあり私の延長した3年で宣教師派遣が終わると決められましたが、現地での日本人牧師の必要性や、牧師や教会の伝道スピリットをいきいきと保つためにも、交換牧師などの方法で道が続くように祈っています。

 さて、日本に帰ると街並みのきれいさや、秩序正しさ、お店の接客の丁寧さに驚かされます。大方のブラジル人は、明るくておおらかだけれども、いい加減で約束もあまり正直に守らない、なんて言われますから。しかし、日本では窮屈さも感じます。みな同じような服装、まじめなスタイル、仕事に一生懸命。そして他人と違うことをすることや、レールから外れた時の不安、そんなものにも気を使いながら生きざるを得ない様子も感じるからです。私たちは、それほど、生まれ育った環境や、周りの常識、人間関係に影響されて生きているのだと思います。

 今日の説教題は、「右みて左みて」です。小学生の交通安全教室のようですね。私たちは子供のころから、道を渡るときは、「右を見て、左を見て、もう一度右を見て、手を挙げてわたること」を教えられてきました。運転免許を取るときは、「右よし、左よし」と声に出して確認させられたりもしました。しかしどうでしょう、ブラジルではこれは通用しません。自動車が右側通行だからです。交差点では、まず左側を見なければなりません。左を見て車が来ていなことを確認して、次に右を見て奥のほうの車線にも車が来てないことを確認する、そしてもう一度左を確認して、車がいなければ速やかに渡るのです。つまり、右を見て左を見るか、左を見てから右を見るか、これは自動車が右側通行か左側通行かで違ってくるわけですね。しかし、私たちの習慣は恐ろしいもの。私はまだ、ブラジルでも「右を見て左を見て」しまいます。しまった、逆だった、と思い、きょろきょろ何度も左右を見るのです。

今日の聖書
 こんな話が今日の聖書とどんな関係があるのかと、思われるかもしれません。しかし私は、昇天主日の聖書を読んで一番に思い出したのが、この体験でした。イエスキリストが、弟子たちが見ている前で、天にあげられました。弟子たちは、それを見つめ、最後まで見つめ、もう見えなくなってもずっと、天を見ていたのでした。その時、二人の天使らしき人がこう告げます。「なぜ天を見上げて立っているのか」と。その言葉で弟子たちは、はっと我に返らされたのです。「名残惜しそうに、天ばかりを見つめていているばかりではいけない」と。彼らは足元を見つめ、それぞれの自分の生活、または使命に向かって歩き始めたのです。

振り返り
 私たちは、毎日、何を見て生活しているでしょうか?天ばかり見上げているかもしれません。いや、いつも、自分の足元ばかり見ているかもしれません。天ばかりを見つめている人はどうでしょうか?聖書を読んで、祈って、素晴らしい信仰かもしれません。しかし、自分や家族の生活が見えていないかもしれません。その苦しさや、悲しみに、本当に心を寄せていないかもしれないのです。足元ばかり見ている人はどうでしょうか?しっかりと確かに歩いているかもしれませんが、自分の足と見える道のりだけを頼りにし、時として迷い、疲れて座り込んでしまうかもしれません。

 私たちは、キリストの十字架により、信仰によって救われました。天を見上げて、感謝して歩んでいき、やがて行く天国を見つめて生きています。しかし、まだ続く地上の生活の、もろもろの出来事の中で生きてもいるのです。この天と地のギャップを、矛盾を埋めるために、キリストは来られ、十字架にかけられ、私たちと神様との仲保者になってくださいました。私たちキリスト者の生き方は、天を見て、地を見て、そして天を見上げながら、キリストとともに今を確かに生きるということです。信仰生活の交通安全標語を作るとしたら、「天を見て、地を見て、もう一度天を見て」という言葉がふさわしいかもしれません。

勧め
 私はブラジルで毎日のストレスと忙しさから、一人自分を外に置きたいと月曜日はできるだけお休みをいただいています。人のお世話をして、何かを教えるということが多いのが牧師です。重荷を感じても、日本語で相談できる牧師仲間も先輩牧師もそばにはいません。月曜日は、近所のカトリックの教会のミサに行ってみることが多くなりました。教えられる側、座っていて讃美歌を歌う側になるのも、新鮮なものです。

 ある日、神父さんがこう聞きました。「今日中に奇跡が必要な人は手を挙げてください」その日の聖書は、キリストが若者の病気を治すところでした。何人かの人が手をあげました。わたしも、つい挙げてみました。頭の痛い問題がいくつかあり、何とか解決しないかと、祈っていたからです。神父さんはこう続けます。「今は夕方の6時半、あと数時間しかないけれど、今日中に奇跡が必要なんですね?」と。みんなは、神父さんを見つめます。私も、この先どうなるのかとみていました。何かいいことが起こらないかとも思ってもいたからです。すると神父さんはこういいました。「ならば、神の国と神の義を求めなさい」と。「あー、そうだ。やられたなぁ」と思いました。

 私たちは、目の前に問題があると、そればかりを見つめさせられます。小さなものでも、どんどん大きく見えてきて、押しつぶされそうになります。しかし神父さんは、聖書の言葉をひいて、「まず神の国と神の義を求めなさい」といわれました。「そうすればすべてのものは添えて与えられる」と続くからです。下ばかり見ていた私たちに、上を見るように、天を見上げるように、促されたのです。
 私たちに必要なこと、それは、「右みて左みて右を見ること(日本では)」、そして「天を見て地を見てもう一度天を見上げること」。それが大切な信仰生活です。昇天主日のこの日、そのことを覚えて、神様とともに毎日を歩んでいきましょう。

brazil-tokuhiro

2016年5月8日説教

弱さは強さです  賀来 周一

よく知られた精神病理学者たちの多くは、「弱さ」とでも云うべきものを持っています。
またそこから逃げようとせず、それを土台に偉大な業績を残しました。ジグモント・フロイトは神経症に苦しみ、その結果が精神分析という偉大な理論を生み出すに至りました。

アルフレート・アドラーは、幼少時に「くる病」に罹患しており、このことが彼の器官劣等性の理論展開に寄与していると言われています。人は弱点を持つことによって、成長していくのだという考え方です。カール・グスタフ・ユングは無意識の世界から生じるある種の幻覚とでもいうべきものを持っていましたが、かえってそのことを活かして、無意識の世界を深く掘り起こし、彼独自の無意識に関する理論を開発しました。無意識の奥底に人は元型と言われるイメージを持っていて、それが人生を動かすという説です。


例えば、男性は女性イメージのアニマ、女性は男性イメージのアニムスなるものを持ち、それによって結婚相手を決めるとか、人生にはトリックスターなるいたずら者が働いていて、急に運がむいたり、とんでもない不幸に落ち入ったりするというのです。

