使徒書

説教 「生きることはキリスト」 大柴譲治

フィリピ 1:12-30

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「喜びの手紙」

フィリピ書の連続講解説教を先週から始めています。「喜びの手紙」と呼ばれるほど喜びに満ち溢れているこのフィリピ書が実はパウロが牢獄の中から書いた獄中書簡の一つであるということを、先週は「キリスト・イエスの僕」という1:1の言葉を中心に学びました。本日は特に1:21、「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」という言葉に焦点を当ててゆきたいと思います。これはこのフィリピ書の中でパウロが一番伝えたかった言葉の一つであるように私には思えます。それほど私たちの心に強く心に響いてくる言葉だと思います。それはどうしてなのでしょうか。何が私たちにそれほどまでに迫ってくるのか。そのあたりを探ってまいりましょう。

福音の前進のために役立つ!

パウロがこの手紙を獄中から書いていることは12-14節に明らかです。「兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです」。

自分が投獄されていることがキリストの福音の前進に役立っているという現実をパウロは喜んでいます。この投獄の苦しみには大きな意味があるというのです。福音宣教をパウロは自らの使命としていました。そこからこの苦難をもプラスに位置づけています。「生きることはキリスト、死ぬことは益である」という表現は、自分の生も死もすべてはキリストのためにあり、キリストと共にあるのだというパウロの信仰の告白でありましょう。

しかしこのパウロの言葉は、自分のことしか見えなくなっているという次元の言葉ではありません。私たちは何かに熱中すると視野が狭くなって自分のことしか見えないということがよくあります。自分だけの世界に入ってしまって、周りが見えなくなってしまう。パウロは獄中という拘束された不自由な環境に置かれているはずなのに、その言葉には何かとても自由な息吹きが感じられます。これは大変に不思議なことです。

私などは狹いところや拘束されることが嫌いですのでそのような状況を考えただけで身の毛がよだつような思いがして、窒息してしまうような恐怖感を持ちます。そのような状況を好む人はほとんどいないでしょう。パウロも獄中で苦しまなかったわけではないと思われます。しかしその苦難をパウロは、キリストの福音の前進のために喜ぶと言っているのです。苦しみに意義を見いだすことが出来る時、その苦しみは既に乗り越えられていると言ってもよいのでありましょう。

パール・バック(1892/6/26-1973/3/6)というよく知られた米国の女流作家がいます。中国に宣教師の娘として生まれた人で、国語の教科書などにも出ていました。パール・バックは自ら母となった時、精神的に重たいハンディを背負った一人娘を育てるという格闘を通して、『大地』『息子たち』など人々の魂に強く訴えかける多くの作品を書いてゆきました。それらを通して彼女はノーベル文学賞やピュリツァー賞を与えられてゆきます。

そのパール・バックの言葉に次のような分析があります。「私が自分を中心にものごとを考えたり、したりしている限り、人生は私にとって耐えられないものでありました。そして私がその中心をほんの少しでも自分自身から外せることができるようになった時、悲しみはたとえ容易に耐えられるものではないにしても、耐えられる可能性のあるものだということを理解できるようになったのでありました」。そしてパール・バックは、「悲しみにも一つの錬金術に似たものがある。悲しみも英知に変わることがあり、それはかりに快楽をもたらすことはないにしても、幸福をもたらすことができるのだ」ということに気づいてゆくのです。

中心を自分に置くのではなく、自分の外に置くことができるということは、自分自身を(絶対化するのではなく)相対化することができるようになるということでもありましょう。「私にとって生きるとはキリスト、死ぬことは益なり」というパウロの言葉は、まさに中心を自分ではなく、キリストに置いているものとして読むことができるのだと思います。そこから大きな喜びが湧き上がってくるということをパウロは体験しているのです。

「生きるとはキリスト、死ぬとは益」

パウロは15-20節に次のように書いています。パウロにとって「中心はキリスト」ということがよく分かる文章です。

「キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。」そして21節の言葉に続きます。「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです」。

パウロはここでキリストと共に生き、キリストと共に死んでいる。キリストと生と死を分かち合っているのです。信じるということ、キリストに従うということは、パウロにとっては、キリストと共に十字架にかかり、キリストと共に復活するといういことを意味します。それほどまでにパウロとキリストが一体となっている。いつ処刑されるか分からない獄中という生と死のギリギリの場に置かれていながら、パウロはただ「キリストと共にある、キリストと結ばれている」ということだけに関心を持っているのです。それだけがパウロにとっては重要な事柄であり、それがすべてであったのです。

「死」とは「キリストと共にあること」

「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益」という言葉に続いてパウロは大変に興味深い言葉を語ります。22-25節はパウロの死生観が他のどの書簡よりも具体的に記されている箇所です。「けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です。こう確信していますから、あなたがたの信仰を深めて喜びをもたらすように、いつもあなたがた一同と共にいることになるでしょう。そうなれば、わたしが再びあなたがたのもとに姿を見せるとき、キリスト・イエスに結ばれているというあなたがたの誇りは、わたしゆえに増し加わることになります。」

パウロは死を全く恐れていません。パウロにとって「生きること」は「キリストと共に生きること」であり、キリスト抜きの生は考えられないのです。そして「死」(=「この世を去ること」)ねば「直接キリストと共にいることになる」のであって、そしてこの方が自分としては「遥かに望ましい」ことなのです。彼にとって「死」とは、自分とキリストを隔てていたものを取り除いてくれる恵みの出来事なのです。死の門をくぐると、キリストと直に相まみえて生きることになるとパウロは信じている。だから死ぬ方が遥かに望ましいと言う。しかし、「生き続けて人々のためにキリストの福音を宣べ伝えること」と「死んで直接キリストと結びつけられること」との二つの間でパウロは板挟みになっています。

ですからパウロのこの「わたしにとって生きるとはキリスト、死ぬことは益である」という言葉は、一言で言えば「インマヌエル」と理解されるべき言葉でありましょう。「神がわれらと共にいてくださる」のです。このインマヌエル、キリストが共にいましたもうという事実が獄中のパウロを支えている。インマヌエルの光がパウロを明るく照らしていると言ってもよい。この光が牢獄の闇の中にあるパウロに自由を与えているのです。「生きるとはキリスト、死ぬことは益」という言葉はこの光に照らされた者だけが告白することができるまばゆい信仰の言葉なのです。喜びの言葉であります。

私たちは自分が生きているのではなく、キリストによって生かされている。ダマスコ途上で復活のキリストと出会ったパウロにとって、キリストこそが命であり、キリストを離れてはどこにも命はないのです。それほど大きな、確かな光に照らされたパウロ。その時、パウロは三日間目が見えなくなったと使徒言行録9:9には記されています。この光は、生も死も、現在のものも将来のものも、他のどんな被造物も影をかけることのできない光なのです。

先年『世界の中心で愛を叫ぶ』という本と映画が評判になりましたが、実はパール・バックが洞察したように、「中心を自分から外す」必要があるのです。世界の中心は自分ではなくキリストであり、十字架と復活のキリストが愛を叫んでくださっているのです。このような次元に私たちもまたパウロと共にキリストによって招かれているのだということを覚えて、それを深く味わいながら新しい一週間の歩みを始めてまいりたいと思います。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2006年9月10日 聖霊降臨後第14主日聖餐礼拝 説教)

説教 「捨てて得る新しさ」 大柴譲治牧師

エフェソの信徒への手紙 4:17-24

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

年頭のご挨拶

新年おめでとうございます。新しい年もこのように教会に初詣でをして、礼拝で一年を始めることができる幸いを感謝いたします。

特に今日は出身神学生たちが参集してくれましたので、改めて私たちむさしの教会が、かつては神学校教会としてそうであったように、将来のルーテル教会に対しても責任を持っているということが目に見える形で明らかであると思います。このように見えるかたちで大勢の神学生が参集してくれるのは嬉しいことですね。本日はあと、インターン中の神崎伸神学生、そして保谷教会で奉仕中の吉岡卓神学生と、現在19名いる神学生(含教職志願者)のうち5名がむさしの教会出身の神学生ですから、皆さんも頑張って支えていただきたいと思います。

「このような時代に牧師が誕生してゆくということ自体が奇跡である」というある信徒の方のお話しを聞いたことがあります。何も牧師の誕生に限らず、いつの時代にも神の働きは貫かれてきました。人類の二千年の歴史をひも解くとき、キリストを信じる者たちにさらに困難な時代があったということを私たちは知っていますから、牧師が誕生することだけが奇跡であるとは言えない部分もあります。信仰者が誕生すること自体が奇跡なのです。私は逆にこのような闇の深い時代だからこそ、神の光のみ業が目に見える形でよく見えてくるのではないかと思っています。神が私たち自身のうちで働いてくださり、私たちの人間的な様々な中途半端さにも関わらず、私たちをキリストを信じて生きるというひとすじの生き方に招いてくださったことを感謝したいと思うのです。

信仰者の全生涯は日ごとの悔い改め

一年の最初に、私たちはやはりルーテル教会ですから、ルターの言葉を思い起こしたいと思います。1517年に公にされたと言われている95箇条の提題の最初の言葉です。「私たちの主であり、師であるイエス・キリストが、『あなたがたは悔い改めなさい・・・』と言われたとき、彼は信じる者の全生涯が悔い改めであることを欲したもうたのである。」

キリスト者の全生涯は日ごとの悔い改めなのです。毎日が悔い改めということです。内村鑑三は「一日が一生である」という意味で、「一日一生」という言葉を残していますが、私たちにとって毎日が日ごとに新しいよみがえりの命であると言ってもよい。「悔い改め」とはヘブル語では「シューブ」、ギリシャ語で「メタノイア」と言いますが、いずれも方向転換を意味しています。神の方向へと向きをしっかりと向けることなのです。地磁気に反応してコンパスがピタッと北を向いて止まるように、私たち人間の魂は神の愛に反応してピタッと神を向いて止まるように作られているのです。面白いことに「メタノイア」と書いて逆から読むと「アイノタメ」となります。「メタノイアはアイノタメ」なのです。キリストの愛のために悔い改めは起こり、悔い改めた人々は隣人を愛するために派遣されてゆくのです。

ルターも小教理問答の中で洗礼に関してこう言っています(p25)。

第四 このような水の洗礼は何を意味しますか。

答) それは、わたしたちのうちにある古いアダムが、日ごとの悔いと、ざんげとによって、すべての罪と悪い欲とともにおぼれ死に、かえって、日ごとに新しい人が現われ、よみがえり、神の前に、義と純潔とを持って永遠に生きるということを意味します。

私たちの全生涯は日ごとの悔い改めであり、毎日が新しいのです。本日は2004年の元旦(一番最初の日)ですが、キリスト者にとっては毎日が元旦なのです。この新しさはどこから来るのか。それは主イエス・キリストから来る。それが本日の主題です。

捨てて得る新しさ

本日の使徒書の日課であるエフェソの信徒への手紙4:17-24は、新共同訳聖書では「古い生き方を捨てる」という小見出しがついていますが、こう勧めています。

「(17)そこで、わたしは主によって強く勧めます。もはや、異邦人と同じように歩んではなりません。彼らは愚かな考えに従って歩み、(18)知性は暗くなり、彼らの中にある無知とその心のかたくなさのために、神の命から遠く離れています。(19)そして、無感覚になって放縦な生活をし、あらゆるふしだらな行いにふけってとどまるところを知りません。(20)しかし、あなたがたは、キリストをこのように学んだのではありません。(21)キリストについて聞き、キリストに結ばれて教えられ、真理がイエスの内にあるとおりに学んだはずです。(22)だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、(23)心の底から新たにされて、(24)神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。」

古い人を脱ぎ捨てなさいと命じているのです。古い殼を捨てて脱皮しなさいと言うのです。そうすれば心の底から新たにされるのだと。実は私たちには古いものを捨ててこそ新しさを得るという次元が確かにあるのだと思います。「しかし、確かにそうだろう。捨てられたら身軽になるのだけれど、そんなに簡単には捨てられない」、私たちは普通そう思っているのではないでしょうか。

昨年長年住んでいたところを後にして新しいところにお引っ越しをなさった教会員が何人かおられました。長い間にしらずしらずにたくさんのものが身の回りに集まっていて、それを整理するのが大変でしたと口をそろえて語っておられました。その通りだと思います。一つひとつの身の周りのものには、様々な思い出が込められていますので、簡単に捨てる訳にはゆかないのです。泣く泣く処分してゆくわけですが、しかし、私たちはヨブが語るように、持っているものに関しては、「裸で母の胎を出た、裸でかしこに帰ろう」と言う以外にはないのです。持っているものを脱ぎ捨てて心の底から新たにされてゆく以外にはない。

私たちが自分自身の内に持っている古い殼を脱ぎ捨てることは、実は私たちにとって持ち物を処分するよりももっと難しいことでありましょう。「だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません」とエフェソ書は語ります。

