ヨハネ

礼拝説教 「御言葉が教える平和」  浅野 直樹

ヨハネによる福音書15章9〜12節(ミカ書4章1〜5節)

8月に入りましたが、この8月は私たち日本人にとりましては、非常に感慨深いときではないか、と思います。昨日の6日は広島に原爆が投下されて71年目の日でしたし、9日には長崎に…、15日には71回目の終戦の日(敗戦の日)を迎えるからです。今年は、リオデジャネイロ・オリンピックもあり、NHKなどでもあまり戦争関連の特番は組まれていないようですが、それでも(オリンピックを楽しむことはいいことですが)、私たちにとっては決して忘れてはならない日々だと思うのです。明日、8日から恒例のルーテルこどもキャンプが広島で行われますが(むさしの教会からも2名参加)、是非、この平和ということについても学んできていただきたいと願っています。

そういう訳ですので、私が牧師になりましてから8月の第1主日は「平和の主日」として守ってまいりました。そして、これからも余程のことがない限り、この8月の第1主日は「平和の主日」として、ご一緒に「平和」について考えるときをもっていきたいと願っています。

そのように考えまして、今回も説教の準備をしていた訳ですが、インターネットで面白いものを見つけましたので、ぜひ皆さんにご紹介したいと思いました。東郷潤という方が書かれた『終わりのない物語』という絵本です。

 

【『終わりのない物語』を読む】

(インターネットで簡単に見られますので、興味のある方はお調べになってください)

いかがだったでしょうか。絵はちょっと…、と思わない訳ではありませんが、いろいろと考えさせられるところがあったのではないでしょうか。

作者の東郷さんは「あとがき」で次のように書いておられます。「絵本『終わりのない物語』は、善悪の錯覚が引き起こす憎しみの連鎖/暴力の連鎖をテーマとしています。善悪という考え方を巡っては、これ以外にも、本当に多くの錯覚が存在しています。そして、それらの錯覚は様々な悲劇を生む土壌となり、結果的に、億単位の人々が犠牲になっているのです。そうした悲劇を地球上から少しでも減らすことを目的に、絵本『終わりのない物語』を執筆しました」。私は、ここに重要なキーワードが二つあるように思いました。一つは「善悪の錯覚」という言葉です。この物語の面白さ(ユニークさ)は、悪人がいないということです。登場してくるお猿さんも、猫さんも、象さんも、みんな正義を愛する立派な人(ではないですね、動物)たちでした。そんな彼らですから、人殺しという悪を見逃すことができなかったのです。その悪を絶つために、正義の名の下悪人たちを殺す。しかし、その殺した悪人たちは、実は悪人たちではなかった。彼らもまた自分たちの正義のために悪を懲らしめている者に過ぎなかった。正義のために戦った人々を、正義の名の下に殺していく。そんなおかしなことが起こっている、というのです。確かに、そうです。みんな自分たちの大切なものを守るために殺しあっていく。国を守るために、愛する者を守るために、家族を…、子どもたちを守るために、自分たちを脅かす悪者どもを殺す。そうでないと大切なものが守れないから、と殺していく。しかし、自分たちの目から見れば悪者と思えるような人々も、大切なものを…、国を…、愛する者を…、家族を…、子どもたちを守るために、自分たちを脅かしている悪者どもに立ち向かっているだけに過ぎないのかもしれない…。

絵本に登場してまいります猿、猫、象を、アメリカ、ロシア、ISなどと置き換えてみたらいいと思います。この世の中で、そんな単純な善悪など果たして存在しているのだろうか。単純に、こちらは正義でこちらは悪と言い切ってしまえるようなものなんだろうか、そんな問いをこの物語は私たちに投げかけているように感じるのです。

そして、もう一つは「連鎖」(憎しみの連鎖/暴力の連鎖)という言葉です。もちろん、この連鎖は断ち切らなければならないはずです。

皆さんは新約聖書の書き出しが何であるかをご存知だと思います。そう、系図です。マタイによる福音書1章1節からイエスさまの系図が記されていきます。「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」。皆さんもおそらくそうだったと思いますが、聖書をこれから読もうと思って開くのがこの箇所でしょう。そして、いくぶんうんざりする…。よく知らないカタカナの名前がずらっと出てくるからです。そして、聖書を読むのに少し慣れてくると、ここはもう読む必要もない、と飛ばしてしまうかもしれない…。そんな系図です。私も、そうでした。しかし、聖書を…、特に旧約聖書を理解するようになってくると、なぜイエス・キリストの福音を伝える新約聖書がこの系図から始められているのか、得心がいったように思いました。イスラエル民族の系図は通常男系なのですが、このイエスさまの系図には数名の女性が名を連ねています。しかも、いわゆる曰く付きの女性たちです。3節のタマルはユダの息子の嫁です。つまり、ユダは息子の嫁によって子どもをもうけた、ということです。

5節のラハブは遊女ラハブと言われる女性ですし、その後のルツは異邦人です。そして、極め付けは6節の「ウリヤの妻」…、これはバト・シェバのことですが、名前すら載せず、サムエル記の出来事を想起させるかのように「ウリヤの妻」とだけ記されています。詳しくお話しする時間はありませんが、ダビデはウリヤの妻を寝取り、不倫がばれそうになると、夫のウリヤを戦場の最前線に送り出して殺してしまうのです。そして、いけしゃあしゃあと未亡人のバト・シェバを妻として迎える。本当にとんでもない悪事を働いたわけです。それが、イエス・キリストの系図だ、という。本来ならば隠せばいい汚点をさらけ出しながら、これこそがメシア(救い主)の系図だと示すのです。私は、ここに救い主の意味を見たような気がしました。イエスさまの誕生によって、この血塗られた血筋に楔が打たれた…、連綿と続いてきた罪と過ちの歴史、その呪いが断たれた…、新しい救いの時代が到来した…、そう思ったからです。

憎しみの連鎖、暴力の連鎖は、このイエスさまによって断たれるのではないでしょうか。イエス・キリストという存在こそが、人類の英知によっては断ち切ることのできなかったこの「連鎖」を、断ち切ってくださるのではないか…、そう思うのです。

私は最近、このイエスさまの弟子に「熱心党のシモン」がいたことの意味をつくづく考えるようになりました。この「熱心党」…、ある辞書には次のように記されていました。「熱心党は狂信的な愛国グループで、ゲリラ活動によりローマ占領軍を追い払うことを目的としたが、実際にはさまざまな血なまぐさい報復事件を引き起こしていた」。現代でいえば、テロリズムの考え方を持っていたと言ってもいいのかもしれません。そんなシモンが、ペトロやヤコブ、ヨハネなどと並んでイエスさまの弟子となっていた。目的のためならば、人を殺すことも厭わなかったシモンが、全く別の方法で世界を、社会を変えようとしていった…。ここにも、私たちが注意を払うべきイエスさまのお姿があるように思うからです。

「平和学」という学問分野があることをご存知でしょうか。簡単に言ってしまえば「平和を追求する学問」と言えるのかもしれません。そんな「平和学」の本に、こんなことが書いてありました。「平和学は極めて学際的な学問であり、国際政治学や国際関係論以外にも、経済学、法学、社会学、心理学、人類学、教育学、宗教学、倫理学、哲学など、多くの分野の学問を含んでいる」。つまり、平和の問題というのは、単に軍事や政治の問題に限らず、非常に複雑で難しい課題が絡み合っているということでしょう。確かに、誰もが平和を望んでいるはずなのに、現実にはなかなか難しいわけです。そうであっても、私たちは一市民として、この平和のためにも政治にも選挙などを通して積極的に参加すべきだし、自分たちの暮らしぶりや経済活動が、果たして貧しい国々の構造的暴力に加担することになってはいまいか、と反省することはもちろん大切ですが、ではキリスト者として一体何ができるのだろうか、といった問いも非常に大切になるのではないか、と思うのです。キリスト者だからこそ…、いいえ、キリスト者にしかできないことがあるはずです。それは、もちろんイエス・キリストです。今日の旧約の日課、ミカ書にはこのように書かれていました。「主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない」。

私たちは、この旧約の言葉がイエスさまによって実現すると信じます。イエスさまがこの地上に来られたのは…、お生まれになったのも、その人生を人々への宣教…、弟子たちへの教育に費やされたのも、十字架に死に復活されたのも、平和のためだったと信じるからです。私たちの主イエス・キリストは「平和の主」です。私たちは、この平和の主を「信じる」ところからまず始めるのです。それが、私たちの生き方にもなっていくからです。

戦後71年。これまで続いてきた平和が案外脆いものであることに私たちは気づき始めました。平和だと思っていた時代にあっても、平和ではなかった人々が数多くいたことも知りました。戦争がないことだけが平和なのではない、ということについても考え始めています。だからこそ…、そんな時代、現代だからこそ、平和を作られたイエス・キリストに…、熱心党のシモンでさえも弟子とされたイエス・キリストに思いをむけていきたいと思うのです。そして、このキリストの平和の輪をもっと広げていきたい、そんな仲間をもっと増やしていきたい、そう願わされます。2016年8月7日

平和の主日礼拝説教(むさしの教会)

むさしの便り10月号より

|折々の信仰随想| 信仰による明快さ  賀来 周一

「あなたは、冷たくも熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであって欲しい」—ヨハネの黙示録3章15節

来年は宗教改革500年。改めてルターの信仰を振り返る、よい機会となりました。ルーテル教会はもちろんのこと、他の教会にあっても、ルターに魅せられたという声をよく聞きます。人によって、ルターが見せる魅力は異なるでしょう。ある人にとっては、強大な敵に敢然と立ち向かう勇気に魅せられることがあるでしょうし、また内面へ沈潜する思索の深さに共鳴する人もいるでしょう。私にとってのルターの魅力は、彼の言い分にはあいまいさがないということなのです。

通常わたしたちは、自らの生活を取り巻くさまざまな事象を説明しようとする時には、まず自分の知惠を駆使して、何らかの結論を得ようとするものです。けれども事が信仰の世界に及ぶとなると、いくら知惠を尽くしても、思索の片隅に何かしらあいまいさが残るものです。平たく言えば、考えたあげくに、その先をはっきりさせたいのだけれども、何かしら靄がかかったような状態から抜けられないといってよいかもしれません。「あなたは、冷たくも熱くもない」とは、そのようなあいまいな状態を指すと思われます。

冒頭にあげた聖書の言葉は、ラオディキアの教会の信徒に宛てられていることを考えれば、すでに信仰を得ている者として、信仰の世界にあいまいさを残してはならないとする警告を投げかけていると受け取るのが、聖書が持つ本来の意図に添うと思われます。ですから、それを受けて「むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであって欲しい」と言っているのです。別の言い方をすれば、信仰の世界には、あいまいさを断ち切る明快さが必要であるということです。その意味では、ルターの言葉には信仰による明快さに溢れています。たとえば—

洗礼を受けたが、こんな自分でよいのかとぐらついている時「キリスト者は罪人であって、同時に義人である」にうなずくでしょう。心にいつも黒い影が差し込んでいて、こんなクリスチャンでよいのかと訝しんでいる時「キリスト者よ、大胆に罪を犯せ、大胆に悔い改め、大胆に祈れ」にハッとします。どろどろした罪の世界から抜け出すことができません。どうすれば罪から逃れることができるだろうかと煩悶する時「わたしが罪人であるというとき、わたしの罪はわたしにはない。わたしの罪はキリストにある」との言葉に、「そうか、キリストは私のために死んでくださったのだ」との確信が生まれるのではないでしょうか。

こうしたルターの言葉は枚挙にいとまがありません。でも、こんなことがありました。私の神学校時代(鷺宮)、何かの拍子に「ルターと聖書」とつい言ったところ、当時神学校長だった岸千年先生から「ルターは、それらの言葉を聖書から学んで自分の信仰の言葉にしたのだ。だから『ルターと聖書』と言うべきでない」と言われたのでした。つまり、ルターの言葉を聖書と同列にして、ルターを神格化するなという意味なのです。これも信仰的明快さと言えましょう。

元むさしの教会牧師(定年牧師)

 むさしの教会だより7月号より:2016年7月 31日発行


「満ち溢れる主の祝福〜五つのパンと二匹の魚」  大柴譲治

二匹の魚と五つのパン

私たちは今日、五千人の給食の出来事が与えられています。たった五つのパンと二匹の魚でイエスさまが五千人を満腹させて、しかも残ったパンくずを集めると12の籠がいっぱいになったとある出来事です。本日はそのことの意味をご一緒に考えてゆきたいのです。

出来事の発端は「飼う者のいない羊のような群衆を主イエスが深く憐れまれた」というところにあります。この出来事は主の深い憐れみによって起こりました。実はこの記事は、ヨハネ福音書を含む4つの福音書のすべてに報告されていますから、そこからもこれが初代教会にとって極めて重要な意味を持つ出来事であったということが分かります。

 

五つのパンと二匹の魚を祝福する主

ヨハネ福音書では、五つのパンと二匹の魚を主イエスに差し出したのが一人の少年であったと報告されています。一人の少年が自分の持っているものをすべて主に差し出したのです。「たった五つのパンと二匹の魚で何ができるのか」と大人は常識的に考えたに違いありませんが、主イエスの呼びかけに答えて自分のすべてを主に差し出した少年の姿に私たちはハッとさせられます。主は常に私たちの持っているものを祝福し、それをご自身の憐れみの御業の中で豊かに用いてゆかれるのです。「五つのパンと二匹の魚」は確かに、空腹の五千人を前にしてはホンの僅かな、全く取るに足りないものにしか過ぎなかったでありましょう。

しかしそこで私たちの思いを越えた不思議なことが起こります。「すべての者が満ち足りて満腹した」とありますが、主の深い憐れみの御業、愛の御業に触れるときに私たちの中の何かが変わる。心の飢えが満たされるのです。私たちの貧しく困窮に満ちた現実が主によって豊かな祝福に満ちたものに変えられてゆく。主の祝福の御業です。

ヨハネ福音書の2章には、カナの婚礼で主が水を極上のブドウ酒に変えるという奇跡を行われたことが記されています。キリストが祝福してくださる時に私たちの人生は根底から変えられてゆくのです。否、さらに深く考えてみますと、私たちがこの地上の人生においてキリストと出会うということ自体が祝福の出来事であるということになりましょう。また、福音書は神が御子キリストを通してこの世を祝福されたことを繰り返し伝えています。たとえばマタイ福音書の山上の説教(5:3-12)。そこには主によって8つの祝福が宣言されています。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる・・」(5:3-4)

ここで「幸いである」と訳されている言葉は「おめでとう!」とも訳せる言葉です。英語の聖書の多くが、”Blessed are the poor in spirit”とBlessed(祝福された)という語をギリシャ語原文のように一番最初にもってきて訳しているように、「おめでとう!心貧しき者たちよ」と訳すと主の思いがダイレクトに伝わってくるように思われます。

主イエスは「自分は神に見捨てられている」と思っていた貧しい人たちや悲しんでいる人たちを「おめでとう!」と祝福するため、およそ自分は神の祝福からかけ離れていたと思っていた人たちに神の祝福を伝えるためにこの地上に降り立ってくださったのです。それは私たちが、マルコ福音書を通して毎週の礼拝でみ言葉に耳を傾けてきた通りです。

主イエスは、汚れた霊に取りつかれて苦しんでいる人を癒し(マルコ1:21-28、重い皮膚病を患っている人を癒し(同1:40-45)、中風の人を癒し(同2:1-12)、手の萎えた人を癒し(同3:1-6)、ゲラサで悪霊に取り憑かれていた人を癒し(同5:1-20)、12年間も長血を患ってきた女性が後ろからそっとイエスのみ衣に触れることで癒された出来事で主は「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と宣言し(同5:25-34)、ヤイロの娘を甦らせているのです(同5:21-24、35-43。病気で苦しむ者たちをその苦しみから解放することで、神が彼らと共にいて、その祝福が一人ひとりの上に豊かに注がれているという神の恵みの事実を主は証ししておられるのです。

それはヨハネ3:16が「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」と宣言している通りです。

そのことは本日の旧約聖書の日課であるエレミヤ書23章3-4節が語っていた預言の成就でした。神は預言者エレミヤの口を通して次のように預言しています。「このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。彼らを牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない』と主は言われる。」

 

自分の羊飼いを持つということ

本日の五千人の給食のエピソードは、あのステンドグラスが描く詩編23編のみ言葉のように、神がその民のために「真(まこと)の羊飼い」を立てられたということを宣言した出来事でした。真の羊飼いがその牧場の羊の世話(牧会)をしてくださるというのです。「主はわたしの羊飼い、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいの水際に伴い、魂を生きかえらせてくださる。主は御名のゆえに常にわたしを正しい道に導かれる。たとえ死の陰の谷をゆくときも、わざわいを恐れません」。このような信仰を私たちに祝福として贈り与えるために主は来てくださったのです。

本日の出来事が派遣した12 人が戻ってきたところに置かれていることに注意したいと思います。5つのパンと二匹の魚という僅かなものを用いて五千人もの人々が祝福され、残ったパンくずが12籠(イスラエルの12部族)に満ち溢れたというのは、主がそうであったように、キリストの弟子である私たちの教会も、その祝福を人々と分かち合うために存在しているということが示されているのです。神はすべて必要なものを備えてくださいます。神の憐れみの御業に信頼してすべてを委ねてゆくことが求められています。

本日の旧約聖書が告げているように、私たちには「真の羊飼い」が必要です。「飼う者のない羊」のようにさまよい歩く私たちの姿を主は深く憐れまれたのです。「深い憐れみ」とは(ヘブル語でもギリシャ語でも)「内蔵」を意味する言葉ですが、主は民の苦しみや悲しみをご自身のはらわた(存在の中心)で受け止められたということです。主イエスは羊のためなら命がけで羊を守る真の羊飼いです。そのような羊飼いを持つ者は幸いです。この人生の中でイエス・キリストという羊飼いと出会うことができること自体が大いなる祝福なのです。

 

四福音書に共通のエピソード

羊飼いイエスは私たちが持つ「五つのパンと二匹の魚」を祝福し、それを人の思いを超えるかたちで「祝福の道具」として用いてくださるお方です。私たち自身にとって「五つのパンと二匹の魚」が何を意味しているかを考えながら、主の道をご一緒に歩みたいと思うものです。

私は牧師として悲しむ人や病床にある人たちを訪問する時にはいつも、何もできない自分の無力さを強く感じます。しかし無力なままでそこに召し出されていることを感じるのです。悲しみや病いを癒すことのできない無力な私が、無力なままで主の祝福を執り成して祈る時、そこには主が共にいてくださるということを強く感じます。私たちの「弱さ」を主は用いられる。4福音書がすべてこのエピソードを伝えているということには重要な意味があります。これは初代教会において溢れ出る主の恵みを示すために不可欠の出来事であったということです。

実は4福音書が共通して伝えている出来事はそれほど多くはありません。否、実は驚くほど少ないのです。
①「五千人の給食」以外は、4つの福音書が共通して報告しているのはたった10の出来事しかありません。
②祭司長や律法学者たちがイエスを殺そうと相談したこと
③ロバの子に乗ってイエスがエルサレムに入城したこと
④エルサレムの神殿でイエスが商人たちを神殿から追い出したこと、
⑤イスカリオテのユダがイエスを(敵に)引き渡すという(「裏切り」ではなく「手渡し」という語が使われていることに注意)イエスの予告
⑥鶏が鳴く前にペトロが三度イエスを知らないと否むというイエスの予告
⑦イエスの予告通りにユダがイエスを引き渡し、イエスが逮捕されたこと
⑧大祭司カヤファによる尋問
⑨ローマ総督ポンテオ・ピラトに引き渡されてイエスが裁判を受け、有罪が宣告されたこと
⑩イエスの予告通りにペトロがイエスを三度否定したこと
⑪ポンテオ・ピラトの命により、イエスが十字架につけられ、殺されて葬られたこと
⑫イエスが復活したこと(ただしマルコは空の墓のみ)

このように4福音書を並べてみると見えてくることがある。五千人の給食のエピソードは、平和の王として子ロバに乗ってエルサレムに入城したイエスが、エルサレムでは宮清めを行っただけで力ある業を何一つ行わず、ユダの手渡しやペトロの否認を経て、十字架上であっけなく処刑されて殺されてしまう。その出来事が、実は復活という光の中で明らかとなったように、私たち一人ひとりの罪の贖いのためだったということが浮かび上がってきます。そして実はその十字架と復活の出来事こそが、「飼い主のいない羊」のように彷徨い続けた私たちをもう一度本当の飼い主である神のもとに取り戻すためのものであったということを明らかにしているのです。

キリストの十字架と復活の出来事は、私たち一人ひとりの罪を贖い、私たちを罪と死と絶望から解放するための神の憐れみの御業であり「救いの出来事」でした。「主はわたしの牧者であって、わたしには欠けたところがない」お方です。エレミヤが預言していたように、このキリストこそが神が立てられた真の羊飼いだったのです。その時に、五つのパンと二匹の魚しか持たないようなこの私が、主の愛によって造り変えられ、その憐れみの中で祝福され、このままのありのままの姿で、尽きることのない深い喜びの中で主によって豊かに用いられてゆくことを知るようになるのです。ここに真の祝福があります。生きることの喜びがあります。祝福しながら天へと昇ってゆかれた昇天の主の姿をルカ福音書は記していますが(24:50-51)、主は天の上から今も私たちを祝福してくださっています。その祝福をいただき、その祝福を反射しながら私たちは生きるのです。

主の祝福を人々に分かち合い、互いに執り成し合い、祈り合って私たちは生きる。アブラハムが「祝福の基(源)」とされたように、「五つのパンと二匹の魚」を持つ私たちは、「祝福の器」として「互いに主の祝福を執り成し合う者」「祝福を祈り合う者」として出会ってゆくのです。この祝福は主から与えられる祝福でありますから、どのような困難の中にあっても決して揺らぐことのない祝福です。互いに主の祝福を分かち合う者であり続けたいと思います(映画『おくりびと』や『隣る人』、小説『悼む人』のように)。そのためにも主の十字架の出来事、贖いの出来事をご一緒に見上げてまいりましょう。

お一人おひとりの上に祝福が豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

2015年8月16日 聖霊降臨後第12主日礼拝説教

説教「今こそ思い出そう! 風化でなく、感化されよう!」  石田順朗

ヨハネ 15:26-16:4a

今年は、広島・長崎被爆、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所解放・ナチスドイツ降伏と 戦後70 年を始め、実に数々の「節目の年」-阪神大震災(1/17) – 地下鉄サリン事件 (3/20)・オウム真理教・麻原彰晃容疑者逮捕から20 年 (5/16) - JR 西日本福知山線脱線事故から10 年 (4/25) -日航ジャンボ機墜落事故から30 年(8/12) ベトナム戦争終結40 年 (4/30) 日韓国交正常化50 年(6/22) 朝鮮戦争開戦65 年(6/25)。遡っては、日露戦争終結110 年(9/5)。それに、第2次大戦後10年目に独立したインドのネ-ル首相、インドネシア・スカルノ大統領、中国首相・周恩来、ナセル・エジプト大統領が中心となってインドネシアのバンドンで第一回が開催されたアジア・アフリカ会議より60 年;更に遡れば、第1 次大戦中に当時のオスマン帝国で始まった「アルメニア人虐殺」から100 年目の年 (4/24)。

身じかには、8 名の宣教師とその家族を派遣して50 年の節目を迎えるJELC のブラジル宣教、10 月4 日は、わが武蔵野教会の宣教開始90 周年。
このところ、辻井伸行さんのピアノが奏でる『花は咲く』― NHK「明日へ ―支え あおう」東日本大震災復興支援ソングがひときわ耳許に届く:風化させないように ! 世は、「風評被害」から「風化問題」へと移行している?

