聖書の動植物

ゲッケイジュ(月桂樹)   池宮 妙子

「主に逆らう者が横暴を極め、野生の木のように勢いよくはびこるのをわたしは見た。」(詩編37:35)

 植物学の権威はこの聖句の植物は月桂樹だと考えております。(H.A.モンデルケ著より)

 月桂樹は地中海沿岸が原産地ですが、今は世界中に栽植されています。10メートル位の常緑小高木で、枝を多く分けて直立します。革質の硬い葉には芳香性の強い揮発油が含まれています。ダビデが月桂樹を繁栄のしるしとして選んだのは、葉に快い、さわやかな香りがあり、変わることのない常緑性からでしょう。ローマ、ギリシャ人も司祭、詩人、英雄、競技の勝者を賛え、小枝を環にした月桂冠を贈りました。

 クリスマスにはリース、ガーランドやドアスプレーの材料として使われます。全国ほとんどの植物園で栽培されています。

(2000年12月号)

クミン-イザヤの預言   池宮 妙子

「畑の面を平らにしたなら、いのんどとクミンの種は、広く蒔き散らし、小麦は畝に、大麦は印をしたところに、裸麦は畑の端にと、種を蒔くではないか。・・・いのんどは打穀機で打たず、クミンの上に打穀車を引き回すことはしない。いのんどは棒で打ち、クミンは杖で打つ。」(イザヤ書28:25、27)

「偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。はっか、いのんど、クミンなどの薬味の十分の一を宮に納めておりながら、律法の中でもっと重要な、公平とあわれみと忠実とを見のがしている。それもしなければならないが、これも見のがしてはならない。」(マタイ福音書23:23)

 新旧約聖書に記されている植物の種類は100~115種とされています。その中で疑いなく明瞭な種類は50%。ハーブ植物について調べますと25種以上でした。ハーブ愛好家の一人としてクミンが聖書時代の植物という事実は驚きでした。

 BC721年、北イスラエル王国はアッシリア帝国によって滅亡し、風に舞う木の葉のように散らされ、歴史の舞台から消えました。イザヤはユダの人々に、神の計らいは驚くべきものだから、ヤハウェの信仰に戻るようにクミンの喩えをもって警告しました。

 クミンは一年生草木、原産地地中海沿岸。細い茎が30cm位伸び、枝端に白、桃色小花をつけます。種子は強い芳香とぴりっとした味。香料、香辛料(カレー粉の材料)に。播種は五月、10℃以上で生育します。

 種子は「生活の木 本店・支店」「カリス成城」で販売。

   学名:Cuminum Cyminum L.
   科名:セリ科
   和名:ヒメウィキョウ
   英名:Cuminn

(2000年10月号)

ヘンナ(指甲花。新共同訳聖書ではコフェル)   池宮 妙子

「恋しい方は香り高いコフェルの花房エン・ゲディのぶどう畑に咲いています。」(雅歌1:14)

「ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン/乳香の木、ミルラやアロエ/さまざまな、すばらしい香り草。」(雅歌4:14)

 「死海の西岸は岩質の荒原、そこにブドウ園があり、シコウカのかぐわしい香りの花房が風にゆれている。救われるような光景」と大槻虎男氏は記されていますが、花の芳香を愛でて、現在では熱帯各地に広く栽培されています。

 原産地は北アフリカから西南部アジアで、6メートル位の低木です。花茎は7ミリ位、白色または黄色の強い芳香のある小花が房状に枝先に着きます。揮発油を含み、香油を採ります。葉は長さ2センチ位で細長く、この葉を粉末にしたものが、“ヘンナ染料”です。東洋古来の黄色染料および顔料です。有史以前から指や爪、髭、髪染めなど化粧品として使われたことは数多くのエジプトのミイラからも証明されています。最近美容院で流行っている“草木染めヘアダイ”というのもヘンナが主財です。

 熱川バナナワニ園に50センチの小苗成育中。

(2000年9月号)

ミルトス~神殿再建   池宮 妙子

「すると、ミルトスの林の中に立っている人が答えて、『これらは地上を巡回させるため、主がお遣わしになったものだ』と言った。彼らはミルトスの林の中に立っている主の御使いに向かって答えた。『わたしたちは地上を巡回して来ました。地上の人々はすべて安らかに暮らしています。』」(ゼカリヤ書1章10-11節)

