説教

8月13日(日)10:30 説 教: 「 何のために天の国はあるのですか 」賀来 周一牧

聖霊降臨後第10主日礼拝

聖 書: イザヤ 44:6−8   ローマ 8:26-30   マタイ 13:24-35

讃美歌: 教会 184、教会 339、教会 360、II 82

4月9日(日)10:30 説 教: 「 イエスの十字架 」浅野直樹 牧師

枝の主日・受難主日礼拝

聖書:ゼカリヤ9:9〜10 フィリピ2:6〜11 マタイ27:32〜56

讃美歌:134、136、515、332

礼拝説教 「御言葉が教える平和」  浅野 直樹

ヨハネによる福音書15章9〜12節(ミカ書4章1〜5節)

8月に入りましたが、この8月は私たち日本人にとりましては、非常に感慨深いときではないか、と思います。昨日の6日は広島に原爆が投下されて71年目の日でしたし、9日には長崎に…、15日には71回目の終戦の日(敗戦の日)を迎えるからです。今年は、リオデジャネイロ・オリンピックもあり、NHKなどでもあまり戦争関連の特番は組まれていないようですが、それでも(オリンピックを楽しむことはいいことですが)、私たちにとっては決して忘れてはならない日々だと思うのです。明日、8日から恒例のルーテルこどもキャンプが広島で行われますが(むさしの教会からも2名参加)、是非、この平和ということについても学んできていただきたいと願っています。

そういう訳ですので、私が牧師になりましてから8月の第1主日は「平和の主日」として守ってまいりました。そして、これからも余程のことがない限り、この8月の第1主日は「平和の主日」として、ご一緒に「平和」について考えるときをもっていきたいと願っています。

そのように考えまして、今回も説教の準備をしていた訳ですが、インターネットで面白いものを見つけましたので、ぜひ皆さんにご紹介したいと思いました。東郷潤という方が書かれた『終わりのない物語』という絵本です。

 

【『終わりのない物語』を読む】

(インターネットで簡単に見られますので、興味のある方はお調べになってください)

いかがだったでしょうか。絵はちょっと…、と思わない訳ではありませんが、いろいろと考えさせられるところがあったのではないでしょうか。

作者の東郷さんは「あとがき」で次のように書いておられます。「絵本『終わりのない物語』は、善悪の錯覚が引き起こす憎しみの連鎖/暴力の連鎖をテーマとしています。善悪という考え方を巡っては、これ以外にも、本当に多くの錯覚が存在しています。そして、それらの錯覚は様々な悲劇を生む土壌となり、結果的に、億単位の人々が犠牲になっているのです。そうした悲劇を地球上から少しでも減らすことを目的に、絵本『終わりのない物語』を執筆しました」。私は、ここに重要なキーワードが二つあるように思いました。一つは「善悪の錯覚」という言葉です。この物語の面白さ(ユニークさ)は、悪人がいないということです。登場してくるお猿さんも、猫さんも、象さんも、みんな正義を愛する立派な人(ではないですね、動物)たちでした。そんな彼らですから、人殺しという悪を見逃すことができなかったのです。その悪を絶つために、正義の名の下悪人たちを殺す。しかし、その殺した悪人たちは、実は悪人たちではなかった。彼らもまた自分たちの正義のために悪を懲らしめている者に過ぎなかった。正義のために戦った人々を、正義の名の下に殺していく。そんなおかしなことが起こっている、というのです。確かに、そうです。みんな自分たちの大切なものを守るために殺しあっていく。国を守るために、愛する者を守るために、家族を…、子どもたちを守るために、自分たちを脅かす悪者どもを殺す。そうでないと大切なものが守れないから、と殺していく。しかし、自分たちの目から見れば悪者と思えるような人々も、大切なものを…、国を…、愛する者を…、家族を…、子どもたちを守るために、自分たちを脅かしている悪者どもに立ち向かっているだけに過ぎないのかもしれない…。

絵本に登場してまいります猿、猫、象を、アメリカ、ロシア、ISなどと置き換えてみたらいいと思います。この世の中で、そんな単純な善悪など果たして存在しているのだろうか。単純に、こちらは正義でこちらは悪と言い切ってしまえるようなものなんだろうか、そんな問いをこの物語は私たちに投げかけているように感じるのです。

そして、もう一つは「連鎖」(憎しみの連鎖/暴力の連鎖)という言葉です。もちろん、この連鎖は断ち切らなければならないはずです。

皆さんは新約聖書の書き出しが何であるかをご存知だと思います。そう、系図です。マタイによる福音書1章1節からイエスさまの系図が記されていきます。「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」。皆さんもおそらくそうだったと思いますが、聖書をこれから読もうと思って開くのがこの箇所でしょう。そして、いくぶんうんざりする…。よく知らないカタカナの名前がずらっと出てくるからです。そして、聖書を読むのに少し慣れてくると、ここはもう読む必要もない、と飛ばしてしまうかもしれない…。そんな系図です。私も、そうでした。しかし、聖書を…、特に旧約聖書を理解するようになってくると、なぜイエス・キリストの福音を伝える新約聖書がこの系図から始められているのか、得心がいったように思いました。イスラエル民族の系図は通常男系なのですが、このイエスさまの系図には数名の女性が名を連ねています。しかも、いわゆる曰く付きの女性たちです。3節のタマルはユダの息子の嫁です。つまり、ユダは息子の嫁によって子どもをもうけた、ということです。

5節のラハブは遊女ラハブと言われる女性ですし、その後のルツは異邦人です。そして、極め付けは6節の「ウリヤの妻」…、これはバト・シェバのことですが、名前すら載せず、サムエル記の出来事を想起させるかのように「ウリヤの妻」とだけ記されています。詳しくお話しする時間はありませんが、ダビデはウリヤの妻を寝取り、不倫がばれそうになると、夫のウリヤを戦場の最前線に送り出して殺してしまうのです。そして、いけしゃあしゃあと未亡人のバト・シェバを妻として迎える。本当にとんでもない悪事を働いたわけです。それが、イエス・キリストの系図だ、という。本来ならば隠せばいい汚点をさらけ出しながら、これこそがメシア(救い主)の系図だと示すのです。私は、ここに救い主の意味を見たような気がしました。イエスさまの誕生によって、この血塗られた血筋に楔が打たれた…、連綿と続いてきた罪と過ちの歴史、その呪いが断たれた…、新しい救いの時代が到来した…、そう思ったからです。

憎しみの連鎖、暴力の連鎖は、このイエスさまによって断たれるのではないでしょうか。イエス・キリストという存在こそが、人類の英知によっては断ち切ることのできなかったこの「連鎖」を、断ち切ってくださるのではないか…、そう思うのです。

私は最近、このイエスさまの弟子に「熱心党のシモン」がいたことの意味をつくづく考えるようになりました。この「熱心党」…、ある辞書には次のように記されていました。「熱心党は狂信的な愛国グループで、ゲリラ活動によりローマ占領軍を追い払うことを目的としたが、実際にはさまざまな血なまぐさい報復事件を引き起こしていた」。現代でいえば、テロリズムの考え方を持っていたと言ってもいいのかもしれません。そんなシモンが、ペトロやヤコブ、ヨハネなどと並んでイエスさまの弟子となっていた。目的のためならば、人を殺すことも厭わなかったシモンが、全く別の方法で世界を、社会を変えようとしていった…。ここにも、私たちが注意を払うべきイエスさまのお姿があるように思うからです。

「平和学」という学問分野があることをご存知でしょうか。簡単に言ってしまえば「平和を追求する学問」と言えるのかもしれません。そんな「平和学」の本に、こんなことが書いてありました。「平和学は極めて学際的な学問であり、国際政治学や国際関係論以外にも、経済学、法学、社会学、心理学、人類学、教育学、宗教学、倫理学、哲学など、多くの分野の学問を含んでいる」。つまり、平和の問題というのは、単に軍事や政治の問題に限らず、非常に複雑で難しい課題が絡み合っているということでしょう。確かに、誰もが平和を望んでいるはずなのに、現実にはなかなか難しいわけです。そうであっても、私たちは一市民として、この平和のためにも政治にも選挙などを通して積極的に参加すべきだし、自分たちの暮らしぶりや経済活動が、果たして貧しい国々の構造的暴力に加担することになってはいまいか、と反省することはもちろん大切ですが、ではキリスト者として一体何ができるのだろうか、といった問いも非常に大切になるのではないか、と思うのです。キリスト者だからこそ…、いいえ、キリスト者にしかできないことがあるはずです。それは、もちろんイエス・キリストです。今日の旧約の日課、ミカ書にはこのように書かれていました。「主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない」。

私たちは、この旧約の言葉がイエスさまによって実現すると信じます。イエスさまがこの地上に来られたのは…、お生まれになったのも、その人生を人々への宣教…、弟子たちへの教育に費やされたのも、十字架に死に復活されたのも、平和のためだったと信じるからです。私たちの主イエス・キリストは「平和の主」です。私たちは、この平和の主を「信じる」ところからまず始めるのです。それが、私たちの生き方にもなっていくからです。

戦後71年。これまで続いてきた平和が案外脆いものであることに私たちは気づき始めました。平和だと思っていた時代にあっても、平和ではなかった人々が数多くいたことも知りました。戦争がないことだけが平和なのではない、ということについても考え始めています。だからこそ…、そんな時代、現代だからこそ、平和を作られたイエス・キリストに…、熱心党のシモンでさえも弟子とされたイエス・キリストに思いをむけていきたいと思うのです。そして、このキリストの平和の輪をもっと広げていきたい、そんな仲間をもっと増やしていきたい、そう願わされます。2016年8月7日

平和の主日礼拝説教(むさしの教会)

むさしの便り10月号より

「幸いを得なさい」  浅野 直樹

 ルカによる福音書18章9~14節   

はじめまして。浅野直樹です。一応、「ジュニア」という扱いになっています。

いや~、面倒なことになってしまいました。浅野先生(シニア)には随分とご迷惑をおかけしていると思っています。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は他教派で10年ほど牧師をしておりまして、その頃からルーテル教会に同姓同名の先生がいらっしゃることは知っていました(岡崎教会の頃だったと思います)。でもその頃は、自分がまさかルーテルに来るとは思ってもいませんでしたので、「へ~、そうなんだ。珍しいこともあるもんだな」くらいにしか受け止めていませんでしたが、縁あってルーテルに来ることになったために、こんなことになってしまいました。それでも、以前は教区も違っていましたので、お互いに不都合もそれほど感じていなかったと思いますが、この度、誰の陰謀なのか、はたまた神さまのユーモアなのかは分かりませんが、同じ教区に、しかも同じ教会共同体、お隣の教会に来ることになりまして、浅野先生(シニア)も複雑な思いをもっておられるのではないか、と想像しています。先日もこんな電話がありました。以前、電話で相談を受けた方のようで、どうやらインターネットで私のことを探されたようですが、するとHP(むさしの教会の)の写真と違っていたそうです。混乱気味に、一体どうなっているのか、というのです。もちろん、丁寧に説明させて頂きました。私の記憶が正しければ、浅野先生とは一回り違いますが同じひつじ年です。星座も同じしし座。同姓同名、漢字も一緒。二人で占ってもらったら、ほとんど同じ結果になると思いますが(ですから占いもあてにならないのでしょうね)、性格も、また、これまでたどってきた人生も全く違っているでしょう。浅野先生はまじめ、と聞きますが、私はちゃらんぽらんのいい加減な人間ですから。せめて、浅野先生が私と間違えられて悪い印象で見られるようなことにはならないように、謹んで励んでいきたいと思っています。

変な話を長々としてしまいましたが、「初顔合わせ」ということですので、お許し頂きたいと思います。

さて、本題ですが、今日の箇所はお分かりのように、イエスさまが語られた譬え話の一つです。この譬え話は、数ある譬え話の中でも非常に分かりやすい譬え話の一つだと思いますが、少し注意が必要ではないかと思っています。それは、『安易な評価』ということです。ここではファリサイ派と徴税人が登場して参ります。聖書を読んでいきますと、このファリサイ派の人々は常にイエスさまと衝突する人々として描かれていますので、私たちにとっては印象の良くない人々として映っているのかもしれません。それに対して徴税人はマタイやザアカイに代表されるように、確かに当時においては否定的な見方がされていたのかもしれませんが、どことなく憎めない人…、むしろ律法、律法という堅苦しい社会の中で彼らこそ犠牲者だったのではないか。社会から差別され、蔑まれてきた可哀そうな人たちなのではなかったか。だから、イエスさまはそんな彼らの隣人となり、彼らを救い、自由にされたのではなかったか…と、どちらかと言えば好意的な印象を受けているようにも思います。「逆差別」というのも言い過ぎかもしれませんが、どうしても弱い立場だった人々の肩を持ちたくなるような感情も湧いてくるからです。そんなこともあってか、私たちにとっては、この譬え話はむしろ何の抵抗感もなくすらっと読めてしまうのかもしれない。そうだ、そうだ、その通りだ、と共感できるのかもしれない。確かに、そうだと思います。しかし、単純に両者をそのように色分けできるのか、とも思う。律法を一生懸命守ろうとした人々が悪者で、律法も守らず、自分勝手にいい加減に生きてきた人々が、果たして本当に善人なんだろうか。かえって、後者(徴税人)に好意的な私たちは、どこかでこの徴税人や罪人と言われている人々を隠れ蓑にしながら、律法を守ろうとしない、律法を蔑ろにしている自分を正当化し、罪人であることに安住するために、都合よく利用しようとしているところがあるのではないか。そんなふうにも思う…。

皆さん、考えてみてください。身なりもしっかりしていて、まじめで間違ったこともせず(倫理・道徳面にもしっかりしている)、神さまの戒めに一生懸命に生きようとしている人と、権力を傘に、不当な取り立てをしては私腹を肥やし、贅沢な羽目を外した生活をしている人と、どちらと付き合いたいか。どちらに好感が持てるか。おそらく、私たちの目の前にこの二種類の人が現れたのなら、断然前者の方に好意が向くのではないでしょうか。ですから、単純にファリサイ派のような人がだめで、徴税人のような人が良いということではないはずです。逆に徴税人の方が高ぶっていれば低くされるでしょうし、ファリサイ派の人々がへりくだっていれば高められるでしょう。当然、逆もありうるということです。問題は「高ぶっているか」「へりくだっているか」だからです。しかし、それでも、やはりこの譬え話に「問題あり」としてファリサイ派が登場してくるには意味があるのです。9節でこのように書かれているからです。「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても」。これが、ファリサイ派の人々の問題なのです。

まじめで、努力家で、戒めを守ることに一生懸命でも、「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下」すようでは、やはり本質がズレてしまっているからです。しかも、この「うぬぼれ」と訳されている言葉は、「自分自身を頼りにしている」と訳した方が良い、と言われます。もともとの意味がそうだからです。ですから、この譬え話に登場してくる、いいえ、実際にイエスさまがこれまで接してきたファリサイ派の人々の問題点とは「自分の正しさにこそより頼んでいる」ということなのです。だからこそ、彼らの祈りは自分の正しさを羅列するものになるのです。「他人を見下す」ことも非常に問題ではありますが、しかし、それは、「自分の正しさに頼る」結果でしかありません。その問題の本質は、「自分の正しさこそ(自分の努力、頑張り、熱意の結果)頼りになるものなのだ(結局、「自分を頼る」ということでしょう)」との信仰理解なのです。

先ほど、この徴税人たちを律法を守れない自分たち、私たちの正当化のための隠れ蓑にしてはいまいか、と問いました。つまり、恵みがあるのだから律法などどうでもよい、という言い訳にしていないか、ということです。それに対して律法を守ることの大切さを説いているのが、今朝の旧約の日課でした。神さまは戒め、律法を守ることを求めておられます。それは、今日においても、尚そうでしょう。それが、神さまの思い、心です。しかし、今日の日課では、その先の思い、心が記されていました。申命記10章13節:わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。神さまは単に、闇雲に、戒め・律法を守ることを求めておられるのではないのです。私たちの幸せのためです。私たちが幸せになるために、幸いを得るために、戒め・律法を守ることを求めておられるのです。

では、その戒め・律法とは何か。一言でいえば、「愛に生きる」ということでしょう。神さまが人を、私たちを愛されたように、私たちもまた愛に生きてほしい。愛に生きることによって幸いを得てほしい。幸せになってほしい。これが、神さまが戒め・律法に込められた思いでした。しかし、残念ながらファリサイ派の人々は、そんな神さまの思いを掴みとれなかった。かえって、律法を守ることを、自分の正しさを打ち立てるために利用しようとした。自分の正しさこそが、神さまの恵みを引き出す、愛を引き出す「頼るべきもの」と考えたからです。しかし、そうではないのです。そもそも、神さまは恵みを、その愛を注いでくださっているのです。幸せを願うのが、まさにそうです。だからこその、戒め・律法なのです。もし、そのことをしっかりと受け止めてさえいれば、彼らは自分の正しさに頼ることもなかったし、自分よりも未熟な、不熱心な、欠けの多い人々をことさら見下すこともなかったはずです。この神さまの思い、心をはき違えてしまった熱心さが、彼らの罪となってしまいました。

しかし、私はこうも思うのです。私たち日本人キリスト者にとっての問題は、実は前者よりも後者、この徴税人の姿をはき違えていることにあるのではないか、と。一見すると、日本人キリスト者は、前者のファリサイ派の人々よりも、後者の徴税人に近いように思います。よくこんな言葉を聞くからです。「わたしは罪深い者です」「私なんて全然だめです」「自分が救われているなどとは思えません」「不信仰者の私なんか天国には行けないでしょう」。うつむきながら、自信なさげに言われる…。これらは果たして、ここで言われている「へりくだり」なのでしょうか。何度も言いますが、ここでの問題は「自分(の正しさ)を頼る」ということです。

つまり、何を頼るべきか、ということです。ファリサイ派は何度も言っているように「自分」でしたが、この徴税人にとっては、頼るべきは「神さまの憐み」でした。この神さまの憐みに一心により頼んだ徴税人が「義」とされたのです。つまり、先ほどのように、自分はダメだ、罪人だ、自信がない、といっている私たちは、では、本当に神さまに依り頼んでいるのか、ということです。私はどうも、そうではないように思えてならないのです。結局は、私たち(日本人キリスト者たち)も自分を頼りにしているに過ぎないのではないか。だから、相変わらず自信なさげに、自分はダメだなどと言っているのではないか。結局、へりくだっているようには見えるけれども、その本質は、むしろこのファリサイ派の方に近いのではないか。そんなふうにも思えるのです。