アンリ・エレンベルガーは、その著「無意識の発見」上下巻(木村、中井監訳、弘文堂発行)の中で、これらの人々は創造の病を持っていたのだと言います。「弱さ」、「弱点」と云うべき病がなければ、こうした偉大な理論は生まれなかったからです。

「弱さ」は大切な宝物です。自分の「弱さ」を知る者は、他者の「弱さ」に共感し、その「弱さ」を受容することができます。「弱さ」を「知る」とは、単に知識として知ることではありません。自分の「弱さ」と向き合い、体験的に「気付き」として捉え、それを対象化することを意味します。そうすることで、自分の「弱さ」に執着することなく、またそこから逃げることなく自分の責任で保持することが出来るようになります。そうなって初めて「弱さ」が、成長するための己の道具となるのです。

たとえば人を愛するという場合、言葉で言うことは容易いでしょう。しかしこれを体験的に愛せざるを得ない真実にしようとするなら、裏切られた、拒否された、こじれた、意地悪をされた等々のいやな経験があってこそ、あるべき真実の愛が必然的に見えてくるのではないでしょうか。それこそ、自分の「弱さ」と向き合う経験をしなければ見えてこない世界でもあります。

その意味では、わたしたちは自分の経験の中で大なり小なり、日常の中で、「傷つく」、「辛い」、「苦しい」こと、それらをひっくるめて、自分の「弱さ」とでも云うべきことを経験しています。それらの中に、わたしたちを前進させる本物の「強さ」を発見するはずです。そのような視点から我が身を見れば、またひと味ちがった自分が見えるのではないでしょうか。パウロは言いました。「わたしは弱い時にこそ、強いのです」(Ⅱコリント12 章10 節)と。

「あなたの信仰があなたを救った」  大柴 譲治

「巡礼の詩編」

毎年「過越の祭り」にユダヤ人は巡礼団を組織して各地から神の都・エルサレムに上ってゆきました。その道すがら歌われたのが「都詣での詩編」と呼ばれる詩編120 編から134 編までの15 編です。それらは「都に上る歌」とも呼ばれますが「巡礼の詩編」だったのです。本日は、三度目の受難予告に続けて主が盲人の目を癒された場面です。それは旧約聖書の「メシアのしるし」預言の成就でもありました。本日は共に「あなたの信仰があなたを救った」という言葉に焦点を当てつつ詩編の豊かな響きに耳を傾けてゆきたいと思います。

かつて米国サンディエゴでホスピスチャプレンとして訓練を受けた時、ある同僚チャプレンが「ヨブ記と詩編、この二冊だけをポケットに入れておけば十分」と言っていました。「もう治療の術なく余命半年」という宣告を受けたと想像するだけで、私たちの心は動揺します。そのような中で特にヨブ記と詩編は、共にコヘレトの言葉(伝道の書)や箴言と並び「知恵文学」と呼ばれるものですが、これらのみ言葉が苦難の中にある人々には深い共感をもって読まれてきたのです。

詩編は共同体の祈りであり讃美歌でもあるのですが、その作者たちは自分の思いをすべて神に向けて発しています。喜びも悲しみも、信頼も嘆きも、疑いも絶望も神に向かって叫んでいる。たとえば「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか)!」という十字架上での主イエスの悲痛な声は詩編22編の冒頭に刻まれた叫びでもありました。詩編は全部で150 編ありますがその4 割は「嘆きの詩編」なのです。人生の苦しみや悲しみ、嘆きの中で詩編は神に向かって正直に自分の心の叫びを訴えている。

考えてみれば、最 後の投げ所、拠り所として呻きをぶつける存在を持つ者は幸いであると言わなければなりません。 例えば巡礼詩編の一つである詩編121 編。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから」(1-5節)。何と味わい深い詩編でしょうか。

神が 私たちと共にあり、まどろむことなく私たちを見守っていてくださるのだというのです。
その意味では、私たちの人生は神の永遠の都に向かう「巡礼の旅」なのかも知れません。私たちは共に詩編を歌いながら人生の荒野をキリストに従い巡礼を続けてゆくのです。

 

三度目の受難予告

本日の福音書の日課を読みますと、イエスさまの一行もまたエルサレムを目指す巡礼団の一つであったことが分かります。しかしそれが他の巡礼団と異なっていたのは、過越しの犠牲として屠られるべき「子羊」は主ご自身であったということです。旅立ちの前に主は告げられました。「イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。

『今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。』十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである」(31-34 節)

そのようにして旅立った主イエスの一行。彼らも「キリエ・エレイソン」と巡礼歌を歌い続けていたに違いありません。巡礼団は心を神に向けて祈りながら旅を続けてゆきます。巡礼詩編126 編の終わりにはこうあります。

「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる」(5-6 節)

涙が喜びの歌へと変えられてゆくように歌いながら巡礼者はエルサレムへと歩を進めていったのです。ちょうど私たちが様々な思いをもってこの場所へと足を運ぶように。神の都エルサレム。私たち自身にとってこの人生は「天のエルサレム」を目指して歩む巡礼の旅なのです。詩編を祈る時、私たちは自分の中にあるものが浄化されてゆくように感じます。それはやはりルターが言うように、詩編はすべてキリストの祈りであるからではないかとそう思われるのです。

 

深い淵の底から

イエスさまの一行はエルサレムに向かう途上、エリコにさしかかるところで一人の盲人と出会います。ルカは記しています。「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、『これは、いったい何事ですか』と尋ねた。『ナザレのイエスのお通りだ』と知らせると、彼は、『ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください』と叫んだ。先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた」(35-39 節)
彼はイエスに向かって見えない目を向けて声の限りに叫ぶのです。「主よ、憐れんでください。ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください。キリエ・エレイソン!」と。
私の中でこの情景は詩編130 編と重なります。私が劇作家であれば、この時一行は130 編を歌っていたと作品に書くだろうと思います。詩編130 編はこう歌います。「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら 主よ、誰が耐ええましょう。しかし、赦しはあなたのもとにあり 人はあなたを畏れ敬うのです。

わたしは主に望みをおき、わたしの魂は望みをおき、御言葉を待ち望みます。わたしの魂は主を待ち望みます、見張りが朝を待つにもまして、見張りが朝を待つにもまして」(1-6 節)その盲人の「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください!」という悲痛な叫びは深い闇の淵から、闇のどん底からイエスに向かって発せられた叫びでした。

「先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた」という情景は彼の絶望の深さを表していましょう。そしてそこにはメシア・イエスに頼ろうとする一人の盲人の必死な思いが現れています。「イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。『何をしてほしいのか。』盲人は、『主よ、目が見えるようになりたいのです』と言った。そこで、イエスは言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。』盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(40-43 節)

 