 

I.「風化」でなく「感化」を

今日は、Anno Domini(主暦)で2015 年目、4/5 の「復活祭」から数えて50日目。ユダヤ教ではシャブオットの祭で、過越、仮庵の祭と並ぶ三巡礼祭の一つ「五旬節・ペンテコステ」;キリスト教では「聖霊降臨日」。説教題を「今こそ思い出そう! 風化でなく、感化されよう!」とした。本日の福音書日課 ヨハネ15 章の「イエスはまことのぶどうの木」の最後のところ「迫害の予告」は、「これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである」(16:1)と結ばれる。今日、わたしたちが抱える「つまずき」の一つは「風化」では?

風化:地表の岩石が、日射・空気・水・生物などの作用で、しだいに破壊される自然現象。その風化に譬えて「記憶や印象が月日とともに薄れていくこと」。多くの場合、「危機意識の風化」や「問題意識の風化」。

他方、感化:影響を与えて考えや情緒を変化させること。ただ日本では従来、徳による「教化」と考えられてきた:「一世の感化に関係する有用の人となることを得べし」(1859 年発行のサミュエル・スマイルズ著の『自助論 (セルフ・ヘルプ)』が、明治4 年『西国立志編』と中村正直により翻訳刊行され、「天は自ら助くる者を助く」という独立独行の精神を「感化」の思想的根幹としてきた。

私にとっての「感化」は、67 年前の京都教会での体験;岸先生の説教、それは、偶然にも、今日の第1日課、エゼキエル書37 章の「枯れた骨の復活」‒「主の霊によって、私は連れ出され、谷間の真ん中に置かれた。そこには骨が満ちていた。なんと、ひどく干からびていた。主は私に仰せられた。『これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ、わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。- – おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが主であることを知ろう』。息が彼らの中に入った。そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった」

これこそ、「感化された」人々の姿だ! 事実、わたし自身も「感化された!」同様に、ペンテコステ当日の「突然、激しい風が吹いて来て、人々が座っていた家中に響き渡った、- すると一同は聖霊に満たされた – 」 それこそ「風化」ではあるが、実態は、聖霊による「感化」だ!

 

2.そこで、「感化」されるためには、まず「思い出す」こと!

「実を言うと、わたしが去って行くのはあなたがたのためで、弁護者をあなたがたのところへ送る – 」それは、(風評に押し流されないように)「あなたがたに思い出させるためである」。
「アナムネーシス(想起)」の大事さ。アナムネーシスというギリシャ語の名詞は新約聖書中4回しか出てこないが、その動詞形[アナミムネースコー、想起する]では6回の用例がある。注目すべきは、そのうちの3回(ルカ22・19、Ⅰコリント11・24、25)は、イエスの聖餐設定において用いられている、「私の記念として… 行え」。しかも、そのいずれも「十字架の死に向かうイエス」を想起させる言葉として使用されている。

最初のペンテコステ当日、ペトロの説教の冒頭、預言者ヨエルの言葉を用いて行った説教のはじめ:「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを神は主とし、またメシアとなさったのです。 – 」
大事な点は、このアナムネーシス(想起)が十字架のイエスを思い起こすこと。
また、その動詞及び派生語が、ペテロがイエスの言葉を想起するという場面、特にペトロが十字架のイエスとの係わりで自らの罪深さを思い知らされる箇所で用いられているという事実。つまり、聖書の証言によると、イエスを想起(アナムネーシス)するのは、単に生前のイエスの姿を思い起こすということだけではない。特に、十字架との係わりでイエスの言葉を思い起こすことだ。また同時に、十字架の主との係わりの内に明らかにされた罪人としての私たち自身の姿に思い至ることである。
毎主日礼拝で、招かれて集う私たちは、み言葉の説教と聖餐に与ることで、先ず「思い出す」(聖餐設定の辞);いや、毎主日礼拝自体が、この「想起」に基ずいている。
 
 
3.「すると、人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、‒ 」感動した、感化された!

さらに注目すべきは、感化された人々は、ペトロとほかの使徒たちに「いったい、わたしたちはどうしたらよいのですか」と叫んだ。 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を
受けるでしょう!」ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった」‒ 教会の誕生日と云われる所以。

今日、ムハンマドのコーランの教えに心酔するイスラームの勢力拡大に懸念する。でも、世界各地でテロや武力紛争を繰り広げるイスラム過激派組織とは全く異なり、聖霊で感化された「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった、人々に仕えた」と聖書は記録する。

 

むすび

とくに、宣教90 周年をむかえるわが武蔵野教会の皆さん。(私事にわたり、いささか口幅ったいことながら、この5月、わたし自身も受按60 周年を迎える)。

聖霊に感化されて、共々に、奮い立とう!

むさしの教会・ペンテコステ礼拝 説教 2015.5.24

「わたしにつながっていなさい〜光合成のように」 大柴 譲治

ヨハネによる福音書 15:1-10
 
「まことのぶどうの木」につながる

風薫る五月。緑の美しい季節です。本日の日課のヨハネ福音書15章には「わたしはまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である」という主の言葉が与えられています。「わたしとつながっていなさい」と繰り返し命じられているのです。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである」(4-5節)。

本日は、この「わたしとつながっていなさい」という言葉、「キリストにつながる」というキーワードから、み言に聴いてまいりたいと思います。そもそも「枝」は「幹」を離れては実を実らせることはできません。幹から養分(愛)をもらわなければ実どころか枝としての生命を保つこともできないのです。神は農夫として良いぶどうの実を結ばせるために手入れをして下さるのです。私たちに求められているのはどのような時にも「枝」としてキリストという幹とつながっていることです。主を見上げ、主から離れないということです。私たちが礼拝に集うのもキリストにつながっているからです。キリストとつながる中で私たちは「霊的な生命」を保ち続けているのです。
 
 
つながりの中の「いのち」

私は三年前から、今は月に一日ですが、緩和ケア病棟のチャプレンとして患者さんたちと接しています。そこで感じることは「人は生きてきたようにしか死んでゆけない」ということです。ガン細胞は人間の身体の中にある「生きようとする生命力(細胞分裂)」に乗っかってそれをエネルギーとして増殖してゆく病気です。検査や治療法も進んで早期発見も増えてきたためガンは必ずしも不治の病とは言えなくなってきています。また、通常でも私たちの身体には「がん細胞」は生まれていて、白血球やキラー細胞など私たちの身体に備わった「免疫力」がその増殖を阻んでいることが分かってきました。そのためにも私たち自身の日常生活での「免疫力」、「自己治癒力」を高めてゆくことが重要と言われています。

もう20年以上前のことですが私は、モンブラン登頂という「いきがい療法」で有名な倉敷の柴田病院の院長からお話しを伺ったことがありました。そこは仏教系の病院です。「五年生存率」ということを考えた際にそれが一番低いのは「諦めてしまった人」、逆に一番高いのは「ガンなんかに決して負けるものか」という気持ちで「闘い続けた人だ」と言われたのです(ちなみに、二番目に低いのは「宗教的な悟りを開いた人」ということでした)。「免疫力」には私たち自身の気持ちの持ちようや生きる姿勢(構え)というものが大きく作用するということでした。
 
 
無条件の愛〜光合成のように

ケリー・ターナーという米国人女性研究者の『がんが自然に治る生き方』という本があります(2014年11月出版。プレジデント社。原著は同年4月出版)。著者は千例に渡る進行ガンからの生還者についての症例を研究し、一年をかけて十ヶ国を訪問し百人以上にインタビューを重ね、治療のプロセスと結果を質的な研究としてまとめた博士論文がこの本です。原題Radical Remissionの通り、この本には「劇的に寛解」した人たちに見出された共通した実践事項が九つにまとめられています:①抜本的に食事を変える、②治療法は自分で決める、③直感に従う、④ハーブとサプリメントの力を借りる、⑤抑圧された感情を解き放つ、⑥より前向きに生きる、⑦周囲の人の支えを受け入れる、⑧自分の魂と深くつながる、⑨「どうしても生きたい理由」を持つ、という九つの姿勢です。

九つのうち二つだけが食事療法やサプリメントに関することで、後の七つはすべて生き方・生きる姿勢に関するものであることが印象的でした。それぞれ説得力に富む報告と分析が展開されてゆくのですが、その中にシンという名前の日本人患者が登場します(p.74−94。寺山心一翁氏)。バリバリのコンサルタントとして仕事に没頭する中、1984年、48歳の時に腎臓ガンと診断されます。手術で右腎臓を摘出、抗がん剤治療と放射線治療を受けたにもかかわらず肺と直腸への転移が見つかります。

「余命は一〜三ヶ月」と家族は医師に宣告を受けるのです。すべての治療を止めた後、シンは自分の直感に従う生き方を開始しました。自分で自分の治療法を決めてゆくのです。まずミネラルウォーターを飲むところから始めました。朝目が覚めたら生きていることに感謝をし、深呼吸して、日の出まで小鳥たちと一緒に歌います。ガンを自分の子供のように愛情をもって接し、限りないやさしさをもって「愛しているよ。そこにいてくれてありがとう」と毎日声かけをしていったのです。また、10代の頃から始めていたチェロを弾くことも再開し、身体全体に心地よい振動を与えてくれる音楽を大切にしています。そのような中で特に心に響くエピソードがありました。

彼はある時にいつものように日の出前に目覚めた時、小鳥たちの鳴き声に気づきます。普通の日常風景ですが、好奇心を誘われたのです。どうして朝、鳥は鳴いているのか。鳥はいったい何時から鳴き始めるのか。不思議に思った彼は10分、20分、日の出より早く起きてみましたが鳥は既に鳴き始めていました。30分前でも鳴いていたのです。しかし一時間前に起きてみると外は完全な静寂。結局、日の出の瞬間は毎日少しずつずれるにもかからず、鳥たちは日の出のぴったり42分前に鳴き始めていたことを彼は突き止めたのでした。鳥の鳴き出す時間が分かったら日の出までは手持ちぶさたなので彼は今度は毎日、鳥と一緒に40分間息を吸ったり吐いたりしながら歌を歌い始めました。

次に科学への造詣が深いシン(早稲田大学の電気科出身)は、なぜ42分前なのか理由を突き止めようとしました。息子に薬局で酸素ボンベを買ってきてもらい、家にいた三羽のインコで実験を開始したのです。インコたちを寝かせるために夜は鳥かごにカバーが掛かっていましたが、深夜0時頃に鳥かごに酸素を流し入れてみました。すると数分後にインコは鳴き始めたのです。何分かして酸素が消散した頃にインコは鳴き止みました。これは面白いと興奮した彼は、午前二時半まで待ってもう一度鳥かごに酸素を流しました。案の定インコたちは鳴き始め、数分後に鳴き止んだのです。そして日の出のきっかり42分前にインコは再び鳴き始め、日の出まで鳴き続けました。彼はそこで一つの仮説を立てました。

日の出42分前に鳥が鳴き始めるのは、木々が光合成を始め放出する酸素に反応しているのではないかと。植物は夜の間は光合成ができませんが朝に太陽光を甘受するとすぐに光合成を始めるのです。葉緑素があるため二酸化炭素を吸って酸素を放出するのです。それが日の出の42分前なのではないか。鳥が一番よく鳴くのが朝である理由は、まだ科学的には解明されていません。シンは鳥が鳴くにはたくさんの酸素が必要なので、朝、植物が光合成を開始し始めた頃に鳴くのだろうと推測しました。この小さな実験で彼は確信します。鳥が鳴き始める日が昇るまでの42分間の空気は特別に新鮮なものであり、ガンが転移した自分の右肺にとっても良いものであろう、と。

そしてこのときもう一つ、彼はある大切なことに気づかされるのです。自分という存在は大きないのちの中で無条件に愛されていること、そしてガンを含めて自分の身体全体を無条件にホリスティック(全体的)に愛してゆくことを。不思議なことに彼は劇的に寛解し、身体の中からガンは消えてゆきます。1988年から既に25年以上が経ちますが、彼はガンの再発もなしに元気に暮らしています。今はガンで苦しむ人々のためにチェロを弾きながら身体と心・魂といかに向き合うかを伝える活動に力を注いでいるということでした。「結局、あなたのガンを消したのは何だったと思いますか」と問うケリー・ターナーに彼は即座にこう答えています。「無条件の愛です」と。このエピソードを読んだ時、私は深く心動かされました。

悲しみや苦しみに出会う時に私たちは通常自身の中に閉じこもって自分を守ろうとします。そのような反応は当然であり自然なことです。しかしそのような中で自分の小ささや無力さに打ち砕かれる瞬間がある。その時に心の目が外に向かって開く瞬間がある。自分のいのちが大きなものにつながっているということにハッと気づかされる時があるのです。(鶏の声にハッと気づいたペトロ同様)寺山さんにとってそれは日の出42分前から始まった小鳥の鳴き声でした。主イエスはある時に「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」と言われました(マタイ5:45)。

神さまはその恵みをすべての人に等しく注いでいてくださるのです。自分の直感を信じ、自分の魂に深く裏打ちされたような生き方をする時、私たちには不思議なことが起こるのかもしれません。一番不思議なことは「ガンの劇的な寛解」ではありません。それも十分に不思議なことですが、ガンという病を通して寺山さんの目が大きな世界に向かって開かれ、世界とのつながりに気づき、生き方が根本的に変えられていったことがさらに不思議なことです。苦難の中で自分の中だけに閉ざされるのではなく、大きな世界に向かって開かれてゆくこと。大きな無条件の愛の世界につなげられてゆくこと、そこに自分がつながっていることに気づくことが最も重要な事柄と思われます。私たちが死すべき有限な存在であること自体は変わりませんが、そこではQOL(Quality of Life:生活の質・いのちの質)がグッと高められてゆくのです。

主イエスの言葉を想起します。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(ヨハネ15:4-5)。キリストにつながることで私たちにはその無条件の愛(アガペー)が注ぎ込まれ、私たちを通して実った「愛の実」を多くの人々が味わうことができるようになってゆくのです。
 
 
聖餐への招き
本日私たちは聖餐式に招かれています。この聖餐を通して、私たち一人ひとりが「まことのぶどうの木」であるイエスさまに「今ここで」つながっているということの幸いをご一緒に味わいたいと思います。風薫る五月、緑の木陰で主は、光合成のように、私たちに酸素の濃い新鮮な空気を与えてくれています。私たちのためにすべてを捧げ尽くしてくださったキリストの無条件の愛が、私たちに「豊かな愛の実り」をもたらせてくださいます。私たちもまた、そのキリストの愛を運ぶ器として用いられてゆくのです。

そのことをかみしめつつ、新しい朝の光の中、新鮮な空気の中に呼吸と讃美の歌声をあげながら、共にキリストを見上げて、新しい一週間を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に主の恵みが豊かに注がれますように。
アーメン。
2015年5月3日復活後第四主日礼拝説教

「永遠のいのちを得るために」     大柴 譲治

エフェソの信徒への手紙 2:4-10、ヨハネによる福音書3:13-21

<「神はその独り子を賜るほどこの世を愛して下さった」>
 聖書は「永遠のベストセラー」と言われます。「死すべき有限な存在」である人間の多くが「永遠のいのち」を得るために聖書を手にしてきました。福音書の中には「永遠の命」を得ようとして主イエスに「どうしたら永遠の命を得ることができますか」と問いかける人が何人も登場します。マタイ19章では「ある金持ちの青年」、マルコ10章では「ある金持ちの人」、ルカ10章では「律法の専門家」、そしてルカ18章では「ある議員」が、そのように質問をしています。
 彼らは皆、「何をすれば」自分は「救い」を得ることができるかと主に問うていました。それに対して主は、十戒を守り、自分の財産をすべて売り払って貧しい人たちに分け、天に富を積んで私に従ってきなさいと命じます。しかし彼らはそれができずに悲しみながら立ち去ってゆくのです。ルカ10章で主は律法の専門家に対して「あなたは聖書をどう読むか」と問い返しています。「主なる神を愛し、隣人を愛しなさい」と正しく応えた律法学者が「では隣人とは誰ですか」と再び問うたのに対して、主はよきサマリア人のたとえを語ります。
 ヨハネ福音書は「永遠の命」をその中心主題として繰り返し語ります。本日の日課にも「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)とあります。それはニコデモとの対話の中に置かれた言葉なのですが、宗教改革者マルティン・ルターはこの節を「小福音書」や「小聖書」と呼ぶほど大事にしました。この箇所は聖書全体を一言で要約していると捉えたのです。ルターはこう言います。「もし聖書の御言葉が全て失われたとしても、このヨハネ福音書の3章16節だけが残れば、福音の本質は誤りなく伝えられるであろう」と。
 確かにこのヨハネ3:16は私たちが何度も味読すべき聖句です。私はここで「この世」という語を「私」と読み替えて理解したいのです。「神はその独り子を賜るほどこの私を愛してくださった」と。それは御子を信じるこの私が滅びることなく、永遠の生命を得るためだったのです。「自分が何をしたら永遠の命を手に入れることができるか」と問う人間に対して、ヨハネ福音書は「神の愛の御業に目を向けなさい」「イエス・キリストにおいて神がなされたことを見上げなさい」と告げています。

<「サル型信仰」と「ネコ型信仰」(岸千年)>
 故岸千年先生(元神学校長、JELC総会議長)が「信仰には『サル型』と『ネコ型』の二つがある」とよく言っておられたことを想起します。子ザルは自力で母ザルの背中やお腹にしがみつきます(サル型)が、子ネコは自分ではしがみつけません。母ネコがしっかりと子ネコをくわえて移動させるのが「ネコ型」です。キリスト教の信仰はネコ型で、神が向こう側から私たちをしっかりと掴んでくださっているのだというのです。先の「永遠の命をどうすれば自力で得ることができるか」という立場は「サル型」になりますね。その独り子を賜るほどにこの世を愛された神の御業にすべてを委ねるのは「ネコ型」です。これはとても分かり易い例話だと思います。
 今私たちは主の十字架の歩みを覚える「四旬節」(レント)の期間を過ごしていますが、主の十字架を見上げる時に、神の愛が他のどこにおいてよりも私たちに明確に迫ってくると思います。
 
「サル型信仰」が「自力型の信仰」と申し上げましたが、以前に獣医だった方からお話を伺ったことがありました。不登校の子供たちに深く関わってこられた方です。その方はサルの話をしてくださいました。私たちは「母性本能」とは本能的なものと思っているかもしれませんが、実はそうではないと言われて驚きました。サルも人も愛されることを通して愛することを学ぶのだそうです。母親ザルに抱っこされて育てられた子ザルでないと、自分が母親になった時に子どもを抱っこして育てないそうです。抱っこされて育つ時に大切なのは母乳と肌の温もりでしょう。確かに母乳は栄養バランスも良く免疫力も高めるようですが、それ以上に大切なことは、子ザルは母親ザルに抱かれることを通して母親の規則正しい心臓の鼓動を聞いて育つということなのだそうです。その安定した鼓動を感じながら子ザルは自分が愛されていることを学び、そこから自分が親になった時に「どう子どもを育てればよいか」を学ぶというのです。「サルも人も、愛されることなしには愛することはできないのです」とその獣医さんは語られました。これは確かに真理であると思います。しかしこれはなかなか耳に痛い言葉でもあります。自分がどれだけ親に愛されてきたかということと、子どもを愛してきたかということに関しては、私たちの多くが心の中で不十分であったのではないかという痛みを持っているからです。
 しかしそのような私たちに聖書は宣言します。「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。この宣言は私たちが神の目にはとても価値があるということを明らかにしています。「あなはたわたしの目に価高く、尊く、わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)と聖書が告げている通りです。

