水村美苗 著『母の遺産』  松井 倫子


早々と在庫切れになった人気の本である。私自身は『日本語が滅びる時』の著者として最近知った。読売に連載された新聞小説でこれだけ書くのも凄いが読むのも大変、私は読書会の報告を引き受けた事を大いに後悔した。

参会者の感想は「やはり母はいつまでも生きて欲しい」、「この本は正に今の時代を表している」、「読み応えがあった」、「一読に値する」、「今後の日本への問題提起のある作品だった」、等であった。本の帯には、「もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。若い女と同棲している夫がいてその夫とのことを考えねばならないのに母は死なない。ママいったいいつになったら死んでくれるの? 親の介護・・・離婚を迷う女は一人旅へ。『本格小説』『日本語が亡びるとき』の著者が自身の体験を交えて描く待望の最新長編」と書かれている。文中に「思えば美津紀自身が新聞小説の落とし子であった」とあり、明治30年読売の新聞小説として『金色夜叉』が始まったことが書かれ、それは一家にとって大事な事で、「もし日本に新聞小説というものさえなければ母も私達も生を受ける事はなかった。」というのである。そんな家系に生を受けた家族、私は読むのに難儀した。然し本来のテーマは流石の名家をも襲った老いの問題であり、父と母の終末期を迎え、へとへとになりながら頑張る姉妹の姿、そしてゴールデンイヤーズという老人ホ―ムに家を手放して母を入居させるが、夢は枯れ野をというタイトルをへて母の死が記される。通夜の長電話に始まり、桜が咲いた日でこの本は終わる。あの時を境に母は美津紀に擦り寄るようになり、母と奈津紀の関係はどこかで決定的に壊れてしまった。母は憑き物が落ちたように姉を冷ややかに見るようになった。こんな母親に育てられながらも、姉妹は助け合い支えあっているのが救いである。

(むさしの教会だより 2012年 11月号)