ある解説を読みますと、イエスさまはここに登場してくる徴税人や罪人、娼婦などを自らの罪を悟り、へりくだった者として、高く評価していたとありました。確かに、そうかもしれません。しかし、もっと大切なことは、イエスさまを受け入れたかどうかです。この両者の決定的な違いは、そこにこそあるからです。何よりもイエスさまを頼りにする。ここに正しい「へりくだり」の姿勢があるのではないでしょうか。

もっと自信をもったらいい。私たちの幸せを願うイエスさまが必ず救ってくださるから…。罪を赦し、罪の縄目から解放してくださるから…。そして、私たちの幸せを願う神さまの戒めに従ったらいい。愛に生きたらいい。そして、愛に生きられない自分を知ったら、また神さまの前に、素直に悔い改めていったらいい。どうぞ、あなたの愛に生きられないこの私を憐れんでください、と神さまを頼ったらいい。そして、またイエスさまの恵みをいただいて、晴れやかに、どうどうと、赦されているとイエスさまを頼って生きたらいい。また…、何度も…。それが、私たちの「へりくだった」人生なのです。

2016年10月23日 聖霊降臨後第二十三主日

礼拝説教(市ヶ谷教会—講壇交換)

むさしの便り12月号より

礼拝説教 「天の父のように」 浅野 直樹

ルカによる福音書6章27〜36節

一昨日…、5月27日(金)の午後に、アメリカのバラク・オバマ大統領が現職大統領としては初めて広島の平和記念公園を訪ね、原爆慰霊碑に献花をされました。これは歴史的な出来事でした。任期も終盤にかかり、大統領としてのレジェンドのため、といった意見もあるようですが、国際的にも様々な緊張関係が生まれている中で大切な一歩が刻まれたのではないか、と私は思っています。

今日の福音書の日課は、小見出しにもありますように、ひとことで言えば「敵を愛する」ということでしょう。これは言うまでもなく、世界の平和、和解ということにおいても、最も大切なことのように思われます。しかし同時に、そんな簡単なことではない、ということも私たちは痛感してきました。先ほどのことでいえば、最初の一歩が「71年」もかかったというところに、事の難しさ、深刻さが物語られているのでしょう。原爆や戦争が非人道的なものであるということは、両国民の多くが感じていることだと思います。しかし、かつて敵同士であった、ということが71年の歳月を費やしてしまった。いいえ、今でも「謝罪できない」「赦せない」「自分たちは正しい」と、それぞれに看過できない言い分があるわけです。それはなにも、当然、国と国といった大きなことばかりではないはずです。私たち個々人の生活の中でも「敵を愛する」ことができたならばどれほど幸いだろうか、と思うのですが、その難しさも経験してきているからです。

この「敵を愛する」ということにおいて、今日の旧約の物語は非常に参考になるのではないか、と私は思っています。これは、いわゆる「ヨセフ物語」と言われるものです。もう皆さんもよく知っておられる物語だと思います。ヨセフのお父さんはヤコブと言いました。このヤコブには「イスラエル」という別名が与えられていましたが、イスラエル12部族の祖となる人物です。つまり、イスラエル12部族とはこのヤコブの十二人の息子たち(正確にはちょっと違うのですが)ということで、ヨセフもその一人だったのです。

当時は一夫多妻が当たり前の世界でしたから、ヤコブにも二人の正妻と二人の側室がおりまして、この十二人は異母兄弟(全員母親が違うということではないのですが)だったわけです。もう、これだけでも兄弟仲があまり良くないことは想像できます。正妻同士、側室同士、あるいは正妻と側室との間で様々な駆け引きもあったのでしょう。そういった母親同士の関係(反目)が子供同士に波及していってもおかしくないわけです。しかも、ヨセフはヤコブが特に愛していた正妻の一人ラケルの息子でした。ラケルはヨセフの弟ベニヤミンを産んでからすぐに亡くなっていましたので、よせばいいのにラケルの忘れ形見を溺愛してしまっていたようなのです。そりゃ〜、他の兄弟たちからすれば面白くないわけです。しかも、そんな父の寵愛で天狗になっていたのか、年少者にもかかわらず兄たちに対してどことなく横柄なところがあったようで、ますます兄たちからは反感をかっていきました。そして、ついにヨセフ17歳のとき、苦々しく思っていた兄たちによってエジプトに奴隷として売られてしまったのでした。なんだか韓流ドラマの脚本になりそうな物語です。

詳しくはお話しませんが、随分と苦労したと思います。しかし、彼は、エジプトの宰相にまで上り詰めたのでした。

ヨセフは兄たちのことを随分と恨んだと思います。17で奴隷として全く見知らぬ世界に放り込まれたのです。しかも、無実の罪で何年もの間、牢獄に閉じ込められもした…。来る日も来る日も牢獄の中で、なんで自分がこんな目にあうのか、と問うたに違いないと思う。その度に、兄たちの薄ら笑うような顔が思い起こされ、怒りが、憎しみが、こみ上げてきたのではないか、と思うのです。復讐心が、殺意が湧き上がっていたのかもしれません。その怒りのパワーが彼を支えていたのかもしれません。しかし、彼に転機が訪れました。夢の解き明かしで牢獄から解放されただけでなく、宰相にまで起用されたからです。しかし、ここで大切なことは、単なるサクセス・ストーリーではない、ということです。

彼はこのことによって、意味の再構築に迫られていったからです。今日の旧約の日課に、こんな言葉が記されていました。創世記45章4節以下わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちよりも先にお遣わしになったのです。」ヨセフは自分がエジプトに来た、送られた意味を、このように再構築したのです。もちろん、すぐにそう思えたのではないでしょう。時間をかけて、あるいは葛藤の中で、そのような理解に至っていったのかもしれません。しかし、この理解が徐々に兄たちに対する恨みつらみからも解き放っていきました。もちろん、神さまがそう働いてくださったからです。神さまの恵みの御業(それがヨセフの場合は夢の解き明かしであり、思いがけない宰相への抜擢ということでしょうが)を経験していったからです。ここに敵意を打ち破る一つのキーがあるように思います。

もう一つは「和解のプロセス」ということです。確かにヨセフは意味の再構築によって、現在の境遇を喜んで受け止められるようになったと思います。そして、普段の日常の中では兄たちに対する負(マイナス)の思いも感じることなく生活していけたことでしょう。しかし、兄たちと再会する機会がやってきたのでした。兄たちが住んでいるパレスチナでもひどい飢饉だったので、ヨセフのいるエジプトに食料を買いにきたからです。あれから随分と年月が経っています。エジプト特有の衣装ということもあったのでしょう。まして、自分たちが奴隷として売った弟がエジプトの宰相になっているなど夢にも思わなかったでしょうから、兄たちにはそれがヨセフだとは気づかなかったのですが、ヨセフには分かっていました。そこでヨセフはどうしたか。意地悪をしました。いろんな難題や難癖をつけては、兄たちを困らせ、窮地に陥らせたのです。ここにも、人間臭さが溢れていると思います。確かに神さまによって意味の再構築も果たし、自分なりに整理をつけていたつもりでしたが、いざ本人たちを前にして、かつての思いが甦ってきたのでしょう。

あんな目に合わせて「殺してやる」とまではいかなくても、なんらかの復讐心がふつふつと湧いたのだと思います。それが人間です。彼は何度も兄たちを苦しめました。そして、ついに(非常にドラマチックなので、ぜひお読みいただきたいと思いますが)兄たちの悲痛な叫びを前にして、彼は感情を抑えることができず、感極まって泣き出し、兄たちに自分の身を明かした、と言います。兄たちの苦しむ姿を前にして心が弾けたのでしょう。

ここに、神さまが与えてくださる和解のプロセスがあると思うのです。赦す、和解する、愛する、というのは机上のことではありません。相手あってのことです。赦しているつもりでも、和解しているつもりでも、愛しているつもりでも、いざ相手が自分の眼の前に現れると、そうは言っていられない私たちの現実があるからです。そのために、神さまはまず私たちの目を開いて相手を見せようとされます。憎しみや怒り、負の感情があるときには、相手の姿をまっすぐ見られなくなってしまうからです。

ですから、ことさら相手を悪く思い、憎んで当然、怒って当然、恨んで当然と思ってしまうところがある。しかし、本当にそうでしょうか。もちろん、敵です。自分に対して敵対するような人物です。当然、相手だって自分に良い感情を抱いてはいないでしょう。でも、本当にその人は極悪で、どうにもならないような敵、モンスターなのか、といえば、大抵はそうではないはずです。相手も人間であることがわかってくる。弱く、過ちを犯す、私たちと同様罪ある、欠けのある人間だということが分かってくる。分かってくるところに、単なる敵意や憎しみだけではない思い、同情、憐れみ、共感も起こってくるのではないか、と思うのです。

もちろん、これで全ての問題が解決できるとは思っていませんが、兄たちに捨てられ、敵となったヨセフが、兄たちと和解していったプロセスから、私たちも何か考えることができるのではないか、と思うのです。

ともかく、福音書に戻りますが、「敵を愛する」ということは、このことに尽きるのだと思います。」「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者になりなさい」。憐れみ深い、敵をも愛してくださる神さまからしかこの愛は学べないのです。憐れみ深い神さまの子どもだからこそ、その生き方に向かっていけるのです。

イエスさまは語られました。「あなたがたの敵を愛しなさい」。これは命令です。命じられていることです。もちろん、私たちは福音を信じています。福音とは恵みです。ですから、この命令を守れないからといって見捨てられるようなことはないのです。しかし、いいえ、だからこそ、この「命じられている」ということに思いを向けたいのです。「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」。それは、ある意味、馬鹿を見る生き方なのかもしれない。理不尽な目にあう不器用な生き方なのかもしれない。しかし、私はここにキリスト教の魅力を感じるのです。憧れを抱くのです。現実の自分はもちろん、そうではありませんが、それでも、馬鹿を見るほど愛に生きる者になりたい、と思う…。イエスさまがそうだから…。

神さまの憐れみに生かされて、その愛に気づかされて、教えられて、また私たちも、そんな憐れみ深い生き方を、愛をほんの少しずつでも見習っていきたい…。そう思います。

2016年5月29日 聖霊降臨後第二主日礼拝説教(むさしの教会)

むさしの教会だより7月号より:2016年7月 31日発行

|折々の信仰随想| 信仰による明快さ  賀来 周一

「あなたは、冷たくも熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであって欲しい」—ヨハネの黙示録3章15節

来年は宗教改革500年。改めてルターの信仰を振り返る、よい機会となりました。ルーテル教会はもちろんのこと、他の教会にあっても、ルターに魅せられたという声をよく聞きます。人によって、ルターが見せる魅力は異なるでしょう。ある人にとっては、強大な敵に敢然と立ち向かう勇気に魅せられることがあるでしょうし、また内面へ沈潜する思索の深さに共鳴する人もいるでしょう。私にとってのルターの魅力は、彼の言い分にはあいまいさがないということなのです。

通常わたしたちは、自らの生活を取り巻くさまざまな事象を説明しようとする時には、まず自分の知惠を駆使して、何らかの結論を得ようとするものです。けれども事が信仰の世界に及ぶとなると、いくら知惠を尽くしても、思索の片隅に何かしらあいまいさが残るものです。平たく言えば、考えたあげくに、その先をはっきりさせたいのだけれども、何かしら靄がかかったような状態から抜けられないといってよいかもしれません。「あなたは、冷たくも熱くもない」とは、そのようなあいまいな状態を指すと思われます。

冒頭にあげた聖書の言葉は、ラオディキアの教会の信徒に宛てられていることを考えれば、すでに信仰を得ている者として、信仰の世界にあいまいさを残してはならないとする警告を投げかけていると受け取るのが、聖書が持つ本来の意図に添うと思われます。ですから、それを受けて「むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであって欲しい」と言っているのです。別の言い方をすれば、信仰の世界には、あいまいさを断ち切る明快さが必要であるということです。その意味では、ルターの言葉には信仰による明快さに溢れています。たとえば—

洗礼を受けたが、こんな自分でよいのかとぐらついている時「キリスト者は罪人であって、同時に義人である」にうなずくでしょう。心にいつも黒い影が差し込んでいて、こんなクリスチャンでよいのかと訝しんでいる時「キリスト者よ、大胆に罪を犯せ、大胆に悔い改め、大胆に祈れ」にハッとします。どろどろした罪の世界から抜け出すことができません。どうすれば罪から逃れることができるだろうかと煩悶する時「わたしが罪人であるというとき、わたしの罪はわたしにはない。わたしの罪はキリストにある」との言葉に、「そうか、キリストは私のために死んでくださったのだ」との確信が生まれるのではないでしょうか。

こうしたルターの言葉は枚挙にいとまがありません。でも、こんなことがありました。私の神学校時代(鷺宮)、何かの拍子に「ルターと聖書」とつい言ったところ、当時神学校長だった岸千年先生から「ルターは、それらの言葉を聖書から学んで自分の信仰の言葉にしたのだ。だから『ルターと聖書』と言うべきでない」と言われたのでした。つまり、ルターの言葉を聖書と同列にして、ルターを神格化するなという意味なのです。これも信仰的明快さと言えましょう。

元むさしの教会牧師(定年牧師)

 むさしの教会だより7月号より:2016年7月 31日発行


復活の主と出会うということ  浅野 直樹

聖書箇所:ルカによる福音書24章13〜35節

人生って、なかなか思うようにいかないものですよね。48年間生きてきた中で、私が悟ったことです(偉そうですが…)。でも、人生って「本当に不思議だ」とも思わされてきました。今、こうして皆さんを前にして説教をしていること自体も不思議でなりません。昨年の11月までは、こんなことはつゆほども考えていませんでしたから。それが、本当に不思議な導きで、こうして皆さんと出会った…。皆さんと共に教会生活を…、信仰生活を送らせて頂ける…。それは、まさに筋書きのないドラマ(神さまの筋書きはあるのでしょうが…)だと思います。

しかし、それ以上に私にとっての最大の不思議は、イエスさまとの出会いでした。本当に不思議と三十数年前(中学3年の時でしたが)にイエスさまと出会わせていただきました。この出会いがなければ、今、私はここに立っていることも、皆さんと出会うこともなかったでしょうし、それどころか、ここまで生きてこられたかどうかも怪しいものだと思っています。

今日は残念ながら、皆さんに私の人生の全てをお話しすることはきませんが、48年という中に私にもそれなりの人生がありました。辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、…正直、死んでしまいたい、と思った時期もありました。しかし、何度も何度も、乗り越えさせて頂いた、立ち上がらせて頂いた、道を正して頂いた、そう思うのです。年齢を重ねるごとに、経験を重ねるごとに、いろいろな壁にぶち当たるごとに、「信仰を持っていて…、いや、与えられて本当に良かった」と思わされてきました。まさに「不思議な恵み」です。そんな「不思議な恵み」の姿が、今日の日課にも描かれているように思います。

 今日の箇所は「エマオ途上」とも言われる有名な物語です。二人の弟子(12弟子以外の)がエルサレムからエマオに向かう途中、復活のイエスさまに出会うのですが、この二人にはそれがイエスさまだとは分からなかった、というのです。
 今日の箇所のポイントの一つは、この二人が「弟子」である、ということだと思っています。イエスさまを知らない、イエスさまを信じない人々ではなくて、イエスさまを知っている、信じている、イエスさまに従っている弟子であるこの二人が、復活のイエスさまのことが分からなかった…、気付けなかったからです。この二人もおそらく不思議とイエスさまに出会うことができたのでしょう。イエスさまの不思議な魅力に惹かれて弟子になることもできたのです。

19節にはこう記されています。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。……わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」と言うほどに強い期待感を持っていました。しかし、後の箇所をご覧いただければ分かるように、十字架(苦難の意味)と復活のことについては全く分かっていなかったのです。ここに、なんだか私たちの姿と重なるところがあるように思わされるのです。もちろん、私たちの多くは受洗前教育を受けてきたはずです。堅信のための準備教育も受けてこられたでしょう。イエスさまの十字架の意味も、復活についても教え込まれてきました。だからこそ、信仰の告白もできます。

しかし、それらが『何よりもこの私のためであった…』ということになると、なんだか「ぼんやり」「おぼろげ」だったようにも思うからです。それが私たちの偽らざる現実の姿です。聖書を読んでいきますと、度々このような情けない弟子たちの姿を目撃致しますが、紛れもなくこの私たちも、そんな弟子たちに連なる者であることを思わされるのです。

 その弟子たちに、復活のイエスさまは近づいて来られます。確かに、その「鈍さ」を叱責されますが、それでもイエスさまは、その情けない弟子たちと一緒に歩まれるのです。ここに、もう一つのポイントがあります。やはり、イエスさまなのです。弟子たちではありません。弟子たちの頑張り、努力ではありません。弟子たちの聡明さでもありません。心が鈍く、すぐそばにおられる…、いいえ、すぐ隣におられる復活のイエスさまにも気づけなかった弟子たちにご自身を示されたのは、他ならぬイエスさま自身だったのです。なぜならば、イエスさまが人を…、私たちを救いたいと願っておられるからです。

私たちに復活の命を、永遠の命を与えたいと願っておられるからです。死に打ち勝つ…、たとえ死の床に伏すようなことになっても、絶対の平安・安らぎを、希望を与えたいと願っておられるからです。イエスさまこそが、私たちに熱心なのです。私たちは弱く、また鈍いのかもしれない。すぐに恵みを忘れてしまうような者かもしれない。しかし、イエスさまはこの私たちを見捨てることができないのです。諦めることができないのです。だから、隣を歩き続けられる。気づかれなくても、共に居続けてくださる…。そして、そんなご自身に、その存在に、その恵みに気づかせていってくださるのです。

 弟子たちは、「それがイエスさまだ」といつ気付いたのでしょうか。聖書の言葉が解き明かされ、パンが割かれたとき…、聖餐のとき、つまり、礼拝の場においてです。正直、いつもいつも礼拝の場でイエスさまを感じる…、出会えるということではないのかもしれません。それは、私自身も含めた牧師たちの大いに反省すべきところでしょう。それでも、イエスさまはここで働かれます。牧師の口を通して、用いて働かれます。聖餐式において働かれます。

「それがイエスさまだ」と分かる、分からされる瞬間がやってきます。目が開かれる…、復活のイエスさまと出会う瞬間がやってきます。その恵みの幸いに気づかされる瞬間が必ずやってきます。十字架と復活の意味がますます分からされていきます。いいえ、ここにおられる皆さんご自身がそれを体験してこられたはずです。ですから、このむさしの教会は90年の歴史を刻んでくることができたのでしょうし、今、皆さんがここにおられるのだと思うのです。

 是非、これからも、この私たちの礼拝の場が、いよいよイエスさまが働いてくださり、み言葉によって「心が燃やされるような」、復活のイエスさまと出会っていけるような、そんな祝福された場、時となっていけるように、不束者ですが皆さんと一緒に心を合わせていきたいと願わされています。
2016年4月3日 復活後第一主日礼拝