<親子愛〜「強、火を付けろ」>
 「命がけの愛」があります。自分の生命を賭けて大切な者を守ろうとする愛です。2000年10月29日の読売新聞第一面の「編集手帳」に紹介されていたエピソードです。そこには、七年間も引きこもりをしていた息子が、ある時にガソリンを自らにかけて火をつけて死のうとします。咄嗟に父親が後ろから息子にしがみついて、「強、火をつけろ。私も一緒に死ぬから」と叫んだのでした。「斎藤強君は中学一年の時から不登校になる。まじめで、ちょっとしたつまずきでも自分を厳しく責めた。自殺を図ったのは二十歳の春だった◆ガソリンをかぶった。精神科医の忠告で彼の行動を見守っていた父親は、その瞬間、息子を抱きしめた。自らもガソリンにまみれて叫ぶ。『強、火をつけろ』。抱き合い、二人は声をあげて泣き続けた◆一緒に死んでくれるほど、父親にとって自分はかけがえのない存在なのか。あの時生まれて初めて、自分は生きる価値があるのだと実感できた。強君は後にこの精神科医、森下一さんにそう告白する◆森下さんは十八年前、姫路市に診療所を開設、不登校の子どもたちに積極的に取り組んできた。彼らのためにフリースクールと全寮制の高校も作り、一昨年、吉川英治文化賞を受賞した◆この間にかかわってきた症例は三千を超える。その豊富な体験から生まれた近著『「不登校児」が教えてくれたもの』(グラフ社)には、立ち直りのきっかけを求めて苦闘する多くの家族が登場する◆不登校は親への猜疑心に根差している。だから、子どもは心と身体で丸ごと受け止めてやろう。親子は、人生の大事、人間の深みにおいて出会った時、初めて真の親子になれる。森下さんはそう結論する。」
 生命を賭けて息子を守ろうとする父親の必死の思いが伝わってきます。しかしその背後には、七年間にも渡る不登校の息子に対する忍耐強い愛があることを見落とすことはできません。強君のご両親と森下さんは中学校一年生、つまり13歳から20歳までの7年間、子どもと共に苦しみ、子どもと共に呻き続けたのです。それがあればこそ「時」を得て親子愛が伝わったのだと思います。森下一さんは言っています。「共生の思想は共死の思想に裏打ちされていなければならない」と。
 そしてこの本には、「共生の思想」ということだけではなくて、「共死の思想」こそが共生の思想を支えるのだという言葉が出てまいります。「強、火をつけろ。一緒に死ぬから」と言って、どん底でそのようにしっかりとひしと抱きとめられる愛。そのような共死の覚悟をもった絆の中で初めて、人は自分が愛されている、自分はそのような愛に生かされているということに気付いてゆくというのです。強君にとってはそれまでも変わらずに注がれてきたであろうその親の愛情が、20歳の時、20年間かかってその瞬間に初めて本当のものとして自覚されたのです。私はそのお父さんの覚悟の深さと同時に、7年間もたゆまずに、諦めずにずっと強くんに寄り添い、関わり続けてきたご家族や、精神科医の森下先生の忍耐強い愛情に心を動かされるのです。人生には自分が愛されているということが分かる決定的な瞬間があります。私たちにはそれを伝えてゆくべき瞬間があるのです。愛とは共に死ぬ覚悟をもって共に生きることなのです。「『共生』だけでは、私は人生観としても宗教観としてもきわめて不完全なものだと思います。なぜならそこには、生きることだけに執着するある種のエゴイズムの匂いを感ずるからです。『共生』という思想は『共死』の思想に裏づけられてこそ、はじめて本物になるのではないでしょうか。・・・共に生き、共に死ぬということがあってはじめて人間の成熟した人格形成が可能になるという人間観が抱かれるようになったのです。その意味において『共死』という観念抜きの『共生』論はきわめて一面的なものではないかと思うのです。」(山折哲雄)
 私は主の十字架を見上げる時に、この斎藤強くんとお父さんのエピソードを思い起こします。あの十字架の出来事は、ガソリンをかぶって火をつけようとする、死のうとする、滅びようとする私たちを、うしろからしっかりとがしっと支え、抱きとめてくださったお方の愛を表している出来事なのだと思います。キリストは私の身代わりとなって十字架の上で死んでくださいました。ここに真実の愛があります。キリストがその苦難と死によって勝ち取ってくださった「永遠の命」があります。これは天地万物が揺らぐとも決して揺らぐことのない出来事です。人間が私たちがどのようなときに、ほんとに生きていてよかった、ということを感じるのか。それは真実の愛しかないのだと思います。このような「共死の覚悟に裏打ちされた」真実の愛が私たちを捉えて離さないのです(ネコ型信仰!)。
 そのことをパウロは本日の使徒書の日課であるエフェソ書2章でこう言っていました。 「しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。」(エフェソ2:4-6)
 このことを覚えながら、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。皆さまお一人おひとりの上に、神さまの豐かな祝福と導きとがありますように。アーメン。

(2015年3月15日礼拝説教)

2014/12/24(水)クリスマスイブ音楽礼拝 説教「太初に言あり」      大柴 譲治

イザヤ43:1-7
ヤコブよ、あなたを創造された主は、イスラエルよ、あなたを造られた主は、今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。 2 水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。 3 わたしは主、あなたの神、イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。わたしはエジプトをあなたの身代金とし、クシュとセバをあなたの代償とする。 4 わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。 5 恐れるな、わたしはあなたと共にいる。わたしは東からあなたの子孫を連れ帰り、西からあなたを集める。 6 北に向かっては、行かせよ、と、南に向かっては、引き止めるな、と言う。わたしの息子たちを遠くから、娘たちを地の果てから連れ帰れ、と言う。 7 彼らは皆、わたしの名によって呼ばれる者。わたしの栄光のために創造し、形づくり、完成した者。

ヨハネによる福音書1:1-14
1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 2 この言は、初めに神と共にあった。 3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。 4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。 5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。 6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。 7 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。 8 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。 9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。 10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。 11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。 12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。 13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。 14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

<はじめに>
 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

<「太初に言葉ありき」>
 静かな夜です。耳を澄ますと天使たちの歌声、天上の教会の讃美の歌声が聞こえてくるようにも思われます。「天には栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ」と。今年も皆さまとご一緒に、クリスマスイブの音楽礼拝に集うことができる幸いを心から感謝いたします。
 今宵、私たちに与えられているのはヨハネ福音書の冒頭の言葉です。この部分を、文語訳聖書の持つ格調高い言葉の響きで親しんでこられた方も少なくないと思われます。「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言(ことば)は神なりき。この言は太初(はじめ)に神とともに在り、萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命(いのち)は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒(くらき)は之を悟(さと)らざりき。」
 この「はじめ」は「創造の初め」を意味すると共に、「時間と空間の初め」を意味し、「万物の初め」「万物の根源」を意味していると思われます。万物は「神の言」、「神の声」によって創造され、支えられ、守られ、導かれているというのです。「萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし」なのです。どのような出来事が起ころうとも、太初からこの世に響き渡る神の言葉、神の御声が私たちを守り支え導くのです。たとえ「天地は滅ぶとも、わたしの言葉は決して滅びない」(マルコ13:31)。その言葉の意味は、「どのような時にも、わたしはあなたと共にいて、あなたを離れることはない」ということです。
 創世記を読みますと、神は天地万物の創造を「初め」に「言」をもって開始されたと告げられています。「初めに、神は天地を造られた。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である」(創世記1:1-5)。
 「神光あれと 宣えば 光ありき」なのです。この「創造の初め」、「世界の初め」に発せられた「言」、ギリシャ語では「ロゴス」(「言葉」「法則」「理」「声」という意味があります)、ヘブル語では「ダーバール」(この語には「言葉」という意味と共に「出来事」という意味があります)という語ですが、この「光あれ」という「言」、「声」について今宵は思いを馳せたいと思います。
 暗闇の中で私たちは「光」を求めます。「光」があれば、たとえそれが小さな光であったとしても、私たちはちゃんと生きてゆくことができるのです。荒れ狂う海において灯台は船に正しい方向を指し示します。「クリスマス」は私たちの救い主イエス・キリストがこの地上にお生まれになったという「キリストの誕生日」をお祝いする特別な日です。キリストは、ベツレヘムのまぶねの中にお生まれになりました(ルカ福音書が報告)。(マタイ福音書によると)あのクリスマスツリーの一番上にあるようにベツレヘムの空の上にはひときわ大きな星が照り輝き、それを東の方で見た占星術の学者たちが黄金・乳香・没薬という宝物をもって「王としてお生まれになった方」をはるばると遠方から拝みにやってきたとされています。博士たちの旅は星を見上げての夜の旅でした。昼間は星が見えませんから、夜に足を進めなければなりませんでした。星を見上げ、足下を確認しての一歩一歩の手探りの旅でした。彼らにとってはこの闇夜に輝く星の光が自分たちにとっての「いのちの光」だったのです。このいのちの光が私たちの悲しみや苦しみの闇を照らしています。光は闇の中で今も確かに輝き続けているのです。私たちも人生における夜の旅を続けているように感じることが少なくありません。悲しみや苦しみが渦巻く夜の旅です。光の導きが必要になります。

<緩和ケア病棟のチャプレンとして思うこと>
 私は二年ほど前から、月に一〜二日、錦糸町にある賛育会病院という病院の緩和ケア(ホスピス)病棟のチャプレンを務めています。「ホスピス」というところは、ガンかエイズで余命半年という診断がなければ入ることのできない病棟です。積極的な延命治療は行わず、ペインコントロールを中心とした緩和ケアを行うところです。20床ほどの病棟に通常15人前後の患者さんが入っておられ、チャプレンである私はその患者さんやご家族の所を回って、お話を伺う役割を果たしています。「チャプレン」というのは病院や施設にある「チャペル付きの牧師あるいは聖職者」という意味の言葉です。
 ホスピス病棟で働いていますと、医療スタッフの献身的なケアに頭が下がると共に、私たちがすべからく死への存在であるということを身に沁みて感じるようになります。ある時にルターは「私たちは皆、死へと召喚されている」と説教で語りましたが、確かに私たちは皆死にゆくプロセスの中に置かれていると言えましょう。愛する者との別離の悲しみを思う時に私たちは胸がつぶれるような気持ちとなります。
 そのような私たち人間の現実の中に、今日私たちのための救い主がこの地上に降り立って下さったというよき音信が告げられているのです。このお方(イエス・キリスト)は、神に等しくあられたにもかかわらず、それに固執することなく、自分を捨て、無となって僕の姿を取り、天より降り、この地上を、死に至るまで、いかも十字架の死に至るまで、御父の御旨に従順に従われました。その謙遜さと従順さとによって私たちは救われたのです。この世の悲しみを担ってゆかれたキリストはやがて復活されますが、その手足には十字架の傷跡が残っていました。その聖痕を通してこの世の悲しみは癒されたのです。
 復活されたキリストの体に十字架の傷跡が残っておられたように、悲しみは悲しみを深めてゆくことを通してこそ、それを担う力が与えられてゆくのであると信じます。この一年も、皆さまにとっても様々な出来事が身近に起こった一年であったのではないかと拝察いたします。

<若松英輔、『魂にふれる〜大震災と、生きている死者』、トランスビュー、2012>
 若松英輔(わかまつえいすけ)という1968年生れの思想家であり評論家である方がおられます。慶應大学の仏文科の出身の方で、最近私はこの方がカトリックの立場に立っている方であるということを知りました。二年半ほど前に偶然書店で手にした『魂にふれる〜大震災と、生きている死者』という書物でその存在を知ったのですが、私にはとても心に響く文章を書く方のように感じられました。若松英輔さんはその書物の中でガンを10年患って亡くなってゆかれた配偶者について「魂にふれる」という文章を書いておられます。それはこのような書き出しで始まっています。(少し長くなりますが)引用させてください。

「魂にふれたことがある。錯覚だったのかも知れない。だが、そう思えないのは、ふれた私だけでなく、ふれられた相手もまた、何かを感じていたことがはっきりと分かったからである。2010年2月7日、10年の闘病のあと、妻が逝った。相手とは彼女のことである。
 亡くなる二ヶ月ほど前のことだった。がんは進行し、腹水だけでなく、胸水もたまりはじめていた。数キロにおよぶ腹水は、身体を強く圧迫し、胸水は呼吸を困難にする。がん細胞は通常細胞から栄養を奪いながら成長する。彼女のからだはやせ細り、骨格が露出し、マッサージをすることすらできなくなっていた。薄い、破れそうな紙にさわるように、彼女の体に手をおき、撫でることができる残された場所をさがしていたとき、何かにふれた。
 まるい何かであるように感じられた。まるい、とは円形ではない。柔らかな、しかし限りなく繊細な、肉体を包む何ものかである。魂は人間の内側にあるというのは、おそらく真実ではなく、それは一種の比喩に過ぎない。むしろ、魂がゆさぶられるという表現は、打ち消しがたい実体験から生まれたのだと思われる。外界の出来事に最初に接触するのは、皮膚ではなく、魂なのではないだろうか。肉体が魂を守っているのでない。魂が肉体を包んでいる。
 どれほどの時間がたったのか分からない。見つめあいながら、深い沈黙が続いて、『こういうこともあるんだね』と言葉を交わしたのを覚えている。彼女は少しおびえたようだったが、起こったことの真実を一層深く了解していたのは、おそらく、彼女の方だった。抱きしめる。何かを感じるのは抱きしめた方よりも、抱きしめられた方ではないか。魂にふれるときも、同じ現象が起こる。
 彼女は内心の不安を口にすれば、私が困惑すると思い、沈黙していたのだろう。病者は、介護者が思うよりもずっと、介護者をはじめ自分を生かしてくれる縁ある人々を思っている。あのとき、私たちは彼女の最期が遠くないことを知らされたのだと思う。私の理性はそれを拒み、はっきりと自覚したのは彼女の没後だが、それでも、あのとき、私は打ち消すことのできない経験に直面していることには気がついていた。
 彼女は、肉体の終わりをはっきりと感じながら、同時にそれに決して侵されることのない「自分」を感じていた。その日以降、不安におののきながら、またあるときは落ち着きはらって、そんなことを言うと、きっとあなたは怒るだろうけれど、と前置きしながら、死ぬのは、まったく怖くない、彼女は一度ならずそう語った。
  (中略)
 苦しむ者は、多く与える者である。支えるものは、恩恵を受ける者である。決して逆ではない。持てる者が与え、困窮する者は受ける、それは表面上のことにすぎない。
 自分でベッドから立つこともできなくなった妻から受け取ったことに比べれば、私が妻にできたことは、実に取るに足りない。震災下でも同じことが起こっている。被災地の外に暮らす者が、自分に何が援助できるかを模索するだけではなく、自分たちが被災者によって何を与えられているかを、真剣に考えなければならないところに私たちは立っている。
 ふれるだけで十分である。ふれ得ないなら、ただ思うだけで、何の不足もない。病者は、差し出された手にどんな思いが流れているかを、敏感に感じ取る。病者は、まなざしにすら無言の言葉を読みとっている。同情、共感、あるいはそれを超えた随伴か。病者が望んでいるのは、理解でも共感でもない。それが不可能なことは、当人が一番よく分かっている。
 黙って隣にいることは、厳しい忍耐を要し、ときに苦痛でもある。なぜなら、苦しむ病者を前に、あまりに非力な自分を痛感しなくてはならないからである。しかし病者は、その思いもくみ取っている。
 彼らが望んでいるのは、日々新しく協同の関係を結ぶことである。協同は、共感や理解を前提としない。だが互いに全身をなげうって、存在の奥から何かを呼び覚まそうとする営みである。病者は、介護者の不安やおののきまでも、協同を築く土壌にしようとする。それは、大地が朽ちたものを糧に不断のよみがえりを続けるのに似ている。
  (中略)
 亡骸を前にして私は慟哭する。なぜ彼女を奪うのかと、天を糾弾する暴言を吐く。そのとき、心配することは何もない。私はここにいる、そう言って私を抱きしめてくれていたのは彼女だった。妻はひとときも離れずに傍らにいる。だが、亡骸から眼を離すことができずにいる私は、横にいる『彼女』に気がつかない。」

 若松英輔さんはパートナーを亡くすという慟哭の中で、その声を聴いたのです。「心配することは何もない。私はここにいる」という「太初からの愛の声」を。最愛の配偶者を病いで失うという体験を通して、悲しむこと、悲しみを深めることは、生きている死者との共同作業なのだと語っておられるのです。そしてこのことは私もやはり確かなことだろうと思っています。「私たちが悲しむとき、悲愛の扉が開き、亡き人が訪れる。-— 死者は私たちに寄り添い、常に私たちの魂を見つめている。私たちが見失ったときでさえ、それを見つめつづけている。悲しみは、死者が近づく合図なのだ。-— 死者と協同し、共に今を生きるために」。
 先ほどお読みいただいたイザヤ書43章にあったように、神は私たちにこう告げています。「恐れるな、わたしはあなたと共にいる」(2節と5節)。この太初の声を私たちは聴きながら、この言葉を光として仰ぎながら、ご一緒にクリスマスを過ごし、新しい年を迎えたいと思います。
 悲しみの中に置かれた方々の上に、メリークリスマス。お一人おひとりの上に、その独り子を賜るほどにこの世を愛して下さった天の父(「インマヌエルの神」)と主イエス・キリストが共にいて、慰めを与えてくださいますようにお祈りいたします。
 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言(ことば)は神なりき。この言は太初(はじめ)に神とともに在り、萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命(いのち)は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒(くらき)は之を悟(さと)らざりき。」
 私たちの悲しみをすべて「理解」し、英語で「理解するunderstand」という語は「下に立つ」という意味の言葉ですが、下から支えて下さるお方、救い主イエス・キリストのお誕生をご一緒に言祝ぎたいと思います。天には栄光、地には平和がありますように! アーメン。

<おわりの祝福>
 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

説教『言は肉となって』   石居基夫

 クリスマス、おめでとうございます。お招きいただきまして、今日はこの武蔵野でクリスマスの喜びを共にさせていただくことを大変うれしく思っております。もういろいろな意味で、私がここに過ごした時とは違っているのですけれど、やはり懐かしく、この場所に戻ってくると、無条件で「ただいま」ということばの出ることです。

イエスさまの誕生。そのクリスマスの出来事について、今日お集りいただいている皆さんは、その様子を自然に心に思い起こされることではないかと思います。

 

約二千年前、ベツレヘムの厩のなか、母マリアとヨセフに見守られ飼い葉桶に寝かされた幼児イエスさま。羊飼いたちが天使から救い主の誕生を知らされ、また東方の博士たちがユダヤの新しい王の誕生を星の導きに得て、このイエスさまを礼拝におとずれたこと。

 

マタイやルカに記されたクリスマスの出来事を伝える物語は、私たちにこのクリスマスの恵み、救いとは何かということをそれぞれに伝えています。それは、町中のクリスマスの華やかさ賑わいにも拘らず、実は私たちのなかに隠されている貧しさやみすぼらしさ、人間の弱さに向けて、神様のまなざしが注がれていることを伝えていることだろう。私たちの醜さや罪の渦巻く闇の中に神様の導きがあることを示されるのです。イエスさまご自身が、宿屋にさえ居場所を得ることが出来ず、臭く汚れきった家畜小屋の中でお生まれになったことで、私たちがあまり目を向けたくはない暗い部分、私たち自身のなかに巣食う闇の只中に、イエスさまがおいでくださったことを知らされるのです。

 

じっさい、先日もパキスタンで大勢の子どもたちのいのちを奪うという何ともいたたまれない事件がおこりました。なんとかミクスなどと言って少し景気が良くなったのかどうか分かりませんが、自分たちは、きっとそうした世界の遠い場所の出来事には目をつぶって過ごしていける。でも、そうして目をつぶろうとする私たちは、だれかのいのちを奪うほどの罪や暗やみが、決して遠い場所のことではなくて、私たち自身の中に巣食っている問題なのでないかと知っているはずなのです。

 

イエスさまがお生れになられたとき、ヘロデ王がこれを恐れて、ベツレヘム付近一体の2歳以下の男の子を殺したと聖書は記しています。イエスさまはなんとか身をエジプトに寄せて逃れたのです。その出来事のなかにも、イエスさまが、誰とともにあるお方なのかということを知らされるのです。

私たちは、このクリスマスに誰とともに生き、何を生きようとしているものなのだろう。

 

いや、しかし、私たち自身がどのようなものであろうとも、クリスマスは、私たちへの神様の出来事なのです。主イエスの誕生は、何を私たちにもたらすものなのか。クリスマスの本当の喜びに深く与りたいと思うのです。

 

 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。

 

ヨハネ福音書は、大変格調たかい表現をもって、神と、そのことばとしてのキリストとの深い関係をあらわします。

 

 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった

 

すべてをお創りになられ、また、私たちにいのちを与えられる神が、私たちの造り主、まことの主であることが示されます。(私たちは、自分の人生の主でありたいのです。自分が自分の人生の計画を実現したいと思うのです。しかし、その私たちに向けて私たちの本当の主は誰か宣言するのです。)そして、特に「神のことば」としてのキリストが、私たちすべてのいのちの源であり、また、そのいのちの光であると示されています。

 

この光は、私たちの暗やみを照らすいのちの光。クリスマスは、このいのちの光が私たちにやってくる出来事だと言えるのでしょう。この光に照らされて、私たちは私たち自身が何者であるのか、どんな深い暗闇を持っているのか、そこにたたずんでいるのか、あからさまにされるに違いありません。

このいのちの光は、すなわち神のみことばです。そのみことばのもとに、私たち自身の姿があからさまになる。

 

たとえば、おそらく何回となく聞いてきたルカ福音書10章にあるたとえ。私にとっては、教会学校の夏期学校でスタンツをしておそわったものです。困っている人を見たら、何をおいてもその人へ駆け寄っていったあの善きサマリア人のように、「あなたもいって同じようにせよ」と、私たちにみことばは語りかけられるのです。

でも、そのみことばによって、私たちは、そのみことばには生きていない自分を知らされるのです。あの時も、この時も、私が本当に大切にすべき神様の招きの声に聞くことが出来ず、自分の身を守り、自分の願いと希望、人々の賞賛の声を求めるように、あの祭司やレビ人のように道の向こう側を歩んできたのではないのか。そういう自分の存在が神様の前にあからさまになる。

いのちの光が照らし出すのは、そういう私自身の姿なのです。

 

神さまのみことばは、私たちのありようを照らし出す。そうして、私たちが何者にすぎないかということをあからさまに知らしめる。

 

けれども、それでおわらないのです。このヨハネはさらに言うのです。

 

 ことばは肉となって私たちの間に宿られた。

 

私たちが何者でしかないのかを神様の方はとうにご存知なのです。けれど、それにも拘らず、神様は私たち一人ひとりを愛し、ご自分の大切な子どもとして、新たに生きるようにしてくださる。放っておかれないのです。黙って遠くにおられることがないのです。駆け寄り、私たちを抱きしめ、もう一度生きるようにと私たちを新たにされる。それがクリスマスのできごとでした。

