ルカ

説教 「あなたの信仰があなたを救った」 大柴譲治

ルカによる福音書 7:36-50

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

本日の主題:罪とその赦し

本日与えられた三つの日課はどれも大変に印象深い箇所で、どれも人生の大きなドラマを、神の前における人間のドラマを感じさせるものです。サムエル記下12章にはダビデの罪を糾弾し神の罰を宣言するナタン、そして罪に気づいて悔い改めるダビデの姿が描かれています。ガラテヤ書の2章では、ユダヤ人の目を気にして異邦人と食事をすることを避けるケファ(ペトロ)を公けの場で厳しく糾弾するパウロの姿が描かれている。そしてルカ福音書7章では、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った一人の罪の女性と、それを受容し、罪を赦す主イエスの姿が、シモンと呼ばれるファリサイ派の人物の冷酷な姿との対比の中で鮮やかに描かれています。

これら三つのエピソードに共通するものは何か。それは「あなたの信仰があなたを救った」というイエスさまの宣言に明らかなように、「まことの信仰とは何か」ということです。具体的には「罪とそこからの赦し」ということが問題になっていますが、本日はそれを、神との人間との間の次元(垂直方向の次元)と人間同士の次元(水平方向の次元)の二つの次元がクロスするというポイントから捉えてゆきたいのです。

ドラマ1~ダビデとナタン

まず、旧約の日課(サムエル記下11:26-12:13)に描かれた第一のドラマです。ダビデは自分の部下ウリヤの妻バトシェバの水浴する姿に一目ぼれして罪を犯しました。最前線にウリヤを送って戦死させることで、その妻を手に入れたのです。神が預言者ナタンをダビデのもとに送ってその罪を糾弾する場面が、本日与えられています(サムエル記下12章)。ナタンがダビデに告げる譬えは具体的で、鮮やかです。

「二人の男がある町にいた。一人は豊かで、一人は貧しかった。豊かな男は非常に多くの羊や牛を持っていた。貧しい男は自分で買った一匹の雌の小羊のほかに 何一つ持っていなかった。彼はその小羊を養い 小羊は彼のもとで育ち、息子たちと一緒にいて 彼の皿から食べ、彼の椀から飲み 彼のふところで眠り、彼にとっては娘のようだった。ある日、豊かな男に一人の客があった。彼は訪れて来た旅人をもてなすのに 自分の羊や牛を惜しみ 貧しい男の小羊を取り上げて 自分の客に振る舞った。」
ダビデはその男に激怒し、ナタンに言った。「主は生きておられる。そんなことをした男は死罪だ。小羊の償いに四倍の価を払うべきだ。そんな無慈悲なことをしたのだから。」ナタンはダビデに向かって言った。「その男はあなただ。」

無慈悲にも部下から、その命も妻もすべて大切なものを奪ったダビデ。「その男はあなただ!」と厳しく糾弾するナタンの声でダビデは初めてハッと我に返り、自分の犯した取り返しのつかない罪に気づきます。妻だけではなくその命までも奪ったのですから、その譬えに出る「豊かな男」よりもさらにダビデの罪は深いと言わなければなりません。十戒の第六戒「姦淫するな」と第七戒「盜むな」、第十戒「むさぼるな」という戒めをだけではなく、第五戒「殺すな」という戒めをも犯しているのです。私たちが毎週礼拝の中で「奉献唱」として歌う詩編51編は、ダビデがこの時の自分の気持ちを歌ったものとして知られている悔い改めの詩編です。詩編51編が心を打つのは、そこに神の前に罪を心から悔いる一人の真摯な人間の姿が描かれているからです。

私はしかしダビデは二つの点でなかなかすごいと思います。「その男はあなただ」という罪の事実をはっきりと自分に告げてくれたナタンという預言者(=友)をそばに持っていたという点、そしてそのナタンの言葉を聴いて頑なにはならず、すぐに神の前に自らの罪を認め、それを悔い改めたという二点でやはりダビデは優れていたと思うのです。欲情に駆られてバトシェバを自分のものにしたとしても、ダビデの中にはどこか深いところに不安なやましい思いがあったのでしょう。人間の「良心」は容易に麻痺してしまうことがあるとしても、人間に良心が与えられていることの恵みを私たちは心に刻みたいと思います。そして、「あなたの目には丸太がある、梁がある」という苦い言葉を告げてくれる「友」の存在を大切にしたいと思います。そのような言葉を語る存在は決して「友」ではなく、自分を傷つけ倒そうとする「敵」に見えるかもしれません。ダビデは、アベルを殺したカインのように、ナタンを怒りに燃えて(十字架にかけて)殺してしまうこともできたはずです。王だからそのような権力を持っていた。ましてやそれは二人だけの場面ですから、そうしたとしても黙っていれば誰にも気づかれないでしょう。しかし、ダビデはそうしなかった。そうできなかったのです。それは彼がナタンの背後に神の存在を見ていたからでした。ナタンの表情の中に神の迫ってくるまなざしを感じ、ナタンの声の中に神の迫り来る声を聴き取ったのです。

私たちもまた、どこか遠いところにではなく、身近なところに神を臨在を感じること必要があるのかもしれません。具体的な友や敵の言葉の中に人間の次元を越えたところからの響きを聴き取ること。このナタンがダビデに向かい合う場面から、それを私たちは心に刻みたいと思います。水平次元の中に響いてくる垂直次元からの声を覚えたいのです。

ドラマ2~ペトロとパウロ

次は第二のドラマです。本日の使徒書の日課であるガラテヤ2:11-21 には、パウロがペトロを非難する場面が記されています。ここでアラム語で「ケファ」と呼ばれているのは「ペトロ」(ギリシャ語名で「岩」)のことです。異邦人キリスト者と食事を共にしていたペトロが、やがてエルサレムから来たユダヤ人キリスト者たちの目を気にしてそれを避けるようになったことをパウロは皆の前で厳しく非難するのです。異邦人と食事を共にするということは律法の食事規定を破ることだったからです。律法を守る行いによっては救いは得られない、ただキリストを信じる信仰によってのみ義とされるということをパウロはどうしても明確にしなければならなかったのです。パウロは言います。「わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。わたしは、キリストと共に十字架につけられています。(20)生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」この言葉の背後にはパウロ自身の、キリスト教の迫害者からキリスト教の伝道者への劇的な回心の体験がありました。罪からの転換があったのです。使徒言行録9章には、ダマスコ途上で、パウロが復活のキリストによって天から呼びかけられ(「サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」)、三日間目が見えなくなった後に、アナニアと出会って目からウロコが落ちる出来事が記されています。主がパウロの罪を明らかにし、アナニアがそれを赦してゆく役割を与えられてゆくのです。ダビデもそうでしたが、自分の姿に外からの言葉によって気づかされるということは恵みです。

パウロは自らがそうであったように、ペトロに対して面と向かってその過ちを糾弾しました。罪を罪を名付け、裁く役割がどうしても人間には必要なのです。そこには結果は書かれていませんが、ペトロはパウロの糾弾によって自分の過ちを認めたに違いありません。ダビデに対するナタンの役割をパウロは果たしたのです。そのような信仰の友を持つ者は幸いと言わなければなりません。私たちもある意味では安心して間違ってよいのかもしれません。神さまは必要なときに、必要な助け手を必ず与えてくださると信じてよいのでしょう。ルターが「大胆に罪を犯せ、そして大胆に悔い改めよ」といった言葉を思い起こします(1521年8月1日 メランヒトンへの手紙より)。

ドラマ3~イエスと罪の女、そしてイエスとファリサイ派のシモン

第三のドラマです(ルカ7:36-50)。これはルカだけが記しているエピソードです。主イエスが食事をしていると、一人の女性が香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろから足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、その足に接吻して香油を塗ったのです。ただならぬ場面です。私はこのエピソードを読む時、この深く痛み苦しんできた「罪の女」とよばれる一人の女性の深い思いをイエスさまはその存在の中心で、「はらわた」で受け止めておられるということを強く感じます。そしてそのことをその女性自身も黙ってそれを受容されるイエスの態度から自ら深く感じ取っていたに違いありません。それに対して、ファリサイ人の態度は何と冷たいことか。とても対照的です。ダビデの例を挙げれば「無慈悲な態度」です。

私はこのような場面を読むたびに思い起こす個人的な体験があります。私が神学生の時、1985年の秋ですからもう22年も前のことになりますが、築地の聖ルカ国際病院で3週間の臨床牧会訓練が行われました。当時聖ルカ病院のチャプレンであられた聖公会司祭・井原泰男先生の下で、毎日厳しい訓練が重ねられてゆきました。ようやくすべてを乗り越えた後に、井原先生がご自宅に学生たちを食事に招待してくださった時のことでした。井原先生が何気なく笑いながら私たちに語られた言葉が忘れられません。「僕はね。患者さんの話を聴いていて、一番大事なところになると胃がビクビク動くんだよね」。私にとっては「エッ!?そのような聴き方があるのか!?」という目からウロコが落ちるような衝撃を受けた言葉でもありました。忘れられない言葉でもあります。この言葉に出会うことができたおかげで私自身も臨床牧会訓練(CPE)に長くこだわり続けてきたように思います。私自身は、なかなかまだその境地には到達できていませんが、最近はそれが少しだけ分かってきたように思います。

イエスさまは苦しみ痛む人々の姿を見てしばしば深いあわれみを示されています。この「深いあわれみ」というスプラングニゾマイという言葉はスプリーン、つまり「脾臓」という言葉から来ている単語で、古代には胃の左後ろ側にある「脾臓」が感情が宿る座と考えられていたこともあるようですが、日本語では「はらわたがよじれるような思い」、「断腸の思い」ということに通じるのだと思います。英語ではガットフィーリングという言葉もあります。「ガット」とははらわた、胃腸のことです。その意味で、大事なところになると胃がビクビク動くという井原先生の言葉は、本当にイエスさまの深い憐れみ(スプラングニゾマイ)に通じる事柄なのだと思います。

二人の間では沈黙のうちにそのような深い感情レベルのやり取りがあるにも関わらず、イエスを食事に招いたファリサイ人シモンは全く異った次元でこれを見ているのです。39節にはこうあります。「イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、『この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに』と思った」。それにしても彼はその罪深い女が自分の家に黙って入ってきただけで嫌悪感を催していたに違いありません。しかしイエスがどのように振舞うか、その力量を自分の目で見極めるのによい機会だと考えたかもしれないのです。実際に彼はイエスが真の預言者ならば人の心を見抜くはずだが、罪の女も分からないのはイエスが真の預言者ではないということを明らかにしているであろう」と思っていたのです。「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」。

しかしそのシモンの心の中のつぶやきを見抜いてイエスさまは彼に向かって語ります。シモンという名を呼ぶくらいですから、何度か招かれてよく知っていた関係なのかもしれません。

(40)そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。(41)イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。(42)二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」(43)シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた。(44)そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。(45)あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。(46)あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。(47)だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」

シモンは主イエスのこの言葉をどのように受け止めたでしょうか。自分に対する預言者ナタンの言葉として聴くことができたでしょうか。そのことは記されていませんが、「シモン、あなたに言いたいことがある」という主の魂への呼びかけは、シモンの心に深く刻まれたに違いありません。主のこのような声と出会うことができた者は幸いであります。シモンはこの出来事を忘れることはできず、繰り返し思い起こしたに違いありません。ある日突然、自分の無慈悲さに気付き、それに打ち砕かれ、神の慈悲深さの前に心を開かれていったに違いないと思うのは私だけでありましょうか。イエスの声は預言者以上の、キリストとしての力を持っています。

聖餐への招き

本日私たちは主の聖餐式に招かれています。主は私たちのこころの深いところにある言葉にならない呻きさえも聴き取ってくださるのです。私たちはこの聖餐式に、主が私たち自身の涙や悔いや恥や痛みをなすがままに受容してくださっていることを感じながら、与りたいと思います。お一人お一人の上に主の豊かな慰めと赦しと導きとがありますように。主の御言葉が、罪に気づかない者には(預言者として)「その男はあなただ」と告げてくださいますように。そして、罪を悔いる者には(大祭司として)「あなたの罪は赦された。あなのた信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と告げてくださいますように。 アーメン。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな支えと守りがありますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2007年7月1日 聖霊降臨後第五主日礼拝)

説教 「若者よ、起きなさい」 大柴譲治

ルカによる福音書 7:11-17

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

人間の悲しみの現実

私たちは本日、福音書の日課においても、旧約聖書の日課においても、困難な人間世界の現実に直面しています。そこには一人の薄幸の婦人が登場します。彼女は寡婦でした。つまり、最愛の夫を失うという辛い体験をしていた。さらに加えて、病いでしょうか、事故でしょうか、自分の一人息子も命を奪われるという辛い体験の中に、ただ泣き崩れています。ルツ記に出てくるナオミのことを思い起こします。夫を失い、二人の息子を失い、夫の故郷であるベツレヘムに嫁のルツと共に戻ってきた時に彼女はこう言うのです。

ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると、(20)ナオミは言った。「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。(21)出て行くときは、満たされていたわたしを 主はうつろにして帰らせたのです。なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主がわたしを悩ませ 全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」(ルツ記1:19-21◆うつろな帰国)

私たちの人生にはこのような不条理な、どうしようもない苦しみや悲しみというものがあります。なぜ神は私にこのような苦難を与え給うたのか。神はなぜ沈黙しているのか。なぜこの祈りに答えて下さらないのか。神はどこにいますのか。そのような問いを投げ掛けざるを得ないような状況が人生にはあります。「板子一枚下は地獄」という漁師の言葉があります。舟の底板の下は逆巻く地獄の海だという意味ですが、一人息子を失った母親はそのような現実の中で涙を流していたのだと思われます。私たちはこのような悲惨な現実の中で語る言葉を失います。ただただ心を痛めながら、共に涙を流す以外にはないのです。しかしイエスさまは違いました。私たちの悲しみの深い淵の底に降りてこられるだけでなく、その現実を創り変えてくださるのです。

悲しみの現実に降り立たれる主イエス

イエスさまは泣いている母親を深く憐れに思い(スプラングニゾマイ「断腸の思い」)、彼女に近づいて言われました。「もう泣かなくともよい」。悲しむ者にこのような権威ある言葉をかけることができる人間はイエスさま以外に一人もおりません。さらに近づいて棺に手を触れられこう言われたのです。「若者よ、あなたに言う。起きなさい。」すると死んでいた息子は起き上がってものを言い始めました。背筋がぞくぞくするような場面です。そしてイエスは息子はその母親にお返しになられました。

それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

この場面はエリヤがサレプタのやもめの息子を生き返らせる本日の旧約聖書の日課(列王紀17章)と重なります。このナインで起こった若者をよみがえらせた出来事は、ナザレのイエスが神の人エリヤと同じ神の権威を持っていることを人々に明示した出来事だったのです。

「若者よ、あなたに言う。起きなさい」。「若者よ」という言葉は「青年よ」とも訳せる言葉です。コヘレトの言葉(伝道の書)12:1を思い起こします。「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに『年を重ねることに喜びはない』と言う年齢にならないうちに。(2)太陽が闇に変わらないうちに。月や星の光がうせないうちに。雨の後にまた雲が戻って来ないうちに。」口語訳聖書の伝道の書ではこうなっていました。「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に、(2)また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。」

私たちもまた主によって「起きなさい」、「翻って(創造主なる神に向かって)生きよ」と呼びかけられているのです。それと同時に、私たちもまた涙の中に置かれている者たちにこの命の創造主なるお方の「若者よ、あなたに言う。起きなさい」という言葉を伝えてゆく役割が与えられているのだと思います。パウロがガラテヤ書で言う通りです。「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされた」のです。

どれほど死の力が圧倒的に見えても、涙の谷から抜け出ることができないように思えても、私たちは生ける者と死せる者の両方の救い主である主イエス・キリストの「わたしはあなたに言う。死の中から起き上がりなさい。起き上がって神に向かって生きなさい」という力強いみ声を聴いて行くのです。

やもめもその息子も、やがてこの地上での命を終えて、神さまのみもとに帰ってゆきました。塵から出た者は塵に帰るのです。しかし、私たちを生かすのは私たちの鼻に吹き入れられた神の息であり、聖霊なのです。

「若者よ、あなたに言う、起きなさい」

死んでいる若者に向かってイエスは言う。「青年よ、あなたに言う。よみがえりなさい!」と。これは権威ある言葉です。先週の日課(ルカ7章の最初)ではローマの百人隊長が、病いで死にかかっている私の僕のために「ただお言葉をください」とイエスに申し出ました。そのことによってイエスはメシアとして神の権威を持っていることが明らかとなったのです。今日は、イエスが「神の人」と呼ばれたエリヤ同様、死んでしまったやもめの一人息子を死からよみがえらせる権威を持っていることが宣言されています。イエスの言葉(声/息)に「光あれ!」という宣言によって天地万物の創造を開始されたのと同じ神の力が宿っているのです。

イエスの言葉には力があります。「青年よ、あなたに言う」。真正面からイエスは私たちに呼びかけてくるのです。その「深い憐れみ」のゆえに私たちに責任をもって関わりを持ってくださいます。「起きなさい」とは新約聖書に144回出る言葉です。ギリシャ語では「エゲイロー」、それは「目を覚ます、起きる、立ち上がる、よみがえる」という言葉です。マルコ5章には会堂司ヤイロの娘を「タリタ、クム(少女よ、わたしはあなたに言う、起きなさい)」(マルコ5:41)と言ってよみがらせ、ヨハネ11章にはマルタとマリアの兄弟ラザロを「ラザロ、出て来なさい」(ヨハネ11:43)と呼びかけてよみがえらせた出来事が記されています。主は、必ず、その人自身に呼びかけてくださるのです。この言葉に力があります。この声に死の力を打ち砕く愛の力がある。このイエスの声は死んでいた者の耳に届くのです。ただこのような権威ある声に私たちは聴き従うしかないでありましょう。愛は死よりも強し、です。死はすべてではない。死は究極的なものではない。神の愛こそが究極的なものなのです。

主イエスはただ悲しみの中に降りてきてくださるだけではありません。遠藤周作の言うような「無力な同伴者」であるだけではない。力ある神の再創造のみ業を私たちに向かって行ってくださるお方なのです。

パウロはガラテヤ書の1章で「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神」と言っています。「サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」とダマスコ途上でパウロに呼びかけた復活の主の声は、パウロが生まれる前、母の胎内にある時から神の救いのご計画の中にあったものだったのです。私たちは一人ひとりがこの神の救いのご計画に与るようにこの世の生が与えられています。神の使命(ミッション)の中にパウロは人生の意味/目的を見出しました。私たちもまたそのような者でありたいと願うものです。

涙の洗礼式

ジョン・パットンというアメリカの牧師が『ミニストリーから神学へ』という本の中で紹介している「涙の洗礼式」という心に残るエピソードがあります。米国のある病院での出来事です。産婦人科は病院の中にあって唯一喜びと笑顔の溢れる場所です。そこで子供の誕生を心待ちにしていた一組の若いカップルがいました。悲しいことに、その女児は死産で産まれてきたのです。ニコルと名付けられた赤ちゃんのために病院のチャペルで祈りが捧げられることになりました。両親は涙を流し続けていました。看護師から赤ちゃんを受け取って腕にその抱いた若いチャプレンの目からも涙が止まりません。その場でその両親は娘のために洗礼を授けて欲しいと願い出たのです。突然の申し出で洗礼盤には水も用意されていませんでした。チャプレンは瞬間迷ったが、咄嗟にその申し出に対応して、彼らの涙と自分の涙をティッシュで拭い、「ニコル、父と子と聖霊のみ名によって私はあなたに洗礼を施す」と赤ちゃんの額にそっと十字を切って洗礼を施したというのです。

このエピソードを思い起こすたびに私は心の震える思いがします。それが私に洗礼のサクラメントにおけるキリストのリアルプレゼンスを強く感じさせてくれるからです。私たちが言葉を失うほどの深い嘆き悲しみの中にあっても、キリストがその場に降りてきてくださり、嘆く者の傍らに共にいてくださる。そして涙を拭ってくださる日が必ず約束されているのです。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである」(ヨハネ黙示録21:3-4)。このようなお方が「もう泣かなくともよい」と呼びかけて、悲しむ母の手に息子を死の闇から取り戻し、返してくださったのです。愛は死よりも強し!私たちは死の力によっても滅ぶことのない主の永遠の愛の中に召し出されています。そのことを覚えながら、主と共に、新しい一週間を踏み出してまいりましょう。「若者よ、あなたに言う。起きなさい!」

お一人おひとりの上に神さまの豊かな支えと守りがありますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2007年6月24日 聖霊降臨後第四主日礼拝)

説教 「エルサレムのために涙する主」 大柴譲治

ルカによる福音書 19:28-48
フィリピの信徒への手紙2:6-11

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

エルサレムのために涙する主

本日は枝の主日。場面は、ロバの子に乗って主イエスが「神の平和の都」と呼ばれたエルサレムに入って行かれるところです。特に本日は、ルカだけが記している部分ですが、41-44節に焦点を当てながら、イエスさまが涙を流されたことの意味について思いを巡らせてゆきたいと思います。

もう一度み言葉をお読みいたしましょう。「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。』」

エルサレムは、イエスさまが十字架につけられた40年ほど後の、紀元70年にローマ帝国によって徹底的に破壊し尽くされました。福音書は既にエルサレムが崩壊した後に書かれていますから、エルサレムのために主が涙を流されたことを、エルサレム滅亡の預言として受け止めたことでしょう。

主は言われます。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない」と。これは「平和への道」をわきまえない人間に対する涙であり、戦争や暴力やテロに明け暮れている混沌とした現代社会に住む私たちに対する涙でもある、私にはそのように思えてなりません。

「やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」という主の言葉は、(暴力的な)力に頼ろうとしている私たちが、出口のない真っ暗闇の滅びの途上にあるのだということを明確に預言している言葉であるように感じるのです。

そして「平和への道をわきまえていたら」「神の訪れてくださる時をわきまえなかった」と繰り返されていることからも、本日の旧約の日課であるゼカリヤ書9章に預言されていたように、子ロバに乗った柔和な王イエスによって神の平和がこのエルサレムにもたらされようとしているにもかかわらず、それを認めず、拒絶した人間の愚かさが告げられています。「ホサナ」と叫んだ人々が、その舌の根も乾かないうちに「イエスを十字架にかけよ!」と叫び始めるのです。どこにも救いのない人間の現実!それがそこには浮かび上がってきます。

イエスさまがエルサレムのために涙を流されたということは、そのような救い難い人間の絶望的な状況に対して涙を流されたということでありましょう。そして、そのような状況の中にあるということを全く知ろうとしない愚かな人間の姿に対して涙を流しておられるのでありましょう。そう、私たち人間の絶望は真実の愛を見失ったところに生じているのです。そしてその絶望的な状況に対して、主は涙を流しながら十字架において突破口を開いてゆかれるのです。ゲッセマネの園(オリーブ山)で「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」(ルカ22:42)と悲しみもだえながら祈られた姿をも思い起こします。(ルカにはないのですが)その場面でマルコとマタイは、「わたしは死ぬばかりに悲しい」と弟子たちに告げた主の言葉を記録しています(マルコ14:34、マタイ26:38)。

「アメリカの良心」トマス・マートン

1968年に53歳の若さでタイのバンコクで亡くなったトマス・マートンというカトリック・トラピスト会の司祭がいます。核戦争の愚かさや人種の不平等に対して声を上げて、平和のために活動し、「アメリカの良心」とも呼ばれるほどの大きな働きをなし尊敬された人物でした。東洋の思想に対しても開かれた姿勢を保ち、禅の鈴木大拙とも親交を温めた人物です。

本日は使徒書の日課としてフィリピ書2章のキリスト讃歌が与えられていますが、マートンはこの「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(6-8節)ということをとても重要なこととして考えていました。特にキリストがご自分を「無」とされたということに注目していたのです。「神は無になられたお方、限りない無であるお方」であるとマートンは言います。そこから、「神の似姿」に創造された人間もまた、イエスのように、へりくだり、自分を無としてゆく存在として創造されていると考えました。これはなかなかの炯眼であると思います。主イエスはこう言われたからです。「だれでもわたしに従ってきたいと思う者は、自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従ってきなさい」と。