「イスラエルの人々は第七の月の祭りの期間を仮庵で過ごさなければならず、これを知らせ、エルサレムとすべての町に次のような布告を出さなければならない。『山に行き、オリーブの枝、野生オリーブの枝、ミルトスの枝、なつめやしの枝、その他の葉の多い木の枝を取って来て、書き記されているとおりに仮庵を作りなさい。』」(ネヘミヤ記8章14b-15節)

 BC538年、ペルシャ王キュロスに解放され、エルサレムに神殿再建を命じられたユダヤ人は、ソロモンの栄華を再興する希望に燃えて帰国しました。が 17年間工事は中止。BC520年のある夜に預言者ゼカリヤは、谷底ミルトス林の中に立っていた主の御使いに会い、ヤハウェの神殿再興を決意しました。聖書の中でミルトスは喜びと平和の象徴になっています。

 地中海地方原産の3~6mの常緑低木。芳香を含む葉の元に、夏には甘い香りを漂わせた白小花がたわわに開花します。葉,実と共に香水、香油、粉状の香り袋用として、また茶用として利用。ユダヤ人は聖所の集まりの装飾に花を用い、ローマ・ギリシャ人は業績を讃えて花環に使ったのが「祝いの木」の出所だと思います。

 現在南欧では庭園に植栽され、イギリス、ドイツでは花嫁の花飾りに使われます。日本渡来は明治末(?)。西日本で育ちます。小石川の植物園の鉢物は今が満開です。

(2000年 7&8月号)

アマ(亜麻)   池宮 妙子

「彼女は二人を屋上に連れて行き、そこに積んであった亜麻の束の中に隠していたが、・・・」(ヨシュア記2:6)

「亜麻布の衣服を着せ、金の首飾りをヨセフの首にかけた。」(創世記41:42)

「香料を添えて亜麻布で包んだ。」(ヨハネ福音書19:40)

 ヨシュアはエリコの町を偵察させるために二人のスパイを送り込みました。彼等はラハブの屋上に積んだアマの陰に隠れていました。

 5000年前から栽培されていたアマは、収穫後束ね、数週間水に浸し、繊維をふやかし、束をほどき、ふやけた茎を拡げて日に干し、すきわけて繊維を取り出したとエジプトの墓中パピルス紙に記録が残っているそうですから、二人は山の様に積まれた乾燥中の繊維の中にいたわけですネ。

 繊維で紡いだ織物リネンは、長服、かぶり物、ターバン等に使用されていました。

 アマ科の草丈60~100cmの一年草。原産地は中央アジア南部。日本渡来は200年前。北海道が亜麻仁油採種、繊維目的栽培主産地。

(2000年 6月号)

パピルス(カミガヤツリ)   池宮 妙子

モーセの誕生ー出エジプト記2:3

 幼児モーセがパピルスで編んだ篭に入れられ、ナイル川の岸のパピルスの茂みに捨てられた話は有名です。

 パピルスは、ナイル川の上流、エチオピア、パレスチナ、シチリア島にわたる地域に分布し、古代エジプトから8~9世紀まで種々の用途、特に紙を作るために湿地、浅水地に栽培されたそうです。

 多年草で、太い根茎から毎年群生する茎は2~3メートルになり、根元は5~8センチで直立、葉は退化しています。葉の先端に緑色の長い花軸が無数に着き、更に分岐して花がつきます。草姿は柄を下にして立てかけたモップのよう。この大型の草が繁茂した景色は美しかっただろうと想像します。

 古代エジプト人が、茎の髄を圧搾して世界最古の紙を製したことは有名です。軟らかい髄は食用、また篭や祭司用サンダルも造られました根は竹に似て、家庭器具の材料や、燃料。

 観賞用として日本にも見られます。

(2000年 5月号)

善悪を知る木~りんごとあんず(2)   池宮 妙子

 りんごは有史以前から人間の食用になっていたことは、スイス地方で発掘された先住民族の遺跡の中に炭化されたものが発見されていた事で証明されています。コーカサス、小アジア地方が原産地といわれています。4~6世紀のゲルマン民族の移動によって、野性のりんごは、西は欧州、東はインド北部を経て中国に入ったものと考えられています。

