たより巻頭言「創造性について」 大柴 譲治

テレビをつけたら『ノーベル賞の発想』という番組をやっていて、つい面白くて引き込まれた。副題は「ノーベル賞受賞者が語る創造性とは」。ノーベル賞を受賞した日本人自然科学者7名のうち6名が京都大学の出身。本人やその弟子たちへのインタビューを通して、よい発想を得るためには何が大切かということを探っていた。

 その結果がおもしろい。多くの証言から浮かび上がってきたのは「散歩、メモ、明け方、京都」の四つ。自然の中を散歩をすることで直観が閃く。1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一氏は「幼い頃から自然の中に浸って生々しい感動を受けることが大切」と語る。「ダラダラとした上り坂が特に着想に適している」という脳生理学者もいた。京都は盆地のためそのような起伏が多いのだそうだ。バッハの音楽を聴きながら毎日たんぱく質の分子模型を作っている学者もいる。曰く「数式や論理の美しさこそ科学者が求めること。バッハの音楽は構造美を持ち、たんぱく質、有機物質そのもの。イマジネーションをかき立ててくれる」。ブロックやパズルなどが散らばる子どもの遊び場的な机がどこかユーモラスだった。京都大学の持つ自由闊達な雰囲気が伝わってくる。

 福井氏は寝る前に必ずメモと鉛筆を用意し、明け方3時か4時頃に発想が湧くとガバッと起きてそれをメモしたのだそうだ。そして朝起きて簡単に分かるようなメモは捨ててしまうという。曰く「メモをしないと忘れてしまうような着想こそ大切なのである。」これが面白い。別の学者の弁。「無意識の層に沈んでいる発想の種がある。脳の中で運動を司る部分と発想を司る部分は近い場所にある。だから散歩は効果的。川底に沈殿していた発想の種が意識の水面まで浮かんでくる瞬間がある。そこで気がついたアイデアはメモに書き留めておく。夜明けが一番発想の種が浮かび上がってくる時間。それは脳の中にあまり別のものが混ざっていない時間だから。」なるほどと一人で首肯する。

 卓越した独創力、強い意志、そして環境。番組に登場した科学者たちは自由でしなやかで個性的でユーモラスで若さと自信に溢れていた。何度実験に失敗しても不屈であった。「創造性は空気感染する」という人もいた。一人ひとりが人間として輝いていて、見ていてとてもすがすがしい気持ちにさせられた。

 今日から九月。収穫の秋、芸術の秋、食欲と読書と散歩の秋。私たちも向こう側から神が与えてくださる創造性の輝きに日々与りたいものである。