ロブスターの脱皮

私たちはロブスターやカニが脱皮して大きくなってゆくということを知っています。脱皮しなければ大きくなることはできないのです。ある意味では、私たち人間も同じではないかと思います。人間もロブスターと同じように、硬い殼を脱ぎ捨てなければ大きく成長してゆくことができない、そう思うのです。ロブスターは脱皮するときが一番生命の危険が大きいと言われます。硬い殼を脱ぎ捨てることができなければそのまま死んでしまうことになりますし、殼を脱ぎ捨てた時が最も無防備で無力な裸の姿を外界にさらすということになります。その時に敵に襲われたらひとたまりもありません。そのように脱皮というのは大きな身の危険を伴う作業なのです。しかし、古い硬い小さな殼を脱ぎ捨てた後、柔らかい皮膚が24時間のうちに水をたくさん吸ってやがて大きく新しい殼として固まってゆく。このことを繰り返すことなしにロブスターは大きく成長してゆくことはできないのです。

私たち信仰者にとって、信仰の成長もおそらくはそれと同じでありましょう。古い自分の殼を脱ぎ捨て、無力な弱い姿をさらすことを通して、「弱いときにこそ主にあって強い」というのはそのことを意味しましょうが、新しい信仰を与えられてゆくのであります。キリスト者の全生涯は日ごとの悔い改めであるというのは、私たちにとって毎日が古い自分を脱皮して新しくされ、成長してゆくということを意味しているのです。まさに「一日一生」であります。

2004年度の年間主題:継続 Continuity

毎年元旦礼拝にその年の年間主題を告げてまいりました。昨2003年は創造性(Creativity)、2002年は共感共苦の愛(Compassion)とずっと英語ではCから始まる標語を、私が着任した1997年9月以来、この6年間用いさせていただきました。祝宴(Celebration)、協働(Collaboration), Communication, キリスト三昧(Concentration)、共感共苦の愛( Compassion)、創造力(Creativity)と来たわけです。 実は今年は七年任期の一番最後の年ですので、一区切りとなります。いろいろ悩みましたが、やはり、継続(Continuity)しかないと思います。Challenge(挑戦)とかCommitment(献身、傾倒、参加、責任)とかも考えましたが、やはり、「何事も継続は力なり」で継続といたしました。そこには実は「初心貫徹」また「忍耐」というような思いを含めています。「初心貫徹」というのは洗礼を受けた原点を忘れないという意味です。「忍耐」というのは何事も継続してゆくためには忍耐が求められると考えるからです。

私は最近、キリストの道は職人芸的なものではないかと考えることが多くなってまいりました。小さな事柄でもコツコツと誠実に忠実に積み重ねてゆくことによって達成されてゆく職人の道なのです。キリスト者は「キリスト職人」と呼んでもよいかもしれません。池宮英才先生は宗教音楽を通して職人芸を磨くことで神を讃美しキリストへの信仰を告白してゆきましたし、松下妙子さんはケーキやクッキーを作ることやカボチャの販売やボランティア、そして妻として母として家族に使えることの中でその職人芸を磨いてゆきました。私は説教と礼拝、そして牧会ということを通して職人芸を磨き、キリスト職人として練達した信仰の生を生きているのです。それも継続Continuityのおかげです。

パウロは言っています。「(1)このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、(2)このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。(3)そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、(4)忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。(5)希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」(ローマ5:1-5)。

キリストの道を歩き続けて行くこと、これが私たちの今年の主題です。キリストに服従するとき、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出すのです。そしてこの希望は私たちを決して裏切らない希望です。キリストが十字架の上にすべてを捨ててくださったことによって得られた新しい命。私たちは古い殼を脱ぎ捨てて、新しいキリストに生きる者として毎日脱皮し、成長し続けるのです。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2004年1月1日 元旦礼拝説教)

説教 「キリスト者の自由」 大柴譲治牧師

ガラテヤの信徒への手紙 5: 1- 6

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

キリスト者の自由

本日は宗教改革記念主日。ルターがパウロによって福音の再発見をしたことを記念する主日です。本日はパウロのガラテヤ書5章から、信仰の喜びということについて思いを巡らせてまいりたいと思います。

ガラテヤ書5章の冒頭で、パウロは声を大にして言っています。「この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません」(1節)。割礼を守ること、すなわち律法を遵守するということがユダヤ人たちにとっては大問題でした。それ抜きに「救い」ということは考えられなかったのです。イエスを信じたユダヤ人キリスト者たちも律法を重んじていました。しかしパウロははっきりと言います。「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切」なのだと(6節)。この言葉は彼らにとっては大きな驚きを与えたことでしょう。主イエスがそうであったように、パウロもまた「律法からの自由」と「愛への自由」とを同時に説くのです。「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです」(13節)。本日は「キリスト者の自由」という主題で、み言葉に耳を傾けてゆきたいと思います。

ルター『キリスト者の自由』

宗教改革者マルチン・ルターの著作に『キリスト者の自由』(1520)という小さな、しかし大変に重要な本があります。岩波文庫に石原謙訳が入っていますが、徳善義和先生もそれを何度も翻訳されています。

その冒頭にある二つのテーゼは特に有名です。「キリスト者とは何であるか、また、キリストがこれに獲得して与えてくださった自由とは、どのようなものであるか、これについて聖パウロは多くのことを書いているが、われわれもこれを根底から理解できるように、私は次の二つの命題をかかげてみたい。キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服しない。キリスト者はすべてのものに仕える僕であって、だれにでも服する。この二つの命題は明らかに、聖パウロがコリント人への第一の手紙12章(9:19)に『私は全てのことにおいて自由であるが、自らだれでもの僕となった』と言っており、同じく、ローマ人への手紙13章(8節)に『あなたは互いに愛し合うことのほかは、だれにも何も負い目を負ってはならない』と言っているとおりである。ところで、愛とは、愛しているものに仕えて、それに服するものである」(徳善義和『キリスト者の自由~全訳と吟味』新地書房、1985)。

これは一見矛盾するテーゼのように感じますが、しかしそうではありません。私たちは信仰においてはだれにも従属しなくてよい。ただ絶対者である神にだけ服従するのです。モーセの第一戒に「あなたはわたしのほかになにものをも神としてはならない」とある通りです。その意味で、私たちはすべてにおいて自由な君主なのです。律法からも自由です。しかし信仰において自由な私たちは同時に、愛においてはすべての人に仕える僕でもあります。キリストがそうであったように人々に身を低くして仕えてゆくのです。「わたしにとって隣人とはだれですか」と自分の隣人を選別しようとした律法学者ではなく、目の前に強盗に襲われて傷ついて倒れた旅人がいれば助け起こしてゆくのです。私たちも「一人の小さなキリスト」(ルター)となってゆくのです。

自由とは何か

「自由」とは何でしょうか。それは一般には束縛のない状態を指していると考えられています。辞書には「他からの強制・拘束・支配などを受けないで,自らの意志や本性に従っている・こと(さま)。自らを統御する自律性、内なる必然から行為する自発性などがその内容で、これに関して当の主体の能力・権利・責任などが問題となる」とありました。

私たちが「キリスト者の自由」と言う場合には二つの次元があると思います。「…からの自由」と「…への自由」という二つです。洗礼を受けてキリストのものとしていただくことによって、私たちは律法主義から自由とされた。私たちをそれまでがんじがらめに束縛していたものすべてから自由とされたのです。それが「…からの自由」という次元です。パウロもその意味で告げています。「この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません」(1-2節)。

二週間前の10/12の主日礼拝で、M.S.姉の緊急洗礼式が報告の最後の部分で行われました。それは私たちの思いを遙かに越えた劇的なものでありました。洗礼とは神のご臨在と働きとが私たちの目に見えるかたちで目前に生起するということです。洗礼を通して私たちはキリストの力に与り、病いや罪や私たちを苦しめるもの、私たちから自分らしさを奪い取ってしまうようなものからの完全な自由を獲得するのです。以前に私はある人から洗礼を受けた時に次のような印象的な言葉を聞いたことがあります。「洗礼を受ける前には自分が生きなければいけないと思って辛かったけれども、洗礼を受けてからは自分が生きるのではない、自分は生かされているのだということを知らされてとても楽になりました」と。洗礼とは神さまが私たちをつかまえてくださることです。洗礼を受けるということは苦しみからの解放を意味します。そこにおいて私たちは「…からの自由」を与えられるのです。

そして同時に、私たちは洗礼を受けることによって神と隣人に仕えてゆく生活へと押し出されてゆきます。それが「…への自由」ということです。洗礼を受けることを通して、たとい私たちを取り巻く現実が全く変わらないとしても、私たち自身が変えられることによって、すべてを違った視点から見てゆくことができるようになる。信仰によって私たちは「愛への自由」の中に歩み入ってゆくのです。

マイク・プライス・ジャズクインテット

昨夜と一昨夜、この場所でマイク・プライスさんのジャズクインテットの演奏が行われました。マイクさんは私たちとよく礼拝を共にします。一見普通のおじさんですが、しかし一度トランペットを持つと全く別人となります。すばらしい音色で輝くような演奏をしてくださる。その音を聞いていると心が解放されてゆくのです。この後でもトランペットを持参してくださることになっていますので、一曲吹いてくださることでしょう。プロとはこのような仕事をする人のことをいうのだと思います。その背後にはたゆまぬ練習があったはずです。しかしすべてのことから自由になって、ジャズの即興演奏が行われてゆく。掛け合いの妙味もあります。ピアノとベースとトランペットとドラムとサックス、全く異なった音色を持つ5つの楽器が醸し出す音楽は、私たちに聖霊の風を感じさせてくれるコラボレーションでもありました。練習して練習して練習して、最後には、自分が弾いているのではない、自分は何もしていない、上からの力で弾かされているのだというような自由の次元が開かれる。そのような次元が芸術の世界には確かにあるのだろうと思います。そこでは能動と受動が突破されている。自分が弾いていながら自分を越えたものに弾かされているという感覚です。そこで演奏者が味わう自由の喜びは至福の瞬間でもありましょう。「一期一会」という言葉の通り、二度と戻らないかけがえのない瞬間を生きるのです。ジャズに限らず、ライブ演奏会というものは演奏者と観客との掛け合いでもありますが、ジャズは特にそうだと思います。呼吸が合う。観客も演奏者も一体となってその時間を越えた「永遠の今」とも呼ぶべき至福の時に参加し、楽しみ味わうのです。「美」というものは私たちにそのような至福の瞬間を味わわせてくれます。私自身は、ステージの真ん中にあってステンドグラスに浮かび上がったあの羊飼いイエスさまが、コンサートの間中、ずっと私たちに説教を語りかけてくださったようにも思わされました。実は、神さまのみ言葉/信仰というもの私たちにそのような自由を味わわせてくれる。その意味で信仰の喜びは音楽の喜びとよく似ています。

愛への自由

しかし同時に、そこには違う部分もあります。信仰は私たちを自由の喜びへと招き入れてくれると同時に、愛へと押し出してゆくのです。小さきもの、無力なもの、美しくはないもの、悲しく慘めな人間の現実へと信仰は私たちを押し出してゆく。先日マザーテレサがカトリック教会において聖人に列せられる一歩手前の「福者」に列せられたという記事が新聞に載りました。マザーテレサはインドのカルカッタで貧しい人々のためにすべてを捧げて仕えてゆかれた方です。そのまなざしはいつも温かさと優しさに満ちていました。

本日は島田療育センターから三人の兄弟姉妹が礼拝に出席しています。島田療育センターとの関わりはドイツから派遣された宣教師で、看護婦でもあったヨハンナ・ヘンシェル先生の大きな働きの中で培われてゆきました。ヘンシェル先生は身寄りの無い子供たちを自分の子供として愛し、関わり、育ててゆかれました。ヘンシェル先生が天に召されて既に16年が経とうとしていますが、広信さんや浩子さんは「ヘンシェルママ」と呼んで慕っています。やはり一番深いところで私たちの心を打つのは愛なのです。私たちの心を揺さぶるものは愛なのです。しかし愛は必ずしも常には美しいとは限りません。しんどいことでもあります。愛とは現実の悲しみや苦しみが錯綜する現実の中に入ってゆくということです。美も愛と結びついてゆくところにすばらしさがあるのだと思いますが、決して美しいとは言えない愛の行為の中に他のどこにおいてよりも美しい笑顔が実現するのです。マザーテレサやヘンシェル先生のまぶしい笑顔を私たちは忘れることはできません。「思い出すのはいつもあなたの笑顔ばかり」と歌う『なだそうそう』という歌ではありませんが、笑顔というものは永遠なるものを宿しているのだと思います。どんなに辛く悲しい現実の中にあっても、そこに愛がある限りそこは輝いています。信仰の目にしか見えないのですが、み子イエスの十字架にはそのような真実の愛が輝いているのです。

