教会と歴史(18) 石居 正己



むさしの教会元牧師、ルーテル学院大学・神学校元教授(教義学、キリスト教倫理)の石居正己牧師による受洗後教育講座です。



(承前)改革期より大分前になりますが、1077年のカノッサの事件は象徴的でした。教皇グレゴリウス7世と皇帝ハインリッヒ4世が主導権争いをしました。ハインリッヒ4世は武力を背景に教皇に反対して、勝ったと思ったのですが、翌朝目が覚めてみると、自分の側にいた人々はみな教皇側についている。教皇は霊的と実際的な指導権をもっていたわけで、そのこの世的な力に反対してごちゃごちゃ言ってみたが、いざとなるとその霊的指導権に従う信仰的な気持ちが働いたのでしょう。反対してみたけれども、肝心な時に仲間がついて来なくなったので、ハインリッヒ4世はカノッサというイタリアの奥地の山中に教皇が泊まっていた修道院の門前で三日三晩、雪の積もる中に裸足で立って許しを乞うたのです。

 教皇を初めとする教会が直接的にこの世の力を主張すると、都合の悪いことが起こったり、衝突してしまうことになります。そういう直中で宗教改革は起こりました。もっとも名目的にはとにかく、改革以前の教皇庁は全ヨーロッパを指導する唯一の力として存在していたというわけでもありません。改革からつい100年前の15世紀の初めには、教皇が3人もいた時があったのです。教皇を主張する人と、それに反対する人と、穏健な会議で選ばれた人と、一人しかないはずの教皇位を3人の人が争った時さえありました。教皇権の信仰的な意味での確立はむしろずっと後に定まったと言ってもよいのです。歴史の一時代のことで現代を考えてはならないと同様に、現在のことで過去のことを考えてもならないわけです。(続く)

(1997年 8月)