D・H・ロレンス 『牧師の娘たち』

佐藤 義夫

この作品は1911年に「二つの結婚」として書かれた。後に「牧師の娘たち」と書き改められ、14年出版の『プロシァ士官』という短編集に収められている。

リンドリー牧師のメアリーとルィーザという二人の娘の対照的な結婚をテーマとした短編である。メアリーは父親の病気のために牧会の手伝いに来てくれたマッシーというオックスフォード大学を出た見習いの牧師と結婚する。マッシーは背が低く風采のさえない若者であるが、熱心に伝道に励み、メアリーの尊敬を勝ち得るけれども、ルィーザには姉の結婚が気に入らなかった。というのは、メアリーがマーシーを心から愛しているのではなく、一家の家計を救済するためにやむなく彼女の肉体を犠牲にして結婚した、とルィーザには思えたからである。ルィーザは愛する人と結婚するのでなければ、男女が一緒になる意味はない、と考えた。彼女はアルフレッド・デュラントという炭鉱夫との結婚を決意する。アルフレッドは、生命に満ちあふれた、かつてはイギリス海軍に籍を置いた、筋骨たくましい炭鉱夫であった。当然のことながら、身分の違う結婚ということで彼女は両親から強く反対されが、アルフレッドとの愛を貫く。リンドリー牧師は自分の体面を気にして、彼らの前で同じ教区に住むことはできない、と言う。アルフレッドはルィーザと一緒にカナダに移民することを約束して、ようやく父親の許可を得る。

この作品はロレンスの初期の短編ではあるが、階級の障壁を乗り越えて男女が結ばれるというのは、彼の最終作品『チャタレー夫人の恋人』のテーマに通じている。また、アルフレッドは炭鉱夫でマッシーのように高い学歴はないが、生命力に満ちあふれた、人に温かい思いやりを持った人間として描かれている。アルフレッドはロレンスの心に描く理想的な人物であろう。ロレンスは自伝的小説、『息子と恋人』の中で、ポール・モレルという主人公に「人間の違いは自分たちの属する階級にあるのではなく、自分自身の中にある。中産階級からは観念だけしか得れないが、庶民からは生命そのもの、温かさが得られる」と言わせている。このアルフレッドには、炭鉱夫であったロレンスの父親の面影も読み取れる。

 

(日本福音ルーテル教会機関誌『るうてる』1998年 3~8月号に掲載されたものです)