右みて左みて  徳弘 浩隆

 早いものでブラジルに7年となりました。貴重な経験をし、今後も牧師が交代で行くことは意味深いことだと思っています。総会では、JELCの牧師不足もあり私の延長した3年で宣教師派遣が終わると決められましたが、現地での日本人牧師の必要性や、牧師や教会の伝道スピリットをいきいきと保つためにも、交換牧師などの方法で道が続くように祈っています。

 さて、日本に帰ると街並みのきれいさや、秩序正しさ、お店の接客の丁寧さに驚かされます。大方のブラジル人は、明るくておおらかだけれども、いい加減で約束もあまり正直に守らない、なんて言われますから。しかし、日本では窮屈さも感じます。みな同じような服装、まじめなスタイル、仕事に一生懸命。そして他人と違うことをすることや、レールから外れた時の不安、そんなものにも気を使いながら生きざるを得ない様子も感じるからです。私たちは、それほど、生まれ育った環境や、周りの常識、人間関係に影響されて生きているのだと思います。

 今日の説教題は、「右みて左みて」です。小学生の交通安全教室のようですね。私たちは子供のころから、道を渡るときは、「右を見て、左を見て、もう一度右を見て、手を挙げてわたること」を教えられてきました。運転免許を取るときは、「右よし、左よし」と声に出して確認させられたりもしました。しかしどうでしょう、ブラジルではこれは通用しません。自動車が右側通行だからです。交差点では、まず左側を見なければなりません。左を見て車が来ていなことを確認して、次に右を見て奥のほうの車線にも車が来てないことを確認する、そしてもう一度左を確認して、車がいなければ速やかに渡るのです。つまり、右を見て左を見るか、左を見てから右を見るか、これは自動車が右側通行か左側通行かで違ってくるわけですね。しかし、私たちの習慣は恐ろしいもの。私はまだ、ブラジルでも「右を見て左を見て」しまいます。しまった、逆だった、と思い、きょろきょろ何度も左右を見るのです。

今日の聖書
 こんな話が今日の聖書とどんな関係があるのかと、思われるかもしれません。しかし私は、昇天主日の聖書を読んで一番に思い出したのが、この体験でした。イエスキリストが、弟子たちが見ている前で、天にあげられました。弟子たちは、それを見つめ、最後まで見つめ、もう見えなくなってもずっと、天を見ていたのでした。その時、二人の天使らしき人がこう告げます。「なぜ天を見上げて立っているのか」と。その言葉で弟子たちは、はっと我に返らされたのです。「名残惜しそうに、天ばかりを見つめていているばかりではいけない」と。彼らは足元を見つめ、それぞれの自分の生活、または使命に向かって歩き始めたのです。

振り返り
 私たちは、毎日、何を見て生活しているでしょうか?天ばかり見上げているかもしれません。いや、いつも、自分の足元ばかり見ているかもしれません。天ばかりを見つめている人はどうでしょうか?聖書を読んで、祈って、素晴らしい信仰かもしれません。しかし、自分や家族の生活が見えていないかもしれません。その苦しさや、悲しみに、本当に心を寄せていないかもしれないのです。足元ばかり見ている人はどうでしょうか?しっかりと確かに歩いているかもしれませんが、自分の足と見える道のりだけを頼りにし、時として迷い、疲れて座り込んでしまうかもしれません。

 私たちは、キリストの十字架により、信仰によって救われました。天を見上げて、感謝して歩んでいき、やがて行く天国を見つめて生きています。しかし、まだ続く地上の生活の、もろもろの出来事の中で生きてもいるのです。この天と地のギャップを、矛盾を埋めるために、キリストは来られ、十字架にかけられ、私たちと神様との仲保者になってくださいました。私たちキリスト者の生き方は、天を見て、地を見て、そして天を見上げながら、キリストとともに今を確かに生きるということです。信仰生活の交通安全標語を作るとしたら、「天を見て、地を見て、もう一度天を見て」という言葉がふさわしいかもしれません。

勧め
 私はブラジルで毎日のストレスと忙しさから、一人自分を外に置きたいと月曜日はできるだけお休みをいただいています。人のお世話をして、何かを教えるということが多いのが牧師です。重荷を感じても、日本語で相談できる牧師仲間も先輩牧師もそばにはいません。月曜日は、近所のカトリックの教会のミサに行ってみることが多くなりました。教えられる側、座っていて讃美歌を歌う側になるのも、新鮮なものです。

 ある日、神父さんがこう聞きました。「今日中に奇跡が必要な人は手を挙げてください」その日の聖書は、キリストが若者の病気を治すところでした。何人かの人が手をあげました。わたしも、つい挙げてみました。頭の痛い問題がいくつかあり、何とか解決しないかと、祈っていたからです。神父さんはこう続けます。「今は夕方の6時半、あと数時間しかないけれど、今日中に奇跡が必要なんですね?」と。みんなは、神父さんを見つめます。私も、この先どうなるのかとみていました。何かいいことが起こらないかとも思ってもいたからです。すると神父さんはこういいました。「ならば、神の国と神の義を求めなさい」と。「あー、そうだ。やられたなぁ」と思いました。

 私たちは、目の前に問題があると、そればかりを見つめさせられます。小さなものでも、どんどん大きく見えてきて、押しつぶされそうになります。しかし神父さんは、聖書の言葉をひいて、「まず神の国と神の義を求めなさい」といわれました。「そうすればすべてのものは添えて与えられる」と続くからです。下ばかり見ていた私たちに、上を見るように、天を見上げるように、促されたのです。
 私たちに必要なこと、それは、「右みて左みて右を見ること(日本では)」、そして「天を見て地を見てもう一度天を見上げること」。それが大切な信仰生活です。昇天主日のこの日、そのことを覚えて、神様とともに毎日を歩んでいきましょう。

brazil-tokuhiro

2016年5月8日説教

弱さは強さです  賀来 周一

よく知られた精神病理学者たちの多くは、「弱さ」とでも云うべきものを持っています。
またそこから逃げようとせず、それを土台に偉大な業績を残しました。ジグモント・フロイトは神経症に苦しみ、その結果が精神分析という偉大な理論を生み出すに至りました。

アルフレート・アドラーは、幼少時に「くる病」に罹患しており、このことが彼の器官劣等性の理論展開に寄与していると言われています。人は弱点を持つことによって、成長していくのだという考え方です。カール・グスタフ・ユングは無意識の世界から生じるある種の幻覚とでもいうべきものを持っていましたが、かえってそのことを活かして、無意識の世界を深く掘り起こし、彼独自の無意識に関する理論を開発しました。無意識の奥底に人は元型と言われるイメージを持っていて、それが人生を動かすという説です。


例えば、男性は女性イメージのアニマ、女性は男性イメージのアニムスなるものを持ち、それによって結婚相手を決めるとか、人生にはトリックスターなるいたずら者が働いていて、急に運がむいたり、とんでもない不幸に落ち入ったりするというのです。

アンリ・エレンベルガーは、その著「無意識の発見」上下巻(木村、中井監訳、弘文堂発行)の中で、これらの人々は創造の病を持っていたのだと言います。「弱さ」、「弱点」と云うべき病がなければ、こうした偉大な理論は生まれなかったからです。

「弱さ」は大切な宝物です。自分の「弱さ」を知る者は、他者の「弱さ」に共感し、その「弱さ」を受容することができます。「弱さ」を「知る」とは、単に知識として知ることではありません。自分の「弱さ」と向き合い、体験的に「気付き」として捉え、それを対象化することを意味します。そうすることで、自分の「弱さ」に執着することなく、またそこから逃げることなく自分の責任で保持することが出来るようになります。そうなって初めて「弱さ」が、成長するための己の道具となるのです。

たとえば人を愛するという場合、言葉で言うことは容易いでしょう。しかしこれを体験的に愛せざるを得ない真実にしようとするなら、裏切られた、拒否された、こじれた、意地悪をされた等々のいやな経験があってこそ、あるべき真実の愛が必然的に見えてくるのではないでしょうか。それこそ、自分の「弱さ」と向き合う経験をしなければ見えてこない世界でもあります。

その意味では、わたしたちは自分の経験の中で大なり小なり、日常の中で、「傷つく」、「辛い」、「苦しい」こと、それらをひっくるめて、自分の「弱さ」とでも云うべきことを経験しています。それらの中に、わたしたちを前進させる本物の「強さ」を発見するはずです。そのような視点から我が身を見れば、またひと味ちがった自分が見えるのではないでしょうか。パウロは言いました。「わたしは弱い時にこそ、強いのです」(Ⅱコリント12 章10 節)と。

「あなたの信仰があなたを救った」  大柴 譲治

「巡礼の詩編」

毎年「過越の祭り」にユダヤ人は巡礼団を組織して各地から神の都・エルサレムに上ってゆきました。その道すがら歌われたのが「都詣での詩編」と呼ばれる詩編120 編から134 編までの15 編です。それらは「都に上る歌」とも呼ばれますが「巡礼の詩編」だったのです。本日は、三度目の受難予告に続けて主が盲人の目を癒された場面です。それは旧約聖書の「メシアのしるし」預言の成就でもありました。本日は共に「あなたの信仰があなたを救った」という言葉に焦点を当てつつ詩編の豊かな響きに耳を傾けてゆきたいと思います。

かつて米国サンディエゴでホスピスチャプレンとして訓練を受けた時、ある同僚チャプレンが「ヨブ記と詩編、この二冊だけをポケットに入れておけば十分」と言っていました。「もう治療の術なく余命半年」という宣告を受けたと想像するだけで、私たちの心は動揺します。そのような中で特にヨブ記と詩編は、共にコヘレトの言葉(伝道の書)や箴言と並び「知恵文学」と呼ばれるものですが、これらのみ言葉が苦難の中にある人々には深い共感をもって読まれてきたのです。

詩編は共同体の祈りであり讃美歌でもあるのですが、その作者たちは自分の思いをすべて神に向けて発しています。喜びも悲しみも、信頼も嘆きも、疑いも絶望も神に向かって叫んでいる。たとえば「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか)!」という十字架上での主イエスの悲痛な声は詩編22編の冒頭に刻まれた叫びでもありました。詩編は全部で150 編ありますがその4 割は「嘆きの詩編」なのです。人生の苦しみや悲しみ、嘆きの中で詩編は神に向かって正直に自分の心の叫びを訴えている。

考えてみれば、最 後の投げ所、拠り所として呻きをぶつける存在を持つ者は幸いであると言わなければなりません。 例えば巡礼詩編の一つである詩編121 編。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから」(1-5節)。何と味わい深い詩編でしょうか。

神が 私たちと共にあり、まどろむことなく私たちを見守っていてくださるのだというのです。
その意味では、私たちの人生は神の永遠の都に向かう「巡礼の旅」なのかも知れません。私たちは共に詩編を歌いながら人生の荒野をキリストに従い巡礼を続けてゆくのです。

 

三度目の受難予告

本日の福音書の日課を読みますと、イエスさまの一行もまたエルサレムを目指す巡礼団の一つであったことが分かります。しかしそれが他の巡礼団と異なっていたのは、過越しの犠牲として屠られるべき「子羊」は主ご自身であったということです。旅立ちの前に主は告げられました。「イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。

『今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。』十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである」(31-34 節)

そのようにして旅立った主イエスの一行。彼らも「キリエ・エレイソン」と巡礼歌を歌い続けていたに違いありません。巡礼団は心を神に向けて祈りながら旅を続けてゆきます。巡礼詩編126 編の終わりにはこうあります。

「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる」(5-6 節)

涙が喜びの歌へと変えられてゆくように歌いながら巡礼者はエルサレムへと歩を進めていったのです。ちょうど私たちが様々な思いをもってこの場所へと足を運ぶように。神の都エルサレム。私たち自身にとってこの人生は「天のエルサレム」を目指して歩む巡礼の旅なのです。詩編を祈る時、私たちは自分の中にあるものが浄化されてゆくように感じます。それはやはりルターが言うように、詩編はすべてキリストの祈りであるからではないかとそう思われるのです。

 

深い淵の底から

イエスさまの一行はエルサレムに向かう途上、エリコにさしかかるところで一人の盲人と出会います。ルカは記しています。「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、『これは、いったい何事ですか』と尋ねた。『ナザレのイエスのお通りだ』と知らせると、彼は、『ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください』と叫んだ。先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた」(35-39 節)
彼はイエスに向かって見えない目を向けて声の限りに叫ぶのです。「主よ、憐れんでください。ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください。キリエ・エレイソン!」と。
私の中でこの情景は詩編130 編と重なります。私が劇作家であれば、この時一行は130 編を歌っていたと作品に書くだろうと思います。詩編130 編はこう歌います。「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら 主よ、誰が耐ええましょう。しかし、赦しはあなたのもとにあり 人はあなたを畏れ敬うのです。

わたしは主に望みをおき、わたしの魂は望みをおき、御言葉を待ち望みます。わたしの魂は主を待ち望みます、見張りが朝を待つにもまして、見張りが朝を待つにもまして」(1-6 節)その盲人の「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください!」という悲痛な叫びは深い闇の淵から、闇のどん底からイエスに向かって発せられた叫びでした。

「先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた」という情景は彼の絶望の深さを表していましょう。そしてそこにはメシア・イエスに頼ろうとする一人の盲人の必死な思いが現れています。「イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。『何をしてほしいのか。』盲人は、『主よ、目が見えるようになりたいのです』と言った。そこで、イエスは言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。』盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(40-43 節)

 

「あなたの信仰があなたを救った」

主が盲人の叫びを聞かれたのです。そして彼は闇の深い淵の底から光の世界へと救い出されました。開かれた目を通して目の前にいる救い主を仰ぎ見ることができた。盲人の目が開かれて見えるようになるというのはメシアのしるしとしてイザヤ35:5 などに預言されていた言葉です(ルカ1:18-19=イザヤ61:1-2、イザヤ35:5)。すばらしいメシアの預言がイエスにおいて成就(実現)したのです。イエスこそメシアだったからです。実際に目を開いたという奇跡は聖書の中に主イエス・キリスト以外には記されていません。今回注目したいのは、ここで語られた主イエスと盲人のやり取りです。

①イエスは言います。「(私に)何をしてほしいのか」。②盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。③そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」。 主はこのやり取りを通して盲人の願いが神の御心に適っていることを宣言します。盲人はそれまで自分が生きてきた闇の世界から自分を解放してくれる者が必ず現れるという信仰を持っていたに違いありません。最初から諦めていたなら主に向かって必死に叫び続けるということはできなかったでしょう。何度も諦めかかったことはあったかもしれません。しかしその度に彼は「神は必ず私をその豊かな憐れみによって助けてくださる!」と彼は深い絶望の闇の中で信じたのでした。闇の中で働く信仰は神ご自身の働きです。


「何をしてほしいのか」という主イエスの言葉は盲人が長年待ち続けていた神からの応答でした。見えない目をその声の方向に向け、イエスが自分に向かい合ってくださっていることをヒシヒシと感じながら万感の思いを込めて盲人は言います。「主よ、目が見えるようになりたいのです」。救い主であるあなたのご尊顔をこの目で拝したいのです。


あなたの慈愛と祝福に満ちたまなざしに触れたいのです(礼拝の最後のアロンの祝福を想起!)。そしてあなたの後を神の救いの御業を讃美しながら喜びと感謝のうちにあなたに従ってゆきたいのです。盲人はそのような万感の思いを込めて主イエスに申し述べます。「主よ、目が見えるようになりたいのです」。そしてその願いが聞き届けられます。


主は言われました。「見えるようになれ!あなたの叫びは神に届いた。あなたの願い(祈り)は神によって聞き届けられた。あなたの願った通りに、あなたは見えるようになる。『求めよ、さらば与えられん。探せ、さらば見出さん。叩け、さらば開かれん』とわたしが言ってきた通りなのだ」と。そして主はそれに続けて「あなたの信仰があなたを救った」と告げられました。この言葉の真の意味は何か。その盲人は皆の制止をも振り切ってなりふり構わず必死になって主の憐れみを呼び求め続けました。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。キリエ、エレイソン!」。それは確かに「信仰」の業でした。


しかし、実は「信仰」とは私たち人間の業ではないのです。それは、私たちにおいて働く神の御業です。「あなたの信仰があなたを救った」というのは、「神がどのような時にも、常にあなたと共にいて、あなたを守り導いてきた。あなたの中に働く神の信仰があなたを救ったのだ」という意味です。そしてさらに言えば、彼の中にはキリストが既に共にいて働いていたのです。キリストの御業が彼をして叫ばしめたと言ってよい。そう私は思います。


この盲人は声の限りにイエスに向かって叫び続けた。恐らく声が枯れても彼は叫び続けたでしょう。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください!」都詣での詩編130 編が歌う通りです。

「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください」(1-2 節)

「深い淵の底」からのこの叫びが主の耳に届いたのです。「求めよ、さらば与えられん」です。「わたしに何をして欲しいのか」「主よ、目が見えるようになりたいのです」。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」(42 節)。すると「盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(43 節)

もしかすると盲人は、自分が目が見えないことを自分には信仰がないからだと思っていたかもしれない。しかし主はそこに片時も離れなかった「神のご臨在」を認めているのです。神の恵みのみ業が共にあったことを認めているのです。それは私の中ではあのパウロの言葉と重なります。

「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子の信仰によるものです」(ガラテヤ2:20)


私たちもまたそのような神のまこと(ピスティス)に与りながら、この人生、神への巡礼を続けてゆくのです。憐れみの主が私たちに先立ち、私たちを先導してくださいます。


そのことを覚えつつ、新しい一週間を共に踏み出してまいりましょう。巡礼の歌を歌いながら。そして、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」という主イエスのみ声を深く味わい、噛みしめながら。ここにお集まりのお一人おひとりの上に主の豊かな慰めと守りがありますようお祈りいたします。 アーメン。
(2016 年2 月21 日 四旬節第二主日礼拝)

「最高の掟〜アガペーの愛に生きる」  大柴譲治

申命記 6:1-9 「 (4)聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。(5)あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」

マルコによる福音書 12:28-34 (29)イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。(30)心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』(31)第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

 

はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 

石田順朗牧師の召天報に接して
私たちは先週、11月3日(火)にむさしの教会恒例のバザー&フェスタを行いました。快晴にも恵まれて多くの人々が地域から参加して下さり、教会員も楽しみながら奉仕をして成功裏に終わることができたと思います。
11月5日(木)の早朝、午前3時に、私はインド滞在中のフランクリン石田順孝牧師(米国福音ルーテル教会ELCA牧師)から国際電話をいただきました。お父さまの石田順朗牧師が狭山の病院で亡くなられたということを告げる電話でした。