キリスト者の自由とは「律法主義からの解放(自由)」であると共に、「愛への自由」なのです。その両方を私たちは心に覚えつつ、独り子を賜るほどにこの世を愛してくださったお方の熱い愛の中に新しい一週間を始めたいと思います。

ここにお集まりのお一人おひとりの上に神さまの豊かな祝福がありますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2003年10月26日 宗教改革記念主日聖餐礼拝説教)

説教 「創造の喜び」  大柴譲治牧師

コリントの信徒への手紙 二 5:17

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

キース・ジャレット

二年半ほど前のむさしのだよりの巻頭言(2000年9月号)に私は、「神の息吹によるインプロビゼーション(即興演奏)~キース・ジャレット」と題して次のような文章を書かせていただきました。

キース・ジャレットというジャズピアニストがいる。ケルンコンサートやパリコンサートなど、演奏した地名がそのままCDのタイトルになることが多い。それはその演奏がその土地の名前で呼ばれる以外にない完全な即興演奏だからである。英語ではそれを improvisation と呼ぶ。即興演奏である限り二度と同じ演奏はできない。その場限り、その時限りである。唯一回の今を生きる。一期一会を生きる。その演奏を聴きながらそのことの大切さを思う。

キース・ジャレットの語る言葉がこれまたすごい。「私は自分で創造できる男だとは思わない。しかし創造への道は目指しているつもりである。私は創造の神を信じる。事実このCDの演奏は、私という媒体を通じて、創造の神から届けられたものである。なし得る限り、俗塵の介入を防ぎ、純粋度を保ったつもりである。こうした作業をした私はなんと呼ばれるべきであろうか。創造の神が私を何と呼んでくださったか、私はおぼえていないのである」(『ケルンコンサート』ジャケットノートより)。彼の言葉を知った上でもう一度その演奏を聴くと鳥肌が立つような思いを持つ。

まだまだ残暑の厳しい日が続いているが、暑さを忘れさせてくれるような演奏がある。私たちは10月8日にはむさしの教会の宣教75周年を共に喜び祝おうとしている。この現在を過去と未来とに結びつけて位置づけてゆきたい。神のいのちの霊がキリストの教会を生かすのだ。私たちもまた創造の神から霊の息吹をいただいて、私たちのいのちの瞬間々々を即興的に刻んでゆきたいと願う。一期一会の出会いを大切にしながら。

キース・ジャレット演奏をしばらく挿入

ここで『ケルンコンサート』の最初の部分を聴いてみたいと思います。(♪ ケルンコンサートの冒頭部分にしばらく耳を傾ける ♪) このような即興演奏が、楽譜なしに、1時間以上も続くのです。

Creativity クリエイティビティー

総会資料の2003年の宣教方針というところに書かせていただきましたが、今年はご一緒にCreativeな一年を味わいながら過ごして参りたいと思います。創造主(the Creator)なる神さまを見上げて、そこから与えられる生命の創造の霊を感じながら歩みたいのです。キース・ジャレットではないですが、上よりの風を感じつつ、クリエイティブ(創造的)に生きたいと思います。

私たちに託されている生命のエネルギーを破壊的にではなく創造的に用いてゆきたいのです。それはおそらくこの現実の世界の中では容易なことではないでしょう。秩序正しく組み立ててゆくことは秩序を崩してゆくことよりも遥かに困難なことだからです。

私は1995年4月より、福山教会の牧会を離れた後、フィラデルフィア留学前の四ヶ月間を留学準備の時として過ごしました。ある福山教会員のアパートの4階に住まわせていただいたのですが、毎日英語の勉強に疲れるとベランダから外を見て、遠くの山や川、空や近くの家々などをぼんやりと眺めていました。ある日、一軒の古い家が取り壊されるのを見ていましたら、アッという間にそれはブルドーザーで壊されてゆくのです。一日で何もない更地になりました。しかし、それからは時間がかかりました。何ヶ月もかけて新しい家を建ててゆくのです。壞すのは一瞬(たった一日)でしたが造り上げてゆくのには何ヶ月もかかった。破壊(すなわち無秩序にしてゆくこと)は一瞬ですが、創造(秩序正しく組み立ててゆくことに)は時間がかかるのです。これは何年も何十年もかかって積み上げてきたものがあっという間に積み木崩しのように崩されてしまうことと似ています。

創造的に生きるための基礎練習

先のキース・ジャレットの演奏も、音階練習や和声の動きなど、絶え間のない基礎練習、基礎的な技術の積み重ねの上に成立しています。最初から勝手にやっているわけではないのです。まったくピアノを弾けない私のような者が弾いても不協和音ばかりになってしまいます。基礎を身につけ、そのテクニックを自由自在に応用することができるところまできて初めて、「無」となって、「自分は何もしていない」と言うことができるのです。

creativity/創造性ということを考えるとき、私たちにはやはり基礎訓練が必要なのでありましょう。創造の喜びを味わうためには、忍耐をもって丁寧に基礎を身に付ける作業が必要です。その上で初めて自由に風の吹くままに創造のみ業に参与してゆくことができるのではないかと思います。書道や茶道、華道や武道、また音楽や美術や焼き物などクリエイティブなお仕事や趣味を持っておられる方はよくお分かりになると思います。何事も基本形が大切なのです。それらを組み合わせて応用してゆくのです。

では、私たちにとってクリエイティブに生きるための基礎訓練、音階練習とは何でしょうか。私たちにとっての基礎訓練、創造の源は、やはり、日ごとの祈りであり、み言葉でありましょう。神さまとの対話です。私たちの思いを、要所要所で神さまに向けてゆくことです。そして、他者に対して小さな奉仕を積み重ねてゆくことでしょう。

論語にはよく知られているこういう言葉があります。「われ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、矩を越えず」と。(子曰く、「私は、十五にして学問を志し、三十にして独自の見解を持つようになり、四十にしてあれこれと惑わず、五十にして天命をわきまえ、六十にして人の言葉が素直に聞かれ、七十にして心の思うままに振舞って、道を外すことがなくなった。」)

私はこれを思い起こすたびに、自分とはずいぶん違うなあと思います。15歳の時に私は学問も何も分かりませんでしたし、30歳の頃(29歳)にようやく牧師として立ち得たのですが、40歳の不惑の歳を迎えてもまだ惑いばかりでした。今も破れたところ、欠けたところばかりなのですが、それでも何とかこの70歳の自由な境地に達すべく、それまでの年月を積み重ねてゆくことが大切なのだろうと思います。そのためにも「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(2コリント5:17)と語られていたように、日ごとにキリストとつながり続けることがクリエイティブに生きるための基礎訓練として大切であると思います。

今年の標語は Creativity/創造性 ということで神さまの聖霊の息吹を感じながら、一年間を過ごして参りたいと思います。人間の罪の現実の中で、どれほど破壊的な事柄が多く起ころうとも、どれほど行き詰まりばかりに見えようとも、愛とは造り上げてゆく力なのです。「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」(1コリント8:1)とパウロは言っています。また、「為ん方つくれども希望を失わず」とも語ります(2コリント4:8)。そこには神からの愛の風が吹いている。万物を創造してゆく神の力、それは愛なのです。キリストの愛の息吹(風)をいただいて、神さまから託されたこの命を味わいながら、クリエイティブに生きる。そのような一年の歩みをご一緒に歩んでまいりましょう。

お一人おひとりの上に神さまの豊かな聖霊の力が注がれますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2003年2月2日 むさしの教会総会礼拝説教)

説教 「一から始まり、一に戻る」  柴田千頭男牧師

ヨハネの黙示録 7: 9-17

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

光の中の光

武蔵野教会のみなさん、お招き感謝いたします。共に神様を賛美し、み言葉を聞くことを通し、今日の礼拝が祝福され、大きな喜びと励ましが上より与えられ、わたしたちの信仰の歩みが強められますようお祈りします。

本日の礼拝では、自由に聖書のみ言葉を選んでもよい、と大柴先生に言っていただきましたので、礼拝後に予定されているわたしの講義との関係も考えて祈り、ただいま拝読したみ言葉が与えられました。ヨハネ黙示録は、文字どおり黙示、まぼろしを中心にした書です。著者ヨハネは、1章9節で、『わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモスと呼ばれる島にいた』と言っていますから、彼がトルコのエーゲ海側で、エペソの遥か沖にある島パトモスにいたことは確かです。しかし、それは伝道のためかというと、キリスト教伝道の初期にそんな不便な島が選ばれることはまず考えにくいことです。古来、推論されていることは、彼はそこに流刑になっていた、ということです。キリスト教とローマ帝国の間にあった一種の蜜月時代が終了し、ローマが皇帝を神とし、皇帝礼拝を民衆に強制したことから、いやでもキリスト教はローマと真正面から対決することになり、迫害の時代にはいりました。皇帝へではなく、まず神への忠節を貫き、自己の信仰の姿勢をはっきりさせたため、ヨハネはパトモスの島に流刑になった、ということです。日本の歴史になぞらえて言うなら、信長とキリシタンの蜜月時代が彼の死によって突如終結し、秀吉をへて、家康の時代にはいり、世界に類をみない迫害の時代にはいっていった、その頃のような状況と考えてよいでしょう。そこでは信仰することは、命を落とすことになりかねない時代、そういう、まるでトンネルの中、暗黒の中にはいってしまった時代に、ヨハネは、その行く手にある光を目撃し、暗黒にあるからこそ、その光を希望としてひとびとに指し示しているのです。きょうのみ言葉は、その光のなかの光とでもいうべきところです。歴史の終わりに起こること、わたしたちがいま信じていることが、もう信じるということから、見えるかたちで具体的に完成する時、そういう終末、そういう到着点、そしてそこから始まる神と人との新しい世界をヨハネは、迫害の中を生きている人々にみせたのです。玉座にいる小羊、イエスがわたしたちの牧者になり、命の泉へと導き、わたしたちの目から涙をことごとくぬぐいとってくださる時が必ず来るのです。わたしは今日、特にこのまぼろしの冒頭の言葉に皆さんの注意をうながしたい。『この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、大声で神と小羊、イエスを賛美している』というのです。あらゆる違いがなくなり、人類が一つになった時には、こうなる、というのです。この一になるところへ向けて、神が歴史を動かしておられる。それがヨハネの言っていることです。

聖書における一

しかし、人類が一つになる、そんなことが本当に起こり得るのでしょうか。それこそ夢みたいな、まぼろしにすぎないのか。けさ、わたしはこの一ということに集中的に注目して、み言葉に学びたい。聖書で一ということがもっとも顕著に語られている箇所は、ご存じのように、使徒パウロのローマの信徒に与えた手紙の5章17からです。次のようにパウロは言っています、「一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス・キリストを通して生き、支配するようになるのです。そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです」。一人、乃至一という数字が、この5章12節から19節のわずか7節の間に、何と12回出てまいります。たった7節の間に12回同じ言葉が繰り返されているわけですから、これは異常です。他にこうした例をあげれば、コヘレトの言葉3章でしょう。何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれる時、死ぬ時、植える時、云々と次々に『時』と言う言葉が30回も繰り返されています。しかしコヘレトは一種の哲学的な文章ですから、こうしたたたみかけるような繰り返しの文章があっても不思議ではありません。しかしパウロの場合、これは純然たる手紙なのですから、これはやはり特別中の特別な箇所と言わざるを得ません。パウロはここで、一人、一ということをこんな風に最大限に強調しているのですが、それはなにも文章のレトリック、文章技術の問題ではないのです。皆さんにここがわかって欲しい、ここを理解して欲しいという思いが、パウロにこのような手紙を書かせているのです。『一つ』になるということは、かくも重要なことなのです。

「一枚の木の葉を手にいれれば」

一、あるいは、ひとつ、これは数字の最も小さい数字です。しかし出発点であり、また基本です。ゼロという数字があっても、それはある意味では無を示すわけですから、やはりものの存在を有としてとらえる場合、一が出発点でしょう。少し前に機会があって、わたしは家内と一緒に茨城県の五浦(いずら)を訪ねました。知る人ぞ知る、岡倉天心が東京美術学校校長の職を離れ、日本美術院を創設し、そこに居を移し、横山大観など、後の日本美術界の大御所になった人々を集め、活動をした所です。今、立派な天心美術館がありますが、そこに安田ゆき彦と小倉遊亀さんの作品がありました。わたしは絵のことは、全くわからないのですが、安田ゆき彦は小倉さんの先生で、いつか小倉さんが語っておられた話を読み、わたしは深い感動を覚えたことがあります。それを思い出しました。小倉さんが画家として立つかどうか、迷いぬいていた時に、画家として立つことを決心させたのはこの安田ゆき彦の言葉だったというのです。その言葉は『一枚の木の葉を手にいれれば、宇宙を手にいれたことになる』というような言葉でした。一枚から宇宙が見えてくる。絵の世界とはそういうものでしょう。それほど一枚、一が重要なのです。