「あなたの信仰があなたを救った」

主が盲人の叫びを聞かれたのです。そして彼は闇の深い淵の底から光の世界へと救い出されました。開かれた目を通して目の前にいる救い主を仰ぎ見ることができた。盲人の目が開かれて見えるようになるというのはメシアのしるしとしてイザヤ35:5 などに預言されていた言葉です(ルカ1:18-19=イザヤ61:1-2、イザヤ35:5)。すばらしいメシアの預言がイエスにおいて成就(実現)したのです。イエスこそメシアだったからです。実際に目を開いたという奇跡は聖書の中に主イエス・キリスト以外には記されていません。今回注目したいのは、ここで語られた主イエスと盲人のやり取りです。

①イエスは言います。「(私に)何をしてほしいのか」。②盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。③そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」。 主はこのやり取りを通して盲人の願いが神の御心に適っていることを宣言します。盲人はそれまで自分が生きてきた闇の世界から自分を解放してくれる者が必ず現れるという信仰を持っていたに違いありません。最初から諦めていたなら主に向かって必死に叫び続けるということはできなかったでしょう。何度も諦めかかったことはあったかもしれません。しかしその度に彼は「神は必ず私をその豊かな憐れみによって助けてくださる!」と彼は深い絶望の闇の中で信じたのでした。闇の中で働く信仰は神ご自身の働きです。


「何をしてほしいのか」という主イエスの言葉は盲人が長年待ち続けていた神からの応答でした。見えない目をその声の方向に向け、イエスが自分に向かい合ってくださっていることをヒシヒシと感じながら万感の思いを込めて盲人は言います。「主よ、目が見えるようになりたいのです」。救い主であるあなたのご尊顔をこの目で拝したいのです。



あなたの慈愛と祝福に満ちたまなざしに触れたいのです(礼拝の最後のアロンの祝福を想起!)。そしてあなたの後を神の救いの御業を讃美しながら喜びと感謝のうちにあなたに従ってゆきたいのです。盲人はそのような万感の思いを込めて主イエスに申し述べます。「主よ、目が見えるようになりたいのです」。そしてその願いが聞き届けられます。



主は言われました。「見えるようになれ!あなたの叫びは神に届いた。あなたの願い(祈り)は神によって聞き届けられた。あなたの願った通りに、あなたは見えるようになる。『求めよ、さらば与えられん。探せ、さらば見出さん。叩け、さらば開かれん』とわたしが言ってきた通りなのだ」と。そして主はそれに続けて「あなたの信仰があなたを救った」と告げられました。この言葉の真の意味は何か。その盲人は皆の制止をも振り切ってなりふり構わず必死になって主の憐れみを呼び求め続けました。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。キリエ、エレイソン!」。それは確かに「信仰」の業でした。



しかし、実は「信仰」とは私たち人間の業ではないのです。それは、私たちにおいて働く神の御業です。「あなたの信仰があなたを救った」というのは、「神がどのような時にも、常にあなたと共にいて、あなたを守り導いてきた。あなたの中に働く神の信仰があなたを救ったのだ」という意味です。そしてさらに言えば、彼の中にはキリストが既に共にいて働いていたのです。キリストの御業が彼をして叫ばしめたと言ってよい。そう私は思います。



この盲人は声の限りにイエスに向かって叫び続けた。恐らく声が枯れても彼は叫び続けたでしょう。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください!」都詣での詩編130 編が歌う通りです。


「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください」(1-2 節)

「深い淵の底」からのこの叫びが主の耳に届いたのです。「求めよ、さらば与えられん」です。「わたしに何をして欲しいのか」「主よ、目が見えるようになりたいのです」。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」(42 節)。すると「盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(43 節)

もしかすると盲人は、自分が目が見えないことを自分には信仰がないからだと思っていたかもしれない。しかし主はそこに片時も離れなかった「神のご臨在」を認めているのです。神の恵みのみ業が共にあったことを認めているのです。それは私の中ではあのパウロの言葉と重なります。

「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子の信仰によるものです」(ガラテヤ2:20)


私たちもまたそのような神のまこと(ピスティス)に与りながら、この人生、神への巡礼を続けてゆくのです。憐れみの主が私たちに先立ち、私たちを先導してくださいます。



そのことを覚えつつ、新しい一週間を共に踏み出してまいりましょう。巡礼の歌を歌いながら。そして、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」という主イエスのみ声を深く味わい、噛みしめながら。ここにお集まりのお一人おひとりの上に主の豊かな慰めと守りがありますようお祈りいたします。 アーメン。
(2016 年2 月21 日 四旬節第二主日礼拝)

「最高の掟〜アガペーの愛に生きる」  大柴譲治

申命記 6:1-9 「 (4)聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。(5)あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」

マルコによる福音書 12:28-34 (29)イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。(30)心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』(31)第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

 

はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

石田順朗牧師の召天報に接して
私たちは先週、11月3日(火)にむさしの教会恒例のバザー&フェスタを行いました。快晴にも恵まれて多くの人々が地域から参加して下さり、教会員も楽しみながら奉仕をして成功裏に終わることができたと思います。
11月5日(木)の早朝、午前3時に、私はインド滞在中のフランクリン石田順孝牧師(米国福音ルーテル教会ELCA牧師)から国際電話をいただきました。お父さまの石田順朗牧師が狭山の病院で亡くなられたということを告げる電話でした。

私はすぐにグロリア夫人に電話をして車で出て、午前5時に埼玉石心会病院に到着。病室で既にネクタイとワイシャツに着替えを終えられていた石田先生とグロリア夫人の前でお祈りを捧げました。その後で、一週間前に米国から来日しておられた次男のハンスさんと荻窪に住んでおられる三男のケリーさんも病室に来られました。主治医の先生(石田先生ご夫妻が深く信頼していたお医者さまです)が来て経緯の説明をしてくださり、私が葬儀社に連絡をするという仲介の役割を取りました。

ちょうどその日が友引で斎場がお休みということでしたから、翌日の金曜日の午後に斎場でご家族のみで告別の祈りを行うことを決めて病院を失礼させていただきました(結局翌日は所沢の斎場となりました)。9時からのJELC人事委員会に出席するために車で市ヶ谷に戻り、午後は三鷹でのクラスを終えて帰って来ました。その日はとても長い一日となりました。
翌11月6日(金)は、午前中に市ヶ谷での会議に出席後、所沢の斎場で讃美歌「安かれ、わが心よ」を歌って告別の祈りを捧げ火葬に付して、ご遺族と共に入間のご自宅に移動し、夕食をして教会に戻って来ました。愛する者を見送るということは実に辛く悲しいことです。特にグロリア夫人にとっては58年間、夫婦として連れ添った最愛のパートナーです。改めて石田家の絆の強さが大きな力であることを強く感じさせられました。ご遺族の悲しみの中に天来の慰めがありますようお祈りいたします。