私はすぐにグロリア夫人に電話をして車で出て、午前5時に埼玉石心会病院に到着。病室で既にネクタイとワイシャツに着替えを終えられていた石田先生とグロリア夫人の前でお祈りを捧げました。その後で、一週間前に米国から来日しておられた次男のハンスさんと荻窪に住んでおられる三男のケリーさんも病室に来られました。主治医の先生(石田先生ご夫妻が深く信頼していたお医者さまです)が来て経緯の説明をしてくださり、私が葬儀社に連絡をするという仲介の役割を取りました。

ちょうどその日が友引で斎場がお休みということでしたから、翌日の金曜日の午後に斎場でご家族のみで告別の祈りを行うことを決めて病院を失礼させていただきました(結局翌日は所沢の斎場となりました)。9時からのJELC人事委員会に出席するために車で市ヶ谷に戻り、午後は三鷹でのクラスを終えて帰って来ました。その日はとても長い一日となりました。
翌11月6日(金)は、午前中に市ヶ谷での会議に出席後、所沢の斎場で讃美歌「安かれ、わが心よ」を歌って告別の祈りを捧げ火葬に付して、ご遺族と共に入間のご自宅に移動し、夕食をして教会に戻って来ました。愛する者を見送るということは実に辛く悲しいことです。特にグロリア夫人にとっては58年間、夫婦として連れ添った最愛のパートナーです。改めて石田家の絆の強さが大きな力であることを強く感じさせられました。ご遺族の悲しみの中に天来の慰めがありますようお祈りいたします。

石田先生が告げておられたように、先生を記念するキリストの礼拝を11月29日(日)午後2時から三鷹の神学校チャペルをお借りして行うことになっています。司式は私と平岡仁子先生(保谷教会)の二人でいたしますが、説教は石田先生と親しかった清重尚弘先生(九州ルーテル学院大学院長・学長)が行うことになっています。覚えてお祈り下さい。

石田順朗先生はこの10月6日に87歳になられたばかりでした。1928年に沖縄でお生まれになり(本籍は山口県となっています)、日本ルーテル神学校、シカゴルーテル神学大学院を卒業し、1955年(26歳)で教職按手後、JELC稔台教会、久留米教会、市ヶ谷教会を牧会した後に、日本ルーテル神学大学教授(実践神学:説教学・牧会学・宣教学。1977-78年の一年間は学長代行もされました)、LWF神学研究局長、シカゴルーテル神学大学院世界宣教室室長を経て、九州ルーテル学院大学学長、刈谷教会牧会委嘱として、ちょうど87年間のご生涯のうちの60年間を牧師として捧げられた先生でした。

J3の宣教師をしておられたグロリア夫人と1957年5月12日に(室園教会で)結婚して58年間、5人のお子さんたちをグローバルなスケールの中で立派に育て上げ(4男1女)られました。ご家族の絆はとても強く、先生がご入院をされていた9月後半からは次々にお子様方がお見舞いのために来日されていました。

むさしの教会には、ちょうど三年前の2012年11月4日(日)に保谷教会から転入されています。84歳の時でした。人生の最後の時をこの教会に託されたのだと思います。私は葬儀の司式を名指しで指名されたように思いました。9月の最初に河北病院に入院された時も、CCUに伺うと石田先生はすぐにもしもの場合の時のことを口にされました。「自分はまた治るつもりでいるが、もしもの場合には、まず家族だけで斎場で見送っていただきたい。そしてしばらく経ってから記念礼拝を行い、そこではお花も写真もいらない。ただキリストの礼拝をしてくださればよいのです」とはっきりとおっしゃいました。このことをどうしても牧師に伝えたかったのでしょう。「分かりました。そのようにいたしますので、ご安心下さい」と私は申し上げました。

この三年間に、石田先生は4ヶ月に一度のペースで主日礼拝説教をしてくださいました。その説教テープが残っています。最後は今年の5月24日のペンテコステの礼拝での説教でした。先生はその説教の直後に体調を崩されたのです。正確には、体調不良にもかかわらず説教台に立って下さったと言った方がよいでしょう。言わば命を削りながら説教台に立つその説教者としての姿は私たちの目に焼き付いています。説教台で倒れるのは牧師冥利に尽きるようなところがあります。

石田先生の腹式呼吸で腹の底から発せられる凛とした声は、説教を聴く者を奮い立たせるような確かで力強い響きに充ちていました。石田先生が、自分が若い日に岸千年先生の「Repent(悔い改めよ)!」という説教の大きな第一声に魂の奥底まで震撼させられたことがあったと告げていた通りです。石田先生は説教者としてのスピリットを岸先生から受け継いでゆかれたのでしょう。

先生はむさしのだよりの巻頭言を昨年の5月号からこの9月号まで8回担当して下さいました。先日9月号の巻頭言「宣教91年目のスタートラインで〜『むさしの』歴史の担い手の一人として〜」が先生の絶筆となりました。石田先生は、これまでの牧会生活を総まとめする意味でも『神の元気を取り次ぐ教会』(リトン)を2014年2月に出版されましたが、現在も最後の本を出版準備中で、森優先生の力を借りながら最終校正の段階に入っているということで、お見舞いに伺うとその本について何度も言及されていました。そこには先生のご生涯の歩みが記されているそうです。「その中の一章はむさしの教会に捧げたい」ともおっしゃっておられました。

石田先生は「神の元気(スピリット=聖霊)」を聖書のみ言葉を通して分かち合うために神の召しを受け、牧師として立てられて、全力でその87年間のご生涯を全うされたのです。私は所沢の斎場での告別の祈りで、石田先生のことを覚えつつ、ヨハネ黙示録の2章10節からのみ言葉を引かせていただきました。「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう」(黙示録2:10)。この神の声の通りの牧師としてのご生涯を石田先生は貫かれたのだと思います。私の中では石田先生の姿は、やはり牧師であった私の父の姿と重なっていて、いつもとても親しいものを感じていました。

 

ヌンク・ディミティス〜シメオンの讃歌
「今、わたしは主の救いを見ました。主よ、あなたはみ言葉の通り、僕を安らかに去らせてくださいます。この救いはもろもろの民のためにお備えになられたもの。異邦人の心を開く光、み民イスラエルの栄光です。」これは、私たちが毎週の礼拝の中で歌っている「ヌンク・ディミティス(シメオンの讃歌)」です。
石田先生の最後の二日間はとてもお元気で、様々な事をよくお話しされたそうです。そして笑顔まで見せられたということでした。そのようにほがらかな姿は、シメオンの喜びの讃歌と重なって、とても石田先生らしい最後の日々であったと思います。心臓の機能が3割程度まで低下する中で二ヶ月に亘る苦しいご入院生活が続きました。息子さんのケリーさんご夫妻や、グロリア夫人が本当によく看病をなされたと思います。私は三度ほど病床聖餐式に伺いました。石田先生はワインをことのほか喜んでいただいておられました。聖餐式がこれほど力を持っているということを改めて、先生ご夫妻の聖餐式をどこまでも大切にする姿勢から教えられた次第です。

 

最高の掟〜アガペーの愛に生きる
本日の福音書の日課には最高の掟として二つの掟が記されています。これはモーセの十戒の、二枚の石の板を二つにまとめたものであるとされています。
「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」(マルコ12:29-31)

モーセの第一戒は「わたし以外の何ものをも神としてはならない」という戒めでした。これが私たちに求められる一番重要な戒めです。真の神を神とする、真の神以外の何ものをも神としない、絶対化しない。いつどのような時にも、真の神を神とする信仰がそこでは求められています。心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして私たちは神を愛するのです。しかしそれは、まず神が私たちをそのように、その独り子を賜るほど徹底して愛して下さったからです。神の愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは神を愛することができるのです。自分のすべてを注ぎ尽くすほどのアガペーの愛をもって主は私たちを愛し抜いて下さいました。

人生の行き詰まりやどうしようもない人間の現実の中で、キリストの愛が十字架と復活を通して私たちに注がれています。ただ真の神を神とすることができなかった私たちのためにキリストがすべてを与えて下さったのです。神の至上の愛が私たちに、無代価で、無条件で与えられており、その愛がそれを受け取るすべての人を義としてゆくのです。石田順朗牧師はそのことを生涯を賭けて指し示し続けました。一人の忠実なキリストの証人のご生涯が私たちの直中に置かれていたことを心から感謝したいと思います。

そしてキリストにつながることの慰めと希望とをご一緒に分かち合いながら、新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。ご遺族の上に、またここにお集まりの方々お一人おひとりの上に、神さまの豊かな祝福がありますよう祈ります。神の国での再会の日まで、私たちに与えられた命をそれぞれの場で、それぞれのかたちで大切に歩んでまいりましょう。 アーメン。

 

おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

2015年11月8日 聖霊降臨後第24主日礼拝(子ども祝福式)

「満ち溢れる主の祝福〜五つのパンと二匹の魚」  大柴譲治

二匹の魚と五つのパン

私たちは今日、五千人の給食の出来事が与えられています。たった五つのパンと二匹の魚でイエスさまが五千人を満腹させて、しかも残ったパンくずを集めると12の籠がいっぱいになったとある出来事です。本日はそのことの意味をご一緒に考えてゆきたいのです。

出来事の発端は「飼う者のいない羊のような群衆を主イエスが深く憐れまれた」というところにあります。この出来事は主の深い憐れみによって起こりました。実はこの記事は、ヨハネ福音書を含む4つの福音書のすべてに報告されていますから、そこからもこれが初代教会にとって極めて重要な意味を持つ出来事であったということが分かります。

 

五つのパンと二匹の魚を祝福する主

ヨハネ福音書では、五つのパンと二匹の魚を主イエスに差し出したのが一人の少年であったと報告されています。一人の少年が自分の持っているものをすべて主に差し出したのです。「たった五つのパンと二匹の魚で何ができるのか」と大人は常識的に考えたに違いありませんが、主イエスの呼びかけに答えて自分のすべてを主に差し出した少年の姿に私たちはハッとさせられます。主は常に私たちの持っているものを祝福し、それをご自身の憐れみの御業の中で豊かに用いてゆかれるのです。「五つのパンと二匹の魚」は確かに、空腹の五千人を前にしてはホンの僅かな、全く取るに足りないものにしか過ぎなかったでありましょう。

しかしそこで私たちの思いを越えた不思議なことが起こります。「すべての者が満ち足りて満腹した」とありますが、主の深い憐れみの御業、愛の御業に触れるときに私たちの中の何かが変わる。心の飢えが満たされるのです。私たちの貧しく困窮に満ちた現実が主によって豊かな祝福に満ちたものに変えられてゆく。主の祝福の御業です。

ヨハネ福音書の2章には、カナの婚礼で主が水を極上のブドウ酒に変えるという奇跡を行われたことが記されています。キリストが祝福してくださる時に私たちの人生は根底から変えられてゆくのです。否、さらに深く考えてみますと、私たちがこの地上の人生においてキリストと出会うということ自体が祝福の出来事であるということになりましょう。また、福音書は神が御子キリストを通してこの世を祝福されたことを繰り返し伝えています。たとえばマタイ福音書の山上の説教(5:3-12)。そこには主によって8つの祝福が宣言されています。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる・・」(5:3-4)

ここで「幸いである」と訳されている言葉は「おめでとう!」とも訳せる言葉です。英語の聖書の多くが、”Blessed are the poor in spirit”とBlessed(祝福された)という語をギリシャ語原文のように一番最初にもってきて訳しているように、「おめでとう!心貧しき者たちよ」と訳すと主の思いがダイレクトに伝わってくるように思われます。

主イエスは「自分は神に見捨てられている」と思っていた貧しい人たちや悲しんでいる人たちを「おめでとう!」と祝福するため、およそ自分は神の祝福からかけ離れていたと思っていた人たちに神の祝福を伝えるためにこの地上に降り立ってくださったのです。それは私たちが、マルコ福音書を通して毎週の礼拝でみ言葉に耳を傾けてきた通りです。

主イエスは、汚れた霊に取りつかれて苦しんでいる人を癒し(マルコ1:21-28、重い皮膚病を患っている人を癒し(同1:40-45)、中風の人を癒し(同2:1-12)、手の萎えた人を癒し(同3:1-6)、ゲラサで悪霊に取り憑かれていた人を癒し(同5:1-20)、12年間も長血を患ってきた女性が後ろからそっとイエスのみ衣に触れることで癒された出来事で主は「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と宣言し(同5:25-34)、ヤイロの娘を甦らせているのです(同5:21-24、35-43。病気で苦しむ者たちをその苦しみから解放することで、神が彼らと共にいて、その祝福が一人ひとりの上に豊かに注がれているという神の恵みの事実を主は証ししておられるのです。

それはヨハネ3:16が「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」と宣言している通りです。

そのことは本日の旧約聖書の日課であるエレミヤ書23章3-4節が語っていた預言の成就でした。神は預言者エレミヤの口を通して次のように預言しています。「このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。彼らを牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない』と主は言われる。」

 

自分の羊飼いを持つということ

本日の五千人の給食のエピソードは、あのステンドグラスが描く詩編23編のみ言葉のように、神がその民のために「真(まこと)の羊飼い」を立てられたということを宣言した出来事でした。真の羊飼いがその牧場の羊の世話(牧会)をしてくださるというのです。「主はわたしの羊飼い、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいの水際に伴い、魂を生きかえらせてくださる。主は御名のゆえに常にわたしを正しい道に導かれる。たとえ死の陰の谷をゆくときも、わざわいを恐れません」。このような信仰を私たちに祝福として贈り与えるために主は来てくださったのです。

本日の出来事が派遣した12 人が戻ってきたところに置かれていることに注意したいと思います。5つのパンと二匹の魚という僅かなものを用いて五千人もの人々が祝福され、残ったパンくずが12籠(イスラエルの12部族)に満ち溢れたというのは、主がそうであったように、キリストの弟子である私たちの教会も、その祝福を人々と分かち合うために存在しているということが示されているのです。神はすべて必要なものを備えてくださいます。神の憐れみの御業に信頼してすべてを委ねてゆくことが求められています。

本日の旧約聖書が告げているように、私たちには「真の羊飼い」が必要です。「飼う者のない羊」のようにさまよい歩く私たちの姿を主は深く憐れまれたのです。「深い憐れみ」とは(ヘブル語でもギリシャ語でも)「内蔵」を意味する言葉ですが、主は民の苦しみや悲しみをご自身のはらわた(存在の中心)で受け止められたということです。主イエスは羊のためなら命がけで羊を守る真の羊飼いです。そのような羊飼いを持つ者は幸いです。この人生の中でイエス・キリストという羊飼いと出会うことができること自体が大いなる祝福なのです。

 

四福音書に共通のエピソード

羊飼いイエスは私たちが持つ「五つのパンと二匹の魚」を祝福し、それを人の思いを超えるかたちで「祝福の道具」として用いてくださるお方です。私たち自身にとって「五つのパンと二匹の魚」が何を意味しているかを考えながら、主の道をご一緒に歩みたいと思うものです。

私は牧師として悲しむ人や病床にある人たちを訪問する時にはいつも、何もできない自分の無力さを強く感じます。しかし無力なままでそこに召し出されていることを感じるのです。悲しみや病いを癒すことのできない無力な私が、無力なままで主の祝福を執り成して祈る時、そこには主が共にいてくださるということを強く感じます。私たちの「弱さ」を主は用いられる。4福音書がすべてこのエピソードを伝えているということには重要な意味があります。これは初代教会において溢れ出る主の恵みを示すために不可欠の出来事であったということです。

実は4福音書が共通して伝えている出来事はそれほど多くはありません。否、実は驚くほど少ないのです。
①「五千人の給食」以外は、4つの福音書が共通して報告しているのはたった10の出来事しかありません。
②祭司長や律法学者たちがイエスを殺そうと相談したこと
③ロバの子に乗ってイエスがエルサレムに入城したこと
④エルサレムの神殿でイエスが商人たちを神殿から追い出したこと、
⑤イスカリオテのユダがイエスを(敵に)引き渡すという(「裏切り」ではなく「手渡し」という語が使われていることに注意)イエスの予告
⑥鶏が鳴く前にペトロが三度イエスを知らないと否むというイエスの予告
⑦イエスの予告通りにユダがイエスを引き渡し、イエスが逮捕されたこと
⑧大祭司カヤファによる尋問
⑨ローマ総督ポンテオ・ピラトに引き渡されてイエスが裁判を受け、有罪が宣告されたこと
⑩イエスの予告通りにペトロがイエスを三度否定したこと
⑪ポンテオ・ピラトの命により、イエスが十字架につけられ、殺されて葬られたこと
⑫イエスが復活したこと(ただしマルコは空の墓のみ)

このように4福音書を並べてみると見えてくることがある。五千人の給食のエピソードは、平和の王として子ロバに乗ってエルサレムに入城したイエスが、エルサレムでは宮清めを行っただけで力ある業を何一つ行わず、ユダの手渡しやペトロの否認を経て、十字架上であっけなく処刑されて殺されてしまう。その出来事が、実は復活という光の中で明らかとなったように、私たち一人ひとりの罪の贖いのためだったということが浮かび上がってきます。そして実はその十字架と復活の出来事こそが、「飼い主のいない羊」のように彷徨い続けた私たちをもう一度本当の飼い主である神のもとに取り戻すためのものであったということを明らかにしているのです。

キリストの十字架と復活の出来事は、私たち一人ひとりの罪を贖い、私たちを罪と死と絶望から解放するための神の憐れみの御業であり「救いの出来事」でした。「主はわたしの牧者であって、わたしには欠けたところがない」お方です。エレミヤが預言していたように、このキリストこそが神が立てられた真の羊飼いだったのです。その時に、五つのパンと二匹の魚しか持たないようなこの私が、主の愛によって造り変えられ、その憐れみの中で祝福され、このままのありのままの姿で、尽きることのない深い喜びの中で主によって豊かに用いられてゆくことを知るようになるのです。ここに真の祝福があります。生きることの喜びがあります。祝福しながら天へと昇ってゆかれた昇天の主の姿をルカ福音書は記していますが(24:50-51)、主は天の上から今も私たちを祝福してくださっています。その祝福をいただき、その祝福を反射しながら私たちは生きるのです。

主の祝福を人々に分かち合い、互いに執り成し合い、祈り合って私たちは生きる。アブラハムが「祝福の基(源)」とされたように、「五つのパンと二匹の魚」を持つ私たちは、「祝福の器」として「互いに主の祝福を執り成し合う者」「祝福を祈り合う者」として出会ってゆくのです。この祝福は主から与えられる祝福でありますから、どのような困難の中にあっても決して揺らぐことのない祝福です。互いに主の祝福を分かち合う者であり続けたいと思います(映画『おくりびと』や『隣る人』、小説『悼む人』のように)。そのためにも主の十字架の出来事、贖いの出来事をご一緒に見上げてまいりましょう。