 現在でもカスピ海と欧州の間に野性のりんごが見られるそうですが、果実は3~5cmの小型で、酸味が強く、渋味があり、トリストラム氏の『聖書の植物誌1867年』には″木のように固い、ひどい果実″と。また植物学者ポスト氏は、パレスチナ、シリヤ、シナイでは野性のりんごは見かけなかったと記されています。欧州中部以北で、りんごの選択、改良が積み重ねられ、その栽培が盛んになったのは16世紀以後だそうです。

 あんずの原産地は中国北部です。アレキサンダー大王が、アジアからギリシャに持ち帰ったBC300年が最初で、その後BC100~200年に欧州に伝来、アルメリヤ地方で栽培され、南欧にひろがりました。開花二か月後に結実し、球状の果実が熟すと赤味を帯びた黄色になります。樹冠は円く、高さは 5~10m。トリストラム氏の『聖書の博物誌』には″あんずは聖地に非常に多く、聖書の句にあるすべての条件を満たす唯一の木″、″いちじくを除いて、国中で一番豊富な果実。高地にも低地にも、地中海沿岸、ヨルダン河畔、レバノン高地のふもと、ガリラヤのくぼみに繁茂して、我々は大いに喜んで、その木陰に何度もテントを張った。果実は美味、香りはリンゴのよう。金色の果実が実った枝は「金色のりんご」のよう、青白い葉は「銀の鈴」よう″と記されています。キプロス島のあんずは、今でも「金色のりんご」として知られています。

 日本では長野県中心に各地で栽培され、杏仁(きょうにん)水、杏仁油に利用されています。りんご:Malus pumild Mill. ばら科。あんず: Purnus armerica L.

(2000年 4月号)

善悪を知る木~りんごとあんず(1)   池宮 妙子

「……しかし善悪の木から取って食べてはならない。」(創世記2:16)

「女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目が引き付け、賢くなるようにそそのかしていた。女はその実を取って食べ……」(創世記3:6)

「ぶどうのお菓子でわたしを養い、りんごで力づけてください。わたしは恋に病んでいますから。」雅歌2:5(その他として同7:8、8:5)

「ぶどうの木は枯れ尽くし、いちじくの木は衰え、ざくろも、なつめやしも、りんごも、野の木はすべて実をつけることなく、人々の楽しみは枯れ尽くした。」(ヨエル1:12)

「時宜にかなって語られる言葉は、銀細工に付けられた金りんご」(箴言25:11)

 人類の始祖アダム、イヴの物語りに登場する「善悪を知る木」については、植物学者間では、聖書の文面から、りんご、すもも、あんず、オレンジ、シトロン説がありました。

 快適な木陰を作る材木で、果実は見た目に魅力的で、味は甘く、芳香があり、元気を恢復させる成分を含み、金色で、銀色の葉の中に実るという植物。古い時代から、レバント地方に生育したという植物を調べて見ました。

(2000年 3月号)

じゅごん   石垣 通子

 クジラ類と並ぶ海の哺乳類です。現在のイスラエルの最南端の接する紅海からインド洋を経て、オーストラリア近海から沖縄まで分布し、浅い海で海草を主食としています。外形の似ているマナティは南北米沿岸で分布していますが、きばはありません。

 聖書では生きたじゅごんは出て来ませんが、その皮は、エジプトを出て荒れ野を旅するイスラエルの民の聖なる幕屋の材料として使われていたのです。

 最後に、赤く染めた雄羊の毛皮で天幕の覆いを作り、更にその上をじゅごんの皮の覆いでおおう。(出エジプト26:14)

 この箇所は文語訳ではマミ、英語訳ではバッジャー(アナグマ)となっています。ここでじゅごんと訳されている言葉はもともと「水中に飛び入るもの」を意味し、アザラシやイルカ、じゅごんなどを総称した言葉と言われます。そうするとアザラシの毛皮とも考えられます。紅海にはアザラシはいませんが、地中海にはモンクアザラシがいます。色々な点でアザラシの方が適当かも知れません。

(99年12月号)

つたとひいらぎ   池宮 妙子

 ディオニソスの祭りがくると、つたの冠をかぶり、ディオニソスのための行列に参加することを強制された。(マカバイ記二 6:7)