石田先生が告げておられたように、先生を記念するキリストの礼拝を11月29日(日)午後2時から三鷹の神学校チャペルをお借りして行うことになっています。司式は私と平岡仁子先生(保谷教会)の二人でいたしますが、説教は石田先生と親しかった清重尚弘先生(九州ルーテル学院大学院長・学長)が行うことになっています。覚えてお祈り下さい。

石田順朗先生はこの10月6日に87歳になられたばかりでした。1928年に沖縄でお生まれになり(本籍は山口県となっています)、日本ルーテル神学校、シカゴルーテル神学大学院を卒業し、1955年(26歳)で教職按手後、JELC稔台教会、久留米教会、市ヶ谷教会を牧会した後に、日本ルーテル神学大学教授(実践神学:説教学・牧会学・宣教学。1977-78年の一年間は学長代行もされました)、LWF神学研究局長、シカゴルーテル神学大学院世界宣教室室長を経て、九州ルーテル学院大学学長、刈谷教会牧会委嘱として、ちょうど87年間のご生涯のうちの60年間を牧師として捧げられた先生でした。

J3の宣教師をしておられたグロリア夫人と1957年5月12日に(室園教会で)結婚して58年間、5人のお子さんたちをグローバルなスケールの中で立派に育て上げ(4男1女)られました。ご家族の絆はとても強く、先生がご入院をされていた9月後半からは次々にお子様方がお見舞いのために来日されていました。

むさしの教会には、ちょうど三年前の2012年11月4日(日)に保谷教会から転入されています。84歳の時でした。人生の最後の時をこの教会に託されたのだと思います。私は葬儀の司式を名指しで指名されたように思いました。9月の最初に河北病院に入院された時も、CCUに伺うと石田先生はすぐにもしもの場合の時のことを口にされました。「自分はまた治るつもりでいるが、もしもの場合には、まず家族だけで斎場で見送っていただきたい。そしてしばらく経ってから記念礼拝を行い、そこではお花も写真もいらない。ただキリストの礼拝をしてくださればよいのです」とはっきりとおっしゃいました。このことをどうしても牧師に伝えたかったのでしょう。「分かりました。そのようにいたしますので、ご安心下さい」と私は申し上げました。

この三年間に、石田先生は4ヶ月に一度のペースで主日礼拝説教をしてくださいました。その説教テープが残っています。最後は今年の5月24日のペンテコステの礼拝での説教でした。先生はその説教の直後に体調を崩されたのです。正確には、体調不良にもかかわらず説教台に立って下さったと言った方がよいでしょう。言わば命を削りながら説教台に立つその説教者としての姿は私たちの目に焼き付いています。説教台で倒れるのは牧師冥利に尽きるようなところがあります。

石田先生の腹式呼吸で腹の底から発せられる凛とした声は、説教を聴く者を奮い立たせるような確かで力強い響きに充ちていました。石田先生が、自分が若い日に岸千年先生の「Repent(悔い改めよ)!」という説教の大きな第一声に魂の奥底まで震撼させられたことがあったと告げていた通りです。石田先生は説教者としてのスピリットを岸先生から受け継いでゆかれたのでしょう。

先生はむさしのだよりの巻頭言を昨年の5月号からこの9月号まで8回担当して下さいました。先日9月号の巻頭言「宣教91年目のスタートラインで〜『むさしの』歴史の担い手の一人として〜」が先生の絶筆となりました。石田先生は、これまでの牧会生活を総まとめする意味でも『神の元気を取り次ぐ教会』(リトン)を2014年2月に出版されましたが、現在も最後の本を出版準備中で、森優先生の力を借りながら最終校正の段階に入っているということで、お見舞いに伺うとその本について何度も言及されていました。そこには先生のご生涯の歩みが記されているそうです。「その中の一章はむさしの教会に捧げたい」ともおっしゃっておられました。

石田先生は「神の元気(スピリット=聖霊)」を聖書のみ言葉を通して分かち合うために神の召しを受け、牧師として立てられて、全力でその87年間のご生涯を全うされたのです。私は所沢の斎場での告別の祈りで、石田先生のことを覚えつつ、ヨハネ黙示録の2章10節からのみ言葉を引かせていただきました。「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう」(黙示録2:10)。この神の声の通りの牧師としてのご生涯を石田先生は貫かれたのだと思います。私の中では石田先生の姿は、やはり牧師であった私の父の姿と重なっていて、いつもとても親しいものを感じていました。

 

ヌンク・ディミティス〜シメオンの讃歌
「今、わたしは主の救いを見ました。主よ、あなたはみ言葉の通り、僕を安らかに去らせてくださいます。この救いはもろもろの民のためにお備えになられたもの。異邦人の心を開く光、み民イスラエルの栄光です。」これは、私たちが毎週の礼拝の中で歌っている「ヌンク・ディミティス(シメオンの讃歌)」です。
石田先生の最後の二日間はとてもお元気で、様々な事をよくお話しされたそうです。そして笑顔まで見せられたということでした。そのようにほがらかな姿は、シメオンの喜びの讃歌と重なって、とても石田先生らしい最後の日々であったと思います。心臓の機能が3割程度まで低下する中で二ヶ月に亘る苦しいご入院生活が続きました。息子さんのケリーさんご夫妻や、グロリア夫人が本当によく看病をなされたと思います。私は三度ほど病床聖餐式に伺いました。石田先生はワインをことのほか喜んでいただいておられました。聖餐式がこれほど力を持っているということを改めて、先生ご夫妻の聖餐式をどこまでも大切にする姿勢から教えられた次第です。

 

最高の掟〜アガペーの愛に生きる
本日の福音書の日課には最高の掟として二つの掟が記されています。これはモーセの十戒の、二枚の石の板を二つにまとめたものであるとされています。
「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」(マルコ12:29-31)

モーセの第一戒は「わたし以外の何ものをも神としてはならない」という戒めでした。これが私たちに求められる一番重要な戒めです。真の神を神とする、真の神以外の何ものをも神としない、絶対化しない。いつどのような時にも、真の神を神とする信仰がそこでは求められています。心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして私たちは神を愛するのです。しかしそれは、まず神が私たちをそのように、その独り子を賜るほど徹底して愛して下さったからです。神の愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは神を愛することができるのです。自分のすべてを注ぎ尽くすほどのアガペーの愛をもって主は私たちを愛し抜いて下さいました。

人生の行き詰まりやどうしようもない人間の現実の中で、キリストの愛が十字架と復活を通して私たちに注がれています。ただ真の神を神とすることができなかった私たちのためにキリストがすべてを与えて下さったのです。神の至上の愛が私たちに、無代価で、無条件で与えられており、その愛がそれを受け取るすべての人を義としてゆくのです。石田順朗牧師はそのことを生涯を賭けて指し示し続けました。一人の忠実なキリストの証人のご生涯が私たちの直中に置かれていたことを心から感謝したいと思います。

