聖書の動植物

恋なすび 石垣 通子

 地中海沿岸一帯に野生し、聖地にも至る所に見られる。早春、濃紫の花をつける。

 この根はチョウセンニンジンのように先が分かれて人の胴体から手足が出た状態を思い起こさせる。ナス科には神経性毒成分を持っている有毒植物があり、量を過ごすと人を狂気にすると言われ、恋なすびも同じような成分を有し、薬用植物として古くから用いられて来た。その成分は主に果実に含まれ、これを乾燥させて貯え、煮出して使用した。果実がうれて芳香を放ち、それに誘われて食し、脳神経をがやられて、常識を逸した狂態を演じたのを見た人は、恋なすびの中にいた悪魔が人間に乗り移ったとして気味悪がった。根が裸形の人に似ていたことも小人の悪魔を連想させた。

 シェークスピアの『ロミオとジリエット』の中にも出てくる。

「小麦の刈り入れのころ、ルベンは野原で恋なすびを見つけ、母レアのところへ持って来た。」(創世記30:14)

ヒツジ(羊)   石垣 通子

 聖書の世界を代表する動物であり、イエス様はご自分の事を「良い羊飼いである」と言われ、バプテスマのヨハネは「神の小羊」と呼ぶ。羊は地中海地方に分布するムフロンという野生の羊から家畜化されたもので、その始まりは8千年も前と考えられます。まさに旧約聖書の世界と一致します。

  まず、創世記4章2節「アベルは羊を飼う者となり…」で始まり、イスラエルの人々にとって大切な神様への捧げ物の動物の一つとなります。22章の有名な神様がアブラハムに一人息子のイサクを捧げよと命じられ、その後身代わりに備えて下さった雄羊と、出エジプト記12章のイスラエルの人々のために犠牲にされた過ぎ越しの小羊がイエス様のことを表わしていると見ることが出来ます。そしてイエス様は生まれた時には羊飼いたちに囲まれていましたし、譬話にも羊を沢山登場させています。又、聖書で最も有名と言って良い詩編23編も「主は羊飼い…」で始まります。マタイによる福音書25章31節より始まる再臨の時(終末の時)、羊は正しい人々として、山羊は悪い人々として描かれています。羊(sheep)、雄羊(ram)、雌羊(ewe)、小羊(lamb)。

(95年12月)

イヌ(犬)   石垣 通子

 犬は「人の最良の友」と言われる今日、こと聖書に関する限り、どの箇所を見てもほとんど良い評価を受けていない。又こんなに羊が出て来るのに聖書の世界には牧羊犬がほとんど姿を見せない。羊の前を歩くのは羊飼いで有、羊たちは彼の声を知っているので、その後をついて行くというのである(ヨハネ10章)。

 そしてイエス自身も旧約の先駆者たちに劣らず、犬を過酷に扱っている。山上の説教では「神聖なものを犬に与えてはならない」(マタイ7:6)と言う。さらに「子供たちのパンを犬にやってはいけない」(マタイ15:26)。

 少しましな表現としては「犬でも、生きていれば、死んだライオンよりましだ」(コヘレトの言葉9:4)。サムエル記上にも「わたしは犬か…」とゴリアトがダビデに言い(17:43)、ダビデがサウルに「イスラエルの王は誰を追って出てこられたのでしょう。…死んだ犬、一匹の蚤ではありませんか」(24:15)。

 又、外典「トビト記」では、 トビトの小犬が何度も顔を出す。若い主人の後について行く忠実な姿である(5:16、11:4)。

(95年10月)

とうごま(蓖麻)   石垣 通子

 この植物名は旧新約を通じ、ただ一ヶ所、ヨナ書に出て来るにすぎない。しかし、古くアブラハムのカナン移住の数千年前からインド、西南アジア、北アフリカに知られ、油をとる目的で広く栽培されていた。とうごまは一年生草木であるが、成長が速くたちまち2m以上に達する。枝が多く出て、大形の葉をつける。若いうちは赤みを帯び、成長すると緑色になる。

 蓖麻子油はこの種子を絞って作る。昔はこの油を祭事に使用した。

 文語訳聖書ではひさご(=ひょうたん)、又口語訳や新共同訳ではとうごま、又リビングバイブルではつる草となっている。

 『すると、主なる神は彼の苦痛を救うため、とうごまの木に命じて芽を出させられた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、このとうごまの木を大いに喜んだ。』(ヨナ4章6節)

(95年 9月)

ハト   石垣 通子

 最初に出てくるのは「ノアの洪水」の物語です。(創世記8:8)

 又新約聖書では、イエス様が洗礼を受けられた時(マタイ3:16)、神さまの霊がハトのように降りましたが、後にご存じの聖霊降臨(ペンテコステ)の時は炎のような舌と表現されています。(使徒2章)