トマス・マートンは、キリスト教信仰を空/無として捉え、次のように語っています。「時々、自分が空であると同時に充満していることを驚きもって感じる。つまり、自分が空であるからこそ、満たされているのである。私には欠けたところがない。主が私を支配しているのである。」

「自分の空そのものが完成であり充満であることを悟るがために、自分を空にしていくことを認めるのである。」

そこから禅仏教学者・鈴木大拙をも共感をもって引用してゆくのです。「鈴木大拙博士は、単なる空虚に過ぎない空を否定しているが、それは全く同感である。かかる空は、空想で作り上げた充満の片われにすぎない。両者は、形而上学的孤立の中で対立している。私たちが空である時、充満になる。」

人間の心に書かれた神の聖名

主がエルサレムのために流された涙は、自分を無としてへりくだり、人となられた神の涙です。人間の絶望的な窮境に慟哭される神の涙なのです。放っておいては滅びてしまうから、放ってはおけないとその独り子を賜るほどにこの世を愛された神の涙なのです。

マートンの言葉をもう一度引用したいと思います。「この『無』という小さな地点、つまり『完全なる貧しさ』の地点は、私たちの内なる神の純粋な光である。それは、言わば、私たちの中にかかれた神の御名である。つまり、私たちの貧しさ、私たちの貧困、私たちの依存性、神の子である状態、という名前である。それは、天の見えない光で輝く純粋なダイヤモンドのようなものである・・・それはすべての人々の中にある。これがわかれば、何百億という光の点が顔に当たるようなものであろう。そして、生活の暗闇と残虐をつくっている太陽の光が完全に消えるのがわかるであろう。私には、こうしたことがどうしたらわかるようになるかのプログラムはない。それは、与えられるものである。しかし天国の入口は、至る所にある。」(木鎌安雄『評伝トマス・マートン』188-189)」

私たち人間の魂に与えられた神の似姿としての「無」の点、私たちの貧しさ、無力さ、神なしには生きえないという思いを表しているのでしょうが、それは神の聖名が私たちの中に署名されているということでもある。それはすべての人の中にあってダイアモンドのように輝く点であり、天国の入口なのだ、とマートンは言うのです。これは私たちの心に響く言葉であると思います。「神は無になられたお方、限りない無であるお方」なのです。

しかし人間は真の神を忘れ、自分を神とする罪を犯してゆく。神の似姿として記された神の名前である「無」の点を忘れ、滅びの道を歩んでいた。主イエスがエルサレムのために慟哭されたというのは、そのためだったのだと思います。

聖餐への招き

本日は聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言ってパンを割き、ブドウ酒を与えてくださった主。エルサレムのために、人間が置かれた出口のない窮境のために涙された主。「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられ、・・・へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順で」あられた主。わたしたちはそのことの深い意味を覚えながらご一緒にこの聖餐式に与ってまいりましょう。このダイアモンドのようなキリストに涙によって私たちが清められ、新しくされているのだということを信じつつ、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。

お一人おひとりの上に豊かな主の祝福がありますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2007年4月1日 枝の主日聖餐礼拝)

説教 「打ち砕かれた魂」 大柴譲治

ルカによる福音書 20:9-19

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

神の愚かさ

ぶどう園と農夫の譬えを読むと、私たちは何か人間の闇の部分を見せつけられるような気がして暗澹たる思いにさせられます。この譬えはぶどう園は神の民イスラエル(または神の都エルサレム)、ぶどう園の主人は神、僕たちは神から派遣された預言者たち、息子はイエスさまのことを指すのは明らかでありましょう。

この、主人のぶどう園を農夫たちが私物化し、自分のものとしてしまおうという譬えは、私たち人間の強欲さ、傲慢さ、自己中心性といったものを明らかにしています。それと同時に何度も裏切られながらも三人も僕を送り、最後には自分の跡取りである愛する息子を底に派遣するぶどう園の主人の人のよさ、甘さ、おめでたさなども強く印象に残ります。それほど信頼していたイスラエルに裏切られても裏切られてもイスラエルを見捨てない神の愛の深さをこそ、私たちはここで見てゆくべきなのでありましょう。「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛してくださった。それはみ子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである」とヨハネ3:16にある通りです。

先週は神崎伸先生から放蕩息子の譬えについての説教を聴きましたが、放蕩息子の父親の息子を信頼し、愛し続けるその親馬鹿とも言えるその姿を思い起こします。「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」(1コリント1:25)とパウロが言う時、愚直なほどまっすぐな神の愛が人間のずる賢さを凌駕し、人間を造り変える力を持つということを意味しているに違いありません。

この「ぶどう園と農夫の譬え」をイエスから聞いた律法学者や祭司長たち、つまりユダヤ教の指導者階級にあるリーダーたちは、「そんなことがあってはなりません」と口をそろえて言いました。そこのところをもう一度お読みしたいと思います。17-19節です。

イエスは彼らを見つめて言われた。「それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。』その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスに手を下そうとしたが、民衆を恐れた。

この詩編118:22からの引用です。

(22)家を建てる者の退けた石が 隅の親石となった。
(23)これは主の御業 わたしたちの目には驚くべきこと。
(24)今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう。
(25)どうか主よ、わたしたちに救いを。どうか主よ、わたしたちに栄えを。

「隅の親石」「隅の頭石」というのは、壁と壁とをつなぐ角の石、あるいは入口を固める重要な要石を指しています。イスラエルの民に裏切られ、棄てられ、十字架の上で殺されてゆくイエス・キリストこそ、神の救いのご計画の中では「隅の親石」として中心的な役割を果たしてゆくということが示されています。その親石に律法学者や祭司長たちは躓いてゆくのです。イエスさまの「その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう」という言葉を聞いて、彼らはその譬えが自分たちに対する当てつけであるということが分かり、激怒するのです。

「怒り」について

今、いとすぎでは「聖書の中の感情」という主題で聖書研究を行っていますが、人間の感情というものに焦点を当てて御言葉を思い巡らしてみると、なかなか興味深いものがあります。

「怒り」というのは実は私たちが自分を脅かすもの(敵)に対して感じる感情であり、自分を守ろうとする時に敵と鬪うエネルギーを瞬時に自らの内に蓄えるための感情であると考えられます。怒りっぽい人というのは内に高いエネルギーを宿した人であり、「エネルギーレベルの高い人」であると言えるかもしれません。

「怒り」に関連して思い起こすのは、ヤコブ書の1:19-20です。そこには次のような言葉があります。「わたしの愛する兄弟たち、よくわきまえていなさい。だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。人の怒りは神の義を実現しないからです」。

「怒るのに遅い」というのは、私たち人間の怒りが簡単にエスカレートしてしまう現実の中で語られています。「人の怒りは神の義を実現しないから」とありますが、怒る人は自分が神のようになってしまい、自分は神の義を実現しているのだという錯覚をしてしまうのです。ちょうど、神のぶどう園が自分たちのものであると錯覚をした農夫たちと同じようになるのです。「悲しみ」という感情がしばしば人の心を開き、人を深い所で連帯させる働きをするのに対して、「怒り」は人を頑なにし、人を孤立させてゆく働きをすることが多いようです。そのことは私たちが怒っている人には容易に近寄れない、ということからも分かります。傷つけられてしまうからです。そのような場面で言葉を発するのは逆効果であり、確かに「沈黙は金」です。

その意味で、「怒り」は暴力と同じです。それは通常人々の心を閉ざし、頑なにします。怒りによっては私たちは心を変えようとはしないのです。恐れや恨みや反発を生じるのみです。イソップ物語の『北風と太陽』ではないですが、人間が心の外套(殼)を脱ぐのは力づくではなく、暖かい日差しに照らされた時なのです。

そのように見てゆく時、イエスさまはなぜ律法学者や祭司長たちの怒りをたき付けるような言葉を向けていったのでしょうか。火に油を注ぐことになってゆくのです。かえって彼らが反発し、頑なになってゆくだけであるということを知らなかったのでしょうか。そのようなはずはありません。イエスさまほど人間の心の動きをよくご存知の方はおられませんでした。それだからこそ、イエスさまは「放蕩息子の譬え」や「よきサマリア人の譬え」など、人の心に響く譬えを語ることができたのです(イエスさまは譬えの天才だった)。イエスさまは「人の心を読むことができた」のです。鋭く心を見抜くことができた。私はイエスさまが家作りが棄てた石が隅の親石になった」という言葉を言う前に、ルカは「イエスは彼らを見つめて言われた」(17節)と記していますが、この主のまなざしの鋭さにドキッといたします。主は私たちの心の動きを誰よりもよくご存知なのです。

神のぶどう園を私物化してしまうような、傲慢で強欲で自己中心的な人間の心をよくご存知なのです。頑なで敵意と憎悪をイエスに向ける人間の罪をご存知なのです。それを十分に知った上で、その敵の罪をも背負って十字架に架かってゆかれた。そして十字架の上で祈られました。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか分からずにいるのです」(ルカ23:34)。怒りを持ってではなく、赦しととりなしの祈りをもって自分を十字架に架ける者の救いを祈られたのです。

ここに真実の愛があります。ここに「『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった』」と語られている預言の成就があります。この十字架の出来事の中にこそ、「その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう」という主が語られた言葉の本当の意味があります。この愛に触れた時、私たちは頑な者から、打ち砕かれ、悔い改めの涙を流す者へと造り変えられるのです。本日の第一日課でイザヤが語っていた通りです。「見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き、砂漠に大河を流れさせる」(34:19)。

「雷体験」の必要性

しかし、あえてもう一歩踏み込んで考えてみたいのです。怒りと憎悪に燃えた人は、自分の感情しか見えていないために、そのような愛の言葉を聞いても何も感じないのではないかとも思われます。怒りそのものが打ち砕かれ、相対化される必要があるのです。私はそれを「雷体験」とでも呼びたいと思います。サムエル記下12章でダビデが預言者ナタンによって自分の部下の妻を盗み取ったことを「その男はあなただ」と言って非難する場面を思い起こします。あるいは、使徒言行録9章のキリスト教の迫害者サウロが復活のキリストに「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかけられる回心の場面を思い起こします。あるいは、宗教改革者のマルティン・ルターが雷に打たれるという体験を通して修道院に入る決意をしたことを思い起こします。そのように見てくると、私には、創世記の冒頭に記された、神の「光あれ」という天地創造を開始した最初の言葉は、そのような雷体験をも意味するのではないかとも思えてきます。

突如の雷体験によって、私たちは自分が神ではないということを徹底的に知らされる必要があるのです。人の怒りは神の義を実現しないということをトコトン知る必要がある。そこで怒りは打ち砕かれる必要があるのです。私たちが人生において雷に打たれるような体験をすることは、実は神の恵みなのです。

雷によって打ち砕かれた者だけが、パウロの次のような言葉を理解することが出来ましょう。2コリント5章です。「(17)だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。(18)これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました。(19)つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。(20)ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。(21)罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです」(2コリント5:17-21)。

詩編51編

今はレント、主の十字架の歩みを覚える季節です。典礼色は悔い改めを表す色、また王の色でもある紫です。詩編51編を最後にお読みしたて終わりたいと思います。これは、ダビデの詩編の一つで、ダビデが自分の部下ウリヤの妻バト・シェバと通じたので、預言者ナタンがダビデのもとに来て罪を厳しく糾弾したときに歌われたものです。その一部は毎週の礼拝の奉献唱でも歌われています。

(3)神よ、わたしを憐れんでください
御慈しみをもって。
深い御憐れみをもって
背きの罪をぬぐってください。
(4)わたしの咎をことごとく洗い
罪から清めてください。

(5)あなたに背いたことをわたしは知っています。
わたしの罪は常にわたしの前に置かれています。
(6)あなたに、あなたのみにわたしは罪を犯し、
御目に悪事と見られることをしました。
あなたの言われることは正しく、
あなたの裁きに誤りはありません。

(7)わたしは咎のうちに産み落とされ、
母がわたしを身ごもったときも
わたしは罪のうちにあったのです。
(8)あなたは秘儀ではなくまことを望み、
秘術を排して知恵を悟らせてくださいます。
(9)ヒソプの枝でわたしの罪を払ってください、
わたしが清くなるように。
わたしを洗ってください、雪よりも白くなるように。
(10)喜び祝う声を聞かせてください、
あなたによって砕かれたこの骨が喜び躍るように。
(11)わたしの罪に御顔を向けず、
咎をことごとくぬぐってください。

(12)神よ、わたしの内に清い心を創造し、
新しく確かな霊を授けてください。
(13)御前からわたしを退けず、
あなたの聖なる霊を取り上げないでください。
(14)御救いの喜びを再びわたしに味わわせ、
自由の霊によって支えてください。

(15)わたしはあなたの道を教えます、
あなたに背いている者に
罪人が御もとに立ち帰るように。

(16)神よ、わたしの救いの神よ、
流血の災いからわたしを救い出してください。
恵みの御業をこの舌は喜び歌います。
(17)主よ、わたしの唇を開いてください、
この口はあなたの賛美を歌います。

(18)もしいけにえがあなたに喜ばれ、
焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら
わたしはそれをささげます。
(19)しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。
打ち砕かれ悔いる心を、
神よ、あなたは侮られません。

(20)御旨のままにシオンを恵み、
エルサレムの城壁を築いてください。
(21)そのときには、正しいいけにえも、
焼き尽くす完全な献げ物も、あなたに喜ばれ
そのときには、あなたの祭壇に、
雄牛がささげられるでしょう。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2007年3月25日 四旬節第五主日礼拝)

説教 「神の愛」 神崎 伸

ルカによる福音書 15:11-32

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

神の愛の物語

今朝、私たちがご一緒に聴きましたのは、小見出しにもありますように、有名な「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる物語です。けれども、「ある人に息子が二人いた」と書き出されているのですから、放蕩をした弟息子と同じように、兄息子も大切な役割を持っています。ですから、私たちがまず気づくのは、このたとえが、放蕩をした弟息子だけではなく、いわば優等生であった兄息子も含めた、対照的な二人の息子の物語なのだということです。そして、最も大切なのは、この対照的な弟と兄を結びつける父親の存在です。私たちは今朝、この対照的な二人の息子をご一緒に見ていくことで、失われた者を取り戻し、受け入れ、トコトン愛しぬく父である神さまの愛に触れていきたいのです。

弟息子の視点から

まず、私たちは、放蕩の限りを尽くした弟息子の姿に目をとめてみましょう。彼は、父親が生きているというのに、将来自分がもらえるはずの財産を分けてもらい「全部を金に換えて」(13節)家出して行きました。

なぜ弟がこのような願いを持ったかについて、イエス様は何もお語りになりません。しかし、きっと自分だけで生きてみたいと願ったのでしょう。そのために父の家から出て、父や兄と一緒の生活から離れ、旅立っていきます。自分の人生は自分で切り開く!自分の力でやれるところまでやってみたい!そう思ったとしても不思議ではないし、そのこと自体は、決して悪いことではありません。

しかし、悪い結果が出ます。「遠い国」で放蕩に身を持ちくずして財産を使い果たしてしまったのです。この、「遠い国」というのは単に物理的距離的なことだけを意味するのではないと思います。人間の内面、すなわちその心が「遠く」に行ってしまったのです。あるべき所から遠く離れている、それが人間の姿なのです。それが聖書の示す人間の「罪」です。

そうして身を寄せたのが豚を飼っていたところでありました。豚には食べさせてもお前にはくれてやらないと言われながら、空き腹の中で豚を飼う、その光景には、想像するにすさまじいものがあります。いなご豆を食べる豚がうらやましかったに違いありません。

「わたしはここで餓え死にしそうだ」(17節)という叫び、それは文字通りの飢えであったということと同時に、彼のどん底体験を表しています。自分の力が全く及ばず、頼るものもなく、「わたしは何と惨めな人間なのだろう」と自分の弱さや無力さをトコトン味わい尽くしたとき、逃れるすべ、道が閉ざされたと心底痛感したときに、私たちもまた気づくのではないか。自分がまとはずれであったことを。彼は、財産を要求して、自分だけで生きようとして来た自分が、ほんとうにあるべき自分ではなかった、あるべき所から遠く離れていると悟ったのです。どん底の中にこそ射しこんでくる光があることを、弟息子は私たちに指し示してくれています。

あのパウロも言います、「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(1コリント10章13節)。弟息子は、そうして父のところヘの道を目ざしました。

まだ遠く離れていました。しかし、父親は彼を見つけます。哀れに思ったというのですから、よほど変わり果てていたのです。かつての息子と見分けがつかないほどだったでしょう。走り寄ります。父が彼を走って出迎えたことは、それが、当時のあらゆる習慣に反していました。オリエントの人々にとって老人が早く走ることはまったく品位を欠くことだったのです。それにも関わらず、この父が走ったとされるのは、この父のなりふりかまわぬ、並々ならぬ子への思い、愛情をあらわしています。そして、首をだいて接吻します。ここは、何の言葉も記されません。すべては無言のうちに、光景だけが示されています。だきしめられ、接吻されてはじめて、息子は言います。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません」(21節)と。

たしかに弟息子がまず本心に立ち帰りました。そして、父のところヘ帰り、告白をしようとしました。自分が罪を犯したことを認め、息子とよばれる資格がなくなったことを自ら認め、悔い改めたのです。しかし、私たちは、それがこの父親に受け入れられるための根拠となってはいないことに心を留めたいのです。どこまでもこの父親の愛が先行しています。一方的に父親が息子を受け入れています。そして、息子の言葉を遮るようにして、また、まるで聞いていないかのように……言うのです。「急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ」(22~24節)。

ここに記されているもてなしは、いわば王様をもてなす仕方だと言われます。最上の着物と指輪とはきものは、息子のよごれきった衣服とあまりにもかけ離れています。一生父のもとでくらしていても、とても着せてもらえるはずのない品々です。肥えた子牛は、かつてアブラハムが天使をもてなした時に用意したように、最上の客にも出すか出さないかというほど貴重なものです。これ以上ない、盛大な祝宴が行われたことが想像できます。

兄息子の視点から

さて、そこに兄息子が帰って来て、家に近づきます。音楽や踊りの音が聞こえてくる。畑から帰ってきたのですから、農作業をしていたのでしょう。それは長男の継ぐべき仕事だったとは言え、パレスチナの日中の暑さはかなりひどいのです。春や秋の収穫期であったとしたら、その労働のきびしさは想像以上です。おそらく、疲労と空腹の果てに、足をひきずるようにして帰ってきたのではなかったでしょうか。

だから、ここで兄息子が父親に抗議していることはあまりにもあたりまえだと誰もが思うのではないでしょうか。

「このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。」(29節)

この言葉には父親ヘの精一ぱいの抗議がこめられています。この「わたしは何年もお父さんに仕えています」という「仕えた」というもともとの言葉は、「奴隷になる」という意味の言葉です。わたしは奴隷だったというのです。そして「子やぎ一匹も」という言葉に実感がこめられています。自分と弟とをくらべる時に、いっそう怒りが湧いてきました。父をお父さんとも呼ばず弟とも言えず「このあなたの子が」と言っています。抗議は父親にむけられています。

しかし、兄息子をなだめに出てきた父親は、抗議を聞いて説得します。弟に対してと同じように、そうして家から出てくるこの父の姿は、常識ではありません。家長であって、祝宴の主人でもあれば、威厳をもって子に命令しなくてはならないのです。彼は僕を遣わして、兄をしぶしぶでも宴会場に引き入れさせることが出来たのです。あるいは、こう言うことも・・・・「わたしはお前に釈明しなければならない義務はない」と。

「私が祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」と。この父親の喜びは異常です。こんなことが実際にあったら、家族関係は崩壊します。弟を二、三年雇い人として働かせてみてから許すというのならわかります。物分かりがよいと言っても、せめて頭の二つや三つたたいて、おわびの一言を聞き、確かめてから、ようやく家に入れてやるぐらいなら分かります。弟を追い返したって不思議はありません。あまりに非常識な迎え入れ方です。だから、人間的に言えば兄息子は同情されていいのです。しかし、いずれにせよ兄息子も父親から「遠くに」あったことは認めざるを得ません。彼はその長所のゆえに、言ってみれば、彼の正しさ、自分は間違っていない、そのことにおいて彼もまた失われた人間です。父からその心は遠く離れていたのです。「わたしはあなたの奴隷だった」という言葉が端的にそれを語ります。

どう考えても、この父親は非常識です。しかし、それが神の愛なのです。その人間のしたことによらず、ただあなた自身、存在そのものを求め、受け入れるのが、イエスの神の愛です。それは、この世にとっては常識を超えているのです。神の愛はあたりまえのものでもなければ、あたりまえの仕方で示されるものでもありませんでした。イエス様の十字架と復活は、あたりまえのことではないのです。待ち続け、走り寄って抱きしめ、祝宴を開き、兄をも迎え出てなだめる父親の愛は、私たちの罪と悔い改めや、労苦と従順に、はるかに先行する神の愛を示しています。目もかすみ、腰もまがっていたかもしれない父親が、変わり果てた息子を、かけ寄って抱きしめてくれたのです。嫉妬に気も動転して結局は自分のことしか考えない兄息子をなだめ続けるのです。もう暗くなりかけた夕暮れ、家の外に立ち続けるのです。パレスチナの夕暮れは急激に冷えていきます。しかし、父は暖かい家から離れて、この兄と一緒に寒々とした中に凍えながら佇むのです。これが私たちの、主イエス・キリストなのです。

神の愛~父親の視点から

最後にもう一度、この父の言うことに耳を傾けましょう、「すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」(31~32節)。

この父から遠く離れて、決して家に入ろうとしないこの兄息子に、父は言いました。「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ」。この父は、弟だけを選んだのではないのです。また兄だけを選んだのでもないのです。「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ」、この父の言葉がそのことを語っています。これが、わたしは奴隷だったという兄へのそれが父の答えです。この父は、弟を奴隷として扱いませんでした。あくまで子として、もはや子とは言えない子を我が子として。そして、この兄にも同様なのです。父の権威をかなぐり捨て、羊飼いが「九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回る」ように、また、ドラクメ銀貨を十枚持っている女性が「その一枚を無くし…ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜す」ように、今、失われているこの兄がこの父の全てなのです。ですから、「わたしは奴隷だった」という言葉ほど、この父を悲しませるものはないのです。もし、私たちのうち誰か一人でも、自分の人生を奴隷であったと、無益であったと感じているなら、この父は悲しみ、痛み、あなたの傍らに立ち続けるのです。私たちは奴隷であってはならず、父も奴隷のようには扱わないのです。神様は、だから、ただ只ご自身の愛を貫かれるのです。そのためにイエス様は来られたのです。だからこそ悔い改めるのです。この愛にただ帰る。私たちを待っているのは愛、父の喜びなのです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2007年3月18日 四旬節第四主日礼拝。神崎伸牧師は2007年3月18日に按手を受けられました。4/1よりは東海教区知多教会の牧師に着任されます。)

説教「まなざしの記憶」 大柴 譲治牧師

ルカ 22:60-62

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

まなざしの記憶

(60)だが、ペトロは、『あなたの言うことは分からない』と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。(61)主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、『今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と言われた主の言葉を思い出した。(62)そして外に出て、激しく泣いた。(ルカによる福音書22:60-62)

私たちは心のどこかで自分を見つめてくれる存在を探しているように思います。私たちの魂の奥底に刻印された太初のまなざしの記憶があるのかもしれません。

赤ちゃんは自分を暖かく見つめてくれる母親のまなざしの中に安心して育ちます。物心ついてからも、たとえば公園で遊ぶ時にも、時々振り返っては自分を見つめてくれる母親や父親のまなざしを確認しようとします。そしてそれを確認することができた時、安心してまた自分の遊びに戻ってゆくことができるのだと思います。誰も自分を見つめてくれていない時には、私たちは心細くなり、一人遊びどころではなくなるのです。