世界の現実の闇の中で

これは良い意味での一の貴さを語る話です。しかし、このところ世界のあちら、こちらでは『ひとり』あるいは『一』ということをないがしろにした事件の続出です。インドネシアのバリ島で200名ちかい人が犠牲になったと思ったら、その記憶も消えぬうちに、モスクワでは、120名ちかい人がやはり犠牲になる事件が起こる。ホーチミン市では火災でやはり百人以上の人が命を落とす、というニュースが飛び込んでくる、と言った具合です。その間にあちら、こちらで10人、20人くらいの人が殺害されるといった報道、地震でこどもが十数名命を落とした、という辛い話がはいってきます。それらがみなここ一月ぐらいのことです。そのような中で、独裁者スターリンが言ったという言葉が新聞などで目にとまりました。一人の死は悲劇だが、百万人の死は、単なる統計にすぎなくなる。いつ、どこで、彼がそういうことを言ったのか知りませんが、このように人の死がたばねて報道されますと、たしかに統計になってしまいかねません。わたしたちの生きている時代は、こういう時代なのです。そういう時代に生きるためには、一人の死は辛い、悲しいことなのだ、という『一人』の人間の立場にいつも立つ、するどい意識を持っていなければ、わたしたち自身の中でも、人の死を統計の一部にする、麻痺した感覚になる危険があります。イエスは、人を十把ひとからげにして決して論じません。ある教会学者は、とくにマルコ福音書の最初の数章でイエスはいつも少ない人数を相手にされたことを重要視しています。人々が群衆になるとイエスの方から身をひかれ、ひとりになる。あるいは、ひとりの人間をそこから連れ出して一対一になって話される、ということがそこに繰り返されている、それこそ教会の姿だというのです。

こうした神の子イエスのひとり、ひとりの人間にたいする配慮が、やがてこの宇宙的なスケールで結集して起こると言ったら、皆さんは信じますか。しかしヨハネが今日、わたしたちにはっきり示していることは、それなのです。神が、神の愛ゆえに、恵みとみ力をひとりひとりに注がれる、しかし、一つ一つの一から、全体をまとめあげた一、愛が全体に及ぶのです。人類は神の愛のわざのなかで一つにされるのです。ここにキリスト教が普遍宗教だという根拠があるのです。「玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとく、ぬぐわれるからである」ということが、すべてにゆきわたるのです。イエスさまが直接わたしたちを牧してくださり、永遠の命あずかることをゆるされた人々全員が、地上での区別を超えて、恵みの世界に生きることをゆるされる、というのです。これが、わたしたちの行く手に待っている、わたしたちのゴールなのです。だからもうそこには、争いなどは起こりようもない。神賛美に声をあわせるだけです。国連が創設された時、国連の希望のしるしとしてあのイザヤ書2章の、「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とし、国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」という聖書の言葉が選ばれ、壁にしるされましたが、ヨハネのこのまぼろしこそ、いまは本当に希望の言葉ではないかとすらわたしは思います。これは幻ではないのです。そこにパウロの言葉の意味の重さがあるのです。

パウロは言いました。ひとりの人、アダムの罪によって死が全人類におよび、すべての人が罪人となってしまった。しかし、いまやひとりの人イエスによって、その十字架の上の死と復活という恵みによって、すべての人が恵み、命を与えられたのだ、と。これを信じられないなら、私たちの信仰とはなんなのか、国家、種族、民族、言葉を越え、救いという出来事の中で人類が一つにされるということが信じられないなら、キリスト教はなにをもって自分を世界宗教だと言えるのか。この一、小倉さんの言葉を使わせていただけば、一枚の葉をわたしたちは手にいだいているのです。その一枚の葉から自分の人生、この世界、人類の行く手を見ることができるということ、これがキリスト教信仰ではないか。これこそがキリスト教徒が自分の行く手に見ている、もっともたしかな希望、神の約束…、この世のもろもろの約束や希望が朝露のように消え去っても、残り続ける希望であり、約束として、わたしたちは見あげていくのです。

一とされることの証し人

最後にわたしはひとりの神学者の非常に示唆にとんだ言葉を紹介してこの奉仕を終わります。スエーデン神学者ウィングレンは、われわれはイエスによって、創世記12章までのところへ帰るのだ、と言っています。どういう意味かと申しますと、創世記12章までは、聖書は分裂した国家や民族についてはなにも書いていない。そこでは神によって創造された人間、人類が描かれているのだ。アブラハム以降になるとイスラエル民族が主人公になり、いろいろな国が生まれ、そこでの葛藤、戦いの歴史が延々と書かれ、歴史は扇の末広がりのようになっていくが、しかし神はイエスをおくることによって、その末広がりが、逆に再び一点に帰っていくのだ。イエスにあって人類は創世記12章以前へ戻るのだ。われわれは創世記12章までをそういう意味においても大切にするのだ。ばらばらの人類は神の創造の時にはない。しかしイエスにあってばらばらになる以前の人類へ、われわれは帰ることがゆるされたのだ、とウィングレンは言うのです。これがまたパウロがローマの信徒への手紙5章で、一、一、一、と繰り返し一を強調している内容なのです。いまこの大混乱の時をも生きているわたしたちは、なによりも、この一とされることの証し人でなければならない。それが現代の重要な宣教でもある。トンネルの中に入ってしまったこの世界に、トンネルの行く手にある光をわれわれは指し示していくのです。憎しみをエネルギーにしているようなこの世界に、そうではない、神は人類を一つに結集してくださっているのだ、というこの神のみ業、その愛を証ししていかねばなりません。そのような証し人の家族としてのこの武蔵野教会に祝福あれ、アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2002年11月10日 聖霊降臨後第25主日礼拝説教)

柴田千頭男牧師は、静岡県出身の日本ルーテル教団引退牧師。飯田橋ルーテルセンター教会牧師、教団議長、ルーテル学院大学教授(実践神学「宣教学」「説教学」「牧会学」)などを歴任。新共同訳聖書旧約と続編の翻訳者としても関わる。その説教者、牧会者、伝道者としてのパトスのある働きには定評がある。現在はルーテル学院大学名誉教授。この日には、礼拝後に「葬と儀」という題で柴田先生よりご講演をいただいた。

説教 「敵意を突破するために」  大柴譲治牧師

エフェソの信徒への手紙 2:13-18

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

「敵意」とは何か

私たちは「敵意」ということを体験的によく知っています。それは恐怖や警戒心、怒りや憎悪、恨みや恥、復讐心、などといった感情に密接に結びついた根深い感情の一つです。敵意を持ったまなざしに不意に気づいて驚かされたというような経験は、誰しもが持っているのではないでしょうか。あからさまであるか隠された仕方であるかには違いがあるにせよ、私たちは向かいあう相手が自分に対して敵意を持っているのか好意を持っているのか、ということには意外と敏感に察知することができるように思います。これは赤ちゃんの頃からの習性でしょうか。赤ちゃんや子どもなどは、自らは全く無力であるにも関わらず、無力であるがゆえにと言うべきでしょうか、第六感とも呼ぶべきものによって自分に好意的である人を直観的に識別できるからです。

それにしてもどのようなときに私たちは敵意を抱くのかを少し見てゆきたいと思います。私たちは自分の存在が脅かされるとき、自分の愛するもの、大切にしているものが傷つけられ奪われようとするとき、あるいはそのような危険を感じたときに、相手に対して強い敵意を持ちます。「敵意」とは徹底的に敵を排除しようとする感情です。それは逆に言えば、自分を守ろうとする感情であると言えましょう。敵意とは、怒りがそうであるように、極めて自己防衛的な感情であると思われます。

私たちが誰かに対して敵意を持つとき、その時は私たちは脅威を感じて自分自身を守ろうと身構えているとも言えましょう。敵意とは自分に襲いかかってくる相手に防戦するために必要な本能的な感情でもあるのです。もしこれがなかったら私たちは自分の身を守ることはできないのではないかとも思われます。生きてゆく上で適度な敵意というものは必要であるのではないか、そうでなければ私たちはあまりに無防備になってしまうことでしょう。そのように、敵意を持つことは本能的に正しいことであり、それは不可抗力なのだと私たちは深いところで感じているのではないでしょうか。もちろん、そこでは、人間が敵意と恐怖とによって支配されてしまい、暴力に対しては暴力をもっての終わりのない復讐を繰り返しあう現実の人間の愚かさ、悲惨といったものをも感じます。そのような側面を見てゆくとき、生きることはまことに辛いことであると言わなければなりません。

「キリストこそ平和」

しかし、聖書は私たちに全く違うことを告げています。平和主日の本日与えられたエフェソ書2章の日課は主イエスの生き方に沿って語られています。

「しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。」

キリストはわたしたちの平和であり、二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、十字架によって敵意を滅ぼされたと告げられています。現実には「敵意」が私たち人間を分断しています。様々な次元で、一人を他から隔てる「隔ての中垣」となっているのです。敵意を持つとき、人は身を固くし、身構えます。攻撃に備え、すぐさま反撃に移れるように対処しているのです。しかし、キリストはそうではなかった。キリストの十字架は全く無力なまま、人々の敵意と憎悪のえじきとなった一人の慘めな人間の姿を表しています。「十字架につけろ」と叫ぶ群衆の前で、キリストは全く無力なままでした。そして慘めな姿で十字架に架けられてゆくのです。

しかし、その全く無力に見える十字架の出来事に、神の救いと勝利が隠されていたのだということを聖書は主の復活の光の中で告げています。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか分からずにいるのです」と十字架上で祈られた主イエス。死の激痛の中で、自分を殺そうとする者たちのために執り成しの祈りを捧げられたのです。「敵を愛し、迫害するもののために祈りなさい」とかつて語られた通りに生き、心で行かれた主イエス。敵意を捨てられたお方イエス。このお方こそわたしたちの平和であり、二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、十字架によって敵意を滅ぼされたと聖書は告げています。キリストこそ神からの和解の使者であったのです。

敵意の氾濫するこの世界でキリストを信じるということは、考えてみればたいへんなことです。自分の身は自分で守らなければならない現実世界です。「一寸先は闇」という言い方がありますが、何が起こるか分からない。しかしそのような中で、敵意という隔ての中垣が取り壊された生き方が私たちには提示されている。それはどのような生き方なのでしょうか。遠藤周作と宮沢賢治を引きながら、二つの具体的な生き方を考えてみたいと思います。

「おバカさん」のイメージ

遠藤周作の作品の中に『おバカさん』という小説があります。1959年に朝日新聞の夕刊に載った新聞連載小説です。歌舞伎町でエポペというパブをしているジョルジュ・ネラン神父をモデルにしたということですが、それはフランス人のナポレオン・ボナパルトの子孫という一人の馬面のお人よしの青年が主人公です。

私にとっては、数ある遠藤周作の作品の中でも最も優れたものの一つと考えているくらい好きな作品です。ドジで間抜けで徹底的にお人よしなおバカさん。自分のことは全く省みず、人のことばかり心配して行動し、やることなすこと損ばかりしているおバカさん。

たとえばこういう場面があります。やくざにけんかを売られて、ガストンが殴られる場面です。

突然、西野の体が軍鶏のようにとびあがると、その両手、両足がガストンの腹とひざとにぶつかった。
「オウ!」
大きな体をくの字に曲げてガストンは、
「オウ、ノン、ノン、・・・チュ、マ、ヘ、マール」
「野郎」
あまりの痛さに日本語を忘れたのか、身もだえして何かうめいているガストンを、西野はさらに・・・二撃、三撃、足でけりあげる。取り巻いていた見物人はつばをのみこんで、この奇妙な風景をみていた。半分の痛々しい同情と、半分の快感と ー ちょうど小さな力道山が大きなシャープ兄弟をやっつけたときの日本人特有の快感を、群衆はたしかに味わったにちがいない。だれもガストンを助けようとはしなかった。
やがて、ガストンは大きな手をゆっくりとあげた。西野の顏をじっと見つめた。人々は、この外人が遂に怒ったのを感じたのである・・・。