そしてキリストにつながることの慰めと希望とをご一緒に分かち合いながら、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。ご遺族の上に、またここにお集まりの方々お一人おひとりの上に、神さまの豊かな祝福がありますよう祈ります。神の国での再会の日まで、私たちに与えられた命をそれぞれの場で、それぞれのかたちで大切に歩んでまいりましょう。 アーメン。

 

おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

2015年11月8日 聖霊降臨後第24主日礼拝(子ども祝福式)

「満ち溢れる主の祝福〜五つのパンと二匹の魚」  大柴譲治

二匹の魚と五つのパン

私たちは今日、五千人の給食の出来事が与えられています。たった五つのパンと二匹の魚でイエスさまが五千人を満腹させて、しかも残ったパンくずを集めると12の籠がいっぱいになったとある出来事です。本日はそのことの意味をご一緒に考えてゆきたいのです。

出来事の発端は「飼う者のいない羊のような群衆を主イエスが深く憐れまれた」というところにあります。この出来事は主の深い憐れみによって起こりました。実はこの記事は、ヨハネ福音書を含む4つの福音書のすべてに報告されていますから、そこからもこれが初代教会にとって極めて重要な意味を持つ出来事であったということが分かります。

 

五つのパンと二匹の魚を祝福する主

ヨハネ福音書では、五つのパンと二匹の魚を主イエスに差し出したのが一人の少年であったと報告されています。一人の少年が自分の持っているものをすべて主に差し出したのです。「たった五つのパンと二匹の魚で何ができるのか」と大人は常識的に考えたに違いありませんが、主イエスの呼びかけに答えて自分のすべてを主に差し出した少年の姿に私たちはハッとさせられます。主は常に私たちの持っているものを祝福し、それをご自身の憐れみの御業の中で豊かに用いてゆかれるのです。「五つのパンと二匹の魚」は確かに、空腹の五千人を前にしてはホンの僅かな、全く取るに足りないものにしか過ぎなかったでありましょう。

しかしそこで私たちの思いを越えた不思議なことが起こります。「すべての者が満ち足りて満腹した」とありますが、主の深い憐れみの御業、愛の御業に触れるときに私たちの中の何かが変わる。心の飢えが満たされるのです。私たちの貧しく困窮に満ちた現実が主によって豊かな祝福に満ちたものに変えられてゆく。主の祝福の御業です。

ヨハネ福音書の2章には、カナの婚礼で主が水を極上のブドウ酒に変えるという奇跡を行われたことが記されています。キリストが祝福してくださる時に私たちの人生は根底から変えられてゆくのです。否、さらに深く考えてみますと、私たちがこの地上の人生においてキリストと出会うということ自体が祝福の出来事であるということになりましょう。また、福音書は神が御子キリストを通してこの世を祝福されたことを繰り返し伝えています。たとえばマタイ福音書の山上の説教(5:3-12)。そこには主によって8つの祝福が宣言されています。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる・・」(5:3-4)

ここで「幸いである」と訳されている言葉は「おめでとう!」とも訳せる言葉です。英語の聖書の多くが、”Blessed are the poor in spirit”とBlessed(祝福された)という語をギリシャ語原文のように一番最初にもってきて訳しているように、「おめでとう!心貧しき者たちよ」と訳すと主の思いがダイレクトに伝わってくるように思われます。

主イエスは「自分は神に見捨てられている」と思っていた貧しい人たちや悲しんでいる人たちを「おめでとう!」と祝福するため、およそ自分は神の祝福からかけ離れていたと思っていた人たちに神の祝福を伝えるためにこの地上に降り立ってくださったのです。それは私たちが、マルコ福音書を通して毎週の礼拝でみ言葉に耳を傾けてきた通りです。

主イエスは、汚れた霊に取りつかれて苦しんでいる人を癒し(マルコ1:21-28、重い皮膚病を患っている人を癒し(同1:40-45)、中風の人を癒し(同2:1-12)、手の萎えた人を癒し(同3:1-6)、ゲラサで悪霊に取り憑かれていた人を癒し(同5:1-20)、12年間も長血を患ってきた女性が後ろからそっとイエスのみ衣に触れることで癒された出来事で主は「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と宣言し(同5:25-34)、ヤイロの娘を甦らせているのです(同5:21-24、35-43。病気で苦しむ者たちをその苦しみから解放することで、神が彼らと共にいて、その祝福が一人ひとりの上に豊かに注がれているという神の恵みの事実を主は証ししておられるのです。

それはヨハネ3:16が「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」と宣言している通りです。

そのことは本日の旧約聖書の日課であるエレミヤ書23章3-4節が語っていた預言の成就でした。神は預言者エレミヤの口を通して次のように預言しています。「このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。彼らを牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない』と主は言われる。」

 

自分の羊飼いを持つということ

本日の五千人の給食のエピソードは、あのステンドグラスが描く詩編23編のみ言葉のように、神がその民のために「真(まこと)の羊飼い」を立てられたということを宣言した出来事でした。真の羊飼いがその牧場の羊の世話(牧会)をしてくださるというのです。「主はわたしの羊飼い、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいの水際に伴い、魂を生きかえらせてくださる。主は御名のゆえに常にわたしを正しい道に導かれる。たとえ死の陰の谷をゆくときも、わざわいを恐れません」。このような信仰を私たちに祝福として贈り与えるために主は来てくださったのです。

本日の出来事が派遣した12 人が戻ってきたところに置かれていることに注意したいと思います。5つのパンと二匹の魚という僅かなものを用いて五千人もの人々が祝福され、残ったパンくずが12籠(イスラエルの12部族)に満ち溢れたというのは、主がそうであったように、キリストの弟子である私たちの教会も、その祝福を人々と分かち合うために存在しているということが示されているのです。神はすべて必要なものを備えてくださいます。神の憐れみの御業に信頼してすべてを委ねてゆくことが求められています。

本日の旧約聖書が告げているように、私たちには「真の羊飼い」が必要です。「飼う者のない羊」のようにさまよい歩く私たちの姿を主は深く憐れまれたのです。「深い憐れみ」とは(ヘブル語でもギリシャ語でも)「内蔵」を意味する言葉ですが、主は民の苦しみや悲しみをご自身のはらわた(存在の中心)で受け止められたということです。主イエスは羊のためなら命がけで羊を守る真の羊飼いです。そのような羊飼いを持つ者は幸いです。この人生の中でイエス・キリストという羊飼いと出会うことができること自体が大いなる祝福なのです。

 

四福音書に共通のエピソード

羊飼いイエスは私たちが持つ「五つのパンと二匹の魚」を祝福し、それを人の思いを超えるかたちで「祝福の道具」として用いてくださるお方です。私たち自身にとって「五つのパンと二匹の魚」が何を意味しているかを考えながら、主の道をご一緒に歩みたいと思うものです。