そのように思うとき、私たちはその創造の最初から、永遠の汝たる神のまなざしの中に生きるように定められているのであろうと思います。

考えてみれば、まなざしというものは不思議なものです。愛する者同士の熱いまなざしの交換といったものを私たちは経験的に知っています。それに対してあこがれを覚えたりもします。愛のまなざしの中に私たちは再び勇気を与えられてがんばろうと思うことができたりします。

私たちは具体的に私たちを励ましてくれるまなざしの記憶を持っているものだと思います。それは両親のまなざしであり、家族のまなざしであり、恩師のまなざしであり、友人のまなざしでありましょう。あるいは逆に私たちには、ふと自分に対する視線を感じてハッとさせられるということもあります。私たちが恥ずかしいと思うのも、他者の視線を感じればこそなのです。また私たちは、非難のまなざしといったものに対しても敏感です。

ペトロを見つめる主のまなざし

本日はペトロに対するイエスさまのまなざしが印象的に描かれている箇所を選ばせていただきました。最後の晩餐でペトロは主イエスにこう伝えています。「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」。それを聴いた主は言うのです。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」(ルカ22:33,34)。

ペトロは自分の言葉を信じてくれない主イエスの言葉に悲しくなったに違いありません。なぜ、主はわたしの真意を受け止めてくれないのか。しかし、予告の通り、ペトロは三度、あんな男は知らないと主を否定することになるのです。

「だが、ペトロは、『あなたの言うことは分からない』と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、『今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。」

ルカだけがペトロを見つめるキリストのまなざしを記しています。それはどのようなまなざしであったのでしょうか。私たちには大変気になるところです。それは私たちはペトロと似たような体験を持っているからだろうと思います。自分ではどうしようもなく自分自身の弱さや罪に直面させられる瞬間でもあります。

私はそこに、私たち人間の弱さや悲しみを知りながらそれを受容し、それを担ってくださった主イエス・キリストの慈愛に満ちたまなざしを感じます。おそらくそのような思いを持つのは私一人だけではないでありましょう。ペトロ自身もその主のまなざしを忘れることができなかった。だからこそそれを人々に語り続けたのでありましょう。そのまなざしと涙の中にペトロの信仰の原点がありました。

五島列島の絵踏

4月の終わりに大磯にある澤田美喜記念館を訪ねました。澤田美喜女史は「混血孤児の母」とも呼ばれ、エリザベス・サンダース・ホームを創設したことでよく知られているクリスチャンです。隠れキリシタンの遺物の収集でも有名で、その記念館には800点を超える収集物が展示されています。仏像の台座の裏に十字が刻まれていたり、仏像を外すと中に十字架が隠されていたりする。キリシタン大名たちが用いた聖母子像や絵踏のために使われていた木版などが収められています。

そこは四百年余の時が止まったような空間でした。それらを見ながら、隱れキリシタンがどれほど十字架を大切に思っていたかということを知り、改めて主の十字架の意味について考えさせられました。隠れキリシタンというのは、江戸時代にキリスト教が禁止された後も、400年間も隠れてそれを信じ続けた者の群れをさしています。彼らは転びバテレンの子孫でもあります。

鐘を打ち鳴らした後、鯛茂さんという管理人のおじいさんが「絵踏」についてご自分が五島列島で聴いた話をしてくださいました。村人たちは毎年一度、絵踏のために三日をかけて草鞋を編んだということです。それを胸に押し抱き、絵踏の場に持ってゆく。直前に新しい草鞋に履き替えて絵を踏むのです。その後、もう一度それを胸に押し抱いて家に持ち帰り、燒いて灰にし、その灰をすべて飮んだのだということです。その灰の苦さを想うとき私には、その時どこかで鷄の声が聞こえたように感じました。

遠藤周作の『沈黙』の一節を思い起こす。「踏むがいい。おまえの足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ。」

主イエス・キリストの赦しのまなざしの中に人生を見いだすことができる者は幸いであると言わなければなりません。

お一人おひとりの上に神さまの豐かな支えと導きとがありますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年5月18日 神学校チャペル説教)

説教「喜びは言葉を超えた」 関野和寛神学生

ルカによる福音書 1:67-79

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

アドベント第四主日

今 日はアドベント第四主日です。例年はこのアドベント第四の主日をクリスマス主日として祝うことが多いのですが、今年は25日が日曜日なので次週にクリスマ ス礼拝を持ちます。ですから今年は、今日の18日をアドベント第四主日として守り、今年は主イエス・キリストを待ち望むアドベントの期間をきちんと四週間 守るということになります。

このアドベントの期間、礼拝で一本づつこのアドベントクランツのロウソクに火を灯してきました。もうすでに一本 目がかなり短くなってきているのに気がつきます。このように短くなったロウソクを見ていると、いかにわたしたちが長い間クリスマスを待ち望み続けてきたか を表している気がします。

わたしたちが待ち望むクリスマス、皆さんは何を願いこのアドベントを過してきたでしょうか。やはりクリスマスの時 期はプレゼントを貰ったり、交換したりする習慣があるせいか、何か願い事をしてみたくなる気持ちになります。歳の瀬でもありますから、今年一年を振り返っ て、色々なことを反省し、来年はいい年にしたいと思われるでしょう。皆さんもそれぞれに、願い事があることと思います。

今日はアドベントの最後の週です。皆さんで共にクリスマスの願い事をする気持ちで、聖書の言葉を聞いていきたいと思うのです。

聖霊に満たされて

今 日読んだ福音書は、洗礼者ヨハネの父であるザカリヤの預言です。このザカリヤも、神の前にひとつの願いを持って生きてきた人でした(ルカ1:13)。それ は「子供が欲しい」という願いでした。ザカリヤとその妻エリサベトには子供ができず、二人ともすでに歳をとっていたのです。ですが神はザカリヤの願いを聞 き入れ、天使ガブリエルを通して、「洗礼者ヨハネ」が生れることを告げるのです。

そしてお告げの通りにヨハネが生まれます。ずっと願い続けていたことを叶えられたわけですから、ザカリヤとエリサベトの喜びはまことに大きいものであったことでしょう。ザカリヤは神を賛美し、そして預言を語りだすのです。

も う一度聖書を読んでみますと、最初に「父ザカリヤは聖霊に満たされて、こう預言をした」と書かれています。「聖霊に満たされて」なのです。聖霊とは神の働 きを意味します。そしてまさにこの時ザカリヤは聖霊、つまり神の働きの力に押し出されて、これから始まろうとするクリスマスの出来事、主イエスが来られる ことと、その意味を預言し始めるのです。

預言

普通に考えるならば、ザカリヤは回りの人々に、子供が生まれたという喜びを大声で伝えることでしょう。ですが、ザカリヤの預言の言葉はそうではなかったのです。ザカリヤは神を賛美しながら、自分たちの先祖イスラエルの民に神が起こした救いを思い起こさせるのです。

「ほ めたたえよイスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らの為に救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。昔から聖なる預言者たちの口を通し て語られたとおりに。それは、我らの敵、すべて我らを憎む者の手からの救い。主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる。」 (68-72節)

これらの言葉にはイスラエルの民の苦しみの歴史と、そこに働いた神の救済の歴史が凝縮されています。「主はその民を解放 し・・・」という言葉から、神が400年間もの間エジプトで奴隷状態にされたイスラエルの民を、モーセを通して救い出したことを思い起こさせます。また、 紀元前6世紀に王国が滅ぼされてバビロニアへと捕囚として連れて行かれた時に、そこから解放してくれたという「救いの出来事」を思い起こさせるのです。

また、「主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる。」という言葉は神が創世記17章でアブラハムと交わした契約、すなわち、神が「アブラハムの子孫を増やし、カナンの地を与える」ということ、そして神が彼らの神であるということを思い出させます。

このように過去を思い起こし、想起することによって、「我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた」と救い主メシアのお生まれが神の救済の歴史の中のクライマックスであることをわたしたちは知るのです。

三つの喜び

ザ カリヤの預言、聖霊に満たされて語った預言は三つの喜びを語っています。一つ目は、過去において神が自分たちの祖先と交わした契約を守り、ずっと守ってい てくれたことへの喜び。そして二つ目は、旧約の時代から待望されたメシアがとうとうお生まれになるという喜び。そして三つ目はその過去の契約と来るべきメ シアの救いを橋渡しし、人々を神に立ち返らせるのが我が子ヨハネであるという喜び。ザカリヤの語った預言には、この三つの喜びがあったのです。

人間的に考えるならばザカリヤの願いは、ただ「ひとつ子供が欲しい」ということだったでしょう。ですが、主はザカリヤに預言を通して、さらにさらに大きなことを示されたのでした。いよいよ救い主メシアがやって来る、それを示すのはザカリヤの子ヨハネであるということを。

わたしたちの願い

このザカリヤの預言は今日アドベントの最後の主日を迎えるわたしたちに、今日を生きるわたしたちに何を語ろうとしているのでしょうか。クリスマスを目の前にしたわたしたちに、どのようなメッセージを伝えようとしているのでしょうか。

今 日読んでいただいた使徒書の日課にその答えがあります。フィリピの信徒への手紙4:6-7。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝 を込めて祈りと願いをささげて、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・ イエスによって守るでしょう。」

パウロは「何事でも、感謝を込めて祈りと願いをささげて、求めているものを神に打ち明けなさい」と語ります。

最 初に今日わたしが尋ねたように、このアドベント、わたしたちの願い事は何でしょうか。「クリスマスが楽しいのは、家族や親しい人とパーティーをできる人 や、プレゼントを貰える子供だけで、わたしには何の楽しいこともない・・・」と願い事をする気力さえなくしてしまう方もいるかも知れません。

また教会のメンバーでも、病気のために病院でこのクリスマスを過ごさなくてはいけない方もいますし、家族を亡くされたばかりの方もいらっしゃいます。それ以外にも様々な理由で、悲しみのうちにこのアドベントを過ごされている方が大勢いるでしょう。

だがしかし、パウロはこの「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげて、求めているものを神に打ち明けなさい。」という言葉を牢屋の中から喜びながら語ったのです。普通であれば牢屋に入れられているのに、感謝を持って何かを願うことなんてできないはずです。

けれどもパウロはきっと、神に対する揺るぎない信頼と希望を持っていたのでしょう。だからこそわたしたちも、たとえどんな悲しみの中にいても、たとえ叶わぬ願いを持っていても、神の前に願っていることを大胆に打ち明けてよいのです。

喜びは言葉を超えた

ザカリヤは「子供が欲しい」という願いを神に叶えていただきました。ですが大事なことはザカリヤが願いを叶えられたということだけではありません。預言の内容が示すように、ザカリヤにはそれ以上の大きな喜びが与えられたのです。

ま ず過去の出来事。神が自分たちの祖先イスラエルの民との契約を忘れず、人々がエジプトにそしてバビロ二アに捕われていた時に解放したこと。この預言を聞い た人々は、神が自分たちの歴史の中で一番辛かった時にも、神は約束を覚えていて、救いの御手を確かに差し伸べていたことを思い出したはずです。

この言葉はわたしたち個人、ひとりひとりの過去についても同じことを告げているのではないでしょうか。辛かった時、「神も仏もいないんじゃないか」と思う時が人にはあります。赦されないような過ちを犯してしまい、誰にも言えずそれを背負うこともあるでしょう。

わたしたちの過去はどんな努力をしても変えられません。そのような時、神はわたしたちから離れてしまっていたのでしょうか。神はわたしたちが一番苦しかった時に、わたしたちを見捨てられたのでしょうか。

そうではありません。そのような時は、わたしたちが苦しさのあまりに神さまのことが見えなかったのであり、神がわたしたちを見捨てたのではないのです。

エジプトから脱出して40年荒野をさまよった時にも、国を滅ぼされ、バビロ二アに連れて行かれた時にも、他の神を拝み、真なる主に背中を向けてしまったのは、イスラエルの民のほうでした。

その間も神はずっと人々に、戻ってくるようにと語りつづけていたのです。神は約束の通り、わたしたちを離れることなく守っていたのでした。40年間、400年間ずっとイスラエルの民を救いへと導いていたのです。

その神の愛の極みがあの十字架なのです。どこまでもわたしたちを追い求め、捕えて離さない愛、御子を十字架にまで架けるほどの愛、それが十字架の出来事なのです。アドベント、わたしたちが待ち続けた救い主とは、このようなお方なのです。

この神の救いの出来事の集大成を、わたしたちはこの預言を通して、歴史を遡りながら、今日聞くのです。わたしの過去においても確かに神が共にいて働いておられたのだと。

また、どうでしょうか。過去において辛かった出来事があるのと同様に、わたしたちは先が見えない将来に対する不安がいつもあります。だがしかし、ザカリヤの預言は力強く語るのです。

「高 い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く」と。来られるメシア、イエス・キリストは、わ たしたちの将来をも守られるのであると。ただ守られるのではなく、「暗闇と死の陰に座しているものを照らす」ということは、たとえわたしたちにどんな困難 がやってこようとも、そこから救い出すという約束でありましょう。

そしてわたしたちの、暗闇と死を照らすことができるのは、あの十字架でのイエスさまの死と復活なのです。わたしたちが待つ救い主のお生まれは、このようなお方のお生まれなのです。

わたしたちは今日、この神に願い事をすることを諦めてはいないでしょうか。ひとことの願いをすることさえできないほど、現実的な忙しさに追われているかも知れません。言葉に出して何かを願っても、空しく響くだけ。そう打ちひしがれてしまう時があります。

ですが、わたしたちが待ち望む主はわたしたちが思うよりはるかに大きな恵みをくださる方です。ザカリヤにとってそうだったように、わたしたちの願う言葉よりもはるかに大きな喜びをもたらすお方なのです。

わたしたちが待つメシアとは、ザカリヤにとってそうだったように、わたしたちの今の願いを聞き、わたしたちの過去の罪や柵、そして将来の不安や悩み、それらの一切を照らすあけぼのの光なるお方なのです。

アドベント第四主日、クリスマスまであと一週間。わたしたちを照らすあけぼのの光がすぐそこまで来ようとしています。

皆さまひとりひとりの願いが、神に聞かれますように。そしてその願いをはるかに超えた神の恵みが皆さんの上にありますよう祈ります。アーメン。

おわりの祝福

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。 アーメン。

(2005年12月18日 待降節第四主日礼拝)

メッセージ 「神様の約束の証人」 ヨハンナ・ハリュラ宣教師

ルカによる福音書 24:44-53

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

『若者たち』

イースターはイエス様の復活をお祝いする日です。しかし、初めは死んだはずのイエス様がよみがえられたことは、弟子たちでさえも信じられないことでした。

イエス様が十字架にかけられるということは、弟子たちにとって大変ショックでした。イエス様が犯罪人扱いされているので、見るのも怖くて顔も隠していました。イエス様が十字架につけられて殺された時、弟子たちは愛するイエス様が死んでしまって、本当にがっかりしていました。そして、弟子たちも捕まる危険がありました。それが恐ろしくてエルサレムから逃げ出した弟子もいました。ところがペトロは見つかってしまって、「あなたもあの人の弟子でしょう?」と言われて「違います、違います、私はあんな人を知りません」と答えてしまいました。

イエス様が十字架にかけられるというので恐ろしくて、正直に自分はイエス様の弟子ですと答えることが出来なかったのです。他の弟子たちもきっと同じ思いを持っていたに違いありません。だから、イエス様が十字架にかけられてから弟子たちは皆家の中に閉じこもって、出来るだけ外には出ないようにしていました。

それから三日目のことです。弟子たちは家の中にいて、外から誰も入れないようにしっかり戸を閉じていました。ところが、弟子たちがその部屋の中で食事をしていると、突然イエス様が現れたのです。弟子たちは皆とてもびっくりしました。幽霊が現れたと思ったのです。

イエス様はそんな弟子たちの心をよく知っておられました。「あなた方はどうしてわたしのよみがえりを信じないのですか。なぜうろたえているのですか。まだ疑っているようだが、わたしは幽霊ではない。幽霊はさわることも出来ないが、わたしは骨も肉もあって、さわることが出来るんですよ」と言われて手も足もお見せになったのです。

しかし、それでも弟子たちは信じられないというような顔をしているので、イエス様は焼いた魚を一切れ取って、皆の見ている前で食べました。その時、弟子たちはやっと目の前に立っておられる方が幽霊ではなく、本当にイエス様だと分りました。誰一人疑う者もなく、「イエス様はよみがえられた」のです。そして、イエス様はよみがえって、そんな弟子たちの前に現れて言われました。「エルサレムを離れないで、前にわたしが話したように、神様が約束されたものを待ちなさい。あなた方は間もなく聖霊を受けます」と。弟子たちはイエス様が復活されたのがうれしくて、「イエス様、イスラエルの国を建て直して下さるのは今ですか?今なのでしょう?」と聞きました。イエス様は答えました。「神様が決められる時というのは、あなたたちには分りません。あなたたちの上に聖霊が降ると、あなたたちは力を受けます。そして、全世界で私のことを伝える人になるのです」とおっしゃいました。こう話された後、イエス様の姿は天に上げられて、すっかり見えなくなりました。弟子たちはイエス様のおっしゃったことがよく分かりませんでしたが、とにかく、いわれたとおり、エルサレムに戻って皆で心を合わせて祈りました。そして、祈りながら待っていた弟子たちにすごいことが起こったのです。

使徒言行録にはイエス様の弟子たちが「最初の教会」を造っていった時のことが書かれています。私たちが通っているこの教会も、もとはと言えば、最初の教会を造った人がイエス様のことを他の人に伝えて、それを聞いた人が又他の人に伝えて、そして、この街にも誰かがイエス様のことを伝えてくれたので、教会が出来ました。みなさんも誰かにイエス様のことを話したことがありますか? もし話したことがあったら、それを聞いた人は、誰か他の人に話しをして、いつか、この教会あるいは他の教会に、もう一人の教会員が誕生するかもしれません。

使徒言行録には、最初の教会を造っていくのはとても大変だったこと、でも、弟子たちが一生懸命イエス様のことを伝えていったことが書かれています。でも、これを書いたルカは「昔の人は自分たちの力だけでこんなすごいことをした」と自慢したかったのではありません。「人間の考えることや、人間の出来ることは小さいけれど、イエス様が復活して聖霊として傍にいて私達を助けて下さる時、どんな弱い人でも神様のために働くことが出来る!」とルカは言いたかったのです。

復活のイエス様を知って喜びに満たされている弟子たちに、イエス様はご自分のことを話されました。「救い主は十字架にかけられ、三日目によみがえり、すべての国の人々の罪の赦しと永遠の命を約束するのです。だからこの福音をあなた方の口によって全世界に宣べ伝えるのです。あなた方こそ、その証人です」。(つまり、ナザレのイエスのことです。神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者となさいました。イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです。わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、ご一緒に食事をしたわたしたちに対してです。そしてイエスは御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」使徒言行録10:38-43)

よみがえられたイエス様は今も生きて働いておられます。私達もイエス様からの力を受けて、イエス様のことを伝えましょう。

祈り

祈りましょう。

愛する天のお父様。私たちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。あなたはわたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、あなたはわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。あなたがその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、あなたの豊かな恵みによるものです。あなたはこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えてくださいました。わたしたちを憐れんで、導いて、救ってください。主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2005年 5月8日 昇天主日礼拝)

説教 「究極の完成を見つめる」 徳善義和牧師

ルカによる福音書 21: 5-19

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

教会暦の一年の終わり

教会の暦でいきますと、一年の最後の日です。世間のカレンダーの一年の終りよりもおよそ一月以上も早く、教会の暦は一年の終りを迎えて、来週からは1年の始まり、待降節第一主日をもって教会の暦の一年が始まる。世の暦に先駆けて、一年の終りを迎え、一年の始まりを迎えるということは、私は良いことだ、意義あることだというふうに思うわけです。それは、世の中のことで言うとどうなりますか。例えば長い間お勤めをして遂に定年退職をした。明日からはもう毎日家にいる、というようになった時に、自分の職場で働いてきた、20年、30年、40年の年月を振り返ってみて、日本風にいうならば、「来し方、行く末を考える」、思うんですね。「来し方、行く末」を思い、ひとしお感慨に耽るというようなことが、起こってくるわけですが、私たちは、そういう意味で言うと、この教会の暦の一年の終りを迎えて、この一年の信仰の歩みを、考えながら、かぎ括弧付きで、この一年「来し方、行く末」過ごしてきた一年と新しい一年を思うときと言うことになるでしょうが、これが世の中の場合とちょっと違うと思うんです。これが今日の主日の主題なのです。

与えられた日課があるルカの21章は、マルコの13章、そしてマタイの相当箇所と含めて、小黙示録と言われているところです。小さい黙示録。イエス・キリストが弟子達に世の終りの到来のことを語っておられる箇所として、教会は教会の暦の一年が終わるときにこの箇所を読むことになっている。世の終りの表象ということが語られる。色々なことが書いてありますけれど、このルカ福音書では順番は、面白い順番で書いてあって、世の終りは直ぐには来ないとイエス様がおっしゃった後で、先ずはと言ってお語りになる。直ぐには来ないとイエス様がおっしゃった後で、先ず起こることは、戦争や地震、災害、天の徴があるとおっしゃっている。さらにその前に、そしてだんだん、だんだん遡っていって、そして弟子たちの迫害や、その迫害に弟子達が耐え忍ばなければならないんだということをイエス様は語っていらっしゃるわけです。そういう箇所です。つまり、私たちは、信仰者として、この世界に起こっていること、歴史のなかで起こっていることに関して、いわゆる経済評論とか、政治評論とかとは少し違った角度で、神の前で生きる人間の生き方とでもいうような角度から、信仰的な注目と観察をすると、そこに神がやがてもたらして下さる世の終りの時の徴を読み取る。そういうことに導かれていくということを福音書は教えていますが、もう一つ今日の第一の朗読と第二の朗読、今、われわれ、一緒に読みながら、また違ったことを感じます。あるいは、「みことばの歌」として歌った歌もそうですし、冒頭に大柴先生が用意して下さった教会賛美歌137番もそうですし、どちらもルーテル教会が、教会の賛美歌として、カテゴリーで言うと終末と再臨と上に書いていますが、そういうふうに分類されている賛美歌の中で歌われる、歌い継がれてきた賛美歌です。そこには戦争のこと、天災のこと、迫害のことが出てこない。みことばの歌もそうですが「喜び歌え」「喜び称えよ」「世の終りが近づいて、あなたがたは震え慄け」というメッセージをこのルカの21章からも聴き取らないという、御国の徴を告げながら、しかし、私たちは来し方を考えることによって、行く末を、その行く末と言うより、もっと、もう一つ向こうを見る事を許されていて、それは主が用意してくださる、主を信じる者にとっては喜びの場、ということを見通すことを許されるということになるのだと思うんです。ですから今日のコリントの第一の手紙の15章からの箇所もそうですし、イザヤの52章もそうですけど、どちらも、主のもたらして下さる終りに向けての生き方として、奇しくも、預言者の一人、そしてまた使徒の一人が、キリストにある信仰において証していること、主が弟子達にお語りになったことを、パウロの場合は、聖霊か、なんらかの仕方で、これとはそっくり同じではなくとも、聞き知っていた。世の終りの審判と言うことを知っていた。初代教会のヨハネ黙示録に至るまで、ずうっと温めていくというテーマなんです。迫害がある、しかし、その恐れを耐え忍ぶ人には、というこの今日の段落の最後の言葉が、「忍耐によってあなたがたは命を勝ち取る」、この最後の言葉が、非常に効いているというふうに思うのです。