 

 このことばは肉となって私たちの間に宿られた。

 

みことばが私たちの内に働き、私たちを新たにする。神様のみ心を生きるようにもう一度立ち上がらせてくださる。その恵みがキリストを通して、私たちへの確かな語りかけとなり、私たちのうちに働く神のことば、力となることばとなった。福音書記者ヨハネはその証人でした。裏切ったあのペトロたちも、迫害者パウロさえもこのみことばによってとらえられ新しくされたのでした。

 

先週の日曜日、ある新聞に絵本作家のいとうひろしさんのことが紹介されました。私と同世代の作家ですけれども、「ルラルさんのにわ」とか「ルラルさんのほんだな」など、ルラルさんシリーズが知られています。でも、きっと一番は、おじいちゃんと孫の交流を描いた、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という絵本です。その記事でもその本のことが取り上げられていました。

ちいさな子どもが成長し、その世界を少しずつ広げて、いろいろな経験をする。難しい問題にであう。だから時には泣いて帰ってくることもある。そうすると、おじいちゃんがなにも聞かずに、とにかく「大丈夫、だいじょうぶ」と言ってくれる。そのことばで、大丈夫になる。

いとうさんは、こどもにはそういう根拠のない自信をあたえる関係が大事だという。母親はね、泣いて帰った子どもをみると、どうしたのかと理由を尋ね、なにがわるかったのかとか、どうしたらいいのかとか、いろいろというでしょう。でも、泣いているということをそのまま受け止めてくれて、大丈夫といってくれるおじいちゃんの存在。そしてそのことばが子どもの生きることを支える力となるのじゃないか。いとうひろしさんは自身の祖父母との体験をもとにしながら、そんな思いを絵本にしたと紹介されていました。

これを読んで思ったのです。ああ、そうだ。神様は無条件に「大丈夫」ということばを私たちにあたえてくださった。この状況のなかでも、こんな自分でも、このみことばは、私たちの生きるいのちの支え、救いとなる。キリストがお生まれになったこと。それは、なによりもこの神のみことばが私たちのために、確かに私たちの間に肉となりやどられたのです。私たちの生きるいのちに、確かな力となる。根拠のない自信ではなくて、神のことばとして、イエスさまご自身が、たしかな根拠となってくださったのです。

だから、こんな私でも、用いられ、生かされ、何事かなすものとされるのです。誰かのために、この小さな手を差し出すものとされる。だれかのそばに寄り添うものとされる。走りより、和解し、助け合う。

神はそのことばは、私たちを新しく生かす力なのです。そこに神の救いの働きがある。

 

救いの約束は、民全体に与えれる大きな喜びの約束です。それは、正義や平和、公平の実現とされています。悪や人を蝕む罪の力から、私たちが自由されることです。死もない労苦もない、涙も拭われ、なぐさめられる。それが、私たちに約束されているのです。

でも、そうした世界は、神様がたちまちにして、魔法のように私たちに与えられるものではありません。悲しみも苦しみも、やっぱりこの現実の中にある。それでも、この神の救いの出来事ははじまったのです。みことばが私たちに宿り、私たちがみことばを生きる、いやみことばに生かされるところにはじまった。神さまのみ業が私たちのうちに始められたのです。だから、今を生きる。だからここに立ち、与えられたいのちを生きる。

私たちは、私たちに働く、神のみことばを今日もいただきましょう。

 

ヨハネによる福音書 1:1-14
(2014年12月21日 10:30 A.M.  聖降誕祭主日聖餐礼拝  説教)

説教「平安あれ」 神学校3年生 秋久潤

2014年4月27日(日)
ルーテルむさしの教会 復活後第一主日
神学校3年生 秋久潤
使徒言行録2章22-32節
ペトロの手紙一 1章3-9節
ヨハネによる福音書20章19-23節

説教「平安あれ」

私たちの父なる神と、主イエスキリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン。

先週の日曜日、私たちは、「ハレルヤ!」という喜びの声を上げて、ご一緒に主の復活をお祝い致しました。この復活は、主イエスが、私たちに与えてくださる、新しい命。私たちが洗礼を受けることによって、主イエスと共に死に、そして、イエスの復活によって新しい命を得るのだ。そのことを記念するのがイースターでした。この世的な目から見れば、リーダーであるイエス・キリストを失い、夢破れて、故郷ガリラヤに帰る弟子たちが、主イエスご自身の命令によって、ガリラヤに帰るのではなく、新しく行くのだ、そのように、私たちは先週の礼拝で派遣をされ、一週間経ち、またこの場所に集まっています。

毎週一回、日曜日に礼拝に集まる。それは、呼吸をすることと似ているのではないでしょうか。息を吐いて、吸う。呼吸をしなければ人は生きていけない。礼拝の終わりに派遣されることによって、私たちはこの、教会の中から外へと遣わされていく。そして一週間経つと、またこの教会の中に吸い込まれていく。その呼吸を繰り返すことが、私たちの命の息、キリストと共に生きる者の呼吸ではないかなと思うのです。

本日このあとは、イースターコンサートが行われ、そこでは様々な楽器の音が奏でられます。楽器の音も、空気を通さなければ、聴くことができない。空気のない宇宙では、音は聞こえません。管楽器を吹くときの口から出る呼吸、弦楽器を鳴らすときの弦の振動、あるいは歌声、そしてそれを聴く私たちの鼓膜や、お腹で聴くという人もいます。全て、空気の震え。神の息が、私たちに伝わってくる。そのようなことではないのかなぁと思うのです。

本日与えられました聖書には、聖霊を受けなさい、という言葉が出て参りました。聖霊と聴くと、ペンテコステ、もうちょっと先の出来事ではないのかなぁと教会に来慣れている方は思われるかも知れません。まだイースターなのだから今は復活の時期ではないか。ですがヨハネ福音書は、復活のイエスを語るときに、ちょこちょこと、そこには聖霊の働きというものが登場してくるのです。

教会に集まる私たちと同じように、弟子たちは、イースターの日の夕方、一つの家に集まっていました。そこで彼らを支配していたのは、復活の喜びではなく、恐れだったのです。私たちも、礼拝に出て、イースターの喜びを共に分かち合う。何か良いことが起こったのかもしれない。だけど、実際に家に帰ってみると、はて、私の生活と、主イエス・キリストの復活はどういう関係があるのだろうかと、まあ、思ったりすることがあるかもしれません。この家に集まっていた弟子たちも、マグダラのマリアから「主イエスが復活したのです」という知らせを聞いていたんですね。その日の夕方とある。その日の夕方。ですが朝にはマグダラのマリアは一人、空になった墓の前で佇んでいた。そこにペトロとヨハネも駆けつけたが、復活の主と出会えたのは、その二人の男弟子が帰ってしまって、一人泣いていた、そのマリアのもとに、主イエスが現れた。ですから、マリア以外に、その主イエスの復活のことを証言できる人はいないのです。いくら主イエスが復活されたという喜びを持って、弟子たちの集まっていた家に行っても、弟子たちはだれも信じなかったのです。むしろ、家には鍵を掛けていた。なぜなら、ユダヤ人たちを恐れていたからとあります。弟子たちもユダヤ人なんです。ですが、自分たちはもともとユダヤ今日を信じていたが、イエス、ナザレのイエスという人物を、私たちの神から遣わされた子だと、ついていくことによって、同胞のユダヤ人たちから睨まれるようになる。しかも、力を持った主イエスは、十字架に掛かられて死んでしまった。これから私たちはどうしていこうか。まあそのような恐れがあったのでしょう。

わたしたちは恐れを抱いたとき、誰か、ある人に対して気まずいなあ、悪いことをしてしまったな、あるいは悪いことをされたな、と思ったとき、その人と、どのような関係になるでしょうか。おそらく、身を隠す、ということを行うのではないでしょうか。本日、ルーテル学院の学長になられました江藤直純先生が、私の説教の指導を今期してくださっているんですけれども、今日、聴きに来てくださったんです。ボスが来てくださった。でも、私としては、説教の準備がこれでいいのかなぁという恐れがあるわけです、喋りながらも。そうすると、来てくださったにも関わらず、隠れていたくなる、コソコソとしていたくなる。あるいは、何か言葉数を多くすることによって、ごまかそうとする。隠れやごまかし、それが、人が恐れを抱いたときにやってしまうことではないでしょうか。

実は今日お読みした箇所というのは、創世記の3章、あの蛇がアダムとイブを誘惑した箇所と驚くほど似ているのです。神が、アダムに「好みは取って食べてはならない。なぜなら神と同じような者になるからだ」と言って禁じられた実を、蛇は女に、「食べてみたらどう?」とそそのかす。そして実際に、食べてしまうと、まず二人が行ったことは、自分たちが裸であったことに気付いたんです。そして、恥ずかしい部分があらわになっているとして、いちじくの葉を綴り合わせて、腰を蔽った、とあります。そこで生まれてきたのは「恥」であり、自分の恥ずかしい部分を隠そうとする。そして、父なる神が園の中をあるいている、それは風の吹くときという言葉がありました。その、歩いている音が聞こえてくると、二人は、園の木の間に隠れた、とあるんです。自分の恥ずかしいところも隠したいし、神からも隠れていたい。神は二人に対して、「どこにいるのか」と語りかけます。それは神の立場から見れば、二人が見えなくなってしまった、どこにいるんだアダムとイブ、という呼びかけだったかもしれない。だけど二人にとってはそれは、恐ろしい声だったのです。自分たちを殺しに来る声かもしれない。ああ、ばれたらどうしよう。そして、二人の実を食べたと言うことが父なる神に知られてしまう。「なんということをしたのだ」。叱責が始まるんです。すると、アダムがやったことは、「あなたが与えてくれたあの女が、私に実を与えたので、私は実を食べたんです」と、責任転嫁をする。また逃れようとするんです。神から逆らうこと、そして責任転嫁をすること、これが創世記が現す、罪。私たちが恐れを抱くときにしてしまうことなのです。

ユダヤ人を恐れて、家の中に隠れていた弟子たち。そこに何の前置きもなく、イエスが来て、彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」。ヘブライ語で「シャローム」という挨拶をされるんです。その後に、手とわき腹をお見せになった、とあります。弟子たちはそれを見て喜んだと書いてあるのですが、私は最初この聖書を見たときに、何で喜ぶのかなぁと不思議に思ったんです。死んでいた人間が目の前に現れていたら、パニックになる、驚くはずじゃないのか。しかも、その方は自分たちが裏切ったせいで、十字架に架けられた、その傷跡を見せてくるんです。普通であれば、「ああ、もしかして、私たちに復讐しに来たのだろうか。殺しに来たのではないのだろうか」と恐れるはずかもしれません。ですが、旧約聖書のときに「どこにいるのか」と語りかけ、人間たちが自分の罪によって、その神さまからの呼びかけを呪いの言葉として聴いてしまったのとは違う展開が、ここでは行われるのです。傷を見せ、そして「あなたがたに平和があるように」と言われる。傷というのは、私たちの人間の罪をまざまざとそこにあらわすものです。私たちは、イースターに主が復活しておめでとうと言います。ですけど、もし復活だけのできごとだけが起こったのであれば、それは私たちにとって、もしかしたら、お祝い事では無くなってしまうのかもしれないのです。なぜならそこには恐怖が付きまとうから。ですが、主イエスが言われた、「あなた方に平和があるように」、その赦しのことばがあるからこそ、十字架の傷を見せて頂いたことが、弟子たちにとって、救いの出来事となるのです。

赦しだけでは、私たちにとって赦しにはならない。私たちにとって、傷、主イエスに負わせた傷、私たちの罪が何なのかということを知ったときに、その主イエスの赦しとはいったい何なのかが分かるようになってくるのです。主イエスはだめ押しをするかのように、「あなた方に平和があるように」と伝え、そして、不思議なことをされるんですね。最初に、派遣をされるんです。「私の父が、私をあなたがたのもとに遣わしたように、今度は私が、あなた方を遣わす」。さらにイエスは、息をフーッと吹きかけ、個人に対してではなく、弟子「たち」に吹きかけるのです。まあ、大の大人同士で顔に息を吹きかけられたらちょっとムッとするんじゃないのかなぁと、まあコミカルなことも思ったのですが、まあ、息を吹きかけるということも、また創世記の中で、大切な役割が描かれているのです。

主なる神が、人を土から造られたとき、その鼻に、息を吹きかけられた。ここで主イエスがされているのは、恐怖によって、体は集まっているけれども、心はちりぢり、自分の恐れしか考えていない弟子たちを、再び、主イエスが真ん中に立たれる集まりとして、回復されるのです。

ペンテコステ、聖霊が送られるという出来事は、教会が造られる出来事です。この主イエスの第二の創造は、私たち個人が復活によって新しい命を得ると共に、失われた主イエスのからだ、イエスの教会が、私たちが集められることによって、復活させられていくという意味を持っているのです。

最後に主イエスは、このようなことを言います。「誰でも、誰の罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だが、あなたがたが誰の罪であっても赦さなければ、その罪は赦されずに残る」と。まあ赦すも赦さないもあなた次第だ、誰の罪でも赦すことができる。あるいは誰の罪であっても、赦さずに放置しておくことができてしまう権威。それは、本来、人間には無いはずです。ファリサイ派の人々が、「罪を赦すこの人は一体何者だ」「お前は神なのか」と思ったかのような、その主キリストご自身の権威を、弟子たちに、託す。自分を十字架につけ、裏切った、また墓までは一生懸命走ってくるかもしれないけれども、そこで何かを感じたらまた家に帰ってしまうかもしれない、私たち、弟子たちに、その主イエスの赦しの権能を授けられるのです。「赦しなさい」と。

これは、人間の力だけでできる行為ではありません。聖霊が吹きかけられなければ、どんなに人間同士で赦そうと思っても、そこには隠しきれない限界がある。表面的には仲直りをしたように見えても、自分の心の深いところ、隠しておきたいようなところには、今なお、その相手に対する怒りや赦せないという感情がくすぶっている。私たちが罪を赦すことができるのは、何よりもまず、主イエスご自身が「あなたがたに平和があるように」「あなたがたの罪は赦された」その宣言、赦しがあるからこそ、私たちはその後に続いて、この交わりの中で、あるいは社会に出て行った後、目の前の人を赦すことができるのではないでしょうか。私たちが赦したから、その代償として赦しが得られるのではない。

とは言っても、赦せない私がいる。洗礼を受け、教会に通い続けてもなお、あの人は苦手だ。できれば隠れていたい。そのような現実も私たちにある。それは、創造され、神の愛のもとにいたにも関わらず、また、いちじくの葉を取って、自分の恥ずかしい部分を蔽ってしまう、人間の姿が、そこには今なお、根深くあるのではないのかなぁと思うのです。私たちは神から赦された、神から完全な赦しを得たとしても、なお罪人である。「義人無し。一人だに無し」。洗礼を受けても、私たちは義とされても、いまなお、罪人である。ですが、もう一つ、創世記の中には、重要なことが書かれているのです。それは、父なる神が、アダムとイブを、エデンの園から追放するときの出来事です。

父なる神は、二人に、皮の衣を造って、着させてやった。皮の衣。動物の毛皮のことです。それを造るためには、何かしらの動物の血が流されなければいけなかったでしょう。植物を切り取ってくるのとはわけが違う。それは、父なる神が裏切られたことによる、あるいは罪を犯した人間に対する怒りを抱えながらも、せっかく愛した人間たちを、自分のエデンの園から追放しなければならない、そのやるせなさ、悲しさの中で、二人に与えた皮の衣だったのです。

罪が赦されるには、血が流されなければならない。それが、旧約聖書が伝える、イスラエルの伝統です。その血を流されたのは誰か。主イエス・キリストご自身です。傷を負い、私たちの目の前に現れてくださったとき、そこにはやはり傷がついていた。血を流された。それは、私たちが罪を犯したせいで流された血であると同時に、私たちの罪を完全に赦すために流された血でもあったのです。

私たちは、週に一回、礼拝に来る。そして、最初に罪の赦し、罪の告白をして、御言葉を聴き、洗礼、聖餐へと与ってゆく。これは、主イエスご自身が私たちを新たに生まれさせるために、自分自身が変わってくださった。御言葉として、神の言葉として。そして洗礼における水において。聖餐式におけるパンとぶどう酒、からだと血とにおいて。私たちを生かすために、ご自身をお与えになる。また、息を吹きかけることによって、私たちの中に息づく霊となって私たちが教会から出て行く、神の庇護から外の世界へと出て行った後も、私たちの中で、主イエスは生き続けているのです。

先ほど私は、「全ての人は、罪人である」と申しました。その事実は、主イエス・キリストを頂いた後でも変わることがない。ですが、父なる神は、そのキリストを私たちに着させてくださった、ともあるのです。また、主・イエスキリストはここでも私たちのために変わるのです。司式者や説教者は、白いアルバを着ます。その下の中にあるのは、普通の人間、罪人が、真っ白なアルバを着る。これは、按手を受けたから、牧師だから着れる特別な服ではない。罪人である私が、主イエス・キリストから委託を受けて、主イエス・キリストご自身をあなたがたに伝える。その役目を担っている。そのことの証として、黒い私にも関わらず、その上から、真っ白な衣、キリストを着させていただく。それは、今ここにおられるお一人お一人の上にも、主イエスがご自分の体を裂いて着させてくださっている、皮の衣なのです。

「私があなた方を遣わす。」その聖霊の息吹は、私たちを赦してくださった証でもあり、また私たちを生かして、隠れたい、逃げたいと思っている、この世の恐怖へと、再び、派遣していく力なのです。そして、霊の力、それは、私たちが肉体が滅びた後も、続くのです。本日は、墓前礼拝が行われます。地上で体を失って、私はもう終わりなのだろうか、その不安やおびえがあるとき、私たちは肉体の機能はまだ残っていても、心ではもう死んだ者になりそうになる。ただ、主イエス・キリストが与えてくださる希望は、「私と共に死ぬ者は、私と共に復活する」。この希望があるからこそ、私たちは、死を乗り越えることができる。死は終わりではなく、その先がある。御国で、あの天に召された方たちと、再び祝宴を囲み、主を賛美するときが来る。この喜びが私たちに今日、告げ知らされているのです。私たちが隠したいところ、人前にどうしても表せない、できればなにかでごまかしたいような場所に、その真ん中に、主イエスは来てくださり、「あなたがたに平和があるように」「シャローム」、その赦しの言葉をかけてくださるのです。恐れるな、私はあなたと共にいる。この言葉を信じ、この一週間、主と共に歩んで参りましょう。お祈りを致します。

全能の父なる神さま、主の御名を賛美いたします。
私たちはあなたからの復活の恵みを共に与らせて下さり、そしていま、霊によってこの教会へと導かれて参りました。あなたは、私たちの真ん中に現れて下さったとき、傷ついたお姿をされていましたが、そのお姿をもってなお、私たちを赦し、本当の喜びと、安息へと導いてくださいます。私たちが赦された、この事実を以て、世へと派遣されていくことができますように。どうか、私たちをお守りお導き下さい。
いま、苦しみや絶望の中にある方に、あなたの光が届きますように。この祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名によって御前にお献げ致します。アーメン。

「今がその時である」中島和喜神学生

「今がその時である」

 ヨハネによる福音書で、イエスは3度エルサレムへ上京します。本日の4:1からはイエスが弟子たちと共に、エルサレムでの過ぎ越しの祭を終え、1度目のエルサレム上京から、ガリラヤに戻る道中のサマリアでの出来事です。

本来ユダヤ人にとって、このサマリアという場所はあまり行かないようにしていた場所でした。4節で「サマリアを通らねばならなかった」とありますが、確かに地理的にはエルサレムからガリラヤに行くために、サマリアを通るのが一番の近道でありました。しかし当時のユダヤ人は、サマリア人との関係は良好ではなかった。むしろ、緊張関係にあったと言っても良いでしょう。サマリア人と呼ばれる人々は、紀元前722年に滅亡したイスラエル王国の生き残りの住民と、アッシリアからの入植者との混在の結果できた、所謂、混血民族であったのです。そのためユダヤ人から見るとサマリア人は、半分がユダヤ人ではないものの地が流れているということからも、なるべく近づかないようにしていた民族でありました。

ですから、エルサレムからサマリアを通ってガリラヤに行くという直線的な道は、当時のユダヤ人からすれば、一般に通る道ではありませんでした。サマリアの東にありますヨルダン川の方を通って、迂回しながら進む道が、通常であったのです。しかし、イエスは直線的な、一番近い道を行くために、サマリアを通りました。これは人間的な常識にとらわれない、イエスのひたすらに真っ直ぐな道が表れています。その真意はわかりませんが、サマリアに行かなければならなかった、と4:4にあるように、むしろ神の救いの御手を、異邦人にも表すために、その道を歩んだと考えることができます。

その道中、イエスはサマリアの女に出会うのです。そこでの会話は、イエスの語りかけから始まりました。サマリアの女はこの時、大変驚いたことでしょう。来るはずのないユダヤ人が、サマリアの、それも女性である私に語り掛ける。さらに6節に「正午ごろのことである」とありますが、当時の水汲みは、凉しい朝か夕方に行われることが普通であり、暑い盛りの正午の井戸に人がいるということすら想像していなかったでしょう。そんな驚きの中でイエスに語り掛けられるところから始まります。同時にそれは、救いの御手が差し伸べられた瞬間でもありました。その始まりはイエスの語りかけであった。先手はいつも神なのです。

イエスとサマリアの女の対話が7節以降に展開されていきます。水を求めるイエスに対して、サマリアの女は疑問を抱き、イエスの求めに、質問で返していく。しかしイエスは10節で、こう語ります「もしあなたが、神の賜物を知っており、また『水を飲ませてください』と言ったのが誰であるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」と。ここで不思議なことに、求める者と、求められた者との立場が逆転しています。先ほどまで飲み水を求めていたイエスが、与えると言う立場になっているのです。