けれども ー
ガストンはさしあげた両手で・・・長い山イモのオバケのような顏を覆っただけであった。顏を覆ったまま、しばらくの間、じっと動かなかった・・・。
かたずをのんで何かを期待していた見物人たちは静まり返ったまま、この異様な外人の一挙一動を注目していた。愚連隊の連中も ー 次の攻撃に移ろうとして軍鶏のような身構えをした西野もあっけにとられて、相手を見あげていた。
「オウ・・・ノン、ノン」
手を離したガストンの目から数珠玉のような涙が流れた。
「オウ、ノン、ノン、・・・いけません」
「・・・」
「なぜ、わたし・・・いじめます?」
「・・・」
まるで大きな牛が主人にむち打たれる旅に、ポロポロ泣いているようだった。鈍重な牛でも不法にいじめられれば涙を流すのである。ガストンの長い馬面にはその牛の暗い悲しみがいっぱいにあふれていた。
「チョッ、大きな図体をしてヨ、泣きやがってヨオ・・・」
愚連隊の一人が ー 手に玩具をもてあそんでいた例の白痴のようなチンピラが、吐きすてるように言ったが、その声はしらじらと流れていった。
「みんな、友だち・・・」ガストンは途切れ、途切れに訴えた。
「みんな、友だち・・・」
「・・・」
「なぜ・・・なぜ・・・」
「・・・」
「なぜ・・・なぜ・・・」
見物していた日本人たちは顏をそむけて散らばりはじめた。上着を肩にひっかけていた愚連隊の兄貴もプイと・・・うしろをむくと歩きだした。なぜかわからぬが、だれもが後味の悪い屈辱感に心をみたされていた。なぜかわからぬが、だれもが寂しさとも悔いともつかぬものに胸をしめつけられていた。

(遠藤周作全集5『おバカさん』、新潮社、p52-3)

この無力で心の優しいガストン・ボナパルトという一人のおバカさんの姿の中に、イザヤ書53章に預言されている苦難の僕のイメージが重なってくるのです。そしてそれは、とりもなおさず、あの十字架のキリストのイメージなのです。

わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。
主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。
乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、
この人は主の前に育った。見るべき面影はなく、
輝かしい風格も、好ましい容姿もない。
彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、
病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し、
わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。
彼が担ったのはわたしたちの病、
彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、
わたしたちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。
彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、
彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。
彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ
彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。
(イザヤ53:1-5)

「デクノボー」のイメージ

全くのお人よしで、自分のことは全然考えず、すべてを人々に与え尽くし、十字架へと掛けられていったイエス。それは宮沢賢治の「デクノボー」にも通じる世界でもありましょう。遠藤周作も実は、先に引用した愚連隊に殴られる直前の場面で、ガストンを「でくのぼう」と呼んでいるのです(p52)。宮沢賢治があの「雨にも負けず、風にも負けず」という有名な詩を書いたときには、十字架のキリストの姿を思い描いていたのではなかったかと私には思えてなりません。そして遠藤周作は「おバカさん」の中にキリストとデクノボーとの両方のイメージを思い描いていたことでしょう。

「雨にも負けず!」    宮沢賢治

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な身体を持ち
欲はなく決していからず いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と味噌と 少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず

野原の松の林の蔭の 小さな萱葺きの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い

日照りのときは涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず

そういうものに 私はなりたい

多くの説明はいらないでしょう。私たちはただ、キリストが十字架においてそうであられたように、人と人との心をつなぐ和解の務めを委ねられているということです。敵意という隔ての中垣を突破するためには、この「デクノボー」のような、「おバカさん」のような、お人よしで、自分を無にすることに一途で、雨にも負けず風にも負けずに愛に生き、ひとすじの信仰を貫く姿勢があればよいのです。そしてそれらが他の人から認められなくてもよい。見えないところを見ていてくださる神さまだけはご存知だからです。

そしてキリストの十字架は、そのような生き方がたとえどのような困難な状況の中にあっても可能であるということを私たちに示しています。キリストこそ私たちの平和であり、私たちのために「おバカさん」に、「デクノボー」になってくださった。このような他に対して開かれた生き方こそ、私たちの模範であります。

自分のことを忘れて人のために生きる。そのような生き方の中に私たちは、ハッとしてホッとするような、さわやかな風を感じるのではないでしょうか。イエスさまご自身の「受けるよりは与えるほうが幸いである」という言葉が使徒言行録の20章に記されていますが、私たちもどこかで自分のことを忘れて、損をしながらも、人のために生きるという部分があるのだと思います。家族のため、仕事のため、友人のため、趣味のため、ボランティアのため、教会のため、様々な次元で私たちは、おバカさんでありデクノボーであってよいのです。

聖餐への招き

本日は聖餐式にあずかります。私たちは主の恵みの食卓に招かれています。ご一緒に分かち合われるパンとぶどう酒を味わいたいと思います。私のためにあの十字架の上にかかり、敵意という隔ての中垣を打ち砕いてくださったお方の力にあずかりたいと思います。ここにおいてこそ、私たちを平和の噐として生かす神の力の源があるからです。

新しい一週間の歩みの上に、キリストの力が宿りますように。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2002年 8月 4日 平和主日聖餐礼拝 説教)

説教 「平和と愛と喜び」 大柴譲治牧師

エフェソの信徒への手紙 2:13-18

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

花火大会

昨夜(8月4日)は東京では花火大会がたくさん行われたようです。皆さんの中にも見にゆかれた方がおられるかも知れません。教会でも夜8時になりますと、豊島園でしょうか花火大会が行われていたようで、比較的近くに花火の音が一時間ほど続いていました。私はしかし、実はそれを複雑な思いで聞いていたのです。

一週間ほど前、私は韓国の雪岳山と書いて「ソラクサン」と読む、韓国北東部の海の近くにある韓国有数のリゾート地で、韓国の親族たちと一緒に夏休みを過ごしていました。そこは38度線よりも北にある国境沿いの地域でもありました。夜皆で近くの川原に散歩に出かけたときに、花火の音がして、空が明るくなったのです。「ああ、今夜はここでも花火大会があるのですね」と言ったら、妻の姉のご主人が「おそらくあれは花火ではないだろう。軍隊の練習ではないか」という言葉を小さく語られたということを後から妻から聞いて、少し恥ずかしい気持ちになったのです。ドーンパラパラパラとそれは全く花火と同じ音でした。空に光が上がったのも照明弾であったようです。

日本にいると「平和」であるということが当たり前に感じますが、実は世界ではそうではない。至るところで紛争があり、戦争があり、暴力によって命が奪われているのです。そして愛する者を守るために力に対抗するためにこちら側も力を備えなければならないという悲しみに充ちた現実があるのです。

ここにお集まりの年輩の方々の中には、花火の音を聞くと、戦争中のことを思い起こす方々がおられるのではないかと思います。私はこの教会に着任した4年前の夏、現在はご入院中ですが、当時90才の緒方順子さんから、戦争の時にまだ小さかったご自分の息子さんを亡くされ、自分で薪を組んでその遺体を火葬にふしたということをお聞きして言葉を失いました。皆さまの中にもそのような悲しみの体験を重ねてこられた方は少なからずおられるのではないでしょうか。この8月には戦争の苦しみを思い起こされる方もおられましょう。

 池田政一牧師について

しばらく前に、戦争中に一年の間、獄に囚われた池田政一牧師の引退記念文集である『わが生涯の傷跡』を読みました。それは甲府教会のメンバーたちによって1979年に編集されたもので、その編集者のお一人が佐藤福子(旧姓山本)姉でした。この本も福子さんにお借りしているものです。

池田牧師はもともとホーリネス教会(日本基督教団教団第6部)の牧師でしたが、戦後は日本福音ルーテル教会牧師として働きました。静岡、島田、焼津、甲府の教会を歴任。獄中にいたときに、幼いお嬢さんを一人亡くされています。

池田牧師の獄中で作られた短歌のいくつかをご紹介いたしましょう。獄中にあった池田先生の揺れ動く思いが伝わってきます。

律法の光つめたき獄にも めぐみの光あたたかにして

鉄窓の深夜に醒めて祈るかも 我が日の本の国やすかれと

これやこの人に知られぬ道ならむ 黙して仰げ主の十字架を

千年も昨日の夢と過ぐるらん 神のみ前に心澄まへば

鉄窓の霊なる我は悟れども 肉なる我はいたく悩めり

聖僧の如く悟りて座りませ 飢えも渇きもせめも恥をも

妻子らの名を彫りつけて偲び泣く 男ありたり此のひとやにも

日本基督教樹立のための犠牲(にれ)なれば などか恥なん獄にあるを

我が身にて我が身にあらぬ我が身かな 飲むも食うも出ずるも入るも

差し入れの来たりし時は目に涙 子供の如くなりてよろこぶ

こころを吐露して乞へどにべもなく 閉じられにけり重き鎧戸

涙して辿る獄の谷底に 人の情の泉をぞ知る

鳴かずんば鳴くまで待たうほととぎす おのづからなる時のいたるを

武士道も基督道も身を捨てて 死ぬることにぞ真ありけり

たどりつく岸辺あるらむ潮騒や 時の流れに身をば托して

こおろぎのいたく鳴く夜半鉄窓に いとし子の死を知りて悲しむ

帰る日のあるべき父を待たずして 吾子は帰らぬ人となりけり

キリストと出会うということは、ある時にはこのような苦難の十字架をも背負うということでもあるのだということを痛切に思わされた書物でした。現実には私たちの人生には、そのようにいわれなき苦しみ、痛みを背負わされることがあります。「わが神。わが神、なにゆえ私をお見捨てになったのですか!」と叫ばざるを得ないときがある。

平和と愛と喜び

本日は、そのような中でみ言葉が与えられています。エフェソ書はキリストこそ私たちの平和であり、敵意という隔ての中垣をキリストが十字架において粉砕してくださったと告げています。和解することができないでいた二つのものが十字架において一つとされたというのです。そこには神と人との、そして人と人との和解の献げものとして神の子羊が十字架という祭壇においてほふられたということが意味されているのでしょう。人間の現実には分裂と暴力と愛のなさの中で、一つとなることができないという悲しみと痛みの中で、キリストの十字架は与えられている。

十字架とは何か。さらしものとなる恥と肉体を貫く釘の痛みと死の恐怖と徹底した孤独と、神に捨てられた絶望の中で息を引き取るということです。それは人間の目には敗北にしか見えない。無惨な終わりにしか見えない。どこにも希望がない、暴力による全く無念の死でしかない。しかしそのような十字架の悲惨さの中に、神の勝利が隠されていたということを聖書は告げているのです。それは私たちの目には本当に不思議に思います。

キリストは我が子の死を目の前に見なければならなかった母親、我が子を自分の手で火葬しなければならなかった母親の痛み悲しみを背負うために十字架にかかられた。キリストは民族分断のために終わることのない分断の悲劇を味わい続けている人々の悲しみを背負うために十字架にかかられた。キリストは獄中にあって、我が子の死を知って悲しむ一人の信仰者の悲しみを背負うために十字架にかかられたのです。

それはキリストご自身がそのような十字架を背負うことで、無力さの中で、絶望し、どこにも希望を見出すことができない中で死を迎えるしかなかった者の友となるためでした。復活は人間の希望が絶えたところに上から与えられたのです。死の中に命があり、敗北の中に勝利がある。主は本日の福音書の日課(ヨハネ15:9-12)でこう言われています。「わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」。

聖餐への招き

実はこの直後に、本日の日課にはなっていませんが、主はこうおっしゃった。「友のために命を捨てる、これより大きな愛はない」(ヨハネ15:13)。これから聖餐式に与ります。主は十字架の上に命を捨てることによって、これより大きな愛はないほどの愛を示してくださった。

聖餐に与ること、それはキリストの愛の祝宴に与ることです。神のアガペーの愛は愛のない世界に愛を創造してゆく愛なのです。どんなに現実が悲しみや争いや困難に満ちていても、キリストはその十字架の愛をもって人間を造りかえてくださる。敵意という隔ての中垣を永遠に取り除いてくださるのです。暴力に神の愛が勝利する。そのような世界の到来のためにキリストは私たちを用いようと招いてくださっているのではないかと思います。キリストに従うことの中にこそ尽きることのない愛と喜びがある。ご一緒に聖餐式でそれを深くかみしめ、味わいたいと思います。

新しい一週間も、お一人おひとりの上に神さまの祝福が豊かにありますように。アーメン。

お一人おひとりの上に神さまの愛の力が豐かに注がれますように。アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2001年 8月 5日 平和主日 礼拝説教)

説教 「聖霊の教えてくれる真理とは」 大柴譲治牧師

使徒言行録 2:1-21

じめ

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

ペンテコステ~教会の誕生日

今日は教会の誕生日です。ですから私たちは、お誕生日おめでとうございますとお祝いをしなければなりません。天から聖霊が降って教会が生まれました。「教 会」とは、建物や組織ではありません。十字架と復活のキリストを信じる者の群れのことです。信じる者を「聖霊」とは神さまの生命の息吹きのことであり、創 世記を読むと世界はこの神さまの息吹きによって、神さまの息吹きの中に創造されたことが分かります。ですから、その意味で、聖霊降臨とは新しい天地の創造 なのです。