お一人おひとりの上に祝福が豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

2015年8月16日 聖霊降臨後第12主日礼拝説教

「主よ、赦されない罪があるのですか?」  大柴 譲治

マルコによる福音書 3:20-30

<「イエスの身内」>
 イエスがガリラヤ湖の漁師町カファルナウムで宣教活動をした時の拠点となった「家」は、シモン・ペトロとアンデレの家でした(20節)。イエスの周囲にはいつも多くの「群衆」が集まっていました。そこに「イエスの身内」が登場します。「身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである」(21節)。マルコ6:3によれば「イエスの身内」とは、母マリアとイエスさまの兄弟たち(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン)や姉妹たちのことでした。彼らにとって身内の一人がおかしくなっているのは大問題です。いつの世も家族問題には何かと悩まされます。「エルサレムから下って来た律法学者たちも、『あの男はベルゼブルに取りつかれている』と言い、また、『悪霊の頭の力で悪霊を追い出している』と言っていた」(22節)とありますから大変です。「ベルゼブル」とは「ハエの王」(列王記下1:2)を意味する言葉ですが、人々がイエスの力を理解できず、恐れていたことがよく分かります。彼らはイエスの行っていた業を「神の御業、聖霊の御業」と認めず「悪霊の御業」と見なしているのです。

 これに対して主ご自身は「イエスは汚れた霊(ベルゼブル/悪霊の頭)に取りつかれている」という批判を断固拒絶しています。23-27節は主の強い憤りが感じられる言葉ですが、28-29節が一番主の気持ちをよく表していましょう。「はっきり言っておく(アーメン、私は言う)。人の子ら(=人間)が犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」。

 先週の日課(マルコ3:1-6)にも、安息日に会堂で片手の萎えた人を癒す主の姿が描かれていました。「真ん中に立ちなさい」と彼に命じたイエスは人々にこう問います。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」(4節)。「イエスを訴えようとする人々」が沈黙する中で、主イエスは「怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら」、その人に「手を伸ばしなさい」と言われたのです。彼が萎えた手を伸ばすと手は元通りになっていました(5節)。神の聖霊の御業が眼の前で行われたにもかかわらず、それを認めようとしない彼らの「かたくなな心」を主は問題とし、怒りと悲しみを表しているのです。

<「主よ、本当に赦されない罪があるのですか?」>
 イエスが発せられた「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」という厳しい言葉を聞きますと、私には一つの疑問が浮かんできます。「疑問」と言うよりも「反発」と言った方がよいかもしれません。「主よ、本当に赦されない罪があるのでしょうか?」そのように私は問いたくなるのです。「どうしても納得できない」という思いから思わず出る「物言い」であり「疑問符」であり「反問」です。

 主の十字架はすべての罪を赦すためではなかったのか。本当に十字架によっても赦されない罪があるのか。私の中の「かたくなな心」が主に対して異を唱えるのです。一体そのような私は何者なのでしょうか。私はそのような権利を有しているのでしょうか。否!とんでもありません。分際を弁えない傲慢不遜と言うべきでありましょう。しかし私の中にはこだわりがあり、どうしても譲れない一線があるのです。しかしまさにそのような「私の傲慢さ」を打ち砕くために、主はこの厳しい言葉で私のかたくなな心を嘆き、突いておられるのだと思います。

<「地獄にもキリストはいる」(ルター)>
 マルティン・ルターの言葉です。「もしわたしが地獄(陰府)に落ちなければならないのならば、喜んで地獄に落ちよう。なぜなら地獄にもキリストはおられるのだから」。使徒信条で私たちは毎週こう告白します。御子キリストは、「ポンテオ・ピラトの下で苦しみを受け、十字架に架けられ、死んで葬られ、陰府に降り、三日目に死人のうちよりよみがえられた」と。そうです、キリストは確かに「陰府(地獄)」にも降り立たれたのです。

 パウロもまた次のように言っています。「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。・・・わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8:35-39)。キリストの愛から私たちを引き離す力を持つものは何も存在しません。そのような強力なキリストの愛が私たちを捉えて離さない。だから私たちは安心してジタバタしてよいのです。大丈夫!地獄にもキリストはいて下さるのですから。

<「キリストのこけん」(鈴木正久)>
 日本基督教団の議長として1966年に「戦争責任告白」を公にした鈴木正久という牧師がいます(西片町教会)。膵臓ガンのために1969年の7月に56歳で現職のまま天に召されました。鈴木牧師はあるテープ説教でこう言っています。「私のような者が救われるかどうかということですが、私のような者を救わなければ、それはキリストのこけんに関わるといわなければなりません」。実に味わい深い表現ですね。鈴木牧師もガン告知には大きなショックを受けられたようです。鈴木牧師の最後の著作である『主よ、み国をー主の祈りと説教』の前書きには、「主とそのみ国を望み見つつ」と題して、死の三週間前の日付で次のように正直に語っておられます。少し長くなりますが引用します。(以下は引用)

「やはり、この病院に入院した時にも、わたくしには、『あす』というのは、なおってそしてもう一度、今までの働きを続けることでした。そのことを前にして、明るい、命に満たされた『今日』というものが感ぜられたわけです。わたくしは教団の問題でも西片町教会の問題でも、あるいは自分の家庭の問題でも、いろいろその中で努力しなければならないと、こう思っておりましたけれども、でも教団の中からも西片町教会の中からも、自分の家庭の中からも、自分がスポッといなくなる、そういう解決というのか前進というのか、そのことだけはかつて念頭に浮かんだことがありませんでした。何か今までに劣らずいつも自分がその中で頑張ってしっかりやっていかなければならないような、そのために祈ったり、あるいは考えたりしているということがあたり前のような気持ちになっていたわけです。私にとっては、どう考えてみても自分自身がまあ死ぬというのか世を去るというのか、そういうことが恐ろしいと考えられたことは一度もない、というところかと思いますが、とにかくそう感ぜられません。ですから、怜子からこの病院の中である日、『実はお父さん、もうこういうわけで手のつくしようがないんだ』ということを聞いたときには、何かそれは本当に一つのショックのようでした。今言ったような意味でのショックだったわけです。

 そこでこんなことが起こりました。つまり今まで考えていた『あす』がなくなってしまったわけです。『あす』がないと『きょう』というものがなくなります。そして急になにやらその晩は二時間ほどですけれども暗い気持ちになりました。寝たのですけれども胸の上に何かまっ黒いものがこうのしかかってくるようなというのか、そういう気持ちでした。もちろん誰にも話せるわけではありません。・・・わたくしはその時祈ったわけです。今までそういうことは余りなかったのですけれど、ただ『天の父よ』というだけではなく、子どもの時自分の父親を呼んだように『天のお父さん、お父さん』、何回もそういうふうに言ってみたりもしました。それから、『キリストよ、聖霊よ、どうか私の魂に力を与えてください。そうして私の心に平安を与えてください』、そうしたらやがて眠れました。明け方までかなりよく静かに眠りました。そして目が覚めたらば不思議な力が心の中に与えられていました。もはやああいう恐怖がありませんでした。かえって、さっき言ったようにすべてがはっきりした、そういう明るさが戻ってきました。その時与えられた力とか明るさとかいうのはそれからもうあと一日もなくなりません。で、そういう意味においての根本的な悲しみとかうれいとかいうものも、もはやその日からあと感じません。ですから、わたくしにとってのショックというのは、とにかくそれを聞いた日の夕方から夜中の12時頃までの間だけであったわけです。・・・

 そしてこういうことが分かりました。さっき、病気になった初めには、もう一度この世にもどる、その『あす』というものを前提として『きょう』という日が生き生きと感ぜられるが、その『あす』がなくなると『きょう』もなくなっちゃって暗い気持ちになってくるということを申しましたが、ある夕方怜子にピリピ人への手紙を読んでもらっていたとき、パウロが自分自身の肉体の死を前にしながら非常に喜びにあふれてほかの信徒に語りかけているのを聞きました。聖書というものがこんなにいのちにあふれた力強いものだということを、わたくしは今までの生涯で初めて感じたくらいに今感じています。パウロは、生涯の目標というものを自分の死の時と考えていません。そうではなくてそれを超えてイエス・キリストに出会う日、キリスト・イエスの日と、このように述べています。そしてそれが本当の『明日』なのです。本当に輝かしい明日なのです。わたくしはそのことが今まで頭の中では分かっていたはずなんですけれども、何か全く新しいことのように分かってきました。本当に明日というものが、地上でもう一度事務をするとか、遊びまわるとかいうことを超えて、しかも死をも越えて先に輝いているものである、その本当の明日というものがあるときに、きょうというものが今まで以上に生き生きとわたくしの目の前にあらわれてきました。先月号の月報に書いたよりももっと生き生きとです。・・・

 さてわたくしたちが天国へ行くかどうかということですが、わたくしは神のもと、キリストのもと、聖霊のもとへ行くことは当たり前のようなこととして今まで話してきました。その理由はこうです。それはわたくしが立派であるとかないとかいうことと全然関係がありません。おかしなことを言うならば、わたくしのようなものを天国に入れなかったら、キリストのこけんにかかわるじゃないか、とこういうわけだからです。主の恵み、憐れみのゆえにです。これは皆さんについても全く同じです。ですからわたくしも主のみ国で皆さんに会えることを心から信じて、その非常に大きな輝きの上で皆さんに会えることを期待しています。」(引用終わり)

 これは鈴木正久牧師による、死の向こう側にある「キリストの日」を視野に入れた告別説教です。私たちの心に強く響きます。私たちもまた、私たちのために十字架に架かり、すべてを与えて下さった「キリストのこけん」に信頼して、すべてを託してゆきたいと思います。もし赦されない罪があるとすれば私たちが天国に入ることができないこともあるということで、それこそ「キリストのこけん」に関わる事柄であろうかと思います。主は命を賭して私たちをそこに招いてくださったのです。

 本日これから私たちは聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流されるわたしの血における新しい契約」と言って私たちにパンとブドウ酒を差し出してくださるキリストの招きにご一緒に与りましょう。

お一人おひとりの上に豊かな祝福がありますようお祈りいたします。アーメン。

(2015年7月5日 聖霊降臨後第6主日)

説教「今こそ思い出そう! 風化でなく、感化されよう!」  石田順朗

ヨハネ 15:26-16:4a

今年は、広島・長崎被爆、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所解放・ナチスドイツ降伏と 戦後70 年を始め、実に数々の「節目の年」-阪神大震災(1/17) – 地下鉄サリン事件 (3/20)・オウム真理教・麻原彰晃容疑者逮捕から20 年 (5/16) - JR 西日本福知山線脱線事故から10 年 (4/25) -日航ジャンボ機墜落事故から30 年(8/12) ベトナム戦争終結40 年 (4/30) 日韓国交正常化50 年(6/22) 朝鮮戦争開戦65 年(6/25)。遡っては、日露戦争終結110 年(9/5)。それに、第2次大戦後10年目に独立したインドのネ-ル首相、インドネシア・スカルノ大統領、中国首相・周恩来、ナセル・エジプト大統領が中心となってインドネシアのバンドンで第一回が開催されたアジア・アフリカ会議より60 年;更に遡れば、第1 次大戦中に当時のオスマン帝国で始まった「アルメニア人虐殺」から100 年目の年 (4/24)。

身じかには、8 名の宣教師とその家族を派遣して50 年の節目を迎えるJELC のブラジル宣教、10 月4 日は、わが武蔵野教会の宣教開始90 周年。
このところ、辻井伸行さんのピアノが奏でる『花は咲く』― NHK「明日へ ―支え あおう」東日本大震災復興支援ソングがひときわ耳許に届く:風化させないように ! 世は、「風評被害」から「風化問題」へと移行している?

 

I.「風化」でなく「感化」を

今日は、Anno Domini(主暦)で2015 年目、4/5 の「復活祭」から数えて50日目。ユダヤ教ではシャブオットの祭で、過越、仮庵の祭と並ぶ三巡礼祭の一つ「五旬節・ペンテコステ」;キリスト教では「聖霊降臨日」。説教題を「今こそ思い出そう! 風化でなく、感化されよう!」とした。本日の福音書日課 ヨハネ15 章の「イエスはまことのぶどうの木」の最後のところ「迫害の予告」は、「これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである」(16:1)と結ばれる。今日、わたしたちが抱える「つまずき」の一つは「風化」では?

風化:地表の岩石が、日射・空気・水・生物などの作用で、しだいに破壊される自然現象。その風化に譬えて「記憶や印象が月日とともに薄れていくこと」。多くの場合、「危機意識の風化」や「問題意識の風化」。

他方、感化:影響を与えて考えや情緒を変化させること。ただ日本では従来、徳による「教化」と考えられてきた:「一世の感化に関係する有用の人となることを得べし」(1859 年発行のサミュエル・スマイルズ著の『自助論 (セルフ・ヘルプ)』が、明治4 年『西国立志編』と中村正直により翻訳刊行され、「天は自ら助くる者を助く」という独立独行の精神を「感化」の思想的根幹としてきた。

私にとっての「感化」は、67 年前の京都教会での体験;岸先生の説教、それは、偶然にも、今日の第1日課、エゼキエル書37 章の「枯れた骨の復活」‒「主の霊によって、私は連れ出され、谷間の真ん中に置かれた。そこには骨が満ちていた。なんと、ひどく干からびていた。主は私に仰せられた。『これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ、わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。- – おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが主であることを知ろう』。息が彼らの中に入った。そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった」

これこそ、「感化された」人々の姿だ! 事実、わたし自身も「感化された!」同様に、ペンテコステ当日の「突然、激しい風が吹いて来て、人々が座っていた家中に響き渡った、- すると一同は聖霊に満たされた – 」 それこそ「風化」ではあるが、実態は、聖霊による「感化」だ!

 

2.そこで、「感化」されるためには、まず「思い出す」こと!

「実を言うと、わたしが去って行くのはあなたがたのためで、弁護者をあなたがたのところへ送る – 」それは、(風評に押し流されないように)「あなたがたに思い出させるためである」。
「アナムネーシス(想起)」の大事さ。アナムネーシスというギリシャ語の名詞は新約聖書中4回しか出てこないが、その動詞形[アナミムネースコー、想起する]では6回の用例がある。注目すべきは、そのうちの3回(ルカ22・19、Ⅰコリント11・24、25)は、イエスの聖餐設定において用いられている、「私の記念として… 行え」。しかも、そのいずれも「十字架の死に向かうイエス」を想起させる言葉として使用されている。

最初のペンテコステ当日、ペトロの説教の冒頭、預言者ヨエルの言葉を用いて行った説教のはじめ:「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを神は主とし、またメシアとなさったのです。 – 」
大事な点は、このアナムネーシス(想起)が十字架のイエスを思い起こすこと。
また、その動詞及び派生語が、ペテロがイエスの言葉を想起するという場面、特にペトロが十字架のイエスとの係わりで自らの罪深さを思い知らされる箇所で用いられているという事実。つまり、聖書の証言によると、イエスを想起(アナムネーシス)するのは、単に生前のイエスの姿を思い起こすということだけではない。特に、十字架との係わりでイエスの言葉を思い起こすことだ。また同時に、十字架の主との係わりの内に明らかにされた罪人としての私たち自身の姿に思い至ることである。
毎主日礼拝で、招かれて集う私たちは、み言葉の説教と聖餐に与ることで、先ず「思い出す」(聖餐設定の辞);いや、毎主日礼拝自体が、この「想起」に基ずいている。
 
 
3.「すると、人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、‒ 」感動した、感化された!

さらに注目すべきは、感化された人々は、ペトロとほかの使徒たちに「いったい、わたしたちはどうしたらよいのですか」と叫んだ。 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を
受けるでしょう!」ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった」‒ 教会の誕生日と云われる所以。

今日、ムハンマドのコーランの教えに心酔するイスラームの勢力拡大に懸念する。でも、世界各地でテロや武力紛争を繰り広げるイスラム過激派組織とは全く異なり、聖霊で感化された「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった、人々に仕えた」と聖書は記録する。

 

むすび

とくに、宣教90 周年をむかえるわが武蔵野教会の皆さん。(私事にわたり、いささか口幅ったいことながら、この5月、わたし自身も受按60 周年を迎える)。

聖霊に感化されて、共々に、奮い立とう!

むさしの教会・ペンテコステ礼拝 説教 2015.5.24

説教『イエスの評判 – 風評被害が広がる中で』 石田 順朗


教会の暦で、12/25のクリスマスより二百年も早くにエジプトで祝われていたと伝わる(キリスト教最初の公認祝日)1月6日の「主の顕現」。それに続く「顕現節」の六週間余の期間は、実は、ひと月遅れで始まる太陽暦の新年1月と重なる -意義深い。

1月の月には14の異名;わが国では旧暦1月を睦月(むつき)と呼び、現在では新暦1月の別名としても用いる異名、「睦月」;(新年を親しい人達と親しみ睦み合う);英語の Januaryも、その昔ローマのJanusという神に由来するといわれ、この Janus なる神は全てのものの「始め」を司っていたので1月につけられたと伝わる。

ここでは240もある1月の季語 (連歌、俳諧、俳句で用いられる特定の季節を表す言葉)の中で「御降(おさがり:元旦に降る雨)」があることに留意 = 顕現との関係で。

 
I. マルコは、ガリラヤとその周辺でのイエスの活動開始を述べ、4人の漁師たちを弟子として召された後、早速、ガリラヤ湖畔の漁村「カファルナウムでの一日」を描く(カファルナウムはその後イエスの活動拠点となった)。

 「安息日に会堂に入って教え始められた、」これは、至極尤もな宣教開始であるが、いったい何を教えたのか、その内容は記されていない! ところが −

1 )そこに居合わせた「人々は、その教えに非常に驚いた」と、時の状況を記録。つまりはイエスの教えるしぐさ、話し方(人となり)に驚いたのであろう。

イエスご自身が私たちの傍近くお立ちになり、教えてくださる、そのこと自体が、実は神の顕現(「御降 (おさがり:元旦に降る恵みの雨)」に他ならない。。

これは、テロや気象庁の特別警報以外、大抵のことでは驚かないようになった今日の状況の中で、注目すべき第1点! しかも、命に関わる危険に曝されておののくのではなく、御降(おさがり)の「恵みの雨」にどっぷり浸かることで「驚く」!!

