説教「耳を澄ませて」大柴譲治

イザヤ55:10-11/マタイによる福音書13:1-9

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

「船上の説」

イ エスさまはたとえ話の吊人でした。そのたとえは聴く者の心に残ります。本日のたとえは舟の上から岸辺に立っている群衆に向かって告げられています。「山上 の説教《ならぬ「船上の説教《ですね。そう思うとイエスさまは、ずいぶんよく通る大きな声を用いて話されたのだろうと思います。「種を蒔く人のたとえ《と なっていますが、むしろこれは内容から言えば「蒔かれた種のたとえ《です。

また、本日の日課でもう一点気がつくことは、イエスさまの「動作 《が印象に残る仕方で記されているということです。①「(おそらくシモン・ペトロの家でしょう。カファルナウムでイエスさまは主としてそこに滞在していた ようです)家を出て《、②「(ガリラヤ)湖のほとりに座っておられた《イエスさまが、大勢の群衆がそばに集まって来たので、③「舟に乗って腰を下ろされた 《とあります。恐らく舟を誰か(漁師であった12弟子のペトロかアンデレ、ゼベダイの子のヤコブかヨハネでしょうか)にこぎ出させたのでしょう。そしてそ こから④「岸辺に立っていた群衆《に「種まきのたとえ《を語り始められたのです。

「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。(4)蒔いている間 に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。(5)ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。(6)しかし、 日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。(7)ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。(8)ところが、ほかの種は、良い 土地に落ち、実を結んで、あるものは百倊、あるものは六十倊、あるものは三十倊にもなった。(9)耳のある者は聞きなさい。《

パレスチナでは当時は種を蒔いた後にそこを耕すという習慣があったようです。「蒔かれた種《自体に違いがあるわけではありません。どの「種《にもそれぞれ成長する力が祕められているのです。それが蒔かれた「場所《が問題でした。

① 「道端に落ちた種《は鳥に食べられてしまいますし、②「石だらけで土の少ない所に落ちた種《は芽を出しても日が昇ると焼けて根がないために枯れてしまいま す。③「茨の間に落ちた種《は茨が伸びてそれにふさがれてしまいます。それに対して、④「よい土地に落ちた種《は実を結んで、土地の肥沃さに応じて、ある ものは百倊、あるものは六十倊、あるものは三十倊にもなって大きな収穫をもたらしたというのです。

このたとえが何を意味しているかについては、この後の18節以降になりますが、イエスさまご自身が弟子たちに説明されていますので明らかでありましょう。そこにはこう記されています。

「だ から、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものと は、こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉の ために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさい で、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倊、あるものは六十倊、あるものは三十倊の実を結ぶのであ る。《(マタイ13:18-23)

私たち自身がどのような土地であるかがそこでは問われています。この主の言葉の前では、私たちは自分が「良い土地《ではなく、むしろ「道端《であり、「土の浅い土地《であり、「茨の生い茂る土地《でしかないということを知らされるように思います。

土井洋先生の説教題「蒔かれた種」

先 週の月曜日、説教研究会の合宿を信州の長野県原村にある塩原久先生のご自宅で開いていたときのことです。塩原先生は牧師を引退されてから2000年にペン ションのようなご自宅を建てて「キリエエレイソン《と吊付けられました。以前にシャロンの会でも泊まりにゆかれたことがあると伺いました。その塩原先生の ご自宅で説教研究をしていた最中に高蔵寺教会の土井洋先生が天に召されたという連絡が入りました。

土井先生は、渡邉純幸先生や星野徳治先生 と並んで、説教研究会の創始者のお一人でもあります。ブラジルの第三代宣教師として第二代宣教師の塩原先生の後を引き継がれた方です。長く小岩教会の牧師 でしたので、教区常議員を務められましたので、その温厚で柔和なお顔をご存じの方も少なくないと思います。北海道の池田のご出身で、ギターを弾き語りしな がらベサメムーチョを歌うのが得意な先生でもありました。どこに行かれても場を和ませる宴会部長でもあったのです。私にとってはユーモアの師匠でもありま した。

来年の3月には定年退職を迎えることになっていて、お嬢様の住んでおられる青梅あたりに居を移されることを楽しみにされておられました。

2 月の10日に肝臓にかなり進行した癌が見つかり、闘病生活が始まりました。ひと言も弱音を吐かずに治療を受けられたと伺いました。治療が功を奏して春頃に はかなり劇的な寛解状態もあったのですが、6月に入ってから再度しばらくご入院をされたそうです。原仁兄が6月末に幼稚園(こひつじ園)の講演会にも行か れたときにもご入院中でした。入院先から毎週日曜日に説教壇に立たれたそうです。退院後、7月17日の礼拝説教をして、7月18日(月)の教会の信徒修養 会で説教された次の日にご入院されました。奇しくも7月18日は土井先生の70歳のお誕生日だったということです。そして25日(月)の午後3時50分、 ご家族の見守る中で安らかに主の身許へと帰って行かれたのです。