「(信仰の)確かさ」

一つ難しい話をします。もし難しい話でないと伝わったら成功です。ちょうど『義認の教理に関する共同宣言』が出ていますから、カトリックとプロテスタントがどうして一致ができたかという背景の一つに関わって、そして今日のテーマにも関わるお話をします。テーマは神学的なものなんです。マルチン・ルターの初期の聖書講義の中には、「確かさ」、かぎ括弧を付けて「確かさ」と呼ばれる単語が良く出てきます。私もそういう関係の註解など翻訳しますから、そういう時にはその「確かさ」には、かぎ括弧の中にもう一つ先ず丸括弧を付けて、(信仰の)と入れて、そして「(信仰の)確かさ」と訳します。問題となっているのは、そういう信仰の確かさという意味合いだと言うことをその翻訳に表そうとするのです。それをもう一つ正確にいうならば、あるいは、年を取ってきたせいか、私は、もうちょっと違う案がいいな、いままでそれでやってきたんですが、違うほうがいいな、「(私達に対する神の恵みの働きの)確かさ」、丸括弧の中のほうが長くなりますけど、私達、罪人に対する、神の恵みの働きの確かさ、というふうに補ったほうがいいのかなというふうに思うわけです。私が神学生だった頃から留学した頃まで、プロテスタントの神学者も、カトリックの神学者もこれに注目してきました。特にカトリックの神学者は、ルターが信仰の確かさということを言っているのは、結局、キリスト教信仰を信仰から客観的な姿を失なわせて、自分の主観、自分の信仰が確かなら、救いは確かだというそういう主観的な意味合いを読み取って、結局近代的な要素をもたらしてしまったという批判が聞こえてきます。逆にプロテスタントの神学者からは、ルターにあるこの「信仰の確かさ」という表現は、中世の神学者達に遡っていったら、同じような表現があるだろうかと研究が進められて、一番いいのは、中世のカトリックの神学書の大立者トマス・アクイナスという人が『神学大全』という、日本語に訳すれば、36冊になるような大きな著作を書いているんですから、ライフワークですね。この著作の中にそういう単語が出てくるか、調べたけど、出てこないんですね。ですから、1960年ぐらいのまでのところの頃までのプロテスタントの神学者は、マルチン・ルターの宗教改革の信仰にとって、とても大切さ、「信仰の確かさ」、もうちょっとパラフレイズすれば、「われわれに対する神の恵みの働きの確かさ」というような意味合いの単語がルターにあって、これが宗教改革的信仰の重要な概念だと、強調したのです。しかし中世の神学の大立者のトマス・アクイナスの、あの『神学大全』の著作には、ただの一度もその単語は出てこないではないか。だから、中世の神学と、マルチン・ルターの宗教改革の神学は違う。ルターと中世の神学は対立する。そう結論したのです。それが1965年から神学事情が変わってくる。カトリックの研究者でもプロテスタントの研究者でも、トマス・アクイナスとルターを一緒に研究する、合わせて研究をするというような人たちが出てくると、かつては単語で探したのですが、ルターが非常に強調した「信仰の確かさ」、「神の恵みの働きの確かさ」というような単語がトマス・アクイナスにないじゃないかでは済まないと思うようになったのです。1965年からこのかたの学者達は、ルターが「信仰の確かさ」、「神の恵みの働きの確かさ」として強調した、単語ではなくて、そういう意味合いがトマス・アクイナスの中にあるかどうか、その著作を調べたのです。そしたらトマス・アクイナスの著作の中には、ルターが「信仰の確かさ」というふうに言っているラテン語の単語は一度も出てこないのは確かなんですけど、しかし繰り返してトマス・アクイナスは「希望」という単語を使っている。この「希望」と言う単語は、トマス・アクイナスを正確に読んで訳そうとするには - 創文社から出ている『神学大全』は、どう訳しているか知りませんけども、「トマスとルター」という関係の研究まで読んでいる訳者が訳せば、私、例えば私が訳せば、「希望(の確かさ)」と訳したいですね。トマス・アクイナスは「希望」という単語を使って、希望というのには儚い希望というのもあるわけですが、「希望の確かさ」を意味しようとした。その確かさはなにか、どこにあるか、というと、やはり神の恵みにあるんですね。彼はそれについて「希望とは、神の全能と憐れみに頼って、確実にその神の目標に向かわせるところのものである。希望というのは神の全能と憐れみに頼って、確実に神の目的に向かわせるものである」と言っているのです。希望は人間の希望じゃないですね。人間の希望というのは儚いです。「ああ、こうなると良いな」というのは、これは希望と言えないのですね。勝手気ままな心の思いに過ぎないのです。神学的に例えば、信仰と希望と愛という時に出てくる希望、この希望は、「目に見えるごときは望みではない、本当の望みは目に見えない望みだ」とパウロの言う通り、希望というのは、これは、トマスも説明しているような考えでいいと思います。希望が、希望として確かであるとは、神の全能と憐れみのゆえである。だから希望は確かなのだ、というと、マルチン・ルターが(信仰の)あるいは、(神の恵みの働きの)「確かさ」と表現をして、キリストを信ずる信仰の姿勢を明らかにした、その表現を、同じ単語は、トマス・アクイナスの中にはなくても、実はトマス・アクイナスのあの36巻の著作の中で「希望(の確かさ)」、それも神の全能な憐れみゆえの確かさ、という文脈で登場してくることが分かるんです。で、これがあの『義認の教理についての共同宣言』の背景にあるんです。この単語があるか、ないかということを問題にしているときには、ルターにあって、トマスにない。ルター派の方からすれば、トマスでは駄目なんだから、ルターは「希望」ということをあまり言わない、ということで、すれ違いが起こっていたのです。実はこれらの二つの考え方は信仰的にも、神学的にもある大切な、共通の内容を持っていることが分かってくる。そういう背景がほかにもいろいろ積み重なっていって、聖書の読みが深まって、そして『義認の教理の共同宣言』で、義認の中心的なところは、我々はこういうふうに一致することができたというところまで来たのです。

究極の完成を見つめる

そこで、教会の暦の最後の主日です。イエスがお語りになったように、毎年マタイ、マルコ、ルカと聖句の箇所は違いますが、小黙示録と呼ばれる箇所で、イエスが弟子達に向かって、世の終りに向けての様々な徴のことをお語りになる。その箇所をこの主日には読むことになっています。でも、第一の朗読と第二の朗読はそのうえ、慎重に選ばれていると私は思います。我々はイエスがここにおっしゃっているように、歴史の中で、歴史を、なんとなく、流れに乗って生きていくのではなくて、この歴史を見据えて、神の働きの中に、恵みの働きの中に、生きる信仰者として歴史を見据え、その中に神の時の徴を見る目を与えられたいと願いながら、しかしその時の徴、具体的には地震や、戦争などが起こってくるかも知れないけれども、その先に、神がイエス・キリストにおいて約束しておられることが、神の恵みの下における世界の完成だ。破壊や、破滅ではなくて、世の終りが来て破滅するぞということではなくて、それは、まだ前の徴、前触れの徴に過ぎない。終りは、耐え忍ぶ者には、命が与えられる、命を得るということです。イエスの次の言葉ででも分かります。破壊で命を失うわけですが、命を失うことが、この聖句の主題ではなくて、主にある命が、主ご自身の手によって全うされる、ということが、今日の主題です。ですから、一人の人間として、ある人生の節目に立ったときに、来し方、行く末を思うということを、私は別に否定をしようと思うつもりはありません。しかし、それを超えて、そういうときに、この教会暦の最後の日曜日でも、私達が神の恵みの働きにおいて完成される究極の世界に、その望みに注目をすることを許されて、それを幸いのことだと心に刻みたいのです。そして、今日137番の賛美歌作者と、139番の賛美歌の作者とそのような終末の表象の中で、信仰の歌を「我々も喜び迎えよう」と歌い上げたわけです。究極のところは神の恵みにお委ねして、イエス・キリストによって、神の恵みにお委ねして、喜び迎えよう。終りの時を喜んで迎えることができる。世界の終りを、そして、私達一人一人の生涯の歩みの終りをそのように迎えることができる、そのような幸いに呼び出されていたということを心に刻みたいと思います。

祈り

お祈りいたします。

天の父なる神様、武蔵野教会の兄弟姉妹達と共に教会暦の最後の主日にみことばを与えられて、あなたのそのみことばにおいて、御ひとり子を通して語られたこと、その大きなスケールを心に刻むことができましたことを感謝をいたします。あの信仰の先達が、これらのことを心に刻みながら、歌い上げた賛美歌を今も尚、私達が心を込めて相和して歌うことができるように、どうぞ導いて下さい。主によって感謝して祈ります。

アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年11月21日 聖霊降臨後最終主日礼拝説教。岡野悦子神学生によってテープ起こし原稿が作成され、説教者自身に手を入れていただいたものです。)

説教 「癒しと救い」 大柴譲治牧師

ルカによる福音書17:11-19

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「重い皮膚病」について

本日の福音書の日課には10人の病人が登場します。彼らは等しく重い皮膚病に全身を覆われていました。当時の社会の中で彼らは「らい病」と見なされ、社会から隔離されていました。「らい病」は現在では「ハンセン病」(1873年ノルウェーの医師ハンセンが長い間遺伝病と思われていたところ「らい菌」による感染症であることを発見。24年後の1897年第1回国際ハンセン病学会議でハンセン病が感染症であることが正式に認められた)と呼ばれ、完治が可能な病気ですが、当時は「業病」とも呼ばれ、その病気に罹ることは辛い悲劇をもたらすこととなりました(日本においてもごく最近までそうでした。管理・隔離を強化するためのらい予防法が廃止されたのは1996年)。

ユダヤ人社会においても重い皮膚病を患っている者たちは社会から隔離され、街に近づく時には遠くからもその存在が分かるように鈴や音のするものを持って「わたしは汚れた者です」と自ら声を出しながら歩くようにと定められていたようです。本日の箇所にもこう記されています。「重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、『イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください』と言った」(12-13節)。遠くに立って叫ぶ姿の中に彼らの深い悲しみが込められています。

この出来事の背景について少しだけ説明しておきましょう。場面はサマリアとガリラヤの間です。10人のうち9人はユダヤ人、一人はサマリア人でした。ユダヤ人とサマリア人は、もともとは同族でしたが、サマリア人は北王国イスラエルが紀元前721年にアッシリアに滅ぼされた後、異教のカナン人との混血によって生まれた民族でした。ユダヤ人とは犬猿の中で、互いにほとんど関わりのない生活を送っていたのです。しかしここでは9人のユダヤ人と1人のサマリア人は病気のため一緒に暮らしていました。病いや涙はしばしば人々を対立を越えて連帯させてゆく不思議な力を持っています。彼らは「わたしたちを憐れんでください」と一緒に声を上げています。そこには何の差別も区別もありませんでした。

汚れと清め~因果応報

レビ記の13章には祭司がその病気を診断することについて詳しく記されていますし、14章にはそれが癒された時の清めの儀式が詳述されています。それを読むと、当時その病気は「汚れ」であると見なされ、それが治った時には「清められた」と考えられていたことが分かります。つまり、病いというものが宗教的な意味を持ち、祭司(宗教家)が医学的な権威を持っていたのです。見方を変えて言えば、宗教が病いを神との関係の中で捉え、病いは汚れた行いに対する神の罰であり呪いであり、病いが癒されるということは神の清めを受けることができることを意味していた。それは宗教が、病いで苦しむ者たちにさらに重い鎖を負わせていた暗黒時代だったとも言えるかもしれません。病いで苦しむことだけでも辛いのに、さらにそれに加えて彼らを神に見捨てられた者として「汚れた者」と宣言していたのです。

ヨハネ9章の出来事を想起します。弟子たちは一人の盲人を見てイエスに問いかけます。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」と。ここでも「因果応報」が前提とされている。私はこのような問いかけを聴くと本当に悲しい気持ちになり、そして腹立たしい気持ちになります。苦しむ者の側に立つべき「宗教」がその役割を放棄して苦しめる者の側に立っているからです。また、自らも「苦しむ者の側に立っているか」と襟を正される思いがいたします。しかし弟子たちの問いに対するイエスさまの答えはすばらしいものでした。それは重たい因果応報の呪縛を木っ端みじんに爆破するほどダイナミックな響きがあります。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」(ヨハネ9:3)。神のみ業が現れるため!これは私たちに苦難の意味を教えています。私たちは苦難が起こるとその原因を一所懸命に考えます。因果応報の考え方に染まっているからです。原因を除去すれば状況が改善される。確かにそのようなこともありましょう。しかしほとんどの場合には悲しみに悲しみを増し加えるだけです。

そのような後ろ向きの私たちに対して、主は目を前に向けるように、そして天に向けるように促しています。「ただ神のみ業が現れるためなのだ」というのは、苦難の意義、苦難の目的を教えています。苦しみに何の意味があるのか。私たちは苦難の中で問い掛けます。「苦しみそのものには意味はない。その苦しみを私がどう意味付けるかだけなのだ」とヴィクトル・フランクルは語ります。人生に意味があるかと私たちが問うのではない。人生の方が私たちにその意味を問うているのだとフランクルは言うのです。ここに主体の逆転があります。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」というイエスさまの答えにも主語の逆転があることにお気づきになられるでしょう。神が私たちに問うのであり、神がそのみ業を私たちにおいて現されるのです。

実は私たちは、高度に科学技術の発達した現代社会に住んでいても昔と同じように考えていることが多いと思われます。病いになると何か罰が当たったのではないかと因果応報的に考える。そこには仏教思想の深い影響もありましょう。しかしユダヤ教の中にもそのような根深い因果応報思想があったということは、洋の東西を越えて、それが人間に対して支配的呪縛的であったということを指し示していましょう。

そのような中にあって主イエスの癒しは常にそのような呪縛を突破するほど劇的な神の恵みのみ業でありました。10人の重い皮膚病を癒す癒しにおいても、生まれつきの盲人の目を癒す癒しにおいても。

癒しと救い

10人の重い皮膚病を患っていた者たちが癒されます。「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と、清められたことを証明するために(それは彼らの社会復帰のためにどうしても必要な手続きでもありましたが)イエスが彼らを祭司のもとに遣わしたのも、彼らの上に神のみ業が現れたということを示すためでした。彼らの喜びはいかに大きなものであったことでしょうか。失われていた彼らは再び社会生活に戻ってゆくことができたのです。「汚れ」ていた彼らはイエスによって癒され「清められた」のです。

しかし物語はそこでは終わっていません。癒しの次元では終わらない。「その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった」。10人のうちの一人だけしかイエスのもとに戻ってこなかったのです。彼はサマリア人でした。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか」という主の言葉は、肉体的病いが癒されることよりももっと大切な次元があるのだと教えています。それは「救い」ということでした。そしてそれに気づいたのは1人のサマリア人だけであり、残りの9人のユダヤ人(ガリラヤ人)たちは気づかなかったのです。身体が癒されたことを通してそのサマリア人はそれが神のみ業であり、それを行ったイエスが救い主であることを知ったのです。彼はそのことを通してキリストと出会うことができた。彼は揺るぐことのない救いをそこで得たのです。

イエスは彼に言います。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」。これも心に響く人間解放の言葉だと思います。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」。実は「あなたの信仰があなたを救った」という言い方はルカ福音書には4回出てきます。

(1) イエスの足を涙で濡らし、髪の毛でぬぐった罪の女に対して)ルカ7:50「イエスは女に、『あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい』と言われた。」
(2) (12年間長血を患い全財産を使い果たした女性に)ルカ8:48「イエスは言われた。『娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。』」
(3) (本日の箇所)ルカ17:19「それから、イエスはその人に言われた。『立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。』」
(4) (エリコの近くで叫び続けた盲人に)ルカ18:42「そこで、イエスは言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。』」

いずれも長い苦しみの中で「信仰を持たない神に見捨てられた汚れた存在」として社会的には見捨てられていた人たちに対して主イエスはそのように語られました。「あなたの信仰があなたを救った」と言われて誰よりも驚いたのは言われた当人であったと思われます。ここで言われている「信仰」とは私たち人間の働きではありません。彼らは自分の中に自分を支えるものは何もないことを知っていた。だからただキリストの憐れみに寄り頼んだのです。そしてそこに神が働かれた。「信仰」とは神のみ業です。ですから、「あなたの信仰があなたを救った」とは、「あなたの中に働く神のみ業があなたを救った」という神のみ業の勝利宣言なのです。

この救いの次元に目を開かれた時、重い皮膚病から癒されたその一人のサマリア人は本当の神の救いの次元に気づかされ、神の救いのみ業に目を開かれたのでした。ここで行われたイエスの癒しのみ業は、単に肉体的な癒しを越えて、人間存在の救いに至るためのしるしだったのです。癒しの次元と救いの次元は異なっています。人生において私たちの救い主イエス・キリストに出会うこと。これこそが神さまによって備えられた私たちにとっての真の救いなのです。肉体は再び衰え、病いに倒れてゆきます。しかしこの救いは生と死を越えたキリストのいのちにつながっている。その大いなる喜びを覚えつつ、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。

お一人おひとりの上に神さまの祝福が豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年10月10日 聖霊降臨後第19主日礼拝説教)

説教 「無限大のゆるし」 森  優牧師

ルカによる福音書 17:1-10

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

2017年に起こること

この度、ドイツに行くことになりまして、ぐずぐずしていましたが、この10月13日(2004年)に出発することにいたしました。ヴィッテンベルクという町のルター研究所(ルターツェントゥルム)の客員研究員(レシデント)という身分でしょうか、各国からいろいろな人が来ております。

何をしたらいいのか、6月に打ち合わせに行きましたら、世界の目は2017年に向けられているのに驚きました。1517年10月31日に、マルティン・ルターが、ヴィッテンベルクの城教会の扉に、95カ条の提題を貼り出したのが、宗教改革のはじめです。

2017年は、宗教改革500年にあたりますから、全世界の教会で記念行事が行われるはずです。その手伝いが、ヴィッテンベルクからできないかということのようです。すでに、ルター関係の写真など、展示物もできていますので、日本でも、借り出して、しかるべきときに、宗教改革展を開いてはどうでしょう。

さて、わたしは、アジア担当ということで、徳善義和教授がすっかりおぜんだてをしてくださった後にまいります。しかし、日本などアジアの国では、ルーテル教会はマイノリティーの教派ですし、ルターのこともあまり知られていません。過去の出来事の想起をして、講演会あるいは出版物ですませることもできますが、今日の世界、今日の日本、今日の日本の教会にとって、宗教改革はどういう意味をもっているか。これが明確であれば、記念行事の内容とすすめかたが定まってくるでしょう。

中国で何が起こるのか

このような問いをもっていましたら、帰国する日に、雑誌のコピーが渡されました。それは、ドイツの中国研究家が寄稿したもので、中国の大学で宗教改革史の講座が開かれるであろう、たぶん、マレーシアの中国系のルター学者が、教授として招かれるであろうということです。

なぜ中国でルターでしょうか。いままでは、「農民戦争の裏切り者ルター」とレッテルを貼られていたのに、いまや、「勇気と知恵の人ルター」と評価が変わりつつあるというのです。少し、雑誌の記事を補って、広げて考えれば、このようなことになります。

中国の高官のことばとして、中国は、マルクシズムによって建国され、政治体制も、その他の社会制度もすべてあやまりない。しかし、問題は人間にある。人間の腐敗堕落、特に役人に対する贈収賄は、死刑をもってしても無くならない。ここで、宗教がもしかして必要なのではないか。

宗教といっても、どの宗教でもいいというわけではない。キリスト教でなくてはならない。キリスト教といっても、つきつめると、最後は政教一致で、教会が政治を支配するものであってはいけない。

このとき、ルターに注目がなされたのです。ルターは、宗教の領域と政治の領域を分けました。政治の領域も、神からの委託を受けて、教会から独立して、悪を阻み、国民、市民の善を図らなければなりません。政治にかかわり、権力を執るものは、神を恐れるものでなければならないとしたのです。

中国の指導者も、ここに関心をもったのです。共産主義ですから、神とは言わなくても、為政者は、公務員は、天を恐れるものでなくてはならない。国の政治は、つまるところ、権力構造や社会経済の仕組みではなく、人間の問題だということに気づいたのだと言えるでしょう。

日本はどうかと思いながら、2017年に向かう教会の目当てのようなものが、いま漠然と見えてくるようです。

 無限大のゆるし

聖書を学びましょう。きょうの聖書日課には、3つのことが並べられています。人をゆるすときには、7回までも、徹底的にゆるさなければならないということ、信仰があれば、カラシ種ほどの小さなものでいい、桑の木を山から海に移すことができる、そして、食卓の給仕として仕えるものは、その仕事を果たしても、感謝を期待せず、なすべきことをしたに過ぎないとせよということです。

この3つのイエスさまのことばにどのような連関があるのか、聖書を読むのは難しいですね。

ゆるしについては、マタイによる福音書18章22節では、7を70倍するまでのゆるしが言われています。聖書では7という数字は完全数ですから、完全な、徹底した、無限大のゆるしをイエスさまは言われているのです。3度くらいまではできても、7度はゆるせない、まして7を70倍なんて、考えられない。できないことです。それでは、そういう意味になるのか。

この聖書の箇所は、自分をゆるす側ではなく、ゆるされる側にいて読めばいいでしょう。徹底した完全なゆるしは、イエスさまにしかできないことです。そして、そのゆるしを受けたのは、わたしたちです。このわたしです。

わたしたちのゆるしはせいぜい50パーセント

2週間前の日曜日の日課は、不正な支配人のたとえでした。支配人は、小麦100石を80石に、油100タルを50タルにと、負債をゆるめてやるのです。人がゆるせるのは、せいぜい50パーセントとか20パーセントだということです。これに対して、イエスさまは、100パーセントのゆるしを与えてくださった。神のゆるしの徹底を示してくださっています。

わたしたちは、まず、神の完全なゆるしを受けたものとして生きなければなりません。

山を移すほどの信仰

ルカ福音書では、桑の木の移動が述べられていますが、マタイ福音書17章20節では、信仰は山をも移すと言われています。コリント人への第一の手紙13章には、パウロが、山を移すほどの完全な信仰と言っていますから、完全と言われると、これも、わたしたちのもつことのできない信仰ということになります。

マザー・テレサの話があります。マザー・テレサが存命中、インドの施設には、全世界から団体で見学者がやってきました。施設のシスターが、その人々に説明する。マザーは、にこにこしてすみに座っていて、しばらくすると、すっと席を離れて消えてしまう。

あるとき、アメリカからのツアーの人々が訪れました。引退してからの人々が多く、熟年の夫婦たちです。例によって、適当な間合いをはかってマザー・テレサが下がろうとすると、ツアーの1人が、「マザー」と呼びかけました。何だろうとふりかえると、ひとりの男性が、「マザー、ひとことでいいからお言葉をください」と頼みました。

マザー・テレサは戻ってくると、みんなを見回して言いました。「男性のみなさん、あなたの奥さまにほほえみを向けなさい」、それから、「女性のみなさん、あなたのご主人にほほえみかけなさい。それだけでいい。それで十分です」。

わたしは、この話が好きで、これだったらできるでしょうと、みんなにすすめてきました。ほほえむことくらい。しかし、むずかしい。これほどできないことはない。わたしなど、こうして、みなさんににこにこして顔を向けていますが、妻に対してはなかなかできません。

パウロは、たとえ山を移すほどの信仰があっても、愛がなければすべて空しいと言いました。桑の木を、山を移すのは、愛なのです。愛の信仰なのです。妻に、夫に、ほほえみさえできないのに、愛がないのに、木も山も移せるはずがない。この完全な信仰は、イエスさまにしかない。わたしたちは、イエスさまの愛に、イエスさまのゆるしに、身を委ねていくほかはありません。

奉仕でなく、給仕に徹する

なすべきことをしたに過ぎないとあります。なすべきことは、仕事です。使命です。役割です。何か任意の、したいときにする奉仕ではありません。

聖書は、人間給仕論です。人間の使命について記されているのです。神さまが人間を創造されたのは、人間につとめを、責任を、役割を与えるためです。

創世記のはじめに、植物、動物が造られ、生めよ、増えよ、地に満ちよと言われています。人間も、生めよ、増えよ、地に満ちよと言われていますが、もうひとつ、地を治めよと、神さまから命じられています。

この治めるということばは、支配すると訳してある聖書もありますが、良い王さまが治めることです。良い王さまは、国土を守り、国民をしあわせにします。この治めるには、下から支えるという意味もあります。