無から有を創造された神の生命の息吹きが私たちの中に吹き注がれるときに、そこに新たな生命が造られる。ヨハネ黙示録の21章 には「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」新しい天と新しい地の到来が約束されていますが、実は、この死や悲しみや嘆きや労苦ばかりあるこ の地上のただ中でキリストを信じる者の群れが誕生したということは、本当に不思議なことですが、新しい天と新しい地が既に始まっているということを意味し ます。その最終的な完成の姿は終わりの日まで待たなければならないにしても、今、既に私たちが主を信じて生きることの中に、神の新しい創造が始まってい る。パウロは「私たちの国籍は天にあり」と言いましたが、この地上に生きながら私たちは同時に天国に生きているのです。

これは必ず葬儀の 時に読まれるみ言葉ですが、「わたしは復活であり生命である。わたしを信じる者は死んでも生きる。また、生きていてわたしを信じる者はいつまでも死ぬこと がない」という主イエスが愛する兄弟ラザロを亡くして嘆き悲しむマルタに語られた言葉は、私たちがそのまま信じてよい言葉なのです。聖霊が教えてくれる真 理とは、この世に生きつつ、信仰者は天につながって生きている、天においても生きているということです。「いまだ死もあり、いまだ悲しみも嘆きも労苦もあ る」この現実の世界の中で、「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」信仰の世界に同時に生きているのです。信仰の与えてくれる「心の平安」と はそのようなところから与えられています。それは「為(せ)ん方つくれども希望を失わず」というような告白をもさせてくださる。

先週の火 曜日と水曜日(5月29日、30日)はここでご葬儀がありました。昨日(6月2日)は同じこの場所で結婚式がありました。今日は礼拝が守られており、後で 洗礼式と聖餐式が行われます。私たちはすべては主のみ手の内で起こると信じています。私たちは悲しみや死や、苦しみや罪や恥の中にありつつ、復活の主とつ ながっているがゆえに、それを越えて生きているという次元がある。

これはまことに不思議な事柄です。教会がここにあるということ、キリストを信じる者の群れがここにあるということ、そしてこの教会は人生におけるすべての出来事にかかわるということ、この事実の中に、神の聖霊のご臨在が目に見えるかたちで示されているのだと思います。

最初のペンテコステに誕生した教会は、迫害を越え、時間を越え、空間を越え、言葉や習慣の違いを越えて、二千年の間、続いてきました。キリストの十字架と復活を信じる者の群れが継承されてきたのです。

ペンテコステの出来事はバベルの塔の出来事の正反対の出来事です。バベルの塔の物語では神のようになろうとした人間が言葉を乱され、全地に散らされてゆき ました。創世記は告げています。「こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを 全地に散らされたからである」と(11:9)。これは神のようになろうとした人間が互いにコミュニケーションできなくなったという出来事です。心と心が通 じ合わなくなった。孤立し、敵対する以外になくなった人間は、バラバラになってゆく以外にないのです。それに対してペンテコステの出来事は、むさしのだよ りの巻頭言にも書かせていただきましたが、バラバラであった人間が、イエス・キリストにおいてもう一度互いに心を結び合わされてゆくという出来事です。心 と心がつながるということが出来事として私たちのただ中で起こるのです。

クーシランタ先生の体験から

私は先週の月、 火(5月28日、29日)と、八ヶ岳で開かれたベテル聖研の研修会に参加いたしました。ベテルの聖地旅行や北欧旅行、オーバーアマガウ旅行などの同窓会の ような集まりで、開会礼拝を頼まれていました。そこには静岡教会からテレルボ・クーシランタ宣教師も出席されていました。クーシランタ先生は1998年、 語学研修中の一年間、むさしの教会の礼拝に通ってこられたフィンランドからの婦人信徒宣教師です。神学校を卒業し、ヘルシンキの国立聖書学院の校長先生を 長く務められた後に、今私たちの教会で働いてくださっているヨハンナ・ハリュラ宣教師と共に、日本への宣教師となる決意をもって来日された先生です。私は その暖かいお人柄から女ムーミンと呼ばせていただいておりますが、久しぶりに旧交を暖めました。その時に語ってくださった不思議なエピソードがありますの でご紹介いたします。

私の父はベテル聖研の主事をしていますが、1997年にベテルのグループ旅行でフィンランドを訪問した折りにクーシ ランタ先生とお会いし、これから日本への宣教師になるという先生に、「あなたは歳だし、これから日本語を学ぶのは大変だから、考え直した方がいい」とアド バイスしたそうです。旅行団の他の参加者も皆がそう思ったそうです。しかしそれから4年が経って、現実に日本に来られ、日本語で説教されるそのクーシラン タ先生の姿の中に、今も生きて働いておられる神さまの聖霊の働きを目の当たりにする思いでした。

テレルボさんは日本に来て最初の一年目 に、毎週日曜日、このむさしの教会に出席されました。まだ日本語が全く分からないときに礼拝に出席された。テレルボさんはある時、教会員のご葬儀に出席さ れました。テレルボさんはその時不思議な体験をしたと語ってくださった。「全く日本語が分からない私に、不思議なことに大柴先生の語られる説教が分かった のです」。このことは私自身は以前にもお聞きしたことがあったのですが、ペンテコステを前にして改めてお聞きするとき、聖霊の働きとはこのようなことを言 うのだと思えてなりませんでした。言葉が分からなくとも、聖霊が働くとき、キリストの福音は心に響くのです。言葉や文化習慣の相違を越えて、聖霊が心と心 をつなげてくださるのだと思います。

逆に言えば、私たちが心が通じ合うと感じるとき、そこには神さまの聖霊が働いていると言うことができるのではないかとも思います。

使徒言行録は語ります。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家 中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々 の言葉で話しだした」(使徒言行録2:1-4)。一同がほかの国々の言葉で話し出した事柄は、イエス・キリストの十字架と復活、その救いの出来事について です。このキリストを信じる信仰が私たちの孤立した状態を破って、一つに結びつけてくれるのです。

エフェソ書が次のように語る通りであり ます。「(14)実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、(15)規則と 戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、(16)十字架を通して、両者を 一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」

聖霊の教えてくれる真理~心が通じ合うということ

私はここで人間の理想を語ろうとは思いません。聖書を読むと教会であっても理想的な状態からはほど遠いことが分かります。その証拠に、パウロの手紙はすべ て教会に宛てて書かれています。初代教会の時代から律法主義であるとか、愛が乏しいであるとか、問題だらけであったことが分かります。私たちはキリストを 信じる者であっても、対立があり、いさかいがあり、好き嫌いがあり、誰が一番偉いかという競争があることを知っています。簡単には心は通い合うことができ ないということを知っている。そのことは12弟子たちを見れば分かります。人と人との心が通じないという現実の中に私たちは生きているのです。依然として バベルの塔の物語がそのまま当てはまる世界に私たちは置かれている。

しかしそのような人間的な思いを越えて、神の聖霊が働くという次元を 見てゆく必要があると思われます。それぞれ限界を持ちつつも、一生懸命にキリストの福音を宣べ伝えようとしている者たちがいる。それが教会の姿です。心が 通じ合わなくなった世界で、それにも関わらず、心を通わせるために懸命に努力している人々がいる。戦争や飢餓や拷問といった非人間的で暴力的な力が圧倒的 であるこの現実の中で、キリストの平和のために、人々を愛するために自分の命を差し出そうとする人々がいるのです。

12弟子は私たちと同 じ弱さと限界を持った人間でした。しかし彼らは聖霊によって、別の人間へとされてゆく。喜びに満たされ、困難な状況にあっても聖霊によって押し出されてゆ く。口べたであったペトロも雄弁に恐れることなくヨエルの預言を解き明かす者へと変えられてゆくのです。ですから私たちは恐れる必要はないのでありましょ う。聖霊は自由に働くのだろうと思います。突然他国の言葉で語り始めるような働き方もありましょうし、長い年月をかけてじっくりと外国語を学ぶ中で働くと いうあり方もありましょう。言葉が不自由でも、心が通じ合うということは宣教師の働きを思うときに明らかです。

今日は礼拝に島田療育セン ター(多摩センター)から四人の兄弟姉妹が来ていますが、島田療育センターと関わりの深かったドイツ人宣教師で、11年前に亡くなられたヨハンナ・ヘン シェル先生の働きを思うときに、私たちの心は熱くなる。そこにも確かに聖霊の働きがあるのです。ヘンシェル先生には確かに怖いくらいに厳しい面もありまし たが、異国の地に骨を埋めてまで、キリストの愛を伝え、隣人に仕えるために生命を捧げてくださったそのご生涯は、私たちの心に忘れることができない深い刻 印を殘しています。ヘンシェル先生の働きは、キリストの愛が先生を捉え、押し出してゆかれた働きだと思います。

これこそ聖霊の働きです。「聖霊が教えてくれる真理」とは「キリストの愛」なのです。

聖餐への招き

本日は聖餐式に与ります。「これはあなたがたに与えるわたしのからだ。」「これはあなたがたの罪の許しのために流すわたしの血における新しい契約」。主イエス・キリストはこう言ってパンとぶどう酒を分かち合ってくださいました。

キリストの愛が私たちを捉える時、そこには聖霊が働いている。そして、キリストの愛において今も私たちが心を通い合わせるような出会いを体験しているとす れば、そこには聖霊が現在も脈々と働き続けているのです。その聖霊の息吹きを感じながら、新しい一週間を過ごして參りましょう。

聖霊がお一人おひとりを守り続けますようお祈りいたします。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2001年 6月 3日 聖霊降臨祭 礼拝説教)

証言 「わたしの恵みはあなたに対して十分である」 ヨハンナ・ハリュラ宣教師

コリントの信徒への手紙 二 12: 7-10


 今日、私は証しをしたいと思います。どうして私が宣教師として日本に来ることになったか、まず子供のころの思い出の話から始めたいと思います。

 私はクリスチャンホームで育ったので、小さい時からイエス様についての話をたくさん聞いてきました。神様はずっと私を導いて、祝福して下さいました。神様は私に語りかけ、私のためにみわざを行って下さっていると分かりました。それで、子供の時からイエス様を信じています。私は小さい時から聖書の話にも音楽にも本当に興味がありました。ですから、私は教会の礼拝だけではなく他の集まりに参加したり、聖歌隊で歌ったりしました。またいろいろな宣教師の話を聞くチャンスもありました。特によく覚えているのは家族の友人が日本で宣教師の仕事をしていた時、家に来てよく日本についていろいろなことを話してくれたり、とても美しい浴衣や日本の扇子や人形などをプレゼントしてくれたりしたことです。中でも私の深く印象に残っているのは、子供の時から、私たちのミッションの夏の大会で、日本に派遣される宣教師の祝福式です。

 これら全ての経験は、私にとってとても大きなインパクトがありました。この事に対して私はもう4才の時「私はいつか宣教師になって、日本に行くの!」と言った事を覚えています。また6才くらいの時の事ですが、私は教会で《日本の伝道のために》という紙に自分の名前を書いて献金しました。それで、私は伝道のために何か出来たことがとてもうれしかったのです。たぶんこれは子供が何も分からないで言ったり、したりした事ではなくて、神様が私の心に語りかけて下さったという事ではないでしょうか。その時から日本に行きたいという考えはずっと心の中にあったと思います。高校を卒業した後でそれまでの事を考えながら、私は宣教師の仕事に役に立つ職業を選びたいと思っていました。

 それで、私は若い人たちと一緒に働きたいから、ユースリーダーになるための勉強を始めました。この勉強のコースの中で教会で実際に奉仕するという事があったのですが、私は日本でそれをしようと思いました。そして、9年前に日本に来て、二ヶ月半教会で奉仕をしました。それは本当に豊かな経験になりました。私は多くの親切な人たちに会ったり、日本語という興味深い言葉に出会ったり、美しい自然を楽しんだりしました。それで日本をとても好きになりました。しかし、一番心を動かされた事はイエス・キリストを知らない、また聖書を知らない人の数が多いことでした。その旅行の後で神様からの声を聞きました。それは「私はあなたにすばらしい使命を与えたい、いつ日本に行きますか。」というものです。学校を卒業した後でも、この事がずっと心に残っていました。けれども、いろいろな理由でもう一生、宣教師になれないと思っていました。

 というのは私は結婚していましたし、新しい自分の家を買ったからです。夫はイエス様を信じている、とても優しい人でした。そして私も彼を本当に愛していたので、彼と結婚しました。しかし、夫はアルコール中毒でした。アルコール中毒についてはいろいろ知っていたし、夫の事も聞いていたから、結婚する前、少し心配しました。でも、3年くらいは私たちの生活はとてもうまくいっていました。しかし、アルコール中毒は大変難しい病気で、短期間で突然悪くなる場合があります。私もある時、夫の信仰がなくなる事を見なくてはなりませんでした。私は出来るかぎりの事をしたけれども、それは全くいい結果になりませんでした。やがて、夫は普通の生活が出来なくなってしまいました。とにかく、私は夫との関係をもとに戻したいと思いました。しかし、夫は同じ気持ちを持っていませんでした。夫は家を出てアルコールに依存する生活を続けていました。このような事があっても、私は将来きっとよくなると信じていました。