 つたとひいらぎは、キリスト教以前から宗教儀式・祭礼に使われていたようです。

 ギリシャ人は、酒や陽気の神バッカスにつたを捧げましたし、ローマ人は農神祭(BC673-640)に使っていました。枝葉を贈るのは友情の印だったようです。

 キリスト教会では、ヘンリー四世在位(AD1422-1491)のクリスマスに使いはじめ、永遠の生命をあらわす常緑のシンボルとして、家庭でも歓迎されたようです。

 ヨーロッパ各地のクリスマスは、西洋きづたと西洋ひいらぎです。「ひいらぎ飾ろう、ファララララーラ、ラララ」 もうすぐ待降節ですネ。

赤い実がたわわにつくヒイラギモチ モチノキ科(チャイニーズ・ホーリー)

ヒイラギ モクセイ科(香りあり、一般の庭に、実なし)

セイヨウヒイラギ モチノキ科(イングリッシュ・ホーリー)

キヅタ フユヅタ ウコギ科(むさしの教会の向いの家の塀に)

セイヨウキヅタ  ウツギ科(大柴先生宅のフェンス・園芸品種)

(99年11月号)

ネズミ   石垣 通子

 ネズミとは小さい哺乳類の総称でレビ記11章の清いものと汚れたものについての規定では、地面を這い回る小爬虫類と共にひとまとめにされています。中でもモグラネズミは地中に穴を掘って暮らし、草の根を食物としてモグラ同様、目が退化しています。時に農作物に被害をかけることがあります。

 聖書にはイエネズミが登場していません。イエネズミには人家の天井裏に住むクマネズミと下水で生活するドブネズミがあります。クマネズミの原産地はインド・マレー地方の米作地帯で、日本にはお米と一緒に渡って来たようですが、西方には10世紀を過ぎた頃に広がっていったようです。一方のドブネズミは中央アジア原産でヨーロッパに広がっていったのは18世紀に入ってからです。従って、聖書の世界にはイエネズミはいなかったと考えられます。しかし、農作物に大きな被害を与えるハタネズミやノネズミ類はパレスチナにも沢山いたのです。

 サムエル記上5章には神の箱がペリシテ人に奪われた。神様がペリシテ人に様々な災いを下したので、ペリシテ人はイスラエル人に神の箱を返す時に『大地を荒らすねずみの模型を造って』一緒に返したのです。これはハタネズミでしょう。この記述は数十年に一度は起こるハタネズミによる農作物の大被害を物語っていると言えます。

(99年10月号)

ザクロ   池宮 妙子

 聖書には旧約に30回も現れ、ヘブル語ではリモン。地名化、人名化している場合もあります。サムエル下4:2。民数記33:20。ヨシュア19:7、13。列王記下5:18など。

 ザクロとしては、サムエル上14:2。ヨエル1:12。雅歌4:3。エレミヤ52:22-23。出エジプト28:33ー34。列王記上7:18。列王記下25:17。歴代誌下3:16。民数記13:23など。新約には一回も名前が出ていません。

 夏の修養会へ行く途中に、大きな実を沢山つけたザクロ樹をアチコチで見かけました。

 日本は花木として庭に植えられますが、小アジアの原産地に近い聖地では、既に2千余年前から果樹として大量に栽培されていた由。

 晩春に朱赤色の花が開き、果実は センチ位の黄赤色で、熟すと厚い皮が裂け、赤い種子の塊が現れます。この果肉はソロモンの時代から清涼飲料や氷菓子を作るのに広く用いられ、生のままで食用としたそうです。

 昔の言い伝えによれば、ザクロはエデンの園の「生命の木」で、そのために初期のキリスト教徒の美術の中では永遠の生命のシンボルとなりました。むさしの教会のステンドグラスの右の植物はザクロです。

(99年 9月)

らば(騾馬) 石垣 通子

 らばで印象深いのは、ダビデの息子の一人のアブサロムの悲劇の死の物語です。らばに乗っていて彼の長い髪が木の枝に引っかかって、らばだけが走りすぎてしまったのです。「…彼はらばに乗っていたが、らばが樫の大木のからまりあった枝の下を通ったので、頭がその木にひっかかり、…乗っていたらばはそのまま走りすぎてしまった」(サムエル記下18・9)

 当時は王家の乗り物だったようです。また国王の戴冠式でも使われています。「…わが子ソロモンをわたしのらばに乗せ…」(列王記上1・33)

 それ以外では荷物の運搬という低いレベルの用途でも出て来ます。「…牛や羊の肉など多くの食糧を、ろばやらくだ、らばや牛に積んで運んで来た。」(歴代誌上12・41)