他の生物は、自分の種の存続だけ図ればいいのです。人間は、それだけではいけない。神さまの世界を守らねばなりません。クリスチャンであろうとなかろうと、神さまが造り、生かしておられる以上、人間には世界を守る使命があるのです。しかし、聖書では、人は、世界を自分のものにして、破壊していく様が描かれています。神さまが人間を造ったことを後悔するほどに。

選民イスラエルにも使命があります。先祖のアブラハム、イサク、ヤコブの3人に、イスラエルの民を選び出したのは、地のすべてのやからに、全人類に祝福をもたらすのだと神さまは言われました。しかし、聖書を読むと、イスラエルは自分たちの繁栄だけを願い、諸国民へ祝福をもたらすことを忘れた民でした。

なぜイエスさまが来られたか。なぜ、神が人間になられたか、その理由がそこにあります。

神の世界を守るものは、人間の中にひとりもいない。では人間は不用として、神は滅ぼされるか。いや、神は、人間に世界を治めよと命じられた。だから、人間が守らなくてはならない。人間の中にだれひとりいないとしたら、神が人になって、人として、世界を守らなくてはならない。かくして、神であり人である、イエスさまの受肉が必要であった意味がここにあるのです。

イスラエルの民の中に、祝福を全人類にもたらすものはひとりもいない。だから、神がイスラエルのひとりにならなくてはならない。神が人を救うだけであれば、イスラエルの末裔のユダヤ人として生まれる必要はないでしょう。イスラエルに委ねられた祝福をもたらす使命、その使命を、イスラエル人に果たすものがなければ、神がイスラエル人にならなければならない。それは、イスラエルにできないから、神にしかできない。しかし、イスラエルとしてなすべきこと。こうして、神が、マリヤさんから生まれ、人の子として育てられた意味があります。

クリスチャンの使命

神さまの世界を守る使命、すべての地の民に祝福をもたらす使命は、旧約聖書に照らして示されます。それでは新約聖書の民には、どのような使命があるのでしょうか。

ヨハネ福音書20章19節を見ると、復活のイエスさまが、家の中に鍵をかけて閉じこもっている弟子たちに姿を現わします。イエスさまは弟子たちの真ん中に立ち、シャローム、平和があるようにと挨拶される。十字架にかかった主であることを示した後に、また「平和があるように、シャローム」と言われ、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」と言う。

はじめのシャロームと2番目のシャロームは違うのです。はじめのは、夕方なので、「こんばんは」、「やあ、みんなどうだい」と声をかけられたとしていいでしょう。次に、また同じ挨拶をされるはずがない。そうすると、目的語のように理解してはどうか。

「あなたがたに平和があるようにと、父がわたしをお遣わしになった。そのように、わたしも、あなたがたを遣わす」。こうすると、イエスさまがわたしたちのところに来られた目的も、弟子たるものが世に遣わされる目的もはっきりします。新約聖書では、平和は、救いと同義語といっていいくらい大切なことばです。イエスさまの民の使命は、神の平和、神からの平安を人々に運ぶことです。

クリスチャンは3つの使命が与えられています。

人間として、世界を守ること。選ばれたものとして、祝福をもたらすこと。イエスさまに遣わされるものとして、平和を運ぶこと。これは、ボランティアのような奉仕ではなく、給仕のように、そのために生きているものの使命です。仕事のようなものです。

わたしたちには、人に祝福があることが、自分の祝福です。自分がごちそうを食べてしあわせではなく、人に食事を運んで、みんなが満ち足りているのを見て、しあわせ、これが神の食卓のウエイター、ウエイトレスの在り方です。旧約聖書の古いイスラエルは、他のすべての民を忘れて、自分の民族の祝福が神の祝福だとし、誤解してしまいました。

ガラテヤ人への手紙6章16節には、「(新しく創造された)神のイスラエルの上に、平和とあわれみがあるように」とパウロが祈っていますが、わたしたち新しいイスラエル、教会の民は、平和を運ぶものです。祝福をもたらすものです。守りを果たすものです。守り、祝福、平和、この3つをもって、どこへも赴きましょう。いつでも、こころがけておきましょう。何をしていても、この3つを祈りましょう。自分のためでなく、自分も含めて、まず身近な人々のために。

信仰は、イエスさまを見えるものにする

信仰は、あるかないか、見定めにくいものです。からし種ほどのものか、それでも、山を移せるようなものか。しかし、この仕えること、給仕することによって、信仰は、すこしは確かめることができるようです。

守り、祝福、平和、この3つをたずさえて生きるときに、なんともいえない平安につつまれますから、だいじょうぶです。イエスさまの無限大のゆるし、絶大の愛に包まれるからです。

中国に注目しよう

はじめに述べた中国の動向、もし、ほんとうに宗教改革の研究、ルターの研究がはじまれば、中国はおそろしい国だなと思います。そして、すばらしい国だとも感じます。

日本は、戦後60年、経済成長をとげてきましたが、天をおそれない政治家が上に立ちつづけてきました。人間のことはふり捨ててきたのです。いま、経済成長に向かっている中国で、指導者たちが天を仰ぎ、天をおそれて政治を行なうとすれば、大きな差が、日本と中国の間に起きてくるでしょう。

日本の教会はどこに向かうのか

2017年というのは、よい機会です。ちょうどいい時間の長さで迎えます。すぐ来ますが、迎える準備はできる。

ヴィッテンベルクに、日本からも研究者を招きたいと考えています。1年、2年という長期の留学は、向学の志があっても、なかなかできません。3カ月、あるいは1カ月でも、たとえば牧師が教会から休暇をもらって、勉強に行けたら、そしてその人がこれを数年くりかえしたら、論文もできるでしょう。

旅費だけ工面していただければ、現地での滞在は心配いらないようにできないかと、いっしょうけんめい考えているところです。しかし、2017年に向かってですから、ヴィッテンベルクでは、ルターの研究をしていただきたい。それも伝道的なルター研究をということです。

宗教改革には、いまでいう内国伝道、外国伝道はなかったという学者もいますが、ルターを見ていると、説教が伝道だったと言えます。ヴァルトブルクの城に幽閉されていたルターが、ヴィッテンベルクに戻って来ると、1週間、毎日の説教で、市民を落ち着かせました。

宗教改革の教会は、説教と礼拝です。これで十分です。しかし、それが伝道的であるかどうかです。

現代の宗教改革は

そこで、第1に、2017年に向けて、説教改革がなされねばならないでしょう。これは、牧師の責務です。牧師は、みことばを運ぶ給仕ですから。

第2に、礼拝改革です。これは、礼拝の伝統的なやり方を変えることではありません。式文を廃止したり、現代的にすることではありません。信徒の礼拝参加の姿勢を改めることです。

わたしは、ルーテル教会を出て、6年半、巡回伝道をしました。その後、3年間、大阪の単立教会で牧師として在りました。5カ月間、牧師のいない、堺市の小さな教会で留守番牧師をしました。いつでも、どこでも、わたしは慰めを語ってきました。天からの慰めです。みな喜んで耳を傾けてくださったと思います。ある友人は、「森節」(もりぶし)だと言いますが、わたしの説教にほっとするとか、よく分かるとか、自分でも「聞かれている、効いている」という感じでした。

ただ、ひとつのことを感じました。それは、礼拝に参ずる人々の中に、悔い改めがないことを強く感じたものです。たとえば、日曜日、礼拝に出る前に夫婦げんかをする。帰ってから、けんかの続きをやるという具合です。

教会の信徒総会など、たいてい礼拝後に行われています。そこが、まるでイエスさまのゆるしを知らない人々、自分の大きな罪を無限大にゆるされたものとしての悔い改めがない、雑多な群れの集いになりがちです。礼拝の後ですから、これはどうしたことでしょう。

そこで、礼拝の改革というときは、信徒が、悔い改めをもって礼拝に臨むこと、主の前に恥じ入りながら、悔い改めたものの集う礼拝、これほど伝道的な雰囲気と力をもった礼拝はないでしょう。ここから、新しい教会の動きが、うねりが、2017年に向かってわきあがるのではないかと、夢見るものです。

主よ、われをあわれみたまえ

ロシアの隠者の話があります。あるお百姓さんが、祈りとは何かと聞きに隠者を訪ねます。最高の信仰的境地に達したと思われる隠者は、祈りとは、「主よ、我をあわれみたまえ」それにつきる。ただ、これを唱えよ。その祈りの量が、やがて質に変わると教えます。(サリンジャー、『フラニーとゾーイ』、新潮文庫)。

わたしも、いま祈れることは、ただ、「主よ、わたしをあわれんでください」ということだけです。特に、礼拝に出席するときに、主のゆるしを乞いながら、そして、礼拝の後に、ゆるしの恵みを感謝しながら、生かされてありたいと祈っているものです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年10月3日 聖霊降臨後第18主日礼拝説教
伝道ブックレット『エルベ河のほとり』より転載。タイプ起こし:石垣通子姉)

説教 「富の用い方」 大柴譲治牧師

ルカによる福音書16:1-13

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

富の用い方

本日の箇所は、部分的には明快に意味が分かりますが、全体としてはなかなか理解が難しい箇所でもあります。分かりにくく感じるのは、どうもイエスさまの富について別々のコンテクストで語られた複数の教えを一つにまとめたというような節が見えるからです。ここで「富」とは「マンモン」という言葉が当てられています。

たとえば一番最後の13節、「どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」という主の言葉は明快です。仕えるのは二つに一つ、神に仕えるか富に仕えるかしかない。そこでは富が言わば神と同じ位置を占め、富の持つ誘惑、魔性といったものが警告を発せられていると理解できます。「拝金主義」という言葉もありますが、旧約聖書では富を拝むことをマンモンの神に仕えるという言い方で偶像崇拝として明確に退けています。神と富に同時に仕えることができないという言葉は、モーセが十戒をシナイ山の上で神に授かっている時にイスラエルの民が金で造った子牛を拝むという罪を犯してしまったことを思い起こさせます。偶像とは真の神から私たちの思いを引き離してしまうものを指します。

しかしこのたとえはよく読むと、単純に神と富に仕えることはできないという主題だけではないことに気づかされます。8-9節にはこうあります。「主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる」。ここでは「不正にまみれた富で友達を作りなさい」と奨められています。「ハトのように素直で、そしてヘビのように賢くあれ」(マタイ10:16)という言葉を思い起こしますが、ここで「不正にまみれた富」と言われていても、もちろん「富」そのものが問題なのではありません。富の「用い方」が問題とされているのです。この僕は自分のものでもない主人の富を不正に用いて、負債者たちに恩を売って、自分が将来陥るであろう困窮状態を脱出しようとしたのです。富を「賢く」用いた点が主人にほめられています。実はルカ15章の放蕩息子のたとえにおいてもやはり富の賢い用い方が問題となっていました。

サンディエゴでの体験から

「不正にまみれた富を用いてでも友達を作りなさい」と言われますと、私たちはどうしても前半の「不正にまみれた富で」という所に意識が行ってしまいがちですが、ここでは後半の「友達を作りなさい」ということの方に力点を置いて理解したいと思います。

それは私自身が6月から8月までの三ヶ月、米国カリフォルニア州の南端にあるサンディエゴという街で体験したことと重なり合っています。そのことのまとまったお話は午後からの修養会の中でお話いたしますが、一つだけ、今日の日課と関係があると思いますので、先にお話をさせてください。

6/7から8/18までの11週間、私はサンディエゴにあるVITASホスピスでチャプレンとしての研修を受けてまいりました。私にとっては三度目の臨床牧会教育Clinical Pastoral Education(略してCPE)となります。私は7つのナーシングホームに入所する15人の患者を担当することになり、毎週一回のペースで訪問してゆきました。患者の年齢はご高齢の方が多かったのですが、50代が二人、60代が四人、70代が四人、80代が三人、90代が二人おられました。10週間で二人が亡くなられましたが、私にとって一人ひとりの患者との出会いは忘れられないものとなりました。

それらの患者さんたちとの交わりを通して教えられたことは、ヨブの「裸で母の胎を出た。裸でかしこに帰ろう」という告白にあるように、死ぬ時は何も持ってゆくことが出来ないということです。どんなに立派な家を持っていても、どれほど豊かな富や業績を持っていたとしても、死ぬ時には私たちは裸なのです。では死にゆくプロセスの中で何が支えとなるのか。患者さんたちが大きな支えとしているのは家族の存在でしたし、友の存在でしたし、面会に来てくれる者たちの存在でした。病いとの闘いや死への恐れと不安の中で支えになるのは、やはり人と人とのつながりであり、愛における絆だということなのです。

先週の敬老主日には79歳以上のメンバーの方に敬老カードをお渡ししました。そこにはコロサイ3:14の「愛はすべてを完成させる絆です」というみ言葉を記させていただきました。私自身、愛が最後はすべてを完成させる絆なのだということを改めて私は患者さんたちから教えられたように思います。私の手を取って「あなたを私の養子にした」と嬉しそうに皆に宣言してくださったおばあさまもおられましたし、研修を終えて日本に帰ることを告げると涙を流して別れを惜しんでくださった方もおられました。たった10週間のつながりでしたが、深い心の絆を形成することができたということは私にとって貴重な体験となりました。家族や友との交わり、愛の絆というものだけが、死に行く生命を支え、守り、死を越えた大きな希望を与えてゆくのです。「愛はすべてを完成させる絆です」というパウロの言葉はまことに真実であると言わなければなりません。最後は愛しかない。

そのような体験と「不正な富を用いてでも友達を作りなさい」という主イエスの言葉を重ね合わせますならば、それは私には「真実の友をあなたの人生の中でできるだけ多く作っておきなさい。なぜなら。友の真実の絆の強さがあなたをどこまでも、たとえ死を越えてでも支えてゆくのだから」と聞こえてくるのです。富は友を作るために、人と人との心をつなげてゆくために用いられてゆく必要があるのです。ルカ15章には放蕩息子のたとえが出てきますが、父親から財産を譲り受けた放蕩息子の過ちは、遠い国に旅だったところにあるのではないと思います。自立のためには親元を離れなければならないからです。そうではなくて、放蕩息子の過ちは富を放蕩三昧のために湯水のように使い果たしてしまったところにあるのです。その富を真の友達を作るために用いていれば、飢饉が起こった時にも事情は異なっていたことでしょう。豚の世話をさせる程度の友達は真の友達とは言えません。

もっと言えば、全財産を賭けてでも真実の友を作ることに価値があるということになりましょうか。「友」と言いましたが、それは「家族」と言い換えてもかまいません。心の通い合った真実の人間関係だけが私たちの生と死を支えるのです。クリスマスキャロルのけちでずる賢いことで有名だった金持ちの金貸しスクルージが、最後にはその富を友を作るために用いて幸福を得ることになったように、私たちのこの地上における、そして天上における真の財産は、友の存在なのです。

主イエスは言われました。「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」(ヨハネ15:12-17)。主は私を友と呼び、その友である私のためにあの十字架の上で自分の命を捨ててくださった。これよりも大きな愛はないのです。十字架の愛は友として示された最大の愛なのです。

「友」とは何か。それを私は「心と心が深く結び合い、通じ合っている関係」と位置づけたいと思います。バベルの塔の後、人間は言葉が通じ合わなくなりました。言葉が通じ合わないというのは心が通じ合わないということでしょう。同じ日本語を話していても心がなかなか通わないのです。それは難しいことです。しかし心を通わせ会うために私たちは召されている。キリストの福音とは私たちの心をつなげてくれる喜びの源だからです。

お一人おひとりの上に神さまの祝福が豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年9月19日 聖霊降臨後第16主日礼拝説教)

説教 「クリスマスと老人たち」 賀来周一牧師

ルカによる福音書 2:25-32

クリスマスと老人たち

何よりも、クリスマスのお喜びを申し上げたいと思います。

クリスマスには様々な物語が聖書の中に登場いたしますが、一つ不思議なコントラストを持って私たちにクリスマスが迫ってくると思いますと、それはイエスの死の出来事の時には婦人たちが活躍するのですね。でもイエスの誕生の時には年寄りが活躍するのですね。これは聖書の真に不思議なコントラストであります。

そこで、命を育む婦人たちがイエスの死の時、そして、死を間近に控えた老人たちが、イエスの誕生の時に登場することによって、聖書は私たちに福音の真理とは一体何なのかということを告げ知らせようとしている。いわば、生き死に関わることの中で、一体人は何をどのような救いを見ていくのか、というのが聖書のそうしたコントラストを通して与えられてくる奥深いメッセージではないだろうかとそのように思うのであります。

ヌンク・ディミティス

今日クリスマスに登場する老人の一人シメオンのことを今日取り上げさせていただきます。シメオンは死を目前にして、そして救いを生まれたばかりの幼子イエスの中に見た一人でございました。彼は幼子イエスを腕に抱いてそして、あの有名なヌンク・ディミティスを信仰の告白として、唱えるのですね、既に私たちは礼拝のときでありますとか、特にご葬儀の時の礼拝の中にこのヌンク・ディミティスをお聞きになることが多いと思います。

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」

このようにシメオンは信仰の告白を謳いあげます。シメオンはこの告白の中で「私はこの目であなたの救いを見たからです」とこのように申します。「救いを見た」というのは、これは、はなはだ特別な表現であるというふうに申し上げたいと思います。彼は「良く分かった」と言っていないのですね。知的理解の中で、救いを自分は得たと言うことではなくて、むしろ自分の腕に抱いた幼子の身体のあの柔らかな感触、そして、あの目で見る、視覚を通して幼子イエスを見た。そのことの中に自分の救いを見通しているのです。いわば知的理解を超えたところで、人間の生き死にの根源に触れるような、そういった世界を彼は、この小さな言葉で表現していると申し上げて差し支えないと思います。知的理解を超えたところで、人間の生き死に関わる、究極の問題をわれわれは見通している。

スピリチュアリティーの問題

こういった事は実は、最近特に注目を浴びることとなってまいりました。ここ四、五年特に生命倫理でありますとか、あるいはターミナルケアーでありますとか、人の命とか死ということに携わっている様々な学者たち、特に先端科学を専攻する人たちの中では、こういった人が生きるとか死ぬとかということを自分の目の前においてどうするかというときには、そこにはスピリチュアルな答えが要ると申しますね。

「スピリチュアル」という言葉をどういうふうに訳するかいうのはこれ最近大変な問題でして「霊的な」と訳してしまいますと、なんか神秘主義になってしまったり、あるいは非常に宗教的な狭い世界での瞑想ですとか、祈り三昧ですとか、そういう世界の中で受けとめられそうなので、最近はもはや「スピリチュアル」とか、「スピリチュアリティー」と言う横文字のままで使われるようになってまいりました。

こういったことを提唱しているのは生命科学者もそうですが、医学会、お医者さんたちですね、あるいは心理学者、哲学者、あるいは生物学者、あるいは社会学者、そういった人たちが非常に学際的なところでスピリチュアリティの問題を最近は取り上げるようになってまいりました。新しい、いわば一つの人間の、一つの価値観を切り開こうとする営みと、まあこういうふうに申し上げて良いと思いますし、これは特にここ十年ほど世界保健機構WHOがそういったことを提唱し始めましたから、こうしたスピリチュアリティということが一般の研究者の中に声高く唱えられるようになってきた。まあ、最近の状況が後ろにあります。そしてスピリチュアリティーと言うことをWHOは標準化ということをいっていますから私たちの一般社会の中で既成の宗教教団と別個のところで人間が生き死にを問うという時には人間はどう考えたらいいかということを皆で考えようと、そういったことが最近のスピリチュアリティを巡る問題であります。そのことをここで詳しく申し上げるつもりはございませんが、要するに人間が生きたり、死んだりするそういった究極の、いわば人間の根源的なところでは人間の知恵とか力とかを超えたものが要るという事を新しい社会の中で提唱されていることになります。

考えてわからないもの、人間のいわば、人間の知恵とか力ということが謳歌する世界の外から来る何か究極的なものそれが人間には必要なのだということが言われ始めている。こういうふうに申し上げてよいと思います。こういう学者たちの中には「サクラメンタルなものが人間には生き死にに関しては必要だ」と言う人もいます。「サクラメント」とはご承知のように聖礼典のことであります。洗礼とは聖餐式を意味する言葉でありますが、「サクラメンタル」という形容詞の用法を使うことで、礼典的なものという意味を表しているわけですね。洗礼とか聖餐というのは要するに信仰の世界といのは分からないということを一杯含んだ世界ですから、そういったサクラメントといわれる洗礼とか聖餐とか(カトリック教会はさらに5つありますけど、プロテスタント教会は2つですが)、そういったサクラメントというのが必要だということを教会はよく知っている訳ですね。

もし信仰が考えて分かる事柄の中で完結するのであれば、どれだけ知っているかということで、信仰を測ることができますから、その分かることだけで信仰を測ろうとすれば試験を受ければいいんですね。試験を受けて合格した人が洗礼を受ければいいのです。でも、教会はそんなことはしません。分かろうが分かるまいが、洗礼を受けるわけですね。それは考えても分からない世界を信仰は持っているよということで、しかもそれを大事にしていることですね。これは時々私申し上げますが、分かって洗礼を受けると分かったことしか信じないからつまらないですね。洗礼というのは、分からないことをも含めて信仰の世界ですから、分からないことを含めて広い形で救いとはわれわれに与えられてくるわけですね。ですから、考えても分からないということを象徴するために洗礼というのがある訳ですね。きっと分かって洗礼をお受けになった方はいらっしゃらないと私は思います。分からないから、洗礼を受けるのですね。そういった意味で、サクラメント、その洗礼というのはとても大事なことであります。

あるいは、この聖餐ということもそうですね。聖餐式があるので、わたしたちは、もしも仮に知的理解を失ったとしても、まだ信仰の中に留まることができます。もしも分かることだけで信仰を養おうとすると、もしわれわれが理解する力を失えば、もはや信仰に私たちは留まることはできません。しかし聖餐式というのは要するに、食べたり飲んだりすることですからね。具体的に身体の感覚の中で信仰を養い続けることができる。まあ、そういった、いわば知恵というのを教会は持っているわけです。

それで、そういったサクラメントに類するもの、いわば日々のある行為として理解を超えたもの、そして外から来るもの、そういうものがこの人間の社会に要るということが、クリスチャンでもない学者さんたちが、サクラメンタルなものが人間が生き死にを問う時には要るよと最近言い出しているのが最近の傾向だと言うことを、私たちは改めて新しい思いを持って眺めることが出来ます。教会の中だけで用いられてきた「サクラメント」という言葉、これは勿論神学的用語でしょうし、キリスト教会の中だけで通用するような言葉と思われた言葉が、もはや教会の外の世界でも使われるようになってきた。そういった時代をわれわれは迎えているということに改めて注意を向けるということは私たちにとって大事なことだと思っています。

まあ、そういった意味では今や現代社会の中に起こっていることに改めて、目を開いて教会というものが持つ新しい役割は、一体何なのかということを私は、もういっぺん問い直しても良い、そういった時代がやって来ているとこのように思います。まあ、教会の外の世界の人たちキリスト教徒はむしろ、どちらかというと無縁だとか言っている人たちが教会のものを必要としている、そういった時代が今のこれからの時代です。そういうことを考えますと、われわれがキリスト教信仰を持っているというのはとっても大きい意味を持つということを改めて思い直してもいいのではないかとこのように思っています。

救いの具体性

そのような新しい私たちの思いの、いわば、糸口になるようなものを実は今日のシメオンは私たちに教えている訳ですね。「わたしはこの目であなたの救いを見た」というのは、分からないけれども、しかし、わたしの体の感触と私の目で見たところでこの救いというものをわれわれは受け取っている。考えて分かる世界でないところで救いというものをわれわれは受け取った。いわば「サクラメンタルなもの」、こう言ってよろしいと思いますが、それをシメオンは私たちに大事なことだよと教えてくれていることになります。古い古い二千年前の聖書物語であるにもかかわらず、21世紀のわれわれに必要なことを私たちに教えている。それは、いわば「入り口のようなもの」と申し上げてよいでしょうか。