 そして一年くらいたった8月のある日、警察から電話がかかってきました。それは彼が湖での事故で溺れて、亡くなったという事でした。「これは本当ではない悪い夢だ」と思いました。しかし、認めなくてはいけない事でした。もうこれからは彼と話し合う事は絶対に出来ないのです。私はこの問題について本当に悩み、苦しみました。だから私は祈ったり、泣いたり、カウンセラーの人と話し合って、意見を求めたりしました。初めは目の前が真っ暗になったような気がしました。でも、後で神様が導いて守って下さっている事に気付かされました。『負けるが勝ち』ということわざと同じようになりました。それから私の心の中には新しい考え方が生まれ、新しい道が開けました。

 コリントの信徒への手紙二、 章に次のように書いてあります。・すると主は「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。・私たちは普通、自分自身の力で自分が選んだ道を自分の好きな方向に歩き続けたいと思っています。しかし、いつも神様の正しい導きとみ旨を信じなくてはいけません。それは私たちにとって一番難しい、しかし、大切な教えです。もし、私たちがただ自分の力だけを信頼しているとしたら、心の中には何もないかもしれません。

 これをもっと理解するために、もう一つの聖書の箇所を読みたいと思います。それは、エフェソの信徒への手紙の3章からです。・どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者として下さるように。また、あなたがたがすべての聖なるものたちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれ程であるかを理解し、人の知識を遙かに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。・神の愛と恵みの広さ、長さ、高さ、の意味を私たちはあまり理解出来ません。それは、隠されている神様の計画と賜物です。

 神様は、私たちに信仰の喜びや平安という神様のみ旨を通してのいろいろな賜物を与えたいと考えておられるのです。たとえば、エフェソの信徒への手紙に一番大切な賜物についてこのように書いてあります。『あなたがたは恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。』イエス様はこの世に来られました。イザヤ書には『見るべき面影はなく輝かしい風格も、好ましい容姿もない。』と書いてあります。

 イエス様は、小さい子供のように何も持たないでこの世に来られたのです。しかし、もっとすばらしい神様の愛といつくしみを通して永遠の命を約束して下さっています。このすばらしい出来事を伝える者になるために、神様が次々とドアを開けて下さった事を本当に感謝いたします。

 むさしの教会と日本の人たちのために神様が私たちを用いて下さるように祈っています。『私の恵みはあなたに十分である。』と主は今も私たち一人一人に言われています。

  (2001年 1月21日 顕現節第3主日礼拝) 原文日本語

* ヨハンナ・ハリュラさんは、フィンランドのNUMMI(首都のヘルシンキとトゥルクの真ん中あたり)の出身です。小さい時からジャガイモ料理が好きで来日されてからは、すき焼きも大好き。歌がお上手で、礼拝でも讃美歌の独唱のご奉仕をしていただいています。

説教 「本当に重要なことを見抜く力」 大柴 譲治

フィリピの信徒への手紙 1: 3-11

はじめに

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

アドベント第二主日の主題

アドベント第二主日。本日の福音書の日課には洗礼者ヨハネが登場します。洗礼者ヨハネにおいて、イザヤ書40章の「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』」という預言、また本日の旧約聖書の日課であったマラキ書3章の預言が成就したことが告げられている。洗礼者ヨハネはイエス到来の道備えをしたのです。アドベント第二主日を迎えた本日、私たちに呼びかけられていることも「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」ということです。それは何を意味するか。そのことを覚えつつ、本日は使徒書の日課のフィリピ書からパウロの言葉に聴いてゆきたいと思います。

フィリピ書について

フィリピ書は使徒パウロが書いた手紙の一つです。およそ紀元55年頃にエフェソにおいてか、60年頃にローマにおいて書かれたと推定されています。フィリピにある教会はパウロによってヨーロッパ最初の教会として第二伝道旅行の途上で設立された教会です。そのあたりの経緯は使徒言行録の16章に記されていますが、パウロとフィリピの教会員との間にあった親子のような親しい関係はこの手紙の端々に感じられます。

この手紙は「喜んでいなさい。いつも主にあって喜びなさい」と繰り返されているところから「喜びの手紙」とも呼ばれています。「イエス・キリストにある喜び」がこの手紙の主題なのです。それは今日の日課の最初の部分にも表れています。3-5節です。「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです」。

しかし実は、パウロはこの喜びの手紙を獄中から書いている。ローマ帝国に対する謀反の罪で十字架上に処刑されたイエスに連なる者として、キリスト教の伝道者としてパウロは迫害を受け、逮捕され、獄に捉えられているのです。7節の「わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁明し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです」という言葉はそのような背景から理解されるべきでありましょう。パウロは実は明日をも分からぬ身なのです。しかし、そのような状況の中においてこの「喜びの手紙」は書かれている!これは人間的に見れば極めて深刻なな状況です。けっして喜び得ないような状況です。しかしパウロは深い喜びに満たされているのです。張ったりでもやせ我慢でもなく、パウロは心底喜びに満ちあふれています。それはなぜか。その喜びはどこから来るのか。アドベント第二主日にあたって、「主の道を備えよ」とのイザヤの言葉と重ね合わせて本日はこのことを考えたいのです。

パウロは言います。6節です。「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています」と。ここにはパウロのキリストのみ業に対する確信が表れています。たびたび繰り返していますように、信仰とは人間の業ではなく神のみ業なのです。「キリスト・イエスの日まで」という言い方は、パウロに与えられた終末論的な信仰を表しています。この地上の生涯におけるだけではなく、否むしろそれを越えて、人間はキリスト・イエスの日に向かってまっすぐに進んでゆくのだという確信に満ちた終末信仰です。「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」というのはこのような終末信仰に生きるということでもあるのです。

鈴木正久牧師「キリスト・イエスの日に向かって」

このことを覚えるとき、いつも私は日本基督教団総会議長として1966年に戦争責任告白を公にした鈴木正久牧師のことを思い起こします。鈴木正久牧師は教団西片町教会の牧師でしたが、肝臓ガンのために1969年7月に、56歳と11ヶ月の生涯を終えて天に召されました。鈴木正久牧師は、戦争責任告白の表明だけではなく、沖縄の教会との合同や在日韓国・朝鮮人の教会との宣教協約の締結、広島における原爆孤老ホームの設立、ベトナム戦争への批判、プラハの平和会議に出席して西の教会だけではなく東の教会とも友好関係を樹立しようとしたことなど、日本のキリスト教会の歴史の中で預言者的な大きな貢献をされた先生です。現在NCCの議長は徳善先生を後を受けて、教団の鈴木怜子牧師がなられていますが、8月の日本福音ルーテル教会全国総会でもNCC議長としてご挨拶をいただきましたが、鈴木怜子牧師は鈴木正久牧師のお嬢様に当たられます。

鈴木牧師が最後の病床から教会員に残したテープが三つ残っていて、鈴木正久著作集第四巻に収められています。その一つのタイトルが「キリスト・イエスの日に向かって」という題でした。あと二つは「ひとり主の前に立ちつつ」と「教団の戦争責任告白を担って」というものです。また、鈴木正久牧師の最後の著作である『主よ、み国をー主の祈りと説教』の前書きには、「主とそのみ国を望み見つつ」と題して、死の三週間前の日付で次のように書かれていますので引用させてください。

わたくしは今、わたくしのこの世の生活の終わりに立っています。それというのは肝臓癌だからです。自分のこの世の生涯がこのようにして終わるとは、実は考えたこともありませんでした。

しかし今は、このことについても、「神のなされることは、皆その時にかなって美しい(伝道の書3:11)ことを覚え、わたくしの生活の頂点として、主とそのみ国をこのように深く真剣に思う時を与えられる恵みに感謝しております。

主の光と慰めと力が、日々新たにわたくしを支えてくださり、死を待つのではなく、「キリストの日」に向かって生きてゆく導きを与えてくださいます。この世の生活のすべてを通じて、主による祈りと説教をさせられることにより、自分の魂に与えられる神の言葉は、わたくしの唯一無二の力でした。その祈りと説教の小著が、わたくしの遺作になることを喜んでおります。

そしてわたくしは、この本を母に捧げたいと思います。親切な医師もわたくしも、今力をつくして体力を増すため、病状制圧のため、つとめてはおりますが、それでも自分が癌で、まず再起不可能であることを知ったとき、人間的、感情的に、心の中に渦巻いたとまどいと嘆きの大きいものは、牧師としては1970年代の教会の戦いに直接参加できないこと、個人としては母のことでした。

今年88歳の母は、わたくしを信仰に導き伝道者となることをはげまし、主日礼拝や聖書研究会に、いつも最前列にいて、わたくしの話を聞き、筆記し、その写しを知人に送ったりしていました。わたくしが健康で働いていること、そのために母は常に祈り、またそのことが母の喜びであり、生きるはげましであることは明らかでした。この年老いた母を残して・・・、こう思うとき、わたくしは涙をとどめることができません。

しかし、今こそわたくしは、主とそのみ国の恵みが、教会の上にはもちろん、母の上に、そしてほんとうになつかしいすべての人々の上に、いっさいにまさって力強く君臨しておられることを信じます。

「お母さん!もし悲しかったら、ここを見てください・・・。ほら、ぼくは、正久は、お母さんといっしょに生きていますよ」。

母とともに、家族、家族同様の教会員、そして主にあって手をたずさえて歩んできた多くの兄弟姉妹たち・・・。ああ、どんなに一人一人がなつかしく、もし主とそのみ国を知らなかったら、「別れ」は何と悲しいでしょう。

しかし、主とそのみ国は厳存します。わたくしは過去の生活のいつにもまして、今、その光と慰めと力を実感しています。

主よ、わたくしたちすべてのものは、あなたに感謝し、あなたを讃美いたしましす。わたくしたちすべてのものは、けっして闇に負けない、あなたの光の中を歩ませられております。そのあなたの恵みの力を私たちの心にお与えください。

皆さんの上に、主の祝福が常にあることを信じ、また祈ります。

主の年1969年6月20日

実はこの前書きは、鈴木正久牧師が癌の手術を受けて、その悪い結果を娘さんの鈴木怜子さんに告知された二日後に書かれたものです。この文章は、自らの死を見据えつつ、死を越えてキリスト・イエスの日に向かって生きてゆこうとする気迫が強く感じられる名文だと思います。

死を前にしたときに私たちの生き方は明白になるのだろうと思います。自分自身を頼りにして生きようとするのか、キリストを信じる信仰にすべてを委ねて生きようとするのか。あれかこれか、二つに一つなのです。

キリストのこけん

鈴木正久牧師も告知にはたいへんなショックを受けられたようです。テープの中ではこのように正直に語っておられます。

やはり、この病院に入院した時にも、わたくしには、「あす」というのは、なおってそしてもう一度、今までの働きを続けることでした。そのことを前にして、明るい、命に満たされた「今日」というものが感ぜられたわけです。わたくしは教団の問題でも西方町教会の問題でも、あるいは自分の家庭の問題でも、いろいろその中で努力しなければならないと、こう思っておりましたけれども、でも教団の中からも西方町教会の中からも、自分の家庭の中からも、自分がスポッといなくなる、そういう解決というのか前進というのか、そのことだけはかつて念頭に浮かんだことがありませんでした。何か今までに劣らずいつも自分がその中で頑張ってしっかりやっていかなければならないような、そのために祈ったり、あるいは考えたりしているということがあたり前のような気持ちになっていたわけです。私にとっては、どう考えてみても自分自身がまあ死ぬというのか世を去るというのか、そういうことが恐ろしいと考えられたことは一度もない、というところかと思いますが、とにかくそう感ぜられません。ですから、怜子からこの病院の中である日、「実はお父さん、もうこういうわけで手のつくしようがないんだ」ということを聞いたときには、何かそれは本当に一つのショックのようでした。今言ったような意味でのショックだったわけです。

そこでこんなことが起こりました。つまり今まで考えていた「あす」がなくなってしまったわけです。「あす」がないと「きょう」というものがなくなります。そして急になにやらその晩は二時間ほどですけれども暗い気持ちになりました。寝たのですけれども胸の上に何かまっ黒いものがこうのしかかってくるようなというのか、そういう気持ちでした。もちろん誰にも話せるわけではありません。・・・

