説教「キリストの聖痕(スティグマ)」 大柴譲治

ヨハネによる福音書20:19-23

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがわたしたちと共にありますように。

朝日新聞掲載の声「絆は傷を含む」

朝日新聞3月30日朝刊の声の欄に北九州に住むバプテスト教会牧師・奥田知志先生の文章が掲載されていました。奥田先生は一昨年、ホームレスの人たちの自立支援のために全身全霊を注いでいる先生としてNHKの『プロフェッショナル仕事の流儀』という番組でも紹介された方でもあります。

(以下は引用です)

大震災の苦難は、被災した人々を自責へと向かわせる。家族を助けてやれなかった悔しさ、弔うことさえままならない現実。時に愛はそのような表現をとる。人々がそうせざるをえないのなら、少しだけでも、私も一緒に責められようと思う。一緒に傷つきたいと思う。耐え難い悲しみをどう共有できるのか自問しながら、被災者支援に携わっている。

(中略)

◆息の長い支援で絆をつむいでいきたい。ただ、支援の場では生身の人間のぶつかり合いが起こり、お互いに少なからず傷つくことがある。裏切られウソをつかれることがあった。こちらが逃げ出すこともあった。長年の支援の現場で確認したことは、絆には「傷」が含まれているという事実だ。

◆もしも支援が受けたい人が「こんなもの、いらない」と言い出したら、支援者は傷つくだろう。対人支援は、実はそこから始まるのだ。叱ったり、一緒に泣いたり、笑ったり、その人の苦しみを一緒に考え、悩む。そのように誰かが自分のために傷ついてくれるとき、自分は生きていてよいのだと知る。

◆22年間のホームレス支援活動で、私たちもずいぶん傷ついたが、「それでいいのだ」と言いながら、歩んできた。しんどいが、豊かな日々だった。そして北九州では、1200人が自立を果たしたのだ。

◆人の支援は、一人で支えようとしてもつぶれることを知っている弱い人たちが、それでも、「何かやってみよう」と集まり、チームをつくることで成り立っている。いわば「人が健全に傷つくための仕組み」なのだ。国家によって犠牲的精神が吹聴された時代をいさめつつ、いまこそ他者を生かし、自分を生かすための傷が必要であることを確認したい。

◆昨年末からのタイガーマスク現象は、「匿名」の支援ということに特徴があった。匿名は、それが名誉欲からの行為ではない証しだが、反面では「相手に出会うことを回避するため」だったようにも見えた。「困窮者を助けたい」と多くの人が思っている。「でも、深入りするのは怖い」とも思う。「支援するなら最後まで責任を」という重圧が社会にあり、助ける側にも自己責任がのしかかる。この呪縛を解かねばならない。

◆いま未曾有の事態を前に、私たちの前には二つの道がある。傷つくことを恐れて出会いを避けるのか、それとも顔を見せて相手に寄り添い、傷ついても倒れない仕組みをつくるのか。

◆NPO法人北九州ホームレス支援機構 理事長・牧師 奥田知志(朝日新聞2011年3月30日朝刊「声の欄」より)

(引用終り)

奥田先生は1200人ものホームレスの自立支援に関わった自らの体験から「絆というものは傷を含む」と語ります。「共に傷を負う覚悟を持ちながら、顏と顏を見合わせて他者と関わる」という言葉は説得力があります。まことにその通りだと思います。そしてこの生き方こそ実は、聖書が私たちに鮮やかに示す私たちのために十字架にかかり三日目に死人の中からよみがえられた主イエス・キリストの生き方そのものであると思います。

復活の主の聖痕(スティグマ)

本日は復活後第一主日、ヨハネ福音書20章から読んでいます。先週のイースターから来週まで三週連続でヨハネ20章を読みます。本日の福音書の箇所は、復活の主が弟子たちにご自身を現され、二度も「あなたがたに平安」と語って、弟子たちに息を吹きかけ派遣してゆくという重要な場面です。その一語一語が私にとても深く感ぜられるのは、昨日までの三日間、仙台と石巻に行ってきたからでもありましょう。特に今回私には、復活の主が弟子たちの真ん中に立って「あなたがたに平和があるように」と言いながら「手とわき腹とをお見せになった」という20節の言葉が響いてきました。復活の主の手には十字架の釘痕が、わき腹には槍で突かれた痕がはっきりと残っていたのです。これは来週の日課で、トマスに対しても主がご自身の聖痕を示して「信じない者ではなく、信じる者となりなさい」と告げられる場面でも同様です。そして復活の主の息(霊)が吹き込まれると私たちは新しい存在に変えられてゆくのです。

ここで「聖痕」は「スティグマ」というギリシャ語です(複数形はスティグマタ)。主が十字架の聖痕を弟子たちに示す行為はご自身のアイデンティティーを証明する行為でもありました。十字架上で死んだあの人物と今弟子たちの目の前にいるこの人物とが同一であるということを明らかにしています。「傷」というものは私たち人間にとっても自己のアイデンティティーを証明するものなのでありましょう。この教会に集う私たちの絆はキリストの十字架の傷によって獲得されたものです。私たちの弱さや破れや傷を主はあの十字架に背負ってくださった。「絆は傷を含む」。私たちの傷はキリストの傷につながっています。私にはステンドグラスに描かれた私たちの羊飼いの、あの手と足にははっきりと十字架の聖痕が見えるように思います。