2)加えて、(高慢で頑固な)律法学者の振りまく権威とは違って、イエスが 権威ある者としてお教えになったから。

 この権威が、高飛車に一方的に威嚇的ではなく、説得力がり、頼り甲斐のある、確固としてはいるが、暖かく包み込むような配慮を漂わせていたからである。全くの驚き事。

 

II. でも同時に「イエスの権威」の顕現には、悪の力に堂々と対決し、その悪魔を駆逐する絶大な力を顕し– そのことに、実は、大衆の驚きは一段と深まった。

そもそも「悪霊追放」は「病気の癒し」とは違う ー 今日、意義ぶかい「闘い」。悪霊の攻撃に怖じ惑う事なく、権威をもって悪霊を叱りつけ追放する!(今日、テロや各様の脅しに屈してはならないように!そのため、今日もわたしたちが「主の祈り」で「悪より救い出しため」と祈ることができるように!

 人々は皆驚いて、論じ合った!「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ!この人(イエス)が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」

 イエスの「悪霊追放」という奇跡的で全く驚くべき行動が、実は「権威ある新しい教え」になった。

 宗教、キリスト教、教会、説教、教師、と、実に「教え」が多い中で、それこそ「圧倒的」で「説得力」よろしく、驚くべき行動だ! その行動が「教え」とは!

 教えとは「福音」であり、力、罪を赦す力,復活の力だ!それが顕現された。

 

III. すると、たちまち、イエスの評判がひろまった。

早速(し始めた、そのとき、すぐに:マルコ独特、41回(新約全体では、51回;その2回がここで(1章のここまでに、すでに、3回も)。

「イエスの評判」は「権威ある新しい教え」いや「救いの力」の顕現 – 御降(おさがり)の所為(せい)であり、そのことが、隅々に(至る所へ)行き渡った。[45節の(四方から、「至る所から」と対応する)ガリラヤの全域が、イエスの評判で揺り動かされた!見方によっては、「風評被害」?

こともあろうに新約では、イエスのご降誕前から、それに十字架処刑の最後の最後まで風評被害の続出。ヘロデ王は、イエスの誕生に際して「風評被害」に遭った。イエスの誕生にまつわってはヘロデ王は「不安を抱き」占星述の学者らを派遣したり、子供を皆殺しにした。ヨセフとマリヤのエジプト避難。それに、総督ピラトの尋問から十字架処刑に至るなど、風評被害も多々起ったのは事実。

風評被害の歴史は古い。わが国では、近代では、関東大震災直後のこともあり、最近では、特に福島の「3.11」以降 –

 

今日は『使徒パウロの日』(1/25, 6世紀,フランス・ゴウル州で始まり、大伝道者パウロを覚える日となった)。

ナザレのイエスと面識がなく、元々は、厳格なパリサイ派の一員で、イエスの風評被害に遭い[サウロとして]キリスト信徒たちの迫害に奔走した。

 

しかし、ダマスコへの途上、「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と、天からの光の顕現とともに、イエスの声を聞いた。その後、目が見えなくなった。アナニアというキリスト信徒の執り成しの祈りもあって、目が見えるようになった。こうしてサウロはキリスト教徒パウロとなり、少なくと3回に亘り伝道旅行を敢行、同時に、『ロマ、ガラテヤ書』を始め13書簡 (ヘブルを加えて14) を著す神学者となった。

でも、初代の信徒たちが、イエスの評判(うわさ)を「地方の隅々まで」広めたように、パウロも、「優れた言葉や知恵を用いず、- – イエス・キリスト、それも十字架につけられたイエス以外、何も知るまい」と心に決め、「ありのまま」を告げた。

 

まとめ
今日、風評被害は甚大。パソコン・ケータイによる “いじめ”やヘイト・スピーチは広がる。ツイッター、スマホ ほかソーシャアル・メディアのもたらす「デジタル・ヘロインの危険性自覚」を呼びかける『インターネット・ゲーム依存症』の本まで刊行された。それに「テロ」への恐怖を身にしみて実感している唯中。

今こそ、「悔い改めて、イエス・キリストの十字架のあがないによる罪の赦しのお恵みに与かり、復活の力による永遠の命を授かる− この評判、うわさを広めよう!

むさしの教会・顕現節第4主日礼拝 1/25/2015
テキスト: マルコ   1: 21〜28  申命記  18: 15-20  Iコリン  8:  1-13

「わたしにつながっていなさい〜光合成のように」 大柴 譲治

ヨハネによる福音書 15:1-10
 
「まことのぶどうの木」につながる

風薫る五月。緑の美しい季節です。本日の日課のヨハネ福音書15章には「わたしはまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である」という主の言葉が与えられています。「わたしとつながっていなさい」と繰り返し命じられているのです。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである」(4-5節)。

本日は、この「わたしとつながっていなさい」という言葉、「キリストにつながる」というキーワードから、み言に聴いてまいりたいと思います。そもそも「枝」は「幹」を離れては実を実らせることはできません。幹から養分(愛)をもらわなければ実どころか枝としての生命を保つこともできないのです。神は農夫として良いぶどうの実を結ばせるために手入れをして下さるのです。私たちに求められているのはどのような時にも「枝」としてキリストという幹とつながっていることです。主を見上げ、主から離れないということです。私たちが礼拝に集うのもキリストにつながっているからです。キリストとつながる中で私たちは「霊的な生命」を保ち続けているのです。
 
 
つながりの中の「いのち」

私は三年前から、今は月に一日ですが、緩和ケア病棟のチャプレンとして患者さんたちと接しています。そこで感じることは「人は生きてきたようにしか死んでゆけない」ということです。ガン細胞は人間の身体の中にある「生きようとする生命力(細胞分裂)」に乗っかってそれをエネルギーとして増殖してゆく病気です。検査や治療法も進んで早期発見も増えてきたためガンは必ずしも不治の病とは言えなくなってきています。また、通常でも私たちの身体には「がん細胞」は生まれていて、白血球やキラー細胞など私たちの身体に備わった「免疫力」がその増殖を阻んでいることが分かってきました。そのためにも私たち自身の日常生活での「免疫力」、「自己治癒力」を高めてゆくことが重要と言われています。

もう20年以上前のことですが私は、モンブラン登頂という「いきがい療法」で有名な倉敷の柴田病院の院長からお話しを伺ったことがありました。そこは仏教系の病院です。「五年生存率」ということを考えた際にそれが一番低いのは「諦めてしまった人」、逆に一番高いのは「ガンなんかに決して負けるものか」という気持ちで「闘い続けた人だ」と言われたのです(ちなみに、二番目に低いのは「宗教的な悟りを開いた人」ということでした)。「免疫力」には私たち自身の気持ちの持ちようや生きる姿勢(構え)というものが大きく作用するということでした。
 
 
無条件の愛〜光合成のように

ケリー・ターナーという米国人女性研究者の『がんが自然に治る生き方』という本があります(2014年11月出版。プレジデント社。原著は同年4月出版)。著者は千例に渡る進行ガンからの生還者についての症例を研究し、一年をかけて十ヶ国を訪問し百人以上にインタビューを重ね、治療のプロセスと結果を質的な研究としてまとめた博士論文がこの本です。原題Radical Remissionの通り、この本には「劇的に寛解」した人たちに見出された共通した実践事項が九つにまとめられています:①抜本的に食事を変える、②治療法は自分で決める、③直感に従う、④ハーブとサプリメントの力を借りる、⑤抑圧された感情を解き放つ、⑥より前向きに生きる、⑦周囲の人の支えを受け入れる、⑧自分の魂と深くつながる、⑨「どうしても生きたい理由」を持つ、という九つの姿勢です。

九つのうち二つだけが食事療法やサプリメントに関することで、後の七つはすべて生き方・生きる姿勢に関するものであることが印象的でした。それぞれ説得力に富む報告と分析が展開されてゆくのですが、その中にシンという名前の日本人患者が登場します(p.74−94。寺山心一翁氏)。バリバリのコンサルタントとして仕事に没頭する中、1984年、48歳の時に腎臓ガンと診断されます。手術で右腎臓を摘出、抗がん剤治療と放射線治療を受けたにもかかわらず肺と直腸への転移が見つかります。

「余命は一〜三ヶ月」と家族は医師に宣告を受けるのです。すべての治療を止めた後、シンは自分の直感に従う生き方を開始しました。自分で自分の治療法を決めてゆくのです。まずミネラルウォーターを飲むところから始めました。朝目が覚めたら生きていることに感謝をし、深呼吸して、日の出まで小鳥たちと一緒に歌います。ガンを自分の子供のように愛情をもって接し、限りないやさしさをもって「愛しているよ。そこにいてくれてありがとう」と毎日声かけをしていったのです。また、10代の頃から始めていたチェロを弾くことも再開し、身体全体に心地よい振動を与えてくれる音楽を大切にしています。そのような中で特に心に響くエピソードがありました。

彼はある時にいつものように日の出前に目覚めた時、小鳥たちの鳴き声に気づきます。普通の日常風景ですが、好奇心を誘われたのです。どうして朝、鳥は鳴いているのか。鳥はいったい何時から鳴き始めるのか。不思議に思った彼は10分、20分、日の出より早く起きてみましたが鳥は既に鳴き始めていました。30分前でも鳴いていたのです。しかし一時間前に起きてみると外は完全な静寂。結局、日の出の瞬間は毎日少しずつずれるにもかからず、鳥たちは日の出のぴったり42分前に鳴き始めていたことを彼は突き止めたのでした。鳥の鳴き出す時間が分かったら日の出までは手持ちぶさたなので彼は今度は毎日、鳥と一緒に40分間息を吸ったり吐いたりしながら歌を歌い始めました。

次に科学への造詣が深いシン(早稲田大学の電気科出身)は、なぜ42分前なのか理由を突き止めようとしました。息子に薬局で酸素ボンベを買ってきてもらい、家にいた三羽のインコで実験を開始したのです。インコたちを寝かせるために夜は鳥かごにカバーが掛かっていましたが、深夜0時頃に鳥かごに酸素を流し入れてみました。すると数分後にインコは鳴き始めたのです。何分かして酸素が消散した頃にインコは鳴き止みました。これは面白いと興奮した彼は、午前二時半まで待ってもう一度鳥かごに酸素を流しました。案の定インコたちは鳴き始め、数分後に鳴き止んだのです。そして日の出のきっかり42分前にインコは再び鳴き始め、日の出まで鳴き続けました。彼はそこで一つの仮説を立てました。

日の出42分前に鳥が鳴き始めるのは、木々が光合成を始め放出する酸素に反応しているのではないかと。植物は夜の間は光合成ができませんが朝に太陽光を甘受するとすぐに光合成を始めるのです。葉緑素があるため二酸化炭素を吸って酸素を放出するのです。それが日の出の42分前なのではないか。鳥が一番よく鳴くのが朝である理由は、まだ科学的には解明されていません。シンは鳥が鳴くにはたくさんの酸素が必要なので、朝、植物が光合成を開始し始めた頃に鳴くのだろうと推測しました。この小さな実験で彼は確信します。鳥が鳴き始める日が昇るまでの42分間の空気は特別に新鮮なものであり、ガンが転移した自分の右肺にとっても良いものであろう、と。

そしてこのときもう一つ、彼はある大切なことに気づかされるのです。自分という存在は大きないのちの中で無条件に愛されていること、そしてガンを含めて自分の身体全体を無条件にホリスティック(全体的)に愛してゆくことを。不思議なことに彼は劇的に寛解し、身体の中からガンは消えてゆきます。1988年から既に25年以上が経ちますが、彼はガンの再発もなしに元気に暮らしています。今はガンで苦しむ人々のためにチェロを弾きながら身体と心・魂といかに向き合うかを伝える活動に力を注いでいるということでした。「結局、あなたのガンを消したのは何だったと思いますか」と問うケリー・ターナーに彼は即座にこう答えています。「無条件の愛です」と。このエピソードを読んだ時、私は深く心動かされました。

悲しみや苦しみに出会う時に私たちは通常自身の中に閉じこもって自分を守ろうとします。そのような反応は当然であり自然なことです。しかしそのような中で自分の小ささや無力さに打ち砕かれる瞬間がある。その時に心の目が外に向かって開く瞬間がある。自分のいのちが大きなものにつながっているということにハッと気づかされる時があるのです。(鶏の声にハッと気づいたペトロ同様)寺山さんにとってそれは日の出42分前から始まった小鳥の鳴き声でした。主イエスはある時に「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」と言われました(マタイ5:45)。

神さまはその恵みをすべての人に等しく注いでいてくださるのです。自分の直感を信じ、自分の魂に深く裏打ちされたような生き方をする時、私たちには不思議なことが起こるのかもしれません。一番不思議なことは「ガンの劇的な寛解」ではありません。それも十分に不思議なことですが、ガンという病を通して寺山さんの目が大きな世界に向かって開かれ、世界とのつながりに気づき、生き方が根本的に変えられていったことがさらに不思議なことです。苦難の中で自分の中だけに閉ざされるのではなく、大きな世界に向かって開かれてゆくこと。大きな無条件の愛の世界につなげられてゆくこと、そこに自分がつながっていることに気づくことが最も重要な事柄と思われます。私たちが死すべき有限な存在であること自体は変わりませんが、そこではQOL(Quality of Life:生活の質・いのちの質)がグッと高められてゆくのです。

主イエスの言葉を想起します。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(ヨハネ15:4-5)。キリストにつながることで私たちにはその無条件の愛(アガペー)が注ぎ込まれ、私たちを通して実った「愛の実」を多くの人々が味わうことができるようになってゆくのです。
 
 
聖餐への招き
本日私たちは聖餐式に招かれています。この聖餐を通して、私たち一人ひとりが「まことのぶどうの木」であるイエスさまに「今ここで」つながっているということの幸いをご一緒に味わいたいと思います。風薫る五月、緑の木陰で主は、光合成のように、私たちに酸素の濃い新鮮な空気を与えてくれています。私たちのためにすべてを捧げ尽くしてくださったキリストの無条件の愛が、私たちに「豊かな愛の実り」をもたらせてくださいます。私たちもまた、そのキリストの愛を運ぶ器として用いられてゆくのです。

そのことをかみしめつつ、新しい朝の光の中、新鮮な空気の中に呼吸と讃美の歌声をあげながら、共にキリストを見上げて、新しい一週間を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に主の恵みが豊かに注がれますように。
アーメン。
2015年5月3日復活後第四主日礼拝説教

「永遠のいのちを得るために」     大柴 譲治

エフェソの信徒への手紙 2:4-10、ヨハネによる福音書3:13-21

<「神はその独り子を賜るほどこの世を愛して下さった」>
 聖書は「永遠のベストセラー」と言われます。「死すべき有限な存在」である人間の多くが「永遠のいのち」を得るために聖書を手にしてきました。福音書の中には「永遠の命」を得ようとして主イエスに「どうしたら永遠の命を得ることができますか」と問いかける人が何人も登場します。マタイ19章では「ある金持ちの青年」、マルコ10章では「ある金持ちの人」、ルカ10章では「律法の専門家」、そしてルカ18章では「ある議員」が、そのように質問をしています。
 彼らは皆、「何をすれば」自分は「救い」を得ることができるかと主に問うていました。それに対して主は、十戒を守り、自分の財産をすべて売り払って貧しい人たちに分け、天に富を積んで私に従ってきなさいと命じます。しかし彼らはそれができずに悲しみながら立ち去ってゆくのです。ルカ10章で主は律法の専門家に対して「あなたは聖書をどう読むか」と問い返しています。「主なる神を愛し、隣人を愛しなさい」と正しく応えた律法学者が「では隣人とは誰ですか」と再び問うたのに対して、主はよきサマリア人のたとえを語ります。
 ヨハネ福音書は「永遠の命」をその中心主題として繰り返し語ります。本日の日課にも「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)とあります。それはニコデモとの対話の中に置かれた言葉なのですが、宗教改革者マルティン・ルターはこの節を「小福音書」や「小聖書」と呼ぶほど大事にしました。この箇所は聖書全体を一言で要約していると捉えたのです。ルターはこう言います。「もし聖書の御言葉が全て失われたとしても、このヨハネ福音書の3章16節だけが残れば、福音の本質は誤りなく伝えられるであろう」と。
 確かにこのヨハネ3:16は私たちが何度も味読すべき聖句です。私はここで「この世」という語を「私」と読み替えて理解したいのです。「神はその独り子を賜るほどこの私を愛してくださった」と。それは御子を信じるこの私が滅びることなく、永遠の生命を得るためだったのです。「自分が何をしたら永遠の命を手に入れることができるか」と問う人間に対して、ヨハネ福音書は「神の愛の御業に目を向けなさい」「イエス・キリストにおいて神がなされたことを見上げなさい」と告げています。

<「サル型信仰」と「ネコ型信仰」(岸千年)>
 故岸千年先生(元神学校長、JELC総会議長)が「信仰には『サル型』と『ネコ型』の二つがある」とよく言っておられたことを想起します。子ザルは自力で母ザルの背中やお腹にしがみつきます(サル型)が、子ネコは自分ではしがみつけません。母ネコがしっかりと子ネコをくわえて移動させるのが「ネコ型」です。キリスト教の信仰はネコ型で、神が向こう側から私たちをしっかりと掴んでくださっているのだというのです。先の「永遠の命をどうすれば自力で得ることができるか」という立場は「サル型」になりますね。その独り子を賜るほどにこの世を愛された神の御業にすべてを委ねるのは「ネコ型」です。これはとても分かり易い例話だと思います。
 今私たちは主の十字架の歩みを覚える「四旬節」(レント)の期間を過ごしていますが、主の十字架を見上げる時に、神の愛が他のどこにおいてよりも私たちに明確に迫ってくると思います。
 
「サル型信仰」が「自力型の信仰」と申し上げましたが、以前に獣医だった方からお話を伺ったことがありました。不登校の子供たちに深く関わってこられた方です。その方はサルの話をしてくださいました。私たちは「母性本能」とは本能的なものと思っているかもしれませんが、実はそうではないと言われて驚きました。サルも人も愛されることを通して愛することを学ぶのだそうです。母親ザルに抱っこされて育てられた子ザルでないと、自分が母親になった時に子どもを抱っこして育てないそうです。抱っこされて育つ時に大切なのは母乳と肌の温もりでしょう。確かに母乳は栄養バランスも良く免疫力も高めるようですが、それ以上に大切なことは、子ザルは母親ザルに抱かれることを通して母親の規則正しい心臓の鼓動を聞いて育つということなのだそうです。その安定した鼓動を感じながら子ザルは自分が愛されていることを学び、そこから自分が親になった時に「どう子どもを育てればよいか」を学ぶというのです。「サルも人も、愛されることなしには愛することはできないのです」とその獣医さんは語られました。これは確かに真理であると思います。しかしこれはなかなか耳に痛い言葉でもあります。自分がどれだけ親に愛されてきたかということと、子どもを愛してきたかということに関しては、私たちの多くが心の中で不十分であったのではないかという痛みを持っているからです。
 しかしそのような私たちに聖書は宣言します。「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。この宣言は私たちが神の目にはとても価値があるということを明らかにしています。「あなはたわたしの目に価高く、尊く、わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)と聖書が告げている通りです。