それがシメオンがヌンク・ディミティスの中に込めた救いへの信仰告白の中に見える。このように思うのであります。まあ、このことは、申し上げますときりなくお話申し上げることになりますから、今日はこれで止めておきますが、しかし考えて分からないけれども、目で見るとか、体で確かめるとか、それが人間の外から来るという、そういった世界が人間にこれからは必要になってくるということを是非お考え頂きたいと思います。特に命とか死ということに関して究極的な答えを必要とする場合には、特にサクラメンタルなものが非常に重要であります。

十字架の救い

ところでシメオンは自分は見たという救いについてもっと深く入っていきます。そのことが、マリアに語ったシメオンの言葉の中に現われます。「御覧なさい。この子はイスラエルの多くの人を倒したり、あるいは、立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」とこういうことをマリアに言っている訳ですね。

宗教改革を起こしましたルターは、クリスマスブックというクリスマスに関する本を書いていますが、その中にこのシメオンが予め幼子イエスの悲劇の死を預言していたので、実際に事が起こったときには、それほど驚かなくて済むんだという事を書いているのは、わたしは大興味を持って読みました。恐らく救い主であるイエスが死ぬということは、驚きをもって受けとめる出来事ですね。ですけど、ルターは、シメオンがこういうふうに言ってくれているので、幼子イエスを見て、赤ん坊であるイエスを見て、この子は十字架で死ぬといっているわけですから、そういうことを言ってくれたことによって、イエスが亡くなられたときにそんなにびっくりしなくても済むよ、というのは大変ルターらしい物事に対する見通しの仕方だとこのように思います。

しかし何よりもここにはキリストの死こそが、救いの中心的な出来事なのだということが告げられていることに私どもは先ず、目を留めたいと思います。そして死というのは真に悲劇的な出来事であります。痛ましい出来事であります。しかし、痛ましい、その悲劇的な出来事こそが人間にもっとも喜びを与える出来事でもあるということです。だからこそそこにシメオンが言う「わたしは救いを見た」という告白が生まれてくるのですね。

そのことをよく伝えた人にルターがいます。ルターを何度か引用させていただくことは恐縮なんですが、ルーテル教会ですのでお許しいただきたいと思います。ルターはこう言っています。「私の罪、あなたの罪、全世界の罪をキリストに着せて、それでキリストを包み込んで、キリストがわれわれの罪を負われるのを見ることは、われわれの最大の慰めである。」 こういうように申します。そして、このことが、全ての教えの中で最も喜ばしく、最も慰めに満ちているとルターはそういう言い方をするのです。

そして今日シメオンが、幼子イエス、幼子イエスというとこれから成長して、人々に教えを宣べ伝えられて、だんだん偉くなっていかれるお方というふうにシメオンは幼子イエスを見ていないんですね。この幼子イエスは十字架で死ぬというそういったことを言っているわけです。実はそのことの中に実はシメオンの救いが込められている。その意味合いをルターはこういう形で解釈をしました。これは『ガラテヤ大講解』にある言葉ですけれども、わたしはこの言葉はやはり一つの優れたイエスにたいする私たちの受けとめ方だなとこう思います。

もう一度申しますとね、「私の罪、あなたの罪、全世界の罪をキリストに着せて、それでキリストを包み込んで、キリストがわれわれの罪を負われるのを見ることは、われわれの最大の慰めである。」真に痛ましいあの十字架の出来事を見るということは、実は慰めなのだと言っているんですね。そしてこのことが、全ての教えの中で、聖書が教える福音の真理の全ての中で、最も喜ばしく、最も慰めに満ちている。このようなルターの言葉を聞きますと、ああ、真にシメオンはそういう信仰をここで見たのだなと思いますね。そしてそういう信仰を通して「救いを見た」で、これが、シメオンのヌンク・ディミティスの告白になったということをまざまざと知らされます。単なるこの幼子のイエスの終りが悲劇の死を遂げるお方であるという事だけを告げたのではなくて、その出来事によって救いが成し遂げられていく。その救いが成し遂げられていくということ自身が真に私たちにとって喜びと慰めである。だからこそシメオンは「この僕を安らかに去らせてくださいます」という告白をとらえることをできたと思っております。

悲劇の出来事を指し示しながら、しかし、そこに喜びと慰めの出来事を見る。これは私どもが改めてクリスマスということを考える時に、新に誰もが受け取って良い聖書からのメッセージではなかとこのように思います。そういう意味では、私どもは「クリスマスおめでとうございます」と申し上げますし、クリスマスのお喜びを共にするという気持ちの中に、このような深い意味での喜びと、深い意味での慰めがあるということは受けとり直しても良いのではないだろうかと思います。

祈り

お祈りいたしましょう。

愛します、父なる神様、真にシメオンが見た救いの中に、キリストのあの十字架の出来事を私達はまざまざと見通しております。けれどもその出来事によって、私達は、救われ罪なき者とされ命に与るものとされました。まあ、そこにこそ、真の喜びと、真の慰めとがあることを私達は改めて聖書を通して、示されています。どうか今日クリスマスを迎えられた方達の中に、そのようなクリスマスの喜びと、慰めとがあることを改めて感謝をして、祈ることが出来ますように。主の御名によってお祈りいたします。 アーメン。

(2004年12月19日 聖降誕主日礼拝説教
テープ起こし:岡野悦子神学生、文責:大柴譲治)

説教 「必要なことはただ一つ」 鈴木浩牧師

ルカによる福音書10:38-42

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが皆さんの上に豊かにありますように。

マルタとマリア

教会暦も進みまして、本日は聖霊降臨後第8主日になりました。本日の福音書の日課は先週の良きサマリヤ人の物語の箇所に続く部分、ルカ福音書10章38節以下に記されているマルタとマリアの物語であります。

先週の箇所もそうでしたが、今日の箇所もルカ福音書にしか記されていない箇所であります。どうゆう事情からか詳しいことは分かりませんがマタイもマルコも、そしてヨハネもこの一度聞いたら忘れられないこの出来事を知らなかったんでしょう。そうでなければ、きっと、それぞれの福音書の中に記していたはずだと思うわけです。

「一行が歩いているうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。」と言う書き出しで本日の箇所は始まっています。ある村とここには具体的な名前は出てきませんが、ヨハネ福音書11章にはこういうふうな記事があります。「ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村、ベタニアの出身で、ラザロといった。」ここには、その姉妹の村、ベタニアとありますから、恐らくこのある村というのはベタニアのことだと思われます。

「マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。」という記述も自宅に迎え入れたという意味でしょうから多分場所はベタニアでしょう。ベタニアと言えばエルサレムには直ぐ近くの村でありましょう。そしてこのマルタとマリアも既にイエスと知り合いであったと思われます。それどころか、ヨハネ11章の記述から言いますと、イエスはマルタとマリアとただ単に知り合いだったと言うだけではなく、かなり親しい間柄であったと考えられるのであります。今日の箇所でもマルタがイエスに対して非常に率直なものの言い方をしているところからもそれが伺えるわけであります。

39節にはこう書かれています。「彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。」イエスは弟子達と一緒でありました。他にもイエスのことを聞いて、マルタの家に来ていた人が居たでしょう。そしてイエスはそうした人々に説教をされていたのであります。マリアはそういう人たちと一緒に、イエスの話に熱心に耳を傾けていた。「聞き入っていた」と書かれています。「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた」とありますから、ただひたすらイエスの話を聞いていたのです。他方、マルタのほうは、折角、家に来てくれたイエスと弟子達のために、もてなしの準備で、てんてこ舞いをしています。イエス一人ではなくて、弟子達の分の準備もありますから、食事の準備だけでも大変だったでしょう。あるいは宿泊の準備も必要だったかも知れません。マルタ一人では実際、手に負えないほどの仕事だったに違いありません。ルカは、「マルタはいろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていた」と記しています。あれもしなければいけない、これもしなければいけないと思いながらも、仕事がなかなかはかどらず、もういらいらし始めます。そのいらいらをつのらせたのはですね、自分がこれほど接待で、きりきり舞いしているのに、妹のマリアといえば、イエスの足もとに座り込んでイエスの話に聞き入っているだけ、マルタを助けようともしなかった。そういう点であります。とうとう頭にきて、怒りが爆発します。そしてイエスに苦情を言うのであります。

「『主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせています。なんともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。』」こうイエスに言います。マルタは「主よ、なんともお思いになりませんか」と言って、イエスに八つ当たりをし始めているんですね。マルタは何にも手伝おうとしないマリアに腹を立てているのですが、それだけじゃなくてマリアに手伝うように注意することさえしないイエスにも実際、腹が立っているのです。わたしにも、家事をしない私にもマルタが腹を立てているのはよく理解できますから、家庭の主婦をされている方は尚のこと、マルタの怒りが良く分かると思います。実際、マルタとマリアの態度は極めて対照的であります。イエスが、家を訪ねて来るというのは滅多にないことですから、一生懸命接待をしようとしているマルタの気持ちは良く分かります。この時代のことですから、しばらく前までの日本のように、男性が接待や食事の手伝いをするというようなことはありません。マルタ一人が、ですね、食事と、恐らく宿泊の準備で忙しく立ち働いていたのであります。ですから、家庭の主婦の皆さんは、きっとマルタに同情するだろうと思います。マルタは、折角来てくれたイエスのことを思って、実際、一生懸命になっているからであります。

ところがマルタの苦情を聞いたイエスの答えは、マルタの予測とは違っていました。イエスは、マリアに手伝いを命じられるのではなくて、逆に、マルタのほうをたしなめられるのです。

「『マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし必要なことはただ一つだけである。マリアは良いほうを選んだ。それを取り上げてはならない。』」それが、イエスの答えでありました。マリアは良いほうを選んだと言われているのですから、接待で忙しく立ち働いているマルタよりも、イエスの足もとに座って、じぃーとイエスの話を聴いていたマリアのほうが正しい態度だと言っておられることになります。

この二人の姉妹にはかなりはっきりした性格の違いがあったように思われます。ヨハネ福音書11章17節以下には、次のような注目すべき言葉が記されています。

「さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほどのところにあった。マルタとマリアのところには多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。マルタはイエスが来られたと聞いて迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。」

マルタは一応、礼儀正しく、イエスに挨拶をするために出かけて行きます。マリアの方は、イエスがなぜもっと早く来てくれなかったのか、もっと早く来てくれたら、ラザロは助かっただろうにと、そう思っていますから、イエスに腹を立てて、家から出てこない。マリアは一途な性格の女性だったと思われます。

ルカの箇所では、今日の箇所では、イエスの話を座り込んで、その話に聞き入っているのですが、ヨハネの箇所ではイエスの来るのが遅いといって家の中に座り込んで、挨拶にも行かない。こういう点であります。マリアのそうした性格が今日の箇所では良いほうに作用して、座り込んだままイエスの話を聞き入っていた。その態度が、「マリアは良いほうを選んだのだ。」というイエスの言葉に繋がったのであります。

しかし、イエスが、マルタの接待がどうでも良いと思っているのではないことは明らかであります。

「マルタ、マルタあなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。」というイエスの言葉には、マルタに対する深い愛情が込められています。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。」という言葉は、しかし、マルタが大切なことを忘れてしまっている点も明らかにしています。思い悩みというのは、無論、思い煩いという意味です。「思い煩うな。」と言われたのはイエスご自身でありました。使徒パウロも繰り返し「思い煩うな。」と勧めていました。

思い煩うときには人は、本当に大切なことを忘れてしまうからであります。マルタが接待に忙しかったのは無論、善意からであります。イエスのことを思ってしたことであります。その点については何の疑問もありません。しかし、余りに忙しくて思い煩いに捕らえられ、本当に大切なことを忘れてしまったのであります。それは、イエスが語って居られるときに、人間が取りうる唯一の態度は、イエスの話に真剣に耳を傾けることで、イエスの話に聞く耳を持つと言うことが必要なのであります。イエスを接待することがどれ程大切なことであっても、イエスの話に真剣に耳を傾けるという決定的に重要なことと較べれば、そうしたものは何程のことでもありません。イエスが求めておられるのは、御言葉の前にへりくだり、御言葉に真剣に聞こうとする開かれた耳なのであります。そのことと較べたら、他のことは、人間の目から見ればどれ程大切に見えても、実際、取るに足らないことなのであります。イエスが、必要なことは唯一つであると断定しておられる通りなのであります。イエスは真剣に御言葉に耳を傾けるように求めておられるのであります。

その間の事情をよく理解している福音書記者、ルカは、「マリアは、イエスの話に聞き入っていた。」と書いています。イエスの元にいるときには、イエスの元にしかないものにこそ、目を留め、耳を傾けねばならないのであります。イエスの所にしかないもの、それはイエスの御言葉であります。接待がいけないというのでは無論ありません。心からの接待は、あって良いし、実際あるべきなのであります。しかし、どれだけの接待があっても、どれだけの歓迎があっても、イエスの言葉に真剣に耳を傾ける姿勢がないのなら、どのような接待も、どのような歓迎も無意味なのであります。マルタの接待に感謝しつつも、接待のことで思い煩っているマルタに必要なことは唯一つだけであるとイエスが言い切って居られるのも、それが理由なのであります。イエスと共に居る時に必要なのは、イエスの元にしかないもの、イエスの元以外には何処にもないもの、つまり、神の生きた御言葉にこそ、集中しなければならないということであります。

持って生まれた性格もあったのでしょう。マリアは、接待のことで右往左往しているマルタとは対照的に、そしてマルタの接待を無視するかの如くに、イエスの足元に座り込んで、イエスの話に聞き入っていました。マリアは図らずもイエスが人々に求める態度を取っていたのであります。イエスの御言葉に全身全霊で集中しているのであります。ほかのことは一切忘れて、マルタが接待のことできりきり舞いしていることにも気が付かない程に、イエスが語る御言葉に集中しているのであります。このような御言葉を聞くことへの集中それを指してイエスは、「必要なことは唯一つだけである。マリアは良いほうを選んだ。」と言われたのであります。

ただ一つの必要~神の御言葉への集中

ところで、この話が、このような形で、福音書に記されて今日まで残ったのは、マルタとマリアという二人の姉妹を比較して、マルタを非難し、マリアを賞賛するためというのではないのであります。女性は、マリアのようであるべきだ、などと言うためでもありません。この話を遥か昔の二人の女性の物語と考えているだけでは、わたし達は、この物語の半分も分かっていないということになります。この物語は、マルタとマリアの思い出を綴っているものではないのであります。それは教会に与えられた教えであります。従って、それは、わたし達に向けられたイエスからの御言葉なのであります。今日の使徒書の言葉の中にもありましたが、「教会はキリストの体」と呼ばれています。そして事実、教会はキリストの体であります。教会に霊的に内在する聖霊の力によって教会の中で、とりわけこのように主の名によって礼拝している時に、わたし達と共にキリストがおられるがゆえに、教会はキリストの体と呼ばれているのであります。

今日の物語を通して、今私たちに向けられている問いは、私たちがどれだけ教会にしかないことに集中しているかという問いなのであります。教会の中には様々な出来事があっていいし、あるべきであります。様々な働きがあっていいし、あるべきなのであります。バザーもいいでしょう。あって悪いなんていうことは全然ありません。とりわけ大切なことは、教会の中にしかないもの、教会の中にしか在り得ないものに集中するということであります。教会でしか得ることのできないもの、世界中、何処を探しても見出すことができないもののためにこそ教会があるのです。一言でいえば、本当に必要なことは、神の御言葉へと集中していくと言うことであります。イエスが必要なことは唯一つだけであると言われて、足元に座り込んで、接待もしないで、イエスの話に聞き入っていたマリアの態度を見て、「マリアは良いほうを選んだ」といわれているとおりであります。

ルーテル教会の基本的な信仰告白文書であるアウグスブルク信仰告白は、その第7条で、教会とは何かという問題を論じていますが、たった二つの事しか言っていません。その一つは福音が正しく説教されていること、もう一つは、福音に従って、洗礼と聖餐が執行されていること。この二つだけであります。そしてアウグスブルク信仰告白はさらに続けて、この二つがあれば充分だというのであります。しかし、逆から言いますと、他になにがあっても福音の正しい説教がなければそれは教会ではないということなのであります。教会にはいろんな働き、いろんなプログラムがあっていいし、あるべきなのです。しかし、何があっても神の御言葉が正しく説教され、神の御言葉が正しく聞かれ、正しく信じられなければ、もはや、教会の格好をしていても教会ではなくなってしまうわけであります。何が教会を教会たらしめているのか、それは、教会にしかないものであります。神の御言葉であります。

マルタとマリアのこの物語は、わたし達が、どれだけ神の御言葉に集中しているのかを改めて自らに問う機会を与えてくれています。なぜならルターが語ったように、神の生きた御言葉があるところには、他に何がなくとも全てがあるし、神の御言葉がないところには、神の生きた御言葉がないところには、他の何があっても、実は、何もない。教会は、教会にしかないもののために建てられています。他の何処を探しても得ることのできないもの、それは、教会の中で語られ、聞かれ、信じられる神の生きた御言葉なのであります。そして御言葉に接する、在り得る唯一つの態度はそれに真剣に、集中して耳を傾ける、その一点であります。わたし達の目が神の聖霊の導きによってどうかこの御言葉のように、神の御言葉にひたすらに、真剣に聞き入る教会でありたいと願う者であります。

祈り

祈ります。

恵み深い天の父なる神よ、今朝もあなたの教会に召し出だされ、共々にあなたの御言葉に聞くことが許されて感謝いたします。どうか、この教会が、そしてこの教会に連なるわたし達一人一人が、あなたの御言葉を豊かに語る教会、そしてわたし達一人一人でありますように、どうか上からの聖霊の恵みによって、わたし達を、そしてこの教会を豊かに満たして下さい。救い主、イエス・キリストの御名によって感謝して祈ります。アーメン

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年7月25日 聖霊降臨後第8主日礼拝説教、テープ起こし:酒井悦子神学生)

説教 「亀も兎も勝ちました」 渡辺純幸牧師

ルカによる福音書10:25-37

元総理大臣大平正芳氏は、生前自宅の開け放たれた一室で、一人の初老の男性と熱心に話をしていました。元総理はひたすら相手の話を一方的に聞いていたそうです。相手は政治にまったく関係のない人で、一人息子を亡くした人でした。26歳の長男を亡くされた経験のある、総理は一言も言わず、身動きせず相手の話を一時間近くひたすら聞いていました。そして、元総理が少し体を乗り出したそのとたん、その場の雰囲気ががらっと変わり、そこには明るい空気が流れたと、その会話を遠くからずっと見続けていた聖心女子大教授で、カトリックのシスターの鈴木秀子さんは記しています。(鈴木秀子著「愛と癒しの366日」より)

本日の聖書は、よき隣人となりえた大平元首相ではありませんが、この隣人の問題が扱われている、「よきサマリア人の物語」です。この物語は、律法学者がイエスに、「何をしたら永遠の命が受けられるか」の問いに端を発して展開されています。永遠の命は、それこそ私たち人間が誰も欲するものです。それは言い換えれば、死という大きな壁がいつも私たちの前に横たわっているからでしょう。それに対してイエスは、律法に関して誰よりもたけているその律法学者本人に、「律法には何と書いてあるか。あなたはどう読むか」と聞き返したのでした。もちろん、彼は自信をもって、「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、あなたの神を愛せよ」「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」と明快な答えをイエスに返したのでした。彼の答えは、ユダヤの律法においては非の打ち所のない完璧なもので、イエスはそれを実行すればあなたのいう「永遠の命」が得られると言われました。ところが律法学者は、「わたしの隣人とはだれですか」と再度問うたのです。そこでイエスは、子供が聞いてもよく理解できる「よきサマリヤ人」の譬えを語られました。

この話の舞台は、エルサレムからエリコに向かう途中のそれも人通りの少ない道です。強盗がある人を襲って、瀕死の重傷を負わせて立ち去りました。一番最初にそこを通りかかったのは祭司です。そして、二番目にそこを通りかかったのはレビ人です。ご存じの通り祭司とは、エルサレムの神殿に仕える人です。死体に触れると体が汚れて、それが取れる七日の間は神殿で仕事をすることができません。強盗に襲われた人を見た瞬間、彼はいま自分はあの男とかかわることはできないとそのように思ったのでしょうか。通り過ぎたのでした。二番目のレビ人もやはり祭司職に属し、主に神殿や門の守衛、あるいは勤務のとき以外は一般の人々に律法を教える役割を果たしていました。このレビ人も通り過ぎていきました。そして、三番目に通りかかったのがサマリア人です。サマリア人がその場所を通りかかったとき、重傷を負って倒れている男を見て気の毒に思い、近寄って来て介抱し、できうる限りの世話をしたと言うのです。ご一緒に、「では、わたしの隣人とはだれですか」を考えてみたいと思います。

「もしもし亀よ亀さんよ……」の童謡は、歩みの遅い亀が、真面目に走った結果、途中で居眠りした兎よりも早く目的地に到達したというお話です。しかし、この話には続きがあります。悔しがった兎がもう一度競争しようと亀に言いました。亀は承知して走り出しました。そして兎が勝ちました。そこで亀は兎にもう一度、湖の向こうの木の下まで競争しようと提案したのでした。兎は承知しました。兎も亀も同時にスタートしました。ところがどうでしょう。亀はすいすいと一直線に湖を泳いで行きました。兎は湖の周りの長い距離を一生懸命走りました。そしてやっと目的地に着きました。そのとき二匹は考えました。「そうだ。お互いに助け合えばいいのだ」と同時に二匹が言いました。そこで山に登るときには兎が亀を背負い、湖や川を渡るときは亀が兎を背負うことになったと言うお話です。

さて、問題は、「この三人のうち誰が強盗に襲われた人の隣人になったと思うか」とのイエスの問いです。聖書には、この三人の行動について興味深い言葉が使われています。一番最初にそこを通りかかったのは祭司です。聖書では、その祭司は「この人を見ると、向う側を通っていった」とあります。そして、二番目にそこを通りかかったのはレビ人で、同じく「彼を見ると向う側を通って行った」と記しています。このように、強盗に襲われ瀕死の重傷を負うている人に対して、祭司、レビ人はどちらも、「見ると、向う側を通って行った」と記しております。つまり向う側とは、こちらに近寄るでもない、どこまで行っても交わらないことを意味する言葉であります。それも二人とも近くで目撃したのですが、いずれにしてもそこでは接点を持つことなく、先を急いだのでした。それに対して、サマリア人は、聖書によると、「その人を見て憐れに思い、近寄って……」来たのでした。

ところで、口語訳聖書では「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」とありました。この言葉は、新共同訳聖書で「隣人を自分のように愛しなさい」と改訳されています。この「自分のように」という中には、「自分自身を愛するように」という意味と、もうひとつ「自分が(神から)愛されたように」との二つの意味が含まれているのです。ですから、ここでの「隣人を自分のように愛しなさい」の中心は神であり、「神が自分を愛して下さったように、隣人を愛しなさい」となるのです。

すると、「向こう側を……」と、「近寄ってきて……」の本日の譬え話の行為、行動が大きな意味を持ってきます。ご存じのとおりサマリア人とは、かつて、アッシリアに連れられていった北イスラエル人の子孫、また強制的に近隣の住民と混血を強いられた民です。まさに、同じユダヤ人でありながらユダヤ人とは見なされず、罪人として、苦しみ、のたうっていた民です。その苦しみを通して、このサマリア人は、それこそ自分の痛みのように傷ついた者の痛みや辛さを、よく知っていたものだと言えるのではないでしょうか。つまり、自分たちにとって向こう側という平行線にあるものは、いつも能動的な生き方をして来た人々と言えるかも知れません。いつも健康に自信をもち、自分の言うことはいつも正しい、そのように思っている人々、自分の力と能力によってそれなりに実績を上げて来た人々なのかも知れません。