私は牧師として悲しむ人や病床にある人たちを訪問する時にはいつも、何もできない自分の無力さを強く感じます。しかし無力なままでそこに召し出されていることを感じるのです。悲しみや病いを癒すことのできない無力な私が、無力なままで主の祝福を執り成して祈る時、そこには主が共にいてくださるということを強く感じます。私たちの「弱さ」を主は用いられる。4福音書がすべてこのエピソードを伝えているということには重要な意味があります。これは初代教会において溢れ出る主の恵みを示すために不可欠の出来事であったということです。

実は4福音書が共通して伝えている出来事はそれほど多くはありません。否、実は驚くほど少ないのです。
①「五千人の給食」以外は、4つの福音書が共通して報告しているのはたった10の出来事しかありません。
②祭司長や律法学者たちがイエスを殺そうと相談したこと
③ロバの子に乗ってイエスがエルサレムに入城したこと
④エルサレムの神殿でイエスが商人たちを神殿から追い出したこと、
⑤イスカリオテのユダがイエスを(敵に)引き渡すという(「裏切り」ではなく「手渡し」という語が使われていることに注意)イエスの予告
⑥鶏が鳴く前にペトロが三度イエスを知らないと否むというイエスの予告
⑦イエスの予告通りにユダがイエスを引き渡し、イエスが逮捕されたこと
⑧大祭司カヤファによる尋問
⑨ローマ総督ポンテオ・ピラトに引き渡されてイエスが裁判を受け、有罪が宣告されたこと
⑩イエスの予告通りにペトロがイエスを三度否定したこと
⑪ポンテオ・ピラトの命により、イエスが十字架につけられ、殺されて葬られたこと
⑫イエスが復活したこと(ただしマルコは空の墓のみ)

このように4福音書を並べてみると見えてくることがある。五千人の給食のエピソードは、平和の王として子ロバに乗ってエルサレムに入城したイエスが、エルサレムでは宮清めを行っただけで力ある業を何一つ行わず、ユダの手渡しやペトロの否認を経て、十字架上であっけなく処刑されて殺されてしまう。その出来事が、実は復活という光の中で明らかとなったように、私たち一人ひとりの罪の贖いのためだったということが浮かび上がってきます。そして実はその十字架と復活の出来事こそが、「飼い主のいない羊」のように彷徨い続けた私たちをもう一度本当の飼い主である神のもとに取り戻すためのものであったということを明らかにしているのです。

キリストの十字架と復活の出来事は、私たち一人ひとりの罪を贖い、私たちを罪と死と絶望から解放するための神の憐れみの御業であり「救いの出来事」でした。「主はわたしの牧者であって、わたしには欠けたところがない」お方です。エレミヤが預言していたように、このキリストこそが神が立てられた真の羊飼いだったのです。その時に、五つのパンと二匹の魚しか持たないようなこの私が、主の愛によって造り変えられ、その憐れみの中で祝福され、このままのありのままの姿で、尽きることのない深い喜びの中で主によって豊かに用いられてゆくことを知るようになるのです。ここに真の祝福があります。生きることの喜びがあります。祝福しながら天へと昇ってゆかれた昇天の主の姿をルカ福音書は記していますが(24:50-51)、主は天の上から今も私たちを祝福してくださっています。その祝福をいただき、その祝福を反射しながら私たちは生きるのです。

主の祝福を人々に分かち合い、互いに執り成し合い、祈り合って私たちは生きる。アブラハムが「祝福の基(源)」とされたように、「五つのパンと二匹の魚」を持つ私たちは、「祝福の器」として「互いに主の祝福を執り成し合う者」「祝福を祈り合う者」として出会ってゆくのです。この祝福は主から与えられる祝福でありますから、どのような困難の中にあっても決して揺らぐことのない祝福です。互いに主の祝福を分かち合う者であり続けたいと思います(映画『おくりびと』や『隣る人』、小説『悼む人』のように)。そのためにも主の十字架の出来事、贖いの出来事をご一緒に見上げてまいりましょう。

お一人おひとりの上に祝福が豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

2015年8月16日 聖霊降臨後第12主日礼拝説教

「主よ、赦されない罪があるのですか?」  大柴 譲治

マルコによる福音書 3:20-30


<「イエスの身内」>
 イエスがガリラヤ湖の漁師町カファルナウムで宣教活動をした時の拠点となった「家」は、シモン・ペトロとアンデレの家でした(20節)。イエスの周囲にはいつも多くの「群衆」が集まっていました。そこに「イエスの身内」が登場します。「身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである」(21節)。マルコ6:3によれば「イエスの身内」とは、母マリアとイエスさまの兄弟たち(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン)や姉妹たちのことでした。彼らにとって身内の一人がおかしくなっているのは大問題です。いつの世も家族問題には何かと悩まされます。「エルサレムから下って来た律法学者たちも、『あの男はベルゼブルに取りつかれている』と言い、また、『悪霊の頭の力で悪霊を追い出している』と言っていた」(22節)とありますから大変です。「ベルゼブル」とは「ハエの王」(列王記下1:2)を意味する言葉ですが、人々がイエスの力を理解できず、恐れていたことがよく分かります。彼らはイエスの行っていた業を「神の御業、聖霊の御業」と認めず「悪霊の御業」と見なしているのです。

 これに対して主ご自身は「イエスは汚れた霊(ベルゼブル/悪霊の頭)に取りつかれている」という批判を断固拒絶しています。23-27節は主の強い憤りが感じられる言葉ですが、28-29節が一番主の気持ちをよく表していましょう。「はっきり言っておく(アーメン、私は言う)。人の子ら(=人間)が犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」。

 先週の日課(マルコ3:1-6)にも、安息日に会堂で片手の萎えた人を癒す主の姿が描かれていました。「真ん中に立ちなさい」と彼に命じたイエスは人々にこう問います。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」(4節)。「イエスを訴えようとする人々」が沈黙する中で、主イエスは「怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら」、その人に「手を伸ばしなさい」と言われたのです。彼が萎えた手を伸ばすと手は元通りになっていました(5節)。神の聖霊の御業が眼の前で行われたにもかかわらず、それを認めようとしない彼らの「かたくなな心」を主は問題とし、怒りと悲しみを表しているのです。

<「主よ、本当に赦されない罪があるのですか?」>
 イエスが発せられた「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」という厳しい言葉を聞きますと、私には一つの疑問が浮かんできます。「疑問」と言うよりも「反発」と言った方がよいかもしれません。「主よ、本当に赦されない罪があるのでしょうか?」そのように私は問いたくなるのです。「どうしても納得できない」という思いから思わず出る「物言い」であり「疑問符」であり「反問」です。