 そしてエリヤが活躍した飢饉の時でも、「…馬やらばを生かしておく草が見つかり、家畜を殺さずに済むかもしれない…」(列王記上18・5)と配慮されています。

 詩編32になると「分別のない馬やらばのようにふるまうな。それはくつわと手綱で動きを抑えねばならない。」となります。

 らば(騾馬)は雌馬と雄ろばの雑種。馬より小形で生殖力はなく一代限り。

イトスギ~ノアの箱船の用材 池宮 妙子

 あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟には小部屋を幾つも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。次のようにしてそれを造りなさい。(創世記6章14節)

 ヒラムは使節を遣わして、こう言わせた。「御用件は確かに承りました。レバノン杉のみならず糸杉の木材についても、お望みどおりにいたしましょう。」(列王記上5章22節)

 荒れ野に杉やアカシヤを ミルトスやオリーブの木を植え 荒れ地に糸杉、樅、つげの木を共に茂らせる。(イザヤ書41章19節)

  イトスギの仲間は温帯~亜熱帯に12種あり、その中の一種セイヨウヒノキ別名ホソイトスギは、聖書の土地の山岳地帯に広く分布し、高さが20~30mの巨大な常緑針葉樹です。樹姿は狭円錐形かローソク形。直径2~3cmの松ボックリのような球根が、枝に下向きに着きます。

 材は堅く耐久性があり、古代には造船用、建築、神像を刻む材として使われていたと記されています。現在ヨーロッパでは庭園樹として用いられていますが日本では余り利用されません。

 聖書のイトスギは、正しい和名はホソイトスギ、ヒノキ科です。渡来は明治中期。日本でイトスギといわれる植物はスギ科、スギ属で、その仲間には有名な屋久杉や吉野、秋田、木曽杉などがあります。

ホソイトスギ Cupressus sempervirens(「常緑の」の意)L.

ミツバチ(蜜蜂) 石垣 通子

 ミツバチは精巧な巣を作り一致協力して生活するがせっかく集めた蜜を人間に取られてしまう。

 聖書では敵である人間を追い回す者として登場し『山地に住むアモリ人たちは‥‥蜂が‥‥』(申命記 1章44節)と凶暴なアモリ人やアッシリア人にたとえられている。イスラエル人がエジプトを出て約束された所は『乳と蜜の流れる土地』(ヨシュア記 4章 6節)であり、バプテスマのヨハネの食物が『いなごと野蜜』であり、旧約の有名な話「サムソン」ではライオンの死骸に蜜蜂の群がいた(士師記14章 8節)。

 その他ペリシテ人との戦いの最中に王子ヨナタンがサウル王の命令に背いて蜂蜜を口にした話(サムエル記上14章27節)や創世記43章11節や列王記上14章 3節には土産ものとしての蜜が記されている。

「主への畏れは‥‥蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い」(詩編19篇10~11節)。「親切な言葉は蜜の滴り、魂に甘く、骨を癒す」(箴言16章24節)ともある。

ナツメヤシ(ナツメシュロ) 池宮 妙子

 なつめやしの茂る町エリコ(申命記34・3)。なつめやしの町(士師記1・16 )。12の泉があり、70本のなつめやしが茂っていた(出エジプト記15・27)。詩編92・13。歴代誌下28・15。同下3・5。申命記8・8。士師記4・5。レビ記23・40。民数記33・9。列王記上6・29。ヨエル1・12。雅歌7・8。ネヘミヤ8・15。黙示録7・9。

 ナツメヤシの仲間(フェニックス属)は17ばかりありますが、聖地にあるのはナツメヤシの一種です。ココヤシに似た樹形で、10~25メートルもある高い一本の幹の頂きに、長さ2~3メートルの羽状複葉の葉を沢山つけます。雄花穂と雌花穂があり、一本の樹に年間15~25・のナツメ状のあまい果実をつけます。北部アフリカ原産。聖地には至るところに見られますが、昔はもっと沢山生えていたと前出の聖句によりうかがえます。 

聖書と万葉集の植物 池宮 妙子

 『聖書』の約百種の植物は、前回の表のように食用としての果樹やムギ等の農作物、衣料用繊維アマ、次いで香辛料(コショウソウ、コエンドロ、ケーパー、ヒソップ)が栽培植物として登場します。また、地中海地域の大規模な交易によって、遠方から沈香、紫檀、黒檀、没薬、乳香、肉桂等の香料、木材が外来品として登場しています。ナルドはヒマラヤ山中の高山植物帯にまれにしかない植物だそうです。