サマリアの女にとって、イエスの言う生きた水というのは、永遠に湧き出る、液体としての水を想像したのでしょう。永遠に喉の渇くことのないような、便利なものを想像したのでしょう。しかしイエスの言う水というのは、全く違ったものであります。それは肉体的な渇きを満たすものではなく、心の渇きを満たす、魂の渇きを満たす水であったのです。

イエスは気づいていたのでしょう。サマリアの女の、心の渇きを。16節以降にありますが、女は5人の夫がいたが、イエスと会話していた時には別の男性と連れ添っていた。女が自ら別れたのか、それとも死別など特別な事情があって別れたのかどうかは定かではありませんが、しかし結婚をもした男性と5回も別れを経験したという事実があるのです。最愛の人と5度も分かれる事態があったのです。それはどれほど、辛かったのでしょうか。明らかにこのサマリアの女は、不幸な人生を歩んできたのです。状況がどのようなものであろうとも、一度愛した人を失うというのは、辛くないわけがありません。

さらに女は正午ごろに水を汲みに来ていたと6節にありましたが、恐らくこれは人目に付きたくなかったために、人のいない正午ごろに水を汲みにきたのでしょう。5人の夫と別れた事で、さらに今は別の男性と連れ添っている事で、周囲からは非難されるような目で見られていた。そのように辛く、苦しい生活を、日々送っていたのです。それ故に、心に渇きをもっていたのです。しかしイエスはそのような女に対しても、何一つ変わることのない態度で話し続けます。それも16節で「あなたの夫をここに呼んできなさい」とまで言うのです。サマリアの女にとって一番触れられたくない、まさに痛いところを突然突かれるかのような言葉まで投げ掛けるのです。

それほどまでに、イエスはサマリアの女に、真摯に向き合ったのです。人の辛い過去を思い出させる一言は、言う人間もまた辛い事であります。悪戯に言える言葉でも、軽く言える言葉でもない。重たく辛い過去をもった人間に対して、その痛いところを突くイエスの態度は、ひたむきにサマリアの女を救おうとする、覚悟を持ったイエスの誠実な態度を見ることができるのです。

そのためイエスは、生きた水を与えると述べているのです。それも、決して渇くことのない生きた水、永遠の命に至る水が、湧き出ると述べているのです。それは、花に如雨露で水を与えるかのようなものではなく、生きた水が、心の内で泉となって、湧き出てくると言うのです。生きた水とはまさに、神の賜物であり、神の御言葉であり、イエス・キリストなのです。女にはイエスを通して慰めが与えられているのです。心の渇きを満たす水が、与えられているのです。重たく辛い過去を持つサマリアの女に対して、痛いところを突く言葉を掛けることを通して、イエスはその生きた水をもたらそうとしてくださるのです。女自身がここでちゃんと告白している、そしてイエスは受容している。まさにこれが、女にとって生きた水であるとすることもできるでしょう。

さらにイエスはその後の対話で、女は礼拝をどこで行うべきか、と問われる。そこで霊と真理をもった礼拝をするべきであると答えます。その時に、23節で「今がその時である」とイエスは述べるのです。サマリアの女に対する慰めが最深部に至った瞬間であります。サマリアの女はイエスの語りかけによって、救いを、生きた水を望む者として変えられました。そのサマリアの女に、イエスは今がその時であると述べるのです。昨年の流行語大賞の中に、林修の「今でしょ」という言葉が選ばれました。このイエスの言葉も同じように「今でしょ」と語り掛けるように考えられる一言でもあります。しかし、サマリアの女の状況を鑑みれば、「今がその時である」と語り掛けるイエスの言葉は、「今でしょ」という心を突き動かすような言葉とは違い、むしろ何よりもサマリアの女を受け入れる言葉になったのではないでしょうか。

5人の夫と別れ、今は別の男性と連れ添い、周囲から非難されるような目を向けられてきたサマリアの女には、少なからず自責の念も存在していたでしょう。そこに対するイエスのこの言葉が、どれほど温かみを持った言葉となったのでしょうか。罪人だからもう遅いと感じることもなく、未熟な私にはまだ早いと感じる必要もない、「今がその時である」という言葉は、「今で良いのだ」という、まさにイエスの深い慰めに満ちた言葉となるのではないでしょうか。ありのままで、今のままで、そのままで良いのだと語り掛ける、まさにイエスの慰めに満ちた一言であるのです。

こうしてサマリアの女は、見事に変えられていったのです。初めはイエスの問いかけに驚き、疑問を持ち、抗議的な態度すら見せていた女は、イエスの語りかけによって、次第に救いを求めるものに変えられていった。そしてイエスの慰めが最深部に及んだ時にサマリアの女は、まさに永遠の命に至る水が、泉となって湧き出た。神の真の愛を、与る者に変えられていったのです。

女の状況は何一つ変わっていません。周囲の非難的な目も、5人の夫と別れた過去も、今は別の男と連れ添っている事実も、何一つその環境は変わっていない。しかし、サマリアの女の心境は、イエス・キリストによって、劇的に変えられていったのです。そして、今日の箇所の後に続く39節では、町の人々に伝えていったのです。わき出た水があふれ出し、今度は周りの者をも満たす、永遠の命に至る、生きた水の泉として、サマリアの女は変えられていったのです。イエスの慰めに満ちた救いを聞き、受け取り、慰められ、そして今度はそれを周りに伝えていったのです。証する者に変えられた。女自身が、最初の証人に変えられていったのです。

イエスの歩んだ道は、ひたすら真っ直ぐでありました。それは物理的に真っ直ぐだっただけでなく、その思いもひたすらに真っ直ぐでありました。「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された」ヨハネ3:16の言葉でありますが、神の愛によって、神の独り子がこの地上に与えられました。その独り子の歩んだ道は、私達人間の目からすれば、死にゆく道でありました。しかし同時に、まさに愛の道であったのです。その道の中にはたくさんの御言葉が溢れ、たくさんの人々が慰められた。そしてその後の復活において、私達にはさらなる赦しが与えられました。イエスの十字架の死にゆく道、と言うとどこまでも暗い道のように感じてしまいます。しかしその道は、ただただ真っ直ぐに、私達に救いをもたらす、イエスの直線状の歩みであったのです。イエスの十字架を経て復活に至るという、真っ直ぐな道でした。

私たちはその神の真実の愛に、与る者とされているのです。そのイエスの真っ直ぐな歩みの上に、私たちも置かれているのです。神によって与えられる、その霊と真に、与るのです。イエスは、霊と真理とをもった礼拝を神は求めておられると述べられました。場所としての重要性を問うたサマリアの女に対して、イエスは何をもって礼拝するかという事を説いたのです。どこで礼拝するかではなく、何によって礼拝をするのか。それは神から与えられた霊と真理をもってです。神の霊と、神の真とに、私たちは与るのです。守ることでも捧げることでもなく、礼拝に与るのです。

さらにその時は、今がその時であると、愛をもってして語られました。この「今」は、サマリアの女だけでなく、また当時の人たちだけでもなく、私たちにも同時に語り掛けられる「今」であるのです。神の時間軸の中では、いついかなる時も今なのです。私達人間の生きるこの地上においては、永遠に、「今」なのです。
サマリアの女が変えられたように、私たちも霊と真理とに出会うのです。神の霊と真理とに与る者として、今日もそしてこれからも、永遠の今の中で、その歩みを神と共に、十字架を背負ったイエスと共にしていきましょう。

(3月23日(日)主日礼拝メッセージ 四旬節第3主日 ヨハネによる福音書4:5~26)

【説教】「想定外の有り難さ – 今年の聖霊降臨祭」 石田 順朗牧師

                テキスト:   使徒 2: 1-21、 ヨハネ 16: 4b –11

                                                                   2013/5/19  武蔵野教会

                                  石田 順朗

 

はじめに 今日は、主暦(Anno Domini)で2013年目、3/31の「復活祭」から数えて50日目の「ペンテコステ、五旬節」。2/13の「灰の水曜日」から始まった「四旬節」を併せると「90日目」にあたる「聖霊降臨日」。世間では「90日間の長期運転免許停止」やらが云々されるが、私たちにとっては「日本人の共感を呼ぶ永遠の同伴者」を見事に描く遠藤周作の 『イエスの生涯』を読み終えたような90日間。もとより、1/6顕現日に関連する「降誕祭」を加えて、「降誕、復活、聖霊降臨」の3大祝日の一つ、別称「キリスト教会の誕生日」。でも今回、特に付け加えて覚えたいのは、「震災後」では2年2ケ月目の「想定外の有り難い祭日」。

 

1.聖書に出てくる「出来事」の中でも、その突発性、驚異性の規模の大きさでは、実に「想定外」の「有り難い(起り難い)」出来事。「今現在」と同じように「想定外の有り難さ」の「重ね言葉」を説教題に掲げたゆえん。

 

 第1、イスラエル民族のカナン定住後,農耕祭として祝われたユダヤ教三大祝日の一つ「五旬節」が到来したので、ペトロほかイエスのお弟子たちは「オリーブ畑」と呼ばれる山から、「安息日にも歩く事が許されている(900m以内)」近くのエルサレムへ戻った。翌日曜日の朝、「泊まっていた家の2階の広間(アッパールーム – 最後の晩餐の部屋? マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家?)」に入って、イエスの母マリアや女性の信徒たちと総勢120人ほどが「心を合わせて熱心に祈り」、ついでペトロが「裏切者のユダ」の後任補選を提案したのに応じて、ユストともいうヨセフとマティアの2人の候補者から、くじでマティアを選んだ場面。

 

 その直後、「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」。最近では、「平年並み」が珍しく、「平常通り」と聞いて一安心するような時勢にあって、猛烈な豪雨や突風、竜巻すら屢々起るような状況から、突風や轟音は、たえず警戒が呼びかけられる出来事。ここで「想定外」とは、「炎のような舌が分かれ分かれに現われ、一人一人の上にとどまった」ことだ。しかも「一同は聖霊に満たされ、”霊“ が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」。当時「エルサレムには、あらゆる国々から帰って来た信心深いユダヤ人が住んでいた」が、この物音に大勢の人たちが集まってきて、「だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった」。

 

 無理もない!このような「想定外の有り(起こり)難い出来事」を目撃した人々の反応は今も昔も変わりない。「人々は皆驚き、とまどい、『いったい、これはどういうことなのか』と互いに言った」。ただここで見逃してならないのは、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」とあざける者がいたことだ。すると、ペトロが、つい補選されたばかりのマティアを含む11人の弟子たちと共に立って、声高く説教し始めた、と報じられる。想定外の「有り(起こり)難い」出来事が「ありがたい、意味深い出来事」に転換し始めたのである。

 

2.「想定外の有り難さ」 頻繁に使う「ありがとう」の語源は、形容詞「ありがたし」の連用形「ありがたく」がウ音硬化して「ありがとう、感謝」となったといわれる。「有り難し」は、それこそ「有る事が『かたい』」で、本来の「滅多にない」から「珍しくて貴重だ」に転化し、やがて「ありがとう、感謝」になったという。古典では「この世にあるのが難しい」(『枕草子』)から、中世に至って、仏の慈悲など貴重で得難いものを戴いていることから、宗教的な感謝の気持ちとなり、近世以降は、感謝の意味で広く人々に口ずさまれるようになったと知らされている。

 

 「想定外」だらけの今日、ただ驚愕(おどろき)や「戸惑い」だけでなく、時には、「ありがたさ」つまり「有り難く感謝すること」は大事。これが今日の出来事の核心だ!

 

1)「想定外の有り難さ」の第1は、ペトロほかイエスの弟子たちが、直ちに思い起したイエスのみ言葉で、それは本日の福音書の日課。『ヨハネ』16章では、イエスの決別の辞にふさわしい「まことのぶどうの木」のたとえを用いた「お話」に続き、「これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである」とのイエスの語りかけである。それは「弁護者」としての「真理の霊」。しかもその「真理の霊が来ると、あなた方を導いて真理をことごとく悟らせ、聞いたことを語ることができる」と約束される。まさに、そのことが起ったしだい。これが「想定外のありがたさ」の第1。私たちも、奮起一番、「真理のみ霊」しかも「弁護者」である「聖霊」に満たされ、「福音の証し人」になろう!今日、「福音の証し人」が緊急に必要。しかも、「誰にでもわかる」言葉で話すことだ。聖書学者は、よく「多言奇跡」などと云うが、要は、コリント一14章の「異言」とは異なり、「誰にでもわかる言葉」で語り合うことを強調している点にぜひ留意しよう。

 

2)「想定外の有り難さ」の第2は、ペトロに習って「私たちは、酒に酔っているのではない」と明言すること。二日酔いとか「90日間の長期免許停止」を課せられる飲酒運転のことだけではない。むしろ「自己陶酔」、「酔いしれる」(過度に酔って正気を失う)「自制心を失う」ことへの警告だ。「人間万能主義(iPS万能細胞)」から「宗教原理独善主義」が漂っている。それだけに、人間は「万能」になりえても「全能」には決してなり得ないことを明確に弁え知りたい。

 

 最近の政界の成り行きをみて、虚勢、自己顕示を戒める中国の『老子』の一節を引用した警告文を読んだことを思い出す。「跂(つまだ)つ者は立たず 跨(また)ぐ者は行かず」(第24章)だ。「つま立ちすると、一時的に背は高くなるが、不安定な状態を持続することはできない。大股で歩くと一時は早く進むが、すぐに疲れて永続きしない」の意という(講談社学術文庫「老子入門」)。

 

 3)「想定外の有り難さ」の第3は、それこそ「真実にありがたいこと」である。約束の成就だけではない。「和と交わり」をもたらす「会衆」の出発点にもなったことである。受洗者が続出した。その日、3000人が受洗した。先の教区祭の派遣聖餐礼拝では、ICU チャペルを 650名を余す会衆が埋め尽くしたではありませんか!

 

  今日は、「教会の誕生日」。いや、「私たち受洗者たちの会衆誕生祝会」。「教会」の呼び名はずっと後のこと。さあ「受洗」を感謝して、宣教に出かけよう!

説教「食卓の給仕をしてくださる復活の主」 大柴譲治

説教「食卓の給仕をしてくださる復活の主」 大柴譲治

 ヨハネによる福音書 21:1-14

 

<「復活の主が準備してくださった朝食」>

 「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と復活の主は弟子たちを招かれました。よみがえられたキリストご自身が食事を準備してくださった。今朝私たちがこの礼拝に集められていることも、主が私たちを「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と招いてくださっているからだと思います。この礼拝は、主自らが炭火を起こして魚を焼いてくださった「霊的な朝食」なのです。この炭火の煙と焼き魚の臭いの中に私は復活の主のクオリア/リアリティーを強く感じます。聖書のこの部分を読むたびに私はそこから炭火の煙と焼き魚の香りがしてくるように感じます。このような具体性の中に弟子たちは復活の主の現臨を感じ取ったのです。

 本日の使徒書の日課にはこうありました。「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。——この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです」(1ヨハネ1:1-2)。復活の主と出会うことができた第一世代の弟子たちがその耳で「聞いたもの」、その「目で見たもの、よく見たもの」、手で「触れたもの」を伝えてくれたのです。以降二千年に渡ってキリスト教会はこの復活の主の証言を手渡しで引き継いできました。時間と空間、言語や歴史を超えて、復活の主の福音を全世界に宣べ伝えてきたのです。

 このようなかたちでの生き生きとした「命の言」についての証言があったからこそ、初代教会はどのような困難や迫害にも負けずにその復活の福音を宣べ伝えてゆくことができただろうと思います。蜘蛛の子を散らすように十字架の下から逃げ去った主イエスの弟子たち、あれだけ「弱虫」だった弟子たちが、復活のキリストと出会うことを通して殉教の死をも恐れない「復活の証人」に変えられていったのです。先週はマルコ16章9節からを読みましたが、歴史家が証明できるのはマルコ16章8節までに書かれていた主の「空っぽの墓」まででしょう。しかし8節と9節の間には無限の深淵がある。遠藤周作の言葉を借りれば、確かにキリストは「弟子たちの心の中に甦られた」のです。復活のキリストがその啓示を通して、あれほど弱虫だった弟子たちを死をも恐れない復活の証人へと造り変え、押し出していったのです。復活は「事実」としては証明できないとしても確かに「真実」であります。

 それはヨハネ21章が記しているように、復活の主ご自身が弟子たちのために焼き魚を燒いて朝食の準備をしてくださっているほどリアルなものでした。「わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたもの」、わたしたち自身の五感で感じることができるようなもの、臭いを嗅いでムシャムシャと食べて味わうことができるほど具体的なものだったのです。疑いのトマスは主の十字架の釘跡を示されて変えられました。本日の日課には、七人の弟子たちが一晩中漁をしても「その夜は何も取れなかった」とありますが(ヨハネ21:3)、「船の右側に網を打ちなさい」と岸から語られる主の言葉に従ったところ「153匹もの大きな魚」が獲れたとあります。「153」というのは当時ガリラヤ湖にいたとされる魚の種類を指しているようです。それは全世界の民族を象徴していましょう。福音が全世界に宣べ伝えられてゆき、多くの国民をその弟子とするということがそこでは預言されているのです。

 

<まぶしい言葉>

 私などはこのような揺らぎのない言葉がとてもまぶしい気がいたします。それは私が自らの中に揺れ動くものを感じているからです。皆さんはいかがでしょうか。私たちはキリストの福音を聞いて信じ、洗礼を受けましたが、復活の主を直接自分の目で見たりこの手で触れたりしたのではありませんから、どこか自分の中には曖昧で不確かで、迷ったり壁にぶつかったり、本当に自分には信仰があるのだろうかと疑ったりする気持ちがあると思います。だからこそ遠藤周作の「信仰とは99%の疑いと1%の希望である」という言葉に深く頷かされるし、疑いのトマスが主によって信仰の確信を与えられていったことが羨ましく思えるのです。

 私たちは自分の中には確かさはないということをきちんと見つめてゆかなければなりません。「信仰」とは「信念」や「自分自身の思い込み」とは違います。「こだわり」とも違うのです。自身が打ち砕かれ自己の中には何もないということに気づいた時に、同時に、それにもかかわらず神の一方的な憐れみによって救いが向こう側から与えられていると気づかされるのです。それは「もはや生くるのは我に非ず。キリスト我がうちにありて生くるなり」(ガラテヤ2:20)という状態です。打ち砕かれた自分の主体は自分自身ではなく復活のキリストです。キリスト教の迫害者だったパウロはダマスコ途上で復活のキリストと出会うことによってそのような「信仰」に導かれました。思わぬ時に思わぬかたちで、救いは常に私たちの「外」から来る。「向こう側」から、「神」から来るのです。

 本日の使徒書の日課にはこうありました。「この命は(向こう側から)現れました。御父と共にあったが、わたしたちに(向こう側から)現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです」(1ヨハネ1:2。括弧内の言葉は大柴の補足です)。ここで「現れた」と二度用いられている語は「啓示する、(神が隠れていたものを)明らかにする」という言葉です。意味上の主語は父なる神です。神が私たちに「命の言」である御子を啓示されたのです。復活の主はいつもご自身の側から弟子たちに近づいてきてご自身を示してくださいます。弟子たちが復活の主に近づいたのではない。向こう側から私たちに近づいてくださる復活の主を、炭火と焼き魚の臭いをかぐほど具体的に生き生きと私たちが感じ取ることが大切なのです。

 せっかく主が私たちに近づいてくださっているのに、私たちは(何かの理由で)それに気づかずにいるのかもしれません。自分の中の何かがそれに気づくことを妨げているのでしょう。先週の福音書の日課には、復活の主が「(信じようとしない弟子たちの)その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエス・キリストを見た人々の言うことを、信じなかったからである」とありました(マルコ16:14)。復活の主は私たちの中にある「不信仰とかたくなな心」すなわち「罪」を打ち砕き、私たちを信じない者から信じる者へと造り変えてくださるのです。

 

<「cogitoではなくcredoで」(バルト)>

 小川修先生の『パウロ書簡講義録ローマ書講義I』(リトン、2011)に記されていることですが(p143-45)、神学者のカール・バルトは、デカルトの「cogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)」という場合の「我」と私たちが使徒信条などで「credo(我信ず)」という場合の「我」は二つの全く異なる「我」だと言いました。cogitoの「我」はどこまで自分中心で、すべてを自分の経験利用の対象としてしか見てゆかない独白的な「我」です。「自我」と呼んでもよい。「我-それ」の「我」と言ってもよい。近代文明はそのような近代的な「自我」によって構築されてきました。そのようなモノローグ的な肥大化した「我」の行き詰まりは見えています。それに対しcredoの「我」は、神の御前にひれ伏す「我」であり、神との関係の中で徹底的に打ち砕かれ無とされてゆく「我-汝」の「我」なのです。「もはや生くるのは我に非ず」の「我」ですね。私たちは繰り返し「credo(我信ず)」の「我」に立ち返り、そこから始めてゆかねばなりません。

 復活の主は「さあ、来て、朝の食事を食べなさい」と私たちを今招いておられます。準備された炭火と焼き魚のにおいは、打ち砕かれた心でそれをいただく弟子たちの心に忘れられない余韻を残したことでしょう。それは彼らに十字架の前日の「最後の晩餐」をも想起させたはずです。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言って、私たちのための「命のパン、命の水」として自らを差し出し、捧げてくださったお方。そのパンとブドウ酒をこの歯でかみしめ、この舌で味わい、のどで飲み込む。「臭いをかぎ、かみしめ、味わい、飲み込む」という具体的な五感を通して、復活の主のリアリティーが弟子たちの心に力を与え、それを造り変え、押し出してゆくのです。

 大切なことは、どこか遠いところにあるのではなく、私たちのごく身近なところ、すぐそばにある。それに気づくことです。炭火と焼き魚の匂いは私たちにそのような復活の主の現臨を伝えているように思います。主が私たちのために食卓で仕えてくださること、主が準備された炭火の煙と焼き魚の香りを味わいそれを深く噛みしめながら、主の交わりの中に新しい一週間を過ごしてまいりましょう。