 主の十字架はすべての罪を赦すためではなかったのか。本当に十字架によっても赦されない罪があるのか。私の中の「かたくなな心」が主に対して異を唱えるのです。一体そのような私は何者なのでしょうか。私はそのような権利を有しているのでしょうか。否!とんでもありません。分際を弁えない傲慢不遜と言うべきでありましょう。しかし私の中にはこだわりがあり、どうしても譲れない一線があるのです。しかしまさにそのような「私の傲慢さ」を打ち砕くために、主はこの厳しい言葉で私のかたくなな心を嘆き、突いておられるのだと思います。

<「地獄にもキリストはいる」(ルター)>
 マルティン・ルターの言葉です。「もしわたしが地獄(陰府)に落ちなければならないのならば、喜んで地獄に落ちよう。なぜなら地獄にもキリストはおられるのだから」。使徒信条で私たちは毎週こう告白します。御子キリストは、「ポンテオ・ピラトの下で苦しみを受け、十字架に架けられ、死んで葬られ、陰府に降り、三日目に死人のうちよりよみがえられた」と。そうです、キリストは確かに「陰府(地獄)」にも降り立たれたのです。

 パウロもまた次のように言っています。「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。・・・わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8:35-39)。キリストの愛から私たちを引き離す力を持つものは何も存在しません。そのような強力なキリストの愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは安心してジタバタしてよいのです。大丈夫!地獄にもキリストはいて下さるのですから。

<「キリストのこけん」(鈴木正久)>
 日本基督教団の議長として1966年に「戦争責任告白」を公にした鈴木正久という牧師がいます(西片町教会)。膵臓ガンのために1969年の7月に56歳で現職のまま天に召されました。鈴木牧師はあるテープ説教でこう言っています。「私のような者が救われるかどうかということですが、私のような者を救わなければ、それはキリストのこけんに関わるといわなければなりません」。実に味わい深い表現ですね。鈴木牧師もガン告知には大きなショックを受けられたようです。鈴木牧師の最後の著作である『主よ、み国をー主の祈りと説教』の前書きには、「主とそのみ国を望み見つつ」と題して、死の三週間前の日付で次のように正直に語っておられます。少し長くなりますが引用します。(以下は引用)

「やはり、この病院に入院した時にも、わたくしには、『あす』というのは、なおってそしてもう一度、今までの働きを続けることでした。そのことを前にして、明るい、命に満たされた『今日』というものが感ぜられたわけです。わたくしは教団の問題でも西片町教会の問題でも、あるいは自分の家庭の問題でも、いろいろその中で努力しなければならないと、こう思っておりましたけれども、でも教団の中からも西片町教会の中からも、自分の家庭の中からも、自分がスポッといなくなる、そういう解決というのか前進というのか、そのことだけはかつて念頭に浮かんだことがありませんでした。何か今までに劣らずいつも自分がその中で頑張ってしっかりやっていかなければならないような、そのために祈ったり、あるいは考えたりしているということがあたり前のような気持ちになっていたわけです。私にとっては、どう考えてみても自分自身がまあ死ぬというのか世を去るというのか、そういうことが恐ろしいと考えられたことは一度もない、というところかと思いますが、とにかくそう感ぜられません。ですから、怜子からこの病院の中である日、『実はお父さん、もうこういうわけで手のつくしようがないんだ』ということを聞いたときには、何かそれは本当に一つのショックのようでした。今言ったような意味でのショックだったわけです。


 そこでこんなことが起こりました。つまり今まで考えていた『あす』がなくなってしまったわけです。『あす』がないと『きょう』というものがなくなります。そして急になにやらその晩は二時間ほどですけれども暗い気持ちになりました。寝たのですけれども胸の上に何かまっ黒いものがこうのしかかってくるようなというのか、そういう気持ちでした。もちろん誰にも話せるわけではありません。・・・わたくしはその時祈ったわけです。今までそういうことは余りなかったのですけれど、ただ『天の父よ』というだけではなく、子どもの時自分の父親を呼んだように『天のお父さん、お父さん』、何回もそういうふうに言ってみたりもしました。それから、『キリストよ、聖霊よ、どうか私の魂に力を与えてください。そうして私の心に平安を与えてください』、そうしたらやがて眠れました。明け方までかなりよく静かに眠りました。そして目が覚めたらば不思議な力が心の中に与えられていました。もはやああいう恐怖がありませんでした。かえって、さっき言ったようにすべてがはっきりした、そういう明るさが戻ってきました。その時与えられた力とか明るさとかいうのはそれからもうあと一日もなくなりません。で、そういう意味においての根本的な悲しみとかうれいとかいうものも、もはやその日からあと感じません。ですから、わたくしにとってのショックというのは、とにかくそれを聞いた日の夕方から夜中の12時頃までの間だけであったわけです。・・・

 そしてこういうことが分かりました。さっき、病気になった初めには、もう一度この世にもどる、その『あす』というものを前提として『きょう』という日が生き生きと感ぜられるが、その『あす』がなくなると『きょう』もなくなっちゃって暗い気持ちになってくるということを申しましたが、ある夕方怜子にピリピ人への手紙を読んでもらっていたとき、パウロが自分自身の肉体の死を前にしながら非常に喜びにあふれてほかの信徒に語りかけているのを聞きました。聖書というものがこんなにいのちにあふれた力強いものだということを、わたくしは今までの生涯で初めて感じたくらいに今感じています。パウロは、生涯の目標というものを自分の死の時と考えていません。そうではなくてそれを超えてイエス・キリストに出会う日、キリスト・イエスの日と、このように述べています。そしてそれが本当の『明日』なのです。本当に輝かしい明日なのです。わたくしはそのことが今まで頭の中では分かっていたはずなんですけれども、何か全く新しいことのように分かってきました。本当に明日というものが、地上でもう一度事務をするとか、遊びまわるとかいうことを超えて、しかも死をも越えて先に輝いているものである、その本当の明日というものがあるときに、きょうというものが今まで以上に生き生きとわたくしの目の前にあらわれてきました。先月号の月報に書いたよりももっと生き生きとです。・・・

 さてわたくしたちが天国へ行くかどうかということですが、わたくしは神のもと、キリストのもと、聖霊のもとへ行くことは当たり前のようなこととして今まで話してきました。その理由はこうです。それはわたくしが立派であるとかないとかいうことと全然関係がありません。おかしなことを言うならば、わたくしのようなものを天国に入れなかったら、キリストのこけんにかかわるじゃないか、とこういうわけだからです。主の恵み、憐れみのゆえにです。これは皆さんについても全く同じです。ですからわたくしも主のみ国で皆さんに会えることを心から信じて、その非常に大きな輝きの上で皆さんに会えることを期待しています。」(引用終わり)




 これは鈴木正久牧師による、死の向こう側にある「キリストの日」を視野に入れた告別説教です。私たちの心に強く響きます。私たちもまた、私たちのために十字架に架かり、すべてを与えて下さった「キリストのこけん」に信頼して、すべてを託してゆきたいと思います。もし赦されない罪があるとすれば私たちが天国に入ることができないこともあるということで、それこそ「キリストのこけん」に関わる事柄であろうかと思います。主は命を賭して私たちをそこに招いてくださったのです。