 又、聖書の中で大切ないけにえの中にもハトは入れられています。まず、牛・羊・山羊。そして貧しい人々にとっては家鳩又は山鳩が使われています。(レビ記5:7)。

 山鳩というのは、シラコバトやわが国ではキジバトとして知られているものとごく近いコキジバトなどを指します(英語ではDove)、漢字では鳩。

 これに対し、イエバトはカワラバトや家禽化されたドバトのことです。(英語ではPigeon)、漢字では鴿。

 文語訳聖書では、ノアの物語のハトは鴿が使われています。

 これは余談ですが、手品などで使われている真っ白なハトがシラコバトです。

 そして、イエス様の次のような言葉も有名です。「…だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。…」(マタイ10:16)

(95年 7月)

いなごまめ   石垣 通子

 エジプト、アラビア、パレスチナなど地中海東岸に古くから栽培され、所によっては野生化し、高さが10mにも達する常緑樹。雌雄異株で花は小さく、黄または赤で、さやと種の用途は広い。褐色で完熟していないさやを集めて圧搾すると、甘い汁が得られ、しょ糖が40~50%含まれており、飴の材料になる。又この汁に果物を漬けて保存したり、アルコール 醸造の原料になる。種の薄い皮を除くと純白の固い胚乳が現れる。これを粉末にして水にとかすと糊になり、織物の糊づけに使用される。又練り込んで丸薬を造ることもある。さやのしぼりかすは家畜の飼料となる。実生でさやを収穫するには20年を要するが、接ぎ木が出来る。

 いなごまめは、聖地に最も古くからあったものの一つ。旧約には記されておらず、新約ではイエス様の有名なたとえ話「放蕩息子の物語」に出て来るだけである(ルカ15:11~32)。

「彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。」(ルカ15:16)

(1995年 5月号)

鶏(にわとり)   石垣 通子

 鶏は東南アジアに野生するセキショクヤケイ(赤色野鶏)から家畜化されたものが、インド、ペルシャを経て広がっていったが、初めから現在のように肉や卵を採るためではなく、闘鶏や賭け、占いに用いたりしていました。

 イスラエルに鶏が普及したのは、ペルシャがバビロンを滅ぼしてギリシャの方へ勢力を延ばした頃で、旧約聖書の終わりの時代でした。

 最も有名な箇所はやはりペトロがイエス様を知らないと言う時に鶏が鳴いた所でしょう(マタイ26:34)。日本語ではただ鶏となっていますが、英訳では雄鳥です。この記事は4つの福音書全部に出ています。

 イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」

 ペトロはまさしく鶏によって人生を変えられた人です。鶏は世界の歴史に残る大事件の発端となったのであり、キリスト教の夜明けを象徴しているのかも知れません。

 有名なレオナルド・ダビンチの『最後の晩餐』の食卓に描かれているのは骨付きの鳥肉だったということです。

(1995年 4月号)

鶏(にわとり)   石垣 通子

 鶏は東南アジアに野生するセキショクヤケイ(赤色野鶏)から家畜化されたものが、インド、ペルシャを経て広がっていったが、初めから現在のように肉や卵を採るためではなく、闘鶏や賭け、占いに用いたりしていました。

 イスラエルに鶏が普及したのは、ペルシャがバビロンを滅ぼしてギリシャの方へ勢力を延ばした頃で、旧約聖書の終わりの時代でした。

 最も有名な箇所はやはりペトロがイエス様を知らないと言う時に鶏が鳴いた所でしょう(マタイ26:34)。日本語ではただ鶏となっていますが、英訳では雄鳥です。この記事は4つの福音書全部に出ています。

 イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」

 ペトロはまさしく鶏によって人生を変えられた人です。鶏は世界の歴史に残る大事件の発端となったのであり、キリスト教の夜明けを象徴しているのかも知れません。

 有名なレオナルド・ダビンチの『最後の晩餐』の食卓に描かれているのは骨付きの鳥肉だったということです。

(1995年 4月号)

ピスタチオ   石垣 通子

 小アジア原産。うるし科の小木で、高さ3~10m,その実は長さ25mm,楕円形で、アーモンドと同じようにして食べる。

 ヤコブの時代にもこの果実があったが、小アジアからの輸入品だったかもしれないが、少なくとも紀元後間もなく聖地に生育するようになる。

「すると、父イスラエルは息子たちに言った。『どうしてもそうしなければならないのなら、こうしなさい。この土地の名産の品を袋に入れて、その人への贈り物として持って行くのだ。乳香と蜜を少し、樹脂と没薬、ピスタチオやアーモンドの実。主に逆らう者が横暴を極め、野生の木のように勢いよくはびこるのをわたしは見た。』」(創世記43:11)

     ふすだしう(口語訳)…ピスタチオの和名
     ピスタチオ(新共同訳)
     くるみ(新改訳)(文語訳)
     Pistachio nuts…Good News Bible
             …Revised Standard Version
             …Living Bible


(1995年 3月号)

からし種   石垣 通子

 世界中で野生でも栽培でも見られる。春には一面に深みのある緑の葉の間に黄色の花が咲き、葉は食用とされ、種は肉料理には欠かせない香辛料となる。又塗り薬としても使われる。高さは3~4mにもなり、イエス様のたとえにも登場する。特にヒワ類の鳥に好まれる。

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」(マタイ13:32)


 イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」(マタイ17:20)


(1994年11/12月号)

ロバ   石垣 通子

 聖書には、よく言われる愚かで頑固なロバの姿がほとんどない。彼らは平和のしるしとして描かれ、重要な役割を与えられてきた。まず、アブラハムとイサクが捧げ物をしに山へ行く場面で登場する(創世記22・3)。

 又、動物が人語をしゃべるのは創世記のヘビとロバだけであるが、ヘビはサタンを意味しているすれば、ロバのみである(民数記22・23)。ここでは預言者バラムよりも先に天使の存在を知るという点では賢明である。イスラエルの敵を打ち破るためにサムソンが用いるのもロバの顎骨である(士師記15・ 16)。

 新約聖書に入ると、クライマックスのイエス様がエルサレム入城の時にはゼカリヤ書の預言の通り、ロバに乗られる。

「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる。柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」(マタイ21:5)

(1994年 9月号)

イチジク(無花果)   石垣 通子

 原産地アジア西部で紀元前2000年にはすでに栽培され、パレスチナでは年2回食べる事が出来た。

 旧新約を通じて50回以上出て来る。ブドウと共に重要な果樹であったようであり、まず創世記3章にアダムとエバがイチジクの葉を腰に巻いた話が出て来る。そしてイスラエル民族がモーセと共にエジプト脱出後、シナイの荒野をさまよった時、イチジクその他に飢えを救われた話(申命記8章)。

 果実は生食してよし、乾燥させて保存食料となり、木は四方に枝を張るので暑さを避ける絶好の木陰を提供してくれる。

 これほどに食料として重要な位置を占めているので、その木の下にいるということは安心である(列王記上4:25)。

 植物一般に言えることだが、葉が茂りすぎると実がならない。果樹の剪定は思い切って行う必要がある。又肥料のやりすぎは葉が茂りすぎる原因になる。(ルカ13:6~9)

 食料だけでなく薬用ともなるイチジクには強力なタンパク質分解酵素が含まれている。生体には働かないが化膿したり、カサブタなどになった所は、たちまちとかしてしまう(列王記下20:7)。

 少し専門的になるが、イチジクは昆虫によって受粉する虫媒花で、丈は5m~10mになる。最初に記したように創世記から出て来るので、エデンの園にあった知識の木はリンゴとする説と中にはイチジクとする学者もある。

 又聖書には「イチジク桑」も出て来る。これはアフリカ東部原産で、丈は15mに達する。イチジクに比べて果実は小さいが、数はずっと多い。そして太い幹に直接につく。葉と果実の点で区別出来るが、傷をつけると白い汁が出ることは両者に共通した性質である。またイチジク桑は、根元の幹はねじれて枝が沢山出るので、登りやすい木である。ザアカイでも登ることが出来たのが理解出来る(ルカ19:4)。

 材木としては質はよくないが、軟らかくて加工しやすいのと防腐性があるので用途は広く、低地に栽培され、エジプトではミイラのための棺に利用された。

イエスはエリコに入り、町を通っておられた。そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。それで、イエスを見るために、走って先回りしイチジク桑の木に登った。(ルカ19:1-4)

(1994年 8月号)

スズメ(雀)   石垣 通子

 最も親しみやすい鳥であり、人の住居のみならず、神殿にも住み(詩編84:3)、群居性が高いが、悲哀や孤独のシンボルでもある(詩編102:7)。この箇所は新共同訳では1節ずつずれ(84:4,102:8)、口語訳では雀となっているが、新共同訳では鳥としか訳されていない。

 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。……だから、恐れるな、あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。(マタイ10・29-31)

 こうして雀が売られている事は、日本でいえば焼き鳥に使われるようにイスラエルでも日常の食品として用いられていたようで、タンパク質は肉類と同じ位あり、カルシウムが非常に多く、ビタミンもC以外はある。

 だが神様のみ心にかなって生を受けたものは、例え小鳥一羽でも神様はお忘れにならない。人間は彼等を絶滅させる事も救う事も出来るが、忘れてならないのは人間の力では再び造ることは絶対に出来ない。

(1994年 7月号)

アネモネ  石垣 通子

 地中海沿岸原産。今では世界中で栽培されている。多くの学者はこれを野の花の第1候補にあげている。早春のイスラエルでは一面深紅色や紫色のカーペットを敷きつめたようになる。

 原典のギリシャ語は、(Krinon)又は(Shoshanim)はユリの総称名であり、ユリ科あるいはユリ属に限らず、語義を広くとる用法は各国に行われている。例えばスイレンは(Water Lily)。

野の花がどのように育つのか、・・・今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。(マタイ6:28~30、この「野の花」は文語では「野のユリ」となっている)

 野の草が一夜にして枯れ、燃料と化する情景は、アラビアの砂漠から吹いてくる熱風で、たちまち花が凋み、草が枯れるパレスチナ地方では珍しいことではない。燃料という観点に立つとアネモネはあまりに小さい。そこでもっと大きなグラジオラスを連想し、これを野の花の候補とした学者もいる。

(1994年 6月号)