 それは本日の第一日課が告げる通りです。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒言行録4:12)。このお方と出会い、このお方を信じ、このお方に服従していった多くのキリストの証人の中に、今ここに生かされている私たちもまた加えられているのです。多くの主の復活の証人の中には、苦しい息の中にあっても「主、我を愛す」と告白しながら天に召されてゆかれた菊池文夫兄もおられますし、「地上を離れ、私の愛する神様に会いに行きます。アーメン」という言葉を残してイースター前日の4月7日に天に帰って行かれた土門多実子姉もおられるのです。復活の主が私たちをご自身に結び合わせておられることを覚えながら、お一人おひとりがこのお方、復活の主のリアリティーを感じることによって豊かな喜びに満ちた毎日を過ごすことができますようお祈りいたします。アーメン。

 

(2012年4月22日 復活後第二主日礼拝説教)

説教「光あれ」

おとづれ234号 2010年4月発行

音声ファイルにて

説教「主に愛されて」大柴譲治

ミカ書4:1-5 /エフェソ書2:13-18/ヨハネ福音書15:9-12 
 

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

「平和主日《に

本日は「平和主日《。毎年8月第一日曜日に私たちは平和を覚えて祈る礼拝を守っています。8月は二つの原爆記念日と15日の敗戦記念日がありますので、私たちにとって再び戦争を繰り返さないためにも過去の歴史を振り返りつつ心に刻む必要があると思います。

本日与えられた三つの日課も平和について告げています。特にミカ書には「終わりの日の約束《という小見出しが付き、そこには「主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない《というすばらしい約束の言葉が記されています。ニューヨーク国連本部ビルの礎石に刻まれている言葉でもあります。

これは「終末の日《に神ご自身がこの地上に神の平和を打ち立てるという約束と勝利の宣言です。人類の歴史が憎悪と争いの血塗られた歴史であることを思うとき、私たちは「すべての剣が鋤に、槍が鎌に打ち直される《という平和の実現に対して絶望的な気持ちになるかもしれません。しかし、神の平和の実現のために御子イエス・キリストがこの地上に派遣されたと聖書は語り、私たちキリスト者も同様にキリストの平和を実現するためにこの世に派遣されているということを覚えたいのです。山上の説教の冒頭部分にはこうあります。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる《(マタイ5:9)。また、「あなたがたは地の塩であり、世の光である《と主の言葉も、主ご自身が私たちを「平和の礎《として、この地上が滅びることがないように「防腐剤《として、そして暗闇を照らす「平和の灯火《として見ておられるという事実を想起させるものです(同5:13-14)。

『9.11テロに立ち向かった日系人』

私は1983年7月にこの武蔵野教会での教会実習を終えた後、8月よりカナダのバンクーバー近郊のラングレイという町のShepherd of the Valley Lutheran Churchという教会で一年間のインターンを開始しました。そこで出会ったある教会員のカップルから一冊の本をいただきました。そこには太平洋戦争中、1942年より2万人を超える日系カナダ人が土地と財産を没収され、強制収容所に収容されたということがつぶさに記録されていてとても驚かされました。カナダは1988年になってブライアン・マルルーニー首相の時に国として公的な謝罪と補償を行いました。

1984年にカナダでの一年間のインターンを終えて帰国し、7月より熊本・神水教会での七ヶ月のインターンを開始しました。ちょうどその年のNHK大河ドラマは山崎豊子の『二つの祖国』を原作とする『山河燃ゆ』という太平洋戦争中の日系米国人の苦難を扱ったものであったことを印象的に覚えています。

私はそのことを長く忘れていたのですが、先日BS放送で俳優の渡辺謙が進行役を務めた二晩連続の『9.11テロに立ち向かった日系人』というドキュメンタリー番組を見て思い起こしました。ご覧になられた方もおられましょう。そこで紹介されていたノーマン峯田という日系米国人の姿がとても印象に残ったのです。私の中では「われここに立つ。神よ、われを助けたまえ《と言った宗教改革者マルティン・ルターの姿と重なりました。

このノーマン・良雄・峯田という方は、両親が静岡県から米国に移住した日系二世で、1931年11月生まれで今年の11月でちょうど80歳になるカリフォルニア州サンノゼ出身の政治家です。1971年に日系人としては(ハワイ以外では)初めてサンノゼ市長を務め、クリントン大統領時代に商務長官(2000-2001年)、そしてジョージ・ブッシュ大統領時代に(2001年1月-2006年7月)運輸長官を務められました。そしてちょうど運輸長官に就任した年の9月11日にニューヨークのテロ事件が起こるのです。

9.11テロ直後からアメリカではアラブ系・イスラム系の住民への脅迫・暴行等の迫害が始まります。そこから派生した「人種プロファイリング《(人種を基準にして選別や調査を行うという差別です)を飛行機の乗客に対して徹底的に行うべきだと多くのマスコミや政治家が主張したのです。

しかしこれに対してノーマン峯田長官が断固として異議を唱えました。「アラブ系・イスラム系アメリカ人は、全ての国民と同じだけの尊厳と敬意をもって接せられるべきです。外見や肌の色で判断されることについて私は実体験として知っています。日本人を祖先に持つ私の歴史は、私の両親の精神力と強い志、そして日系アメリカ人が直面した上当な扱いの数々から成り立っています。人種プロファイリングが安全の基礎になるものでは決してありません《。このようなノーマン峯田氏の主張により「人種プロファイリング《の適用は回避されることになりました。そして全米の全空港に堅固な安全システムが設置されたのです。

ノーマン峯田長官は子供の頃、太平洋戦争中、体感マイナス33゚Cにもなるワイオミング州ハートマウンテン強制収容所に家族と共に収容された経験がありました。両親は仕事も財産も何もかも奪われたのでした。9.11テロの時と同じくこの時も、マスコミや政治家が声高に日系人を隔離し収容せよと叫んで、米国民全体がそちらに誘導されたからでした。戦争やテロがもたらす憎悪や恐怖心、そこから言われのない差別が生み出され、その差別を受けた人間は家族の崩壊やトラウマ(心的外傷)という問題を抱え込んでしまうのです。峯田長官はこうした実体験に基づき、これらのことに鈊感になっている者に強い警鐘を打ち鳴らすために「人種プロファイリング《を頑なに拒んだのでした。

峯田長官はマスコミや政治家たちからの烈火のごとく集中させられた非難・批判をも毅然として耐え抜いてゆきます。「これは憲法に照らし合わせても正しいことなのです。ですからそれに対しては断固として『ノー』と言って、強い姿勢で揺るがず立ち向かうしかないのです。直面している問題を明確にしつつ、感情的にならずに判断し、レンガを一つずつ積み重ねるようにして強固な基盤を築きながら耐えるしかありません。誰から反論を受けてもそれに耐えられるような判断を常に下してゆきたいものですね《。そう言いながら、終始柔和な笑顔の中に首尾一貫性を貫いた峯田さんの姿は深く心に残りました。本当の苦難を乗り越えた者だけが到達することができる透明性、高貴さ、英語で言うならば decency という次元を私はそこに強く感じ取りました。

ドキュメンタリーの最後には、案内役の渡辺謙氏を自分の運輸長官として自画像が掛けられている議会の一室に誘う峯田さんの姿が映し出されました。その会議場の壁には歴代の運輸長官の自画像がかけてあったのですが、その真ん中に峯田さんの自画像がありました。そこには、ワイオミング州ハートマウンテンと、その強制収容所と両親に挟まれて立っているノーマン少年の姿が自分のルーツとしてはっきりと描かれていました。

アメリカの恥部とも言える日系人の強制収容所の歴史を生き抜いた者として自分のルーツを誇り高く示す峯田さんの真摯な姿に私は深く心動かされました。自分を愛してやまなかった両親への愛、正義への愛、合衆国憲法が示す正義と公平への愛がそこには貫かれています。真理を真理として頑として、謙遜に、しかし明確に、主張し続けるノーマン峰田さんのような方々が、激動の世界史の中には無数におられるのだろうと思います。真実の愛がそれを支えているのです。

2001年11月、その長年の功績を顕彰するために地元のサンノゼ国際空港がその正式吊を「ノーマン・Y・ミネタ・サンノゼ国際空港《と改称されました。私はその真摯な生き方から、真の神を神とする生き方、神以外の何ものをも神としない生き方を示されたように思います。

「キリストこそ平和」

深い悲しみや痛み、怒りやどうしても赦せないという気持ちを私たちは誰しも腹の奥底に抱えているように思います。それは思い起こすだけで手がブルブルと震えてしまうような言葉にすることの難しい気持ちです。普段それは沈殿していて、私たちはそれを意識せずにいますが、いざという時には、撹拌されるようなかたちでその苦い思いが表面に出てきて、私たちを強烈に支配しようとすることがあります。そこを突破するために私たちはどうすればよいのでしょうか。

聖書はそのような私たちにキリストの十字架を見上げるよう告げています。主は十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか知らないのです《と祈られました。このキリストの赦しの愛が、そしてこの真実の愛だけが、私たちを変えてゆくのです。私たちの怒りや悲しみ、恨みやつらみのすべてをその身に引き受けることで、どうしても人を赦せないでいる私たちを赦し、赦すことの大切さを命をかけて教えてくださったのです。エフェソ書2章は告げています。「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。《

聖餐への招き

本日は聖餐式に与ります。「これはあなたの罪のために与えるわたしのからだ《「これはあなたの罪の赦しのために流されるわたしの血における新しい契約《と言って、私たちにパンとぶどう酒を差し出して下さるキリスト。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい《と言って、私たちにその無限の愛を注いで下さるキリスト。このキリストの愛こそが、私たちの中にある深い怒りや悲しみ、痛みを根底から変えてゆく力を持つのです。主は私たちの重荷と軛とを共に担って下さった。私たちの人生をはらわたがよじれるほどの深いあわれみをもって、「人生の同伴者《として共に傍らを歩んで下さる同行二人のキリストを私たちはそこに強く感じるのです。

十字架のキリストを見上げる中で、聖餐式においてその愛の力を深く味わうことを通して、私たちは「平和《への決意を新たにしたいと思います。主が私たちを平和の道具として用いてくださいますように。

お一人おひとりの上にそのような確かなキリストの愛と平和がありますように。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

ミカ書4:1-5 /エフェソ書2:13-18/ヨハネ福音書15:9-12

(2011年8月7日 平和主日聖餐礼拝説教)

説教「約束に満ちた『疑い』」 伊藤節彦神学生

ヨハネによる福音書20:24-29

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

【起】

十二使徒の一人であったトマスは、正直で真面目な人であったと思います。

信仰と不信仰の両極を揺れ動くトマスには、信仰に対していい加減な態度が感じられません。曖昧さ、中途半端さを拒否する、愚直、と申して良いほどの生き方をした人物といえるかもしれません。

トマスはディディモ、すなわち双子というあだ名を持っておりました。実際に双子であったのかどうかは分かりません。しかし、彼の中にある、信じたいという思いと、信じることが出来ないで苦しんでいる姿。この信仰と不信仰という二面性、アンビバレントな思いは、何もトマスだけのことではありません。私たちもまた、私の中にいるもう一人の私を抱える者であります。その意味で私たちもまたディディモと呼ばれる者ではないか、そう思うのです。そのような思いで、今日与えられましたトマスの出来事を共に味わって参りたい、そう願っております。

伝統的な聖書日課では、このトマスの箇所は、先週のペリコーペと一緒に、復活後第1主日に読まれてきました。なぜなら、トマスの出来事は、復活の日から八日後、すなわち一週間後に起きたことだったからです。

また、復活節の主日は、それぞれの主日に相応しい聖句による名前で親しまれてきました。復活後第1主日は「生まれたばかりの乳飲み子のように(Ⅰペト2:2)」と呼ばれています。それはイースターに洗礼を受けたばかりの「信仰の幼子達」を覚えるだけでなく、堅信礼がこの主日に行われてきた歴史もあるからなのです。

トマスは他の弟子達に遅れて復活の主に出会いました。ですから、幼児洗礼を受け、長い間、教会の交わりの中にいながらも、まだ「我が主、我が神よ」という信仰告白を自ら行っていない若者達を、教会は「遅れてやって来たトマス」の告白に重ねる形で、自らの信仰を思い起こしてきたのであります。

礼拝の中で洗礼式や堅信礼が行われることはとても重要なことです。それは、信仰が個人のものではなく、教会のただ中で起きる出来事であることを物語っているからです。そして、それは洗礼を受けた全ての者を、もう一度、その恵みの原点へと立ち帰らせてくれるからであります。

武蔵野教会では、感謝すべきことに、このイースターに1名の受洗者と2名の堅信者、そして転入者が与えられました。そのお一人お一人が、家族や多くの教会員に支え・励まされながら、そして何よりも主イエスと出会い、その信仰を告白されるに至るには、多くの迷いや悩み、葛藤があったことでありましょう。そういう意味では、ここにいらっしゃる皆様が、トマスのように、それぞれが主との出会いを経験していらっしゃる。福音書の一頁をお持ちなのであります。そして、それはこの武蔵野教会という交わりを通して与えられたもの、主の賜物であります。しかし、この交わりは生きている私たちだけのものではありません。今日、ここに江頭さんが共にいらっしゃるように、先に召された多くの信仰の先輩方を含む、聖徒の交わりでもあるのです。

【承】

さて、み言葉を見て参りましょう。先ほどお話ししましたように、伝統的なペリコーペは19節から31節までを一つの区切りと致しました。それを私たちは二週に亘り丁寧に味わっております。

先週の大柴先生の説教にありましたように、トマスを除く弟子達は、復活の日の夕方に、甦りの主イエスに既に会っております。しかし、そこにトマスだけは、なぜか共にいなかったのであります。なぜでありましょうか?

トマスは聖書に三度登場し、四つの言葉が記されています。

最初はラザロを甦らせる前の場面です。「11:16すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、『わたしたちも行って、一緒に死のうではないか』と言った」とあります。

続いて、最後の晩餐での主イエスの告別説教の中でトマスが尋ねる場面です。「14:5主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」

そして本日の25節と28節であります。

これらの言葉の中に、全ての終わりである、そうトマスが考えていた「死」のモチーフを感じることが出来ます。冒頭で私は、トマスは正直で真面目であったと語りました。彼は自分が一度決断すれば「一緒に主と死のう」と言える人物でした。しかし一方、納得がいかなければ、釘跡に指を入れなければ信じない、と語る頑なさを持っていました。言い換えるならば、人の意見や雰囲気に流されたりしない、全く主体的な人物であったと言えます。

一人だけ他の弟子達と共にいなかったトマス。彼はその時、何をしていたのでしょうか?

これは私の想像ですが、トマスは主イエスが十字架で苦しまれ、激しい叫びの中に死んでいかれた、その場面を実際に見ていたと思うのです。自分の目で、主の最期を見届けたからこそ、全てがその死によって断ち切られるかのような絶望が、トマスを襲ったのではないかと思うのです。

24節に何気なく語られる「一緒にいなかった」という動詞は、原語のニュアンスでは、たまたま居なかったのではなく、意識的に共にいることを避けたと考えることが出来る言葉です。それは、主イエスの十字架の死が、全ての終わりであるという絶望感からでありましょうか。トマスは主イエスなき今、弟子達と共に留まる理由を見いだせなかったのではなかったかと思うのです。

ですから、25節では他の弟子達が「私は主を見た」と語りますが、そのような絶望感、半ば自暴自棄となっていたトマスは「釘跡を見、触れなければ、決して信じない」と頑なに拒むのであります。しかし、そのトマスが、今、ここに仲間達と共にいるのです。

一方、弟子達にとって、この一週間に起きたことは何だったのでしょうか?

彼らも以前の弟子達ではありませんでした。皆が皆、主イエスを裏切り、逃げ去った者達であったのです。そして仲間の中で最も信頼を置いていたユダを彼らは失いました。今ここで、新たに信仰から離れ、共同体から遠ざかろうとするトマスを、弟子達はそれこそ必死に説得したのだと思います。そのような弟子達の姿の中に、教会が誕生したといっても良いと思うのです。

先ほどトマスが「いなかった」のは偶然ではなく意識的であったと申しました。それと同じニュアンスが、弟子達がトマスに主との再会を「言った」というその言葉にも使われています。つまり、一度や二度ではなく、何度も何度も繰り返し、自分たちが主と出会った体験を、それこそ代わる代わる、トマスに伝えたということなのです。ですから、八日後に再び弟子達が集まっていた時にトマスが一緒にいたのは、偶然ではありませんでした。弟子達の執り成しによって、トマスは教会の交わりに再び帰ってきたのです。

教会とは信者の集まり、という完成されたものではなく、信仰と不信仰が入り交じる場所に他なりません。互いに弱さを負い、その罪が赦されている喜びに生かされるが故に、赦し執り成し合う場であります。

それが可能となるのは、十字架で死に、陰府にまで下られた復活の主イエスが、私達の心の闇の只中に立って下さるからなのです。どんなに私たちが、悲しみや恐れ、悩みの中で心を頑なにし、心の中に鍵をかけようとも、主イエスは私たちの真ん中へと入ってこられるのです。 26節はまるで19節と同じことが書いてあるように見えます。しかし、大きく違う点が二点あります。それは、トマスが共にいること。そして、19節には書かれている「ユダヤ人を恐れて」という言葉が、ここにはないことです。

命を狙われる危険は変わっていないにも拘わらず、弟子達にはユダヤ人を恐れる気持ちは薄らいでいました。それは既に22節で聖霊を受けているからであり、「主の平和」を味わい知ったからであります。ですから、ここで戸に鍵がかけてあったその理由は、恐怖心からではありません。そうではなく、前回と同じように、鍵がかかっているにも拘わらず、部屋の中に現れて下さる復活の主をトマスと共に待つためでありました。そこに主はトマスただ一人を目指して現れて下さるのです。

主イエスは、一人一人の思いを知り、トマスにはトマスの求めに応じ、人間の持つ弱さ、愚かさ、頑なさを拒否されず、私たちのもとへと降りて来て下さいます。そして、その為にはもう一度十字架に架かることさえ厭わない、そのような激しさをお持ちです。

トマスは自分が信仰の主体としてその証拠を求めました。そして、主イエスはそれを完全に受け容れ、ご自身のスティグマタ・傷跡を差し出して下さいます。ここにトマスの回心が起きました。トマスは、傷口を触って確かめたとは書かれていません。もう必要なかったのです。主イエスの十字架の釘跡、それは、その前に立つ者の姿を、逆に問うものであります。

先ほど歌いました「あなたもそこにいたのか」という讃美歌は、そのことを深く私たちに思い起こさせてくれます。主が十字架についた時、釘で打たれた時、槍で刺された時、墓に納めた時、私たちはどこにいたのでしょうか?

この御傷は誰によってつけられたのか? 誰のためのものだったのか? そのように問われるのです。そしてこの御傷こそは、他の誰でもないこの私がつけた、私のためのものだったということに気づかされるのです。問う者として立ちながら、逆に問われる。この主客転倒を悔い改めと申します。さっきまで私が信じるとか信じないとか言っていた、私の優位性が音を立てて崩れ去るのです。信仰とは正に「信じない者・信じることの出来ない者」を「信じる者」へと変えて下さる神の奇跡に他なりません。

【転】

私たちはヨハネ福音書の20章を3週続けて学んでいます。イースターにはマグダラのマリアの記事を読みました。18節でマリアは弟子達に「わたしは主を見ました」と告げましたが、弟子達は彼女の言葉を信じませんでした。しかし、その信じなかった弟子達に主はご自身を現されました。それを見て信じた弟子達は、今度はその場にいなかった、それ故に弟子達の言葉を信じられなかったトマスに「わたしたちは主を見た」と告げるのです。そしてこれらの出来事は、28節にありますトマスの「我が主、我が神よ」という告白へと集中していくのです。言うなれば、マリアから弟子達へ、そしてトマスへ、更に私たちへと、この約束に満ちた「疑い」は受け渡されていくのです。

ところで、この箇所を読むといつも思い起こす彫刻があります。ドイツ人の芸術家でエルンスト・バルラッハが製作した「再会」と題した作品です。この作品を、私は2005年にドイツ年を記念して上野で開催されたバルラッハ展で見ることが出来ました。

今回、讃美歌の裏にコピーして頂きました写真は上体部だけですが、実際の作品は全身像です。主イエスの両肩に手をかけ、主イエスの顔を斜め下から覗き込むように凝視するトマスの姿は、かろうじて主イエスの両手によって支えられ、立っているように見えます。

と同時に主イエスの目はトマスの顔を見つめながらも、しかしその先をも見ているようです。それはあたかも、この先に続くであろう、懐疑と恐れ、愚かさに生きる無数のトマス達をも同じように受け止めようとしているかのようであります。

バルラッハの刻んだ主イエスの眼差しが、トマスのその先に、多くの信仰者達の姿を見ているように、その眼差しは「裁きと叱責」ではなく、どこまでも失われた羊を求めて突き進まれる、羊飼いであるあのお方の愛と恵みの「希望と約束」に満たされているのです。

礼拝はドイツ語でGottesdienst「神の奉仕」であります。疑い、惑い、心の中に鍵をかけてしまう、そのような私たちの弱さのただ中に、今日もまた、主は真ん中に立たれ、「あなたがたに平和があるように」と語って下さるのです。信じられないでいる私たちに御傷を示して下さるのです。そして、そのことを私たちは見えないサクラメントである説教と、見えるサクラメントである聖餐を通して、心と体で味わうことが許されているのです。

ご自分の傷跡を示される主イエスを前に「トマスは、主イエスにふれようとしなかった」とボンヘッファーは語ります。なぜなら「トマスは、もはや、自分の手も、自分の目も信じなかったからである。そして、ただ、主イエス・キリストだけを信じたから」である、と語るのです。

ここにトマスの救いがあったと言えます。自分が信じられなくなったその時、キリストの信仰が初めて与えられるのです。復活信仰というのは、理性では理解できない出来事であります。自分で掴み取ることが出来ないものです。十字架と復活は、まさに私たちにとって躓きの石なのです

先日、武蔵野広場で講演頂いた佐々木正美先生の言葉を借りるならば、自分自身の感覚や理性、決断に依り頼む「根拠のある自信」から、全く私の外側から来て下さる神の圧倒的な愛の力に身を委ねることによって与えられる「根拠のない自信」へ。これこそが復活を私たち自身に起きた出来事として信仰へと導いてくれるのです。