 本日これから私たちは聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流されるわたしの血における新しい契約」と言って私たちにパンとブドウ酒を差し出してくださるキリストの招きにご一緒に与りましょう。

お一人おひとりの上に豊かな祝福がありますようお祈りいたします。アーメン。

(2015年7月5日 聖霊降臨後第6主日)

説教「今こそ思い出そう! 風化でなく、感化されよう!」  石田順朗

ヨハネ 15:26-16:4a

今年は、広島・長崎被爆、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所解放・ナチスドイツ降伏と 戦後70 年を始め、実に数々の「節目の年」-阪神大震災(1/17) – 地下鉄サリン事件 (3/20)・オウム真理教・麻原彰晃容疑者逮捕から20 年 (5/16) - JR 西日本福知山線脱線事故から10 年 (4/25) -日航ジャンボ機墜落事故から30 年(8/12) ベトナム戦争終結40 年 (4/30) 日韓国交正常化50 年(6/22) 朝鮮戦争開戦65 年(6/25)。遡っては、日露戦争終結110 年(9/5)。それに、第2次大戦後10年目に独立したインドのネ-ル首相、インドネシア・スカルノ大統領、中国首相・周恩来、ナセル・エジプト大統領が中心となってインドネシアのバンドンで第一回が開催されたアジア・アフリカ会議より60 年;更に遡れば、第1 次大戦中に当時のオスマン帝国で始まった「アルメニア人虐殺」から100 年目の年 (4/24)。

身じかには、8 名の宣教師とその家族を派遣して50 年の節目を迎えるJELC のブラジル宣教、10 月4 日は、わが武蔵野教会の宣教開始90 周年。
このところ、辻井伸行さんのピアノが奏でる『花は咲く』― NHK「明日へ ―支え あおう」東日本大震災復興支援ソングがひときわ耳許に届く:風化させないように ! 世は、「風評被害」から「風化問題」へと移行している?

 

I.「風化」でなく「感化」を

今日は、Anno Domini(主暦)で2015 年目、4/5 の「復活祭」から数えて50日目。ユダヤ教ではシャブオットの祭で、過越、仮庵の祭と並ぶ三巡礼祭の一つ「五旬節・ペンテコステ」;キリスト教では「聖霊降臨日」。説教題を「今こそ思い出そう! 風化でなく、感化されよう!」とした。本日の福音書日課 ヨハネ15 章の「イエスはまことのぶどうの木」の最後のところ「迫害の予告」は、「これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである」(16:1)と結ばれる。今日、わたしたちが抱える「つまずき」の一つは「風化」では?

風化:地表の岩石が、日射・空気・水・生物などの作用で、しだいに破壊される自然現象。その風化に譬えて「記憶や印象が月日とともに薄れていくこと」。多くの場合、「危機意識の風化」や「問題意識の風化」。

他方、感化:影響を与えて考えや情緒を変化させること。ただ日本では従来、徳による「教化」と考えられてきた:「一世の感化に関係する有用の人となることを得べし」(1859 年発行のサミュエル・スマイルズ著の『自助論 (セルフ・ヘルプ)』が、明治4 年『西国立志編』と中村正直により翻訳刊行され、「天は自ら助くる者を助く」という独立独行の精神を「感化」の思想的根幹としてきた。

私にとっての「感化」は、67 年前の京都教会での体験;岸先生の説教、それは、偶然にも、今日の第1日課、エゼキエル書37 章の「枯れた骨の復活」‒「主の霊によって、私は連れ出され、谷間の真ん中に置かれた。そこには骨が満ちていた。なんと、ひどく干からびていた。主は私に仰せられた。『これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ、わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。- – おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが主であることを知ろう』。息が彼らの中に入った。そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった」

これこそ、「感化された」人々の姿だ! 事実、わたし自身も「感化された!」同様に、ペンテコステ当日の「突然、激しい風が吹いて来て、人々が座っていた家中に響き渡った、- すると一同は聖霊に満たされた – 」 それこそ「風化」ではあるが、実態は、聖霊による「感化」だ!

 

2.そこで、「感化」されるためには、まず「思い出す」こと!

「実を言うと、わたしが去って行くのはあなたがたのためで、弁護者をあなたがたのところへ送る – 」それは、(風評に押し流されないように)「あなたがたに思い出させるためである」。
「アナムネーシス(想起)」の大事さ。アナムネーシスというギリシャ語の名詞は新約聖書中4回しか出てこないが、その動詞形[アナミムネースコー、想起する]では6回の用例がある。注目すべきは、そのうちの3回(ルカ22・19、Ⅰコリント11・24、25)は、イエスの聖餐設定において用いられている、「私の記念として… 行え」。しかも、そのいずれも「十字架の死に向かうイエス」を想起させる言葉として使用されている。

最初のペンテコステ当日、ペトロの説教の冒頭、預言者ヨエルの言葉を用いて行った説教のはじめ:「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを神は主とし、またメシアとなさったのです。 – 」
大事な点は、このアナムネーシス(想起)が十字架のイエスを思い起こすこと。
また、その動詞及び派生語が、ペテロがイエスの言葉を想起するという場面、特にペトロが十字架のイエスとの係わりで自らの罪深さを思い知らされる箇所で用いられているという事実。つまり、聖書の証言によると、イエスを想起(アナムネーシス)するのは、単に生前のイエスの姿を思い起こすということだけではない。特に、十字架との係わりでイエスの言葉を思い起こすことだ。また同時に、十字架の主との係わりの内に明らかにされた罪人としての私たち自身の姿に思い至ることである。
毎主日礼拝で、招かれて集う私たちは、み言葉の説教と聖餐に与ることで、先ず「思い出す」(聖餐設定の辞);いや、毎主日礼拝自体が、この「想起」に基ずいている。
 
 
3.「すると、人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、‒ 」感動した、感化された!

さらに注目すべきは、感化された人々は、ペトロとほかの使徒たちに「いったい、わたしたちはどうしたらよいのですか」と叫んだ。 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を
受けるでしょう!」ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった」‒ 教会の誕生日と云われる所以。

今日、ムハンマドのコーランの教えに心酔するイスラームの勢力拡大に懸念する。でも、世界各地でテロや武力紛争を繰り広げるイスラム過激派組織とは全く異なり、聖霊で感化された「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった、人々に仕えた」と聖書は記録する。

 

むすび

とくに、宣教90 周年をむかえるわが武蔵野教会の皆さん。(私事にわたり、いささか口幅ったいことながら、この5月、わたし自身も受按60 周年を迎える)。

聖霊に感化されて、共々に、奮い立とう!

むさしの教会・ペンテコステ礼拝 説教 2015.5.24