わたくしはその時祈ったわけです。今までそういうことは余りなかったのですけれど、ただ「天の父よ」というだけではなく、子どもの時自分の父親を呼んだように「天のお父さん、お父さん」、何回もそういうふうに言ってみたりもしました。それから、「キリストよ、聖霊よ、どうか私の魂に力を与えてください。そうして私の心に平安を与えてください」、そうしたらやがて眠れました。明け方までかなりよく静かに眠りました。そして目が覚めたらば不思議な力が心の中に与えられていました。もはやああいう恐怖がありませんでした。かえって、さっき言ったようにすべてがはっきりした、そういう明るさが戻ってきました。その時与えられた力とか明るさとかいうのはそれからもうあと一日もなくなりません。で、そういう意味においての根本的な悲しみとかうれいとかいうものも、もはやその日からあと感じません。ですから、わたくしにとってのショックというのは、とにかくそれを聞いた日の夕方から夜中の12時頃までの間だけであったわけです。・・・

そしてこういうことが分かりました。さっき、病気になった初めには、もう一度この世にもどる、その「あす」というものを前提として「きょう」という日が生き生きと感ぜられるが、その「あす」がなくなると「きょう」もなくなっちゃって暗い気持ちになってくるということを申しましたが、ある夕方怜子にピリピ人への手紙を読んでもらっていたとき、パウロが自分自身の肉体の死を前にしながら非常に喜びにあふれてほかの信徒に語りかけているのを聞きました。聖書というものがこんなにいのちにあふれた力強いものだということを、わたくしは今までの生涯で初めて感じたくらいに今感じています。パウロは、生涯の目標というものを自分の死の時と考えていません。そうではなくてそれを超えてイエス・キリストに出会う日、キリスト・イエスの日と、このように述べています。そしてそれが本当の「明日」なのです。本当に輝かしい明日なのです。わたくしはそのことが今まで頭の中では分かっていたはずなんですけれども、何か全く新しいことのように分かってきました。本当に明日というものが、地上でもう一度事務をするとか、遊びまわるとかいうことを超えて、しかも死をも越えて先に輝いているものである、その本当の明日というものがあるときに、きょうというものが今まで以上に生き生きとわたくしの目の前にあらわれてきました。先月号の月報に書いたよりももっと生き生きとです。・・・

さてわたくしたちが天国へ行くかどうかということですが、わたくしは神のもと、キリストのもと、聖霊のもとへ行くことは当たり前のようなこととして今まで話してきました。その理由はこうです。それはわたくしが立派であるとかないとかいうことと全然関係がありません。おかしなことを言うならば、わたくしのようなものを天国に入れなかったら、キリストのこけんにかかわるじゃないか、とこういうわけだからです。主の恵み、憐れみのゆえにです。これは皆さんについても全く同じです。ですからわたくしも主のみ国で皆さんに会えることを心から信じて、その非常に大きな輝きの上で皆さんに会えることを期待しています。

アドベント第二主日の本日、私たちに与えられている「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」という言葉は、主に委ね、キリスト・イエスの日に向かって生きるように私たちを招いている言葉です。パウロは祈ります。「信仰者が知る力と見抜く力を身に着けて、愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」と。キリストの愛に掴まえられて、キリスト共に終わりの日、キリスト・イエスの日に向かって生きてゆくということです。私たちは鈴木正久牧師の最後の言葉を通してあらためてそのことの意味を示されました。この道をご一緒に歩みたいと思います。そのために神さまの力と導きをお祈りいたしましょう。 アーメン。

おわりの祝福

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

(2000年12月10日 待降節第2主日礼拝)

説教 「天の都に住む人々」 大柴 譲治

ヨハネの黙示録 21:22-27

『悲しみをみつめて』

『ナルニア国物語』で有名な英国人作家C・S・ルイスが、最愛の妻に先立たれたときに悲しみの中で書いた覚え書き”Grief Observed” が『悲しみをみつめて』という題で邦訳されています。そこには、悲しみのプロセスの中でルイスの心の動きが克明に、そして正直に記されていて心を打たれます。その最初に彼はこう書いている。

「だれひとり、悲しみがこんなにも怖れに似たものだとは語ってくれなかった。わたしは怖れているわけではない。だが、その感じは怖れににている。あの同じ肺腑のおののき、あの同じ安らぎのなさ、あのあくび。わたしはそれをかみころしつづける。また、別のときには、悲しみはほろ酔いか、あるいは震盪のような感じだ。一種目に見えぬ毛布が、世界とわたしを隔てている。わたしはだれの言うことも耳にはいりにくい。あるいはたぶん、耳に入れようと思いにくいのだろう。だれの言うこともまるで興ざめだ。それなのに、わたしはほかの人たちがまわりにいてほしい。わたしは家がからになった瞬間がこわいのだ。もし彼らがお互いに話しあって、わたしには話しかけずにいてくれるだけだといい。」(『悲しみをみつめて』新教出版社、p5)

ルイスはしかし、やがて次のように考えるようになってゆくのです。

「わたしは死者もまた別離のいたみを味わうとしか思えぬのだが、もしそうなら(そしてこれは死者にとって煉獄の苦しみの一つだろう)、愛する二人にとって、また例外なく、すべての愛する二人にとって、離別は愛の体験のすべてに欠くことのできぬ一部なのだ。求愛の後には結婚が、夏の後には秋があるように、結婚の後にはそれがあるのだ。中途の切断ではなくて一つの段階、舞踏の中断ではなくて次の舞いの型なのだ。わたしたちは、愛する者の生きているあいだは、その者によって『自己の外につれ出され』る。それからその舞いは悲劇的な型にかわって、相手の肉体は姿を消しても、あいかわらず自己の外につれ出されるようにならねばならず、ふたりの過去を、ふたりの悲しみを、悲しみからの救いを、ふたりだけの愛を、愛することに舞い戻るのではなくて、彼女その人を愛するようにならねばならない」(同p71-72)。

召天者記念主日

本日は召天者記念主日の聖餐礼拝を守っています。お手持ちの週報に召天会員の名簿を挟ませていただきました。ここには147名の方々のお名前がございます。この一年だけでも7名の方のご葬儀を私は執り行ってまいりましたし、先日は北森嘉蔵先生のご葬儀に川上さんたちとご一緒に参列してまいりました。愛する者を亡くされたご家族のお悲しみの深さを思うとき、私たちはただただ言葉を失います。この中にも、ルイスの書いた文章を人ごとには思えない方が少なからずおられることと存じます。

現在も一人の若い女性がガンのため最愛のご主人と病室で最後の時を過ごしておられます(注・福田千栄子姉は11月4日に亡くなり、当教会でご葬儀が行われた)。今日明日が最後となると伺っています。あるいはまた、他にも何人もご入院中の方々がおられます。岡田神学生のお父様もガンとの闘病の中で、現在、ターミナルな段階を迎えておられる。ご看病に当たっておられるご家族の方々の上に神さまの支えをお祈りしたいと思います。

個人的なことをお話しすることをお許しいただきたいと思います。福山時代に親しくさせていただいた友人の奥さま・香川逸子姉が一年余りにわたるガンとの闘病の末に10月22日に天に召されたというファックスを受け取り、私自身もこの一週間深い落ち込みを経験しています。そのカップルは1991年にご長女・知春ちゃんを四歳で小児ガンで失くされるという悲しい体験をされました。お二人とも福山YMCAの職員でしたが、その後奥さまは看護婦となるべく猛勉強を始められたのです。ようやく夢適って福山の国立病院付属看護学校を卒業した年の夏、去年の夏でしたが、ガンの発病を知ります。なんというタイミングか。電話で話したときの友人の「地上は寂しくなりましたが、天国は今頃さぞかしにぎやかでしょう」という言葉に私は心をえぐられる思いがしました。後に残された友・香川博司さんともう一人のお嬢さん・たりほちゃんの上に神さまのお守りを祈ります。

この中にも不治のご病気を抱えておられる方々、また、ご病人の看病に当たっておられる方々がおられます。最愛の人に先立たれた方も少なくありません。周りを見渡すと至るところでガンや様々な病気との闘いがなされている。そのことを思うとき、私たちは出口のない悲しみの中で嘆きたくなる気持ちになります。そのような状況の中で、私たちが死をどう捉えるか、復活をどう理解するかということが重要な問題となってきます。

残る「悔い」

この地上の生涯を閉じられた愛するご家族のことを思うとき、皆さまの中には様々な思いが去来することでしょう。先週も礼拝後に、「実は、亡くなった家内との結婚記念日で、礼拝の最初から最後まで涙が出てしょうがなかった」と私に語ってくださった方がおられました。またある方は、ご主人が亡くなられた時に病院から「どうしても遺体を解剖させてください」と依頼され断りきれなかったことを悔やんで、もう十年になる今でも、毎月命日にはお墓参りをしてご主人の墓前に「ごめんなさい」と謝っておられるというお話をお聞かせくださいました。

ああすればよかったこうすればよかった、また、ああしなければよかったこうしなければよかったという深い悔いが、故人を思うときに私たちの心には去来するもののようです。私たちの持つ「すまなかった、赦してほしい」という気持ちに対して、おそらく天の都に住む人たちは、「ありがとう、最後までよくやってくれた」という感謝の気持ちを持っておられるのではないか、そう思うのです。私たちはその時はよかれと思って、迷いつつも精一杯のことをします。しかしそれでも、後から思うと(結果が分かっていますから)いろいろ悔やまれることがでてくるのです。

“let it go”

「悔いのない人生を送る」という言い方はどうも私にはきれいごとに思えます。本当に悔いのない人生など送ることが人間にできるのか。自分を振り返ると、私の人生には悔いばかり残っている。あれもできなかったしこれもできなかった。ああすればよかったしこうすればよかった。牧師としても悔いが残ることばかりです。「悔いのない人生など送れない!」と思う。しかし、「悔いは残ったとしても、諦めのつく人生」ならなんとか送れるのだろうと思います。

英語では Let it go という表現があります。本来は「それ自身に行かせる、去らせる」という意味でしょうが、辞書を引きますとそこから「手放す、放り投げる」「解放する、自由にする」「構わないでおく、うっちゃっておく」そして「忘れる」という意味までを含んでいます。安易に “Let it go.”と言うと無責任になってしまいますが、これ以上悲しめないほど悲しんだり苦しんだりしているギリギリの場面で使われるとすればそれはたいへん慰めの深い言葉にもなります。そこには「諦める」とか「お終いにする」という意味が、さらには「お委ねする」「お任せする」というニュアンスが出てくるように思うのです。「悔いは残っても諦めのつく人生」と言いましたが、それは「お任せする人生」「let it goの人生」でもあります。最終的には神さまに向かってすべてを委ねてゆく、神さまを信頼して生きる、そのような人生を私たちは信仰者として歩むよう召されているのだと思うのです。

神へと委ねる

悲しみや苦しみを神へと let it go する。それらを手放し、それ自体で去るに任せてゆく。私たちはすべてを神さまの御手に委ねてゆくことの中でそうすることができる。本日の第二日課であるヨハネ黙示録の「天の都」についてのみ言葉を聞くとき、私は特にそう思います。

ヨハネは都の中には神殿は見えない、必要ないと言う。なぜなら、「全能者である神、主と小羊とが都の神殿」だからです。そしてこの都には、それを照らす太陽も月も必要ない。「神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かり」だからです。諸国の民は都の光の中を歩き、地上の王たちは自分たちの栄光を携えて都に来る。「都の門は一日中決して閉ざされない。そこには夜がないから」だと語られている。信仰をもって召された者たちは、そのような「神の光の都」に住む人々とされてゆく。だからこそ私たちは、私たちの中に根深く残っている悔いやこだわり、悲しみなどをすべて神さまへと委ねてゆくことができるのです。

主の山上の説教の冒頭部分も同じです(マタイ5:2-12)。「おめでとう、心の貧しい人々。おめでとう、悲しんでいる人々。天の国はその人たちのものである。その人たちは慰められるのだ」という言葉は、私たちの思いを遙かに越えて、神さまがすべてをよしとしてくださる世界が待っていることを告げています。神さまに委ねて行くことができる。

怖れに似た深い悲しみの中でこうルイスは書きました。離別は最初から愛の体験の一部であり、春夏秋冬の自然の移り変わりと同じように、結婚の後に必ず起こる出来事である。しかしその悲しみを越えて、愛は中断するのではなく、愛はいつまでも、どこまでも続いてゆくのだと言うのです。「愛は決して滅びない」(1コリント13:8)。ここには死を越えた真実の愛の姿が示されているように思います。愛は死によっても終わらない。完成へと向かって歩んでゆくのだと言うのです。このことが「わたしはよみがえりであり、生命である」と語りつつ、ラザロを復活させ、またご自身も死の壁を越えて私たちに神の究極的な生命を示してくださった私たちの主イエス・キリストが私たちに身をもって与えてくださった事柄なのだと信じます。

お一人おひとりの上に神さまの信仰と愛と希望とが豊かに注がれますように。 アーメン。

(1998年11月 1日)