【結】

トマスは、「私の主、私の神よ」という告白を致します。これは十字架を知った者の言葉に他なりません。私はこの告白の中に、悪霊に取り憑かれた息子を持つ父親の言葉「われ信ず、信仰なき我を助け給へ」の叫びを聴くのです。私たちの信仰告白とは、私たちの罪の告白と表裏一体のものなのです。

私たちもまたトマスのように、どうしようもない現実の前に、恐れたり逃げたりしてしまうことがあります。主イエスの愛を疑い、証拠を求めようと致します。しかし、私たちには、先に天に召された兄弟姉妹、そして、今ここにおられる兄弟姉妹との出会いが与えられ、共に礼拝に与る恵みに生かされているのであります。この礼拝の中にこそ、私たちを、恐れから喜びへ、疑うことから信仰告白へ、逃げることから証しをすることへ、そして証拠を求めることから主イエスの前に跪くことへと変えられていく神の業が示されているのです。

「信じないままでいるのではなく、信じる者になりなさい」。そう主は命ぜられます。

命令形で語られながらも、この言葉にはトマスへの慈しみと愛が表されています。トマスの不信を責めたり詰ったりしているのではないのです。

そうではなく、復活の主イエスが今あなたの目の前に立ち、トマスが要求した全てを否定せずに受け容れて下さった、今この時、信じないままでいるのではなく、信じる者とされる時が来た、そう語って下さるのです。と同時にこの言葉は、全ての人々への招きの言葉ともなっているのです。なぜなら、トマスの抱いた懐疑、恐れ、不安は全ての信仰者が経験するものだからです。

その深い疑いから信仰へと入れられたトマスは、21章2節にその名がペトロに次いで記されるように、二度と信仰共同体である教会から離れることはなかったでありましょう。

Doubting Thomasと諺になるほど、不信仰の代名詞として名が残ったトマスであります。しかし、このトマスは伝説によれば、その後インドに布教に赴き、現在でもその名前が残っているといわれます。他の弟子達より遅れて信仰告白を行ったトマス、誰よりも不信仰に苦しみ、主を傷つけた、その一番罪深く弱かった者が、一番教会の業に用いられていく。そこに同じ弱さ、ずるさ、醜さ、不信仰を抱えた私たちに対する大きな慰めが隠されているのです。

私たちもまた、主を裏切り、疑う、一人のペトロでありトマスであります。しかし、そのような者を、キリストを通して召して下さるお方が、今日もまた私たちをこの教会の交わりの中に置いて下さり、聖霊の力を与え、生かし、お遣わし下さるのです。その命の恵みに感謝しつつ、今週もまた共に歩んで参りましょう。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

ヨハネによる福音書20:24-29

(2011年5月8日 復活後第二主日礼拝説教)

説教「キリストの聖痕(スティグマ)」 大柴譲治

ヨハネによる福音書20:19-23

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

朝日新聞掲載の声「絆は傷を含む」

朝日新聞3月30日朝刊の声の欄に北九州に住むバプテスト教会牧師・奥田知志先生の文章が掲載されていました。奥田先生は一昨年、ホームレスの人たちの自立支援のために全身全霊を注いでいる先生としてNHKの『プロフェッショナル仕事の流儀』という番組でも紹介された方でもあります。

(以下は引用です)

大震災の苦難は、被災した人々を自責へと向かわせる。家族を助けてやれなかった悔しさ、弔うことさえままならない現実。時に愛はそのような表現をとる。人々がそうせざるをえないのなら、少しだけでも、私も一緒に責められようと思う。一緒に傷つきたいと思う。耐え難い悲しみをどう共有できるのか自問しながら、被災者支援に携わっている。

(中略)

◆息の長い支援で絆をつむいでいきたい。ただ、支援の場では生身の人間のぶつかり合いが起こり、お互いに少なからず傷つくことがある。裏切られウソをつかれることがあった。こちらが逃げ出すこともあった。長年の支援の現場で確認したことは、絆には「傷」が含まれているという事実だ。

◆もしも支援が受けたい人が「こんなもの、いらない」と言い出したら、支援者は傷つくだろう。対人支援は、実はそこから始まるのだ。叱ったり、一緒に泣いたり、笑ったり、その人の苦しみを一緒に考え、悩む。そのように誰かが自分のために傷ついてくれるとき、自分は生きていてよいのだと知る。

◆22年間のホームレス支援活動で、私たちもずいぶん傷ついたが、「それでいいのだ」と言いながら、歩んできた。しんどいが、豊かな日々だった。そして北九州では、1200人が自立を果たしたのだ。

◆人の支援は、一人で支えようとしてもつぶれることを知っている弱い人たちが、それでも、「何かやってみよう」と集まり、チームをつくることで成り立っている。いわば「人が健全に傷つくための仕組み」なのだ。国家によって犠牲的精神が吹聴された時代をいさめつつ、いまこそ他者を生かし、自分を生かすための傷が必要であることを確認したい。

◆昨年末からのタイガーマスク現象は、「匿名」の支援ということに特徴があった。匿名は、それが名誉欲からの行為ではない証しだが、反面では「相手に出会うことを回避するため」だったようにも見えた。「困窮者を助けたい」と多くの人が思っている。「でも、深入りするのは怖い」とも思う。「支援するなら最後まで責任を」という重圧が社会にあり、助ける側にも自己責任がのしかかる。この呪縛を解かねばならない。

◆いま未曾有の事態を前に、私たちの前には二つの道がある。傷つくことを恐れて出会いを避けるのか、それとも顔を見せて相手に寄り添い、傷ついても倒れない仕組みをつくるのか。

◆NPO法人北九州ホームレス支援機構 理事長・牧師 奥田知志(朝日新聞2011年3月30日朝刊「声の欄」より)

(引用終り)

奥田先生は1200人ものホームレスの自立支援に関わった自らの体験から「絆というものは傷を含む」と語ります。「共に傷を負う覚悟を持ちながら、顏と顏を見合わせて他者と関わる」という言葉は説得力があります。まことにその通りだと思います。そしてこの生き方こそ実は、聖書が私たちに鮮やかに示す私たちのために十字架にかかり三日目に死人の中からよみがえられた主イエス・キリストの生き方そのものであると思います。

復活の主の聖痕(スティグマ)

本日は復活後第一主日、ヨハネ福音書20章から読んでいます。先週のイースターから来週まで三週連続でヨハネ20章を読みます。本日の福音書の箇所は、復活の主が弟子たちにご自身を現され、二度も「あなたがたに平安」と語って、弟子たちに息を吹きかけ派遣してゆくという重要な場面です。その一語一語が私にとても深く感ぜられるのは、昨日までの三日間、仙台と石巻に行ってきたからでもありましょう。特に今回私には、復活の主が弟子たちの真ん中に立って「あなたがたに平和があるように」と言いながら「手とわき腹とをお見せになった」という20節の言葉が響いてきました。復活の主の手には十字架の釘痕が、わき腹には槍で突かれた痕がはっきりと残っていたのです。これは来週の日課で、トマスに対しても主がご自身の聖痕を示して「信じない者ではなく、信じる者となりなさい」と告げられる場面でも同様です。そして復活の主の息(霊)が吹き込まれると私たちは新しい存在に変えられてゆくのです。

ここで「聖痕」は「スティグマ」というギリシャ語です(複数形はスティグマタ)。主が十字架の聖痕を弟子たちに示す行為はご自身のアイデンティティーを証明する行為でもありました。十字架上で死んだあの人物と今弟子たちの目の前にいるこの人物とが同一であるということを明らかにしています。「傷」というものは私たち人間にとっても自己のアイデンティティーを証明するものなのでありましょう。この教会に集う私たちの絆はキリストの十字架の傷によって獲得されたものです。私たちの弱さや破れや傷を主はあの十字架に背負ってくださった。「絆は傷を含む」。私たちの傷はキリストの傷につながっています。私にはステンドグラスに描かれた私たちの羊飼いの、あの手と足にははっきりと十字架の聖痕が見えるように思います。

石巻市で体験したこと

私は先週の木曜日(4/28)の午前中に「リラ・プレカリア」でShameについてのお話をした後、市ヶ谷にJLER救援本部の二台目の車を受け取りに行きました。仙台教会の支援センターにそれを屆けるためです。安井先生と中山さんが積み込んでくださった畳8枚を積んでむさしの教会に戻り、着替えて出発したのはもう夕方でした。400キロ弱、何度か休憩を取りながら仙台教会に着いたのは23時15分ほどでした。6時間半ほどかかったことになります。

翌朝は5時起きで6時に出発して二時間ほどかけて仙台市から石巻市に着きました。ボランティアセンターのある石巻専修大学の構内は桜が満開でした。受付は既に始まっていて、その日は連休の開始日であったこともあり結局1200名ほどのボランティアが登録をして一日奉仕をしたということでした。私たちのように新しく登録したボランティアがその日は550人ほどいたそうです。

受付をすませてから(受付をする杉本先生の姿が昨日(4/30)の朝日新聞全国版に大きく掲載されていましたし、杉本輝世姉がNHKのインタビューでニュースに出ていました)、資材置き場から長靴とヘルメットや軍手を借りて集まっていると、いよいよ仕事の割り振りが始まりました。その日私たちは9人で入ったのですが、立野先生は受付業務でしたので、4人ずつ二組に分かれてそれぞれの場所に派遣されてゆきました。飯場で作業員を募集するのと同じということでしたが、車のある人をまず手を上げさせてそのグループの人数を聞き、足りない数は車のない人から手を上げさせて指名します。杉本先生ご夫妻、勝部夫人、そして私の四人に千葉と東京から来た40前後の男性が二人加わり、六人で石巻市内にある78歳のおばあちゃんの家に派遣されました。

その家は平屋でしたので避難所で生活されているとのことでした。胸の高さまで塩水につかった家から不要なものを土嚢袋に入れて撤去し、泥水をかき出し、必要なものを乾かす作業です。濡れた畳は大の男が四人がかりでようやく運べる重さでした。近くにがれきを積み上げている捨て場所がありますので、午前中私は主として家の中で不要品を外に出す作業をしましたが、午後は一輪車で不要品を捨て場まで運ぶ役割を果たしました。20回ほど一輪車を押したでしょうか。そのせいか今日は腕が少し筋肉痛です。三軒ほど隣で写真アルバムや大切な書類を家の前の道で乾かしていた別のおばあちゃんとも話をさせていただきました。

独特のにおいの中で六人のボランティアは黙々と献身的に働いたと思います。捨てるものと残すものを指示するおばあちゃんの哀しそうな目は忘れられません。前の家のおばさんがボランティアのためのボランティアを買って出てくださり、いろいろと差し入れやコーヒーをご馳走になりました。いろいろとお話をしてくださいました。「顔と顔を合わせて傷を背負う覚悟をする」という奥田牧師の言葉を思いながら、私はただただ黙って聴き続けました。

「看護師も、自衛官も」

インターネットを通して出会ったある仏教系の新聞の社説の言葉です。

◆地域での被災者引き受けを進める北九州ホームレス支援機構の奥田知志牧師は、同じ朝日紙上で「絆には『傷』が含まれている」と語る。援助の場では生身の人間同士がぶつかり合う。助けたいと思っても深入りするのは怖いとも思う。しかし「一緒に泣き、傷つくところから支援が始まる。息の長い支援で絆をつむいでいきたい」との言葉には、現場の蓄積に裏打ちされた重みがある。

◆被災地で、震災前から野宿者や自死問題に取り組んでいた宗教者たちの活動が目覚ましい。釜ケ崎で労働者の自立支援をしてきた川浪剛さんは「あくまで当事者が平常の生活に戻られるよう後方側面支援に徹するべきです」。「無縁死」者供養に携わった中下大樹さんは、祈りや葬儀もだが、家族を亡くし放心状態の人の役所手続き手助けの重要性も指摘する。

◆支援活動での宗教者の姿勢、宗教性の論議があるが、今回はこのような従来の実績を源泉に、素早く広範な行動がまずあった。身を置く場所、立場によってさまざまな支えの形があるだろう。だが人々に寄り添い、悩みながらも縁や絆を構築していくことが大事だ。そこに宗教性は明確だ。絆こそは宗教の持つ大きな力だから。

◆宗教者の支援ネットワークを立ち上げた稲場圭信さんは言う。「被災地の看護師、原発に向かった自衛官も、目に見える聖職者ではないが信仰を持った人たち、宗教者です。」(中外日報社より)

聖餐への招き

本日私たちは、先週のイースター同様、聖餐式に与ります。被災地で先週イースターが守られたことがとても意義深かったという話を伺いました。教会はどのような状況にあっても二千年に渡ってこのように礼拝を守り、主の食卓に与ってきたのだということを改めて意義深く感じています。

「これはあなたのために与えられるわたしの身体」「これはあなたの罪の赦しのために流されるわたしの血における新しい契約」。私たちの罪と恥の全てを負って十字架に死んでくださったお方が、復活の光の中で主の食卓に私たちを招いてくださっています。これは終わりの日の祝宴の先取りです。

今ここにいながら私たちは天につながっている。この天との絆がキリストの聖痕によって結ばれていることを味わいながら、共に傷を背負う覚悟を持ちつつ、新しい一週間を踏み出してゆきましょう。

お一人おひとりの上に主の豊かな祝福をお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2011年5月1日 復活後第一主日聖餐礼拝説教)

説教「しかし、勇気を出しなさい。」 大柴譲治

コリントの信徒への手紙 一 15:50-58
ヨハネによる福音書16:25-33

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

「聖徒の群れ」~召天者記念主日に

11月1日の全聖徒の日にちなんで、私たちの教会では毎年11月の第一日曜日を召天者記念主日として礼拝を守っています。本日は二冊の写真アルバムが聖卓の前に出ていますが、週報に挟まれている召天者名簿には武蔵野教会にこれまで関わりのあった方々237名の方々のお名前が記されています。今年で私たちの教会は宣教85年目を迎えましたが、その237名の方のうち99名はこの15年間で天に召された方々でした。最初の70年で138名ですから昔と比べると召天者がかなりの勢いで増えているのが分かります。その背景には教会員の高齢化ということもあるでしょうが、この教会の働きが少しずつ地域に認知されてきているということもあると思います。

教会という場所は本当に不思議な場所であります。日常生活の中にあってここは「非日常的な空間」であり「非日常的な時間」です。毎週この場所では主日礼拝が行われていますが、葬儀も行われますし昨日のように結婚式も行われます。私たちが毎日の生活の中で体験する喜びごとも悲しみごともすべてはあのお方のまなざしの中に置かれている。私たちはすべてをあのステンドグラスに描かれているお方、主イエス・キリストに託してゆくのです。教会とはすべてが主の御手のうちに置かれていることを私たちに確認させてくれる場所であり、そのような意味で非日常的な聖なる空間であり時間であるのです。

もちろん、ここだけが特別に聖なる場所であるということではありません。私たちの毎日の生活自体が、御子なる神イエス・キリストがそこに降りてきてくださり、手を伸ばしてその指で触れてくださったがゆえに、そのままで聖なる場所、聖なる空間なのです。私たちは週の初めの日である日曜日にここでそのことを確認し、み言葉に押し出されてそれぞれの持ち場に戻って行くのです。

「教会とは聖徒の群れであって、そこにおいて福音が説教され、聖礼典が福音に従って正しく執行される」(アウグスブルグ信仰告白第七条)。教会は建物でも制度でもありません。信じる者たちの群れ、それは「聖徒」つまり「聖なる者たち」と呼ばれますが、「聖徒の群れ」が「教会(エクレシア)」なのです。「教会」は「教える会」と書きますのが、本来はギリシャ語で「エクレシア」とは「呼び集められた者たち」という意味なので「キリストに呼び集められた者の群れ」という意味です。

本日の使徒書の日課には1コリント15章が与えられていますが、1コリント書は次のような言葉で始まっています。「神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」(1:1-3)。聖なるお方によって召されることによって私たち自身も「聖なる者」とされているとパウロは言うのです。

「説教と聖礼典(サクラメント)」が行われる「聖徒の群れ」が「教会」です。教会の中心は礼拝です。礼拝におけるみ言葉と聖礼典(洗礼と聖餐)を通して、キリストが私たちを「聖なる者」としてくださるのです。主イエスは「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)と言われました。二人または三人の小さな礼拝であっても、それは「キリストのエクレシア」「聖徒の群れ」なのです。

教会は毎年11月1日を「全聖徒の日」として守ってまいりました。ルターはその前日にウィッテンベルク城教会の扉に公開討論を呼びかけて95箇条の提題を張り出したと伝えられています。そこから宗教改革運動が始まりました。1517年10月31日のことです。「恵みのみ」「信仰のみ」「聖書のみ」。宗教改革が再発見した三大原理です。神がキリストの信仰において私たちを義としてくださるのです。私たちの側にはそれに価する何らかの功績があるわけではありません。全く無条件無代価で、100%神の恵みと憐れみとによって私たちは救いに与る者とされている。本日私たちは、この教会の交わりの中に与えられていた召天者を覚えることを通し、私たちの上に注がれてきた神の無償の愛と救いの御業、神の恵みを覚えたいと思います。

この礼拝堂は52年前1958年4月に建てられました。その33年前、1925年10月4日に、現在白鷺ハイムのある所に熊本の九州学院から移ってきたルーテル神学校が建てられ、その教室の一室で産声を上げたのが「武蔵野教会」前身の「神学校教会」でした。召天者名簿には237名のお名前がありますが、最初に記されているお名前はM.幸信兄です。1927年12月9日の召天です。教籍簿を調べますとM. 幸信兄は武蔵野教会の前身である神学校教会の初代牧師で、神学校の教授(後に神学校長)であった三浦豕(いのこ)先生の御三男で、一歳一ヶ月で天に召されています。二人目のA.久子姉は、1927年12月1日に沖縄メソジスト中央教会で受洗、1936年5月10日に夫のA. 不二雄兄(1924年12月14日にJELC熊本教会でJ・K・リン牧師から受洗)と共にご夫妻で神学校教会に転入されています。転入して一年半後のクリスマスの翌日、中野組合病院において33歳と10ヶ月で天に召されたのです(1937年12月26日)。

そのように見てまいりますと、この名簿に記されたお一人おひとりのお名前の背後には多くの涙があり別離の痛みがあったことが分かります。そこにはお一人おひとりのかけがえのない人生があった。私たちはこの召天者名簿にずっしりと重たいものを感じます。しかしそれらの方々が背負った重荷、ご家族が背負った重荷を私たちの羊飼いキリストは共に背負ってくださったのです。

「しかし、勇気を出しなさい。」

本日の福音書の日課で主は別離の不安の中にある弟子たちにこう告げられました。

(ここでヨハネ16:25-33を朗読)

この世にどれほど深い苦難があろうとも「しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に対して勝利を得ているのだから」と主は言われるのです。「あなたがたはわたしの言葉によって平安を得なさい、勇気を得なさい」と言われているのだと思います。この声の中に私たちを支える本当の希望があります。16:12-13で主はこう言われています。「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである」。神の聖霊が弁護者として与えられるというのです。神の聖霊が苦難の中にあってもキリストのみ声を私たちに思い起こさせ、勇気を与え、希望を見失わないように導いてくれるのです。

キリストが十字架において成し遂げてくださった勝利が私たちに真の勇気を与えてくださいます。この勝利宣言の声を信じて、すべてを羊飼いキリストに託して、私たちは洗礼を受け、聖餐に与り、この地上の生を終えて、キリストと共に死の門をくぐってゆくのです。「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない」からです(詩篇23編)。237名の召天者の方々の人生において働かれた父と子と聖霊なる神の御業を覚えたいと思います。

聖餐への招き

本日はこれから聖餐式が行われます。聖餐式は終わりの日のキリストの祝宴の先取りであり、前祝いです。この聖卓を中心として、こちら側には私たち生きている者が集いますが、見えない向こう側には既に天に召された聖徒の群れが集っています。キリストの聖卓を中心として天上の教会、地上の教会が共に祝宴に集っているのです。キリストは生ける者と死せる者の両方の救い主だからです。あのステンドグラスに描かれた私たちの羊飼いである主イエス・キリストが、パンとブドウ酒を私たちのためにあの十字架の上に捧げられたご自身の身体と血潮として差し出してくださるのです。この尊いキリストの御愛によって私たちは贖われています。私たちの罪は雪のように白くされているのです。

先週の日曜日の夕方に、市ヶ谷センターで行われた東教区の宗教改革記念日礼拝の後に、10/26に80歳で急性骨髄性白血病のために天に召された市ヶ谷教会代議員、JELC顧問弁護士、ルーテル学院大学理事長を長く務められたI.寛先生の前夜記念式が行われました。私は宗教改革礼拝後の教区長挨拶の中でこう申し上げました。「花の下にて春死なん。その如月の望月の頃」。これはよく知られている西行法師の句ですが、自分の希望を言えば私も聖餐式のある日曜日の前に天に召されたいと願っています。I.先生のご葬儀が聖餐礼拝に続いて行われたことの中に私たちは深い慰めを感じることができたと思うのです。

本日も召天者記念主日として聖餐式を守ります。パウロがローマ書14章で言っているように、私たちは生きるとしても主のために生き、死ぬとしても主のために死ぬのです。私たちは生きるとしても死ぬとしても主のものだからです。生者と死者の双方の救い主であるキリストが私たちに死によっても断ち切られることのない真の絆を与えてくださっていることを覚え、感謝し、神を讃美したいと思います。

「死は勝利にのみ込まれた。
死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
(1コリント15:54-55)

お一人おひとりの上に主の豊かな祝福がありますようお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2010年11月7日 召天者記念主日聖餐礼拝 説教)

説教「偽りの声、真実の声」 大柴譲治

ヨハネ福音書10:22-30

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

声の力

最近、私は「声」の持つ力といったものに思いを馳せています。声には確かに力があるのです。たとえばヨハネ福音書の冒頭部分の「言」という語を「声」と読み替えて見ると、もっと具体的に聖書のみ言葉が私たちの心に迫ってくるように思います。