石巻市で体験したこと

私は先週の木曜日(4/28)の午前中に「リラ・プレカリア」でShameについてのお話をした後、市ヶ谷にJLER救援本部の二台目の車を受け取りに行きました。仙台教会の支援センターにそれを屆けるためです。安井先生と中山さんが積み込んでくださった畳8枚を積んでむさしの教会に戻り、着替えて出発したのはもう夕方でした。400キロ弱、何度か休憩を取りながら仙台教会に着いたのは23時15分ほどでした。6時間半ほどかかったことになります。

翌朝は5時起きで6時に出発して二時間ほどかけて仙台市から石巻市に着きました。ボランティアセンターのある石巻専修大学の構内は桜が満開でした。受付は既に始まっていて、その日は連休の開始日であったこともあり結局1200名ほどのボランティアが登録をして一日奉仕をしたということでした。私たちのように新しく登録したボランティアがその日は550人ほどいたそうです。

受付をすませてから(受付をする杉本先生の姿が昨日(4/30)の朝日新聞全国版に大きく掲載されていましたし、杉本輝世姉がNHKのインタビューでニュースに出ていました)、資材置き場から長靴とヘルメットや軍手を借りて集まっていると、いよいよ仕事の割り振りが始まりました。その日私たちは9人で入ったのですが、立野先生は受付業務でしたので、4人ずつ二組に分かれてそれぞれの場所に派遣されてゆきました。飯場で作業員を募集するのと同じということでしたが、車のある人をまず手を上げさせてそのグループの人数を聞き、足りない数は車のない人から手を上げさせて指名します。杉本先生ご夫妻、勝部夫人、そして私の四人に千葉と東京から来た40前後の男性が二人加わり、六人で石巻市内にある78歳のおばあちゃんの家に派遣されました。

その家は平屋でしたので避難所で生活されているとのことでした。胸の高さまで塩水につかった家から不要なものを土嚢袋に入れて撤去し、泥水をかき出し、必要なものを乾かす作業です。濡れた畳は大の男が四人がかりでようやく運べる重さでした。近くにがれきを積み上げている捨て場所がありますので、午前中私は主として家の中で不要品を外に出す作業をしましたが、午後は一輪車で不要品を捨て場まで運ぶ役割を果たしました。20回ほど一輪車を押したでしょうか。そのせいか今日は腕が少し筋肉痛です。三軒ほど隣で写真アルバムや大切な書類を家の前の道で乾かしていた別のおばあちゃんとも話をさせていただきました。

独特のにおいの中で六人のボランティアは黙々と献身的に働いたと思います。捨てるものと残すものを指示するおばあちゃんの哀しそうな目は忘れられません。前の家のおばさんがボランティアのためのボランティアを買って出てくださり、いろいろと差し入れやコーヒーをご馳走になりました。いろいろとお話をしてくださいました。「顔と顔を合わせて傷を背負う覚悟をする」という奥田牧師の言葉を思いながら、私はただただ黙って聴き続けました。

「看護師も、自衛官も」

インターネットを通して出会ったある仏教系の新聞の社説の言葉です。

◆地域での被災者引き受けを進める北九州ホームレス支援機構の奥田知志牧師は、同じ朝日紙上で「絆には『傷』が含まれている」と語る。援助の場では生身の人間同士がぶつかり合う。助けたいと思っても深入りするのは怖いとも思う。しかし「一緒に泣き、傷つくところから支援が始まる。息の長い支援で絆をつむいでいきたい」との言葉には、現場の蓄積に裏打ちされた重みがある。

◆被災地で、震災前から野宿者や自死問題に取り組んでいた宗教者たちの活動が目覚ましい。釜ケ崎で労働者の自立支援をしてきた川浪剛さんは「あくまで当事者が平常の生活に戻られるよう後方側面支援に徹するべきです」。「無縁死」者供養に携わった中下大樹さんは、祈りや葬儀もだが、家族を亡くし放心状態の人の役所手続き手助けの重要性も指摘する。

◆支援活動での宗教者の姿勢、宗教性の論議があるが、今回はこのような従来の実績を源泉に、素早く広範な行動がまずあった。身を置く場所、立場によってさまざまな支えの形があるだろう。だが人々に寄り添い、悩みながらも縁や絆を構築していくことが大事だ。そこに宗教性は明確だ。絆こそは宗教の持つ大きな力だから。

◆宗教者の支援ネットワークを立ち上げた稲場圭信さんは言う。「被災地の看護師、原発に向かった自衛官も、目に見える聖職者ではないが信仰を持った人たち、宗教者です。」(中外日報社より)

聖餐への招き

本日私たちは、先週のイースター同様、聖餐式に与ります。被災地で先週イースターが守られたことがとても意義深かったという話を伺いました。教会はどのような状況にあっても二千年に渡ってこのように礼拝を守り、主の食卓に与ってきたのだということを改めて意義深く感じています。

「これはあなたのために与えられるわたしの身体」「これはあなたの罪の赦しのために流されるわたしの血における新しい契約」。私たちの罪と恥の全てを負って十字架に死んでくださったお方が、復活の光の中で主の食卓に私たちを招いてくださっています。これは終わりの日の祝宴の先取りです。

今ここにいながら私たちは天につながっている。この天との絆がキリストの聖痕によって結ばれていることを味わいながら、共に傷を背負う覚悟を持ちつつ、新しい一週間を踏み出してゆきましょう。

お一人おひとりの上に主の豊かな祝福をお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2011年5月1日 復活後第一主日聖餐礼拝説教)