 『万葉集』は、ハギ、サクラ、ススキ、のような日本自生植物や、上位三種のウメ、タチバナ、ヤナギその他、数は少ないけれど、イネ、アワ、ムギ、ヒエ、マメ、ダイコン等々の渡来後栽培された植物が一渡り登場し、その数およそ一六六種全てが土着したものばかりです。

 香辛料、香料は少なく、染料植物は、アカネ、ムラサキ、ツルバミ(クヌギ)クレナイ(ベニバナ)、ハリ(ハンノキ)、ハジノキ(ヤマハゼ)、ヤマアイ等数多く、植物と生活のかかわり方、関心の持ち方に大きな差があった事が判ります。

 栽培植物学の中尾佐助先生は、これは主として宗教的散文に対し、叙情詩集という説明は原因の一部であって、当時の日本人がどれほど植物を具体的によく知り、自然に馴染んだ生活意識を持っていたかを今日に伝えていると言われています。

ニュウコウ(乳香) 池宮 妙子

「あなたは、香をたくために壇を作る‥」(出エジプト記30章1節)

「母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして宝物の箱をあけて黄金、乳香、没薬を贈りものとして捧げた。」(マタイ福音書2章11節)。

その他、新旧約聖書中20ケ所。

 乳香樹は、アラビヤ半島からトルコに分布する3-10mくらいの小柄な常緑樹です。固い樹皮に傷をつけて分泌液を出させると、すれると粉が出て白色半透明になり、空気にふれて、次第に黄褐色に凝固します。この芳香ゴム樹脂が乳香です。熱すると香りよく、さらに火にくべて燃すと白煙を上げ芳薫がします。

 現代でも没薬とともに、香料、和漢薬用原料として重要な植物です。芳香樹脂、精油共にハーブ店でみられます。

モツヤク(没薬) 池宮 妙子

「私は起きて、私の愛する方のために戸をあけました。私の手から没薬が、私の指から没薬の液が、かんぬきの取手の上にしたたりました。・・・その頬は良いかおりを放つ香料の花壇のよう。くちびるは没薬の液をしたたらせるゆりの花」(雅歌5章5, 13節)

「あなたは、最上の香料を取れ。液体の没薬五百シュケル、かおりの強い肉桂をその半分-二百五十シュケル-、におい菖蒲二百五十シュケル」(出エジプト記30章23節)

「そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。」(マタイ福音書2章11節)

 香料原料として有名な没薬はカンラン科のコンミフォラ・ミルラという木から採取されます。アラビア、アビシニア、東部アフリカのソマリ海岸の原産で、低木で太い硬い枝を持ち、とげがあり、岩場、ことに石灰岩に生息します。

  木材と樹皮には強い芳香があり、ゴム状の樹液が自然に幹や枝から分泌され、人為的には切れ目を入れ採取します。分泌した樹液は粘り気があり、白又は黄色味を帯びた茶色の油状ですが、枝から下の岩に滴りおちると固まります。香料、香水、薬用として使われ、死者の防腐保存に用いられました。

  日本では生育しませんが、ハーブ店で、精油と樹脂が販売されています。  

サフラン 池宮 妙子

 サフラン(Crocus sativas L.)

「ナルド、サフラン、菖蒲、肉桂に乳香の取れるすべての木、…(雅歌4章14節)」

 ソロモンの雅歌に出てくるサフランは、聖書、植物研究者によればクロッカス属(欧州の中南部、北アフリカ、西アジアに 種ちかい原種)の中の一種で、和名「サフラン」のことを指しています。英名は Saffran Crocus。

 かれんな淡紫色の花を咲かせる秋咲きのサフランは芳香強く、雌芯(めしべ)の先は鮮橙赤色で、花びらの外に垂れ下がります。この花芯を採取、乾燥し、本来は薬用として使いました。一オンス(ニ八・三五グラム)に最低四千本の花芯が必要とされます。現在は主に鑑賞用として秋花壇水栽培で楽しんだり、食品着色料、食品の香料、スパイスとしては「クロッカス」の名で売られています。

 ポプリの流行で、球根は種苗店で 月頃に販売され、9月に植えれば11月には開花。日本渡来は一八六〇年頃です。