「初めに声があった。声は神と共にあった。声は神であった。この声は、初めに神と共にあった。万物は声によって成った。成ったもので、声によらずに成ったものは何一つなかった。声の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(1:1-5)。

聖書は私たちに「神の言」を「声」を通して語りかけてくるのです。その「声」を「聴き分ける」ということの大切さを本日の福音書の日課において主イエスは、「羊飼いと羊の関係」をもって語りかけています。

イエスを拒絶するユダヤ人

本日の福音書の日課にはエルサレム神殿におけるユダヤ人とイエスの論争が記されています。そこでは「イエスとは誰か」という点が主題となっています。本当にイエスが、(旧約)聖書に預言されているような、神によって油注がれて特別な使命のために召し出された真の「メシア」であるのかどうかということがユダヤ人たちにとっては大問題だったのです。

◆ユダヤ人:「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」
◇イエス:「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。」

ユダヤ人たちは実は最初から「イエスは偽メシアである」という前提をもって近づいているようです。ですから彼らは「わたしと父とは一つである」(30節)という主イエスの最後の言葉に、「イエスは自分を神と等しい者としている」と考えて「イエスが神を冒涜している証拠を得た」と結論づけ、31節以降ではイエスを石で打ち殺そうとするのです(本日の日課に続くヨハネ10:31-33を参照)。

ヨハネ10章の主題~羊飼いの声に聴き従う羊

実はヨハネ福音書の10章には主イエスの語られた羊飼いと羊の譬えがまとめられています。1-6節は「羊の囲い」のたとえが記されており、7節から10節は「羊の門」のたとえ、そして11節から18節は「よい羊飼い」であることが語られている。その中から「声」について言及されている部分を二箇所ほど抜粋してみます。

「(3)門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。(4)自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。(5)しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」

「(14)わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。(15)それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。(16)わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。」

興味深いことに福音書記者ヨハネは、イエスの言葉を巡ってユダヤ人の間に対立が生じたことも記しています(19-21節)。

「(19)この話をめぐって、ユダヤ人たちの間にまた対立が生じた。(20)多くのユダヤ人は言った。『彼は悪霊に取りつかれて、気が変になっている。なぜ、あなたたちは彼の言うことに耳を貸すのか。』(21)ほかの者たちは言った。『悪霊に取りつかれた者は、こういうことは言えない。悪霊に盲人の目が開けられようか。』」。

「羊の皮をかぶったオオカミ」をも

本日の日課にある主の言葉です:「しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う」(26-27節)。私たちはこの言葉を聞くとドキッとします。イエスさまから「あなたはわたしの羊ではない」と言われているような気がするのです。それは私たちの中にどこかやましい気持ちがあるからでしょう。自分は果たして主イエスの声をキチンと聞き分けているだろうか、不徹底にしか主の声に聴き従っていないのではないかと思うのです。

私たちはどちらかというと自分は「反抗的な羊」「羊飼いの熱い思いに無頓着・無関心な羊」であり、羊としての弱さや臆病さを自覚せず、近視眼的に(羊は実際極度の近視だそうですが)自分のことばかり考えているために「迷子になりやすい羊」だと自覚しているのです。それだけならまだよいのですが、もしかすると「石をもってイエスを打ち殺そうとする羊(羊の皮をかぶったオオカミ)」であるのかもしれません。そう思うと私などは自分の心の中に確かにある「闇」にゾッとするのです。イエスさまの光に照らされると反対側に「影」が色濃くできてしまうことを感じるのです。

しかし主イエスは、他の場所と同様に、私たちのそのような心の闇をよくご存じの上で、私たちの名を呼んでくださる。失われた羊を見つけ出すまで徹底的に歩き回ってくださるお方なのです。

羊にはどうしても群れを守り導く羊飼いが必要です。私たちにも真の羊飼いが必要です。羊飼いがその羊たちに対して名前でもって呼びかけるその真実の「声」が羊たちに大きな安心感を与えるのです。しかし、イエス・キリストを信じない者はその声を聞いてもそれに従おうとはしません。その声を偽りの声として疑って拒絶する。そのような羊飼いを拒絶するオオカミのような羊のためにも主はあの十字架の上で祈られました。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか分からずにいるのです」と(ルカ23:34)。このような命を賭けた主の真実な愛の声が、その声を聴く者の魂を揺さぶり、その存在を根底から新たに造り変えてゆくのだと思います。真の愛は常に創造的です。

「シェマー、イスラエル!」

イエスさまの声を直接聞いたことのある人は私たちの中でも少ないだろうと思います。牧師であった私の父はある時私に、「自分は二度イエスさまとお会いしたことがある」と語ってくれたことがあります。夢か幻かは分かりません。しかし二度とも、主はマグダラのマリアと共におられたそうです。「なるほど、そのような不思議な体験があったからこそ聖書の御言を広めてゆく(ベテル聖研の)仕事にあれほど献身的になれたのか」と私にはストンと腑に落ちました。

パウロは何度か主の声を聴いています。使徒言行録9章によると、彼は「サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」という声を聴き、天からのまばゆい光に照らされて劇的な回心を遂げたことが報告されています。パウロが「あなたはどなたですか」と問うと「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と答える声があったのです(9:4-5)。また2コリント12章には、「肉体のとげ」を取り除いてくださいと三度主に祈った時にパウロはやはり主イエスの声を直接聴いたと記されています。「わが恩惠なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり」という声を祈りに対する答えとして聴いたのです(12:9)。

私自身はこれまで直接イエスさまとお会いしたことはありませんしその声をお聴きしたこともありません。しかし思い起こしてみれば一度だけ、牧師になることを決心した時にその声が聞こえたような気がしたことがありました。釧路教会の合田俊二牧師がガンのために若くして亡くなられる直前に病床で、「オレはまだ死にたくない。やることが残っている!」と叫ばれたそうです。牧師になられてまだ3年、結婚されて半年、30歳の若さでした。その言葉を通して私は、「オマエがその仕事を引き継げ」という主の声を聴いたように思ったのです(1980年6月)。そしてその声はちょうど30年経った今も私の中で確かな声として響き続けているように思います。不思議な体験でした。

皆さんもおそらくそれに似た体験を持っておられることでしょう。何かの出来事、出会いや別れを通してキリストの声を聴くという体験を。復活の主が私たちの人生を横切り、私たちをここに招いてくださったのです。それは私たちに聖書のみ言葉を伝えてくれた信仰の先達たちの「声」であるかもしれません。二千年にわたって教会はそのようにしてキリストの声を聴き取り、受け継いできました。復活の主は私たちにそのようにして真実の声をもって語りかけてきてくださったのです。

旧約聖書の申命記6:4には「シェマー、イスラエル(聴け、イスラエルよ)!」という言葉があります。「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(6:4-5)。

私たちは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主なる神のみ声に聴くことが求められています。復活の主は今も私たちに聖書の御言を通して語りかけてくださっている。これはエマオ途上の弟子たちが復活の主によって聖書を解き明かされたときに、心が燃えていたと後から気づかされたことからも分かります。実は私たちもまた、これまで私たちに聖書を読んでくれた者の声、聖書の御言を解き明かしてくれた者の具体的な声を通して、私たちは主イエスの声を聴き取ってきたのだと思います。パウロもダマスコの回心の直後、復活の主によって遣わされたアナニアと出会うことによって目からうろこのようなものが落ちて目が再び見えるようになり、洗礼を受けたと記されています(9:17-18)。復活の主の声を確証させるために、信仰の導き手が具体的に遣わされているです。

私たち自身にもまた、私たちの羊飼いである復活の主キリストの生きた声を伝える役割が与えられています。かつては羊飼いの声を聞き分けることができなかった私たちが、羊飼いの声を信じ、それに従う者へと変えられてきた。これは本当に不思議なことであると思います。「あなたたちはわたしの羊ではない」と言われても仕方がないような私たちです。しかしそのような主に聴き従うことをしないでいた私たちを、主はその憐れみの御業によって、主の声を聞き分け、主に従う羊としてくださった。私たちはこの呼びかけてくるキリストの声によって今の自分があるのです。私たち一人ひとりの名前を呼び、私たちに真剣に関わってくださることを通して。

そして主は私たちは羊飼いの声として用いてくださいます。破れや弱さや疑いや矛盾をかかえたこのような私を主は用いられるのです。私たちに託された新しい使命(ミッション)です。それは本日の特別の祈りで次のように祈った通りです。「羊の大牧者、私たちの主イエスを死者の中から引き上げられた全能の神さま。私たちを羊飼いとして送り出し、失われた人々、傷ついた人々に、みことばをもって仕える者としてください。あなたと聖霊と共にとこしえにただひとりの神であり、世の終わりまで生きて治められる御子、主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。」

復活の主が今もなお私たちの羊飼いとして真剣に私たちに関わっていてくださることを覚えながら新しい一週間を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に神さまの祝福が豊かにありますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2010年4月25日 復活後第三主日説教)

クリスマスメッセ-ジ 『7時のニュース/きよしこの夜』 大柴譲治

ヨハネ 1:1-5 『7時のニュース/きよしこの夜』

以前、サイモンとガーファンクルという音楽グループがありました。映画『卒業』のテーマ「サウンドオブサイレンス」や「ミセスロビンソン」などでご存知の 方も多いかと思います。あるいはまた、「コンドルは飛んでゆく」や「スカボローフェア」、「明日に架ける橋」なども有名です。 1960年代の後半に世界的に流行しました。彼らの『パセリ・セイジ・ローズマリー・アンド・タイム』というアルバムの最後に「7時のニュース/きよしこ の夜」という作品があります。何のことはない、「聖しこの夜」にラジオの7時のニュースを重ねてあるだけのシンプルな曲です。

その12月 24日のニュースは、シカゴで起こった殺人事件犯人の裁判であるとか麻薬による死亡事件、マルチン・ルーサー・キング牧師による公民権運動のためのデモに ついてのニュースやベトナム戦争に関するニュースなどを告げています。現実の世界の、もうすでに日常茶飯事になってしまったと言えるような悲惨さ、問題性 といったものを淡々と伝えているのです。そこに、天使の歌声のような美しい高音声で「聖しこの夜」が重なり響くのです。

「聖しこの夜 星は光り、救いのみ子は
まぶねの中に眠りたもう、いとやすく。
聖しこの夜、み告げ受けし 牧人たちは
み子のみ前に ぬかずきぬ、かしこみて。
聖しこの夜 み子の笑みに 恵みのみ代の
あしたの光 輝けり ほがらかに。 アーメン。」

最初にこの曲を聴いたとき、私はそのときまだ高校生だったと思いますが、天からの啓示があったかのように感じてショックを受けたことを思い起こします。人 間の悲惨な現実の中に神の現実が触れる、それがクリスマスの出来事だということをこの「7時のニュース/聖しこの夜」はよく伝えていると思ったからです。 しかし、闇は闇のまま、悲しみは悲しみのまま、絶望は絶望のまま私たちの現実の世界の中に存在している。クリスマスの前も後も、人間の悲惨な現実は依然と して何も変わっていないように見えます。

この記事を書いている最中、サッカ-の日本代表チ-ムが来年フランスで開かれるワ-ルドカップに 出場することが決まって喜んでいましたら、突然エジプト・ルクソ-ルでのテロ事件の報道が耳に入ってきました。10人の日本人を含む60人以上の観光客が テロリストたちに無差別に射殺されたという悲報です。観光地のため新婚旅行中のカップルが多かったと聞きます。次の日の夕刊に載った四組の日本人カップル の挙式写真は私たちの心を抉りました。何とむごい出来事であることか。いったいどこに神がいるのか。なぜ神は沈黙しているのか。テロリストたちの心無い殺 戮に対して強い憤りを覚えます。いったいこのことによって何が達成されたというのか。ただ悲しみに悲しみを重ねただけではないか。ご遺族や関係者の方々の 悲しみと怒りの上に、上よりの慰めと癒しを切に祈りたいと思います。

しかし、それでもなお、クリスマスの星は闇の中にさやかに輝いている と聖書は私たちに告げているのです。「きよしこの夜」は「7時のニュ-ス」のバックで歌い続けられているのです。もしかすると、この世の闇が深ければ深い ほど、人の嘆きが深ければ深いほど、キリストのご降誕を告げる星があざやかに輝いて見えてくるのかも知れない。み子が安らかに眠りたもうまぶねの情景に は、その背後に十字架の影がくっきりと映っているように思えてなりません。このお方は十字架の上に私たちの悲しみと痛みとを担い、罪を贖うためにこの地上 にお生まれになられた。クリスマスの主は私たちのために血の涙を流してくださったのです。クリスマスの出来事を通して私たちの闇の中に光が、悲しみの中に 慰めが、絶望の中に希望がもたらされている。そのことを、アドベントを迎えた今、私たちは私たちの原点としてもう一度心に刻みたいと思います。

悲しみの中でクリスマスを迎えようとする者の上にメリ-クリスマス! 天に栄光、地に平和がありますように。

「初 めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったもの は何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

説教「信ずる者 永遠の命を得よ」 小山 茂

ヨハネによる福音書3:13-21

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

序. 私の好きな聖句

今朝は武蔵野教会にお招きいただき、ありがとうございます。聖書箇所にありますヨハネ福音書3章16節は、私のたいへん好きな聖句です。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。《この短い御言葉の中に、私たちに対する主の御旨が、そして福音が凝縮されているからです。主はどれほど私たちに永遠の命を与えたいと祈っておられるか、御言葉に聞いてまいりましょう。

2.永遠の命を得よ

今日の聖書箇所には同じ言葉が二度繰り返されています。15節にあります「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。《そして、続く16節にも「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。《神がそれほどまで私たちを愛されている、最愛の息子の命と引き換えにしてまで、罪ある私たちを救いたい、それが今日の福音のメッセージなのです。

「主イエスを信じる者が、一人も滅びることなく永遠の命を得る《、そのために主イエスは天から降り、そして天に上げられました。天から降るとは主イエスが受肉され、私たちと同じ人間となられたということです。神学校の鈴木浩先生の言われた言葉で言いかえるなら、赤ちゃんであるイエスはこの世に生まれウンチもすればおしっこもする、そして抱けば御乳の匂いもすることなのです。このように伺った時、受肉されたという意味が私にとってストンと腑に落ちました。主イエスは神と同質なのに、私の周りにいる赤ちゃんと同じようにこの世に生まれた、そのことを事実として感じたからです。神と主イエスに対立するこの世に、神は主イエスを降されました。主イエスは私たちの低みの極みまで降りてくださいました。私たちはその救いの恵みの大きさを、今改めて確かめています。もし主イエスの十字架による贖いがなければ、私たちに罪からの救いはないからです。

また主イエスが天に上げられることは、神の力が働いて初めて独り子として天に戻られます。つまり、主イエスは天に上げられたことから、神と同質であるとはっきり分かります。神の子が私たちの救いのために、本来罪のない方なのに、私たちの罪を代わって贖うために、この世に遣わされました。旧約聖書の時代には、さまざまな献げ物をすることが記されています。人間が自分の罪のために自らの命で償うべきところを、代わりの生贄を献げることにより、命を献げることから免れました。現代に生きている私たちを罪から救うために、主イエスは自ら十字架にかかられ、生贄として贖いのため献げ物になられました。この四旬節の季節に、イエス・キリストの十字架の死によってのみ、私たちに救いがあることを、改めて心に刻んでおきたいと思います。

3.闇に留まる

しかしながら、18節に「御子を信じる者は裁かれない。信じない者は裁かれている。神の独り子の吊を信じていないからである《とあります。それまで、永遠の命を得るために招かれていると語られてきたのに、私たちには何かドキッとする言葉に聴こえます。果たして私たちは本当に主イエスを信じている者とされているのだろうか、そんな思いがふと湧き上がります。

それは主イエスが来られて、信じる者か、信じない者か、私たちは何者なのだろうか、そのような問いの前に立たされています。その鍵がヨハネ福音書1章12~13節にあります。「言葉〔主イエス〕は自分を受け入れた人、その吊を信じる人々に神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。《私たちが生まれたのは、自分の力によるものではなく、神によってのみ可能なことです。私たちが今生きているのは、神から与えられた命の恵みがあって初めて、造られた物として存在しています。

また、神を指し示す主イエスの前に、私たちは罪人であり、私たちは闇の中にいる、そこが出発点になります。光が闇を暴くのは、裁きのためではありません。闇に留まっている頑なさに気づかせるためです。私たちが自分の力で永遠の命を得ようとするならば、却って闇にある滅びに向かいます。そして、神の導きがなければ真理に出会えないと知らされて、私たちは闇から光に戻る道を見出せます。

ルターは人間をこのように譬えます、人間は馬車であり、その御者には悪魔が座っています。ですから、主イエスが悪魔の代わりに御者になってもらわないと、私たち馬車は闇に向かって進む外ありません。私たちは光を求めて、主イエスに取って代わってもらいたいと願っています。

では私たちはどうしたらいいのでしょうか?私たちは主イエスを知るまでは、罪人であるとの自覚はありません。本来罪人である私たちが、主イエスを知ることから変えられていく、それが信仰のなせる業です。ですから、主イエスと出会ったのに、光を求めずに闇に留まるなら、主イエスが再び来られる時ではなく、たった今裁かれていると語ります。しかし、主イエスの永遠の命への招きは、すでに光の中にいる人たちだけでなく、闇に留まる人たちにも語られています。なぜなら、主イエスは、私たちの滅びを黙ってみていられない方で、私たちが一人も滅びないで永遠の命を得るためにこそ、この世の送られた方だからです。

4.光に戻される

主イエスが私たちを救いに招かれると聞くと、私はある聖書カードの絵を思いだします。大垣教会のボーマン夫人からいただいたものです。主イエスは夜ランプを掲げて家の前に立たれ、扉をコツコツとノックされています。その扉には外から開く取手が付いていませんので、主イエスは辛抱強く諦めずに扉を叩き続けられます。主イエスの救いの招きは、主イエスを受け入れる者だけでなく、まだ主イエスを知らない人たち、そして受け入れていない人たちにも、向けられています。ですから、今は扉を内側から開かない人たちも、主イエスの招きにいつか応答するようにと、祈りながら扉を叩かれています。私たちは、主イエスとの出会いを通して信仰に招かれ、主イエスが救い主であると真理に導かれます。しかし、私たちが主イエスを知るということは、それほどたやすいことではありません。それでも、主イエスを知ることから、私たちが新しく変えられていきます。それが、主イエスから与えられる信仰であり、私たちも応答して信じる者とされます。

主イエスと出会って変えられた人物として、ユダヤ人の議員ニコデモを覚えていらっしゃるでしょうか。今日の福音の日課は、そのニコデモとの会話に続いている結びの部分になります。彼は夜ひそかにイエスを訪ねて、救いについて、新たな生まれ変わりについて、話し合ったユダヤ人の指導者です。この時主イエスは彼に、「人は新たに生まれ変わらなければ、神の国を見ることはできない《(3:3)と言います。しかし、彼はその本当の意味を理解できないで、「年をとった者が、どうして生まれることができましょう《(3:4)と返します。主イエスが議会で欠席裁判のように非難された時、ニコデモは本人から事情を聞くべきと正当な弁護をします。また、主イエスの遺体を十字架から降ろした時、彼は埋葬の準備をして駆けつけます。彼は主イエスと対立する共同体に属して、初めは主イエスを頑なに受け入れませんでした。しかし、ニコデモは少しずつ変えられ、最後に主イエスがどなたであるか知り、尊敬の念を持つようになります。このようにして、主イエスはニコデモを招き続け、十字架の死から彼の闇に光を届けました。

主イエスは光がこの世に来たのに、自分を受け入れないなら、光よりも闇を好むと言われます。しかし、主イエスは私たちが受け入れるまで、諦めず辛抱強く待たれています。私たちは自分の力では変わることはできませんが、主に頼り委ねることから変えられていきます。独り子イエスをこの世に与えられたほどに、私たちを愛されている神の御旨を、私たちは知っています。私たちは自分の力では変われなくとも、主イエスの力をいただいて、必ず信じる者と変えられます。そのために、主イエスはランプを手にされ私たちの家の前に立たれ、その扉をコツコツと叩き続けられています。主イエスから照らされる光を受けて、永遠の命の恵みをいただきたいと思います。

結び.武蔵野から派遣される

私の好きな先ほどの御言葉「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。《このことを伝えるために、私はこの春から牧師とされて、九州の教会に派遣されます。神が最愛の独り息子を十字架の死に送ってまで、私たちを罪から救われるとは、どれほどの痛みがあってなされたことでしょう。もし私たちが同じ立場になったとしたならば、とても私たちにはできないとしか言いようがありません。神はそれほどまでに慈しまれるのに、主イエスが神と私たちの和解のために降られたのに、残念ながらまだ主イエスに出会っていない人たちが大勢います。主の御旨を誰かが伝えなければなりません。私は破れも欠けもある者ですが、器として用いてくださるなら、私を遣わしてくださいと願っています。主の助けをいただいて、精一杯の働きをいたします。

これまで武蔵野教会で、私は皆さまとの交わりによって育てられました。また、賀来周一先生、ルーサー・キスラー先生、石居基夫先生、そして大柴譲治先生の説教に養われてきました。今まで私が受けた恵みに心から感謝して、これからは私が少しでもお返しをしたいと願っています。皆さまの御祈りとお支えに心から感謝して、この武蔵野教会から鹿児島教会へ、阿久根教会へ行ってまいります。

祈り

ひと言祈ります。 恵みの神よ、あなたは私たちが永遠の命を得るため、独り子イエスをこの世に送られました。この大いなる恵みに、心から感謝をいたします。この世にはあなたの福音をまだ知らない人たちがいます。どうか、主イエスを宣べ伝える働きに、私たちひとりひとりを用いてください。主イエス・キリストのみ吊によって祈ります。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2009年2月22日 主の変容主日礼拝説教)

(小山茂牧師は、武蔵野教会出身の神学生として日本ルーテル神学校に学び、2009年3月8日に日本福音ルーテル教会教職按手を受け、4月1日より鹿児島・阿久根教会での働きを始められることになっている)