<親子愛〜「強、火を付けろ」>
 「命がけの愛」があります。自分の生命を賭けて大切な者を守ろうとする愛です。2000年10月29日の読売新聞第一面の「編集手帳」に紹介されていたエピソードです。そこには、七年間も引きこもりをしていた息子が、ある時にガソリンを自らにかけて火をつけて死のうとします。咄嗟に父親が後ろから息子にしがみついて、「強、火をつけろ。私も一緒に死ぬから」と叫んだのでした。「斎藤強君は中学一年の時から不登校になる。まじめで、ちょっとしたつまずきでも自分を厳しく責めた。自殺を図ったのは二十歳の春だった◆ガソリンをかぶった。精神科医の忠告で彼の行動を見守っていた父親は、その瞬間、息子を抱きしめた。自らもガソリンにまみれて叫ぶ。『強、火をつけろ』。抱き合い、二人は声をあげて泣き続けた◆一緒に死んでくれるほど、父親にとって自分はかけがえのない存在なのか。あの時生まれて初めて、自分は生きる価値があるのだと実感できた。強君は後にこの精神科医、森下一さんにそう告白する◆森下さんは十八年前、姫路市に診療所を開設、不登校の子どもたちに積極的に取り組んできた。彼らのためにフリースクールと全寮制の高校も作り、一昨年、吉川英治文化賞を受賞した◆この間にかかわってきた症例は三千を超える。その豊富な体験から生まれた近著『「不登校児」が教えてくれたもの』(グラフ社)には、立ち直りのきっかけを求めて苦闘する多くの家族が登場する◆不登校は親への猜疑心に根差している。だから、子どもは心と身体で丸ごと受け止めてやろう。親子は、人生の大事、人間の深みにおいて出会った時、初めて真の親子になれる。森下さんはそう結論する。」
 生命を賭けて息子を守ろうとする父親の必死の思いが伝わってきます。しかしその背後には、七年間にも渡る不登校の息子に対する忍耐強い愛があることを見落とすことはできません。強君のご両親と森下さんは中学校一年生、つまり13歳から20歳までの7年間、子どもと共に苦しみ、子どもと共に呻き続けたのです。それがあればこそ「時」を得て親子愛が伝わったのだと思います。森下一さんは言っています。「共生の思想は共死の思想に裏打ちされていなければならない」と。
 そしてこの本には、「共生の思想」ということだけではなくて、「共死の思想」こそが共生の思想を支えるのだという言葉が出てまいります。「強、火をつけろ。一緒に死ぬから」と言って、どん底でそのようにしっかりとひしと抱きとめられる愛。そのような共死の覚悟をもった絆の中で初めて、人は自分が愛されている、自分はそのような愛に生かされているということに気付いてゆくというのです。強君にとってはそれまでも変わらずに注がれてきたであろうその親の愛情が、20歳の時、20年間かかってその瞬間に初めて本当のものとして自覚されたのです。私はそのお父さんの覚悟の深さと同時に、7年間もたゆまずに、諦めずにずっと強くんに寄り添い、関わり続けてきたご家族や、精神科医の森下先生の忍耐強い愛情に心を動かされるのです。人生には自分が愛されているということが分かる決定的な瞬間があります。私たちにはそれを伝えてゆくべき瞬間があるのです。愛とは共に死ぬ覚悟をもって共に生きることなのです。「『共生』だけでは、私は人生観としても宗教観としてもきわめて不完全なものだと思います。なぜならそこには、生きることだけに執着するある種のエゴイズムの匂いを感ずるからです。『共生』という思想は『共死』の思想に裏づけられてこそ、はじめて本物になるのではないでしょうか。・・・共に生き、共に死ぬということがあってはじめて人間の成熟した人格形成が可能になるという人間観が抱かれるようになったのです。その意味において『共死』という観念抜きの『共生』論はきわめて一面的なものではないかと思うのです。」(山折哲雄)
 私は主の十字架を見上げる時に、この斎藤強くんとお父さんのエピソードを思い起こします。あの十字架の出来事は、ガソリンをかぶって火をつけようとする、死のうとする、滅びようとする私たちを、うしろからしっかりとがしっと支え、抱きとめてくださったお方の愛を表している出来事なのだと思います。キリストは私の身代わりとなって十字架の上で死んでくださいました。ここに真実の愛があります。キリストがその苦難と死によって勝ち取ってくださった「永遠の命」があります。これは天地万物が揺らぐとも決して揺らぐことのない出来事です。人間が私たちがどのようなときに、ほんとに生きていてよかった、ということを感じるのか。それは真実の愛しかないのだと思います。このような「共死の覚悟に裏打ちされた」真実の愛が私たちを捉えて離さないのです(ネコ型信仰!)。
 そのことをパウロは本日の使徒書の日課であるエフェソ書2章でこう言っていました。 「しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。」(エフェソ2:4-6)
 このことを覚えながら、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりたいと思います。皆さまお一人おひとりの上に、神さまの豐かな祝福と導きとがありますように。アーメン。

(2015年3月15日礼拝説教)

2014/12/24(水)クリスマスイブ音楽礼拝 説教「太初に言あり」      大柴 譲治

イザヤ43:1-7
ヤコブよ、あなたを創造された主は、イスラエルよ、あなたを造られた主は、今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。 2 水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。 3 わたしは主、あなたの神、イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。わたしはエジプトをあなたの身代金とし、クシュとセバをあなたの代償とする。 4 わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。 5 恐れるな、わたしはあなたと共にいる。わたしは東からあなたの子孫を連れ帰り、西からあなたを集める。 6 北に向かっては、行かせよ、と、南に向かっては、引き止めるな、と言う。わたしの息子たちを遠くから、娘たちを地の果てから連れ帰れ、と言う。 7 彼らは皆、わたしの名によって呼ばれる者。わたしの栄光のために創造し、形づくり、完成した者。

ヨハネによる福音書1:1-14
1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 2 この言は、初めに神と共にあった。 3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。 4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。 5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。 6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。 7 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。 8 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。 9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。 10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。 11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。 12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。 13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。 14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

<はじめに>
 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

<「太初に言葉ありき」>
 静かな夜です。耳を澄ますと天使たちの歌声、天上の教会の讃美の歌声が聞こえてくるようにも思われます。「天には栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ」と。今年も皆さまとご一緒に、クリスマスイブの音楽礼拝に集うことができる幸いを心から感謝いたします。
 今宵、私たちに与えられているのはヨハネ福音書の冒頭の言葉です。この部分を、文語訳聖書の持つ格調高い言葉の響きで親しんでこられた方も少なくないと思われます。「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言(ことば)は神なりき。この言は太初(はじめ)に神とともに在り、萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命(いのち)は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒(くらき)は之を悟(さと)らざりき。」
 この「はじめ」は「創造の初め」を意味すると共に、「時間と空間の初め」を意味し、「万物の初め」「万物の根源」を意味していると思われます。万物は「神の言」、「神の声」によって創造され、支えられ、守られ、導かれているというのです。「萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし」なのです。どのような出来事が起ころうとも、太初からこの世に響き渡る神の言葉、神の御声が私たちを守り支え導くのです。たとえ「天地は滅ぶとも、わたしの言葉は決して滅びない」(マルコ13:31)。その言葉の意味は、「どのような時にも、わたしはあなたと共にいて、あなたを離れることはない」ということです。
 創世記を読みますと、神は天地万物の創造を「初め」に「言」をもって開始されたと告げられています。「初めに、神は天地を造られた。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である」(創世記1:1-5)。
 「神光あれと 宣えば 光ありき」なのです。この「創造の初め」、「世界の初め」に発せられた「言」、ギリシャ語では「ロゴス」(「言葉」「法則」「理」「声」という意味があります)、ヘブル語では「ダーバール」(この語には「言葉」という意味と共に「出来事」という意味があります)という語ですが、この「光あれ」という「言」、「声」について今宵は思いを馳せたいと思います。
 暗闇の中で私たちは「光」を求めます。「光」があれば、たとえそれが小さな光であったとしても、私たちはちゃんと生きてゆくことができるのです。荒れ狂う海において灯台は船に正しい方向を指し示します。「クリスマス」は私たちの救い主イエス・キリストがこの地上にお生まれになったという「キリストの誕生日」をお祝いする特別な日です。キリストは、ベツレヘムのまぶねの中にお生まれになりました(ルカ福音書が報告)。(マタイ福音書によると)あのクリスマスツリーの一番上にあるようにベツレヘムの空の上にはひときわ大きな星が照り輝き、それを東の方で見た占星術の学者たちが黄金・乳香・没薬という宝物をもって「王としてお生まれになった方」をはるばると遠方から拝みにやってきたとされています。博士たちの旅は星を見上げての夜の旅でした。昼間は星が見えませんから、夜に足を進めなければなりませんでした。星を見上げ、足下を確認しての一歩一歩の手探りの旅でした。彼らにとってはこの闇夜に輝く星の光が自分たちにとっての「いのちの光」だったのです。このいのちの光が私たちの悲しみや苦しみの闇を照らしています。光は闇の中で今も確かに輝き続けているのです。私たちも人生における夜の旅を続けているように感じることが少なくありません。悲しみや苦しみが渦巻く夜の旅です。光の導きが必要になります。

<緩和ケア病棟のチャプレンとして思うこと>
 私は二年ほど前から、月に一〜二日、錦糸町にある賛育会病院という病院の緩和ケア(ホスピス)病棟のチャプレンを務めています。「ホスピス」というところは、ガンかエイズで余命半年という診断がなければ入ることのできない病棟です。積極的な延命治療は行わず、ペインコントロールを中心とした緩和ケアを行うところです。20床ほどの病棟に通常15人前後の患者さんが入っておられ、チャプレンである私はその患者さんやご家族の所を回って、お話を伺う役割を果たしています。「チャプレン」というのは病院や施設にある「チャペル付きの牧師あるいは聖職者」という意味の言葉です。
 ホスピス病棟で働いていますと、医療スタッフの献身的なケアに頭が下がると共に、私たちがすべからく死への存在であるということを身に沁みて感じるようになります。ある時にルターは「私たちは皆、死へと召喚されている」と説教で語りましたが、確かに私たちは皆死にゆくプロセスの中に置かれていると言えましょう。愛する者との別離の悲しみを思う時に私たちは胸がつぶれるような気持ちとなります。
 そのような私たち人間の現実の中に、今日私たちのための救い主がこの地上に降り立って下さったというよき音信が告げられているのです。このお方(イエス・キリスト)は、神に等しくあられたにもかかわらず、それに固執することなく、自分を捨て、無となって僕の姿を取り、天より降り、この地上を、死に至るまで、いかも十字架の死に至るまで、御父の御旨に従順に従われました。その謙遜さと従順さとによって私たちは救われたのです。この世の悲しみを担ってゆかれたキリストはやがて復活されますが、その手足には十字架の傷跡が残っていました。その聖痕を通してこの世の悲しみは癒されたのです。
 復活されたキリストの体に十字架の傷跡が残っておられたように、悲しみは悲しみを深めてゆくことを通してこそ、それを担う力が与えられてゆくのであると信じます。この一年も、皆さまにとっても様々な出来事が身近に起こった一年であったのではないかと拝察いたします。

<若松英輔、『魂にふれる〜大震災と、生きている死者』、トランスビュー、2012>
 若松英輔(わかまつえいすけ)という1968年生れの思想家であり評論家である方がおられます。慶應大学の仏文科の出身の方で、最近私はこの方がカトリックの立場に立っている方であるということを知りました。二年半ほど前に偶然書店で手にした『魂にふれる〜大震災と、生きている死者』という書物でその存在を知ったのですが、私にはとても心に響く文章を書く方のように感じられました。若松英輔さんはその書物の中でガンを10年患って亡くなってゆかれた配偶者について「魂にふれる」という文章を書いておられます。それはこのような書き出しで始まっています。(少し長くなりますが)引用させてください。

「魂にふれたことがある。錯覚だったのかも知れない。だが、そう思えないのは、ふれた私だけでなく、ふれられた相手もまた、何かを感じていたことがはっきりと分かったからである。2010年2月7日、10年の闘病のあと、妻が逝った。相手とは彼女のことである。
 亡くなる二ヶ月ほど前のことだった。がんは進行し、腹水だけでなく、胸水もたまりはじめていた。数キロにおよぶ腹水は、身体を強く圧迫し、胸水は呼吸を困難にする。がん細胞は通常細胞から栄養を奪いながら成長する。彼女のからだはやせ細り、骨格が露出し、マッサージをすることすらできなくなっていた。薄い、破れそうな紙にさわるように、彼女の体に手をおき、撫でることができる残された場所をさがしていたとき、何かにふれた。
 まるい何かであるように感じられた。まるい、とは円形ではない。柔らかな、しかし限りなく繊細な、肉体を包む何ものかである。魂は人間の内側にあるというのは、おそらく真実ではなく、それは一種の比喩に過ぎない。むしろ、魂がゆさぶられるという表現は、打ち消しがたい実体験から生まれたのだと思われる。外界の出来事に最初に接触するのは、皮膚ではなく、魂なのではないだろうか。肉体が魂を守っているのでない。魂が肉体を包んでいる。
 どれほどの時間がたったのか分からない。見つめあいながら、深い沈黙が続いて、『こういうこともあるんだね』と言葉を交わしたのを覚えている。彼女は少しおびえたようだったが、起こったことの真実を一層深く了解していたのは、おそらく、彼女の方だった。抱きしめる。何かを感じるのは抱きしめた方よりも、抱きしめられた方ではないか。魂にふれるときも、同じ現象が起こる。
 彼女は内心の不安を口にすれば、私が困惑すると思い、沈黙していたのだろう。病者は、介護者が思うよりもずっと、介護者をはじめ自分を生かしてくれる縁ある人々を思っている。あのとき、私たちは彼女の最期が遠くないことを知らされたのだと思う。私の理性はそれを拒み、はっきりと自覚したのは彼女の没後だが、それでも、あのとき、私は打ち消すことのできない経験に直面していることには気がついていた。
 彼女は、肉体の終わりをはっきりと感じながら、同時にそれに決して侵されることのない「自分」を感じていた。その日以降、不安におののきながら、またあるときは落ち着きはらって、そんなことを言うと、きっとあなたは怒るだろうけれど、と前置きしながら、死ぬのは、まったく怖くない、彼女は一度ならずそう語った。
  (中略)
 苦しむ者は、多く与える者である。支えるものは、恩恵を受ける者である。決して逆ではない。持てる者が与え、困窮する者は受ける、それは表面上のことにすぎない。
 自分でベッドから立つこともできなくなった妻から受け取ったことに比べれば、私が妻にできたことは、実に取るに足りない。震災下でも同じことが起こっている。被災地の外に暮らす者が、自分に何が援助できるかを模索するだけではなく、自分たちが被災者によって何を与えられているかを、真剣に考えなければならないところに私たちは立っている。
 ふれるだけで十分である。ふれ得ないなら、ただ思うだけで、何の不足もない。病者は、差し出された手にどんな思いが流れているかを、敏感に感じ取る。病者は、まなざしにすら無言の言葉を読みとっている。同情、共感、あるいはそれを超えた随伴か。病者が望んでいるのは、理解でも共感でもない。それが不可能なことは、当人が一番よく分かっている。
 黙って隣にいることは、厳しい忍耐を要し、ときに苦痛でもある。なぜなら、苦しむ病者を前に、あまりに非力な自分を痛感しなくてはならないからである。しかし病者は、その思いもくみ取っている。
 彼らが望んでいるのは、日々新しく協同の関係を結ぶことである。協同は、共感や理解を前提としない。だが互いに全身をなげうって、存在の奥から何かを呼び覚まそうとする営みである。病者は、介護者の不安やおののきまでも、協同を築く土壌にしようとする。それは、大地が朽ちたものを糧に不断のよみがえりを続けるのに似ている。
  (中略)
 亡骸を前にして私は慟哭する。なぜ彼女を奪うのかと、天を糾弾する暴言を吐く。そのとき、心配することは何もない。私はここにいる、そう言って私を抱きしめてくれていたのは彼女だった。妻はひとときも離れずに傍らにいる。だが、亡骸から眼を離すことができずにいる私は、横にいる『彼女』に気がつかない。」

 若松英輔さんはパートナーを亡くすという慟哭の中で、その声を聴いたのです。「心配することは何もない。私はここにいる」という「太初からの愛の声」を。最愛の配偶者を病いで失うという体験を通して、悲しむこと、悲しみを深めることは、生きている死者との共同作業なのだと語っておられるのです。そしてこのことは私もやはり確かなことだろうと思っています。「私たちが悲しむとき、悲愛の扉が開き、亡き人が訪れる。-— 死者は私たちに寄り添い、常に私たちの魂を見つめている。私たちが見失ったときでさえ、それを見つめつづけている。悲しみは、死者が近づく合図なのだ。-— 死者と協同し、共に今を生きるために」。
 先ほどお読みいただいたイザヤ書43章にあったように、神は私たちにこう告げています。「恐れるな、わたしはあなたと共にいる」(2節と5節)。この太初の声を私たちは聴きながら、この言葉を光として仰ぎながら、ご一緒にクリスマスを過ごし、新しい年を迎えたいと思います。
 悲しみの中に置かれた方々の上に、メリークリスマス。お一人おひとりの上に、その独り子を賜るほどにこの世を愛して下さった天の父(「インマヌエルの神」)と主イエス・キリストが共にいて、慰めを与えてくださいますようにお祈りいたします。
 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言(ことば)は神なりき。この言は太初(はじめ)に神とともに在り、萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命(いのち)は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒(くらき)は之を悟(さと)らざりき。」
 私たちの悲しみをすべて「理解」し、英語で「理解するunderstand」という語は「下に立つ」という意味の言葉ですが、下から支えて下さるお方、救い主イエス・キリストのお誕生をご一緒に言祝ぎたいと思います。天には栄光、地には平和がありますように! アーメン。

<おわりの祝福>
 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

説教『言は肉となって』   石居基夫

 クリスマス、おめでとうございます。お招きいただきまして、今日はこの武蔵野でクリスマスの喜びを共にさせていただくことを大変うれしく思っております。もういろいろな意味で、私がここに過ごした時とは違っているのですけれど、やはり懐かしく、この場所に戻ってくると、無条件で「ただいま」ということばの出ることです。

イエスさまの誕生。そのクリスマスの出来事について、今日お集りいただいている皆さんは、その様子を自然に心に思い起こされることではないかと思います。

 