他方、近寄って来てたこのサマリア人は、ユダヤ人でありながら、いつもどこかで、蔑視され、苦しみを持って生きて来た人だったと言えましょう。しかし、サマリア人すべてがこれほど親切であった訳ではありません。サマリア人とユダヤ人とは互いに敵視していました。しかし少なくともこのサマリア人は、自分もいつか目の前に傷ついている人であったのでしょう。だからこそ、サマリア人は人ごとではなく、まさに自分の姿をその傷ついた人の中に見たのです。そして更に彼も「良きサマリア人」に助けられたに違いありません。このように、苦しいが故に、自分が愛されたときの喜びは大きかったに違いありません。その喜びに溢れた愛をもって人に関わるとき、それは、聖書にある「憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱」する姿となるのであります。本日のサマリア人は、更にそれで終わることなく、「翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います』」とまでなるのです。

しかし、ここで私たちは、このサマリア人の行為の中で、これほどまでに世話をし、面倒をみることのできる人は、ほとんどいないと言えないでしょうか。もしサマリア人の行為がありうるとすれば、それは親子の関係にのみ成り立つことかも知れません。私たちは、ろばに乗せて宿屋に連れていくくらいで終わりでしょう。さらに、それ以上のことをするとすれば、何か特別のことがそこに働いているからに他なりません。それこそが神の差し出される手なのであります。

そこでもう一度、「では、わたしの隣人とはだれですか」の問いが私たちに向けられてまいります。そしてその答えは、あの亀と兎の話の続きにあるようです。亀も兎も互いに力を合わせることの意味を知り、なくてはならない存在であることを知り、水の中では亀が背負い、陸の上では兎が亀を背負うという図式がありましたが、私たちも、自分も実は目の前に放置されているけがをした当事者であることを知り、その自分自身が、まず誰よりも神から愛されたものであること、また今も愛されていることを覚えることから始まるようです。そして同時に、隣人も神さまから愛されている掛け替えのない一人でもあるのです。大平元総理大臣は、名もない老人の言葉をじっと聞き続けました。同じ痛みを持った者のみが理解できる姿であったでしょう。互いに大切な関係にあることを、感謝をもってこの一週間を過ごしてまいりましょう。

(2004年7月18日 聖霊降臨後第7主日礼拝説教。渡辺純幸牧師は市ケ谷教会牧師で総会副議長)

説教 「心の宮清め」 大柴譲治牧師

ルカによる福音書19:28-48

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

タイから帰国して

久しぶりにこの説教壇に立つような気がします。先週の日曜日は後藤直紀牧師に後を託して、私自身は、タイのウボンラチャタニというタイ東北部イーサン地方の、それはタイの中でも貧しい農村地帯でしたが、ラオス国境に近いところにあるコークノーイ教会において、関野和寛神学生、今日この後に堅信式を受ける原貴恵子ちゃん、私の娘の大柴麻奈などと一緒に30人ほどのタイのクリスチャンと共に主日礼拝を守りました。それはなかなか印象に残る礼拝でした。3/24から4/1まで八泊九日で真夏のタイを体験してまいりました。連日35度前後という暑さの中で、灼熱の太陽にこんがりと焼かれて帰ってまいりましたら、もうすっかり散ったと思っていた教会の桜もまだ満開で驚かされました。日本はずいぶんと寒い毎日だったそうですね。

ホームグラウンドであるむさしの教会で聖餐礼拝に与れることを最初に感謝したいと思います。タイは仏教国で、キリスト教の信仰を持つということは、特に貧しい農村部においては厳しい迫害と村八分とを覚悟しなければならないほど過酷な状況にありました。しかし、そのような中で、キリストの福音を信じて喜びに輝く教会員たちの顏は忘れられない刻印を参加者たちの心に残したと思います。キリストを信じることでそれまで苦しめられていた悪霊から自分は解放されたという証しをいくつも耳にしてきました。それはまさに福音書にイエスが悪霊に苦しめられている人々から悪霊を追い出す奇跡を行ったのと同じ世界でした。

ある人は交通事故のため全く歩けない状態になってしまったが、7年前にイエスさまを信じて洗礼を受けると歩けるようになったと証しされましたし、タイルーテル教会のビショップ(監督)からも、自分は12歳から19歳までは仏教の僧侶であったが悪霊に取りつかれたのをキリストを信じることで癒されたということ、そしてそれ以降自分は悪霊払いを通して多くの人々をキリストの福音に導いてきたこと、仏教は教えだけだがキリスト教は教えと悪霊をも従える権威とを持っていることなどを驚きをもって聞いてまいりました。

悪霊というものをどちらかといえば「人間を疎外し、非人間化する構造的な悪」のように理解してきた私自身はそこで大きなチャレンジを与えられたように思います。

コークノイ教会は、もともと悪霊に取りつかれている呪われた土地と言われる場所を買って教会を建てたということもその伝道師から聞きました。仏教というよりもむしろアニミズム(原始宗教)と言うべき現状の中で、まことの救い主を信じるということの原点を示されたように思わされた旅でした。15歳と17歳の高校生が二人、20歳の大学生が二人、24歳の神学生と28歳の看護師と39歳と47歳の二人の牧師という8人の日本人グループでしたが、若い参加者たちには大きなインパクトを与えた旅であったと思います。

困難な中で信徒と共に命がけでコツコツと地域に対する伝道と奉仕の活動を続けている宣教師や伝道師たちの働きを見る時に、改めて自分自身の姿勢を正されるような思いもいたしました。一泊だけでしたが電気がない山の上にある信徒の家にも泊めさせていただきましたし、三ヶ月前に電気が来たという貧しい農村にも信徒を訪問しました。関野神学生が「キリストの福音が電気よりも水よりも何よりも早くこのような辺境の地にまで到達しているという事実に改めて目が開かれた思いがする」と語っていましたが、全く同感でした。

棕櫚主日に

本日は棕櫚主日ということでイエスさまがエルサレムに子ロバに乗って入城される場面が描かれています。弟子たちは喜び歌います。「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。天には平和、いと高きところには栄光!」 これはゼカリヤ書9: 9-10の預言の成就であり、「柔和な王」の到来です。

(9)娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者
高ぶることなく、ろばに乗って来る、雌ろばの子であるろばに乗って。
(10)わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。
戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。
彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。

いよいよ今日から受難週が始まります。主の十字架の歩みを覚えて過ごす一週間です。本日は特に、主イエスがエルサレムに入って最初になされた宮清めの出来事に目を向けたいと思います。

その前に、本日の第二日課を抑えておきたいと思います。その使徒書の日課にはフィリピ2章の「キリスト讃歌」と呼ばれる個所が与えられています。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ2:6-8)。神と等しくあられたお方が、自分を無にしてへりくだり、しかも最底辺である十字架の道を歩まれた!それはなぜか?このことを通して天地万物がイエスの聖名の前にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるためだ、とパウロは言うのです。

実は、主が子ロバに乗ってエルサレムに入って行かれたこと、そしてそれに続いて、「私の家は祈りの家でなければならない」と言って神殿から商人たちを叩き出したというのはかなり過激な行為であったわけですが、それは見る者たちの思いをハッとさせたものであったと思われます。イエスさまのなさることはいつも過激でストレートです。それを通してイエスさまは私たちに大切なことを教えておられるのです。それは何か。私にはそれは主がそこで私たち自身の生き方を清めようとされた、私たち自身の心の宮清めを行われたということなのではないかと思われてなりません。

教会はキリストの身体であり、私たち一人ひとりがその部分です。パウロには「私たち自身が神の神殿である」という言い方が1コリントには繰り返し出てきますが、「私の家は祈りの家でなければならない」とは、キリストの神殿である私たち自身の生活や存在そのものが神へと方向づけられた祈りの家として整えられて行かなければならないということでありましょう。そのために主は十字架にかかられたのです。私たちの心の宮清めを行うために主は十字架の上ですべてを捨ててくださったのです。子ロバに乗った柔和な王、平和の君として来てくださったキリストは、どのように絶望的な状況に置かれた人々にも希望の光をもたらしてくださったのです。

私が先週、タイで出会ったキリストを信じる者たちの姿は、貧しさや弱さの中で輝いていました。15歳で嵐のために倒れてきた木の下敷きになって、下半身の自由を失ったノイという名前の車イスの女性は、キリストを信じることで本当の自由を得ることができたと輝く笑顔で語ってくれました。また、そのご両親も、娘の信仰によって導かれて、7年間毎週毎週娘を教会に連れてゆく中で、呪術を信じる者からキリストを信じる者へと変えられてゆきました。彼らは苦難の中で生けるキリストと出会ったのです。自分の苦しみ悲しみをすべて背負ってくださるお方と出会ったのです。

一つひとつの証しが圧倒的な迫力を持って迫ってくる生けるキリストのドラマでした。キリストが一人ひとりを本当の自分として解放していったのです。悪霊に苦しめられていた者たちがキリストを信じる信仰によってその苦しみから解放されていったのです。主が心の宮清めをしてくださったのです。

原貴恵子姉の堅信式と聖餐への招き

先週、コークノーイの教会で証しをしてくれた原貴恵子姉がこのあと堅信式を受けられます。このことは、これまで貴恵ちゃんを愛し、育んでこられたご両親をはじめ、私たち皆にとって大きな喜びです。私は牧師としていつも最前列で神さまの救いのドラマを観させていただいているような思いがいたします。

本日、私たちは聖餐式に与ります。キリストは十字架にかかる前日、弟子たちにパンとぶどう酒をご自身の割かれる身体と流される血潮として分かち合われました。神との新しい契約が締結される時には犠牲の血潮が流される必要があったのです。この恵みの食卓において今も生きて私たちを招いてくださっている主イエス・キリストの救いのドラマに与りたいと思います。この聖餐の食卓こそ私たちのために備えられた心の宮清めなのですから。お一人おひとりの上に神さまの豊かな恵みがありますようお祈りします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年4月4日 棕櫚主日聖餐礼拝説教)

説教 「とりなす園丁」 大柴譲治牧師

ルカによる福音書13: 1- 9

行き詰まった私たちの現実

私たちは人生の中で繰り返し「行き詰まり」に遭遇します。出口がどこにもない状況に出会う。それは、前にも右にも左にも行けず、さりとて後戻りもできないような行き詰まった状況です。本日の福音書の日課はそのような状況の中にある私たちの姿を描いているように思われます。イエスさまが見る所によると、私たちは滅びる以外にはない行き詰まりの状況にあるのです。それはどのような行き詰まりであるのかということを心に留めながら、本日の福音書の日課に耳を傾けて行きたいと思います。

イエスさまのもとに何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことを告げます。ローマ帝国からユダヤを治めるために派遣されていた総督ポンテオ・ピラト。彼は残忍な一面を持っていたということが伝えられています。エルサレムの神殿で巡礼に来たガリラヤ人を殺害するという事件が起こる。その血が祭儀のために用いられる犠牲の動物の血に混ざったという大事件が、(今となっては確定はできないのですが)実際にあったようです。それを伝えた人々にイエスは答えられました。この答えは彼らにとっては予想外の答えだったに違いありません。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」。イエスのもとに来た人々の求めていた答えは、恐らく、「彼らは他のガリラヤ人よりも罪深かったために神の罰を受けたのだ」という言葉であったと思われます。

心理学では、災難に遭った人のことを思う時、災難に遭わなかった人は心の中で「自分でなくてよかった」とホッとして、それゆえに後ろめたい思いを持つということが報告されています。ドイツ語ではそれをShadenfreude(他人の不幸を喜ぶ、ざまを見ろという気持ち)と言うそうです。彼らは「彼らは罰が当たったのだ。罪の当然の報いを受けた」という形で自らを正当化しようとしたと見てよいでしょう。夏目漱石が鋭く見抜いたように言えば「傍観者の利己主義」ということになりましょうか。ヨブ記に出てくるヨブの三人の友人たちもまた苦しむヨブに対して同様の立場を取ってゆきます。そのような時に人は、神の正当性を弁護しようとして実は自らの正当性を弁護しているにすぎないということが往々にしてあります。

イエスさまはしかしそのような第三者的な逃げ方を許さない。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」。彼らの苦難を自らへの悔い改めへの呼びかけとして捉えなさいとイエスさまは言われているのです。それは別の言い方をすれば、パウロがローマ署12:15で言うように、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」ということを彼らに命じているのではないかと私には思われます。

主イエスは彼らにもう一つの歴史的な事件を思い起こさせます。シロアムの(水)塔が倒れて18人が犠牲になったという事件です。「シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」

毎日のようにテロや暴力によって多くの人々の命が奪われてゆきます。私たちの心はそれらを深い痛みをもって覚えます。しかし次の瞬間には、どこかでそれらを聞き流してしまっている。人事なのです。気の毒にとは瞬間的に思っても、遠い所の出来事として自分には関係のない事柄としている。そうしないと耐えられないからでもあります。人の痛みに対する無関係、無感覚、無関心、無感動、すなわちアパシーとは自らを守るための防衛規制の一つであるのかもしれません。それは冷めた愛、長続きしない断片的な愛でしかありません。私たちは冷めた愛という行き詰まりの中にいるのです。そしてそれは滅びる以外にない行き詰まりの状態なのだとイエスさまは本日の福音書の日課の前半部分で告げているのだと思います。

園丁の執り成しの愛に気づく

それに対して、後半部分が続いています。「実のならないいちじくの木」のたとえです。

「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」

ブドウ園とは神の民イスラエルのことを意味しています。パレスチナ地方のブドウ畑にはブドウの他に他の実のなる木、特にいちじくを植えるのが普通で、ブドウの木をいちじくに結びつけて支えとしたようです。そこからこのようなたとえ話が語られているのです。ちなみにルカは、マルコとマタイが記している神の裁きの厳しさを示す「実のならないイチジクの木のたとえ」(マルコ11:12-14,20-25,マタイ21:18-22)を省いています。その代わりにこの執り成す園丁のたとえ話をもって神の忍耐と辛抱強さとを教えているとも言えましょう。

愛の実がならないいちじくとは、本来はイスラエルの民のことを指しますが、ここでは冷めた愛しか持たない私たち自身のことを指していると読みたいと思います。「御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください」(8ー9節)。実のならないいちじくの木は園丁によって強く執り成されているのです。主イエスはいつも実のならない私たちのために神さまに執り成しをしてくださっていると読みたいと思います。この主イエスの執り成しにこそ私たちの存在の礎があり根拠がある。

「もしそれでもだめなら、切り倒してください」と言ってくださった園丁は、切り倒されるべき私たちの身代わりとなってあの十字架にかかり、自ら切り倒されてくださったお方でもあります。「もしそれでもダメなら」という言葉には、「自分のすべてを賭けてでも、必ず悔い改めの実を実らせます」という園丁としての主イエス・キリストの覚悟を私たちはそこに見てゆきたいのです。このようなやり取りが三年間毎年あったのかもしれません。

そしてこの命がけの主の愛に触れた時、私たちの目から本当の涙がこぼれるのではないか。私を命がけで愛してくださるお方がいてくださる!十字架はそのことを私たちに示しています。このキリストの愛こそが私たちの行き詰まりを打破するのです。Shadenfreude、冷たい愛、傍観者の利己主義、ニヒリズム、私たちの無関心・無感動・無関係・無感覚というアパシーを打破してくれるのです。そして、喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く、そのような生き方へと私たちを招き入れてくれるのです。

パウラス先生の思い出

私は自分が神学生の時に熊本の神水教会でインターンをした時のことを思い起こします。ご承知の方も少なからずおられましょうが、神水教会には慈愛園という綜合社会福祉施設があります。モード・パウラスという米国からの信徒宣教師が1919年に始めた施設です。そこには乳児ホーム、幼稚園、こどもホーム(児童養護施設)、老人ホーム、特別養護老人ホーム「パウラスホーム」などが教会の隣に隣接されています。

神水教会には伊豆永高徳さんという80歳になられるオルガニストがおられます。慈愛園子供ホームで育ち、パウラス先生の薫陶を受けてまっすぐに育ちました。この伊豆長さんからインターン中にパウラス先生についての話をいくつも聞かせていただきました。中でも忘れられないのは、ある時、子供ホームの朝礼でパウラス先生がムチを持って子供たちの前に立たれた時のエピソードです。盗みか何か悪いことをした子供がいると分かった時のことだったそうです。パウラス先生はこう言われたのです。「あなたがたのうちのある人が悪いことをしました。悪いことをした人は罰を与えられなければなりません。ですから私は今からその子に罰を与えます。」と言って、パウラス先生はおもむろに持っていたムチを振り上げて、力いっぱい、血が出るまで自分の腕をそのムチで何度も何度も打ち続けたのだそうです。伊豆永さんはその時のパウラス先生の真剣な姿が忘れられないと言って涙をこぼされました。私もそれを聞いて胸がジーンと熱くなりました。イエスさまの十字架の苦難の意味をよく表すエピソードだとも思いました。

自分のために本気になって、捨て身になって関わってくれる人がいる!このことに気付くことは人生を生きてゆく上で本当に大切なことだと思います。パウラス先生の愛はそれを見ている子供たちの心の奥深くに、キリストの愛として深く刻まれてゆきました。伊豆永さんは、昨日私も慈愛園のホームページで見て知ったのですが、昨年9月には熊本日々新聞にも、長年奉仕してきた音楽ボランティアとしての働きを特集で取り上げられていました。

このような本気になって関わってくれる愛、捨て身の愛を私たちは生きるためには必要としているのです。それを見失ってしまうと本当の生き方はできなくなってしまうのです。

執り成す園丁として主イエス・キリストは、言いました。「御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください」。ここに私たちに対する捨て身の愛があります。ここに私たちを生かす真実の愛があります。

今は四旬節。主イエスの十字架への歩みを覚えつつ、日々を過ごしてまいりましょう。

お一人おひとりの上に神さまの豊かなお支えがありますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年3月14日 四旬節第三主日礼拝説教)

説教 「弱さの中を」 小泉基神学生

ルカによる福音書 4: 1-13

四旬節を迎えて

街は、春を待つ空気に満ちてきています。少しずつ水は温み、吹く風も、しだいに、春の匂いをたくさん運んでくるようになりました。明日からいよいよ3月に入り、文字通り、春が始まろうとしています。教会もまた、そのカレンダーの頁をひとつめくり、新しい季節を迎えています。今朝から、キリストの復活祭、イースターを準備する、四旬節がはじまっています。しかし、生命の再生の季節である春にむかうために、わたしたちが、冬の厳しい寒さを越えていかねばならないのと同じように、キリストの復活を祝うために、わたしたちはそのキリストの痛みと苦しみ思い起こし、これを越えていかなければなりません。

先ほど聖書を読んで戴きましたけれども、わたしたちの教会では、四旬節の最初の主日の福音を、毎年、イエスさまの荒野での誘惑の箇所、イエスさまが、痛み、苦しまれる存在であることが明らかにされる、この、荒野の誘惑の記事から聞いていきます。そして、この箇所の本文に入っていきます前に、まずわたしたちが気づくことが出来るのは、この記事が、イエスさまの系図の記事と、ガリラヤでの伝道の開始の記事とに挟まれて、その間に置かれていることです。つまり、ガリラヤでの宣教が始まる前に、この宣教を始められる方がどのような方であるのか、そのことが今朝の福音書の箇所から明らかにされるのです。

この方は、悪魔から誘惑をお受けになる方である。そしてその誘惑と闘い、その闘いに勝利される方である。そのことが、宣教の開始に先立ってまず、明らかにされます。誘惑をお受けになる方であって、それに勝利される方である。わたしたちが仕えようとする主は、そのような方であります。今朝は、そのことの意味について、みなさんと共に、もう少し考えてみたいと思うのです。

弱さの中を

この、荒野での誘惑の物語は、よく知られていますように、悪魔による3つの誘惑から成っています。そして、イエスさまは、この3つの誘惑をお受けになる前に、すでに40日にもわたって、荒野で何も食べないまま誘惑を受けておられたのでした。「その期間が終わると空腹を覚えられた」と、聖書には書いてあります。別の翻訳を見ますと、「最後には飢えていた」とあります。イエスさまはお腹をすかせ、飢えておられた。そのことが、いわば、誘惑の物語の前提になっているわけです。

わたしたちがイエスさまと出会っていくときに、まずイエスさまはお腹をすかせた、飢えた姿でわたしたちの前に登場される。そしてそのことは既に、ある種の不思議な、出来事であります。このことは、イエスさまの弱さを、表しているのではないでしょうか。お腹をすかせている、飢えていて、何か食べ物を欲しておられる。自分のために、空腹を満たしたいと感じておられる。それは、イエスさまの弱さに違いありません。

みなさんも、先週には、イエスさまの山上での変容の物語から、福音を聞かれたと思います。イエスさまの顔の様子が変わり、服が真っ白に輝かれる。栄光に輝くイエスさまのお姿。これは、神の子としてのイエスさまの姿でした。それは、飢えや空腹など、感じるはずも、またその必要もないような、完璧な存在、神の子としての、さらに言えば、神としての、完全なイエスさまの姿でした。そのことを考えますと、今週のイエスさまは、そこから全く異なった、全く対極にある、弱さを負った存在として、ここにおられるわけです。何かスーパーマンのような、悩みも痛みも全然問題にならないような、超人的な存在として、栄光に輝く神の子として、悪魔をこてんぱんに返り討ちにしてしまうような、そのようなイエスさまではない。お腹をすかせ、そして飢えておられる、この方は、わたしたちの弱い心の動きを理解してくださる、わたしたちの空腹をも共に感じてくださる、そのような存在として、悪魔の誘惑と闘われるのです。地上でのイエスさまが、そのような弱い存在として生きてくださったということは、弱さの中にあるわたしたちにとって、大きな慰めであるだろうと思うのです。

話は変わりますが、先々週、韓国を旅行しました。ぶらぶらと市場を歩いていますと、ブランドものの靴や鞄の、コピー商品を売っているようなお店が沢山、軒を連ねていました。それで、そうしたお店の前を通りかかりますと、お店のお兄さんたちが、寄ってきまして、少し小さい声で、「完璧なニセ物あるよ~」と声をかけてくるのです。何軒もの店で、どこでも同じように「完璧なニセ物あるよ~」といわれるので、面白いなぁ、と思いながら聴いていたのですけども、まぁ普通考えますと、コピー商品というのは、完璧ではないからコピー商品なんであって、完璧なコピー商品というものがあるとすれば、それはニセ物ではなくて、本物だということになってしまいます。ですから、「完璧なニセ物」というのは、その表現自体が、すでに形容矛盾だろうと思うのです。それで、関西人のわたしとしては、内心、それは「完璧なニセ物」ではなくて、「完璧にニセ物」ということじゃないか・・・と、いちいち心の中で突っ込みを入れながら、買い物をしてきたわけです。

話が少しそれてしまいましたけれども、イエスさまというのは、一方では完璧な存在としての、光り輝くような神の子であるわけです。それは、韓国のお兄さん風にいうなら、「完璧なニセ物」つまり本物ということですけれども、その完璧な存在、本物であるイエスさまが、この地上の上では、不完全な本物といいますか、弱いところを晒しながら生きていかれる。完璧など、とうてい望むべくもない、そのような弱いわたしたち、敢えて言うなら、ニセ物と言ってしまってもいいような、そのようなわたしたちと同じ弱さの中で生涯を送られるのです。

悪魔から、「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」と、問われたときに、イエスさまは、ご自身の力によって、奇跡によって空腹を満たすような方法をお取りになりませんでした。わたしたちがお腹をすかせてじたばたするのと同じように、その弱さの中で、空腹に耐える道を選択されるのです。この、パンの誘惑は、わたしたちにとりましては、わたしたちの生活への誘惑というふうに考えることが出来るでしょう。空腹を満たすこと、生活のための糧を得ること、仕事、子育て。わたしたちが生きていくために不可欠だと考えていることのすべては、このパンの誘惑に置き換えることが出来ます。そして残念ながら、完璧な存在ではありえないわたしたちは、究極的にいって、この生活への誘惑から自由になることはできません。誰でも、何処にいても、自分を生かすための、細々とした生活の煩わしさから自由になることは出来ないのです。40日どころか、半日も空腹であることに耐えられない、わたしたちはそのような不完全な存在でしかないのです。ですから、もしイエスさまが、魔法でも使うように奇跡によって空腹を満たされたのだったら、わたしたちは、自分と自分の家族を生かすことに汲々としながら、ただ、奇跡を待ち望むしかない、誰かが超人的な力で自分を救ってくれることを、ただ待っているしかないような、そのような存在として、この地上に取り残されてしまったのかもしれません。しかし、イエスさまは、そのようにはされません。ですから、わたしたちは、イエスさまがそうされたように、空腹に留まってもいい、飢えに耐えながら、わずらわしい生活の闘いの中で、じたばたすることに留まってもよいのです。わたしたちの、そのようなじたばたした闘いに、イエスさまもまた、共に留まってくださるのです。