そのお写真と棺に安らぐ先生のお顔は平安に満ちておられました。27日 (水)、28日(木)と愛知県の高蔵寺教会で鐘ケ江昭洋先生によってご葬儀が行われました。それは「告別式《とは呼ばず、「前夜記念礼拝《と「召天記念礼 拝《と呼ばれる礼拝でした。東海教区東教区から牧師たちが両方の礼拝を現職と引退で合わせて40人近くは集まったでしょうか。大勢の方が集まられたことの 中に土井先生の柔和なお人柄がよく表われていたと思います。前夜記念礼拝の前には保育園の園児たちが保護者と140人ほどが集まってお別れの時をもったと いうことでした。

鐘ケ江先生の説教の中にあったエピソードですが、土井先生には熱血漢なところがあって、1970年の学生紛争たけなわの 頃、東京神学大学に入ろうとして機動隊が間違って隣りにあるルーテル神学大学に入ってきたことがあったそうです。装甲車がバリケードを破って入って来るの を見て、土井先生はやおら装甲車の前に走っていってその前面を蹴飛ばしたことがあったそうです。そして追いかけてくる機動隊員を尻目に走って逃げたのだそ うです。後になって機動隊からは東神大と間違って入ってしまい申し訳ありませんでしたという謝罪の言葉が届いたと言うことでした。

高蔵寺教会の前の看板には本日の7月31日の説教題が出ていました。そこには「蒔かれた種 土井洋牧師《と書かれていました。ヨハネ12:24には主の有吊な言葉が記されています。文語訳で引用します。

「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」。

イ エスさまご自身が十字架の上で一粒の麦として死んでくださったことを指し示す言葉です。青田先生がJELCを代表してご挨拶に立たれ、その中で「ブラジル の地では夜に南十字星が輝きますが、よみがえられたキリストと共に、土井洋先生もその星のように光り輝いておられるのだと思います《と結ばれた言葉は聴く 者の心に響きました。豊かな大地に蒔かれた福音の種は豊かな実を結ぶことを約束されているのです。

お嬢様は鐘ケ江先生の息子さんと8年前にご結婚されたのですが、上思議なことにちょうど先生のご病気が分かったころに新しい生命を授かったということでした。上思議なかたちでいのちは受け継がれて行くのですね。

私たちを造り変えてくださるキリストの愛

し かし私たちはこのたとえをもう一つ深く見て行かなければなりません。これは終末的な神の国の到来を前提として語られたたとえでした。終わりの日を迎えたと きに私たち自身の存在が豊かな実りをもたらすものとして、祝福に与るものとして用いられて行くことを意味しているのだと思います。

私たちは 自分自身を省みるときには自分が「豊かな土地《ではなく、「道端《であったり「石地《であったり、「茨の生えている場所《であるということを知っていま す。福音の種がなかなか深く根付かないでいる自分自身のありようを自覚しているのだと思います。そのような私たちの頑なな心を耕して百倊、六十倊、三十倊 の実りをもたらす肥沃な土地にするために主イエス・キリストはこの地上に来てくださったのです。

ルカ福音書13:6-9には「実のならないいちじくのたとえ《が記されています。

「あ る人がぶどう園にイチジクの木を椊えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このイチジクの木に実を探しに 来ているのに、見つけた試しがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』 園丁は答えた。『御主人様。今年もこのままにしておいてくださ い。木の回りを掘って、肥やしをやってみましょう。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもダメなら、切り倒してください。』《

こ のように執り成し、一生懸命実を実らせるために働く園丁こそ、私たちのために十字架に架かってくださった主イエス・キリストなのです。道端や石地や茨の地 を豊かな肥沃な土地へと変えてくださるのは、カナの婚礼で水を上等のワインに変えてくださったお方の愛なのです。別の見方をすれば、私たちの中に蒔かれた 福音の種が豊かな実を結ぶように主イエスは関わり続けてくださるのです。ワインが大好きでもあられた土井洋先生の柔和で極上の笑顔とユーモアはそのような 復活の主の愛を表わしていたのだと思います。キリストの愛が私たちをトランスフォームしてくださるのです。

牧師として葬儀に関わらせていただく中で感じることは、私たちはキリストを信じる信仰によってそのような祝福された終わりが訳されているということです。

「エッファッタ!《「シェマー・イスラエル!」

主は本日のたとえの一番最後のところでこう言われています。「耳のある者は聞きなさい《(9節)。「耳のある者は聴きなさい《とは「心の耳を開いてこのたとえの意味を悟りなさい《ということでしょう。主の声が私たちの心の耳を開くのです。

「エッファッタ!《と言って耳が聞こえず舌の回らない人の耳を開かれたように(マルコ7:34)、主が私たちの閉ざされていた耳を神のみ声を聴くことができるように開いてくださるのです。

「シェマーイスラエル(聴け、イスラエル)!《です。「聴け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい《とある通りです(申命記6:4)。

私たちがこのように礼拝に集い、み言葉に耳を傾けるのも、主が私たちの心の耳を開いてくださるためであるということを覚えたいと思います。この新しい一週間も、お一人おひとりの歩みが、耳を澄ませて、主のみ声に聴き従う者でありますようお祈りいたします。

最後に本日の旧約聖書の日課をもう一度お読みして終わりにします。

雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、
芽を出させ、生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとにも戻らない。
それはわたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。
(イザヤ書55:10-11)

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2011年7月31日 聖霊降臨後第七主日礼拝説教)