約二千年前、ベツレヘムの厩のなか、母マリアとヨセフに見守られ飼い葉桶に寝かされた幼児イエスさま。羊飼いたちが天使から救い主の誕生を知らされ、また東方の博士たちがユダヤの新しい王の誕生を星の導きに得て、このイエスさまを礼拝におとずれたこと。

 

マタイやルカに記されたクリスマスの出来事を伝える物語は、私たちにこのクリスマスの恵み、救いとは何かということをそれぞれに伝えています。それは、町中のクリスマスの華やかさ賑わいにも拘らず、実は私たちのなかに隠されている貧しさやみすぼらしさ、人間の弱さに向けて、神様のまなざしが注がれていることを伝えていることだろう。私たちの醜さや罪の渦巻く闇の中に神様の導きがあることを示されるのです。イエスさまご自身が、宿屋にさえ居場所を得ることが出来ず、臭く汚れきった家畜小屋の中でお生まれになったことで、私たちがあまり目を向けたくはない暗い部分、私たち自身のなかに巣食う闇の只中に、イエスさまがおいでくださったことを知らされるのです。

 

じっさい、先日もパキスタンで大勢の子どもたちのいのちを奪うという何ともいたたまれない事件がおこりました。なんとかミクスなどと言って少し景気が良くなったのかどうか分かりませんが、自分たちは、きっとそうした世界の遠い場所の出来事には目をつぶって過ごしていける。でも、そうして目をつぶろうとする私たちは、だれかのいのちを奪うほどの罪や暗やみが、決して遠い場所のことではなくて、私たち自身の中に巣食っている問題なのでないかと知っているはずなのです。

 

イエスさまがお生れになられたとき、ヘロデ王がこれを恐れて、ベツレヘム付近一体の2歳以下の男の子を殺したと聖書は記しています。イエスさまはなんとか身をエジプトに寄せて逃れたのです。その出来事のなかにも、イエスさまが、誰とともにあるお方なのかということを知らされるのです。

私たちは、このクリスマスに誰とともに生き、何を生きようとしているものなのだろう。

 

いや、しかし、私たち自身がどのようなものであろうとも、クリスマスは、私たちへの神様の出来事なのです。主イエスの誕生は、何を私たちにもたらすものなのか。クリスマスの本当の喜びに深く与りたいと思うのです。

 

 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。

 

ヨハネ福音書は、大変格調たかい表現をもって、神と、そのことばとしてのキリストとの深い関係をあらわします。

 

 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった

 

すべてをお創りになられ、また、私たちにいのちを与えられる神が、私たちの造り主、まことの主であることが示されます。(私たちは、自分の人生の主でありたいのです。自分が自分の人生の計画を実現したいと思うのです。しかし、その私たちに向けて私たちの本当の主は誰か宣言するのです。)そして、特に「神のことば」としてのキリストが、私たちすべてのいのちの源であり、また、そのいのちの光であると示されています。

 

この光は、私たちの暗やみを照らすいのちの光。クリスマスは、このいのちの光が私たちにやってくる出来事だと言えるのでしょう。この光に照らされて、私たちは私たち自身が何者であるのか、どんな深い暗闇を持っているのか、そこにたたずんでいるのか、あからさまにされるに違いありません。

このいのちの光は、すなわち神のみことばです。そのみことばのもとに、私たち自身の姿があからさまになる。

 

たとえば、おそらく何回となく聞いてきたルカ福音書10章にあるたとえ。私にとっては、教会学校の夏期学校でスタンツをしておそわったものです。困っている人を見たら、何をおいてもその人へ駆け寄っていったあの善きサマリア人のように、「あなたもいって同じようにせよ」と、私たちにみことばは語りかけられるのです。

でも、そのみことばによって、私たちは、そのみことばには生きていない自分を知らされるのです。あの時も、この時も、私が本当に大切にすべき神様の招きの声に聞くことが出来ず、自分の身を守り、自分の願いと希望、人々の賞賛の声を求めるように、あの祭司やレビ人のように道の向こう側を歩んできたのではないのか。そういう自分の存在が神様の前にあからさまになる。

いのちの光が照らし出すのは、そういう私自身の姿なのです。

 

神さまのみことばは、私たちのありようを照らし出す。そうして、私たちが何者にすぎないかということをあからさまに知らしめる。

 

けれども、それでおわらないのです。このヨハネはさらに言うのです。

 

 ことばは肉となって私たちの間に宿られた。

 

私たちが何者でしかないのかを神様の方はとうにご存知なのです。けれど、それにも拘らず、神様は私たち一人ひとりを愛し、ご自分の大切な子どもとして、新たに生きるようにしてくださる。放っておかれないのです。黙って遠くにおられることがないのです。駆け寄り、私たちを抱きしめ、もう一度生きるようにと私たちを新たにされる。それがクリスマスのできごとでした。

 

 このことばは肉となって私たちの間に宿られた。

 

みことばが私たちの内に働き、私たちを新たにする。神様のみ心を生きるようにもう一度立ち上がらせてくださる。その恵みがキリストを通して、私たちへの確かな語りかけとなり、私たちのうちに働く神のことば、力となることばとなった。福音書記者ヨハネはその証人でした。裏切ったあのペトロたちも、迫害者パウロさえもこのみことばによってとらえられ新しくされたのでした。

 

先週の日曜日、ある新聞に絵本作家のいとうひろしさんのことが紹介されました。私と同世代の作家ですけれども、「ルラルさんのにわ」とか「ルラルさんのほんだな」など、ルラルさんシリーズが知られています。でも、きっと一番は、おじいちゃんと孫の交流を描いた、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という絵本です。その記事でもその本のことが取り上げられていました。

ちいさな子どもが成長し、その世界を少しずつ広げて、いろいろな経験をする。難しい問題にであう。だから時には泣いて帰ってくることもある。そうすると、おじいちゃんがなにも聞かずに、とにかく「大丈夫、だいじょうぶ」と言ってくれる。そのことばで、大丈夫になる。

いとうさんは、こどもにはそういう根拠のない自信をあたえる関係が大事だという。母親はね、泣いて帰った子どもをみると、どうしたのかと理由を尋ね、なにがわるかったのかとか、どうしたらいいのかとか、いろいろというでしょう。でも、泣いているということをそのまま受け止めてくれて、大丈夫といってくれるおじいちゃんの存在。そしてそのことばが子どもの生きることを支える力となるのじゃないか。いとうひろしさんは自身の祖父母との体験をもとにしながら、そんな思いを絵本にしたと紹介されていました。

これを読んで思ったのです。ああ、そうだ。神様は無条件に「大丈夫」ということばを私たちにあたえてくださった。この状況のなかでも、こんな自分でも、このみことばは、私たちの生きるいのちの支え、救いとなる。キリストがお生まれになったこと。それは、なによりもこの神のみことばが私たちのために、確かに私たちの間に肉となりやどられたのです。私たちの生きるいのちに、確かな力となる。根拠のない自信ではなくて、神のことばとして、イエスさまご自身が、たしかな根拠となってくださったのです。

だから、こんな私でも、用いられ、生かされ、何事かなすものとされるのです。誰かのために、この小さな手を差し出すものとされる。だれかのそばに寄り添うものとされる。走りより、和解し、助け合う。

神はそのことばは、私たちを新しく生かす力なのです。そこに神の救いの働きがある。

 

救いの約束は、民全体に与えれる大きな喜びの約束です。それは、正義や平和、公平の実現とされています。悪や人を蝕む罪の力から、私たちが自由されることです。死もない労苦もない、涙も拭われ、なぐさめられる。それが、私たちに約束されているのです。

でも、そうした世界は、神様がたちまちにして、魔法のように私たちに与えられるものではありません。悲しみも苦しみも、やっぱりこの現実の中にある。それでも、この神の救いの出来事ははじまったのです。みことばが私たちに宿り、私たちがみことばを生きる、いやみことばに生かされるところにはじまった。神さまのみ業が私たちのうちに始められたのです。だから、今を生きる。だからここに立ち、与えられたいのちを生きる。

私たちは、私たちに働く、神のみことばを今日もいただきましょう。

 

ヨハネによる福音書 1:1-14
(2014年12月21日 10:30 A.M.  聖降誕祭主日聖餐礼拝  説教)

説教「澄み切った青空〜悲しみを超えて」   大柴譲治

召天者記念主日礼拝にあたって

本日は召天者記念主日。毎年11月の第一日曜日に私たちは召天者を覚えて礼拝を守っています。週報には召天者名簿を挾ませていただきました。そこには269名のお名前が記されています。特に本日は「教会の祈り」でその中からこの10年間に天に召された81名のお名前を覚えて祈らせていただきます。ご案内を差し上げましたのでご遺族も何組かご出席くださっています。また、あの聖卓の前には二冊の召天者記念アルバムが置かれています。ご遺族の上に天来の慰めをお祈りしながら、み言に聴いてまいりましょう。

 

「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。」

本日与えられた福音書はイエスさまの山上の説教の冒頭の言葉です。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」。原語のギリシャ語では「幸いである」という語が最初に来ていますから、こういう風に訳すことができると思います。「おめでとう、心の貧しい人々! 天国は(既に)あなたがたのもの。おめでとう、悲しんでいる人々! あなたたちは必ず慰められる」。

生きることは実に辛く悲しいことであると思わずにはいられません。先週、私たちはこの場所でAさんのご葬儀を執り行いました。Aさんは膵臓癌のため50代の若さでご家族の見守る中、ご自宅でこの地上でのご生涯を終えて天に帰ってゆかれたのです。AさんはBご夫妻のご子息です。生まれてすぐ東京教会で本田伝喜先生より幼児洗礼を受け、少年時にJELC八幡教会からご家族と共にこのJELCむさしの教会に転入されました。

学生時代には英語サークルの部長としても活躍。大学卒業後はバリバリの商社マンとして、北米に10年以上も駐在しながら、家族を愛し、仕事を愛し、ゴルフを愛し、生きることを喜びながら充実した日々を送っていました。この7月に体調不良のため近隣の病院に行くと、病いが発見されて即入院となります。病院で一月半治療を受けた後、ご本人の強い希望で9月からはご自宅で在宅ケアを受けながら闘病を続けられたのです。生来の頑張り屋さんだったこともあり、「自分はやりたいことがたくさんある。必ず治って職場に復帰する」という固い決意の中、前を向き、上を向いて、歯を食いしばって最後までご家族と共に頑張り抜かれたのです。

三週間ほどは食事も喉を通らなくなっていたにもかかわらず、召される二時間前にも「トイレに行きたい」と立って歩かれたということでした。現職の部長であったこともあり、葬儀には前夜式と告別式を合わせて500名を越す参列者がありました。会社の上司や同僚も大勢参列してくださり、その中から4人の方が万感の思いを込めて故人の思い出を語ってくださいましたし、喪主として奥さまがご挨拶をされました。

ご子息を見送らなければならなかったご両親さまのお気持ちを思う時、私たちは胸がつぶれるような思いになります。なぜこのような辛い現実があるのか。神さまはいったいどこにはおられ、なぜ沈黙しているのか。私たちはそのような思いになるのです。生きるということは何と辛く悲しいことでありましょうか。ご葬儀の二日間はとてもよいお天気でした。空を見上げると、秋晴れの真っ青に透き通った青空が悲しいほど美しく感じました。

 

「会者定離」という言葉があります。出会った者は必ず離れてゆく定めにあるという意味の言葉です。「会うは別れの始め」とも言います。私たちはどのようなすばらしい出会いを与えられたとしても、必ず別れてゆかなければならない定めです。「咳をしても一人」と尾崎放哉は歌いましたが、別離の哀しみを思う時、つくづく人生は何と儚く、何と人間は孤独な存在であることかと思います。しかしそうであればこそ、今ここで私たち一人ひとりに与えられている一つひとつの「絆」、「人間関係」を、「かけがえのないもの」として大切にしなければならないのであろうと思うのです。

今年になりましても、Aさんの他にも、9人の方々がこの地上でのご生涯を終え、最後まで自分らしく生き抜かれて、天へと移されてゆきました。天寿を全うされた方もおられますが、若くして地上のご生涯を終えなければならなかった方もおられます。ヨブが言うように皆、「裸で母の胎を出て、裸でかしこに帰って行かれた」のです。私たちは生まれた時も裸であれば死ぬ時も裸です。何も持っては行けない。否、最近私は「一つだけ持ってゆくことができるものがあるのではないか」と考えるようになってまいりました。それは自分自身の「心」です。「魂」または「霊」、あるいは「自分自身」と呼んでもよいのかもしれません。

 

「モノ」は何一つ持ってゆくことはできないのですが、「自分自身の心」は持ってゆける。だからこそ私たちは、自分自身の心を豊かにしてこの地上の生をまとめてゆく(終えてゆく)必要があるのだと強く思わされるようになりました。それも、「何かをすること(Doing)」によってではなく、今ここで私たちに与えられている「存在そのもの(Being)」に焦点を当てることを通して、心を豊かにしてゆく必要があるのです。ちょうどカール・グスタフ・ユングが「人生の午後の時間は、魂を豊かにしてゆくための時間」と言っているように、魂を豊かにする必要があるのだと思うのです。ではどうすれば魂を豊かにすることができるのか。

 

悲しみのどん底に降りたってくださったキリスト

聖書は、現実の中で生きることの困難さと悲しみを深く味わう私たちに対して、私たちの悲嘆と絶望の深みに降り立ってくださった方がおられると告げています。そのような嘆きの時にも私たちは独りぼっちではない。それが私たちの主イエス・キリストです。「咳をしてもひとり」ではない。「咳をしてもふたり」「キリストと共にふたり」なのです。

そして今日私たちは、そのお方から祝福の言葉を聴いています。「おめでとう、心の貧しい者たちよ! 天国は(既に)あなたがたのものなのだ。おめでとう、悲しんでいる者たちよ! あなたたちは必ず慰められる」という言葉を。それは確かな声として私たちに迫ってきます。宮澤賢治ではないですが、人生とはこのキリストの祝福の言葉を聴くためにある「祝祭の日々」なのではないでしょうか。この後で私たちは聖餐式、主の祝宴に与りますが、私たちのためにご自身の身体と血、すべてを与えてくださったお方が私たちを祝福してくださっているのです。

「おめでとう、心の貧しい者たちよ! 天国は既にあなたがたのものである。おめでとう、悲しんでいる者たちよ! あなたたちは必ず慰められる」と。嘆きの深淵の中にも主が共にいましたもうが故に、私たちは大丈夫なのです。

 

改めて日野原重明先生(上智大学グリーフケア研究所名誉所長)が語られた言葉を想起します。悲嘆にある人に接する時に私たちに必要なのは「か・え・な・い・心」であると先生は言われます。それは「か:飾らず、え:偉ぶらず、な:慰めず、い:一緒にいる」姿勢です。それはキリストご自身が私たちに示してくださった深い「あわれみの心」でもありました。

 

「澄み切った青空」〜悲しみを超えて

9月の初めに上智大学を会場に開かれた「日本スピリチュアルケア学会」の全国大会の主題講演で、ノンフィクション作家の柳田邦男さんが柏木哲夫先生のエピソードを紹介しておられました。私の心に深く響いたのでご紹介させていただきます。柏木摂夫先生はクリスチャン精神科医として長く大阪の淀川キリスト教病院のホスピス長をされた方としてよく知られています。いつも笑顔とユーモアをとても大切にしておられる方です。

柏木先生がいつもと同じようにホスピス病棟を回って「今日は調子はいかがですか」と患者さんたちに声をかけていた時のことです。ある男性の末期ガンの患者さんがニコニコと笑いながら「今の私の気持ちはこれです」と言って柏木先生にこういう形の一枚の青い色紙を示されたそうです(ここで色紙を示す)。 色紙は通常正方形ですが、その「四つの角」が切り取られていました(「正八角形」というのでしょうか)。

どんな意味かお分かりになりますか。そうです、「隅切った(澄み切った)青空」という意味だと言うのです。「アッ、なるほど」と思いました。このような上質のウィットとユーモアは私たちの気持ちを和ませ、切り替えてくれるということがよく分かります。「澄みきった青空」。私たちの悲しみの現実にかかわらず、その中で私たちの思いをフッと私たちの上に拡がる青空に向かせてくれるいい話だと思いました。先ほどAさんのご葬儀の時にはとても青空がまぶしかった話をいたしました。

舞台裏を申し上げますとこれは私が作りました。これを作るために少し苦労しました。四隅を別々に切ると形がバラバラになってしまい、バランスが崩れてキレイに見えないのです。そこでどうしたかというと、色紙を四つに折って「隅」を重ねて切り、それを拡げるとこのようにキレイな形になったのです。私はこれを見ていてハッとさせられました。

 

ここからは柳田邦男さんが言わなかったことで私自身が気づかされた話です。先ほど四隅をキレイにそろえるために四つに折って切ったことを申し上げましたが、拡げてみるとこの「澄みきった青空」の真ん中に「十字の折れ線」がついているではありませんか。四つに折りましたから当たり前のことです。そこにはくっきりとキリストの十字架が現れたように感じたのです。私たちのために天から降ってこの地上に降り立ち、人間の闇のどん底を歩み、悲しみと苦しみ、罪と恥のすべてを背負って私たちのために、私たちに代わってあの十字架に架かってくださったお方がおられる。

このお方がいるからこそ、深いあわれみの心、「かえない心」を持つこのキリストがいてくださるから、私たちはどのような時でも心の中に澄みきった青空を仰ぐことができるのだということに気づかされたのです。269名の召天者の方々は、キリストという青空を仰いで生き、その青空を仰ぎ、そこにすべてを委ねてこの地上の生を終えてゆかれた方々なのです。

 

聖餐への招き

本日は聖餐式に与ります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言ってパンとブドウ酒を差し出し、私たちをその祝宴へと招いてくださるお方がいます。この聖卓は、こちら側には私たち生ける者が集いますが、見えない向こう側には天に召された聖徒の群れが集っています。キリストは生ける者と死せる者の両方の救い主です。私たちは生きるとしても主のために生き、死ぬとしても主のために死ぬのです。

なぜかというと、生きるとしても死ぬとしても私たちは主のものだからです。このキリストの祝宴は終わりの日の先取りでもあります。ここにこそ私たちが悲しみを超える道が備えられている。天が開け、天の後には虹が置かれ、そこには澄みきった青空が拡がっています。確かな主の声が響いています。「おめでとう、心の貧しい人々! 天国は既にあなたがたのものなのだ。おめでとう、悲しんでいる人々! あなたたちは必ず慰められる」。アーメン。

マタイによる福音書 5:1-12
(2014年11月2日 召天者記念主日聖餐礼拝説教)