悪魔はさらに、権力への誘惑へとイエスさまを誘います。この誘惑もまた、わたしたちの弱い部分を根こそぎ持っていってしまうような、甘美な、甘い響きがあります。わたしたちは、わたしたちの弱さを知っていて、それを隠したいと思っていますので、自分を飾ったり、繕ったりして、少しでも他の人よりも上に立つ人間であるかのように振る舞おうとします。自分をよく見せたい、他の人から尊敬されたい。このような願いもまた、わたしたちがそこから自由になることが本当に困難な、わたしたちを縛ろうとする重い鎖のひとつであるに違いありません。

そして最後の誘惑は、神殿から飛び降りてみることによって、神があなたを守っておられることを確認したらどうか、という声でした。そうすれば、神があなたを、空中で支えるだろう、というのです。この声も、巷で聴くならば、一見して誘惑であるとは判別できないような声でもあります。誘惑者は、わたしたちの弱さを突くために、聖書の言葉すら巧みに用いようとします。そして、わたしたち自身が、「わたしを守ってください」と、祈りを重ねていることも、事実でしょう。安全でいたい。脅かされないで生きていきたい、という欲求、これも人間の本能的な欲求のひとつといえます。日本の社会でも、家を建てる時には地鎮祭をする、自動車を買ったら、交通安全のお守りを買いに行く、このような習慣は、ごく自然な信仰心と結びついています。

しかし、わたしたちがしばしば口にします、「神さま守ってください」という祈りの言葉さえ、わたしたちの心の暗いところと結びついていくならば、容易には避けることが出来ない誘惑となっていきます。それは、安全でいたい、安心していたい、という思いが、常にわたし自身に向いていくときです。どんなことがあっても、どんなことをしていても、わたしの安全を、わたしの安心を保ってください、と祈るとき、そこには簡単に、自己中心の思いが忍び込んでくるからです。そしてこの自己中心の思いは、わたしたちの間の身近な人間関係であれ、政治家同士の駆け引きである国際政治の場であれ、その関係を貧しいものへ、あさましいものへと変えてしまう、その要因となっていくのです。自分だけは守られていたい、という思いは、他者を信じることから信じないことへ、信頼から疑心暗鬼へと、わたしたちを、簡単に突き動かしてしまうのです。

一昨年の9月11日以来、わたしたちの世界は、この不信と疑心暗鬼とを、痛みを持って経験させられています。信頼への道は険しく、不信への道は安易であることを、この誘惑者の声は、よく知っているに違いありません。確かに、相手を信頼することには、リスクが伴います。場合によっては、自分が信頼した相手から、裏切られることになるかもしれません。そして、その信頼した相手から裏切られたとき、わたしたちの心は最も激しく傷いて、そして人は、もはや信じるまい、と、人を信頼していくことを放棄していってしまうのです。傷つけられることを怖れて、信頼ではなく不信と疑心暗鬼をもって、関心ではなく無関心と利害関係をもって、相手との距離を測ろうとし、傷つけられることを怖れるあまり、傷つくことのない関係しか結べなくなってしまうのです。

今日の中高生が、傷つけられることを怖れて、そのことを予防するかのように毎日毎時間、携帯メールの交換に余念がないことも、また9.11以降のアメリカ合衆国の対外政策が、少しでも自分を攻撃する可能性のある国や組織を、相手より先に、徹底的に攻撃して潰してしまおうとすることも、傷つけられることから逃れたい、安全でいたい、安心していたいという、わたしたちの心の弱い部分の反映であるのでしょう。たとえ傷つけられる怖れがあっても、他者を信頼していく、そこで自分自身を晒していく、そのことによって、相手との新しい関係、より深い関係、相互に信頼しあう関係を築いていく、そのような強さを、わたしたちは、なかなか持てないでいるのです。これが、弱いわたしたちの現実であります。

しかし、今朝わたしたちが、四旬節のはじめにあたって考えたいことは、イエスさまが、空腹を空腹として耐える道を選ばれた、ということです。神の子であって、完全な存在であるイエスさまが、奇跡を起こして簡単にご自分を救うことのできるイエスさまが、わたしたちと同じように、空腹を空腹として耐える、という選択をされた。それは、イエスさまが、わたしたちと同じように、弱さの中で空腹を体験されることによって、わたしたちを信頼してくださった、不完全な者として、わたしたちと同じ弱さを負い、わたしたちを信頼して、共に歩む道を選んでくださった、ということに他ならないのです。わたしたちが、イースターまで続きます四旬節を通して学びますことは、そのようにしてわたしたちを信頼して歩んでくださったことによって、裏切られ、傷つけられたのは、イエスさまご自身であった、ということです。

この、わたしたちの弱さ。自分のパンだけを確保しようとし、押しのけてでも人よりも上に立とうとし、そして自分だけの安全を守ろうとして人を信頼しようとしない、そのようなわたしたちの弱さが、わたしたちを信頼してくださったキリストを裏切り、孤独の内にゴルゴダへの道を歩かせたのでした。キリストは、あなたを信頼されたが故に、裏切りの中であざけられ、むち打たれ、まさに、弱さの中で、十字架へと登られたのでした。そして、死に勝利され、三日目に甦られることによって、今なお、あなたへの信頼に生きてくださいます。生活を守るためのパンではなく、命を生きるためのパンとして、イエスさまご自身の体を裂いて与えてくださることによって、あなたを信頼するだけでなく、その信頼に応えるすべもまた、与えて下さるのです。それは、いのちのパンによって、わたしたちが信頼する存在へと変えられていくために他なりません。

わたしたちが仕える主。それは、わたしたちの自尊心でも、生活を守るパンでも、安全を保障してくれる自衛力でもありません。ご自身が弱さの中を歩まれることによって、わたしたちに信頼に生きるすべを与えてくださる、主イエスキリスト。ご自身の体をわたしたちに与え、死に勝利することによって、わたしたちをも、この勝利へと与らせてくださる、主イエスキリストに他ならないのです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年2月29日 四旬節第一主日礼拝説教)

小泉基神学生は、2004年3月に神学校を卒業、3月7日に教職按手を受けられます。任地は九州教区建軍教会と甲佐教会。

説教 「恐れることはない」 伊藤早奈牧師

ルカによる福音書 5: 1-11

はじめの祈り

お祈りいたします。

天の神様、今日このようにして武蔵野教会において、あなたに集められた皆さんと共に御言葉に聴き、あなたを賛美することが許されましたことを心より感謝いたします。どうかこの語る者を清めて用い、ここにいるお一人おひとりにあなたがお語りください。時を同じくしてもたれています保谷教会、他の教会の礼拝のうえにもあなたの豊かな御恵みがありますように。このお祈りを主イエス・キリストのお名前によってお祈り致します。アーメン。

自己紹介

はじめまして、昨年4月から日本福音ルーテル保谷教会の副牧師として、働きが与えられています伊藤早奈(いとうさあな)と申します。健康上の理由があり、働きが制限されることが多く、また車椅子のため働きが与えられる建物にも制限があることが多いので、いつも私はこのような体で何ができるのか、私が牧師になって本当にいいのか。そんな問いを持ちながら、それでも神様に用いて頂けるのなら。と祈り歩んでいます。

その中で、たくさんの方の助けにより、現在、西東京市にある東京老人ホームにおいても働きが与えられております。東京老人ホームにおいての働きとしては、ホームで毎朝行なわれている朝の礼拝の司式と説教の奉仕を毎週火曜日と、その他、礼拝にかんすることに関わらせて頂いています。

ホームの礼拝に関わる中で、昔からルーテル教会と共に歩んできた方々のお話や全く教会に行ったこともなかった方がホームで御言葉に出会い、また人と出会い、毎朝目を輝かせて私に、その喜びが溢れていることを語ってくださる話を聞くことを通し、私たち一人ひとりに今この瞬間も御言葉を通し生きて働いてくださる神様を実感し感謝しています。

また、ホームにおいては、おもに特別養護老人ホームめぐみ園において、各個室の方を訪問しお話を聞いたり、言葉さえも自分では発することもできない方々と共に時を過ごします。私は、牧師として「ここに主が共におられます」「あなたは一人ではありません」ということを一人ひとりの方に、言語だけではなく神様から与えられている「ことば」「メッセージ」として伝えることに用いられていることを、今実感しています。

また、老いや病など、自分ではどうしようもないことに出会い、自分ではどうしてもわりきれない、不安の中にいる方々が、自分では何か分からないことであってもそれをそのまま受け止めてくださっており、意味あることとしている方がおられることを知らされることを必要とされているのだと感じています。それは、ここにいる私たち一人ひとり持っているものなのかもしれません。しかし、私たち一人ひとりが神様を必要とする前から、神様は一人ひとりを必要とされているのです。

ある日、私は一人の利用者の女性からこのような質問を受けました。「先生、先生は何でいつもそんなに明るいの?」そして、「自分の病気が進行していくという現実があるのに。。。普通明るくなれないよね」その質問をした女性はやはり、20代後半から進行性の病のため、今現在は50代半ばにして、老人ホームで生活を必要とされ入居されています。「どうしてそんなに明るいの?」 その質問に一瞬戸惑いましたが、私は無理に明るくしているわけではなく、主がこのままの私で生きてもいいと言ってくださり、共に歩んでくださるからなんだと、その質問を受けて気付くことができました。このようにいろいろな出会いを通し日々新たにされています。

また、保谷教会の副牧師として、昨年11月には東中国・四国地区の信徒大会の奉仕者として、広島教会に招いて頂いたり、その時、東京の病院で入院中知り合った松山にいる難病の方の家を訪問できたり、また、今日はこのようにして武蔵野教会の皆さんに出会う機会が与えられ教会で説教奉仕をさせて頂いています。

それから日本FEBC放送での仕事が与えられるなど、自分では思いもよらない働きが次々と与えられ、驚いています。しかし、これら一つひとつのことにも主が共にいてくださり、主が用いてくださっていることを確信するときに、私は自分が「牧会」という翼を主によって与えられ、自由に安心して、飛び立っているのではないかと感じています。

主に用いられるということ

主に用いられるとはどういうことなのでしょうか。

「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と主は言われます。

主イエスはゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞くために、群衆が主イエスのもとへと押し寄せて来ます。主イエスがおられるその場所に漁を終え、網を洗っている漁師がいました。イエス様の目には確かに漁師たちも見えるのです。しかし、漁師たちには主イエスもそこに集まる群衆さえも見えないのです。目には入っていたのかもしれませんが、漁師たちはただ、漁の為に使っていた網を洗っているだけなのです。しかし、主イエスは漁師を招きます、孤独にはしておかないのです。

舟を私のために岸から少し漕ぎ出してくださいと、共に舟に乗って、私を運ぶようにと漁師であるシモンに頼まれるのです。そして、主は腰を降ろし、全ての群衆に語りかけるのです。それは、同じ舟にいたシモンやそこにいた漁師たちにも語られたのです。

そして話し終わったときに、もう一度シモンに静かに語りかけます。「舟を漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と。夜通し苦労して漁をしたにもかかわらず、何も捕れずに岸へと帰ってきて、疲労と絶望感でいっぱいだったかもしれません。「もしかしたら」という気持ちがあったとしても、今群衆と自分に話をしてくれたこの方のいうことだから大丈夫と思ったわけでもないと思います。半信半疑だけど、少し期待をもって、網を降ろします。もしかしたらもう、自分ではどうしようもないから自棄(やけ)になっていたのかもしれません。

すると、一そうの舟にも乗り切れないほどたくさんの魚がかかります。驚くことしかできません。主によって用いられるとき、そのことを私たち人間の予想できる範囲には収まりきれず、私たちはただ、驚くことしかできないのです。

そして、主イエスに用いられるとき、そのときは一人ではなく必ず仲間が与えられます。一人で孤独になることはないのです。それは、シモンが自分の舟では魚が乗り切らなくて、仲間の舟に手伝ってもらったように。

恐れることはない

シモンの舟に主イエスは共におられます。驚きでいっぱいのシモンや他の漁師たちも主イエスを見上げます。主イエスはシモンに言われます。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と。

シモンもそこにいたゼベダイの子ヤコブもヨハネも、全てを捨てて、イエス様へ従いました。「すべて」とは、所有していたもの、仕事そして今迄もっていた「恐れや不安」それら全てのことだったのでしょう。

主イエスはシモンたち漁師を、全く別の職業に召したのではなく、「漁師」として召されます。特別なことではなく、その人の日常の中で、主は一人ひとりを用いられるのです。

私たちは、日常の中で、自分の力ではどうしようもないことに出会うとき、驚き嘆き、また悲しむしなくどうしようもないと思うことがたくさんあります。しかし、そのようなとき、主は「恐れることはない。私が共にいるではないか」とやさしく語りかけてくださいます。

また、私たちを召してくださるとき、それは特別なことを突然しなさいと言うのではなく、私たちのいる、今ここでのありのままの私たちを必要としてくださるのです。

全て一つひとつのことが主を見上げ、主に用いられているとき、不安や恐れにとらわれているのではなく、自由に勇気をもって、主と共に成されていくのではないでしょうか。

それがたとえ、自分の思っていた答えとは違っていても、予想を越えていても。主がお用いくださるのです。

主がお用いくださるは、今ここにいる私たち一人ひとりです。何の特別なことではありません、今、あなたを主は必要とされているのです。

主は言われます。「恐れることはない。私があなたを選んだのだ。私はあなたと共にいます。」

おわりの祈り

祈りましょう。

天の神様、私たち一人ひとりが今生きているこの場所で、ありのままをあなたに召されていることを御言葉によって聴きました。ありがとうございます。いつもあなたが共にいてくださることを覚え、勇気をもって、自分を生きていくことができますようあなたが強めてください。あなたによって用いられ生かされていることを感謝し、このお祈りを主イエス・キリストのお名前によってお祈り致します。アーメン。

(2004年1月25日 顕現節第4主日礼拝説教)

伊藤早奈先生は、2003年3月に神学校を卒業し、教職按手を受けられました。現在は保谷教会副牧師・東京老人ホームチャプレンとして働いておられます。

説教 「祝福された人生」  大柴譲治牧師

ルカによる福音書 24:44ー53

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

昇天の主の祝福の姿

本日は主の昇天主日。復活後40日間にわたってご自身を現された主イエス・キリスト。聖霊降臨日の前にこの地上からは見えるかたちで姿を消されたことがルカ福音書の最後と使徒言行録の最初に記されています。本日は主の昇天が私たちにとってどのような意味を持っているのかに焦点を当ててみ言葉に思い巡らせてみたいのです。

ルカ福音書の報告によると、主は昇天される時に手を上げて弟子たちを祝福されながら見えなくなったとあります。「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた」(24:50-51)。主は祝福の姿で天に昇られたのです。そこから今もなお主は、見えない姿ではあっても、手を上げて弟子たちを祝福しておられるのだということを思います。

このことは私たちの理解を越えた出来事です。現実に私たちを取り巻く悲惨さの中で、苦しみや悲しみ、不条理が跋扈する中で、どこに祝福があるというのでしょうか。祝福などどこにもないように見えるこの世の現実の中にあって、昇天の主の祝福は何を意味しているのでしょうか。

フィンランドを訪問して

5/16(金)-25(日)と17名でフィンランドを訪問しました。今回は本国に帰国中のヨハンナさんの母教会を訪問し、日本宣教のために祈り続けてきてくださった教会員と交流を深めたいという目的がありました。

フィンランド南部は暗くなるのが夜11時前頃で、朝3時過ぎには明るくなりましたので、一日が大変長く感じられました。到着したのは金曜日の夜でしたが、最初の四日間はヘルシンキから西に170キロほどバスで走ったところにあるヨハンナさんの教会の持つヴェーカリンネという研修施設に滞在しました。そこは森の中で湖のほとりにあって、サウナを浴びて湖に飛び込むという極めてフィンランド的な体験もいたしました。

翌土曜日には、特別な計らいで、日本伝道を支えてこられた方のご葬儀に参列する機会も与えられました。弔鐘が鳴る中、墓地に隣接するチャペルで葬儀は行われました。葬儀の前半部分は沈黙が支配しましたが、参列した人たちが順に白い舟をかたどった棺の横に進み出て、それぞれ聖句や葬送の言葉をひと言ずつ語りながら花束を捧げる場面は大変に印象的でした。後半は牧師による祈りと説教、祝福が捧げられた後に出棺です。墓地までは同行できませんでしたが、ご遺族と深い悲しみを共有し葬儀に参列していた人々の思いが言葉の壁を越えてダイレクトに伝わってきました。私たちも心の中で様々なことを思い起こしながら、天来の慰めをお祈りいたしました。司式者のクルカ牧師の遺族に対する牧会的な配慮が伝わってくるような葬儀でした。

その日はまた、ヨハンナさんのご両親の家や日本伝道を中心になって支えてこられたナッキ兄弟の家を訪問してご馳走をいただきながら交流をいたしました。ナッキ家の92歳になるおばあちゃまが、「自分はこのような織物を作って売ることでずっと日本伝道を支えてきました」と語りながら作った作品を見せてくださる姿に熱いものを感じたのは私一人ではなかったと思います。

18日の日曜日にはヨハンナさんの母教会であるハミナ市のヴェーカラーティ教会の聖餐礼拝に参加しました。その教会は1万1千人の信徒に5人の牧師を抱えています。礼拝出席は100人少しで、通常の出席率は1%というところでしょうか。クリスマスには教会が溢れるそうです。ちょうどその日は第二次大戦における戦没者追悼記念日でもあり、男性クワイアの讃美に始まり、讃美に終わる礼拝でした。その歌声は強く聞く者の魂に響くものでした。

礼拝で最も印象に残ったものの一つは、地球儀のようなロウソク立てにロウソクが灯されていたことです。牧師になって一年目というマチルダ先生にその意味を伺いますと、世界宣教のためとのことでした。毎週の礼拝の中で宣教師たちの働きを覚えてロウソクを立てて祈っているのです。そこで私たちも入口の近くに置かれていた世界宣教のためのロウソクを購入して17本のロウソクを立てました。その日は全部で23本の世界宣教を覚えるロウソクが灯されました。目に見えるかたちでこのように祈るということの大切さを今回初めて身にしみるようなかたちで思わされたように思います。このむさしの教会でもいずれ同様のことを実現したいと思っています。

祝福された人生~初代宣教師の場合

フィンランドから最初の宣教師が派遣されたのは今から103年前、1900年12月13日のことでした。25歳のウェルロースという牧師とその家族(夫人と4,3,1歳の三人の娘たち)、そして17歳のクルヴィネンという少女の5人が76日間の船旅の末、イギリス、スエズ運河、インド洋を渡って日本の長崎に到着したのです。当時フィンランドまだロシアの支配下にあり、ロシアからの独立は1917年12月まで待たねばなりませんでした。日露戦争(1904-1905)の時には宣教師たちはロシアのパスポートを持っていましたので、敵国人として扱われたということが大岡山教会の鈴木重義氏のまとめられたブックレット『フィンランドからの贈り物』に記されています。

長い船旅でひどい船酔いに悩まされ、幼い子供たちの面倒を見ることにすっかり疲れ果てたウェルロース夫人は、心身ともに弱っていました。そして日本の建て付けの悪い家では、冬のすきま風が容赦なく吹き込んで、三ヶ月目には一番下の赤ちゃん(クッリッキ)が風邪がもとで亡くなります。ウェルロース一家は深い心の痛手の中で健康を害し、1902年の初めには帰国することになります。日本伝道の最初の犠牲はこのような悲しいしかたで払われたのです。長く不明であったクッリッキちゃんのお墓が100年後の2000年に長崎で発見され墓前礼拝が守られたという劇的な出来事も先のブックレットには記されています。その後日露戦争の困難な時に、1903年に新しく派遣されたウーシタロ婦人宣教師と共にクルヴィネン宣教師は下諏訪での働きを始めます。しかし1906年、生涯を日本のために捧げたいと考えていたクルヴィネン宣教師も病いのため帰国。1905年に派遣されたミンキネン宣教師夫妻とウーシタロ宣教師は「苦しいときほど元気が出る」フィンランド魂を発揮します。鈴木重義さんはブックレットにこう書いています。

彼らは厳しい迫害の中にあって宣教の戦いをした初代教会の人々のことを思い浮かべたでしょう。「『福音を宣べ伝えなさい』というイエスさまのご命令がある以上、一歩も後へ引くわけにはいかない」という決意を、当時ミンキネンはフィンランドへ書き送っています。その時LEAF(フィンランド福音宣教協会)から、新しい教会や宣教師館を建てるためのお金が送られてきたのです。日露戦争で敗れたロシア国内の混乱の中で、フィンランドの人々はいっそう厳しい困難を味わっていましたが、そんな中で堅い信仰に立ったLEAFの人々は、日本でがんばっているミンキネンたちに立派に答えたのです。下諏訪の宣教師たちは、こうして試練や失望を乗り越えて、希望と喜びさえ抱きながら未来を信じていたのです。(p14-15)

隠された祝福のかたち

今回の旅は、ヨハンナ・ハリュラさんという一人の宣教師の背後にあってそれを支えている家族や教会員や教会の熱い思いを私たちに教えてくれました。そのような思いがずっと103年間礼拝において灯を保ち続けてきたのです。私たちの教会がフィンランドの宣教師と関わるようになったのは、五年前半にテレルボ・クーシランタさんが、四年半前にセッポ・パウラサーリ一家が、そして三年半前にヨハンナ・ハリュラさんが宣教師として与えられて以来のことです(もちろん、その前にも語学研修中の宣教師が日曜日に礼拝に参加されたこともあったでしょう)。それまでも神学校教会時代はもちろんのこと、ドイツからのヘンシェル先生、アメリカのキスラー先生やネービー先生、デール先生などと深い関わりを持ってきました。海外からの熱い祈りと献金とによってこの教会が建っている場所も会堂の大きな部分が与えられてきたのです。

私の中には、どうしてそのような幼い子どもたちを三人も抱えた宣教師家族が17歳の少女と一緒にフィンランドから派遣されたのか、あまりにも無謀ではないかという思いもあります。彼らが味わった苦しみや悲しみ、徒労や失望を思う時に、どこにも人間的な報いがなかったことに悲しい思いがいたします。しかし、問題はそのような人間的な次元にはないのです。それらを越えた主の祝福の次元があるのだということを聖書は語っている。昇天の主が手を上げた祝福の姿のまま弟子たちの間から見えなくなったということは、弟子たちが困難の中にも見えない復活の主が共にいてくださり、豊かな祝福を備えてくださっているということを信じたということなのです。復活の主イエス・キリストご自身から祝福された人生を彼らはいただいた。それがこの世的に見ればどのように悲しく苦しいものであったとしても、そのような悲しみや苦しみによっては、微動だにすることのない、全く揺るぐことのない祝福がそこには備えられている。それを信じたからこそ彼らは、あのアブラハムがすべてを捨てて故郷を出発したように、すべてを捨て、すべてを主に委ねて出発することができたのです。

宣教師たちの、特に初代宣教師たちの苦労を思う時、「受けるよりは与えることの方が幸いである」というイエスさまの言葉が使徒言行録の20:35には記されていますが、そのような幸いと祝福とが隠されているのです。

本日は聖餐式に与ります。「これはあなたに与えるわたしのからだ。わたしの血における新しい契約」。ここに祝福があります。ここから私たちの祝福された人生が始まり、ここに私たちの祝福された人生が終わるのです。そのことを思いつつ、聖餐式に与ることの中で、今も私たちの中で生きて働いておられる復活の主のご臨在をご一緒に味わいましょう。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2003年6月1日  昇天主日聖餐礼拝説教)